本部

幽かなるハイド・アンド・シーク

大江 幸平

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/01/28 18:47

掲示板

オープニング

●危険な遊び
 黴臭い室内には、背筋を這いずり回るような冷たさが漂っていた。
 蝋燭の炎だけに灯された薄暗い闇の中。小さな影が芋虫のようにうごめている。

「……ふ、ふっ……ふっ……ふっ!」

 それは一人の少年だった。
 両手両足を拘束され、口元にはぐるぐるとテープが巻かれている。
 額から伝う冷汗を拭うことも出来ずに少年はひたすら地面を這う。何処かにあるはずの出口を探して、ただひたすらに。

 ――助けて、誰か、誰でもいい、助けて。

 少年の声にならない心の叫びをかき消すように。
 ひたり、ひたり、と。背後から恐ろしい足音が近づいていた。

「みーつけた」

 愛らしい声が響く。少女特有のフェミニンな甘い色。
 それなのに、少年は全身が粟立つのを抑えきれなかった。
「だめだめ、ちゃんと隠れなきゃ。遊びにならないでしょう?」
 必死に逃げようとする少年の動きを制止するように、少女はその身体に腰掛けた。おもわず顔を上げる。

 そして少年は見た。美しい少女の透き通った碧眼を。
 そこに人らしい感情は見当たらず、代わりに映り込んでいたのは、今にも泣き出しそうな哀れな少年の顔だった。

「……むーっ! むぅ、む―っ!」
「さあ、次は貴方たちの番よ」
 そう言うと、少女は胸に抱いていた可愛らしいクマのぬいぐるみを少年に押し付ける。
「パディ。ジョシュと仲良くね?」
 パディと呼んだぬいぐるみに口づけを落とし、少女はにっこりと笑いかける。

「今度は私が隠れるから、早く見つけてちょうだいね。きっとよ? でないと――」

 どこからか、生暖かい風が吹く。
 蝋燭の炎がゆらりと揺れ、すぅっと静かに消えた。

「――貴方、パディに殺されちゃうかも」

 わずかな希望すら覆い隠してしまった暗闇の中で、パディのつぶらな瞳が、震える少年の姿をじっと見つめていた。

●幽霊屋敷の秘密
「皆さんには、このお屋敷を調査してもらいます」
 H.O.P.E.ロンドン支部。
 ブリーフィングルームに集められた貴方たちに、職員が事の経緯を説明する。

「事の起こりは一ヶ月前。今回の依頼者であるハロッズ・オルメイソン氏が自身の所有する郊外の屋敷を取り壊そうとしたところ、屋敷内の家具や業者が用意した工具が宙を飛び交い、作業員が怪我をする等のポルターガイスト現象が発生したそうです」
 さほど大きくもない二階建ての古びた屋敷の外観が、ホログラム映像となって浮かびあがっている。
「オルメイソン氏はそれからも何度か工事を進めようとしたらしいのですが、ポルターガイスト現象は日に日に激しさを増していったそうで、今は完全に工事もストップしている状態です」

 職員は気怠げに短く息を吐いた。

「……幽霊屋敷自体は、ロンドンでは決して珍しいものではないんですけどね。ただ……今回の場合、少しだけ状況が特殊なんです」

 件の屋敷がある区域。その近所に住む少年『ジョシュア・ウィンストン』が二週間前から行方不明になっている。職員はそう説明して、言葉を続ける。

「少年が完全に消息を絶つことになる日の前日に、彼がオルメイソン氏の屋敷に入っていくところを目撃した方がいるそうです。その日は工事も行われておらず、屋敷内は完全に無人だったそうですが、翌日には多くの関係者が屋敷内に立ち入っています。ですが、少年の姿を見た者は――誰もいません」
 その言葉に、話を聞いていたエージェントの一人が眉をしかめた。
「状況から判断して、我々はこれを『イマーゴ級』従魔の仕業だと結論付けました。もしそれが正しければ、少年が屋敷内の何処かに捕えられている可能性があります」

 貴方のような能力者と英雄たちにとっては、単なる思念体に近い『イマーゴ級』など大した脅威ではないだろう。
 しかし、仮に少年が捕獲されライヴスを吸収されているとすれば、少年の命が危ういのはもちろん従魔の成長を見過ごすことにもなる。

「ただちに現場へ急行し、調査を開始してください。目的はポルターガイスト現象を発生させていると思われる従魔の討伐、それから仮に屋敷内で少年を発見した場合は迅速な対応と保護をお願いします」

 お互いに顔を見合わせたエージェントたちは一斉に立ち上がる。
 同じく、動き出そうとした貴方を呼び止めるように、職員がふと思い出したといった調子で呟いた。

「そういえば……オルメイソン氏にはお孫さんが一人いるらしいんですけど、その子が古いお屋敷をずいぶんと気に入っていたみたいなんです。学校でもろくに友達も作らず、大半の日は一人でお屋敷の中に閉じこもっている……と、愚痴まじりにお訊きしました」

 何かを深く思案するように、その瞳がうつむいた。

「その子が特に大好きだった遊びが――かくれんぼ、だそうですよ。……なんだか、気になりませんか?」

解説

●目標
・屋敷内の調査
・イマーゴ級従魔の討伐
・行方不明になっている少年の発見および保護

●場所
・ロンドン郊外にある古い屋敷。
 構造は二階建て。庭付き。
 一階の内訳は『広間』『居間』『応接間』『食堂』『厨房』『浴室』『書斎』。
 二階の内訳は『寝室A』『寝室B』『子ども部屋』『物置』。
 食堂の横にある裏口からは『庭』へと出ることが出来る。

・無類の収集家として知られるオルメイソン家の先代当主が秘蔵していたコレクションの集められた『秘密の図書室』が何処かにあるとされるが、その入口が何処に存在しているのか、本当にその図書室はあるのか、真実を知る者はすでに誰も居ないとされている。

●登場
・『ハロッズ・オルメイソン』
 依頼人。屋敷の持ち主。
 イリーナの父である『ロイド』は実の息子だが、その妻共々、一年前に事故で失っている。
 調査には協力的だが、あまり身内のことについては語りたがらない。
 厳格な人物として知られているが、不幸な境遇にある孫娘に対しては過剰な愛情を注いでいる。

・『イリーナ・オルメイソン』
 屋敷の持ち主であるハロッズの孫。友達のいない孤独な少女。
 気性は大人しいが、常に人を寄せ付けない雰囲気を放ち、自分に敵意を向けてくる相手には容赦しない冷徹な一面がある。
 『パディ』と名付けたクマのぬいぐるみを溺愛している。パディは亡くなった両親から貰った宝物らしい。
 最近まで、屋敷の中でずっと『何か』を探していたようだが、今はその様子はない。
 暇さえあれば屋敷に出入りしているので、屋敷に行きさえすればきっと会うことが出来るだろう。

・『ジョシュア・ウィンストン』
 屋敷の近所に住む少年。二週間前から行方不明になっている。

リプレイ

●始動
 湿った空を厚い雲が覆っている。吹き抜ける風は冷たい。
 件の幽霊屋敷を見上げる一同。
 その外観は確かに古めかしいものだが、実際に近くで見ると老朽化しているような印象はない。
「(……取り壊す、と聞いていたのですけれど。とてもそんな風には見えませんわね)」
 リジー・V・ヒルデブラント(aa4420)が訝しげに目を細める。
「ハロッズさん。早速ですが、屋敷の見取り図を見せて頂けませんか」
 玖渚 湊(aa3000)の提案にハロッズが取り出した見取り図を広げる。
 一同が見取り図を参考にしながら、各自の情報や行動を共有するための準備を整えていると、ハロッズが顔を上げた。
「……イリーナ。ここへは来るなと言っただろう」
 視線の先に立っていたのは、ハロッズの孫であるイリーナだった。
「その人たちは?」
「……私が呼んだ。屋敷の安全確認をしてもらうだけだ」
 少女の碧い瞳は冷たい。わずかながら敵意が見える。
 彼女があまり人を信じていないことは、その目を見ればすぐに解った。
「孫のイリーナです。ご挨拶しなさい」
 ハロッズに促され、イリーナがちょこんとお辞儀する。
「か、可愛い、可愛い幼女だぞ弟者!」
『OK兄者、時に黙ってろ』
 興奮しているのは阪須賀 槇(aa4862)と阪須賀 誄(aa4862hero001)の兄弟。そんな二人を尻目にイリーナへ声をかけたのはナイチンゲール(aa4840)だった。
「初めまして、私はナイチンゲール。よかったら案内頼める?」
「……お屋敷を壊さない?」
「もちろん。そんなことしないよ。壊しちゃうって聞いて、もったいないって思ったくらい」
 その言葉を聞いて微笑んだイリーナに、黒金 蛍丸(aa2951)と詩乃(aa2951hero001)が声をかける。
『は、はじめまして……!』
「イリーナさん、よかったら僕達も一緒にいいかな?」
『じゃあオレもそっちかな。面倒なことは湊くんに任せるね』
 便乗したノイル(aa3000hero001)は、人懐こい笑顔を浮かべながら湊の肩をぽんと叩いた。
 その背後でリジーがオーリャ(aa4420hero002)にこっそりと囁く。
「そちらは任せましたわよ、オーリャ」
『そっちも任せたよぉ。それじゃあまた後で☆』
 そうして、一同は調査班と探索班の二手に分かれることになった。
『じいさんに子供相手、か……』
 屋敷内へと入っていく探索班を見送りながら、ファルク(aa4720hero001)が不満げに呟く。
『色っぽいおねーさん相手なら喜んで、って感じなんだけど』
「……ファルク、寝言は寝てからにして下さい」
 茨稀(aa4720)がイリーナの背中をじっと見つめながら。
「俺たちは俺たちの仕事をしましょう。……気になることは多いですから」
『あぁ、この地域に美人が多いといいけどな』
「……気になるのはそこじゃありませんから」

●誘い
 屋敷内の広間には、どこか冷たい空気が漂っていた。
『すごく綺麗なお屋敷ですね!』
「私がちゃんとお掃除してるもの」
 感心する詩乃にイリーナが少し自慢げに言う。そんな二人を見て蛍丸が柔らかく微笑む。
『いつもこんな所に一人で?』
 ノイルが尋ねると、イリーナの目が伏せられる。
「おじい様は私がここに来るのを嫌がるの。きっとそのせいで私にお友達が出来ないんだと思ってるんだわ」
『お友達、いないんだ?』
「いないわけじゃないわ。ただ、その……」
 ふと、オーリャが淋しげな表情を見せる。
『ねぇ、イリーナ。僕も独りなんだよね……君、良かったら僕と遊んでくれないかな?』
「え? 遊ぶって……なにするの?」
『折角広いんだしさぁ、かくれんぼでもしようよ』
 その言葉に一瞬だけ目を輝かせたイリーナだったが。
「で、でも……いいの? 貴方たち、お仕事に来たんじゃ……」
『いーのいーの。ね? みんなもいいよね?』
 賛同するように他の面々もうなずいた。
『丁度、お嬢さんくらいの妹が居てね。隠れんぼが好きだったな』
「上手く隠れ過ぎて一日見付からなかったりな! いっちょやる?」
 やる気満々の一同に気圧されるように、イリーナは答えた。
「わ、わかった……!」

 ハロッズに通された応接間は、綺羅びやかな装飾で彩られていた。
 腰掛けた湊は常に持ち歩いている分厚いノートを取り出す。
「まずお訊きしたいのは、ポルターガイスト現象についてです」
 ハロッズは神妙な顔で語りだす。
 彼の話によれば、これまでにポルターガイスト現象が発生したのは三度。
 一度目は工事の初日である一ヶ月前。場所は食堂。
 二度目はそれから一週間後。場所は書斎。
 そして三度目。さらに一週間後。場所は――
「この応接間です。その場には私もいました」
「ここですか……?」
「はい。実際に現場を見てもらうべきかと思いましたので」
 湊はメモを取りながら、何かに気付いたように言う。
「つまり、最後にポルターガイスト現象が発生したのは、二週間前……。間違いありませんか?」
「えぇ……その日から工事は中止しておりますので」
 なるほど。湊が静かに呟き、葵色の瞳をハロッズに向ける。
「――ジョシュア・ウィンストン。この名に聞き覚えがありますね……?」

●索と策
 イリーナを巻き込んで始まったかくれんぼの最中だったが、エージェントたちの目的はあくまで屋敷の調査であり、事件の真相究明である。
 というわけで、一同は自由に屋敷内へと散らばっていた。

 厨房を訪れた蛍丸は蛇口を捻ってみる。清潔な水が流れ出た。
 冷蔵庫を覗いてみるも中身は空だった。日常的に利用されているような痕跡はない。
「(水や食事なしで人は生きられない。誰かが少年の世話をしている可能性は高いはずですが……)」
 考え込む蛍丸。その背後から声をかけられる。
『……蛍丸様』
「詩乃? ずいぶんと早かったですね。二階はどうでした?」
『え、えっと……寝室と子ども部屋を見て回ったんですけど、特におかしなところはなかったです!』
「そうですか。……あれ、たしか物置もありましたよね?」
『うー。そ、そのですね。物置はちょっと……入りづらいというか、なんというか……!』
「はい?」

 木箱や家具などが雑然と置かれた狭い物置にて、ナイチンゲールが膝を抱えて丸まっていた。
「……ふぅ。落ち着くなぁ」
 その表情は穏やかだ。それもそのはず。彼女にとって物置は特別な場所だった。
「(……子どもの頃はよくこうしてたっけ。静かだし、一人でいられるし……)」
 ぼんやりと埃っぽい室内を見渡す。
 さすがに歴史のある屋敷と言うべきか。年代物の骨董品やら、高級そうな物品が溢れている。
「(そういえば……物置には面白いものがいっぱいで、外の嫌なことも忘れられたんだよね……)」
 ふと思い立ったように、ナイチンゲールは物置を漁りだす。

 紙の匂いが充満する書斎。
 リジーは壁や本棚に何か仕掛けがないか、丹念に各所を調べていた。
「隠し部屋は定番ですものね……」
 だが、整理整頓された書斎にあったのは貴重な文献の山だけだ。
 特におかしなところも見受けられない。
「……残念ですわ。これはこれで興味深いですけれど」

「ねぇ、オーリャは人形なの?」
『そうだよ。可愛いデショ?』
『あ、自分で言っちゃうんだね』
 居間の隅っこにて。
 イリーナを挟むようにしてオーリャとノイルが身を潜めていた。
「人形なのに、どうして喋れるの?」
『どうしてって言われてもねぇ。そういうものだからさ』
「……私のぬいぐるみも喋れるようになるかしら」
『君のぬいぐるみ、たしかパディって言うんでしょ?』
「どうして知ってるの」
『おじい様に訊いたんだよ。今はどこにいるの? オレも会ってみたいな』
「今は……その、ちょっと……お留守番してるのよ」
 その目が伏せられる。少女が何かを隠していることが二人にはすぐ解った。
『ふーん。じゃあパディは一人ぼっちなんだ。かわいそうだね』
「一人じゃないわ。兄弟もいるもの」
 兄弟。その言葉が気にかかった。
『そうなんだ。僕も姉様と兄様がいるよ!』
「オーリャの姉様と兄様も喋る人形なの?」
『あははっ、違うよ』
 イリーナはオーリャに心を許し始めている。そう推察したノイルは一計を案じることにした。
『それにしても古いお屋敷だよね。幽霊が出るっていうのも納得だよ』
「幽霊なんていないわ。それに、古くたって……素敵な場所だもの」
『へー、こんなぼろーいお屋敷が?』
 キッとノイルを睨みつけるイリーナ。
 あえて馬鹿にするような口調で言ったのだが、少女はそれに気付かない。
『オレだったら頼まれてもこんなとこ住みたくないけどなあ』
「……貴方にはわからないわ! もういい、オーリャ行きましょ」
 イリーナに手を引かれ着いていくオーリャだったが、その目はノイルに向けられていた。
 視線を合わせたノイルが――静かに微笑んだ。

●約束
「可哀想な子よね。早くにご両親を亡くして……」
「ハロッズさんも悪い人じゃないんだけどね……」
「そういえば前までは暗い顔しか見なかったけど……最近は楽しそうだったわね」
「お兄さん、少し家に寄っていかない? 上等なワインがあるの。旦那が隠してたものなんだけど」
 その誘いを丁寧に断り、礼を言うとファルクはその場から離れた。
『……あぁ、疲れた。お喋りなおねーさま達だったぜ』
 先程までファルクが話していたのは屋敷の近所に住む奥様方だ。
 屋敷やイリーナについての情報収集を行っていたのだ。
「ファルク……成果はありましたか?」
『わかったのは、ここいらにゃ欲求不満の奥様方ばっかりってことくらいだ』
「……はぁ」
『そっちも芳しくなかった感じか?』
「イリーナさんについてはあまり……。ただ、ジョシュアさんのことは少しだけ」
 彼は優しい少年でイリーナのことをずっと気にかけていたようだ。
 そのせいか以前にも何度か屋敷を訪れていたらしい。
 恐らくは失踪当日もイリーナに誘われて屋敷へ行ったのではないか。
『なるほど。やっぱり怪しいのは嬢ちゃんか』
「……直接イリーナさんを監視しましょう。尻尾をつかめるかも」
『虎の尾を踏まなきゃいいけどな』
 ファルクが皮肉げに笑った。

「……行方不明の少年がこの屋敷に監禁されている、と?」
 湊は静かにうなずいた。
「最後にポルターガイスト現象が発生したとき、イリーナさんはどちらに?」
「……イリーナを疑っているのですか?」
「もしも本当に少年が捕えられているとしたらすごく危険な状態だと思います。……今はとにかく、多くの情報が必要です」
 信じられないといった顔をするハロッズだったが、その言葉を聞いて思い直したようだ。
「……アレはずっと工事に反対していました。あの日も来るなと言い聞かせたのですが、結局は屋敷に……」
「そもそも、どうしてお屋敷を取り壊すことに?」
「それは……なにしろ古い建物ですので……」
「何度も修繕を重ねているように見えましたけど」
 息をつまらせるハロッズ。やがて静かに息を吐くと、観念したかのように呟いた。
「……わかりました。もう、すべて、お話しましょう」
 そして、ハロッズは語りだした。
 もともとこの屋敷には、ハロッズの息子一家が暮らしていたこと。
 突然の事故で夫妻が亡くなり自分がイリーナを引き取ったものの、幼い孫との接し方がわからず、心の距離が開いてしまったこと。
 イリーナが今だに両親との想い出が詰まった場所であるこの屋敷に執着しており、外の世界に目を向けようとしなかったこと。
 両親への未練を完全に捨てさせるために。この屋敷を取り壊すと決めたこと。
「老人の愚かな考えだったのでしょう。結果的に……あの子はまた大切なものが奪われてしまうという恐怖に囚われてしまっている」
「イリーナさんの事、愛してらっしゃるんですね」
「妻にも先立たれました。イリーナは……私にとっても、唯一の家族です」
「俺もじーちゃんがいて色々面倒見てくれるんです。だから……わかります。イリーナさんにもハロッズさんの気持ちは伝わっているはずです」
「そうだといいのですが……」

 その頃。オーリャはイリーナの機嫌を取るために談笑を続けていた。
 すっかり心を許したのか、イリーナの表情は明るい。そこでオーリャは核心を突いてみることにした。
『イリーナ、君にだけ特別に教えてあげる。……僕がここに来たのは皆とは別の理由なんだ』
「別の……?」
『……僕はあるものを探してるんだ。死んだ僕の家族に所縁ある物でね、ここに住んでた収集家がどこかに秘蔵してるって聞いて、せめて一目見たくて……イリーナ、心当たりない?』
 その言葉にイリーナは俯いた。明らかな迷いが見て取れた。
 だが、やがて決心したように。顔を上げる。
「一つだけ、条件があるの」
『条件?』
「パディには双子の兄弟がいるの。偽物じゃなく本当の兄弟よ。でもおじい様に隠されてしまって……まだ見つかっていないの」
『その子が帰ってきたら、見せてくれるわけ?』
「そうね。約束するわ」
『ああ、うん。約束ネ』
 おかしいな。また探し物が増えた、と。オーリャは内心で苦笑した。

●四つの目
「こんなもんでいいかな~っと」
『ノリノリだな兄者』
「幼女を合法的に盗撮できるぜヒャッホーとか思ってないぞ!」
『その顔で言われても説得力皆無だな』
 槇は楽しそうに自分で持ち込んだ小型カメラを設置していた。
 二人が今居るのは食堂だが、すでに数カ所で同じことをしている。
「そういや、ここって幽霊屋敷なんだよな? 変なの写っちゃったらどうしよう」
『動画サイトにでも投稿すりゃいいんじゃないか』
「やらせ乙って感じで叩かれそうだな……」
 その背後で。バタリ、と。何かが倒れる音がした。
「ん?」
 振り返る槇。もちろんそこには誰もいない。
『今、なんか音が……』
 ガタガタ。ガタガタッ。
「お、おいィ!?」
『悪ふざけはやめろ兄者』
「オレじゃねえって!」
 ピタリ、と。音が止んだ。
 そして、二人は見た。
 すぅっと空中を浮遊する、刃物。その切っ先は――二人に向けられている。
『「ぎゃああああああ!?」』

 屋敷内に響き渡る悲鳴。
 騒ぎを聞きつけた面々が集まってくる。
「何事ですか……!?」
 蛍丸と詩乃が見たのは絶叫しながら走り回る槇と誄の姿だった。
「出た! 出た!」
『洒落になってないだろjk』
「二人共、落ち着いてください。何があったんですか……?」
 湊が事情を聞き出す。その背後を小さな影が駆け抜けていった。

「……バレて、ないわよね」
 庭の片隅でしゃがみこんでいるのは、イリーナだった。
 何かを隠すように、せっせと煉瓦を動かしている。
「……よし」
 騒動に乗じて作業を終えた少女は、その場から素早く立ち去っていった。

 ――それを見ていた、二つの影が動く。

『……アタリ、かね』
「……恐らくは」

 それからすぐに、蛍丸のスマホが一度だけ鳴った。

●秘密
 庭の探索は一斉に始まっていた。
 それぞれが屋敷の外壁に沿うようにして歩き、草木を掻き分けて目を凝らす。

 ふと立ち止まったのはリジーだ。位置的には書斎の裏側に当たる場所。
 土台部分の煉瓦だけ色が微妙に違うところがある。触ると明らかに新しい。
「これは……」
 そこへ聞き慣れた明るい声が。
『姉様だ!』
「なに、してるの」
 尋ねたのはオーリャではなく隣にいたイリーナだった。
 その不安そうな表情。やはり、と思う。
「……地下室への入口は、ここですのね?」
「っ!?」
 驚くイリーナの背後から、茨稀とファルクが姿を現す。
『覗き見なんて趣味じゃねえけどな。さっきお嬢ちゃんが何か隠してたの、見ちまったぜ』
「……ど、どうして」
「入口は今まで誰にも見つけられなかった。それは例えば大人の視点では見つけにくい場所にあったから……。そして、収集した品を秘蔵しておくのに十分な場所は屋敷内にありませんでしたわ。つまり秘密の図書室は――地下に存在している。違いまして?」
 リジーの推理に言葉を失うイリーナだったが、やがて観念したように認めた。
「……そうよ。そこが私の秘密基地。今まで誰にもバレなかったのに」
『イリーナ、見せてくれるよね?』
「だ、だめよ。約束したでしょ」
「約束?」
「……あれ、みんな集まって何してるの」
 やって来たのはナイチンゲールだった。何かを腕に抱えている。
「物置の天井裏でこんなの見つけたんだ。可愛いからイリーナが喜ぶかなって」
 それはパディそっくりのぬいぐるみ。
 そう――ハロッズが隠してしまったパディの双子だった。
『約束は守らないとねぇ』
 呆然とするイリーナにオーリャが笑いかけた。

 黴臭い室内。その地下室には、冷たい空気が漂っていた。
 ぼんやりとした灯りの中、立ち並ぶ本棚の隙間に影が揺れる。
 地下への入口を開いてくれたイリーナと待機班を地上に残し、他の面々は秘密の図書室へと足を踏み入れていた。
「……ライヴスの気配ですね」
 蛍丸の視線が、ある一点に向けられた。
 壁を背にして少年がぐったりと横たわっている。
「居ました! 保護を!」
 その声に慌てて駆け寄ったナイチンゲールが憔悴した少年を保護する。
 次の瞬間――茨稀が声をあげる。
「従魔……!」
 地面に置かれた一つのぬいぐるみ。その愛らしい瞳から、不気味な気配が漏れている。
 能力者たちは確信を得る。従魔はそのぬいぐるみに憑依している。
「任せてください……パディは、傷つけない……!」
『蛍丸様……!』
 共鳴の光。白髪が靡き、紅い輝きを放つ左眼が対象を捉える。
 ――パニッシュメント!
 ライヴスの光が放たれる。それはパディに憑依した従魔だけを――正確に捉えていた。

 地下室の暗闇が切り裂かれ、やがて光が収まった頃。
 そこには、不気味な気配だけを失った無傷のパディがちょこんと座っていた。

●その名は
 事前に手配していた救急車でジョシュアは搬送されていった。命に別状はない、とのことだ。
 体力は尽きかけていたものの、吸収されたライヴスが微量だったのは幸運と呼ぶ他ないだろう。
「……イリーナ」
 沈痛な面持ちで孫を見下ろすハロッズ。何を言うべきか、彼は迷っていた。
 そんな二人の様子を見かねて、蛍丸と詩乃が近づいてきた。イリーナにパディを手渡す。
「パディは無事ですよ。大切な友達なんですよね?」
「……うん。ありがとう」
 ぎゅっとパディを抱きしめるイリーナの顔を覗き込むように。
「どうして、こんなことをしたんですか?」
「……ジョシュは、この子の代わりだったの。おじい様が……パディから取り上げてしまったから……かわいそうで」
 胸に抱いていたもう一体のぬいぐるみを見せる。
「だって一人は寂しいもの。それは……私がよくわかってるから」
「……優しいんですね。でも、事情はどうあれ貴方は一人の命を奪うところでした。それがどんなに恐ろしいことか、イリーナさんならわかりますよね?」
「……ごめん、なさい」
 詩乃が優しくイリーナの頭を撫でる。蛍丸は微笑んで。
「寂しいときは、僕と詩乃で遊びに来ますから。また、かくれんぼしましょうね?」
 そのやり取りを眺めていたハロッズにナイチンゲールが言う。
「ただ可愛がるんじゃなく、きちんと向き合ってあげて。……それは同じ傷を持つ、貴方にしかできないから」
 私にはいなかったから。ナイチンゲールは心の中でそっと呟いた。
「……仰る通りです」
 ハロッズがイリーナに近づいて、頭を下げる。
「イリーナ、私を許してくれ。私は間違いばかり犯してしまった」
「……ううん、違うの。私が……私がおじい様を……」
「この屋敷は私にとっても大切な場所だ。取り壊したところで、忘れられるはずもない」
「じゃあ、もう……お屋敷は壊さない?」
「あぁ、ちゃんと守っていくよ。想い出と共に。……手伝ってくれるか?」
「……うんっ」
「まずはジョシュアくんとご家族に謝らなければな……」
 これから二人は互いにあらゆる罪を償うことになるだろう。
 しかしそれは、今まですれ違い続けた二人にとって必要なことに違いない。
『何とも言えない、話だな……』
「……なー弟者、俺たちの世界もさ、知らないだけで実は色々あるのかな」
『さーなぁ……』

「……オーリャ」
『んん? どしたの?』
 こっそりと近寄ってきたイリーナにオーリャが微笑む。
「あのね、お願いがあるんだけど……もし、もしよかったら、なんだけど」
『なになに?』
「この子、まだ名前がないの。ママが名前をつけるはずだったんだけど……その前に、いなくなっちゃって……そのままつけられなくて」
 イリーナが持ち上げたのはパディの双子だ。つぶらな瞳がオーリャを見上げている。
「だからね、この子に――オーリャ……ってつけていい?」
『ええっ? そりゃまたなんで』
「だって、そしたら……この子も喋れるようになるかもしれないでしょ?」
『あははっ、なるほどねぇ。もちろんいいよ! 僕は可愛いしね! 可愛いは正義!』
「ほんとっ!?」
『でも、そんな名前つけちゃったらさ……』
 オーリャが楽しそうに笑った。

『――その子、呪いの人形になっちゃうかもね☆』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 復活の狼煙
    リジー・V・ヒルデブラントaa4420

重体一覧

参加者

  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 市井のジャーナリスト
    玖渚 湊aa3000
    人間|18才|男性|命中
  • ウマい、ウマすぎる……ッ
    ノイルaa3000hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
  • 復活の狼煙
    リジー・V・ヒルデブラントaa4420
    獣人|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    オーリャaa4420hero002
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
    機械|17才|男性|回避
  • 一つの漂着点を見た者
    ファルクaa4720hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃



  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862
    獣人|21才|男性|命中
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 誄aa4862hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
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