本部

急募、惚れ薬飲み隊

雪虫

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
9人 / 0~10人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2016/07/21 11:57

掲示板

オープニング

●難題
「うううううううんんんんんんん……」
「どうした、またいつになく悩んでいるじゃないか」
 白衣を着た男の声に戸丸音弥(az0037)は抱えていた頭を上げた。男は音弥の前にある桃色の小瓶に視線を落とし、ああ、と得心する。
「この前調べて欲しいと頼まれた惚れ薬か」
「そうなんだ……ライヴスが配合されている事はどうやら確かな事なんだが、このライヴスがどのように影響を及ぼしているのか、いやそもそも本当に影響を及ぼしているのかそれさえも分からないんだ……なんせ人体実験してないからな。とりあえず惚れ薬としての効能があるものと仮定して調べてみてはいるのだが、やはりどうやって感情に影響を及ぼしているのかそれがどうしても分からない。ドーパミンやセロトニンといった脳内物質に影響を及ぼしているのか視覚・聴覚・嗅覚などの感覚器に影響を与えているのか、いやでも共鳴しているリンカーにも効くという事は亜世界化している訳だから通常の人体構造そのままとは限らない訳だし……グロリア社が流通元のようなので恥を忍んで問い合わせをしてみたのだが、『我が社は知りません』と言われてしまった……」
「……とりあえず、人体実験してみたらいいんじゃないか」
 同僚の言葉に、音弥は沈んでいた顔を上げた。同僚は手に持っていたコーヒーをズズッっと口にする。
「人体実験してみない事には効果の確証も持てないし、飲んでみて初めて分かる事もあるだろう。とりあえず、飲んでみるしかないと思うが」
 男の言葉に、音弥は隈の浮いた目を見開いた。そして瞳を輝かせ、情けなく下がっていた口元を快活な笑みに吊り上げる。
「そうだな!」

●気軽な依頼
「という訳で、この惚れ薬を飲んで頂きたい!」
 そう言って音弥はテーブルに甘ったるい匂いのする無色透明の液体を置いた。何が「という訳で」なのかさっぱりと分からない。音弥に捕まり実験室に連れ込まれたエージェント達は互いの顔を見合わせる。
「知らない方もいる場合に備え説明させて頂くが、これは『惚れ薬』だ! 誰が開発しているのかは分からん。先日グロリア社に問い合わせをしたら『我が社は知りません』と言われてしまったから多分関係ないのだろうな! それはともかく、僕は先日この惚れ薬の解明を頼まれた。研究者として期待に応えたい! それにもし解明出来れば僕の研究にも役立つはずだ! 残念ながら人数の半分しか用意出来なかったが、さあ、飲んでくれたまえ!」
 音弥はエージェント達をまっすぐ見据え「さあ!」と元気に両手を広げた。エージェント達は顔を見合わせた。
 ……飲んでくれたまえって……
 ……誰が?

解説

●やる事
 惚れ薬を飲む

●状況
 東京支部からギアナ支部に資材を運ぶ手伝いをした後音弥に捕まる。惚れ薬の数は参加人数(能力者+英雄)の半分(小数点切り上げ)

●惚れ薬の今回の扱い【PL情報】
 (共鳴・非共鳴状態共に)飲むと「最初に見た相手」に対して気分がぽわぽわする、ような気がする。30分ぐらい経った頃に治まる、ような気がする。記憶は残っているかもしれないし残っていないかもしれない

●進行
1.誰が惚れ薬を飲むか決める
(立候補形式。人数が足りない場合は推薦形式(マスタリング対象)
2.惚れ薬を飲む
3.惚れ薬を飲んだ人はそれに対するアクション、飲んでない人は飲んだ人に対するアクションを行う

●場所
 実験室
 音弥が所属する医療研究班実験室の一つ。椅子とテーブルがある。普段は立ち入り禁止。入り組んだ場所に連れ込まれたため音弥の案内がないとエレベーターに戻れない。麦茶が出る

●NPC
 戸丸音弥
 ギアナ支部所属の衛生兵
【PL情報】
 惚れ薬を自分が飲むという考えはないが、PCから要望があれば飲もうとする

 セプス・ベルベッド
 音弥の英雄。話し掛ける事は可能だが返答があるとは限らない。怒ると(主に音弥に)噛み付いたり口から垂れている黒い液体を飛ばしたりしてくる/毒性はないが音弥のみたまに痺れて動けなくなる
【PL情報】
 惚れ薬は絶対に飲まない。音弥が飲むという流れになった場合「こいつは記録係だから」と止めに入る

●その他
・提示している惚れ薬の効果は最小限です/プラシーボ効果として増強するのは可能です
・他PLのPCと交流する場合PL間での打ち合わせをお願いします
・惚れ薬を飲む云々は「音弥に実験室に連れ込まれた後説明されて初めて知った(惚れ薬の事を知って音弥についていった訳ではない)」という前提でお願いします
・MSのアドリブが入る可能性があります。NG描写がある場合は記載をお願い致します

リプレイ

●開始
「実験に協力して欲しいと言われはしたが……」
 羽柴 愛(aa0302)は困惑した様子でテーブルへ視線を落とした。惚れ薬。そのオーソドックスかつ不穏な響きに、実験室に連れ込まれた面々の反応は様々だった。Nikolaus Wiren(aa0302hero001)(以下ニコラウス)のように
「惚れ薬って随分甘い香りなのねぇ」
と穏やかな微笑みに手を添える者もいれば、志々 紅夏(aa4282)のように
「惚れ薬……? 何考えてるのよあんたぁ」
と音弥に詰め寄っている者もいる。ナガル・クロッソニア(aa3796)は薄緑の猫耳を動かしつつ瓶の一つを手に取った。甘ったるい匂い以外は特徴のない液体を、紫の瞳を輝かせ興味深々に見つめ続ける。
「惚れ薬かぁ……どんな効果になるんだろうね、ちーちゃん!」
「私なら大丈夫、だと思いたいですが……気を付けて下さいね、マスター」
 千冬(aa3796hero001)は丁寧な言葉遣いでナガルへと言葉を掛けた。花邑 咲(aa2346)もナガル程ではないにしろ、やはり多少の興味を持って惚れ薬を眺めていた。その隣ではブラッドリー クォーツ(aa2346hero001)が、赤と金のオッドアイを閉じながら記憶を掘り起こす。
「どんな効果のあるお薬なんでしょう……?」
「怪しいから、と棚の奥にしまっておいて正解でしたね……」
 以前グロリア社から貰った瓶は惚れ薬だったのか、とブラッドリーはぽつり呟いた。瓶を一つ右手に持ち、水落 葵(aa1538)は橙の瞳を愉快そうに細めてみせる。
「ほぅ……面白そうだな」
「こんな事もあるッスべ」
 (うわぁ)という顔で葵を見つめるウェルラス(aa1538hero001)のすぐ横から、齶田 米衛門(aa1482)がお馴染みの秋田訛りで呟いた。さらにその横からスノー ヴェイツ(aa1482hero001)も
「あるだろうなぁ」
と呟きながらひょこりと顔を覗かせた。向かい側ではザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)が元気いっぱい、ゼノビア オルコット(aa0626)がメモ筆談でそれぞれはしゃいだ反応を見せる。
「人助けなんだよ! 武之!」
≪惚れ薬、なんてすごい、ね! 本当にある、ですね!≫
「人助けの前にまず俺を助けて欲しいよ……」
「どうせやたら強い酒だとか、心拍に影響のある変な薬っていうのがオチだろ」
 相棒のセリフに対し、鵜鬱鷹 武之(aa3506)は酷くヨレヨレした様子で、レティシア ブランシェ(aa0626hero001)はぶっきらぼうに言葉を返した。テンション高過ぎのルゥルゥに対し武之はテンション低過ぎで、ガチで信じてる様子のゼノビアに対しレティシアは一切信じていないようである。と、ようやく紅夏から解放された音弥が、改めてこの場に集めた一同へ視線を向ける。
「それでは飲んでくれるという者は」
「あ、その前に、ちょっといいかな」
 葵は音弥を遮ると、いそいそと幻想蝶から瓶を三つ取り出した。上機嫌で惚れ薬三つを机上に足し、再び音弥に視線を向ける。
「ちっとでも多い方がいいだろ? 使ってくれ」
「え、待って。なんでそんな危険物持ち歩いてるの?」
「え? なんか偶々」
 面白そう、という純粋に完全な悪ノリを隠し言い放った葵にウェルラスは胡乱な目付きを向けた。しかし音弥は気付かず快活な笑みを見せる。
「有り難く使わせて頂こう。では改めて立候補者は挙手をお願いしたい」
「よくわからない飲み物は武之が飲んでくれるんだよ! ね!」
「え? なにそれ? 初めて聞いたんだけど……?」
 当然のように武之の右手を掴み挙げるルゥルゥに、武之は着古した白衣と同じくヨレヨレ気味に呟いた。死んだ魚の目をしたおっさん狸と対照的に、米衛門は気合い十分かつマイペースに拳を握る。
「前回似た様なヤツの解析をお願いしたような気がするし、楽しそうだし、体使えってんなら使わねえといけねッスよな!」
「頑張れ、見てるわ」
「何があるか分かりませんし、サキに飲ませる訳にはいきませんね」
「人間のチビに飲ませて何かあったらまずいからな」
「マスターに危険物を飲ませる訳にいきませんので私が飲みます」
 スノーは米衛門に塩対応励ましを述べ、保護者三人、もといブラッドリーとレティシアと千冬はそれぞれ自ら志願した。ニコラウスはその様子をしばらく黙って見ていたが、にっこりと笑みを浮かべきっぱり辞退を宣言する。
「飲んで異常があったらいけないし、回復役は必要よね? 私は飲まないでおくわねぇ」
「私も飲むのは辞退しよう。効能を知る、効果を知る、解明する、理解する。その為に必要な要素は何か……それは常との差異を求める事だ。つまり、この薬は常をよく知る者に投与してこそ効果がよく分かる。
 という訳でだ、キリエ。飲みなさい、そして私を見なさい。いつもと違う何かがあれば報告しなさい」
「……はい、分かりました」
 枦川 七生(aa0994)の指示にキリエ(aa0994hero001)は半ば予想していたように呟いた。ナガルは右手をテーブルにつき、身を乗り出しながら左の拳を突き上げる。
「私も飲まずに観察の方にまわります! あと枦川さんと依頼でお会いするのは初めてなので、ちーちゃんが飲んでる間どんな感じかちょちょっと聞きに行ったりしたいです! 惚れ薬ってどんな感じか想像つかなくて……見てるだけになりそうですけど! これも知識の吸収、識ること、ですよね!」
 言い切りナガルは七生とキリエににっこりと笑みを向けた。七生はほぼ仏頂面で顎をしゃくり、キリエは何処か儚い笑みをナガルに返す。
 呉 琳(aa3404)は顎に手を当て少し考え込んでいた。惚れ薬を飲む事に抵抗はない。ただ飲んだ結果どうなるのか見当がつきそうにもない。
「基本優しい人は皆好きだからな……飲んでも俺は変わらないと思うぜ……という訳で飲む! 仕事だからな! 濤も飲まないとダメだぞ!」
「私には心に誓った女子(おなご)がいるのだ。絶対に飲まん」
 ビシリとした琳の指差しに濤(aa3404hero001)はすげなくそう返した。ビシリと決まった7・3分けの相棒に、琳がすかさずぽつり呟く。
「頑固」
「貴様に言われたくはないわ!」
「これで7人か。えっと他には」
「わ、私は飲まないわよ? 結婚したい人がきっかけになるように飲めばいいのよ。あんた辺りはそろそろ周囲が結婚していく年齢に見えるし、きっかけに飲んだらどうなのよ」
 音弥が顔を向けたと同時に紅夏が食い気味に断った。「あんた」と視線を向けられた葵はむしろノリノリで右手を挙げる。
「じゃ、遠慮なく。戸丸クン。俺が飲んだ後にクリアレイ使ってみないか?」
「お願いする。ではみんな、よろしく頼む。飲みにくいなら麦茶に混ぜても大丈夫だぞ」
 音弥の言葉を合図に、立候補者達はそれぞれ惚れ薬を手に取った。「飲まない」と宣言したが実は律儀な性質の濤は、頭を抱え一人うんうん唸りを上げる。
(仕事と言われてしまっては……どうすれば問題なく終えられるのか……そうだ! 飲んでも目をつむっていればいいのだ! 誰とも目を合わせなければ……)
 ぴこんと閃いた濤はカッと目を見開いた。そして今正に飲もうとしていた琳の手から小瓶を奪う。
「貸せ! 琳!」
「あ! まだテーブルにあるだろ!」
「我ながら名案ではないか! ハッハッハッハゲホォ」
 話を聞かず惚れ薬を奪った濤は、目をつむって高笑いしながら惚れ薬を一気飲みし、咽た。

●反応色々
 どうにか咽を治めた濤は(絶対惚れない!)と言い聞かせながら必死に目を閉じていた。一方、ルゥルゥに推され結局薬を飲んだ武之は、うっかりと書いて意図的にすぐさま濤へ視線を向けた。とは言っても「最初に見た相手に惚れる」などと説明書きがあった訳ではないのだが、目を固くつむっている濤の姿に何故か胸がキュンキュンする。
(この感覚……久しく忘れていたけど何だか懐かしいな……濤くんを見てると何だか胸がときめく系メモリアルだよ……)
(女性と目をあわせたら最後だ……! 薬の力など信じてはおらんが……目を閉じているのは念の為だ! だからといって男性が良い訳ではない! 男はお断りだ!)
「濤くん……」
 濤が必死に念じていると、おぞましい程すぐ近くから少し恥じらっているような男の声が聞こえてきた。「クズ」の二文字が一瞬で頭の中を過ぎったが、しかし目を開いて逃げる事さえ叶わない。
「濤くん……養って……」
「養わん!!」
「瞳なんか閉じてつれないじゃないか……濤くん、俺を見てよ……濤くんが望むならCまでいってもいいよ……養ってくれたらね」
「C!? 何の話だ! い、色気を出すな!」
「ね……濤くん……俺を養って……」
「や、やめんか! このクズ! 話を聞かんか!!」
 目を閉じたまま慌てふためく濤に対し、武之はこれ幸いとしなだれかかった。胸キュンキュンに偽りなしだが、例え惚れようがクズはクズに変わりない。むしろ積極的に養って貰おうスタイルだ。濤が惚れ薬を飲んでいるのももちろん承知済みである。
 濤は武之に桃色吐息を吹きかけられながら必死に耐えた。この状態も相当嫌だが、万一目を開け武之に胸がキュンキュンするのも嫌である。

 と、濤と武之が男同士の攻防を繰り広げていた頃、千冬はゼノビアの右手を取り胸の内を確かめていた。ナガルへの危険を阻止するため、眼鏡直しつつの母親理論で目を閉じ一気に惚れ薬を飲んだ千冬は、目を開けた先に偶然いたゼノビアを青い瞳に映した。(あれは、ゼノビア、さん……?)と認識したその瞬間、何か奇妙な感覚が全身に沸き起こった。僅かな表情の変化を認めナガルが千冬に問い掛ける。
「どうしたの?」
「……何でしょう、この感じは。今まで、感じた事のないものが沸々と浮かんでくる……気が、します。確認の為に、少し傍まで寄らせて頂きましょう。……いえ、あの、特にこれといっては……」
 千冬は何故か弁明めいたものを口にしつつ、椅子に座って皆を見ていたゼノビアへと近付いた。自分とはまた違う青の瞳が向いてから、千冬は礼儀正しくゼノビアへ頭を下げる。
「……失礼します、ゼノビアさん。これが薬の効果かどうか、確かめさせて頂いて宜しいですか……?」
 言うや千冬は頷きを返したゼノビアの白い手を取った。一瞬で頬を染めたゼノビアを見ないまま、千冬は全身の感覚に意識の全てを集中させる。
(……ぽかぽか、といいますか……何でしょう、これは……彼女を見ていると、不思議な……)
 千冬は少し顔を上げ、そこで初めてゼノビアの顔が赤い事に気が付いた。熱が上がったような感覚を覚え千冬は慌てて手を放す。
「っ、いえ、すみません。……ど、どうやら、薬はそれ相応の効果が出ているようですね……」
(……馬鹿な。人の持つ感情が、私にも出来たとでも言うのか……?)
 千冬の頭を戸惑いと疑念が過ぎったが、胸の内に沸く奇妙な感覚は止まらない。視線を上げるとゼノビアが、メモを前に困ったような顔をしていた。千冬の態度が薬のせいだと理解しつつも、なにか言われたりする度にドキドキする。照れてしまう。でも拒否しようとも思わない。(話しかけられてるし何かお話ししなくちゃ!)と思いつつうまく考えがまとまらずテンパっているゼノビアに、千冬は今彼に出来る最大の微笑を見せる。
「出来れば、少しだけでも……傍に居させていただきたい、ものです……」
 思わず出てきた呟きに、ゼノビアの顔が再び一気に紅潮した。しかし断る気も起きず、満更でもない様子でこくりと頷いた。

「何か変わったところはあるかね、キリエ」
「そうですね……取り敢えずさっさと帰りたいです」
 七生の問いにキリエは投げ遣りな言葉を返した。それさえも紙に記す七生の姿にキリエはハァと息を吐く。
(先生なら当然こうすると知っているし、拒否しても意味がないのは分かっているから従いましたけど……確かに、先生を見ると顔が火照る、ような。先生の事、直視しないように他の人達を見ていよう……)
「こういったものは内と外から観察しなければ意味がない。キリエ、きょろきょろしないでこちらを見なさい。心拍はどうかね、体温は? 思考に変化はないか? いつもよりも視線がうろついているな、今何を考えている?」
 キリエの努力を無視するように、七生は横暴とも取れる言葉を投げ付けた。キリエは歯がゆい想いを抱えながら、心なしかいつもより熱く感じる息を吐く。
(ああ、先生が何か聞いてる……体温は確かに高い気はするけど、いつもと違う所なんて聞かれても分かりませんよ……先生と話すのがなんだか無性に気恥ずかしいな……適当に返事をしておこう、どうせどんな返事でも満足するんだから)
「多少火照りがあるくらいで特に変わりありませんよ、いつもどおりです」
「なるほど、火照りか……他には?」
 事務的にキリエに問いながら「他の参加者が気になる様子」「いつも以上に上の空だが……私との会話に集中していないようだ」と七生は紙に書き込んだ。探究心と知的好奇心を全てとしているような男は、皮肉にも観察相手より自分に意識を集中させる。
「得る事の出来たデータは参加者達のものと比較し纏めよう、効能、時間、その他に違いは出るか、だな。何を要因として差が出るのか、薬への耐久か、それとも見た相手によるのか、その時の精神状態か……キリエ、後ほどレポートを纏めて提出するように。被験者からの意見は貴重だ」
 七生の態度か声か存在そのものか、キリエはむず痒いものを覚えつつ三度息を吐き出した。

「スノー君は一体何がお好きですか」
「旨い飯。あと子供も好きだな」
「そうですか」
 スノーの返事に、ブラッドリーはのんびりと緩やかな笑みを浮かべてみせた。惚れ薬を飲んだ後、誤って咲を見てしまわないようにと顔を背けた先にスノーがおり、現在はこのようにのんびりと取りとめのない会話をしながら効果が切れるのを待っている。スノーを見ると少しふわふわとした感覚がし、妙に可愛らしく感じるが、(もちろんスノーに魅力がない、という事ではないのだが)、恋云々と言うよりも子供に向ける感情に似ている。ブラッドリーの見解は概ねそのような所だった。
 一方のスノーは他人事上等のモチベーションで、もし絡まれたら対応(物理)ぐらいはするつもりでいたのだが、ブラッドリーの対応は終始穏やかなものであり、スノーとしても目上の相手には敬意を持って接する事を心掛けている。と、ブラッドリーの手が伸び、スノーの赤い髪を子供にするようにぽふぽふ撫でた。顔を上げるスノーにブラッドリーが笑みを浮かべ、スノーはまあいいかと視線を落とした。
 そしてスノーの相棒米衛門は、現在知り合いでもある葵へキラキラ視線を送っていた。米衛門の恋愛対象はスノーと同じく異性だが、持ち前のノリ精神で豪快に惚れ薬を飲み干した、そして目を向けた所にたまたま葵が立っていた。奥手でぶっ飛んだ方向までは進まないが、気持ち悪いからもじもじもしない米衛門は、ド直球弩ストライク三球三振バッターアウト精神で葵にアプローチを仕掛けていた。
 一方、葵は音弥に対して柔らかな笑顔を向けていた。音弥は少し困ったような顔をしつつ葵に質問を投げ掛ける。
「葵君、気分はどうかな」
「問題ないな」
「クリアレイを掛けたが、変わりはないか」
「ないな」
「米衛門君の方はどうかな」
「葵さんは良い人ッスな。葵さんの事好きッスよ!」
 若干カオスが漂っている。音弥はしばし考え込んだ。実は葵は「比較も実験には必要だよな」と自主的に薬を数本煽り、その後音弥を瞳に映しそして今に至るのだが。
「今の所反応はまちまちか。もう少し観察が必要だな」

 紅夏は何とも言えぬ表情で実験室を眺めていた。惚れ薬は飲んでいないし飲むつもりもないのだが、部屋全体がぽわぽわしている、ような気がする。
「ふぅ。それにしても喉が渇いたわ。麦茶一つもらうわね」
 誰にともなく断った後、紅夏は近くにあった飲み物を確認もせずぐっと煽った。そして瓶をテーブルに置き、違和感に首を傾げる。
「……? なんだかぽわぽわするわね。この部屋の温度上がってるのかしら……」
 温度調整を頼もうとした時、紅夏の瞳に白い髪の青年が映り込んだ。瞬間、心臓が音を立て、紅夏は思わず胸を押さえる。
(さっきまで動悸もしなかったのに何で動悸が……)
 紅夏は原因を確かめようと青年を再びちらりと見た。胸が鳴る。もう一度見る。やはり鳴る。と、胸が高鳴る原因、愛が紅夏の様子に気付き紅夏の方へ近寄ってきた。紅夏は飲まないと宣言したはず、そう思い、何か別の異常かと愛は念のため声を掛ける。
「大丈夫かい? 何か様子がおかしいようだが……」
「私の様子がおかしい!? あんたこそおかしいんじゃないの?」
 突然のツン対応に愛は一瞬戸惑った。一方、高鳴りを見抜かれたかと思った紅夏は頬に手を当て首を振る。
(み、見ると動悸が……でも、気になって、見ちゃいそうになるのよ。落ち着かないと……って、何か、周囲、いちゃついてる?)
 落ち着こうと視線を彷徨わせた紅夏の瞳に、やたらぽわぽわしている参加者達の姿が映った。思わず見てしまった愛の姿に頬が一気に紅潮し、紅夏は慌てて顔を隠す。
(何かソワソワする。どうしたって言うのよ。これじゃあ私もやっていいんだって安心してるみたいじゃない。そんな事ない、絶対!)
 愛はそこでようやく、紅夏の近くに惚れ薬の空き瓶が置かれている事に気が付いた。どうやら麦茶と間違え飲み干してしまったらしい。愛は言葉少なく不器用な男だが、基本的に優しい為、万一迫られたら強く出られる気がしない。女性相手は尚更だ。
 紅夏がゆらりと立ち上がり、愛は冷や汗をかきながら距離を保とうと試みた。机や椅子等盾になりそうなものを確認する愛に紅夏がスッと右手を上げる。
「まて、話せば分かる!」

 ルゥルゥは羨ましそうに皆の様子を見つめていた。当初は飲む気など全く以てなかったが、楽しそう(?)な皆の様子にすっかり興味が惹かれてしまった。よし、飲もう、と視線を向けた先に計十三本もあった瓶は何故か一本も見つからず、仕方ないので未だ濤に張り付いている武之の白衣に手を差し入れた。すると惚れ薬が丁度一本入っており……碌な事に使う気が一切漂わない桃色の瓶を、これ幸いとルゥルゥは口に当てようとする。
「ルゥも飲むのか? せっかくだから一緒に飲もうぜ!」
 そこに濤に邪魔されタイミングを失った琳が明るい笑顔で近付いてきた。ルゥルゥは元気に「うん!」と返し、二人揃って瓶を煽る。
「なんだかよくわからないけどふわふわしてて楽しい」
 ルゥルゥは満足気な笑みを浮かべ傍らの琳を見た。琳も「そうだな!」と言いながら隣に立つルゥルゥを見た。瞬間、ルゥルゥの中に未知の衝動が沸き上がり、衝動の命じるまま琳にぎゅっと抱き付いてみる。
「リン大好き!!」
「うん、俺も大好きだ! へへ」
「ルゥね! リンの事武之よりも好きなんだよ!」
「俺も濤より好きだぞ!」
 琳は言いながらルゥルゥの頭をぽんぽんした。妙にぽわぽわした感じはするが、琳の感情は元々の「良い子や優しい人間は好き」からほとんど変わっていなかった。ルゥルゥへの「好き」の言葉もその一環だと認識していた。
 一方のルゥルゥは、上手く言葉に出来ないが「なんだかすっごくリンの事が好き」、そんな感情を胸に抱え琳にぎゅーっと抱きついていた。その感情や行動の意図は分からないまま、ただ自分の感情に素直に従い言い続ける。
「あのねあのね……リン好き!」

「音弥って言ったわね、お茶!」
 紅夏は立ち上がり腕を伸ばすと、葵ににこにこされ中の音弥に指を突き付けた。そこに持参の高級ティーセットで初対面中心にお茶配り、と書いて誤魔化しをしていたウェルラスが通り掛かる。
「どうぞ」
「ありがとう……ねえ、素直になったら違うのかしら……好きって素直に言えるのかな……」
 突然相談を始めた紅夏にウェルラスは「ん?」という顔をした。紅夏はウェルラスの様子に気付かず泣き出しそうに肩を落とす。
「ええと、元気出して下さいね……?」
 多分薬のせいだろうと思いつつウェルラスは適当なカップを取り、自分もお茶を一口飲んだ。と、急に気分がぽわぽわし、咄嗟に目と口を閉じる。
「まさか……誰かがお茶に混入させた……い、一体誰が……」
「どうしたの?」
 ウェルラスは瞼を持ち上げた。そして目の前にいた紅夏ににこにこ柔らかな笑顔を向けた。紅夏は一瞬ぽかんとし、それから耳まで真っ赤に染める。
「な、何笑ってんのよ……ば、ばか、私あんたなんて好きじゃないわよ! それに私は……何でもない!」
 紅夏は愛をちらりと見、それからぷんと顔を背けた。見事なまでのツンデレとニコニコしっぱなしの少年に、どうしたものか分からずに愛はただ黙っていた。

「戸丸さんはお飲みになりませんか? えへへ、一人でもサンプルが多い方がいい気がしませんか?」
 音弥は自分を見つめているナガルへと視線を合わせた。ナガルの言葉に今まで黙っていたセプスがぼそりと口を挟む。
「こいつは記録をつけねばならん」
「あ、記録は私がしますから! 飲むならこれを。はい」
 ナガルは隠し持っていた瓶を一本音弥に手渡した。眉を顰めるセプスと対照的に音弥はにこり笑みを見せる。
「ありがとう。実は少し興味があった。では遠慮なく頂こう」 
 音弥は豪快に飲み干すとそのままナガルに瞳を向けた。ナガルは目を輝かせ音弥の顔を覗き込む。
「今どんな感じですか? 気持ちとか、えっと、鼓動とか!」
 ナガルの問いに音弥は心なし体を逸らした。自分の胸に手を押し当て困ったように首を傾げる。
「心臓が、うるさいから、あまり近付かないで頂きたい……かな?」

「どう? ドキドキする? 私を見てときめいちゃう? ね、ね、ドキドキしちゃうの?」
 ニコラウスはニヤニヤしながらレティシアの顔を覗き込んだ。対しレティシアは剣呑な瞳を向けた。レティシアにとってニコラウスは同じ世界から来た者同士で、過去に自分が殺害した相手、かもしれないのだ。いずれにしろ妙に鼓動が早いのも、おちょくられるのも気に食わない。レティシアは銃を取り出しニコラウスへ突き付ける。
「これが惚れてるせいなのかもわからねぇし、もしかしたら目の前に撃って下さいと言わんばかりに間抜け面が現れたせいで心躍ってるだけかもしれねぇよな……どのみち撃ってみりゃわかるだろ。寂しく思えば惚れてたって事で、薬は本物、実験も成功。俺はスッキリ。一石二鳥だな」
「あら? 冗談の分からない男はやぁね、またやり合うつもり?」
「レティ、ダメですよ」
 拳銃を向けた事にマジな雰囲気を感じ取ったゼノビアは、全力で止めるべくレティシアの腕を引っ張ったりメモ帳で叩いたりした。と、レティシアがこれ幸いと共鳴し、威嚇射撃をニコラウスへ向けて放った。AGWの真価もスキルも共鳴しなければ発揮出来ない。目を氷の温度にしたニコラウスは身を翻し愛と有無を言わさず共鳴すると黒の猟兵に手を滑らせた。口元は笑みを湛えたままレティシアに撃たれた過去を思い出し、視界を遮る目的で黒い霧を召喚する。
「うっ」
「右目を庇い過ぎていない? 見える方が隙だらけ。そうは思わない?」
 ニコラウスは霧に紛れレティシアへ肉薄すると、己の低い背を活かし鼻を狙って魔法書の角を打ち上げた。鼻を打ったレティシアが睨みながら銃を向け、したり顔のニコラウスが魔法書で顔を庇う。
「お、お二人ともやめて下さい!」
「女性の悲鳴! ……あああダメだ! 気絶しろ気絶しろ気絶しろ!」
「二人ともやめてくれ! ああ! どうしたんだ濤君!」
 壁際でのんびりと相棒のブラッドリーを、心配気に他の面々を見ていた咲がいの一番に悲鳴を上げ、咲の悲鳴に目を開けた濤は理性を保つため柱に頭を叩きつけ、音弥は約二つの修羅場に混乱気味に声を上げた。ようやく共鳴を解いたゼノビアがレティシアの腕を、愛がニコラウスの首根っこを掴んで止める。
「そこまでだ。二人とも落ちつ……ぶっ」
「レティ! めっ!」
「心配させちゃったかしら、ごめんなさいね」
 レティシアの攻撃をうっかり受けた愛から離れ、ニコラウスは麦茶を飲んで一息ついた。レティシアに一瞬瞳を向け、そして軽く顔を背ける。
「やり過ぎたわ」
 そっけない言い様とは裏腹にニコラウスは申し訳なさそうな顔をした。愛は顎を押さえつつ、ふうと少し肩を落とした。

●終了?
「ああ、やっと終わった……話していただけなのに、いつも以上に疲れた気がする。先生の話し相手はこれだから嫌なんですよ。こういう時って忘れたいと思うだろうけど、自分以外の皆は覚えてるっていうのもそれはそれで地獄ですね」
 紙にペンを走らせる七生を横目にキリエは重い息を吐いた。一方米衛門は腰に手を当て元気いっぱい笑っていた。着いてきたらこうなったのでノリと勢いで薬を飲み、頑健な肉体が抵抗出来るか一応試し、結果
「いやー楽しかったッスな!」
「ああ、楽しかったな」
とスノーと感想を述べるに至った。全てはノリと勢いである。
「あ、そうだ戸丸さん」
 米衛門は音弥を招くと「ザッシィ」と書かれた結婚情報誌を手渡した。首を傾げる音弥にその理由を説明する。
「変なもんの解析お願いしちまったお詫びみったなもんス。枕にすると安眠できたッスよ!」
「程良い高さだったもんな、これ」
 実は大量に貰ったは良いが使い方が分からない、という裏事情があるのだが、そうと知らない音弥は「ありがとう」と受け取った。そんな音弥に記憶を保持したままの葵が少し残念そうに声を掛ける。
「惚れ薬全部なくなったな。余ったら解析のために役立ててもらおうと思ったのに」
「気遣ってくれてありがとう」
「あ、それと」
 葵は桜の花びらを取り出すと音弥の頭の上に乗せた。5秒程考えた後花びらを回収し、すかさずウェルラスが首を傾げる音弥の前から葵をズルズル回収する。
「やっぱり、恋は自分で落ちる方が好みだな……きっかけとしちゃあアリだが」
「馬に蹴られる趣味はないけどさ……できればオレが居る間はアノ木増やさないでよ」
「おーう」
 いまいち安心出来ない返事に、ウェルラスは溜息を吐いた。

「効果はどんな感じでしたか?」
「惚れ薬の効果なんて実感しなかったわ、ふんっ」
 咲の問いに紅夏は耳まで赤くしながらそっぽを向いた。そして何処からかウメボシを取り出し、元凶へと足を踏み出す。
「でも、音弥……祈りの言葉は言わせないわよ。そっちの英雄も同罪よね」
「うーん……オレはなった事がないので確かな事は言えませんが、おそらく『ほろ酔い』と呼ばれる状態に近いような気がしますね。こう、ふわふわと気分がいい感じ、というか……?」
 ブラッドリーは1時間程度の記憶を思い出しながら報告した。咲はふむふむと話を聞きながら相棒の頭を撫でる。
「とにかく、お疲れ様でした」

「よ、飴食うか?」
「今度飯さ行きてな」
≪ありがとうございます。ぜひ! あ、すいません、ちょっと≫
 スノーと米衛門に筆談で断りを入れた後、ゼノビアはナガルと千冬の元へと歩いていった。落ち着いて文を書いた後ナガルと千冬へと見せる。
≪よかったら、今度は、お薬無い時、にまたお話ししましょう、です! ナガルちゃんも、ねっ!≫
 ゼノビアの誘いに千冬は胸に手を当てた。薬の効果は切れている、はずだが、千冬は微かに笑みを浮かべる。
「はい、ぜひ……」
 
「良いデータが取れたのかな……どうだったんだ?」
 琳は(ダメージは他の負傷者と同じく音弥に回復してもらえたが、精神的に)フラフラしている濤を捕まえつつ首を斜めに傾げていた。何かいつも以上に人が好きだった気がするが、薬を飲んだ後の記憶がほとんどない。
「ルゥ? 大丈夫か? 具合悪くなったら言うんだぞ?」
 琳の言葉にルゥルゥはびくりと肩を揺らした。琳は濤と同じく、大事で大切で大好きな友達。さっきまで手だって繋いでいた。なのに今は顔を見る事さえ出来ない。ルゥルゥは濤の後ろに隠れ、女性にめっぽう弱い濤はドキドキしながら声を上げる。
「ル、ルゥさんどうしたんですか!?」
(な……なんだろ……リンの顔を見るのが恥ずかしいんだよ……ルゥどうしちゃったのかな……)
 その原因は不明だが、ルゥルゥはしばらく琳と顔を合わせる事が出来なかった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 想い深き不器用者
    羽柴 愛aa0302
    人間|26才|男性|防御
  • 朝焼けヒーローズ
    Nikolaus Wirenaa0302hero001
    英雄|23才|男性|バト
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • 妙策の兵
    レティシア ブランシェaa0626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 学ぶべきことは必ずある
    枦川 七生aa0994
    人間|46才|男性|生命
  • 堕落せし者
    キリエaa0994hero001
    英雄|26才|男性|ソフィ
  • 我が身仲間の為に『有る』
    齶田 米衛門aa1482
    機械|21才|男性|防御
  • 飴のお姉さん
    スノー ヴェイツaa1482hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 幽霊花の想いを託され
    花邑 咲aa2346
    人間|20才|女性|命中
  • 守るのは手の中の宝石
    ブラッドリー・クォーツaa2346hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • やるときはやる。
    呉 琳aa3404
    獣人|17才|男性|生命
  • 堂々たるシャイボーイ
    aa3404hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 駄菓子
    鵜鬱鷹 武之aa3506
    獣人|36才|男性|回避
  • 名を持つ者
    ザフル・アル・ルゥルゥaa3506hero001
    英雄|12才|女性|シャド
  • 跳び猫
    ナガル・クロッソニアaa3796
    獣人|17才|女性|回避
  • エージェント
    千冬aa3796hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 断罪乙女
    志々 紅夏aa4282
    人間|23才|女性|攻撃



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