本部

引っ越し手伝い募集中

玲瓏

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2017/03/23 19:36

掲示板

オープニング


 何一つとして変わりのない通信室だった。少しだけ変わったといえば、彼女の英雄であるノボルがココアではなくいちご牛乳を珍しく飲んでいる。ノボルは受話器を耳に当てた坂山を見ていた。
「はい、家具の持ち運びに関しては自分達で行いますので……。ふふ、確かにたくさんありますが、問題ありません。友人にお手伝いをお願いしようかなと考えていますので。はい、よろしくお願いします。はい、失礼します」
 二ヶ月くらい前だろうか。坂山は不運に見舞われていた。家の中で、恋人だった人間が瀕死の状態で置かれていたのだ。部屋は血に汚れて、私物等は乱れていた。
 その日から家には帰らず、カプセルホテルや通信室に寝泊まりしていたのだ。二ヶ月くらい彼女は全く家に帰っていなかったのだ。
 安息の地がない結果、休まる暇もなく身体には疲労が溜まっていた。神経痛が何日も続くのだから堪ったものではない。
 引っ越しをする計画を立てて、実行に移し始めていたのだった。
 H.O.P.Eの仕事する合間に土壌汚染調査の鑑定を済ませたり、見取り図を思案したりと計画は進み、先程家が完成したと報告があった。ちなみに、一昔前に流行ったシックハウス症候群の調査も済みだ。
「後は家具を移動させるだけなのよね。一番大変なのはここからかしら」
 一般家庭の人間ならば引越し業者に頼るところが普通だが、坂山は懸念していた。
 前の家で事件を起こしたのはとある反社会組織だった。ドミネーターというのが彼らの名前であった。もし、引っ越し業者に成りすまして家の特定をされていたら。
 考えられない話だが、そんな話を組織は何度も繰り返していたのだ。最悪な結果になるのはゴメンだった。
「ところで誰に引っ越しを手伝ってもらうのだ」
 頭の中に閉まっていた疑問をスチャースが言った。スチャースとは4足歩行の犬型ロボットであり、人工知能を所持している坂山の飼い犬だった。
「問題はそこなのよね。正直、私友達っていっても二人くらいしかいないし。昔は今よりも人見知りしちゃって、それで人と付き合うのが苦手だったから全然ダメだったのよね」
「教師であったのにか」
「子供達との付き合いは良かったんだけれどね――話を戻すけれど、だから今回もエージェントのお世話になろうかなって思ってるのよ」
 しかしそれにも問題があった。無視できない問題だ。ノボルがひとまとめに言及してくれた。
「……皆来てくれるのかな?」
 愚神の討伐、従魔の掃除以外にもエージェントが集められるケースは多い。人の恋路を上手くいかせるとか、誰かの退院祝に集まるとか。とあるテーマパークの施設観察のために呼ばれた依頼もあった。
「ただの引っ越しのお手伝いだなんて、個人的過ぎるかなあって思ってさ。忙しいと思うよ」
「わかってるわ。でも、護衛が必要なのも事実なのよ。私は狙われている身だから、引っ越しっていう大きなことをする以上万が一に備えないと」
「本心は?」
「え?」
「物事には建前と本心っていうのがあるでしょ。今のが建前で、本心はどうなのかなあって」
「それはまあ、その、可愛いエージェント達と一緒に運びたいなって思ったのも、本当だけどね、もうこの話は終わりにして次のステップにいくわよ」
 次のステップといっても、エージェント用に依頼用の文章を送るだけなのだが。

解説

●建前
 反社会組織に狙われる坂山を護衛しつつ、家具の運搬を手伝おう。

●運搬内容物
・家具(食器棚、テーブル、箪笥等大きな物)
・小物

●新居
 二階建ての一軒家。住宅街とは少し離れた場所に立ち、家は緑の庭に囲まれている。坂山の趣味で、和風建築となっている。

 一階は居間が大きめに造られていて、玄関から入ってすぐ右の扉を開くと居間に出る。居間の障子を開くと縁側に出る。
 居間に入らずに廊下を歩くと真正面に厠がある。仕切りこそ和風だが、扉を開けてみればウォシュレット付きトイレという辺りが現代風だ。
 厠の前には左右に別れる廊下があり、左には階段、右には倉庫がある。倉庫は外に繋がっている。
 二階は間取りが同じな個人の部屋が三つと納戸がある。
 部屋という部屋は全てが和室である。

●当日日程
 引っ越しの大雑把なスケジュールが坂山から全員に通達される。
 朝:九時頃にH.O.P.Eに集合して出発。大型のトラックに全員で乗って以前の家まで出発してから、乗せられる分だけ家具を乗せて運搬しつつ、家具の設置も同時に行う。
 昼:家具の設置がまだなら続けて、終わっているなら周辺の偵察。従魔や愚神反応がないか、コンビニや買い物できるような場所の探索。不審人物がいないかどうか。買い物も手伝ってくれると嬉しい。
 夜:手伝ってくれた皆でパーティでもどう? といっても、ディナーをご馳走するだけなんだけれど。

●その他
 引っ越しや家の家具の設置に不慣れな坂山にアドバイスをすると順調な家作りになる。例えば冷蔵庫の置く場所だとか、オススメの家具を紹介してくれると坂山は喜んで実践するだろう。

リプレイ


 予定では朝九時になっていたが、前坂山家に到着したのは朝の八時だった。引っ越し協力者の礼野 智美(aa0406hero001)から朝九時の集合は遅いと助言を得たからだった。
 地元の小学生達が通学路を走る姿が見える。ランドセルの中に詰まった教科書が軽快な音を立てる。
 肌寒い朝の風を受けながら坂山は、玄関前で足を止めていた。
「大丈夫?」
 ナト アマタ(aa0575hero001)は坂山の背中に話しかけた。
「大丈夫って強がりたいんだけれどね」
 二ヶ月前彼女に訪れた暴力的な過去は、アルバムの中に閉まっていないのにいつでも思い出せる。家を間近に見たら尚更だ。
「大丈夫じゃないけど、やれるだけやるわ。私がここで挫けちゃエージェントを呼んだ意味がなくなっちゃうもの」
「あの、何かあればいつでもウチを呼んでくださいッス!」
 ナトを頭の上に乗せていたシエロ レミプリク(aa0575)の声で、坂山は後ろを振り返った。ナトとシエロ、二人に目を合わせると口元に手を当てて微笑んだ。
「ありがとう」
 閑静な住宅街にトラックの豪快な音が近づいてきた。坂山は羽土(aa1659hero001)に荷物運搬時の運転係を任せていた。中型トラックのウィングボディという種類であり、多くの荷物を収納できた。
 トラックの運転席からは羽土が、収納スペースからはエージェント達とダンボールの軍団が登場した。
「まさに引っ越しって感じだな」
 中城 凱(aa0406)はトラックから降りて、そのダンボールの数を再確認して言うのだ。両手の指をすべて使っても数え切れない数だ。用意は君島 耿太郎(aa4682)がしてくれたのだ。
「ごめんなさいね、わざわざ買いに行ってもらって。ダンボール箱の準備なんて当然なのに頭に無かったわ」
「引っ越し初めてなんですよね、なら仕方ないっす」
「勉強になるわ。それじゃあ始めましょうか」
 古い家とのお別れ会だ。
 家は生きている。この家だけじゃなく、全ての家は生きていると坂山は思っていた。
 一番最初に玄関扉を開ける時彼女は久しぶりと、心で語りかけた。
「さて、まずは荷造りからね。指示は礼野さんに任せてもいいかしら? 私よりも全然詳しいから。勿論、私もするけれど」
「引き受けます――ではまず二手に別れて行動する。血のついて使えなくなった家具は運ばない方がいいだろうから最初はその選別だな」
 一番最初にリビングへと案内した。
 今でこそ血は乾いているものの、割れたコップや倒れた椅子の背景は荒々しいまま残っていた。
「私は先に、二階の部屋から整理してくるわ。このブロックは礼野さんにお任せ……してもいい?」
「勿論です」
「私も二階のお手伝いをします」
 優しさの詩乃(aa2951hero001)は言った。彼女に続いてシエロや伏野 杏(aa1659)が手を挙げた。
 階段を登っていくエージェント達の見送りを終えた礼野は改めてリビングを見回した。
「まずは使える家具、使えない家具の選別だ」
「それなら、明らかにこのソファは使えませんね……」
 離戸 薫(aa0416)の真っ当な意見には誰もが頷いた。模様とも思えるほどの血が付着していたからだ。特に明るいソファだから、黒い血が目立つのだった。
「他に使えなさそうな物はないか」
 リビングはテレビが壁際に寄せてあり、テレビに向かって三人が座れるソファがあった。ソファの前には長方形のガラス机がある。
 この優雅な空間が右側で、左側はキッチンだ。カウンター席のような造りになっていて、食卓がない。お洒落なバーのようだった。坂山は大人数で食事をする時に毎回、階段下の物入れから組み立て式の机を取り出して食卓を作っていた。
「このテレビはまず使えないな。完全にモニターが割れているし、ついでに机も無理だ。真ん中からへし折られてる」
 へし折られた部分にも血が付着していた。
 右側の空間は全滅だ。おそらくテレビ台に置かれていたのだろう花束ですら、床に散りばめられて枯れていた。
 キッチンも安全ではなかった。特に冷蔵庫だ。
「酷い匂いだ!」
 アークトゥルス(aa4682hero001)は鼻を摘みながら言った。
「二ヶ月放置していたからな。それなりに大変な事になっているとは思っていたが」
「大変って話で終わらすには簡単過ぎるな。まったく、何がどう変化したらこうなるんだ」
「冷蔵庫は最後だ。まずは食器棚を頼む」
 先が思いやられる荷造り作業だ。本当に、早朝から集まらなければ夜のパーティが無くなってしまうところだった。


 坂山は詩乃と箪笥の中を整理していた。坂山のプライベートの部屋に入るのは、詩乃は一回目だけではなかった。以前も坂山を世話をした事があり、何となく勝手は覚えていた。
「毎回毎回手伝ってもらっちゃって、ありがとね。大人なんだから一人でやらないと駄目なんだけれど」
「そうでしょうか。私は、坂山さんが好きなので問題ありません。頼っていただけると、嬉しく思います」
「面倒事を押し付けちゃってるみたいで……どうしようかなって思ってたわ」
 オペレーターという権利を使って都合が良いようにエージェントを使っている、坂山はその考えを断固として否定しているが、今回はそう思われても仕方ない依頼だったと反省していた。
 実際は違う。彼女はエージェントが好きであり、ただ一緒に居たかっただけだ。
 本音はこうだと伝えれば良いが、照れくさい。
「本当に面倒事を押し付けているだけなら、人は集まらないと……私の考えですが……」
「――その通りかも」
 人間の秘められた力だ。人間は相手を大雑把にだが、理解している。たとえ初対面であろうとも悪い人間、良い人間の区別ができるのだ。坂山がもし自分勝手でネガティヴなイメージに区別されていたなら、周りに人は集まらない。
 確かに直感的に、坂山の照れくさい気持ちは伝わっていたのかもしれない。だから、こうしてエージェントは助けに来てくれたのだ。
「学ぶことって多いのよね、エージェントから。ほら、色々なエージェントがいるでしょ」
 すると、扉を開けて黒金 蛍丸(aa2951)が顔を覗かせた。詩乃は驚いて立ち上がった。
「蛍丸様! 今すぐ扉をお閉めくださいっ」
「え? あっ」
 服を閉まっているのだから勿論、下着もある話でありまして。
「すみません! でも礼野さんから坂山さんに、選別リストを作ったから見てほしいと頼まれまして……!」
「そうだったの? くす、大丈夫よ詩乃ちゃん。蛍丸君を迎えても私は気にしないわ」
「それでもダメなのですっ。蛍丸様、リストは地面に置いてリビングをお手伝いっ」
 蛍丸はリストを地面に置いてそそくさとリビングに戻ってしまった。
「私も一度リビングにいって、リストは問題ないよって伝えてこないとね。詩乃ちゃん、続きやっててもらってもいい?」
「分かりました。蛍丸様にも一つ言っておいてくださいね」
「分かったわ」
 坂山と入れ違いになってシエロが入ってきた。
「あれ、坂山さんは?」
「今はリビングにいます」
「そっかぁ」
「……シエロ様も、やっぱり心配でしょうか」
「心配、そりゃあ心配だけど……」
 シエロは何しにここに来たのかを思い出して、話題を切り替えて詩乃に尋ねた。
「服の整理は終わったかな?」
「いえ、もう少し時間がかかります」
「なるほどなるほど。箪笥を運ぶのはまだって事で! いやあ隣の子ども部屋の布団とかは全部運び終えたから手持ち無沙汰になっちゃってさ」
「それでしたら、一度休憩されてはいかがでしょうか。伏野様もお疲れなのでは……」
「杏ちゃんはまだやれる! って元気そうだから大丈夫だよ。ウチもまだまだ元気だし!」
「それでは、やはり一階のお手伝いでしょうか。あ、バスルームやトイレ周りも何とかって」
「洗濯機とか! それならウチの出番だね。よし、いってくるねー!」
 元気がある、というのは本当の話だ。シエロは伏野を連れて一階へと駆け下りていった。詩乃は仕事に戻ろうと服に視線を戻した。その最中、懐かしい物を見つけて眼を止めた。
 坂山が退院した時に送られたケーキを包装していた箱が飾られていたのだ。大師巻の袋も残っていた。勿体なくて捨てられなかったのだろう。


 荷造りが終わる頃には真昼を過ぎていた。何処からともなく、空腹の音が聞こえてきた。
「あの、智ちゃん」
 美森 あやか(aa0416hero001)はトラックが出発する前に礼野に声をかけた。
「お昼持ってきたんだけれど、よかったら皆で食べようかなって思って。お昼の事、どこにも書かれてなかったから」
「俺から坂山に伝えてこよう。一旦休憩だ」
 美森が用意してくれたお昼ごはんとはお握りとフリーズドライのお味噌汁だ。他にもお湯と紙皿と割り箸と紙コップ、御手拭も忘れない。
 お昼休憩には引っ越し先の調査をしていた国塚 深散(aa4139)と九郎(aa4139hero001)も加わった。
「国塚さん、偵察お疲れ様でした。問題はなさそうですか……?」
「モスケールの助力もありましたが、特に異変を発見しませんでした。見かけたのは一般人のみで、従魔や愚神といった敵対存在はありません。後、念の為家に罠がないかも調べましたが、発見はナシです」
「良かった。ひとまずは安心という事ですね」
「深散の探索不足がなければ、の話ですけれどね」
 九郎はそう言うが、今回ばかりは何も心配ないと国塚の自信は大きかった。
 味噌汁で身体を暖めた全員は、引っ越し先へと移動した。
 実はといえば、坂山は引越し先に来るのはこれが初めてだった。写真で外観を見させてもらっただけで、目の前に来たのは初めてだった。感動が胸に押し寄せる、その表現の正しさを知った。
「わあ」
 憧れの家だった。瓦のついた屋根に横開きの古めかしい玄関。鹿威しのある広い庭に、縁側からは障子が見える。家の裏口にはなんと、森が広がっていた。
「お疲れ様だ」
 スチャースとノボルが全員に挨拶をしにきた。午前中から二人は待っていたのだ。
「これが日本建築とやらか……見学をしてきてもいいか」
「ええ、いいわ。もう本当に、隅から隅まで見学してちょうだい」
 アークトゥルスは君島を連れて家の中へと入った。そこからは見たことのない物ばかりだ。物珍しく、彼は本当に隅から隅までを観察していた。
「仕切りは全て紙と木で出来ているのか」
「襖と障子っていうっすよ」
「どれも美しい……。しかし、荷物を運びいれる際にぶつけると破れてしまいそうで恐ろしいな」
「あー……全部どこかにまとめて置いておくっすかね。これ多分外れると思うっすよ」
「それならば話は早い。荷物運びも楽に終わりそうだな」
 アークトゥルスに続いてイズミ・ラーミア(aa3053)も家の見学を開始した。家具が置かれていない家は非常に開放感があって、広く感じる。ラーミアは走り回ってみせた。
「ひっろーいね! 鬼ごっこができそうなくらい」
 アンリ・ボナパルト(aa3053hero001)も家の様式を興味深く見つめていた。本かどこかで見た光景だが、実際に眼にするのは初めてだった。今更こういう様式で家を造る日本人は滅多にいない。
 案の定イズミが転ぶがアンリは気にせず、縁側からエージェントの所へと戻った。
「坂山様、家具の配置について少しお話をしたく思いまして」
「そうね。私も迷ってるのよね。箪笥とか、大きな家具はどこにしまえばいいかなって」
「せっかくの日本家屋ですから景観を重視して、大きな収納家具類は二階に置いてはどうでしょう。押し入れに収納スペースはありますし」
 話を聞いていた国塚が言った。
「あなたもそう思う? ……ならそれに決まり。おっきな荷物は二階に運ぶわ」
「分かりました」
「しーちゃんを呼んでこないとですね」
 二階に荷物を運ぶ班と一階に運ぶ班でひとまず別れていた。坂山は羽土と協力して障子と襖を取り外すことにした。
「素敵な家屋だね。杏も羨ましがってたよ」
「ありがと。正直、私もここまで感動するなんて思ってなかったわ。本当に嬉しいし、胸が高鳴るって本当にあるのねって思ったわ。忘れて久しい感覚ね」
「それはよかった。例の一件があって、私も心配しなかった訳じゃない。オペレーターの任務には戻ったが、無理しているのではないかと感じていた」
「最初はね。でも、もう大丈夫。昔からそうなのよ。私、学校の教師だったんだけれど、先輩に叱られて落ち込んだ次の日に子供達の顔を見れば、すぐに癒えたの。今回も同じ」
 障子達は倉庫に纏めて置かれていた。杏がトラックからダンボール箱を倉庫に運んでいた。
「あ、坂山さん。小物類のはすべて運び終えました。一階は後は、大きめの荷物だけです」
「おっけい。それじゃあ羽土さん、力仕事はまだ続くけれど疲れてないかしら」
「もちろん」
 靴棚や食器棚を運ぶ作業はこれからだ。棚の中身は空だが、一人で運ぶには苦労する重さであった。


 周辺の建築物偵察には君島とアークトゥルス、イズミとアンリが乗り出していた。
「お、コンビニ発見っ。家から徒歩十分だね。ちょっと遠いかな?」
「こんなもんだろ。都会とは離れた場所だしな、ここ」
 昨今のコンビニは万屋とも呼べる便利な店になっている。お菓子や弁当は勿論のこと、コピー機まであれば化粧品だってお手の物だ。イズミはお目当ての防犯グッズを探した。
「フエラムネってあるだろ。最近ではあれも防犯グッズの一つらしいぜ」
「それって、あの真ん中に輪っかがあいてるラムネのことだよね。……あれも防犯グッズなの?」
「襲われたら笛を吹いて威嚇するだけ。画期的だよな」
「へえー! 探してみよう!」
 探してはみるものの、今の所フエラムネは駄菓子屋辺りにしか売っていないみたいだ。コンビニに姿は確認できなかった。
「うーん。駄菓子屋さんって近くにあるのかな」
「あれ、イズミさんみなかったっすか? ここ来る時一個だけすっごーい古そうな奴あったんすよ」
 今となっては駄菓子の文字が目立つもので、君島は真っ先に見つけていた。情緒の色が彼の眼を誘ったのだ。イズミは他所に眼をやっていたから気づかなかったが。
「帰りによろうー。せっかくだからお菓子も買っていこうかな」
 コンビニから出た時、ちょうど目の前の歩道を美森と羽土達が歩いていた。
「おーい! どうしたの?」
「あ……どうも。商店街があるみたいなので、そこで夜ご飯のお買い物をしようかなって思いまして」
「俺たちもついてった方がいいっすか? お買い物なら荷物もあるっすよね」
「助かります」
 商店街といっても場所は分からず、最終的にスマートフォンのナビアプリに助けられながら一行はありつけた。午後十六時近くの商店街は賑わっていて、歩道として通る人間や買い物をする人間が交差していた。
 伏野と羽土は買い物以外にも、不審人物の調査を兼ねて来ていたが、今の所問題はなさそうだった。人々は気さくで、初めて訪れるエージェント達にも笑顔で店に招待してくれていた。
 招待先は喫茶店だったのが惜しいところだ。看板娘の嬢ちゃんは断ったエージェント達にクーポン券を渡して手を振った。
「優しそうな町、ですね」
 伏野が言った。
 一時間かけて買い物を終えた彼らが坂山の家に戻る頃にはトラックの中身は空っぽになっていた。トラックはレンタル物であるからと、羽土は運転して持ち主へ返しに向かった。
「へえ、これすごいな。釜戸か」
 台所には釜戸があった。ガスコンロも設置されているが、釜戸が一番目立っているものだ。中条は蓋を開けてみるも、中は空っぽだ。当然だが。


 炭と着火剤を釜戸の下に置いて火をつける。簡単に見えて技術力が必要だ。無事に火がつくとペットボトルに詰まった水を投入して大きめの器に水を敷き詰める。
「醤油とみりんの分量は一対一で、砂糖は少し多いくらいが最適よ。水が沸騰するまで鉄板でネギ、牛肉を炒めるわ。この釜戸勿論だけど調整が効かないから、ちょっと慎重にね」
 引っ越しの時は礼野に指示を任せていたが、料理は坂山が先導していた。得意分野だからだ。
「食材の順番は特に細かくないんだけれど、牛肉は最後くらいが丁度いいわね。あやかちゃん、その間にお米を洗っておいてもらえるかしら。倉庫にあるダンボール箱に入っているはずよ」
「分かりました。お砂糖とかの準備もしておきます」
「お願いね」
 シエロが大きいフライパンを片手で振って肉を炒めていた。ナトが塩と胡椒の雨を降らして肉の臭みを取り除いている。
「わー」
「ナトくん、かけすぎかも」
「……楽しい」
 ネギと牛肉を同時に焼くと、空腹を誘う香りが鼻をくすぐる。
 トラックを返し終えた羽土が縁側から顔を覗かせた。手にはビニール袋がぶら下がっていた。
「これ、卵買ってきたよ」
「あ、わざわざありがとうね。さっき買い物リストに書いておくのを忘れちゃって」
「いやいや。ついでに七味唐辛子も買ってきたんだけど、いらなかったかな」
「ううん。味のスパイスとして置いておきましょうよ」
 さて、いよいよ鍋の中に食材を入れる時だ。鍋の中に次々と食材が投入されていく。詩乃はお玉を使って、両手で混ぜ始めた。
「火傷しないようにね」
「はい。……美味しそう」
「もう少ししたら味見をしてもいいのよ。まあ味見も、舌の火傷に気をつけないといけないんだけれど」
 夕食を作っている間、国塚は家中の鍵をピッキングのしにくいディンプルシリンダー型に変えていたが、作業が終わって居間に降りてきた。
「今日はすき焼きだったのですね。二階にも香りが届いていました」
「そうだったの。もう少しでできるから待っててね。シエロちゃん、お皿と座布団を用意してくれるかしら」
「了解っ。行こっかナト君」
 後は詩乃と坂山が火加減と味加減を気にしつつ釜の中を混ぜるだけだ。坂山は詩乃が必死に料理をする姿を微笑ましく見守っていた。
 お米の準備も完了したようで、美森は率先して茶碗に米を盛り付けていた。外はもう暗くなっていて、虫達が鳴いていた。


「今日はお手伝いありがとうね。さあ皆手を合わせて、頂きましょう」
 障子はまだ取り付けていないから、夜風が屋内に流れ込む。
「ほう、これはこれは……」
 料理に関心を持っていたアンリの舌を唸らせる味は、濃密であった。全ての食材が食べやすいのだ。牛肉の臭みを全く感じず、長時間煮込んだおかげで汁が染み込んでいる。柔らかく、お米との相性は抜群だった。
 何よりも釜で作ったという美味しさが溢れている。普通の鍋で炊いた時の味とは異なるのだ。坂山の提案でモヤシを入れたのだが、噛み応えの素晴らしさよ。白菜は長時間煮込んだ事もあって柔らかくなっているが、もやしは当初の硬さを保っている。
 主役は牛肉だ。おそらく牛肉の管理方法が良かったのだが、肉汁が絶え間ない。それもそうだろう、安物の肉ではないからだ。その肉と白米を一緒に食べた時、これ以上ない程の至福を得る。
「アンリもこれ作ってみてよー。毎日食べてもいいくらい美味しい!」
「じゃあこっちの家にも釜戸を用意しなくちゃな」
 また部屋を狭くするのを取るか、この美味しさを取るか。イズミは箸の手を止めてひとしばらく考えた。
「夜風が心地いいものだ。美味い物と一緒に、良い風を感じられる。コータロー、この感覚覚えておけよ」
「勿論っす! おかわり!」
「あら、早いのね。ちょっと作りすぎちゃったかなって思ったけど大丈夫そう」
「それも勿論っす! 残さないっすよー」
 詩乃がおかわりを担当しようと立ち上がろうとしたが、坂山が止めた。今日せっかく手伝ってくれた詩乃やエージェントに、その担当は似合わないからだ。
「蛍丸様、あの」
「うん? 詩乃もおかわりかな」
「いえ、今日はお疲れ様でした。大きな荷物を運んで……。えっと、坂山さんの部屋に来た時に怒ってしまって申し訳のないことをしてしまいました……」
「気にしてないよ。僕の方こそ何も考えず女性の部屋に入ってごめん。気をつけるよ」
「……はい」
「美味しいね、このお鍋。僕もおかわりしようかな」
 国塚はシエロの横にピッタリとくっついていた。
「わー、コレめっちゃおいしいー♪」
「さすがしーちゃんです。お料理も得意なんですね」
「ウチは指示に従ってお箸を動かしてただけだよー。味付けはナト君の成果かな!」
「焦がさない塩梅も難しいのです」
 アンリだけでなく、国塚も料理人だ。料理の難しさは程良く知っている。市販で味付けされた肉を買っても、焼き方で全く美味しさは異なるのだ。
「そういえば坂山さん、先生だったんですね」
 今まで何度か坂山の依頼に携わっていた伏野は、ディナーを切っ掛けにそう言った。
「そうよ。昔の話だけれど」
「どうしてH.O.P.Eに務めるようになったのでしょうか?」
「教師の友達がね、ちょっと事件起こしちゃって。人生の親友だったんだけれど、それを何とかして止められなかったのかなって悔しくて」
「強くなりたかった……のですね」
「ええ。でもそれだけじゃないの。私の父は警察官だったんだけれど、仕事中にテロに巻き込まれて亡くなったの。それも切っ掛けかしら」
「坂山さんにも色々な思いがあったのですね。坂山さん、私たちがいつでもお手伝いしますから。これからも、よろしくお願いします」
 束の間の一時はゆっくりと流れていった。誰のお腹も空腹になる頃にはお米も釜も空っぽになっていた。一番食べましたで賞は君島に授けられた。


 洗い物を手伝ってくれたのは羽土と国塚、シエロだった。
「坂山さん、洗い物はウチに任せてくださいッス」
「ううん平気よ。お料理は皆とやるのが楽しいのと同じように、洗い物も皆でやりましょ。薫君もやる気満々よ」
「お料理、何もお手伝いできなかったので洗い物くらいは……」
 引っ越しの手伝いだけで十分だ。坂山はそう思っていたが、心遣いを無為にするのも恐縮だ。
 洗い物もまた、会話続きだった。近頃の近況や悩み事はないか。坂山は年長者らしくお悩み相談をしたかったのだが、寧ろ気遣われてしまった。坂山さんの方が一番悩んでいるように見えると。
 教師の頃の癖だった。子供と接する時は自分の悩みを隠して、子供の悩みを聞いていた。通信士になった今も根気強く残っているのだ。
 洗い物が終わって、夜九時だ。引っ越し手伝いもお開きの時間になった。一人、また一人と帰路につく。次第に部屋は寂しくなっていった。
「いつもありがとう、シエロちゃん。本当に助かっているわ」
「なんのなんの! エージェントとして当然のことッス。それに……ウチは坂山さん大好きッスから、頼ってもらえると嬉しいッス」
「あら、嬉しい。それじゃあどんどん頼っちゃおうかしら。大変よ?」
「どんどこいッス! それじゃあまたッス」
 思い切りハグしたい気持ちをシエロは抑えていた。去る時、坂山は一瞬だけ寂しそうな顔をしたからだった。親友が帰ってしまうのだから、誰だって寂しそうな顔をするのは当然だ。
 ノボルとスチャースがいるが、もしもまたドミネーターが襲ってきたら。そう考えると心配だった。だが家に残るのは、かえって坂山の迷惑になるのではないか。シエロは家から遠ざかる時、十回も後ろを振り向いて坂山に手を振った。
 最後まで家に残ってくれたのは黒金と詩乃だった。
「詩乃ちゃん今日はありがとう。そしてごめんなさいね、お勉強を教えてあげられなくて」
 詩乃は部屋の片付けをしている際に坂山が使っていた小学生向けの教科書を見つけて、ページを開いて中身を読んでいたのだ。
「いえいえっ。今日は大変でしたから。でも今度……教えて欲しいです」
「約束ね。いつでも遊びにきてちょうだいな。二人とも、今日はありがとう」
「また、何かあったらいつでも声かけてくださいね。すぐ駆けつけますから」
 黒金と詩乃を玄関で見送った後は、ついに三人だけになってしまった。
「お風呂入ろうかなあ。僕も疲れた」
「良いな。私はロボットだから入れないが」
「行ってらっしゃいな」
「まさか五右衛門風呂形式じゃないよね?」
「心配なら、一緒に入ってあげましょうか」
「僕は子供じゃないんだからいいよ。五右衛門風呂なら五右衛門風呂で入る」
 お風呂は普通のお風呂だ。だが檜で出来ており、そこもまた趣向を凝らしている。
 ノボルが風呂に入っている間、坂山は縁側に座って今日一日を思い出していた。朝から夜までエージェントと一緒の日々、時折微笑みを浮かべて。
 自然と瞼が下がってきた。朝から動き回ったから、身体が睡眠欲を求めているのだ。お風呂に入るまでの間、たまには身体の言うことに従うのも悪くない。
 ところで、イズミがフエラムネを買ってきてくれたのだが、一体どんな意味が込められていたのだろうか。今度訊いてみようか。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    中城 凱aa0406

重体一覧

参加者

  • エージェント
    中城 凱aa0406
    人間|14才|男性|命中
  • エージェント
    礼野 智美aa0406hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • きみをえらぶ
    ナト アマタaa0575hero001
    英雄|8才|?|ジャ
  • リベレーター
    伏野 杏aa1659
    人間|15才|女性|生命
  • リベレーター
    羽土aa1659hero001
    英雄|30才|男性|ブレ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • ひとひらの想い
    イズミ・ラーミアaa3053
    人間|14才|男性|回避
  • エージェント
    アンリ・ボナパルトaa3053hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
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