本部

死の山にて黒き女帝は嗤う

弐号

形態
ショートEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
6日
完成日
2016/11/08 20:23

掲示板

オープニング

●死の山
 その山は死に包まれていた。
 青々とした木々に包まれ豊かな生命にあふれていたはずのその山は、今や白い灰と黒い枯れ木の生い茂るモノトーンの世界と化している。
 自然ではあり得ない。明らかにドロップゾーンの影響である。
 そして、山頂には明らかに不自然な建築物がそびえ立っていた。
 うねる蔦が絡まったような不気味な外見の黒い塔。
 その塔の中に一人、長身の女性が祈る様な姿勢で立っていた。
 オニキスのように黒く輝く肌に彫像のような整った顔を乗せ、微動だにしないその姿はまるで一つの彫刻のような荘厳さを感じさせる佇まいだった。
「……これくらいで十分か」
 ふとその女は目を開き、合わせていた手を離す。
「蓄えられた力としては上々。せっかく捕らえられた英雄を救出されてしまったのは癪であるが」
 手を何度か握って自身の力を確かめた後、視線を上にあげ塔の内部を見上げる。
 吹き抜けとなり頂点まで伸びる壁にはいくつもの白く丸い塊がくっついていた。
 それはまるで心臓のように脈動しており、まるで塔全体が一つの生き物かのように感じさせる。
「レラ、サラ、ミラ……お前たちの集めた力が実を付けつつある。お前達の妹だ……」
 無表情だった顔にどこか愁いが帯びる。
「お前達の無念は私が晴らす。この世界の者どものを蹂躙し、そして食らいつくしてくれる。このレミノーラとその娘達がな」
 ドクンドクン、と鼓動が脈打つ。
 山の全ての命を吸いつくし、この塔の中だけが生命力に満ち溢れていた。

●強襲作戦
「先日の救出作戦に参加したエージェントより、山頂付近に謎の黒い塔が見つかったという報告があります」
 プロジェクターに表示されたその山の地図に、ジェイソン・ブリッツ(az0023)が指示棒で山頂を差した。
「この塔の破壊を今回の第一目標とします」
 言うと同時にリリイ レイドール(az0048hero001)が端末を操作し、その地図の上に赤いサーモグラフィーのようなエフェクトをかける、それは山全体を薄く覆い、中でも濃い色となった部分が数本の線となり、とある一点に集中している。
「プリセンサーに可視化してもらったライヴスの動きです。このドロップゾーンの目的はライヴスの集積。山全体のライヴスを吸い取り、そして山頂に集めている」
 ジェイソンが赤い線をなぞり、最後に山頂部分を軽く叩く。
「ドロップゾーンが形成されたという事は当然中にはケントゥリオ級以上の愚神か従魔がいると思われます。恐らく塔の破壊の妨害をしてくるでしょう」
「その愚神に関しては私から説明しよう」
 ジェイソンの横に控えていた奥山 俊夫(az0048)が立ち上がり、ジェイソンと位置を交換する。
「この山に出現しているミーレス級従魔の中に蜘蛛がいる。そして、こちらは以前私が担当した事件でログハウスを占拠した従魔だ。姿形がほぼ一致している」
 表示されたのはこの山に発生している蜘蛛の従魔、そしてその隣には建物の中に転がる別件の蜘蛛の従魔の死体。
 確かにその姿はほとんど同じだった。
「本来異世界から召喚されているはずの従魔の姿形がここまで一致するというのは偶然では考えにくい。つまりこれは同一の愚神が召喚した従魔である可能性が高い。そして……」
 奥山は再びタブレットを操作し、今度は人型の愚神の写真を表示する。全部で3枚ある。
「これはその事件とほぼ同時期に比較的近くに現れたデクリオ級愚神達だ。この3体の愚神は姉妹を名乗っていて、そして蜘蛛を思わせる特徴をいくつか有していた」
 蜘蛛の糸による結界、高機動戦闘、行動阻害など各愚神の特徴が画面に羅列される。
「偶然では片付けにくい一致だ。最初はこの姉妹が最初の事件の発生源だと思っていたが、さらに別の個体がいたと考えるべきだろう。この3体のさらなる兄妹か、あるいは親が」
 そのタイミングでリリイが部屋の明かりを点け、エージェント達に以前の事件の資料を配っていく。
「つまり、この山にいるケントゥリオ級は蜘蛛型の愚神である可能性が高い。無論、これはまだ可能性の段階の話だ。確実な話ではない。だが……長年の勘から言うとまず『当たり』だと思っている」
 資料を配り終えたところで再びジェイソンが立ち上がり壇上に上がる。
「今回は場合によってはワープゲートを使用することも許可されています。使うかどうかは実際に現場に赴く皆さんの意見によりますが」
 ジェイソンがパチン、と持っていた指揮棒を引っ込める。
「それでは、今回の作戦における皆さんの意見を伺いたいと思います」

解説

●目的
優先目標:山頂の塔の破壊
副次目標:ケントゥリオ級愚神の撃破

●敵
・ケントゥリオ級愚神「レミノーラ」(※すべてPL情報)
 蜘蛛型の愚神。最初は人型で戦うが、本気を出すと下半身が巨大な蜘蛛となり、頭部分から女の上半身が生えているような形態へと変化する。
 非常にBSの付与手段が豊富で、「BS減退」「BS拘束」「BS劣化(回避)(累積)」など様々なBSを付与してくる。
 体の周りを常に不可視の糸の結界で囲っており、敵の接近妨害と飛び道具の威力減衰を行っている。

山に発生中の従魔(※すべてPC情報)
ミーレス級従魔 キラービー ×?
50cmほどある巨大な蜂の従魔。速度と攻撃力に優れるが、撃たれ弱い。攻撃時に低確率で[BS衝撃]を付与する。

ミーレス級従魔 デススパイダー ×?
1mほどの巨大な蜘蛛の従魔。攻撃力は低いが、糸を飛ばし当たると高確率で[BS劣化(回避)]を付与する。このBSは累積する。

ミーレス級従魔 スコーピオン ×?
80cmほどの蠍の従魔。固い外殻に覆われていて、物理耐性は高い。尾の針で刺した時は高確率で[BS減退]を付与する。

●ワープゲート
 支部から山頂目掛けて転移させることができる。
 ただし、精度は悪く最大1kmの転移誤差がある上に、ドロップゾーン内部に直接転移は出来ないため「山頂上空1キロ地点」を狙って打ち出される。
 使用した場合、各キャラごとに(1d100×10)m分、山頂部分から離れた上空に放り出される。
 落下に掛かる時間は1~2ラウンド。

●状況
※PC情報
現在ドロップゾーンは拡大を停止して安定している。内部は木々は全て枯れ、地面は白い灰が積もった状態。
虫型従魔が内部で発生しているが、以前の戦闘とその後の対処でその数はかなり減っている。
山頂部には黒い塔があり山全域のライヴスを吸い上げているが、内部の様子は明らかににはなっていない。

リプレイ

●作戦会議
「とりあえず、こんなところかな」
 もらった資料でトントンと机を叩き、海神 藍(aa2518)が端を揃えてからしまい込む。その隣には禮(aa2518hero001)がポカーンと口を開けて座っている。
「じょ、上空いっせんめーとる……」
「こ、この高さから落下するとか馬鹿じゃないですか!?」
 たった今終わった相談の内容が掛かれたホワイトボードを指差しながらテグミン・アクベンス(aa1379hero002)が相棒の唐沢 九繰(aa1379)に問いかける。その指の先には『推定千m』と書かれていた。
「それが結構あるんですよね、降下任務」
 しかし、相方の九繰に動じた様子はなく、「雪山に、砂漠に……」と冷静に今までの高所からの効果ミッションを指折り数える。
「今回は奇襲だからな。前みたいに山を登るわけにもいかないか」
「敵が集結するまでの時間との勝負……というわけですね」
 以前立ち入った山の内部の様子を思い浮かべながら月影 飛翔(aa0224)が呟く。その隣には彼の誓約英雄であるルビナス フローリア(aa0224hero001)が控えていた。
「結局上空1千メートルからの強襲が結論ね……イカレてるわ」
「共鳴してれば平気とはいえ、流石にな……」
 つい数分前に決まった結論に頭を抱えながら溜息を吐くマイヤ サーア(aa1445hero001)に迫間 央(aa1445)が苦笑いで返す。
「共鳴していても痛いのは痛いですからね」
「……まあ、耐えるさ」
 同じく苦笑いを浮かべるセラフィナ(aa0032hero001)と微かに眉根を顰める真壁 久朗(aa0032)。
「ま、うちはそういうのは全部緋十郎が持っていくから全然いいけど」
「うむ、レミアの痛みを我が身に引き受けられるとなれば俺にとってはこれほどの喜びはない……」
 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)の後ろで狒村 緋十郎(aa3678)がグッと拳を握り力説する。
「ははっ、緋十郎は相変わらずだな」
 その様子に快活な笑顔でガイ・フィールグッド(aa4056hero001)が笑い飛ばす。
「まあ、言っていること自体はまともだからいいんじゃないか」
 隣で飛岡 豪(aa4056)も友人のいつもと変わらない様子に飽きれつつも感心する。
「ついに念願の蜘蛛型愚神じゃー! いつ出会ってもいいように常にカメラと標本箱の準備はばっちしじゃぞ」
 心の底から嬉しそうに資料の写真や説明を読みふけるカグヤ・アトラクア(aa0535)。まだこの山に巣くうゾーンルーラーの姿は確認されていないが、この今まで現れた敵から見るに期待できそうだ。
「相変わらず趣味に生きてるよね。興味の対象には全力で挑むだろうから文句はないけどね」
 興奮気味のカグヤとは対照的にクー・ナンナ(aa0535hero001)が冷めた感じに呟く。
 と、そこで会議室の扉が開かれ、今回の担当官であるジェイソン・ブリッツが顔を出す。
「お待たせしました。準備の方、整いましたのでついてきてください」
「来たかー! よし、飛ぶぞー!」
「落ちる、でしょ?」
 張り切った様子で気合を込める荒木 拓海(aa1049)にメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が冷静にツッコミを入れる。
「えーと……空挺降下の時は“ジェロニモ”って言うんでしたっけ?」
「どこでそういう知識を入れてくるんだか……」
 天井を見上げて自身の記憶をたどる九字原 昂(aa0919)に相棒で師匠のベルフ(aa0919hero001)が呆れ顔を隠すように帽子を深くかぶる。
(さすが、というべきか……)
 そのエージェント達の様子を見てジェイソンは改めて彼らの強さを感じる。
 上空一千メートルに転移し、敵のドロップゾーンの中心に落下し、少なくともケントゥリオ級の敵と戦う。
 どこを切り取っても難易度が高く危険なミッションだ。しかしそれをこれから行おうとする彼等の顔にはどこか明るさがある。余裕がある。
 これがH.O.P.E.のエージェントの強さなのだとジェイソンは思った。
「皆さん……勝ちましょう」
 勝ってくださいとはあえて言わなかった。情報を集め環境を整える役目のジェイソン自身も作戦メンバーの一員だという自負があった。
「……もちろんだ!」
「ああ、勝とう、必ず」
 エージェント達の返事に力強く頷き、ジェイソンは彼らをワープゲートのある部屋へと案内するのだった。

●4人
 エージェント達の体が一瞬浮遊感に包まれ、そしてそれはすぐさま強烈な落下感へとすり替わる。
 目を開くとそこは遥かな空の上。吹き付ける、という表現も生易しいほどの風量が飛翔に衝突する。
「……! 来たか!」
『急な変化は身構えていても驚くものですね……!』
「まずは姿勢を……!」
 急な重力の変化にきりもみ状態に陥っていた体を何とか立て直し、一先ず安定した体勢へと持っていく。
 碌な訓練も無しにこれをやれるのはリンカーの身体能力合っての物であろう。
(まずは状況の確認を……)
 落ち着ける心の余裕を取り戻し、出来る限り辺りを見渡し置かれた状況の把握を開始する。
 まず視界に入ったのは一面の白。灰の積もった山の斜面だ。近くに塔らしき建物は確認できない。この高さから見て見つからないのだから結構遠くへ飛ばされたらしい。
 視線を横にずらすとすぐ近くに黒い人影が目に入る。
 はっきり顔が見えるわけではないが漆黒の服に金髪。レミアだ。
(少し離れてもう一人……遠くにさらに一人)
 遠くの方は分かりやすい、あの真っ赤な影は飛岡豪だ。近い方は迫間、だろうか。
 現状確認できるのはこの3人。
(わりと固まったな。これがいい方向に転がればいいが……)
 そう思考しながら飛翔は再び地面へ視線を向ける。
 そこに見つけるのは屯している数匹の虫型従魔。
「……さて、まずは挨拶代わりだ、受け取れ!」
 そう告げながら飛翔は、幻想蝶から取り出したフリーガーファウストをその群れにぶち込んだ。

●久朗と昂
「すごい迫力だ……!」
『しくじるなよ、痛いぞ』
「分かってる……!」
 ベルフの忠告に短く返し、昂が足を下に向け着地体勢を取る。
 足を下にすることで落下速度はさらに上がる。本能に訴えかけてくる着地の恐怖を抑え、身体の制御に専念する。
 まずは爪先。
 そして、脛、腿、背中と地面へ接地させていき、最後に肩を中心に体を捩り衝突エネルギーを外部へ逃がす。
 軍隊での効果作戦でも使われる高所からの着地法である。
『なかなかうまくできたじゃねぇか』
「まあ、失敗しても死にはしないけど、痛いのはやっぱり嫌だからね」
 体に張り付いた大量の灰を払いながら立ち上がる。この灰がある種クッションになっていたのも、衝撃を和らげるうえでは助かった。
「さて、現在位置が不明か……。ベルフ、塔は見えた?」
『いや、ぱっと見、見つからなかったな。結構遠いんじゃないか?』
「そうか……近くに誰かいないようならとりあえず上を目指しますか」
 塔の位置は山頂である。一番上を目指せば辿りつけるはずだ。仮にそうでなくても見晴らしのいい高所に立てば現在位置の把握も容易であるはずである。
「む、昂じゃないか」
「ん?」
 突如頭上から聞こえた声に上を向く。
「久朗さん?」
「どうやら運よく近場に落ちたらしいな」
「そうみたいですね。塔の場所はわかりますか?」
「ああ、ここからだと何とか見える」
 久朗は視線を遠くへと移して返事を返す。その視線の先に塔があるのだろう。
「では、道案内をお願いします。……そろそろ面倒な連中も集まって来たようですし」
「ああ、もちろんだ。押し通るぞ」
 久朗と昂の二人は近付きいてきていた虫の従魔に対し武器を構えるのだった。

●九繰
 リンカーは共鳴している限りライヴスの籠っていないものでダメージを受けることはない。それが例え高度千mからの落下であってもだ。
「いたたた……やっぱり痛いものは痛いですね」
 とはいえ、怪我をしないといっても痛くない、というわけでもない。いかにリンカーと言えども千mからの落下はかなりの衝撃である。
『当たり前です! あんな真っすぐ落ちるなんて! もう少し減速するとかできるでしょう!?』
 体勢によって落下速度というのはかなり違う。両手両足を広げ大の字になれば空気抵抗で相当減速する。
 しかし、九繰はあえてそれをせず、終始手足を折りたたみ最高速で落下していた。無論、その分衝撃と痛みは増幅される。
「今は少しでも時間が惜しいですから。それに敵に見つかるリスクも減ります」
 若干しびれた足を揉み解しながら九繰がいつもの明るい笑みを浮かべる。
『まあ、確かに周りに敵はいないようですけど……無茶しすぎです』
 その態度にテグミンの怒気も晴れ、呆れ声に変化する。
「とりあえず、敵の団体さんに見つかる前に移動してしまいましょう!」
 足の痺れも取れたことを確認し、すぐに立ち上がると九繰は山頂を目指し走り始めた。

●カグヤ
「ふむ、どうやら近くにはわらわしかおらぬようだの」
 余裕たっぷりに辺りを見渡しながらカグヤが呟く。
「一応、ちらと塔は確認できたが、どうやら相当遠くへ飛ばされてしまったようじゃの。H.O.P.E.の技術ももう少し便利にならんものかのう」
 落下中に見た光景を脳内に思い浮かべながら状況を確認する。
「――ギギ」
 と、そこへ数匹の虫従魔がカグヤの存在に気付き、迎撃せんと接近してくる。
「おお、蜘蛛の従魔もおるの!」
『目的の順序は間違いないでねー』
 敵の姿に蜘蛛好きの血が騒ぎかけるが、そこへクーの冷めたツッコミが浴びせされる。
「分かっておる。それに今回はメインディッシュがある事も分かっておるしの」
 言ってカグヤがその和装とはギャップのある長大な砲身を持つカノン砲「メルカバ」を構え、近付いてきた従魔達を次々と撃ち抜いていく。
「さあ、平均的になんでもできる技術者の力を見るが良い!」
 砲身の先から硝煙を燻らせながらカグヤは叫び駆け出した。

●藍
『ううう、恐かった……』
「大丈夫かい」
 高所からの落下に動揺する禮に声を掛けながら、藍が辺りを警戒する。
「しかし、聞いてはいたが……酷いな」
『山が……死んでます。これほどのライヴスをいったい何に……?』
 一面の白い灰と枯れ木に覆われた山の姿を見て思わずため息が漏れる。本来ならば緑あふれる山だったはずだ。それがいまやこの姿である。
「さて、どうやら孤立しているようだ。まずは合流だね」
『わたし達だけだと防御面が不安ですからね、急ぎましょう』
 懐からスマートフォンを取り出し、包囲を確認する。
「……ここは山頂から見て北東と言ったところかな」
 山頂の方を望みながら呟く。そして、おもむろに通信機のスイッチを入れ仲間たちに話しかける。
「こちら海神。とりあえず無事着地した。多分北東の方角。皆、無事かな?」
『迫間です。こちら飛岡さん、狒村さん、月影さんと一緒に4人で行動しています。人数も多いですしある程度敵の注目も集めてしまっていますので。数を減らしながら進んでます』
『唐沢九繰です! さっき、カグヤさんと合流しました!』
 藍の問いかけに次々と返事が返ってくる。
『真壁久朗だ。九字原昂と合流。塔にはそれなりに近い。多分、もうすぐ着くだろう』
『こちら拓海、ええと……』
 久朗の返事の後に最後の一人、拓海と通信がつながる。
『塔のすぐ近くに着地した。できれば早く来てほしい』
 いつもの拓海よりも幾分焦りの混じった声が通信機を通して耳に届いた。

●拓海
「厄介だな、近すぎる」
『運がいいんだか悪いんだか……』
 黒い塔から身を隠すように岩に背中を預けながら呟いた拓海の言葉に、メリッサがため息を返す。
 塔との距離は直線距離で五十メートルもない。ほぼ目と鼻の先と言っていい。
「目の前に塔があった時は驚いたけど……まだ気づかれてはいなさそうかな?」
『分かってて放置されてる可能性もあるけどね』
 落下してすぐに塔の存在に気付き、急ぎ近くの岩陰に隠れたが、今のところ塔の中から愚神が現れたりという事態には陥ってはいなかった。さすがにケントゥリオ級愚神と一対一で戦う羽目になるのは非常に困る。
「幸いこの辺りは敵の数が少ないようだけど……」
 先ほど通信で言われていた通り豪たちの方へ敵が集まっている影響だろうか。敵の中心部であるはずの塔付近は意外と従魔の数はそう多くはなかった。
『でも、皆無というわけではないわ。じきに見つかる』
 確かに少ないといえどゼロという訳ではない。それでも数匹の蜂は飛んでいるし、地面や木の上には蜘蛛や蠍の姿も確認できる。
「シャドウルーカーならこのまま隠れきれるんだろうけどね……」
『無い物ねだりよ』
「まあね」
 岩陰からこっそり顔を出し様子を伺う。このまま仲間が来るまでやり過ごせればいいのだが……。
「まあ、そう上手くはいかないか」
 視線の先には数匹の従魔がこちらに近付いてくるのが見える。拓海が落下した時の音を聞いていたらしい。
「できればこんな近くで大きな音を立てたくないんだけどな」
『逃げ回っても結果は同じよ。戦うしかない』
「……まあね。よし、行こう!」
 木陰から一気に飛び出し、数匹集まった従魔の群れに一気に飛び込む。
「はぁ!」
 まずは厄介そうなキラービーから切り伏せる。
「――ギギ」
 すぐさま反応したデススパイダーが糸を射出してくるが、これは横に跳び回避。そして、そのままそちら側にいたスコーピオンに大剣を突き立てる。
「よし、二つ」
 すぐさまスコーピオンから剣を抜き、油断せずに構え直す。
 残るは蜘蛛と蠍が一体ずつ。できればこれも迅速に片づけたい。
「お待たせしました」
 と、そこに横合いから声が掛かる。同時に飛来した苦無が蜘蛛の腹を貫く。
「――ギ」
「逃がさん」
 数の不利を悟って逃げ出そうとした蠍を樹上から飛び降りてきた久朗がそのまま槍で貫き地面へ縫い付ける。
 しばらくジタバタと暴れた後、動きを止める蠍。
「九字原さん、真壁さん!」
 頼もしい援軍の姿を見て拓海が声をあげる、
「この近くにいるのはこれくらいか」
 久朗が蠍に刺さった槍を引き抜き、辺りを見渡す。
 今の音でいくつかの従魔がこちらに気付いたような節はあるが、とりあえず直近で相手をしなければいけなさそうな敵はいない。
「一旦距離を置きましょう、少し近すぎる」
 昂の提案に二人も無言で頷く。
 今回の作戦の主目的は従魔の殲滅ではない。避けられる戦いは避けるべきだ。
 方針を確認し距離を置くべく走り出そうとしたその時――
「どこへ行くつもりかね、客人?」
 3人の耳に、ある種場違いな落ち着いた声が届く。
「……愚神か」
「いかにも」
 声のした方を見やると、黒い塔のある方からゆっくりと歩いてくる黒い人影。ゆったりとした余裕のある服に宝石のように黒い肌。それなりに距離があってもなお、威圧感を感じさせる重苦しい雰囲気をも取った女だった。
「我が名はレミノーラ。お前達の言い方ならばケントゥリオ級と言うのであったか? H.O.P.E.のエージェントとあればさぞ良質なライヴスを蓄えているのだろうな?」
 愚神が――レミノーラが薄く笑う。
「幼子の成長に良さそうだ。せっかくだからもらっておこうか」
 まるで店先に並ぶ野菜を品定めをするかのような気安い口調で女はそう言った。

●足止め
「……まずい、拓海達が愚神と接触した」
「そのようね」
 虫従魔達も徐々に減ってきた所で豪がレミアに背中合わせに接触し、声を掛ける。
「こんなところで雑魚と遊んでいる場合ではないわね」
「とはいえ、まだ結構な数がいる。こいつらをわざわざ連れて行くわけにもいかん」
「では、分担しましょう。私と飛岡さんで雑魚を引き受けて、月影さんとレミアさんには先に行ってもらう。どうです?」
 二人の元に央も接近し一つの提案をする。
「俺も異論はない。何時までもまごついてはいられないからな」
 続いて飛翔も同意する。
「決まりね。それじゃあ、善は急げ。せーので行くわよ」
「了解」
 レミアの言葉に応じて、他の三人も武器を構えて身構える。
「せーの、GO!」
「よし、行け! 吼えろ爆炎竜咆!」
「ジェミニストライク!」
 その号令と共に豪の構えるバズーカー砲と央の分身が従魔の群れへ向かう。
「よし、頼んだ!」
 その間に飛翔とレミアの二人は山頂へ向かい駆けだすのであった。

●その思いの真偽
「お前が一連の事件の親玉というわけか」
 ゆっくりと間合いを図りながら久朗が愚神に話しかけた。
 正直、たった3人で遭遇するのは想定外だ。今は少しでも時間を稼ぐ必要がある。
「一連の事件とやらがどれを指しているかは知らんが、……まあ想像通りだろうよ」
 間合いはおおよそ15メートル程度。中距離武器ならいつ飛んできてもおかしくない距離だ。一瞬たりとも油断はできない。
「ということは、あの三姉妹もあなたの……」
「……」
 昂の言葉にレミノーラの眉が一瞬憎々し気に吊り上がる。
「……そうだ。娘達が世話になったようだな」
 レミノーラの口調に不穏なものが混ざり始める。
『地雷の話題のようだな。今は触れない方がいいかもしれん』
『どうもそうみたいだね』
 ベルフの言葉に昂も同意する。
『だが、逆に言えばいざという時の揺さぶりには使えそうだが』
 それにも内心頷く。以前戦った蜘蛛姉妹も家族の繋がりかなり強く意識していた。であれば、恐らく親であろうこの愚神もその傾向がある可能性は高かった。
『待たせたの。見える範囲に捕らえたぞ』
『私もいますよ!』
 3人の耳に通信機からカグヤと九繰の声が届く。
 これで5対1。少なくとも互角に渡り合えるはずだ。
 3人は目配せをし、ほんの少しだけ頷く。それを確かめてから拓海が愚神に向け口を開いた。
「お前にも子を思う気持ちがあるというのか」
「……何を言い出す」
 まっすぐに愚神を見つめゆっくりと、しかし強い意志を込め告げる。
「だがお前が本当に子供を思う気持ちを持っているというのなら、他の者が子を失う気持ちも分かるはず……。だが、お前は俺達の命を奪おうとする」
 許せない。何故失う恐怖を知りながらも、それを他者に味わわせようとするのか。
「お前の子を思う気持ちは偽物だ! お前はおのれの繁栄の為、手下を作り利用しているだけだ!」
「……ふん。よく言った。真っ先に死にたいという貴様の願い、聞き入れてやろう!」
 レミノーラが右手を拓海に向ける。同時にその五本の指から紫色をした爪が射出される。
「――!」
「インタラプトシールド!」
 しかし、それは拓海の前に突如出現した巨大な四角い盾によって弾かれた。
 九繰の召喚したグランガチシールドである。
「そこだ!」
 攻撃の後の隙を狙って昂が苦無を投擲する。
「……ふん」
 真っすぐ愚神に向かって飛ぶ苦無であったが、その途中で急に減速し、やがて完全に停止し地面へ落下する。
「やっぱり結界が張ってあるか……!」
 以前の戦いを思い出し、昂が呟く。ただ、以前の愚神の結界は飛び道具を防ぐほどの強度はなかった。そこはやはり親ということか。
「気を付けてください! 不用意に接近すると不可視の糸に縫い止められます! まずは糸の処理を!」
「分かった!」
 武器を構えながら返事を返す久朗。
 死の山の決戦がここに開幕した。

●目標変更
「……! 二人とも、ちょうど良かった」
「海神か!」
 駆けている飛翔の横からかかった声に視線を移すとそこには並走する藍の姿があった。
「とりあえずこれで全員合流はしたか……」
 状況を改めて頭の中で確認する。
 現状、三つのグループに分かれている状態だ。まず愚神と戦闘状態に入った拓海達5人、雑魚の処理をしている飛岡達二人。そして、今ここにいる3人だ。
「提案だが、先に塔を叩かないか」
 走りながら藍が二人に提案をする。
「この山のライヴスをすべて集めているとなると尋常な量じゃない。何の目的かは分からないが、放置するのも危険だろう」
「……そうだな」
 確かに藍のいう事も一理ある。一応今回の作戦の第一目標は愚神ではなく塔の方だ。少なくとも今のうちに強度を確認しておいて損はない。
「わかった、俺も行こう。レミアはどうする」
「そうね、出来れば早く敵の顔を拝みたいけど、一先ず賛成よ、簡単に壊せそうなら壊してしまいましょう」
「よし、決まりだな。俺達は先に塔を目指す。すまんが、そっちは頼む!」
『了解……!』
 通信機に向かってそう叫び三人は目的地を愚神から塔へと変えて走り続けた。

●攻防
「どうしたこの程度か!」
「くっ、速い……!」
 拓海が黒剣を振るい愚神に斬りかかるが、弾き飛ばされるかのような勢いで愚神が真横にすっ飛んでいき、その剣は空を切る。
 見た目以上に動きが早い、
 その理由はやはり蜘蛛の糸だった。周囲の木々に糸を張り巡らせ、それを巧みに操る事で宙を飛ぶように高速移動しているのだ。
「以前の姉妹も厄介でしたけど、合わさるとなおさらですね……」
 九繰が顔を歪めながら呟く。
 この戦法は以前戦ったレミノーラの娘の一人が使っていた戦法だ。その娘は単純な攻撃力で殴ってくるだけだったが、今回のレミノーラには加えて毒と結界もある。非常に厄介と言わざるを得ない状況だった。
「一方向から攻めては駄目だ! 取り囲んでルートを潰すぞ!」
 敵の動きを観察していた久朗はそう叫ぶと、愚神の裏を取らんと駆ける。
「ふん、そう大きな声で言うとバレバレだぞ」
 レミノーラの毒の爪が久朗に向けて射出される。
「――っ!」
 咄嗟に槍を振るい、爪弾を弾き飛ばす。
「そう簡単に避けられると思うなよ」
「ぐっ!」
 しかし、すべてを防ぐには至らない。うち一本が久朗の防御を掻い潜り、その太ももに突き刺さる。
「っ……!」
『クロさん!』
「……っ、大丈夫だ。この程度ならすぐ治る」
 苦痛に顔を歪めながらセラフィナの声に答える。
 しかし、ダメージを受けた甲斐はあった。おかげで、
レミノーラを取り囲むことには成功している。
「今です、畳みかけます! ストームエッジ!」
 そのチャンスを逃さず九繰の生み出した無数の大斧がレミノーラに襲い掛かる。
「……ち」
 囲まれた状態では避けきれず斧はレミノーラの頭上に振り下ろされるが、しかしその軌道はわずかに逸れ、レミノーラの体には届かない。周りに張られた結界の影響だ。
(しかし、それは織り込み済みです!)
 元より防がれるのは考慮の内。あの厄介な結界を排除するのが真の目的だ。
「今だ!」
 そこへ拓海が大剣を振りかぶり駆け寄る。
「人間風情が舐めるなよ!」
 しかし、レミノーラは既にそれを迎撃する態勢を整えている。
「させない!」
 昂の放った苦無がレミノーラの鼻先をかすめるように飛来する。
「――!」
 反射で避けてしまい、体勢が崩れるレミノーラ。
「もらった!」
 その脇腹に拓海の振るった大剣が深く食い込んだ。

●巣
「これが例の塔か」
 ようやくたどり着いた塔を見上げ飛翔が呟く。
「感慨深く眺めてる暇はないわよ。まずは一発!」
 大剣を肩に担ぎ、レミアが一直線に塔へと向かう、そして、横薙ぎに渾身のフルスイング。
「はぁ!」
 カァンという甲高い音と主にレミアの持つ深紅の大剣が塔の壁面に深々と潜り込む。
「――つぅ~、一応攻撃は通るわね。すぐに壊せるほど脆くもなさそうだけど」
 思ったよりもダイレクトに手に帰ってきた反動に痺れを感じ取りながらレミアが告げる。
 まあ、一発や二発殴って簡単に壊れるようなものだとは最初から思っていない。想定の範囲内だ。
「こっちはどうだ!」
 飛翔が塔と外界をつなぐ唯一の穴である入口にフリーガーファウストを打ち込む。
 炸裂音。塔全体が大きく振動し、もうもうと煙が立こめる。
「一体中には何が……何のための塔なのだ?」
 今の飛翔の一撃で糸などの罠は一掃されたと判断し、藍が入口から中を覗き込む。
「これは……」
 藍の目に飛び込んできたのは、壁に張り付いた無数の白い塊。
『もしかして卵じゃないですか?』
「クモの子か? ……それはまずいな」
 中から大量の小さな蜘蛛の従魔が発生する情景を想像して藍の表情が曇る。
「卵だと?」
 藍に続いて飛翔も中を覗き込む。
 ドクンドクンと心臓のように脈打つ白い何か。
「壁のアレ、怪しいよな……」
「あれがこの山のライヴスを集めているものなんだろう」
「……やってみるか」
 飛翔がフリーガーファウストをその卵らしきものへ向けてトリガーを引いた。

●異変
 拓海の一撃はレミノーラの脇腹に深々と食い込む。
「……ちっ」
 しかし、敵も巨大なドロップゾーンを展開するほどの愚神。そう簡単に倒れるような相手ではなかった。
 すぐさま拓海に貫手を放ちその命を刈り取りに来る。
「ぐっ!」
 咄嗟に身を引いて躱そうとするも、僅かに爪の先が肌を切り裂く。
「邪魔だ、どいていろ」
「かはっ」
 そこへさらに追撃の蹴りが加えられ大きく後ろへ吹っ飛ぶ。
「大丈夫か、荒木!」
 それを受け止めながら、同時にクリアレイで爪に込められた毒を治療する久朗。
「ありがとう、真壁さん」
 片手を上げて短く礼をいい、立ち上がる。
 と、そこで響き渡る甲高い金属音と二度の爆音。
「――!」
 レミノーラが慌てて塔の方を振り返る。
「ちっ、そういう事か!」
 すぐに状況を悟ったレミノーラが包囲網に生じた綻びから抜け出し、塔へと跳躍する。
「逃がしません!」
 エージェント達はすぐさまその背を追って駆け出した。

●親子
「どうだ……?」
 飛翔と藍が塔の内部を見上げ、爆煙が収まるのを待つ。
 卵へは間違いなく着弾していた。あれで処理できていればいいのだが……。
 と、その煙が晴れ、全貌が明らかになるよりも早く、卵のあったはずの場所から何かが落下してくる。
「……何?」
 地面に落下したそれに視線を移す。
「ぅ……ぁ……」
 それは人の形をしていた。背中から生える二対の脚と腰に付いた蜘蛛の腹のようなものを除けば、だが。
「かぁ……さま……?」
「愚神!?」
 その口が言葉を紡ぐのを聞いて藍が叫ぶ。従魔が意味のある言葉を発する事は少ない。言葉が喋れるのならほとんどの場合愚神であると見ていいだろう。
(まさか、これが全部? 全て愚神なのか?)
 背筋がゾッとする。この塔の中にある卵はぱっと見で少なく見積もっても二〇個ほどはある。これが全て愚神になるとすれば、とんでもない戦力である。
「今なら獲れる!」
 事態に気付いた飛翔が大剣で未だ地面にへたり込んだままだった愚神に斬りかかる。
「あぁ……」
 特にこれと言った抵抗は見せず愚神が両断され沈黙する。
「よし、生まれたばかりなら脆い! 潰すぞ!」
「……ああ! いけ、ブルームフレア!」
 藍はすぐさまライヴスを込めた魔力の炎を壁の卵へ向かって放つ。
 こんなものを放置しておくわけにはいかない。確実に処理しなくては。
「……それじゃ、そっちは任せたわよ」
 塔の外にいたレミアがボソリと呟くように二人に告げる。
「レミア?」
「こっちは怖い怖い母親の相手をしなくちゃならないみたいだから」
 言ってニヤリと笑い、大剣を構える。
 その視線の先には凄まじい速度で跳躍して迫るレミノーラの姿があった。

●真の姿
「おのれ……」
 跳躍しながら空中で徐々にレミノーラの体が変質していく。
「おのれおのれ……!」
 下半身がメリメリと異質な音を立てながら肥大し風船のように膨らんでいき、その側面からは長く硬質的な黒い脚が伸びる。
「おのれおのれおのれおのれ!」
 それはまさに蜘蛛だ。本来頭のあるべきところに人型の上半身だけを残し、下半身は巨大な蜘蛛へ変質し、愚神レミノーラが真の姿をここに現した。
「貴様らの血で贖ってもらおうぞ、人間ども!」
 レミノーラはその八本の脚で地面に着地すると、凄まじい速度で自らの子が眠る塔へと走るのだった。

●蜘蛛の女王
「なかなか禍々しいデザインね、嫌いじゃないわ」
 迫るレミノーラに対して大剣を構えて不敵に笑うレミア。
(とはいえ、確か奴の周りには不可視の結界があるんだっけ? 厄介ね)
 冷静さを失っているあの愚神に手痛いしっぺ返しをくらわしてやりたいところだが、それには糸の結界が邪魔だ。それを先にどうにかしないといけない所だが……
「レミア!」
 さて、どうしようかと悩んでいる後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。
「援護するぞ! 吼えろ、爆炎竜砲!」
 レミアの肩越しに竜の口を模した砲口から発射された炎を纏ったライヴスがレミノーラに迫る。
「小賢しい!」
 構う事無く真っすぐ突撃してくるレミノーラ。豪の放った砲弾はレミノーラの体より大分前方で爆発し、炎をまき散らす。
「不可視の糸と言えども面で制圧すれば関係ないだろう!」
「ナイスタイミングよ、豪!」
 レミアが迎撃すべく前に出る。
 豪の砲弾が爆発した瞬間、あの愚神の周りに網の目状に炎が走るのが一瞬だが目視出来た。糸を伝搬し炎が伝わったのだ。
(つまり今は無防備!)
 一気に距離を詰め、その腹部に向かって大剣を振り下ろす。
「舐めるな!」
 しかし、それは交差した一対の脚によって防がれる。ガキンという金属音のような音を立てて、レミアの大剣とレミノーラの脚が激突する。
(硬い……ということは、この足がこいつのメイン武器……!)
 そこまで思考してから、半ば本能的な直感できな臭さを感じ取り、急いで後ろに跳躍し距離を離す。
 レミアの腹を脚の爪先が裂くが、後ろに跳んだおかげでそれほど深くはない。
「まだ逃がさんぞ!」
 レミアのバックステップの着点を狙い、レミノーラの指先から太めの糸が伸びる。
「――!」
 避けきれず糸に拘束されるレミア。
「馬鹿め!」
 レミノーラがレミアを引き寄せようと糸を手繰る。
「邪魔をさせてもらう」
 しかし、横から跳び込んできた央の刀がその糸を両断する。
「レミア、使え」
「どいつもこいつも美味しいタイミングね。出待ちしてたんじゃないの?」
 豪から手渡された賢者の欠片を素直に飲み干し、レミアがからかい口調でそんなことを言った。
「これでも必死に雑魚狩りしてたんですよ。評価してほしいですね」
「そうね、褒めてあげるわ、二人とも」
「ふ、お褒めに預かり恐悦至極、だな」
 視線をレミノーラから一切話さぬままに軽口を叩きあう。
「おぉ……何と美しい愚神じゃ……」
 と、一瞬互いににらみ合い状態になったタイミングで、背後から追いついてきたカグヤが突如恍惚とした声をあげた。
「美しく長い脚……大きくそれでいてバランスの良い腹……体毛が生えているタイプなのじゃな。しかしその体毛も整っていて美しい……」
 うっとりとした様子で語りだす――さらには幻想蝶から取り出したカメラで撮影まで始めている――カグヤにその場の空気が飲まれる。
「何だ貴様は」
「よくぞ聞いてくれた。わらわはカグヤ・アトラクア。レミノーラと言うたか。わらわと友人になってくれぬかの?」
 自らの敬意を表するためか、持っていたカメラを幻想蝶へしまい込んでから突然突拍子もない事を口にするカグヤ。
「ふざけるな。貴様ら人間なぞに向ける情はない」
「であるか。それは残念。では標本採取に切り替えるとしようかの」
「わたしが言うのもなんだけど、良い趣味してるわね、あんたも」
 どこまで本気なのか。いや、どこまでも本気なのだ、彼女は。カグヤという人物を知る者はそれを知っていた。
「貴様らの茶番に付き合ってなどいられん! そこをどけ!」
 レミノーラの方もカグヤからは興味を失ったらしく、再びレミアの方へ向き直り、再び突撃を開始する。
「いいわ、何度でも来なさい。それでもここは通さないわ」
 レミアの大剣がモノトーンの世界で紅く輝いた。
 
●塔を巡る攻防
「させません!」
 周りもむざむざとその攻撃を見過ごしたりはしない。昂が苦無を投擲し、敵の足止めを図る。
「フン」
 しかし、それは脚の一本が素早く動き弾き飛ばす。
「どけ!」
「くっ!」
 横から近づいていた久朗にも素早く脚を突き立て牽制する。
(八本の脚、思った以上に面倒だな……!)
 放射状に伸びる八本の長い脚はいわば全方位に対して武器を構えて待ち構えているようなものである。
 加えて奴は蜘蛛の愚神。視界の範囲も普通の人間のそれとは比べ物になるまい。相当広い範囲で見えていると考えた方がいいだろう。
 歩く要塞、というのが今感じた久朗の印象だった。
「小細工無用よ、来なさい!」
 レミノーラの突撃を剣を構えて待ち構えるレミア。
 その脚の届く射程内にレミアの体が入る。
 真正面からこの愚神を接近戦で相手取るのは非常に困難だ。左右の脚、上半身の毒爪、もしくはさっきのように引き寄せの糸。どれが来ても万全の態勢で対応しなければならない。
「死ね」
 冷酷に告げる声と共にレミアに二脚の脚が迫る。
「舐めんじゃないわよ!」
 片方を回避し、もう一方を大剣で受け止める。
 しかし、そこにさらなる追撃を加えようと上半身が腕を振りかぶる。
「危ない!」
 それを阻止せんと豪がフリーガーファウストを放つ。
「ちっ」
 それを片手で叩き落し、余波を受け流す。
「……っ!」
 生まれた一瞬の隙に再びバックステップで距離を取るレミア。
 先ほどと同じようにレミノーラが着地点を狙って手を振りかぶろうとしているのが目に入る。
(来るなら来てみなさい!)
 レミアは静かに覚悟を決める。先ほどは不意であったが故に食らってしまったが、来ると分かっていれば対処は出来る。
「馬鹿め!」
 しかし、振り下ろした腕から二本射出された糸はレミアとは違う方向へと発射された。
 レミアの後方。そこにあるのは黒い塔の入口だ。
「しまっ――!」
 中で卵を処理していた飛翔と藍の体に糸が張りつく。
 強力な力で引っ張られて二人の体が宙に投げ出された。
「……っ! な、に!?」
 意識外からの急な引き寄せに対応が間に合わない。
「お前達は絶対に許さん!」
 無防備な体に脚にそれぞれ一本の脚が突き刺さる。
「が、はっ……」
「飛翔! 藍!」
 すぐさま拓海が大剣で斬りかかる、
「くれてやる!」
「――!」
 迫る拓海に二人の体を投げつける。拓海は咄嗟に構えを解き、それを受け止めた。
「大丈夫か、二人とも!」
 即座に後ろに下がり、様子を見る。
「私は大丈夫です。即死は回避してます、それより飛翔さんを……」
 藍が賢者の欠片を口にしながら手を振る。即死を防ぐスキルによって何とか藍の体は無事なようだった。
「無理じゃ。少なくとも戦闘不能であろう」
 後方から回復の支援に回っていたカグヤも飛翔の課を覗くが、さすがの飛翔も気を失ってしまっているようだった。
「くそ、よくも……」
 飛翔をカグヤに預け改めてレミノーラに向きあう。
「それはお互い様だろうよ。我が子らの恨み、忘れたわけではないのだぞ」
 拓海の言葉にイラつきを隠そうともせずレミノーラが返してくる。
「……お前らにとってオレたちは純粋に獲物か。狩り、捕食する対象か」
「当たり前だ。何度も言わせるな、お前らに向ける情などない」
「だとしたら遠慮せず身を守らせてもらう。俺達が生きる為に!」
「ふん、言っていろ」
 拓海が武器を構えなおし、レミノーラも両手を払うように広げる。
「気を付けてください、恐らく今ので結界を張り直しました!」
 以前に同じような動きを見た覚えのある九繰が警戒を訴えかける。
「なら、まだ燃やすまでだ!」
 豪が再びドラゴンハウルを構える。
「そう何度も同じ手を喰らうか!」
 レミノーラが手の平を払う仕草をすると同時に、エージェント達の体に見えない『何か』が吹き付ける。
「……っ! これは、粘着糸……!」
 昂が自身の体に細い糸が張りついているのに気付き呟く。重なれば重なるほど粘着力を増し動きを阻害するタイプの糸だ。
 長引けば長引くほど状況を悪化させていく攻撃である。
「……塔の破壊の方に回ります! その間お願いします!」
 一瞬の逡巡の後、九繰がそう叫ぶ。
 飛翔が倒れた分、塔の破壊の方の人員が足りていない。確かに強敵だが、ここに全員が集まっていては目的が果たせないと九繰は判断した。
「させるか!」
 しかし、レミノーラの目的もまた塔の守護である。堂々と宣言して塔へ向かう九繰を妨害しようと、彼女の方へ体を向ける。
「行かせない!」
 昂の放った女郎蜘蛛がレミノーラに降りかかる。
 さらに拓海が武器を黒潮に持ち替え、敵の上半身に糸を絡ませその動きを妨害する。
「糸使いはお前だけじゃない!」
「小賢しい……!」
「わっと!」
 逆にレミノーラに引っ張られて体が泳ぐ拓海。流石に純粋な力比べでは愚神に対抗するのは難しい。せいぜい一瞬の隙を作るのがせいぜい。
 しかし、その一瞬は戦闘においては貴重な隙である。
 その一瞬の隙に塔の方へ移動を開始したのは九繰に加えてさらに二人。レミアと久朗だ。
「くっ」
「おっと、ここはわらわと遊ぼうではないか?」
 後方から一気に近付いてきたカグヤが零距離まで接近し、足元からメルカパを上半身に向けて撃ち込む。
「そおれ!」
 予想外からの砲撃もギリギリで手で受け止め防御する。
「邪魔をするな」
 お返しとばかりに脚を横薙ぎに払ってカグヤを殴り飛ばす。
「いたたた……まったくつれないのう。わらわはこんなにお主を愛しているというのに」
 何事も無かったかのようにカグヤが立ち上がりレミノーラと正対する。
 そしてその前に立ちふさがる豪と央。
「ここは通さん!」
「面倒な……!」
 突破するのに時間が掛かると判断したレミノーラが糸を繰り出し、塔へ向かうレミアへ撃ちだす。自分から近づくのが難しいのなら引き寄せようという判断だ。
「それは読んでおったぞ、レミノーラ。展開せよ、クリーンエリア」
 それと同時にカグヤが自信を中心として抵抗力を高める空間を展開する。
「――!?」
 レミアの背後に接着したはずの糸が、その粘着力を派生させることなく力なく地面に落ちる。
「攻撃の起点と言ってもその糸自体は拘束するためのものであろう? わらわのこの空間の中ではそういう悪戯は許されんのじゃ」
 ニヤリとカグヤが笑う。
「一気に決めるぞ!」
「はい!」
「もちろんよ!」
  久朗の呼びかけに答えて三人がそれぞれ武器を構える。
「藍!」
「ああ!」
 呼びかけに答え中にいた藍が急いで出てくる。
「すまない、全部は潰せなかった」
「仕方ない!」
「させるかぁ!」
 焦ったレミノーラが全ての防御行動をかなぐり捨て全力で真っすぐ塔の方へと突進をし始める。
「くっ!」
 それなりに耐久力のある愚神がダメージを考慮に入れず突進してくるとなると、それを押し留めるのはかなり難しい。豪と央がそれぞれ攻撃を加え押し留めようとするもまるで怯む様子はない。
「すまん、駄目だ! 止まりそうにない!」
「大丈夫だ、間に合う!」
「いっけぇ!」
 3人の攻撃が同時に塔の根元に打ち付けられ、塔がグラリと大きく傾く。
「やった!」
「おのれ!」
 ここまで傾けば倒壊は時間の問題。第一目的は達した。
 しかし、まだ戦い自体が終わったわけではない。背後から迫るレミノーラの脅威は決して去ったわけではない。
「死ねぇ!」
「――っ!」
 ターゲットが自分だと判断したレミアは素早く振り返り、そのままの勢いを利用し横薙ぎの一閃をレミノーラの脚の一本へと振りかざす。
「レミアさん!」
 強烈な勢いで突き出された足に貫かれ、吹き飛ばされるレミア。
 だが――
「痛み、分け……でしょう?」
 息も絶え絶えになりながらレミアが笑う。
 レミアを貫いた脚は、しかし同時にレミアの大剣によって切断され、レミノーラの体からは既に切り離されていた。
 そして、崩れ落ちる黒い塔。
 完全に横倒しになった塔は地面に激突した勢いで粉々に砕け散った。

●違う世界
「ああ、我が子が! 私の子供が!」
 レミノーラが散らばった瓦礫のその脚で掴み、放り投げていく。自身の脚の一本が失われた事すら既にどうでもいいことになっているようだった。
「どうする?」
「……今のうちに逃げよう。こっちの被害も大きい」
 豪の問いに一瞬考えて拓海が提案する。その答えに豪も頷いた。
「俺も賛成だ……。これ以上は危険だ」
 こちらの損耗もあるが、レミノーラの怒りがどのように作用するか正直分からない。野獣で最も恐ろしいのは手負いであるとき――そして自身の子供を守るとき、である。
「問題は逃げ切れるかだが……」
 レミアを担ぎあげ、ちらりとレミノーラの方を見ながら久朗が呟く。
 このまましばらく子供を探していてくれれば逃げ切れそうではあるが……。
「あぁ……」
 と、急にレミノーラの動きが止まる。
 一瞬、こちらの撤退に気付かれたかと思ったが違う。レミノーラは瓦礫の中に手を伸ばすとそこから一個の卵を取り出した。
(生き残りか……!)
 ほとんどは藍が潰し、残りも大半は倒壊時に瓦礫に潰されたようであったが、どうやら奇跡的に残ったものがあるらしい。
「……貴様ら」
 大事そうにその卵を抱えるとレミノーラはゆっくりとエージェント達の方へと向き直る。
「まだ……やるのか?」
 拓海が悲痛そうな表情で尋ねる。戦いたくない。それはこちらの損耗もあるが、しかしそれだけの理由ではなかった。
「いや、戦わん」
 しかし、その答えは意外なものであった。
「今戦えばお前たちはこの子を狙うだろう。私はそれを守り切れん」
「ふむ、それはそうじゃろうな」
 レミノーラの言葉にカグヤが同意する。
 レミノーラは強敵だ。彼女が弱点を抱えて戦ってくれるというのならばそれに幸運な事である。当然の戦略だ。
「必ず、必ずこの借りは返す……貴様らを地獄に送ってやる……」
 そう言い残し、レミノーラは大きく跳躍しその場を離れていく。
「何とか、なったな……」
 レミノーラがいなくなったのを見届けてから、央が大きくため息を吐く。
「一息つきたいところだがそうも言っていられないぞ。ミーレス級とは言え従魔達がまだ残っているからな。それに怪我人の事もある」
 レミアと飛翔の方を見て豪が心配そうに呟く。
「そうですね、行きましょう」
 昂の言葉にその場の皆が帰り道を歩き始める。
「空しい。ただ、空しい……」
『拓海……』
「……あれの子を殺したのは私達だ、この世界だ。恨まれて当然だよ」
 道中拓海の漏らした呟きに、藍が重い口調で答える。
 拓海は自分が呟いていたことにすら気付かなかったのか、一瞬驚いた顔を見せるがそのまま歩みを止める事無くぽつぽつと続けた。
「でも、この世界を、この世界の人達の命の事をあいつらは何とも思ってない」
「ああ、だから護る為には戦わなければならない。解ってはいたが、重いものだな……」
 胸の内に色々な物を宿らせて、死の山の攻防はここに終結した。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678

重体一覧

  • 『星』を追う者・
    月影 飛翔aa0224
  • 緋色の猿王・
    狒村 緋十郎aa3678

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • エージェント
    テグミン・アクベンスaa1379hero002
    英雄|21才|女性|カオ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 夜を取り戻す太陽黒点
    飛岡 豪aa4056
    人間|28才|男性|命中
  • 正義を語る背中
    ガイ・フィールグッドaa4056hero001
    英雄|20才|男性|ドレ
前に戻る
ページトップへ戻る