本部

れっつごーとぅー水族館

雪虫

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 4~15人
英雄
15人 / 0~15人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/09/02 15:16

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掲示板

オープニング

●宣告
「結論から言うが、特殊抵抗値が著しく下がっているな……今後敵からそういった類の攻撃を受けた際、強く影響を受ける可能性が極めて高い……」
 佐東の言葉に、李永平(az0057)はぐっと眉間に皺を作った。以前のように取り乱す事はないが、苦渋を滲ませた表情で職員へ視線を注ぎ続ける。
「……私からは君にどうこうしろとは言わん。君は人の命令に従うタチでもないだろう。君がHOPEのエージェントとしてここにいる限り、HOPEはそれを支援する……悪いが、私の立場から言えるのはそれだけだ」
 永平は静かにその言葉を聞くと、何も言わずに立ち上がった。佐東はその背中を見送った後重々しく息を吐いた。

●ひょっこりNINJYA
 ガイル・アードレッド(az0011)は柱の影から永平の様子を伺っていた。先日の依頼から帰ってきた後ずっっっっと塞ぎ込んでいる同居人。まだ打ち解けたとは言い切れないナニカアリ荘の新しい住人の様子を、ガイルは愛用のサングラスの下からじっっっっと眺めていた。
「うう……ミーはどうすればいいのでござろう……」
「そうねん……またかぐやひめんにご招待ってのもいいけれど、もう少しヒネリが欲しいわよねん……」
 ガイルの頭上で金髪ゴリ……もといキャシーが口を開いた。NINJYAとオネェのトーテムポールは永平をじっっっっと見つめた後、柱の影に退避しひそひそと顔を寄せる。
「どうすればいいのでござろう」
「そうねん……ガイルちゃん、ちょっと待っててねん。オネェさんが明日までになんとかしてあげるわん」
 そう言ってキャシーはバチコーンとウインクした。何故か風が巻き起こったが永平は気付かなかった。

●お誘い
「永平殿! 水族館に行くでござる!」
 翌日、ガイルは水族館のチケットを手に永平の前に立っていた。事情がよく飲み込めない永平にガイルがハキハキ説明する。
「オネェさん殿がお客さんからチケットをゲットしてくださったでござる! これでミー達と水族館に行くでござる! いっぱいあるでござるゆえ、エージェントのミナサマもおサソイしてゴ―でござる!」
 ガイルは元気いっぱいにチケットをビラッと見せびらかした。それに対し永平は何故か釘バットを取り出した。頭に疑問符を浮かべるガイルに永平は口を開く。
「スイゾクって……どこの族だ?」

解説

●やる事
 水族館に行く

●場所
 とある水族館
 超大型水族館。イカ、タコ、ヒトデ、カメ、ペンギン、イルカ、アシカなどなど様々な海の動物がいる。車椅子での入場可能。ファミリーレストランあり、自販機あり、水族館グッズを売っている売店あり。開園:9時、閉演:19時

●イベント
 集合予定:9時(水族館前)(全員水族館の場所は知らされている)
 ペンギンショー:10時、14時
 イルカショー:11時、15時
 アシカショー:13時、16時
 触れ合いコーナー(ヒトデや貝など一部の生物に触れる):時間指定なし
 解散予定:19時(水族館前)
 
●NPC
 李永平
 水族館に行くのは初めて(水族館が何かはガイルに聞いた/勘違いについては口止めしている)。背中を触る・見るのはNG
(PL情報)
 パンドラの呪いによりリンカーとしての能力に制限が掛かっており、周りに迷惑を掛けるのではと悩んでいる

 花陣
 車椅子にて参加。水族館に行くのは初めて

 ガイル・アードレッド
 お騒がせNINJYA。水族館は子供の頃によく行った

 デランジェ・シンドラー
 忍ばぬASSASSIN。水族館には暗殺の仕事で行った覚えがある

 キャシー
 オネェさん殿。水族館は久しぶり

●その他
・入場料はキャシーの用意したチケットでまかなわれる/飲食等の買い物はゲーム通貨から徴収する
・NPCが何か買う場合基本はNPC自身がお金を払う
・NPCは特に要望がなければ描写はなしor最小限
・劉士文には「HOPEの回線を使い」「永平に関する事限定で」FAXを送る事が可能
・見たい海の生物があれば記入お願い致します(水族館にいそうにないものは却下する場合がある)

リプレイ

●前日
「織歌よ。余は水族館という所に行ってみたいのだが」
 横から聞こえてきた尊大な声に酒又 織歌(aa4300)は視線を向けた。織歌の眼鏡越しの瞳には128cm程のペンギンが映っている。断っておくが織歌がいるのは水族館ではない。圧倒的自宅。自宅にペンギンが鎮座しているにも関わらず、織歌は慌てず騒がず礼儀正しくいつも通りに言葉を述べる。
「? 陛下、突然どうしたんですか?」
「こちらの世界の臣民がどのように暮らしておるのか気になってな」
「そうでしたか。いいですよ、丁度お誘いがあったところでしたし。でも……」
 野生とかけ離れた姿にショックを受けないと良いのですが。織歌は心の中でそう唱えた。何故なら彼の言う「臣民」とは、水族館に住まうペンギン(種問わず)の事なのだから。
 しかし織歌の言葉に彼は「うむ」と頷いた。彼の名はペンギン皇帝(aa4300hero001)。どこをどう見ても紛う事無く圧倒的ペンギンである。

●9時
「随分大人数で行くんだな」
 水族館に辿り着いた真壁 久朗(aa0032)の第一声はそれだった。総勢35人(人間と呼べない何か含む)もいればそういう感想にもなるだろう。隣ではセラフィナ(aa0032hero001)が、柔らかな丸文字のメモを握りながらお花の幻影をぽわぽわ飛ばす。
「僕、すごく楽しみだったので見たいもの全部メモしたんですよ!」
「そうなのか。どれだ?」
 なんの気なしに手を出した久朗はメモを見て一瞬凍り付いた。

 マンボウ
 ダイオウグソクムシ
 クマノミ
 クラゲ
 イルカ 
 シャチ
 ペンギン
 イソギンチャク
 チンアナゴ

 状況を正しくお伝えするためメモをそのまま再現したが、カタカナ羅列の迫力に久朗の顔が思わず引き攣る。
「す、水族館フルコースだな。……なんとか、一日でまわりきろうか」
「はい!」
 引き攣る久朗の声に気付かずセラフィナは明るく声を上げた。にこにこと笑みを浮かべぽわぽわ澄んだ声を振りまく。
「お寿司屋さんや遊園地に皆で行った事はありますが、水族館は初めてですね! たくさん綺麗な生き物がいると聴きました。下調べもばっちりですよ! シルミルテさんや他の方ともお話出来たら嬉しいです。みんなでわいわいするのは楽しいですからね。ガイルさん達にもお会いするのは久々でしょうか」
 天の川を流し込んだような緑眼がいつにも増してキラキラしている。久朗は「ちょっと貸してくれ」とセラフィナからメモを受け取ると、入口のパンフレットも掌握し真顔で紙に視線を落とす。
 久朗が一人異様な迫力を周囲に撒き散らしていた頃、同じくパンフレットを所持した木陰 黎夜(aa0061)は目に見えてそわそわしていた。視線をパンフに固定したまま、傍らに立つアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)へと問い掛ける。
「水族館……ペンギン、いっぱい、いるかな……イルカも楽しみだけど……」
「ショーもあるみたいだし、いっぱい見られるといいわね」
「うん……」
 黎夜は珍しく興奮を滲ませ呟いた。アーテルも初めての水族館に思う所はそれなりだが、水族館二回目の黎夜の方が期待度は大きそうだ。鈴宮 夕燈(aa1480)も久方ぶりの水族館に、堪えきれない心の声が小声ながらダダ漏れている。
「今日は久しぶりの水族館!! ……えへへ……楽しみやなぁ……こっち来てからやと初めて行くしなぁ……。団体さんで行くんも初めてやし……水族館好きな人と仲良ぉなれたら嬉しいかなぁ……って思ったけど、うち人見知りさんするからなぁ……知っとる人……あ、居る! けど声掛けてよかっちゃろうかぁぁぁぁあ~あ~」
 すでに集合済みにも関わらず夕燈は即座に物陰に隠れた。「(○△○)」という表情で人見知りモードでオドオドとうろたえつつ、物陰から知り合い達へ熱い視線を投げ掛ける。
(真壁さん、木陰さん、東海林君、ゼノビアちゃん可愛い……あ、あのウサ耳シルクハットちゃんは目撃した事ある……シルミルテちゃんって言うんか……可愛い、小動物っぽい子……と言うか、英雄さんで動物っぽい子多い? しかも、もふもふ感凄そう……もふもふ……もふもふ……したい……よかやろうか……や、動物さんやったら大体好きやし……猫と虎ってどう違うんやろ……って言うか、触って見てもよかならもふらせて……もふれたら幸せ……えへ)
 もふもふの圧倒的誘惑に夕燈は「ふらぁ」と顔を出し、Agra・Gilgit(aa1480hero001)はそんな夕燈をうろんな瞳で眺めていた。コワモテのオッサン、カタギに見えないと評されるAgraは自分の外見を認識しつつ「……どうでもいいんじゃねえか?」と普段は思っているのだが、今回はカタギ、もとい他の客に気を遣って距離を取る事も考えている。だがこんな調子の夕燈を放置するのは別の意味で問題そうだ。
「まぁ、そん時の空気次第だな。ご褒美ってとこだ。好きに羽を伸ばせばいい」
 最近、戦闘頑張ってたしな、と直球的な褒め言葉は告げないままAgraは夕燈の隣に立った。不審な行動や迷惑になる行動があれば諭すなり注意するなりの行動を取るつもりだが、目立つ問題行動が無ければ勿論特に何も言うまでも無い。気分はすっかり引率の爺だが、
「水族館もショーもすごい楽しみさんやしなぁ……わくわく」
と両手を合わせて破顔する夕燈を見れば、まあ、いいか、と思わなくもないAgraだった。
 
「水族館なんて久しぶりだなあ。今日は思い切り楽しもうか」
「海に住む生き物がたくさん集められている所ですか。興味深いですね!」
 世良 霧人(aa3803)の言葉を受けながらクロード(aa3803hero001)は自動ドア、の向こうに広がるだろう世界に想いを馳せ、クロードの周りにいる客達はクロードの姿にざわざわした。なにせクロードの姿は燕尾服を着た、黒猫。二足歩行する黒猫である。ファンタジックかつ水族館の天敵を見る周囲の視線に、しかし当人達はまるで気付いていなかった。見た目は黒猫、中身は人間のクロードはまだ見ぬ世界への興味で頭がいっぱいだし、霧人は水族館に行く事よりも、皆で出掛ける事自体に楽しいが止まらない。
「あ、そうだ、永平さん、ガイルさん、キャシーさん。こちら僕の奥さんの杏奈と、杏奈の英雄のルナです」
 霧人は永平達一向に近付くと、「二人とも、こっち」と世良 杏奈(aa3447)とルナ(aa3447hero001)を手招いた。「わーい、みんなでおでかけー♪」「皆で出掛けるのは春以来ね」と話し合っていたルナと杏奈は、自分達を呼んだ霧人の隣に並び立つ。
「貴方が永平君ね。今日はよろしく♪」
「……」
 物怖じせず小首を傾げる杏奈とは対照的に、ルナは永平が怖いのか杏奈の後ろから覗いてくるだけだった。その「警戒してます」感に永平は密かに傷付きつつ、「よろしく」とぶっきらぼうに二人へと言葉を返した。そこにGーYA(aa2289)も近付き、すっかり顔なじみになってしまった面々へと声を掛ける。
「今日は誘ってくれてありがとう。世良さん達もよろしくね。エージェントになる前は外出もままならなかったから、水族館なんてテレビでしか見た事なかったんだ。まほらまも知らなかったらしいよ。『スイゾク? どんな種族なの?』って言った時は笑えた! 英雄ならあるあるだよね、英雄なら」
 GーYAの言葉にガイルが永平をちらりと見、永平がガッと目を剥いた。咄嗟に顔を逸らしたガイルに虎噛 千颯(aa0123)がいつもの調子で肩ぽむする。
「そんじゃあみんな揃った事だし、そろそろ中に入ろうぜ~。特に予定ないって人はオレちゃん達と回ろうぜ~」
「普段はあまりゆっくり交流もできねェし、この機会に顔見知りと話すのもいいよな」 
「……そう言えばルゥも戦場で顔馴染みってだけで、あんまり知らない人の方が多いかな……」
 千颯の誘いに東海林聖(aa0203)とLe..(aa0203hero001)はぽつりと呟いた。ほとんどが千颯の案に賛同し、自動ドアから改札口へと列を為して入っていく。千冬(aa3796hero001)はその光景を後ろの方から眺めていた。マスターであるナガル・クロッソニア(aa3796)に呼ばれるまま水族館に着いてきたが、彼自身には特に強い目的は存在しない。
「……ですが、どうやら縁というものはあるようです」
 ゼノビア オルコット(aa0626)。とある依頼で行動を共にして以降、千冬の何処か奥の方に住み付いてしまった少女の名。その感覚を明確に言葉にする事は出来ずとも、本人の姿を無意識に追ってしまうのを止められない。
「ゼノビアさん。……あの時から少々……気に、しているのでしょうね。私は。お誘いが出来るようであれば、是非ご一緒させて頂きたいです」
 誰にも聞こえぬ呟きをナガルの耳だけは拾っていた。「水族館!」というわくわくに胸はときめいているのだが、ちーちゃんと呼ぶ相棒の事が同等以上に気になっている。
(ちょっと前から、恋の予感がするの。なので、そーっと距離を離して二人を観察したいのですが……)
 猫センサーのお告げに従いナガルはそっと身体をズラし、そこで直線上に立つ一人の男に気が付いた。レティシア ブランシェ(aa0626hero001)。ゼノビアと契約する眼帯付きの英雄に、ナガルは猫耳をピンと立てつつそそそっと近づいてみる。
「……はっ。レティシアさんちょっとご一緒いただけますか」
「……ん?」

 椋実(aa3877)はじっ……とパンフレットを凝視していた。色々な生物の案内が並ぶパンフレットで、しかし椋実が見ているのは真ん中ら辺ただ一点。椋実は穴が開く程一点だけを見つめながら、傍らに立つ英雄の朱殷(aa3877hero001)へと問い掛ける。
「なーしゅあんよりすごく大きいのか?」
「白クマか? そうだな、見りゃ分かる」
「んー」
 そわそわと身体を動かし始めた椋実に朱殷はくちばしを窄めてみせた。「今日は椋実の好きなようにさせる」と決めている朱殷は、改札口をくぐる前に椋実の意志を確認する。
「早く見たいか?」
「……別にそうでもない」
 朱殷の問いに椋実はぷいとそっぽを向いた。しかしその抵抗ははっきり言って無駄だった。「いってらっしゃい」と改札口の職員が見送りを述べたその瞬間、椋実の身体は目的地へと脇目もふらず直行した。

●9時20分
「……美味しそうねえ♪」
「……」
 超巨大な水槽の中を泳ぐ魚達の大群に、杏奈は素直に感想を漏らしLe..は魚の群れを凝視した。霧人は妻に苦笑いを浮かべ、聖は色んな感情をないまぜにしたうろんな瞳を相棒に向ける。
「杏奈、そんな身も蓋も無い感想を……」
「ルゥ、ここの魚は食うためにいねェからな?」
「……解ってるよ、ヒジリー……観賞用でしょ」
 と返しつつも(……でも、あの魚……美味しそう……)とLe..が思うのは仕方のない事だった。何故なら彼らの目の前を横切るのはマグロの大群。刺身よし寿司よしステーキよしの食卓の人気者である。
(……この眼、絶対食いたそうな……)
(……お腹減っても……魚は食べられない……水族館……初めてだし……色々見て回ってから後で食べていいのを食べよう)
(でも、あのサイズの魚は釣り応えありそうだな……って、釣り堀でも漁船でもねェけど)
と聖とLe..の思考が続いたのも全く仕方のない事だった。
「おお、見よ織歌、あの群泳を。なんとも勇壮ではないか」
「あれはマグロですよ、陛下。ふふ、確かに凄いですね。それにとても美味しそうです」
 ペンギン皇帝もマグロの遊泳を興味深げに眺めていたが、織歌原産の発言に一瞬だけだが固まった。それからキョロキョロ視線を動かし、たまたま目についた赤く特徴的な生き物へと意識を向ける。
「……あちらはタコか。しかし、赤いな……余がかつて帝国近海で見たタコは、もっと青白かったが」
「そうなんですか? 食性の違いとかでしょうか。でも、赤い方が美味しそうですよね」
「……織歌よ、いちいち美味しそうと言うのは止めよ」
「えー、だって美味しそうじゃないですか。マグロもタコも……鳥も」
「ぐぁっ!?」
 意味深過ぎる一言にペンギン皇帝はいなないた。口調は尊大だが傲慢ではない彼は、実は織歌に本能的恐怖を感じている。過去織歌が「ペンギン 調理」とPCで検索していた事を思い出し震える英雄を知ってか知らずか、織歌は
(陛下も見慣れない海の生き物に興味津々な様子ですね。楽しんでいるようで何より、私もなんだか嬉しくなります)
とのんきな事を考えていた。

●9時50分
「ジンベエザメ! 大きいネ!」
「マンボウってこんなに大きいんですね、すごいです!」
 「ジンベエザメを見ルノでス!」と強く主張していたシルミルテ(aa0340hero001)と、マンボウを見たいものメモに明記していたセラフィナは、二人並んで巨大生物に目をキラキラとさせていた。分厚くも透き通ったアクリルガラスの向こうには、海をそのまま切り取ったような世界がいっぱいに広がっている。「こっち来タ」、「写真撮りたいです」ときゃいきゃいする二人の姿に、腕を組んで見守っていた久朗はカメラを取り出した。セラフィナの下調べを無下にしてはならないと、大規模の作戦を練る時のようにタイムスケジュールの把握はすでに完璧に行っている。夏休みの時期と被り客も多いと思われるので、その辺りも思慮した上で進路の策定も十全に行い、集合にも間に合うようかつじっくり購入出来るようにお土産タイムも練ってある。しかしもちろん不測の事態も考慮し、些細な戦況の変化も見逃してはいけないと目を光らせる事も忘れない。チャンスというのは逃せば再度やってくるとは限らないのだ。セラフィナの言葉に流れるようにカメラを用意した久朗に「お願いします、クロさん」と、セラフィナはシルミルテと共に可愛らしくポーズを決めた。
「お、あっちにシャチがいるぜ! シャチは魚偏に虎って書くんだぜ!」
「海の虎でござるか! 虎はいいでござる」
 千颯の解説に白虎丸(aa0123hero001)は金色の瞳をきらめかせ、ゼノビアもシャチの姿にぱあっと表情を華やかにした。小さい頃ぶりの水族館でちょっとハイテンションというのもあるし、オルカの名を持つ小隊に所属しているゼノビアにとってシャチは縁の深い生き物である。嬉し気なゼノビアの様子に千冬はそっと声を掛ける。
「シャチ……お好きなんですか?」
『はい! とっても強そう、です! 可愛いい、しカッコイイ、し、シャチさん素敵、です』
 メモに書いたゼノビアは、そこではじめて千冬が自分を見つめている事に気が付いた。急に顔が赤くなり、わたわたと顔を俯かせる。
 そんなゼノビアを千冬は真っ直ぐな瞳で見つめていた。皆で行動を共にしているがゼノビアの隣には誰もいない。レティシアはどこに行ったのかとも思ったが、その前に千冬は別の言葉を口にする。
「……慣れぬこと、とはいえ……行きたい所があればご案内しますよ、何なりと。水族館や海の生き物のデータはわかりますが、実物は初めてなので、せっかくですからゆっくり見て回りましょう」
 そう言って胸の前に腕を添える千冬の姿にゼノビアはぼふんと爆発した。あの一件以降、千冬を意識しているのはゼノビアも同じ事。ゼノビアはきゅっと指を握り、『よろしく、お願いし、ます』とメモを書き千冬の瞳へと映した。

「わあ、ちっちゃくてカワイイ♪」
 ルナはクリオネの水槽の前で立ち止まると、肉眼で見るクリオネの姿と拡大鏡で見るクリオネの姿に身体を左右に揺らし始めた。杏奈は目を輝かせるルナの姿を嬉しそうな瞳で見守り、別の水槽の前にはGーYAとまほらま(aa2289hero001)が二人並んで立っていた。二人が見ている水槽は床から天井に伸びる柱型のものであり、中では色とりどりのたくさんのクラゲが、水流に乗ってふわふわと円を描いて舞っている。
「ずっと見てても飽きないね」
「キレイだわ、幻想蝶に入らないかしら」
「……ムリ」
 そっけなく却下を出しながら「持って帰る気!?」とGーYAは心の中で叫びを上げた。気持ちは分からないでもないが、冗談とも本気ともつかぬ所がまほらまクオリティーであり恐ろしい所でもある。GーYAは半ば話題を変えようと歩を進め、色とりどりのサンゴが目を惹く水槽群を発見した。その中の黄緑色のサンゴ、の間を泳ぐ棒のような姿の魚にGーYAが一際興味を惹かれる。
「ついつい……これが本物かぁ」
「ついついなんて魚いないわよ? へこあゆだって」
「子供の頃そう呼んでたって母さんが言って……なんだよそれっぽいだろ! この上下の動きとかさ!?」
 GーYAは頭を下に向けて泳ぐ、独特な習性を持つ魚の群れを「ついつい」と指さした。一同が思い思いに水族館を楽しむ中、永平は皆の様子を少し離れて眺めていた。楽しんでいるようには見えない永平を、稍乃 チカ(aa0046hero001)はすでにぐったりしている邦衛 八宏(aa0046)を引きずりつつそれとなく気にしていたが、チカが動くより先に千颯が永平に声を掛ける。
「永平ちゃん水族館初めて~? 何だか永平ちゃんって水族って聞いてどこのゾクだ! とか言ってそーw」
「!? ……ハッ。何を馬鹿な」
「そんな永平ちゃんにうちの白虎ちゃんの発言をどうぞ」
「李殿! 水族とは民族の事でござるよ。ここは水棲人が住んでいる家でござるよ!」
「感想をどうぞ」
 二人の発言に永平は衝撃を受けた顔をした。そしてマイクのように突き出された千颯の拳から目を逸らし、少し離れた所にいるガイルにギラリと視線を飛ばす。
「あのエセNINJYA、俺に嘘を吐きやがって……」
 永平の凶器紛いの視線に気付いたのはガイル、ではなく、「極悪人である(とヨハンは思っている)永平からお師匠様たちとキャシーさんを守る!」と意気込んで参加したヨハン・リントヴルム(aa1933)だった。永平絡みのある事件と、ヨハン自身の事情からただでさえ永平にいい感情のない所に、永平の狙撃銃のような眼光がガイル目掛けて飛んできたのだ。慌てたヨハンは身を翻しガイル達に向き直る。
「お師匠様、デランジェさん、キャシーさん、一緒に回っていいですか?」
 拳を握るヨハンに対し「いいでござるよ!」とガイルは元気に頷いた。「お出掛けだから」と普段のエプロンと三角巾は脱ぎ、わりと普通のワンピース姿でヨハンに付き添うパトリツィア(aa1933hero001)は、永平をちらりと一瞥した後また元へと視線を戻した。永平の事を警戒しつつ、しかし水槽の生き物もちらちらと眺めるヨハンの姿に、キャシーが少し訝しさを含んだ声で問い掛ける。
「ヨハンちゃんは水族館はじめて?」
「ええ、初めてなんです、水族館。昔わたしのお祖父ちゃ……祖父が、連れて行ってくれると約束してくれたのですが……楽しみですね、お土産いっぱい買って帰らないと」
 滲んだ影を誤魔化すようにヨハンは笑みを浮かべてみせた。古龍幇の末端組織に拉致され駒として扱われていた事、その間に祖父が亡くなっている事、それらの記憶が整ったヨハンの顔を曇らせた。誤魔化すように、かつ永平からガイル達を遠ざけるために、ヨハンは少し遠くにある水槽へと指を差す。
「綺麗ですね。ほらあそこ、イカがいますよ! ……。べ、べつに、食べたらおいしいかなあなんて、思ってませんよ」
 三人の視線を受けヨハンは恥ずかしそうに呟いた。パトリツィアはいつも通り淑やかに優しく振舞いつつ、そんな主人の様子を赤い瞳で眺めていた。

●10時20分
「旦那様! こっこれはイカ従魔でございますか!?」
 クロードは超巨大なイカの模型に衝撃の声を上げた。クロードにとっての馴染みのイカは先程水槽で漂ってもいた食卓に上るサイズのイカだが、今目の前にある模型は全長約7m。「自分が食べられる」と震えるクロードに霧人はふふっと笑みを零し、夕燈は「もふもふ……」とクロードの後ろ姿に物陰から息を零す。
「違う違う、これはダイオウイカ。海のすごく深い所にいるイカなんだよ」
「……こんなものがいるのですか。海は不思議だらけですね」
「おおお、すごいです……」
「おい、離れるぞ、いいのか」
「はっ! すいませんつい……ご、ご迷惑をおかけします……」
 ダイオウイカの模型にうっかり見惚れていたナガルは、レティシアに声を掛けられすぐ様「任務」へ舞い戻った。二人の任務は様子のおかしいゼノビアと千冬の両名を、付かず離れずの距離を保ちながら観察する事。ナガルから話を持ちかけられたレティシアは
「様子がおかしいって、アレどう見ても……」
と気の進まぬ様子を見せつつも
「あー、まあいいか。ついてってやるよ」
と尾行に付き合う事にした。
「でも、あいつら見てるだけでいいのか?」
「もちろん水族館も楽しみます! 実際に見る生き物達に感激です! でも、ちーちゃん達も気になるので……」
 言ってナガルは視線をそわそわ彷徨わせた。元々好奇心旺盛で知識欲溢れるナガルの事、水槽の生物に目を奪われては少し距離が離れたり、見失いかけたりするのは仕方のない事と言える。かく言うレティシアも初めて見る大きな水槽に一瞬心を奪われた。まるで海のただ中にそのまま沈み込んだような、そう錯覚する程の圧倒的に目の覚める青。ナガルに声を掛けられすぐに我に返ったが、時間があったらもう一度あの水槽の前に行ってみたい。
「とは言え、今はあいつらのストーカーだな……ところでナガル知ってるか、このダイオウイカってヤツは最大で100mを超えるんだぜ」
 というのは真っ赤な嘘だが。しかしナガルは「本当ですか!」と猫の尾を太く逆立てた。

 佐倉 樹(aa0340)は水族館を満喫するシルミルテに付随しながら、永平に話し掛けるタイミングを伺っていた。永平の様子がどこかおかしいのも気になったし、個人的に話しておきたい用があるという理由もある。何人か気に掛けている風に見えるが、気付けば永平は一行から一人遅れている事がある。樹はここだとタイミングを見計らい、妙に覇気のない永平へと話し掛ける。
「やぁ、その後覚悟はかわらない?」
 永平は樹の姿を認めると「ああ」と小さく呟いた。樹は「ちょっといいかな」とこっそり永平を手招きし、永平はそれに従った。シルミルテは二人の姿に一瞬ちらりと視線を向けたが、樹が何を語るか知った上で二つの背中を見送るに留める。
「どうかした? これでも口は堅い方だから話してみてよ」
 エージェント達から完全に離れた場所へと着いた樹は、「ここなら他の人にも話を聞かれないし」と永平を覗き込んだ。口ごもる永平に、しかし樹は気分を害した風もなくにんまりとした笑みを浮かべる。悪戯をしかけた子供のような、無邪気と邪気を同時に含んだ笑みを樹は浮かべたまま、「ひとつ。少し重い話をしてあげよう」と唇に人差し指を添える。
「この話は縁戚以外誰も知らないから、みんなには内緒 だよ。
 君にあげた時計があるでしょう? アレね、私が任務中に死んだり邪英化した場合、私が私である目印でもあったんだ」
 樹の言葉に永平は目を剥いた。物言いたげな永平に、樹は悪戯をしかけた子供の笑みで話を続ける。
「まぁ、早々に死ぬつもりはないから安心して。まだ ね。ただ、私がどれだけ君を信頼して歓迎と友好の証にそれを贈ったか、ほんの少しだけでも伝わると嬉しいよ。
 だからさ、永平。君が落ち込むのは止めないけど、君が自分に低評価を下すのは少しでいいから堪えてくれないか。私が信頼の証に預けた私の命の一端の価値のためにも。君は『龍』の『子』だろう?
 彼は沢山のものを背負っているから、振り返ることがあっても前を見続けるように思えるよ。それと同じとなれ、とまでは言わないけどさ、命一つ背負った分で今回だけでももう一回前を向いてみて」
 肝心を言葉で示さぬまま諭すように告げた後、樹は永平に背中を向け皆の元へと歩いていった。話は終わったと言わんばかりに。永平は今も身に付けている時計に確かな重みを感じながら、樹の後を追うように元の場所へと歩いていった。
「魚!! 右見ても左見ても魚!! こんなにテンション上がるのいつぶりだろうな!!!」
「……もう、帰りたい……です……」
 テンションが(水族館だけに)うなぎのぼりしているチカとは対照的に、八宏は瀕死の魚よりもげんなりと白目を剥いていた。魚が大好物なのに普段八宏にパンケーキばかり食べさせられているチカは興奮に目が爛々と輝き、コミュ障歴=お察しの八宏は「帰りたい」オーラが半端ない事になっている。チカとしては八宏を一応引きずりつつも、もっと彼方此方へ飛び回りたい所だが、グッとこらえて永平ペアやガイルペアの様子をチラチラ伺っていた。
「お、今なら話し掛けられそうだな。行くぜ八宏」
 すでに呻き声しか聞こえない八宏を引っ張りチカは永平の元へと向かった。永平が花陣の車椅子に手を掛けよう、とした所でチカが元気に腕を上げる。
「よお、身体の具合、どうだ? 見た感じはどってことなさそうだけどよ」
 久々の戦闘だったろう事に気遣いを見せるチカの言葉に、花陣は「そっちの方が大丈夫か?」と八宏へ人差し指を向けた。チカは「気にするな」と片手を振り、永平はわずかに眉をしかめる。
「大丈夫だ……それよりこの前の単独行動についてだが……」
「あれはほら、備えあればなんとやらだよ。ほら花陣、車椅子押してやるよ。日本語で読めない所があれば俺が代わりに読んでやるって」
 しれっと話を逸らしつつ、チカは花陣の車椅子を押し込んだ。戸惑いを見せる永平にチカはニッと歯を見せる。
「正直、俺もこんなとこ来んの初めてなんだけどさ。この世界の連中ってマジ凝ったもの作りたがるんだな。折角なんだから楽しもうぜ。時間あったらもっかい回るのもいいかもな」
 チカは二人が水族館を楽しめるように立ち回るつもりでそう言った。永平は少し表情を緩め、それから顔色が明らかに悪い八宏へと視線を向ける。
「アンタ……本当に大丈夫か?」

●10時50分
「……!」
「深い場所にはこんな魚がいるのね」
 セラフィナはダイオウグソクムシの姿に目の輝きを一層増し、アーテルは顎に指を添え見慣れぬ生き物に見入っていた。ここは深海魚コーナー。可笑しな生き物が多いと聞いた為、 ショー以外でアーテルが最も興味を示したのが深海の生物達だった。
 興味深々に水槽を覗く者が多い中、ゼノビアはちょっと怖いらしく怯えた表情を見せていた。室内全体が暗いのもあるし、人によってはユニークと取られる深海魚達にはホラーな顔ぶれもなかなか多い。静かになったゼノビアに千冬は心配気に声を掛ける。
「大丈夫ですか、ゼノビアさん」
『ちょっと、お化け屋敷みたい、で苦手です……』
 ゼノビアの手話を見ながら千冬はふむと考え込んだ。千冬にはゼノビアの感情を理解する事は出来ないが、彼女が怯えている事は分かる。しばし考えゼノビアの前に己が右手をすっと差し出す。
「足元が暗いですし、手を繋いで行きましょう」
 その言葉にゼノビアは再びぼふんと爆発した。しかし断る理由はなく、おずおずとだが千冬の手に指を伸ばして握り締める。
「可能であれば、勿論ショーも見て回りたいですね」
 千冬の言葉にゼノビアはこくこく頷いた。そんな二人をレティシアはナガルと共に眺めていた。二人の関係にはナガルに声を掛けられるよりも前に気付いているし、千冬のことは良いヤツだと思っている。これ以上のストーキングは必要ないと思われる。
「そろそろ止めて俺らも鑑賞を楽しむか。解説もしっかり読みてえし、生き物もしっかり見てえし」
「ええ、そうですね」
 ナガルはこくりと同意を示した。本心はもう少し二人を見ていたいのだが、知識欲が旺盛なのはナガルとて同じ事。水族館を満喫する目的はきちんと果たしたい。
「でも、水族館もちーちゃんも気になるけど……永平さん、お時間あるかな……」

●一方その頃
「おぉ……ほんとだ……でっけぇ……」
 改札口を抜け目的地へと直行した椋実はアクリルガラスにかじりつき目をきらきらとさせていた。視線の先にはホッキョクグマ。通称白クマ。のしのしと歩くたくましき白き猛獣の姿に朱殷もほうと息を漏らす。
「体格もいいな」
「もふもふだー」
「実は白いのは毛だけで中黒いんだぜ?」
「……! まじか! ……毛が抜けたら黒熊になるんなー」
 椋実は感嘆を吐きながら白クマを眺め続けていた。十分経ち、二十分経ち、五十分経った所で朱殷が椋実に問い掛ける。
「なぁ、10時からペンギンショーがあるみたいだぞ?」
「さっきみたからいいー」
「ありゃどこぞの英雄だろうに……」
 それからさらに一時間。朱殷は椋実の傍に立つ鳥の彫像と化していた。椋実の好きなようにさせるつもりはあるのだが、人目も気になるし、ちょっと飽きたし、せっかくなので色々なものを椋実の目に見せてやりたい。
「そ、そろそろイルカも始まるし見てみるか?」
「イルカ……大きいのか?」
「でっかくはねぇが跳ぶぞ、ざっぱーんと」
「飛ぶのか! それはすごいな!!」
「いってみるか」
「うんむ。またあとでなークマさん」
 ようやく興味の惹かれた椋実はイルカショーへと歩いていき、残された周囲の客達は「あれ鳥の置物じゃなかったんだな」とひそひそと顔を寄せ合った。

●11時15分
 聖はいまだ幼さの残る眉間に浅くない皺を作っていた。ここは触れ合いコーナー。ヒトデやナマコなどの生物に直接触れる体験式コーナーだが、聖が水族館中一番警戒心を抱いている場所でもある。相棒のLe..と言い「触れ合いコーナーの魚や生物が再起不能にならねェか……」と本能的に警戒せざるを得ない面々が多過ぎる。
「……触れ合いコーナーは……ちょっと面白い……(……動いてる……)……獲物……じゃない……ヒジリーはルゥがお腹が空いてる時、我慢できる事を知らな過ぎだよね……」
 少し気を張る聖に対し、「※食べません」の意を込めてLe..はキメ顔で言い退けた。そのセリフに常に財布が重体判定な聖が瞬時に牙を剥く。
「おい、テメー。そんなの初耳だぞ。今までの食費の赤字はなんだってんだよ」
「……働いてなくても、お腹が減るのは……本当だし……出されたら食べるのも……当たり前……」
 相棒のキメ顔にガチバトルモードに入りそうになった聖だが、まさか水族館でアタッカーの本領を発揮する訳にもいかない。「後で覚えてろよ」と思いつつ、そしてちょっと気を配りつつ、海の生物との触れ合いを今は楽しむ事にした。

 シルミルテは「( ○д○)ホわー」という顔で水の中を眺めていた。視線の先にはじわじわ動く、ナマコ。手を伸ばしむにゅっと掴むとぴしゃっと水を発射する。それを発見したシルミルテはナマコをむにゅっと掴み上げると、セラフィナの背後に立っていた久朗へ照準をぴっちり合わせた。発射。ちゃんと水に戻してから別のナマコをむにゅっと掴んで久朗へ。発射。その流れを何匹か繰り返すシルミルテから少し離れた所では、まほらまが水の中に足を浸し、足をつんつんとつついてくる魚に不思議そうな視線を向ける。
「何コレ、くすぐったいわ」
「角質を食べてるんだってさ、面白いよね」
「人を食べる魚なの!?」
「永平や花陣も、触る……? 結構やわらかいから、そっとな……」
 まほらまがドクターフィッシュに驚愕を示した同時刻、黎夜は永平と花陣を誘い鮮やかなヒトデと触れ合っていた。チカはウニを発見し、興味深そうに覗いているガイルに声を掛けてみる。
「なあガイル、お前はどの魚が好きなんだ? 魚はどれも旨いけど、特に旨い魚があれば教えてくれよ」
「ミーでござるか! え、ええと……」
「ガイルちゃんはあんまり詳しくないわよん。焼き魚は食べるけど、お寿司は全然食べられないし」
「生魚が嫌いで忍者を名乗る奴が何処にいるんだよ!!」
 デランジェの言葉にチカは声を張り上げた。びっくりするガイルにチカはいつになく熱弁を奮う。
「何を隠そう俺も忍者、寿司、特に新鮮な生魚の寿司は忍術の源にもなる忍者のソウルフードだろうが!! 多分な!! あと八宏も多分忍者だし寿司好きだと思うわ!!」
 魚をお預けされているせいか、元々の魚好きに加えチカのテンションは妙にハイになっていた。チカの「多分」な熱弁にガイルが驚きの声を上げる。
「チカ殿も八宏殿もNINJYAだったのでござるか!? ミズクサイでござるぞ八宏殿!」
 ガイルはグロッキー状態の八宏へと掴みかかった。精神的減退に陥っている八宏からは呻き声しか聞こえなかった。

「ヨハンちゃん、水族館楽しくない?」
 自分の名を呼ぶ声にヨハンはびくりと顔を上げた。見れば金髪ゴリ、もといキャシーが気遣わしげな表情で自分を覗き込んでいる。
「なんだかあたしやガイルちゃんの事をずっと気にしてるみたいだし……あたし達の事は気にせず楽しんできていいのよん?」
「大丈夫です。十分楽しんでますよ」
 言いながらヨハンはちらりと永平に視線を向けた。永平が積極的にガイル達に近付く事はないが、一緒に回っている間はなるべく間に立とう、一般人のキャシーの事は特に優先的に守ろうとヨハンは気を張り続けている。そんなヨハンのわずかな異変をキャシーは目ざとく口にする。
「永平ちゃんとケンカでもした? 男の子同士だしケンカするなとは言わないけれど……」
「大丈夫ですよ。喧嘩に勝ったくらいじゃ満足できないのに、決闘罪でブタ箱にぶち込まれるリスクなんて背負ってられませんからね。それに、末端でこき使われたわたしが、戦闘部隊の隊長サマに一対一で勝てるわけもないでしょう? ……泣き寝入りするしかないんでしょうか、わたしは。……いえ、自業自得ですね。強いられていたとはいえ、自分も罪を犯したんですから」
 事情の全ては明かさぬまま、自分に言い聞かせるようにヨハンは小さく呟いた。キャシーが言葉を探していると、パトリツィアが二人に近付きキャシーへペコリと頭を下げる。
「キャシー様失礼致します。少々主をお借りしてもよろしいですか?」
「ええ、あたしは構わないけど……」
「ご主人様、少し別の所も見に行きましょう。ガイル様だってエージェントです、少しくらいは離れても、きっと大丈夫でございます。そうでしょう?」
 パトリツィアはヨハンを引きずるように歩き出し、元来た道を戻っていった。やがて大型水槽の前に辿り着き主の肩に両手を触れる。
「ご主人様、御覧ください。一面、綺麗な青ですよ」
「……」
 ヨハンは視界よりさらに広がる水槽を見上げ、しかしすぐに目を伏せた。パトリツィアはそんな主を見つめたまま、力なく立つ主の肩をずっと支え続けていた。

●一方その頃
 椋実はきゅいきゅいとプールを泳ぐ三匹の姿を眺めていた。なめらかな曲線を持つ愛くるしい生き物を、椋実は首を右に左に傾けながら見つめ続ける。
「?? 空飛ばないな、かわいーけど」
「? ……ああ、そりゃ跳ぶ違いだな、ジャンプだ、ジャンプ」
 朱殷が説明したと同時に、イルカと呼ばれた生物が空中目掛け跳ね上がった。天井から下がるボールに器用にキスするイルカの姿に椋実は目を丸くする。
「おぉ……ホントだ……すごいのなー」
「お、イルカにボールを投げてみる人だと、やってみんか」
「お、おぉ……そんな事が……どうする? 手を上げればいいのか」
 椋実がおずおず手を挙げると、「そこの髪の短いキミ、どうぞ」と飼育員の指名が入った。朱殷に送り出され壇上に立ち、おっかなびっくりしながらイルカにボールを投げてみる。イルカは椋実のボールを器用にポンと弾ませると、ざっぱーんという水しぶきと共にボールを椋実の手へと戻した。
「うぶ」
「……おーびしょ濡れ」
 拍手と共に戻ると「くく、タオルで拭いとけ」と朱殷がタオルを渡してくれた。生臭い水を拭き取りつつ、椋実は感心の声を漏らす。
「イルカすごいのなー、頭いい」
「気に入ったか?」
「うんむ」

●12時~
 昼食はファミリーレストランにて全員で摂る事となった。夫婦である霧人と杏奈は英雄を伴い同じテーブル、その他はそれぞれ好きな場所で。椋実はオムライスにスプーンを入れ、大食漢の朱殷も好物の肉大盛りに満足げな色を浮かべる。
「ルゥ……さっき言った事、嘘とは言わせねえからな」
「……よゆうだし」
 とは言いつつLe..の前にある皿は大盛りではあるのだが、控えめ(当社比)な内容とお財布の被害の少なさに聖はふうと肩を落とした。セラフィナはシルミルテと相席を久朗に訴え、久朗はトレイを置いた後セラフィナの椅子を引いてやる。
「俺は構わないぞ。セラフィナがそれがいいなら貧乳魔女達と一緒でも……、!」
 ぐ、とつま先に圧がかかり、久朗は正面に視線を向けた。見ればいつの間にか向かいに座った樹が物言いたげににっこりしている。久朗は踏まれていない足を飛ばし、それを樹がもう一方の足でガードする。机下で熾烈な攻防を繰り広げるお隣さんは知らん顔で、シルミルテは「セラフィナ、あーン」とハンバーグを刺したフォークをセラフィナの口へと伸ばした。八宏は常のぼそぼそ口調と同じようにぼそぼそと食事をしていたが、「ごちそうさまでした」と手を合わせ一人その場に立ち上がる。
「何処行くんだ?」
「人に……酔ってしまいましたので……ショーの間に休憩を取ってきます……」
 八宏はチカに伝言を頼みいずこかへと去っていった。久朗も樹と攻防を繰り広げつつ昼食を平らげると、まだ食べているセラフィナをその場に置いて立ち上がる。
「セラフィナは背が高い方ではないし、ショーが立ち見での鑑賞になったら充分に楽しめないかもしれない。先に行って座席を取っておく。セラフィナを頼んだぞ貧乳。……とミラクル魔女」
「あいあいサー」
 久朗は樹の追撃をかわしつつレストランから出ていった。他の面々も久朗程の早さとはいかずとも、昼食を終えたその足でショー会場へ移動する。
「ショーも見るのか」
「水族館に来たからにはショー制覇は当然なんだぜ!」
「まだ最前列空いてるよ、永平さん達も行こうよ、ほら」
 GーYAは戸惑う永平を千颯と共に捕獲すると最前列に腰を下ろした。車椅子の花陣は一番端へ、その隣に永平が座り、さらにその横にはGーYAとまほらま。背が高い千颯と白虎丸は花陣の後ろに着席する事にした。
 13時からのアシカショーは滞りなく始まった。ボウルを鼻先に乗せ器用に歩くアシカから意識を逸らし、GーYAは隣に座る永平に小声で話し掛ける。
「永平さんさ、声を掛けてくれる皆から距離をおこうとしてるよね。自分の為に誰かが命を危機に晒すかもとか考えてる?」
 GーYAの言葉に永平はGーYAを少し睨んだ。その意味を図星と捉えGーYAは気にせず言葉を続ける。
「俺ね、一人で敵地に行って攻撃受けて意識不明になって……杏奈さんや真壁さん、他の人達が命がけで助けてくれたんだ。もしかしらたあの光景を奪っていたかもしれないって思うと怖いよ。でも誰かの為にって戦える強さを持ってるのが『ホープ』なんだってわかった。俺も……そうありたいと思うんだ。
 声を掛けてくれる人に、言葉に素直に返してみなよ。その方が喜ぶと思うよ? 劉さんや亡くなった小泉さんは幇にHOPEの強さを取り入れて新しい幇にしたいんだと思うよ。それが出来るのは永平さんだと思う」
 永平はしばらく黙していたが「ああ」と僅かに声を漏らした。返事としては曖昧だが、「素直に返してみなよ」というGーYAに応えた結果だった。
(無かった事にした過去話を自分からするなんてねぇ……この雰囲気のせいかしら)
 二人の会話にまほらまは胸の内だけで呟き、別の座席でショーを見ている世良家や皆へ視線を向けた。数十分かけてショーは終わり、公平を期すため希望者同士で座席を換える事になった。ペンギンを熱望しているセラフィナや黎夜やゼノビアは前へ、他はバランスよくそれぞれの席へ。つつーと白い床を滑って登場したペンギン達にまほらまは首を傾げる。
「あら、これも魚なの?」
「魚ではないんだけどね」
「花陣ちゃん楽しんでる? ペンギン可愛くない?」
「ああ、可愛いな」
 まほらまの疑問にGーYAが返し、千颯の言葉に花陣はニッと笑みを浮かべた。座席に座っているペンギン、もといペンギン皇帝は、周囲のざわめきなど気にした風もなくペンギンショーを眺めている。
「ふむ、ここの臣民は良く飼い慣らされておるの」
「陛下……」
「如何した織歌よ。何やら気遣わしげな様子だが」
「いえ、このように飼い慣らされた姿を見るのは辛いのではないかと」
「む? いや、臣民は大体があのような感じであろう」
 ペンギン皇帝の言葉に織歌は「……ええー」と声を漏らした。異文化(文字通り)に衝撃を受けつつ、しかしすぐにマイペースに結論を述べる。
「異界でもやっぱりペンギンはペンギンなんですね」

「凄いでござる! いるかのジャンプでござる!」
「わー! すごく高いジャンプ! イルカってすごーい!!」
 天井に届く程のイルカの演技に白虎丸とルナは同時に歓喜の声を上げ、セラフィナや黎夜やゼノビアも夢中でショーに見入っていた。杏奈も霧人の隣に座り、同じくアシカ・ペンギン・イルカショーを大興奮で眺めていたが、ルナは特にイルカショーを楽しみにしていたため感激が留まる所を知らない。
「それでは、イルカさんに触ってみたい方~」
「はい! はい! はーい!」
 ルナは全力で両手を振り、「ではそこの帽子が可愛いお嬢さん」とめでたく指名をゲットした。はじめて触るイルカは少しゴムのような感触がしたが、きゅうという声や愛らしい瞳にルナは嬉し気に頬を染める。その後イルカがばしゃばしゃと水槽を泳ぎ回る演目があり、前席にいた観客達に漏れなく大量の水が掛かる。ショーが盛大な拍手と共に終わった後、アーテルは黎夜と共に用意したタオルを皆の手に回した。
「夏とはいえ濡れたままだと風邪を引きますからね。透けるまで濡れた人にはイメージプロジェクターを貸しますよ」
「ありがとう、アーテルさん」
 イルカショーをずぶ濡れる程に堪能したGーYAとまほらまもありがたくタオルのお世話になった。キャシーはそっと久朗に近付き横から声を掛けてみる。
「久朗ちゃん、とっても気配り上手で素敵ね~ん。いつもこんな感じなの?」
「あ、ああ……俺は俺が楽しいことなんてわからないから、身近にいる者が楽しめるように行動したいんだ」
「言葉で頼まなくても、僕が何をしたいのか言うとクロさんは二言無く手伝ってくれるんです。クロさんに自発的に行動して欲しいのもあるし、どんな人かわかっているから僕も全部お願いしちゃってるんです」
 キャシーを苦手とする久朗が少々驚きながら返事をし、セラフィナがさらに想いを続けた。キャシーは「そう」と笑みを返し、千颯が一同に案を上げる。
「それじゃあここからは別行動で、一時間前ぐらいにお土産コーナーって所でどうかな?」
「そうですね、それぞれじっくり見たい所もあるでしょうし」
「うち……ペンギンコーナー行きたい……」
 霧人と黎夜が意見を述べ、一時解散の流れとなった。永平の様子が気になっていた聖はさりげなく永平へと近付く。
「調子はどうだ? ……ま、本来のって意味じゃ、まだまだ、何だろうけどよ。オレも人の事言えねェけどよ。もっと、オレ等の事も信じろよな。多分、オレよりも気に掛けてる奴等が居るし、大丈夫だろうけど。
 よし、今度組手でもしてみるか? 何時かその時が来たら、今よりもっと強く成っておくからよ。死に急ぐんじゃねーぞ。って、心配が杞憂なら、構わねェけどよ」
 聖の言葉に永平は苦笑を浮かべ、Le..はその様子を少し離れて眺めていた。そして聖の子守は程々に……と言わんばかりに、残り時間で楽しむものの検討を開始した。

 レティシアは青い光を放つ大水槽の前に立っていた。先程はじっくり見る余裕もなかったが、これを機会とばかりに海の世界を瞳に収める。アクリルガラスを手でコンコンと叩いてみたり、その分厚さと美しさに感動して唖然としてみたり。
「このガラスどうなってるんだ。こんなに水が入って、何で割れないんだ……? ……すげぇ。綺麗だな……」
 ナガルも目を輝かせ青い世界に見入っていた。時間の経つのも忘れたように、煌めく青と魚の世界をずっと、ずっと、眺めていた。

●一方その頃
 椋実は再び白クマの前に立っていた。ほとんど動かず、じっと。じーっと。朱殷は再び彫像と化しつつ椋実へ声を掛けてみる。
「ムク、クマ好きだよな」
「大きい、もふもふだ。しゅあんも大きいしもふもふだから」
「そ、そうか……俺と同じか……」
 急にむず痒さが走り朱殷はこりこり首を掻いた。椋実は気付かず寝そべっている白クマに視線を送り続ける。
「良く寝てるなー」
「食べた後みたいだからな、昼寝だな」
「そっかー……寝顔もかわいーなー」
「ムクもちと寝るか?」
「んー……まだいい」
 椋実はゆるりと首を振ったが声はどこか間延びしている。朱殷は椋実の真横に立ち小さな体を寄り掛からせる。
「とりあえず羽で休みながら見とけ」
「わかったー」
 ぽふ、と軽い音がして、すぐさま寝息が聞こえてきた。素直じゃない相棒に朱殷は思わず苦笑する。
「寝んのはえぇな……」

 八宏は一足先にお土産コーナーに到着していた。皆のいぬ間に小さな友人へ大量の海の生き物クッキーとイルカやペンギンのぬいぐるみを買い、それらに埋もれながらアイスを堪能し精神回復に努めていた。仏頂面でぬいぐるみに埋もれる姿は明らかに不審な絵面だが、おかげで周りの客は寄り付かず、八宏の生命力は若干リジェネーションされた。

●18時
「やっぱ水族館に来たらおみやげ買わないとな!」
「千颯が何でも一人一つ買うそうでござるよ」
 白虎丸の発言に千颯の顔から血の気が引いた。驚愕マークを出しながら相棒の顔を凝視する。
「ちょっ! 白虎ちゃん!? ……いや、待てよ……白虎ちゃんが言うって事は今度こそ経費で」
「落ないでござるよ」
「なんでさ!?」
「物販! この為にも来たんやよ! と言う感じの! そう! もふもふ!! ここは海ぐるみの宝庫! 特に水族館は限定品が! 多いねんっ!」
 千颯と白虎丸がお財布コントを繰り広げる頃、夕燈はすでにもふもふに直行を果たしていた。目に止まったのは「限定!」とでかでかとマークを張られたぬいぐるみ達。全6種類。その愛らしさ、シリーズ、限定の文字に夕燈がAgraをじっと見つめる。
「あぐやん、うち、これ全部欲しい……」
「……予算を考えろ」
「や、だってみんなうちに来たいって目で見とるんよ!? 選ぶの!? 選ばへんとあかんの!? 酷やで! それは酷やろっ!」
 釘を刺すAgraに対し夕燈は「あああ」と崩れ落ちた。見た目はおっとりのんびり系だが、願望を通そうと暴れる姿は捕食時のサメのごとしである。
「お土産はこのミズクラゲの帽子とイルカのぬいぐるみを。皆にお裾分け出来るクッキーも買わなきゃです」
「樹! セラフィナトお揃いノぬいぐルミを買ッテ欲しいナ! 花陣チャンとデランジェチャンも一緒にドォ?」
 セラフィナはもこもこの帽子とぬいぐるみを両手に抱え、シルミルテはこの隙にと花陣とデランジェに両手を伸ばした。一瞬だけでも両手に花に「にぱー」と笑顔を浮かべてみせる。
「んー。花陣には何がいいのかな。可愛らしいものか、ボーイッシュなものか……俺だけじゃ決められねえし、女性陣の意見も聞いてみっか」
 チカは花陣へのプレゼントは何がいいか悩みつつあちこちを徘徊していた。通りすがりの女性陣にも意見を聞いてみたのだが、可愛い系とボーイッシュ系、意見は半々に別れてしまいとても決められそうにもない。
「こうなったら本人の様子を見ながら決めた方が良さそうだな……おおい花陣、俺にちょっと付き合えよ」

「大きいの、ほしいけど……部屋に置く場所、ない……から、小さいの……これも、かわいい……こっちも……。……お姉さん、どっちがかわいいと、思う……?」
 黎夜は自分の土産用のペンギンのぬいぐるみに悩んでいた。紺色と灰色、二色のペンギンを前にキャシーが頬に手を添える。
「どっちも黎夜ちゃんにお似合いで困るわ~ん。でもそうねん……この灰色の子なんてどうかしら。黒や青も似合うけど、たまには……ね」
 キャシーの言葉に黎夜は灰色のぬいぐるみを抱き締めた。それから、これを機会にキャシーへと質問を投げ掛ける。
「キャシーお姉さん……。永平たちの最近の様子、どう……?」
「あら、何か心配事?」
「……」
「そうねん、ちょっと落ち込んでるようだけど……でも頼れるみんながいるから大丈夫って信じてるわん。悪いけど黎夜ちゃん、永平ちゃん達をお願いねん……?」
 キャシーは色々な想いを含ませて黎夜の顔を覗き込んだ。黎夜はこくりと頷くと、今度は水族館へ行けなかった友人への土産にと、等身大のイワトビペンギンのぬいぐるみを選び始めた。一方、バイト先の店長家族と大家夫妻への土産のお菓子を掌握したアーテルは、黎夜へのプレゼントにとペンダントを一つ手に取った。あまり子供っぽくないものを、と選んだそれはやや高価だが、記念には相応しいとアーテルは右手に握り締めた。

「はい、これは今日の記念な。勿論花陣ちゃんもガイルちゃんもデランジェちゃんもキャシーちゃんもお揃いのヤツ渡すからな」
 手渡されたジンベエザメのキーホルダーに永平は瞠目した。永平の反応に千颯は得意げに胸を反らす。
「永平ちゃんが一番夢中になってた動物のキーホルダーを買ったんだけど……違った?」
「いや……ありがとう」
「それとな、永平ちゃん何か悩んでるだろ?」
 千颯の言葉に永平は声を詰まらせた。千颯は周囲に配慮して、誰もいない角の方へ永平を引きずっていく。
「永平ちゃんは解りやすくていいな! 無理には聞かないぜ? 言いたくなったら言うといいぜ。まぁ、でも今ここには誰もいないから独り言を言っても誰も聞いてないかもな」
「……俺が」
「うん?」
「足手まといになるぐらい弱くなって、お前らに迷惑掛けるって言ったら……お前らはどう思うんだ?」
 永平の言葉に、千颯はガシガシと永平の髪を掻き回した。驚く永平に千颯はニッと笑みを向ける。
「迷惑とか考えないで前だけ見てなよ。オレちゃん達が必ず力になるからさ」
 そこで千颯は遠くからの視線に気付き、永平の肩を叩いてその場から離れていった。見れば黎夜が、緊張した面持ちで永平の事を見つめている。
「永平は、今の顔よりも……初めて会った時や、歓迎会の時の……劉士文と話した後の方がいいなって、思う……。悩み事……あるんだな……」 
「……」
「迷惑は、かけていいの……。うちは、後ろから撃って、前衛を助けるのが、役割……。虎噛たちは、守るのが、役割なことが多い、かな……。自分にできることを、精いっぱいやった方がいい……って、思う……。誰かと動く時、誰かに応える方法だから……」
「……そうか」
 黎夜は一つ頷くと永平に背を向け歩いていった。ヨハンは彼らの会話をわずかばかり聞いていた。永平の能力が下がっている。それに対しピリピリと張っていた気が少し和らぎ、しかし少しとは言え肩の力が抜けた事に苦みが口の中に広がる。
(僕のような人間の事をクズっていうんだろうな、きっと……今更か)
 土産をいっぱい買うと言ったのに、ヨハンの頭の中からはいつの間にかそんな事も消え失せていた。

 お土産の魚型クッキーを腕に抱えたパトリツィアは、ポストカードが並んでいるラックの前で立ち止まった。帰ったら綺麗な水槽の事なんて何も覚えていないであろう主人のために、と一枚を手に取った所で、通り掛かった千颯がパトリツィアに声を掛ける。
「パトリツィアちゃん、ポストカード買うの?」
「はい……」
「だったらセットで買ったらどう? オレちゃんお金出すよ?」
「……よろしいのですか?」
「白虎ちゃんに宣言されちゃったしねー。今更前言撤回は出来ない……し……」
 そこに、白クマぬいぐるみに襲われた少女、もとい160cm位の白クマぬいぐるみを背負った椋実が現れた。白クマのぬいぐるみにするか、親子イルカのぬいぐるみにするか迷った末、巨大なぬいぐるみ(お高い)のお持ち帰りが決定した。
「椋実ちゃん……それ買うの?」
「うんむ」
「クロードも何か欲しい物はある? 店の中を見て来なよ」
「良いのですか? ありがとうございます! それでは、この図鑑をお願い致します」
「ルナはこのイルカ! 大きい!」
「うちにはやっぱり選べへん! みんなでおうち帰るんや!」
 クロードの海の生物の図鑑、ルナのイルカのぬいぐるみ、夕燈のぬいぐるみ達(全種類)が続々レジに集まってきた。白虎丸に言われる前に千颯がガクリと肩を落とす。
「みんなー。一人一つ欲しいもの、オレちゃんが何でも買ってあげるよー……」

●19時
「蝶にいれとくか?」
「いい、自分で持つ」
 朱殷の言葉に椋実は首を横に振った。自分より大きな白クマぬいぐるみを背負って帰ろうとする椋実の姿に朱殷はそのまま感想を述べる。
「どう見てもクマに襲われる少女にしか見えんな……」
「や、うちのお財布は重体になっても勝負には勝った……! 勝ったよ!」
 夕燈は愛しきもふもふを抱え勝利の拳を突き上げた。一部千颯からのプレゼントが入っているが、これで愛しき海ぐるみと我が家へ帰る事が出来る。
 ゼノビアも千颯に買ってもらったペンギンのぬいぐるみを抱え『ありがとう、ございます』とメモと共に頭を下げた。お財布に6万以上の重体判定を喰らった千颯は哀愁を漂わせながら、季節外れのサンタっぷりを見事に皆に示してみせた。と、千冬が近付いてきた事に気付きゼノビアは千冬に視線を向けた。千冬はプレゼント用のジュエリーボックスを取り出すと、シャチを模したブローチをゼノビアの青い瞳に映す。
「ゼノビアさんに、似合いそうだと、思いまして……人の楽しむ顔が嬉しいと思うのは初めての事で。……貴女の隣は、とても幸せというものを感じられるんです。今日は本当に、ありがとうございます」
 ゼノビアはプレゼントと千冬の言葉に顔を赤らめ、『私も、ありがとう、ございました』と白い指で気持ちを伝えた。千冬は今の自分に出来る最大限の微笑を浮かべ、そんな二人をこっそり見ていたナガルはふうと息を吐く。
「ちーちゃんとゼノビアさんは見届けたから、私も……あの、永平さん!」
 ナガルは永平を呼び止めるとジンベエザメのぬいぐるみを永平へずいっと差し出した。困惑する永平にナガルは深く頭を下げる。
「この間の依頼のお詫びの印です。はい。心配だったとはいえ大声出しちゃったし……まだひよっこなのに、偉そうな事言ってすみませんでした! 遊びに行く時も戦う時も、一人じゃないって事が伝わってくれたらいいなって。困った時は誰かを頼っていいんです。それが仲間とか、お友達ですもん!」
「……いや、こっちこそ、悪かった」
 永平はそう言ってぬいぐるみを受け取った。面はゆいようなその表情にナガルはにこりと笑みを浮かべた。

「そうだ、まほらまちゃんにこれ」
 渡された魚のスノードームにまほらまは目を輝かせた。GーYAも渡された水時計に、嬉しいのにどう反応して良いのかわからないとぎこちなく表情を変える。
「キレイ、ちっちゃな水族館ね。大事にするわぁ」
「あ、ありがと……ございます」
「いいって事よ。みんなの楽しい思い出になればそれで……あ、そうだガイルちゃん、永平ちゃんに言いたい事はあるならちゃんと言わないと!」
 少し涙ぐんだ千颯はガイルの背をトンと押した。ガイルが何か言うより先に永平が目を光らせる。
「おいエセNINJYA、テメエよくも嘘を教えやがって……」
「え、ミーは嘘なんて……ぎゃああああ!」
『ガイルさん、こういうの、って日本語でなんて言う、です?』
 永平がガイルに飛び掛かる直前、ゼノビアがガイルにメモに描いた絵を見せた。あまり似てないがクマノミっぽいゼノビア作のイラストに、しかしガイルは首を傾げる。
「じゃ、ジャパニーズでござるか? ソ―リーでござるがミーはジャパニーズは……」
『永平さん、花陣さん、先日の依頼で、お世話になり、ました』
「あ、ああ……こっちこそ」
「はは、すっかり毒気が抜かれてやがる」
 永平の様子に花陣はチカに貰ったリストバンドを腕にしたまま笑ってみせた。アーテルもその光景にふっと笑みを漏らした後、黎夜の手に購入したペンダントを握らせる。
「エージェントになって1年が経つから頑張りました記念。それから、これからもよろしくって意味も込めて。……少なくとも今の誓約が達成されるまで居るつもりでいるから覚悟しなさい、つぅ」
「……分かった。うちも、これからもよろしく」
「それではそろそろ帰りましょうか。霧人とのペアのマグカップも買えたし。ふふ」
「千颯さん、ルナのぬいぐるみとクロードの図鑑、ありがとうございました」
「後日皆さんの写真をお送りしてもいいでしょうか。水槽もショーもバッチリとカメラに収めていますので」
「ヨハン殿」
 杏奈、霧人、セラフィナの声を背にガイルはヨハンに話し掛けた。沈むヨハンの瞳を見つめNINJYAの師匠として口を開く。
「また、ミンナで遊ぶでござるよ!」
 だから元気を出して欲しいとガイルは無言で訴えた。ヨハンは暗い瞳は変わらぬまま微かに頷きだけを返した。

●一方その頃
「買ってもらってしまいました……この触り心地、やっぱりシャチは最強です」
 織歌は一目惚れしたシャチのぬいぐるみに嬉しそうに頬ずりした。色々と見物出来たし、堪能したし、幸せな一日だった。
 しかし
「あれ、陛下? ……はて、どこに行ってしまったのでしょう」

 ペンギンエリアで一匹のペンギンがたくさんの地球の臣民(ペンギン)に囲まれていた。王冠、王笏、マントを装備した圧倒的ペンギン皇帝は、飼育員に捕獲され押し込まれた水槽の中で悲痛過ぎる声を上げる。
「ぐぁぐぁーっ! (お、織歌、織歌ーっ!)」

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • 妙策の兵
    レティシア ブランシェaa0626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • ~トワイライトツヴァイ~
    鈴宮 夕燈aa1480
    機械|18才|女性|生命
  • 陰に日向に 
    Agra・Gilgitaa1480hero001
    英雄|53才|男性|バト
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中
  • メイドの矜持
    パトリツィア・リントヴルムaa1933hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 世を超える絆
    世良 杏奈aa3447
    人間|27才|女性|生命
  • 魔法少女L・ローズ
    ルナaa3447hero001
    英雄|7才|女性|ソフィ
  • 跳び猫
    ナガル・クロッソニアaa3796
    獣人|17才|女性|回避
  • エージェント
    千冬aa3796hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • 巡り合う者
    椋実aa3877
    獣人|11才|女性|命中
  • 巡り合う者
    朱殷aa3877hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 悪気はない。
    酒又 織歌aa4300
    人間|16才|女性|生命
  • 愛しき国は彼方に
    ペンギン皇帝aa4300hero001
    英雄|7才|男性|バト
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