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貴方は誰を殺すのか
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/12/04 19:12:30
オープニング
●帰路
貴方達は帰路についていた。
ミーレス級を討伐するという戦闘任務を終え、静かに揺れる車の中、エージェント達は穏やかな眠りに誘われていた。
エージェント達と同じ任務についていた常名玉兎(az0044)もまた例外ではなく、隣に座る英雄のユウ(az0044hero001)と共に目を閉じていた。
帰ったら美味しいご飯を食べよう。
まずはお風呂に入ろう。
それから、それから。
各々が各々の思考に埋もれていく。
――――暗転。
●ゆめの中
玉兎は目を覚ました。
ここはどこだろうか。
見慣れない、まるで牢獄のような部屋。
壁にはモニターが付けられていて、そして扉が一つだけ。
後は今まで寝ていたであろうベッドがある。
それを確認した所で、彼女は気づいた。
幻想蝶が、無い。
英雄も、いない。
狭い部屋の中には隠れられそうな場所などなく、呼んでも出てくる気配が無い。
『お目覚めなのです?』
唐突にモニターに現れたのは、赤いドレスを身に纏った白い髪の少女。
HOPEに登録されている呼称は、愚神『いめ』。
『ここはゆめの中なのですよ』
玉兎の言葉も聞かず、いめは続ける。
『ここから出る方法は簡単なのです』
いめが言うとモニターの映像が切り替わる。
現れたのは英雄であるユウと、英雄とは別の部屋で蹲っている子供の姿。
『多数決なのですよ』
モニターの横にボタンが三つ現れる。
そこには【常名玉兎】、【ユウ】、それから【子供】と書かれている。
いめはにっこりと笑い、告げる。
『誰を殺すかを投票するのです。最も多く票を得た人が死ぬのです。後の人は助かるのですよ』
そういうゲームなのです、と。
解説
●登場
・いめ
白い髪に赤いドレスを身に纏う愚神。
『選択』を好み、口を挟んでくることもあるかもしれない。
●ゲームのルール
以下がいめの提示したルールである。
・必ず誰かに投票しなければならない。
・誰にも投票しないまま『一時間経過』すると全員死亡する。
・能力者と英雄で会話をすることは可能。ただし相談だといめが判断した時点でモニターは切られる。
・子供と会話することも可能。ただし相談だといめが判断した時点でモニターは切られる。子供は指示がなければ誰にも投票しない。
・ボタンには『○○(能力者名)を殺す』『○○(英雄名)を殺す』『子供を殺す』と表記されている。
・一度ボタンを押すと変えることは出来ず、全員の投票が終わった時点で集計される。
(以下PL情報)
・このシナリオによってダメージを受けることは無い。
・これはゆめの中であり、ボタンを押した結果が出れば夢から覚める。
・この選択で人が死ぬことはない。
・夢から覚めると既にHOPE本部に到着している。
リプレイ
●思考する能力者と神を名乗る英雄の選択
伊邪那美(aa0127hero001)は目を覚ました。いめから話しかけられて状況を知り、何をしなければいけないのかも知った。だがはいそうですかと受け入れられるわけがない。
「何を勝手な事を言ってるのかな? 良いからボク達をここから解放しろ~!」
どれだけ言っても扉を叩いてもどこかに繋がる気配が無く、目覚めたらしい御神も冷静に状況分析を始めていて。
こうなったら何を言っても聞いてはくれないのだ。
御神 恭也(aa0127)は目を覚ました。見知らぬベッド、見知らぬ部屋。記憶の最後にあるのは――。
『お目覚めです?』
そういめから声を掛けられ、状況を聞き、何をすべきかを知った所で御神はすぐに英雄と子供に通信を入れて落ち着かせ……。
『何を勝手な事を言ってるのかな? 良いからボク達をここから解放しろ~!』
ようとしたが、彼の英雄である伊邪那美(aa0127hero001)にとっては落ち着いていられるような状況ではないらしい。
突然の事態、まして依頼が終わった後の帰り道。気が緩んだところを襲撃されたのかとも思ったが。
『恭也も落ち着いて無いで、何か言ってよ!』
伊邪那美の言葉に多少の空返事で応じつつ、御神は思考を止めない。
冷静に冷徹に。戸惑っていても時間は過ぎていくばかりなのだから、現状を把握して整理しなければならない。
「さて……俺の最後の記憶だと依頼の帰り道で他のエージェントも居た筈だ」
まだ伊邪那美が何かを言っている気もするが、思考を先へ先へと進めて行く。
「異変を察知して救出班が来るまで時間を稼ぐのが無難なんだろうが……奴がそれを許すとは思えん」
設定された『一時間』というタイムリミットはモニターの中で減っていっている。どう言葉を交わそうといめが制限時間を延ばすとは思えないし、そこに掛けるのは分が悪すぎる。
「子供が攫われたとの話を聞いて無い。ならあの子供達は偽物の可能性もあるか」
子供を偽物とするのなら行動は簡単だ。自分も伊邪那美も子供に票を入れればいい。子供がどちらに入れようが2対1でこちらが生き残る。
しかし。
「判らんのは愚神の思惑か……奴はこれを夢と言った。事実なら選択に何も意味が無い」
夢の中で誰を殺してもそれは所詮『夢』。
ならば、いめの言うことが嘘だとすれば?
これは夢では無く現実なのだとしたら。
「だが、現実なら選択を迫る意味は何だ? 英雄を邪英に堕とす為か?」
続く思考も分からないことだらけの現状に止まるしかない。
まずは、あの子供が本物かどうなのか……確かめてみるべきか。
「駄目だ……考えに没頭しちゃってボクの声が届いて無いや」
一方、御神が黙ってしまったことで伊邪那美も落ち着きを取り戻していた。
御神がこうなってしまっては考えが纏まるのを待つしかない。
それならばそれで、自分に出来ることを。
伊邪那美は子供に通信を繋ぎ、話しかける。
「ねえ、大丈夫? 怪我とかして無い?」
モニターの向こうにいる子供は怯えきっているようだったが、伊邪那美の言葉にどうにか頷く。
見た限りは傷も無く、服にも攻撃を受けたような跡は見当たらない。どうやら子供に危害は加えられていないようだ。
「ボクの名前は伊邪那美、あっちで考え込んでるのがむっつり冷酷な恭也って言うんだ宜しくね」
あっち、とモニターの御神を指差して伊邪那美は微笑む。
こちらが不安な顔をしていては子供も怯えてしまう。安心させるのなら、多少ぎこちなくても笑顔で。
「怖いかもしてないけど、ちょっと待っててね。直ぐに恭也が良い案を考えてくれるから」
大丈夫。彼なら絶対に思いつく。
「容易に信じてとは言えないけど、ボク達も此処から無傷で出られるようにやれる事はやるからね」
初対面の子供はそれでも、伊邪那美の言葉にこくりと頷いた。
伊邪那美と子供の通信に合流した御神はすまないがと前置きした上で子供に問いかける。
「君の名前と住んでいる場所と攫われた経緯を教えてくれ」
『わたし……』
子供はこくりと頷き、自分の名前は結芽(ゆめ)という名前だということ、住んでいる場所は都内でいつの間にかここにいたと答える。
特に経緯に関しては子供――結芽自身も分かっておらず、いつの間にかここに居たのだと話した。
嘘を言っている雰囲気も、言わされている雰囲気も無い。
「……分かった。ありがとう」
偽物とも本物とも言えない。
そして確証が得られないのなら、選択肢は一つ。それぞれが自分に投票する事。時間も無くこれ以上得られる情報も無いのならばそれしかない。
制限時間までにボタンを押すことを念押しして通信を切り、御神は誰にも届かない部屋の中で呟く。
「願わくば、裏切られても俺に投票してくれると良いのだがな」
生きることを諦めず死に足掻く。そう誓約した彼女と、子供と、自分。
もしも死ぬのならば――。
「恭也は元から信じられるしあの子も話して信じられる」
伊邪那美は通信が切られ一人になった部屋で静かにボタンと向かい合う。
「もし、ボクが死んでも誰も恨まない。死の恐怖に打ち勝つのは難しいからね……」
多数決。誰か一人でも嘘をつけば、……いいや。
神と名乗る少女、伊邪那美は――自身のボタンを強く押し込む。
彼も押しているはずだと信じて。
●電脳エージェントの意地と二進数海のアイドルの選択
マック・ウィンドロイド(aa0942)は目を覚ました。そしていめからルールの説明を受けるや否や即座に英雄のボタンを押しこんだ。
『迷いが無いのです?』
「向こうもそうするだろうからね」
それから子供に通信を繋いで「59分後に適当に押してくれ」と伝えて切る。
迷いは、無い。
英雄――灯永も同じことをしていれば、彼女の寿命は一時間。
一時間以内にどうにか出来ればこちらの勝ち、どうにも出来なければこちらの負けだ。
正直自信はないが……やってみるとしようかと心中で呟き、マックは行動を開始した。
灯永 礼(aa0942hero001)は目を覚ました。そしていめからルールの説明を受けるや否や即座に英雄のボタンを押しこんだ。
『貴方も、迷いが無いのですね』
驚いたのかそれとも楽しいのか、中途半端な笑みを見せるいめに灯永は答える。
「論理的に考えれば当然のことだろう」
貴方もと言うのならマックも迷わず自分のボタンを押したのだろう。
それが当然、予想外でも何でもない。
子供と能力者と自分。選択肢の中で真っ先に除外されるのは能力者であるマックだ。小坊主と揶揄する彼が死ねば誓約が切れる。自分と誓約を結べる人間などそうおらず、結果的に自分は消え失せるだろう。考え得る限り最悪手だ。
残った子供と自分を比べれば後はもう簡単な事。
「死によって失なわれる幸福の総量を比較すれば分かることだ」
変わらず楽しそうなままのいめに、まるで説くように言いながら灯永は周囲を見渡す。ベッド、モニター、取っ手の無い扉。何も無い部屋だ。
「一般的な子供一人あたりの平均値よりも私が失われたときの幸福の総量は低いのでね」
『つまり、悲しむ人が少ないということなのです?』
いめの注意を引きつけつつ、この何も無い部屋からクラックの手段を探る灯永。
自分のボタンを押したからとはいえ犬死してやるつもりは毛頭無い。
それにまだ、今日の歌を聞かせていないのだから。
タブレットを操作する音が部屋の中に響く。
通信を切った後、マックは自身の所持品を集めてこの部屋から出る手段を探していた。
幻想蝶は無く、あの中に入っているはずの便利道具一式は用意できない。
マックの腕を持ってすればこんな部屋数分も掛けずに出られるが、道具が無い以上はある物でどうにかしなければならない。
普段から持ち歩いているタブレット、小型のドライバーやハサミが入ったキット。ケーブル類やスマートフォンにライヴス通信機。
扉にはノブが無く、ベッドの下を探して見てもコンセント一つ見当たらない。
しかしモニターはネジで壁に取り付けられているようで、幸いそれを外すためのドライバーはあった。
『無駄だと思うのですよ』
灯永との会話が終わったのか、黙々と作業を続けるマックに掛けられる声。
楽しそうな声から察するにこの状況を高みの見物でもしているのだろう。
「……どこぞの映画の連続殺人鬼気取りめ」
お前の思惑なんてクソ食らえだ。
モニターは切られている。どこから声が掛けられたのかは把握出来ないが、それを確認する時間も惜しい。
マックの英雄……灯永のボタンを押したからと言って、積極的に消したい存在かと言われればそうでもない。
『彼女』がいなければマックはここにはいなかった。唆され、騙され、けしかけられて行った結果、なんやかんやとあってここに居る。
それをどう思っているかはマックのみが知る胸の内だが、彼の根本にある知識欲と好奇心を満たすのにこの力は必要不可欠だ。
だから必死にもなる。
「…………」
黙々と淡々とプラグラムを解析する。この世界を乗っ取るための鍵はどこにある?この世界はどこに通じている?
少ない情報を掻き集めて手繰り寄せるが――瞬間、耳をつんざくアラームのような音。
見上げた先にあるモニターは時を刻み、楽しそうに愉しそうに笑ういめの姿があった。
『時間切れ、なのですよ?』
残り時間は僅か30秒。あの子供は言いつけを守り、きっちり59分経過してからボタンを押したらしい。それがどちらの誰のボタンかは分からないが。
「……クソッタレ」
ぷつんとモニターの電源は落ち、今まで扱っていたタブレットの光も消え、世界は暗闇に包まれた。
●在り方を持つ能力者と歩き始めた英雄の選択
百目木 亮(aa1195) は目を覚ました。何も無い部屋。あるのは扉とベッドと……何か書かれたボタンとちかちか点滅するモニターぐらいだろうか。
『お目覚めです?』
勝手にモニターが灯り、聞こえてきたのは百目木にとって聞き覚えのある声だ。
「何かと思えば嬢ちゃんの仕業かい。5ヶ月振りくらいかねえ」
『ふふ。そうかもしれないのです』
以前直接対峙したことのある百目木といめ。あの時は人質を取ってのことだったが……。
『今回は、選択なのですよ』
そう前置きをし、いめはルールの説明を始める。
一方、百目木の英雄であるシロガネ(aa1195hero002) も目を覚まし、いめから説明を受けていた。
「なんや面倒な事になりましたなぁ。誰が死ぬとか殺すとか」
百目木が傍にいないということは共鳴は出来ず、武器になりそうな持ち物は一切合切消え失せている。
英雄のみでは扱えないとはいえ……。
『シロガネ、無事か?』
どうしたものかと考えているとモニターが灯り、百目木からの通信が入る。
「無事ですよって、オヤジはん」
まずは現状の確認だ。
ここから生きて脱出する為に。
「そこのお嬢ちゃん、痛いところはないか?」
シロガネの無事を確認し、別の画面に映る子供の状態も確認する百目木。
見た通り怪我は無いようで子供は小さな声で「大丈夫」と答えた。
「俺は亮だ。別の画面に映ってる兄ちゃんはシロガネっていうんだ」
別の画面と言いながらシロガネを指せば、シロガネはにっこり笑って『どうもー』と言いながら手をひらひらさせる。
見た目のチャラさと関西弁、行動に子供はぽかんとした後に笑みを零した。どうやらシロガネの行動に緊張が少し解けたようだ。
「名前、教えてくれるかい?」
再び緊張させてしまわないように優しく百目木は尋ねる。
子供――少女は「結芽(ゆめ)」と名乗った。いつの間にかここに居て、何がなんだか分からないと結芽は言う。
「そうか……嬢ちゃん、まだやりてえこととかあるか?」
不安を取り除く為、食べたいことやしたいことがあるかと問いかける。
奥底に蔓延る恐怖までは拭いきれないかもしれないが、会話をすることで何か糸口が見つかるかもしれない。
『おとうさんの、はんばーぐ……たべたい』
ほわっと微笑む結芽に今度はシロガネが話しかける。
『料理上手なんです?』
『じょうずなんです』
シロガネの関西弁を真似して答えた結芽は、現状の不安よりも自身の父親がどれだけ料理上手なのか説明する方に意識が行ったようだ。
二人が会話している隙を見て、百目木はいめにいくつかの質問を投げかける。
まず、誰かに投票する、もしくは投票したという宣言は相談にあたるのか否か。
これに関していめは否を示した。
次に、誰にも投票しないまま一時間が経過した場合のルール。これは誰か一人でも投票しなければ適応されるのか否か。
『もちろん、適応されるのですよ』
くすくすと楽し気に笑ういめ。
つまり、子供にどちらかへ投票するように促さなければいけないということだ。子供は促されなければ投票出来ないのだから。ボタンに書かれている文字は気にしないよう伝えるしか無いだろう。
それから、最後に。
「嬢ちゃんよ。死ぬだとか殺すだとか言ってるが、どんな死に方だ?」
百目木自身子供に投票するつもりは無い。子供に自分自身に投票させるつもりも無いから、死ぬとしたら百目木かシロガネのどちらかになる。
『何故そんなことを?』
「なぁに、それによって俺の選択が変わるっつう話だ」
もしもーー子供の目に耐えないような殺され方なのだとしたら。
その時はただ目を閉じるように促すのみだ。
いめと通信を終えた百目木がシロガネと結芽の会話に戻り、時間までに百目木かシロガネかどちらかのボタンを押すようにと告げた。
そして、百目木は百目木自身に票を入れるということも。
「命を軽んじちゃあいねえよ」
これが自分にとっての最良だ、と百目木は言う。
彼とシロガネと結んだ誓約は『己が成せる事を諦めない』こと。
ならば今も諦めたわけではないだろうし、成せる事を成そうとしているだけなのだろう。
であれば――シロガネ自身も自分に出来ることを。
困ったように見上げてくる子供に、伝えなければ。
通信が切られる恐れがあったとしても。
「オヤジはんにはだいぶ世話になりましたからなぁ。命の恩人に票入れるような事はしたないんですけど」
だから票を入れるなら、自分へ。
命の恩人でもあり戦友でもある彼を死なせるわけにはいかないから。
自己犠牲は嫌いだけれど。
百目木は静かに時を待っていた。
通信は切れ、時間は過ぎていく。
シロガネはもう押しただろうから、後は結芽が押すのをまつばかりといった所だろうか。
「……さて」
武器も幻想蝶も消え失せた手元に残るのは、煙草の箱と……友から貰ったライターと、大切な鉱石。
「…………」
思い出すのは、自身の在り方について。
百目木は静かに煙草に火を点ける。
あの時蹴られた背中の痛みを忘れたわけでは無い。
最後まで『成せることを諦めない』。
「賭けだがな」
いめには目的があるように感じる。その目的に確実な死が含まれているか、否か。
最良の選択と信じた男が灯した火が消えた時、同時に世界は暗闇に包まれた。
●泣かない能力者と泣けない英雄の選択
まいだ(aa0122) は目を覚ました。知らない場所、知らない所。寝ていたベッドも知らない物だし、扉もモニターもよく分からないボタンも何もかも知らないものだ。
ここは、どこだろう?
『お目覚めです?』
モニターに映し出されたのは愚神いめ。
少女からルールを説明されるまいだだが、幼女が分かったことは『選んだら死ぬ、選ばなかったら全員死ぬ』という部分だけである。
どう転んでも誰かが死んでしまう。
それは嫌だ。
嫌だから、モニターに映るいめに対して手を差し出した。
首を傾げるいめ。
「クレヨンちょーだい!」
子供特有の真っ直ぐな瞳で、真っ直ぐな声で、まいだは言う。
いめはきょとんとした顔をしたが、やがて楽しそうに笑い『いいですよ』と答えた。
『そこに用意してあるのです』
そこ、と指されたのは先ほどまでまいだが寝ていたベッドの上。
振り返って見れば確かにいつの間にかそこにクレヨンの箱が置いてあって、今度はまいだがきょとんとした顔をする。
「まほーつかい?」
対するいめは微笑むだけ。
どうなっているのか分からないが目的の物は見つけたのだから、後はこれで描くだけだ!
三つ並んだボタンの下、空いている場所にぐりぐりとクレヨンを擦りつけて四つ目のボタンを描き足す。
そのボタンの横に平仮名で「やだ」と書いて、完成。
「これ!!」
選択肢が無いのなら作ってしまえばいいのだ!
ボタンの色は同じだし、文字はちょっと違うけれどでも意味は伝わる。
『駄目なのです』
しかしそんなまいだの頑張りはいめの一言で一蹴されてしまった。
「むー」
それなら、どうすればいいだろう。
ここのどこかにいるはずの英雄は、何て言うだろう。
自分とおんなじ、能力者のママは……何て言うだろう。
まいだは考えに考えて考え続けた――――。
その一方で、獅子道 黎焔(aa0122hero001) も目を覚ましていた。
いめから話を聞き、すぐにまいだとの通信を遮断して考える。
まいだと話せば確実に相談か指示になる。
何も言えないのは苛々するが仕方が無い。
まずは自分に出来ることを、と獅子道は少女に通信を繋ぎ、英雄のボタンを押すように頼む。
まいだが少女に選択させられるとは思えないし、それなら早めに手を打っておいた方がいいはずだ。
『優しいのですね』
くすくすと笑ういめ。
その言葉に真っ直ぐいめを見て、答える。
「……こういうのはな、未来あるやつが生きとくもんなんだよ」
少女と、自分と、能力者。
歳がそう大きく変わるわけでもない。
けれど獅子道ははっきりと言う。
殆ど消えてしまった記憶の片隅に残る、人では無かった己の記憶。
思い出すべきではないと思うし、思い出せるきっかけもまだ見つからない。
でも確かにあったこと。
「よく覚えてねえけど、崩壊した世界が懐かしいってことは、きっとあたしもそういうことなんだ」
それに。
「それに……まいだも、あたしがいなけりゃ泣けるようになるんだぜ。ならやっぱあたしだろ」
彼女と誓約を交わしたあの日、獅子道は血塗れの状態でまいだの目の前に現れた。
まいだはまだ幼い子供だ。突然目の前に現れたものに怯えたのかもしれないし、血というものが怖かったのかもしれない。
泣きそうに顔を歪めて、その時に獅子道が言ったのだ。
泣くな、と。
まいだはそれに頷いてしまった。手を取ってしまった。だから彼女は泣けなくなってしまった。
『絶対に泣かない』というのが誓約になった。そしてそれは今もまいだを縛り続けている。
今だってそうだ。
こんな事になって怖くて仕方ないはずなのに、泣かずに考えているに違いない。
そんな彼女を死なせるわけにはいかない。
「まだまだ頼りにならねえが、もう一人英雄もいる。きっと大丈夫だ」
怒りを溜め込んだ彼女はこの事を知ったら怒り狂うかもしれない。
それはきっとまいだを動かす力になる。
だから、大丈夫。
「少女さんよ、出たらまいだを慰めてやってくれよ。きっと大泣きだからよ」
獅子道は苦笑しながら、自身のボタンの上に手を重ねる。
冷たいこのボタンを押せば命が終わるのだと知りながら。
「そんで、気が向いたらまいだや薄……もう一人の英雄と仲良くしてやってくれ。頼んだぜ」
英雄は――強くボタンを押し込んだ。
まいだは考えに考えて考え続けて――飽きていた。
飽きて、子供と世間話をしていた。
「まいだはね、まいだっていうんだー!」
子供は結芽(ゆめ)と名乗り、好きなことや趣味や英雄や、他にもたくさん楽しいことばかり話した。
「すきなのあるー? まいだはね、チョコすき!!」
美味しいもの、面白いこと。
ここから出たら出来るはずのことをたくさん喋って、そうしてタイムリミットが迫った時に会話は終わった。
「じゃあ、まいだかわってあげる!」
笑顔のまま、涙も見せずに小さな少女が言う。
「まいだつよいこだからへいきだよ!」
きっと、ママと慕う能力者も、大切な英雄達もそうするから。
どれだけ理不尽なことでも、泣いたりしない。怒ったりしない。最後まで、我慢する。
それが、大事な英雄達との大切な約束だから。
「あ、でもね、できたらね、まいだのかわりにれいえんとはくと、なかよくしてね!」
モニターの向こうに手をぶんぶん振って、笑顔のまま。
まいだは能力者のボタンを押しこんで――目を閉じた。
●誰かを選ぶ能力者と貴方を望む英雄の選択
柳生 楓(aa3403)は目を覚ました。ここはどこだろうと一人呟けば、それに答えるようにモニターがぼんやりと灯る。
『お目覚めなのです?』
モニターに現れたのは、いめ。
少女は柳生にルールを説明する。ここから出るための方法。選択肢。誰かが死んで、誰かが生きるという事。誰かを殺さなければ出られないという事。
「…………」
それを聞いても、柳生は驚きも困りもしなかった。妙に落ち着いたまま子供と通信を繋ぎ、能力者のボタンを押すように指示する。
その後、目覚めた氷室 詩乃(aa3403hero001)と通信を繋ぐ。
『絶対に……絶対にここから生きて帰ろうね楓』
いめからルールを聞いたらしい氷室の言葉に、柳生は頷いた。
「……はい」
大切な相棒。大切な親友。唯一の家族。
もしもどうにもならなければ、その時は――私が。
氷室は焦っていた。時間は過ぎていくばかり、いい方法も思いつかない。全員で生きてここから脱出する方法なんて。
『無いのですよ、どこにも』
心を読んだかのようないめの言葉に、氷室はぎゅっと手を握る。
楓を、大切な彼女を死なせたくない。それなら誰を見捨てるかなんてもう決まったことで。でもそれは。
『詩乃』
今一番聞きたくて、今一番聞きたくない声だった。
もう全て諦めてしまったような、大切な能力者の声に氷室は振り返ってモニターを見る。
微笑む柳生はもう一度、詩乃と呼んだ。
『色々と付き合わせてしまってごめんなさい詩乃、そしてありがとうございました。ここまで付き合ってもらって』
普段から温厚で優しくて、けれど今は全て諦めたような顔で柳生は言う。
時間はもう無い。きっと、ここから出る手段は見つからない。
だから最後に彼女は会話を選んだ。
「何を言ってるんだい楓……ここから一緒に出ようって言ったじゃないか」
ここから生きて帰ろう。ついさっきの言葉だ。忘れているはずがない。
そんな必死な英雄の声にも彼女は首を横に振る。
『私が死んだとしても私の代わりになる人はいます』
幸せになって欲しいと柳生は言う。
その言葉に首を振って、氷室は叫ぶ。
「楓の代わりなんて! いるわけないじゃないか! ボクには! 君しかいないのに!」
どれだけ残酷なことを言っているか分かっているのだろうか。
氷室にとってたった一人の能力者。誓約を交わし、結んだ絆があるのに。
それが代わりになると、柳生は言う。
「いつだってそうだ、君は自分を犠牲にして。君が犠牲になることで傷つく人のことを微塵も考えない!」
柳生を大切だと思う人間は彼女が思っているよりもずっと多い。
誰かを代わりになんて出来るわけが無い。
「今ならまだ遅くないから……子供を犠牲にボクと君でここから出よう?」
氷室の言葉にやはり穏やかに柳生は首を振って答えを伝える。
「……ごめんなさい詩乃」
首に掛けられたネックレスを優しく握りしめる。
家族も大切な人も失ったあの日から柳生の胸元にあるそれは、冷たいまま。
「私は誰かを犠牲にしてまで生きたくはないんです」
誰かを護りたかった。悲しんでいる姿を見たくなかった。永遠に逢えなくなるのは嫌だった。
あの日の誓いを嘘にしたくない。
心の奥底の感情を隠し、柳生は告げる。もう時間が無いから。
「さようならです。詩乃」
『楓!』
声を振り切り、通信を遮断する。
――後は時を待つばかり。
「楓! 楓……!」
何度呼んでもモニターが灯ることは無い。あちらから遮断されているからなのか通信も繋がらない。
悔しさに手を握りしめながら氷室は自身のボタンを強く押し込む。
柳生と交わした誓約は、『一人でも多く誰かを助ける』ことだ。
でもその『誰か』の中にはきっと、柳生はいない。
誰かが傷つくのが嫌だから自分を犠牲にする、犠牲にしてしまうから。
そんなの、他の誰が認めても、ボクだけは。
『さぁ、選択の時間……なのですよ?』
どこからか声が響く。
楽しそうな声を最後に、氷室の意識は切れた。
●機械仕掛けの能力者と蒼き英雄の選択
GーYA(aa2289) は目を覚ました。薄暗い部屋の中、目につく物はノブの無い扉とベッドとモニター、そして……名前の書かれたボタン。英雄もいなければ幻想蝶も無い状況。
『お目覚めです?』
声に顔を上げると、そこには見たことのある顔がある。――愚神、いめ。
「また会えたね。今度は何が知りたいの?」
以前は記憶。ならば今回は?ここは何をするどんな場所なのか。
「俺も君が言った『あなたも奪われた』の意味を知りたいと思ってたんだ」
それに対し、いめはにこりと微笑むだけで答えない。その代わりにいめは『ルール』の説明を始めた。
ここは何をするどんな場所か、の答え。今度は何が知りたいのかの答えにもなる、ルール。
誰を殺し、誰を生かすか。
「今度は命……ライヴスの要求か」
子供を巻き込み、選択を突きつける。
所詮はこの少女も愚神なのだ、と呟いた所で気づく。
ここで目を覚ます前は他のエージェント達との帰路だったはずだ。
「他の皆も同じ状況なのか!?」
答えないいめに苛立ちながらライヴス通信機で連絡を試みるが、繋がらない。
そもそも通信機が動いているような気がしない。電波が届かない場所でも使用可能なこれが使えないということはどういうことなのか。
「……ドロップゾーン」
従魔や愚神の影響が強ければ使用できない可能性もあるが、やはりいめは微笑んだまま答えない。
ゆめの中という言葉がドロップゾーンを意味するものなのか……それはまだ分からない。
思考するジーヤに通信が繋がれ、表示されたのは英雄であるまほらま(aa2289hero001) の姿だ。
「無事だったんだね」
『一応ねぇ』
ゆったりと話すまほらまはいつも通りで、怪我も異変も無さそうだ。
それには安心するが、彼女の背後に見える部屋は今ジーヤが居る部屋と同じように見える。
もしかしたら。
「一度通信を切るよ」
そう言ってジーヤは通信を切り、扉や壁を叩いてみてから再びまほらまと通信を繋ぐ。
部屋同士どこか繋がっているのではないかと思っての行動だったが、まほらまは何も聞こえなかったと首を横に振った。
通信機が使えず、どこと繋がっているかも分からない。
そうしたくはないが、いめのルールに則って行動するしかないようだった。
……だが。
「まほらま……いいね?」
二人にしか分からない距離感で、呟く。
『……あの時と今はあなたを取り巻く世界は変わったわぁ……それでも?』
まほらまの言葉にジーヤは一度目を瞑った。
ゆっくりと息を吐き出し、まほらまを真っ直ぐに見て、笑う。
意味深なその笑みに答えるように、まほらまも呟いた。
『まぁ……英雄は契約者を深層意識では守りたいと思うものだしねぇ』
ジーヤとまほらまは子供と通信を繋ぎ、【ジーヤ】のボタンを押してほしいと伝える。
全員の死亡を回避するため、精神的な負担を軽減するため、そしてもしも多数決ならば子供を救出出来るから。
何も分かっていない子供に可能な限り今起こっている出来事を伏せて。
「そのボタン押してみて」
そう優しく言って、子供のボタンを押したような動作を見て……ジーヤは少しだけ目を伏せた。
「絶対助けてあげるから」
死の時間まで、残り三十分。
進んで行くタイマーから目を逸らし、子供を励ましてから通信を切る。
一度は失った命。失われるはずだった命。
けれど今は確かに、ジーヤの胸の中で動いている。
――例え残り少ない命でも。
「大丈夫よ、待っててねぇ」
ジーヤの言葉に続けて言った後、まほらまはジーヤ側の通信も共に切っていた。
彼にこの話を聞かせられないから。
「皆が自分を押して多数決にならない時はどうなるのかしら」
誰かに票が集まるわけではなく、全員一票ずつ。
そうなった場合は再びやり直しなのか、それとも全員押していないのと同じ――全員の死亡になるのか。
『それはそうなった時のお楽しみなのですよ』
教えられないといめは言う。
もしかしたらその言葉が答えなのかもしれないが。
「…………」
まほらまはそっと目を閉じる。
思い出すのは誓約時のもう一つの約束。
「(『死を選ぶ自由を阻害しない』だったかしらぁ)」
彼が選ぶのなら、それを邪魔しないこと。
最期は彼の判断で決めること。
ならばきっと――この質問の答えは。
『まほらま』
声に目を開ける。
モニターに映るのは共に世界を楽しんできたーーたった一人の能力者。
「まほらまに聞いて貰いたい事があるんだ」
もしもここに紙とペンがあれば書き残していたかもしれない言葉を、ジーヤは語り始める。
「依頼で死を覚悟した人の手紙見て俺にはこんな風に書けないって思った」
病に伏せていた頃の自分。
毎日死を覚悟していた自分は、未来を願う言葉を書けただろうか。
答えは言わなくても分かっている。
ただ。
「今なら俺も……そんな手紙が書けそうだよ」
僕が消えても君が残るならそれは魔法さ。
君が消えても僕がまだ残るならそれは現実。
それからたくさんの感謝を籠めて。
「ありがとうまほらま」
ジーヤは言う。
最後の最期の大切な。
「俺の本当の名は『いさ……」
制限時間が訪れた闇の中、最後まで届いたのかどうかはただ一人の英雄にしか分からない。
――――暗転。
●そして
着きましたよ、という声が聞こえてマックと灯永は目を覚ました。互いに顔を見合わせると、睡眠から目覚めたばかりなのかそれ以外の理由からかマックの瞳にうっすらと膜が張っているような気がして灯永はマックを蹴飛ばした。
狭い車の中での出来事で他のエージェントが起きるかと思ったが……どうやらほとんどのエージェントが眠りに就いているようだ。
「さて、初めて夢を見たことだ」
二進数の海から飛び出てきたアイドルは車から降り、大きく伸びをする。
夢を見る感覚をしっかりと魂に刻み付け、これからより人間に近い行動を取れるようになるとしよう。
灯永とマックの行動に目を覚ましていた柳生は、自身がまだ生きていることを確認していた。
心臓は動く。手も、脚も、視界も良好だ。
「また、死ねなかったんだ」
誰にも聞こえない声は車内に小さく響き、消えていくかに思えたが……ただ一人、柳生の英雄である氷室だけが受け止めていた。
彼女が自分自身の命をどうとも思っていないこと。これから先も無茶をするであろうこと。
ならば……自分が彼女を守らなければ。
強く強く決意を秘め、氷室は柳生の隣に並んで帰っていく。
そして――――――ゆめは閉じられる。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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