本部

【秋食】夕飯食べられないと思ってね

落合 陽子

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~6人
英雄
4人 / 0~6人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2016/10/31 16:57

掲示板

オープニング


 そろそろ樹木の葉が赤や黄に色づきだす。多くの土地で野山が秋色に染まるにはもうしばらくの月日が必要だ。だがそれよりも早く、秋を感じさせるものがいくつかある。夏の日射しをたっぷりと浴びた植物がたわわな実をつけていた。厳しい冬に備える野生動物達がそれらを食べて肥え太っていく。豊富な穀物と果実、そして脂がのったジビエ。それらを黙って見過ごせるほど人の食欲は軽いものではない。秋のある日に収穫したばかりの食材が調理されて食卓に並べられる。家族や友人知人で囲み、舌鼓を打って心を潤すひとときもあるに違いない。穀物や果実はときに酒となる。肉も長い冬に耐えるためのハムやソーセージ、燻製肉、塩漬け肉に加工されることもあるだろう。 人の営みに欠かせないのが自然の恵みだが、一年を通じて秋の季節は特別といえた。
「せっかくですし、一般の方に迷惑がかからない範囲であれば許しましょうか。但し、強力すぎるのはダメですからね」
 大英図書館の館長室。H.O.P.E.ロンドン支部長、キュリス・F・アルトリルゼインは目を通したばかりの書類に判を押す。それは支部が所有しているオーパーツの貸し出し要望書だった。
「ほ、本当によろしいのですか?」
「もちろんですよ」
 駄目元で要望をだしたH.O.P.E.女性職員はキュリスの前で大きく両目を見開いた。余程信じられなかったらしく、何もない絨毯の上で転げそうになりながら退室していく。
 期間限定なものの、こうしてリンカー主催の宴やピクニック等のプライベートな催しにオーパーツが持ち出せるようになった。

●今その話題必要?
「オーパーツが盗まれた!?」
 HOPE職員は思わず大声を出した。報告に来た部下は沈痛な顔でうなずいた。
「早速トラブルというわけです。北ヨークシャーの北海沿いの町で催し物をやっている最中に6枚やられました。幸い、10枚のものなので問題なく開催されましたが」
「北ヨークシャー……貸し出したのは確か」
「”デメテルの瞳”です」
「デメテルって豊穣の女神だっけ? 10個も目があるんだな」
「……例えとか表現とかって知ってる?」

●盗んだものくらい把握してくれ
「レター・インレットだな」
 もう確実に面倒ごとへと誘う気満々な台詞である。ナイト・アーマーを着て片手に短剣を持っていればなおさら。ここが町なら大騒ぎだが、2人がいるのは人気のないヨークシャー平原。当人たち以外騒ぐ者はいない。もっとも、騒ぎたい、というか喚きたいのはレターだけだが。
(よりによってなんだって休暇中に!)
 相手はどう考えてもリンク済みの能力者。どうやら行く先々で事件に巻き込まれるのはパートナーのジェンナ・ユキ・タカネのせいばかりではないらしい。
「あのねえ。話しかけながら短剣ちらつかせるってマナー的にどうかと思うのよ」
 レターはさりげなくポケットに手を入れて言う。携帯電話なら指先だけで操作できる。かける先はもちろんHOPE。
「この顔忘れたとは言わせないぞ」
「いや、誰」
「足を 踏まれた方は覚えているが、踏んだ方は覚えていないということか」
 今度は自分に酔いだした。最近、面倒なのに狙われるなと思った。
「わが名はビタス! 2年前、お前たちに牢獄へと送り込まれたビタス!! 思い出しただろう!?」
「あんたみたいな大袈裟な馬鹿者覚えがないんだけど。何で捕まったの」
「置き引き」
「……?? ああ! 思い出した。子供の鞄盗ろうとした。えーっとビスタさんだっけ? リンカーになったの? おめでとー。けど、共鳴する時、話し方の主導権英雄に握らせない方がいいんじゃない? バカっぽいわよ」
「バカとはなんだ!! 後、俺の名前はビタス!! 貴様を恨んでいく年月。ついにその時が来た! 与えられし力でお前を倒す!」
「いやあ、 子供のもん盗って足元にゴミ箱ころがされて転んで捕まったやつにそんな大仰に喋られても。ギャグにしか見えないんだけど」
「ギャグで済むかな? 早くパートナーを呼ばないと死ぬことになる」
「自信あるわね。何かスーパーアイテムでも持っているのかしら」
「オーパーツ。手に入れるのに苦労した」
 ビタスはにやりと笑った。懐に手を突っ込む。反射的にレターは一歩下がった。そして気付いた。

 電話切っちゃった。

●実は大袈裟なんです
「通信はここで切れました」
 HOPE職員はエージェントたちを見回した。
「1人のヴィランにこの人数では大袈裟と思うかもしれません。確かにビタス自身は強敵ではありません。しかし、どんなオーパーツをもっているかわからない以上、事態を重く見る必要があります。油断しないようお願いします」

 通信が切れてなかったらそのオーパーツがその食物が食べごろだと教えてくれる”デメテルの瞳”なのも、派遣するのは2人ぐらいで充分なのもわかったのだが……。間の悪いことは重なるのである。

解説

●依頼内容
・ヴィランの拘束
・オーパーツ(後述)の奪還
*その後はクロスさん(後述)の家に招待されます(こちらが本題)

●場所
 北イングランド、ヨークシャーの荒れ野。数キロ先に海町、別の道の数キロ先にに大きな市場を抱えた町がある。

●登場人物
 ビタス ヴィラン
・武器はバトルアックスとミセリコルデ。武器の扱いが劇的に下手で思わぬところに被害をもたらす。
 昔、置き引きでレター(後述)に捕まったチンピラ。出所後、リンカーとなり復讐するべくオーパーツ(後述)を盗み、レターへと近づく。現在はレターと対峙しているが、エージェント達が来るとレターを人質にする。英雄の影響で言葉遣いが大仰。

 レター・インレット(レティ)
・ロンドン警視庁の刑事でユキ(後述)と契約を結んだ英雄。ヨークシャーにて休暇中だが、ビタスに絡まれる。後に、ビタスの人質に(抵抗が面倒だった為)事件が終わった後、滞在している家にエージェントたちを招待する。

 ジェンナ・ユキ・タカネ(ジェニィ)
・休暇中のロンドン警視庁の刑事。リンカー。ヨークシャーの叔父の農場にレターと共に滞在。レターが事件に巻き込まれているとは知らず、田舎生活を満喫中。料理は上手い。

 クロスさん
・ユキの伯父さん。羊農場主。羊の毛で作った小物が結構な収入源になっている。無口で優しい。

 クロス夫人
・ユキの伯母さん。家事全般得意。おおらか。

●オーパーツ
 ”デメテルの瞳”×6
 片眼鏡。食物をのぞくと光り、そので食べ頃かがわかる。ビタスが用途もわからず盗んだ。奪還後、貸出の許可が下りる。

●事件解決後(こちらが本番)
 クロスさんの家へ昼食に招待されます。ただし、準備に時間がかかるので来るのは2時間後。その間は自由行動です。市場に行ってもいいし、クロスさんの家に行って手伝ってもOK。”デメテルの瞳”の貸出許可も出ます。使い方はお任せ。車はレターとユキが回してくれます。

リプレイ

 ●デメテルの瞳です
「あの……どんなオーパーツかは判らないのかな?」
「ザルな情報ね」
 荒木 拓海(aa1049)が言えばメリッサ インガルズ(aa1049hero001)も同意する。
「取り扱いに失敗して発動させる危険とか無いのかしら」
「だから1人にこの人数なんだろうけど……ゴミ箱で転んで捕まるって」
 皆月 若葉(aa0778)が苦笑した。
「……大した相手ではないようだが、オーパーツを持っているなら油断はできないか」
 ラドシアス(aa0778hero001)が冷静に言った。
「オーパーツはわからないけど、ビタスの家族構成はわかった。お兄さんが1人いる。真っ当な漁師だって」
 木霊・C・リュカ(aa0068)は通信を切った。
「兄が気の毒でならんな」
 ユエリャン・李(aa0076hero002)が呆れた声を出す。
「ビタス所持の可能性が高いのはオーパーツは『デメテルの瞳』、か」
 ラドシアスが報告する。ビタスの所持するオーパーツを絞るためHOPEに最近盗まれたオーパーツの確認を依頼したのだ。
「確か食物の食べ頃がわかるオーパーツですよね。昨日盗まれたとHOPEから連絡が来ました」
 HOPE側へのビタス引き取りの手続きを終えた凛道(aa0068hero002)の言葉に拓海が手を振る。
「別のじゃない? あんなに自信満々でそれはないって」
「ないかどうかすぐにわかります」
 紫 征四郎(aa0076)が冷静に言った。視線の先にはビタス。そしてレター・インレット(az0051hero001)

●この間、わずか10分
 場面は変わってビタスとレター・インレット。
「これで終わりだ」
 片眼鏡を懐から取り出すビタス。
「いや、それ……」
「恐怖で声も出ないか」
「盛り上がってるところあれだけど、デメテルの瞳でどうしようって言うの」
 やっぱりデメテルの瞳だった。安心していいのか拍子抜けしていいのか。
「デメ?」
「それ、食べ頃を教えてくれるだけよ」
「ええっ!?」
 知らなかったのか! レターだけでなくエージェントたちも呆れ返った。
「もう諦めなさいって。すぐエージェントも来るし」
「エージェント!?」
 ビタスが動揺する。それを見計らってリンクした拓海の矢がビタスの短剣を弾き飛ばす。ビタスは慌てて2本目のミセリコルデを出してレターを人質にとった。レターは抵抗しない。休暇中はぎりぎりまで働かないのが彼女の信条である。
「下がれ! この女を殺しゅぞ!」
 噛んだ。
「……大丈夫そうかな?」
「はい」
 皆より離れた場所に留まったリュカに凛道が応える。征四郎は潜伏を使い既に接近中。若葉も中距離まで距離を縮めているし、拓海は一気に接近できるよう構えている。
「あまり大人数で行くと怪我させそうではあります、ね」
「じゃあ、こっちは……もしもし。タカネさんですか?」
 ジェンナ・ユキ・タカネ(az0051)が電話に出る直前。ビタスの足元に若葉のテレポートショットが刺さる。それに合わせて征四郎と拓海が一気にビタスへと間合いをつめた。ビタスは短剣を振り回す。めちゃくちゃな動きで逆に危なかったが、征四郎の猫騙しで怯んだところを拓海がその手首を掴み、小手返しで落し固めた。征四郎はレターをビタスから引離す。
「インレット、ですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
 短剣は拓海が黒潮で回収。
「放せよ!」
 ビタスは暴れながら別の手にバトルアックスを握り振り回す。
「貴様の武器の使い方はなっておらんな。泣いておるぞ」
 ユエリャンが言うと同時に女郎蜘蛛をバトルアックスへと放つ。狙い違わずビタスへと絡まり動きを阻害。
「もう充分暴れただろ」
 若葉が再び小手返しでバトルアックスを落した。
「終わりましたね」
 その様子をHOPE側への引き取りの連絡をしながら見ていた凛道が言った。
「お説教タイムだ」
 リュカがにっこり笑った。

●仕事はその辺で
「もうこんな真似しちゃダメですよ!」
 若葉に手当てしてもらいながら征四郎にお説教されるビタス。 
「1つ1つが小さくても、罪に罪を重ねたら悲しむ人も出てくるのですから」
「君のお兄さんとかね。出所したら一緒に漁をやろうって言われてたんだろう?」
 入手した情報を元にリュカも説教に加わる。
「そもそもなんでこんなことをしたんですか?」
 凛道の言葉にレターが説明した。
「え……? それって逆恨みじゃないの……?」
 メリッサが声をあげた。何しろこの依頼で行くはずだった映画がお預けだったのである。メリッサは段々腹が立ってきた。
「犯罪を犯し生きるより、全うに生きるほうが遥かに難しいのよ! 堂々と生きる者を恨むなんて……!」
「リサ、リサ、落ち着こう」
 メリッサを拓海がなだめる。
「第一、復讐は現行法では違法です」
 凛道がきっぱり言うとリュカが再び口を開く。
「女の子相手にかっこわるい真似はいけないなぁ! レターちゃんが無事だったからよかったものの、怪我でもしたらまた罪が重くなるんだよ。君、一攫千金でお兄さんを見返したいって言ってたらしいけどお兄さん悲しむだけで感心も喜びもしないよ。ぶっちゃけ自分でも犯罪を上手く犯す程器用じゃないことをわかってるんじゃない?」
 優しい言葉をかけつつ言葉で刺してくるリュカ。
 ―そして
「もうしません。ごめんなさい。漁師になります」
「え、どういう状況?」
 リュカから連絡をもらって来たユキ。滝涙を流してレターに謝るビタスを見て目を丸くした。

「では私達はこれで。依頼遂行、お疲れ様でした」
 あっさりした口調で言うとHOPE職員は車にビタスを押し込み自分も車に乗り、走り去る。
「終わったか……全く人騒がせな話だ」
 ラドシアスがため息をついた。
「まぁまぁ……でも、食べ頃が分かるオーパーツって随分変わった物を作るよね」
 若葉がデメテルの瞳をつけて言った。デメテルの瞳はHOPE職員が持っていくはずだったのだが、若葉が「せっかくだからこれ借りて買い物行こうよ!」と言い、征四郎も「こんなオーパーツもあるのですね。ちょっと借りてみたいのです」と言ったので貸出されたのだ。
「……食べ頃、食べ頃。おチビちゃん、それで我輩を見るのはやめるであるぞ」
 ユキの車に乗りながらユエリャンが言う。
「多分人の食べ頃()は見えないのですよ……!」
 征四郎もリュカの手を引きながら車に乗る。次に凛道。助手席にメリッサ。
「こっちも乗ろう」
 若葉、ラドシアス、拓海はレターの車へ。
 HOPE職員を待っている間、エージェントたちをユキの伯母さんの家に招待をした。エージェントたちは遠慮なく招待を受けることにしたのだが、お昼まで後2時間あるということで各々時間を潰すことになった。
 メリッサは料理を習いにユエリャン、征四郎、リュカ、凛道は羊の世話をしに(正確に言えば凛道はやることもないからなのだが)ユキの車でクロス家へ。
 若葉とラドシアス、2人に誘われた拓海はクロス夫人のお使い(本当はレターが頼まれたのだが、快く引き受けてくれた)と留守番の英雄ピピのお土産のために、レターの車で市場へ。
「じゃあ、2時間後にまた」
 エージェントたちはヨークシャーの豊かな自然の中のドライブを楽しみながら目的地へ向かった。

●買い物中
「林檎、洋梨、バナナに葡萄、オレンジにキャベツ。バターに砂糖」
 車の中で若葉がお使いメモを読み上げる。
「確かに1人じゃ大変だ」
 拓海はメモを覗き込んで言った。
「しかし、12人分の食材となればそのくらいだろうな」
「バターとか砂糖とかデメテルの瞳がいらないのは私が買うわ。あなた達用じゃなくて明日の食事用だし。伯母さんたらお客さんが来るとキッチン空にする勢いで料理作るから」
 レターは車を止めた。
「さ、着いたわよ。行きましょ」
「おー、すごい」
 車から降りるとぎやかな市場が目にいっぱいに広がる。広場を占領している品物はどれも美味しそうでお洒落だ。広場の向こうには立派な作りのホテルや教会が見える。まるで絵葉書みたいな風景がそこにあった。
「思ったより大きな市場だな」
「町並みも綺麗だね」
「ここはヨークシャーでも豊かで大きな町なの。ヨークシャーどころか世界中から物が集まってくるわ。でも、広場から少し行くと馬小屋があったり蹄鉄工がいたりする。美味しいパイも売ってるけど、今回はやめておいたほうがいいわ」
 レターは一通り説明すると一軒の店を指した。
「あたしはあの店でバターと砂糖買ってくる。あなた達は果物お願い。これ、お金ね。あ、ここ値切りOKよ」
「OK!」
レターの姿が店に消えると3人はデメテルの瞳をつけて早速マーケットへ。
「面白いね、これはもう少ししたら食べ頃みたいだね」
 デメテルの瞳をつけた若葉が林檎を手に取る。赤々とした林檎は美味しそうだが、まだ完全な食べ頃ではないらしい。
「色で見分けるのか……」
 ラドシアスもデメテルの瞳をつけて興味深げに葡萄を見ている。
「あ、こっちのは今が食べ頃! これは個人的に買おう」
「昼前だ、買い食いは控えろ」
「オレンジはこれとこれとこれ!」 
「お客さん目利きだねー」
 冷や汗をかきながらおじさんが拓海ににっこり笑う。
「林檎はこれとこれ。それからバナナこのひと房全部。葡萄は」
 負けじとあれこれ指差す若葉。
「そっちのお客さんもすごいねー」
「洋梨はこれだ。キャベツはこれがいい」
「……」
 ラドシアスを見ておじさんはついに黙った。
「よし、買うものも決まったし、値切り交渉だね!」
 その日そのマーケットのおじさんは日記に「悪魔が来たかと思った」と書いたという。

「どれにしようかな」
 お使いの次はとピピのお土産探し。レターに勧められた雑貨屋は小物からお菓子まで幅広く取り揃えていた。レターは3人が値切ったお金で花を買いに行っている。
「ピピちゃんって可愛いよね、傍で見てて癒されるよ」
 それを聞いて微妙に顔色が変わるラドシアス。拓海はラドシアスが疲労してる気がしたが、気のせいだろうか。
「これは?」
 拓海がチョコレートの箱を若葉に見せた。
「それは近くの工場から直接買い付けたものでとても評判が良いんですよ。お値段もお手頃だし、紅茶に合います」
 店員が言う。最後の一言がイギリスらしい。
「じゃあ、これ下さい」
「まだ時間あるけど、どうする?」
「せっかくだし、あちこち歩こうぜ」
 約束の時間まで3人は町を散策した。

●田園生活中
 こちらはクロス家。
「ただいま」
「お邪魔します!」
 初老の男女が迎え出た。
「いらっしゃい」
「ゆっくりしておいで」
「叔母のシェーラ・クロスと伯父のディラン・クロスです」
 ユキが2人を紹介する。エージェントたちは次々に挨拶した。
「伯母さん。彼女はヨークシャーの料理を習いたいそうよ」
「もちろんいいですよ。キッチンにいらっしゃい」
「それから彼らは羊の世話お手伝いたいって」
「ありがとう。羊舎に案内するよ。ついておいで」
 おじさんはそう言うと歩き出した。4人が後に続く。
「それ手作りですか」
 凛道はクロスさんのベルトにぶら下がった小物入れを見る。
「ああ。羊の毛で私がね」
「後で他のも見せてください」
「いいよ」
 言いながら羊舎を開ける。
「もふもふだな、実に愛らしい。 とても愛らしい」
「かわいい! 近くで見せてもらいましょう!」
 ユエリャンと征四郎が声を上げる。
「羊がたくさんですよ。干し草を食んでいてとてもかわいいです。ほら」
 征四郎はリュカの手を引いて、周囲の情景を細かに伝えるのは慣れたもの。リュカの手を取ると羊に乗せる。
「ふふーふ、天然素材の羊毛だよー凄いねせーちゃん!」
「羊はあまり光りませんね。土は淡く光っています」
 デメテルの瞳にあれこれ翳してみる凛道。クロスさんは柵を開けると羊を外に出した。
「後は頼めるかい? 放牧したいのだが」
「動物の世話は 慣れている、任せよ……おい」
 凛道はユエリャンにまでデメテルの瞳を翳して一言。
「やっぱり光りませんね」
「煩い。貴様は追熟という言葉を知るべきであるぞこのロリコンが」
「痛いです」
 ユエリャンに足を踏まれる凛道。クロスさんがやんわり言う。
「凛道くん、工房はこっちだ」
「そうでした。ユエさんと遊んでる場合じゃありませんね」
「貴様」
「少しぐらいなら遠くに行ってもいいよ。あっちの方には木の実もある。よろしくな」
「クロスさん、上手いね」
 リュカが笑った。

「メニューはローストビーフ。付け合せにヨークシャープディング、キャベツのバター和え。穴の中のヒキガエル。フルーツサラダ。デザートは女王のプディング。」
「カエル!?」
 ぎょっとするメリッサに「ソーセージのパイの事です」とユキ。
「メリッサちゃんにはヨークシャープディングを作ってもらいましょう。ヨークシャーの料理って言ったらヨークシャープディングよ。これが上手に焼けたらお嫁入り準備OK」
「お嫁入り」
「ちょっと伯母さん。ごめんなさいね。これは古い言い回しで」
「頑張ります」
 やけに真剣な顔で言うメリッサにユキは気圧されたようにうなずいた。クロス夫人はなるほどと言わんばかりに笑っている。
「まず、これをふるいにかけて」
「はい」
「上手上手いい手つきよ」
 クロス夫人がオーブンに牛肉を入れながら言う。
「ありがとうございます」
「それが女王のプディングですか?」
 鍋に牛乳と砂糖を入れているユキにメリッサが尋ねた。
「ええ。ラズベリージャムを沢山入れるのが特徴です」
「美味しそう!」
 卵を割り入れながらメリッサは声を上げた。
「生地ができたら手伝ってください」
「はい!」

「ここが工房」
 工房にはよく手入れされた工具と作りかけの小物入れや人形、アクセサリーなどがたくさんあった。どれも凝った作りではないが、きちんとしたものに見える。
「なんとなく、こういうのは好きだと思います」
 凛道は1つ1つ手に取ってしげしげと見た。
「これ、難しいですか?」
「最初はな。慣れればそうでもない。やってみるかい?」
「ぜひ」
「じゃあ、そこに座って。まず玉を作るところから始めよう」
「はい」
「使うのはこれだ。まずは」
 クロスさんはゆっくり手を動かした。凛道はその手元をしっかり見る。
「やってごらん。コツは1つ。真面目にやることさ」
 一通り終えるとクロスさんは道具を凛道に渡した。
「はい」
 凛道は道具を手に取った。

 征四郎とリュカが羊と戯れながら羊舎へ行こうとすると車が止る。
「ミナツキ。ラドシアス。美味しそうなもの、ありました?」
 降りてきた2人に征四郎が声をかける。
「うん! 沢山」
 次に車から降りてきた拓海にも声をかける。
「お疲れさまですっ! 今日は楽しみましょう」
「うん。お、美味しそうなにおい」
「ローストビーフ!」
 レターが叫ぶ。家のドアへと走り、思い切り開けた。
「ただいま!」
「お邪魔します! 」
 レターと若葉、拓海の声が家中に響いた。
「お邪魔します」
 少し遅れてラドシアスの落ち着いた声で挨拶。。
「あらあら、いらっしゃい。ごめんなさいね。お客さんにお使いさせちゃって」
 クロス夫人が出迎える。
「若葉君と拓海君、ラドシアス君ね。荷物をこっちに持ってきてくれる? フルーツサラダを作るから。そうしたらお昼よ」
「お腹すいたな」
「後、数十分我慢だ」
 ラドシアスの予想は外れた。5分後には皆食卓についていた。
「魔法かと思った」
「触った瞬間に皮がむけて勝手に切れてた」
「残像見えた」
 以上フルーツサラダを作るクロス夫人とユキを見た者の感想。

●夕飯は食べられないと思ってね
「すごい量……」
 大皿に崩れんばかりの山盛りローストビーフ。それを支えるように大きなヨークシャーブディングがローストビーフの右に添えられている。左にはキャベツのバター和え。テーブル中央には名物『穴の中のヒキガエル』とフルーツサラダに大きなティーポット。レターの買った花。
(買い食いしなくて良かった)
 若葉はラドシアスに感謝した。
「ヨークシャープディングはインガルズさんがほとんど作ったんですよ」
「いつでもお嫁入りOKね」
 ユキとクロス夫人がにこにこ笑って言う。
「嫁入り準備か、リサも女の子だな」
 拓海はにっこり笑って一言。
「好きな人とか居るの?」
 メリッサは黙って拓海の耳を引っ張った。
「イタッ! 何でだよ」
 ため息をつくユキとクロス夫人。鈍感ねえ。
「紅茶だけど……」
 レターが紅茶のカップを持ち上げる。
「みんなの健康に乾杯」
『乾杯!』
 カップを持ち上げて唱和。
「んー」
  ローストビーフを口にして思わず声を上げるリュカ。隣で小物作りに熱中して1番後から来た凛道はデメテルの瞳をフルーツサラダに翳して「すごく光っています」と呟く。
「……なかなかの味だな」
 ラドシアスが舌鼓を打つ隣で若葉は早くも穴の中のヒキガエルに手を伸ばす。ナイフで切込みを入れると肉汁が溢れた。
「これも美味しい! ほんと伯母さん料理上手ですね! こんなの毎日食べられたら幸せだよ」
「ありがとう。どんどん食べてね」
 クロス夫人は嬉しそうに笑った。
「あたしもこんなの毎日食べたいわよ」
 レターがしみじみ言う。
「そう言えば、逆恨みとか大変でしたね。でも無事に解決してよかったです」
「ありがとう。職業柄よくあるんだけど、10分で解決したのは初めて。すごい連携プレーだったわね」
「ユエリャンは食べるの好きになりましたね」
  征四郎がユエリャンの半分以上空になっている皿を見て言う。
「美味いものは好きだ。食べていると、生きている感じがする。此方に呼んでくれたおチビちゃんには、感謝せねばならんな」
「征四郎が呼んだのでは……。でも、クロス夫人とタカネには感謝しておくといいのです」
「そうだな」
「リュカ、これ美味しかったですよ!」
 リュカに征四郎はフルーツサラダをよそって渡した。
「せーちゃんありがとう。ん、美味しい」
「いつもは砂糖やホイップクリームを入れるけど、今回はいらないってクロス夫人が」
「確かにこれだけ甘味があると余計だな」
 メリッサの言葉にラドシアスがうなずく。
「デメテルの瞳のお陰だね」
 若葉もフルーツサラダを口に運ぶ。
「ヨークシャープディング旨いな。ローストビーフによく合う。バターも効いてるし」
「そう?」
「うん、旨いよ」
 嬉しそうなメリッサにクロス夫人とユキが椅子の後ろで握手。
「さ、デザートですよ」
 いよいよ女王のプディングの登場だ。
「美味しい! 紅茶に合う」
「ラズベリーが効いています。木の実の食感もいい」
 リュカが言えば凛道もうなずく。
「インガルズさんがほとんど作ったんですよ」
「リサすごいじゃん!」
「タカネさんの言う通りにしただけ」
 メリッサの顔が少し赤い。ユキとクロス夫人は再び椅子の後ろで握手。
「木の実は征四郎ちゃんたちが拾ってきてくれたのよ」
「デメテルの瞳大活躍でした」
「旨いはずだ。お代わり!」
 まだまだ昼食は終わらない。

●クロス家の客人たち
「また来てね。歓迎するわ」
 玄関先までクロス夫妻が見送りに来た。
「お世話になりました」
 凛道が頭を下げる。
「またおいで」
 クロスさんは微笑んだ。その手首には凛道が作った小さな飾り。
「御馳走様でした。って、人数足りなくない?」
 若葉が言う。
「木霊と紫だ」
 ラドシアスが言うと拓海が「そう言えば羊見に行くって言ってたな」
「全く」
 クロスさんとユエリャンが羊舎を開けると。
「おやおや」
 羊に囲まれて眠るリュカ。その腕の中には同じく眠る征四郎。
「幸せそうな顔だな。起こし辛い」
「起きてください」
 いつの間か来ていた凛道があっさり起こした。

「映画はお預けだけど、良い1日だった……ね」
「な」
 帰り道へと走るレターの車中で拓海とメリッサは顔見合わせて微笑んだ。他のエージェント達も同じ気持ちだろう。窓の外では夫妻がいつまでも手を振っていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
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