本部

2016 御秋祭~下準備~

玲瓏

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2016/11/18 20:13

掲示板

オープニング


 ヴィランや従魔、愚神といった人間に敵対する存在が現れてからというもの地球には常に緊張の布が覆いかぶさってしまった。身近な所でいえば、子供を持つ主婦は彼らの安全のために尽力するし、敵対勢力の前では大人も無力なのだから避難訓練は三ヶ月に一回は欠かさずに行われている。大人のための避難訓練さえ出てくるほどだ。大体の場合、その避難訓練の進行役を任されているのは町内会の会長だった。
 十一月の出だしも変わらずあれやこれやと事件は煮えたぎっている。秋を惜しむ暇も、彼らは与えてくれないと言うのだから残酷だ。
 その残酷加減に一手を打ったのは坂山だった。
 彼女はH.O.P.Eに所属する一人の通信士だ。通信士というだけで、それ以外には何もない。しかしそれは、H.O.P.Eからみた彼女の姿だ。
 あまり知られていないが、坂山は自分の住む地域の町内会の中では高い地位の持ち主だった。学校の教師を営んでいたのもあってか、子供会からも頼りにされている存在。ちなみに、高い地位を持つようになったのは昨年の話だ。理由は、この時期に毎年開催されている一つの行事に、深く関わってくれたからだ。
 正しくそれが「御秋祭」なのだ。

 ――今でこそ、その町は栄えているが、第一次世界大戦が始まる前は見晴らす限りの田舎町であった。町民全員が農業を営んで生活しなければならないほど追いつめられていた時に起きた戦争。戦争で使用された化学兵器が地域汚染の切っ掛けに繋がり、農業の断念を余儀なくされていた。
 農民が集って会議を行う会、農民会では東京に住むという提案が出始めていたが空襲等による被害を恐れ中々行動に出にくい……。全く将来の検討が終えられないまま日々を送っていたが、ある日神様が農民の一人に知恵を授けたという。
 知恵が授けられた一人の男は他の人々の言葉を尻目に、知恵を実行するために行動を起こし続けた。仲間の協力もあり、その知恵を実行すると、どこからともなく人が集まり始め戦争の影響で寂れた田舎町が立派な変化を遂げていったのだ。

 御秋祭の起源だ。
 坂山は昨年、この地域のお祭りにエージェントを呼んだ。するとどうだろう? その賑わいは例年以上の代物となった。元々エージェントが呼ばれたのは安全対策のためだったが、そのために呼ばれたエージェントが積極的に祭りに参加して、騒ぎに一役買ってくれたのだ。
 楽しくない人など、一人もいなかった。
 ならば今年もやろうじゃないかと、坂山は通信士の役目を英雄のノボルに任せて、町内会館へと足を運んだ。中には会長が待っていた。
「今年もやるわよ」
 坂山の第一声で、会長は何が言いたいのかすぐに分かった。とはいえ突然の一声だったもので、少し間を置いて応えた。
「君の奉仕精神にはたまげたよ。今の仕事も忙しいんじゃないのかね」
「やらなくちゃならない事は山積み。だけど……だからやりたいのよ。ちょっとでも忘れさせてくれれば十分」
「まあ、そうだろうね」
 会長に断る理由はなかった。今の町内会の経済的にも余裕がある。
「子供達も楽しみにしているみたいだ。頑張っておくれよ」
「任せて。エージェント達と、絶対盛り上がるお祭りを作り上げてみせるわ」
「おおっと。予算について話し合わねば。そういう面倒な事柄については、ワタシと話した方がいいんじゃないかね」
「そうね。ノート、家から取ってくるわ」
 三十代になって、坂山は経験を重ねてくると大体飽きを生じ始める。映画、ドラマ、アニメ漫画と、大人になるにつれて退屈さを覚えてくるものだ。そんな中、御秋祭は彼女の童心を蘇らせるものだった。彼女の童心はこう言っている。ウキウキ、ワクワクだと。
 既に、世の中の嫌な部分を忘れているのだろう。そんな顔をしながら、彼女はノートを取りに向かった。

解説

●目的
 お祭りに向けて、下準備。

●予算
 五十万。※この予算の中に、土地の借り代は含まれません。
 この五十万を全て使い切り、食材や景品等を揃えます。景品を手作りするための材料費に回すのも良いでしょう。

●決め事
 今年も屋台の担当はエージェントになります。昨年のタイムテーブルがこちらとなってます。このタイムテーブルを参考にして、何時に誰がどの屋台につくかを相談して決めます。被ることのないよう、お気をつけください。
 タイムテーブル
・17時~18時
・18時~19時
・19時~20時
・20時~21時
 一時間交代で、エージェントは店番をよろしくお願いします。

●子供向け屋台
 このお祭りには子供が多く参加します。なので、子供が簡単に遊べるゲームを用意してください。彼らが喜びそうな景品の考えもやっていきましょう。

●エージェントのお仕事
 以下に、箇条書きでエージェントの仕事をまとめます。
・品物の買い出し
・テントの設置
・屋台の準備(飾りつけや、絵のかかれたプラカードの用意など)
・どんな品物をお祭り参加者に提供するか(ちょっと変わった内容の屋台があってもOK)

●昨年との違い
 昨年は決められた事をエージェントはただお手伝いするだけでしたが、今年はどのような屋台を出すかまで考え、坂山と一緒にお祭りを創っていきます。ですがお祭り当日はエージェントも行事を楽しんでもらう部分は変わりません。

 楽しみましょう! それだけです。
 ※お祭り当日は11/20日です。(その日に本番のシナリオがリリースされます)

リプレイ


 両手に透明色のビニール袋を持って坂山は英雄のノボルと二人で町内会の会館を目指して歩いていた。車が一台だけでも通れば道の半分以上は埋め尽くされるような通路に入り、ほんの十歩歩いてすぐ右にある。昨年もここで御秋祭の準備が行われていた。
 付近にある小学校の家庭科室も使って料理の準備もしたなと、坂山は昨年を振り返っていた。昨年、自分は何をしていただろうか?
「お久しぶりです」
 会館の扉前で坂山を待ってくれていたのはガルー・A・A(aa0076hero001)だった。隣には紫 征四郎(aa0076)の姿もあったが、目立つ所に出来た傷が坂山の目を誘った。
「大丈夫? 下準備に来てくれるのは嬉しいんだけれど、無茶はだめだからね?」
「これくらい平気なのです! 見てください、征四郎とっても元気なのですよ」
 両手を広げて、紫はクルクルと回ってみせた。途中で目が回ったらしくバランス感覚を若干失っているが、元気そうだ。坂山は笑って、ありがとうと言った。
「相変わらず純子さんはお優しい、そしてお美しいですね」
「まあ。そう? ふふ、やあね」
 嬉しそうだ。
「全く調子いいんですから……」
「全く坂山はすぐに真に受けるんだから」
 紫とノボルが二人して苦言を呈した。
「ノボルも、今日は楽しみましょう」
「うん、もちろん! 征四郎さんも楽しんでね」
 荷物持ちましょうと、ガルーが坂山の荷物を受け取って会館の中へと入った。
 中に入ってすぐ和室の応接間があるが、既に全員のエージェントが集まって談笑していた。
「一年越しだね。まだ駆け出しの頃に来たなあ。たくさんの事件を色々解決して……お兄さん、逞しくなったかな?」
 町内会の会員から配られたお茶に息をかけて冷ましていた木霊・C・リュカ(aa0068)は、お茶の表面に映った自分の姿を見て、座布団の上で律儀にも正座をしているオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)に尋ねた。
「さあ、な。まだ血の匂いは苦手だろ」
「ふふふ」
 冷たく言い放ったつもりのオリヴィエは、笑顔で返されたせいで戸惑った。
「な、なんだよ」
「大丈夫だよ、お兄さんはちゃーんとオリヴィエの事忘れてないからさ」
「気にしてない」
「そう? ならいいんだけれどね~」
 気にしてない、とは真っ赤な嘘だ。オリヴィエは近頃、第二英雄の凛道に居場所を取られたのではないかと拗ねていた。リュカはそれに気づいて、今回はオリヴィエを祭りに連れてきたのだ。
 静かにお茶を飲みながら、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)はリュカとオリヴィエ、二人の会話に耳を傾けていた。彼女も正座をしていて、するといつもより身長が小振りに見えるもので、戦乙女ではなく女の子だった。
「祭りの準備なんてのも久しぶりだな」
 赤城 龍哉(aa0090)はお茶ではなく、和菓子の最中を頬張っている。
「こういうのは初めてなので、興味深いですわね」
「ヴァルはそうだったか。ちょっと面倒な準備もあるが、結構楽しいもんだぜ。確か店番も頼まれるんだったよな? お客さんが自分の屋台で美味しく食べてくれたり、遊んでくれたりすると儲けなんてなくったって嬉しいんだぜ」
「ふむふむ……」
 ヴァルトラウテは想像した。自分が店番をして、子供達の喜ぶ姿。
「頑張りますわ!」
 威勢よく彼女は宣言した。
「おう。ってか坂山さんがこういうのに乗り気ってのは意外といえば意外だな……まぁ、何か活き活きしてるってのは良い事だぜ」
「純子ちゃんは友達のために頑張っているんだよ」
 伊邪那美(aa0127hero001)が言った。彼女は和服を着て座っていた。
「友達のためってか」
「うん」
 坂山の友人に、高梨という人間がいる。高梨は教職員をしていたが、昨年に人を殺害したヴィランになってしまったせいで今はH.O.P.Eで大人しくしている。これだけではただのヴィランだが、彼女が人を殺した動機は、生徒のためだった。
 生徒は毎年この御秋祭を楽しみにしていたが事件のせいで祭りが開けなくなってしまうのだ。殺人が起きた地域で祭りなんて、安心できないと保護者達から。子供を楽しませる祭りに子供が参加しないならば意味がないとして、昨年は御秋祭の開催が不可能となりつつあった。
 そこで旗を取ったのが坂山ということだった。高梨は御秋祭で子供達が楽しむのを、彼女自身が楽しみにしていた。
 エージェントが参加したのは、安全性の面で保護者を安心させるためである。そこから、御秋祭とエージェントは密接に関わるようになってきたのだ。
「そんな背景があったのか。坂山さんもそこら辺説明すりゃいいんだけどな」
「うーん」
 人の心境は簡単には分からないものだ、そんな風に考え事を募らせていると、ガルーが当の坂山を連れて和室へと入ってきた。
「さ、ちょっと打ち合わせするわよ。どうやってお祭りを盛り上げるのか……一緒に考えましょ」
 入るや否やそういって、坂山は一番奥側の席に座った。


 祭りで使用されるペンや画用紙は毎年新しく買っている。余った物は全て学校に寄付されるために、学校はこの時期になるとちょっとした予算削減を喜ぶのだ。
 打ち合わせの進行役は坂山、記録は黒金 蛍丸(aa2951)が担当した。
「とりあえず、何の屋台を準備するかってとこだよな」
 赤城が言った。
「征四郎は、ルールが分かりやすく管理も簡単な輪投げはとても良いと思うのです」
「輪投げかぁ。確かに面白そうだね! 輪っかを投げるだけなら小さい子でもできそうだもん」
 子供の気持ちに親身になって、ウィリディス(aa0873hero002)が紫の提案に賛成した。坂山も、ウィリディスの言葉に同調する。
「そうよね。輪投げなら怪我は防げるし、それに昨年は無かったからお客さんの足も近くなりそう」
「はい! そうなると、細かいルールはどうしましょう……?」
「細かい事は後回しにしましょ。今は何をやるか、そこに絞るのよ」
「あ、じゃあ」
 今度はリュカが新たな提案を投げた。
「スーパーボール掬いとか! 予算は五十万だったよね。スーパーボールは安価だし、これも管理がしやすそうだよ――後、その隣でスーパーボールを自分で作れる体験コーナーとかあっても面白そうじゃない?」
 エージェントの出した案はノートに記録されていく。詩乃(aa2951hero001)は小声で蛍丸に「輪投げボールになってます」と告げた。黒金は消しゴムで消して、スーパーボールと書き直した。
「考えたね、リュカちゃん。スーパーボールを作る機会なんて滅多にないんだから、きっと子供達も喜ぶんじゃないかな。ボクならずっと大切にするかも」
「フフ、もしできたら皆でスーパーボール、一個は作りたいね」
 できるかな? とリュカは坂山に視線を送った。
「勿論よ。皆で一つずつ作りましょ。そしたら遊べるかもね。スーパーボールでキャッチボールとか……絶対難しいけど」
「それくらい簡単よ? やったことないから難しいって思えるんじゃないかしら。これくらいの大きさでしょ?」
 足を大きく伸ばして寛いでいたレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は、親指と人差し指で輪っかを作った。
「準備だけじゃ退屈しちゃうから、遊ぶ案は採用したいわ」
「分かったわ。黒金君、準備が終わったら遊ぶって書いてもらえる?」
「分かりました」
「準備中はだめなの?」
 レミアは人が準備している間に横でちょっとしたミスも指摘しながらボールで遊ぶ様を思い描いていたが、坂山は首を横に振った。
「だーめ。レミアちゃんも手伝って」
「えぇ~。退屈しない奴ならいいわよ?」
「そんなら屋台の飾り付けとかどうだ。楽しいぜ、自分のセンスが形になって出てくるんだからよ。少なくとも退屈はしねーだろ」
「ふーん。飾り付けね。良い案ね、じゃあわたしはソレ担当ね」
 レミアは何千年も生きているが、見た目は少女だ。坂山はどうしても自分が担当していた生徒と比べてしまって微笑ましかった。
「考えてみたんだが、べっこう飴はどうだろうか」
 皆の提案に耳を傾けていた御神 恭也(aa0127)が言った。
「材料は砂糖だけであり、ガスバーナーと割り箸があれば物になる」
「べっこう飴! 美味しそうなのです。今すぐにでも食べたいですね……」
 お祭りの打ち合わせは、食品の話になってくると食欲を刺激されるのだ。
「そういえば、べっこう飴ってお砂糖だけでできるのです?」
「基本的には水と砂糖だな。それを熱せばいい。手間がかからないから、誰でも簡単にできる。それと……好きな形にする事もできるから、キャラクターを形どらせれば不人気にはならないだろう」
「スーパーボールに輪投げにべっこう飴、か。とても良い案が出揃ってきたと思う」
 朗らかな笑みを見せて狒村 緋十郎(aa3678)はうんうんと頷いた。
「では……俺はちと、山の奥へ出掛けて熊か猪か鹿か……野鳥でも良いが……何か手頃な獣を探して狩って来よう」
「あら、サバイバルをしてくれるの?」
「肉が元手タダで手に入れば、その分予算も他に回せるだろう。この時期の獣は、冬に備えて栄養たっぷり蓄えていて、旨いぞ。子供達にも、レミアにも、食べさせてやりたい」
「そう。楽しみにしていいのね?」
「勿論だ……!」
 打ち合わせの場はいよいよと盛り上がり始めた。美味しいお肉が食べられる! この空気を坂山は吸いたかったのだ。皆で楽しく打ち合わせができる。
 坂山はまだ気づいていないが、エージェントという存在を平等に愛し始めていた。おかしな言い方だが、全員と恋人のような感覚だというのは言い過ぎだろうか。
「それじゃあ、細かい事を決めていきましょうか」
 朝十時から始まった打ち合わせは、昼まで続いた。細かい事を決め終えたエージェントは、早速祭りの準備に取り掛かるのだった。


 品物の買い出しに挙手をしたのはウィリディス、ノボル、御神の三人だけだった。しかし三人だけでは荷物運びとかで不便が生じると判断した坂山は、ヴァルトラウテ、紫の二人にも同行できないかとお願いした。五人は近くのデパートに買い出しに向かった。
 駅前のデパートは五階建てで、入り口にある薬局を通り過ぎれば平日の昼間に関わらず大勢の人でごった返していた。
「迷子にならないようにしなくちゃね」
 ノボルは坂山が買い物をする際にはほとんど家で留守番しているために、こういった広い場所での買い物経験に疎かった。迷子になる可能性は十二分にあるのだ。
 月鏡 由利菜(aa0873)からもらった買い物メモを見ながら、ウィリディスはまず三階の日常用品売場から洗濯のりを購入した。
「これでスーパーボールが作れるのです?」
「うん! 洗濯のりと食塩を使って作るんだよ……って、あたしも初めて知ったんだけどね」
 メモにはもう一つ、レジャーシートが記されていたが後からバツ印で消されている。スーパーボール作成に、周囲を汚さないためにはレジャーシートが必要だが、元々会館にあったというので買わずに済むのだ。
 三階には学校で使う色鉛筆やノート等を売る文房具店がある。ウィリィスはそこで絵の具を購入。
「スーパーボールを作るのですか?」
 微笑ましげに、年長者の店員がウィリディスに声をかけた。彼女は共用財布からお札を抜き出して、笑顔で店員に答えた。
「はい! お祭りで使うんです。どうして分かったんですか?」
「なんとなく、ですよ。ほら、洗濯のりを持ってますよね、だから想像できたんです。でもちょっとスーパーボール作るのにはコツって奴がいりましてね」
「へえ、そうなんですか? あたし作った事ないから……。教えてもらってもいいですか!」
「もちろんです。最初作ろうとすると大体失敗するんですね。私も何回か作った事があるんですが、大体失敗する時ってのは食塩が足りてない。だからといって食塩を多くいれると、今度は溶け切らずに結局失敗してしまうんですね」
「難しいのですね……! あたし、ちゃんと作れるかなぁ」
「ハッハッハ、しっかり食塩を水にね」
「なるほどー。ありがとうございます! 参考にさせてもらいますね」
「がんばってくださいね、お祭り。御秋祭でしょ?」
「えぇ、それも知ってるんですか?!」
「お祭りときいてなんとなく」
 店員はハッハッハと純粋に笑いながら、次のお客にいらっしゃいませと声をかけた。ウィリディスは他の文房具を見ていた四人の所に戻った。
「最近の鉛筆削りって、元に戻るのですね……」
 紫が言った。
「画期的ですわ」
「なになに~?」
 遅れて話題に飛んできたウィリディスが、紫が手にしていた鉛筆削りを見て、普通の奴との違いにすぐに分かった。
「これで鉛筆を削ると、鉛筆が復活するって書いてあるんです」
 最新の文房具にひとしきり感動を覚えた後、五人は一階の食料品店へと向かった。
 食料品店は宝庫だ。坂山がノボルを留守番させる理由の一つとして、無駄な買い物が増えるというのがあった。子供達というのは食料品店に来るとまず、真っ先にお菓子売り場へと直行する。値段というものをみずに、自分が美味しいか美味しくないかという判断でお菓子袋を籠の中に放り投げるのだった。
 ウィリディスと紫にも似たような現象が起きていた。ノボルは似たようなとはいえず、まさにそのままの現象が起きていた。
 買い物籠の中は既に満員だ。坂山から、他の人達が担当するたこ焼きや焼きそばの材料もついでに買ってきてとお願いされて重いものは幾つも入っている。大きなソース、麺類。酒類もあるために籠は分けられている。
 御神は一番重いものを持っていた。
 ウィリディスは比較的軽いが、そちらの籠にお菓子が大量に詰め込まれていた。一応、共用財布の中に入っているお金内には収まるが……ヴァルトラウテは不安を感じていた。
「ちょっと買いすぎかなとも思いますが……」
「大丈夫、坂山は好きなものをたくさん買ってきてと言ってたから」
 子供用の景品やスーパーボールで使う用の玩具をたらふく買いこむと、袋は結構な重さとなった。御神が重いものを持ち、ヴァルトラウテがそれを手伝う形で五人は会館への帰路を進んだ。

 一方、買い出しは狒村も行っていた。
 坂山から教わった山に向かうのだが、その山では熊による被害で登山者が減少していた。ちょうどいい、と狒村は狩り用具と血抜き道具、肉を仕舞う保冷バッグを持って山を登っていた。登山者は今日はゼロ。狒村の貸し切りだった。
 遠くの方から川の音が聞こえた。川が近くにあるのだ――熊が魚を狩りに来ているかもしれないと察知して、腰を少し下げた。
 ゆっくりと川の方に向かっていくが、熊の姿は見えない。
 遠目から見ても、綺麗な川だとすぐに分かった。狒村が思い切りジャンプすれば渡れる大きさの川で、熊ではない小動物が川の付近で休んでいる。
 自分を隠す草の茂みに隠れながらしばらくその場で待つと、小動物が何らかの危険を感じた様子で川から遠ざかった。狒村はそのまま隠れていると……狒村よりも一回り大きい熊が現れた。
 肥えた熊だ。見た所一頭のようだ。
 狒村はタイミングを見計らう。熊は魚を狙って川に訪れているのだから、下手には動けない。タイミングは熊が、魚に気を取られている瞬間だ。
 掴んだ。熊は一匹の魚を手に掴んで、その場で口に頬張った。石の上に座って――であるならば今だろう。狒村は勢いよく草から飛び出して、熊に向かった。人間が飛び出して、熊は威嚇したが狒村には通用しない。愚神や従魔と戦っているような男に、熊の威嚇は頼りないものだ。
 一匹を仕留め終えると、また別の熊が現れた。その熊は狒村に、真っ先に体当たりを食らわした。
「やんちゃな熊だ」
 川の方向に飛ばされたせいで、狒村は全身が水浸しになった。熊は続けざまにターゲットを狙ったが、圧倒的な力量の末敗北した。


 祭りが開催される公園で、次々とテントが完成していた。
「ここで大丈夫ですか?」
 黒金は赤城に聞こえるように言った。
「大丈夫だ、サンキューな……あーいやちょっとまて、若干ズレちまったか。仕方ねえ、もう一度持ち上げてくれ」
「分かりました」
 一つのテントを二人で持ち上げるのは、簡単な作業じゃない。黒金は二個のテントを運び終えていて、疲労は高い位置にまで達している。
「大丈夫か? 結構疲れるだろ」
「いえ、平気です。まだ頑張ります」
 詩乃にかっこう悪いところは見せられないと黒金は意地を張っているのだ。坂山も設営指導で現場にいるのだ。
 紫も最初こそテント設営を手伝いたいと意気込んでいたが、傷が痛んだ。買い物から帰ってきて、すぐにテントを手伝うのだから祭りの準備には熱心だった。
「征四郎、お前さんは怪我してんだから無理すんな」
「休んだ方がいい」
 オリヴィエとガルーに、言われてからようやく紫は休む決断ができた。しっかり休まないと。
「リーヴィ、そっち持っててくれ」
 二人がテント設営を頑張っている中一人だけ休憩するのも気が引けて、紫は会館の中へと戻った。
 会館内ではレミアと伊邪那美が屋台の飾り付けに使う小物を作成している。
 椅子に座って、次々と出来上がる可愛らしい小物――画用紙で綺麗に切り取られたクマ、ペンで描かれた赤い液体の入ったワイングラス――を眺めていた月鏡は、赤城が休憩に会館を訪れたのを目にすると、椅子から立ち上がって彼に寄った。
「大規模作戦では、助けてくれてありがとうございました。重体で済んだのも、赤城さんのおかげかもしれません」
「そんな事ねえぜ。月鏡も精一杯頑張ってただろ? 俺だけのおかげじゃねえさ」
「助けてくださった事にかわりはありません。本当にありがとうございました」
「おう。友達が一人減るってのは嫌な話だからな――そういや、ウィリディスの出したくれた水槽と落ちるコインの案、通らなくて残念だったなぁ」
 先程の打ち合わせでリディスは遊ぶ屋台の一つとして、水槽の中に落ちたコインを掬い上げるという案を出したが、手間がかかるという理由で今回は無しになったのだった。
「赤城さんは怪我の方、大丈夫ですか?」
「祭りの準備くらいはできる」
 赤城は壁に寄りかかって、余裕そうに笑ってみせた。
 会館には坂山も戻ってきていた。
「朗報があるんだけれど」
「坂山さんが朗報って言うなら、ちょっとは期待してもよさそうだな」
「そうよ。他の町内会から祭りに参加したいっていう申し出が出たの。そっちはそっちで屋台を用意するって……。だからお祭り当日、予定していたよりも多くの屋台が出向くことになるわ。これはどういうことかっていうと、盛り上がるっていう事よ」
「昨年は他の町内会は来なかったよね?」
 伊邪那美はクマにゴマ粒のような目を描いていたが、その手を止めた。
「昨年はあれだけ屋台が出てもちょっと土地は余ってたから、今年はもっと楽しめそうね。後で屋台を全部書き出すわ。あまり被らないようにって向こう側には言ってあるからね」
 売上、負けないようにしないとねと最後に坂山は付け加えた。

 屋台と飾り付けが段々と終えられていく様を、黒金は詩乃と見回っていた。
 プラカードの設置と他のお手伝いは終えているので、彼は実質フリーとなっていた。ところで、黒金と詩乃が手に持っているのは熊鍋だ。暖かい。これは狒村が本番に向けて試し煮をした物で、味見のために作られた物だった。
 美味しさは抜群の域に達している。紫は言葉を忘れて夢中で食べた程だ。火傷をしそうにもなっていた。黒金はその様子を笑ってみていたが、紫が言葉を忘れる理由を、一口黒金も熊鍋を食してみると理解に追いついた。
 臭みはない。それでいて、歯応えが優しいのだ。一口噛むと凝縮された肉汁が溢れ、鍋の中に入っていた野菜に絡みついて味を発散させる。この美味しさは詩乃も、静かに絶賛した。
 エージェント達は仕事が終わるとスーパーボールの興に出ていた。自作のスーパーボールではなく市販のだ。万が一なくしたら勿体ないし、まだ乾いていない。
「行くわよー!」
 ワインレッドの飾り付けを終えたレミアは狒村を相手にボールを構えていた。腕を豪速球に回転させて投げる準備を完了させている。
 彼女が投げたボールは全く見えなかった。目で追いつくことのできない速度で狒村の腹部に直撃した。
「ぐ……ッ」
「こんな球も取れないの?」
 レミアはうずくまったままの狒村に近づくと、服の中に忍び込んでいたボールを幾つも取り出して、大粒の雨のように降らした。
「ほらほら、もう終わり?」
「もっと……ッ! もっとだ……ッ!」
 この笑顔。
「そっとしておいてあげよう……」
 狒村を心配する必要はなさそうだと分かった黒金は別の方角へ顔を向けた。
 そちらでは伊邪那美と紫が、御神を相手に、こちらもスーパーボールで遊んでいる。
 二人の少女は同時にボールを投げようとしている。その顔は必死だった。
 レミアには敵わないだろうが、それでも素早い速度が出てボールは御神に向かった。左右、どちらもだ。そのボールを御神は見事にキャッチした。
「どうして取れるの?! さっきから一回も外さないなんて」
「キョウヤ、すごいのです! もう一球いくのですよ!」
 御神は二人にボールを投げ返した。
 揃ってボールを構える。揃って腕を上げて、揃ってボールは飛ばされる。銃撃音が鳴り響く。
 うん……? 銃撃音?
「オリヴィエ、遊び方が違うのですよ……!」
「そうなのか。戦闘訓練になると思ったんだが」
「確かに……!」
 皆楽しそうに遊んでいるなあと黒金は眺めていると、ふと肩を叩かれた。坂山であった。
「黒金君も遊ばないの?」
「僕は詩乃と回ることにしているんです。それが終わったら遊ぼうかなって。あの様子だと、すぐには終わらないと思ったので」
 レミアと狒村は最早的当てゲームになっているし、ガルーも加わってオリヴィエが彼に投げる時、五個くらいのボールを一気に投げて「取れねえよ!」と突っ込まれている。黒金の言う通り、当分は終わらなさそうだ。
「眺めているだけでも面白いですから。坂山さんは遊ばないんですか?」
「それはだめよ。私、そこまで面白い人間じゃないわ。それに、場違いだと思う。雰囲気を壊しちゃうんじゃないかなってね」
「そうでしょうか。坂山さんが入ったら、皆も珍しがりますよ」
「ありがと。だけど当分はこのままでいいの」
 遠くの方からウィリディスの声が聞こえてくる。
「皆で記念撮影しようよ!」
 的当てゲームとキャッチボールで遊んでいたエージェントは一度中断して、記念撮影のために並ぶ事となった。
「記念撮影くらいは一緒にどうでしょう?」
 詩乃が坂山に言った。
「いいの?」
「勿論です」
 撮影には坂山も加わって、十五人での撮影となった。町内会の会長が撮影の手伝いをしてくれた。
 三列になり、一番奥側の中央では坂山が笑っていて、彼女の肩上にレミアが乗っかっている。それを囲むようにリュカとガルーがいて、ポーズが決まっている。リュカの隣には御神、ガルーの隣には赤城だ。
 二列目の中央を支えているのは狒村で、膝を少し曲げて立っている。彼を挟んでいるのはヴァルトラウテ、黒金だ。黒金の隣では詩乃が微笑んでいて、ヴァルトラウテの隣はオリヴィエである。
 一列目は左から紫、伊邪那美、ウィリディス、月鏡が仲良く座っていた。
「では皆さん、取りますよ」
 はい、ポーズ。とおなじみの掛け声の後に、シャッターは切られた。本番が実に楽しみだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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