本部

【ドミネーター】枯れた昔話

玲瓏

形態
シリーズ(新規)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/04/20 19:08

掲示板

オープニング


 H.O.P.Eに守られながら過ごしていた斎藤綾は、久しぶりに花屋に寄った。久しぶり、というのは数ヶ月振りである。
 閉店中と書かれた立て看板を通り抜けて、鍵を開けて斎藤は屋内に入った。花屋だというのに花は一つもない。残っていた面影は香りだった。それだけでも十分、綾は心が満ちた。
「わざわざお付き合い頂いてすみません。もう少しだけ待っててください」
「勿論。探し物が見つかるまで待ってるよ」
 綾は護衛のエージェントに軽く頭を下げると、二階の兄の部屋に入った。
 ――もしかしたら、ドミネーターを倒すための手掛かりが見つかるかもしれない。兄は沈黙しているが、力になれるような何かが見つかるかもしれない。可能性だけを頼りに机の引き出しや本棚を一つ一つ調査した。
 兄はドミネーターの協力者として監視されている。綾は納得できなかった。彼がドミネーターの仲間だと知るまで、綾は正義の味方にしか思っていなかった。正義の味方がどうして監視されなくちゃならないのだろう。不条理だし、兄が可哀想だった。
 だから一日でも早くドミネーターを倒してやりたかった。兄も、何らかの理由があって手を貸していたのだろうから。
 そう思うと居てもたってもいられない。綾はすぐに行動に移して、今ここにいるのだ。
「あれ?」
 部屋の中央には炬燵があった。炬燵の上にはバスケットが置かれていて、中には兄の私物が入っている。ガムや革手袋、小さい水筒等だ。中には渇いた蜜柑も入っていた。水気を失いすぎてしなびている。
 正方形の薄っぺらい紙が挟まっていた。しかしよくみると紙ではなく写真だった。
「なんだろう、これ。集合写真……?」
 やけに古い写真だった。日付は十年前になっている。
 そこに移っていた人物は綾の知らない人々ばかりだった。三列に並んでいて、それぞれが思い思いのポーズを取っている。年齢も様々だ。子供もいれば大人もいる。笑顔もあれば無表情もある。真ん中の一列目で座っている大柄な男は満面の笑みを浮かべていた。
 何か思った訳ではない。綾は写真の裏側を見た。

 君は非常に幸運だ。
 なぜならドミネーター、我々について知る権利を得た。
 隠し事などは私の趣向に合わない。
 そろそろ知ってもいい頃合いだ。
 ところで君はリンカーかな。人間かな。
 リンカーなら歓迎しよう。同志よ、君は選ばれている。無知な人間共よりも強い存在で、勇者だ。私の愛すべき存在だ。
 人間なら死ね。それだけだ。

 写真の場所へ来い。
 案内なら犬に聞け。

 視線を感じて、綾は写真を落とした。
 暫く動けなかったが、視線が幻覚だと気付いた綾は写真を拾って大急ぎで階段を駆け下りた。
「慌て過ぎだよ、落ち着いて。何があったんだ?」
「エージェントさん、大変です。この家に、ドミネーターが侵入していました!」
 エージェントは銃を構えた。
「何処にいる?」
「もう家にはいないと思いますが、この写真があったんです。急いで坂山さんの所に戻らないと!」
「了解。じゃあ車に乗って。急いで出よう」
 車に乗っている間、綾はなるべく写真を見ないようにした。怖かった。とても恐ろしいものだった。
 車窓から見える過ぎゆく景色に顔を向けるが落ち着きはしない。瞬間的に過ぎゆく景色のどこかにドミネーターがいるのではないかと想像してしまうのだ。


 エージェントに協力を要請したとはいえ、綾が坂山には秘密で行動した事は褒められなかった。坂山はまずその点を叱った。エージェントにも「無責任ね、次からは気をつけなさい」と同じように叱ったのだが、その時間は五分だけですぐに写真に目を移した。
「犬に聞け……スチャース、まさかとは思うけれどあなたの事を言っているんじゃないわよね」
「坂山の想像通りだ。私はこの写真の場所を知っている。ロシアの、今では廃墟になった場所だ。私が生まれた時から廃墟だったが、以前はこうなっていたのか」
 写真にはフランメスが写っている。彼は中央にいて、人相よく笑っていた。
「坂山、これは罠だ。行く必要はない」
「向こうからの招待状を素直に応じる必要はないわ。だけれど――綾ちゃんの勇気ある手柄を台無しにするのも」
「勇気ある手柄、それには私も共感しよう。しかしエージェントにリスクを負わせるのか。もし命が失うことがあれば悲しむのは坂山だけではない」
 ドミネーターからの招待状。今までは一度も無かったことだ。挑発はあったが、ここまで露骨な罠は初めてだった。用意周到なのは確実だ。
 しかし、しかし本当に彼らを知る事ができたら。写真にはフランメスが写っている。その後ろには大きな建物がある。
「あの、坂山さん。もしよければ僕も何か、お手伝いできないかな」
 先程から言葉に詰まっていたエージェントが言った。彼は、綾の護衛としての保護者だ。坂山は信頼を置いている男だから裏切りがないと断言は可能だ。
「僕は家族もいなければこれといって親友もいない。綾の保護者だって代えが聞くだろうし」
 彼の肩には小さな英雄が乗っかっていた。四六時中寝たままで、起きることはない。
「いざとなれば誰かの身代わりにもなれる。人数も多い方がいいだろうし」
「……同行は認めるわ。だけど、あなたが居なくなって悲しむ人はちゃんといる。死なせないわ」
 最悪な結果に終わらせたくはない。坂山は不安を堪えてエージェントを呼んだ。
 誰一人として死なせてしまう訳にはいかない。今回の作戦ばかりは、本気を出す必要がありそうだ。いつもはエージェントを見送るだけの仕事の通信士だが、今回は一緒に作戦を遂行する必要があるだろう。通信士なりにできることはたくさんあるのだ。

解説

●目的
 生存する。

●建物
 場所は空き地だらけの土地の中心部。建物の周りだけ家や施設がない。
 玄関を開けて中に入ると洋館のような光景が広がる。前には二階へ続く階段。
 施設にある全ての部屋をここに記載する。

○一階
・食堂
・荷物入れ場
・車庫
・大風呂
・骨董品置き場
・男女別トイレ
・シアタールーム(映画を大人数で見れるようにした部屋)

○二階
・客室(二十部屋)
・小風呂
・オーナー室
・書斎
・図書室
・大きなベランダ

○地下
・真実

●同行者
 クォーターという名前の二十代男性。衛生を担当するリンカーで、三回分のケアレイが使用可能。敵を倒す能力には欠けるが、皆を守る決意は強い。仲間を見捨てて逃げる男ではない。
 先導は他のリンカーに任せて指示を待つ。指示されたことでも状況が変われば人名を最優先に行動に移す。
 クォーターはドミネーターの仲間ではなく、裏切ることはない。

●敵
 内部にはケントゥリオ級の愚神(ドロップゾーンは無し)と以前シナリオに出てきた二人のヴィランがいる。
「反逆」に登場したリユーゼと「ブラック・ディラー」である。二人とも愚神に力を与えられていて、大幅な体力増加が施されている。
 リユーゼは力任せの体当たり攻撃、ディラーは火炎放射器等の重火器を使った武器攻撃を行う。
 愚神、クノウは大きな斧を使ってリンカーを襲う。地響きや火炎、氷等の属性攻撃を繰り出す。最初は二人のリンカーに力を与えているために能力は下がっているが、リユーゼとディラーが倒されれば強力な敵として立ち塞がるだろう。
 基本的に三人で纏まって動いているが、調子に乗ったディラーが単独で行動する場面もある。

●真実とは
 このシナリオでドミネーターが終わる訳ではない。むしろ、始まるのだ。このシナリオの中で真実は終わりではなく、始まりである。

●最後に
 シリーズ物ですが、続きのメイン舞台はこの施設ではありません。

リプレイ


 寒さを満喫したいならばうってつけの気温だ。人見知りの太陽が雲に隠れてしまって、日本なら真冬並の気温だった。吐く息は白く、空気は乾いている。
「この先に待ち構えているのは恐らく、本当にドミネーターの真実なのだろう。しかし、私からしてみればその真実よりも大事なのは君たちの命だ。頼む、生きて帰ってきてほしい」
「勿論。こんな所でやられるほど、リンカーは甘くない」
 迫間 央(aa1445)にスチャースは励まされた。
 案内を任されてから最後までスチャースは口数が少なかった。彼はこの招待状に乗り気ではないのだろうか。
 マイヤ サーア(aa1445hero001)と共鳴した迫間は出入り口付近でトラップの有無を確認してから扉を開けた。
 薄暗い洋館が光景の主役であった。玄関ホール、中央にはヒビ割れた聖母マリアの像が立っていた。マリアの奥には半螺旋状の階段が左右に二つあって、そこから二階に登れるのだった。
「ここは一体、どこなのでしょうか。ドミネーターがここに呼んだということは、何かしら彼らに関係があることだと思うのですが」
 九字原 昂(aa0919)は周りを見渡していた。
 この廃墟には一体、何が隠されているのだろうか。草臥れてしまったこの屋敷に何が。

 エージェント達は一階捜索と二階捜索に別れて調査を開始した。
「まずは手短な場所から調べましょう。何が起きるかわからないから気をつけるのよ」
 橘 由香里(aa1855)はマリア像の左手の方向にある四角い扉まで歩いた。ドアノブは外れていたが、扉は半開きだったおかげで押すだけで開いた。中身は食堂のようだ。
 細長い机の上には倒れた蝋燭立てや銀色のプレートが乗っていた。地面には腐った食べ物が転がっている。
 それは最初照り焼きチキンの腐った物体なのかと思われたがよく見ると、食べ物ではないことに気付かされた。真っ先にそれを見つけた橘は机の下を覗いた。
「これって……!」
「遺体じゃの」
 飯綱比売命(aa1855hero001)の言う通りであった。机の下では苦悶に歪められた男の顔と、無数のナイフに突き刺された胴体があった。
 食堂で眠るにはあまりにも寒すぎる。白蝋化が体全体に広がっていて、魂の抜け殻のようだった。
「ここで何かあったのは間違いありません。きっと想像もつかないような過去が眠っているのでしょう」
 机の下にはもう一人女性が眠りについていた。晴海 嘉久也(aa0780)はその体が冷たいことを確かめた。
「不穏な場所だ。一分でもいたくねぇ」
 足元には割れたガラスが集まっていた。薫 秦乎(aa4612)の靴がガラスの音を鳴らす――ただただ無機質であり、感動なんてものはない。
 荒れ果てた食堂の奥には厨房がある。開けてみればただの厨房であり、目ぼしい物はなかった。
 次に一行が向かったのは骨董品置き場だ。ドアノブには鍵穴が見えるが、鍵は開いていた。
「倉庫みたいだな」
 骨董品置き場をそう称したベルフ(aa0919hero001)の感想は大凡正しく、五列の棚があってそれぞれに作品が置かれているだけであった。作品の下にはそれぞれ名前とタイトルが書かれている。創作者の名前であることはすぐに分かった。
 一つ一つの作品は丁寧に仕上げられている。中には作品がない場所もあるが、ほとんどの作品は綺麗に並べられたままだった。
「泥棒さんみたいですぞ、嫌ですぞー……」
 ベネトナシュ(aa4612hero001)はそう呟いている。
「でもでも、悪い奴らなら仕方ないのですぞ、なんで悪いことするのか、徹底的に調べるですぞ!」
「少しは黙って探せねぇのか」
 棚を一列一列見回る。中には子供が作ったような品物もあって、骨董品と呼ぶのはかなり捻くれている。希少価値があるようには思えない。
「昂、こいつを見てみろ」
 ベルフは後ろの棚を観察していた九字原の肩を叩いてガラス細工の人形を指差した。二つの天使がブランコに乗っているだけの置物だ。他の作品に比べると出来栄えは良いが、九字原はベルフがどうして自分を呼んだのか最初分からなかった。
 作品の下を見るまでは。

 フランメスと僕
  シルヴァーニ――

 ブランコに乗った片方の天使は子供で、片方は大人だ。大人の天使は微笑んでいるようにも見えれば、人を見下す顔のようにも見える。子供の天使は微笑んでいるようにも見えれば、泣いているようにも見える。
 一階の捜索班に加担していたクォーターは天使に向かって言った。
「この作品からは不愉快な感情が伝わってくるな」
「フランメスと僕っていうタイトルも無視できないわね」
「確信はできないけど、多分そうだと思う。……待って、これは何だ?」
 クォーターは地面に写真立てが落ちていることに気付いた。それを持ち上げて、全員の前に置いた。
「これは……また奇妙な話になってきたのう」
 この写真立てもシルヴァーニの手作りだという。先ほどのブランコに乗っていた大人の天使が中央で写真を眺めているのだ。ガラスではなく、今度は木製である。
 写真には幼いフランメスと、彼と手を繋ぐ少年、それから三十代くらいの女性が立っていた。
 タイトルは「僕を覗くフランメス」であった。


 二階を捜索していた班はオーナーの部屋を調査していた。キャルディアナ・ランドグリーズ(aa5037)は窓側に置かれた机の引き出しを開いて中に保存されている書類を取り出した。
 この建物について十二分に記された代物で、経営理念や今後の方針、規則まで記録が残っている。ページ数はそこまで分厚くなく、絵本くらいの大きさと厚さであった。
「なるほどな。ここはある意味隠れ家だったわけか」
 ツヴァイ・アルクス(aa5037hero001)はその資料を覗き込んで言った。
「まだ英雄という存在が世界に知れ渡っていない頃、この地域では彼らは悪魔として排除されるべき存在だった。だが、そんな大人の考えを知らず子供は英雄と仲良くなり、誓約を結ぶ。そのせいで魔女狩りのような迫害を受けた人間達を守るためにこの建物はできたんだとよ」
「昔はそんなことがあったのですね……」
 オーナー室のキャビネットを調べてながらも伏野 杏(aa1659)はキャルディアナの声に耳を向けていた。
 迫間は地面に落ちていたファイルを手に取ってそっと開いた。
「これは……アルバムね」
 マイヤ サーア(aa1445hero001)の言うようにアルバムであった。元気に公園で遊ぶ子供達や、英雄と二人で一緒に写る子供の写真。中には大人の姿もあった。
「大人の中にも、周囲の声に流されず英雄を信じた者もいたみたいだな」
「――あ、ねえ央、もしかしてこれって……」
 公園で楽しく遊んでいる子供達の中に奴はいた。奴はブランコに乗って、隣にいる子供と楽しそうに遊んでいた。フランメスだ。年齢は十五歳くらいだろうか。
「奴はここの住人だったのか。それじゃあ迫害を受けていたのか。それが原因でこんな復讐じみた真似を……?」
 オーナー室からそれ以上の結果は得られず、次に書斎へと向かった。ここは他の部屋と比べて小じんまりしていて、特に荒れていた。
「ガラスに気をつけるんだよ、杏。簡単に皮膚を傷つけられてしまうから」
 羽土(aa1659hero001)の注意に頷いて、杏は慎重に捜索を開始した。ここはオーナーの書斎であった。「ペーチャ」というのがオーナーの名前だと分かったのは、剥げたプレートに記されていたからだ。
 半分に割れたベッドの近くにあった鉄製の机。そこには革で出来た手帳が置いてあった。
「これ、なんでしょうか……」
 中はどうやら日記のようだった。細かい文字で、シャープペンシルで一日一日が記されている。杏は最初、これを記したのはペーチャであると決めつけていたが、別の人間のようだ。「チャールズ」という人間が日記の主人公だという。
 この人物はシルヴァーニと親友で、前半の日記にはその子と楽しく遊んだ日々が書かれている。稚拙だが読んでいて朗らかになる内容だ。
 しかし、後半になるにつれて風貌が変わった。最初は綺麗な字だったが、段々と荒々しく感情が伝わる文になり始めたのだ。それもそうだろう、彼らに訪れた理不尽な運命は、彼らの全てに怒りを宿しただろう。
 ――この街の愚民は化物と手を組んで、ここに住むリンカーを殺そうと企んだ
 最後のページの一文だった。その後は白紙が続いている。
「人間が愚神と手を組んだ……? これは一体、どういう事なんでしょうか」
「さてな……。想像が難しい」
 突然、書斎室の扉が開いた。一階の調査組が終わったのかと思って、キャルディアナは扉に近づいた。
「面白い情報を手に入れたんだ。後でじっくり――」
 剛鉄の物体が飛んできた。それは瞬速で、避けるために必要な時間は用意されていなかった。彼女は本棚に激突して、倒れてきた棚に下敷きになった。キャルディアナの救出をツヴァイに任せて、迫間と伏野が前に立ち塞がった。
「誰だ!」
 迫間の問いかけ。すぐに答えは返ってきた。
「久しぶりだなあリベレーターの諸君。おいらはリユーゼ。あの時の屈辱を晴らさせてもらいにきた! 殺してやるぞ、殺してやる!」
「待てよ落ち着け」
 奥からはもう一人、大きな重火器を背負ってガスマスクと黒いロングコートを羽織った男が現れた。伏野はこの男を知っている。こいつは、ブラック・ディラーだ。
「黒い死を与えにきた。見知った顔を見れて光栄だよ。その綺麗な顔と体を傷つけてやりたくて、僕は今までずっと我慢してきたんだ」
 三人目が現れるのはすぐだった。扉の奥から漆黒と鮮血の巨大な斧を持った重騎士、恐らく――愚神だ。
「貴様ら、契約を忘れるとは言わせない。早くこいつらを片付けろ。まだ下にも何匹かいるんだろう」
「分かってる、分かってる」
 ディラーは火炎放射器を三人に向けた。
「待ってください! ……少しだけあなた達に聞きたい事があります。少しだけ、話をさせてください!」
 伏野は叫ぶように言った。ディラーは暫く固まっていたが、やがて返答した。
「だめだ。もう我慢できない」


 一階捜索班はシアタールームに訪れていた。広い空間で、防音設備が整っている。君島 耿太郎(aa4682)は中央に映写機を見つけたのだが、不思議な事に最初から電源がついていた。
「めちゃくちゃ怪しいっすね……。蛇のおっちゃん、コレ調べてみてくださいっす」
 薫が映写機に近づいた途端、誰かが遠くから操縦しているかのように機械が音を立てて動き始めた。
「これは、一体どうなっているのでしょう?」
 エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)は暫く映写機に近づいて調べていたが、モニターに白黒の写真が写し出されると今度はそっちに目を奪われた。
 写真にはこの施設を背景に集合している子供達の姿があった。斎藤家で見つかった写真と同じだ。
『やあ、お久しぶりだな』
 フランメスの音声がスピーカーから流れてきた。それは録音されたもので、エージェントの反応を待たず次々と言葉を紡いだ。
『この度は招待状を受け取ってくれてありがとう。どうしてここに招いたかと言うと、君たちに問いかけをしたかったからさ。それでも人間を守ろうと思うかい? とね。まずはこの写真を見てほしい。この女性はペーチャ、ここのオーナーだ』
 ペーチャと呼ばれる女性は先ほどの骨董品置き場で写真に写っていた人物と同じ顔をしていた。
『僕にとっては母親のような存在さ。続いてこの写真を見てほしい――彼は大親友のリチャードだ』
 リチャードと呼ばれる男もまた、先ほどの写真に写っていた。幼いフランメスと手を繋いでいた少年だ。
『昔、この地域では英雄狩りが行われていた。狩りといっても人間は英雄に勝てないから誤謬なんだがね。ただ英雄と誓約を交わした人間まで狩りが広がるとペーチャは、僕たちを守るための施設を作った。ここはリンカーにとってのオアシスだったんだ』
 それから音声は施設での楽しい日々を懐かしむように語った。十分くらい経った頃だろうか、その声音に揺らぎが生じたのは。
『ある時愚神が市民たちにこう言うのだ。英雄は人間を誑かす邪悪な存在であり、自分達ならば奴らを倒すことができる。協力してほしいと。市民が愚民になったのはその時だったな。愚民はリンカーを信じたフリをして愚神をやっつけてほしいと依頼してきた。しかし罠だったんだな。愚神と愚民の罠にかかって、半分以上のリンカーが死んだ』
 ――僕は復讐の鬼になった。
『まずはペーチャを殺した。なぜならばあの偽善者は最後まで市民の味方をしたからだ。僕が市民達を全滅させようとすると、ペーチャが邪魔してきただから殺した。だから殺した! その日からだった。殺すことに快楽を覚えたのは』
 フランメスは言葉を続けた。
『次に裏切り者のリチャードに罰を与えた。奴は最初、僕の人間抹消計画に加担してくれていた。だというのに、裏切った。だからペーチャと同じように罰を与えた』
 独白はまだ続いた。
『もう一度問う。それでも君たちは市民の味方をするのか』
 映像には遺体の写真が次々と写されていく。愚神によって精気を奪われた子供達の写真、大人が英雄に銃を向けて、引き金を引く写真。残虐な行為。そしてフランメスは最後にこう言った。
『――地下に行け、面白い物を見せてやる』
 映像はそこで終わった。長い作り話を見させられている気分だった。
「これ、事実なんすか」
「ドミネーターは嘘はつかないのよ。やると言ったらやる組織。きっとこの過去も事実。面白い物が碌なものじゃないこともね」
 班がシアタールームを後にしようと扉に近づいた時、九字原のライヴス通信機が音を立てた。
「はい、九字原です」
「大変です、敵襲です!」
 通信先は伏野だ。バックグラウンドミュージックから激しい闘争音が聞こえてくる。
 通信が途切れた。九字原が何かを言うまでもなく全員は走っていた。
「コータロー、気をつけるのだ。慎重を忘れるでないぞ」
 シアタールームから玄関に戻る時、橘はふと聖母マリアの像に目を向けた。どこか違いを感じたからだ。


 坂山はオペレーター室で隊員達が得た情報を元に自分の携帯で調べごとをしていた。この施設のことが詳細に記載されているページはないのかとサーフィンを続けていれば、見つかったのだ。
 建物の名前は「バグダン・ハウス」坂山はロシア語の翻訳サイトで意味を調べようとしたが、突然携帯の光が消えた。
「ん……?」
 電源ボタンを押してもつかない。一週間前に買ったはずなのにもう故障してしまったのだろうか。
「やあ」
 耳障りで、最悪な声が聞こえてきた。坂山は思わず携帯を投げかけたが、寸前で理性に止められた。フランメスの声が携帯から聞こえてくるのだ。
「無闇にネットサーフィンをするものじゃないねえ。今の世の中簡単に人の携帯の中に入り込めることができるんだから。純子クンならもっと賢いやり方で来るかと思っていたんだが」
「……下衆が。でも残念だったわね。この携帯は囮よ。あんたに有用な情報なんて一つも入ってないわ」
「それくらい僕も分かっていたことさ。じゃあどうしてハッキングしたかっていうと、ただの暇つぶしだね。いやあだって純子クンをからかうのは楽しいからさ!」
 今度こそ携帯を投げ飛ばした。
「バグダン・ハウスにいるリンカーは無事だろうかね。最悪全員死んじゃうかもしれないよ。八人だけじゃ無理無理。帰還命令を出さないと本当に死んじゃうよ」
「黙って!」
「おお、良いね。残念なのは君の苦悶に歪む顔が見られないこと――」
 ドミネーターにハッキングされた時点で携帯はもう用済みだ。坂山は今度は強い力で壁に携帯を打ち付けて破壊した。
 悔しさだけがこみ上げてくる。それでも坂山はリンカーの命には代えられなかった。坂山は通信機を使ってリンカーに通信を取った。情報なんていい、帰ってきてほしいと言うために。
 応答がなかった。
「どうしたのよ、何が起きているの……! 早く出て、早く」
 応答してくれることだけを祈って、坂山は何度も通信をかけ続けた。


 リンカー達は通信機に気付いていた。しかし、出られるような状況を敵は作ってくれなかった。
 二階に一階の班が辿りつく頃には、迫間は戦場を図書室に変えていた。狂乱状態のリユーゼの誘導は容易いものであった。
「通信が鳴ってるよ。出てやりなよ」
 ディラーは本棚を倒して本を燃やしながら挑発した。先ほどから迫間は何度もリユーゼやディラーに斬撃を与えているが、倒れる気配が全くない。
 図書室の扉から一階の班が合流して、三人の敵を挟み撃ちする体制が整った。
「……リユーゼ、前回は情報不足で対策が取れなかったけれど…! 再戦で同じ手は通じないものよ!」
 先ほどまで斧を背中に背負っていた愚神はイライラを隠しきれずに、ついに斧を両手に持った。
「こんな虫ケラ共に何を手こずる必要がある。早く終わらせるぞ」
 相手の行動よりも先にコールブランドを握りしめた橘は助走をつけて跳躍した。リユーゼの頭上まで距離を縮めると、切っ先を下に向けて落下した。
「相変わらずでかいのよね、あなたは……!」
「痛いと思ったか。こそばゆいぞ!」
 リユーゼの手で掴まれる前に脱出した橘は、伏野の前で降りた。
「一階のマリア像を調べてきて」
「で、ですが……」
「大丈夫。ここは私達に任せて」
「――分かりました。ですが、生きて帰る……を忘れないでくださいね!」
 本棚に隠れて伏野は戦場から離脱を試みたが、運悪く愚神に見つかってしまうのだ。
「逃さん」
 伏野の身長よりも大きな斧が振り下ろされるが、刃は伏野に届きはしなかった。ベネトナシュのベグラーベンハルバードによって。
「行け、ここは私が抑える」
「このご恩、忘れません。ありがとうございます!」
 伏野は愚神の脇を通り抜けて図書室を出た。
 ベネトナシュは武器を持ち上げて、愚神に向かい直ってこう言った。
「……処理されて然るべき者がいると豪語するのであれば、貴様らに刃を向ける理由に十分だ。『私達』にとってはな」
「一人で私に勝てると思っているのか」
「一人ではない」
 ベネトナシュの横には父、アークトゥルス(aa4682hero001)がいた。
「フン、一匹が二匹に増えたところで大差等ない。ゆくぞ!」
 強引に先手を奪い取った愚神は強靭な力で斧を振り回した。風を巻き起こし、本が空に舞う。その荒々しい刃が真上から二人を狙った。父の剣と子の斧が強大な力を防いだが、衝撃が二人を壁際に弾いた。
「さすがに恐れ入る……。ベネトナシュよ、目の前の敵に集中しろ。一分でも目を離すでないぞ」
「承知した……しかし無茶はしてくれるな、アークトゥルス、我らが王よ」
「この程度で無茶と言えば王の名が廃る。愚神よ、今度はこちらの手番だ!」
 先頭を駆けるアークトゥルスの胴体に愚神の斧が這い寄る。このまま走り続けていればその胴体は切り裂かれてしまうだろう。しかし王は足を止めなかった。そしてその手で刃を受け止めたのだ。ウルフバートが地面に転んだ。
「もたもたするな。さっさとしろ」
 ベネトナシュは敵の側面から回って、斧を頭部に叩き込んだ。
「足りん。力が足りんな!」
「何……?!」
 愚神はベネトナシュを蹴り飛ばした。父は剣を捨て、子を庇った。
 リユーゼの豪腕が机を吹き飛ばすと、強い勢いで橘に激突した。隙をついた迫間は天井を走って背後に回り込もうとしたが、リユーゼは両腕を伸ばしてきた。両手で体を掴まれてしまった。ゴツゴツとした堅い掌が体を圧迫する。
「今のうちだ急げ!」
 体が締め付けられる。リユーゼは目の前の獲物に夢中になったら、視野が狭まるのだ。橘は剣を両手で構えて、力強くリユーゼに追突した。
「効くかよバカが!」
 橘の狙いはダメージではない。勢いに任せてリユーゼを押して、押して――橘の狙いは成功した。リユーゼは突然足元から噴射されたウレタンに動揺して、迫間を壁に投げ飛ばした。
 九字原はハングドマンでディラーの動きを封じていた。
「この程度で僕を封じた気でいるならおめでたい話だ。ハハハ!」
 ディラーは火炎放射器で自らを炎に包み込んだ。信じられるだろうか。足元から胴体、顔まで全て炎に包み込んだのだ。彼は真っ赤に燃え盛り、ハングドマンの導線を溶かしてしまった。
「酔狂な男ですね。まさかここまでするとは……」
「派手に燃やされると危険です。その前に始末しなければ……!」
 晴海はNAGATOを構えると瞬時に近づいて近接攻撃を仕掛けたが、近づくだけで炎が晴海を襲う。
「無闇に近づけませんね、ならばッ」
 魔導銃50AEの銃口はディラーの火炎放射器を狙っていた。しかしディラーは自らの体を差し出して火炎放射器を守った。
 今度はディラーの手番だ。九字原は晴海を守ろうと前に出たが、ディラーは攻撃をしてこなかった。
「ハハハ! 僕は逃げた二匹を追うとするよ。最初に奴らを始末してから君たちを倒す。それまで、クノウの相手をしているといい」
 この男は火炎放射器で周囲に炎をばら撒いて、地面に向かって武具を叩きつけた。脆い床はすぐに穴が開いて、ディラーを下へと落とした。
「九字原さん、追いましょう!」
「はい――ぐっ!」
 穴から飛び降りようとした二人を、斧が斬った。愚神はベネトナシュと戦いながら、そのリーチを活かしてきたというのか。


 橘の想像は正解だった。マリア像の位置が移動していて、元あった場所には梯子がかけられている。地下へと続く道があった。伏野は途中で合流したキャルディアナと二人で地下室に降りた。
 殺風景で湿っぽい廊下を二人は静かに歩いていくと場違いな扉が見えた。鍵は空いていた。
 中には割れたカプセルが二つ置かれていた。人間よりも大きなカプセルで、左右対称に設置されていた。中央には大型のパソコンがあって、名前も分からない機械が規則正しく並んでいた。
 パソコンにはモニターがついていた。そして台の上には手帳が置いてある。チャールズの手帳だ。
「あれ……。あの日記には続きがあったんだ」
「杏が最初に見つけたアレだね。中身は?」
 杏は足早に手帳を読み進めた。途中からチャールズではない人物が執筆しているらしく、伏野は目を、心を疑った。二人はすぐにモニターに目を移した。
 監視カメラ映像のようで、この部屋を移している。二つのカプセルには元々人間らしき何かが入っていたようだ、とは手帳を見れば分かるものだ。しかし、映像の中のカプセルには異形の怪物が映っている。
「そんな、そんな……!」
「ドミネーターってのがどんなに残虐な奴らか、何となく分かった気がするぜ。……杏、大丈夫か?」
 伏野はモニターに目を奪われていた。伏野は二重にショックを受けていて、言葉すら発音できなくなっていた。まず第一に、フランメスのした罪はあまりにも酷いということ。
 第二に、カプセルが割れているということはこの異形の怪物は既にどこかに潜んでいるということ。
「安心しなよ。そいつらはここにはいない」
 背後から声が聞こえてきた。ディラーの声だ。
「でも僕に殺されてしまうんだから、関係ないけどね!」
 ディラーは火炎放射器を二人に向けて放射した。熱い、熱い炎が二人に向かう。キャルディアナは伏野を庇うように前に出た。背中が焼けた。
「あっつ……! 中々効くな、それ」
「ほう。耐えるか。なら火力を増加させてみようねえ」
 この空間は広くない。伏野はキャルディアナを引っ張って奥へと逃げたが、行き止まりに差し掛かると二人纏めて焼かれてしまうだろう。キャルディアナは銃で進行を食い止めようとしたが、ディラーは弾丸を気にもとめず、歩き続ける。
 伏野の背中に壁が当たった。ディラーが低い声で笑った。
「させないわよそんな事ッ!」
 伏野は聞き覚えのある声が聞こえた。しかしどうして?
 坂山はディラーの膝裏に竹槍を突き立てた。弾丸よりも弱い衝撃だ。
「坂山さんどうしてここに?!」
「今は関係ないわ、早く逃げて!」
 伏野は坂山に火炎放射器を向けたディラーの背中にカッツバルゲルを叩き込んだ。さすがのディラーも怯んで、隙が出来た。キャルディアナは今の内に、味方に通信を繋いだ。
「目ぼしいもんは全部見た! ずらかるぞ!」
「もう少しでリユーゼの捕獲ができるわ、それまでなんとか……!」
 キャルディアナの通信機に坂山が話しかけた。
「由香里ちゃん、急いで! 今は撤退よ。悔しいけど、お願い」
 ディラーは撤退宣言をする坂山を見て、低く笑いながらこう言った。

 ――それでも君たちは市民を守ろうと思うのかい。答えは次に会ったときに聞かせてもらうよ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • リベレーター
    伏野 杏aa1659
    人間|15才|女性|生命
  • リベレーター
    羽土aa1659hero001
    英雄|30才|男性|ブレ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 気高き叛逆
    薫 秦乎aa4612
    獣人|42才|男性|攻撃
  • 気高き叛逆
    ベネトナシュaa4612hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • リベレーター
    キャルディアナ・ランドグリーズaa5037
    人間|23才|女性|命中
  • リベレーター
    ツヴァイ・アルクスaa5037hero001
    英雄|25才|男性|バト
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