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散らぬ花桜
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桜の眠りに、暁を
最終発言2017/05/26 08:19:56 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/05/25 23:57:21
オープニング
あまりの忙しさになかなか休みを取ることもできない沼津は、H.O.P.E.の中庭にある桜の木を見つめてため息をついた。
今年は花見に行くことさえもできなかったのだ。
桜と月を見ながらの酒は美味い。愚神や従魔の存在もあの瞬間だけは忘れることができる。
一年のうちで楽しみなどそう多くはないのに、今年はその楽しみのひとつさえも事件に追われて奪われてしまった。
再びため息をついた沼津を見つけた部下が駆け寄ってきて言った。
「沼津さん、まだ咲いている桜があるそうです」
その言葉に沼津はぱっと顔を上げて、部下を見た。
「本当か!? さっそく、今夜あたり花見に行くか!」
「なに言ってるんですか? 北海道でもないのに、まだ桜が咲いてるなんて、おかしいでしょう? 従魔ですよ!」
沼津は天井を見上げて、目をつぶった。
まぶたの裏に見事に咲いた夜桜が見えたが、それはすぐに恐ろしい従魔の姿へと変貌する。
「また仕事か!」
解説
●目標
桜の大木に憑いた従魔を退治してください。
●状況
・あまり人が立ち寄らない古い神社にある桜の大木が一ヶ月以上満開の状態を保っています。
・徐々に噂が広がり、桜を見に来る人が増え、お花見をする人達もいます。
・お花見をした人達が次々に眠ってしまうようになり、最初は、お酒に酔った人達が眠っているのだろうと思われましたが、眠った人達は桜の木から離さないと何日でも眠り続けてしまうことがわかりました。
・その状況をおかしいと思った神社の管理人さんからH.O.P.E.へ連絡が入りました。
●登場
・桜に憑いた従魔:イマーゴ級。花見に来た人々のライヴスを吸い、成長中。
・沼津:もう従魔でもいいから、綺麗な桜が見たいと、あなた達に同行します。
・ヴィクター・ライト:沼津の護衛係として、巻き込まれました。
●場所と時間
・都会の外れにある寂れた神社
・夜9時頃
●PL情報
・従魔は、あなた達が桜の木を調査している途中、イマーゴ級からミーレス級に変化し、襲ってきます。
・太い枝は腕のように、細い枝は指のように動き、攻撃をしかけてきます。
・知能はほぼありません。歩いたり、走ったりもしません。しかし、複数の太い腕を持った巨人が暴れるような状況にはなりますので、油断していると大怪我をすることになります。
リプレイ
●◯◯えもん
エージェントたちが神社に着くと、紫 征四郎(aa0076)がライトアイを使い、桜の大木を映し出した。
その美しい姿に、征四郎は思わず感嘆の声をあげる。
「わぁ、きれいですね……!」
きれいとは言っても、従魔が宿った桜である。エージェントたちは注意して桜に近づいた。
しかし、桜は静かにそこに佇んでいるばかりだった。
「まだ、イマーゴ級みたいだな」
ガルー・A・A(aa0076hero001)が満開の花々を見上げる。
その景色に、ガルーは一瞬、哀愁を覚えた。しかし、なぜそんなわびしい思いになったのかはわからない。もしかすると、ここではないどこかで、自分はこれに似た景色を見たのかもしれないと、そんなことを思った。
咲き乱れる桜の大木を見つめるガルーに、征四郎は言った。
「ガルー、桜の花、あんまり好きじゃないと思ってました」
征四郎にはガルーの横顔が寂しげに見えた。寂しげではあるが、それは嫌いとは違う。むしろ、懐かしさを感じているかのような表情だった。
ガルーはすこし大げさな笑顔を作って見せた。
「花の綺麗さはわからねぇんだ。でも、花見は好きだな。だから今日は頑張るぜ!」
「まぁ、げんきんなんですから! お酒の飲み過ぎはだめですよ!」
「桜はガルーに似合うと思う」そうぽつりと言ったのは、隣で桜を見上げていたオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)だ。
「きっと、ここじゃないどこかの桜も、きれいだったはずだ」
ひらりと舞い落ちた桜の花びらを、オリヴィエは優しくその掌に受け止めた。
なぜか、ガルーは、自身を受け入れられたかのような気がした。大したことなどなにも起こってはいないのに、心が震えた。思わず胸元の服を掴んだガルーの背を、木霊・C・リュカ(aa0068)が思いっきり叩いた。
「やぁ、やぁ、夜桜に酒とはこの季節に贅沢だねぇ!」
「……仕事だから、な?」
オリヴィエがリュカを諭す。
「飲み過ぎはダメですからね! 健康には気をつけて下さい!」
心配する征四郎の頭をリュカは撫でた。
すこし離れたところで、レイ(aa0632)とカール シェーンハイド(aa0632hero001)も桜を見上げていた。月の光に照らされて、すこし白みがかって見える桜の花に、レイはそっと触れた。
「幻想的だが、桜には桜の一番光る時がある。無理強いするのは……無粋なことだな」
レイの言葉にカールは「なんで?」と聞いた。
「綺麗なのがいつでも見れるのに、なんでダメなの??」
心底わからないという顔だ。
「じゃあ、カール。お前は楽しい時に哀しい歌を……曲を聴きたいか?」
「う~……遠慮したいね」
カールは顔をしかめて言った。
「ま、そういうことだ」
夏や冬に見る桜も綺麗かもしれない。けれど、それは、冬の季節を越えた春のほんの一時にしか見ることのできない桜の純真なる美しさとは違う様相になるだろう。
テジュ・シングレット(aa3681)とルー・マクシー(aa3681hero001)もまた桜を見上げていた。
「綺麗……ずっと見てたいね」
ルーの言葉に、テジュも言う。
「夢のようだな……しばらくの間、桜の記憶が残るのはありがたい」
「……いつまでも春ではいられないね」
「季節は巡ってこそ……だな」
「緑の葉も、来年の桜に想いを馳せるのも楽しみなんだ」
「綺麗ばかりの夢を見せてくれるな……暁がなければ、人は生きられん」
テジュの言葉に、「でも……」と不安をこぼしたのは五十嵐 七海(aa3694)だ。
「戦ったら枯れちゃわないかな……こんなに綺麗なのに」
「従魔だからな」とジェフ 立川(aa3694hero001)が言う。
「木は年輪の数だけ人の思いも培われてる。倒すしか無いならせめて何かの形で残すことを考えよう」
「そうだな」とテジュも賛同を示して頷いた。
語り屋(aa4173hero001)はその黒い妙な姿でありながら、どこか凛然とした雰囲気を漂わせながら桜を見ていた。
「初夏も半ばにして、未だ散らぬ桜、か……」
「曲がり形にも日本人の端くれとしちゃ、あまり傷付けたくない対象ではあるな。常なら魔法をぶっ放して終わりだが、ちっと趣向を変えてみるか」
おどけた様子で佐藤 鷹輔(aa4173)がそんなふうに言った時、鳥居を沼津とヴィクターが通ってくるのが見えた。
沼津の姿に、鷹輔はその手をぶんぶんと振る。
「沼津えもーん!」
その鷹輔の声に、沼津も「おー!」と返事をする。
「頼まれていた投光器、持ってきたぞー!」
「LEDのにしてくれた?」
鷹輔はすでに沙羅と共鳴しているヴィクターが担いできた投光器を見て聞いた。
鷹輔同様、沼津に照明を依頼していたガルーはヴィクターから投光器を受け取り、さっそく設置に取り掛かる。
「ああ! 総務課のやつら、出し渋りやがったが、夜の活動に照明がどれだけ重要か演説してやったらすんなり出してきたぜ!」
それは沼津の演説に納得したからではない。うんざりしたからである。
「さすが、沼津えもん!」
ちなみにこの呼び名、沼津は意外に気に入っている。
●綺麗なもの
語り屋と共鳴した鷹輔は腰にフラーシュ・ディッルをさし、桜の大木からすこし離れた。桜の根の周辺をマジックアンロックで見てみたが、どうやらそこに魔法はないようだった。
カールと共鳴したレイはライヴスゴーグルをかけて、周辺を見渡した。すると、桜の根元と自分を含めたエージェントたちからのライヴスの流れが見えた。
「……地中に伸びた根を使って、人のライヴスを奪ってたみたいだな」
レイの言葉に、鷹輔は「やはりそうか……」と桜の根元に視線を落とす。
「やっぱり、桜を切らなきゃいけないんだよね……」
七海は木を残したいという思いを抱きつつも、覚悟を決める。しかし、次の鷹輔の言葉にすぐに希望を取り戻した。
「桜はあくまで依代。助かる目はあるだろ」
「残せるかな!?」
「ライヴスを削いで弱らせた上で従魔だけを消滅させることができれば、大丈夫だろう」
「まぁ、でも」と、レイが言った。
「従魔がついていることを考えれば、やはり桜を傷つける可能性は低くないだろうから、できるだけ、桜のダメージを減らしたいな……」
レイの言葉に七海も真剣に考える。
「……剪定とか、どうしてるんだろう……ちょっと、管理人さんに聞いてくるね!」
十分ほどで七海は戻ってきた。
「桜の剪定はいつも管理人さんがやってるんだって!」
滅多に人も来ない寂れた神社だ。剪定を庭師にお願いする予算もないのだろう。
「桜は腐食菌に弱いって何かで見た覚えがあるから、応急処置のことも詳しく聞いておこう」
レイと七海は再び管理人に話を聞きに行った。
「すこし騒がしくします」
社の前、ルーは手を合わせて、神様に語りかけた。
「桜がこの神社の参拝の要なのだろうな」
テジュも手を合わせる。
静かな心で、どうか桜が無事であるように願うルーの耳に、賑やかな声が聞こえてきた。
複数の声が聞こえる桜のほうへ目をやれば、沼津を囲んでガルーやリュカががやがやしている。
「え!? お酒? お花見するの、早くない!?」
「まぁ、従魔を倒したら、桜の花が消えて無くなる可能性もあるからな……」
テジュはそう言いながら、(とはいえ、この状況下で花見をはじめるとは……)と、感心していた。
リュカは桜の下に敷いたビニールシートの上に沼津を座らせた。
「沼津さん、お疲れさま~! 肩揉む? お酌する?」
「さすがリュカ! 気がきくな!!」
沼津はリュカから紙コップを受け取ろうとしたが、それは部下に没収された。
「沼津さん! いま、仕事中ですよ!」
リュカの紙コップはガルーに没収される。
「まだ早い!」
「えー……じゃ、せーちゃん、今日もお弁当ある?」
せめて小腹を満たそうと征四郎に笑顔を向けると、「あーん! なのです!」と、征四郎がリュカの口に出し巻き卵を入れた。
「いまはこれだけなのです! あとは、お仕事が終わってからなのですよ!」
「……花見するのは構わないが、もうすこし離れてろ」
桜の周辺、境内はもちろんのこと、神社の周辺にも一般人が残っていないかを確認してきたオリヴィエが言った。
次に、オリヴィエは桜の木に登りはじめた。すこし登って、ガルーを振り返る。
「ガルー、もうちょっと上に行きたい」
「桜の木は登りやすいから、一人でも行けるだろ?」
「途中、登りにくい枝ぶりになっていたら困る……梯……ガルーがいてくれたほうがいい」
「待て、いま、梯子って言おうとしただろ? 道具扱いしようとしただろ!?」
「……行くぞ」
「リーヴィ! ちゃんと俺様の目を見なさい!!」
騒ぐガルーを放置して、オリヴィエはすいすいと桜の木に登っていく。上に登ると、視界は淡い桜色一色になる。上を見上げると、桜の花々の間から、月が見えた。
「いい眺めだろ?」
結局ついてきたガルーにそう言って、オリヴィエは笑った。
「……」
自分を挑発してまでオリヴィエが見せてくれた景色も、ガルーには綺麗かどうかはわからない。それでも、目の前の純真なる少年の心が一番綺麗であることは、ガルーにもわかる。
だから、返事を返した。
「……ああ。綺麗だな」
●心を込めて
管理人に桜の木を切った後の対処法を聞いてきたレイは、改めて桜の木を見上げた。
レイには夜の桜は仄かに光って見えた。どうしてこんなにも美しくあるのか、その理由を考えていたレイの隣に、ヴィクターが並んだ。
「ヴィクターは……この仄かに光る美しいものになにを想う?」
「……?」
ヴィクターはその言葉の意味をつかみかねているような表情になる。
「なにを想って見ている?」
「……俺は機械だから……魂があるものがたいていは美しく見える」
この中二病はまだ機械設定を貫き通しているらしい。
しかし、「魂」という言葉に、レイはそうか……と思う。
「この光は……魂の欠片なのかもしれないな……」
レイが改めて桜を見つめていると、桜の枝がぶれたような気がした。それは風に揺れたものではなく、ぶれたという表現がしっくりくるような動きだった。
「木が動いた!」
ルーの声に、その場は一気に緊迫したものになる。
動き出した木から飛び降りたオリヴィエとガルーは、すぐにそれぞれの相棒と共鳴する。
しかし、緊迫した空気は一瞬だった。
「……なんっていうか……」
ジェフと共鳴して双槍《白鷺》/《鳥羽》を構えた七海の言葉に、オリヴィエと共鳴したリュカがのほほんっと答える。
「タコみたいな動きで、ちょっと間抜けだね」
そんなリュカの言葉が理解できたのか、褒め言葉ではないという空気だけ察することができたのか、桜の太い枝がリュカに向かってきた。
「桜も似合うかっこいいお兄さんには、タコさんの足は届かないよ☆」
そんなリュカのセリフは、声には出ていない。桜の木を避けるためにオリヴィエが瞬時に主導権を変わったからだ。
リュカのセリフが空気に触れなかった代わりに、オリヴィエがリュカに言った。
「ちょっと黙ってろ。舌噛むぞ」
「は〜い!」と、リュカは脳内で返事を返した。
「ヴィクター、沼津をお願いするのです!」
ガルーと共鳴した征四郎の言葉に、ヴィクターは頷き、沼津と管理人を安全なところまで避難させた。
「あ! その投光器、高かったらしいから、壊さないようにな!!」
沼津の言葉に、征四郎はため息をこぼした。
「ガルー、どうしてあんなの頼んだのですか!?」
征四郎は仲間のことだけでなく、投光器も気にしながら戦うはめになった。
「でも、能力を使わずに明るいわけだから、戦いやすいだろ?」
ガルーはもっともらしい言い訳をしてみた。
「あんまり傷つけたくないんだけど……」
力強く振るわれる枝を避けながら、テジュと共鳴したルーは七海に言った。
「七海! 弱点看破できる!?」
「やってみるね!」
七海は枝を避けながら、弱点看破を試みる。すると、桜の木の上方、一輪だけ他の桜の花よりも色の濃い花が光って見えた。
「上のほう、色の違う花があるよ!」
しかし、そこを攻撃するには、枝や花を傷つけることになる。
報告しつつも動揺した七海に、枝が勢い良く向かってきた。避けきれないと思った七海は反射的にその目をぎゅっとつぶったが、その枝をオリヴィエがLSR-M110で撃ち抜いた。
「七海! 大丈夫!?」
七海を心配して隙のできたルーに細い枝が巻きつき、動きを封じられる。しかし、すぐに征四郎がその枝をカラミティエンドで切り落とした。
「二人とも、しっかりしろよ!」
語り屋と共鳴した鷹輔は二人をかばうように前に出て、大きな枝を避けながら、細かな枝を幹に影響がない程度に切り落としていく。
カールと共鳴したレイはすこし離れたところから、七海が言っていた従魔の弱点を見つけ、きりりっと九陽神弓を引き……矢を放った。矢はまっすぐに一輪の花へ向かう。
しかし、矢が花に到達する目前、それは枝によって叩き落とされた。
「あ〜〜〜! おしい!!」と、カールの声が頭の中に響いた。
「……仕方ない。囮になるか……動き回るものがそばにいれば、従魔の注意もそれるだろう」
レイがキリングワイヤーのリールグローブをその手にはめて桜の真っ只中に飛び込もうとした時、ルーが呼び止めた。
「従魔の注意をそらすなら、いいものがあるよ!」
ルーは七海と対角になる位置まで走ると、ゲフュールブーメランを投げた。
「七海、ツンデレ可愛すぎっ大好きだよ~!」
突然の言葉に驚いた七海だったが、ハート型の軌跡を辿りながら飛んできたブーメランを受け取ると、ルーに投げ返した。
「ル~! 私も大好きよ〜!」
ブーメランはまたしてもハート型を辿り、ルーに戻る。そのブーメランの動きに翻弄された枝たちも同様にハート型の軌跡を追うことになる。
次に、ルーは鷹輔に投げた。今度は普通に飛んでくるだろうと構えていた鷹輔だったが、ルーの言葉に持っていたフラーシュ・ディッルを落とす。
「鷹輔、大好きだよっ! 実は優しいの知ってるんだからっ!」
見事にハート型を描いて飛んできたブーメランは鷹輔の髪の毛を揺らして背後へ飛んで行った。動揺しすぎて、鷹輔はブーメランをキャッチすることさえ忘れている。
「ば、ばば馬鹿やろう!!! 急に何言い出すんだ!!」
顔を真っ赤にした鷹輔の後ろから、今度はするどくブーメランが飛んでいく。投げたのはレイだ。
「確かに、これなら従魔の注意をひけそうだ」
「そうだね〜」と返事を返したのは、戦闘中は滅多に表に出てこないリュカだ。リュカはブーメランを受け取ると、「せ〜ちゃ〜ん!」と、征四郎に向かってブーメランを投げた。
それは見事にハート型を描いて、飛んでいく。征四郎はそれが恋や愛といった類のカタチを表しているのではないとわかりつつも、嬉しくなって思いっきり投げ返した。
その気持ちを受けて、ブーメランは大きなハート型を描く。
「おっきなハートだね〜」
のほほんと微笑むリュカに向かってきた枝を、すぐに主導権を切り替えたオリヴィエが身軽に避け、ブーメランをキャッチする。そして、今度は征四郎のなかにいるガルーに向かって投げる。
再びハート型を描いたブーメランを受け取ったその人は、征四郎の表情から、ガルーのくせのある笑みに変わっていた。
「おもしれーブーメランだな」
受け取ったのがガルーだとわかると、オリヴィエは一気に恥ずかしくなった。しかし、ガルーはそんなことには気付かずに、ブーメランを投げた。
ハート型を描いたそれを受け取ったオリヴィエは照れ隠しのために、無造作にヴィクターに投げた。
ヴィクターはレイに投げ、レイはルーに投げ、ルーは七海に、七海は鷹輔に、鷹輔がファンブルしたものをリュカが拾って征四郎に。そんなことを繰り返しているうちに、その軌跡が奇跡を起こした。
「七海、見て!」
ルーが指差したところを見ると、ブーメランに翻弄された桜の枝がハート型に絡まっていた。
「ハート型の桜!!」
七海と征四郎はその瞳をキラキラさせた。
さらなる奇跡は、ハート型中央に従魔の弱点である一輪があったことだ。
「今だよ! 鷹輔!」
ルーの言葉に、慣れないハート攻めに疲れてきていた鷹輔が背筋を正した。
「不変の美なぞ、絵画の中だけで十分。過ぎし時を、在るべき季節を取り戻そう!」
鷹輔は幻影蝶を放った。
一輪の花は黒くなり、灰となって風に溶けた。
●桜とお酒とオレンジジュース
「ハート型とは、また珍しい木になりましたね……」
沼津の部下は、エージェントたちが枝の切り口にツギロウを塗るのを見守りながら言った。
「これで、この神社も有名になるだろう! リュカ、祝い酒といこう!」
リュカは桜の根元を掘り、そこに養分となる落ち葉などを埋めるレイの手伝いをしていた。そのリュカの首に、沼津は腕を回したが、その手はすぐに部下に取り押さえられる。
「沼津さん、これから報告書を書きますよ!」
そうして、沼津は部下に引きずられるように本部へ戻っていった。
沼津がいなくなり、沼津の警護という役目を失ったヴィクターが困っていると、その腕にリュカの腕が絡んだ。
「お仕事も終わったことだし、飲むぞ〜〜〜!」
「ヴィクたんは酒飲むんだっけ?」と、桜の木から降りてきたガルーが聞いた。
しかし、その質問はすぐに意味を失くす。
「まぁ今日は一杯飲んでおけ!」
「いや、俺は酒は……」
「お酒の前に! 記念撮影しましょう!」
「それ、いいわね!」
征四郎の提案に、出番のなかった沙羅のテンションが上がる。沙羅は当然のようにヴィクターにカメラを渡した。
役目のできたヴィクターはほっと息を吐く。
みんなで記念撮影をし、七海は改めて桜の木を見上げた。
「痛かったね……頑張ったね……無事に夏冬を越せますように」
そう願いを込めて、桜の幹を撫でた。
ガルーは銘酒『舞散桜』を紙コップに注ぎ、桜の手入れを終えて集まってきたジェフやテジュ、鷹輔に渡す。
「ヴィクター殿、これも報酬だ」
テジュは桜の花びらを落としたお酒をヴィクターに渡した。
自分のお酒にも桜の花びらを落とし、桜に向かって軽く掲げた。
「見事な桜だ」
すると、桜は風もないのにざわりと揺れて、お礼を伝えるようにその花びらをひらひらと舞い散らせたかと思うと、美しかった桜の花は、消えた。
エージェントたちが美しく散り、残った寂しい桜の姿に呆然としているなか、ひゃっくりを上げる甲高い声が響いた。
「征四郎のジュースが飲めないのですかー!」
花見の空気に酔った征四郎がヴィクターに絡んでいた。
「せーちゃんのだし巻き卵も美味しいよ」
「もう、リュカったら、いいお嫁さんになりそうだなんて、気がはやいです!」
照れながら征四郎はヴィクターの肩を激しく叩く。
「……雰囲気酔いは幻聴まで引き起こすのか?」
征四郎に心配そうな視線を向けているオリヴィエの袖を、ガルーは軽く引っ張った、
「リーヴィ……ちょっとこっち」
ガルーはオリヴィエを桜の大木の裏側に連れてくると、「これやるよ」とお守りを渡した。
「この神社のお守り。桜が、リーヴィーのことを守ってくれるらしい」
すこしだけ驚いたようにその目を見開いたオリヴィエは、それからふっと笑った。
「なんだ?」
そう聞いたガルーに、オリヴィエはポケットから取り出したお守りを差し出した。
「俺もガルーに買ってたんだ……きっと、ガルーのことをずっと見守ってきたと思うから」
「ずっと見守ってきた……?」
ガルーが復唱した言葉に、オリヴィエは「ん?」と小首を傾げた。
「……ああ、なんとなく。そんな気がしただけだ」
「……そっか……」
ガルーは目を閉じる。そこに明確な記憶があるわけではないけれど、自分の心や魂の奥に眠る記憶に、オリヴィエはいつも希望をくれる。
あそこにあったのは、蔑みの目じゃなかった。あれは、あの場で唯一、自分の魂の行方をそっと見てくれていた純真なるものだったのだ。
あの日、美しすぎた姿に、失くしたと思っていた涙がこぼれ落ちそうになった。
レイが消えた桜の代わりにとでもいうように、ギターを奏で始めた。ギターの音は桜の形を、歌声は桜の色を浮かび上がらせる。
ルーと七海は顔を見合わせて、これでよかったのだということをお互いの瞳のなかで確認すると、まだヴィクターに絡んでいる征四郎の隣に座った。
「僕にもジュースちょうだい!」
「私にも!」
二人に、征四郎は「はい!! なのです!」とガルーの大事な『舞散桜』を手に取った。
「それお酒!!!」
ジェフが慌てて征四郎の手からお酒を奪取する。
「ジュースはこっちだよ」
カールがルーと七海にジュースを注ぐ。
「ヴィクター。人の体は季節を感じることでもホルモンが分泌されて健康維持に役立つそうだ。と、いう理由で付き合わないか?」
そんなジェフの言葉にも、「いや、俺は人間じゃないから」と断る中二病重症患者。
鷹輔は切り落とした桜の枝を見つめながら、お酒を飲んでいた。
「満開を維持する桜……ライヴス技術で実現できればH.O.P.E.の立場的にも美味い話だよな」
「桜は、散るものだと思う……」と語り屋。
「それはそれ。別腹でいいだろ?」
手近に落ちていた枝を数本拾い、鷹輔はH.O.P.E.に持って行くために幻想蝶にしまった。
「これならヴィクター君も飲めるでしょ?」
リュカは、紙コップにジュースを注いで渡した。それを一口飲んだヴィクターはすこし眉をしかめた。
「このオレンジジュース、すこし苦いな」
「ほーら! ヴィクター君、一杯一杯、もう一杯!」
やたらジュースを飲ませたがるリュカを不思議に思いながらも、リュカと沙羅が共謀してオレンジジュースとお酒を混ぜたことなど、ヴィクターは想像もしない。
賑やかな声に、桜の枝がすこしだけ揺れた。
それに気づいたルーは桜を見上げて、微笑んだ。
「来年も見に来るね」