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二重の誓約(相談卓)
最終発言2016/08/29 22:35:02 -
質問卓
最終発言2016/08/27 17:57:45 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/08/25 23:06:34
オープニング
●空に思う
深夜12時を回るころだった。
こんな時間の連絡となると、あまり良い用件とも思えない。
携帯の着信で目を覚ました白瀬博士。
案の定、届いたのは良い知らせではなかった。
メールの文面が、無機質に伝えて曰く。
『保護英雄、新たな一名の生命反応が停止、消失』。
悪い予感ばかり的中する。
【神月】において保護されたカオティックブレイドたち。
エージェントたちの活躍により、一時は保護されたとはいえども、現在、幻影蝶の中に封じられたまま維持するのが精いっぱいといった状況である。
中でも――戦いの最中、特に傷ついた者たちの中には、この世界に留まることができず、消えていく者もいた。
エージェントらは多くの命を救い、新たな英雄の力を迎えた。
強大な敵を打ち破り、愚神の野望を打ち砕いた。
けれど。
記憶を失い、傷ついた彼ら来訪者。
この世界を訪れた英雄は、『誓約』なしには存在できないのだ。
(もしも自分に素質があれば)
――白瀬博士は考える。
誓約を結んで、一つの命を救えるかもしれないのに。
(どうして自分に素質がないのか)
――白瀬博士は考える。
だからこそ、研究者になったのだ。
もしも。
眠れない。
白瀬博士は起き上がると、睡眠を諦めて書類をめくった。
H.O.P.E.で進められている誓約の研究。
その中で、再び浮かび上がってきた一つの仮説があった。
英雄との『二重誓約』。
(もし、そんなことができるとするならば……)
英雄と契約できる素質を持った能力者の数は、限られている。
もしも。多くを救う方策があるというのなら。もしも、能力者が、二つ目の契約を結べたならば……。
零れ落ちそうになる多くの命に、また手が届くかもしれない。
大規模作戦から何日経っただろうか。
満月はゆっくりと欠け始め、星々の輝きがはっきりと見えるようになった。
流れ星が、一つ、涙のように尾を引いてこぼれた。
(そろそろ、実証に移るべきか……)
●H.O.P.E.本部、VBS第三研究室
「能力者と英雄、英雄と能力者――二者の関係について、これまで、様々な研究がすすめられてきました」
H.O.P.E.本部に集まったエージェントたち。
白瀬博士は、資料を提示しながらゆっくりとした調子で話し始めた。
「能力者と英雄をつなぐものは、『誓約』です。ご承知おきのとおり、誓約というものがなくては、英雄はこの世界に存在することはできません。今もなお不明点は多く、議論は盛んではありますが、はっきりしている事実がいくつかあります。
ひとつは、能力者と英雄の間には相性があるということ。素質があったとしても、誰とでも誓約を結べるわけではないことです。
もうひとつには、誓約が両者にとって、どんな形であれ、強い意味や覚悟を現していると考えられていること――個人差がありますが……おおむね、そう考えられています。
前回までの調査で、アレクサンドロス大王は、2人以上の英雄と契約していた可能性があることがわかりました。また、大王の玄室の調査にあたっていたエージェントたちが……意識を失い、ここではない別のどこかで、新たな契約を果たした……という報告も上がっています(【神月】異界にて、二重の『誓い』参照)。
もっとも、こちらの体験については、いまのところはっきりした証拠はありませんが。
理論上、『二重誓約』は充分に成立する可能性があります。理論上は……」
「二人以上の英雄と契約するためには、何が重要で、そうでないのか。一体どんな条件があるのか。あるいは、人類には不可能なのか……。
我々H.O.P.E.は、新たな実証段階に入ることにしました」
用意されていたのは、VBSによく似た装置だ。バーチャルバトルシュミレーター……対象の戦闘能力を計測し、バーチャル空間で模擬戦闘が行えるシミュレーションシステムである。
「どういった危険があるかわかりません。我々はまず、仮想空間上での検証から入ることにしました。この空間であれば、傷ついた英雄でも、もとの能力を換算してリンクレートを確かめることができますし、各種の条件の再現も可能であるからです」
起動された装置が、仮想の研究室を作り出す。
「今回は、新たな英雄と、実際に長きにわたる誓約を結ぶというわけではありません。もっとも、将来的にそうなる可能性もなくはないわけですが……。
まず、能力者と、候補の第二英雄を仮想空間に再現します。そして、そこで誓約を結んでもらいます。あなたたちには、二人目の誓約には何が必要で、そうでないかを見極めてほしいのです。第一の英雄には、VBSの装置の外で待機していてもらいます」
装置が起動して、エージェントたちが仮想空間へと活動を移す。
それから、白瀬は独り言をつぶやいた。
「『試す』か……。悔しいな。私は能力者ではないが、自分の存在をかけて交わす誓約が軽いものではない、ということはわかる。……けれど、……どうしても試さずにはいられない」
●VBS装置
H.O.P.E.の訓練場と変わらないような、再現された現実世界。少しだけ遅れて、候補の英雄たちがやってきた。プロフィールや軽い面談を経て、これと決めた英雄たちである。
同じようにしてそこへ再現された英雄たちと、手順に沿って試行を重ねていく――そのはずだった。
英雄たちが、苦しみ始めた。
何かがおかしい。
不意に。光景が、切り替わった。
「博士、設定していない光景です!」
「いったい、何が……」
テクスチャが歪み、再現された風景が書き換わる。そこに在ったのは荒野と赤い月。
空間にノイズが走り、再び、そこはH.O.P.E.の研究室となる。二つの世界がせめぎあうように揺らいでいる。
通信の声が近くなった。
「強制シャットダウンだ!!!」
「シャットダウン開始、10秒、20秒、」
残された英雄たちが少しずつ、少しずつ現実世界に戻っていく。黒い手が英雄に手を指し伸ばす。
再び、世界がゆがむ。
「だめです、全員は帰還できません!」
とぎれとぎれに移ろう光景。明滅する視界に、つぎはぎだらけの黒い霧が姿を現す。霧は腕の形をとると……ゆっくりと異界の英雄に向けて手を差し伸べた。
この破滅の世界に、帰って来いとでもいうように。
「なんとかならないのか!」
「敵の反応はさして強いわけではありません。でも、仮想空間上でも、共鳴状態でないと効果が出ません……」
「――、――」
とぎれとぎれの空間の中、エージェントたちの第一の英雄が、仮想空間へと声を投げかける。
異世界から手が伸びてくる。英雄たちを攫わんとするその手は、力ずくで彼らの故郷に引き戻そうとする。あの世界が、英雄を呼んでいる。――引き裂かれるような感覚。
「再起動だ! 10分! 10分……こらえてくれ!」
英雄たちを救うには。
この世界に――引き留めなければ、ならない。
解説
●目標
二人目の英雄と、仮想空間上で共鳴する。
共鳴の条件を探り当てる。
関連過去シナリオ(『【神月】カオティックブレイド』『【神月】異界にて、二重の『誓い』)
●プレイングに関するお願い
第二の英雄候補は、大規模作戦で保護された英雄です。
英雄の設定や名称など、プレイングでご記入ください。
この世界にやってきた英雄たち同様、彼らに異世界での記憶はありません。
特に誓約の内容については必ず設定をお願いします。
●登場
黒い腕の影
世界の裂け目から英雄を狙って無数の手が伸びてくる。共鳴しなくては振り切れない。
●状況
能力者はVBSで再現された空間にいる。第一の英雄はVBSの外から通信のみ可能。
新たな英雄候補は、VBSの中にいる。
候補の英雄たち以外は戻れたようであるので、他の英雄の避難については考えなくていい。
VBSの応用で作られた仮想空間が異界に侵食されかかっているように思える。
(PL情報)
・浸食されているほど二人目との共鳴がし辛い。
・世界の浸食度は各種の行動で変化する可能性あり。
●誓約の成否に関わる事項
・信条や性格、能力者と英雄との相性。
・状況、行動。
・一人目との誓約内容。
・二人目との誓約内容。
・その他
●今までの仮説
※同じことをしても同じ結果になるとは限らないが、参考に。
A。
温和な能力者。英雄とは「この世界を守る」という誓約。
明るい第二英雄と「生きるのを楽しむ」と誓約を試みる。
即座に失敗。
B.
好戦的な能力者。「多くの敵を倒す」という誓約。
同じく好戦的な第二英雄と「もっと強くなる」と誓約を試みる。
試行の中では一番共鳴の兆候が見られたが、失敗。
誓いを二つ立ててしまうと意識が分散されてしまうのではないか、という推測が立っているが、解決策が分かっていない。
●その他
質問があればコリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006)がお答えします。
メタな部分に返答する際は、MSとしての視点からの回答になります。
リプレイ
●重なる世界、引き裂かれる世界
移ろう世界が、第二の英雄たちを呼んでいる。
――還って来いと、そう呼んでいる。
そうはさせない。
エージェントたちは、英雄たちへと手を伸ばす。
ジーヴルに見つめられて、しばらく。氷月(aa3661)は異変に気がついた。
「...何? ...シアン、状況」
『何か想定外の事が起きてるみたいですわ!』
シアン(aa3661hero001)が答える。彼ら第一の英雄たちは、VBSの外から事態の推移を見守っているのだった。
「13番(ドライツェン)!」
新星 魅流沙(aa2842)は第二の英雄候補の名を叫んだ。
「落ち着け! ……やっぱりこうなるのかよ! 今ほど力を出せねーのが口惜しい時はねぇぜ……信じるしかできねぇのか!」
『破壊神?』シリウス(aa2842hero001)は、通信機を握りしめて新星に対して声を張りあげる。
「設定されたっつう訳じゃねえのか。くそっ」
百目木 亮(aa1195)は素早く候補の英雄――シロガネを庇うように立つ。
今の誓約は『己に出来る事を全力でなす』こと。それが、第一の英雄、ブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)との誓いだ。
『クロさん!』
【綾香!】
セラフィナ(aa0032hero001)とサイコロ(aa4051hero001)の声が、遠くに聞こえる。
通信状況は良いとは言えない。
「クロウ、ここは一旦距離を!」
「……わかった」
アトリアが叫び、真壁 久朗(aa0032)は黒い手から距離を取る。
「もうだめです……おしまいです!」
紅蓮は、そのコワモテに似合わず憔悴しきっているようだった。目立たない色のコートを握りしめ、脅威から目を逸らす。
(本当はコロちゃんいればそれでいいんだけど……)
それでも、紅蓮を見捨てることはできない。なんとかしなければ――一色 綾香(aa4051)は決意を固める。
「紅蓮……はじめてだけど安心して」
手を伸ばす。手と手が触れあう。
まだ、共鳴は叶わない。
「もうだめだ、おしまいです!」
怯えきった声をあげる紅蓮に、一色は意思の籠った強い瞳を向けた。
「私がいる。コロちゃんもいる。絶対に助けるから……! 諦めないで!!」
『他の英雄さんは脱出……しているみたいですわ』
シアンの言う通り、候補の英雄たちの何人かは難を逃れたようである。
今ならば。全員とは言わないまでも、――能力者だけであれば戻れるかもしれない。
そうだとしても。
「そう。...分かった。必ず帰るから」
『氷月!?』
エージェントたちは、英雄たちの命を救うべくして世界に留まる。
「助けにいかなきゃ。ね! 連れ戻されちゃったりする前に!」
ナガル・クロッソニア(aa3796)は、まっすぐに英雄、ラヴィーウの方へと向かう。
『……相変わらずお人好しですねマスター』
千冬(aa3796hero001)は、そんなナガルの性格をよく分かっていた。
だからこそ、かける言葉は決まっている。
『……十二分に、お気を付けて』
黎焔もまた、百目木に対して声をかける。
『亮よ。無事戻って来るのじゃぞ』
彼らの言葉にはどことなく能力者に対する誇らしさがにじんでいる。
「カスカ、カスカ!」
『あ、あのっ……』
「カスカっ、手を伸ばして……!」
御代 つくし(aa0657)が何度も名を呼び、カスカに手を伸ばす。
『で、でも、このままじゃあなたまで……消えちゃったり、したりなんだり』
「大丈夫」
確信があった。
御代の第一の英雄――メグル(aa0657hero001)と結んだ誓約が、御代の存在を確かなものにする。
大丈夫。
フードを目深にかぶったカスカは、以前に御代に一度会ったことは、覚えてはいない。
それでも、なぜだか、目の前の人物は信頼に足るような、そんな予感がした。
「……っ!」
事件のあった日から、レイラ クロスロード(aa4236)は光のない世界に生きてきた。ブラッド(aa4236hero001)と共鳴していない今、彼女はあまりに無防備だ。
『レイラ、レ…ラ!』
ブラッドの声は、無線から遠く途切れてしまう。
(離れよう!)
N.N.が、レイラを抱えて後退する。
助けがくる保証はどこにもない。
それでも。
一つ目の確かな絆は、離れていても感じることができる。
英雄との絆。それは――この世界にとどまり続けるための、自分が自分であるための楔だ。
●エージェントたちの戦い。
『クレアちゃん? 聞こえる? バイタルは問題ない?』
「あぁ、問題ない。ドクター、こっちは何とかする。しばらく二人きりにしてくれ」
クレア・マクミラン(aa1631)の返答に、リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)は短く了解を返す。
武器を振るうばかりが戦いではない。――クレアとリリアンは、それをよく知っている。
今、英雄たちを引き留めるためには、『誓約』を果たすことが必要だった。
(第二の誓約の鍵は意識を散らさず無意識的に守ってしまうような、自分の核に当たるものである……そう考えられる)
誓いとは、自らの芯になるものであるからして。
(遠回り不要、直球勝負だ)
クレアは、目の前の存在に問う。誰何を寄せ付けないような、薄茶色の防寒コートと鉄製のヘルメット。何よりも異質なのは、目元以外を包帯でぐるぐると覆っていることだ。
「名は?」
【無い。我々は群である、個ではない】
「ならばアルラヤ・ミーヤナークスとでも呼ぼうか」
【好きにせよ】
工兵であり衛生兵であり砲兵であり、ライフル兵であり指揮官である。印象の定まらない彼ら、あるいは彼女たち――その名は、アルラヤ・ミーヤナークス。
能力者と英雄は、それぞれのやり方で世界を相手に立ち向かう。
●その姿は鬼
必要なのは仮説と検証。
限られた状況の中で、共鳴を果たすにはどうすればいいのか。
(お互いの事をよく知る必要がある。だから、いきなり共鳴しようとは考えないことだ)
沖 一真(aa3591)は考えを巡らせる。
誓約とは、双方の意思によって成り立つものだ。
沖はいくつもの可能性を浮かべながら、目の前の『鬼』を見る。
沖の英雄候補たる彼は、金髪の長い角の生えた鬼の仮面をつけた英雄だった。不愛想に見える彼に対しても、沖は物怖じしたりはしない。
「まずは、お互いのことを知ることからだ。――好きなものは?」
緊張の解けるような不意の一言。
鬼の仮面に、少しだけ面白そうな表情が浮かんだような気がした。
●『全力』で
『まったく。どうしてワタシが貴方に選ばれたのです? 利発そうな方が良かったのですけど……!』
漆黒の機械の躰を持つ赤髪の少女――アトリアは、VBSにとどまったのは至極当然と思っているようだ。
アトリアもまたほかを見捨てて去るなどとは考えていないのだろう。
「どん臭くて悪かったな。でも今はそれどころじゃないだろう……!』
『とにかく、共鳴しなくてはなりませんね』
「……どうにか共鳴出来ないのか?』
『……何事も全力でやればどうにかなるものです。ではワタシと共に戦うと誓ってください」
アトリアは、頷き、つややかな黒い右手をまっすぐに真壁へと差し出した。
『全力で』――それはあまりにシンプルで、この状況においては、力強い言葉だ。アトリアのまっすぐな目が、じっと真壁を見据える。
「そんなのでいいのか?」
『物は試しです!』
ゆっくりと、英雄と共鳴しようとする。姿が溶け合い、影が一つとなろうとする。
――しかし。
意識がどうしても分散される。
弾けるように、影は二つに戻る。
まだ、足りない。
二重誓約は未だH.O.P.E.でも例がないのだ。
『っ~! アナタが唐変木なのがいけないのです!』
「何でだ」
『ワタシは何事に対しても全力です。いきますよ! クロウ!』
世界が傾く。世界が変わる。
破滅に使う世界の中で、エージェントたちは、英雄たちと向き合った。
●3つ目の人格
出会ったとき。
ジーヴルは、じっと氷月を見つめていた。
今もまた、ジーヴルの虚ろな黄色の目が、ぼんやりと氷月を見返している。
ジーヴルの表情は口元も襟足もオーバーサイズの黒いコートに埋もれ、詳細をうかがい知ることはできない。
分かるのは、身長が同じくらいであることと、銀色の髪であること。そして、彼女が、――氷月がシアンと共鳴したときの人格の持ち主であるということだ。
ジーヴル。彼女たちは、その人格をそう呼んでいた。
(....ひづきぃ?)
「何? ....ジーヴルってもっと喋る印象あったかも...」
氷月は再び、まじまじとジーヴルを見つめる。
●今やれることを
「オヤジはん、あんときだったら帰れたんちゃいます?」
シロガネは肩をすくめた。けれど、呆れというよりは――面白そうな、嬉しそうな色が見える。
「俺は1年くらい前にエージェントになった。何もできないからの始まりで、相方の爺さんにどつかれながら、盾になった、必要な奴に必要だと思う言葉をかけた」
『だから残ったんです?』
「この1年で、俺は俺にできることが少ないことを自覚した。だが何もしねえよりは全力で当たる方がいい結果になることが多かった。共鳴できねえ今、俺にできることはお前さんを引き留めるくらいだ」
『今』持っているものを最大限に使って『今』を切り抜ける。
スキルや武器、経験等。『今』持っていないことを悔いるよりも、己にあるもので何が出来るか、何をしたらいいかを考え行動に移す。
『己に出来る事を全力でなす』とは、そういうことだ。
百目木は、しっかりとシロガネを見据える。
「……自分は元の世界に帰りたい思う。それは本心や。けど、あないな真っ暗闇な世界やなかった気ぃする。せやから、ここで足掻いても構わんやろか?」
「俺は百目木亮。『今』を切り抜ける為にお前さんの力を貸してほしい」
『自分は……シロガネいうもんですわ』
前もそう言ったかも知れんけどな。シロガネもまた、百目木に対して手を伸ばす。
●引き合う世界
「消える」
銀のロングヘア――漆黒の花嫁衣装に似たドレス姿をした少女は、武具のような鋭い瞳でじっと新星を見つめていた。
新星は、恐怖に震える。
(消える……誰も成功してないのに……失敗したら、この子が消え……)
「しっかりしろ!」
シリウスの声が、新星の心を落ち着かせる。
錯乱状態から、深呼吸を一つ。
「シ、シリウス! も、もっと具体的に……どうすれば……」
「共鳴もできねぇ、時間もねぇ。だから手早く言うぞ、魅流沙! 自分の意志と判断を信じろ。我儘を諦めるな!」
「でも……」
「お前がオレを忘れない限り、オレはお前の傍についてるぜ……!」
そうだ。
今、この場にいないとしても、シリウスは居るのだ。
(ドライちゃんから大まかな話は聞きました。タイプは違いますけど、シリウスは気に入って任せたと……後は何が足りないんですか!?)
わからない。
(わからない、なら……そうでした。シリウスが教えてくれたんです。まず、行動します!)
新星は幻想蝶を握りしめ、ドライツェンに手を伸ばした。
「『あなたの居場所/使い手になる』……!」
ドライツェンは頷き、手を重ねる。
二人は共鳴し、一つにまとまろうとする。
――しかし。
まだ、何かが足りない。力が入らない。
迫る黒い霧。
ドライの表情に、怯えが走る。
「彼女は渡しません!」
「離して」
そうでもしなければ、新星まで――その言葉が、身を案じての言葉であることは分かった。悲し気な響きがこもっていたからだ。主を失う――かつて、そんな経験をしたのだろうか。
大丈夫。
「……私には離れても引っ張ってくれる人が、シリウスがいますから! その事を忘れはしません!」
「魅流沙ーっ!」
シリウスの声。
黒い手が迫る。
世界が、一瞬、ぐらりと揺らいだ。引っ張られる。――今度は現実の方に。
「ドライツェン」
黒い手は軌道を逸らし、虚空に向かって振り下ろされていた。
●貫く正義は
氷月とジーヴル。
二人は迫る黒い手から身をひそめるようにしながら、言葉を交わす。
「...ジーヴル。あっちで何があったかは知らない。」
(.....ぇう)
ジーヴルは目を丸く見開き、小さく声をあげた。
「私はシアンに助けられて、今ここにいる....今度は私が助ける番」
怯えるジーヴルをなだめるように、
「それに、待ってる人が....いるじゃない?」
(待ってるひと.....)
「...あの黒い手は貴方を奪おうとしてる。あの時の私の様に。また痛い思いをさせられる」
(.....いやぁ!)
ジーヴルは小さく呻いて、縮こまる。
「これは...復讐じゃ、ない。裁き。誓約【「悪」を削除する】事」
だから。
ジーヴルはじっと押し黙った。おずおずと氷月を見上げる。
「正義を持って...私は貫くよ。...ジーヴル...皆の分まで!」
『....ちゃんと忘れてませんのね。心配ないですわ!』
まっすぐに宣言する氷月。
通信機の向こうで、シアンはほっとしたように呟いた。
(....せいやぅ....わかぁた...ひづきぃ!)
ジーヴルは氷月に手を伸ばすように飛び付き、共鳴を試みる。
「...誓約名【自分の正義を貫く事】。そう、悪を削除する事だ!」
(きょうめぃ......するぅ!)
共鳴。
シアンの姿が、瞼の裏に浮かぶ。正義とは、悪を削除すること――。
ぐらりと、世界が傾いた。
共鳴には、まだ届かない。けれど、一瞬だけ。
高らかな氷月の宣言が、世界を揺らす。
――世界を、こちらに押し戻す。
●命のために
(ふむ、大体理解してきた)
クレアの行動原理は、命を救うために最前線へ立つことだ。
アルラヤは、家族と友に安寧をということを何よりも重視している。
共通項はある。
せめぎあう世界が、悲鳴を上げている。それでも。クレアは努めて冷静である。
【何故戦う】
「命を救うために」
【医者でよかろう】
アルラヤの言葉に、クレアは首を左右に振る。
「医者では最前線に立てない。最前線の命を守れねば、その後ろにある国民の命は守
れない」
――口先の平和など誰も守れはしない。自ら最前線へ行けば救える命が無数にある。衛生兵である彼女は、その心情に従って生きてきた。
【ならば政治家は】
「口先の平和は、早急な処置を求める命を救えない」
その言葉で、アルラヤは確信したようだった。
【貴殿の言葉、己が信念に偽りなし。我々は平和を、家族や友の命を求めた。然らば貴殿もまた同志】
アルラヤの包帯から覗く目が、しっかりとした光を帯びる。
【その名と共に誓いを立てよ、盟友】
「クレア・マクミランの名にかけて誓う、「命のために最前線に立つ」と」
共通の理念。――譲れない生き方。
二つの影が入り混じる。呼応するように、世界がこちら側に手繰り寄せられる。引き裂かれるような圧。引き寄せられるような感覚。
――一瞬の共鳴。
●何ができるか
アトリアは、今どんな誓約を結んでいるのか真壁に問う。
真壁は慎重に言葉を選びながら、それに答えた。
「セラフィナと会って俺は少し人の事を見れるようになった。それに英雄になったから変われた事もあると言われた。だから、共に生きようって誓ったんだ」
『……』
「正直俺にはお前のためになるような言葉を投げかけられない。喋るのも誰かの事を考えるのも、上手いほうじゃない。でもやっぱりあちらの世界じゃなくて、こちらの世界にお前がいるなら…あの時も今もこうして出会ったならきっと何かそこに……」
『……何かそこに?』
「……すまん思いつかん』
『もう!』
せっかちな彼女には真壁がカンの鈍い男に思えるのだろう。
アトリアはしばらく考え込んだ。
『むむむ…! ではこうしましょう! ワタシだってこんな所でみすみす壊れるつもりはありません! 消えかけの自分に何が出来るのか、アナタの手を取るべきなのかもワタシにはわかりません! ですから! 共に考えましょう、己に何が出来るのかを!』
「……わかった」
「己に何が出来るのか共に考える」。それが、二人の出した答えだった。
●目を背けていたもの
「何があったの……?」
『……』
N.N.は、レイラに対して、大体の状況を説明する。
「ブラッド! ブラッド……!」
『いい加減にして!』
レイラは軽くパニックに陥り、ブラッドに助けを求めようとする。自分と似ているからこそなのかN.N.はそれに苛立った。
レイラをそのまま少しだけ成長させたようなN.N.の姿は、レイラの「もしも」を思わせる。
もし。
『救いを求めれば誰かに助けてもらえる……そんなの、チガウ』
「N.N.……?」
N.N.はレイラの双肩をつかんだ。
『あなたは納得出来るの? 理不尽な暴力で故郷を、家族を、大切な人を奪われることを、許容できるの?』
レイラは黙ってうつむく。しばらくすると、口から言葉が漏れ出していた。
「……納得なんて……できないよ……! 私だって! 普通の生活がしたかった! 家族と一緒に暮らして! 皆と一緒に歩いて色んな所に行きたかった! 色んなものを見たかった! 他にも……他にも……」
レイラは崩れ落ちて、肩を震わせる。
今まで隠してきた気持ち。押し殺してきた気持ち。
それを聞くと、すっと、何かが理解できるような気がした。
『そう……なら、私に力を貸しなさい。私が、あなたに運命を変える力を貸してあげる』
「……私に……そんなこと出来るの……?」
『出来るわ。あなたと私がいれば。奪い返しましょ? あなたの心の赴くままに。奪い尽してしまいましょ? あなたの憎悪のままに』
「私の……心……憎悪……」
それは、押し殺していた感情だった。
「受け入れるよ。それで、もう奪われないのなら。奪い返せるのなら」
二度と大事なものを奪われず、逆に奪ってやる。
それが、二人の見つけた新しい誓約だった。どんな形であれ、二人を結びつける感情だった。
●明日への約束
「なんでそんなに絶望した顔? その全てを諦めたような顔、見逃せないでしょ」
「……」
「私は私のためにここにいる。あなたは誰のためにいるの? 分からないの?」
「……わから、ないです。こんなんじゃ、共鳴なんてできっこない!」
紅蓮は苦い顔をした。
「じゃあ付いてきなさい」
「え?」
「私は綾香。一色綾香」
一色は、まっすぐに紅蓮に手を伸ばす。
「私があなたに教えてあげる。この世界がどれだけ広いか教えてあげる。迷うなら導いてあげる。困ったら助けてあげる。泣くんなら慰めてあげる。だから……そんな顔はしないで。あなたの居場所を作ってあげるよ……紅蓮……」
その言葉を聞いて、紅蓮はようやく自分がどんな顔をしているか、気が付いたようだ。
【綾香、時間がないようだ。侵食が深くなってきている】
――サイコロとの誓約と矛盾する誓約では、おそらくは誓約は結べないだろう。一色は慎重に考える。
「導いてあげる」
【もっと具体的な内容ではないと齟齬が生じる可能性がある】
「だめなの!? じゃあ……えっと……!! 次の日やる事をお話ししよう!」
「明日、ですか?」
明日。こんな状態にあってなお、一色は明日を信じられるのか。――そこには、自分もいるというのか。
「次の日やることを、話しましょう」
紅蓮は思った。共鳴できるか、できるか、そうではなくて――頭にあったのは、一色と共鳴してみたいということだ。
世界が、揺れる。
●涙の日
好きなもの。嫌いなもの。
沖は、対話の中から、鬼と自分の共通点を見出していた。
それは――過去に自分の無力さに泣いた事があるということ。
「月夜がこの世界に来た頃、あいつは愚神に追われていたんだ。俺は自分に力があればあいつを守れるのにって思ったんだ――今も同じ気持ちだ。俺は一人じゃ何も出来ない。それをすっかり忘れていたんだな」
覚えてはいない。けれど、確かにそこにある。
沖の英雄――月夜との誓約は、「思い出を大切にすること」。そう聞いた鬼は、気遣うようにして沖を見る。
自分が誓約を結ぶことで、沖と月夜との思い出が消えてしまわないか、ということだ。
その言葉に対して、沖は首を優しく横に振る。
「そんなことはないさ。思い出の一ページにお前と俺と月夜が書き加えられる。こんなに嬉しいことはない」
思い出の中で、ともにある自分。想像して、『鬼』は思った。もはや、想像している。沖と、英雄と、ともに居る日のことを――ありありと思い描いている。
鬼の名とライヴスの元に願う。汝との誓約を。
「『無力さに泣いたあの日を忘れない』」
二人の声が重なり合う。
現実世界を呼び覚ます。
悲鳴を上げるように揺れる仮想空間が、最後の抵抗を試みる。
●繋ぐ誓約
それは、VBSに入る前のこと。
「メグル、誓約……変えても大丈夫、かな……?」
【……つくしがそう言うのなら、構いませんよ。どんなものでも、貴方が決めたのなら】
いつも冷静沈着であり、感情をあまり外に出さなかったメグル。御代の向日葵のような明るさに引っ張られてか、最近はよく微笑うようになった。
かつての誓約は、【折れないこと】。これからの誓いは――【共に歩く】こと。
前を歩くのではなく、後ろを歩くのではなく、共に隣で歩いて行きたい。どんな時でも一緒に、手を取って歩きたいという意味を込めて。そして、何よりも、――もう一人のために。
「私、御代つくし! よろしくね、カスカ!」
少しだけ懐かしいような、あの声が、自分を呼んでいる。
「カスカぁ!」
一緒に歩く。
「カスカっ、手を伸ばして……!」
メグルは叫ぶ。
『で、でも、……』
「あんな寂しい世界に、カスカを戻すわけにはいかないから……!」
寂しい世界。カスカもまた、この世界にとどまりたいと、そう思った。
「『一緒に歩こう!』いっぱい、色んな世界を見よう、カスカ……っ! 私と、メグルと、一緒に!」
『いいの……かなあ』
カスカの目が決意を固めたように輝く。
――いいんだよね? カスカの目が問う。
御代は、ふわりと微笑んだ。
【【一緒に歩きましょう】。つくしと、僕と、三人で。…もう、一人じゃありませんから」
カスカの赤い眼が、いっとう闇夜を切り裂くように輝いた。
――共鳴。
引き裂かれそうになるくらいの負荷が、二人にかかる。存在が、不確かになった足場が揺らぐ。……大丈夫。
メグルが、あちらの世界から二人を呼ぶ。
他のエージェントたちが、それぞれ、思い思いに世界を近づける。
【共に歩く】。
カスカとつくしの姿は、一つになった。
●諦めない
御代の共鳴に、世界は大きく傾いていた。
VBSから、現実世界へと。
同時に、第一の英雄たちの声が遠ざかる。
けれど、絆はそこにあった。
「何ができるか、考える」
真壁の言葉を、アトリアが引き継ぐ。
「消えかけの自分に、何ができるかは、わかりません。けれど」
「【自分の正義を貫く事】」
氷月のリボルバーが、黒い霧に向けられる。共鳴は成る。そう信じて、銃口は霧に向けられている。
「命のために最前線に立つ」
たとえ自分の身を危険にさらすことになったとしても。
「家族と友に安寧を」
アルラヤは答える。
「諦めない」
霧をにらむ百目木とシロガネの言葉が重なる。
「守ることを。足掻くことを」
「己のなすことは無駄ではないと」
「諦めない」
難しい事は考えない。勢いと気合が全て。
一色は、なおも手を伸ばす。
せめぎあいの中で、一瞬だけ、共鳴した一色の姿が浮かび上がる。重鎧の肩から、伸びあがる砲撃筒――。新しい姿。
「考えないようにしてた、けど……」
「「目を背けたりなんかしない」」
沖とレイラの声が重なる同時に言った。
「忘れない」
新星は、英雄を引き戻そうとする黒い手をにらむ。
「そう、忘れない、シリウスがいる……!」
「きゃっ!」
ラヴィーウが、黒い手に飲み込まれようとする。ナガルは手を伸ばす。
「諦めない」
●新しい世界へ、冒険の旅へ
(ちーちゃんの時、私は人を助けたかったんだ。今回も、同じ事をしたい。困ってる人を助けるのがリンカーだから!)
よろめくラヴィーウ。
ナガルは黒い手の隙間を縫うように跳ね、しっかりとラヴィーウの手を掴む。
「もう大丈夫です!」
「貴女が私を助けてくれるの? 王子様が女の子だなんて、わからないものね」
ふと、そのまま手をつないでいたことに気がつく。
ラヴィーウは、立ち振る舞いにどことなく高貴な育ちを思わせる少女だ。
「あの、その、あなたのお話を聞かせていただけませんか?」
突然、英雄として召喚されて困っているのだろう少女。彼女のことを、もっと知りたい。
ナガルはそう思った。
「新しい世界が知りたいのよ。籠の中の鳥なんて絶対にイヤ!」
彼女は言う。残っている記憶は、軟禁状態にあったこと。好奇心に輝く赤い目は、どこまでも新しいものを探しているというのに。
黒いこの空の世界は、箱の中の世界は、ラヴィーウには狭すぎる。
「私、”諦めたくない”! 外に……この籠の外に羽ばたくことを!」
(そっか、だから……)
ナガルには分かった。どうして、この英雄なのか。どうして、自分でなくてはならないのか。
「ラヴィーウさん。私と似た境遇の、遠い世界の英雄さん……」
ナガルはぎゅっと手を握る。
(箱の中から出て、この子と一緒に外の…私達の世界を見せてあげるんだ!)
「なら、”諦めないで”ください! 私と一緒に、外の世界を見に行きましょう!」
黒い手が、二人の傍に振り下ろされた。ラヴィーウの眼に、一瞬だけ怯えが走る。
「大丈夫。諦めなければ何度だって外に出られるから。私もそうだったもの!」
「諦めない……私、諦めない!」
「何事も諦めない事」。
誓約が、二人の英雄をつなぐ。一人は、ラヴィーウ。もう一人は、――千冬。
ナガルの瞳の色は赤く、好奇心を湛えて。髪の色は、二人の緑髪が溶け合うような、濃い緑から薄い緑へのグラデーションへと変わる。
髪は腰まで伸びて、癖のあった髪はまっすぐに。新しい一人、新しい一ページが始まる。
(猫耳の生えたその子は、私の世界を広げてくれる気がしたの。何処か分からないこの世界でも、ずっと照らし続けてくれる明かり。それが、私のずっと探していたものだったの)
その直感は、間違ってなかった。
「ラヴィーウさん……いや、今日からラヴィちゃん、だね!」
共鳴したナガルは、黒い手を振り払う。呪縛から、支配から――解き放たれるように。
●世界は戻る
霧が晴れる。
非現実の世界は、ゆっくりと元通りに戻り始めていた。
「そういえば。お前を選んだのは助けてくれた礼を言わないとと思って」
真壁がアトリアに言った。
『それは夢の話でしょう? なら…』
「ああ。だとしても「人に何かしてもらったらお礼を言うんですよ」って言われてるからな。…ありがとう」
まっすぐな言葉。
その言葉に、アトリアは真壁を「変えた」誰かの存在を感じ取った。優し気な誰かの気配。どこか安心するような、ほっとする気配だ。
アトリアは、その気配にそっと手を添えた。
第一の英雄たちが、世界の向こうから呼んでいる。