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【相談卓】
最終発言2017/06/20 00:49:16 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/06/15 19:22:02
オープニング
●それは夢か現か
彼女は自身に向けられた敵意を未だに信じられなかった。
なんで、どうしてあなたが……。頭の中に浮かんだ言葉はそれだけ。
ただひたすらに恐ろしかった。仲間が目の前で泥に飲み込まれて倒れ、そして敵として起き上がったことが。
ぎこちなく動く彼らは虚ろな表情のまま、各々の武器を構える。
逃げなきゃ、このままじゃやられる……!
頭で漠然と理解した現状が、より恐怖を煽り足が竦む。
「何してる!早く逃げるぞ!」
逃げる?だって目の前に居るのは仲間だよ?彼らを置いていくの……?
ぼんやりとする頭は既に冷静さを失っていた。手を引かれるがまま走り出し、後ろで蠢く者達の挙動を見てもどうしたらいいのか分からなくなっていた。
残された4人の「エージェントだった者達」は、ゆらりゆらりと体を揺らしながら泥濘の中を歩き、新たな「主」の元へ集まる。
その「主」を構成する泥が垂れる音だけが辺りに響き、沼地は不気味な静寂に包まれた。
●誰が命と向き合うか
状況を説明するH.O.P.Eの男性職員の表情は険しい。
次々と寄せられる情報を巧みにまとめ上げ、集まったエージェント達に正確な情報を伝える。
「敵はケントゥリオ級愚神、マインドシ―カー。人型ですが全身が泥で構成された泥人形、現場の沼を使った拘束の他、生物を恐怖で洗脳し駒として利用するようです。先遣隊6名のうち2名が帰還しましたが、4名はおそらくこの愚神に操られていると思われます」
説明する間にも端末を操作し、モニターには帰還しなかった4名のエージェントのプロフィールを映し出す。
「愚神に立ち向かう上で、彼らと戦闘になることはおそらく避けられないでしょう。洗脳されているのはブレイブナイト1名、ドレッドノート1名、ソフィスビショップ1名、ジャックポット1名の4名です。くれぐれも――」
説明を遮るように、ガラっと音を立てて扉が開かれる。開かれた扉にもたれ掛かるように縋る女性。顔や腕、額、至る所に包帯が巻かれ、頬には脂汗が滲んでいる。包帯はところどころ紅く染まり、傷口が開いていることは一目で分かる。
「彼らは……まだ愚神に、支配されきってはいません……!」
近くに居たエージェントが肩を貸そうと近寄るが、それを振り払って彼女は話を続ける。左手でモニターに映し出されたソフィスビショップの男性を指さす。
「彼は……彼の放ったブルームフレアは……わたしを識別して……だから……」
痛みに耐えきれなくなったのか、言葉は途中で途切れてしまう。だがその目は集まったエージェント達に必死で何かを訴えているようだった。それを見たH.O.P.E職員はさらに険しい表情を見せる。後を追ってやってきた医療関係者達に彼女を任せ、話を続ける。
「H.O.P.Eとしては、ドロップゾーンが展開され、より多くの被害が出る前にこの愚神を討伐したい考えですが……」
言葉を切る。何かを躊躇うような張り詰めた空気と間。
「その上で障害となる、洗脳されたエージェントの生死については問わない方向です」
組織としてはたとえ非情無情と言われても、人の命さえ引き算してでも理に組み込まざるを得ない。そう分かっていても、彼らと面識がなくとも、それでも仲間を手にかけることができるだろうか。得物を向けられればその迷いも消えるだろうか。
それぞれが葛藤している中、再び男性職員が口を開くが、その言葉は今にも消え入りそうなほど小さい。
「彼女の話を聞いたでしょう……彼らはまだ愚神の能力によって操られているだけであって、邪英化しているわけではありません。上手く立ち回れば、彼らを救助できる可能性もゼロではないでしょう……。ですが分の悪い賭けをして相手の手駒を増やしたり、より被害が拡大するくらいなら、彼らのことを割り切って任務に当たっていただきたいです。……そしてなにより忘れないでいただきたいのは、彼らを戦闘不能にして愚神の支配から解放した場合、愚神はおそらく彼らのライヴスを吸収して自身の強化を計るだろう、と言うことです。彼らを救うのなら戦闘不能にした上で作戦エリア外まで運び出す必要があります。皆さんからの要望があれば現場付近に救助部隊の手配もしましょう。この任務を愚神討伐任務と取るか、救助任務と取るかはあなた方にお任せします」
だから……。彼女が言えなかった、途切れたあの言葉の続きは何だったのだろう。
4人の命と向き合うのは、H.O.P.Eでも、彼女でもない。何を捨て何を得るか、全て託された者たちは静かに立ち上がった。
解説
●目標
・愚神の討伐、または洗脳されたNPCの救助
※どちらか、あるいは両方を目標にするか、よく話し合って決めて下さい
●状況
・現地は愚神を中心に半径8sqほどの沼地。このエリア内では移動力とイニシアチブ値にマイナス補正がかかります
・救助部隊を要請した場合、沼地からさらに10sq離れた場所に待機しています
・操られているNPCは各ラウンド毎に愚神の命令に対して抵抗を行い、結果によっては愚神の命令に背くことがあります
・NPCは各クラスに合ったスキルでPCを攻撃したり、愚神のカバーを行います
・NPCの生命力はリプレイ開始時点で1に固定、戦闘不能になることで行動はできなくなりますが、同時に愚神の攻撃対象にもなります。生命力がさらに減少すれば重体や死亡判定を行います
・NPCを救助する場合、動けなくなったNPCを担いで救助部隊の居る場所まで運ばなければなりません。その間はNPCもPCも無防備な状態になります
●敵について
・愚神「マインドシーカー」:攻守A、生命S、移動D、命中B
武器は無く、身体と地面の泥を使った攻撃を主とする
使用スキル
・底なし沼:沼地に侵入しているPC2人まで同時に攻撃。BS:拘束を付与する
・マッドウォール:自身の周囲を泥で囲み身を守る。攻撃を受けることで崩壊し自身を中心に2sqの範囲にダメージ+BS:劣化(回避)
・恐怖の抱擁:周囲にいるPC1人を飲み込み、BS:狼狽を付与する。このフェーズで愚神を攻撃した場合、スキルによっては飲み込まれているPCにも当たります。戦闘不能のNPCまたはPCに対しては強制的に邪英化を行う
・NPC×4:ブレイブナイト1名、ドレッドノート1名、ソフィスビショップ1名、ジャックポット1名
それぞれの英雄のクラスに合ったスキルを使用
リプレイ
●彼らの「回答」
ぐちゃ……ぐちゃ……。
不気味な静寂に包まれた空間に、泥の滴る音だけが聞こえる。
ゆらゆらと蠢く「それ」は四方をエージェントに囲まれ、じっと何かを待っているようにも見えた。
囲んでいるエージェントも目や表情からは生気を感じ取れない。
「なーんで生死問わずのお達しが出てんのにわざわざ面倒な方選ぶんでしょーかねぇ、たかが他人でしょーに」
仲間と別れ、自身のポジションに付いたフィー(aa4205)は、やれやれと言った口調でぼやく。ヒルフェ(aa4205hero001)も同意する、といった調子で言葉を返す。
『マァ回収出来ル資源ハ回収シトイテ損ハネェシナ?ソッチノ方ガ世間体的ニモイイダロウヨ、育成ノ手間トカモアル』
「ま、若干不服でやがりますが私は感情で動く程バカじゃねーですしな。こっちもプロ、仕事は果たしましょーかね」
誰がどうなろうと興味はない。ただ目の前の敵を叩く。彼女にとってはそれだけの事だ。
遠くの茂みから虎噛 千颯(aa0123)が姿を見せる。既に白虎丸(aa0123hero001)と共鳴した姿になり、槍を担いで沼のほとりへと近寄る。
「さーて、こちらも動きましょーかね。作戦通り動くのもプロってもんでしょーよ」
言うが早いかヒルフェと共鳴し、武器を構える。
救助対象のブレイブナイトを挟んだ向こうに波打つ泥。目標を捉え、鋭く息を吐いた。
『ハードルってさー高い方が燃えるじゃん?』
「何が……言いたい」
相棒の言葉の真意が読めずレイ(aa0632)が問い返すと、カール シェーンハイド(aa0632hero001)は普段となんら変わりない明るい笑顔を見せる。
『だから、全てをハッピーで終わらせよう、ってコト』
「……当たり前だ」
突然何を言い出すかと思えば……。呆れつつも、この状況で調子を狂わせないカールの存在がありがたかった。
その隣で冠を触りながら禮(aa2518hero001)は問う。
『倒すだけなら難しい敵でもないとは思いますけど…どうしましょう?兄さん』
「そうだね…割り切る覚悟はできている。……けれど」
無言でうなずく禮を見ながら海神 藍(aa2518)は考えを巡らせる。
敵を討つことに躊躇いなどない、例えそれがかつての同胞でも。
ここで愚神を倒さなければより多くの被害が出る。
洗脳された彼等も「その覚悟」はできているだろう。だが……。
共鳴し、姿が変わったレイと並び真っ直ぐ目標を見据える。
「だが……私達は、H.O.P.E.だ。仮にも希望を名乗る我らが、希望を捨てて在れるものか」
『ええ、ですよね!…気を引き締めていきましょう、この冠に懸けて』
「ああ、行こう、禮」
茂みの向こうには一足先に出て行った千颯の後姿が見える。俺ちゃんにかませときな!と言った彼は、今一人で洗脳されたエージェントと愚神へ向かっていく。
「オレ達も行くか。藍、愚神の足止めは頼んだぜ」
「はい、レイさんもお気をつけて」
作戦通りに事が進めば、全員を助けて愚神も倒せるはず。その歯車の一つ一つを慎重に積み上げるように彼らは動き始めた。
「さて、と」
一人茂みから姿を見せ、わざと敵の正面に立つ千颯はゆっくりをあたりを見渡す。
この場所に着いてからマインドシーカーは一切その場所を動かず、ただ内側から溢れる泥が滴り落ちるのに合わせて体の表面が波打つだけだった。
それを囲む四人のエージェントはこちらに向き直ってはいるものの、その目には正面に立つ千颯の姿は映っていないようだ。
『こちらの出方を窺っているようにも見えるでござる』
「俺ちゃんが怖くてビビっちゃってるんじゃないの」
冗談半分に返事はしたが、白虎丸の推察は当たっているだろう。
マインドシーカーには感覚器官と呼べるものが見当たらない。だが間違いなく自分の動きを観察されている。そんな感覚がある。
試されているのか、見下されているのか。
だが、どちらにせよ退くことはできない。彼らを救い、コイツを倒すと決めたのだから。
武器を構え、目標まで一気に駆け寄る。
「まだ助けれるなら希望は捨てないんだぜ!行くぜ!白虎丸!」
『全てを助ける…最後まで諦めないでござるよ』
ねっとりと纏わりつくはずの泥は、千颯の足に纏ったライヴスに弾かれる。足場の悪さをものともせず突撃する彼の前に割り込む影。
「来ると思ってたぜ……!」
表情は虚ろだが、動きは鈍っていない。盾を構えたブレイブナイトが千颯の行く手を阻んだ。
構えた槍を飛盾に切り替え、反撃を防ぐ。千颯の足は止まったが、その顔には笑みが浮かんでいる。
「これで思いっきりブン殴れるだろ!頼んだぜ、フィーちゃん!!」
その言葉も終わらないうちに茂みからフィーが飛び出す。同時に逆側の茂みから卸 蘿蔔(aa0405)の放った弾丸がマインドシーカーの頭部を打ち抜く。
「援護します……大丈夫、落ち着いて慎重にいきましょう」
『お膳立てまでされちゃー頑張るしかねーですな』
アサルトユニットを使用して空を駆けるフィーは、さっきまでブレイブナイトが立っていた場所を突っきり愚神へと肉薄する。
弾丸によって一瞬気がそれたマインドシーカーの腕を潜り抜け、人間なら脇腹に当たるだろう場所に渾身の一撃を叩き込む。
凄まじい衝撃音と共に泥が弾け、愚神が大きくよろけた。泥が消えた脇腹は、内側から湧き上がる新たな泥でみるみる塞がれていく。
(効果はイマイチって所か……)
状態を見る限り、多少のダメージは受けていることは窺えるが、果たして泥が尽きれば倒れるのか、それとも……。
愚神がゆっくり体勢を立て直し、フィーへと向き直る。洗脳されたエージェント達は、マインドシーカーからの指示が遅れたのか、今頃になって動き始める。
『こっちだぜドロ助、相手して貰おうか!』
響き渡る稍乃 チカ(aa0046hero001)の声。再び泥の弾ける音。愚神の後方から潜伏し接近していた邦衛 八宏(aa0046)がチェーンソーを振り下ろし、愚神の身体を削り取っていく。
愚神は特に悶えることもせず。的確に八宏を振り払う。
『まだまだ!』
「……気を付けて、下さい……狙いが分かりません」
抵抗する愚神の攻撃を躱しながら、周囲に目をやる。
追撃の為に駆けだしたフィーへドレッドノートの放った烈風波が炸裂し、千颯はブレイブナイトを傷つけまいと反撃をせずに居る。愚神の一番近くにいたジャックポットは、回避直後の隙を狙って八宏を撃つ。
後方では残りのメンバーが次々と飛び出し、配置に付いていく。
自ら飛び込んでくるブレイブナイトを引き付け、愚神を攻撃できる隙間を作ると同時に、愚神を沼の中央から動かしブレイブナイトを孤立させ敵の配置を乱す。初動は成功だが、ここからが正念場だ。
『……手早いのは、愚神を倒すことだと思いますが……そうはしないんですね』
「うん。私は、あの人たちを助けたくてここに来たから。全員、一緒に帰るために」
愚神の目を引くために先に突入した三人を見ながら、メグル(aa0657hero001)が言う。この人数なら、全員で一度に攻撃すれば味方への被害は最小限で愚神に挑めるだろう。それでも御代 つくし(aa0657)に迷いはない。
もしも自分が、怪我を負った彼女と同じ立場だったら……。仲間を置き去りなんて出来ない気持ちも、助けたい気持ちも分かる。自分が同じだったらどれだけ怪我をしてても助けに行きたいから。
だから、彼女の気持ちを汲みたい。彼らを助けたい。
「少しでも希望があるかぎり助けることを諦めたくないの」
つくしの隣で藤咲 仁菜(aa3237)の兎耳が揺れる。
『当然!皆助けて帰ってこよう!』
彼女の言葉に答えるリオン クロフォード(aa3237hero001)の力強い声に、思わずつくしも頷く。
二人の視線の視線の先に佇むソフィスビショップ。遠距離攻撃を得意とする彼は真っ先に行動不能にしておきたいが、愚神が近くに居る今、下手なことをすれば攻撃に巻き込まれてしまう。
ただじっと、好機を待つ二人の意志は、それでもなお堅い。
犠牲なんてあっちゃいけないの。命は単純に数えられない。救える命は全部救うよ。全てを守り抜こう!
「んー、ま、まい……シーカ―!悪いやつなんだよねー。ピピには分かるんだよー!だからサイキョ―のピピががぶがぶーって退治しちゃうんだよー!」
『ピピちゃん。気持ちは分かるけど……まずは私達のやるべきことをしようね?」
元気溌溂!と言った様子で、気合い十分なピピ・浦島・インベイド(aa3862)に音姫(aa3862hero001)は優しく注意する。
「はーい」
幾分か落ち着いた返事をするピピだったが、既にアサルトユニットで宙に浮き、今にも飛び出しそうな様子は変わらない。
傍らでそれを見ていたナイチンゲール(aa4840)から笑みがこぼれる。
遠くで零月 蕾菜(aa0058)と藍がポジションに付いたことを確認し、ピピはいよいよ出番とばかりに身構える。
「ピピ!頼んだよ」
「まっかせといてー!」
言うが早いか、まさに弾丸のように飛び出していくピピ。一人残されたナイチンゲールは大きく息を吐き、自身の出番に備える。
『正直、今のお前には荷が勝ち過ぎる』
「達人になってから出直そうか?」
『そんな話はしていない』
墓場鳥(aa4840hero001)の冷静な言葉に冗談半分で返事をする。
「みんな腕の立つ人ばかりだよね」
『……?』
「しかも千颯がいて、仁菜もいて。何より…あなたがいる。だから大丈夫」
『……ならば言うべきことはひとつだ。成し遂げろ』
「……うん!必ず連れて帰ろう」
力強く一歩踏み出す。まずは千颯からブレイブナイトを剥し、愚神の対応に戻ってもらわないと。
大きく振りかぶられた剣の正面に踊り出て盾で受け止める。
「千颯、ここは任せて。愚神の方をお願い!」
「了解だぜ!」
ブレイブナイトの攻撃を引き付け、ナイチンゲールは千颯の進路を開く。
『舞え、幻影蝶。無明の夜に、希望の道を示し給え』
その後方から押し寄せる蝶の群れが愚神を包み込む。……が何事もなかったかのように愚神は接近する千颯へ反撃を始める。千颯も攻撃を躱そうともせず、次々と得物を叩き込む。
「効いていない……ようですね」
『あの外見ですから、耐性があるのかも知れません』
藍の隣で見ていた零月 蕾菜(aa0058)は十三月 風架(aa0058hero001)の言葉に頷き、ターゲットを変える。
幻影蝶を放った藍も、すぐさま攻撃を切り替え、炎を放つ。
ジュゥ……と音を立てて泥の水分が沸騰する。炎に包まれた泥人形はついに身を捩り、明らかな反応を見せる。よく見れば腕の先、手と呼ぶには形状が定まらないそこは泥が乾いていることが窺える。
『蘿蔔、そこだ』
「……大丈夫です、外しません」
レオンハルト(aa0405hero001)へ言葉を返すと同時に魔銃が火を噴く。放たれた弾丸は乾いた右腕の泥を貫き、崩壊させる。後から湧きだす泥がすぐさま修復していくが、愚神も平気ではなかったのか蘿蔔の潜む茂みと、沼のほとりに立つ藍の方を順に向く。
「何よそ見してんだ!」
『ずいぶん暇そうじゃないか、ドロ助!』
『ぶっ飛ばしてくれって話なら、初めからそう言いやがってくだせぇ』
両脇から千颯と八宏が攻撃を繰り出し、背後から接近したフィーが胴を貫いた。
●二兎を追い、二兎を得る
「僕より生きるべき人が死ななきゃいけないなんて馬鹿げた話があるか……」
小宮 雅春(aa4756)の言葉に対し、Jennifer(aa4756hero001)は何も言わない。
見据える先にはドレッドノート。機動力を生かして翻弄される前に動きは止めておきたいが、他の救助メンバーのタイミングと合わせなければ安全に離脱することは難しいだろう。
少し離れたところで、同じく敵の動きを観察するレイとアイコンタクトを取り、タイミングを合わせる。
わざとドレッドノートの視界に入るように躍り出たレイは、間髪入れず的確な射撃で動きを止める。
膝をついたところに雅春が駆け寄り、担ぎ上げる。
「まずは一人、だね」
「ああ、早く運んでやりな。援護は任せろ」
「今のうちですね、まずは洗脳を解きますよ」
愚神が動けないうちに救助を進めなければ……。蕾菜はレイと雅春の動きを確認し、次の行動へと移る。
ナイチンゲールが盾で攻撃を弾いた瞬間に、ライヴスを乗せた声が木霊する。
「あなたの帰りを待ってる人がいます。わたしたちと一緒に帰りましょう」
優しく手を差し伸べる。体勢を立て直したブレイブナイトの動きが止まる。瞳が揺れ、手が震えているのが分かる。
「こんな終わり方でいいの?……一緒に帰ろうよ。待ってる人がいるんだから」
構えを解いたナイチンゲールの声が重なる。
わたしは――。
確かにそう聞こえた。武器を取り落とし、差し伸べられた蕾菜の手に縋るように一歩踏み出す。
「あなた達の帰りを待ってる人がいるんです!こんな所で死なせられない……っ」
ソフィスビショップと対峙するつくしの声。仁菜はエージェントの動きに素早く対応できるよう、その傍で控えている。
怖かった――。
虚ろな目はそのままに、ブレイブナイトの頬を涙が伝う。つくしと向き合うソフィスビショップは何か言いたげに唇を震わせるが、そこから声が発せられることは無かった。
あと一押しか、そう思った時だった。
糸が切れた人形のように、突然ブレイブナイトの身体から力が抜け、崩れ落ちる。ナイチンゲールがその体を支える。
すぐさま蕾菜が駆けより、状態を確認する。
「大丈夫です。気を失っている今のうちに運びましょう」
「それ、ピピに任せて―!」
どこからともなく声がしたかと思うと、ブレイブナイトの着ている服の襟に何かが引っかかる。それが釣り針だと蕾菜とナイチンゲールが認識する前に、頭上を駆けるピピによってエージェントは文字通り「釣られて」しまった。
「ふたりにはねー、あっちを助けてあげて欲しいなー」
ピピの示す先で、唸りを上げて振りぬかれる拳……いや泥の塊だ。
密接して戦うフィー達の攻撃に加え、藍と蘿蔔による攻撃を一身に受け止めながら愚神はなおも抵抗を続ける。
その付近を高速で駆け回るジャックポット。千颯の操る飛盾によって攻撃は防がれているが、このままでは状況は好転しそうにない。
少しずつ、確実に消耗していくエージェント達と、後から後から湧きだす泥によって修復される愚神。もしかしたら見た以上に状況は不利なのだろうか。
「わかった。ピピ、あとはお願いね」
「あちらはわたしたちに任せて下さい」
二人の返事を聞くが早いか、元気よく頷いたピピは釣り針にブレイブナイトを引っ掛けたまま、空を駆けて救助部隊の待機する茂みの向こうへと飛び立った。
ソフィスビショップの動きが一瞬止まった。
「う、うぅ……」
苦しそうな呻き声。頭を押さえる彼は今、愚神の洗脳に逆らおうとしているのか。
このわずかな隙を逃さなかった。銀の魔弾でソフィスビショップの動きを止める。仁菜がすぐさま駆け寄り、体を支える。
「ごめんなさい。もう少し我慢してね」
仁菜の言葉に、ぐったりとしている「彼」は返事こそしなかったが、表情は幾分か落ち着いたものになっていた。
洗脳されたエージェントのうち三人が確保され、運搬が始まると愚神の動きが変わる。
ピタリ、と動作が停止したかと思うと、周囲を囲む千颯達を無視して、救助中の仁菜と雅春目がけて泥の塊を放つ。
「こいつ……!」
千颯の飛盾が泥の塊を弾き飛ばすが、それでも愚神は泥を飛ばし続ける。レイと蘿蔔は泥の塊を撃ち抜き、愚神を囲む八宏、フィー、ナイチンゲールはここぞとばかりに猛攻撃を繰り出し、なんとか愚神の動きを止めようとする。
ピタリ、と再び愚神の動きが止まる。目の前には飛盾を操っているため、手に何も持っていない千颯。泥の飛ぶ先を確認していた彼は、自身を狙う愚神の攻撃に反応が遅れた。
「千颯っ!」
「……っ!」
一瞬早く気がついたナイチンゲールが千颯を庇うより早く泥の拳が振り下ろされる。沼に沈められるようにたたきつけられ、その姿が見えない。
振り下ろされた腕に藍の放った炎が纏わりつき、八宏の操るチェーンソーで二の腕から先を切り落とす。
遡ること数秒。放たれた泥の塊を撃ち落とし、少しでも早く救助し、なんとか愚神の動きを封じようと全員が必死になっているその瞬間、沼地の中央に飛び出す影。
――危ない!
誰かの叫びは無数の銃声によってかき消された。
沼の中央に一番近かったのは、背にドレッドノートを担ぐ雅春だった。
とっさに瀕死のエージェントを庇い伏せるが、近くで放たれたはずの弾丸は一切彼を襲わなかった。
(……!?)
顔を上げたそこには、背を向けて立つレイの姿。腕を広げ、防御もせず、雅春を襲うはずだった弾丸を全て受け止めたことは明らかだった。
「……気にするな、行け」
頬や腕、至る所からの出血を気にする様子もなく、レイは親指で奥の茂みを指す。雅春は立ち上がり、促されるまま再び歩き出す。沼を出るまでまだ油断はできない。
時を同じくして、つくしは仁菜と「彼」を護る為に、弾丸の雨に身を晒した……はずだった。
覚悟を決め飛び出した次の瞬間、襟を掴まれ強引に引き戻される。
訳が分からず思考が止まった瞬間、目の前の空間に浮かび上がった鏡が無数の弾丸を跳ね返す。
反射した弾丸は、撃った本人を襲い動きを止めた。
「大丈夫?」
「う、うん。助かったよ」
守るつもりが守られてしまった。でもこれで終わりじゃない。沼のほとりに居た藍と、空を駆け援護していた蕾菜が倒れたジャックポットを回収しに動き出したことを確認し、つくしは仁菜と共に歩き出す。
「こんな程度の傷は、傷のうちには――」
『入らないでござる!』
立ち上がるや否や、怒涛の反撃を始める。削っても再生するなら、それ以上の速度で削ればいいと言わんばかりに攻撃を叩き込む。
泥を貫き、弾き飛ばし、削り、射抜き、振りかぶったその腕さえも切り落とさんばかりに得物を振るう。
足、腕、胴、頭、背、次々と繰り出される攻撃に、愚神は大きく体を震わせる。
痛み、という感覚があるのか、それとも次の攻撃か。
ぶるんっ!
ひときわ大きく体を震わすと、愚神は動きを止める。
遠くから様子を見ていた蘿蔔は、愚神のその動きに思い当る。
さっき、泥の塊を放つ直前、そして無防備な千颯にターゲットを切り替えた時、どちらも一瞬動きが止まっていた。
どちらも共通して言えることは、攻撃が変わる時、狙う距離が変わる時、そして「対象が無防備な時」だ。
「愚神の攻撃対象が変わります!救助中の方のフォローを!」
愚神の正面に転送された弾丸が腹部を打ち抜くが、愚神は動じない。
蘿蔔の声を聞いたレイとつくしがそれぞれ救助中の仲間を庇えるように身構えるが、沼の中央、ジャックポットを今まさに担いだ蕾菜を庇える位置に仲間が居ない。
藍が駆け寄る目の前で、沼地に降り立った蕾菜の足元に変化が起きる。不自然な透明感のある泥が発生し、蕾菜の身体が沈み込んでいく。
同じように仁菜の足元の泥が変化する。それを見た瞬間につくしは仁菜を突き飛ばし、自身が泥に飲み込まれていく。
「つくしちゃん……!」
「先に行って、大丈夫だから」
あと数歩で沼から出られる。仁菜は小さく頷くと、エージェントを担ぎ直して歩き始める。茂みから飛び出した蘿蔔が仁菜をカバーできる位置に付く。
「蕾菜さん……っ」
「わたしより、この人をお願いします」
駆け寄る藍に倒れたジャックポットを任せ、蕾菜は脱出を試みる。
……とその袖に何かが引っ掛けられる。
「え……?」
遠くでへっへーんと誇らしげに笑う声。次の瞬間、沼から勢いよく釣り上げられ、図らずとも拘束から解放される。
袖に引っかかっていた釣り針を、巧みな竿捌きで外し、今度は気を失っているジャックポットのベルトに引っ掛ける。
「びっくりしただろー!!あとはピピちゃんに任せていいんだよー!」
一往復して戻って来たピピは再びエージェントを釣り上げて飛び去る。あまりにも鮮やかな竿捌きと常軌を逸した用途に呆ける藍と蕾菜。
――アサルトユニットから迸る波のエフェクトはとても美しかった……。
藍はそのまま愚神への攻撃を再開し、蕾菜は沼に取り込まれたつくしを救助する。
救助対象が全員、沼の外へ運び出されたと分かると、再び愚神が体を揺らし始める。
そのたびに滴り落ちる泥。位置取りを再確認している蕾菜と雅春の援護を終え、沼のほとりに戻って来たレイと蘿蔔は不審な点に気が付く。
――沼が広がっている。
最初にフィーの攻撃で大きく位置をずらした時、沼には変化が見られなかった。
だが、真円に近かった沼はいびつな形になり、さらに一回り程範囲が広がっていることが分かる。
――まさか……。
攻撃されるたび、動くたびに滴り落ちる泥。この沼は愚神の力によって生み出された、と表現するより「愚神から零れ落ちた身体の一部」と考えるべきなのだろうか。
ついに全員の救助が終わり、あとは愚神をどうにかするだけ。その段階を悟ったのか、泥の壁に身を包み自信を護り始めたマインドシーカー。
泥の壁が発生する際、足元の泥が使われた形跡は無い。フィーと千颯が攻撃を繰り出し、泥の壁を破り、愚神を引きずり出す。
崩壊した泥の奔流は拡散し次第に落ち着くが、それによって沼はさらに広がる。
レイと蘿蔔はお互いに頷き合う。この泥を放置することは危険だ。
●マインドシーカー
その変化は突然訪れた。トロいが重い攻撃を繰り出し続け、その多くを防がれ、躱されていた泥人形の身体から泥が噴き出す。
腕から、頭から、胴から……ボゴッボゴッと音を立てて泥が飛び散り、その体がよりずんぐりとした巨体に変化する。
「コイツまさか……!」
『ここにきて本気を見せるでござるか』
腕を広げ、高笑いでもするかのように体を震わせたかと思うと、立て続けに泥の拳が撃ち込まれる。構えこそさほど早くはないが、人の胴ほどに膨れ上がった拳は今までとは比較にならない速度で繰り出される。
「舐められてたってことでしょーかね」
次々と襲い来る拳を躱しながらフィーが毒付く。
この猛攻撃さえも気にせず千颯は攻撃を続けるが、あふれ出す泥に阻まれさっきまでのような有効打が与えられない。
つくしの詠唱が終わり、ライヴスを纏った風が泥を吹き飛ばす。泥の結合が弱まったのか自重に耐えきれなくなった泥が崩れ落ちると、すかさず八宏とフィー、ナイチンゲールの攻撃が叩き込まれる。だが愚神は怯む様子もなく、力任せに腕を振りぬき纏わりつくエージェント達を吹き飛ばす。
ガラ空きになった胴へ藍の放った炎が炸裂し泥を固めると、幾分か噴き出す泥が減る。
――炎は有効。いくら愚神の身体であってもその性質は通常の泥と大きくかけ離れたものではないようだ。
これまでに撃ち込んだ炎も、同様の結果を残している。おそらく間違いはないだろう。
だがこちらも消耗が激しく、このままでは愚神が倒れる前にこちら側にも倒れる人がでるのではないか、という不安が頭をよぎる。
千颯と仁菜と雅春の三人のヒーラーで、この消耗はカバーしきれるか……?
「差し入れだよー!」
愚神の猛攻撃の中、スカッと弾ける無邪気な声。
「よし、ピピ。まずは千颯からだね」
隣に立つ雅春の手には小さなカゴ。
ピピが竿を振り、釣り針は吸い込まれるように千颯を捉える。
「は……?」
グイ。力強く引き戻され、千颯の身体は宙に浮く。
「なぁっ!?」
ひょい、と軽々沼の外まで釣りあげられ、目を白黒させる千颯に雅春がヒールアンプルを渡す。状況が飲み込め始めた千颯はそれを拒もうとする。
「俺ちゃんは自分で回復が出来るから、その分他のみんなを回復して欲しいんだぜ」
「これねー、救助部隊のおじさんからもらったの。こっちは大丈夫だから、愚神を頼む。だってー!」
「……!ありがてぇ……!」
カゴに詰め込まれたヒールアンプル。決して全員の傷を癒しきれる量ではないが、余裕は少しでもあった方がいい。
「それともう一つ。レイと蘿蔔が、あいつを倒す策を見つけたみたいだよ」
沼から離れ、千颯の元に歩み寄るレイは消火器にも見える何かを担いでいる。
「……協力してくれ」
ピピの巧みな竿捌きで次々とエージェントが回収され、雅春や千颯が傷の応急手当をしていく。
「そろそろか……」
手当を終えたメンバーが愚神を引き付け、全員が一通り手当を終えると、レイと蘿蔔が沼に侵入する。
「倒しますよ……絶対に」
「……ああ」
千颯の合図で、愚神を囲むメンバーが散開する。同時に飛び出したレイはウレタン噴射機で愚神の下半身を固める。蘿蔔は火炎放射器を使い、愚神の上半身を焼く。
愚神の動きが鈍り始めたところで、攻撃が再開され、脆くなった愚神の身体を崩壊させていく。
腕が、頭が、胴が大きく削られ、愚神がよろけると再びレイが飛び出し、小さくなった体にウレタンを浴びせる。
抵抗しようともがく愚神だが、関節部までガッチリと固められ、腕を振るうことすらままならない。
ガラ空きの脆い胴に千颯とフィーの槍が叩き込まれ、ナイチンゲールが腕を切り落とす。
さらに小さく細くなった体に、弾丸と魔法が撃ち込まれ、愚神は大きく体勢を崩す。
それを待ち受けていたかのようにチェーンソーが振り上げられ、頭部を切り飛ばす。
飛び散る欠片一つ一つを徹敵的に撃ち落としていくなか、崩壊しかけた愚神の身体から泥が噴き出し、八宏を飲み込む。
『俺に構うな!こいつの身体を固めちまえ!』
さらにウレタンが浴びせられ、八宏を飲み込んでいく傍から泥の噴出が抑えられていく。
これを待っていたと言わんばかりにチェーンソーを起動させ、愚神を内部から削る。
『相棒、こっからは根競べだ!意識手放すんじゃねえぞ!!』
「……分かっています、君はAGWに集中を」
纏わりつく泥を無視して、愚神を細切れにせんとチェーンソーを振るい続ける。
オレ、とは何だったのか。
身体を砕かれながらマインドシーカーはふと、そんなことを思う。
与えられた役割のまま、力を溜め、敵対するものを退け続けた「オレ」は今まさに最後の欠片も残すことなく崩壊していく。
支配し、操っていた四人の敵を思い出す。彼らは終始「助けてくれ」と叫んでいた。その声に何とも言えない満腹感を抱いていたことを思い出す。
あの時なぜ、オレは彼らを飲み込まなかったのか。そうすればこいつらに負けはしなかっただろう。
何か、何か探していた気がする。こいつらに四人を奪われた時、ずっと探していたそれを見つけた、そんな気がしたんだが……
――悔しいな。
唸りを上げるチェーンソーに最後の一かけらまで砕かれると、愚神を形作っていた泥はゆっくりと消滅し始めた。
沼は少しずつその範囲を狭め、あとには湿った土が残った。