本部

殺生石

白田熊手

形態
ショートEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/07/21 19:31

掲示板

オープニング

●那須湯本・殺生石
~殺生石は温泉の出る山陰にあり。石の毒気いまだほろびず、蜂・蝶のたぐひ真砂の色見えぬほどかさなり死す~

「……って、『奥の細道』には書かれてるらしいよ」
 男は連れの女に言うと前方の斜面に鎮座する殺生石を見上げた。
「ふーん……でも、そんなグロい事にはなってないじゃん」
 連れのは、同じように殺生石を見上て言う。石の周辺は僅かに煙り、硫黄の臭いが立ち込めてはいるが、辺り一面虫の死骸等という事はない。反って大勢の観光客が喧しく談笑している。
「松尾さんが大げさに書いたんじゃない? ああでも、火山ガスが噴出して危険な時もあるって」
「なにそれ、やだな……早く離れよ」
「心配しすぎだよ。こんなに人が居るんだし……」
 女の心配を杞憂として笑った男は、そう言おうとして気付く。いつの間にか喧噪が止んでいる。奇妙な不安感に、男は頭を巡らせ周囲を見回す。
「なっ――」
 人が倒れていた。それも夥しい数。先程まで喧噪を作り出していた人々。その体が地を覆う。まるで伝承の様に――。
「なんだこれ、火山ガス!? わかんねぇけどとにかくここを離れ――」
 そう叫び、振り返った男は絶句する。白銀の槍が、マペットの様に開いた女の口から突き出ていた。先端からは鮮やかな赤が滴っている。
「そんな――」
 男はそれだけの言葉を漸く絞り出す。それに応える様に、女の体はビクリと震え、喉奥からゴボリと鮮血が溢た。ハヤニエの様だ。現実感のない死体に、男は不謹慎な想像する。
 と、槍が上がり、女の体がだらりと宙に浮かぶ――そこに女が居た。
 奇妙な和服を着た女。その背後には九本の尾。男は気付く。その内の一本が、連れの女を貫いた槍だと言うことに。
 明らかに危険な存在。だが、男はその女から目を離せなかった。
 真珠の如き白面に、紅玉の瞳は冷酷な輝きを湛え、血に濡れた様な唇は、犠牲を求めるかの様に艶めいている。不安と死を想起させる不吉な美貌。それでも……いやそれ故にこそ、男は女に強く惹かれた。
 恐怖と憧憬が混在した男の視線を女は冷たい瞳で受け止め、ゆっくりと口を開く。
「――人間よ」
 阿片の様に甘い声。男は息を呑んだ。強烈な陶酔感。ふと伝説を思い出す。九本の尾、美しい女。そうだ、この女は――思い至った瞬間、頭上から何かが降り落ちる。
「蝶――」
 蝶、そして虫や鳥。無数に降りしきるそれらは、瞬く間に地を覆い尽くした。
「玉藻――」
 降り落ちた蝶を手に受け、男は女の名を呼んだ。
「汝ら愚かな生き物――」
 男の呟きに、女は侮蔑を込めた声で応える。
「安心を厭い、煩悩の苦界を守らんと敢えて修羅道に入る……」
 その女の右手がスッと伸び、男の頬を撫でた。冷たく柔らかな掌。命を吸われる様な陶酔感。死を慕うと理解しながらも、男は愛撫を受け入れた。
「救いの手を撥ね除け、命を惜しんで命を失う――」
 手が止まる。同時に言葉も止まった。男は怪訝に思い女の顔を見る。初めて女の顔に感情が映った。哀れ――だが、それも一瞬。
「――この様に」
 女は男の連れを突き刺した尾を振る。生命を失った体が濡れ雑巾の様に地面に叩き付けられる。
「――!?」
 ベチャリという嫌な音に、男は漸く我に返った。こいつは美しい女などではない、こいつは――。
「――グッ!?」
 女の手が男の顔を掴んだ。先程までの愛撫が万力の様な締め付けに代わり、恐怖が僅かに残った陶酔を冷ます。
「哀れならんかな――しかし」
 女の腕が上がり、男の体が宙吊りになる。男は脚をじたばたして藻掻く。最後の抵抗。だが――。
 グシャッ……
「もはや救い難い――」
 濡れた破裂音。血が霧の様に飛散する。脚の藻掻きが止まった。頭蓋の砕けた頭は、女の手からぬるりと滑り落ちる。地を埋める死骸に、新たな仲間が加わった。
「愚者は真理を知らぬ。故に、汝ら妾を称す――愚神、と」
 言葉と共に尾の一つが燃え上がる。炎は周囲の結晶化した硫黄に引火し、更に巨大な炎を作り出す。炎が去った時、周囲には何一つ。生きている者も死んでいる者も、何一つ無く消え去った――。

●HOPE支部、ブリーフィングルーム
「はっきり言って緊急事態だ」
 リンカー達を前に、担当官は挨拶もなくそう切り出す。
「既に聞いていると思うが、那須湯本に愚神とドロップゾーンが出現した。幸い――と言っていいかどうか分からないが、ドロップゾーンが町の中心部に達する前に殆どの住民は避難を完了している……ああ、もちろん被害0じゃない。少なく見積もっても、数十人の観光客、地元民がドロップゾーンに巻き込まれた」
 担当官はリンカー達に那須湯本の地図を広げて見せ、殺生石と描かれた所を指さす。
「報告によると、愚神――伝説にちなみ、仮に『玉藻』と名付けた――が出現したのはここ」
 言うと担当官は、殺生石を中心にして指でぐるりと円を描いた。
「愚神はここを中心に円形のドロップゾーンを形成している。愚神は出現と共に周囲の地形が変わる程の大爆発を起こした。範囲はほぼドロップゾーンと一致。HOPEの見解では、爆発は愚神の能力ではなく周囲の硫黄によるものだという事だが――どちらにしても、その場に居た人達の生存は絶望的だろう」
 担当官は沈痛な顔を起こす。
「知っている者も居るかも知れないが、那須湯本では以前にも愚神出現事件が起きている。解決したと思っていたんだが……どうも甘かった。いや、向こうが上手だったのか――すまん、今更詮無い事だ。とにかく事は一刻を争う。急き立てるようで済まないが、早く現場に向かってくれ」

解説

●目標
玉藻の撃退

●登場
ケントゥリオ級愚神「玉藻」
 九本の尾を持った妖狐です。本体外見は二十歳頃の妖艶な女性。九本の尾はそれぞれ違った攻撃方法を持っています。尾は一対象に最大三本まで同時使用可能。

・木の尾
「サンダーランス」と同等の雷を放ちます。

・火の尾
「ブルームフレア」と同等の炎を放ちます。

・土の尾
殺生石に突き刺さっています。大地からライヴスを吸い上げ、毎ターン生命力を回復します。

・金の尾
物理攻撃を行う強靱な金属の尾。射程4。

・水の尾
「ディープフリーズ」と同等の冷気を放ちます。

・闇の尾
「リーサルダーク」と同等の闇を発生させます。

・光の尾
「クリアレイ」と同様の効果を発揮します。

・毒の尾
「セーフティガス」と同様のガスを発生させます。

・混沌の尾
上記の八つの尾の効果を任意に発動します。

・尾にはそれぞれ生命力が設定されていており、生命力が0になった尾は切り落とされます。

・本体は魅了と槍による直接攻撃を行います。魅了は視線によるもので、特殊抵抗の対抗判定に失敗すると九尾に攻撃出来なくなります。クリンナップフェーズに行われる同様の対抗判定に勝利するか、クリアレイ等で回復可能です。

○以下PL情報
・玉藻は生命力が低下すると巨大な狐に変化します。魅了と槍は使え無くなりますが、尾の能力を地を除く八本のどれか一つに統一出来ます。ただし、落とされた尾の能力は使えません。

例:火の尾が残っていて木の尾が落とされ、残った尾が四本の場合、サンダーランスは使用不可ですが、火の尾によるブルームフレアを四発同時に発動可能です。

●状況
・玉藻は殺生石に陣取りドロップゾーンを拡大しています。ドロップゾーン内部の生命体は死滅。湯本全体がドロップゾーンに覆われるのも時間の問題です。
・殺生石は見通しの良い岩場の急斜面にあり、玉藻は石の上にちょこんと座っています。
・玉藻は非常に強力な愚神です。重体の発生は覚悟して下さい。

リプレイ

●那須湯本
「よもやこの地がこのような事になるとは……」
 緩やかな那須街道の坂を登りながら、小鉄(aa0213)は何時になく緊張した声で言う。
「任務で来たくは、無かったわね……」
 共に歩む英雄の稲穂(aa0213hero001)もそうぼやく。
 玉藻による被害は甚大だ。この時期殺生石へ続く那須街道は観光客が多く、土産物屋、旅館もかき入れ時だが、今その活気はない。商店の硝子戸は爆風に割れ、其処此処にひっくり返った車が見える。
 以前友人と純粋な骨休めで那須を訪れた時も結局事件に巻き込まれたが、これほどまでの惨状には至っていない。
「……いや、今考えるは彼奴を打倒する事のみでござったな」
「えぇ、ここでやっつけちゃわないと、ね」
「うむ、叩き斬るだけでござるな」
「はぁ、何時も通りってことね、まったく……」
 リンカーとグライヴァーは引かれ合う――かどうかはともかく、以前の事件と同じく、人に仇なす愚神は、それに対抗出来る能力者が対処するより他にない。

「六尾の一件からしばらく何も無かったから安心してたけど、フラグ折れてなかったか……」
 事件――愚神・茉莉花の引き起こした騒動――を小鉄らと共に解決した來燈澄 真赭(aa0646)は、以前の事件に覚えた違和感を思い一人得心する。
「いや、成獣云々は今回関係ないだろ……」
 緋褪(aa0646hero001)は真赭に軽く突っ込みを入れた。
「まぁそれは置いておくとして、これ以上ドロップゾーンが広がるとせっかく助けた子狐(もふもふ)達の住処がなくなっちゃうし、今回はしっかりとやるよ」
「いつも通りだし否定する気もないが、人前なのだからもう少しオブラートに包め」
 緋褪はやや諦め気味に忠告する。言って聞く様な真赭でもない。

「九尾狐の完全体か……流石に手強い相手ね」
 楽観的にも見える真赭と異なり、橘 由香里(aa1855)は至極生真面目な口調だ。彼女も以前の戦いに参加している。茉莉花には、勝利を収めたとはいえ、苦戦であったことは否めない。あの時より由香里も強くなり、人数も増えているとはいえ、今回の愚神が茉莉花以上の強敵だとすれば、僅かな油断が敗北に直結するだろう。
「前回倒した茉莉花と同個体なのかしら?」
「まったく、倒したと思ったから悼んだのにのう。供えた花が無駄になったわ。花代を返すがよいぞ!」
 思案する由香里をよそに、自称姫神の飯綱比売命(aa1855hero001)はセコいことを言いだす。同じ狐として茉莉花に感ずるものがあっただけに、返って腹立たしいものがあるのかも知れない。

「九尾だってさ……」
 ダウナー気味の性格故か、今宮 真琴(aa0573)は彼女らよりも沈んだ口調だ。彼女の英雄、奈良 ハル(aa0573hero001)も、飯綱比売と同じく狐。緋褪も合わせると、実に英雄の三割が狐である。
「完全に格上じゃのう……ふぅ」
 ハルの尾は二本。対する玉藻の尾は九本。それが即ち実力の差とは言わないが、ハルも茉莉花と戦い、その力を知っているだけに、それ以上の強敵と思われる玉藻に楽観的な見通しは出来ない。
「……大丈夫だよね? みんないるし」
「やってみない事には分からんが……役目は忘れるなよ?」
「うん……頑張る……ほっておけないもんね」

 那須街道の切れ目、温泉神社から殺生石まで続く砂利道まで来ると、破壊された家屋の姿は消え、代わりに焼け焦げた木々や、煤けた岩の姿が目立つ様になる。殺生石近辺は元より荒涼とした岩場だが、これらの爪痕は玉藻によるものだ。確認された爆炎の半径は数百メートル。今はそれがドロップゾーンとかしている。巻き込まれ、死亡したと思われる人間は、少なく見積もっても数十人。
「生存は絶望的、ですか……」
 破壊された周囲の様子に、唐沢 九繰(aa1379)は暗い声で呟く。
「爆発の規模・威力的に私も同意見です」
 エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)は冷静な声で告げた。爆発の余波だけで町があの惨状だ。爆炎の中に居た人が生き残れるはずがない。
「ならせめて、これ以上の被害は防がないとですね!」
「HOPEには医師の手配をお願いしておきました。生存が絶望的でも、諦めたくない」
 それでも荒木 拓海(aa1049)は一縷の望みを掛け出来るだけの措置を講じた。
「探し(戦い)に行きましょう……少しでも早く」
 出来るだけ多くの命を救いたいという思いは、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)も共有している。今に於いても過ぎ去った時に於いても、それは変わらぬ気質なのだろう。

●殺生石
「花の名を騙っていたあやつに似ているでござるな……尻尾が生えているでござる」
 尾の一本を殺生石に突き刺し、その上にちょこんと座る玉藻を遠望し、小鉄は以前見た茉莉花を想起する。だが、稲穂は些か見解を異にするようだ。
「ねぇこーちゃん、それ尻尾だけで判断してない?」
 実際、茉莉花と玉藻は余り似ていない。茉莉花は九繰以下の貧乳少女だったが、玉藻の容貌はむしろ飯綱比売やハルに近い大人っぽいものだ。
「殺生石て、九尾が討伐されて石になったとかいう話どしたな……石は残っとるんに、何で九尾がおるんやろか……?」
 当の殺生石に座る玉藻を見て、弥刀 一二三(aa1048)は疑問を口にする。愚神については分からない事の方が多い。玉藻という名もHOPEが便宜上付けたものだ。九尾の符合は気になる所だが……。
「それより、この後お菓子の城に行くのを忘れるな!」
 首を捻る一二三に、パンフを凝視ししたキリル ブラックモア(aa1048hero001)が念を押す。キリルのやる気が低いと、二人の共鳴姿は何故かピンク髪ツインテールの魔法少女フミリルに変わってしまう。
「ここは乳製品、ジェラードやチーズケーキが旨いらしいよ。解決できたら皆も行こう」
 一二三の恐れる事態を避ける為、荒木も協力してキリルのやる気を上げる。
「……やっとらんかったらどないしょ」
 それでも不安に駆られる一二三に、拓海はこっそりと耳打ちする。
「イザとなったら土産詰め合わせを温泉組合の方に頼んで……」
 二人の心配する通り、那須近辺の商店がこの状況下で暢気に店を開いている訳がない。かつてアンセルムは生駒山一帯をドロップゾーンに落としたのだ。今回もそうならないという保証はない。当然全ての住民は避難しているが……キリルには知りようもない事だ。最悪、リンクまでテンションを保てればいい。

「今度は玉藻前か、九尾だのなんだの、愚神は中二の集まりか」
 伝説の様な玉藻の姿に、ダグラス=R=ハワード(aa0757)は独り言ちる。いや、そうではなく、紅焔寺 静希(aa0757hero001)に向けて語ったのかも知れない。だが、影の様に彼の側に立つ静希の存在は希薄で、果たしてそれも判然としない。
「貴様はどんな曲(悲鳴、苦痛)を奏でるのか、楽しみだ」
 ダグラスは牙をむき獰猛な笑みを浮かべた。
「玉藻……ね。まるで妖怪退治だわ。陰陽師でもいれば様になったのかしら」
 もう一人、陰陽師ではなく、魔女を思わせる風貌の水瀬 雨月(aa0801)も呟く。無論彼女も一人というわけではない。だが、英雄のアムブロシア(aa0801hero001)は、静希とは違った意味で姿が見えない。アムブロシアは幻影蝶の中――寝ているのかも知れない。もっとも、すぐにそうもいかなくなるだろう。
 殺生石に近づく程、玉藻が起こした爆発の強力さが判然としてくる。足下の岩は、煤処か表面が溶け、木々は薙ぎ倒され山肌が露出している。
「ここで止めを刺さねば、後に響きそうですね」
 クレア・マクミラン(aa1631)が誰にとも無く言った。ここに来るまで、一人として生存者の姿はなかった。それどころか、あって然るべき死体すらない。爆発で吹き飛んだか、或いは――いずれにせよ、玉藻がより力を付ければ、那須は第二の生駒山になりかねない。
「傷と症状の判断はこっちでやるから、戦闘はいつも通りよろしくね、クレアちゃん」
 リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)は穏やかな声で言う。無傷で勝てる相手ではない。メディックである彼女らの判断は生死を分けるだろう。
「ともあれ、これ以上の狼藉を許しちゃ置けないわ!」
「うむ……いざ、推して参る!」

●開戦
「起きているアムブロシア? 始まるわよ」
 岩陰に身を隠した水瀬は共鳴したアムブロシアに語りかけた。
「ああ――」
 アムブロシアは短く答える。水瀬の目を通して見える玉藻は、殺生石に腰を掛け暇そうに脚をぶらぶらさせている。彼我の距離は2、30m程。こちらに気付いた様子はない。
 他の仲間達も、各々気づかれぬ限界の地点まで距離を詰めている。玉藻の能力は分からない所も多いが、強力な爆炎攻撃を持っている事は確実だ。水瀬が取り得る攻撃手段において、最大の射程を持つものはおよそ25m強。不意を打ち、一気に距離を詰めなければならない。
 殺生石から約80mの位置には、紫紺色の和装を纏った真琴の姿がある。ライフルのスコープは既に照準の内に玉藻を納めている。引き金は比喩でなく開戦の合図となるだろう。
「3……2……1……」
 霜が降りる様に、真琴の指が静かに落ちる。
「FIRE!」
 声と共に、スナイパーライフルの銃弾が撃ち出される。音速を超えて飛来するそれの軌道を、玉藻はだが正確に察した。尾の一つが旋回し、射線を遮る。しかし――。
 ドッ! と、玉藻の肩から血飛沫が上がった。
「……ふむ?」
 遮ったはずの弾丸は、不意にその軌道から消え、死角から玉藻の肩を捕らえる。玉藻は不思議そうな顔をし、指先で肩から流れ出す血に触れた。
「ミッションスタート、じゃ!」
 ハルの声に応ずる様に、潜んでいたリンカー達が一斉に飛び出す。わらわらとわき出るリンカー達の姿に、玉藻は嘲笑を浮かべ、指先についた血をぺろりと舐めた。

「目標、捕捉です」
「行きますよ!」
 エミナの声を受け、九繰が先陣を切る。だが即攻撃には移らず、『ライヴスミラー』を展開し玉藻に接敵する。玉藻の攻撃は未知の部分が多い。だが、『ライヴスミラー』なら大抵の攻撃は反射出来る。一方、ダグラスは射程ぎりぎりで『パワードーピング』を使い守りを固める。
「ここら一帯に住む子狐(もふもふ)達の為にもドロップゾーンは破壊させてもらうよ」
 初太刀を付けたのは真赭。狙いは殺生石に突き刺さった尾だ。九繰に続き、素早く玉藻に肉薄すると、姫鶴一文字を鞘走らせ抜き打ちにその地の尾を斬り付ける。
 白雪の舞う様な光が尾を薙ぐ。だが、走り込んでの斬撃故か、斬刃は尾を浅く傷付けるに留まった。一二三は真赭の反対から『守るべき誓い』を発動し、射程のぎりぎりまで接近する。誓いの効果は一瞬玉藻の気を引いたが、そこまで届く攻撃手段がないのか、何の行動も起こさない。
 そのすぐ前方に荒木は走り込む。そして、勢いのまま構えた盾を玉藻にぶち当てるが、嫋やかに見えてもやはり愚神だ。玉藻は小揺るぎもせず荒木を突進を受け止めた。
「愚神、お前の名を……」
 荒木はそのまま盾を押し込む。二人の距離は、互いの息が触れ合う程に接した。
「……お前が殺した人々の墓に倒した事伝える為、聞かせて貰おう」
 玉藻に肉薄した荒木は玉藻に名を問うた。『玉藻』と言う名は、HOPEが便宜上付けたものだ。墓碑に名を刻むつもりは荒木にもないが、犠牲者への手向けだ。
「――汝我が母なるや?」
「――なに?」
 怠そうな声で問いに問い返す玉藻に、荒木は困惑する。荒木とメリッサの共鳴姿は男女二種あるが、今日は男性形。性別を間違えるはずもないが……。
「名は形であり、形を定めるは母である……故に汝母ならんか?」
「……何言ってるんだろう?」
 判じがたい玉藻の言葉に、共鳴するメリッサも困惑する。
「分からないが……」
 荒木心に呟き、盾に力を込めた。どうやら名は聞けぬ様だ。ならば成すべきは一つ。
「どんな事にも同等の報いがある」
 言うと、荒木は盾を押し出し、その反動で玉藻から距離を取る。
「その通りでござる!」
 と、荒木の身体が玉藻から離れたその間隙を突き、九繰の後ろを追走して来た小鉄が『怒涛乱舞』を叩き込む。淡光を引いた孤月は乱刃を玉藻とその尾に奔らせ、石に突き刺さった尾ともう一本の尾を傷付ける。
「む……流石に手強いござるな」
 本体への攻撃を外してしまった小鉄はそう独り言ちる。斬り付けた尾の内、土の尾は回避行動を取らなかった。と言うより、殺生石に刺さっている為とれなかったという方が正しいだろう。遅れて接敵した由香里とクレアも、真赭や小鉄に倣い土の尾を狙った。
「優秀な猟犬でもいれば、文句なしのフォックスハントなんですがね」
 石に刺さった尾を、クレアは大剣カラミティエンドで薙ぎ、由香里のトリアイナで突き刺す。それとほぼ同時に、水瀬は『ブルームフレア』ブルームフレアを玉藻に放ち、本体事九本の尾を焼いた。度重なる攻撃に傷ついた土の尾は、その爆風がとどめとなり、弾気飛ばされる様に消し飛ぶ。
「やったか!?」
 その様子に一二三が歓声を上げる。しかし、尾を失ったにも関わらず、やはり興味のない表情でリンカー達を見渡す。
「死ぬか……」
 玉藻は怠そうに呟いた。同時に、一本の尾が光り玉藻の体を包む。真赭はその光が玉藻の機能を回復させている事に気づいた。
「あの尾――」
 早めに斬り落とさねば厄介かも知れない。だがそう思う暇もあらば、切れた地を除く尾がフワリと持ち上がった――。

●玉藻
 玉藻の尾が異様な変化を始める。一本の尾は巨大な吹雪を巻き起こし、一本の尾はそれに雷光を奔らせた。爆炎が渦を巻き、巨大な混沌の渦を闇が包んだ。あらゆる厄災が玉藻を中心に荒れ狂う。
「これは……」
 目の前に巻き上がる天変地異の様な渦に、クレアは呆れに近い声を漏らす。
「来るわよ!」
 由香里が警告を発し、それに呼応する様に膨れあがった巨大な渦が弾けた。
 炎の塊は火の尾を引いて水瀬へ飛来し、雷光は空を割ってクレアに放たれる。闇は名を問うた荒木を包み、吹雪は周囲に群がる愚か者共へ――。
「――!?」
 爆炎は復讐するかの様に水瀬を焼き、雷光は大剣を掲げるクレアを貫いた。そして吹雪は群がるリンカー達を氷雪に切り刻む――だが、一人九繰だけはその難を逃れた。展開した『ライヴスミラー』が、強烈な冷気を放った者へと弾き返したのだ。
「やった!」
 狙い通り玉藻を出し抜いた九繰は歓声を上げる。尾が凍り付いたりはしなかったが、相当のダメージを与えた筈だ。だが、他の仲間はそう上手くいかない。
「――まずい!」
「しまっ――」
 荒木と真赭の足下が、強烈な冷気によって凍結する。その上、動けない荒木を闇が包み込む。
「くっ――!?」
 闇の雲がもたらす偽りの安らぎに捕らわれ、荒木の意識は安寧の泥に沈みかける。
「拓海!?」
 だが、頭に響くメリッサの声がそれを許さなかった。荒木は何とか意識を保ち、崩れそうになる膝に力を込め、膝をつく前に体勢を立て直す。 
 だが、玉藻の攻勢はまだ続く。荒木と同じく足を取られた真赭に、白銀に硬化し鋭く尖った一本の尾が、唸りを上げて突き出される。
「ゴホッ――!?」
 尾は身動きの取れない真赭の腹へ無慈悲に突き刺さった。真赭は見覚えがある。この尾はかつて、茉莉花がリンカー達を壊滅寸前に追い込んだものと同じだ。
「大丈夫か、真赭!?」
「大丈夫、子狐の住処を取り返さないと――」
 真赭は緋褪の言葉にそう答えるが、吹雪に加え尾による物理ダメージ。真赭の体力はさ程高いものではない。致命傷とまでは行かないが、このまま攻撃を食らい続ければ戦闘継続は不可能になる。攻撃を躱せればいいのだが、足を拘束されたこの状況では――。

「真赭殿――!」
 叫ぶ小鉄の目の前で、尾の一本がまた白銀に変わる。
「忍びが人の心配か――?」
「おかしいでござるか!?」
 玉藻の嘲る様な声と共に繰り出され尾を小鉄は紙一重に躱し、孤月の斬撃を『カウンター』で叩き込む。
「刃の下に心でござる。愚神には分からぬでござろうがな」
「心か――」
 呟く玉藻。冷気を弾き返した九繰はその死角から素早く擦り寄り、大斧の一撃を叩き込もうとする。だが――。
「くだらん――」
 読まれていた様だ。それまで無手だった玉藻の手に、突如白銀の槍が出現した。茉莉花と戦った者には見覚えがある。以前かの愚神が使っていたのと同じ物だ。
 九繰の前にスッと突き出されたそれは、不思議な程の穏やかさで彼女の腹にズブズブと突き刺さった。
「――え?」
 攻撃を受けたという感じではなかった――だが、焦熱感を伴った腹部の脈動は、これが致命となりかねない攻撃だと言うことを九繰に知らせる。
「心有るなればこそ、お前達は傷付け合う――」
 穂先で九繰を制したまま、玉藻は槍に力を込める。平らだが極端に軽いわけではも無い九繰の体がふわりと浮き、足が地を離れた。
「九繰、このままでは危険です」
「ただじゃやられない!」
 エミナにそう答えると、九繰は両手で腹に刺さった槍を掴む。と、同時に玉藻の槍が勢いよく降り上がった。穂先を体の中に押し込もうとする重力に、九繰はありったけの力で反発し、一気に槍を引き抜きいた。
「よしっ!」
 振り上げられた勢いを利用して高く飛び上がり、九繰は空中で大斧アステリオスを振りかぶる。そして勢いのまま落下し、炎を放った尾に全体重と大斧の重量を乗せた斬撃を叩き付けた。
「いくよハルちゃん!」
「尻尾の数より絆の数じゃ!」
 斬撃を命中させた九繰の活躍に励まされ、真琴も玉藻を狙撃すべくライフルを構えたまま走る。格好良く打ち抜きたい所だったが――。
「へぶしっ!?」
 足下が悪いせいか、真琴は銃を抱えたまますっころんだ。
「あっ……大丈夫か?」
 下はただの石だからダメージを受けたりはしないが――。
「だ、大丈夫……」
 真琴は慌てて起き上がり、再び玉藻との距離を測り直した。

 その間、玉藻には『パワードーピング』で強化されたダグラスが肉薄する。酷薄な笑みを浮かべ、擦り上げる様に繰り出されるダグラスのグリムリーパーを、玉藻は躱そうともせずその身に受けた。
「――不意を突いたつもりか?」
 興無げに言う玉藻。玉藻の足に当たった鋭い鎌の刃は、しかし殆ど玉藻の肌に食い込んではいない。鋼を薄金で鋼を叩いた様な感触も、それを照明している。
「さあ――」
 それでもダグラスは笑みを消さず、刃を押し当てたまま引き切る様に引きつけ、その勢いのまま間合いを取る。玉藻の白い肌に僅かながら赤い血が滲んだ。
「――」
 玉藻は見下す様な視線をダグラスに送り、白銀の尾を繰り出す。尾は距離を取り切れていないダグラスを貫いたが、打ち倒すには至らない。続けざまに玉藻は闇を放つ。荒木と同じように闇はダグラスを包み込んだが、彼を意識を沈めるには至らなかった。

●膠着
「こーちゃん、尾を落とさないと!」
「分かったでござる!」
 小鉄は奇妙に変じる尾を狙い、孤月の斬撃を命中させるが、どうも浅く斬り落とすには至らない。
 リンカー達の前線も決定的な破綻こそ無いが、吹雪のダメージが全体に蓄積し、荒木と真赭が拘束されたこの状況は潜在的危険度が高い。
「前線が危険だぞ、フミ」
「この距離だと『誓い』が生きへんようやな」
 敵の注意を引く効果のある『守るべき誓い』だが、敵の攻撃範囲から外れていては効果が無い。前線の耐久力を上げる意図も兼ね、一二三は玉藻との間合いを詰め、大剣神斬を振るう。10m以上の射程を持つ神斬だが、腕を狙った斬撃は外れ。玉藻はちらりと一二三を見たが――先程九繰が斬り付けられた炎の尾が、それよりも先に動き出す。
「アカン!」
 尾の向いた先は真赭と荒木。二人ともまだ拘束を脱していない。
「真赭!」
「拓海!」
 英雄達の焦りが頭に響くいた。回避行動の出来ない状態で火球を食らえば、早々にリタイヤとなりかねない。
「流石妖怪、厄介ね――」
 氷塊に破壊に手間取る二人を支援する様に、水瀬は玉藻に『ゴーストウィンド』を放つ。不浄な風が愚神を包み、玉藻の顔が一瞬だけ歪んだ。
 荒木と真赭が氷の拘束を抜け出したのは正にその瞬間。解放された二人は、射出された火球を間一髪で躱す。目標を捕らえ損ねた火球は地を舐め、転がる石礫を高温で融解した。
「危なかった――」
 安堵の息。死地を脱した者の、ダメージ大きい真赭にクレアの『ケアレイ』が飛んだ。だが同時に、玉藻の尾もまた光る。玉藻を包んでいた不浄の風に澱んだライヴスは、光の前に解ける様に消え去った。
「あの尾を斬らないと――」
 光る尾はどうやら玉藻を回復している様だ。真赭はそれを見抜き、皆にそれを伝えた。
「わかったわ!」
 由香里はその言葉を受け光る尾にトリアイナの一撃を放ち、その根元を浅く切り裂いた。『リジェネーション』の効果でまだ体力にも余裕がある。もう少し踏み込んでも大丈夫だろう。
「足掻くか、人間――」
「また来るでござる!」
 玉藻の尾が、再び冷気と雷気を帯びる。警戒を促す小鉄の声が響いた直後、二度目の嵐が前線のリンカーを襲う。その範囲から外れた水瀬には再び火球が飛来し、雷光は九繰を捕えらた。
「――また!?」
 真白の足下がまた凍り付くいた。外れたばかりの氷の足かせが、再び彼女を拘束する。
「真赭殿――!」
 と、一瞬そちらに気を取られたのが油断になったか――。
「忍びよ――」
「なんと!?」
 小鉄は玉藻の肉薄を許す。だが、玉藻は手にした槍を振るうでもなく、ただ小鉄の顔にスッと手を添え、蒼穹の様な瞳に彼を写した。
「――恐ろしいか?」
「あ、いや、でござるな――」
 この時既に術中。玉藻の言葉は、小鉄にとって既に敵のものではなかった。
「志を弱め、善と悪の区切りを忘れよ――汝と我の隙間なくせ」
「うむ――?」
 ちょっと何言ってるのかは分からなかったが……酷く魅力的な言葉に思えたのは確かだ。そしてそれ以上に――。
「分からぬなら良い。知ることは不要だ。何となればあえかなるまま睦み合えばこそ――」
 玉藻は言うと小鉄に身をすり寄せる。薄衣の下に納められた柔らかな膨らみが、小鉄の逞しい胸板に潰れ、白い脚は裾を割って内ももに触れる。異性に対しては朴念仁と言っていい程の小鉄だが、失った肉体さえ紅潮する様な高揚感を覚えた。
「一つにならんかな――」
「ううむ……で、でもでござるなぁ……?」
「ちょっとこーちゃん! なにしてるの!?」
 稲穂の声が頭に響く。だが、今日は大きい方の意見に従いたい気分だった。小さいより大きい方がいいに決まって――。
 小鉄が玉藻も魅了に捕らわれている間も仲間達の攻勢は続いた。先程どじっ子ぶりを発揮してしまった真琴は、再び照準を玉藻に合わせる。小鉄の状態は見えていたが、まさか狙撃して目を覚まさせるというわけにもいかない。
「今度こそ当てないと……」
 尾は勝手に動いている様だが、幸い玉藻の注意は小鉄に向いている。落ち着いて狙いを定め――。
「HIT……確認……」
 銃弾は今度こそ玉藻を捕らえた。致命的とはとても言えないダメージだが、玉藻の視線は小鉄から外れ、真琴の方を向く。
「場所割れたぞ! 即移動じゃ!」
「タフな女だ――」
 銃弾をものともしない玉藻の様子にダグラスは感心したように言い、自らに『リジェネーション』を使った。ここまで既に半分近く体力を削られている。長期戦を覚悟しなければなるまい。

●転機
「ちょっと小鉄さん! しっかりして!」
「はっ……でござる!」
 一方、『クリアレイ』で真赭の拘束を解きながら、九繰は放心した小鉄にそう怒鳴る。九繰も小さいが、稲穂と二人分なら――それでもやはり玉藻に及ばないが、何とか間に合ったようだ。小鉄は咄嗟に自分の脚にクナイを突き立て、玉藻の『魅了』から脱出した。
「拙者としたことが……!」
「光った尾を斬り落とさないと――」
 拘束から解放された真赭は光の尾に『縫止』を放った。ライヴスの針が光の尾に突き刺さり、尾の動きが目に見えて鈍る。
「ここからはスピード勝負」
 回復は『封印』したが、その効果は長くない。今のうちに尾を切断してしまわねば元の木阿弥だ。
「せやな、ここは一気に――」
 一二三もこの時をチャンスと踏んだ。玉藻の射程へ大胆に踏み込み、本体に『ライヴスショット』を放つ。真琴の銃弾同様、それは玉藻を捕らえそして着弾と同時にライヴスの爆発を引き起こす。幾つかの尾が力の奔流に巻き込まれ大きく軋む。だが、尾を落とすには事は出来ず、まして玉藻を倒すにも至らない。
 そして、再び玉藻の尾が冷気と稲妻を帯びる――。
「回復が追いつかない――!」
 『ケアレイ』の準備をしていたクレアは焦る。真赭や荒木はまだ先程のダメージを相当残している。もう一度吹雪を喰らえば無事で済むかどうか――。
 だが、吹雪は無情にも再び吹き荒れた。小鉄一人は『零距離回避』により難を逃れたが、他の前衛は軒並みその氷刃に裂かれ、ズタボロにされる。それでもまだ体力に余裕のある者は耐えたが……。
「真赭!?」
 緋褪の声も空しく、真赭の身体は再び凍り付き、その意識は闇に沈んだ。
「真赭さん!」
 そう呼びかけた九繰に追撃の雷光。無防備な状態で地に転がる真赭を、庇うこともままならない……と、真琴は反射的に遮蔽から飛び出し、前線に向かって走り出した。
「……!! おい! 落ち着けっ!」
 ハルは制止するが、真琴は聞く耳を持たなかった。だがそれでも距離がある。玉藻が攻撃の手を休める道理もなく、白銀の尾が倒れた真赭に狙いを定めた。
「いけない!」
 荒木は咄嗟にその攻撃戦場に割り込む。彼とて軽くない怪我を負っているのだが、防御態勢もとれない真赭が尾に貫かれれば、命の危険がある。
「ぐっ――!」
 受け止めようとした白銀の尾は、僅かに力及ばず荒木の身体を貫く。さ程深い傷ではない。真赭を守れたなら――だが、玉藻は感情のない声で言った。
「健気よな――だが、これはどうだ?」
 一度は炎に変じた尾が、再び白銀に変わった。その尾が狙う獲物は、勿論真赭。
「貴様ッ!」
 荒木は玉藻を睨み付ける。が、尾を請け負った状態では如何ともし難い。為す術もなく白銀の尾は真赭に突き出され――。
「――させません……よ!」
 その身体を串刺す直前、クレアに阻まれた。クレア自身の傷も軽くなく、依然危機には違いないが、取り敢えず荒木はほっと息を吐いた。だが、玉藻はまだ安息の隙を与えない。
「良く凌いだが――」
 尾に貫かれた荒木に、玉藻は続けて白銀の槍を繰り出した。鋭く突き出された槍を、荒木は躱すことが出来ない。槍は尾と共に、荒木の腹を腹を刺し貫いた。
「ゴボッ――!」
 荒木の口から先決が逆流する。それは白銀の槍を伝い、玉藻の指を赤く濡らした。血に染まる玉藻の手。その指に、グッと力が隠る。
「――お前は死ね」
 九繰にした様に、玉藻は槍を大きく振り上げ、荒木の身体を串刺しにしようとようとする。だが――。
「まだ……死ねないね」
 大地を両足で掴み、腰を低く落として荒木は玉藻の力に耐えた。そして腹に刺さった槍を引き抜くと、蹈鞴を踏んで後ろに下がる。
「拓海、血が――」
「――大丈夫、まだやれる」
 メリッサの声に応え。荒木は血まみれの口にチョコを放り込む。血とチョコの味が混ざった不気味な味。吐き気がする――だが、何とかもう少しやれそうだ。
「愚かな粘りだ――慈悲をくれてやろう」
 言うと、玉尾は今まで動かなかった尾を立ち上げた。
 と、尾が霧の様に消え去る。いや、消え去ったのではない。変じたのだ。即ち、伝説にあるが如き毒を孕んだ霧に――リンカー達は一般人と違い強い抵抗力がある。だから万全で有れば倒れることはないが……。
「毒ガス――か……?」
「クレア……!?」
 リリアンの声も空しく、ダメージの蓄積していたクレアには耐えることが出来なかった。
「アカン、前線が崩れる――」
「クレアさんまで――!」
 一二三は掛けた前線の穴を埋めるべく、真琴は真赭とクレアを後方に下げるべく、前線に向かって走る。玉藻がそれを見逃すはずもなく、二人にはそれぞれ闇と炎が繰り出された。
「うっとうしいわ!」
「邪魔っ……!」
 一二三の神斬が闇を裂き、真琴は炎から身を躱す。一二三はその勢いのまま衝撃波を玉藻の右肩に飛ばすが、その斬撃は片手で弾き飛ばされた。真琴は二人に増えた意識不明者の身体を掴み、引きずる様にして後方へ退避する。荒木も手伝えれば背負っていけるが、今前線に穴を開ければ全滅は必至だ。岩場を引きずられるのはちょっと痛そうだが、真赭とクレアには我慢して貰おう。
「二人落ちて、落とした尾はまだ一本――」
 そう呟いた水瀬の周りにライヴスの炎が渦巻く。
「そろそろ決めないと――危ないわね!」
 前衛が欠け始めたこの状況。ここで一本も尾を落とせなければいよいよ全滅が見えてくる。水瀬は現出させた『ブルームフレア』を玉藻に放った。巻き上がる熱流が玉藻を焼き、その全身を炎に包む。
「やったか!?」
 爆炎の内に玉藻をすかし、一二三は半ば期待を込めて叫ぶ。こちらのダメージも深刻だが、玉藻の方も無傷ではないはずだ――。
「人間共が――」
 だが、そこにあったのは殆どダメージを負った様子のない玉藻。リンカー達は失望しそうになるが――。
「おお、尻尾が三本も落ちて居るのじゃ!」
 爆炎が晴れ、確かに見えた玉藻の姿に、飯綱比売が歓声を上げる。
 落ちたのは、吹雪を放った尾と毒を放った尾、そして先程クレアを刺し貫いた、様々に変じる尾。初めに落とした尾と合わせ、都合四本の尾が落ちた。残った尾は五本。
「これで玉藻は茉莉花以下じゃな!」
「そうね、そしてこれで――」
 飯綱比売の言葉に勢いづいた由香里は、三叉槍・トリアイナを光る尾に撃ち込む。そして、そのままねじ切る様に巻き上げ、根元から尾を切断した。
「四本! 私達はこの事件にずっと関わって来た。だから……最後を決めるのも私達よ。ねえ飯綱?」
 一気に減った尾に、リンカー達は俄然勢いづく。だが忘れてはいけない、玉藻の本体はまだ健在なのだ。
「……英雄と呼ばれし愚か者共。汝ら従うべき真の理を知らぬ」
「人を愚かと嗤うか……故にお主はその愚かな人に討たれるのでござるよ」
 玉藻の独白に小鉄はそう言い返す。由香里と共に尾を絶った飯綱比売も、由香里と精神を入れ替え、同じ狐の玉藻に対して気勢を上げた。
「狐も祀られれば神となれるのじゃ。お主も余計な邪念を捨てて生まれ直すがよい! これで仕舞いじゃ!!」
 だが、その瞬間が油断だったか――。
「それ程、死を慕うか――?」
 閃光の様に突き出された白銀の槍が由香里の身体を貫く。
「(えっ……?)」
 腹に突き立った白銀の槍。横隔膜が裂けたのか、由香里は驚きの声を上げることも出来ない。
 槍は完全に由香里の身体を貫通し、その背から穂先が突出していた。玉藻はつまらなそうに槍を回し、そのまま思い切り投擲する。由香里の身体は既に力を失い、それに抗する術もない。
「由香里殿!?」
 槍が殺生石に突き刺さる。力を無くした由香里の身体は、そのまま槍に支えられ倒れることもなく、まるで磔の様に縫い留められた。
「汝ら争いだけを知り定めを知らぬ。最早救いがたく、救いがたければ――」
 言葉と共に、玉藻の身体が変化を始める。耳は鋭く尖り、口がその耳まで裂ける。その亀裂から除く口の中は、瞳と同じく血の様に赤い。絶世の美貌は獣の如く変じ、艶やかな肉体は白炎の獣毛に変わった。
「――死ね」

●狂狐
「うあ……でっか……」
 後送したクレアと真赭の口に、咥えていたチョコレートを無理矢理押し込みながら、真琴は変身した玉藻を見て呆気にとられる。
 変身した玉藻の体長はビルの三階程もあるだろうか。傾国の面影はもはやそこになく、ただ一匹の凶獣がそこにいた。
「なんと……まぁ……」
「ハルちゃんもあれできる??」
「できるか!? って結構余裕あるのな?」
「強気にでもなってないとやってられない……」
「……向こうもキツイと信じよう…やるぞっ!」
「これはもう1本……!」
 真琴はもう一本チョコを取り出し、万一に備えて口に咥えた。

「由香里さん――!」
 目の前に現出した巨大な狐を相手取るか、磔にされた由香里を後送するか、荒木は一瞬悩む。だが、玉藻は目の前の敵を逃がす程ノロマではない。残った四本の尾が白銀に変じ、まるで針鼠の様に周囲のリンカーに突き出さる。瞬間のことで対応出来なかったのか、九繰、小鉄、ダグラスの三人は尾に貫かれた。
「――っ!」
 荒木は玉藻を由香里から引き離すべく、尾に対してカウンター気味に『ストレートブロウ』を撃ち出す。が、玉藻はその巨体に似合わぬ素早さそれを躱すと、荒木の鳩尾に白銀の尾を撃ち込んだ。
「ぐっ……!」
 そのまま身体を打ち抜こうとする尾を、荒木は先程と同じように耐え、引き抜こうとする。だが――。
「――拓海!?」
 急に力が抜けた。全身から血が抜け出すゾッとする様な感覚。リンクしたメリッサの声さえ遠くなる。タフに戦い続けた拓海だが――限界だ。
「拓海!?」
「拓海さん!?」
 一二三と真琴の声が重なった。突き上げられた尾の先に、拓海の身体がハヤニエの様に突き刺さる。獣の口が僅かに歪んみ――玉藻は拓海を突き刺した尾を大きく振った。
 ドシャッ、と、水袋を叩き付ける様な気味の悪い音。うち捨てられた拓海の身体は、ぴくりとも動かない。
「拓海さん……!」
 真琴はまた前線に駆けだそうとする。

「まさか拓海がやられるとは――」
 拓海と同じように尾の一撃を受けたダグラスは、それでも何とか尾を引き抜き、腹に空いた穴を塞ぐべく『ケアレイ』を使う。だが、その回復もそろそろ追いつかなくなりそうだ。覚悟を決める時が近づいている。
「きついな――でも、やられっぱなしって訳には!」
 九繰は同じように突き刺さった尾を抜くと、尾に手の平を叩き付け、その反動を使って大きく跳躍する。それに合わせ、小鉄は『疾風怒濤』の連撃を玉藻に放った。
「決めるでござる――!」
 巨大な玉藻の身体に吸い込まれたのは、それでも三連劇の僅かに一発。しかし、頭上に飛んだ九繰は、その死角から玉藻にアステリオスの一撃を叩き込んだ。
「あれだけ大きいのに、意外と素早いわね――少しでも動きを阻害しないと」
 小鉄の攻撃が躱されるのを見た水瀬は、温存していた幻影蝶を変身した玉藻に放つ。効果を発揮すれば玉藻の行動を大幅に制限出来るのだが――。
 自らに向けられた敵意に気付いた玉藻は、飛来する蝶の群れに咆吼を放った。ライヴスに形作られた蝶が混沌のライヴスによってかき消される。
「マズイでこれは!」
 荒木や由香里も心配だが、前線が既に四人も欠け、後衛の水瀬も無傷ではない。もう一人前衛が落ちる様なことがあれば、そこで一気に戦線が崩壊する。比較的傷の浅い一二三はそれを防ぐ為前進し、神斬で擦り上げる様に玉藻を斬り上げた。決して軽くない一撃だったが、玉藻にはまだ致命の兆候が見えない。
「まだ倒れないの――!?」
 水瀬は消し飛ばされた蝶を諦め、再び『ゴーストウィンド』を放つ。だが、人間形態の時に通用した不浄なる風も、獣と化した玉藻には涼風の様なものなのか小揺るぎもしない。が――敵意はしっかりと感じた様だ。
 玉藻の目が水瀬を睨み付ける。同時に、四の本の尾が今度は灼熱に光った。
「――!?」
 四つの爆炎が玉藻の周囲に現出する。それは一瞬の後、弾ける様に射出され、水瀬、一二三、小鉄、九繰、ダグラスの五人を灼熱の炎で包み込んだ。
「これほどの炎を――!?」
 水瀬の操る炎を遙かに超える高温。先程までは何とか耐えたが、流石に限界だ。ライブスの炎に包まれた水瀬は、その意識を失う。
「アムブロシア――」
 影に彼女の英雄が揺れ、陽炎の中に消えた。

 爆炎の中に動く者の姿は見えなかった。玉藻は一人残った真琴に目を向ける。爆炎の射程外に居た真琴は無傷だが、前線の崩れた今、玉藻の敵ではない。容易に殺す事が出来る。
「まだ……まだいける……!」
 玉藻に睨まれた真琴は、ライフルをフェイルノートに持ち替えその弦を引き絞る。状況は絶望的。だが諦める気は無い。
「ここで終わるわけにはいかんよなぁ……!」
 ハルの言葉に頷き、真琴は引き絞った弓から渾身の『ストライクショット』を放った。矢は巨獣の肩に突き刺さったが――それだけだ。
「愚かな――何故無窮の法に抗う」
 獣の口から人の言葉が漏れる。真琴はそれを無視し、新たな矢を弓に番えた。だが――。
「――終わりだ」
 真琴を葬り去れば、この地に玉藻の敵となる者は居ない。かつての生駒山の様に、那須は愚神が支配す事になるだろう。玉藻は真琴を殺すべく、跳躍の体勢に入る――。
 だが、まさに跳び上がろうとしたその瞬間、玉藻の後ろ足を鋭い痛みが襲った。顧みた玉藻の目に、不遜な笑みを浮かべた男の姿が映る。
「俺みたいな色男を、見限って貰っちゃ困る――」
 ダグラスのブレードが玉藻の後ろ足に食い込む。全身はズタボロだが、既に回復は捨てていた。この狐を倒すか、或いは死ぬか――。
「そうやで! 拓海も助けんとアカンしな!」
 続いて一二三も無事な姿を見せた。神斬をお菊振りかぶると、爆炎を裂く様に渾身の力で玉藻の額に向けて振り下ろす。同時に九繰も玉藻の死角からと飛び出し、その横っ面に大斧の一撃を叩き込んだ。この時、初めて玉藻の身体が僅かにぐらつく。
「ここで終わるわけにはいかんでござる!」
 その動揺を突き、最後に爆炎を抜けた小鉄は『疾風怒濤』の三連撃を叩き込む。
「おお、さすが師匠!」
 孤月の斬撃は玉藻の身体を切り刻み、その巨体がまた大きく揺らいだ。
「やったか!?」
 期待を込めた一二三の歓声――だが。
「まだ死なないの!?」
 九繰のウンザリした様な悲鳴がそれを上書きする。玉藻は傾いだ体勢を持ち直し、自分を切り刻んだリンカー達に再び向き直ると、四本の尾に今度は雷光を纏わせる。
「――いかんでござる!」
 次の瞬間、四筋の雷光が纏わり付くリンカーを弾き飛ばす様に、空を裂きかけ巡った。その内の一本が、ダグラスを貫く――。
「ッ――!」
 既に満身創痍。閃光は意識つなぎ止めていた一筋の糸を絶った。
「ハワード様――」
 静希の声が聞こえた。居るか居ないか分からぬ様な彼の英雄が、今ははっきりと認識出来た――。
「ここまでのようだ――」

●決着
 ダグラスが倒れこれで前衛は三人。後はないが、玉藻とて限界は近いはずだ。
「いい加減倒れるでござる!」
 雷撃を躱した小鉄は飛び退いた地点で再び跳躍し、残月の刀身を玉藻に突き立てる。
「師匠の言う通りや!」
 一二三もそれに続き、斬撃を小鉄の反対側から放った。九繰は玉藻の身体を踏み台にし、雷撃を躱してその頭上に跳ね上がる。だが、すばしっこい九繰に玉尾は二本の雷撃を集中していた。一本目の雷撃を躱し空に飛んだ九繰の身体を、二本目の雷撃が貫く。
「っ……痺れるね!」
 だが、それは九繰の意識を奪うには至らない。九繰はアステリオスを思いきり振りかぶり、跳躍が稼いだ勢いをそのまま重力に売り渡す。
「躱さないでよ!」
 玉藻の視線が九繰を捕らえた。玉藻は攻撃の軌道から身を外そうとする。だが――。
「走れ……! 狐火……!!」
 真琴が引き絞っていた矢を放つ。初弾にも使った『テレポートショット』。死角から飛来するフェイルノートの矢が、玉藻の首筋を撃ち抜いた。僅か一瞬の『翻弄』。その一瞬が、玉藻に九繰の一撃を受けさせる。
「あたった――!」
 アステリオスの刃は巨獣の頭にざっくりと食い込み、割れた額からマグマの様な血が噴き出す。
「頼むから――もう倒れてよね!」
 祈る九繰の願いを聞く様に、玉藻からだが大きく傾いだ――。
「やったか!?」
 一二三の歓声は――今度こそ報われた。玉藻の身体はそのまま傾ぎ、轟音を立てて地に倒れた。
「あわわ……!?」
 倒れる玉藻の身体から、九繰は慌てて飛び降りる。
 と、九繰が地に足を付けたその瞬間、玉尾の身体は細かい光の粒子となり、光球が四方へ飛び散った。光の粒子は殺生石のある岩原に充ち、戦いを終えたリンカー達に降り注ぐ。九繰は反射的に、雨を受ける様にその光に手を向けた。
「これは……?」
 手に触れた瞬間、光は小石に変わる。一体何かと不思議に思ったが、それよりも大事なことがある。
「由香里さん達――!」
 九繰は慌てて辺りを見回す。倒れた者だけで六人。由香里に至っては殺生石に縫い付けられたままだ。
 ただクレアだけは、毒ガスの効果が切れたのか真琴に支えられて起き上がる。

「クレアさん、大丈夫ですか……?」
「う、ん……ええ、大丈夫です」
 クレアは頭を振って答える。軽傷とは言いがたいが、動けない程ではない。ただ何か口の中に兄か違和感がある。
「……?」
 何かと思えば、気を失っている時に突っ込まれたのだろう、銀紙が付いたままのチョコレートが口の中に残っていた。クレアは指で口から銀紙を取り出し、もう一度頭を振った。
「玉藻……皆は?」
「玉藻は倒しました……でもみんなは怪我を……」
「……私の仕事ですね」
 真琴の言葉を聞いたクレアは立ち上がり、九繰と共に負傷者の治療を開始する。
「ちょうど、半数が戦闘不能ですか……」
 だが、倒れた者も命に別状なさそうだ。荒木と由香里は重傷で、特に由香里は下手に槍を抜けば大出血しそうだが、幸い――と言っていいかどうか――気を失っていたお陰でクレアの『ケアレイ』が残っている。何とかなるだろう。
「動けない程の怪我を負った人がリンクを解くのは、少し危険です」
 リリアンの言葉にクレアは頷いた。
「動けない人はリンクしたまま、ちゃんとした治療が出来る所まで急いで運びましょう」

●那須町・某病院
「……御用邸チーズケーキ、食べに行きたかったんだけどな」
「その怪我じゃ動けないだろ」
 ベッドの上でぼやく真赭を、緋褪はそう言って窘める。身動きが難しい程の怪我ではあるが、それでも幸運な方だ。一歩間違えば、この程度では済まなかっただろう。
「まぁモフモフ達の住処も守れたし、良かったけど」
 まだ未練そうな顔をする真赭に、緋褪は仕方ないといった顔で小さな箱を取り出してみせた。箱からは、放れていても分かる程甘い匂いがする。
「弥刀が持ってきてくれたんだ。今は傷に障るから、治ってから渡そうと思ってたんだが……」
「弥刀さんが? 治ったらお礼言わないとね」

「少し、無茶が過ぎたかのう……」
 絶対安静の由香里に付き添う飯綱比売は、後悔の滲んだ声で呟く。由香里は重体ではあるが命に別状はない。腹から背に貫通した穴も、クレアの『ケアレイ』で塞がっては居る。横隔膜を傷付けられた影響で発声出来ないが、それも一晩程で治るという話だ。
 ただ、肉体そのもののダメージは大きく、暫くは自由に身体を動かすこともままならないだろう。
 無論飯綱比売のせいというわけでない。強いて言えば玉藻が強すぎた事と、多少運が悪かったという所だ。しかし、保護者を以て任ずる飯綱比売としては、忸怩たる思いが否めない。
「――……」
 元気のない飯綱比売の手を、由香里は静かに取る。そして出ない声の代わりに、大丈夫だという様に強く握った。

「拓海、具合はどうや?」
 玉藻との戦いを終え、諸々の処理も終えたその夜、一二三とキリルと共に拓海達の入院する病院を訪れた。
「ヒフミ?」
 訪ねられた拓也は、意外そうな顔をする。
「ひふみさん、キリルさん……レストランに行ったのでは……?」
 返事をしたのは、拓海ではなく付き添っている真琴。
 由香里と比べれば相対的に軽いとはいえ、拓海も重傷だ。一人にして不安……と言うこともないが、調査や事後処理に向かった仲間とは離れ、真琴とハルは拓海に付き添っている。
「拓海がこの怪我で、真琴達も付き添いだろう? 流石にレストランという気分ではないぞ」
 真琴の疑問にキリルはそう答えた。
「まあホント言うと、やっとらんかったんやけどな。愚神が暴れとんのに店開けても、そらお客さん来んよな」
「確かにそうですね」
 頷くメリッサに一二三は小さな箱を手渡した。
「けど、拓海のいったとおり、観光協会に頼んで土産もろてきたわ。避難した住民に配ったらしゅうて、残り少なかったけどな」
 一二三はそう言って、お菓子の入った箱を真琴達にも手渡す。甘い匂いが病室に立ち込めた。
「真赭はんと水瀬はん、それから由香里はんとダグラスはんにも渡してきたわ……ダグラスはん、甘い物食べそうにないけどな」
「ダグラスさんが嬉しそうにケーキ食べてる所は、確かに想像しにくいね」
「まあ、あの……えー、静希はん? が食べるやろ」
 一二三はそう言うと、拓海の側の椅子に腰を下ろす。
「ところで、HOPEに頼んどいた殺生石の成分分析なんやけど、殺生石のライヴス量はただの石と大差ないそうや」
「だとすると、玉藻は何故あの石にこだわっていたのだろう?」
「もしかすると、石そのものに大して意味は無いのかもしれへん。ただ……」
 一二三はポケットから小さな石ころを取り出す。玉藻が消滅した際、光の粒となって降ってきた物だ。
「この石持っとると、なんか体だるなるけどな……」

●那須湯本・殺生石
「生存者は……やはり居ませんか」
 無線で小鉄の報告を聞き、九繰は暗い声で言う。
 荒木達を病院へ送り届けた後、まだ動ける九繰達は生存者を探す為再び殺生石の付近の岩場に戻った。玉藻を消滅させた事によりドロップゾーンも消え去り、那須を襲った危機は一応去った。
 しかし、生存者の探索はやはり思わしい結果を得ない。おそらくは、この先の捜索も徒労に終わるだろう――。

「生憎、神酒になるような日本酒は持ち歩いてないので。何、洋酒もいいものですよ」
 捜索の途中、玉藻が散ったその場所に至ったクレアは、スキットルの中のウイスキーを地に流す。硫黄の臭いを孕んだ風はその上を撫で、谷に充ちた臭気がスコッチの甘い煙りに切り裂かれる――だが、それもまた風に消えた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379

重体一覧

  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ・
    荒木 拓海aa1049
  • 終極に挑む・
    橘 由香里aa1855

参加者

  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • 我王
    ダグラス=R=ハワードaa0757
    人間|28才|男性|攻撃
  • 雪の闇と戦った者
    紅焔寺 静希aa0757hero001
    英雄|19才|女性|バト
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命
  • 難局を覆す者
    アムブロシアaa0801hero001
    英雄|34才|?|ソフィ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
前に戻る
ページトップへ戻る