本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】天地巡る策謀~紫雷の俯瞰者~ 

山鸚 大福

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/10 09:32

掲示板

オープニング



 ふと、まだ私が人間だった頃を想いました……。
 ふと、私が生きていたあの頃を想いました……。
 そして私はその都度、安堵の気持ちを覚えたのです。
 あの毎日が消えて、今のこの時があることに。
 あの毎日が消えて、今のこの日々があることに。 
 それがどれだけの犠牲をもたらそうと。
 それがどれだけの怨嗟を産み出そうと。
 私はこの真黒い夜を、愛しているのですから。



――――Link・brave―――――――


 屍国編


『天地巡る策謀~紫雷の俯瞰者~』


――――――――――――――――――


「岡部雪江、か……他の姉妹も生前の資料はありそうね」
 四国を巡る一連の事件、その膨大な失踪者の資料の中から……黒松鏡子は現地の能力者達の要望に応じる形で、ある人物の資料に行き着いていた。
 岡部雪江。
 26才女性、既婚、両親は健在だが姉妹や兄弟はいない。
 若くしてIT企業の重役を勤めていたが、夫とお遍路に出ている最中に行方不明。
 学歴等々の経歴に非の打ち所はなく……いや、むしろ優秀過ぎる成績を修めて大手企業に入社、異例の出世をし、結婚後も一切の不備のない順風満帆な人生を送っていたが……この四国の事件が始まる僅か前に姿を消した。
 注目すべきはその写真だ。
 艶やかな黒髪、すらりとした長身に眼鏡、たおやかな微笑……服装こそ違えど、夜愛と名乗る女性と瓜二つの容姿。
 岡部雪江の結婚式の映像と、先日戦闘中に撮された動画の声とを確認したが、これも一致……ほぼ同一人物であると考えて間違いはないだろう。
 夫に関しては神門との関連を感じさせるものはなかったが、こちらも失踪していることを考えれば、恐らくはお遍路中に神門と出会い、何かが起きた……。
(揺さぶりに使えるかしら……?)
 人間であったとするなら、今の夜愛は何故神門に従っているのだろう。
 愚神による洗脳か自分の意思か……。
 だがどちらにせよ、ああして人類に仇なしているのなら、説得の効果は薄いかもしれない。
 今さら言葉で止まるなら、最初からこんな惨い行いはしないだろう。
 そう結論付け、関連の資料に目を通した鏡子は、四国の現状を考える。
 状況はあまり良くない。
 ゾンビ達の侵攻地域は拡大の一途を辿り、感染者数は増大傾向……動物のゾンビ化が四国山脈でも頻発し、本州四国連絡橋は未だ通行止め。
 感染者に対しても治療薬は足りず、増産を要請している最中だ。
(……できるならすぐに対処したいけど)
 これらの甚大な被害を放置はできないが、今は先に、敵の目論見を潰す必要がある。
 県境、夜愛の部隊も陽動であると推測してくれた能力者がいたが、結論から言えばその推測は正しかった。
 夜愛は想定を越える速度で香川善通寺市へ向かい進軍、HOPEはそれを討伐する形で動こうとしたが、現地の能力者からもたらされた報告と進言を考慮した結果、寺院近くでの迎撃に作戦を切り替えて待機した。
 敵の目的はあくまで要。
 七十五番と八十八番の防衛を手薄にすることはできない。
 夜愛の進軍を陽動と考えるなら、迂闊に動いた場合は危険がある。
 だからこその要の防備だ。
 相手は必ず要を狙うのだから。
 こうして守りを固めるのは、悪いことばかりではない。
 HOPEはロシアに向けていた力を、四国へ割くことが出来るようになってきている。
 治療薬も、量産に向けて動いているはず……。
 時間はHOPEの味方だ。
 それなら、堪え忍ぶのもあと僅か……。


 そう、あと僅か……。
 夜愛はHOPEの想定するゾンビの進行速度を大幅に上回り、善通寺市内に進軍していた。
 県境からの移動には本来なら時間を費やすが、それはあくまで、足の遅い通常のゾンビを全員連れていけばの話。
 能力者に対する戦力となる蟲毒従魔達……多数のゾンビを喰らい合わせる事で進化したそれらの屍だけであれば、その速度はずっと速く、疲れも知らない為に進軍はスムーズに済む。 
 HOPEによる妨害も考えられたが、夜愛は、芽衣沙や神門の姿を見せないことで、相手に要周辺の防備を促させた。
 もしも人員を集め夜愛を討伐に来たなら控えとした芽衣沙が要を強襲し……防備を固めるのなら、予定通り天地表裏を攻めて要を落とす。
 どちらに転んだとしても、こちらが戦況を有利に進められる手。
 さらに停電と、大軍に見せかけた幻影の部隊の展開。
 これにより住民を避難させ香川に集めたのも、今後の戦いで一般人を闘いの舞台に残す為だ。
 総戦力をHOPEに出されれば、殲滅される可能性は高い。
 けれど一般人がいるだけで、人命救助を重視するHOPEはずっと動き辛くなる。
 こちらが有利な土壌を作り上げる事、夜愛は四国において、常にそれを意識して立ち回る。
 彼女が戦場において活躍する必要はなく……こうした戦況を作ることが、彼女の役割であると言えた。
 しかしこうした戦力分散と撹乱、さらには兵力の増強が可能な時期もあと僅かしかないだろう。
 ロシアの事件が予測を越える速度で鎮圧に向かった今……有利な戦況や、同等の盤面で闘える時間は長くない。
 現状でさえ能力者達に押し返される事があるのだから、ロシアに向かっていた人員が加われば、夜愛達が不利になるのは必定と言えた。
 そうであるのなら、この機に攻め落とす必要がある。
 戦力は、三種の蟲毒従魔達……火獄、血生、刀鬼。
 それにもう一種……業と呼ばれる蟲毒。
 蟲毒従魔の最終形とも呼べる上位の従魔が産まれたのは喜ばしい誤算だ。
 かけはしと呼ばれる、一般人を作為的に集めた場所へと向かわせた事で、能力者達の分散に期待出来る。
 主である神門を動かす必要はない。
 彼女は、自らの得意分野とも言えるゾンビ間のネットワークに霊力を繋いだ。
 まずは業、芽衣沙と共に善通寺を攻め……朱天野と神宮寺が大窪寺を攻める。
 本来であれば慎重に一ヶ所を攻めるべき時……けれど要の解放は、時期を考えれば急務。
 だからこそ選んだのは負けない為のものではなく、勝つためのもの。
 采配は既に決まっている。
 天と地。
 表と裏。
 攻め立て弄し、欺き散らす。
 それはHOPEと空海を制す為の……一つの策謀。


 ――善通寺市内・赤門筋――


 善通寺警護の交代要員である能力者達は、同市内への神門出現の報告を耳にした直後……ある軍勢が善通寺へ向かう道を進んでいる事に気付いた。
 夜の町……焔を纏った骸骨の灯りに照らされる多数の従魔と、その中央、眼鏡を掛けた和装の女性。
 数多の策と術によりHOPEを翻弄する、美貌の死者。
「善通寺まで通していただきましょう……加減は致しません」
 夜愛が数珠を構えるのが見える。
 善通寺……空海の残した要のあるその場所に向かうことが、彼女の目的なのだろう。
 百八ある数珠に霊力の光が点ると、夜愛の周囲から紫電が迸る。
 ……善通寺を巡る闘いが、今、始まろうとしていた。



解説

【依頼説明】
夜愛の迎撃

【依頼詳細】
 神門の配下、夜愛が赤門筋から善通寺へ向かおうとしています。
 善通寺には要がある為、これを迎撃し接近を阻んで下さい

【場所情報】

 赤門筋は、善通寺の赤門に真っ直ぐ続く道です、両端は建物や小道等。車無し。(横幅5SQ)
後退し過ぎると善通寺に着きます

【敵情報】

夜愛

『特殊改造端末』
こちらの動向を探る際に利用していた端末。
詳細不明。
『災禍の念珠』
 夜愛が攻撃、防御に利用している数珠。
 これまで確認されなかった霊力の光が各数珠に灯っているため注意が必要。

スキル
『暗夜弄月』
月なき夜に月を弄する幻術。 瞳を見開く事で発動する
『同士討ちの光景』『仲間達の和気藹々とした風景』等の内容を設定し、範囲内にいる相手の記憶から各自に幻を見せる。
タイミング:ファースト/?
範囲:周囲10SQ?
BS【狼狽】【翻弄40】ダメージ無し

『三毒の呪陣』
発動条件:不明
特定範囲に魔法陣を展開、自動攻撃する『紫雷・六道呪縛』を発生させる。

『紫雷・六道呪縛』
霊力を乱す紫電を発生、数珠を発動の媒介としている。
範囲:2(地点)
BS【封印】  


蟲毒従魔『火獄』×5〇
デクリオ級
炎を纏った骸骨。炎弾を得意とする(射程15SQ)
蟲毒従魔『血生』×5●
デクリオ級
肉塊。触手のように身体を伸ばして攻撃してくる他、高い再生能力と耐久性を持つ。
蟲毒従魔『刀鬼』×5▲
デクリオ級
耳や目鼻の無く、腕が刀のように変形した従魔。動きは非常に俊敏。

ゾンビ×20
弱い、遅い、鈍い、三拍子揃った生ける屍。現地に到着してから夜愛が新たに引き連れた

依代
白骨死体。梵字をアレンジした文字が刻まれている。夜愛が術の媒介にするなど、様々な用途で利用されている。
今回用いられているかは不明。

配置(←側、三十SQ先に能力者達。ゾンビ達は火獄後方四列)
▲  ●〇ゾ→
▲ ● 〇
▲● 夜〇
▲ ● 〇
▲  ●〇

リプレイ



「今宵の逢瀬も楽しむとするかの」
『百鬼夜行だねー。戦いは数だけじゃないって見せてあげよう』
 カグヤ・アトラクア(aa0535)とクー・ナンナ(aa0535hero001)の語る中、榊原・沙耶(aa1188)の牽制の砲撃が盛大な爆発を起こす。
 志賀谷 京子(aa0150)がそこにライフルを向けた。
「通せって言われてハイそうですかとは言えないよ」
 鳴らされた銃声が赤門筋に響き、銃弾が死者の軍勢へ放たれる。
 炎に巻かれ、粉塵の撒かれる中であろうとその狙いは違わない。
「わたしたちのこと、甘く見てるわけじゃないみたいだけど、まだ足りないってこと教えてあげる」
 弓を最も得意とする彼女だが、銃を構えたその姿に、違和感など微塵もなかった。
『どれほど手勢を引き連れようが、それで怯む我らではありませんよ! まして屍を弄ぶような輩になど遅れはとりません』
 英雄、アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001) の言葉に答えるように、その誓約者である京子は次々に銃弾を放っていく。
 照準、発砲までの無駄がない、洗礼された動作。
 通信機を繋ぎ、その結果を仲間に伝えた。
「全弾命中、肉塊が骨を守ってるわ。報告より動くみたい、気を付けて」


「まったく、相変わらず面倒な奴らだな」
 通信先の男……麻生 遊夜(aa0452)は、戦闘を記録する為のカメラと特殊なゴーグル起動させる。
『……ん、読み合いは狩りの、戦いの基本……でも、嫌らしい……ね?』
 その妻、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)が、共鳴した遊夜の胸中で、はふぅと息を吐いた。
 ゴーグルにレーダーの策敵結果が表示され、霊力の持つ存在を映し出していく。
 気になる点は……。
 夜愛の腹部に、異様に大きな霊力反応が見えることか。
『ん、良く見える……けど』
「敵の性質的に油断は禁物、だな……腹部に何か隠し持ってる、全員注意しろ」
 通信を送りながらAGWを展開していると、別の通信が飛んできた。
『妾じゃ、前衛の指揮はとらせてもらうぞ』
「ああ、わかった」
 傭兵団の頭領でもあるカグヤなら、場数も豊富で指揮には適任と言えるだろう。
『妾達が足止め、お主らが火力と範囲で殲滅じゃ。今宵は派手に楽しもうぞ』
「ああ、カチューシャで派手にやる。巻き込まれないよう気を付けてくれ」
 カグヤに答えながら、遊夜は多連装のロケットランチャーを展開した。
 巻き起こる破壊範囲はかなりのものだが……それをカグヤは一笑する。
『気をつける必要があったかのぅ? 主は巻き込まんよう上手くやるじゃろ、巻き込みたいなら緋十郎だけにしてくれろ』
「それは喜びそうだがな」
 それに遊夜は苦笑で返し……カチューシャを眼下の敵へと向けた。
 お喋りの時間は終わりだ。
「さっそくだが……」
『いっぱい食べて、ね』
 くすくすと笑うリーヤに合わせ……多数の砲撃が屍へと襲いかかった。


 その建物の下……赤門筋の道の中央。
 そこで一つの書物が開かれていた。
 絶零……ヴァルリア。
 その名を持つ禁書、終焉之書絶零断章。
「見てアルヴィナ! すごく綺麗」
 その書物を扱う氷鏡 六花(aa4969)は、背中から伸びる氷の翼に嬉しそうにはしゃぐ。
 彼女にとって、氷は決して恐れるものではない。
 大切な孤児院や、親しい人達の姿が胸中に過るのを感じながら、六花はその暖かな意思で、絶零の書を読み解き……操る。
 英雄、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)が、その胸中で微笑みを浮かべた。
『綺麗ね六花。でも気を付けて、ただ正面から来るとも思えないから』
「うん」
 英雄に答え、手のひらを敵軍に向けた。
 狙いは敵後方、燃え盛る骨の従魔。
 爆風と紅蓮の炎が巻き起こるそこへ、六花は魔法を解き放つ。


 絶零、それは万物を凍てつかせる災厄。
 巻き上げられていた粉塵が瞬間的に凍り付き……火獄と呼ばれる骸骨の火が一瞬のうちに掻き消える。
 一定範囲に広がった冷気は渦を巻き、その中に閉じ込められた四匹の従魔達を停止させていく。
 極寒の地の悪夢、零度の空間。
 後に残るのは、氷の彫像となった三匹の骸骨とゾンビのみ。
 間一髪で避けた夜愛は、視線を六花や京子達のいる後方に向けた。
 この状況、考える事は同じ……遠距離の戦闘力を削ぐこと。
 遠距離戦闘を制することは、愚神と能力者の闘いとなった今でも大事なことだ。
 夜愛は災禍の念珠を構える。
 これは元々、離れた要を同時に崩す為に夜愛が設計したもの。
 対要用霊脈干渉装置にして、愚神の力を利用した霊力兵器。
 長距離用の霊力誘導媒介はこの場にないものの……この場での遠距離戦に応じるのなら、完全稼働した災禍の念珠は充分な兵装と言えた。


「あーあ……いいオンナじゃなかったか」
『そもそも敵対してるからね?』
「どこにいようと、いいオンナはいいオンナだろ」
 水落 葵(aa1538)はウェルラス(aa1538hero001)に言葉を返しながら、遠く……凍りついた地面に器用に立った夜愛を眺める。
「ギーヤ! 隣は頼むぞ!」
「任せて、狒村さん!」
 その葵の隣を、狒村 緋十郎(aa3678)やGーYA(aa2289)を筆頭に前衛の者達が駆けていく。
「ぼちぼちやるとするかね……」
 葵もまた、それに合わせて駆け出そうとした時……大気を揺るがす巨大な雷の音が、後方から響き渡った。


『鋼、後ろ!』
「……ああ」
 石動 鋼(aa4864)とコランダム(aa4864hero001)は自分の後方の空気に小さく電気が走る感覚と、何かが起きる嫌な予感を、誰よりも早く感じ取った。
 夜愛と数珠に意識を向けていたから気付いた、夜愛の視線の違和感……咄嗟に後方へ駆け出したのは勘と言えたが。
 直後、遊夜と六花の近くの地面に薄い光が浮かび、巨大な魔法陣が現れる。
「二人とも! 狙われてる!」
 京子が叫び、沙耶が振り返る中……六花の近くに向かう為、鋼は迷うことなくそこに飛び込んだ。
 魔法陣が輝く……六花に避ける時間はない。
 六花の身体を鋼が抱き締め庇った時……地面から巨大な雷が天に迸り、鋼と六花の身体を突き抜けていった。


「仁菜は治療に残れ、あとの者は止まるでないぞ、ごーごーじゃ!」
 そんなカグヤの声を聞きながら、リオンは共鳴した白鎧の姿で、自分の後方へと振り返った。
『大丈夫か!?』
 炎弾や火獄の警戒に意識を移していた為、咄嗟の反応が遅れた事が悔やまれる。
 半壊した建物、捲れたアスファルトと焼け焦げた地面……。
 傷付いた身体で屋根の上に登り直す遊夜と、地面から起き上がる鋼と六花の姿……その全員が消耗していた。
 仁菜が、リオンの中で悲しむのがわかる。
『大丈夫だ、すぐに治すからな!』
 その言葉は仁菜へのものか、三人へのものか、リオン自身にさえもわからないが……ただ守りたいと願う想いに突き動かされ、その霊力を天へと放った。
「藤咲さんだったかしら?」
 そこに、どこか艶っぽい女性の声が投げ掛けられた。
「あ、今はリオンで……」
「じゃあリオンさん、しばらく一緒に守ってもらえる?」
 盾を取り出しながら、彼女はそう聞いてくる。
 後衛への攻撃は予想の範囲外……状況が変わった今、従魔達が減るまで後衛の防御と治療に専念する必要がある。
 リオンは前を行く仲間達と後方の面々を見比べ、決断を下した。
「わかった、必ず守るよ」
「じゃあ任せたわねぇ……麻生さん、護衛が必要なら石動さんに頼むわよ?」
『いや、治療だけでいい』
「はぁい」
 それならリオンがいれば充分だろう。
 夜愛がこちらを狙うなら、これから六花や京子、遊夜は攻撃に晒されていく事になるはずだ。
 それを癒し、守りながら、互いに削り合うしかない。
 こちらの後衛が崩れるのが先か……前衛が夜愛を打ち崩すのが先か……そこが勝負の境目と言えた。


●貫くものと、守るものと


 藤咲 仁菜(aa3237)がしばらく後方の護衛に残り、仲間を庇った鋼がやや遅れたが、ジーヤと緋十郎、葵、その指揮を取るカグヤ達の奮戦により前線の従魔達は食い止められ、戦闘は続いていた。
「やられるか!」
 ジーヤは大剣で刀鬼の刃を払い、その場で持ちこたえながら相手の進行を阻む。
 火獄の放った炎弾が左腕を薄く火傷させ、刃を交わす間につけられた服部の傷がジーヤに痛みを与えた。
 霊力を補う為に賢者の欠片を噛み砕き、持ちこたえ……その視線を従魔達の向こうにいる夜愛へと向けた。
「夜愛……いや、岡部雪江! お前はなんで神門に力を貸している! 自分の意思なのか!?」
「……私自身の意思ですよ、岡部雪江は誰よりもあの方を望み、受け入れ、夜愛となった」
「なんでそんな」
「生きる屍は生者を望み求めるものです、足りないものがそこにあるから……」
「生きる屍?」
 ジーヤが言葉を続けようとしたところで、もう一人、夜愛に語りかける人物がいた。
 それはどこか面倒臭そうな青年……葵の声。
「あんた旦那はどうしたんだ?」
「どうもなにも、既に亡くなりましたが……」
 葵が語る中、夜愛の後方の火獄が凍り付き、もう一人がその頭蓋を銃弾に撃ち抜かれ、粉砕される。
 夜愛はそれを見ながら、数珠を自分の腹部に近付けた。
 断続的に続いていた後方への攻撃が止まり、数珠に強い輝きが灯る。
「あー、つまり旦那を裏切ったのか裏切って無いのかを聞きてぇんだ」
「どうでしょうね、私は今際、神門様に惹かれましたので……裏切ったのではないでしょうか?」
 他人事のように話す夜愛に、葵はその冷めた眼差しを向ける。
「婚姻届に署名をした時点で、 あんたは旦那と夫婦の契約をしたんだろうが……裏切ったってことは、つまり契約違反だよなぁ?」
「ええ」
「……旦那を裏切った時点で、神門とやらの事も、アンタはそのうち裏切るんだろうな」
「その様なことは……」
「逃げらんねぇよ」
 言葉を重ねようとした雪江に、葵は遠慮なく言葉を続けた。
「どうやったって裏切り者はずっと裏切り者だ。どんだけ上書きしても、どんだけひた隠そうが、どんな事情や心情があろうが……裏切った事実はずっとそこに在るんだ」
 それは責めるようでいて、ただ必然を語る静かな言葉。
「……」
「全く、ちっとは俺を見習ってもらいたいもんだ。今年も来年も俺の桜達は綺麗だってのに」
『それは否定したいわけじゃないけど、頷きたくもないなぁ……』
 何か神妙な様子を見せるウェルラスだが、葵は気にするでもない。
 葵はそのまま夜愛から視線を外し、迫る従魔達に鎌を振るう。
 その瞳にはもう、雪江の姿は写ってなかった。


「砲火の調べ、死者共よ堪能するがよい」
 激化する前衛の闘いの中、カグヤは嬉々とした表情を浮かべると……その横を通り抜けようとした従魔を、AGWの巨大な装甲で殴り付け、至近距離から砲撃を浴びせた。
 AGC『メルカバ』、カグヤの扱う対愚神兵器。
 放たれる攻撃を厚い装甲で防ぎ、火力で腐肉を打ち砕き前進する……さながら戦車のような、質量と破壊力による一方的な蹂躙。
 実戦に向いた形で巨大な兵器を振り回す様は、兵器に注ぎ込まれた技術や特性を活かすカグヤらしい。
 そのメルカバに備え付けたライトの先に夜愛が見えた。
 カグヤは戦闘中にも関わらずぱっと笑顔を浮かべると、起き上がった刀鬼の攻撃をメルカバの装甲で防ぎつつ声をかける。
「こちらが負ければ要が奪われるのじゃから、そちらが負ければ数珠の一つでもくれぬか? 面白技術が詰まってそうじゃからのぅ」
 刃物がぶつかり合う硬質な音、爆音に紛れながら届いた声。
「奪うと譲るでは、釣り合いが取れないと思いませんか? あなた方を倒そうと、私が奪える確証はないのですから」
 夜愛は苦笑してから……輝く数珠をじゃらりと揺らした。
「ほぅ、奪う方が難儀と言う意味かえ?」
「えぇ」
「なんじゃ、ならば話は早い」
 カグヤはカラカラと笑いながら至近に寄った刀鬼の胴を零距離の砲撃で吹き飛ばし、夜愛に答えた。
「こちらが数珠を奪うのであれば、釣り合いはとれるであろう?」
 飛び散った肉片と返り血を浴びながら、カグヤは愉しげに語り……それを合図とするかのように、一人の影が従魔達の中心へと躍り出る。


 絶零、氷の世界。
 前衛で闘っていた緋十郎は、敵陣で広がったその氷を見た時……一瞬、一人の愚神の記憶を呼び覚ましてしまった。
 緋十郎の胸中で燻り出した感情が、その剣先を鈍らせる。
(いかんな……こんな時に)
 今は四国、それも重要な闘いの場に身を置いている……なら、集中しなければいけない。
『結局は……雪娘にも会えず終いで、モヤモヤを抱えているのでしょう?』
 それを見透かすように、緋十郎を愛する少女……レミア・ヴォルクシュタイン (aa3678hero001)が問いかけた。
「う、む……」
 刀鬼の斬撃を巨大な剣で防ぎながら、レミアに答えた。
 それに応じたのは暖かな意思……そして激痛が、緋十郎を襲う。
 闇夜の血華の柄に絡んだ茨の棘が腕に鋭く突き刺さっていた。
「ぐぅっ……」
 吸血茨……それはレミアの牙の代わりに緋十郎の血を啜り……妻の存在を、緋十郎に痛みとして、傷として感じさせる。
『良いわ。ならわたしの力を使わせてあげる』
 寄り添いながらも手を取るのではなく、痛みで存在を伝えるレミアは、緋十郎に告げると、より深く棘を食い込ませていく。
 その痛みこそ、慣れ親しんだ愛情の証であり。
 その傷こそ、緋十郎に刻まれていく妻の想い。
 緋十郎は燻っていた感情を、その痛みの中へと沈めていく。
『慕情も悔恨も今は忘れて……存分に暴れなさい……!』
「ああ……存分に暴れさせてもらおうッ!」
 同時、沸き上がる衝動に身を委ね……緋十郎が駆けた。
「おおおおぉ!!」
 カグヤの吹き飛ばした刀鬼を踏み砕き、ジーヤが押さえ込んでいた刀鬼と肉塊を大剣が裂く。
 さらに飛びかかってきた従魔の顔面を掴むと、地面に引き倒して頭部に剣を突き立てた。
 速く、鋭く、暴力的な獣の力。
 本能のまま敵を屠る、鎖から解き放たれた緋色の獣が、従魔達を怒濤の勢いで駆逐していく。 
「存分に暴れておるのぅ。よい、今宵は宴じゃ、このまま蹂躙せい!」
 カグヤの声が夜天に高らかに響く。
 苛烈な攻撃により攻守の立場は逆転し……夜愛への道を阻む従魔達は大きく数を減らしていった。


 倒れた屍を仲間達が越え、夜愛の元に向かうと、肉塊達が動いた。
 既に刀鬼も火獄も姿を消したが、生命力の高い血生はまだ数匹蠢いている。
 伸びるのは歪な触手。
 シュッと背後から仲間達へ向かったそれは……振るわれた剣により根本から両断され宙を舞う。
 残っていた血生達が、動きを止めた。
「私が相手をしよう」
 鋼だ。
 霊力による誘引、それが意味する事は攻撃の集中。
 緋十郎やジーヤを含めた仲間の前衛数名には、既に夜愛へ向かうよう伝えてある。
『鋼……無茶はダメだよ』
「わかっているが、今回の相手は多少の無茶をしなければならないだろう」
 絡めとり捕食しようとする数本の触手、鞭のようにしなるそれを冷静に見極め……剣によって攻撃を凌ぐ。
 だが……どのような害意に晒されようと、鋼に不安はない。
 それは無謀な思い違いなどではなく……。
「コランダム、君がいる。心配することはないだろう」
 英雄への信頼がもたらす確信だ。
『……そうだね。僕がいる。僕らはそう簡単にやられたりはしない!』
 向かう数匹、最後の従魔を相手に、鋼とコランダムが相対する。


 夜は嫌いだ。
 明日が訪れるかも分からないあの深い闇が……命のか細さを伝えてくる夜が……ジーヤは嫌いだった。
 仲間達の引き付けたゾンビ達の間を走り抜け、夜愛へと迫る。
 だからこそ、ジーヤの望んだ明日を生きながら、当たり前の生を得ながら……神門の元で人々の命を奪う夜愛を、認める事などできはしない。
『思うようにやりなさい、止めないわよぅ』
 まほらま(aa2289hero001)の声。
 全力をぶつけることに意識を向ける。
「まほらま、俺に力を貸して! 今を生きる為に、生かす為に全力でいく!」
 数珠から夜愛の周囲の大地へと、波紋のように雷撃の波が広がってくる。
 同時、紫雷が霊力を乱し、肉を焼かれる激しい熱と痛みをジーヤは感じた。
 けれど剣を握る手の力を緩めることはない。
 この場に立つことが出来るその意味を。
 抗うことの出来るその意味を。
 生きて、そして生かされてきたその意味を。
 今を越え、明日に刻みつける為に。
「とどけえぇ!!」
 その大剣を、振るった。
 霊力がぶつかり結界を斬り裂くと、剣は夜愛の身体へと振り下ろされ……。


 巨大な爆発音が響く。


 能力者達の耳にはっきりと聞こえた音は、善通寺からきこえた。
 飛び交う通信の中、迷わず善通寺へと六花が駆け出す。
 相手の行動に疑念を抱いていた為、その行動は早かった。
「院長、行ってくるよ!」
『俺もすぐに行く、無茶はするな』
 通信機から聞こえる遊夜の声にうん、と六花は答え、突然発生したその事態に対応するべく、善通寺に向かった。
 

 夜愛の狙っていたのは、強行突破に見せかけた足止めと、従魔を用いた混戦状態への突入。
 けれど能力者達の奮闘により、その予定は完全に狂ったと言える。
 数珠を含めた夜愛の全力を、能力者達が上回った……そう言えるだろう。
 しかしまだ、彼らを幻術で惑わし、善通寺に向かった者を数珠で狙うことは出来る。
 まずその隙を作る為に、眼前の少年の腕に手で触れ、斬撃の軌道を逸らした。
「っ!」
 夜愛自身の技量が高いわけではないが……それでも身体能力は、能力者を凌ぐ。
 僅かにずれた刃は夜愛の肩から腕を浅く裂くが想定の内……あとは幻術を使い、紫雷でこの状態を突破するだけだ。
 そして夜愛がその瞳を開いた……その時に。
 顔面に飛来した砲弾が炸裂し、夜愛の瞳を焼いた。


「悪いがあとは任せた」
「任せて、外すような真似はしないから」
 砲弾が狙い通り炸裂した事を確認すると、遊夜は通信機の京子に話す。
 幻術が発動された様子はない、充分な戦果だ。
 遊夜が抜けても、それに匹敵する技量を持つ京子なら問題はないだろう。
 今は、善通寺に一人で向かった六花が気掛かりだった。
 それにこの局面は能力者達が制したが、善通寺が崩れてしまえば、その意味もなくなる。
 急いで向かう必要があるだろう。


 京子は、頭部に傷を負った夜愛に狙いをつける。
 距離はおよそ64m。
 手にした銃の狙いは一点……。
「……あの技試したかったんだけどね、使うまでもなかったかしら」
 そんなぼやきを呟く。
 バレットストーム……彼女と英雄の技巧の粋と呼べるその技は、残念ながら使う機会がなさそうだ。
 けれどそれは、彼女が本来の役割を……相手の呼吸を読み、その隙を見逃さない、狩人の役割を果たせる事も同時に意味する。
 空間を跳躍する味方の銃弾と自身の銃弾のタイミングを合わせる神業を行うことさえあった彼女にとって……一人の敵のタイミングをはかり、その隙を狙い打つなど容易な事だ。
『今はちゃんと仕留めることを考えるべきですよ』
「それもそうね。……今は」
 シンクロ・バレット……それは優れた技巧を誇る銃士の二人に贈られた、その神業を讃える称号。
 対となる一人がいなくとも、その片割れである彼女の技巧は確かであり……その転移射撃の腕前は……。
「私達への評価が足りなかった事、うんと後悔させてあげないと」


 善通寺に駆けつけた六花と遊夜は、金堂へと向かっていた。
 爆弾か何かが落ちたのだろうか、その状況は酷いものであったが……金堂の建物は残っていた。
 そんな中、一人の職員が金堂に入っていく姿が見えたが……六花は胸騒ぎに突き動かされ、遊夜は僅かな違和感を覚えて、金堂へと駆けていた。
 レーダーを見た限り、一人分の反応がある。
 二人は頷くと、六花は金堂の前から中の様子を伺い……遊夜はいつでも狙えるよう、後方から機銃を構えた。
 そして、中には……。
(あれ、黒松さん……?)
 以前の依頼で少しだけお世話になったH.O.P.E職員だ。
 四国の担当で能力者でもあるなら、今この現場にいても不思議はないが……。
 しかし、どこかで違和感を覚え、声をかけるのを躊躇い……隠れて様子を伺う。
 それは六花が、失踪した軍人の事を考えていたことや、幻術を扱う相手と敵対していたからこそ、勘が働いたのかもしれない。
 見えないように様子を伺っていた六花の視界の中……何かが取り出され、金堂の御神体の横、死角となるようにそれが置かれ。
 そこでその職員の手が、文字通りに凍りついた。
「……!?」
 六花の放った絶零の冷気は、職員の肩から手の先……持っていた爆発物ごと凍結させ、床に張り付かせた。
 何が起きているのかはわからない、けれど、この状況下……要と言える場所に爆発物を置こうとしていたのなら、止めるしかない。
 全身を凍らせなかったのは無論、相手が本当に職員であった場合に備えてだったが……。
 H.O.P.E職員と思われたその人物は、凍りついた腕を躊躇いなく引き千切り、入り口に向かい走り出した。
 痛覚を無視した人外の行動に一瞬、六花の対応が遅れ……。
 入り口から出ていくその人物へと機銃を向けた遊夜に、六花は慌てて声をあげる。
「ダメ! 爆弾持ってる!」
「ちっ!」
 どこに爆弾を保有しているか分からない以上、機銃のように弾をばら蒔くタイプでは誘爆する危険がある。
 通常の銃器であれば即座に頭を撃ち抜いただろうが……その大きさが災いしたと言える。
 金堂を遮蔽物として逃げられてしまえば、狙い打つことは不可能だった。
 追いかけるがレーダーの反応は遠ざかっていく……どうすべきか一瞬考え……。
「逃がしたか……安全は確認した方がいいだろうな、氷鏡ちゃんも手伝ってくれ」
「うん、わかったよ院長」
 周辺や内部に何もされていないとも言い切れない……今は要の安全を確実なものにするべきと考え、その不審者の情報だけを送り、二人は金堂の守りについた。


 その後、遊夜が確認した限り、氷ついた腕は男性のもの、腐敗はしていた為、恐らくは屍が職員に化けていたのだろう。
 持っていた爆発物は、要を破壊する目的と考えて間違いなく、凍りついたもの以外は確認出来なかった。
 そうして調べ、安瀬を確保した六花達の元に、闘っている仲間達から通信が届いた。
 その闘いの結末は……。 


 顔面の皮膚が崩れ、両目が損壊したことに気付いても、夜愛の対応は迅速だった。
「っ!」
 物が見えているように正確にジーヤに数珠を向けると、霊力を集める。
 複合的な機能を持った数珠は、その扱い方により霊脈への干渉の仕方を変える。
 霊脈を利用し飛距離や規模を広くする方法もあれば、その力を利用し強力な紫電として放出させることも出来る。
 ジーヤに紫電を放とうとした瞬間、銃弾が迫った。
 数珠を砕くことを目的とした、正確無比な射撃。
 人間であれば対応出来ない速度、けれど夜愛は軌道上に結界を展開し、銃撃を防ぐ。
 いや、防いだはずだった。
(……!)
 数珠から紫雷を放とうとした瞬間、別の位置に転移した銃弾が数珠に当たり、腕が跳ねあげられた。
 まさに結界に触れる直前であった為、夜愛の対応が遅れ……放たれた紫雷が、ジーヤではなく赤門筋の建物を焼いた。
 その動揺を立て直す暇もない……。
 緋色の獣が、側面に踏み込んで来た。
 爪牙の如く苛烈な、緋十郎の三撃の斬撃が迫る。
「俺は、この剣を以て人々を護る……俺の想いを貫く!!」
 それは純粋なまでの暴力。
 受け流すなど出来るものでもなく、ただ両断されることを避ける為に、後方に飛ぶ。
 しかし深い……二本の剣撃が夜愛を捉え、人であれば致命傷であろう心臓や、顔面に深い傷跡を残した。
「逃がすか!」
 そこに迫る二人の人物。
 ジーヤと仁菜だ。
 夜愛は振るわれた大剣の持ち手を片手で掴み、振り下ろされる力を殺しながら、眼前に迫った薙刀に結界を集中させる。
 結界と薙刀の間で、霊力が爆ぜた。
 拮抗する力、その時、リオンが夜愛に声をかける。
『ねぇ、俺らに分かるように教えてよ、なんで神門なんかに力を貸すの?』
「あの方の望みを叶え、守りたい、それだけですよ」
『……守りたいか。なら負けないよ、夜愛』
 リオンの言葉、それに続くのは、守護を誓った一人の少女。
「私達は守るためにいるから」
 普段はリオンに闘いを任せている彼女が、闘いの場でその意思を口にした。
 夜愛の闘う理由が守ることであるのなら……尚更、負ける気はしない。 
『後ろに守るべきものが居る時、それが俺達が一番強い時だ!』
 大切な誰かを守る為に。
 暖かな人達を守る為に。
 知らない命を守る為に。
 白き鎧の誓い、その守護の誓約こそが、仁菜とリオンを繋ぐ絆で強さなのだから、その想いで負けるはずがない。
 力の拮抗を破り、薙刀が夜愛の身体に突き刺さった。
「くらえ!」
 そこにジーヤの大剣が振られる。
 腕に巻かれた数珠を狙った大剣は、災禍の念珠を破壊するべく振られた一閃。
 バヂリ、と、数珠自体の保護を目的とした障壁が歪な音を立て大剣を止めるが……一定を保っていた数珠の紫色の輝きが乱れ、不規則になる。
 しかし、これでもう……引く準備は整った。
 夜愛の足元から、紫電が立ち上る。
 ジーヤが最初に接近した際、アスファルトの下に展開していた『三毒の呪陣』が、その効果を発揮したのだ。
 接近していたジーヤを仁菜が庇う中、夜愛は、一息に大きく距離を取る。
 転移した弾丸が頭部や足を穿つが、神経の死んだ身体が止まるわけではない。
 能力者達と距離が離れる……。
 敗走。
 そう言える戦いとなってしまったが、時間を稼ぐことは出来た。
 今回の作戦で残っていた二つの要の内一つは落としたのだから、次にこの戦果を……。
「のう夜愛、餞別を忘れておるぞ」
 嬉々とした声と、砲撃音。 
 それに反応出来た事が奇跡だったのか……。
 去っていく夜愛に放たれたカグヤの砲撃に対して、振り返った夜愛は数珠で結界を展開し……。
「……!」
 砲撃を防ぐと同時、幾重にも攻撃を受けてきた数珠が負荷に耐えきれず、弾け飛んだのだ。
 夜愛の有していた武器にして防具、要崩し『災禍の念珠』が呆気なく、路上にばら蒔かれる。
 それを拾う間などなく、夜愛は満身創痍となりながら、闇の中へと走り去っていった。


●エピローグ


 災禍の念珠の解析はH.O.P.Eが行う事となり、カグヤと葵のそれぞれのお持ち帰り計画も、職員側の奮闘と指示で無事に阻止された。
 今回は事件に関わる物品や新種である為、安易な持ち出しは禁じたかったのだろう……カグヤと葵の二人だけ入念なチェックをされたあたり、何か警戒されてる気もしたが、二人の英雄達曰く、日頃の行いとのことだ。


 夜愛は探査用の腕輪を持った緋十郎を筆頭にジーヤや仁菜、鋼、京子が追ったが見つかる事はなかった。
 手負いの夜愛の事は気にかかるが、大きな怪我もなく善通寺の防衛を終えた事を讃えるべきだろう。


 そして、沙弥は英雄である小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)と研究室に帰ってから、雪江に関する資料を探っていた。
 何か社会を恨むきっかけとなる事件が見つかれば、と思ったのだが。
 残念ながら親類含めそれらしいものは見当たらない、姉妹同士の関連がないことも分かったが、それだけだ。
 唯一気になるのは……中学生の頃の雪江の友人から、H.O.P.Eの人間が気になる証言をとったことか。
 それはクラスの人間が一人、事故によって死亡した時。
 一人だけいつもの様子でいた雪江に、その友人が悲しくないのかと聞いたら、こう述べたらしい。
 毎日人は死んでいるのに、何を悲しむのですか?
 と。
 その友人はそれから距離を取ったらしいが、雪江が本心から言ったなら、彼女の命に対する価値観を考え直す必要があるのかもしれない。
 人の命の重さを感じ取れない人間も、世の中には存在する。
 岡部雪江がもし人の死に感慨を抱かないのであれば、神門に味方する可能性もあるだろう。
 が……。
「……どうかしらねぇ?」
 それだけでは疑問も残る。
 命に価値を感じない人物が、神門に価値を感じるのだろうか?
 資料をパラパラと捲り、沙弥はふと、夜愛が語った言葉を思い出した。
「んー……岡部雪江は誰よりも神門を望み、受け入れ、夜愛となった……生きる屍は生者を望み羨むもの、足りないものがそこにあるから」
 命に価値を感じない雪江を、生きる屍と置き換えてみると、神門を求める理由を語った事にもなるだろうか?
 神門を生者とする理由は分からないが、神門の何かを羨み、仕えている?
 そう考えると、少し答えに近づけている気がした。
 他の姉妹の事と合わせて、これから調べていく事は出来るだろう。
 ゾンビのアダムとイヴ、最初のゾンビを探るにしても、資料は不足はしているが……。
 いずれ明らかにはなるだろう。
 探り求める者がいれば、真実への歩みは止まることはないのだから。
 そこにある真実が、なんであろうと。
 


 ――???――


 夜愛は、山の中へとその身を潜めていた。
 能力者は手強く、夜愛自身も大きく負傷し……集めた従魔や、災禍の念珠まで失われた。
 残るのは……。
「神門様……」
 彼女が片手に持つそれは、腕だ。
 闘いの前、主から褒美として授けられた神門自身の腕……災禍の念珠の動力としていたもの。
 それを両手で抱き締める。
 この主を、誰が裏切るだろうか。
 この世界の美しさを知ることが出来たのは、神門のお蔭だ。
 止まるつもりはない。
 愚かと蔑まれようと……彼女の愛した夜が、この地を満たすその時まで。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 揺るがぬ誓いの剣
    石動 鋼aa4864
    機械|27才|男性|防御
  • 君が無事である為に
    コランダムaa4864hero001
    英雄|14才|男性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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