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(新)山田の伝説♯1 夏のスーパー強行軍
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強行突破作戦会議
最終発言2016/08/11 14:44:03 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/08/09 08:32:21
オープニング
●きかくかいぎー!
都内某所、とある者たちが、長机に資料とおぼしき紙を広げて議論を戦わせていた。
「いやぁ、これじゃ足りないと思うんですよねぇパンチが……」
「そうっすねー、ヒキが弱い感じっすよねー」
「でもそう言ってばっかで、全然話が進まないんですけど……」
「しょうがないでしょ。面白い案が出ないんだから」
あーだこーだ、わーぎゃーぺちゃくちゃ。言葉が錯綜し、状況はカオスってる。
彼らが話し合っていたのは、夏から始まる『新番組』のTVプログラムについてだった。そろそろ何かしら決めなければいけないタイミングではあるのだが、彼らの琴線に触れる企画案がまったく上がっていないのだ。
いや、正確には“彼ら”ではなく、1人の何か偉い爺さんが「うん」と言ってくれないのだ。そのせいで会議の進行は全然進んでいかない。
「……なんか、違うよNE。マインドがノーレスポンスって感じで……」
徹頭徹尾それしか言わない正直邪魔者な偉い爺さん。“齢七十を超えてるんだからまともに喋ってくれ”と思いながらも、周りの者は「そうですよねー」と返すのみ。
「えーっと……山田は? 何か案ある?」
「俺すかー? 一応あるっちゃあるっすけど、話すの面倒くせぇーんすよねぇー」
「殺されたくなかったら言えやこの野郎」
先輩風の男に強要される形で、しぶしぶ立ち上がって話しはじめるのは山田・フレンドリーという若い男である。何かよくわからん経歴で何かよくわからんうちに入社していた、何かよくわからんハーフっぽい奴だ。ゆえに誰も期待してない。だから周りの者たちも小休止モードに入った。
「あー、ほら今リンカーって増えてるでしょ。芸能人も多いし。だからこう……あの人たち使って、何かこう超人的な企画をやる的な……伝説作る系? とか良くね? って思うんすけど」
「アバウトすぎんだよなぁ……。とりあえず何かアイディアはあんの? 初回とかは?」
「リンカーって身体能力とか普通の何倍もあるわけじゃないすか。だからー、何すかね……海とかBBQとか夏祭りとか、全部1日で満喫しようぜ的なやつ?」
「ショボっっっ!!!」
「いやいけるっしょ! この強行軍やれんのかー! って興味湧くっしょ!!」
「ないわー。そりゃさすがにないわー」
「いけるって信じろって! だよなジジイ!?」
「さらっとタメ口入れやがってこの野郎が。しかもおめー何言ってんだマジで何言ってんだ馬鹿か?」
急に偉い爺さんに失礼にも話を振った山田を、必死の形相で押さえつけて場を取り繕おうとする先輩風。その目はちらちらと爺さんの表情をうかがっていたが、唸って考えこんでいた爺さんはやがて誰も予想していなかった答えを出した。
「……いいよNE。何かね、クるよね、マインドに……」
「えっ!!?」
オッケーサイン。周りの者たちが一斉にざわつきはじめた。この場では爺さんが絶対正義、爺さんがイエスと言えばイエス。ノーならノーなのだ。爺さんが黒と言えば白い物も黒ってわけですよ。
そんな偉い爺さんがオッケーしたなら、もう他の者たちも手の平を返しはじめるのです。
「……あるわー。普通にあるわー。やっぱ目のつけどころが違うわー山田はー」
「机の上のゴミ(他企画の資料)全部片付けときますねー」
「何人かオッケーそうな人を見繕っておくわ!」
会議時間がクッソ長引いていたことも相まって、話はとんとん拍子で進んだ。そしてそれを企画した当人である山田は、偉くもないくせに椅子にふんぞり返って高見の見物を決めこんでいた。馬鹿野郎が。
「……クる気がするYO、新番組。山田クン、キミ伝説作っちゃいなYO……」
「うーっす頑張るっすー」
爺さんの激励、山田の気のない返事。
軌道に乗った会議にもう自分はいらない、と言って偉い爺さんはその場を去っていった。セリフがしょうもない上に、ご老体が向かった先がキャバクラだということは皆わかっているので、完全総スルーだったけど。
●オファーが来たわよ!
「――という経緯で、TVのお仕事が来ました」
しょうもねえ! と言いたくなる気持ちを堪えて、エージェントたちはオファーの内容を聞く。
「企画内容は、夏のレジャーを1日で楽しみつくすというものです。山でBBQとか、海遊び、祭りや花火大会を1日で済ませることがリンカーにはできるのか、という検証も込みのようですね」
内容的には、それほど変わったものでもないように思える。そういう類のバラエティ番組など毎日だって見られるのではないだろうか。よくある普通の番組だ。エージェントたちはそう思った。
「あと、ロケ地なんですが……向こうの話によると、山はアフリカの最高峰キリマンジャロ。海はギリシャのクレタ島。夏祭りは都内の川沿いです」
……何言ってんの? 山でBBQってアフリカで? 海で遊ぶためにギリシャまで行くの? それで何で最後だけ都内なのバカなの? 湯水のように金使ってそうだけどバカなの?
「どうやら先ほど話に出てきたお爺さんが、伝説を後押ししたいということでポケットマネーを出してくれたそうですよ。色々他のお仕事もされているようですね」
どうでもいい情報キター。
じゃなくて、明らかに1日とか無理でしょう。エージェントたちは当然の疑問を口にしたが、オペレーターはにっこりと笑ってかぶりを振った。
「ワープゲートありますから、たぶん大丈夫です!」
そこまで力入れるのかよ。バラエティ番組1本を制作するために1日でアフリカとヨーロッパと日本を行き来してこいと。ハードスケジュールが過ぎる話ですよまったく。
ちなみに番組の放送時刻とかどの辺なのだろう。と気になったエージェントは尋ねてみた。
「放送時間帯はだいたい深夜2時頃のようです。まぁよく芸人さんとか売れてないアイドルさんとかが頑張ってたり通販番組やっているところですね! この番組を見て下さった人は『エージェントも頑張っているんだなぁ』と思ってくれること請け合いですよ、ファイトです!」
オペレーターは満面の笑顔で握りこぶしを作っている。すごく断りづらい雰囲気だ。
更に、番組名もどんなものなのか、と最後にエージェントたちは確認。
「えーと……『山田の伝説』……とありますね」
伝説ってお前の伝説になっちゃってんじゃねえかよ!! 山田ぁぁーーーーー!!!
解説
■概要
TVの深夜番組の収録で、夏のレジャーを満喫する依頼が舞いこんだ。
番組の企画内容は、1日で山と海と夏祭りを楽しむというもの。
だがロケ地は、
山→アフリカ・キリマンジャロ(標高5895m)
海→ギリシャ・クレタ島
花火→東京
というトンデモ強行ツアーだった。遊ぶ余裕ねえよ。
■ミッション
開始地点はアフリカ・ヨハネスブルグ支部。そこからびゅーんとキリマンジャロの麓へ。
・キリマンジャロでBBQ。のために登山。食材は番組側で色々用意しています。指定可。
いい感じに食材が焼けてきたところでタイムオーバー。クレタ島へ向かいます。無情。
・クレタ島でスイカ割り。スイカは番組側で用意しています。指定……可。
周囲の人たちから「何やってんだこいつら」という視線を向けられます。羞恥。
スイカを割ったところでタイムオーバー。東京へ向かいます。食べれませんし遊べません。
・都内で夏祭り。
強行軍すぎて花火しか見られません。屋台で何か買おうとするとADから「花火すぐなんで」とお預けを喰らいます。食べれません。地獄。
花火観賞は、その日唯一まともに楽しめるものになります。
■その他色々
・スタッフチーム同行。気を回さなくて良し。
・だいたい何かしら盛り上がったところでディレクターから「取れ高充分」との声が上がり、強制移動となります。楽しめません。
・所要時間云々は特に考えなくて構いません。リンカーは超人なのでたぶん何とか1日で遊びつくせるでしょう。
・キリマンジャロのみ、安全面の問題によりスタッフが同行しません。自分たちで映像も音声も収録おなしゃす。
・基本的にPCは疲れています。強行軍いくない。
リプレイ
●いざ行かん
キリマンジャロに向かう機内。エージェントたちの意気ごみは様々。
「世界一の歌姫になる為、名前を売り込むチャンスは逃さないようにしないとね!」
アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は世界への飛躍の好機と思ってやる気満々。しかし彼女の横にいるマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は、スタッフに酸素ボンベについてあれこれ質問中。
(アンジェが高山病にならんよう気をつけんと。というか無茶企画過ぎだろ山田)
マルコの心配などいざ知らず、アンジェリカは座席でふふんとふんぞり返っている。
またマルコ以外でも、宇津木 明珠(aa0086)がスタッフチームと何事かをやりとりしていた。挨拶している相手は同行しているディレクターのようだ。
「折角夏を満喫するのに服装がいつも通りでは興が削がれるというものではありませんか? 移動中や着替えの様子も録画してはどうでしょうか」
「え? あーいや、もちろん撮りますよ。そのために僕らがいるようなもんですからね」
実際、輸送機内でもカメラは回しているようだった。使える映像が撮れるかはわからないが、そもそも撮らなければそれ以前の問題。TVクルーとして彼らもちゃんと仕事はしているらしい。多分仕事してないのは山田だけだろう。
「着替えか……遊んで金貰う楽な仕事なんだ。視聴者サービスぐらいしてやるか」
あくどい笑みを浮かべる五々六(aa1568hero001)の隣には、冷ややかな視線を送りつづける獅子ヶ谷 七海(aa1568)の姿。
志々 紅夏(aa4282)は幻想蝶にひきこもる保志 翼(aa4282hero001)をやっとの思いで引きずり出していた。
「何故、オレも……」
「まったく、手間のかかる……。翼用の水着と浴衣は買っておいたから、山のあとの移動中に着替え……え、何で!?」
紅夏は翼の姿を見て呆気に取られた。
何故か、褌一丁。翼いわく、着替えるのが面倒だかららしい。
「……もう、いいわ」
ため息をつきながらも看過。
「キリマンジャロは共鳴しないときつい気がするけど……遠慮しとくわ。だって恥ずか……何でもないっ……」
紅夏はちらりと翼の褌を見てから、ふいっと目を逸らす。
「深夜とは言えバラエティ番組……人の目に映る訳だから、エージェントの力と頼れる所を見せられれば最高かな?」
「別にHOPEの宣伝とかでもないしそこまで考えんでも良いのではないかの……どう考えても無茶な企画と行程じゃが楽しむつもりで大丈夫じゃろ」
真剣にロケ収録について思案していた秋津 隼人(aa0034)に、椋(aa0034hero001)は気楽にすればいいと応じた。
「ふむ……そういうものか。まあキリマンジャロ登頂とか滅多にできない事もできるし、折角だからリンカーの限界に挑んでみるのもいいかもしれない!」
「……なんか嫌な予感がせんでもないが、まあ隼人のやり方で楽しめればよいの」
笑顔で隼人の背を叩く椋。嫌な予感は後に現実のものとなります。
また、隼人ほどの意気ごみではないが春川 芳紀(aa4330)も今回のロケではできる限りは頑張る覚悟でいた。
「これでリンカーは身体丈夫ってわかったら、かーさんやとーさん少しは安心してくれっかなぁ……」
芳紀の両親は息子がエージェントになったことを心配しているらしい。
「……親御殿達が心配かえ」
ぼんやり機内の様子を眺めていた丁香花(aa4330hero001)が訊くと、芳紀は神妙な顔で頷いた。
「うん、しょーもない理由でエージェント登録したけど。それでも、俺のできることはしていきたいしがんばるよ!」
「まぁ、励むとよい。少しばかりは手助けしようかの」
「ありがとな!」
「どういたしまして だ」
手助けしてくれるというので、芳紀は気にしていたこともついでに打ち明ける。
「服、どうしよう。借りものだと汚しちゃったら大変だし……」
「じゃあじはどうだ?ご母堂も洗いやすかろう」
「うーん…ちょっと恥ずかしいけど分相応だし、それでいっか!」
芳紀らがやる気を出している一方、廿枝 詩(aa0299)は低血圧のような雰囲気を醸しだしてぼーっとTVカメラを見ていた。英雄の月(aa0299hero001)ともども日頃TV派なので少しだけ興味アリ。
「一日で全部できるってお得ね。報酬もでるし」
「いや……」
挑戦をなかなか独特の感性で捉えている詩の言葉を聞いて、月は呆れたような困ったような顔になった。
「伝説になるぞー」
無表情のままグーを突き上げる詩。
(伝説、か……。山田の伝説だか知らないけど、伝説は塗り替えるもの! 今、ボケネタを解き放つ!)
詩が放った『伝説』という単語に、機内の片隅でコンセントレーションしていたシウ ベルアート(aa0722hero001)がぴくりと反応。それに桜木 黒絵(aa0722)がぴくりと反応。
(いつもの如く、シウお兄さんが良くないハッスルをしてる……。全力で止めないと!)
黒絵が決意を固めた直後、機は目的地に到着した。
●食えません
「これ登るんだよな。これから……俺ら重体だし支部で待機……」
「行きましょうか」
「あ、お、おぅ」
キリマンジャロの登山口に降り立った金獅(aa0090hero001)は長大な峰の稜線を見上げてヨハネスブルグ支部に帰ることを提案しようとしたが、すっと明珠にツナギを渡されたので潔く断念。明珠は何故か赤ジャージ姿です。
皆は大体登山向けの服装を用意して着用していたが、中には特殊な服で臨む者もいた。
「そんな恰好で大丈夫か?」
「大丈夫、問題ないよ!」
マルコの心配そうな目線の先には、ブルマな体操服を着て胸を張っているアンジェリカ。
「その服は何なんだ?」
「日本ではこの恰好に熱狂的なファンがいると聞いたんだ」
理解できずに首をかしげるマルコだったが、仲間内にも同じようにブルマ体操服の七海(中身は五々六)を発見したのでそこは素直に引き下がった。
距離を稼ぐために時折共鳴しつつ、撮影は順調に進んでいった。
「重くないですか?」
「いえ、大丈夫です大丈夫!」
カメラ担当の月(映りたくないから)がレンズを向けると、芳紀は清々しい笑顔を作って手を振った。芳紀は自分が新米だからということで、かなり多くの荷物を背負って登っていた。
そこに撮影中の月に気づいたブルマ五々六が絡んできた。小学生同然のウザい顔と態度で。
「それカメラ回ってんの? ちょ、一発芸やるから撮って! ……死んだときのポーズがシュールすぎて、名所扱いされてる登山家の遺体」
「……芸?」
放送では当然のようにカットされた。
進むほどに高度は上がる。気温も平地とは段違いに低かった。
そうなると生じる問題。
「さ、さぶい」
「だから言っただろう」
軽快に登っていたブルマ体操服のアンジェリカが寒さに震えだすと、マルコは防寒具を着せてやった。やっぱブルマは無理だった。
「これはマルコさんが言うから仕方なく着てあげるんだから!」
「そうだな」
精いっぱいの強がりを慣れた感じで受け流してやるマルコ。
道中、明珠は通りがかった湖で水を汲む。調達したキリマンジャロの豆とそれで珈琲を淹れて味わおうという乙な発想からの行動だった。それを見ていた金獅は思い出したように荷物をごそごそ。
「そういや山登りのおやつはこれだって近所のじーさんがキュウリくれたから持ってきた。上で食おーぜ」
「……」
風情もへったくれもない裸のキュウリを見て、明珠は小さな小さなため息をつく。
山頂は近づいていたが、運動しない明珠や幼いアンジェリカはそろそろ体力の限界を迎えようとしていた。
詩はペースを落として2人の後ろに回り、その背を押す。
「だいじょうぶ? あとすこしだから、がんばってね」
「ありがとうございます……」
「疲れたんじゃないよ。後ろから見守ろうと思っただけさっ」
明珠はぺこりと頭を下げ、アンジェリカはぜいぜい息を切らしつつも尊大な態度を崩さない。そして詩はそれらの言葉に良くも悪くも無反応で「ばーべっきゅー」と口ずさむ。
平和な登山風景。しかし隼人は撮れ高を心配してある提案をする。
「考えたんですが……ファイトイッパツ的シチュエーションとかおいしいと思いませんか?」
ソ・レ・ダ。荒涼の山地を歩いていて暇だった仲間たちはサムズアップ。
崖っぽいところで落ちる人と引きあげる人に分かれてそれっぽく撮影することにする。
「まかせて」
上の人を任された詩が自信ありげに胸をグーで叩いた。男もいる中で何故、詩なのか。ちなみに落ちる人はもちろん隼人。
足場を踏みはずし、宙ぶらりんの隼人を詩が掴みとめる状況に。
がしっ、と組みあう手。
「っっ……ファイトォォォーーー!!!」
詩もそれなりに頑張って腕を引く。
だが。
「いっぱーつ……あっ」
するりと隼人の手が抜けた。
わざとじゃないよ、事故事故。
「ああぁぁぁーーーーー!!」
「隼人!?」
寸前に椋が飛びこんで共鳴したが、隼人は叫びながらみるみる遠のいていった。
下に。
何百メートルか転落していったけどたぶん大丈夫だろう共鳴したし。
「行くか」
「ええっ!?」
仕事だと割り切って粛々と登山を再開した先輩エージェントたちの背中を、芳紀は不安げに追いかけていった。
頂へ到達すると、日常では見られない光景が飛びこんできた。皆は達成感を抱いてその場に座りこむ。
しかし目的はBBQだ。全員で急ぎ機材を展開する。
そうして食材を焼きはじめる中、鉄板の縁を掴んで生まれたての子鹿状態でスタンバる馬鹿者が1名。
シウだった。
「ちょっと! 何やってんのよ!」
紅夏が喰いかかるもののシウはお構いなし。
「押すなよ! 絶対押すなよ!」
そう、これは定番のリアクション芸。普通は熱湯っぽい風呂でやるところを、シウは焼ける鉄板の上でやろうとしているのだ。
ぷるぷる震えながらちらちらと仲間を見るシウ。押せ、と目が言っていた。
「まかせて」
「あツッ! あっツい!」
隼人を落下させた無慈悲な天使、詩がぐいっとシウの体を押すと、待ってましたとばかりに鉄板上で転がるシウ。
だが。
「天誅ーー!!」
「ぐわーーっ!!」
伝家の宝刀の釘バットを抜いた黒絵が容赦なくシウの顔面を殴り、ダイナミックに阻止。
「シウお兄さんはそこで土下座。皆さん遠慮なく押さえつけてください」
「座禅を組もうとしたけど土下座は聞いてないよ! やめろー!」
黒絵の指示どおりにシウを綺麗に焼いたあと、一行は鉄板を洗って再度、肉を焼く。
「とにかくお肉食べたい!」
「アレ俺のね! 和牛のサーロイン、俺がリクエストした奴だから!」
「では私は珈琲を淹れることにいたしましょう」
はしゃぐアンジェリカや芳紀。それほど肉に食指は伸びない明珠は、例の1杯を淹れようとポット等を揃えはじめる。
だけど時間でーす。
「すいませーん、もう下りてくださーい」
「え、撤収!? 今焼けたところなのに!?」
紅夏は通話口からの無情な指示を受けて逡巡。焼いたばかりの肉を置いて逃げろというのか。
それが、人間のやることなのか。
皆そう思った。五々六(七海も肉を食いたくて共鳴解除済)もそう思った。
「いや、まだ食って……まだ子供が食ってんでしょうが!」
北の国らへんの言語を用いて抗議する五々郎。
彼の隣には、撤収に焦って貪るように生肉にかじりつく七海がいた。飢えてるとかそういうレベルじゃなかった。
「すいません見えないです」
「クソ野郎が」
ド汚い捨てゼリフを吐き、五々郎は通信機を地面に叩きつけた。
「食費浮かない」
「と、とにかく幻想蝶に詰めるのよ! 放置なんて無理!」
少し残念そうな詩が眺める中、紅夏は物凄いスピードで調理済みの肉を幻想蝶に収納していった。
「肉喰わせろ山田ー!」
焼き上がりを待ち望んでいたアンジェリカの叫びが、アフリカ最高峰の空に響き渡る。
●大惨事
次なる現場は、ギリシャ・クレタ島の砂浜。観光の地として確固たる地位を持つこの場所では悲惨な出来事が待ち受けていたが、一行は知る由もなし。
「スイカ割りだから水着に着替えたけど……コレ何!?」
赤面しながらカメラ前に出ていく紅夏。彼女が着ていたのはとってもきわどいマイクロビキニ様だった。
「何がお勧めよ……あの店員コロス」
わなわなと震える紅夏の隣では、悠然と構える翼の褌布がはたはたと揺れている。
そして更に翼の横には、同じく褌姿のマルコさん。
「マルコさんそれは?」
「日本の水着だそうだ」
マルコの褌を不思議そうに見るアンジェリカ。しかし彼女もまたスク水である。
「水着ですと、包帯が目立ってしまいますね。ですが、これはこれで一定の需要はあるのでしょうか。あ、私はミノタウルスの伝説を読んでおりますので。こんな包帯だらけでは、ね」
包帯ぐるぐるの上にスク水を着た明珠がおっとりと登場。もうジャンルがニッチすぎて視聴者受けとかそういうレベルじゃない。山での服装といい、色気があったほうが華があるとかディレクターに言っていた人とは思えないのですが。
ちなみに五々六もやはりスク水。大丈夫、ちゃんと共鳴してる。
視聴者サービスならやはり紅夏のようにマイクロビキニなのだろうが、堂々ときわどいビキニに着替えた詩はばーんっと登場するや否やその姿をカメラに映す間もなく月に無言で隅っこに連行された。
「アウトな部分はちゃんと隠れてるよ?」
「この場合そういう問題じゃない」
フリーダムな詩さんを追いはらうように着替えさせる。結局はタンキニ水着にホットパンツという出で立ちに。
「これはいいの?」
「基本的なレベルなら止めなかったけどね?」
着替えが済めば、早速スイカ割りを楽しもう。
「立派なスイカですよ!」
「本当じゃ……美味そうじゃの」
スタッフから渡されたスイカを皆に見せる隼人。椋はそのまんまるのスイカを掌でポンポンと叩いて、見事なフォルムに感心している。ファイトイッパツから根性で収録に復帰できたようです。
快晴の砂浜にて、日本式・夏の過ごし方を始めると、奇異なものを見る目がちらほらと向けられる。
なんでスイカやねん、みたいな目が。
「周囲の人達の視線がちょっと痛い……! あ、どうも~」
視線に対し、はにかんだ笑顔で手を振る芳紀。向こうも笑顔で返してくれるのが外国の良いところだ。もしかしたら芳紀が着ていたジャージ(緑)を笑っていたのかもしれないけど……。
「スイカを棒で叩きゃいいの? つまんねーな。じゃ、こうしよーぜ。俺、スイカ持って逃げっから棒で割ってみろよ?」
「あ、じゃあ俺割ります!」
丸々としたスイカをひょいと持ちあげ、金獅がなかなかデンジャラスなレクリエーションを提案。わざわざ棒を自分で用意してきていた芳紀はノリノリで賛同した。
追って追われて。カメラの前でエージェントの身体能力を披露する2人。カメラが向けられていることも相まって、次第にギャラリーが増えていく。
「これはボクの歌を聞かせるチャンス!」
これもまた世界への飛躍の第一歩と捉え、アンジェリカは自慢の歌声を聞かせてギャラリーの注目を浴びる。
気分を良くしたアンジェリカは調子よく歌いつづけるが、ふと周りに目を向けると、紅夏らと普通のスイカ割りに興じて目隠し中のマルコが突然あらぬ方向へ歩き出し、水着のお姉さんたちに倒れこむのが見えた。
「これは申し訳ない。所で美しいお嬢さん方、良ければ一緒にワインでも」
「わざとだろこのエロ坊主!」
いつものように、エロ坊主の後頭部へアンジェリカの飛び蹴りが炸裂。お姉さんは無事!
スイカ割りでは次は誰が割る役をするかという話になっていた。だからそれまで見ていただけだった詩は月をつんつんと突いた。
「つき、やってみて」
「……えー」
見るからに嫌そうだが、詩は引かない。
「ごー」
「わかったよ……」
目隠しをつけて、いざ棒を装備。
「もっと前よ!」
「惜しい! もーちょい左!」
「うしろうしろー」
「え? 後ろ?」
紅夏や黒絵も指示を出す中、月は詩の声だけを明確に聞き取って忠実に動いていく。
面白い動きに、詩も何となく趣旨を理解。
「そこ!」
「え? ここ?」
「じゃなくもうちょい右ー」
「どっち? ちゃんと指示出してるの詩……?」
「出してるー」
そんな和やか~なスイカ割りの様子をひとり冷静に観察していた五々六は、真剣な顔で思案中。
(このままじゃどうせスイカ割った瞬間に、なにもできないまま撤収とかそういう感じになるんだろう。それがバラエティだ。だが、予定調和に従う義理はない)
その絶望的状況を打ち破る秘策、それは割りながら食うという荒技だった。
「素手でもスキルは使えるんだ……だったら!」
トップギアからのオーガドライブで噛みつけばあるいは。
何故か、ちょうど良い感じの位置に美味そうなスイカもある。
「いくぜオラァ!」
己が講じた策を信じて五々六は猫科の捕食動物のごとく身を低め、歯をむき出しにしてスイカに迫った。
するとだね。驚いたことにスイカが五々六を振り返ったのさ。
「スイカだと思ったかな? 残念ん! シウお兄さんだっ――ーアッッッーーーーー!!!」
五々六のオーガドライブ(歯)がシウの頭に直撃という、とんでもない事故が起きた……。
スイカだと思っていたものは、頭部がリアルなスイカになってる衣装で砂中に埋もれていたシウだった。頭だけ砂の上に出していたのだ。ただボケるために。
「あ、悪い」
口から何かを滴らせて立ち尽くす五々六の足元にはぐったり倒れた死体。
まごうことなき犯行現場です。
「ベルアートさん! 大丈夫ですか!?」
裏方として色々働いていた隼人が血相を変えて、スイカの死体に駆け寄った。抱き起こし、その様子を確認して手当てを試みる。
だがそこにもう1体の獣が乱入。
「死にさらせえええええ!!!」
「えっ!?」
殺意全開で巨斧『シュナイデン』を振りかざした紅夏が猛然と走ってきた。彼女は肉をあまり食えなかったことでストレスが溜まっており、スイカはどうしても食べたいと思っていた。だから時間短縮ということで共鳴してAGWを使ってのスイカ割りに挑んでいた。周りにとっちゃ恐怖です。
そこに何かガヤガヤ騒ぎが聞こえたから「スイカ、そっちにあるの?」って思っちゃったのだった。
「何かわからないけどスイカはココねー!!?」
「いやっ、待っ――アッッーー!!」
隼人の顔面にAGWの一撃が炸裂するという、不幸な事故が起きた……。
紅夏は無性にスイカを食べたかっただけだし、隼人も死んだスイカを助けたいと思っただけだったのに。
目隠しを取った紅夏は、どえらいことになっとる足元を見て愕然とした。
眼前には、死体が2つ。(両者合わせて『腐りすぎたクズ』の異名を持つ五々六&七海はとっくにバックレ決めこんでいた)
湧きあがる殺っちゃった感。
「ち、違うの、そんなつもりじゃ……ご、ごめんなさい!!」
その場に崩れて、心の底からの謝罪。ひたすら頭を下げる。ショックすぎて翼との共鳴も解けている有様だ。
しかし2度あることは、3度ある。定番だよね。
「シウお兄さん! また何かやったのーー!?」
目隠ししたまま釘バットを持った黒絵が突っこんできた。
ツッコむために。
黒絵はコメディの気配を察する能力には長けていたし、機敏にツッコむ実力もあった。
しかし、視覚なしでの相手の識別まではできなかった。
「ええっ!? ちょ、何――キャーーーッッ!」
釘バットが紅夏の脳天に振りおろされ、いよいよ大変なことになってしまったぜ。
紅夏はふざけていたわけじゃなかったし、黒絵はシウの暴走を止めたかっただけなのに。
黒絵が目隠しを取ると、そこには3人の遺体が。
「……エェーット……コレハ……」
めっちゃ目が泳いでいた。漂う殺っちゃった感。
「山田じゃない伝説が……!」
スイカ割りに飽きてふらっと流れてきた詩は、惨劇の現場を見てそう言っていたという。
まぁ実際は重体で済んだのだった。リンカーって丈夫。
隼人と紅夏はがっつり重傷だけど命に別状なく、シウに至っては英雄だからライヴス供給で身体の回復が可能なのだ。代わりにライヴスを急激に失った黒絵が重体になったけどな!
「これは、親御殿達に見せられるのか?」
「リンカーが丈夫だとは、わかってもらえるんじゃないかな……」
丁香花の言葉に半ば放心状態で応える芳紀。この収録でリンカーが丈夫である点はこれ以上ないほどにアピールできた。だがこんなデンジャラスな仕事を見た両親が今度は何を言いだすかは、もはや想像するまでもなかった。
●ラスト!
東京へはワープで向かったが、それでもエージェントたちは疲労の極限に達していた。
夜、囃子の響く会場にたどり着いた時には、もはや精根も尽き果てて。食事する暇も惜しんで動いていたツケが一気に回ってきた。隼人、黒絵、紅夏に至っては負傷が壮絶すぎて花火不参加。
並ぶ屋台には、食い物が並んでいる。割高料金を払えばいくらでもエネルギー補給が可能なのだが。
「屋台もだめなんだろうなー」
浴衣に着替えてお祭りに臨む詩は、月と一緒に流れを察して屋台はスルーで花火観賞へ。2人の後ろのほうではADに引きずられる形で屋台に触れようとした芳紀が連行されている。
「花火すぐなんで」の一点張りで結局、誰ひとり屋台で買い物できなかった。
しかしこれで終わりとなると疲れや苦しみも和らぐもの。皆は気を取り直して最後の収録に向かった。
ドンッと重い音が連続し、黒い空に粒々の光が映える。
足が棒どころか鉄柱と化すほどに厳しい強行軍だったが、やっと安らげる時が来た。
「すげー。お、色変わった。あ、さっきと形が違げー」
だらしなく黒の浴衣を着崩す金獅が、天を見上げてシンプルに感心。意味もわからずに「たまやーかぎやー」と大声を出すのを、浴衣姿の明珠は黙って眺めていた。あと何故か両手に荷物を抱えている。
「さっき売ってた金平糖あとでみんなで食おうぜー。ガキも……お前なんでそんなに荷物増えてんの?」
「通販した物を現地で受け取ったので。新鮮な方が良いでしょう?」
謎の手荷物を持つ明珠はそう返した。中身何なんだ。
アンジェリカも金魚の浴衣を着て張りきっていたが、何も食べていないのが堪えて足取りフラフラ。見ていられない状態だった。
「やれやれ」
「わっ。やめてよマルコさん! 恥ずかしいじゃない!」
ひょいと肩車をしたマルコに対して、アンジェリカは頭上で騒ぐ。
しかし瞬間、花火が上がると、その目に光を映して急に機嫌が良くなった。
「ほらマルコさん、もっと高くしてよ」
(うちのお姫様の御守も大変だ)
可愛らしい反応に苦笑しつつ、マルコは後日絶対に山田に何か奢らせようと心に誓うのだった。山田の財布がやばい。
小さな能力者を肩車してやっているのは、何だかんだ今日1日を満喫した五々六も一緒だったが、七海は疲れ果ててすっかり眠っていた。時折、花火の音に目を開くとぶつぶつと呟くが、その内容は。
「3千円くらい……あれは5千円くらい……あっ、今のは2万円くらい……」
「そういうのやめろよ」
五々六も引くほどお金に辛すぎる9歳児。アンジェリカとの差がひどすぎるんだがどうしてこうなった。
「丁香花! ほら! あれが『花火』! すっげー綺麗だろ!」
屋台飯は食えなかったが芳紀はちゃんと切り替えて花火を楽しみ、丁香花の腕をつついてから空を指差す。何て爽やかなんだ。
「ふむ、興味深い物だな」
「今度別の祭りいこう。次は『祭り』の楽しさ全部教えてやっからさ!」
理不尽なことや殺人現場とかにも遭遇するという『お仕事』の洗礼を受けた芳紀だったが、その胸には大きな充実感も芽生えている。
「圧巻だね」
「そうだね」
「そして赤ちゃん泣いてるね」
「……そうだね」
詩さんは花火を見ても特に感慨は何もなし。疲れもあり月は微妙な表情で返事をしてしまった。
「この間は留守番じゃったからの……今日は雰囲気だけでも楽しむのじゃ。隼人の分まで見るとしよう」
名誉の負傷を負った隼人の分まで、椋は祭りの空気を堪能。
ちなみに同じく能力者を負傷で欠いている翼は、紅夏が気絶中なのをいいことに足早に幻想蝶に戻っていったらしい。
そしてやらかして黒絵を失ったシウは……。
「黒絵に繋いでもらった命……無駄にはしない!」
超真剣な顔でどでかい大砲の砲身内で膝を抱えていた。
「3、2、1……シウ ベルアート、出る!」
どっかーん、と出撃。
空中に射出されたシウは花火を見る人々を見下ろすと、満面の笑みでガッツポーズして。
懐に仕込んだ花火玉を爆裂させた。
山田の伝説、番組を締めくくるのはシウお兄さんの汚い花火だったのです。
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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