本部

曇り鏡の向こう側

影絵 企我

形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/23 18:32

掲示板

オープニング

●始まる最終章の序曲
「――愚神の影響を受けていただけだ。気にするな。そもそも、ヒーローには衝突がつきものだしな」
「大丈夫だぜ、睦月! お前は善い奴だってのは分かるからな! オレ達はヒーローってのは、何だって乗り越えられるモンだろ!」
「諦めたら、終わりなの。一緒に、頑張りませんか?」
「……ん。もう一度、立ち上がって、ください」

 救援に来たエージェント達が、睦月に言葉をかけている。担架に乗せられた睦月は、口ではあしらいながらも嬉しそうにしていた。どうにも悔しい気がする。

「ふむ……中々鏡は落ちとらんのう」
「痕跡を残さないのも厄介ですわね」

 一方では、技術者を名乗るエージェントが率先して、ムラサキカガミとかいう愚神が何か痕跡を残していないか漁っている。奴は一体何だったんだ。救援に来た彼らは随分と因縁つけられていたようだが。

「人質には怪我もない。何とか大目に見るようよろしく頼むのである」

 ちっこい子どもまで、警察の相手をして睦月の事を助けてくれようとしている。

「あんまり動こうとしないでください。傷が広がります」

 それに比べて俺はなんだ。まるで被害者のように介抱を受けている。……あの愚神に、まるで手も足も出なかった。

 次は負けない。愚神は、この世に仇為す愚神は倒す。ヒーローになる時、そう誓ったんだ――


 ――喧騒の中、村瀬大河は一人の影を探し当てた。そろそろ春も盛りという頃に、冬用の黒いコートに、黒い山高帽を目深にかぶり、顔には包帯をぐるぐると巻くという奇特な姿。前もって共鳴していた大河は、そんな影の前に立ち塞がり、ファイティングポーズを取る。
「ムラサキカガミ。探していたぜ……!」
「……これは。なるほど。私に救いを求めることとしたのですね」
「ふざけるな。俺はお前をぶっ飛ばしに来たんだ!」

 村瀬大河は激怒する。必ず、かの邪智暴虐の紫鏡を除かねばならぬと決意していたのだ。

Karte 1
須田芽里愛(すだ めりあ)
ムラサキカガミによって洗脳、取り憑いた従魔によって操られる形で殺傷事件を繰り返す。
エージェントによって撃破後、現在も精神病棟にて療養中。回復の見込みは不透明。

Karte 2
真江行弘(さなえ ゆきひろ)
ムラサキカガミによって洗脳、取り憑いた愚神の力を駆使してヴィランズへの復讐行為を働く。
エージェントの説得により回復。現在は表向きには素性を隠してHOPEの芸能課に勤めている。

Karte 3
下野平祐(しもの へいすけ)
ムラサキカガミによって洗脳、取り憑いた愚神の力を駆使して街を占拠、殺戮行為を働く。
エージェントによる撃破後、精神病棟にて療養。あるエージェントによる呼びかけも功を奏したか、回復を見せる。現在はかつての英雄と再び誓約を結び、軽井沢の山林に居を構えて隠棲している。

Karte 4
古山鷹(ふるやま たか)
ムラサキカガミによって洗脳? 一組のアイドルリンカーを脅迫する。
エージェントによる撃破後、警察により逮捕。現在脅迫罪により懲役中。

Karte 5
朝倉睦月(あさくら むつき)
ムラサキカガミによって洗脳。デパートを占拠し、村瀬大河との交戦を求める。
エージェントによる撃破後、情状酌量により無罪となる。現在は二ヶ月間の謹慎及び自宅療養中。

 個人的に彼はムラサキカガミの行状を調査した。それは知ったような口を聴きながら、トラウマに苦悶する者達の心へ漬け込み様々に事件を起こさせた事を知った。彼は怒った。ヒーローとして、必ずこの愚神は成敗しなければならないと決意した。依頼をこなす合間に、彼は常にムラサキカガミに関する情報を集めるようにした。その努力はすぐに身を結んだ。まるで糸で結ばれていたかのように、彼らはとあるビルの前の広場で巡り合ったのである。


●紫色の瞳
「救援をお願いします!」
 緊急招集に応じたエージェント達の無線から、オペレーターの鋭い声が響く。オペレーションルームにも呼び寄せる暇が無かったのである。本当に急を要する状況らしかった。
「現在村瀬大河とムラサキカガミが交戦状態に入っています。その影響により周囲に混乱が生じています。その収拾をまずはお願いしたいのが一つです! 近くには大きな道路が存在しており、このままでは事故が起きる可能性も否定できません!」
「また、周囲の状況を顧みずに戦いを始めた村瀬大河の行動は問題と言えますが、一方で神出鬼没で知られるムラサキカガミを押さえたという事で、これはまた大きなチャンスと言えます。前回晒した真の姿とでも言うべき状態の戦闘力は未だ不明な部分も少なくありません。今回でかの愚神の正体を全て掴む。これがもう一つです! 可能ならばこの場で下したいところですが、危険は冒さないようにしてください。まだ実力は未知数です!」
「くれぐれも注意してください!」
 矢継ぎ早にオペレーターは説明を並べ、そのまま通信を切ってしまった。とにかく急がねば。それだけエージェント達は決意して、伝えられた地点へと駆けて行った。


「はぁっ! せいっ!」
 大河は全身に力を漲らせ、握りしめた槍を鋭く突き出す。分厚い穂先は紫炎に燃え、ムラサキカガミの差し出した真紅の鏡を叩き割る。しかし、同時にムラサキカガミの姿も砕け散って消え、気づけば背後にそれは佇んでいる。両腕を広げ、まるで子を父が抱きとめるかのようにムラサキカガミは立つ。
「さぁ。来なさい。貴方が敵を、悪と断ずるものを叩き潰して征服したいを願うその心は、果たしてこの程度のものなのですか」
「ふざけるなぁっ!」
 再び鏡の中心を捉える鋭い一撃。しかしやはり鏡は砕け、ムラサキカガミにその槍は届かない。
『(落ち着け。敵をよく見ろ。このままでは体力を消耗するだけだ)』
「くそっ! お前は睦月を傷つけたんだ。絶対に許しては於かない!」
 大河の瞳に紫色が宿る。友を傷つけられ、他にも多くの人間の心を弄んで来た。そんな愚神への怒りが彼の心を鋭く尖らせていく。それを手に取るように見透かし、ムラサキカガミはさらに大河の怒りを逆撫でする。
「ええ。幾らでも私はお相手致します。貴方が心に抱える闇と向き合うためならば、この身幾らでも貴方の前へ差し出しましょう……」
「貴様!」
 ムラサキカガミは顔の包帯を外す。村瀬大河とムラサキカガミ。二人の紫色の瞳が、鋭く交錯した。

解説

メイン1 ムラサキカガミが持つ真の実力を検める
メイン2 ムラサキカガミの予定を阻止する
失敗条件 村瀬大河の邪英化

NPC
村瀬大河&ダフニス
防御ドレッドノート(60/35)
背景
愚神ムラサキカガミに相棒を傷つけられたヒーロー。打倒の好機とばかり、愚神に向かって斬りかかる。
性格傾向
完全な直情径行型。戦闘力が感情にいくらでも左右される。
スキル
激昂
様々な感情が綯い交ぜになった怒りが彼に際限ない力をもたらす。最終ダメージ2倍。ムラサキカガミに無効化されたダメージが1000を超えた次のターンに邪英化する。

エネミー
ムラサキカガミ
ケントゥリオ級
背景
心の闇を捉えて増幅、鏡に表出させる愚神。時には愚神を一般人に憑依させてでも救済の達成を目指す。
スキル
紅の破鏡
最終ダメージを(最終ダメージ+10%)軽減する
蒼の魔鏡
敵の攻撃ステータスを攻撃値に適用する

ムラサキカガミ【無情】
背景
『人間を救うために情動を捨てた』という謎の多い愚神。ムラサキカガミの真の姿。
変化条件
残生命力50%、あるいは【『無情』の因縁】を称号に持つPCが接敵する
ステータス
攻守0、命中・生命A、回避D、そのほかB-C
スキル
-PL情報-
紫の破魔鏡
最終ダメージを100軽減し、軽減した分のダメージを相手に反射する。しかし"一度の"攻撃を軽減した結果ダメージが0にならなかった場合、反射は無効となる。
-PL情報ここまで-
紫の天来光
交戦中のPC4体まで対象。目標の攻守のうち最も高い値を攻撃値とする。物魔は目標が所有している武器に依存。

フィールド
・オフィス街。高層ビルが立ち並んでいる。
・実際の戦地はビルを前にした広場の中。
・一般人が四方八方に逃げ惑っている。

TIPS
・大河の与ダメージが高すぎるため、ムラサキカガミの『紅の破鏡』に無効化されている。
・街中で混乱が起きているため、可能ならば沈静に当たること。交通事故などが起きる可能性もある。
・大河の眼に着目。

リプレイ

●紅と蒼
 交差点の真ん中に立った婦警はてきぱきと車を捌いていく。その両の頬には稲妻を模した入れ墨が刻まれている。ヴァイオレット メタボリック(aa0584)とノエル メイフィールド(aa0584hero001)が共鳴し、出動中である警察の代わりを買って出ていたのだ。
『わしらがこうしている間に奴が大変な事にならなければよいがな』
「(祈りましょう。きっと他の方が何とかしてくださるはずです……)」

「地下に入れるなら地下へ。くれぐれも窓際には寄らないようにお願いします」
 伴 日々輝(aa4591)はビルの入り口に立ち、競うように逃げ込んできた人々に道を示す。グワルウェン(aa4591hero001)は腰を抜かして逃げ損なった老人を背負ってその列に従う。その顔にははっきり『気に入らない』と書いてあった。日々輝は溜め息交じりに相方の肩を叩く。
「しばらく我慢してくれよ、ガウェ」
『わかってる。腹に据えかねちゃいるが、あんな胡散臭いヤツがいるとこで頭悪くしてちゃカモられるだけだしな……』
 グワルウェンは背後の戦場へちらりと振り返る。他の仲間が、敵の下へと辿り着こうとしていた。今は自分の役目に集中しろ。彼は努めて自分に言い聞かせながらビルの中へと消えていった。

「大河さん、落ち着いてください……です」
 戦場へと真っ先に駆け付けた泉 杏樹(aa0045)は、苛立ったように槍を振り回す彼を諫めようとする。しかし頭に血が上り切った大河はイライラと首を振った。
「落ち着いて? 目の前に仇がいて落ち着いて? そんな馬鹿な事があるか!」
「いや、だからこそ落ち着けよ! 周りを見ろ!」
 荒木 拓海(aa1049)もムラサキカガミに対峙しながら、大河に向かって叫ぶ。だがそんな忠告も今の彼には届かない。
「見てるさ! 周りに危害は出ないようにしてる!」
「こいつ……」
『(……睦月さんの件を聞いて思う所は有ったけど、大河さんも随分メンタルが虚弱みたいね。困った人達だわ……)』
 メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は呆れて溜め息をつく。容赦の無い毒舌に拓海は一瞬苦笑したが、直ぐに真剣な顔色を取り戻す。この事態、熱くなったからでは済まない。
「(こいつの事が許せないって気持ちは俺にもわかるんだけどな。これは流石にな……)」
「大河さん……」
 杏樹はじっと大河を見つめる。バイザーに隠されその顔色は窺えない。だが、紫色にぼんやりと光っている。榊 守(aa0045hero001)はそれに気が付き杏樹に囁く。
『(バイザーが紫に光っている……御嬢様。既に彼は洗脳を受けているのかもしれません)』
「……です、ね。大河さん、ムラサキに囚われている、かもしれません」
 杏樹は頷くと、拓海は小さく頷いて慎重に様子を窺う。当人は全く信じられないという態度だが。
「馬鹿言うな! こうして俺はムラサキカガミと戦ってるだろ!」
「そんな乱暴な言い方、エージェントらしくもヒーローらしくもないよ?」
 ムラサキカガミに突っ込もうと構えを取った大河の前に、志賀谷 京子(aa0150)がいきなり割って入った。鏡の盾を取り出し、彼女は大河の顔に向かって突き出す。
「ほら、よく見なさい。まるで貴方までムラサキカガミになろうとしてるみたいよ」
 大河は鏡に映る己の姿を見つめる。だが、カガミによって縛られた意志を鏡で見つめ直す事は出来なかった。大河は唸ると、京子の肩を掴んで脇に押し退ける。
「もういい! 話にならない!」
「何をまごまごとしているのです。私はここにいるというのに」
「ああ! これでも喰らえよ!」
 大河は吼えると、紅い鏡で身を守る愚神をその一閃で貫こうとする。しかしその時、一つの影が素早く割って入り、深紅の大剣でその一撃を受け止めた。大きく後ろへと仰け反るもどうにか踏ん張った影――狒村 緋十郎(aa3678)は、大剣を盾のように構えたまま大河を押し込んでいく。
「村瀬、ならん。奴の挑発に乗るな。奴は怒りを煽り、お前を“堕とそうと”している」
「何を言ってる! 自分の命を危機に晒してまで、他人を堕落させようとする愚神なんて、聞いたことが無い!」
 大河は聞く耳を持たない。レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は呆れて溜め息をついた。
『(厄介者とはコイツの事ね……このままじゃ何時邪英に落ちてもおかしくないわ)』
 緋十郎は頷いた。彼自身もまた、一度は運命の悪戯に翻弄され、絶望を抱えたまま戦い邪英に堕ちた。故に、彼は大河が邪英になるのを見過ごせなかったのである。牙を剥き出し、全身の毛を逆立て、緋十郎は大剣を強く握りしめた。
「わかっている。……村瀬、お前は何の為に戦うんだ。敵を倒す事が目的なのか?」
「世間話をしている場合じゃないだろ! 退けよ!」
 大河は緋十郎を押し退けようとする。しかし意地でも緋十郎は引かない。この“間違った”戦いはどうしても止めなければならなかった。
「退くものか! お前は思い出さなければならん。ヒーローとしての矜持を!」

「よーう、会いたかったですぜ、このクソ野郎」
 フィー(aa4205)は刀を抜き放ち、へらへらと笑いながらムラサキカガミを見据える。その瞳は本気だ。ふざけた愚神は叩き潰してやれと、小馬鹿にしたような笑みの内で闘志を燃やしている。
「……HOPE。いつでもあなた方は私に牙を剥く。何故なのです。私もあなた方も、あの方の心を救いたいという思いは同じのはず。何故戦おうとするのです」
 愚神はそんな彼女と対して悲しげに呟く。眼を模した紫の輝きは揺れ、まるで目に涙でも浮かべているかのようだ。昏く嘆息し、彼はフィーと真っ直ぐに対峙する。
「そうです。貴方はいつかの方ではありませんか。……貴方も、私と戦おうというのですか」
「その通りで。前回は遊びに来られなかったんでね。精々楽しませて貰いましょーか」
 フィーは身を躍らせる。その身は二つに分かれ、互い違いにムラサキカガミへと迫っていく。深紅の鏡を二枚作り出し、ムラサキカガミは彼女に対峙する。
「哀しいですよ。私はむしろ、貴方を救いたいというのに。過去を憂うその心の闇から……」
「お断りですなぁ。私にゃ幸せにしなきゃなんねー人が出来たんでね、過去がどうの、とかいちいち悩んでる暇はねーんですよ。……とうの昔に誓ったんで」
 鏡に向かって鋭く斬りつけると、フィーは再び間合いを取り直す。フィリア(aa4205hero002)はそんな彼女にそっと耳打ちする。
『(気を付けてくださいね。大見得切って怪我なんて、目も当てられませんから)』
「(分かってますっての。そんなマヌケなことはするつもりねーです)」

『(六花。私達の出番はまだよ。今はみんなに任せましょう)』
「(うん。わかってるよ。……でも少しだけ、気になるから)」
 氷鏡 六花(aa4969)は、相方であるアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)の忠告を聞きながら頷く。彼女は広場の外へと逃げてきた人々を呼び寄せ、ビルの方角へと導いていた。しかしその目はちらりちらりと広場のムラサキカガミへと向く。前はあえなく逃がしてしまった。幼い少女は、その身に似合わぬ殺意を胸の内に込める。
「……今日こそは、きっと倒す……!」

●Warm heart, but Cool head.
「焦るな。今のお前はムラサキに魅入られている」
 緋十郎は自らを押し退けようとする大河を押しとどめ、必死に訴える。
「何を言っている! どうして愚神の討伐を妨害する! 奴に一体何があるというんだ!」
 しかしその思いは噛み合わない。大河はムラサキカガミへの根深い怒りにすっかり囚われていた。いよいよ緋十郎を蹴倒し先へと進もうとする。
「本懐を遂げたいと願うなら待て。今は、機を待て」
 それでも緋十郎はしぶとく立ちはだかり続ける。ムラサキカガミへ近づけさせない。

「お前なんか必要無いんだ。俺達には、お前の救いなんか必要ない」
 一方、拓海はムラサキカガミに向き合い興味を己に引き付けようとしていた。戦輪を嵌めた拳で裏拳を見舞おうとし、ムラサキカガミが紅い鏡を構えたところで寸止めする。愚神は溜め息をつくと、後背へ飛び退き拓海へ蒼の鏡を差し出す。
「本当にその通りでしょうか? 己と向き合いなさい。心の奥底に眠る昏いものと……」
 蒼い鏡には長剣を右に、左手に短剣を握りしめた少女の影が映る。彼女は戦衣を振り乱し、鏡の奥から飛び出してきた。鮮やかな身のこなしで、袈裟に長剣を切り下ろし、身を翻しながら短剣で薙ぎ払う。しかし拓海は冷静にこれを受けきり、逆に影を切って捨てた。
「ほらな。必要ないんだよ。俺達には、お前の御情けなんてね!」
『(なるほどね。少しは頼もしくなったじゃない?)』
 迷うことなく啖呵を切る拓海に、リサはそっと囁く。どこか嬉しそうだ。拓海は頷き、武器を構える。
「ああ。俺だって、守りたいものを守るために強くなったんだ……!」
 彼はその守りたい者の一人の方をちらりと窺う。杏樹は拓海と目が合った瞬間、小さく頷き大河の方へと駆けて行った。
「(頼んだぞ、アン……)」
 拓海は杏樹を見送る。その脳裏には、出掛けに聞いた睦月の言葉が過っていた。

 どんなヒーロー? ……俺達が憧れてるヒーローは今でも一人さ。デパートでまとめてヴィランズに人質にされてたところに、颯爽と現れて俺達を救ってくれたヒーロー。名前は――

『……こんな感じでよいかのう?』
「(わたくし達は裏方です。杏樹様のテンションに合わせて、盛り上げるのですよ)」
『ああ。ノリでこなしてみせるわい』
 二胡を構え、ノエルはするすると弾き始めた。川が流れるように音が溢れる。杏樹はその音に合わせながら、大河に向かって歌いかける。
『(御嬢様。真江様のアドバイスを忘れずに参りましょう)』
「正義が重すぎるのね でも強さに逃げちゃだめよ 幻想を葬り去れ 真のHEROになれ」
 普段は歌わない、激しくポップなロック調の曲。少したどたどしくなりながらも、知り合いのロッカーに学んだ事を思い返しながら歌い続ける。心の奥に巣食った悪への憎悪に囚われた戦士を救うべく、真心を込めて言葉を送る。しかし憎悪は洗えない。彼にとって、正義を愛し、悪を憎むのは責務であった。歌声一つで――喩えそれが心の奥底に引っかかったとしても――止まろうとはしないのである。
「邪魔立ての次は歌か! ここはミュージカルじゃないんだぞ貴様ら!」
『……いかん』
 杏樹へと向かって突っ込む大河。慌ててノエルは演奏をやめ、間に割って入った。武器がぶつかり合い、火花が散る。二人合わせて半トン近くあっても、戦の時はそれに適した痩身になる。勢いを殺しきれず、ノエルは靴から煙を上げながら押し込まれた。
『のう、大河よ。お主の真っ直ぐな正義感が、ムラサキカガミの発見へと導いてくれた。それは感謝する。じゃがな……』
「なんだ!」
『お主の怒り、それは奴にとって絶好の好機じゃ。調べたんじゃから分かっておろう。このままではお主は本当に堕ちてしまうぞ。そうすれば、睦月がどれだけ悲しむと思う。謹慎を破ってでも、お前を助けに来ようとするぞ。そんな戦い、誰も報われんではないか。だから、落ち着け』
 ノエルは必死に訴えるが、火に油だ。大河は傷ついた獣のように唸り、吼える。
「うるさい! ……もうあんな思いは嫌だ。もうあんな思いは嫌なんだ! だから俺は、絶対に愚神を叩き潰す!」
 その時、不意に黄金色の風が走った。ノエルの肩を掴んで脇に除けると、それは思い切り大河の横っ面を殴りつける。不意を突かれた大河は、その一撃で仰け反りふらつく。彼が顔を上げると、そこには拳を血に濡らしたグワルウェンが立っていた。
『馬鹿か。俺は言ったよな。お前の目の前で、お前の相棒に向かってよ。するべきことを間違えんな、ってよ』
 グワルウェンは拳を強く握りしめる。怒りに突き動かされてしまう感覚を理解できないわけではない。理解出来過ぎてしまうのだ。なぜならば、彼もまた激憤によって戦ってばかりだったからだ。歯を剥き出し、血を吐くように、彼は言葉を絞り出す。
『……己の役割を知れ。感情任せの敵討ちなんぞ、クソほども意味がねぇ戦だ』
 大河はバイザーについた血を拭い、きっとグワルウェンを睨み返す。突然の一撃に、彼は怒りを剥き出しにして飛び出す。
「この野郎!」
『……』
 怒りのままに殴りかかろうとする大河を、黙して睨むグワルウェン。
 真っ直ぐなその佇まいは、まるであの時出会ったヒーローと同じだった。正義に篤く、怒りに惑わぬ強い心を持つヒーロー。その背中を追いかけたいから、自分も戦っているのではないか。今自分は何をしている? こんな有様で、自分は本当にヒーローの背中を追いかけられているというのか?

「……!」

 大河の突き出した拳は、大河自身の額を打ち抜いていた。だらりと右腕を下げ、肩で息をしながら、彼は首を振る。バイザーの奥で輝いていた紫色の光は、綺麗に消え失せていた。
「……すまない」
『ったく。いい加減にしろよ……』
 我を取り出した大河を前に、グワルウェンは呆れて溜め息をつくのだった。

『(行きましょう。チャンスよ)』
「いよいよね」
 六花は頷くと、一気に駆けだした。警察のサイレン鳴り響く道を駆け抜け、広場へと一直線。呪符を広げながら、彼女はムラサキカガミの前へと堂々姿を現す。コキュートスから喚び出した氷の狼を従え、彼女は真っ直ぐに愚神を睨みつける。
「ここで逢ったが百年目……!」
「……これは。いつかの子ではありませんか。……哀しいものです。私は貴方の事を救いたいと願っているのに。何故貴方は受け入れてくれない」
「当然……です! 六花さんは、強い……ですから!」
 素早く杏樹がムラサキカガミの懐に潜り込む。ライヴスの刃を纏った扇を、ムラサキカガミの顔面に叩きつけた。闇が噴き出し、瞳の光が揺れる。ムラサキカガミは仰け反り、顔を手で覆う。その隙から漏れる光は、真っ直ぐに杏樹の紫色の瞳を捉えた。
「……貴方も貴方だ。貴方を見ていると、私は……心が。捨てた心が蘇る!」
 ムラサキカガミはコートを素早く脱ぎ捨てる。現れるは紫色のローブの上から鏡の鎧を身に纏う、聖職者の幽霊。彼はふわりと中空に浮かび上がると、天高く右手の杖を掲げた。
「貴方がたには救いではなく、裁きを与える!」

●私は誰だ
「正体を、現しましたね……ムラサキカガミ!」
 六花へと飛ばされた攻撃を代わりに凌ぐと、杏樹は真っ先にムラサキカガミへ鉄扇で斬りかかる。紫色の冷めた視線を返すと、その攻撃をムラサキカガミは鏡の盾で受け止めた。紫色の輝きがその身から放たれたかと思うと、鏡から現れた影が扇で杏樹を薙ぎ払う。
「きゃっ」
「アン!」
 吹っ飛ばされた杏樹。拓海は素早く飛び込んで彼女を受け止める。
「大丈夫かい?」
「は、はい……杏樹の、力では、足りない……のですね」
 鏡の盾の隙から覗く紫色の瞳。刺し貫くように杏樹の姿を捉える。
「神の前には、全ての自我が等しく無意味です。神のもたらす審判の前には」
「偉っそうに。あんたが神になったわけでもないくせに」
 京子は弾を込めながら吐き捨てる。干渉されるのが嫌いな彼女は、ムラサキカガミのような奴は特に気に入らない。自分と向き合うようなことは、ゆっくり気長に、自分でやるべきことなのだ。
『こういう防壁は得てして限度があるものです』
「とは言っても、私の弾にそこまでの貫通力は……」
 その時、戦輪を構えようとする拓海の姿が目に留まる。その時京子は閃いた。
「荒木さん! 合わせて!」
「……よし!」
 拓海は頷くと、愚神の懐へと潜り込む。それは盾を構え、紫色の光を帯びる。
「ハァッ!」
 戦輪が振り下ろされると同時に、京子の放った弾丸がムラサキカガミに突き刺さる。攻撃を受け止めるものの、その瞬間に紫色の光は弾け飛び、大きく愚神は仰け反った。
「む……」

「無意味なんて有り得ない。愚神に私達が負けるはずないから!」
 畳みかけるように、六花が飛び出す。彼女が右腕の紐飾りを緩めると、その怒りはさらに溢れて、背後の氷狼の毛並みはさらに強く冷気を纏う。狼は氷の牙を剥き出し、唸る。タイルが割れるほどに鋭く爪を地面に突き立て、一直線に飛び出した。氷の弾丸と化し、狼は鏡に突進する。重い一撃が愚神を弾き飛ばし、仰け反らせた。
「今日こそ、貴方を喰らってあげる!」
「哀れな……酷い顔ですよ。この鏡を御覧なさい……」
「ふざけないで!」

 六花がそう吐き捨てた奥で、緋十郎は杏樹と拓海から渡されたヒールアンプルを使い終えた。大河の一撃がまだ身体に響いているが、何時までも後ろに退いてはいられない。
「さぁ、村瀬。俺と共に行くぞ。今こそ、奴にその槍を叩き込む時だ」
「……ああ」
 大河と緋十郎は一気に突っ込む。少し覚束ない連携だが、それでも揺るがぬ己の意志を鏡へと叩きつけた。防ぎきれないムラサキカガミは、後ろに吹き飛ばされてしまった。どうにか体勢を立て直すと、愚神は空に向かって杖を掲げる。

「いい加減に、大人しく向き合いなさい。貴方の心に潜む闇と」

 紫色の輝きが放たれ、空から四つの影が降ってくる。一つは九尾の狐へと変わり、武器を構えるグワルウェンへと襲い掛かった。口蓋を開き、黒い狐火を浴びせる。
『ちっ……』
「(大丈夫かい)」
『当然だ。あんな啖呵切って、これしきでやられてたら世話ねえだろ』

 さらに一つは氷の狼へと変わり、再び六花へと襲い掛かった。しかしそのそばには杏樹がいる。素早く六花の前に立ちはだかると、その身を挺して狼の一撃を受け止める。六花の中に渦巻く激しい憎悪を身に受け、杏樹は僅かにふらついた。六花は息を呑み、彼女の横顔を覗き込む。
「大丈夫!?」
「うん……平気、なの……」
『(……平気、というには中々の無理がありますがね、御嬢様)』

 また、二つの影は大剣を構えた夜の女王、槍を構えた憤怒の戦士へと変わり、一直線に襲い掛かる。緋十郎は二体の前に立ちはだかると、剣を構えて影の攻撃を次々に受け止めた。逸れた刃が肩口を裂き、緋色の毛と血が舞う。しかし彼は怯まない。咆哮と共に大きく一歩踏み出し、緋十郎は影を大剣で薙ぎ払う。切り裂かれた二つの影は、いとも簡単に、呆気無く消え去った。
「悪いが、二度と堕ちる気はない……!」
「大丈夫か」
 大河は緋十郎に並び立って尋ねる。緋十郎は血の滲む肩口の傷をちらりと見遣ると、深く頷いて大剣を再び中段に構える。
「大丈夫だ。これしき怪我の内にも入らん。さぁ――」
『(緋十郎。遠慮は要らないわ。叩き潰しなさい)』
「ああ」
 空中で杖を掲げるムラサキカガミはそんな彼を真っ直ぐに見下ろしている。レミアの発破に応えた緋十郎は、静かに顔を顰め、大剣をさらに力強く握りしめる。
「覚悟してもらうぞ、ムラサキカガミ……!」

 ムラサキカガミはその怒りには応えず、再び天へと杖を掲げようとする。白冥を取り出した六花は、そんな愚神に向かって再び狙いを定める。
『(怒りで心を燃やしてはだめよ。研ぎ澄ますの。氷の刃を鋭く)』
「わかってる!」
 手を差し伸べ、六花は白冥に刻まれた文言を早口で唱えあげていく。足元に、手の先に、白く輝く魔法陣が浮かび上がる。その姿を正面から見据えて、ムラサキカガミは説き伏せるように訴える。
「何故己が闇と向き合い、そして打ち勝とうとしない。何故、己が闇と向き合いその果てにある真の輝きを手に入れようとしない。それでは果てまでも己が闇に苛まれ、滅びの道を突き進むのみではないか。それは煉獄に続く道、地獄へと堕ちる道だ。何故――」
「確かに、人間はあんたの言う闇っつーもんに振り回されてますとも。後ろのガキも含めて。……ですがな」
 素早く一歩前に踏み出し、フィーはムラサキカガミと正面切って対峙する。愚神は反射的に鏡の盾を彼女に向かって構える。その鏡に映るは、フィーの不敵な笑み。
「善き人もまた悪を為し、悪き人もまた善を為す。これは矛盾に非ず、斯くこそ人であるが故、そこに救済の余地は無し」
 囁くように謳った瞬間、フィーは不意に白い花びらとなって散り爆ぜた。愚神は目を見開く。だが彼女はもう背後に立ち、上段に刀を振り被っている。
「故に、オマエは不要だ」
 正面から巨大な氷槍が飛び、同時にフィーは袈裟切りにムラサキカガミの後背を斬りつける。鏡の盾を構えて氷の槍だけはどうにか受け止めるが、フィーの一閃はまともに受けてしまう。ついに愚神はその場で崩れて膝をついた。
「ぐっ……」

「人を救うために情動を捨てた?」
 肩で息をするムラサキカガミに向かって、京子は一歩踏み出し銃口を突き付ける。
「それじゃあ、貴方自身の救いはどこにあるの? 自分も救えず人を救うなんて、おこがましいとは思わないの?」
「……私、自身?」
 呟いたムラサキカガミは、急に胸元を押さえて呻き始めた。その場に倒れたそれは、頭を抱えて絶叫する。
「私は一体何者だ! これは私ではない! ……この記憶は、私のものではない!」
 その時、ムラサキカガミの身体から一際強い紫色の光が放たれる。何か来るかとエージェント達は身構える。その間にムラサキカガミは立ち上がり、空に向かって吼える。
「私は鏡だ! 私は鏡! 神の世界を映す曇りの鏡であり、人の絶望を映す澄んだ鏡だ! それなのに! この記憶は一体何だというのですか! 主よ! 主よ!」

「これは、一体……」
『随分と動転しているようじゃな……』
「ふん。どっからでも来やがれってんですよ」
 杏樹は癒しの雨を降らせて仲間と己を癒し、ノエルとフィーは愚神の様子を見定めながら武器を構える。
「まさか、まだ何か……」
「大丈夫。今度こそちゃんと守るよ」
「ああ。奴には指一本触れさせん……!」
 危機感を募らせる六花と、その前に立ちはだかって構える拓海と緋十郎。
『まだ何かあるってのかよ……?』
「だいぶんボコボコにしたのに……しぶとい奴ね」
 顔を顰めるグワルウェンと、抜かりなく狙撃銃を構える京子。めいめいがムラサキカガミを迎え撃つ準備を万全に整えたところで、ムラサキカガミは叫んだ。
「ああ、ああ! 主よ! 私は、私は何故莞爾として死に就く事が出来なかった! 私はあの時死すべきだった。何故なら、何故なら――」
 無我夢中で叫び続けた刹那、ムラサキカガミの身体がステンドグラスと化して砕け散る。破片は周辺に向かって飛び散り、光は空へと消えていった。

 武器を下ろして共鳴を解いたアリッサは、飛び散り光の中へと融けていく鏡の破片を見上げながら、ぽつりと呟く。
『……逃げられましたか』
「だが、戦果は大きかった」
『(そうね。……奴の“底”を見られたのは大きかったわ)』
 緋十郎は拳を固める。影と切り結んだ紅の大剣には深い傷が刻まれていた。今一度手入れを施し、次に出会った時は必ず仕留める。緋十郎は大剣の柄を握りしめ、そう誓う。フィーとフィリアは共鳴を解いて手を空へと差し伸べる。彼女達の手に、光の破片がはらはらと落ちてきた。
「どうせならここで仕留めてしまいたいとこでしたがな」
『最後の言葉は、一体何だったのでしょうか』
「どうでもいいですな。倒すにあたって考える必要のある事じゃねーですし」
『……そうですね』

『とりあえずは、一段落ね……』
 リサは拓海と頷き合う。そのそばでグワルウェンは大河の方を見つつ深々と溜め息をついた。
『だな。ったく。人騒がせな野郎もいたもんだぜ』
「何とかなったからいいじゃないか。……次で最後に出来ればいいけど」
 苦笑しながら日々輝は相棒を取りなす。
「そうですわね。予感ですが、きっと、次が最後となる気が致しますわ」
 メタもまた、神妙な面持ちで空を見上げるのだった。

「また、逃がした」
 悔しげに顔を顰める六花の側に寄り添い、杏樹は小さく頷く。
「大丈夫ですよ、六花さん。……ムラサキカガミさん、いつまでも、貴方の好きに、させません。どこまでも、追いかけて、今度こそ、貴方を倒します、です……」
 杏樹は空を見上げて仇敵に語り掛ける。彼女の紫色の瞳は、闇にも打ち勝つ澄んだ光を宿していた。



●鏡に映る者は
 山奥に隠れた教会。既にそこは廃墟である。居住スペースの屋根は崩れ、畑は草が伸び放題、教会の扉も外れている。
 聖堂もまた無残だ。ステンドグラスは割れ、ベンチも砕け、瓦礫に帰している。

 そんな中に、全身の傷から闇を溢れさせながら、ムラサキカガミは祭壇の前に立っていた。


 紫の鏡が置かれている。彼の姿を、映している。


「私は、誰だ」



 The Last Time is come here.

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
  • Iris
    伴 日々輝aa4591

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ステイシス
    フィリアaa4205hero002
    英雄|10才|女性|シャド
  • Iris
    伴 日々輝aa4591
    人間|19才|男性|生命
  • Sun flower
    グワルウェンaa4591hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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