本部

【ドミネーター】街路樹が聞いた情報

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2016/11/16 19:13

掲示板

オープニング


 正体不明、その四文字は正しく綴られるものだった。
 以前H.O.P.Eオペレーター及び「リベレーター」の責任者である坂山に不可解な電話が届いた。坂山にと言ったが、H.O.P.E宛の電話なのか坂山本人に向けてかそれは不明だ。それも含めて、正体不明なのだ。
 電話がかかってきた時坂山は丁度別の事件に携わっていて真摯な応対をできる状態ではなかった。事件が終えて一段落(この一段落に一週間以上をかけたものだ)した後、坂山はようやくその正体不明の電話の応対に取り掛かった。改めて電話番号を確認するとそれは携帯電話から発せられる代物だそうだ。
 調査初日、電話番号が履歴に残っていたので坂山はオペレーター室から着信を掛けた。
 結果を見ると誰も電話には出なかった。坂山は五分置いて再び電話を掛ける――出ない。その繰り返しが三十分続いて、坂山は受話器を元の場所に置いた。
「こんなのでも調査になるんだから、オペレーターって楽よね」
 次の日もまた坂山は同じ調査方法を取った、今のところ電話を掛けて向こう側の人間が受話器を取るために右腕を伸ばす手筈を信用するしかない。日本中の電話番号を確認するのはもう少し経ってからだ。
 結局その日も誰も電話には出なかった。「まあ、まだ二日目だもんね」自分中で見え始めた焦りを言葉のベールで覆い隠しながら受話器を置いた、丁度十秒後だった。
 電話が鳴った。それも、正体不明の電話番号からだった。坂山はワンコールがなり終わる前にすぐに受話器を取った。相手を驚かせないために二コールまでは待つという、坂山は独自の作法を日頃から取り扱っていたが、自分で生み出しておきながらそれを忘れていた。
「もしもし?」
 ――はい、こちらH.O.P.Eという定例文句も頭の中から跳ね除けていた。
「H.O.P.Eの人、ですよね」
 電話先の声はそう言った。
 声質は明らかに女性だった。嗄れが一切ない、若々しい声だった。
「何日か前に電話をくれた方よね」
「はい」
「良かった。連絡を取りたいって思ってたのよ」
 待ち人が来たような気分だ。
「H.O.P.Eにかけてくるって事は、只事じゃないわね。何かあったの?」
「あの、今からお会いできませんか」
 女性の声はなぜか細かった。わざと声を小さくしているようで、何かから隠れるような、そんな仕草が窺えた。
「分かったわ」
 返事をした後、坂山は「あ、ちょっと」と付け加えた。坂山は命を狙われている身だった。
 彼女は反政府組織、ドミネーターに命を狙われていた。理由は簡単だ。彼女は一人の隊員について素性を知ってしまった他、H.O.P.Eの一員であるという事実、ドミネーターの事件にこれまで何度も関わってきたという事実からだった。そのせいで安易に外出ができないのだ。
 目の前に困っている人がいるのに厄介な立ち位置のせいで人っ子ひとり救えないのか。坂山は背中に錘を乗せた感覚を纏って話を続けた。
「訳あって、今は私は外に出られないのよ。代わりにエージェントを向かわせるわ。それでいいかしら」
 偶然かは分からないが、この女性が電話をかけてきたのはドミネーターの事件を対処していたタイミングだった。しかも無言電話と来たもんだから、怪し気な気配は拭えない。坂山は慎重になっていた。
「分かりました。待ち合わせ場所はどうしましょう……?」
「そうね、あなたの家の近くに喫茶店はあるかしら。あまり人のいなさそうな」
「一つだけあります。えっと、テン・スクウェアという名前のお店があります。綺麗なお店です」
 坂山はその喫茶店の住所をすぐに調べた。
 ビンゴカードに穴が空き、リーチになった。その喫茶店の場所は、事件があった場所と非常に近い。
「最後にあなたの名前と、何か仕事をしていたら職業を教えてもらってもいいかしら」
「斎藤(さいとう) 綾(あや)と言います。高校の学生で、近所の本屋でアルバイトをしています」
 躊躇いを見せず斎藤は述べた。
「今からエージェントを向かわせるわ。テン・スクウェアで待っててちょうだい」
 念には念を入れなければならない出会いの場だ。坂山はすぐにエージェントを呼び寄せて、坂山の頭の中にあったビンゴカードの穴のあいたマスに書かれていた言葉をエージェント全員に伝えた。無言電話、事件のあった日と同じタイミング、電話先での彼女の様子、直接会いたいという思惑。
 ときに女性の勘は、思いもよらぬ効果を発揮するものだ。


 テン・スクウェアは名前の通り十角の形に作られていた。中央にカウンターがあり、そこで店員が商品を作る。そのカウンターを囲むように机が円形に並んでいた。そして外見は中世ヨーロッパを思わせる造りになっていた。現代にそぐわない古風だが、見事な完成度だ。
 斎藤は店内にいた。入ってきたお客がエージェントだと分かったら彼女は席から立ち上がり、エージェントに一礼した。
「こんにちは」
 眼鏡をかけて、三つ編みで大人しめな子だった。学生服を着ていた。

解説

●目的
 斎藤の依頼を達成する。

●斎藤との話
 喫茶店で斎藤は自分の正体を明かす。
 彼女は「情報屋」に使われている助手のような存在で、情報屋とは兄なのだと。彼女との話で、上手く話せれば以下の事を全て知る事ができる。
・兄はドミネーターに二年前から雇われていた。
・仕事は主に敵組織の情報漏洩。敵の管理体制や情報を盗む事だった。
・しかし三ヶ月前から兄がドミネーターに対して敵意を向け始めた。その理由は不明。
・その敵意がドミネーターのリーダーに知れて、命が狙われる羽目になった。
・他にも聞ける事は幾つかある。
 話し終えた後、斎藤はエージェント達に必死の目でこう依頼する。
 以前の事件(飛行機テロ)依頼、兄が姿を現さない。探し出して欲しい、と。

●情報屋の居場所のヒント
 情報屋と利害関係が結ばれていた私立探偵の友人が町に住んでいる。その探偵はドミネーターとは一切関係なく、金絡みの利害関係である。
 ドミネーターの組織は全員が情報屋を知っている。部隊長レベルの人間なら対面し、依頼をした経歴もある。

●情報屋は……?
 早い段階で情報屋を見つけた場合、彼はまだ生存している。エージェントに見つかり、彼は最初あなた達に短剣と拳銃で攻撃を仕掛けてくる。
 彼を探していたのはエージェントだけではなく、ドミネーターもまた彼を探していた。あなた達と刃を交わしている時、ドミネーターの隊員が割り込んできて三つ巴の戦いとなる。ドミネーターは隊員はあなた達よりも情報屋を優先して殺害にかかるだろう。
 部隊員は十名いて、一人の隊長と隊員で構成されている。隊員は大きな斧と剣で接近攻撃を仕掛け、隊長は後方や上からボウガンでエージェントや情報屋を狙う。

●情報屋を無事救出できた場合
 坂山からは捕獲を命じられる。
 ドミネーターについて知っている情報を尋問の必要なく彼は語り始める。ただ明かすのは情報だけで、聞かれなければ自分自身の事は語らない。

リプレイ


 平日昼間の喫茶店といえば来るお客は限られていた。常連のフリーターか散歩の休憩に立ち寄る年長者、仲間と飲む主婦。
 ユエリャン・李(aa0076hero002)は斎藤綾の目の前に座った。
「よく連絡してくれたね、お嬢ちゃん。迅速に状況を教えてくれると助かる」
「はい……」
 綾は緊張していた。思っていたよりも多くのエージェントが来てくれたからだった。緊張の衣を優しく剥がすように、喫茶店の雰囲気に合う朗らかな声で天宮 愁治(aa4355)は言った。
「まずはそうだな、綾ちゃんの正体を教えてもらおうかな」
 ちゃん付けで呼ばれるのは久しいので、綾は若干口ごもった。
「私は近所の、ミゼブルという名前のお花屋のアルバイトをしています。兄と一緒に働いていて、家族と離れて暮らしているので、二人で生活費を稼いでなんとか頑張ってて」
「学生さん、だよね?」
「はい。近くの学校の生徒です。それで……、こういうと、唐突な気もするんですけど」
 こういうと、その言葉の後から声は右肩下がりで小さくなって、ですけ「ど」の発音が店内の音楽に掻き消された。
「どうかしたか?」
 ユエリャンが続きを催促した。
「兄……が、情報屋で」
 情報屋、と声に出した時綾はエージェント達の反応を窺った。
「情報屋ですか……」
 綾から少し離れた席に座る伏野 杏(aa1659)が顎に手を置いて頷いた。
「兄はリンカーで……その、えっと」
 情報屋という兄の正体は言えたが、その先にあるもう一つの正体を言えずに彼女は立ち止まってしまった。
「ドミネーターに、雇われていまた」
 腕に張り付いた絆創膏を勢いよく剥がすように、彼女は早口で言ったせいで言葉を噛んでしまった。兄の印象を下げたくない、でも他に言い方が見つからない。
 伏野は彼女に尋ねた。
「どうしてドミネーターから依頼されることになったのですか?」
「兄の手腕が、認められたのだと思います。兄は上手いんです。潜入、変装、ハッキング。私なんかいなくても、一人でやっていける人です」
 この時、綾はしきりに周囲を見回した。
「兄は今、狙われているんです。ドミネーターから。だから、兄を助けてほしいんです!」
 威勢よく言った。
「狙われている?」
「はい」
「お兄さんの居場所は?」
「それが、この前から行方不明で……。飛行機の事件が、近くでありました」
 飛行機の事件、思い当たる節は一つしかない。Rudy・S・B,phon(aa2336hero002)はこう言った。
「飛行機テロですか……お爺上様から聞いております。情報屋なる男がいたと小耳に挟んだらしいですね」
 綾はルディの立ち居振る舞いを珍しく眺めていた。羽が生えている人間は、童話やテレビで初めてみるらしく興味があるようだった。ルディは微笑んだ。
「初めまして、私はRudy・Sakimori・Bellerophonと申します。ルディとお呼びくださいませ。以後お見知りおきを」
 にしても、行方不明か。
「行方不明に心当たりはありますか?」と伏野が再び尋ねた。
「いえ……」
 話を聞いていくと、疑問は次々と浮かんでくる。木霊・C・リュカ(aa0068)は背もたれに寄りかかって疑問を口にした。
「お兄さんがリンカーなら、英雄はどんな子なのかな?」
「大人の女性のような方でした。兄の年齢は二十一なのですが、断然年上なんです。兄は隠密、英雄さんは攻撃……。バランスが取れてるなあと考えた時があります」
「もう一つ――ドミネーター以外の仕事では、どんな事をしていたかな?」
「あ、花屋さんだけです。それ以前、兄は色々な組織、マフィアだとかに情報を売っていたのですが、ドミネーターに入ってからは一度も」
 情報屋だと答えるよりも、彼女は簡単に答えた。
「兄は、ドミネーターに敵意を持っていたんです。三ヶ月前でした。多分、それが狙われるようになった原因なんじゃないかなって……」
「どうして敵意を持ったのかな」
「分かりません、すみません」
 とうとう分からない事が出てきたようで、彼女は謝った。
 平日なのだから、今日彼女は学校だろう。学校を休んでまで、リンカーに伝えたかったのだろう、兄を助けてほしいと。
「お兄さんの居場所に心当たりはあるかな」
 天宮の問いかけに、綾は悩んだ。悩んで、悩んで結局何も思い浮かばなかったのだろう、彼女は申し訳なさそうに「すみません」と言った。ただ、その後にすぐ言葉を付け足した。
「兄の友達に、探偵がいるんです。その探偵なら、もしかしたら知っているかもしれないんです」
「探偵か、ありがとう」
 おおよその話が終わったところで、愛想の良いウェイターがパフェを持ってきて綾の前に置いた。
「え?」
「今日頑張ってくれたご褒美だよ。僕からの」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は別のテーブルで運ばれてきたパフェを既に食していたので、綾に近づいてこう言った。
「そのパフェ、本当に美味しいものでしたわ。とっても……。もう一度食べたいくらい」
「でもでも、これって高い奴なんじゃ」
 最初は遠慮していたが綾はスプーンを手にして小振りにだが食べ始めた。ヘンリカ・アネリーゼ(aa4355hero001)は綾に小声でこう言った。
「ありがとうございます、斎藤様。これも、ご主人様のご趣味なので」
「そうなんですか?」
 何か言ったのかなと天宮はヘンリカに苦笑の顔を向けたが「なんでもありません、変態様」と返されて終わった。

 喫茶店の外から綾の様子を窺っていた橘 由香里(aa1855)は、疑心暗鬼に陥っていた。
「あの娘、本当に情報屋の妹なの? 私達を使って標的を見つけ出そうって考えなんじゃ……」
「お主も段々と思考が歪んできたのう」
 飯綱比売命(aa1855hero001)は店前に置かれたレプリカのデザートを凝視していた。
「例えそうだとしても、こちらが先に見つけて保護下に置けば問題なかろう」
「あいつら、やり方が汚いのよ。疑いたくもなるわ。……ま、飯綱の言う通りね。私達は情報屋の確保に努めましょう」
 橘は喫茶店から出てきたルディに綾の話を聞いていた。そしてもう一つ、ルディは綾と一緒に兄を探す予定だったが、危険なため坂山の所へ届けるという話も聞けた。


「ところでアームチェア・ディテクティブはこういう時、どういう推理を見せると思う? 僕はそういう類じゃなくてね。兄を探す妹君と来たものだ。一般的な探偵なら一番最初は妹を怪しむのだろうが――」
「あまり長話をすると苦労する奴がおるでな。そこまでにしておくのじゃ」
 カグヤ・アトラクア(aa0535)は探偵のヴィネスの前で呆れ顔をしていた。
 銀髪で、ボサボサ頭の探偵は私立探偵であった。胡散臭いが、どうやら地元では腕がなる探偵らしい。
 事務所には後から赤城 龍哉(aa0090)達エージェントが続々と登場したもので、あまり広くない部屋は人口密度がすぐに高くなった。大勢が来ることは予めヴィネスはエージェントから電話を受けていたため、驚かず彼らを招いた。
「ついに僕の時代が来たのかな」
「あんた酒はイケる口か?」
 そういったのは赤城だ。赤城は手に酒瓶を持っていた。
「おお! 良い、実に良い。日本の酒は母国と違って非常に僕好みなんだ」
 赤城は酒を注いで、彼に呑ました。酔っ払わせる訳ではない。かといって怪しい薬を潜めている訳でもなく、会話を円滑に進めようとしていたのだ。
「斎藤の兄の居場所を知っているだろう」
「そこのカグヤという綺麗な女性からも同じ質問をされたよ」
「なら話は早ぇ。知ってるのか?」
「僕がこれから話す事は憶測でしかない。それでも聞いてはくれるのかい?」
「可能性があるならな」
「なら話そう。斎藤兄は情報屋だ、だから素性を知られるのは致命的だと言っていい。私が信頼に値する男だと知らなかったら、私にも話さなかっただろうね。それで、二人でよく隠れ家として使っていた場所がある」
 ヴィネスは酒を口にした後に続けた。
「東京からは離れるんだがね、横浜の方にある別荘だ。南東付近の海辺はあまり綺麗じゃないが、人目から憚るにはうってつけの場所でね」
「情報提供は感謝するのじゃが、そんな赤裸々に話してもよいのか?」
「友達なんだ、僕ら」
 探偵は全く変わらぬ口調で言ってみせた。
「確かに斎藤兄についてここまで喋ったら僕は怒られるだろうね、信頼を失うかもしれないよ。でも友達なんだ。命が狙われているんだろう? それもそこの綺麗な女性から聞いた」
「カグヤで良い」
「そうかい? まあいいや、それで命が狙われているのにどうして隠す必要がある。隠れ家ならいつでも作る事ができる」
 探偵は再び酒を呑んだ。
「そういえば、アイツは誰かを探してるって言ってたね」
「人探し?」
 事務所の奥でひっそりと話を聞いていた木霊・C・リュカ(aa0068)が声を出した。
「僕に依頼してきた。こんな人を探しているってね」
「それは、行方不明になる前後の日かな」
「そう。そう! そういえばそう! ああ、この灰色の脳細胞がそんな大事な記憶を除け者にしていたなんてね」
「誰を探していたのか、検討はつくかな」
「いいや、僕は知らない。僕らの暗黙の了解でね、お互いの依頼に深く首は突っ込まないというのがあるんだ。でも、探している人が女性だというのは分かった。写真ももらってね、外国人系の顔で、整った顔立ちの人だったかな」
「まーた厄介な謎を増やしてくれたのう」
 斎藤綾は兄を探して、兄は誰かを探しているときたものだ。
「三ヶ月から組織に敵意、人を探している……」
 リュカは一言で重要と思われる情報を纏めた。ヴィネスは、リュカまるで刑事部長のようだと感想を持った。
「あ、カグヤさんこれ。妹の綾って子から貰った写真だ。兄のな」
 赤城は手渡して、カグヤに写真を受け取らせた。カグヤは喫茶店の席には座っていなかったので、彼女だけ兄の顔を知らなかったのだ。


 タイル張りの床が足音をよく響かせて、観葉植物がそれを聞く。廊下を歩いていくと薄っすらと見えて来るのが、分厚い扉だ。電子ロックでも、カードキー認証でもないその部屋の開け方は古風な鍵を鍵穴に差し込むという物だった。
 黒光りする高品質なソファーの上に、フランメスが座っていた。
 フランメス、ドミネーターのボスは男に背中を向けていたが、立ち上がって振り向いた。
「奴は見つかったかな」
 以前、エージェントにやられた傷はまだ治ってはいないようだった。
「いえ、まだです」
「そうか。まあ、焦らなくていい。奴一人じゃ何もできないのは明確だ。世界中に散りばめられているファミリーは我々の事をよく知っている。全員が同盟を組んで私らに歯向かおうとしたところで、無謀だと気づくだろう」
「それが……」
 歯切れの悪さにフランメスは良い顔を作らなかった。
「エージェントが情報屋を探していると」
 ガラステーブルに置かれていたチェスのビショップを取って、フランメスは揺らしていた。そしてすぐに元に戻すと、懐から銃を取り出して敵陣にある黒い駒達に、無差別に発泡した。
「すぐに探そうか。これを逃したら痛手になる。あの情報屋は、エージェントに寝返ったというのかな。私は、あまりそうは思えない。自ら助けを望んだと?」
「いえ、どうしてエージェントが彼の存在に気づいたのか――それは、妹の存在だと思われます」
 砕けた駒の残骸を一箇所のまとめながら、フランメスは溜息混じりに言った。
「時間が惜しい。これは君の失態なのだから、自分で情報屋は始末するんだよ」
「はい、分かりました」
「それと無闇にエージェントには手を出すなよ。あいつらは僕が殺すのだから」
 フランメスは顔色を変えた。顔色だけではない。自分を私、ではなく僕と称した。


 綾をH.O.P.E本部へと案内していたのはルディだ。その間もドミネーターから強襲がないか、常に構えていた。
「どうして兄は行方不明に……」
「……もし仮に兄があなたを庇ってドミネーターに敵意を向けるのだとしたらおかしな話ですね」
「私を庇って、ですか?」
「真実とは言えません。何か別の理由があったのだとも思われますが……」
 今一番危険なのはあなた自身だと、ルディは言った。
「兄があなたの事を本当に思ってるならドミネーターはあなたを拘束しに来るでしょう。兄の足枷となるために」
「で、でも私にはエージェントさんがついています」
「あまりドミネーターを甘くみるな、とお爺上様から伺っています」
 綾はドミネーターと直接接点を持ってはいないから、恐ろしさを体感していなかった。

 探偵からの情報を通信機で聞いた橘は横浜へとすぐに向かった。横浜は平日の昼間でも混み合っていて、おそらく休憩時間と重なっているのかスーツ姿のサラリーマンが町を歩いている。探偵から教えられた別荘は駅から離れていた。
 人目を憚るためと探偵は言っていたが、ならばこの場所に隠れ家を持ってきたのは失敗だろうと言わざるを得なかった。潮風香る場所に別荘は設置されていたのだが、その付近には商店街があって賑わっていたのだ。
「隠れ家を選ぶセンスはなかったのね。こんな所で情報のやり取りができるのは肝が太い人だけね。それに、全然隠れてないのも笑えるわね」
 探偵が指定した別荘の外見に類似した建物は他にいなかった。二人がやり取りしている別荘はすぐに見つかったのだ。一戸建て住宅だ。隠れ家で別荘なら森林に囲まれているクラシックハウスが基本的だろうに。
「中におるのかのう?」
「どうでしょうね。それよりも前にやらなくちゃいけないのは、人民の避難ね。ドミネーターに雇われている情報屋の行方不明という話だから、奴らがここに来る可能性も考えられるのよ。それで、奴らは平気で人を殺す」
「なら他の仲間が来る前に片付けておくのがベストじゃろう」
 橘は坂山に頼んで、周辺の人民達に避難するよう呼びかけを進めた。問題は数多くあったが、現地にいる橘の援護もあって人民の避難は、一時間以内には終えられた。


 伏野は初めて、ドミネーターが引き起こした事件の残骸を目にしていた。彼女はメンバーのいる場所とは離れて、飛行機テロが起こされた現場にいた。まだ血の跡が残っていて、工事の人らが頑張って破壊された建造物の復元に手足を動かしている。
 以前より町は回復したが、それでも痛々しい。瓦礫の下に埋もれていた遺体が、後日となって出てくるのだ。
 飛行機は無残にも、まだ道の中央を塞いでいた。まだ回収されていなかったのだ。中にある遺体の撤去作業に、何人かの隊員が取り組んでいる。
「ドミネーター……、私、不安になってきました……」
 愚神や従魔といった脅威は常日頃から存在している。伏野は綾の必死の頼みで依頼を引き受ける覚悟を決めたが、現場を見ている内に嫌な想像が頭に広がるのだ。もし瓦礫の下に埋まってしまうのが自分だったら? ドミネーターは平気で人を殺す
 人の役に立ちたい。でも、伏野の目の前にその言葉を隠す壁が現れてしまった。
「大丈夫だ、杏。皆や私がついている。勇気を持つんだ」
 羽土(aa1659hero001)はそう言って、彼女の背中を優しく押した。まだ、伏野の目の前に出てきた壁は破壊されていない。だが、後ろを振り向いたら確かに、沢山のエージェントがいた。彼らと一緒になれば、この依頼も超えられる。壁を壊せるかもしれない。
 そうすれば、ドミネーターなんて目じゃない。
 恐怖心はまだ残る。伏野は羽士に「うん」とだけ言うと、歩いて情報の収集を急いだ。工事の人たちだって頑張っているのだ。
 
 坂山の通信機を借りて、綾はリュカからの質問に答えていた。凛道(aa0068hero002)はそれを側で聞いていた。二人は先程まで電車に乗っていて、目的地についてようやく電話ができるようになったところだった。今は駅のホームにいる。
 親子連れの人々が何人かいて、凛道は親子の仲睦まじい姿を幸福な面持ちで眺めている。五分くらいそれが続いてリュカが通信を終えた。
「ここ三ヶ月で起きた事件の内の一つに、ドミネーターが一つの町を丸ごと襲う事件があってね。その頃、まだリンドウは居なかったから知らなくても当然な事件なんだけれど」
「それが何か、情報屋と関係があるのですか」
「綾ちゃんに必死に思い出してもらったんだけどね、その事件が起きて兄はドミネーターから距離を置くようになった。仕事はしていたみたいだけれど、以前との違和感が見え始めていたっていうんだ。気にならない程度の違和感」
「でしたらその事件が切っ掛けとなって敵意を持ち始めたと考えるのが穏当な所でしょうか」
「そうだろうね……。何があったのかは、綾ちゃんは聞かなかったって。こればかりはお兄さんが、情報屋に聞いてみるしかないかな」
 通勤特急の列車到着アナウンスが駅に鳴った。特別、アナウンスで区切ろうと決めていたのではないが、二人はアナウンスを聞くと改札口まで歩いた。

 紫 征四郎(aa0076)とユエリャンは手分けして情報屋を探していた。
 電車に乗ってバスに乗ってと、何時間費やしても情報屋どころか手がかりを見つけられない。二人は場所を決めて落ち合った。その町では名が高いデパートの一階、レストランの中だ。
 二人は揃うとレストランには入らずに、ファーストフード店に向かった。
「手がかりは一向に見つからない。あの自称探偵君のいう隠れ家が一番の最有力候補だな」
「そのようですね……」
 征四郎はライヴスネットの掲示板にドミネーターに関連するデマを流す試みも行った。何人かの反応はあり、多少波の揺らぎはあったがドミネーターが動く事はなかった。征四郎は、小さくても打撃になっただろうと思っていただけに少しなりとも落ち込んでいた。
「なんだ、征四郎にしちゃ随分と声が小さいぞ」
「斎藤は本気でお兄さんを思ってて、助けてあげたいなと思っているのです」
 作戦が失敗するのはよくある話だ。征四郎は失敗に落ち込んでいるのではない。失敗して、兄を失う可能性を一パーセントでも増やしてしまった事に目を伏せているのだった。
「つれない顔をするのはあまりよくないぞ。笑えばそれだけ福がやってくるのと同じだ。不幸が来るぞ! 落ち込むのは情報屋が死んでからだ。それまでは笑うといい!」
 ユエリャンの最大限の励ましだろう、それを受け取った紫は、自分の通信機が鳴っていたので通話を繋いだ。向こうからは天宮の声が聞こえた。
「紫さん。探偵の言った話はビンゴらしいよ。隠れ家には男がいた。ルディさんが今、防人さんから貰った情報を照らし合わせているけれど間違いなく情報屋らしい。急いできてくれると助かるよ」
「本当ですか! 分かりました、急ぎます!」
 紫の嬉しそうな様子から、見つかったのだなとすぐに察したユエリャンは笑顔を見せた。だから言っただろう? そう言わんばかりに。


 結局、一番最後に隠れ家に到着したのは伏野だった。彼女が一番横浜から遠ざかっていたのだ。
「単刀直入に言おう。勧誘じゃ。リベレーターにつけ、ドミネーターからそなたを守ろう」
 情報屋は、自分を訪ねているのがエージェントである事と目的を聞かされていた。自分を助けるためだ。それなのに彼は、短剣を両手にしていた。カグヤはそれを構うことなく、そう言ったのだった。
「リベレーター?」
「知らんのじゃな、情報屋なのに知らんとはちょいと時代遅れじゃのう。まぁ、最近出来たばかりじゃから仕方ないかの?」
「俺はエージェントに付く気はない」
「ドミネーターを追う我輩達と、君は利害が一致する可能性が高い。生き残る為に、そして大事なものを守る為に、手を組むことは出来ないであろうか」
 ユエリャンもカグヤに乗っかって説得したが、彼は首を縦に振らないままだった。
「ドミネーターからも狙われておるのじゃろう」
「妹は色々を喋ってくれたみたいだな」
「それくらい、あなたを心配していたという事でしょう」
 凛道が諭す声で言った。
「君、人を探しているんだったね」
 情報屋の気を揺さぶるために、羽士は人探しのカードを切り出した。
「それは誰なのか教えてもらってもいいかな。もしかしたら、私らが力になれるかもしれない」
「どうせ居ない。この世にはもう」
 短剣を構えている時の彼の目は決してエージェント達から逸らさなかったが、どうせ居ない――そう言った時だけは別の場所を見ていた。すぐに眼球は元の位置に戻されたが。
「もう一度言う。リベレーターにつけ」
 彼は黙り込んだ――だが一瞬の時、男は短剣をカグヤに投げた。カグヤは盾を前に置いて防いで、同時に右腕を後ろに差し出した。右後ろで天宮が男にスナイパーライフルを構えて、カグヤは発射を阻止したのだ。
 床に落ちた銃弾はエージェントの足元に転がり、すると中から煙幕を噴射し始めた。室内に立ち込める煙の後に聞こえてきたガラスの割れる音。しまった、情報屋を逃したか。
 外で見張っていたルディが急いで情報屋を捕まえに走ったが、途端にその必要はなくなった。一発の銃声が、情報屋の足を射抜いて転ばせたのだ。
「ご苦労でした」
「あなた達は……!」
 隠れ家を囲むように、八方から現れたのは部隊だ。橘はすぐに理解した。奴らが出て来るのは想像できていた。ドミネーターが。
「放っておいても外にしかならない連中か」
 赤城はセイクリッドフィストを手に嵌めて、隊員達と向き合った。
「情報屋を殺せ、生け捕りは諦めろ。殺せ!」
 隊長らしき人物が部下に命じて、剣を構えた男数人が蹲る情報屋に向かった。
 情報屋を守ったのはカグヤだ。敵を背中にして、自らが盾となって彼を攻撃から防ぐのだ。伏野はカグヤの名前を叫ぶと、木刀で一人の男の剣を防いだが、他の隊員達の剣撃をカグヤは背中に受けた。
「お前、何のために……!」
「言ったじゃろうに、守るとな」
 隊長の男はカグヤの頭部を狙う。呼吸による誤射を少しでも減らすために整えて、後は射出するだけだった……というのに、スコープが突然暗闇に包まれた。
「残念、それは手の平です」
 凛道はリーダーの持っていたライフル銃をグリムリーパーで一刀両断して、逃げようとした所に多くの剣を召喚、剣を暴走させて逃げ道を失わせた。
「どうしてこの居場所が分かったのですか」
「くそッ、離せ!」
 強い力を入れず、凛道は鎌で背中を切り裂いた。同時に足にも傷を入れて、逃げ道だけでなく逃げる手段をも奪い取った。
「もう一度訊きます。どうしてこの場所が? それと、斎藤さんのお兄さんとは面識があったのでしょうか」
「エージェントが動いているのは知っていた。隊員達に後を付けさせて、この場所が分かっただけだ。奴とは面識がない!」
 指示する人物がいなくなったことで、隊員達の戦い方はバラバラだった。天宮はスナイパーライフルで一人ずつ順番にダメージを与え、よろけさせた所をエージェントに任せる。
 そうしているうちに、全員は呆気なく捕えられるのだ。
「ドミネーターも落ちぶれ時かしらね」
 橘は地面に横たわる隊員を一瞥して言った。


 情報屋はH.O.P.Eに運ばれた。名前は「斎藤 千草(ちぐさ)」であり、妹が本物の妹であると証明された。橘はもしかしたら、斎藤綾は操られて嘘の情報を言いふらしているのではないかと疑ったのだが、可能性はゼロに等しくなった。
 今は坂山に取り調べられている。カグヤとクー・ナンナ(aa0535hero001)はその取り調べを聴いているが、退屈に感じてきたクーはノボルに話し掛けた。
「多分、純子はこれから大変な目に遭うと思うから頑張ってね」
「え?」
「こんなのの手綱を締めなくちゃいけなくなるからね」
 こんなの、の先にはカグヤがいる。
「そうなのかな? カグヤさん、立派な人だと思うけどな」
 この場所にはルディも同席していた。防人 正護(aa2336)の指示で、取り調べ内容を聴いてきてほしいと頼まれたのだった。
 取り調べの途中に、伏野と赤城が現れた。赤城は坂山からもらった三ヶ月前に起きた事件の被害者データを持っていた。伏野は被害者の多さに再び恐怖を抱いたものだ。
「あなたがドミネーターに背いた理由はこういう事ですの?」
 ヴァルトラウテが尋ねた。
「人を殺されたから」
 伏野が、代わりに答えた。千草は黙秘していたが、態度はあからさまだった。
 彼には親友とも呼べる人間があの町に住んでいた。
「時間がたったら、本当の事を話す。今は整理する時間を俺にくれ」
 それだけ言って千草は目を瞑った。坂山は「分かったわ」というと、彼を犯罪者の部屋へと連れていった。しばらくはここで過ごしてもらうことになる。リベレーターの一人として。
 妹との面会は、ここから出てきてからになるだろう。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • リベレーター
    伏野 杏aa1659
    人間|15才|女性|生命
  • リベレーター
    羽土aa1659hero001
    英雄|30才|男性|ブレ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • リベレーター
    Rudy・S・B,phonaa2336hero002
    英雄|18才|男性|ブレ
  • エージェント
    天宮 愁治aa4355
    獣人|25才|男性|命中
  • エージェント
    ヘンリカ・アネリーゼaa4355hero001
    英雄|29才|女性|カオ
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