本部

月に叢雲夜に霧

影絵 企我

形態
シリーズ(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~7人
英雄
7人 / 0~7人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/03 14:47

掲示板

オープニング

●白昼夢
 黙々と読書していた澪河 青藍(az0063)は、ふと相棒の顔を窺った。食卓の方で紅茶を嗜んでいたはずの彼は、紅茶カップをじっと見つめてぼんやりとしている。まるで彼と彼の周りの時だけが静止したかのように、エイブラハム・シェリングは押し黙って動かない。いかにも難しい顔をして考え事をしている彼の姿はなかった。まるで魂が抜け落ちたかのように、呆けた目で紅茶カップを見つめている。青藍は胸騒ぎがした。立ち上がると彼女はエイブの目の前まで赴き、ぶんぶんと手を振る。
「エイブさん、エイブさん」
『え……?』
 エイブはぼんやりと顔を上げて青藍を見つめる。まるで自分の事とは思えないという顔をしていた。青藍は顔を顰め、鼻先まで身を乗り出す。
「エイブラハム!」
『……何だ。目の前で騒々しい』
 瞬間、エイブは元々の仏頂面に戻って青藍を押し退けた。すぐさまカップを手に取り、少し冷めてしまった紅茶を啜り始める。青藍は溜め息をつき、正面の椅子にどさりと腰を下ろす。
「騒々しいも何も。あんたさっきから変なんですもん」
『何が変だというのだ』
「なにがぁ?」
 青藍は思わず言葉を失う。何も気づいていないというのか。ずっとぼうっとしっぱなしだったというのに。その態度を前に、彼女は何も言えなくなってしまった。目を泳がせ、することも無く渋々と本を開いた青藍だったが、やがてエイブの方から静かに口を開く。
『まあ、奇妙な夢は見るが』
「夢?」
『そうだ。私が医者をしている夢だ。相手は決まって下町の人間だ。自分の金を持ち出しにして、殆ど金を貰わずに面倒を見てやっている』
 小さな声で語るエイブの目は、再び遠くなりつつあった。
『……悪くない気分だった。誰かの為になるという事はな。……だが違う。私は医者だったわけではない。私は夜毎に化け物を狩るハンターだった。何故なら私はエイブラハム・シェリングだからだ』
「知ってますよ。わざわざ念押しなんかしなくても……」
 本を閉じると、青藍はおもむろに立ち上がって居間を後にする。サンダルをつっかけ社務所の外に出ると、幻想蝶から天津風を喚び出した。鞘から白刃を抜き放つと、彼女は独り剣道形を始める。目の前に打太刀の姿を思い浮かべ、黙々と彼女は刀を振るう。しかしそれでも、彼女の脳裏にはかの日見た光景が蘇る。

 霧の中、女に切断用のメスを突き立てる。しかし牙を持つ女はその程度では死なず、激昂して向かってくる。自分はメスを振るい、首を切り裂き女を殺す。汚れた血が噴き出し、黒装束に降りかかる。握りしめるメスにも、血が滴っている――

「医者の夢……医者なら、メスで女を殺せる……いやでも、エイブさんはミディアンハンターだってずっと名乗ってきた。そんな事有り得るのか……?」
 妹分の研究者に聞いてみよう。溜め息交じりに青藍は決めた。

 まだ、彼女は大したことじゃないと思っていた。

●現れる怪物
 からん、ころん。カンテラが揺れる奇妙な音が、夜霧に紛れて響き渡る。蛙が潰れたような呻き声が、夜の繁華街を満たす。逃げ遅れた人々が、ひっそりと霧の中を走る。何処かで悲鳴が響く。ネオンが瞬き、霧の中に飲み込まれていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 霧の中、一人の男が物陰に身を潜めて目の前の通りを窺っていた。そこには一体の従魔がいる。女の死体に覆い被さり、その肉を食らい、血を啜っている。しかし、食らった肉も啜る血も、ぱっくりと開いたその喉から溢れている。開いた腹の傷口からは、臓腑が剥き出しになって垂れ下がる。血みどろ泥まみれの粗末なドレスを引きずり、その女の化け物は死体をただ貪り続けていた。男は息を呑み、その場をそろそろと離れようとする。自分まで従魔の肉にはなりたくなかった。

 からん。

 背後でカンテラの音がする。周囲に怯えながら歩く男は、思わずその足を止めてしまった。刹那、鋭い光が首筋を走った。男は震えながら目を見開く。

 ころん。

 まるで錆び付いた機械のようにぎこちなく、男は背後を振り向く。そこには、右手に長大な剣をぶら下げた、襤褸を身に纏う従魔がふわりと浮かんでいた。白黒に塗りこめられた仮面の奥に、歪な光が覗いている。

 So Wuensch Ich Dem Suender Das Ewige Leben

 男の目の前に構えた剣の腹の文字が、黄色のネオンサインにうっすらと照らされる。息をする事さえ忘れていた男の意識が、不意に途切れた。

 ぼとり、どさり。

 男の斃れる音に、女を喰らっていた従魔、ミザリーは反応する。唸りながら振り向くと、彼女はずるずると足を引きずりながら、新たな死肉を求めて男の亡骸へと迫るのだった。

 そばのビルの屋上に腰掛けた男は、青白い顔で従魔を見下ろしていた。その口は微かに動き、呪文や呪詛のように一つの言葉を紡ぎ出す。

「死んだ。俺の女が死んだ。死んだ。死んだ。死んだ……」


 緊急招集を受けて駆け付けた君達は、異様な濃霧の中へと足を踏み入れた。彼方からカンテラの鳴る音が聞こえてくる。一つは既に近い。君達は共鳴し、各々武器を手に取って近づく従魔を待ち構える。
 その中に混じっていた青藍もまた刀を取る。四百年より昔から澪河神社に伝わる神剣を。しかし彼女は柄に手を掛けたまま、逡巡していた。
 君達の内の誰かが、彼女に武器を取れと急かす。既にカンテラの音はすぐそばまで迫っていた。それでもしばらくぐずぐずしていたが、やがて決意したように、彼女は刀を抜き放った。

『……いる。吸血鬼がいる。すぐ殺さなければ……大変な事になる!』

 ふと、彼女の影となっていたエイブが必死の声を発する。その声は、普段のいかにも難物な声とは違って聞こえた。彼を知る者は、ちらりと青藍の方を振り返る。

 前だ。彼女の様子を窺う間もなく誰かが叫ぶ。そこには、処刑人の剣を構えた一体の死神が浮かんでいた。今は青藍やエイブラハムを気にしている場合ではない。武器を構え直すと、君達は死神と真っ直ぐに向かい合った。

解説

メイン:ミザリーⅡ型の討伐
サブ:リーパーの全滅

ミザリーⅡ型
デクリオ級
 これまた無惨な女の亡骸。前回のミザリーⅠ型は吸血鬼呼ばわりされていたが……?
〇ステータス
物攻A 物防S 魔攻B 魔防S 命中A 回避D 生命S
〇スキル
・恐怖
 おぞましい容姿から洩れるライヴスは、対面するものの心身を縛り付ける。この愚神との戦闘時、移動力とイニシアティブは-2される。
・吸血
 物理攻撃。ランダムに一体対象。命中した場合、与えたダメージ分生命力を増加させる。この攻撃は最終ダメージ値に+5される。ガブリと噛みつく。
・呪いの悲鳴
 魔法攻撃。全体対象。回避不可。防御に失敗した場合、減退(2)を付与する。どこから発せられているかもわからない悲鳴。
〇行動性質
 待機と慎重を繰り返す。リーパーの狩った獲物を喰らい、終われば動く。

リーパー×3
デクリオ級
 襤褸切れを纏った処刑人、と言った風貌。恐怖に駆られて忍ぶ者達に迫り、その首を刈り取る。
〇ステータス
 物・魔攻A、その他B。空中。
〇攻撃
・魂魄吸収
 魔法攻撃。自分の前方、半径2sq以内に存在する敵へ攻撃する。与えたダメージと同じ数値分体力を増加させる。
・首狩り
 物理攻撃。射程1sq、周囲1sq全てが対象。命中した場合、減退(1D6)を与える。また、慎重を選択しているPCに遭遇したスタートフェイズにも使用し、その場合は必ず命中し、減退(10)を与える。
〇行動性質
 待機と突入を繰り返している。角で一旦立ち止まり、道では常に進んでいくイメージ。

フィールド
 夜の繁華街。道は整っており、基本的に戦闘中困る事は無いが、ゴミだらけの裏路地へ回り込んだ時のみは物品に足を取られないよう注意。

天候
 濃霧。遭遇戦ルールが採用されるほか、命中と回避が常に20減少する。

Tips
 青藍は基本味方の誰かに随行する。ステは前回参照。使用するスキルはある程度指定することが出来る。

リプレイ

●霧ノ漂フ繁華街
「なるほどね。あれで終わりじゃないってわけだ」
『あの時の男は逃しましたしね……』
 目の前にふわりと浮かぶ死神を見据え、志賀谷 京子(aa0150)は静かに拳銃にマガジンを装填する。従魔は剣を構え、ざらざらと息を吐きだした。
「しかし、今度は処刑人を気取る従魔か」
『アレは前回のような雑魚と思わない方がいいでしょう。距離を保って戦うべきです』
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)の助言を聞いて京子は頷くと、その銃口を死神の胸にぴたりと定めた。
「りょーかい!」
 乾いた銃声が霧の中に響き渡る。死神は剣を構えて銃撃から身を守る。そこへ出来た隙をついて、ユーガ・アストレア(aa4363)は死神の脇へと回り込む。いつも通りその姿は真っ赤な装甲に包まれていた。
「さあ、お前達がどんな敵であろうと、正義の力で倒してみせる!」
『処刑人を処刑するのもいいですわね。切り刻まれなさい』
 乗り気なカルカ(aa4363hero001)と力を合わせ、早速発動、刃の嵐。次々に刃が生み出され、死神へ向かって突っ込んでいく。黒いボロ布を、刃はさらに切り裂いていく。その様を見つめながら、ぽつりとユーガは零した。
「本当は火力で吹き飛ばすのが一番なのに。あの地味な刀使いがうるさいからなー……」
「な、何か言いましたか?」
 ユーガに向かって突っ込んでいく死神の脇から斬りかかりつつ、青藍は叫ぶ。ユーガは何も応えず、マスクの中でただ口を尖らせていた。
「(澪河さん、大丈夫かな……?)」
氷鏡 六花(aa4969)はさりげなく青藍の背後に回りつつ、彼女の様子を慎重に窺う。友人の不穏に六花は気付いていた。刀を抜く事に躊躇し、英雄は突然叫び出す。六花は不安を拭い去りきれなかった。アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)も彼女に囁く。
『(警戒はした方がいいと思うわ。彼女達、何処か危ういもの……)』
「(そうだね。……まずはこの敵を片付けないと!)」
 六花は懐から一枚の呪符を取り出す。呪符は見る間に凍り付き、氷獄の冷気を纏う白狼を召し出す。右手の紐飾りでさえ抑えきれぬ己の怨念に瞳を塗りつぶし、彼女は白狼を飛ばす。リーパーが振り向く間もなく、狼は氷の牙をその喉元に突き立てた。霊体をも凍らせ、狼はその身を喰い千切った。
 死神は苦しみに絶叫しながら、手にした剣を大振りに振り回す。ノエル メイフィールド(aa0584hero001)は苦し紛れなその一撃を跳びあがって楽々と躱し、宙返りの勢いを載せて短槍をその脳天に突き刺した。
『見た目も実力も大したことは無いの。ま、こっちが寄って集ってボコボコにするもんじゃから仕方ないかのう?』
 挑発的に言い放つと、そのまま槍を捻って死神の首を捩じ切る。銃弾、刃、氷結で致命的なダメージを受けていた死神は、そのまま首を譲り渡すしかなかった。

「……よし、まずは一体。みんな、全員で一気に突っ切ろう。霧も濃くなってるし、バラバラで行動はマズいと思うんだよね」
 京子は従魔の姿が霧に紛れて消えたのを確かめ、仲間達の方へと振り返った。仲間は見えるが、それより離れると目視が厳しくなってくる。戦車を人型にしたような相棒、ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)に乗り込んだソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は手を挙げて応じる。前もって搭載したレーダーにかかれば、霧などあってないようなものだ。
「オッケー。ボクにいいアイディアがあるのだよ」
 ユーガはそう言うと、ちゃっかふぁいあーくん1号を取り出す。名前は可愛いがその実は火焔放射器に他ならない。それを彼女は道に向かって突然ぶっ放す。暑さが苦手な六花はその乱行に目を丸くする。
「え、何してるの……?」
「こうすれば霧は消える! 目の前から来た敵は焼ける! 一石二鳥! いざ進め!」
 正義の味方は突き進む。元々ライヴスによってつくられている霧だ。ライヴスの炎が撒かれると消えていく。天宮城 颯太(aa4794)はその後を呆然としてついて行く。
「(効果的だけど……こんな解決法があっていいのか……?)」
 突っ込みつつも、手段さえあれば今己の奥に潜り込んでいる相棒、光縒(aa4794hero001)も似たようなことをやるだろうとも彼は思った。火炎放射は呆れるほど有効な戦略だったからだ。通りの霧が軽く払われ、遠くからこちらを目指して迫ってくる死神一体がよく見える。己に刻まれた命のみに従い動くクリーチャー。見た目はおどろおどろしかろうが、颯太は動じる事もない。
「どんなホラーでも、生きた人間のサイコパスが一番おっかないんだ。ただのクリーチャーなんて、可愛いもんだね!」
 颯太は斧槍を地面に突き立てると、その斧を支点にしてぐるりと前宙、遠心力を載せて鋭い衝撃波を放った。敵を見定めするすると突っ込んできた死神は剣で衝撃波を迎え撃つ。
「――!」
 受け止めこそしたものの、重い一撃は死神の動きを一瞬封じる。その隙にキャタピラを唸らせて砲撃体勢を取り、ソーニャは死神に一発撃ち込んだ。風を切って飛んだ砲弾は死神を地面に叩きつける。そこへすかさず秋津信子(aa5063)は迫っていく。尼僧として纏う法衣をはためかせ、従魔に向かって左手を突き出す。
「焔王光仏の思いがあるかや。焼き尽くせ、逆巻け炎の奔流」
 女の右手から阿弥陀如来の救いの炎が飛び出す。起き上がった死神は剣を振るって炎を払い飛ばす。舞い散る火の粉が、死神を明々と照らしだす。ぎらぎらと輝く眼でそれは信子の方を睥睨していたが、突如その顔面に大振りの斧が叩きつけられた。
「コイツで吹っ飛べ!」
 重みの乗った一撃に面は砕け、骸骨の素顔を晒して死神は大きく仰け反る。どうにか踏みとどまったそれは、剣を握り直して颯太に向かって一閃浴びせようとする。
「させないよ!」
 すかさず京子が銃声を鳴らした。飛び出した弾丸は宙で消え、不意に死神の手元へ転移し突き刺さる。勢いが殺された横薙ぎを、颯太はいとも簡単に受け止める。その隙をついて、青藍とノエルが素早く懐へ滑り込んだ。
『せーのじゃ!』
 二人は一斉に死神の腕に、脇腹に刃を叩きつける。処刑人の剣はその手から落ち、脇腹を刺されて死神は声にならぬ悲鳴を上げる。
「コイツで、止めだ!」
 開いた口蓋にユーガはグングニルを投げつける。刃はさっくりと貫通し、生命の限界を迎えた死神はがっくりと崩れて消滅した。
『ネタが割れていれば恐れるに足りませんね』

『おぬしら怪我などはないか』
 ノエルは仲間達に振り返って首を傾げる。信子は頷き、霧の濃く見える方角を仰ぐ。
「かの方角から尋常ならぬ邪気を感じます……報われぬ魂が呻いています」
「――!」
 不意に女のものと思しき叫び声がビル街の彼方から響いてきた。明かりさえも消して建物の中へ隠れた人々が気配を殺している中、陰惨さを湛えた悲鳴はよく響く。瓢箪から出た駒で信子が僅かにたじろぐと、阿弥陀無量光(aa5063hero001)は中でからからと笑った。
『(本当に呻いたのう)』
「足を止めてる暇なんて無い! 行くぞ!」
 颯太は斧槍を背負うと、叫びの聞こえた方角に向かって真っ先に走る。ソーニャもその後に従った。
「観測はこちらで行う。余り先走らないようにな」
 従魔を倒し、一刻も早くこの街を解放しなければ。他の仲間達も頷き合うと、彼らを追って駆けだすのだった。

●死神夜鷹狂ヒ人
 霧の中心、従魔の叫びが聞こえる地点へ近づけば近づくほど、血の臭いは強くなっていく。何度嗅いでも嗅ぎなれない。顔を顰め、内心で己を責める。
「(また被害者……いつも後手で、結局何も救えてない。これで何がリンカーだ。エージェントだ……!)」
 光縒は、己を責めたところで為すべき使命は片付かないと、少なくとも表向きにはさらりと流すのだろう。だが颯太には出来なかった。いつでも、救えたはずの命はあるはずなのだと思えてならなかった。
 角を曲がって目にした、従魔に喰われる首無しの亡骸も、そんな命の一つと思えてならなかった。
「またお前か……いい加減にしろよ!」
 颯太は斧槍を構えると、ミザリーに向かって一気に突進を仕掛ける。全体重を載せた突きを、そのずたぼろの骸に向かって叩き込む。だが、元々ずたぼろの骸が今更一刺し喰らったところで怯みはせず、颯太に向かって鋭い悲鳴を上げた。
「……いちいちヒステリックな奴だ!」
 槍を振り抜き、ミザリーを蹴り飛ばす。そんな彼に向かって、脇から最後の死神が飛んでくる。そこへすかさずノエルは割って入り、死神の一撃を槍の柄で受け止める。そのまま彼女が受け流したところへ、信子が素早く駆け込み死神に向かって卒塔婆を振り上げた。
「貴方も、やはり念仏で救う事は出来ないのであろうな……」
 卒塔婆を顔面に叩きつけられた死神は、その一撃を明確な挑発と受け取った。するりと信子へと近寄り、面を外して口をがばりと開く。そのまま信子の魂を吸い取ろうと深く霧を吸い込み始める。
『(ややや。これはいけないのう……)』
「危ない!」
 六花はフロストウルフを死神の方へと走らせる。横から肩へ腰へと齧りつかれ、死神は呻きながら狼を剣で薙ぎ払う。新たな狼を喚び出しながら、六花はちらりとミザリーの方へ眼を向ける。
『(……エイブラハムさん……どう反応するかしらね)』
 京子もまた、素早く死神とミザリーを弾丸で撃ち抜きながら、ミザリーと正面で向かい合う青藍をちらりと見る。
「(きっとミザリー自身は問題の核心じゃない……多分今、何かが分かる……)」
 刀を正眼に構え、青藍は無惨な生ける屍と対峙する。関節が砕かれているのか、がたがたと震えながら青藍の方へ迫ってくる。ずるずると、裂けた腹からわたを引きずりながら。
『……殺す。殺すんだ。殺さないとダメなんだ! 殺さないと……吸血鬼がまた増える!』
「え、エイブさん?」
 彼女の影から洩れる、まるで自ら言い聞かせるかのような悲痛な叫び。その声は普段のぶっきらぼうな声色とは全く違っている。最早別人だ。青藍は思わず戸惑って動きが固まり、アリッサもまたその変わりように驚く他ない。
『(エイブラハム・シェリング……彼とこの従魔の間に、一体何が……?)』
「わかってるってぇ! アレでも吸血鬼なら! 心臓に杭を打ち込むのみ!」
 一方、青藍の背後から勢いよく跳び上がり、ユーガはミザリーに向かってグングニルを擲った。似たようなシチュエーションが前にもあった気がする。この前は近くに誰かいたような気がする。だが気にする必要はない。大義と正義の前に小さな気掛かりなど無意味なのだ。ミザリーは口をパクパクさせながら仰け反り、のろのろと後ずさる。その隙をついて、ずかずかと関節鳴らしてソーニャが砲撃体勢を取る。
『Delete, and Delete』
「切り刻んで喰らうとは趣味が悪い。小官らがきちんと処理してやるので、境界の向こう側へと帰れ、なのである」
 背面に取り付けたカノン砲を展開し、照準をミザリーへと定める。給弾装置が唸りを上げ、薬室へと砲弾を押し込む。姿勢を低く構え、その骸目掛けて弾頭を叩き込んだ。どてっ腹に一撃を受けたミザリー、今度はうずくまるような姿勢になる。
『AHHHHHHH!』
 そんなミザリーを前に、戦車は狂ったように絶叫する。骸もまた喉の傷口を無理矢理合わせて叫喚し、がたがたと飛び出しソーニャの腕へと噛みついた。鋼鉄を噛みきらんばかりの勢いで、ミザリーは歯を突き立てる。だが、ソーニャは耐え忍んだ。しぶとく耐えて、片手に斧を握りしめる。
「さあ、直ちに決めるのである!」
 その姿を見届けたノエルは青藍の方を見た。ヴァイオレット メタボリック(aa0584)が表に現れ、彼女の英雄に向かって語り掛ける。
「エイブ様、何を焦っておいでですか、奴らは排除いたしますとも」
『……仲間がいる? 仲間が? 一体これはどういう事なんだ……』
「エイブさん」
 青藍は血相を変える。いよいよ混乱してきたようだ。しかしノエルは構わない。
『ほれ、憂いは己で払わねばならんぞ、青藍』
「……わかってます。行きますよ!」
 彼女はミザリー目掛けて鋭い突きを放つ。先端に集まったライヴスが弾丸のように飛んでいき、骸の耳元に炸裂した。頬骨が砕け、顎の外れたミザリーはソーニャを離してくらりとよろめく。その隙を見逃さず、ソーニャは斧を振るってミザリーの左腕を叩き落とした。澱みの無い一撃だ。戦へ赴く純粋な狂気に塗りこめられた一撃だ。
「少女よ、いざ共に参りましょう」
「はい。一緒に!」
 信子と六花は共に華炎を放つ。御仏の意志を込めた清めの炎と、氷のように冷たい炎が入り混じって死神とミザリーに襲い掛かる。死神は最早堪らず消滅し、ミザリーも炎に包まれ一歩たりと動けなくなる。そこへ颯太が処刑人の如く斧を思い切り振り上げた。
「もう……、寝てろ……!」
 一度、二度、三度。続けざまにミザリーへ向かって斧を振り下ろす。頭がかち割られ、背骨が竹のように割られ、最後には真っ二つにされた。断末魔の声も無く、ミザリーは血と臓物をぶちまけこの世から跡形もなく消え去った。息を荒げ、颯太は舌打ちする。怒りに任せて怪物を叩きのめしたところで、失われた命が帰ってくるわけも無いのだ。
「くそっ……」
 颯太は振り返り、ぼうっとして立ち尽くしている青藍に向かって何かを言おうと口を開きかける。しかし、その間に不意に京子が割り込んだ。彼女はぬいぐるみに隠匿した狙撃銃を構え、ビルの屋上に狙いを定める。
「……今日こそは、逃がさないよ」
 大勢が決したのを見届けた彼女はずっと周囲に気を張っていた。ブランコに揺られていたり、猫に憑りついていたりしながらこちらを眺め続ける一つの影。今日こそはその尻尾を捕まえるつもりだった。屋上の縁に座ってこちらを眺めていた影は、慌ただしく立ち上がった。
「新手だな!」
『撃ち落とします』
 そこへユーガが虎の子のヘパイストスを持ち出す。引き金を引き、銃弾を雨あられとぶちまける。影はすごすご逃げ出そうとするが、その足に京子の放った銃弾が鋭く突き刺さった。バランスを崩した影は、ぐらりと傾いでエージェント達の方へと落ちてくる。けらけらと、げらげらと笑いながら。
「ははは、へははは」
「……お前は!」
 どさりと落ちたそれは、青藍の叫びを無視し、尚も笑いながら立ち上がる。その顔は血に塗れ、頬もこけ、いかにも病的な相を呈している。それを目にしたエイブラハムは、再び声を震わせる。
『違う。違うんだ。これは……仕方ない事なんだ……彼女は……もう……』
「あひゃひゃひゃひゃっ!」
 男は仰け反って笑い出す。ソーニャは男の抱える凄烈な狂気に興味を示し、カノン砲で狙いを定めながら尋ねる。
「ふむ……この場で笑っていられるとは、貴様も随分な胆力の持ち主であるな」
「ひひひ……これが笑わずにいられるか! なぁ、頭の狂った化け物どもが!」
 黄ばんだ牙を剥き出しにすると、男は血に塗れたその右手を突き出した。白い光がその手のひらに宿ったかと思うと、一気に光が爆発する。その瞬間にソーニャは視界を奪われた。まるで一寸先も見えぬ霧に包まれたかのようになり、頼みのレーダーさえノイズに塗れてしまう。
『(Error, Error……)』
「(構うものか。決して逃がさないのである)」
 ソーニャは視界遮る濃霧の中を突き進む。眼が使えないなら、耳で肌で感じればよいのだ。新たなる敵を仕留めるべく、突き進んでいき――急に霧が晴れた。
「これはまた……面妖な」
 信子は辺りを見渡して呟く。彼女もまた霧の中をおっかなびっくり歩いていたつもりだったが、気づけば自分は一歩たりと動いていなかった。愚神も最早影さえない。エージェント達は半信半疑の面持ちで周囲を見渡していた。一人を除いて。
「ぐ……うぅ……」
 青藍は膝をついた。その共鳴は解け、普段の外見に戻っている。彼女は青藍色のブローチを見つめ、呻く。彼女の相棒は、幻想蝶の中で深い眠りに就いてしまっていた。
「エイブさん……」
「ったく。ずっと後手後手じゃないか。俺達は掃除屋じゃないんだ……」
 颯太は斧槍を肩に担いだまま彼女の前までつかつか歩み寄ると、彼女の手にしている刀を指差して詰め寄った。
「おい、アンタ一体何を持ち込んだ? アンタの事は知らないし興味も無いが、以前からこうじゃなかったはずだ。その胡散臭いナントカっていう刀が原因、そうでなくても何か干渉してるんじゃないのか――」
 さらに言葉を継ごうとした時、不意に共鳴が解けた。光縒が颯太を背後に退けるようにし、呆然と自分を見上げる青藍ににこりともせず語り掛けた。
『……別の意識に呑まれる感覚、分かる気がするわ。一度調べ直した方がいいのではないかしら。どこから来たのか、とか。別に私は愚神を倒せればいいから、どっちでもいいけど。颯太が煩いから……』
「え、え。ぼ、ボクは別に……!」
 共鳴が解けた瞬間に気弱となってしまう颯太は、相棒の背後で俯くしか出来なかった。青藍もまた俯き刀をじっと見つめていたが、そんな彼女にヴァイオレットが寄り添う。その装いは、どことなく二人が初めて出会った時にも似ていた。
「思い当たる節があるのなら……よろしければ、私達にも話して下さらない? 一人で抱え込んでいても、解決なんてしませんのよ」
「そうよ。ちょっと気になるからね、アンタの相棒。この事件に関わった身としては」
「……ん、そうです。私達にも、教えてください」
 京子と六花もヴァイオレットに調子を合わせる。青藍はそれでもしばし逡巡していたが、やがて小さく頷いた。立ち上がると、エージェント達に小さく頭を下げる。
「わかりました。……今はエイブさんも眠っていますし、色々、何があったか教えます」

●霧ヲ断ツ夜語リ
「とは言ったものの……何から話せばよいのか」
『やっぱりその刀じゃないかしら。……AGWとして振るえる業物、なんて中々だもの』
 光縒の言葉に頷くと、青藍は鞘に収められた刀を手に取る。
「天津風は400年前から澪河神社に伝わってきた神剣です。名の由来は、かつて霧に化け、野山を登る人間を喰らい続けたという大狢の正体を暴き、一刀の下に斬り伏せたという逸話から。私自身、刀によくある逸話の類と思っていましたが、四国に現れた愚神が本当に1200年前現れたというなら、この逸話もおそらく、400年前に愚神が現れ、この刀がAGWとして振るわれたという事を示しているのでしょう」
『なるほど……さすがは良い刃ですわね。今は多少曇っているように見えますが』
 カルカは青藍に少し刀を抜くように指で示すと、じっくりとその刃紋を見つめて尋ねる。刃の事は刃が一番よくわかるのだ。
「知り合いに見てもらったのですが、どうにも出力が抑えられているみたいなんです。上手く機能しきっていない、というのか」
「青藍様、先程、あの愚神……と思しき人物を見てお前は、と叫ばれましたよね? 何か、心当たりがおありなのですか?」
 ヴァイオレットが尋ねると、青藍は微かに目を逸らしつつ、小さく頷いた。
「……ええ。アレは私が初めて対峙した愚神、だと思います。裏山が霧に包まれた晩に、私は元々エージェントだった兄の後を追って森の中に入りました。その霧の中心にはあの愚神がいて、エイブさんと対峙しているような状態でした。私は緊急避難的にエイブさんと誓約を結んで共鳴して、兄と協力して愚神を倒した。と思っていました。まさか生きていたなんて」
「……ん。……と、言う事は、エイブさんとの、出会いも、その時……ですか?」
 六花が青藍の眼を覗き込むと、彼女は僅かに微笑んで頷いた。
「はい。それから何だかんだ色んな目には遭いましたがね……」
「澪河さん。エイブさんの過去って、聞いてみたことある?」
 京子は顎に手を当て、考え込むようにしながら青藍に話しかける。前回と合わせて、エイブラハムの口走った言葉を脳裏に軽く反復させる。彼はとにかく、『吸血鬼』を敵視し、殺そうと、いや、殺さなければならないと思い立っているようだった。
「ええ。何度かあります。ですが彼は、私は『ミディアンハンター』だ、英国紳士として、夜に黄昏に闊歩し人の世を脅かす怪物と、大学教授としての仮面をかぶりつつ戦い続けてきた、と言うばかりでした。どうにもエイブさんは記憶の欠落が大きなタイプの英雄らしくて」
「と、言うより、その話、何か僕の知ってるゴシックホラーの粗筋に似ている気が……」
 その時、颯太はふと思いついたように呟いた。ほんの少しずれたその呟きに、光縒はじろりとそんな相方の方を見る。
『今その話、する?』
「ふえっ」
 そんな彼らを横目に、今度は阿弥陀が青藍に疑問をぶつける。
『それで……皆さんの話だと、貴方は英雄の過去を見たようじゃが……一体どんな景色を見たんじゃ』
「そうですね……今はエイブさんも寝ていますし……話してもいいでしょう……」

 そして青藍は語った。刀を抜いた瞬間、一つの記憶が断片的に流れ込んできたことを。霧の出る夜に吸血鬼と化した夜鷹と向き合い、身を削るような戦いの果てに首を切り裂きこれを殺した記憶が流れ込んできたことを。今回は前回よりもさらに鮮明に、より多くの記憶を見た事を。エイブラハム自身も、彼自身は気付かないままに、夢を通して過去と思われる光景を見るようになりつつあると。その夢の中で、彼はミディアンハンターではなく、医者として活動していた、と。彼女はとうとうと語った。

『医者、ですか。だったらあの時、やたらてきぱきと手当てをしたのも納得、ですね』
 アリッサは以前の依頼が終わった後、エイブラハムが颯太に施した応急手当の様子を思い起こす。六花は頷き、天津風にそっと手を添える。
「……ん。私、思うんですが……その刀、もしかしたらエイブさんに、何か関わりがあるんじゃ、ないんですか……?」
 青藍はうむと唸ったが、ノエルは横で肩を竦める。
『どうじゃろうか。言い方は悪いが、エイブラハムの化けの皮を、その刀が剥がしにかかっとるようにワシは思うぞ。ミディアンハンター。化け物狩り。きっとそれは虚仮なのじゃ。あの声の必死ぶりを見るに、そんな虚仮が必要だったんじゃよ、きっと』
『……あの愚神も怪しいわね。怪しいに決まってるけど……もしかしたら、あの愚神は、エイブラハムと同じ世界から来た愚神……とは考えられないかしら』
「うむ! 全く怪しい!」
 その時、込み入った会話に焦れていたユーガが不意に大声上げた。ソーニャも彼女の隣で頷く。
「英雄の事も問題かもしれないが、やはり注意すべきはその愚神である。あの調子だと、遠からず直接に危害を及ぼしてこよう。その対策が急務であると思うのだが」
 全くの正論である。他のエージェント達も強く頷いた。青藍はそんな彼らの様子を見渡し、やがて決意したように立ち上がる。
「……そうですね。でも、次からはきっと優位に立てます。私が見たエイブさんの過去。この情報を元にしてもらえば、プリセンサーに正確な未来予測をしてもらえるはずです」
 青藍は天津風を握りしめる。ユーガはうんうんと頷き、全員を見渡し声高に言い放った。
「さあ、今までは後れを取ってしまったが、ここからが正義の反撃だ! あの従魔や愚神に、これ以上好きはさせない!」

 To be Continued...

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 絶狂正義
    ユーガ・アストレアaa4363
    獣人|16才|女性|攻撃
  • カタストロフィリア
    カルカaa4363hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • エージェント
    天宮城 颯太aa4794
    人間|12才|?|命中
  • 短剣の調停を祓う者
    光縒aa4794hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    秋津信子aa5063
    人間|30才|女性|防御
  • エージェント
    阿弥陀無量光aa5063hero001
    英雄|24才|女性|ソフィ
前に戻る
ページトップへ戻る