本部

ジューンブラインドを守れ

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/09 13:23

掲示板

オープニング

●女性は大変なんです
『ウェデイングドレスの試着会? 着る予定はないぞ』
 H.O.P.Eの女性職員からもらったチケットを見て、アルメイヤは首をかしげた。もらったチケットには、ドレスの即売会と書かれていている。一応、メインはウェデイングドレスの販売だが、パーティー用のドレスの販売も一緒に行われるらしい。人によっては心躍るイベントかもしれないが、残念ながらアルメイヤには興味はない。
「良い年齢なんだから、正装の一着ぐらいは持っていたほうがいいでしょう。ここだったら、割と安く買えるっていうから」
 本当は結婚目前の友人に渡したかったのだが、残念ながらそんなタイムリーな友人は職員にはいなかった。もちろん、自分に結婚の予定もない。
『正装……スーツのネクタイの色を変えればいいじゃないか』
 それは、男の発想! 
 女性職員は、思いっきりツッコンんだ。

●正装購入には、お金がかかる
「うわぁ……服がいっぱい」
 イベント会場には所狭しとドレスが並んでいる。白いウェディングドレスもあれば、カラフルなパーティー用のドレスもある。エステルはその光景に圧倒されたようだった。子供用のドレスもあったが、そちらには子供を持つ親たちが群がっている。
「子供用のドレスは、中古が中心なのですね」
『子供成長が早いからな。少しでも安いものが欲しいのだろう』
 もちろん新品も販売されているが、圧倒的に中古品の方が人気だ。
「アルメイヤ……どんなのが好きなの?」
『いや……だから、正装なんてスーツのネクタイを変えるだけでいいじゃないか』
「あっ、青いの綺麗」
 エステルは、ふらふらとドレスが並ぶコーナーへと向かっていく。
 その光景を見ながら『りっ……理解できない』とアルメイヤは呟いた。

●怒りの花嫁
「悔しい……悔しい」
 イベントコーナーの隅っこで、ウェデイング姿の女性がぼそぼそと呟いていた。この女性、結婚式で相手の男性に逃げられたのである。それでもここにやってきたのは、愚神に操られていたからであった。愚神は、破壊する場所を選んでいいと言った。だから、彼女はここを選んだ。ウェディングドレスなんて、全部燃えて欲しかった。
「クヤシイ……クヤシイ」
 女性の長い髪が、段々と蛇のようにうねっていった。

解説

・愚神の討伐

・イベント会場(昼)……ドレスの即売会。女性用・男性用の正装両方を取り扱っている。体育館のようなイベント会場のため平屋建てで天井が低い。一番奥に、非常口がある。
ウェデイングドレスコーナー、パーティー用のドレス、子供用のドレスのコーナーがあり、すべてのコーナーに男性用のものもある。

客・スタッフ……客やスタッフが大勢おり、女性がやや多めである。愚神が登場するとパニックになり、非常口に客が密集してしまう。

愚神――結婚式で婚約者に逃げられた女性についた愚神。意識は女性のものだが、怒りにかられているために人の話を全く聞かない。ウェデングドレス売り場に登場する。
・怒りの炎……髪が炎を吐く蛇に変化する。蛇は十対出現し、本体から離れることはない。なお、切り落とされても生えてくる。
・怒りのナイフ……髪が一本の鎌状に変化する。怒りの炎との併用はできない。
・怒り燃えよ……髪で拘束した相手のライブスを奪う。客やスタッフを優先して狙う。他の技と併用可能。
・悲しみの防御……大量の涙を流し、その水を硬化させることによってバリアーを作り出す。
・男性を滅ぼす……自分の近くに男性がいることによって攻撃力が上がる。

天使(従魔)――愚神が登場すると複数登場する。小さな子供の姿に翼が生えており、自由に空中を飛ぶことができる。武器は弓矢。
・愛の矢……射抜いた相手をマヒさせる。
・愛の言霊……数が半数になると発動。愚神の側に集まり、自分たちのライブスを提供して愚神のステータスを全て上昇させる。

・エステルとアルメイヤ……パーティードレス売り場にいる。アルメイヤはドレス選びにやる気がないので、戦闘が始まると喜んでそちらに向かう。

リプレイ

 イベント会場には、色とりどりのドレスが溢れていた。赤、緑、黄色、青……そして圧倒的な存在感を放つ白。
「ねえスヴァン、こういうのは私にはちょっと可愛すぎないかしら……??」
 オリガ・スカウロンスカヤ(aa4368)は見ていたドレスをつまんで、ちょっとばかり困ったような顔をした。スタンダードな花嫁衣裳を選んだつもりだったが、意外なほど可愛らしすぎて困惑する。おそらくもっと若い花嫁を想定してのデザインなのだろう。白い繊細なレースに施されているのは小さな花の刺繍で、時折スパンコールビーズが光を受けて煌めいた。
『いいじゃないですか、プリンセスライン。先生、絶対似合いますって。ね、試着、どうですか??』
 デザインが気になるならこっちのマーメードもステキですわ、とスヴァンフヴィート(aa4368hero001)はうきうきしながら別のドレスを持ってくる。繊細な刺繍が施されたドレスは大人っぽいが、体のラインが出過ぎているような気がしないでもない。
「えっ? ……うーん。そっちだったら、こっちの方が」
 少しばかり恥ずかしそうにしながらオリガは、Aラインのドレスを指差す。よく見れば、正面は可愛らしいが背中はアクセントに大きなリボンが付いているだけで甘すぎるということもない。だが、垂れ下がった大きなリボンはどこか優雅で、店員曰くチャペルでの挙式用のドレスらしい。オリガが羞恥心と興味の狭間で戦う隣で、二人が楽しそうにドレスを選んでいた。
『一度はウェディングドレスを着てみたいですね。私もそのうち結婚できるのでしょうか?』
 CODENAME-S(aa5043hero001)は、美しいドレスに感嘆のため息を漏らす。流行りのドレスも美しいが、スタンダードなドレスも良いものだ。試着もできるみたいだから、今日はとことん着たおす予定だ。
『もちろん、正宗も一緒ですよ。タクシードを着て、記念写真を撮るんですよね』
 まずはアレ、とばかりにCODENAME-Sが指差すのは派手なヘットドレスが印象的なドレスであった。銀と真珠で作られた花がたくさんつけられたヘットドレスは照明の下で煌めき、花嫁衣裳をより個性的に印象づける。
「……私は女の子だ」
 とても楽しげなCODENAME-Sの隣で御剣 正宗(aa5043)は無感情に呟く。CODENAME-Sとは恋人関係でも何でもないが、楽しそうな彼女の邪魔をするほど無神経でもない。それにドレスを見て、テンションが上がってしまう気持ちもわかった。美しいものを身にまとうのは、楽しいものである。
「結婚ってあこがれるよね~!」
『いつか私も結婚するんだろうな』
 葉月 桜(aa3674)と伊集院 翼(aa3674hero001)も美しいドレスに心を奪われていた。
 このドレスが可愛い、フリフリのがいい、思い切って一番高いドレスを試着しよう、などと会話しながら二人はウェディングドレスが並ぶ売り場ではしゃいでいた。手に取るのは、どれも華やかなデザインのものばかり。白地に色とりどりの花の刺繍を散らしたドレスや和服をモチーフにしたという変わり種のドレス。特に気に入ったのが、スカートの長さが左右で少し違うアンシンメトリーのドレスである。シルエットはマーメードと似ているが、左右非対称のスカート部分が個性的でスタイリッシュだ。二人で交互に着てみては、将来の結婚に胸を高鳴らせる。
「結婚式か……挙げなきゃダメかな?」
 一方で、男性陣はやや疲れた表情を浮かべていた。
 ヨハン・リントヴルム(aa1933)は、その筆頭であった。別にドレス選びを付き合うのはいいのだが、それが続くと苦痛である。しかも、結婚式を挙げていない既婚者の身だから後ろめたい思いもあった。
『ご両親やお友達を招いて祝っていただくのは、きっと楽しいですよ』
 やはりご両親にお見せするならシックなものがよいですかね、とパトリツィア・リントヴルム(aa1933hero001)は古風なドレスを手に取る。刺繍もレースもあまりついていないが素材の良さが際立つ品である。照明を受けてシルクの素材が柔らかに反射し、着ると女性の体のラインが美しく出るといううたい文句であった。デコルテを飾るために真珠の飾りも、どこか控えめに見える。彼女自身の趣味なのかもしれないが、品の良いドレスはヨハンの家族受けがよさそうでもあり。
「……両親、友達、ね……」
『また……ご両親と何かありましたか』
「いつもの事だろう? 所詮ヴィラン出身の僕と、富豪の彼らとじゃ釣り合いが取れるはずがないんだ」
 暗い表情を見せるヨハンだが、すぐに気持ちを切り替える。今日は男としてショッピングにやってきたのだ。十分に女性を楽しませなくては。
「そんな事より! せっかく来たんだ、ドレス着ていこうよ。パトリツィアはAラインとプリンセスライン、どっちが似合うかな。こっちのマーメイドラインのも試してみる?」
 家族のことなんて考えなくて良い、という気持ちを込めて最新の華やかなデザインのドレスをヨハンは進める。パトリツィアは、若干複雑そうな表情を浮かべた。
『……ん、いっぱいある!』
 一方でユフォアリーヤ(aa0452hero001)は、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振り回していた。婚約、結婚と順調に幸福へのステップを踏んでいる彼女のテンションはいつもと比べて若干高い。
「逃げんから落ち着きなさい」
 気持ちは分からなくもないが、と麻生 遊夜(aa0452)はユフォアリーヤを落ち着かせようとする。
「花嫁さんはお若いですから、かわいらしいデザインもお似合いですよ。ウェディングドレスを大人っぽくして、お色直しで可愛らしいものを着るのもステキですよ」
『ん……二人とも黒が好きだから……黒いのも見せて欲しいかな』
 店員のおすすめのカラードレスを見たユフォアリーヤのテンションは、さらに上がっていく。マネキンが来ていたドレスは、彼女が望んでいた通りの色であった。スカート部分のレースは幾重にも重なって、たっぷりとしたボリューム。銀色の刺繍が施され、裾は短いのに子供っぽくなりすぎないデザインになっている。ガーデンパーティー用だというが、屋内で着ても十分に映えそうなデザインであった。
『んん……くぅん』
 どうやら、好みの一着に出会ってしまったらしい。
 ユフォアリーヤは、切ない鳴声を漏らした。
『アンジェリカはんには、どれが似合うやろか?』
 子供用のドレスコーナーにいた八十島 文菜(aa0121hero002)は楽しそうに、アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)のパーティー用のドレスを選んでいた。イタリア出身のアンジェリカには、やはり明るい色合いのドレスが似合う。だが、大きな花のコサージュが付いたドレスも捨てがたい。
「うわぁ、色んなドレスがあるね♪」
 アンジェリカも目を輝かせながら、様々なドレスを体に当ててみる。青色のドレスもステキだが、スタンダードなピンクも可愛らしい。ひまわりの花がモチーフの変わり種のドレスも捨てがたい。様々なドレスに目移りしながら、アンジェリカは珍しいものを見つける。打掛と呼ばれる、日本の婚礼用の着物だ。白地に金色の糸で鶴と亀が刺繍されている。着付けに時間がかかるためか、打掛のコーナーのみ試着した時の写真がパネルで展示されていた。
「着物も綺麗だね。ドレスと違って、刺繍は全部おめでたい柄なんだって。結婚式の時、ああいうの着たの?」
 文菜さん綺麗だったろうね、とアンジェリカは無邪気に尋ねる。パネルに展示してある花嫁の写真は楚々とていて、きっと文菜が身にまとえば花も恥じらうほどであっただろう。
『うちは……』
 文菜は少しばかり困ったように、手を頬にあてた。
 その様子はなんだか悲しそうで、アンジェリカは話を続けられなかった。そんなアンジェリカの隣では、伊邪那美(aa0127hero001)が数少ない男性用の正装を見て回っていた。
『恭也は買わなくて良いの?』
 隣を歩く御神 恭也(aa0127)に尋ねてみる。
「護衛の仕事には、正装をしないといけない場合があるからな。家業の手伝いを始めた頃から武器が隠せるように特注で作ってある」
『あっ、やっぱり普通のじゃ無いんだね』
 どうりで、恭也がここで服を買おうとしないはずである。
『でも、これから先に女の人しか参加できない依頼が出てくるかもしれないよね。そんな時のために、恭子ちゃんうえでぃんぐばーじょんが必要かもしれないね。もちろん、お色気ドレスばーじょんも』
 ぶつぶつと何かつぶやきだした伊邪那美の頭蓋を、恭也はぎゅっと片手で掴んだ。
「言っておくが、俺に宛がう為に選んで来たら即行で帰るからな」
 頭が割れるような痛みに『了解だよ~』と言うしか伊邪那美には手がなかった。仕方がないので、大人しく自分用のドレスを探しに行くことにする。安い子供用ドレスも魅力的だが、和服があるともっといい。
 だが、子供用ドレスコーナーにいたには三十路手前の独身男性だった。ある意味で、一番ドレスコーナーに似つかわしくない人間である。
「結婚式……婚期……そろそろ三十路……うっ頭が」
 木霊・C・リュカ(aa0068)は体を小さくしながら、周囲に流れるハッピーなオーラから逃げようとしていた。何に対して怯えているのかは、たぶん彼だけにしか分からないだろう。
『……難儀だな……』
 結婚とかまだまだ考えない歳のオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は、リュカの頭をなでる。そんな二人の元に駆け寄ってきたのは、紫 征四郎(aa0076)であった。手には二着のドレスがあって、一つは淡いクリーム色の可愛らしいもの。もう一着は、赤と黒の大人っぽいデザインのものである。
「りゅ、リュカは可愛いのと綺麗なの、どっちが好きですか? やはり、どっちも買うべきでしょうか」
 征四郎は視力の弱いリュカのために、自分が選んできたドレスを一生懸命説明する。クリーム色のドレスは裾がフワフワしてタンポポの綿毛のようだとか、赤いドレスのスカートにはスリットが入っていて、そこから下の黒い布がのぞくのだとか。その様子があまりに可愛らしいので、リュカは笑顔になってしまう。
「勿論、お兄さんはどっちも好きだから両方買うべきだと思ってるよ?」
『一着だけだってば……!』
 甘やかさないで、とガルー・A・A(aa0076hero001)は後ろで大きなバツ印を作っていた。
『それより、リーヴィは買わねぇの、今ならキッズのドレスがお安くなっておりますが』
 ぱさっとガルーは、オリヴィエにベールをかぶせた。ベールをかぶせられたオリヴィエはむすっとしながら、それと隣にいた少女にかぶせる。
『100歩譲ってキッズなのはともかく、俺はドレスは着ない。それに……こういう悪戯は、征四郎にでもすればいい』
 途端に、征四郎の顔が茹ダコのように真っ赤になった。
「けっ、けけけけけっけ、結婚前にウェディングドレスを着ると婚期が遅れるですー!!」
 征四郎があんまりにも赤くなったので、オリヴィエは何か悪いことしたような気分になってくる。ガルーが苦笑いしながら『いや、おまえは全く悪くないんだ』と身振り手振りで伝えようとしていた。
「あ……イザナミはドレス、着ないのです?」
 照れ隠しなのか、征四郎は近くにいた知り合いに声をかける。
「うーん、良いのがあれば買おうかなって思ってるよ。着物風のがあればいいなと思ったけど、子供用だとなかなかないものだね。あっ、そのクリーム色の可愛い」
「そうですよね、そうですよね!!」
 征四郎は拳を握りしめて、自分が選んだドレスの素晴らしさに興奮する。
「せーちゃんもイザナミちゃんもやっぱり女の子だねぇ」
『十年は待たないと本物は着れない歳だけどな』
 しみじみと呟くリュカと苦笑いするガルー。
 十年後には征四郎もウェディングドレスを選ぶのだろうか、とちょっとガルーは考えてしまう。この一抹の寂しさは、友人にもなかなか話せぬものだろう。
『お……あれは?』
 ちょっとばかり気分を変えようとして大人用のドレスコーナーを眺めていたガルーは、見覚えのある二人組を見つけた。アルメイヤとエステルである。その側には、氷鏡 六花(aa4969)とアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)がいる。
 あまり乗り気ではないアルメイヤにエステルやアルヴィナが、強引にドレスを押し付けていた。六花はというと、大人のパーティー用のドレスに囲まれて目をキラキラしていた。きっと大人になったら着てみたいドレスをいくつも見つけたに違いない。
『本当に着る予定はないのだぞ』
『でも、せっかくなのだから試着だけでもいいするべきよ。ほら、この赤色のはズボンタイプだけど、体のラインが綺麗に見えるわ』
 別にスカートだから嫌がっているわけじゃない、とアルメイヤが言った途端にアルヴィナが静かに微笑んだ。そして、恐ろしい量の試着用のドレスを持ってくる。赤、青、緑、黄色、ドレスを絵具代わりにできそうなほどの種類と量にアルメイヤは眩暈を覚えた。
『さぁ、さぁ、着てみてね。せっかくなのだから、せっかくなのだから』
 笑顔のアルヴィナの瞳には『等身大の着せ替え人形が楽しい』と書いてあった。その文字はアルメイヤにも読めたらしく、悲鳴を上げる。
『アルメイヤさん、結婚の予定が無いということは……つまりフリー』
 アピールのチャンス! とガルーはガッツポーズをする。
 そんなガルーの頭を征四郎は思いっきり叩いた。
「……ん。エステルさん……その一緒にドレスを見ない? 六花は青が好きだけど、エステルさんは何色が好き?」
 大人たちのドレス選びは難航しそうであったので、六花はエステルをドレス選びに誘ってみた。雪と氷をモチーフにしたアニメが流行ったばかりのせいか、子供用のドレスには青が多い。それに、実は六花はさっき自分好みの一着を見つけてしまった。水色と白が基調のドレスで、袖だけが優雅に透ける素材で出来ていた。氷で出来たような繊細なデザインが、とても気に入った。だからエステルにもお気に入りを見つけて欲しかったのに、彼女はどこかうっとりとしたような顔をしていた。
「……どうしたの?」
「すっ、すみません。あの……アルメイヤって、綺麗な大人の人だったんだなと改めて思ったら、なんだか……少し嬉しくて」
 六花には、何となくだがエステルの気持ちが分かった。
「……ん、六花も。アルヴィナが綺麗な格好をしてると……ちょっと嬉しいのかも」
 美人の保護者を持つ二人は「そうですよね」と意気投合する。
 だが、その一方で美人と呼ばれる大人たちは悲鳴を上げながらドレスの試着を繰り返している。
 アルメイヤが使用している隣の試着室で、オリガは頬を染めていた。気になるウェディングドレスは一通り着たので、今度はカラードレスに挑戦してみたのである。店員がオリガが可愛いデザインが好きだと思って、若々しいデザインばかりを進めてくるのが少しばかり気になったが。
「ううん、どうかしら。やっぱりスヴァンみたいな若い子が着た方が可愛いんじゃないかしら?」
『とってもキレイです、お姉さま!! 大人の女性がピンクを着たって、エレガントで素敵です!!』
「そ、そうかしら……?? スヴァンだって、とっても可愛いわよ。」
『……!!』
 同色のドレスを着ていたスヴァンの顔が真っ赤になる。
 そんなとき会場に「きゃー!!」という絹を引き裂くような悲鳴が響いた。
「ちょっと、どうしたの!?」
『愚神ですわよ、先生』
 オリガとスヴァンフヴィートは共鳴し、あたりを見渡す。どうやら、自分たちと同じように会場に居合わせたリンカーたちもいるようだ。
「どうやら、お客さんの避難誘導をしようとしている人たちもいるみたいだね」
『なら、私たちは時間を稼ぐだけだ』
 桜と翼は頷き合い、愚神に向かって跳びだした。
「ニクイ……ニクイ」
 ウェディングドレス売り場に現れたのは、白いドレスを見にまとった女性の愚神であった。「クヤシイ……クヤシイ」と呟く女性の髪が、蛇のようにうねりだす。
「もしかしたら男の人に逃げられたかなぁ?」
 強い憎しみを露わにする愚神にアンジェリカは、武器を構えながらも呟く。見れば、愚神は男性に対して特に強い怒りを抱いているようである。男性であるリュカがいるだけで、怒りで愚神の攻撃力が跳ね上がっている。
 攻撃から逃げる中で、リュカが名案を思い付いたという顔をした。
「はっ、男性が近くにいて強くなるなら……彼女を刺激しない為にはプリプリウェディングモードになれば」
 ちょうどよく、ちょっとだけ汚れちゃったドレスが近くにあるよ。
 あれなら着てもお店の人に怒られないよ、とリュカが元気に主張する。
『しない』
 オリヴィエは、その提案を切って捨てた。
「あの女の人は、泣いているみたいに見えね。なんでだろう?」
『失った愛に絶望しているようね』
 終焉之書を片手に、六花は凍えるように冷たいライブスを操る。愚神の側にはキューピッドのような従魔も出現しており、彼らを逃げ惑う客たちの方へと向かわせるわけにはいかなかった。
「天使の羽だけを狙えるかな?」
『よくよく、狙えば大丈夫なはずよ』
 六花たちは、空中を飛ぶ天使たちの羽を狙って攻撃を始める。男性が近くにいることで攻撃力を上げる愚神もやっかいだが、それ以上に自由に空中を動き回る従魔も同じぐらいに厄介だ。避難中の客のほうにでも行かれたら、おそらくは大きな被害がでる。
「花のドレスが夢見る少女達の前で燃やされるなんて、そんな悪夢お断りだよ」
 できるだけドレスを巻き込まないようにとリュカは願い、オリヴィエは従魔に狙いをつけてトリオを発動させる。羽を撃ちぬき、機動力を削ぐ作戦であった。むろん、愚神からできるだけ離れて、攻撃力を上げないようにも注意する。
「こんなに夢あふれる場所に現れるなんて!」
『……楽しいひと時だったのだぞ』
 電光石火で愚神に近づいた桜は、渾身の力を込めてヘヴィアタックを愚神に叩きこむ。まだままだ着てみたいドレスは山のようにあるのだ。こんなところで、足止めされるなんてもったいない。
「待って。元になっているのは……女の人??」
 いったいなにがあったのでしょうか、とオリガは呟く。
「ソノ……ドレス。クヤシイ、ワタシモキタカッタノニ。ニゲヤガッテ」
 愚神が真っ直ぐに指差したのは、オリガのドレスである。スヴァンフヴィートの影響もあっていつもは真紅のそれが、今は婚礼衣装風に白く染まっている。
「やっぱり結婚式がらみ、みたいだね」
 アンジェリカは、愚神の髪が鎌状に変化するのを見た。切らせはしないよ、とアンジェリカはそこにストライクを撃ちこむ。切り落とされたナイフは、元の髪に戻ったと思った途端に再び蛇の形をとる。
「危ない!」
 桜が危惧したとおり、蛇が吐いた炎がアンジェリカを襲った。桜はアンジェリカを助けようと走ろうとしたが、体が動かなかった。
『これは……マヒか』
 翼が確認すれば、桜の足には従魔の愛の矢が突き刺さっていた。
「大変! 取りこぼしちゃった!!」
 どうしよう、と六花は慌てはじめる。
『落ち着け、俺たちの仕事は従魔退治だ』
 オリヴィエの言葉に、アルヴィナもうなずく。
『落ち着いてね、六花。リフレクトミラーを手に持って、それで一気にいきましょう』
 リフレクトミラーで攻撃の範囲を広げましょう、とアルヴィナがアドバイスを送る。
「防御は、私が」
 キングスシースを手にしたオリガは、アンジェリカの前に立つ。そしてインタラプトシールドを発動させた。愚神の蛇が吐き出す炎から身を守りながらも、オリガは目を丸くする。
「この鞘って、まさかアーサー王の……??」
『まあ、レプリカですけど』
 本物なんてあるわけないですし、とスヴァンフヴィートは続ける。
『アンジェリカはん、少しでいいんや。うち、あの子と話がしたい』
 文菜の突然の言葉に、アンジェリカは目を丸くする。だが、文菜ならば下手なことをしないだろうと体を明け渡した。
『うちは、あんたがうらやましい……』


『ぐっ、プリプリウェディングモード……! なんて心惹かれる響きだ!』
 やりたい、とガルーは拳を震わせながら呟く。
「しません!!」
『まぁ待て。このパニックを別の意味で抑えられるかもしれない。ほら、ここにちょうどよくちょっと汚れたウェディングドレスが……』
 ドレスは、ガルーの上腕二頭筋あたりで破けた。
 征四郎は、ちょっと泣いた。
『……がぅるるる』
「……こうなる気はしてた、うん」
 ユフォアリーヤの機嫌は最悪であった。
 近い将来着る予定になるはずのドレスを見に来たのに、とんだ邪魔が入ったからである。ユフォアリーヤの気持ちは痛いほどに分かるのだが、今は現れた愚神に対してパニックになってしまっている客たちを何とかしなければならない。
「ったく、僕が人助けだなんて冗談じゃない。さっさと避難済ましてあのアバズレをぶちのめしに行こう」
 悪態をつきつつも、ヨハンはエージェント登録証を逃げ惑う人々に見せつける。
「聞いてください、わたしたちはエージェントです! 皆さんの無事はお約束します、係員の指示通り落ち着いて脱出してください!」
「……怪我人はこっちだ。歩けないようなら、ボクが応急手当をしよう」
 その隣にいる正宗は、避難の際に不幸にも出てしまった怪我人に対して手を差し伸べていた。だが、正宗は人と話すことを得意としていないために、なかなか避難している人々に気が付いてもらえない。
 遊夜は、拡声器を取り出した。
「詰まった方が逃げ損ねるぞ! 焦るな、並べ! 攻撃は通さん、安心して逃げるといい。そして、怪我をしても治療ができる準備があるぞ!!」
 遊夜の言葉に、正宗が呆気にとられたような顔をした。
 だが、いつまでも呆然としている暇はなかった。助けを求める人々は、津波のように非常口へと向かおうとしている。危ないから急がないで、と呼びかけているのだがなかなかパニックを収める有効な一手にはなりえていない。ガルーに肩車してもらった征四郎が「一列に並んで、速やかに外へ!」と叫ぶが焼け石に水だ。
『どうする? 出口が一つしか無いから、渋滞が起きちゃってるよ』
「平屋建てなら、窓からも外に出る事も可能な筈だ」
 その後の恭也の行動に、思わず伊邪那美は一句読んだ。
 ――ないのなら、作ってしまえ、出入り口。
 恭也は何のためらいもなく、窓に椅子を叩きつけて割った。たしかに出入り口は一つ増えたが、あまりに乱暴な恭也の行動に客たちも生唾を飲み込んだ。
「これで、大丈夫だ」
『……うん、お客さんたちもちょっと冷静になったみだいだしね』
 客やスタッフは、恭也の行動を自分たちよりもパニックになった人間と受け取ったようである。突然、窓を壊せばそう受け取られるであろう。
「こちらも……怪我人の手当はあらかた終わった」
『それにしても、せっかくのドレスを着れるチャンスが。この愚神は絶対に許せないです。そうですよね』
 CODENAME-Sの憤りに、正宗もわずかにうなずく。
 まだまだ着てみたいドレスはたくさんあったし、パーティー用のドレスで気にいったものがあったのならば購入してみても良かった。なのに、愚神が現れたせいですべてが台無しである。
「……なにか事情があるかもしれないが、やっぱり許せない」
 そうですよ、とCODENAME-Sはぷんぷん怒っていた。
 

『うち、あんたが羨ましい。皮肉やないで。辛くても哀しくても、それでもあんたは誰かを真剣に愛した、その思い出を持ってるんやから』
 少しだけ寂しそうに文菜は、微笑む。
 愚神は相変わらず暴れていたが、文菜のことを完全に無視している様子でもない。その証拠に、文菜は何度も仲間に守られた。それでも口を閉じないのは――それがどうしても語りたい思いがあったからだったからだ。
「うちな、亭主に先立たれたんや。せやけど覚えてるのはそれだけ。顔も性格も、二人でどんな事したんかも、何も覚えてへん」
 アンジェリカは、初めて聞いた話に声を失う。
 文菜は、それでも語ることをやめない。
「もしかしたら酷い人やったのかもしれん。それでもうちはあの人の事を覚えてたかった。いつかいい思い出に変わるとは言わん。けどそっから目を逸らすんはあんたが誰かを愛した、その思いも否定する事ちゃうか? それでええんか?」
「ヨクナイ……」
 愚神が声を発する。
「ヨクない……ダイ好きだったノ。結婚式ノ前に逃げタノニ……。あのヒト以上の人なんて、ゼッタイニ現れないってクライ。スキだったの。」
 そうじゃなきゃ結婚なんて考えないわ、最後の言葉ははっきりと聞こえた。
 その声を聞いた桜は立ち上がる。もう体にマヒは残っていなかった。そして、それ以上に伝えたい思いがあった。彼女たちにとって結婚はまだ夢物語で、相手に逃げられる悲しみなんて未経験だ。それでも、愚神は同じ女として励まさなければならないと思った。
「愚神になんか負けないで! きっと新しい人は見つかるよ!」
 だって、あなたは綺麗だもん。
 その言葉が、愚神のなかにいる女の心を撃ちぬいた。
『希望はすてるものでない、私達がその苦しみから開放してやろう』
 女性から愚神を引き離すために、桜と翼は再び武器を握る。
『結婚式当日に逃げるなんて、悪い男に引っ掛かったものね』
 アルヴィナもため息をつく。六花には結婚式当日に花婿に逃げられた花嫁の気持ちは、分からない。けれども、すごく悲しいことなのだとだけはわかった。
「ねぇ、このまま愚神と一緒に心中するつもりなの? 死んじゃったら、結婚だって、できないよ……!」
 涙にぬれていた愚神の瞳が、リンカーたちを見る。
「幸せになれるかな。こんな……私でも」
 もちろん、と答えたのは遊夜であった。
「おやすみなさい、良い旅を……」
 彼の一撃で、愚神は瞳を閉じる。
 次の瞬間には、彼女は幸せを求める一人の女に戻っていた。


 愚神との戦いで破損してしまった会場で、リンカーたちは思い思いに過ごしていた。愚神にとりつかれた女性の保護や現場検証に支部の人間がくるだろうが、それまでは現場に残らなければならなかったからである。
「……式の事、もう少し真剣に考えてみるよ。両親と会うのは面倒だけど」
 焼けてしまったドレスを見て少しばかり残念そうにしていたパトリツィアに、ヨハンは自分の決心を語る。
『きっと喜んでくださいますよ。あなたも娘が幸せなら嬉しいでしょう?』
 パトリツィアの脳裏に、夫と愛娘に囲まれた幸せな未来が浮かぶ。シンプルな白いドレスを親子で着て、その傍らにはヨハンの姿。
「娘は大きくなっても絶対に嫁にはやらないけどね」
 親ばかなヨハンに、パトリツィアはくすりと笑った。
『ん……無事だった』
 瓦礫の下からユフォアリーヤは、黒いドレスを見つけてきて尻尾を振る。店員におすすめされたドレスは汚れてしまっていたが、それでも気に入ったドレスが燃えていなかったことは嬉しい。
『……ん、こういうのが良い』
 また一緒に選びにこうようね、とユフォアリーヤは笑顔で婚約者に告げる。遊夜はとりあえず、ユフォアリーヤの機嫌が直っていたことに内心ガッツポーズをしていた。
『あー、こんなに燃えてしまってもったいないです。安く買い取れたりしないでしょうか。たしかに、焼けてしまったものは仕方がないですけど……どうにかこうにかリメイクをしたら――やっぱり無理ですよね』
 無口な正宗相手に一人で喋りながら、CODENAME-Sはため息を漏らす。きっとこのような催し物は毎年開かれていて、二人でいれば行くチャンスもあるだろう。
「来年……か」
『そうですね。来年のお楽しみですね』
 正宗の言いたいことを正しく理解したCODENAME-Sは、笑顔を取り戻した。来年まで正宗の花嫁姿は楽しみにとっておこうと思えるようになったのだ。
『遊夜ちゃんのリア充オーラで目が……!』
「相手がいるってイイヨネー」
 目が死につつあるリュカを『三十路は過ぎれば気にならなくなるって』といいながらガルーは励ましていた。それが励ましになるのかどうかをオリヴィエは判断することができなかったが。
「伊邪那美。……相手に迷惑をかけなければ、いつでも嫁にいっていいぞ」
『それって……やっかい払い的な意味合いなのかな? 心配しなくていいよ、恭也。ボクはまだまだお嫁さんになるつもりなんてないからね。征四郎ちゃんもだよね』
 同意を求めたつもりが、何故か征四郎は真っ赤になって「こ……婚期が」と繰り返す。その様子に首をかしげながらも伊邪那美は足元に転がっていた打掛を見つけた。
 薄汚れてもなお美しい花嫁衣裳をみたアンジェリカは、自身のパートナーの顔を盗み見る。文菜はただ笑っているだけで、戦闘中に吐露した思いなど忘れてしまったかのようにも思えた。
『今回のことで分かったことが一つある』
 アルメイヤが神妙な顔をして呟いた。
『やはり、ドレスは動きにくい。スーツ、スーツが一番――……』
 アルヴィナが、アルメイヤの肩をがっちりと掴んでいた。
 その瞳は、語る。
『絶対に逃がさないわよ』
 ドレスが並ぶ会場にアルメイヤの悲鳴が響き渡る。そんな光景を見ていたオリヴィエは小さく呟いた。
『隣にいるのが、ドレスを着たあんたなら、エステルもさぞ誇らしいと思う、が』
 その言葉はエステルの心中を的確にとらえた言葉であったが、残念ながらアルメイヤの悲鳴によってかき消されたのであった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中
  • メイドの矜持
    パトリツィア・リントヴルムaa1933hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    伊集院 翼aa3674hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ダーリンガール
    オリガ・スカウロンスカヤaa4368
    獣人|32才|女性|攻撃
  • ダーリンガール
    スヴァンフヴィートaa4368hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 愛するべき人の為の灯火
    御剣 正宗aa5043
    人間|22才|?|攻撃
  • 共に進む永久の契り
    CODENAME-Saa5043hero001
    英雄|15才|女性|バト
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