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エイプリルフールIFシナリオ

【AP】HOPEやめます

高庭ぺん銀

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/04/15 20:59

掲示板

オープニング

●さよならHOPE
「お世話になりました」
 とある任務の後、椿康広が告げたのはそんな言葉だった。
「椿くんたちは今日で最後だったわね。さみしくなるわ」
 答えたのは、オペレーターの胡蝶 空音(こちょう そらね)である。
「すいません」
「謝ることじゃないわ。おめでたいじゃない。それにね、私もこの仕事長いから……ちょっと慣れちゃったわ」
 空音はウェーブした豊かな髪を後ろに流す。今年30になるというベテランオペレーターだが容貌は若く、夢のように美しい。
「康広、空音、私そろそろ出るわ。飛行機に乗り遅れちゃうから」
 ティアラ・プリンシパル(az0002hero001)はサングラスをかけ、キャリーバッグの取っ手を掴む。
「すごいわね、ティアラちゃんは。あっという間に世界的スターだもの」
 ネットに上げたコミックソング動画が話題となり、ティアラは世界中のメディアから引っ張りだことなっていた。動画の再生回数は一億回を超えるという。
「いってらっしゃい。次のライブはどこで?」
「ニューヨーク。次がロンドン、香港、モスクワ……、あとは忘れちゃったわ」
「拠点はブロードウェイだそうですよ。ミュージカルの主演も決まってる。俺とエージェント活動することも、もうないでしょう」
 そう言う康広は、日本を旅行中だったアラブの石油王の令嬢と恋に落ち、この度花婿修業を兼ねた留学が決まったのだという。
「バンドと彼女、どっちかを選ばないといけなかったんすよ。仲間には悪いことしたけど……俺はもう、彼女無しでは生きられませんから」
 空音は眩しいものを見るように目を細めた。
「やめると言えば、たしかあの人たちも……。そろそろ挨拶に来るかもね」
「あの、赤須サンはまだ……」
 空音は目を閉じ、首を横に振る。康広は無念そうに息を吐いた。
「ティアラ、やっぱ空港まで送る! 最後くらい相棒らしくさせろ!」
 廊下の向こうから返事が返る。
「別にいいけど、来るなら走って追いついて!」
 康広が振り向くと、空音は淋し気な笑みを浮かべて手を振った。康広は深く頭を下げ、1秒と待たずに身を起こす。
「みなさんによろしく伝えてください。さよなら、胡蝶サン」
 ――さよなら、HOPE。椿康広とティアラ・プリンシパルは、今日HOPEをやめた。

●暴走狼の再来
 肉裂きジャック事件。それは昨年の初夏に世間を騒がせ、いつのまにか忘れ去られた事件。何者かが深夜の精肉店に忍び込み、荒らし回ったという奇妙なものだ。メディアは犯人に『肉裂きジャック』というふざけた名をつけ、おもしろおかしく取り扱った。
 犯人は未成年の少女で、動機は不明。たったそれだけの情報が公開され、事件は解決とされた。
 犯人はリンカーの少女、という事実をHOPEに所属する者以外は知らない。彼女が事件後、エージェントとして活動を始めたことも。動機を挙げるならば「自分を狼だと思い込んだから」。能力に目覚めたショックによって、混乱状態に陥っていたと推測されている。
 少女の名は赤須 まこと(az0065)、英雄の名は呉 亮次(az0065hero001)である。
「おらあ! 有り肉全部出せやぁッ!」
「あ、有り金じゃなくて!?」
「ああ? あんたは何屋なんだよ、コラァ!」
 壊れたオモチャのように謝罪の言葉を繰り返しながら、肉屋の店員はショーケースケースから容器を丸ごと取り出す。赤いフードをかぶった小柄な女は、怒りのせいか荒い息を吐いている。否、これは「待て」をしている犬の表情だ。
「い、命だけは勘弁してください!」
 店員は、『肉の虎満(とらみつ) シャンゴリラTOKYO店』の雇われ店長だった。もちろん強盗に遭った経験など無い。
「あんたの命なんていらないよ!」
 赤い女は本物の犬のように、一抱えほどもあるトレーに頭を突っ込んだ。むしゃむしゃと人目をはばからぬ咀嚼音。店員は顔を顰めた。
「んふふー、やっぱ肉は生に限るよね! あっはは!」
 赤須 まことが姿を消したのは、『青空お肉祭り』というイベントの最中だった。全国から集められたおいしい肉を味わえるこのイベントで、何者かが大暴れする――とプリセンサーが予知したのだ。
 予知は当たった。警備に当たったエージェントによる犯行、という最悪の形で。
「あの、人間が生で食べるのは良くないですよ……」
 店長は思わず口を挟んでしまう。相手はちょうど娘と同年代の少女らしいのだ。
「私は、オオカミだよ!」
 彼女は吠える。赤いフードがずり落ち、灰色の立ち耳が現れた。
「……そうだよ、私は狼。何で忘れてたんだろ。ね?」
 少女は虚空に向かって話しかける。
「大丈夫だよ! 鶏肉も豚肉もバランスよく食べる! 大きくならなくっちゃ、もっと大きい動物に負けちゃうもんね!」
 まるで大柄な男に話しかけるような目線のやり方だ。『彼』は、彼女の中で笑っているのだろう。都会にありながら元猟師は狩人に戻り、赤ずきんはその身を媒介に『肉裂きジャック』をよみがえらせた。
 ――ヴィランとして生きる。それが赤須 まことと呉 亮次の選択だった。

解説

リプレイは大きく分けて2つの内容から構成します。プレイングの内容はどちらか一方に偏っていても構いません。

☆Aパート:決別の理由
 HOPEを辞めるに至った理由に焦点を当てます。
 何らかの場面を想定してプレイングを書いても構いませんし、簡潔な説明でも構いません。
(場面の例)
・空音との別れの挨拶
・パートナーとの会話(家、病院、HOPEの一室、任務中など)
・決意のきっかけとなった出来事の回想            etc…

☆Bパート:対岸の火事
 HOPEを辞めた後の生活に焦点を当てます。オープニング『●暴走狼の復活』の続きとなります。
 一般人となった皆さんはショッピングモール『シャンゴリラ』にいます。日用品を買っているのか、新しい仕事のための買い出しか、もしかするとどこか遠くへ旅立つ準備かもしれません。
 そこにヴィランとなった赤須まことが現れます。行うのは肉屋強盗。食欲とちょっとの支配欲を満たしたいだけというケチなチンピラです。人を殺す度胸もありません。あなたが手を出さなくても、すぐにHOPEが鎮圧しに来ます。
 一応、目の前に困っている人がいるのは事実です。あなたはパートナーと共に戦い、他人の職分を犯しますか? 「対岸の火事」と背を向けますか? それとも――共鳴すべきパートナーは、もうあなたの隣にいないのでしょうか?


【注意】
・プレイングには「HOPEを去る理由」を必ず入れてください。
・モール内の店舗は、お好きなものを登場させて構いません。

【NPC】
・胡蝶 空音は実在しない人物です。彼女と絡む場合、あなたとの関係の深さはご自由に決めて下さい。
・まこと、亮次、康広、ティアラについては、基本的には現実通りの関係です。必要ならば「何度か同じ依頼に入ったことがある」「ヴィランとなったまことたちを追っていた」などの設定をつけ加えてもOKです。

リプレイ

●かすむ希望
 HOPEが総力をあげて挑んだ戦いは、所属する誰もに深い傷を負わせた。
「もうだめ」
 赤須 まことは膝をついた。銀に輝く鉤爪は彼女の決意の証だった。敵の攻撃を受けても、心が折れて握りこぶしを開いても、破壊されない限りは地面に落ちることがない。そんな武器を選んだのだ。
 遠くない場所に見たこともない禍々しい光が生まれた。背筋が凍る。邪英だ。
(逃げるぞ)
 呉 亮次が言う。
(『犬死に』よりは『負け犬』の方が生きてる分ましだろが)
 体が勝手に動く。主導権を奪われたか。方々で悲鳴が聞こえる。誰がが誰かをかばう声。
「――」
 聞き覚えのある名に足を止めたくなるが、抵抗する気力はない。彼は、彼女は、まだ生きているだろうか。
 ライヴスとライヴスがぶつかり合う。慟哭の切れ端が耳に張り付く。何かに足を取られ、亮次が自分の体で舌を打つ。踏みつけたのは白いコートを着た味方の死体だった。
(嫌!)
 と、死体だと思っていたものに従魔が群がる。彼はまことへと手を伸ばす。まだ生きているのだ。それなのに、頭をよぎるのは弱音。戻れない。傷が痛い。体が重い。――おなかが空いた。
「おい、何してやがる!」
 まことは我に返る。傷が癒えて受けた最初の以来の最中だった。自分は無意識に売り物らしい肉の塊を手にしていた。
「この泥棒!」
 頭に血が上り、ブースから出てきた店主を突き飛ばす。逃げるしかない。そう思った。
「弱いのが悪いんだ」
 落ち込み、依頼を受けることを拒む彼女に亮次が言ったのだ。「あいつらが死んだのは弱いからだ。もっと弱いお前にできることなんてなかった」と。
突然の行動だったのに、亮次が主導権を奪い返すことはない。きっと彼も同じ気持ちなのだ。
「正義の味方なんて無理だったんだ」
 こんな負け犬に務まる仕事ではなかったのだ。

●決別の理由1 岐路に立って
 ナイチンゲール(aa4840)が目覚めたのは無人の病室だった。両手を見れば真新しい義手がはまっている。もう何日眠っていたのだろう。眠っていた方が楽だったと気づいたのは、すぐ後だった。
「私……」
 あの戦いで、彼女は早々に腕を壊されてしまったのだ。翼をなくした者にできるのは、空しくさえずることだけ。それなのに役立たずと化した彼女を、「誰一人殺させない」と守ってくれる者が大勢いた。そして彼女は、たくさんの仲間たちが死んでいくのをただ見ていた。
 自分の番は来ていたはずだ。なのに。どうやら自分は生き残ってしまったらしい。おぼろげに記憶に残るのは、誰かの背中。携えていたのは片手剣、だったのだろうか。旗のようなものによって視界を遮られ、恩人の体半分ほどは見えなかったのだ。
「なんか……疲れちゃったな」
 思い浮かべるのは、ここにはいない墓場鳥(aa4840hero001)の声。
(『墓碑銘に足る功を為せ』なんて言われて、ついその気になっちゃったけど……功績とか別にいいんだ)
「ただ理不尽から人を守れたらいいなって。それに……」
 寂しかったから。墓場鳥が傍にいてくれると思ったから。美しいけれど鉄面皮な彼女が、まっすぐにこちらを見て名を呼ぶ「ナイチンゲール」と。
(そうだよ)
 本当は、彼女と出会ったあの日に死んでいた。誓約を交わして、失った腕の代わりを探して、エージェントなんてモノになった。墓場鳥以外とはろくに口もきけないのに。
(その癖今回なんて変に自分だけ生き残ったりして。独りじゃ何も出来ない癖に……)
 シーツを握りしめると、義手の感覚は思いの外なじんでいた。足も動きそうだ。前に進める体がある。それなのに、思考はどんどんと後ずさる。
「もう……いいかな」
 全てから逃げることにした。病院から、HOPEから――墓場鳥から。合わせる顔がなくて幻想蝶は病室に遺していった。
(さよなら)
 大門寺 杏奈(aa4314)はレミ=ウィンズ(aa4314hero002)と共に、依雅 志錬(aa4364)の元を訪れた。彼女とはお互いに深い信頼を預け合う仲だ。
「こんにちは! エミヤ姉に御用ですか?」
 S(aa4364hero002)が明るく出迎えてくれる。
「少し、良いですか?」
「上がってください!お二人ならいつでも歓迎です!」
 杏奈が選ぼうとしていたのはヨーロッパへの留学という道だった。やりたいことははっきりしているが、今までとは違う環境に身を置くことになるため不安もある。
「私、パティシエになるために留学しようと思ってる」
 志錬は大きく目を見開いて驚いていたが、やがてこくりと頷いた。
「ん。パティシエ、いい――て 思う」
 杏奈がこれまで戦い続けていた目的。それは"大切な人を守ることができる力"を手にするためだった。
「それを手に入れた今、戦闘以外に自分ができることは何なのかって考え続けていて……やっと答えが出た気がするんだ」
 大好きなスイーツを食べて幸せな気持ちになれるなら、今度は自分が作る側になって皆を笑顔にしよう、と。
「だけどイギリスくらいしか経験無いし……正直不安なんだ」
 珍しく弱気な杏奈の手を志錬が包み込む。彼女のもとを訪れてよかった。誰かに悩みを打ち明ける相手を思い立った時、すぐに志錬の顔が思い浮かんだのだ。
「シレンも一緒に、なんて気軽に言えないけど……ついてきて、くれる?」
 志錬はもう一度、深く頷いた。個人としては、H.O.P.E.から距離を置く理由は存在しない。しかし夢を打ち明けてくれた杏奈の姿は彼女を心を大きく動かした。
「だいじょぶ。わたしも、アンナの理想 支えたい――から」
 レミは杏奈の背に手を置いて、にこりと微笑んだ。
「わたくしは当然ついていきますわよ♪ 元より杏奈には戦うだけではない、別の道を歩んで欲しかったのですから」
「レミ……ありがと」
 志錬が相棒の顔を伺うと、彼女は笑顔でピースサインを返した。
「わくわくですね! 一緒ならきっとなんでも楽しいですよ!」

●決別の理由2 振り返らない
 大宮 光太郎(aa2154)はHOPEを背にしたまま呟く。
「さよならHOPE、もう二度と関わることは無いだろうね」
 未練はない。否、未練として残しておくほどの心の余裕がないのだ。全部、削り取られてしまったから。向こうから元同業者と思われる男たちがやってくるが、挨拶をする余裕もない。会釈をして通り過ぎようとする。
「だっ、大丈夫でござるか?」
 ふらついた光太郎を、男――白虎丸(aa0123hero001)が支えた。
「すいません。……平気です。家、近いので」
 嘘かどうかの判断はつかなかったが、彼からは強い拒絶を感じた。
「やばそうだったら、どこかで休むんだぜ?」
「すいません……」
 顔色の悪い少年に心を残しながらも、彼らは再び前を向く。今日はけじめの日だった。
「ここに来るのも今日で最後か……」
 虎噛 千颯(aa0123)は、堂々とそびえたつHOPE東京海上支部を見上げる。
「名残惜しい気もするでござるな……」
「そうだな……沢山……本当に沢山の思い出があるからな……」
「いろんな出会いもあったでござるな」
 白虎丸は遠い目をして答える。本当によくできた被り物だ。最初は千颯も周囲ももっと興味津々だったのだが、いつの間にか当たり前になっていた。彼に負けないくらい個性的な者と数多く出会ったからかもしれない。
「お疲れ様です」
 空音は彼らの顔を見ると恭しくお辞儀をした。千颯はいつも通りの人懐っこい笑みを浮かべる。
「おーおー、お疲れちゃん。空音ちゃん、手続きを頼むんだぜ」
 空音は彼らの差し出したエージェント登録証を見つめる。
「本当に残念。あなたたちを頼りにしているエージェントは多かったもの」
「それは本当にありがたいことだと思っているでござる。出会いに恵まれた、と」
 千颯は頷きながら、前夜の出来事を回想する。家の軒下で、頼りない光を落とす月を見上げていた時のことだ。
「眠れないでござるか?」
 相棒の優しい声が夜風に溶け入るような夜だった。
「なぁ……白虎ちゃん……俺は駄目な夫で父親だな……困っている人の助けになりたい、悲しみを救いたいと思ってH.O.P.Eに入ったのに一番身近にいる大切な人達を悲しませてばかりだ」
 これで何度目の重体だっただろう。包帯越しの千颯の手を包み、妻は泣いた。「HOPEをやめてほしい」。その一言が発されるまでに、彼女の中でどれだけの苦悩があったのか。千颯を取り巻く様々な想いを知っていて、尚懇願した妻を思うと胸が苦しくなる。
「そう思うならこれから悲しませない努力をすればいいでござろう」
「……そこはそんな事ないとかって慰めないの?」
「慰めて欲しいのでござるか?」
 意外な返しが続き、対応が遅れる千颯。しばし二人は見つめ合う。
「……プッ……いや全然、白虎ちゃんは相変わらずだな! ……なぁ、白虎ちゃん、俺、明日H.O.P.Eを辞めるよ」
「……わかったでござる」
 白虎丸は目を閉じる。千颯の決意を彼は知っていた。それに伴う葛藤も察して余るところがある。
「止めないの?」
「俺たちの誓約を忘れたでござるか?」
 忘れるはずもない。互いの意思を尊重する。束縛しない。意見が食い違った時はより思いの強い方優先――。彼は千颯の思いを優先すると言っているのだ。
「……そうだったな……。でも白虎ちゃんはいいの?」
「何がでござるか?」
「白虎ちゃんは人助けがしたいんだろ? H.O.P.Eじゃなくなったら白虎ちゃんの願いは叶わないんだぜ?」
 白虎丸は微笑む。「心配ない」と伝えるように。相棒を気遣う千颯の背をそっと押すように。
「ほーぷが全てでは無いでござるよ。人助けは何処でも出来るでござるよ。それに俺も嫁殿や坊をこれ以上悲しませる訳にはいかないでござるよ」
「白虎ちゃん……」
 白虎丸はくるりと背を向けた。
「明日は手続きとかあるのでござろう? さぁもう寝るでござるよ」
 彼は去っていく。千颯も追いかけるように寝床へと向かう。張りつめていた神経はずいぶん落ち着いたように思える。家族の寝息を聞いているうち、自然と眠りに就くことができたのだった。
「……できた。確認をお願いしたいでござる」
「はい」
 空音は何度か左右に目を動かした後、問題ないと答え、もう一度お辞儀をする。
「今までありがとうございました。……また、何かあったらいつでも来てね」
 頷こうとして動きを止め、白虎丸は首をひねる。
「どうした、白虎ちゃん?」
「お気持ちは嬉しいでござるが、来ない方が良いでござるよ」
 空音が心細そうな顔をする。天然な相棒は社交辞令まで忘れたのだろうか。千颯が肘で小突くと彼は続けた。
「しかし千颯、平和になればおのずとここにくる必要はなくなるでござるよ」
「そういう意味かよ! 紛らわしいっつーの!」
 吹き出した空音を見て安心した千颯は、ふと脳裏をよぎった常套句をあべこべにして言ってみた。
「『さよなら』H.O.P.E.、『またね』は言わないんだぜ」
 引き続きHOPEに身を置くと、依頼に時間を持っていかれかねない。そう考えた志錬はエージェント活動の休止を宣言することにした。
「んと……エージェント 以外の視点で、セカイ 見てみたいな―て」
「勿論わたしもついていくですから、もし現地で事件あっても安心っ! なんちゃって♪」
 建前上は『別視点からの自己探求』としての留学である。
「……どうしても、困ったら――呼んで」
「ええ、現地にはこちらから連絡しておくわ。頼りになるリンカーが済むことになったけど、あまり頻繁に呼ばないようにって」
 フリーランスのリンカーとして現地での事件対応は支援すると彼女らは宣言した。
「あなたたちの誓約はたしか……」
 「『依雅 志錬』なる人物を識る」こと。環境を大きく変えることは、彼女たちにとってきっと良い刺激になるだろうと空音は納得した。人は多面性を持つ生き物だ。志錬が発見するかもしれない新たな自分の一面。それが彼女を笑顔にするものなら、なお喜ばしい。
「頑張ってね。残念だけれど、あなたたちの人生だもの」
 空音は微笑んだ。個人的な寂しさは、彼女たちの羽ばたきを邪魔する理由にはならないのだ。
 淡々と手続きを済ませ、言葉少なにHOPEを去ろうとする沖 一真(aa3591)に空音は話しかけることができなかった。
「いいのか? ここを去れば、月夜を戻す方法も――」
 灰燼鬼(aa3591hero002)の問いにゆっくりと頷きを返す。
「その可能性はあるかもしれない」
 HOPEを去ることへの躊躇いがないと言ったら嘘になる。失意や自身の無力さへの憤りが胸を渦巻き、思考は散らかるばかり。しかし、決めたことがある。――多くを失ったが。
「俺は俺の手でこいつを取り戻したいんだ」
 視力を失くした瞳に映るのは、もうひとりの英雄の笑顔だった。
 先日の戦いで一真は重体といえる怪我を負った。その時愚神は未だ倒しきることができておらず、悪いことに、一真をターゲットに据えていた。味方が彼を逃がそうとするが、追いつかない。結局、愚神の追撃から一真を庇うため、月夜は自ら共鳴を解き、攻撃を受けて邪英化した。
「……ついてきてるな。4人?」
「3人かと思ったが……そうかも志錬。気配に関してはむしろ一真が敏感だからな」
 監視がついたか。『危険分子』をただで放り出すわけがない。月夜の邪英化はまだ解けていないのだ。


●対岸の火事1 新しい日常
「……ここはこんなにも静かだったかな……3人で暮らしてたんだ、そりゃ静かになるか」
 かすかな音を立てて、筆先が墨汁へと沈む。光太郎は表情をなくした瞳で、出来上がっていく作品を見つめる。
(オウカは……俺達の復讐を果たした後、誓約が終了して消えてしまった)
 彼の家族を殺したヴィランは、光太郎自身の手によって死んだ。復讐を果たして、残ったものは空虚だけだった。それでも彼は戦場へ向かった。義務感、だったのだろう。
(……ディーは……あの戦いで死んだ……俺も内臓を幾つか壊されて、長時間の運動が出来ないときた……全く馬鹿ばかりだよ……)
 笑おうとして、失敗する。げほげほと嫌な音の咳が出た。
(事実上、俺はもう戦えない……陰陽師としても終わった……)
 陰陽師――戦友の顔が胸に浮かぶ。。
「そして制作も終わり……あ、もう墨汁が無いな」
 その日、千颯と白虎丸は夕飯の買い出しを頼まれていた。ショッピングモール。日常の象徴のような場所。活気ある声であふれる店内を歩くだけで、少し元気づけられる気がした。
「こちらは春の新作です。私が着ているのが色違いのネイビーで……」
 ナイチンゲールは笑顔を浮かべ、客と会話をしていた。全てから逃げたあの日から、嘘のように劣等感が消えた。自分にはそれを感じる価値すらない。
 今はシャンゴリラで服飾店の店員をしている。うまく上辺を取り繕い、誰にも深入りはしない。それが一番楽だった。
「よう、ここで会うとはな。光太郎、杏奈」
「カズマ……あーちゃんも……」
 書店に併設された文具コーナーで、3人の能力者が邂逅した。旅立つ前に彼らと話がしたいと杏奈は思う。一真も光太郎も、誘いに応じてくれた。志錬は杏奈の袖を引く。
「……買いたいもの――ある、から」
「用事が済んだら連絡しますねっ」
 杏奈の背を見送った志錬は言う。
「まず……本屋?」
「あ、方便じゃなかったんだ?」
 留学先での会話や文通用の辞典を探すのだという。
「エミヤ姉はリンカーだし、会話には不自由ないですよね?」
「会話だけ。新聞とか、書類とか―いろいろ……読解力 ないと。あとが大変」
 Sはぽんと手を打った。盲点だったらしい。
「それに……わたしが、識りたいこと から」
「よしっ! じゃー、一番良いのを探そう!」
 ほらほらと志錬の背中を押して、Sは本屋へと急いだ。
「ここにしましょう」
 手近な喫茶店に入ることにする。
「5名様ですね」
何気ない店員の言葉に、杏奈は人知れず憂いを逃がすような吐息を吐いた。一真の隣には灰燼鬼が、自分の隣にはレミがいる。けれど、光太郎は一人だ。ふっくらとしたパンケーキの写真がメニューを占拠していたが喉を通る気がせず、レミに問われるまま紅茶だけを頼んだ。店員が去り、一真は今に至った顛末を語りだす。
「月夜の件は知ってるだろ。あいつが俺を庇ったあとHOPEの援軍が到着して、俺はどうにか命だけは助かった。月夜も連れ帰ることができた」
 激しい痛みに意識を飛ばしそうになっていた一真は、援軍の到着で希望を取り戻し、全身を耳にした。失った視力は戻らないとうすうす感じていたが、どうでもよかった。「月夜を幻想蝶に封印した」と聞いた時、ひどく安堵したのを覚えている。しかし。
「月夜の邪英化は解けなかった。今も幻想蝶に封印されたままだ」
 前例のないことだった。『月夜は愚神化している』という公式見解が出るのも時間の問題といえた。それ以上一真に話させたくなかったのか、灰燼鬼が話を引き継ぐ。
「回帰する方法を探るよりも消滅させた方が安全だ、と。そんな意見もちらほらと耳にするようになってな」
 そして、噂を聞いた一真はHOPEを去ることを決めたのだ。
「家に戻るの?」
 光太郎が問う。
「いや。ここに残り、細々と仕事をしていければと思っている。私もできるだけのことはするつもりだ」
 誰も光太郎に質問を返すことはできなかった。彼の事情はよく知っていたし、光太郎には頼る家族ももういない。
「これからか……俺は一人で静かにひっそりと生きていこうかな」
 二人の気遣いを察した光太郎は、独り言のように報告した。
「私はヨーロッパに留学します。しばらくは帰って来れないかと」
 留学のための買い出しに来たことを告げると、一真は安心したように笑った。あれだけ熱心に活動していた杏奈が辞めたと聞き、不安だったのだ。夢のため、とは嬉しい誤算だった。
「俺はそろそろ失礼するよ」
 唐突とも思えるタイミングで一真が立ち上がる。
「杏奈のお陰で思い出した。見ての通り、買い出しが済んでなくてさ」
 一真は手をプラプラとさせる。彼を引き留める者はいなかった。
「どうした……?」
 十分に距離を取ってから、灰燼鬼が尋ねる。
「あまり長居すると、あの頃に戻りたくなってしまいそうな気がしてさ」

●対岸の火事2 火中に入らずんば狼児を得ず
 肉屋での騒ぎを聞きつけて、ナイチンゲールは反射的に店を飛び出した。
「前科者らしいぞ。ほら、前にワイドショーなんかでやってた……」
 噂する客を呼び止め、現場について聞く。
「え?」
 肉屋への到着間際、墓場鳥とすれ違った気がして振り向く。
「まさかね」
 当然だが、姿はない。誓約の破棄を明言したわけではなかったが、自然消滅している可能性はある。そう思うと、申し訳ない気持ちになった。
「もしかしてジャック?」
 正体は元HOPEの赤須 まことという少女。噂だけは知っていた。
「無理だし無関係だし……」
 現場に着いてやっと自分の立場を思い出したナイチンゲールだが、目をそらすことはできなかった。
「何やってんだよ……」
 一真の監視役は3名。全員とは言わないが、ヴィランが出たなら対応に回ってもよさそうなものだ。
「行こう」
 杏奈たちもきっと向かっているのだろう。しかし一真たちはためらうことなく騒ぎの中心へと進んだ。
「まことさん!? 何をしてるんですか!?」
 小物ヴィランの強盗騒ぎ。しかし杏奈にとって犯人は何度も同じ依頼をこなした友人だった。だからこそ彼女が悪の道に堕ちるのは絶対に許せない。何としてでも自分が止めてみせる
と相棒の名を呼ぶ。
「……レミ! 共鳴するよ!!」
「了解ですわ!」
 光太郎は近くの物陰に隠れて待機する。いつでもまことを狙撃できるように。
「……って」
 光太郎はふっと息を漏らした。共鳴できない自分の攻撃が、どれほど彼女に通じるかなんて考えるまでもない。
「はは、しょーがないんだから。あーちゃんも、俺も……」
 胸の苦しさをごまかすように笑顔を作り、柱に頭を預ける。
「まことちゃん……昔スイーツを皆で食べたよね、俺はもう味が判らない……キミもそうなのかな」
 光太郎は呟く。彼女の口元についているのは血液ではないらしい。生肉を食べてしまうなんて『人』らしからぬ行動だが、自分はどうなのだろう。空腹を訴えたり、誰かの言葉に憤ったりするだけ、彼女の方が『人』らしいのかもしれない。
「――エミヤ姉」
「わかってる」
 志錬は杏奈と連絡を取る。
「シレン? お願い、すぐに来て……!」
 杏奈が共鳴しているとすぐにわかった。それだけではない。志錬は彼女の声に大きな感情の揺れを感じ取る。
 断る理由などあろうはずもない。通話しながら、全速力で駆け出す。
「アンナ……どうか、した――の?」
 事件を起こしているのは、最近HOPEを抜けたという少女らしい。彼女に対して杏奈が何がしか強く思うところがあると、志錬は認識した。
「すぐ、行くから……!」
 志錬は隣を走る相棒に視線を投げる。
「ソル、アンナの直援 回る」
「……手法は?」
「敵対者の、武装無力化……必要なら、受け流し する」
「――よかった。やろう、エミヤ姉!」
 千颯は目的地の食品売り場へ向かう途中、事件に遭遇した。
「H.O.P.Eは辞めたけどHEROは辞めて無いんだぜ! いくぜ白虎丸!」
「それでこそ千颯でござる。了解でござる!」
 共鳴し、進み出るリンカーの背中に客たちが声援を送る。
「2匹。やけに到着早いなぁ」
 特に真っ白な天使のようなリンカーのことは嫌というほど知っていた。殺す気の自分と抑えるだけのつもりであろう相手。それでも勝てるかどうか。
「あんたも厄介そうだし」
 千颯は店員の様子を窺ったが、どうやら無傷らしい。槍の切っ先を下ろして対話を試みる。
「被害者の前で言うのも何だけど、まだ大した罪は犯してないよな? ここで素直に『ごめんなさい』すれば、まだやり直せると思うけど」
 アクションシーンは期待できないとみて、ギャラリーが散ってくれれば良いのだが。それが叶わないなら、暴れさせないようにして時間を稼ぐ。説得に失敗したときは情けを捨てて飛び掛かるまでだ。白い尾の虎と灰色耳の狼がにらみ合う。まことの興味は食事から、彼らに移った。
「こっち」
 志錬はバックルームからカウンター内に回り込み、店長へと呼びかける。
「は、はい」
 助けが来たことで勇気を取り戻した彼は、店からの脱出に成功した。店の外に出た彼女は、悲しみを湛えた杏奈の瞳をちらと見る。
「これで、攻撃できる……」
(けど、万全じゃないかもです。もうちょっとお客さんたちを減らせないかなぁ?)
「……話し、て――みる」
 お世辞にも得意とは言えない分野だが、被害が広がれば杏奈はもっと心を痛めるから。杏奈の様子を視界に入れながら、志錬は行動を開始した。
「フルハウス! メテオの勝ちなのです!」
「……ストレートフラッシュ 」
 休憩用に置かれたテーブル席から、敗北を嘆く少女の声が聞こえる。
「こんな感じの場所で、メテオ達出会ったんですよね……」
 程なくゲームは再開される。周囲を見渡すメテオバイザー(aa4046hero001)の耳で、小さな小瓶型の飾りが揺れた。もう春だというのに、瓶の中で舞うのは白い粉雪。今にも消えてしまいそうな、淡い淡い名残雪だ。
「そうだったな……あの時はオレが従魔に襲われてたんだっけ」
 思い返しながら、桜小路 國光(aa4046)はカードをドローする。占いでもするような、どこか超然とした表情で。超然でなければ達観だろうか。諦め、と呼んでしまってはあまりにも悲しすぎるだろう。彼らもまた、意思に沿わず戦いの運命からはじき出された者たちなのだから。
「思えば、行き当たりばったりみたいな出会いでしたね」
「出会った頃は戦う技術もなかったのに、今じゃ先陣切って戦う役目だもんな」
 國光は苦笑する。メテオバイザーの視線はカードを離れていた。
「どいて!」
 鋭い鉤爪を振り回し、人垣を割ろうとするまこと。後ずさることも叶わず思わず目を閉じた客は、いつまでも襲ってこない痛みに気づく。
「狩りと略奪の区別もつかないの? エセ狼さん」
 ぽたりぽたりと血が滴る。義手で受けた攻撃は、慣性のままに流れてナイチンゲールの二の腕を切り裂いた。真新しいカーディガンはもう使い物にならないだろう。
「うるさい!」
 鉤爪をはめた手の甲で頬を張る。地面に赤縁のメガネが転がるが、彼女は動かない。
「何で……」
 勝ち目など微塵も感じさせない弱い生き物。ひどく心が揺れる。
 迷いを払うように振り下ろした爪は、赤い花を散らさない。誰かが腕を掴んだのだ。
「くそっ!」
 ターゲットを変え、もう一度腕を振り下ろす。両手の攻撃を軽々と止められ、更に苛立ちが増す。
「変わり果てたもんだな――」
 眼光鋭い大男が大剣を携え、たったひとりで立っている。沖 一真だった。
「俺か? さぁ、どうかな……お前には俺がどう見える?」
 少しだけ寂しそうだと思った。その理由には心当たりがある。
「あんたも仲間を捨てたの? それとも捨てられちゃった?」
 卑屈な敵意の視線。目が合わずとも、一真には感じ取ることができた。
「お前は自分から捨てたんだろ。だったらどうして捨てられたみたいな顔してんだ」
「見えてないくせに……ッ!」
 あながちハッタリでもなかった。彼女の声は何かを嘆いている。その証拠に、隠した本音をつつかれた彼女は激高する。
「あんただって負け犬じゃない! 大切な人を守れなかったんでしょ!」
 それなのに、一真の目は『負け犬』とは程遠いのだ。敵意の正体は嫉妬だった。
「……気になりますよね」
「何もしてやれなかったからな……」
 國光とメテオバイザーは、様子を気にするように何度も横目で彼らを見る。一真なら彼らに気づくかもしれないと期待したが、その様子はない。気づかれない方が良いに決まっているのだが。
「無茶するね、お嬢さん。心臓に悪いんだぜ」
 千颯はナイチンゲールの腕を治療する。蚊の鳴くような声で彼女は自分がリンカーだと主張した。共鳴はしていないのだから、いずれにしても無茶である。
「ほらっ、皆もあぶねーから退がって! 落ち着いて、なるべく離れるんだぜ!」
 金属同士がぶつかる音を背に、千颯は人垣を押し下げて行く。逃げ道が出来たって構うものか。誰かに怪我を負わされるより余程良い。志錬も彼を手伝う。
「鬼神解放――紅炎発破」
 渾身の一撃を喰らい、まことが地に伏す。
「無力さを嘆く気持ちはわかる。けど、もっと違う道も選べたんじゃないのか」
「……あんたこそ。こんなに力があるなら、もっと好き放題できるのに……」
「――この、馬鹿っ!!」
 半身を起こして一真を睨み上げるまことに、平手打ちを食らわせたのは杏奈だった。その手に彼女の代名詞である盾はなかった。
「貴方は私たちの背中を見て一体何を学んできたの!? 言ってみなさい!」
 彼女は今、HOPEの守り手としてここに立っているのではない。ただ、道を外れた友人のために声を張り上げる。
「どうして、どうしてよりにもよってヴィランを選んだのよ!? 自分より弱い人間に力を振りかざして犯罪しろだなんて教えたことはないわ!」
「嘘をつくの辞めただけだよ! 私は死にたくないし、痛いのも嫌だ! 自分を犠牲にして戦うなんて無理だよ!」
 無言でやりとりを見つめるナイチンゲールの耳に、声が届いた。
「それがお前の墓碑銘か」
 いつからいたのか墓場鳥が静かに歩み寄る。幻かと思ったが、足音と空気を震わす声がその考えを否定する。
「何も成し遂げてないのに?」
「ならば為せ」
「どうやって? 私はもう……」
 手を取り合う資格なんてない。
「お前はただ決めれば良い」
 墓場鳥が幻想蝶を差し出す。ナイチンゲールの頬を涙が一筋流れていった。墓場鳥は笑う。そして二人は共鳴する。
 千颯、一真、杏奈、志錬。彼女で5人目。
「うざい……」
 言いながらもまことは内心負けを予感している。
「もう……止めて。私の積み上げてきたものすら否定されると言うのなら……私、何のために戦ってきたのかわからないわ……」
 杏奈はまことを抱き締める。赤いパーカーの肩口に涙がしみ込んでいく。
「考えて。アンナが、今してるの……自殺行為」
 志錬の言葉にまことは息を飲む。千颯は言う。
「殺す隙は充分にあったのに、殺さなかったってことだぜ。その理由、わからない訳じゃないだろ?」
「私……」
 狼を名乗る自分も、ヴィランを気取る自分も諦めろと首を振る。彼女らには、杏奈を殺さない理由は説明できない。
「私、嘘つきだ。ヴィランも、狼も、なりたかったわけじゃない。情けない自分でいるのが嫌で逃げてたんだ」
「一緒に帰ろうよ。狼なら仲間を大事にしなきゃ」
 君も私も独りじゃ何も出来ないから。ナイチンゲールの言葉は確かにまことの胸を打つ。しかし。
「ありがとう。でも、2度目はないって思います。それに私自身が罪を償いたいんです」
 彼女はヴィランとして裁かれ、収監されることを望んだ。
「亮次さん……」
「共犯だろ。捕まる覚悟なら『前』の事件のときに出来てる」
 泣きそうな相棒を安心させるように彼は笑った。
――コール!
 國光とメテオバイザーの勝負もまもなく決まるようだ。掛け声の後、手札を公開する。
「ストレートフラッシュ! 今度こそメテオの勝ちなのです!」
「……残念、ロイヤルフラッシュ」
 スペードの切っ先に刺し貫かれたかのように、メテオバイザーは息をのむ。ざわざわと人の声がする。元の平和な雑踏。メテオバイザーがふっと微笑むと、國光も良く似た表情で笑った。
「……でも、メテオが勝ちたかったのです」
「こら」
 呆れ顔で息をつく國光。メテオバイザーへと手を伸ばし、ずりおちた白いストールを直す。
「そんなに見て、どうかしたのですか?」
「いや……とてもよく似合っていると思って」
 メテオバイザーは白いドレスの膝から手を放すと、巻かれたストールにそっと触れ、ふわりと笑った。

●つなぐ希望
 光太郎は誰にも言わずにその場を去っていた。ふと、近くのゴミ箱が目に入る。ほんの束の間、彼は立ち止まる。その眼にはやはり、何の感情も浮かんでいなかった。
 不要物がひしめき合うゴミ袋の中。ティッシュ。ビニール袋。クレープの外袋。ガムの包み紙。エージェント登録証と光太郎が自ら壊した武器が仲間に加わった。
「おつかれ、アンナ。がんばった ね」
 志錬は杏奈を抱きしめ、言葉をかける。杏奈が心身ともに疲弊するだろうことは予想していたが、実際目にするともっと心が痛む。。当人の心境を理解しきれるわけではないが、杏奈の力になれるならば何でもしたかった。
「アンナと、友達……戦わなくてよかった……」
「……うん、わかってくれて良かった。それに、彼女がこれ以上、罪を重ねなくて済んで……」
 言葉は嗚咽に飲み込まれる。志錬はただ杏奈の髪を撫でていた。
 駆けつけたHOPEエージェントに、まことは投降を申し出た。
「もう大丈夫だと思うぜ。これ、この子のAGWな」
 武器を千颯に預け、共鳴も解いていたことで、ひとまず彼女は信用された。
「ごめんなさい、アンナ……、悪いお知らせですわ」
「こーちゃんがいない……?」
 レミがいつまでも出てこない光太郎を呼びに行き、彼の不在に気づいたのだ。
「あのバカ」
 理由を察した一真が毒づく。
「私と亮次さんは、隔離されるんですよね」
 自分を連行するエージェントにまことは問う。
「よかった。私は、今の私を信用できませんから」
 彼女は志錬の胸で泣く杏奈に聞こえないように、かすかな声で言った。手首にはまった手錠が、不思議と安心感をもたらしてくれた。
「私たちが許される時が来たら、一緒に戦ってくれますか?」
 ナイチンゲールと墓場鳥はHOPEへ戻ることを決めていた。
「ええ。いつか」
 まことは友人の方に向き直る。
「杏奈ちゃん、レミちゃん」
「あなたの言葉は聞きません」
「アンナ?」
 レミも目を丸くした。杏奈は涙をぬぐって視線を上げる。
「罪を償ってからもう一度来てください。そのときに聞きます。きっと積もる話もあるでしょう、お互いに」
「うん……!」
 彼女は元エージェントたちに深々と頭を下げ、連行されていった。
「帰ろうか、一真」
 灰燼鬼が静かに言う。
「私たちも失礼します。……沖さん、お気をつけて」
 杏奈は言った。帰り道転ばないように、などという意味ではないのだろう。
「また会えますわよね?」
 レミの言葉の裏にも自分の身を案じる気持ちを感じ取り、一真は力強く頷いた。
「光太郎に会ったら説教しとくよ。挨拶もなしに帰るなって」
 少し微笑んだらしい彼女たちに背を向け、歩き出す。
「俺は希望を捨てるつもりはない」
 誓うように呟く。一真は勾玉型の幻想蝶を握りしめた。これが――彼女がこの手の中に居る限りは、決して諦めない。
「両足でしっかり立ってる……一真なら大丈夫さ……いつかきっと……」
 國光は言う。
「そうですね……きっと……いつか……」
 メテオバイザーが答える。
「……失礼致します」
 空音は通話を切り、詰めていた息をついた。
 激戦の跡地にて、桜小路國光らしき遺体の一部が見つかったという。英雄であるメテオバイザーの姿は当然ない。幻想蝶も発見されることはなく、また収納物も『見つからなかった』。それを家族に伝えたのである。
「あれだけ激しい戦いの後だもの。見当たらないのは不思議ではないけれど……。それとも、『もっていきたい』ものがあったのかしら?」
 それは例えば秘めた思い。最期の瞬間まで封印された、無垢なる愛。
「なんてね」
 國光の遺体――見つかった腕は、双神剣「カストル&ポリュデウケス」の片割れをしっかりと握りしめていたという。彼らは、まことが為そうとして為せなかった「武器を手放さないこと」、ひいては「希望を捨てないこと」を最期まで体現し続けたのだ。
「……そろそろいこうか」
「……はい」
 二人は静かに席を立ち、周囲の買い物客に紛れるようにしてその場を離れる。と、メテオバイザーのストールから白い花が一つ落ちた。
 花は、地面に落ちたかと思うと雪のように解けた。ライヴスによって永遠の命を約束されたはずの花が。頭から足先まで白い衣装に身を包んだ落とし主たちの姿も、もう見えない。散らかしたままのトランプは気付かれることもなく、いつの間にか周囲に溶け込むように消えていた。白い占い師たちは奇跡のような卦を叩き出し、明るい未来を信じて天へと昇ったのだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • アステレオンレスキュー
    大宮 光太郎aa2154
    人間|17才|男性|回避



  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • Foe
    灰燼鬼aa3591hero002
    英雄|35才|男性|ドレ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • もっきゅ、もっきゅ
    依雅 志錬aa4364
    獣人|13才|女性|命中
  • 先生LOVE!
    aa4364hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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