本部

苦節20年の集大成

一 一

形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/21 20:32

掲示板

オープニング

●20年目の個展
「あ、それは1番奥のところで! ……うん、そこがいいです!」
 とあるビルの一角。貸ギャラリーとして設けられたスペースに、数人の男性が大量の荷物を搬入していた。
 その中の1人、50歳ほどの男性が出す指示の下、次々と運び出されているのはいくつもの木彫りの仏像。大小様々な仏像はどれも豊かな表情をしており、同じ種類の仏像であっても1つ1つが実に個性的な顔を見せてくれている。
 何より特徴的なのは、それらの仏像の完成度に大きな開きがあること。傾向として、小さな仏像はどこかつたなさの残る作品が多く、はっきり言えば未熟で見栄えが悪い。逆に、比較的大きい仏像は細部まで目が行き届いた力作が多く、見る者のため息を誘う荘厳ささえ感じられる。
「しかし、本当にいいんですか? 言っちゃ何ですが、作品の出来が天地の差がある個展なんて、初めて受け持つんですけど?」
「いいんですよ。今回の個展は利益が目的じゃなくて、私の彫刻家としての歩みを見せる、自己満足のようなものですから」
 展示を手伝っていたギャラリー側の責任者が心配そうに声をかけるも、個展開催者でもある彫刻家の男は快活に笑った。
 夢もなく、やりたいことも見つけられないまま大学を卒業し、たまたま内定をもらったIT企業に勤めて8年。気まぐれにとある展覧会に足を向けて、仏像の魅力にとりつかれた彼はすぐに退職。特に感銘を受けた彫刻家に弟子入りを志願し、彫刻家としての道を歩み出した。
 だが、幼少から特別美術センスが優れているわけでもなかった男は、なかなか芽が出なかった。彫刻技術も、作り出したい作品のイメージ力も、そもそも仏様に関する知識もからっきしだった男の挑戦は、最初から苦難しか存在していなかった。
 周囲からの反対の声を押し切り、いざ入門すれば同期や先輩は手の届かないはるか先を行き、後輩にはあっさりと追い抜かれ、師にすら見限られかけた。
 それでも、男は情熱を絶やさなかった。己の未熟さととことん向き合い、少しでも前に進むため、周りの雑音を閉じて邁進した。
 その結果、徐々に作品が評価されはじめ、ギャラリー側から声がかかって開かれる企画ギャラリーにも参加をさせてもらえるようになり、今では個展を1度開くだけで十分に生活できるほどの、売れっ子彫刻家として名が知られるようになった。
 その男が準備をしているのが、男自身の彫刻家人生の歩みを示す個展だった。評価が高い現在の作品だけではなく、普通なら捨ててしまいそうな初期の作品まで、まさに彫刻家人生すべてを公開するような内容となっている。
「それに、私が魂を込め続けた『彼』を披露する場は、私がこれまで歩んできた人生を、すべてさらけ出すような場でないといけないんです」
 男が見上げたのは、彼が作り出した仏像の中で1番大きく、かつ息が詰まりそうになるほど美しい千手観音立像だった。顔が全部で11、腕が全部で42本ある十一面四十二臂像は、しかし持物と呼ばれる道具類は一切持っていない。
「『彼』の制作は、私が未熟だった時代から着手してきました。そこには、私の未熟さと成長の過程が余すことなく刻まれています。今、これと同じ物を作ろうと思ってもできない、唯一無二の我が子のような存在なのです」
 よく見れば、千手観音の腕の一部はとても荒削りで、それこそ初期の作品から見える技術とそう変わらない。持物を持っていないのも、それと関係しているのだろう。
「だから、『彼』が人目に触れる場は、この個展でなければならないのです」
 そう語った男の表情は、どこか千手観音の笑みに通ずる、穏やかなものだった。

●汚された魂
 準備は着々と進み、開催日を翌日に控えた午後のこと。
 それは、前触れもなく突然現れた。
「うわあああっ!?」
 最終チェックをしていた作業員の悲鳴が、ギャラリーを越えてビルのフロア全体にこだました。
「どうしました!? ……ぁ」
 悲鳴に集まった彫刻家の男と、作業員が見たもの。
 それは、個展の目玉であった千手観音が、ゆっくりと動き出した姿だった。しかも、その手には数分前まではなかった持物らしき武器が握られ、異様な気配を醸し出している。
「じゅ、従魔だ! H.O.P.E.に連絡を!」
 責任者の声を合図に、千手観音は右手の金剛杵を振り上げ近くの仏像を薙ぎ払った。同時に、危険を感じた作業員たちも慌ててその場から逃げ出していく。
「ま、待て! まさか、『彼』を壊す気じゃないでしょうね!?」
「仕方ないでしょう!? あれはもうただの化け物です!」
「違う! 『彼』は私の子どもだ! 私の魂だ! それを破壊する!? そんなこと、私が許可すると思っているのですか!?」
「何を言ってるんですか!? このままじゃ、建物だけじゃなくて人にも被害が出るかもしれないんですよ!?」
 避難のさなか、彫刻家と責任者の間で激しい口論が交わされ、その声もまたH.O.P.E.へ届くことになる。

●求めるは破壊か救済か
「ここからほど近いビルに、従魔が出現したとの連絡が入りました」
 急遽集められたエージェントたちの前に、どこか困惑した表情で説明する職員の姿があった。
「場所は、著名な彫刻家の仏像が展示される予定の個展会場。その中の1体の仏像に憑依したものと思われます。同時に上がったプリセンサーの報告では、その従魔の脅威度はケントゥリオ級。決して油断できない相手です」
 ですが、と続けた言葉とともに、職員は眉間にしわを寄せる。
「実は仏像の制作者の男性が、『仏像に手を出すな!』と主張し、暴れているようなのです。何とかその場にいた作業員が取り押さえていますが、まだ彼らは従魔からほど近い位置にいて、避難しきれていないらしいのです」
 つまり、急がなければ個展関係者の命さえ危うい。
「……心情的には、制作者の気持ちもわからなくはないです。憑依された作品は完成に20年以上をかけた力作だそうで、自身の魂とまで豪語しているそうですから」
 男性の年齢からしても、ほぼ半生を賭した作品なのだ。簡単に諦めろと言うのも酷だろう。
「もちろん、人命最優先なのは当然ですが、可能であれば仏像への損傷を最小限に留めていただけますか? 電話口で聞いた涙混じりの怒鳴り声を、無視するのは忍びなくて」
 この言葉を最後に、エージェントたちは現場へ急行した。
 従魔の暴走を確実に止めるための破壊か、制作者と仏像を繋ぐ魂の救済か。
 各々が抱く、『彼ら』に下す選択とともに。

解説

●目標
 従魔討伐・人命救助(仏像保護)

●登場
 千手観音…ケントゥリオ級従魔。個展の目玉だった渾身の作品。彫刻家が修業時代も含め20年以上の月日を費やし完成させた、3mほどの木製仏像彫刻。立像と呼ばれる立ち姿の仏像で、実際の腕の総数は42本。展示では無手だったが、憑依後は武器を所持。憑依対象との結びつきが非常に強く、受けたダメージはダイレクトに仏像へと反映される。

 能力…物理・魔法攻撃・生命力↑↑、魔法防御↑、物理防御・移動・イニシアチブ↓。

 スキル
・宝戟・錫杖…射程1~3、単体物理、左手の宝戟による鋭い突きと、右手の錫杖による祓いの音。全BS回復。
・宝弓・宝箭…射程1~50、単体魔法、魔法攻撃ー50、命中+100、左手の弓と右手の矢による攻撃。障害物無視。
・羂索・鉞斧…射程1~5、単体物理、物理攻撃+100、命中ー50、左手の羂索で動きを封じ、右手の鉞斧で追撃。スキル命中→BS拘束付与。

●場所
 とあるビル1階の開けたギャラリースペース。フロアの隅の一角であり、千手観音の展示場所はちょうど四隅の直角部分。構造上いくつか大きな柱があり、長柄武器を取り回す広さはあるが、通路が若干入り組み射撃武器など一部武装の扱いに注意。足下には破壊された仏像や内装飾りが散乱。

●状況
 到着直後、従魔はまだギャラリースペース内部にいる。責任者の判断でビル内の避難指示は出されたが、個展関係者は全員彫刻家の拘束のため、ギャラリー入り口付近から動けない。ギャラリーから破壊音が断続的に聞こえ、徐々に入り口へ近づいている。
 使用武器・スキルによっては、討伐後に仏像へ傷が残る可能性あり。正面で合掌する2本を除く40本の腕に持物が握られるが、作りの甘さから簡単に破壊でき、腕破壊でスキルを使用不可にできる。

リプレイ

●問われる想い
 エージェントたちが現場に到着すると、すぐに個展会場入り口で騒ぐ一団を発見できた。
「H.O.P.E.から、従魔を退治し仏像を保護・奪還せよとの依頼を受けてきた。後は俺達に任せろ、悪いようにはせん。個展を再開する段取りでも考えておけ」
「おお! 来てくださいましたか!」
 エージェント登録証を提示した迫間 央(aa1445)に、安堵の声を上げたギャラリー責任者。が、地面に取り押さえられている彫刻家の反応は真逆だった。
「H.O.P.E.!? 『彼』を破壊するつもりですか!?」
 よほど頭に血が上っているのか、央の『仏像の保護・奪還』という台詞は聞こえなかったらしい。抵抗が一層激しくなり、慌てて拘束するスタッフも力を強める。
「ただの従魔退治であれば楽なものを、厄介な! とりあえずその人隔離しておいて! 邪魔だから!」
「まーったく、これだから仏は。これを機に神様に宗旨変えをお勧めじゃな。わらわなどどうじゃ? ん?」
「可愛そうな被害者からかってないで、いくわよ飯綱!」
 キツい言動で彫刻家の退去を命じた橘 由香里(aa1855)。すぐさま茶化すように飄々とした勧誘を残した飯綱比売命(aa1855hero001)を引きずり、一足先にギャラリー内へと入っていく。
「事情はだいたい理解していて、破壊しないように尽力するつもりです。だけど、ここにあなた方が居られては、守るために破壊せざるを得なくなる。わたしだって、そんなことはしたくない。どうか避難していただけませんか?」
「何年もかけて作った作品だったら、大事にしたい気持ちはよくわかるです。でも、今回はそれよりも命が大事です。命を燃やして作った作品でしょうけど、これから彫刻家さんが作る作品だって、きっと素敵な物になるはずです。最大限の注意を払って戦うですから、我慢してほしいです。会ったばかりの私たちですけど、信じて欲しいです」
 他のエージェントも次々と会場へ入っていく中、志賀谷 京子(aa0150)と想詞 結(aa1461)は立ち止まり、彫刻家の説得を試みた。特に絵本作家を夢見る結は、作品を我が子と訴える彫刻家の気持ちに共感でき、故に避難を強く促した。
「駄目だ! 私は『彼』を残しては行けない!」
「私達の命と自分の命……、『彼』のためにどこまで賭けられますか?」
 それでも頑なだった彫刻家へ、辺是 落児(aa0281)と共鳴していた構築の魔女(aa0281hero001)が近づき、問う。彫刻家の抱く、仏像の『彼』に対する覚悟と想いを。
「私が差し出せる物なら全てだ! だから、私たちとは無関係の君たちを巻き込むつもりはない! 『彼』は私の意志と責任で、私が止める!」
 それに、彫刻家は即答する。中にいるのは従魔ではなく我が子だと、感情的に。されど、自分が人の親なら我が子と呼べそうな年齢の若者たちを犠牲にはできないと、理性的に。強い眼光で見返し、迷いなく断言してみせた。
「……ごめんなさいです」
 問答では変えられない意志の固さを感じ、やむを得ず結は彫刻家を気絶させる。責任者たちに後を頼み、彼女たちもまた会場へと足を踏み入れた。
「では、できることをやりましょう」
 構築の魔女がこぼした、エージェントとしての覚悟や想いと共に。

●取り戻す想い
 ギャラリー内部はすでにほとんどの仏像が破壊され、フロアに散乱していた。断続的に響く破壊音を頼りに、エージェントたちは物音を立てないよう、事前に確認した見取り図を頼りに従魔の姿を慎重に探す。移動中の会話は、ほとんど心の中で行われた。
『芸術品に手を出すなんて、最低ですわっ!』
『できるだけ、壊したくないね』
『ええ、最小限に抑えましょう。制作者の方のためにも』
 王女として過ごした経験から、芸術作品への造詣が深いレミ=ウィンズ(aa4314hero002)は作品を壊そうとする従魔の所行に怒り心頭。大門寺 杏奈(aa4314)はその手の知識が疎いが、暴れる従魔による人的被害を危惧し、パラディオンシールドを手に味方の壁となる意志を固める。
『従魔に憑りつかれた哀れな仏像、余りに不憫。よって従魔を払うのみ、それこそが本当の古仏撥遣作法だ』
『写し身とはいえ、仏の身に不浄なる存在が宿るなど、決して許されるものではない。早々に不届きな魂を滅するぞ』
 とりわけ、仏門に身を置く田上迅雷(aa4511)と、同一の神に由来する異名を持つとされる千手観音を汚されたと感じた不動明王(aa4511hero001)の意気込みは強い。
 撥遣は一般に魂抜きとも呼ばれ、文字通り仏像などに宿るとされる魂を抜く法会を指すが、今回は供養ほど穏やかにはいかない。元々仏にいたとされる魂を浸食し、我が物顔で暴れる従魔は彼らの怒りを買うには十分すぎた。炎を思わせる赤色の肉体が、共鳴した2人の内情を物語っているようだ。
『……少し、強引だったでしょうか?』
『今回はお姉ちゃんに賛成。作品も命も大事にしないとだね。それが人を驚かせて感動させるものなら、なおさら守らなきゃ駄目だよ』
 彫刻家の避難のためとはいえ、少々強引な手段を用いた事を気にしていた結だが、ルフェ(aa1461hero001)は結に賛同の言葉をかける。
 彫刻、絵本、マジックと、ジャンルは違えども『作品』を生み出し、人を魅了するという点では同じ。ルフェにとって、『作品』はマジックのタネ。生み出す『作者』と、感動を与える『作品』がいて成立することから、どちらも同じくらい尊重すべきものなのだ。
『できるだけ、無傷で返してあげよう。俺たちでさ』
『……そうですね。おじさんとの約束を破る、嘘吐きにはなりたくないですから』
 ルフェの後押しで思いを新たに、結は瞳に決意の色を強く宿した。
『実に、実にグッとくる話ではないですか』
『彫刻家として歩んだ歴史そのものというわけだね。おいそれとは傷つけられないな』
 事前に共鳴していたアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)も彫刻家の想いに感銘を受け、京子もまた心の会話で同意する。
『見事であるがゆえに魂が宿ったとも思えますが』
『それが従魔であっては意味がない。取り戻そうか、アリッサ』
『ええ!』
 だからこそ、仏像を傷つけないという意志もまた、自然と一致。ギャラリー内を移動しつつ、京子は魔導銃から精霊の詩へと装備を持ち替えた。
《壊すな、傷つけるなと、喧しい事だ》
(依頼です。そして戦闘です、ストレイド)
《……仕方あるまい》
 ただ、ストレイド(aa0212hero001)は彫刻家の叫びを聞き、一思いに従魔を破壊できない状況に不服の声を漏らす。隠密行動中で声を潜める灰堂 焦一郎(aa0212)の端的な言葉に渋々返し、彼らには狭い室内を狙撃銃を抱えて移動。従魔の姿を捕捉し、射撃体勢に移った。
『従魔がケントゥリオ級というのも珍しくなくなってきたわね……』
 会場内を先行する央の中で、マイヤ サーア(aa1445hero001)は高レベル従魔の出現頻度に言及。
『愚神共も力を蓄えているのか。それとも、作り手の想いがそれ程の物なのか。何にせよ厄介だな』
『でも、私達がそれに劣るなんて事はないわ』
『……やれるか?』
『当然じゃない』
 しかし、2人に気負いはない。央は刀に手を添え、マイヤは経巻の制御に集中し、無傷のまま仏像を取り返すと確認しあった。
『して、どのように奴を叩くのじゃ?』
『元々なかった武器を狙うわ。仏像本体じゃなく仏具が本体だった、って可能性もあるしね。必要になったら前へ出るけど、最初は遠距離から様子見ね』
 鳴弦を手に作戦を確認する由香里と飯綱。彫刻家へ放った厳しい言葉とは裏腹に、仏像への被害を最小限に抑える方針は変わらない。
『それと、体に支障などないか?』
『問題ないわ』
 また、飯綱は前の依頼によるダメージを残していたことを案ずるも、事前に回復を行った由香里に不安はない。万全に近い体調を自覚し、AGWへライヴスを通わせた。
『人型ですが巨大ですね。十一面四十二臂像なら、死角はあまりなさそうです。無手を武装と見れば39種、……仏敵扱いされていそうですね』
 仲間からやや先行して柱の陰に隠れ、『射手の矜持』を発動した構築の魔女は、従魔の姿を観察し心中で考察。他の作品へ攻撃を続ける従魔の手にはいくつもの持物が握られ、中でも強い力を感じた戟・錫杖・弓・縄・斧に注目する。
『ーーロロ!』
 そのまま武器の特性を形状や室内の被害状況から見定めていたところ、突如落児から警戒の声が上がった。
「っ!?」
 直後、構築の魔女は二挺拳銃を盾に吹き飛んだ。従魔は首を動かさないまま、背中の腕を動かし『宝弓・宝箭』を使用。放たれた矢は柱をすり抜け構築の魔女の背後を急襲したが、間一髪防御が間に合い致命傷は避ける。
「ちっ!」
 こちらの動きが気取られたと見るや否や、央は舌打ちを残して物陰から姿を現す。展開された経巻の光を背に携え、従魔の側面へ躍り出た。
「っ、数が、多い!」
『反応速度も侮れないわね』
 刹那、圧倒的な手数でもって歓迎を受ける央。時に身を翻し、時に抜刀で打ち払って直撃は避けていく。同時に飛ばされるマイヤの光球も、すべて従魔へ到達する前に撃墜されてしまった。
「私が攻撃を全て受ける。さあ、かかってきなさい」
 思わぬ先手に歯噛みしつつ、前進しようとした従魔の前に杏奈が立ちはだかる。光輝く盾を構えて『守るべき誓い』で注意を引き、ジャンヌによる銀白色の翼を広げた。
「あの矢、柱をすり抜けたわよ!?」
『従魔にしては小器用じゃな』
 奇襲を受けた構築の魔女へ『ケアレイ』を使用しつつ、由香里は距離を保ったまま攻撃を開始。呆れを含む飯綱の声を聞きつつ、牽制のために白い矢をばらまいた。
「おとなしく、その彫刻を返すです!」
『じゃないとひどいかんね!』
 結もまた遠距離から完全世界を開き、ライヴスを展開。仏像へ配慮し、魔法攻撃でも最初は持物狙いで攻撃を仕掛けた。
「いくよ!」
 続けて、京子も姿を現し精霊の詩を起動。ライヴスを乗せた歌声を従魔へ飛ばす。
「っ!?」
『相殺した!?』
 しかし、従魔は持物の1つーー宝鐸と呼ばれる鐘を鳴らし、アリッサの驚愕とともに京子の歌声を散らして躱す。従魔は巧みに持物を用い、攻撃と同時に回避や防御をこなしていた。
『人の魂を込めた仏像に乗り移るなど、許されないことですわ!』
「武器は数だけ、質はたかが知れるわ」
 レミの怒りに奮起し、攻撃を一手に引き受けようと杏奈は挑発を繰り返す。すると、守護に徹した杏奈のガードを破ることが出来ず、従魔の手数は次第に杏奈へ増やしていった。同時に、荒くなりそうな自身のライヴスを『リンクコントロール』で安定化も図りつつ、堅実な防御を維持する。
《狙撃モード・起動。目標・敵腕部兵装》
「的が多いですが、……平常通りに」
 従魔の目が杏奈に釘付けになったところで、オプティカルサイトを覗く最後方の焦一郎は大小ある持物の1つへ目標を固定。ちょうど央へ振り下ろした宝剣を狙撃し、前衛の援護を行う。
《第1射・成功。損傷軽微》
「ずいぶんと硬いですね。相当強力なライヴスで形成されている、ということでしょうか」
 すぐに持ち上がった傷1つない宝剣を捉え、焦一郎はわずかに目を細める。武器破壊を念頭に置いた初撃の結果を頭に残し、『射手の矜持』を発動させて次弾に備えた。
「物体を透過するその弓は脅威ですね」
 遅れて従魔へ接近した構築の魔女。接近のさなか『弱点看破』も施し、近距離から銃声を重ねて『宝弓』を含めた持物へ命中させた。
「……なるほど、灰堂さんの狙撃に耐えうる強度では、破壊は相当厳しいようです」
 が、やはり一瞬の隙を作るにとどめ、直後に襲う持物の雨を回避しつつ後退。金具や継ぎ目に接合部など、構造上脆いと想定される部位を撃ち抜いても無傷な持物が露わとなり、構築の魔女は弾倉を変えつつ分析を続ける。
「……よし、通った!」
 堅い防御の前に苦戦した魔法後衛組で、初めて攻撃を通せたのは京子。仲間の攻撃の隙間を縫い、仏像本体へとダメージを与えた。
『どうやら、魔法攻撃で傷はつかないようですね』
「だね。だったら、遠慮なくいくよ!」
 結果、目に見える損傷はなし。魔法攻撃の有用性を確認した京子は、休まず歌声を響かせていく。
「はあっ!」
 こちらは迅雷が立ち位置を特定しない、回避主体の立ち回りで従魔の攻撃に対応。回避しきれない攻撃は竜爪で持物を弾きつつ、懐に入り込んだ。
「菩薩様から、出て行けっ!」
 そのまま両腕を従魔へと伸ばし、『宝戟・錫杖』の柄を掴んで押しとどめようとする。が、相手はいかんせんケントゥリオ級の力を持つ程の強さ。筋肉を隆起させ迅雷が持てる力を引き出すも、1人では力負けして徐々に押されていく。
 迅雷が作り出した間隙は一瞬。されど、それを無駄にするエージェントはこの場にいない。
「スイッチだ、田上!」
「はっ!」
 一拍の間を見逃さず、央が一歩前へ。後退を促す声に従った迅雷と入れ替わり、『ジェミニストライク』による複数の剣閃を浴びせて体勢を大きく崩した。
「助かりますね……良い腕です、迫間さん」
《行動パターン再補正。長続きはせん、備えよ》
 刹那に生じた従魔の『狼狽』を見逃さず、焦一郎がすかさず連射。脅威になりそうな持物を優先して次々と狙撃し、体勢を大きく崩す。
 さらにその隙間を縫って、数多い腕の武器を物理攻撃で封じ、防御が薄くなった部分へ魔法攻撃を放つことで、従魔の力を大きく削いだ。

●譲れない想い
 その後も巧みな連携を駆使し、エージェントたちが順調に従魔へのダメージを蓄積させていく中、突如従魔の動きが変化した。
「くっ!?」
「わっ!?」
 それが、2者同時攻撃。従魔は眼前の杏奈へ『羂索・鉞斧』で強撃すると同時、後衛の京子へも『宝弓・宝箭』を放ってきたのだ。
『ここが正念場ですわよ、アンナ!』
「ん、頑張る」
 力が明らかに上がった斧を受け、むしろ望むところと気概を見せたレミと杏奈。『羂索』による『拘束』をすぐさま外し、『リンクバリア』も上乗せして防御を一層固めた。
「私は守り続ける。この盾が輝く限り」
 あらゆる刃を受け続ける盾の光は衰えるどころかより強まり。
「私は諦めない。この翼がある限り」
 仲間を包む銀白の光は従魔の視界を覆い威圧する。
「あなたのように人の心を踏みにじろうとする者は、誰であろうと許さない!」
『わたくし達が止めている間に全て終わらせて差し上げますわ!』
 時に受け止め、時に弾き、時に味方への攻撃をも先回りしていなす杏奈の姿は、まさに堅固な砦そのものだった。
『大丈夫ですか、京子?』
「何とか。でも、急に攻撃の手が強まったのは、向こうもそれだけ余裕がないんだろうね」
『ならば、こちらもさらに攻撃を加えるまでです!』
 他方、被弾からすぐに立ち直った京子は、アリッサの声に応えるように休まず歌を続けた。
「志賀谷さんの邪魔はさせないです!」
 続く結は直接攻撃から支援へと切り替え、京子への攻撃の迎撃や持物の動きを阻害していく。視覚的に仏像へのダメージがない京子の精霊の詩が確実で有効と判断し、『ウィザードセンス』も用いて援護に徹すると判断したためだ。
「……っ、薄々感づいてはいたけど、従魔は仏像本体に憑いてるのね!」
『厄介な事は確かじゃが、仏具への攻撃が有効であるのもまた事実。焦らずライヴスを削るのが賢明じゃ』
 一方で、激しさを犠牲に動きが雑になった従魔へ、由香里は『パニッシュメント』の光を浴びせて従魔の位置を特定した。持物への攻撃でライヴス消費が確認された反面、京子の攻撃が本体へと届いていたため驚きは小さい。飯綱の助言に耳を傾けながら、由香里はそのまま後方狙撃に注力する。
《弾頭転移・準備完了。転送先座標を指定……》
「やや上方へ。目標物以外への被弾を避けます」
 また、荒々しい従魔の動きに対する焦一郎の対処は冷静に尽きた。ストレイドの声を聞きつつ、『テレポートショット』で銃弾を従魔の頭上に出現させ、的確に持物だけを撃ち落とす。
「従魔の攻撃を受け止めた反動で傷が付いたりとか、しないでしょうか?」
 ただ、前衛の負担を減らしつつ後衛の射線を確保する為、一撃離脱の遊撃を繰り返していた構築の魔女がぽつりと呟く。ずっと武器のみを狙ってきたが、さらに苛烈となった攻撃に応戦せざるを得ない状況で、果たして作りが甘い仏像が耐えられるかどうかは懸念事項であった。
「ここで被害者は出せん、ギャラリーの中で押さえ込む……!」
 嵐が如き攻勢を、央は果敢に迎え撃つ。居合いと経巻がほとんど防御に回されていたが、隙を見つけるとすかさず『猫騙』で攻撃リズムを崩そうとし、『女郎蜘蛛』で複数の腕を絡め取ろうと投擲し、『ジェミニストライク』で持物を打ち据える。
 ほとんどが力業で跳ね返されるも、無駄にはならない。最も多くの攻撃を受ける杏奈の負担軽減と、連携が可能な焦一郎を始めとした後衛の補助に繋がっている。央は1つでも多くの持物を引きつけようと、刀を振るい続けた。
『やはり、地力の差は如何ともしがたいか!』
「それでも、臆する理由にはならない!」
 明確に苦戦を強いられているのは迅雷。竜爪で弾き、敵の手首をいなし、味方の負担を少しでも減らそうと数本の腕を相手に奮戦するが、鋭さの増した猛攻に距離を取らざるを得ない。
 しかし、だからといって迅雷も不動明王も足を止める意思などない。自分の介入できる隙を窺いつつ、仲間の攻撃をアシストできるよう従魔の動きを観察する。
《腹部被弾。損傷・中破》
 とはいえ、前衛が押しとどめていても敵は42本の腕と、40本近くの武器を持つ。従魔は杏奈への攻撃とともに『守るべき誓い』の意識誘導を無視し、『宝弓・宝箭』を最後衛にいた焦一郎へけしかけ穿った。
「問題ありません。引き続き援護射撃を続行します」
 が、ストレイドの注意喚起にも焦一郎は顔色1つ変えず、銃口を従魔へ固定し反撃の銃弾を浴びせる。
「うぐっ!?」
 その時、狙撃を逃れた『羂索』が構築の魔女の足に絡みつく。凄まじい膂力で引っ張られ、宙を舞った状態から『鉞斧』の刃が胴体へ振り抜かれた。
「魔女さん!」
「やらせんっ!」
「あなたの相手は、この私よ!」
 同時に由香里が『宝弓・宝箭』で狙われつつ、すぐさま『ケアレイ』を構築の魔女へ施す。さらに追撃を加えようとした従魔の金剛杵を迅雷が『ヘヴィアタック』で弾いて防ぎ、体勢を整えた杏奈が再び『守るべき誓い』で従魔を正面から牽制した。
《敵動作速度低下》
「前回の転移座標から修正。活路を開きます」
 それからも攻勢はエージェントたちの優勢を保ち、ふと漏れたストレイドの言葉に戦闘の終わりが近いと悟った焦一郎は、再び『テレポートショット』を放つ。『射手の矜持』も加わった頭上からの狙撃は、持物をことごとく撃ち抜き動きを止めた。
「削りきるわよ!」
 次いで、由香里の『ライヴスフィールド』が会場内を包み込み、従魔の弱体化を誘う。
「彫刻家さんの20年、返してもらうよ」
 重ねて、京子の歌が従魔の動きを一層鈍らせる。
「くっ!」
 急速にライヴスを失いつつ、それでも最後の力を振り絞った従魔は、『羂索』で繋がった構築の魔女を道連れにせんと引き寄せ、刃を掲げた。
「残念ですが……」
 その時、構築の魔女は崩れた体勢のまま発砲。2発の銃弾はあらぬ方向へ飛び、消えた。
「『彼』は返してもらいます」
 直後、『テレポートショット』で地面より出現した銃弾は、自身へ迫る『鉞斧』へ激突。だけでなく、弾丸は左右の持物から持物へ跳弾していき、弾道の終着点でもう1度『鉞斧』へ突き刺さった。
 それがとどめとなり、持物を維持していたライヴスが一斉に崩壊。力を使い果たした従魔の気配ともども、千手観音像から霧散していった。

●カタチのない想い
 こうして従魔の暴走を食い止めることが出来たわけだが、エージェントの表情は優れない。
「…………」
 しばらくして、意識を取り戻した彫刻家が慌てて近づいてくるのを見て、さらに顔色が曇る。エージェントたちの反応に何かを察した彫刻家が足を早め、それを見た。
 数本の腕が欠落した、『彼』の姿を。
「……ごめんなさい、です」
「おじさんの想いが詰まった『作品』、守りきれなかった……」
 結とルフェが、最初にやりきれない表情で謝罪を口にする。力を尽くすも結局約束を反故にしてしまったことに加え、『作品』に傷を残してしまった申し訳なさに、謝る以外の言葉が思い浮かばなかった。
「……ごめんなさい」
「私たちの力及ばず、申し訳ありません」
 結に続き、京子とアリッサも率直な謝罪を彫刻家へ告げた。破損した腕も回収したものの、接合部から粉々になっており修復は厳しい。
「自分の不徳の致す所です。ご希望に添えず申し訳ございません」
 さらに焦一郎も深々と頭を下げた。徹底して仏像への直接攻撃は避けてきたが、破損箇所は腕の付け根。度重なる武器への攻撃で腕にダメージが蓄積し、従魔消滅と共に限界を迎えたのだろう。そもそもの脆さも原因の1つだが、責任の一端が自身にもあると考えての謝罪だった。
「このような結果になってしまい、心から謝罪致しますわ……」
「…………」
 レミと杏奈も同様に謝罪を示す。彫刻家の悲嘆に沈む表情を前にして、レミには腕数本の破損が『最小限の被害』と思えず、杏奈には『守りきった』と思えない。最前は尽くしたが、最良ではなかった。それがしこりとなり、2人の心にわずかな陰を落とす。
「ま、まあそう気に病むな。皆も一応配慮したのじゃし。壊れたところは不可抗力じゃ。な?」
「難しいかもしれないけど、修復するのなら手伝うわ」
 彫刻家の酷い落ち込みように飯綱は視線を方々へ泳がせ、由香里は木工用ボンドを手に提案するが、力なく首を横に振られては言葉が続かない。
「……これを」
 すると、構築の魔女は気を落とす彫刻家へ何かを差し出す。
「従魔に抗い続けた、『彼』の姿です」
 それは、密かに記録していた戦闘データ。焦点が何度もぶれる映像は戦闘の激しさを感じさせ、それでも従魔から解放された最後の瞬間をはっきりと映していた。
「っ……!」
 そこには、戦闘が終わった直後だと忘れそうになるほどの、穏やかで静かな笑みが残っている。無くした物にしか目がいかなかった彫刻家は、それでようやく『彼』の顔を真正面から見ることが出来た。
 まるで、腕を砕かれた『今』こそが本当の自分だと、『彫刻家の歴史の一部』だと語りかけるような『彼』の表情に、彫刻家は自然と涙を流していた。
「……なかなかの重さでしたよ、貴方の20年は」
「……従魔が利用しようとしただけの事はあった。私たちの絆程ではないにしろ、ね」
 さめざめと泣く彫刻家へ、央とマイヤが声をかける。杏奈の次に従魔の攻撃を受けていた央の言葉には実感が込められ、少なからず悲しみと喪失感に共感できるマイヤの不器用な言葉と共に、すとんと彫刻家の胸へと落ちる。
「皆さん、ありがとう、ございました……」
 そして、涙を拭わないまま、彫刻家はエージェントたちへ、深々と頭を下げた。

「想え、本尊を本処に奉送したてまつる……」
 その後、彫刻家の希望で千手観音以外の仏像は迅雷により撥遣式が行われた。破壊された仏像を引き取った後、お焚き上げで1つ1つ丁重に供養していったのだ。
 彫刻家によると、ほとんどの仏像は魂を宿す開眼を行っていなかったらしいが、それらもまた『魂』の宿った作品たち。粗雑に扱うことはできなかったようだ。3度の弾指と真言を唱え、迅雷は深く祈りを捧げた。
「……これで、いいんですね」
 結局、彫刻家の個展は従魔に破壊された仏像が数多く、延期は避けられなかった。が、スタッフの活躍もあって数日の後に無事開催され、展示作品の中にはあの千手観音立像もあった。腕が一部欠けたものの美しさは一片も翳らず、来場者の足を止め、時を奪い、魅了した。
 それは『彼』に宿る『魂』が、誰の目からも確かに感じられたかもしれない。
 多くの人の心を動かした、個展の最終日。
『彼』を見上げた彫刻家の表情は、『今の彼』を鏡写しにしたように、静かで穏やかで、何より厳かだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212
    機械|27才|男性|命中
  • 不射の射
    ストレイドaa0212hero001
    英雄|32才|?|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • ひとひらの想い
    想詞 結aa1461
    人間|15才|女性|攻撃
  • いたずらっ子
    ルフェaa1461hero001
    英雄|12才|男性|ソフィ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • やばみ僧侶
    田上迅雷aa4511
    人間|29才|男性|攻撃
  • エージェント
    南方諸童子aa4511hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
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