本部

【ドミネーター】人の形

玲瓏

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/10/20 19:25

掲示板

オープニング


 次の標的、それは東京。
 彼らがドミネーターの挑発はそんな事を言っていた。
 それが嘘か真か、坂山は捕らわれのドミネーター隊員達に一人ずつ東京について尋ねてみたが、誰一人として情報を持っている者はいなかった。仕方なくではあるものの彼女は東京を虱潰しに調査する事にしたのだった。
 当初は坂山自身が東京へと向かうつもりだった。
「ドミネーターに狙われた事をもう忘れたのか」
 立ち上がる坂山を諫めたのはスチャースだった。四足歩行、犬型ロボの彼はお座りをしている。
「でも、時間はないじゃない。早くしないと向こうが準備を終えてしまうかもしれないわ」
「私からしてみれば坂山の命が奪われる方が危惧すべき事だ。リベレーターを立ち上げたばかりだろうに」
 最もな理屈だった。ドミネーターの本当の隊長が顔を表に出さないのは安全確保のためだと、前回の調査結果で何となく察しがついた。敵組織の真似事をするのは忍びないが、ここはそのメリットを吸収するしかないだろう。坂山は戦闘力がない。
「なんだかお姫様みたいで嫌なんだけれど。あーいうの苦手なのよね。自分だけ何もしないで、人ばっかり頼るっていう」
「坂山、まず安心してほしいのは私は人ではない。それと姫というのは頭上に剣がぶら下がっているのと同じようなものだ。その緊張に圧迫されるだけでも大きなストレスになる。お姫様も、大変だ」
「ありがとう、そしてごめんね全国のお姫様とそのファンの皆。壮大な勘違いをしていたみたい」
「それでいい。では東京に向かってくる。ノボルも一緒にきてもらいたい」
 坂山の隣でアイスキャンディを味わっていたノボルは傍聴していたが、自分の名前が呼ばれると快く頷いた。
「分かった。お散歩っていう自然な形でいけばいいよね」
「うむ。万が一ドミネーターと遭遇した場合の言い訳となる」
 念の為スチャースに発信機を取り付けて、調査に出かけた二人を見送った。
 一日目の調査が終わり、二日目に進行した。現時点で有力な手掛かりは何もない。怪しい集団はそこかしこにいたが、ドミネーターとは無関係な事が多かった。
 三日目になってもヒントは姿を現さない。都会という鉄だらけの森林にはさまざまな善悪が交差して存在が隠されているのだろう。この日も何も見つからなかった。
 そこから日にちだけが通り過ぎて言った。四日、五日。坂山は焦り始めた。この調査に時間をかけてしまうとドミネーターの準備が整って、行動してしまう可能性があるからだった。
 六日目、それでも尚成果はなかった。この頃になると東京の全域を調査していた。坂山もネット端末を駆使して捜索にあたったが――結論から言うと、東京には何一つ活動予兆の証拠は無かったのだ。
 挑発が嘘だという可能性もある。攪乱させるための罠だとしたら、大きな損害だ。
「坂山、十日の調査でひとまず区切ろう。ここまで何も見つからないとなると、あの紙はフランメスの戯言だろう。以前の事件で向こうの戦力は大きく削ったはずだ」
「馬鹿みたいな挑発に乗せられたってわけね。子供騙しの。情けない……」
「リーダーとして?」
「それもあるけど、H.O.P.Eの一員としてもよ。この間にも解決すべき事件はたくさんあったはずなのに」
「悔やむ事はない」
 気弱な精神になっているのはなぜだろうか。坂山は自問した。学校の先生という職業をやっていた頃はむしろ強気で、何でもこなせるエリートだったからだ。そんなエリートだったからこそ、一つの失敗を大きく見過ぎていた。
 ノボルとスチャースには彼女のその心境をしる由はなかった。


 十日目の調査になった。
 結果はこうだ。――大変だ。
 地面に証拠がない訳だった。災厄は空から降り注ぐ物だとは、思いもしなかった。坂山は事件が起きてからすぐにリンカーを呼んだ。
「東京、K区S町に飛行機が墜落したわ。一般的な旅客機ね。羽田空港から出て、外国に向かっている途中だったわ」
 現場は消防士や警察が駆けつける大混乱となっている。
 災厄は墜落だけではなかった。
「更に墜落した飛行機の中から大量の人形が群れを成して人々を襲っているの。大きさは三十センチくらいだけど、人の体に纏わりついて攻撃するみたい。……これは立派なテロ事件よ」
 冷静な口調を保っているが、彼女の心底には澱んで濁った最悪な感情があった。事実があった。なぜこんな日に。S町にはノボルとスチャースが調査に向かっていた場所で、さきほどから二人に連絡が取れないのだ。
 今日という悪夢。

解説

●目的
 人々の救出。人形達の撃破と、その原因の調査。

●現地の状態
 警察や消防士が駆けつけ、火のついた建物の消火活動と人命救助を協力して行っている。警察は墜落した飛行機の破片回収も行っているが、優先順位は救助の方が高い。
 だが、機体付近には人形が散らばっているためそちらの方は救助が済んでおらず、近づく事ができない。
 既に亡くなった方々含めて、被害にあった人物は百十三人。主要都市ではないため、多くの犠牲者を出さなかった。
 建物の下敷きになっていて動けない民間人、骨折や怪我で動けない民間人、意識不明な人々がまだ多く残っている。元々その地帯は有名な電気店やビルが複数個ある半都市街だった。
 野次馬と報道陣の数も多く、彼らは人形がいる事を知らない。

●人形について
 飛行機が落ちたのは南西方向で、そこから北東へと一直線に向かって大軍が進んでいる。
 五百体もある人形は地面を覆いつくし、優れた聴覚と嗅覚、視覚で人間を探し出して襲う。
 リンカーに対しての攻撃方法は体に絡みついての束縛と武器による攻撃。人形には二種類あり、百キロの重量人形がリンカーの足に絡みついて束縛させた後、両手に包丁をもったジャンキー人形が一斉に体を登って攻撃する。体力は全員脆いので、ほぼ一撃で沈む。

●人形師
 五百体以上の人形を操っていたのはヴィラン。「チェルミー」という愛称がある。彼はドミネーターの一員なのだろうか。
 人形一体一体に自身のライヴスを付着させ、軍の後ろから操縦している。隠れている訳ではなく、堂々と表に顔を出している。彼の攻撃手段は専ら人形の操縦だけだが、倒された人形の修復を行う、人形を盾にしてガードする、隠れる等倒されないための動作は機敏。

※リベレーターについて
 「ドミネーター」の対抗組織として坂山が立ち上げた組織です。コミュニティが存在します。現在、人員募集中だそうです。

リプレイ


 人形の行進は止まらない。悪魔のパレードは始まったばかりだった。赤いコートを羽織ってシルクハットを被った人形師チェルミーは鼻歌を歌いながらK区の道路を進んでいた。目の前に車が現れれば力持ちの人形を使って吹き飛ばし、倒れた人間がいればナイフを持った人形で遮二無二虐める。後ろを振り向くとまだ飛行機の残骸が残っていた。その後ろには崩壊したビルの瓦礫が見えている。
「ああ、実に恵まれているよ私は。なぜかって? 今日は晴れだからさ! どうやら天は私を歓迎してくれているようだ。そうだろう? 子供達よ」
 カタカタと人形が奇怪な音を発した。チェルミーはその音を聞いて満足気に頷いていた。
「楽しい楽しい!」
 子供達はチェルミーの思いのままに動いていた。それが何よりも、チェルミーを楽しませていたのだ。何かを支配する悦楽は、対象が人形でもよかったのだ。彼は幼い頃から人形に慕情を抱いていた。
 遠くの方からエンジン音が聞こえてきた。
 ここ周辺には避難警報が出ている。このエンジンに乗る人間はそれを知って人形に向かっているのだ。チェルミーは新たな遊び相手がきて愉快に顔を歪ませた。
「喜びなさいな子供達、ちょっと変わったお客さんが来てくれたみたいだからねえ」
 バイクに跨っていた防人 正護(aa2336)は躯体を横に傾けて、火花を散らして人形達を蹴散らした。彼にとってはバイクすらも武器となるのだ。人形軍の中央まで来たところで力持ちの人形がバイクの車輪を掴みバランスを崩させた。
 すぐに飛び降りた防人は重圧空間を展開して人形達を地面に跪かせた。
「フランメスは次の標的を東京にしたと文を残したらしいな。おまえはドミーネーターか? それとも通りすがりのヴィランか? 返答次第じゃ、楽に死ねると思うなよ!」
「どっちだと思う?」
「ふざけるな!」
 その怒声と重なってチェルミーの顔面に向けて射出された弾丸は、人形によって弾かれた。彼は人形を使って自分を守ったのだ。
「あまり長話をするのが好きではないな。私にも時間がないんだ」
「なら好都合だ。安心しろ、終るのはすぐだ」
「そう。なら嬉しいねッ!」
 重圧空間の効果時間がゼロになった。防人は上空に浮かぶ雲に向かって人形を踏み台に跳ねた。両手に拳銃を握り、空から弾丸の雨を降らした。
「ややあ、ご注意あれっ! 今日の天気は時折銃弾だ!」
 人形を巧みに操られ、本体に銃弾が届かなかった。防人は人形のない、チェルミーの後方に着地して銀の魔弾を放ちつつ接近した。背後に体を向けなくてはならなくなったチェルミーは十体の人形を軍から引き抜き、空中で静止させた後に持っていた武器を全力で防人に投げつけるよう指示した。
 包丁サイズの剣が何本も防人に飛ばされるが、防人も負けじと足で躱して負傷を避けた。
「援護に来ました!」
 人形が行進していた方角から零月 蕾菜(aa0058)がミリオンゲートをもってやってきた。その後ろにはシエロ レミプリク(aa0575)も続いていた。
「おやおや面倒な方達だ!」
「これ以上被害を重ねない方がいいと思うな。うちのフリーガーちゃんの雄叫びを聞きたいなら、別だけど」
「シエロさん、気を付けてくださいね。フリーガーさんはここではあまり使わない方がいいかもしれませんから」
「もっちろんだよ。まだ一般市民がいるかもしれないんだからね」
 今日という日のシエロは普段と比べて落ち着いていた。ナト アマタ(aa0575hero001)はシエロの変わり様に気づいていたが、頭にくっついているだけで触れはしなかった。
「行け子供達よ!」
 リンカーの登場によって隊形は崩れていた。人形達は三人に攻撃を集中させ進軍を止めていたのだった。
 まだ崩れていないビルの外壁に自慢の脚で張り付いたシエロは人形の中心部に向かってブレイジングソウルを連射した。シエロに気づいた人形は外壁をよじ登って辿り着こうとするものの、シエロがそれを見逃す訳がないだろう。沢山の人形がよじ登ってきているせいで、弾はすぐに無くなっては装填を繰り返した。
 装填中は足で人形を落としていたが、危うくなって隣のビルへと跳ねて移動して、再び張り付いた。
「そこにいる」
 隣のビルの中に人形が隠れていた。ナトは一寸伝達が遅れてシエロはその人形に足を掴まれた。
「ハハハ! 人形を操っているのは私だよ。君がそっちのビルに移動するかなとは、読めていた一手だ!」
 人形はシエロの脚に付着して離れない。その人形は重く、ビルからシエロを落とそうとする。着実にシエロは地面と近づいていった。
「あ、もう、おさわりは禁止ですよーって! こら!」
 足をがむしゃらに振り回すが、人形は離れてくれない。踵の方まで登ってきたために、シエロは思いきって壁に叩きつけた。すると空気が抜けたように人形は落ちていった。
「ナトくん、一回降りよっか。ここじゃあちょっと狙いにくいや」
「……うん」
 シエロは一度地面に降りて、次の場所を探した。


 騒々しいK区とは打って変わって、坂山のいる部屋は静かだった。エージェントを任務に送り出している時、隣にはスチャースとノボルがいて彼女の中に住む不安感を消し去ってくれていたものだ。今はそれがなく、だからこそ静かだった。
 だからこそ、不安感を拭う事ができなかった。憤りもあった。大事な仲間を狙われたのだから。
 坂山はカグヤ・アトラクア(aa0535)と通信を繋げた。それは必要な事柄を伝えなければならなかったからそうしたのだが、誰かと通信を繋いで落ち着きたかったという心境もあった。
「K区中央病院の病室が埋まっちゃったみたい。だから少しの間救急車の到着が遅れるわ。今は緊急で、他区からのドクターヘリが向かってくれているみたい。パニックを鎮める役の警察ももうあと十人程追加されるみたいよ」
「うむ、心得た。折衝ご苦労じゃったのう」
「当然の仕事よ。そっちの状況はどう?」
「嫌な意味で想像通りじゃな。酷い有様じゃ。防人達が人形を食い止めてくれておるが、負傷者全員を診ていたらそこに辿りつくまでに日が暮れるのう」
 通信機の向こう側から、カグヤを呼ぶ声が聞こえた。救急隊員の人なのだろう、切羽詰まった様子が窺えた。
「ヘリの到着はどれくらいになりそうかのう?」
「先方の話では後十分はかかるそうよ。それまで、もう少し市民達の救助にいてほしいわ」
 通信は切れた。溜息が出た。
 次に、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)に通信を繋げた。彼女はノボルとスチャースを探し回っていたのだ。
「坂山よ。二人は見つかったかしら」
「申し訳ありませんわ、まだ見つかっていません」
 調査の時、念のためにスチャースには発信機が取りつけられていた。その発信機が切れた所を中心にヴァルトラウテは調査していたがまだ見つかっていない。そこはビルがちらほらと立ち並んでいる場所で、調査には時間のかかる場所だった。
 発信機はもう、壊れている。だが二人はまだ生きていると坂山は信じた。
「大丈夫、必ず見つけますわ。お二人の命は簡単には消しません」
 頼む、頼むと坂山は両手を握った。通信は切れたが、それでも口にした。

 救急隊員に呼ばれたカグヤは急いでアスファルトの上で寝かされていた患者の所へと向かった。黒いシールが目に見えた。
「まだ人形は見えぬというのに、派手な惨状じゃな」
「こっちに向かっているんだよね、軍は」
 クー・ナンナ(aa0535hero001)は救急セットをカグヤに渡した。
「今は停まっているんじゃがな」
「救援にはいかなくていいの?」
「今のところいく必要はなかろう。わらわは皆に絶対的な信頼を寄越しているのじゃ。低俗なヴィランに負けるような者じゃない」
 目の前の患者は意識を失っていた。心停止状態だったが、懸命なカグヤの処置によって息を吹き返した。この患者は子供だったのだ。
「大丈夫か?」
「ママは……」
 子供は起き上がってすぐに言った声がそれだった。自分の体の状態、周囲の様子、騒がしい状態全てを差し置いてママを気にした。
 起き上がろうとしたが、足に鉄の破片が深く刺さっていたせいで男の子は涙を流した。痛覚が蘇ったのだ。
「動かない方がいいよ。カグヤ、この子は救急隊員に任せて、先に行った方がいいんじゃないかな」
「分かっておる。少年、少しここで待っておれ」
 今度はカグヤが救急隊員を呼んだ後、この付近を彼らに任せて二人は奥へと進んだ。このエリアになると救急隊員の手も届いておらず、先に進んでいた橘 由香里(aa1855)と飯綱比売命(aa1855hero001)の二人だけが負傷者の手当てをしていた。
 一般市民の応急手当をしていた橘はカグヤに気づいて立ち上がった。
「残党はおったか?」
「いなかったわ。人形は放し飼いされてないみたいね。纏まって動いているか、こっちにはまだ攻撃は及んでないのか分からないけれど」
「ふむ」
「……迫間さんも言っていたけれど、敵の動きが妙なのよね」
 忙しなく手当に勤しむ橘を手伝いながら、カグヤは耳を傾けた。
「飛行機を乗っ取る事ができたなら、そのまま人質をなぜ取らなかったのか。人質を取れば迂闊に私達は手が出せないわ」
「場所が飛行機となると、尚更じゃな」
「ええ。迫間さんは、ノボルとスチャースを巻き込んで、引き籠っている坂山さんを誘き出すための作戦なんじゃないかとまで考えてくれてたわ」
「悪くない推測じゃな。坂山を誘き出す手段は色々あるじゃろうが、こうして一般市民を巻き込むのは奴ららしいやり方とも言えよう。じゃが、何か他にも目的があるように見えるのう」
「軍団の事ね」
 ここは喫茶店があった場所だったから、仕事の一休みとして訪れた会社員やサボりの学生が主な負傷者だった。橘はまた一人手当を終えて、キットを持ち運んで次に行った。
「陽動か、それとも別に目的があるのか。それは捕まえてからのお楽しみじゃな――橘、ここら一帯は任せたぞ。わらわは先に行く」
 道を進むカグヤを見送っていると、橘の丁度右に建ててあるビルから飯綱比売命が出てきた。ビルは表面が抉れていて、崩れ落ちる想像が簡単にできた。
「誰もおらんかったぞ」
「そう……」
 カグヤが来る少し前、橘は抉れたビルの中に人影を見た。黒い人影だったが、真っ白な仮面を身に着けていた。
「見間違いじゃなさそうじゃな、お主に限って。奴を追うかの?」
「今は救助を優先するわ。まだ沢山の人がいるのよ、この辺りには」
 その言葉の正しさを立証するように、「お姉さん」と橘を呼ぶ声が聞こえた。若いサラリーマンだった。新入社員だろう彼は血のついたガードレールに寄りかかっていた。腹部に小さな破片が刺さっている。


 ナトは静かにシエロを鼓舞させた。
「……やっちゃえ」
 周囲の安全が確認されて、シエロはフリーガーファウストを使って人形軍を吹き飛ばした。やはり衝撃は大きく、周囲にあった窓ガラスが割れた。
「みんながみんな普通なことしてくるとは限らないんだよ?特にウチみたいなのはね」
 シエロは次に零月を取り囲む人形を狙おうとしたが、武器に人形が乗っかった。いつの間に近づいていたのだろう。ナトは武器にくっついた人形を引きはがし、普通に――落とした。
「落ちろー」
 人形は真っ逆さまに落ちていった。
 脚に絡みついてきた人形を、零月は杖を振って払った。
「まあ酷いね! せっかく君と遊びたいと言っているのに無視をするどころか暴力だなんて!」
「騒がしい人ですね、あなたは」
 チェルミーは遊んでいた。防人とシエロを他の人形に任せて、百体の人形を浮き上がらせたかと思えば零月の周囲に壁を作って取り囲んだ。人形の壁だ。
 壁の中で人形達は交互に武器を投げ合っていた。零月は連続的な攻撃に、躱す以外の行動がとれなかった。
「この人形、蕾菜が魔法で膂力の補助をしているようなものみたいですね。面白い」
 冷静に評価を下したのは十三月 風架(aa0058hero001)だった。
「この状況、風架さんならどう切り抜けますかっ」
「風幻の巫女を名乗るならば、自分で考える事も必要でしょうね」
 包丁を杖でいなすのも集中力を要する。零月の集中力も限界の境目が見え始めていた。
 覚悟を決めた零月は足を止めた。脇腹に包丁が突き刺さったが、痛みを無視して零月は詠唱した。炎が燃え盛り、壁に穴が空いた。彼女は前転して壁から脱出した。
 その先には重量型の人形がいて、今度は足に絡みつくのではなく地面に押し倒した。
「くっ!」
「エージェント捕らえたり! ってとこかな。さあどうやって弄ぼうかな?」
 自分の周囲にチェルミーや人形達が群がってくるのである。それらは全て狂人的であった。零月は固まってくるそれらを見てまたぞろ覚悟を決めなければならなくなった。
 不穏な風。ゴーストウィンドが零月を中心に巻き上がった。風の効果によって人形達は退かれた。
「フ、さすがのエージェントだねえ。自らの傷を顧みず強引に突破してくるとは! 恐れ入るよ!」
「あなたに弄ばれるより、ずっとマシですから……!」
 チェルミーはその言い返しを気に入ったのか益々零月に標的を定めた。先ほどよりも多くの人形で零月を取り囲んだが――再び聞こえてきたエンジン音でチェルミーの動きが止まった。
 そのエンジン音はバイクではなかった。チェーンソーだ。元々エンジンですらなかったという事だ。
 進軍の方向では、カグヤが道を拓いていた。作法もなくゲッターデメルングを振り回して津波が押し寄せるかの如く強引に進んでいた。その隣には赤城 龍哉(aa0090)が、セイクリッドフィストを地面に押し付けて走っている。グローブに巻き込まれた人形達は皆燃え、灰になった。
 二人は猛スピードだった。人形達は取り囲もうとしたが、ネズミと虎だ。赤城は地面を拳で殴って跳躍すると、空中で回転してチェルミーの懐に降り立った。
「お片付けの時間だぜ」
 間一髪で、赤城の拳はチェルミーに当たらなかった。人形の盾が防いだが、それでもチェルミーは後方に飛ばされた。あの拳を食らっていたら吹き飛ぶだけでは済まなかったはずだ。
 別の方向から弾丸が飛んできた。晴海 嘉久也(aa0780)はシエロと反対側のビルの中で、人形師を狙ったのだった。その弾丸も人形達に阻まれるが、チェルミーの焦燥感を煽り立てるには十分な時間だった。
 追い詰められているのだ。新たなリンカーの登場。ここにいるリンカーは合計で六人か?
 橘を含めて七人だ。彼女はトリアイナを両手で回しながら人形を一切寄せ付けず、お掃除していた。
「人形遊びなら家ですることね。人に迷惑をかける遊びじゃないわ」
 ビルの中で孤軍奮闘していた防人は機能を終えた人形達を抱えて外に出ると、チェルミーの前で地面に捨てた。
 古賀 菖蒲(旧姓:サキモリ(aa2336hero001)が言った。
「どうするのじゃ? おぬしに勝ち目はないぞ? ん~?」
 ――本当は使いたくなかったんだけどねえ。
 チェルミーはそういったが、リンカーに対して言った言葉ではないように聞こえた。
「この技を使うと著しく私は衰弱するのだよ。だが、止むを得ない状況というのは、まさに今を指すのだろう!」
 人形師は、生き残った人形達を自分の所に寄せた。まだ二百体は残っていた。その人形達はチェルミーを中心にして、大きな壁を作ると、武器を包丁から槍に持ち替えた。するとまとまっていた壁が崩壊し、規律なく人形達は周囲に散らばったのだ。
「乱舞劇だよ! さあさあ!」
 人形遣いが荒い、そういう事もできただろう。全く彼は人形に愛を注いでない、そう視る事もできた。彼は人形全てを回転させて、独楽のように舞わせた。大規模な業だった。
 それは人形の周囲に風が纏う程だった。
「こいつ……!」
 風の音は激しく、強さもまた然り。人形達の動きも徐々に早まり、エージェント達の体に傷をつけていった。二百体もいるのだ。避けようとしたその先に人形がいる。その傷は小さいが、蓄積すると大きな傷へと変貌し始める。
「ハッハッハ! 私の邪魔をした報いだ! 結局その程度なんだよ。七人できたところで私に敵うはずがない。だって私はあの崇高なるドミネーターの隊員なのだからね! 弱者共!」
 彼の言った事は半分正解で、半分間違っている。彼がドミネーターである、それは正しいだろう。私の邪魔をした報い、それもまあ、正しいのだろう。
 間違っているのは七人という数だった。そしてそれは、すぐに間違いであると教えなければならない。
 彼の盲点は、全く背後に人形を寄越さない事だった。
「七人だと言ったな」
 チェルミーは背後から聞こえた声に耳を奪われた。
「何ィ……?」
 天叢雲剣が、人形師の腹を貫いた。
「八人だ」
 人形達は動きを止めて一斉に落ちた。
「くそっ! くそ! 子供達、この男を殺せ! 向こうの奴らの事なんかどうでもいい、この男を!」
 大量の人形が迫ってきたものだ。ジャンキー人形達の凶悪な顔を見て、それはB級映画に似ていると彼は思った。
 迫間 央(aa1445)が剣を振るうと花弁が舞った。ただその一振りでおおよその結果がついたものだった。


 サンタ用捕獲ネットを多く使って人形達は捉えられた。チェルミーは零月の声によって共鳴を解除され、無事に捕獲された。
「いい加減お前らのボスくらい教えろ! それともなんだ、お前がボスだっていうのか!? 違うならさっさと尻尾撒いてボス連れてこいってんだ!!」
 捕獲されても尚、挑発めいた態度の変わらない男に防人は怒鳴った。
「そうじゃそうじゃ! 妾だってその度連れ出されてゲームできないんじゃ!! そんなにも暴れたいならゲームすればいーんじゃ―!!」
 つられて古賀も怒鳴った。
「ゲームをしているつもりだよ。私は」
「何だと?」
「この世界はゲーム盤なのさ、我々にとってね」
「ゲーム感覚で、おまえ人を殺してんのかよ」
 人の常識から逸れた考えに、赤城も黙ってはいられなかった。
「最初の質問に答えていなかったね。私達のボスはフランメス様だ。だけど更に上がいるらしい。その人を私は知らないよ。フランメス様に訊いてみるしかないだろうね」
 橘とカグヤは人形達の処分を終え(カグヤは人形を幻想蝶に回収していた)付近に取り残されている人々の救助に向かっていた。通路に出ていた人々の半分以上が処置の施しようがなく即死状態だったが、ビルの中にはまだ生存者が残っていた。人形達にばれる事なく上手く隠れられている人だった。
「もう大丈夫よ。落ち着いて」
 トイレに隠れていた私服姿の若い女性は涙と鼻水で顔がいっぱいいっぱいだった。
 その女性は彼氏が巻き込まれる所を見てしまったのだった。精神的なショックは今後、彼女の生活に後遺症として残るだろう。
 今回の事件ではそういった人々は多かった。家族、親友、恋人等亡くなった人々が数多くいた。中には死を希望する市民もいたが、カグヤと橘は死を選ばせなかった。
「……あー! やだやだ! ちょっとクールが過ぎちゃったね!」
 自分の頭を掻きながら、シエロは笑って言った。ナトはただ、彼女の事を想って抱き着くだけだった。
「……ありがとね、ナトくん♪」
「皆のお手伝い」
「あ、そうだ。由香里ちゃん~何か手伝う事あるかなー!」
 間もなくドクターヘリが到着して、付近にある病院に市民は、患者として運ばれていった。
「――はい、もうヴィランは取り押さえました」
 晴海が横で救助を手伝っている、その傍らでエスティア ヘレスティス(aa0780hero001)が坂山に通信していた。
「それと、これは晴海君からなのですが、羽田空港に問い合わせた所管制塔からロストした飛行機が見つかりました。一般的な旅客機だったそうです」
「飛行機に乗っていた人の安否は……」
 聞いても無駄な質問だろう。飛行機は陸地に強く叩きつけられたのだ。全員死亡した。エスティアはそれを言うために一分掛けた。
「そうよね」
 聞きたくなかった。それが本音だ。
「あれ?」
 エスティアが間の抜けたような声をだした。
「どうしたの?」
「い、いえちょっと待ってくださいね」
 通信を切ったエスティアは、晴海の肩を叩いてビルの中を指した。
「あの人、なんでしょう?」
 膝を複雑骨折した人の手当てをしていた晴海はエスティアの指先を見て、その方向を見た。ビルの中に、黒い影が立っていた。その影は仮面をしていて、どこか遠くを見ているようだった。
 その黒い影をマイヤ サーア(aa1445hero001)も逃さなかった。
「央、あの人、さっき橘さんが言っていた人じゃ」
「何者だ、奴は……」
 共鳴した迫間は、晴海と二人でビルの階段を登った。影がいたのは四階の窓ガラス越し、場所を把握していた晴海が先頭に立って走り、その影がいたと思われる部屋の扉の前まで来た。
 中に入ると、やはり影がいた。
「あなたは、一体何者ですか。先ほどからこの周辺に現れていたようですが」
 その人物はゆっくりと二人に振り返った。
 白い仮面の眼の部分に、縦になった鍵のマークがあった。ちょうど鍵の円の部分が眼の位置にくるようになっていて、左右対称の鍵が半分ずつに描かれている。口元には横に伸びた黒い線があった。
「安心しろ。俺は奴らの仲間じゃない」
 男の声だった。低く、それでいて仮面のせいでくぐもった声になった。
「ならばここで何をしていた?」
「人探しだ」
「人探し、ですか。一体どなたを?」
「答えられない」
 仮面は表情を変えなかった。一言一言にまるで感情がなかった。
「貴様はドミネーターを知っている――もう一度尋ねるぞ。貴様は、何者だ」
 男はただ黙っていた。攻撃的な態度を見せるような真似はせず、黙々と呼吸を繰り返して。
「奴らからは暗殺者であり、情報屋だと言われている」
「情報屋? ……そういう事か。ドミネーターの動きが計画的で、H.O.P.Eの穴を的確に狙ってきたのは貴様の仕業だったわけだ」
「そうだ」
 恐れる事なく男は肯定した。
「ならばわたし達はあなたを捕まえなければなりません。彼らの仲間ではないと言いましたが、情報を提供した以上同類と看做さなければなりません」
「今回の事件も、貴様が加担したのか?」
 男は何も答えなかった。ただ窓の方を向いて、かぶりを振った。
「奴らの狙いは俺だった。人形の進む先を見ればすぐに分かる」
「は……?」
 男は突然動いた。服の中から何かを取り出し、それが煙幕を発生させたのだった。部屋はたちまちガスに覆われ、その中で迫間は窓ガラスの割れる音に気づいた。
「逃がすか!」
 ガスは視界を妨害するだけで無害だった。二人は男のいた場所に走ったが、既に跡形もなく消えていた。外を見るが、そこにもいなかった。


 ヴァルトラウテは怪我をしたノボルを抱えて、坂山の前に現れた。
「ノボルぅ!」
 狂喜といった顔で坂山は彼を抱きしめた。頬にキスまでした。
 ハイになった坂山はヴァルトラウテにも抱き着いた。本当に心の底から心配していたのだろう。彼女の頬にもキスをする所だったが、坂山は思い留まった。
「ヴァルさんもありがとう」
「無事に見つかって何よりですわ」
 ノボルは手にアイスキャンディーを持っていた。帰り際、赤城に買ってもらったそうな。
「スチャースはどうしているのかしら」
「カグヤさんが引き取っていますわ。意識……ではなく電源は入っていたのですが、損傷が酷いからって直してくれていますの。後、ジーピーエス機能を付与させるっていって、一週間くらいはカグヤさんの元にいるはずですわ」
「そう。じゃあ二人とも無事って事!」
 突然の感情の昂りに坂山の体が追いつかなかったのか、彼女は眩暈がしてよろけた。そういえば自分も病み上がりだったのだ。
 ヴァルトラウテが坂山の体を支えるとその時、電話が鳴った。坂山は駆け寄った。
「はい、こちらH.O.P.E――」
 電話先の声、息が荒かった。女性の声だったが「あの」というだけで電話が切れてしまった。年齢は高校生くらいだろうか。
「何かあったのですか?」
「うーん。悪戯電話かも。後でもう一度かけなおしてみるわ」
 今は仕事よりも、ノボルとスチャースが帰ってきた事を祝いたい。坂山は電話の事を頭から跳ねのけ、ノボルを再び抱き寄せた。


 後日、坂山から全員に「リベレーター」と名前のついた名札が配られた。同じく送られてきた手紙にはこう記されている。
 ――このたび、リベレーターを開設したわ。もし、協力してくれるエージェントがいたらバッジをもって、私を訪ねてほしいの。これは強制じゃないわ。だけど、今は一人でも多くの手が欲しかったから。
 いつもの部屋で待ってるわ――

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • きみをえらぶ
    ナト アマタaa0575hero001
    英雄|8才|?|ジャ
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • 家を護る狐
    古賀 菖蒲(旧姓:サキモリaa2336hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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