本部

生者も死者も潜むは暗闇

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/09/04 16:34

掲示板

オープニング

●バンパイア・カムズ
 その研究所にソレが来たのが全ての始まりだった。

 研究員を装って現れたソレは、はじめ歓迎を以て出迎えられた。義体化技術研究には欠かせない生体工学の知識に明るく、田舎に建つ小さな研究所の職員達では思いもよらなかった革新的なアイディアを次々に出し、彼らが目指す、低コストながら一定の性能が保証された義肢の完成へと一気に向かったのである。

 研究員達は喜んだ。全てはその研究員のお陰であると、皆が誉めそやした。試作品の第一号が完成し、運用実験にも成功した日には、彼も巻き込んでの打ち上げが、研究所内で夜更けまで行われたほどだった。

 しかしその夜、全てが変わってしまった。酒を飲み過ぎて居眠りしていた一人の研究者の耳に、ぐちゃぐちゃという生々しい音が届いた。最初は頭の重さに負けて眠り込んでいた彼も、やがて堪えきれなくなって起き上がる。

「おはよう。起こしてしまったみたいだねぇ……」
 ソレは起きた青年に向かってにやりと笑った。口には深紅の血を滴らせ、白い牙がいっそう目立っている。彼が向かうデスクの前には、首をぱっくりと噛み割かれて死んだ女性研究員が、虚ろに目を開いて横たわっている。当然のようにこと切れていた。昏い辺りを見渡せば、鮮血が白い壁を彩り、仲間達が全員倒れ、その死体を晒していた。
「あ、あぁあ……」
 青年は全身を震わせ、掠れた悲鳴を上げる。ソレは小さく首を振り、ゆっくり青年へと近づいていく。
「怯えないでおくれよ。これは僕なりのお礼さ。僕に噛まれるとねえ、君達は殺されない限り永遠に死なずに済むようになるんだ。本当だよ。どんな義肢技術を使っても叶わない夢、不死が叶うんだ。もう誰の死にも怯えないで済む。誰かと別れる事を恐れないで済む。素晴らしい世界が実現するんだ。君にも、僕の夢に協力して欲しい……」

 そう言った瞬間、ゆらりと死んでいたはずの研究員達が起き上がる。喉元から血を滴らせたまま、虚ろに目を開いて、のろのろと青年を取り囲もうとする。その中心に立つソレは、満面の笑みを浮かべて青年に手を差し伸べた。
「せっかく友達になったんだ。ずっと友達でいておくれよ。皆で、ずっと、友達に……」

「うわぁあああっ!」

●ヒーロー・アライブ
「ああ、来てくれたか。良かった良かった。早くて良かった」
 某市警察署に辿り着いた能力者達の一団を、署長が直々に出迎える。それだけの事態なのである。
「早速だが、任務についての説明をさせてもらいたい」
 署長は旧式のプロジェクターを起動させると、スクリーンに映し出された研究所の図面を指示棒で叩きながら矢継ぎ早に話し始めた。
「大方は先程連絡した通りだ。この市の北に位置する研究所に勤めている二名の研究員から救助要請が入った。人の血を吸い尽くす怪物が現れ、五名の研究員を殺害した後その遺体を使役しているらしい。おそらくは愚神、屍食鬼に類すべき種と思われる。ドロップゾーン形成の様子はない。おそらくはデクリオ級程度だろう。我々はこれをブラム・ストーカーに倣い、『ドラキュラ』と名付けた。
 現在は研究室内の隔壁を下ろし、その上で電源室のブレーカーを遠隔操作で遮断する事で相手の行動を阻害し、どこかの倉庫に隠れているらしい。探す身からすれば厄介だが、武器も持たぬ一般人が逃げおおせるにはその程度はせねばならんし仕方ない。
 急務は研究員の救助だ。通信を聴く限り、一人は怪我をしてパニック寸前になっている。無事な方が収めようとしているが、大声を上げ始めるのも時間の問題かもしれない……スピード、スピードが命だ。
 愚神その他の処理は捨てて構わない。いわば君達は先遣隊だ。研究員さえ確保してしまえば、後詰めの部隊が存分に愚神と戦える。もちろん、可能だというなら君達が倒してしまってくれても構わんが……」
 署長は振り返り、能力者達をぐるりと見渡す。
「くれぐれも無理はしない事だ。まあ、なんだ、その。私達はHOPEの力を借りた身だ。借りたものは返さなければならんし、無茶はしないでくれ、いや、ほんとに。暗闇の中でゾンビと戦うなんて、絶対にやめた方がいい。明かりを付けたら戦いは楽になるだろうが……ただ、奴らも自由に動き回れるようになる。どちらにしろ、戦いはなるべく避けた方がいい……」
 汗を軽く拭って、彼は深々と頭を下げた。
「我々は市民を守らねばならない。どうか協力してくれ」

●イン・ザ・ダーク
 閉まった扉をこじ開け、能力者達はつかつかと研究室の中へと入る。暗闇の中、頼れるのは己の手にあるライトのみ。
 死した者達の助けを求めるような呻き声、壁を叩きつける音だけが、暗闇の中に木霊していた――。

解説

●目標
 メインクエスト:生存している研究員の救出
 サブクエスト:デクリオ級愚神と従魔達の討伐

●登場
デクリオ級愚神『ドラキュラ』
 優男の風貌。輝く牙、爪を持つ。研究員の機転で部屋に閉じ込められ、グールに研究員を探させている。
 人語を解すが思考回路が破綻しており説得は不可。
 物理防御に優れる他、血液を吸収する事で生命力を回復してしまう。
・切り裂き
 近接(物理)、視界内全ての敵が対象。
・吸血
 近接(物理)、単体対象。
 喉元に食らいつき、血を吸う。生命力を回復する。

ミーレス級従魔『グール』×5
 ドラキュラの指揮下にある従魔。
 元研究者だが、グールになった影響で力が格段に増している。
 思考力は無いに等しい。
 攻撃方法はドラキュラと同じだが、鈍重。

研究員×2
 哀れな被害者。遠隔操作を用いて電源を遮断する事で、相手の捜索を妨害して倉庫に引き籠っている。一人はグールに襲われ、出血&パニック寸前。

●状況
 電源の落ちた研究室。夜のため外からの明かりも無く、とにかく暗い。
 電源室のドアをこじ開ける、研究員を救出して説得するなどすれば電源を復旧させることが出来る。
 PC達は救助対応(必ずしも愚神を倒す必要はない)。
 リプレイは研究室の入り口から始まる。回廊にはグールが彷徨っており、一定の確率で遭遇する他、大きな物音を立てる、血の臭いを探知すると次のシーンに遭遇する。(血の臭いする方優先)
 体格の細いキャラクターならば、ダクトの張り巡らされた天井裏を徘徊し、そこから部屋を行き来する事も出来る。

●部屋
 口の字回廊(東・西・南・北)…南からリプレイスタート。グール彷徨。
 回廊中央:実験室×2…回廊東西に貫通
 西:ブリーフィングルーム…ドラキュラ待機。扉破壊不可。
 北:倉庫…研究員×2がいる。
 東:電源室…電源を付けられる。

※部屋の入口は閉まっており、力づくでこじ開ける必要あり。電源復旧後に開くように。

リプレイ

●死者の呻きを掻き消せ
 研究員を救助すべく宵闇の研究所へ向かった六人の能力者。先行するは西側にグールを引き寄せる事を目指す、囮班の四人であった。

「暗いところはやっぱり怖いです……けど、頑張らなきゃです」
 頼りの明かりはライトだけ、それをしっかりと握りしめて、想詞 結(aa1461)はおろおろと周囲を見回していた。何せホラーは大の苦手、足元が震える。隣のルフェ(aa1461hero001)は呆れた顔で彼女の横顔を見ていた。
『大丈夫だよ、お兄さんやお姉さんだってついてくれてるんだし』
「そう、ですよね。ルフェ君、私頑張るです」
 言いながら、結はルフェの方に身を寄せてしまう。これではグールに奇襲されても動けない。ルフェは口を尖らせ、背後に立つ結の方に振り返った。
『歩きにくいってば。しょうがないなあ、さっさと共鳴しちゃうよ』
「わ、わかりましたです」
 結は赤いスーツとマント、小さなシルクハットを身に纏う。ルフェと共鳴した証だ。ルフェと心を合わせた事で、少しは恐怖も紛れる。
『(いざという時は僕がやるからね。無理な時は無理って言ってね)』
「はい。わかりましたです」

 そんな最年少二人の様子をちらと窺いながら、小鉄(aa0213)と稲穂(aa0213hero001)は顔を見合わせる。
「拙者達も共鳴しておいた方がよいでござろうか」
『その方がよさそうね。いきなり奇襲を受けたら大変だし』
 二人は頷き合うと、彼らも共鳴する。小鉄の瞳が、稲穂と同じ金色へと染まった。共に脅威へ立ち向かわんとする覚悟の証。が、その瞳はほんの僅か、揺れた。
『(……従魔だけど、元が人を相手するのは心が痛むわね)』
「(致し方あるまい、今は討ち果たす障害でござる)」
『(……そうね)』

 そんなこんなで、廊下の角へ差し掛かる。
「ひとまず、何事も無く来れたでござるな」
「そうだな……」
 御神 恭也(aa0127)は淡々と頷くと、懐に潜ませていたアラーム時計を取り出す。小鉄も同時に愛用(させられている)品の目覚まし時計を取り出した。恭也と伊邪那美(aa0127hero001)、小鉄は顔を見合わせる。
『二つもいらないんじゃないかな?』
「それならこっちを使うといいでござる。これはデスソニックと言って、それはもう煩い爆音を鳴らす。お陰で毎日毎日起きるのが辛く……」
『(こーちゃんが起きないからでしょ)』
『ならその、ですそにっく? にしようよ』
 伊邪那美の言葉に恭弥も頷き、小鉄からデスソニックを受け取りかける。
『あ、待ってほしい。あんまり煩いのは困るんだが……』
 そんな彼らに待ったをかけたのは、ルー(aa4210hero001)とフィアナ(aa4210)だった。肩にライトを結び付けているフィアナは、小さくガッツポーズをしながら表情を引き締める。
「これから共鳴して、グールが来るかどうかを耳で確かめたいと思ってるの。あんまり音が大きいと、何にも聞こえなくなっちゃう」
 聞いた小鉄は、なるほどと頷いた。
「それも一理あるでござるな。すまんが、御神殿、お願いできるか」
「問題ない」
 恭也は頷いた。
『(グールさーん、ここに美味しそうなのがいるよー)』
「(冗談はやめてくださいです!)」
 結はからかうルフェをぴしゃりとたしなめつつ、ライトで周囲を必死に照らしていた。

 携帯のナイフで手の甲に傷をつけ、恭也はうっすらと溢れる血を時計になすり付け、アラームを鳴らし始めた。甲高い音が廊下に反響した瞬間、空気がぴりりと変わる。断続的な呻き声が消え、低い唸り声へと変わる。恭也達、フィアナ達も共鳴を果たし、武器を取ってグールを待ち構える。
「守るべき、誓いを」
 白鷺をくるくると取り回し、フィアナは凛と唱える。彼女から発せられたライヴスが、回廊に満たされていく。少しずつ、グールの足音が響いてくる。彼らはライトをその方面へと向けた。
『(来たっ!)』
 伊邪那美が叫ぶ。廊下に殺到した三体の屍が、腕を振り上げ彼らへと突っ込もうとしていた。



 一方、囮班に遅れ、救出班が研究所へと足を踏み入れた。東雲 マコト(aa2412)とバーティン アルリオ(aa2412hero001)は既に共鳴して正義のヒロイン『ヴァンクール』となり、何度も倉庫の見取り図を確めていた。
「こう行って、ここに行って、だな。サクラコ君、下からのサポートは頼んだぜ」
「あ、はい。……一応、オレの名前は桜小路國光っていうんですが……」
 ヴァンクールにいきなりあだ名で呼ばれた桜小路 國光(aa4046)は、戸惑った顔をする。ヴァンクールは見取り図をしまいつつ、メテオバイザー(aa4046hero001)の方をけろりと指差した。
「だって、連れの子はサクラコって呼んでるじゃないか」
「まあ……」
『いいじゃないですか、サクラコ。今はとにかく急ぐのですよ』
「メテオ君の言う通り! じゃ、あたしは行くよ!」
 ヴァンクールは天井の鉄板を取り外すと、ダクトの中に潜り込んだ。幅はとにかく狭く、なるほど、細くなければ身動きが取れそうにない。
「こりゃあたしでもキツイな。暗いし。ネズミとかいねえだろうな……イテッ。ルフェ君とか、その辺に頼めばよかったかな」
 彼女も身長は低くない。時折配管に肩やら背中やらぶつけつつ、どうにか進み始めた。

 やがてアラームの甲高い音が遠くから微かに聞こえ始めた。囮組が本格的に動き出した合図である。
『さあ、私達も参りましょう、サクラコ』
「そうだね」
 二人は頷き合うと、ライトで先や背後を照らしながら進み始めた。遠くではなお一層騒がしくなり始める。既に戦いが始まったに違いない。彼らの頑張りがふいにならないように、二人はさらにそっと、かつ早足で北の倉庫を目指した。
 そうして、中央廊下との合流点に差し掛かった時である。

 唸り声を上げながら、従魔が中央廊下から勢いよく腕を振りかぶってきた。はっとして國光は飛び退く。その手に素早く囮用のスマートフォンを握った。
「まあ、何もかも上手くいくものじゃないよね!」
 アラームを鳴らすと、國光はそれを地面に投げ出し中央廊下に蹴り出した。従魔は僅かに甲高い音のする方へ気を取られる。その隙を突いて、國光は廊下の奥へと駆けてメテオに手招きした。
「行っちゃおう」
「はい!」
 メテオも従魔の脇を抜け、暗闇の中へ消える。従魔はその背を追いかけようとするが、鋭く突き出された一気呵成の一撃に足を砕かれ、その場に突き倒されてしまった。
 赤い瞳を爛々と輝かせ、恭也はグールを見下ろす。足が砕かれても、グールは這って恭也に迫ろうとしていた。
「やはり頭は砕かなければならんな」
『(そうだね。ちょっとかわいそうだけど)』

 どうにか倉庫に辿り着いた國光とメテオの二人は、固く閉ざされた扉に向かって声を掛ける。
「HOPEです。救助に来ました。中に誰かいますか?」
 扉の向こうで微かに音がした。耳を澄ませていると、震える声が微かにドアの隙から洩れてくる。
「ち、違う。悪魔だろ?」
『違いますよ。大丈夫ですから、落ち着いてください』
 メテオが声を掛けると、中の人々は安堵したように声の色を変える。
「ああ、本当に助けだ。待ってくれ、今電源を付けて――」
「待ってください。今そちらにもう一人向かっています。その到着を待ってください」
「ええ?」
 國光の言葉に、中の研究員は訳がわからんとばかりに首を傾げる。暗い倉庫に扉は一つしかない。窓も無い。扉も開けずに倉庫へどう入るというのか?
 すぐに答えは現れた。派手にダクトの蓋を飛ばし、くるりと一回転を決めながら、倉庫の真ん中にすたんと降り立った。研究員が向けたライトに照らされながら、彼女は満面の笑みを浮かべてポーズを決める。
「ヴァンクール、参上!」

●沈黙からの逃走
 その頃、囮となった仲間達は押し寄せた三体のグールと未だ戦っていた。廊下が狭い上に、フィアナの得物が少し長い。制圧するだけなら支障ないが、止めを刺すとなると決め手に欠けていた。小鉄も狭い中で刀を存分に振り回すというわけにはいかない。
「怒涛乱舞! っというわけにも中々いかないでござるな……」
「思った以上に狭いよね、ここ!」
 押し寄せるグール二体を小鉄とフィアナは刃をもって押し返す。腹を刺されようが、肩を切られようが、一向に構わずグールは突っ込もうとしてくる。
「銀の魔弾です!」
 小鉄とフィアナの間から、結は銀色の光を飛ばす。廊下を照らしながら飛んだ一撃は一体のグールの肩口を吹き飛ばすが、ちぎれかけた腕をだらりとぶら下げ、なおも突っ込んでくる。その無残な姿に、結は思わず震えあがってしまう。
「ひゃっ」
 結は思わず手で口を覆う。共鳴しても怖いものは怖い。
「とどめお願い、小鉄!」
 倒れかかるようになったグールの胸に、フィアナは白鷺を突き立てた。もがくグールに、小鉄は刀を突き付ける。
「覚悟!」
 一刀の下、グールの首が飛ぶ。フィアナがぐったりしたグールを蹴り付けると、亡骸は力無く飛び、残りのグールを巻き込んで床に伏した。残りは亡骸を払い除け、のろのろと足を進めてくる。背後からもう一人が突っ込んできたことには気づかずに。
「小鉄さん」
「応。フィアナ殿、結殿、下がっているでござる」
 恭也が叫ぶと、小鉄も頷いて刀を構えた。二人は一気にグールへと突っ込み、荒々しく刃を振り薙いだ。
「怒涛乱舞!」
 二人が放った迅雷の攻撃は、グールの首を的確に捉えて刎ねた。首を失くしたグールはゆらりと傾いでその場に倒れる。やがて、陰鬱な沈黙が訪れた。

「とりあえずここは片付いたでござるな」
「ここに来たのは三体。ということは、残りは二体?」
 小鉄が一息ついている間に、フィアナは物言わぬ亡骸を見渡して呟く。その横で、結はスプラッタ映画もかくやの光景にすっかり震えていた。
「ま、まだ二体も残っているのですね」
『(そろそろ代わろうか?)』
「(いえ。も少し、頑張る、です)」
 結が恐怖をなだめている間に、恭也が小さく首を振った。
「いや。一体は、回り込む時に仕留めた」
「そうでござるか! という事は、残りは一体」
「三方向から向かいましょう! 東雲さん達の方に行ったに違いないです!」
 結は声を張り上げる。少しでも恐怖を紛らすように。三人も頷き合った。
「奥から回る」
 恭也は剣を構え、すぐさま駆け出す。小鉄はそれに続き中央回廊へ折れていった。
「拙者は真ん中から! 御嬢方は入り口側から頼むでござる!」
「オッケーです! 行こう、結」
「は、はい!」
 フィアナと結は、後へと引き返して走り出した。



「もう安心しなおっさんども、あたしが来たからには絶対助かるぜ」
 遡る事数分、颯爽と倉庫に降り立ったヴァンクールは、素早く二人の研究員に駆け寄って怪我の状態を確かめる。腕が傷つき、止血はされているが今もなおうっすら血が滲んでいた。ヴァンクールは救急キットを取り出し、手早く応急手当を済ませていく。
「……よし、終わったぞ」
 ヴァンクールは軽く肩を叩くと、立ち上がって扉を軽くノックした。
「おい、サクラコ君! 外の様子はどうだ!」
「大丈夫です。囮がばっちり引き付けてくれているみたいですよ」
「オッケー! じゃあ一気に扉ぶち抜くぞ!」
「了解、準備は出来てますよ」
 外では、メテオと共鳴した國光が雷切を握りしめていた。オッドアイを閃かせ、静かに構えを取る。中でも、ヴァンクールが扉に向かって拳を構えていた。
「せーの」
 二人は一斉に飛び出し、両開きの扉を片方ずつ殴りつける。重い一撃の前に扉は轟音と共に凹み、手を差し込む隙間が生まれる。そのまま二人は扉に手を掛けると、一気にこじ開けた。
「よし。さっさと行こうぜ」
 ヴァンクールは一足先に倉庫を出ると、ライトで周囲を照らしながら研究員二人の方を一瞥する。二人は荒っぽい手段に戸惑っていたが、やがておずおずと一歩を踏み出してきた。
『き、気を付けてくださいです! 引き付けられなかったグールが一体だけ残ってるです!』
 ライヴス通信機から結の声が飛び出してくる。二人は素早く顔を見合わせた。
「前にでる。サクラコ君は後ろをカバーしてくれ!」
「ええ、わかりました――って、後ろ!」
「マジかっ」
 國光が飛び出し、翻ったヴァンクールは両腕でグールの一撃を受け止めた。鋭い爪が僅かに食い込むが、彼女は堪え、そのまま國光と共にグールを奥へ奥へと押し込んでいく。そのままグールを角に叩きつけ、震えて縮こまっている研究員二人に向かって叫んだ。
「もうグールはこいつ以外いねぇ! とっとと行ってくれ! 電源は最後までつけんなよ!」
「は、はいぃ」
 研究員は慌てて二人の背後を走り抜けていった。それを見送ると、二人はグールをもう一度壁に叩きつけて間合いを取り直す。
「ここでやってしまいますか」
「ああ、そうだな」
 グールが唸りながら腕を振り回してくる。國光は盾でグールの腕を受け止め、鋭いキックで蹴り飛ばす。
『いたずらに傷つけてはだめですよ、サクラコ! 元は被害者なのですし』
「言われなくてもわかってるよ。狙うは首だね!」
「そうだな、行くぜぇっ!」
 二人の一閃がグールの首を捉え、高々と刎ね飛ばした。その場でグールはずるずると崩れ落ち、そのまま動かなくなる。その姿を見届け、二人はほっと溜め息をつく。それから、亡骸に向かって静かに手を合わせた。
「死んでからも働かされるなんて。かわいそうに」
「こいつらの事も助けてやりてえところだったな……」

「終わっていたか」
「加勢しに行くまでも無かったでござるかな」
 背後からの声に國光とヴァンクールが振り返ると、廊下の向こうから、恭也と小鉄が軽く歩み寄ってくるところだった。ヴァンクールは頷くと、ばっちりとポーズを決めてみせる。
「ああ、何とかなったぜ」
『こちらフィアナ! 研究員さんは無事に脱出させたよ!』
「了解。じゃあ、我々も一旦撤収しましょう」

 経験も少なからず積んできた六人。彼らが練り上げた作戦は上手くはまった。少々の消耗はあったが、何事も無く研究員を助け出す事に成功したのである。



「……何だか外が静かになっちゃったなあ。さっきまで騒がしくて楽しそうだったのに」



●生者の凱歌を響かせよ
 しかし、彼らはそれで任務を終わりにはしなかった。助けた研究員から電源装置の遠隔マニピュレータを受け取ると、六人揃ってブリーフィングルームの前に立っていた。彼らはHOPE、目の前に居るとわかっている愚神を放置する気はさらさらなかったのだ。
「やるんだな、みんな?」
 ヴァンクールが仲間達を見渡すと、フィアナはトリアイナを握りしめて真っ先に頷いた。
「私達でやろう! 研究所で頑張ってきた人をあんなにして……少しだって許しておけないよ!」
 フィアナの意気込みに釣られるように、小鉄と恭也も力強く頷いて見せた。
「うむ。異論は無いでござる」
「……消耗は少ない。デクリオ級一体なら、十分倒せる余地はある」
 結はおずおずと、國光はさらりと答える。
「こ、怖いですけど、何とか、頑張るです」
「まあ、後詰が来るまでにある程度ダメージを与えておくのは有効な作戦でしょう」
 その時、不意に扉が勢いよく中から殴りつけられ、がんと鈍い音が響く。甲高い笑い声と共に、狂気じみた声がすらすらと扉の隙から洩れだしてくる。
「聞こえてるよ? 早く来てよ。退屈していたんだ。皆君達が僕の友達を殺してしまったのだろう? だったら今度は君達が僕の新しい友達だ。さあおいで、さあ!」
「友達……友達は、こんな風に作るものじゃないです」
「知らない! 分からないよ! 僕にはこうしか出来ないんだからさ! 友達もこうやってしかつくれやしないよ!」
 結の言葉をあっさり跳ね除け、ドラキュラは壁向こうで喚く。虚しい顔を作って、結は小さく首を振った。
「どうして……わからないんです?」
「この愚神、元は善良な人間に憑いたのでしょう。犠牲者が持っていた人間性を、愚神はとことん曲解して認識しているんです」
「……ちくしょう」
 國光の言葉にヴァンクールは顔を顰めると、ポケットから何かを取り出し強く握る。
「おい、ドラキュラ! お出迎えの準備完了なんだな? それなら行かせてもらうぜ、一発喰らえよ!」
「電源オンです!」
 結が電源を入れた瞬間、一斉に照明が輝き、ブリーフィングルームの扉が一気に開く。白衣を深紅に染め抜き、狂気じみた笑みを浮かべる優男が扉の奥に現れる。その姿を捉えた瞬間、ヴァンクールは一気に突っ込んだ。
「オーガドライブならぬニンニクドライブ、くらいやがれぇえ!」
 避ける間もなく、優男の口内にニンニクが炸裂する。そのまま仰け反ったドラキュラは、ブリーフィングルームの壁まで押し込まれ、思い切り壁に叩きつけられた。
「やったか?」
 しかし、ドラキュラの手はゆらりと動き、しっかりとヴァンクールの腕を捉える。
「……ガーリック風味の血というのも、おいしいかなぁ?」
 鼻から血を流しながら、ドラキュラはヴァンクールの腕を捉え、そのまま喉笛へ噛みつこうとする。
「うわわわっ! やっぱ効かないじゃねえか!」
「東雲殿!」
 素早く小鉄が飛び出し、ドラキュラの口元に向かって自分の左手を差し出す。ドラキュラはその腕へ反射的に噛みついたが、違和感を覚えて顔を顰める。
「うわあっ。なんだい、君の腕は?」
「生憎、拙者はアイアンパンクでござってな。この腕に流れるは、オイルとライヴスでござる!」
 苦無を使った鋭いクロスカウンターがドラキュラの肩口に突き刺さる。ドラキュラは仰け反ったが、それでも致命傷ではなかった。肩から血をにじませながらドラキュラは周囲を見渡し、入り口近くでトリアイナを構える結に目を付けた。
「君、僕の友達になってよ!」
 ドラキュラは爪を振り回して誰も彼もを切りつけながら、結へと真っ直ぐ迫っていく。あまりに唐突、そして狂気じみたその表情に、結は思わず構えが遅れてしまう。
「うわっ」
『(仕方ないな、もう!)』
 しかし、間一髪のところでルフェが制御を変わり、ひらりと跳び上がってその一撃を躱す。ドラキュラはさらに追撃を加えようとしたが、脇から突っ込んでくる國光の突き出した盾に鋭く押し込まれる。しかしドラキュラもさるもの、ひらりとすり抜け、今度は恭也へと迫っていく。
「じゃあ、君は? 君は僕と友達になってくれるの?」
 ドラキュラは恭也の懐へと突っ込み、その喉笛へ噛みつこうとする。恭也はそれを手で受け止めると、血を吸われながらも無理やり脇を固めて押さえつける。
「さあ、俺と貴様と何方が生き汚いか、勝負するか」
『(また馬鹿な事言ってる!)』
「フィアナさん、今だ」
 真正面に立ったフィアナは、リンクコントロールでリンクレートを高め終え、既に突きに向かう体制を整えていた。
『(ドラキュラ退治と言えば、狙うは……)』
「(……心臓!)」
 フィアナは足に溜め込んだばねを一気に解き放ち、一直線に突きかかる。さしものドラキュラも目を見開き、恭也を引きはがそうと暴れる。
「く……離せ!」
「無駄だ」
「くそっ!」
 ドラキュラは爪をフィアナに向かって伸ばす。その一撃はフィアナの肩口を割いたが、彼女は構う事無く、果敢に心臓へ魔法の槍を突き立てた。
「あなた……本当に子供みたいね」
 ドラキュラはバランスを崩して床へと倒れるその瞬間に、もう一度力を籠め、フィアナは一気に槍でその心臓を貫いた。
「あああああっ!」

 ドラキュラは悲鳴を上げる。ふと、彼は安らかな笑みを浮かべた。しばし天を仰いだ彼は、そのまま灰となって静かに消え去ったのだった。

●Good End!
『そりゃ大蒜なんて効かねえよ』
「やっぱりだめだったね……でも、心臓に一撃は効いたよ?」
『あんな綺麗にやられたらどんな奴だって死ぬだろ』
 警察署内。マコトとアルリオは壁にもたれ掛かって反省会をしていた。結局大蒜を持っていった事についての反省である。彼らの視線の先には、外を見つめて物思いに耽るフィアナ達の姿があった。
 戦場での勇ましさは影を潜め、彼女はすっかり元のおっとりモードである。空を見上げ、そっと犠牲者に想いを向けていた。そんな彼女をちらと見やり、ルーは尋ねる。
『フィアナは、ドラキュラ読んだ事なかったよね』
「難しいご本? なら、読んだことないの……」
「お貸ししますですか?」
 首を傾げるフィアナに、結はそっと一冊の本を差し出す。ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』である。ルフェはにやにや笑って本を指差した。
「結はね、一応勉強のためにって買ったんだけど、結局読みきれなかったんだよ」
「る、ルフェ!」
 結は慌ててルフェの口を塞ごうとする。そんな二人の様子を、また別のところから小鉄たちと恭也達は眺めていた。
「……時に、恭也殿。そなた、中々の手練れでござったな」
「小鉄さんこそ、あの怒涛乱舞は中々の切れ味だった」
「じきに、手合わせお願いしたいものでござる」
「……こちらこそ」
『また何だか変にやる気に……』
『お互い苦労するねー』
 戦士二人が淡々と言葉を交わす様子を、和装を着込んだ二人の少女は見つめて溜め息するのだった。
『結局後詰の人の出番まで奪ってしまいましたね』
「だねぇ。どんな人だったんだろう……」
 署長が来るのを待つ間、思い思いに過ごす仲間達を見渡しながら、コーヒーを飲んで國光はほっと息をついた。その背後に、ぬっと一人の男が立つ。
「私の話か?」
「え? ……まあ、貴方が後詰の方だというなら……」
『そうか。私の事は気にするな。ミディアンハンター同士、仲良くしよう。握手だ』
『ミ、ミディアンハンター?』
 勝手に國光の手を握る大柄な初老の男を見上げて、メテオは呆気にとられたように呟く。その後ろから、小柄な少女がひょっこりと顔をのぞかせた。
「き、気にしないでください……こんな人なんです」
『さあゆくぞ、セーラ。次はメアリ・シェリーが待っている』
「ま、待ってくださいよ!」
 握手するだけして、男は少女を連れてのしのしと去っていく。二人は顔を見合わせると、ただただ首を傾げるばかりだった。

 一体、彼らは誰だったのだろうか。とにもかくにも、HOPEの仲間達は、見事研究員を救出し、愚神も倒して見せたのであった。

Fin.

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
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