本部

花降る小道へそぞろ歩き

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/04/27 20:26

掲示板

オープニング

 今年も、この季節が巡って来た。つまり、花見のシーズンだ。

「――という訳で、今回は軽い警備の依頼です」
 女性オペレーターが手にしているのは、この支部がある市が主催する花祭りのポスターだ。
 とある寺の境内と、それに連なる門前町の商店街を会場として毎年行われるものだが、今年はそこからも警備依頼が舞い込んだという。
「特に何があったという訳でもないようですが、このご時世ですから、犯罪者も人だけではありません。ご存じのように、世界蝕からこっち、場所や時期を問わず、従魔や愚神は神出鬼没――というより、奴らは苛立たしいまでにTPOを考えてくれませんからね」
 何かあったのだろうか。
 鼻息荒く吐き捨てるオペレーターに、集まったエージェント達は気遣わしげな視線を向けた。
 それを感じたのか、「失礼」と軽い咳払いを挟んでオペレーターは続ける。
「とにかく、もし愚神従魔絡みで騒ぎが起きれば、そこらの警官じゃちょっと歯が立ちません。コトが起きてからHOPEに通報していては間にも拍子も合うもんじゃないので、それなら最初からHOPEのエージェントにもさり気なくその辺を巡回していて欲しい、というのが市の言い分です」
「さり気なく……ですか?」
 エージェントの一人が、眉根を寄せて訊ねるのへ、オペレーターは頷いた。
「まあ、プリセンサーも今のところ、この近辺には怪しいライヴスの動きはないと言っています。大部分、お花見を楽しむつもりで良いと思いますよ。万が一、何かあったら宜しくというコトで」
 解散! とオペレーターが手を叩くのを合図に、エージェント達は各々「はーい」と返事をしながら立ち上がった。

解説

▼目標
目立たない形で会場を巡回・警備しつつ、お花見を楽しむ。(主体は花見)

▼花祭り会場
・とある規模の大きなお寺の境内から、門前町の通り。
・桜が満開の下、縁日のような出店が並んでいます。門前町に並ぶお店をそぞろ歩くのも良し、どこかに腰を下ろして桜を愛でるのも良し。
・お祭りは、午前九時頃から午後四時まで。

▼留意事項
今回、特に大きな問題は起きません。
警備にかこつけて、半縁日、半お花見をごゆっくりお楽しみ下さい。

リプレイ

「お花見でござるか。いやー、拙者、この日を待っていたでござる」
 子龍(aa2951hero002)がこの世界に来たのは、昨年の十月だった。話には聞いていたが、『桜』という花は見たことがない。
 既に賑わった門前町の通りでは、咲き乱れた満開の桜が、訪れた花見客を迎えている。
 その様子を見て、どこか浮き立っている子龍とは対照的に、彼の相棒・黒金 蛍丸(aa2951)は無表情だ。
 しかし、子龍は特に気にする事なく、蛍丸に手を差し伸べた。
「じゃあ、花見の前に一通り、巡回でもするでござるか」
 虚ろな目を上げた蛍丸は、それでも子龍に応えるように彼の手を取り、共鳴した。

「賢人! 櫻がすごく綺麗!」
 はしゃぐリャノン(aa4135hero001)に手を取られて歩きながら、赤磐 賢人(aa4135)は彼女に柔らかく笑みを投げた。
 視線の先の彼女は、ここへ来る前にサンドイッチなどの軽食をたっぷり詰め込んだバスケットを提げている。
 今彼女は、賢人が選んだ、春らしいふわっとしたワンピースを身に着けていた。放っておくと、いつも裸同然で外出してしまうのが、賢人には悩みの種だ。が、頼めば『賢人の頼みなら仕方ないわね』と着てくれるので、こちらが気を付ければ済む話だと、今は妥協している。
「大きな戦いも一段落ついたし、少しのんびりした依頼もいいか……」
 リャノンに釣られて見上げた先には、ちらほらと花弁を散らす桜の花が、満開になっている様がある。
「賢人が行くところなら、どこでも楽しいわ。うふふ、ちゃんとしたデートではないけど、実質デートですものね」
 言葉通り、楽しそうに笑ったリャノンは、そのふくよかな胸を当てる勢いで、賢人の腕に自身のそれを回す。
 普通の男性なら、人目のあるところでそれをやられたら、多少は慌てるだろうが、賢人は自然に受け入れていた。
 そんな彼らが、ちゃんとしたデートじゃない、辺りを本当に理解しているかは甚だ怪しい。しかし、ハッピーバカップルにそれをツッコむ人間は、この場にいなかった。

 任務を覚えているのか怪しいもう一組の恋人達の片割れ、セーレ・ディディー(aa5113)は、目線を上げた。
 青空の下、小さな薄いピンクの切片が、ヒラヒラと舞う。
 彼と一緒に何処かへ行くのなんて、初めて。桜、なんて……気にした事なかったけれど……。
 ぼんやりと脳裏でごちながら、セーレは、マナー通りに根本を避けた桜の木の下付近に、シートを敷いている日向冬織(aa5114)に視線を向けた。
 そのタイミングで、顔を上げた冬織が、微笑して手招く。セーレも、薄く微笑み返して、彼の元へ駆け寄った。

 桜……散ることを心待ちにされている存在……。どんな想いでいるのでしょう。
 そう、脳裏で一人ごちた茨稀(aa4720)は、桜並木を見つめて目を眇める。
 門前町に足を踏み入れ、警備がてら投げるともなしに投げた視線の先を、楽しそうにしている家族連れが通り過ぎた。
 何故、あんなに楽しそうなのだろうか、と茨稀は思う。この時間は、すぐに終わってしまうのに。
 冷めた気持ちで歩を進める彼の耳に、「話が違うではないか!」という声が飛び込んで来た。声質からすると少女のようだが、年齢は判断できない。
 迷子か、はたまた酒絡みのいざこざか。
「わしは、桜餅が貰えると聞いたから、付いて来たのだぞ!」
 ひどく憤慨して見えるのは、巫女のような出で立ちの少女だ。何処かで見た――ああ、そうか。さっき、ミーティングルームで会ったばかりの、エージェント仲間だ。
 そう判ると、途端に興味が失せる。
 茨稀は、吐息と共に、彼女らから視線を外し、門前町の奥へ足を向けた。

「桜餅の食べ放題……何処にもないではないか」
 恨めしげに言って、音無 桜狐(aa3177)は、隣を歩く猫柳 千佳(aa3177hero001)を半眼で睨め上げる。
 桜を見る為に、相棒を騙して参加した千佳は、「あ、あはははは?」と誤魔化すように乾いた笑いを返した。
「か、帰りに買って上げるから、我慢するにゃー? ほ、ほら、桜も綺麗だし、散歩するのにゃ♪」
「……むぅ」
 唇をへの字に曲げた桜狐は、「散歩よりぼけーっと眺めてる方がよいのじゃがの」と口の中でぶつくさと零す。
 騙された、という苛立ちは、容易には消えない。が、帰りに桜餅を買ってくれるという千佳の言葉に自分を納得させると、桜狐は渋々警備に頭を切り替えた。

「クックッ、やはり花見には酒は不可欠よの」
 甘露甘露♪と言いながら、アーニャ ヴァイス(aa4916hero001)は、陣取った桜の下で、手にした酒の缶を傾ける。HOPEの支部を出る前に、職員に買って貰ったモノだ。
 外見が十歳前後のアーニャは、酒を購入できない。騙し騙され千余年の世界から来た自分はつまり千歳を越えているのだ、と大真面目に説明しても、苦笑されるばかりだったので、事情を了解しているHOPEの職員に頼るしかなかった。
「あぅー、こうなったらアーにゃん、テコでも動かないんだよ。しょーがないなぁー」
 早々と地に根を生やしてしまったアーニャの隣に座ったミーニャ シュヴァルツ(aa4916)は、抱え込んだ食べ物を口に運びつつぼやいた。巡回と称して、出店巡りをした時に、買い込んだものだ。
 巡回を諦めた代わりのように、ミーニャが虎視眈々と狙っているのは、アーニャが傾けている酒だ。アーニャの飲みっぷりから察するに、きっと美味しいに違いない。そう思いながら、彼女が携えている未開封の缶に、そっと手を伸ばす。
 しかし、缶を取るより早く、アーニャの手がミーニャのそれを払った。
「これ。お子様に酒はまだ早いのじゃ」
「えーっ! ミーもお酒のみたい!」
 素気なく言われて、ミーニャは忽ち頬を膨らせる。だが、「お酒ちょーだい♪」とめげずに食い下がった。
 瞬時、呆れ顔でミーニャを見たアーニャは、「仕方ないのぅ」と言いつつ、先程彼女が取ろうとした缶とは、別のモノを渡す。
「しかし、これが飲めねば、酒を飲むなど到底無理じゃな」
 手渡したのは、ノンアルコールの非常に苦い偽酒である。以前から彼女が酒に興味を持っている様子だったので、どうにか諦めさせようと策を練っていたのだ。
 そうとは知らずに「ふーんだ、ミーは大人だもーん!」と鼻息も荒く受け取ったミーニャは、缶を開けた。
「こんなの何でも無いんだよー」
 表面上は怒った振りをしながら、大喜びで口を付けた中身は――
「!!」
 ――今まで経験した事がない程、苦かった。

「うわぁ」
 境内にある、広場一杯に植わった満開の桜に、パデーダ(aa4961hero001)は、歓声を上げて目を瞠った。
(よかった、喜んでるみたい)
 彼女のその様子を見て、ルイン(aa4961)は口元を綻ばせる。
 パデーダは、ミャンマーの概念上の木の精霊なので、こういう環境に連れてくればきっと喜ぶと思ったのだ。
 ホッと息を吐きながら、ルインも桜に視線を移す。
 同じくミャンマーから来たルインにとって、日本での生活は、文化の違いによる価値観のズレの間での試行錯誤の連続だった。HOPEでの任務もあり、最近少し疲れ気味だったのは否めない。
「じゃあ、パデーダ。あたしは、境内とか一巡りしてくるから、ここでゆっくりしてて」
「え……宜しいのですか?」
「うん。今回の依頼、危険度もあんまり高くなさそうだから、共鳴しなくても平気だと思うんだ。基本的にはあたしものんびりするつもりだから」
 パデーダもしっかり休みな、と言って肩を叩くと、彼女は嬉しげに一つ頷いて、子供のように広場へ駆けて行く。
 その背を、微笑ましく見つめて、ルインも門前町の方へ足を向けた。

「浩子!」
「あ、ママ!」
 名を呼ばれた少女は、ルインと繋いでいた手を離して、やって来た女性の元へ駆け寄った。
 しきりに礼を述べつつ、去って行く母子を見送った直後、「いやー、助かったでござる」と横合いから声が掛かる。
 自然、向けた視線の先にいたのは、蛍丸と共鳴した子龍だ。声と姿は蛍丸がベースだが、体を動かしているのは子龍の為、時代劇口調で喋る端正な顔の青年、という何ともシュールな光景が出来上がっている。
「生憎、幼子の扱いは勝手が判らぬ。他の者も、何やら忙しそうだった故……」
 迷子を見つけたのは子龍だったのだが、端から連絡するのに、ある者は取り込み中、ある者は相方の相手で手一杯などなどで、中々助けが得られなかった。
「あたしだって、小さい子供なんて相手にしたことはないよ。たまたまあの子が心を開いてくれただけさ」
 苦笑して肩を竦めたルインと、二言三言話してから、別れる。
 花見が基本ではあっても、見回りも仕事の内だ。固まって巡回するのは、効率が悪い。
 「おにーいさん」と声を掛けられたのは、ホッと息を吐いた直後の事だった。

 取り込み中の一人であった所の千佳は、満開の桜を見ながらの散歩に至極満足していた。一緒に歩いていた、桜狐の腹の虫が鳴く迄は。
 彼女は確実に“花より団子”で、出店にばかり気を取られていた。
「ぬ。何かいい匂いがするのじゃ」
「屋台の匂いにゃねー♪」
 逆に、“団子より花”な気分で桜を見上げていた千佳は、聞こえた桜狐の声に、やや上の空で答える。
「屋台……おぉぉ……色んなものが出ておるのじゃ」
 どこか目をキラキラさせて呟いた桜狐の腹が、“ぐう”と音を立てる。
「これは食べない訳にはいかぬの。当然奢ってくれるのであろ? 千佳」
「にゃにゃ!?」
 屋台ロックオン、の音と奢れ宣言に、千佳は漸く自身の財布の危機を察した。
「ま、まさか全部食べるのにゃ!? ってゆーか桜餅は!?」
「別腹に決まってるであろ。ホレ行くぞ」
 しまった、と千佳が思った時には、既に遅し。彼女の手を引いた桜狐は、手始めに手近な屋台へ突撃した。

 こちらも取り込み中と言えば取り込み中で、ついでに昼食の最中でもあった。
「お弁当、作って来ました。交換の、約束……」
 少し自信なげに、セーレはそっと自身の作った弁当を、冬織に差し出す。誰かの為に作ると気持ちが違うのだから、不思議なものだ。
「有り難う。はい、僕のも」
 笑顔でそれを受け取った冬織は、自身の作った弁当を彼女に渡す。
「実は料理するの初めてで……口に合うと良いんだけど」
 言った彼の弁当の中身は、卵焼き、ハンバーグ、ほうれん草のゴマ和え、キンピラゴボウとプチトマト、白米などなどが入っている。彩りは悪くない。栄養バランスも良さそうだ。
「お料理ナビゲームで作ったんだ」
 自分の為に彼が弁当を作ってくれた、と思うと、嬉しい。
「冬織さんらしいです」
 微笑して「頂きます」と手を合わせるセーレに、冬織は赤くなって目を逸らす。
「うん、ゲーム仕立てでやると楽しかったよ。料理」
 照れ隠しなのか、早口に言うのを聞きながら、セーレは卵焼きを口に運ぶ。
「美味しいです。とても」
「よ、よかった。セーレさんのお弁当も楽しみ!」
 言いつつ開ける冬織に、今度はセーレの方が面映ゆい気分になる。
 中身はサンドイッチだ。
 冬織のそれに比べると無難過ぎたか、とセーレは箸をくわえたまま彼に視線を投げる。種類は沢山作ったから、一つくらいは好みのものがあると良いのだが。
 そんなセーレの心配を余所に、冬織は彼女が作ってくれた手料理というだけで、涙まで滲ませ、「僕は幸せ者だ」と感激している。
 そんな風に言って貰えて、幸せ者は私の方だけどな。
 脳裏で呟き、「食べて下さって有り難う」と微笑した。

 互いの弁当を完食し、「御馳走様でしたっ」と揃って口にして、笑い合う。直後、まるで計ったかのようなタイミングで、一陣の風が吹き抜けた。
 咄嗟に見上げた視線の先で、薄桃色の花吹雪が舞う。
「普段、あまりまじまじと桜を眺めた事無かったんだけど……こうやって見ると、桜、綺麗だね」
 セーレさんの方が綺麗だけども、と脳裏で続けた言葉は、流石に照れ臭くて口には出せない。
 それを知らない彼女は、「そうですね」と同意の言葉を乗せる。
「私も……まじまじと見た事なかった、です……」
 綺麗ですね、と続けて、セーレは改めて宙を遊ぶ花弁を見つめた。舞う花弁は、散り逝くのに、その存在はまるで永遠のようだ。
「冬織さんがいなければ、こうして桜を見る事……きっと無かった」
 彼と、こうして過ごせる。それが、幸せという事なのだろう。
 だが、ポソリと呟いたその言葉は、余りに小さかった所為か、風に掠われて、冬織の耳には届かなかったらしい。
 彼は彼で、穏やかな時間に幸せを感じていた。けれども、恋人のデートって何をすれば良いんだろう、という戸惑いも覚えていた。
 何しろ、恋人と出掛けるなんて初めての事だ。
 彼女はこれで楽しいのだろうか。大丈夫だろうか。
 来年も、その次の年も、ずっとまた一緒に冬織と桜を見れたらいい、などと彼女が思ってるのには当然気付かず、徐々に挙動不審になっていく。
「そっ、そうだ、写真!」
 結果、突如叫んだ冬織に、セーレは弾かれたように視線を向けた。
「写真……?」
「うん。今日の記念、というか、思い出に」
 わたわたと言葉を継ぐ彼を見ながら、セーレは記憶を手繰る。もしかして、写真を撮るのも初めてかも知れない。家族写真はあるのだが、記憶にはなかった。
「何だか、不思議な感じ……ですね」
「そお? えっと」
 慌ててスマホを取り出しながら、「二人でくっついて、自撮りで撮るのはどうかな」と続ける。
 彼女が小さく頷くのを確認して、セーレの肩を抱き寄せる。触れた温もりに、不覚にもドキリとした所でシャッターを押してしまい、自分は何ともしまりのない表情で映り込む羽目になった。
(そう言えば、今まで女の子とこんな間近で触れ合った事なんてなかったもんな……)
 でも、と保存した写真をセーレのスマホに送って、改めて「これ一生待ち受け画面にする」と呟く。自分の表情は気恥ずかしいが、何と言っても、セーレとの大切な思い出なのだ。
 嬉しげにはしゃぐ冬織を見ていると、セーレは自分も嬉しくなるのを感じた。
 私は、部屋に飾っておこう。冬織のスマホから送られてきた写真を見て思う。
 これからも一緒に、色んな思い出を作って、写真も増えれば、それはきっと――幸せだという事なのだろう。

 一陣の風に煽られた花吹雪の中、人通りの少ない場所を選んで腰を下ろしていた茨稀は、目を眇めた。
 桜は散り際が美しい、だなんて誰が言い出したのだろう。
 けれど、散るのが運命で、その為に咲くのならば、いっそ最初から花など付けなければいい。
 散る為だけに咲く理不尽――それは、消え行く為に生きるという不条理にも繋がる気がして、どうにも赦す気になれない。ずっと咲いていられないのなら、共に在れないのなら、咲いても咲かなくても同じではないのか。
 けれど。
(理不尽に切り捨てられるよりは……良いのでしょうか)
 息を吐いて、目を伏せる。視線の先にあるのは、機械化を余儀なくされた左手だ。
(俺は……知りたいのかもしれませんね)
 最期の一片まで咲き誇り、美しくいられるのは、何故なのか――その意味を。
 クス、と自嘲気味に笑って、もう一度目を上げる。
 散り際を褒め称えられる桜自身は、その称賛をどう受け取っているのだろう。どう思って、咲き誇るのか。
 茨稀は、暫し頭を空にして、舞い散る花弁を見つめていた。
 そして、また思う。
(……ああ)
 こうして、人の心に『何か』を残して逝く――それが美しいと言われる所以なのかも知れない、と。
 それに引き換え、自分は――
(……誰かの心に『何か』を残して逝けるのでしょうか)
 彼の内なる問いに、答える者はなかった。

「はあ……やっと人心地着いたでござる」
 覚えず溜息を吐いた子龍の姿は、彼自身のそれだ。
 蛍丸はと言えば、共鳴を解いた後、シートの上で重石の役割を果たしてぼんやり座っている。

 先刻、共鳴状態の時に、若い女性の一団から声を掛けられた子龍は、大切な恋人がいる旨を伝えて、諦めて貰おうとした。しかし、男一人でこういう場所に来ていてそれはないと食い下がられた。
 こんな事なら、ルインと早々に別れるのではなかったと後悔しつつ、説得の為に共鳴を解いた。その上で、場所取りしておいたシートへの道すがら、同じ説得を繰り返すと、女性達はあっさり引き下がってくれた。
 やはり、蛍丸の容姿に惹かれて、声を掛けて来たらしい。子龍も決して顔形が整っていない訳ではない。が、彼女達にとってのお目当ての蛍丸が、余りにも無反応だったのが、彼女達の興を削いだのかも知れない。
 一息吐いたのも束の間、今度は財布を落としたという老婦人に付き合って、遺失物受付まで行った後、ここへ腰を下ろしたのがついさっきだ。

「風流でござるなぁ。戦いの合間の休息でござる」
 一人呟きながら、持参した寿司を肴に、ちびりちびりと酒を含む。
 今回は特に何もないだろう、と言うことではあったが、万が一何かあれば対処を、との指示もあった為、子龍は桜吹雪に目を細めながらも、周囲には常に気を配っていた。
「あうぅぅぅう! 舌がー!」
 という幼子の泣き声が耳に飛び込んだのは、直後の事だった。

 偽酒を口に含んだ途端、ミーニャはその余りの苦さに缶を放り出し、ゴロゴロと地面を転がった。
「うえぇぇぇ! アーにゃんのばかー!」
 涙目でペッペッと唾を飛ばすミーニャを見兼ねたアーニャは、「あーもう泣くでない」と言いつつ、用意しておいた口直しをミーニャに渡す。
「儂も悪戯が過ぎたようじゃ。ホレ、これを飲んで機嫌を直すのじゃ」
 今度は、一目見てそれと分かるジュースだ。
 引ったくるようにして受け取ったミーニャは、急いで一口啜り、「あまぁい♪」と忽ち笑顔になる。
「おいしー♪アーにゃん大好きー♪」
 ああそうかい、と適当にあしらいつつ、アーニャは“相変わらずチョロいのう”などと口には出さずに呟く。
(酒云々以前に、儂はこやつの将来が心配じゃわい)
 ぼやきながら、自分はまた一つ酒を傾け、目を上げる。
「儂の国では桃の華が美しかったが……此は此で中々のものじゃな」
 視線の先には、風の余韻に遊ぶ花弁が舞っていた。

 そんな騒ぎを余所に、リャノンは賢人の口元に向かって「はい、あーん」とサンドイッチを差し出していた。
 彼らが陣取っているのは、やはり不測の事態に備えて、花見客を軽く見渡せる場所だった。が、何しろ人目を気にせずいちゃついているので、却って周囲の目を引いている。
 しかし、賢人も気にせず、語尾にハートが見えそうな彼女の「あーん」に、ナチュラルに応え、サンドイッチを口に含む。
「美味し?」
「ああ、美味い」
 彼が食べた残りを自身の口に突っ込んだリャノンは、咀嚼してそれを飲み込みながら「こうしてると、お仕事も忘れちゃいそう」と言って彼に抱き着く。
「ね」
 キスしましょ、と言葉にはせずに、彼の唇に自身のそれを重ねる。
 公衆の面前で何するんだ! という声にならない周囲のツッコミは、二人には聞こえなかった。

「うむ、美味しいのじゃ。やはり外で食べる食事は味が違うのぉ」
 ご満悦でたこ焼きを頬張る桜狐に、“小さいのにあんなに一杯何処に入るんだろうにゃ”と千佳は訝しげな目を向ける。
「そして、食べた物は何処に消えていくのか……神秘だにゃー」
 涙目で振る財布には、もう小銭しか残っていない。
「稲荷とかはないのかの……あれば土産に買っていくのじゃが……」
 漏れ聞こえた桜狐の台詞に、もう勘弁して、と思いつつ、現実逃避的に目を上げる。
「うぅ、さ、桜が綺麗だにゃー」
 散財でしょげた心は、桜で癒すに限る。
 と、周囲に泳がせた視線の先に見えたのは、中年の男が、女性にしなだれかかっている現場だ。どうやら酔っているらしい。
「にゃにゃ? おじさん、他の人に迷惑掛けたらダメにゃよー?」
 スタスタと歩を進めると、弾かれたように男がこちらを注視する。
「あんまり迷惑掛けると、お仕置きしちゃうにゃよー?」
 散財の憂さ晴らしとばかりにポキポキと指を鳴らすと、不意に酔いが吹っ飛んだとばかりに男が退散したのは、言うまでもない。

 春の陽も傾いて、祭りが終息へ向かう頃。
「これ、少し頂いたけど、桜って押し花にできるのかしら」
 賢人と腕を組んだリャノンが、指先に摘んだ枝をクルクルと回しながら言う。
 勿論、門前町の店で売っていたものだ。その辺に咲いている枝を折るのは、マナー違反である。
「試しにやってみたらどうだ?」
 ダメなら、その時はその時だ。そう賢人が言えば、リャノンも「そうね」と笑う。
「ねっ、家に帰ったら、桜みたいに綺麗なアタシを見せてあげるわ」
 またもナチュラルに「楽しみだな」と返す賢人を見たら、台詞の意味を深長に考える人間はいないだろう。

 ピンク色の空気を振り撒きながら帰路に就くカップルの後ろ姿を、落とし物の確認をしていた子龍が見送っていた事など、無論、二人は知る由もなかった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 美味刺身
    子龍aa2951hero002
    英雄|35才|男性|ブレ
  • アステレオンレスキュー
    音無 桜狐aa3177
    獣人|14才|女性|回避
  • むしろ世界が私の服
    猫柳 千佳aa3177hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • エージェント
    赤磐 賢人aa4135
    機械|23才|男性|生命
  • エージェント
    リャノンaa4135hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
    機械|17才|男性|回避



  • おもてなし少女
    ミーニャ シュヴァルツaa4916
    獣人|10才|女性|攻撃
  • おもてなし少女?
    アーニャ ヴァイスaa4916hero001
    英雄|10才|女性|ドレ
  • エージェント
    ルインaa4961
    人間|16才|女性|生命
  • エージェント
    パデーダaa4961hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • エージェント
    セーレ・ディディーaa5113
    機械|17才|女性|命中



  • エージェント
    日向冬織aa5114
    人間|17才|男性|防御



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