本部

霧の道切り

影絵 企我

形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/03/08 16:19

掲示板

オープニング

「どうしたの恭佳、いきなり研究室に来いなんて」
 澪河青藍(az0063)は機材に囲まれ栄養ゼリーを啜る仁科恭佳の背中を眺めて尋ねる。研究に没頭すると不健康な生活を始めるのが彼女であったが、ヴィヴィアンが共にいるお陰で多少は顔色のマシな状態を保っていた。
「どうしたのも何もないでしょ。調査が一段落したの。『天津風』の」
 恭佳はカプセルの中に収められた白刃を指差す。薄い燐光を放つその刃は、美しい波紋を描いている。
「結果は?」
「まあ、AGWとして扱う分には優秀な刀と言ってもいいかもね。僅かなライヴスを何倍にも増幅する回路が込められてる。こんなの作れる人は現代でも限られてるのに、四百年も前にどうやってこんな刀作ったのかはわからないけど」
『扱う分には、か。奥歯にものが挟まったような言い方だな。何かあるのか』
エイブラハム・シェリングは訝しげに眉間へしわを寄せる。恭佳は肩を竦めた、
「まあね。回路にライヴスを流した時に、どうしてもノイズが出るんだ。計算上はもっともっと高い数値が出るはずなのに、そのノイズのせいでどれだけのライヴスを流し込んでも一定量に達したら増幅が止まっちゃう。今の状態のままで振るっても、姉さんが使ってる今の刀より少し強いくらいになっちゃうかな」
「それでも少し強くはなるのね」
「まあ。自己修復能力は既存のAGWと比べものにならないし、将臣の兄さんが許してくれたんだから持ってていいんじゃない? ほら」
 カプセルから刀を取り出すと、鞘にそれを収めて青藍に放って寄越す。その鞘の色は、彼女の名前と同じだ。握りしめると、青藍は小さく頷く。
「……うん。そうね。強いには越したことないし……」
『そうだ。この先どれほど強い化け物が現れるかもわからないからな』
「これ以上……もう想像もつかなくなってきますね」
 相方の淡々とした物言いに、青藍は溜め息をつくしかなかった。



――現れた従魔により市街地で人々がライヴスを吸収されている。至急排除せよ。また、その地は現在霧が発生し視界が悪くなっている。プリセンサーは他にも正体不明の反応を感知しているから、注意は怠らないように――

 要請を受けたエージェント達は従魔を討伐するため、夜の市街地を駆ける。その中には、たまたま近隣にいた澪河青藍もいた。受け取ったばかりの天津風を携え、彼女は君達の横を走っている。
「今回はよろしくお願いします」
 彼女は君達に向かって軽く頭を下げる。挨拶もそこそこに、君達はぼんやりと漂う霧の中に足を踏み入れた。彼方から、人々の悲鳴が聞こえてくる。今まさに従魔に襲われているのだ。顔を見合わせて、君達はさらにその足を速めた。
「――!」
 言葉にならない叫び声。周りの空気をも凍りつかせるような冷たさが篭っている。君達は武器を抜き、その声のする路地へと向かおうとする。青藍もだ。しかし、彼女は天津風を抜いた瞬間に、雷にでも撃たれたかのようにぴたりとその動きを止める。誰かが、そんな彼女の様子に気が付き振り返る。どうしたのか、と彼女に尋ねる。
「……い、いえ。何でもないんです。すみません」
 青藍は首を振った。何やら様子がおかしくも見えるが、今は気にしていられない。君達は改めて路地に踏み込む。
「――!」
 そこに居たのは、燐光を放つおぼろげな霊体。その目の前では、ライヴスを吸われて昏倒した一人の男がいた。霊体は君達の方に気が付くと、耳を劈くような奇声を上げながら君達に向かって群れを成し襲い掛かってきた。


 蛙の鳴き声のような音を鳴らしながら、ボロのドレスを纏った従魔が一人の男に覆い被さっていた。その喉元に鋭く伸びた牙を突き立て、ライヴスを吸い続けるその従魔。彼方此方に悲惨な切り傷が刻み付けられた女の姿を取るその従魔の喉には、何かで切り裂かれた傷痕が、ぱっくりと開いていた。
「……」
 ミザリーは喉の傷をひたひたと動かし呻く。自らを傷つけた者への恨みを吐き出すかのように。



 それを一匹の猫がビルの上からじっと見つめていた。尻尾をゆらゆらとさせながら、赤い眼を光らせて、その異形に恐れた様子はちらとも見せず、猫はひたすらにミザリーを見つめていた。

解説

メイン:ミザリーの討伐
サブ:ファントムの全滅

エネミーデータ
従魔ミザリー
デクリオ級
〇ステータス
物攻B 物防A 魔攻B 魔防A 命中A 回避D 生命S
〇スキル
・恐怖
 おぞましい容姿から洩れるライヴスは、対面するものの心身を縛り付ける。この愚神との戦闘時、移動力とイニシアティブは-2される。
・吸血
 物理攻撃。ランダムに一体対象。命中した場合、与えたダメージ分生命力を増加させる。この攻撃は最終ダメージ値に+5される。
・呪いの悲鳴
 魔法攻撃。全体対象。回避不可。防御に失敗した場合、減退(2)を付与する。

従魔ファントム×10
ミーレス級
〇ステータス
 命中B、魔攻・魔防D、その他E。空中。
〇攻撃
・魂魄吸収
 魔法攻撃。自分の前方、半径3sq以内に存在する敵へ攻撃する。必ず命中。敵の魔防に関係なく(20-敵の特殊抵抗)分のダメージを与え、同じ数値分体力を増加させる。障害物など貫通する。
・呪いの声
 魔法攻撃。射程1-6sq、ランダムに1体を対象とする。防御、カバーリング不能。障害物など貫通する。

現状解説
主戦場は市街地。ミザリーとファントムは人通りの少ない路地などに潜んで通りがかった人物を襲っていた。基本的に障害物らしい障害物は無し。道路幅も狭くはなく、戦闘するに困らない程度の広さはある。
ファントムについては、現在通行人は一時退去状態にある為、現状屋外で活発に活動しているエージェント達に向かって一直線に『突入』してくる。
ミザリーは次なる獲物を求めて徘徊している。『突入』アクションを取る事で発見できる。

Tips
・澪河青藍は指示がない場合、PCに随行し、そのまま討伐に参加している。
 ステータスはブレイブナイトの48/32相当。
 指示があればスキルなどはその通りに使用する。
・上記とは異なる愚神ないし従魔の反応も一つ見られる。
・天候:霧 遭遇戦ルール適用、ステータス下降は無し。

リプレイ

●幻影の亡霊達
 うっすらと霧の立ち込める夜の街。現れた幽鬼を滅ぼすため、少年少女二人が駆ける。志賀谷 京子(aa0150)と天宮城 颯太(aa4794)だ。纏わりついてくる鬱陶しい冷気。二人はその感覚をしっかり憶えていた。
「前に一緒になった時も、こんな霧の中だったよね」
「ああ。やっぱり、前に見たアレが原因かな。同じものが原因と決めちゃうのは早計かもしれないけど……」
 住宅街を全て覆い隠す乳白色の霧の中存在していた霊体のままの愚神。二人とも直接に見たわけではなかったが、それでもその奇々怪々の姿ははっきり思い出せる。その時の霧に比べれば、周囲の状態が把握できるだけマシだ。アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)にしてみれば、それがむしろ気にかかるのだが。
『(前回より状況が良い分、かえって不気味ではありますね……)』
「どっちにしても、自然な霧じゃないのは確か、か」
――同じにしろ、違うにしろ、厄介事を増やしているのには違いはないけど――
 颯太は共鳴前に交わした光縒(aa4794hero001)とのやり取りを思い出す。彼女は顔色一つ変えず、淡々とそう言った。全くその通りだ。どちらにしろ敵には違いないのだから。
「どちらにしろ、この根本を断てばいいって事か」
『(……それと、澪河さんの様子は気になりますね)』
「うん……天宮城くん、澪河さんは急にどうしたんだと思う?」
 アリッサの不審がるような呟きに、京子も矢を手に取りながら小さく頷く。刀を抜いた瞬間、彼女の眼ははっきりと見開かれた。この世ならぬ物を見たような顔だった。
「うん……確かに気になる。あの顔は何でもない顔じゃなかった」
――この霧、澪河青藍の様子がおかしいのと、何か関係あるかもしれないわね――
 光縒はこうも言っていた。颯太はその場で足を止める。関係があるとしたら、一体どんな事なのだろう。だが、考えるよりも先に彼は斧槍を手にしていた。甲高い声で叫びながら、三体のファントムが彼らに向かって突っ込んで来たのだ。京子は素早くトリオ攻撃を撃ち込む。襤褸を纏った亡霊は、それぞれに放たれた一矢をその身に受けながら、強引に地上へと突っ込んでくる。
「まあでも、先ずは目の前の問題からだ! 俺はここだぞ化け物め!」
 ハルバードを大きく振いながら、颯太はファントムの群れに向かって一足飛びに襲い掛かった。


「仕事中に公私混同はナシで」
「わかってますよ桜小路さん、それくらい」
 霧に包まれた周囲を物陰に立って窺いつつ、桜小路 國光(aa4046)は澪河青藍に釘を刺す。間抜け扱いされているとでも思ったか、青藍は困ったような顔で肩を竦める。
『(分かったのです、サクラコ)』
「(メテオに言ったんじゃないから……)」
 時折捉えどころを失くすメテオバイザー(aa4046hero001)にはもう釘を刺す気にもならない。
「さあ来るがいい。人々の生活を脅かす悪よ! 正義のボクが叩き潰してやるっ!」
『霊体とはまた……斬り捨て甲斐の無い敵ですわね』
 道路の真ん中に立ち、ユーガ・アストレア(aa4363)は霧の中を見回し叫ぶ。その手には巨大なガトリング砲ヘパイストスをぶら下げ、深紅のスーツはネオンサインを撥ね返して眩しい。振る舞いこそ派手だが、しかし彼女は正義執行の為、あくまで冷静であった。霧の正体を検め、銃士として有視界距離の確認も怠らない。周囲状況もしっかり頭の中で反復していた。カルカ(aa4363hero001)もいつでも最大火力を叩き込めるよう己の武器としての力を高めていた。正義とは勝つためにあるのである。
「ハァッ!」
 リリィ(aa4924)は大剣を思い切り振り回す。夜の街に風が吹き、耳と尻尾の長毛が揺れる。しかし、目の前に立ち込める霧はあくまでその場から動こうとしなかった。それを見届けたカノン(aa4924hero001)は透き通った声で脳裏に呟く。
『(厄介なノイズね。直接的な害は無いみたいだけれど、遠くまで見渡せないのは困るわ。大方、ミザリーの手で生み出された霧なのでしょうけど……)』
「(大丈夫です、カノンねーさま。幽霊など怖くはありません。近づいたそばから叩き切ってみせます)」
『(そうね。あたしも力を貸すわ)』
「アクチュエルたちもよろしくお願いね」
 リリィは遠くを見張っているアクチュエル(aa4966)に手を振った。振り返されたのを確かめると、彼女は改めて大剣を握り直し空を見上げた。

「いいですか。ファントムを見つけても突っ込まないでくださいね。仲間と連携して――」
『君に説教をされる謂れは無い。私もこの場は連携する方が有効だと理解している』
「あ、いや……」
 國光が念のため青藍に釘を刺すと、いかにも気に入らないという口調でエイブラハム・シェリングが青藍の影を通して喋り始める。いつまでも頑固な似非紳士に、國光が参ったとばかりに肩を竦めた時、メテオが急に叫ぶ。
『サクラコ、話は後に! 来ています!』
 響き渡る悲鳴。燐光を放ち、穴が開いた麻の襤褸を纏った一体の霊が上空から一直線に降ってくる。建物の影から、ぬるりと霊が沁み出てくる。ネオンサインの光を受けて、霊が歪に輝く。五体の霊が、四方から迫っていた。
「――!」
 リリィに向かった形おぼろげな霊の、口に当たる部分が光り出す。何かの攻撃か。國光は素早く飛び出し盾を構える。しかし霊が鋭い悲鳴を上げた瞬間、不意にリリィに燐光が灯る。
「くぅ……」
 音は守りをすり抜ける。眩暈を起こしたリリィはその場に膝をついた。しかしまだその戦意は薄れない。右手に剣はしっかり握っている。すぐさま態勢を整え、目の前のファントムに向かい合う。突っ込んできたファントムから一歩退いてその攻撃を透かし、返しに一撃を叩き込む。その瞬間にファントムの身体は波打ち、くぐもった呻きを上げて鬼火のように縮こまる。
「――」
 脇から差し込んできたファントムが再びリリィに向かって呪いの声を浴びせようとする。だが、刹那のうちに國光が迫り、ライヴスを纏わせた双剣の切っ先を二本ともその口に突っ込む。
「防げないなら、元から止めるだけさ」
 國光は一気に両腕を開く。鋭い刃が、ファントムの頭を真っ二つに裂いた。蒼いライヴスが傷口から溢れ、ファントムは悲鳴を上げる間もなく光となって消えた。
『(畳みかけてしまえば問題ないですね)』
「(こいつらは前座だしね。ここで消耗してたら親玉と戦うのは厳しいよ)」
「ハッハッハー!」
 ユーガに前方から迫る三体のファントム。ガトリング砲を仁王立ちで構えたユーガは、一気にその引き金を絞る。光弾が次々と飛び、ファントムにぶち当たった。躱しようのない弾幕に、ファントムは矢も楯もたまらず物陰へと引っ込もうとする。しかし彼女は正義のヒーロー。悪には一切の容赦が無い、オーバーキル上等のヒーローだ。
「正義の圧倒的な正義力! 物陰に隠れたところで止まらないッ!」
 引き金を一杯に引いたまま、ユーガはヘパイストスを薙ぎ払う。物陰に逃れようとしたファントムは、建物の外壁ごとその身体を蜂の巣にされて消滅した。それを見届け、カルカは淡々と彼女を称賛する。
『市街地を気にしないトリガーハッピーぶり。御主人様流石ですわ』
「うっそだろ……うっそだぁ……弁償案件では……?」
 ファントム一体を着実に切り伏せながら、青藍は正義の暴威を目の当たりにして静かに青褪めるのだった。


●吸血鬼の骸
「そこだぁぁっ!」
 颯太が振り上げた斧槍をファントムの脳天に叩きつける。幽体とはいえ全力の乗った一撃はひとたまりもない。一撃で消え去った。
「これでおしまい!」
 最後の一体も、京子が続けざまに光の矢を撃ち込んで浄化する。その場に墜落し、ファントムは静かに夜の光に紛れて消えた。霧に包まれた異様な静寂が蘇ってくる。武器を下ろし、京子はほっと息をついた。
「とりあえず片付いたかぁ……」
「ああ……天宮城だ。リリィさん、そっちの様子は? ……五体か。こっちは三体倒した。となると、まだ二体残ってるのか。分かった。気を付けてくれ」
 颯太はファントム討伐組のエージェント達と手短に連絡を取り、通信機を懐に収める。
「志賀谷さん、ファントムはまだ二体残ってるらしい」
「後二体か……だったら気にするまでもないかな」
『(霧の中心と考えられる部分には来ています。ファントムを探している間にミザリーに出くわすより、こちらからミザリーに仕掛けてしまう方が優位は取れるような気がします)』
 アリッサは京子に言う。既に、彼女達の耳には地の底から放たれるような、何とも言えない歪な声が聞こえていた。方向もわかる。颯太は頷き、斧槍を改めて構えた。
「じゃあ、行こうか」
 二人は一気に駆け出す。ビルとビルの間、眩い光も届かない、うっすらと血の臭いが立ち込める路地に足を踏み入れる。霧が一層深くなる景色の中で、二人は目にした。ズタボロの粗末なドレスを身にまとい、腹部を滅多刺しにされ、首を半分切り裂かれた、哀れな姿をした生ける亡骸を。白目を剥き、生えそろった血まみれの鋭い牙を剥きだし、鬱血したどす黒い肌の女は、脚を引きずりながらずるずると二人に向かって迫る。京子は心臓を締め付けられるような感覚を味わったが、それでも怯む事はなく通信機を取る。
「雰囲気の違う従魔と遭遇! こっちで時間は稼ぐから、応援よろしく!」
『(不気味な相手ですね……もとからああなのか、傷つけられてああなのか)』
 ミザリーはともすればちぎれて落ちそうになる頭を右手で抑えながら、よろよろと歩み寄る。血に濡れた牙は、どこか吸血鬼のような印象を偲ばせる。斧槍の穂先を颯太はぴたりとその傷口に向け、颯太は小さく口を開く。誰かを薄ら思い出しながら。
「俺はホラー好きだし、暗黒芸術も嫌いじゃない。そして、……生きている女性の方が、ずっと怖いとも思っている」
 長柄をしっかりと握りしめた彼は、一気にミザリーの懐へと潜り込んだ。
「だからお前は怖くない。まだ血が足りないなら、俺が相手になる!」
全身のバネを解き放って穂先をミザリーに突き出す。ミザリーは全身を傾けてその槍を肩口で受ける。そのまま柄を握りしめ、それはしなだれかかるように颯太に襲い掛かり、その腕に噛みついた。
「ちっ」
 颯太は思い切り身を翻し、腕に噛みついたミザリーを思い切り背後へと振り回す。その先には、光の矢を番えた京子が立っている。
「さあ、これでどう!」
 放った一矢は、ミザリーの脇腹に開いた傷口に突き刺さる。呻き、ミザリーは颯太の腕を離してぐらりと仰け反る。首の傷口が開き、黄色い首の骨がぬらりと露わになる。颯太はさらに肩から体当たりをかまし、ミザリーを仰け反らせる。京子は更なる一矢を番えるが、それをそっとアリッサが制した。
『(……京子、何かに見られている気がします)』
「ほんと?」
 京子はさっと周囲を見渡す。霧に包まれた世界の中、傍のビルの屋上に、小さな赤い光が二つ並んでいるのが見えた。おぼろげなその影は、猫か犬のようにも見える。
「(……あれは)」
 しかし眺めている暇はない。その光の背後から、蒼い燐光を放つ幽霊が二体、次々に降ってきたのだ。京子は弓をその幽霊へと向ける。
「ファントムの援軍! 天宮城くんも気を付けて!」
 ファントムは一直線に京子へ向かって突っ込もうとしていたが、ふと遠くから飛んできたライヴスの光に釣られ、するするとその矛先を逸らし彼女の背後へ飛んでいく。振り返ると、双剣を構えた黒いローブの青年がファントムと対峙している。呪いの悲鳴は耳を塞いで受け流し、近づく幽霊に素早く斬りかかる。
「ファントムはこちらが片づけますので。ミザリーはひとまずお任せします!」
 もう一体のファントムも、國光の背後から乗り出したリリィに横薙ぎを喰らわされる。
「そういう事です。ではお願いします」
「ちぇーすとっ!」
 さらに高々と飛び上がった深紅の戦士が、右手に握りしめたグングニルを鋭くミザリーへ投げつける。動きののろいミザリーがそれを躱せるはずもなく、傷だらけの腹に槍が突き刺さった。
「う、う。ヴ……」
 ミザリーは呻いてうずくまりがちになる。さらに刀を構えて駆け込んできた青藍、その先に立つミザリーを見据え、一太刀を浴びせようとする。だが、その白く濁った眼が彼女の姿を捉えた瞬間、ミザリーは豹変する。
「アアアアアッ!」
 頭を手で押さえつけ、ミザリーは絶叫した。呪いの悲鳴が周囲に響き渡る。口から放たれたどす黒いライヴスの波が青藍や颯太に襲い掛かり、攻めかかろうとしていた二人はどうにもできずに身を翻す。
「……この姿、やっぱり……」
『吸血鬼。……吸血鬼だ。迷うな。殺せ』
 青藍は何かに思い至ったかのように呟き、その影からエイブは淡々と言い放つ。言われるまでもない。颯太は突き刺さったグングニルを手に取り、思い切りミザリーを振り回して地面に叩きつける。ファントムを切り伏せた國光とリリィがさらに斬撃で畳みかけた。身体を切り刻まれながら、ミザリーは土気色の腕を伸ばしてリリィの剣を強引に掴む。そのまま半死半生とは思えない膂力で剣を引き寄せ、よろめくリリィの腕に牙を向ける。
「させるか!」
 颯太が飛び出し、ミザリーの頭を思い切り蹴りつけた。頬骨の砕ける嫌な音、裂けた喉から悲鳴を上げてミザリーはリリィの腕を離す。颯太は容赦なくミザリーの胸倉を掴むと、無理矢理引き起こして再び地面へと投げ出す。
「(……恐怖は自分の中にある。外敵なんていない。戦う相手は常に、自分自身のイメージ)」
 颯太はそう自分に言い聞かせて肚に込めた気を練り上げる。斧槍がライヴスを受けて白いオーラを放つ。霧の裂け目から月光が降り、金色のオッドアイが獲物を狙う獣のように輝く。
「貴様の六根全てを浄化してやる。せいぜい怖がれ」
 フィニッシュブローの構えを前に、ミザリーは身に迫る危機をはっきりと感じ取った。乱れた髪を逆立てると、腹に突き刺さったグングニルを無理に引き抜き、颯太に向かって投げつけた。しかし、そこは光の盾を展開したリリィが割って入ってその槍を受ける。
「通しませんよ」
「……」
 ここで形勢の不利を悟ったか、ミザリーは身を翻してこの場を逃れようとする。しかしここで逃すつもりなど無い。國光と青藍が素早く飛び出し、二発のライヴスブローを低めにぶつけてその足を挫く。
「喰らえッ!」
颯太は一気に跳び上がり、思い切りその脳天に唐竹割りを叩き込んでミザリーを真っ二つにした。穢れたライヴスが驟雨の如く一気に噴き出し、周囲をどす黒く染める。しぶとい従魔も、その身を真っ二つにされてはたまらない。
「――!」
 絹を裂くような悲鳴を残して、ミザリーは消滅した。撒き散らされたタールのような質感のライヴスも、徐々に薄れて消えていく。
「終わった、か」
 斧槍の石突を道路に突き立て、颯太は一息つく。既にファントムも片付き、周囲に静けさが蘇る。だが、相変わらず彼らを包み込む冷たい霧は晴れる気配を見せなかった。
「あの霧と、ミザリーはやっぱり直接的な関係はない、か」
 國光は武器を下ろし、周囲を見渡す。この霧は決して自然のものではない。まして人が起こしたわけでもない。それならば、必ずどこかにこの霧を起こしている存在がいるはずだ。ユーガもグングニルを手にしたままビルの上の方角を窺っていた。
「ん? アレは……」
 その視界の中に、小さな点が映り込む。ビルの屋上、柵の外側に、一匹の猫がちょこんと座っているのだ。尻尾をゆらゆらと揺らすその猫は、目を紅玉のように輝かせ、ユーガ達を見つめている。その眼や佇まいから、猫の心は読み取れない。ユーガはしばし猫と対峙し続けていたが、やがてその手にヘパイストスを取る。
「これでも喰らえ!」
 従魔に愚神。説明不要、根源的な災厄であるそれらを前にして、逃げずに留まるどころか、覗き込むようにしていた猫がまともな猫のわけが無い。そんなものは須らく悪の手先で間違いないのである。雨あられと放たれる銃弾。猫は毛を逆立てて跳び上がり、銃弾を躱そうとする。射線から逃れるようなその動きは、明らかに猫のものではない。それを見て取った京子は、光の矢を番えて引き絞り、素早く放った。矢は飛ぶ途中で光の中と消え、跳び回る。猫の背後にワープしそのまま突き刺さった。その瞬間、猫はライヴスを吸い尽されたただの抜け殻に戻り、重力に任せて地面へと叩きつけられた。骨が砕け、猫は水毬のように跳ねて弾けて血と肉を撒き散らす。飛び退いてそれを躱した颯太は、再び屋上の方を見上げる。

「……ひとりめ。まず、ひとりめ……ころしだ。ころし。やつがきた」

 そこに立っていたのは、襤褸切れのような服を身にまとう一人の男。目をぎらつかせ、それはエージェントをじっと見下ろしている。リリィは銃に持ち替え、照準を素早く男に定めた。
「答えなさい。この霧をつくりだしたのは貴方なの?」
「今日も霧だ。明日も霧。そして霧の日にはころしがでる」
 男は訳の分からない言葉を返すだけだ。問答の意味は無い。京子はその男に向かって二発目のテレポートショットを撃ち込もうと矢を番える。だが男は、それよりも早く飛び上がり、いずこともなく消えてしまった。悪は許さぬが信条のユーガは、悔しげにスーツをガチャガチャ言わせる。
「むむ……逃げ足の速い奴め」
『(自らが矢面に立つタイプではない、という事なのでしょう。御主人様。奴が愚神である以上、人間に対して悪事を働かずにはおれません。再び現れた時に討ち果たしましょう)』
「(うん。そうだね。次こそ正義の正義たる所以を見せてやる!)」

 やがて霧は薄れていく。ネオンサインやエアコンの稼働音さえ微かに聞こえる、完全な静寂が蘇ってくる。エージェント達は武器を構えたまま、男が消えた虚空をじっと見つめていた。

●霧の彼方に見える影
 戦いは終わったが、エージェントはしばらく夜の街に留まっていた。被害状況の確認なり、新手の強襲に対する警戒なり、少なからず彼らにやる事は残されているからだ。警察が人々の誘導を終えた時点で、彼らはようやく解放される。それまではしばらく待機だ。

「見回り完了。異常無し! 皆いつもの生活に戻り、今日も正義は果たされた!」
 マフラーを棚引かせながら駆け回ったユーガは、いつもの通りの高いテンションでカルカに報告する。カルカもまた、相も変わらずの無表情で小さくお辞儀する。
『さすがですね。一つのビルを交通事故にでも遭ったようにしてしまいましたが、犠牲は最小限とすることに成功できたのは御主人様の力あってこそです』
「ありがとうカルカ。これからも正義達成のために力を尽くそう!」

「お疲れ様なのです。何とかなりましたわね」
『これからもよろしく頼む』
 リリィはアヴニール(aa4966hero001)達と共に労苦をねぎらいあっていた。

「澪河さんの刀、いつもと同じですか? ……鞘もいつもと違うし、綺麗な蒼い光に包まれているように見えましたが」
 壁際にもたれかかって考え込んでいた青藍に、國光はそっと歩み寄って尋ねる。彼女はかつての依頼で知り合った友人、やはり戦いの前の異変は気にかかった。青藍は刀を手に取ると、ほんのわずかに首を振る。
「いえ。新調した、と言えばいいんでしょうか……これはうちの神社に伝わる御神刀、同時にオーパーツでもあるものです。この世界に危機が迫っているからって、兄が私に託したんですよ」
『つまり新しい武器なのですね。……様子がおかしかったのは、扱いに戸惑っていたからなのですか?』
「違います。この刀は、私の憧れみたいなもので……むしろ馴染み過ぎるくらいに馴染んでます。刀身の重心、握りの幅、どれをとっても私の手にしっくり来ます」
『では、一体何があったというのですか。刀を抜いた瞬間に雷で撃たれたような顔で立ち止まるなんて、どう考えても何事もなかったとは思われないのですが』
 戦いの前から少々彼女の事を気に掛けていたアリッサが、京子を伴い青藍の目の前までやってくる。京子もアリッサの背後から、探るような目で青藍の表情を窺っていた。彼女は難しい顔をすると、柄に手をかけ一気に引き抜く。今度の彼女は、何も変わった様子を見せなかった。
「……私は、何事も無いんです。ただ、あの時共鳴してこの刀を抜いた時に……」
 青藍は刀の美しい波紋を見つめながら、ぽつぽつと、頼りない声で呟く。若干顔色も悪く見える。唇を白くなるまで噛み、彼女は肩を一度ぶるりと震わせてようやく続けた。
「見えたんです。目の前で、女が首や身体を切り刻まれて死んでいる姿が。……そしてその女は、今戦ったミザリーと全く同じ姿で――」

「えーと、ここを、こうして……」
『まったく、とろいわね颯太。私がやる?』
「待って待って……それはちょっと……」
 國光から渡された救急キットを開き、颯太は腕に出来てしまった複雑な噛み傷の手当てに四苦八苦していた。隣で光縒は呆れたようにその手捌きを眺めている。そんな所へ、エイブラハム・シェリングはつかつかとやってきた。
『貸せ。見るに堪えん』
 傍に屈みこむなり、エイブはあっという間に包帯を巻き終えてしまった。きつくも緩くもなく、丁度いい塩梅である。傷口も塞がっていた。颯太は様子を確かめ、小さく頭を下げる。
「あ、ありがとうございます」
『……私は医者だよ。こんなの――』
 何気なく口走り、エイブはふと目を開いて言葉を止める。自分は一体何を口走っているのか、そう言いたげに首を振り、彼は再び仏頂面に戻って立ち上がった。
『私が医者? バカな。……違う。医学はハンターにとって必要な技術。それだけだ』
 立ち去るエイブ。その背中を見送りながら、光縒は訝しげな表情を作ったまま呟く。
『変ね。あの人』
「そうだね。自分が医者だって言って、直ぐに打ち消した……。どういう事なんだろう」

「確証なんて一つもありません。……でも私はきっと見たんです」

 青藍は刀を鞘に戻すと、鞘を握る左手に力を籠め、自らでも信じ切れないらしい、歯切れの悪い口調で締めくくった。

「私の英雄の、過去を」


To be continued…

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 絶狂正義
    ユーガ・アストレアaa4363
    獣人|16才|女性|攻撃
  • カタストロフィリア
    カルカaa4363hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • エージェント
    天宮城 颯太aa4794
    人間|12才|?|命中
  • 短剣の調停を祓う者
    光縒aa4794hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • Lily
    リリィaa4924
    獣人|11才|女性|攻撃
  • Rose
    カノンaa4924hero001
    英雄|21才|女性|カオ
  • 似て非なる二人の想い
    アクチュエルaa4966
    機械|10才|女性|攻撃
  • 似て非なる二人の想い
    アヴニールaa4966hero001
    英雄|10才|女性|ドレ
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