本部

11忍いる!

弐号

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/15 21:02

掲示板

オープニング

●思わぬ余波
 そこは深夜の激闘冷めやらぬビジネスビルの玄関。
 色々手続きや仮眠を済ませ、H.O.P.E.の通常営業が始まる時刻になってからリリイ レイドール (az0048hero001)が自分の部署へ連絡を掛けていた。
「ええと、というわけでして。愚神の撃退には成功したんですけど、本体が生存しているのでドロップゾーンがしばらく消えそうになくて」
 ちらりと先日エージェント達が散々苦しめられた張り紙を見る。
「いえ、今のところ従魔の発生は確認されてないですけど、夜になると厄介な性質を持つドロップゾーンでして。できれば日中に処理をしたいので、ゾーンブレイカーの派遣を――」
 ゾーンブレイカーとはH.O.P.E.に所属する、ドロップゾーンを強制的に破壊できる特殊能力者の事である。彼女はそのゾーンブレイカーにドロップゾーンの破壊を申請したのであったが……
「……え、無理? 夜になる?」
 時計を見る。当然だがまだ早朝である。予定が埋まるにしては早い気が。
「ええと、夜はできれば避けたいので、明日は……え? 明日も無理? 埋まってる? は、何で?」
 思わず敬語が消え、普段の口調が突いて出る。
「中東に人員が取られてる……いや、分からないではないけど……」
 うーん、と眉根を寄せながら状況を考える。
 夜に活性化するドロップゾーンとはいえ、問題となった愚神本体はもういない。多分問題はないはずだ。うん、きっとない。
「……じゃあ、今日の夜でお願いします」
 それに対する了承の返事を聞いてから通信を切る。
「大丈夫だとは思うけど……。まあ、逆に大丈夫じゃ無いようだったら一晩放置するのも危険だしね……」
 若干言い訳じみた言葉を吐きながら、ばつが悪そうに鼻の頭を掻く。
「昼間の内に張り紙剥がして……一応、エージェントの派遣も要請しておくかぁ」
 一抹の不安を残しながら、リリイは一度ノートPCの蓋を閉じた。

●見た目より割と危機
「えー、というわけでお集まりいただいたみなさん、どうもこんばんは。リリイ レイドールです」
 午後7時、集まったエージェント達を前にリリイが口を開いた。
「今日、皆さんの仕事はゾーンブレイカーが来る前にゾーン内部に危険がないかの確認と、あとはゾーンブレイカーが来てからドロップゾーンを破壊するまで……まあ、大体二時間ほどですね。その間の護衛になります」
 簡単な中の見取り図とこの場所であった愚神との闘いの概略が書かれた紙を手渡しながら、説明を続けるリリイ。
「あ、何事も発生しなくてもちゃんとお給料出ますので安心してください。さて、それじゃあ入りましょう。調べ方は各々の方にお任せします。玄関ぼろぼろなので倒壊とかは気を付けてくださいねー」
 喋りながら戦闘を歩いて玄関に足を踏み入れる。
 誰が迂闊だったかと言えばリリイだろう。自身の渡した資料にエージェント達が視線を落とし、誰も自分に注目していないという事に気が付かなかったという点で。
「へ? わああ!?」
 唐突に聞こえたリリイの悲鳴に視線を上げると、玄関に足を踏み入れた彼女がちょうど目の前で上下逆さまになって天井へと昇っていくところだった。
 幸いリリイはズボンである。
「え? ちょ、ちょっと、なに? 何事?」
「くせものとらえたりー!」
 困惑するリリイを天井付近に潜んでいた小さな人影が手早く動き、莚(むしろ)と縄で彼女をあっという間に簀巻きにする。
「うぇ!? あいたっ!」
 足を縛っていた縄を――どうやらこれで宙づりにされたらしい――断ち切られ、リリイが地面に落下する。
「くせものとらえたりー!」
 それを地上で待機していた2つの人影が受け止め、肩に担ぐ。
 それは一言で言ったら忍者であった。身長は子供程度の小さなものであったが。
「くせものとらえたりー!」
「え、ちょ、ちょっと待――」
 そして、そのまま呆然とするエージェント達を尻目にダッシュで暗い廊下に消えていく。
「助けてぇぇぇぇ……」
 徐々に遠ざかっていくリリイの声を聴きながらエージェント達は思った。
 見た目ギャグっぽいけど結構ピンチだ、これ、と。

解説

●目的
 NPCリリイの救出と従魔の殲滅

●敵 ミーレス級従魔「子影」×11体
 討伐した愚神達の残したドロップゾーンと残留ライヴスとが変な風に作用して生まれた子供ほどの大きさの忍者の恰好をした従魔。
 従魔故はっきりした意識を持っておらず、とりあえず侵入者を捕縛するという目的しか持っていない。
 持っている剣は木刀で投げてくるのは石つぶてと攻撃力は大した事はないが、素早さだけはかつての愚神に匹敵する。
 また、物陰に隠れて奇襲を仕掛けたり、罠を張って待つのが得意である。
 捕まえた者をどうするのかは現在不明。

●場所と状況
 三階建てのビジネスビル。どの階も廊下に階段とトイレ、そこそこの広さのオフィスという構造は変わらない。エレベーターは存在せず、階段は両端に一個ずつ。
 玄関は正面と裏の二か所。現在屋内は無人です。
※リリイについて
 英雄ですが、能力者である奥山俊夫は現場にいないので共鳴はできません。
 一応一般人よりは身体能力は高いはずですが、彼女自身は戦闘要員ではないため救出しても戦力としては左程期待できません。
 救出後、何らかの手助けを要求する事は可能です。

●ドロップゾーン
 現在ドロップゾーンは本来の主を失い、以前の効力は失っています。
 一般人が立ち入るとライヴスを吸収されますが、それ以外で特に害はありません。

リプレイ

●初めの一歩
「あら……リリイ、連れてかれちゃったわね」
 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)が世間話をするような軽い口調で状況を確認する。
「はっ!」
 その言葉にようやく事態に気付いたかのようにクラリス・チェンバース(aa4212)が口元に手を当て声を上げる。
「呆気にとられましたが、呆けている場合ではありませんね。シゲシゲ殿お助けいたしますわよ!」
 そしてすぐさま気を取り直し、ビシィっと指先まで神経を張り巡らせ問題のビジネスビルを指さす。
「いやはや、それにしても見事な手際でござるな」
 相棒である木下三太郎重繁(aa4212hero001)も顎に手を当て背を反らし、妙に絵になるポーズでクラリスの後ろに並び立つ。
 いついかなる時も格好良くあるべし。この二人の個人的な信条である。
「がうー!」
 そこへ何故かIria Hunter(aa1024hero001)も加わって一緒にポーズを取る。恐らく本人的には恐ろしい野獣をイメージした威嚇のポーズなのだろうが、彼女の可愛らしい外見ではどう頑張っても可愛い猫のポーズである。
(変な影響受けなきゃいいけど……)
 横でArcard Flawless(aa1024)が汗を一筋垂らしながら煙草の煙を吐き出した。
「それにしても……罠、ね。流石忍者汚い」
「一真程じゃないと思うよ……」
 ふと思いついたように口に出す沖 一真(aa3591)に月夜(aa3591hero001)が突っ込みを入れる。
「誰も怪我しないし、疲れない。何事も策略で解決するのが一番ってな」
 悪びれた様子もなく一真は返す。
「うーん、また忍者の愚神かぁ。昨日戦った五影と関係があるのかな」
 昨夜の激闘を思い出しながら桜木 黒絵(aa0722)が顔をしかめる。
「関係あろうがなかろうが、尽く打ち倒せばそれで済む話だ」
 灰川 斗輝(aa0016)が幻想蝶に触れながら呟く。すでに共鳴状態にあり臨戦態勢だ。
「あたりに並び立つビルはなし……屋外からの侵入や逃亡は考えないでよさそうだな」
「ドロップゾーンの範囲はビルの敷地内のようだから恐らくそこからは出ないんじゃないかな」
 シウ ベルアート(aa0722hero001)が手元の資料に目を落とし確認する。
「さて、ちょっとギャグっぽい攫われ方だったけど、冷静に状況を考えると結構なピンチだし、早く助けてあげなきゃね。そろそろ行きましょう」
 餅 望月(aa0843)が少し苦笑いを浮かべながら玄関へ歩み出す。
「ほれ、行くぞ。小夜子」
「えっ! あ、うん! そうだね……行こう」
 斑 壱鬼(aa4292hero001)がちょっと声を掛けただけで夢野 小夜子(aa4292)が慌てふためいた様子でコロコロ表情を変える。
「と、とにかく足を引っ張らないようにしなきゃ……」
(ったく、大丈夫かよ……)
 小声でこっそり呟く小夜子の様子に一抹の不安を抱く壱鬼。
 何にしても進まなければ始まらない。
 シンと静まる夜中のビルにエージェント達は足を踏み入れて言った。

●にんじゃはなんにんじゃー
「それにしても、またここに来る事になるとはね」
「何もかもが懐かしい」
「いや、何かっこつけてんのよ、自分たちのミスの補填みたいなものじゃないの」
 どこか他人事のような余裕を見せる百薬(aa0843hero001)に望月が思わずツッコミを入れる。
「ここにはもういないみたいだな」
 玄関内を見渡し、壱鬼が敵の姿がない事を確認する。
「いやいや、忍者だからな。隠れてないとも限らない」
 一真がチッチッと指を振り、悪戯を思いついた子供のようににやりと笑う。
「ここは一つ、あいつらを誘き寄せるとしようぜ。――曲者だぁ! 曲者がここにいるぞぉ!」
「そんな子供だましで来るわけが――」
 月夜がやれやれと溜息を吐く。しかし、その言葉はいきなり落下してきた天井の天板によって遮られた。
「くせもの、みつけたりー!」
「って本当にきたぁ!」
 天井裏らしき空間からにゅっと子供の姿の従魔が姿を現す。
 しかし、事はそれだけに留まらなかった。
「くせもの!」
「くせものなりー!」
「みつけたりー!」
 床下やら廊下の奥やらからいきなり従魔たちが顔を出す。
「なんかいっぱい来た!」
 おおよそ数は十匹弱。その従魔たちが一斉に石つぶてをこちらに投擲してくる。
「えーい!」
「やー!」
「あいてっ! いたっ! 地味に痛い!」
 奇襲で結構な数の石つぶてに晒され、咄嗟に防御態勢をとるエージェント達。
「ふざけるな!」
 斗輝の放った炎が敵のいた場所を中心に炸裂する。
「ちっ、逃げ足の速い……」
 しかし、その頃にはすでに従魔たちは散り散りに逃げ去ってしまっていた。
「がるるー!」
「素早さだけは一級品だね。数も多い、と」
 アークェイドが従魔たちが出てきた穴を覗く。特に何の変哲もない床下。ドロップゾーンの影響ではなさそうだ。
「いやー、しかしあれだね。これはあれを言っておこうか、望月」
「うーん、それはちょっと恥ずかしいけど、この状況じゃ仕方ないよね」
 望月と百薬の二人が肩を並べながら同じように顎に手を当てたポーズで話し合う。
「せーの」
『にんじゃはなんにんじゃー!』
 二人の叫びが夜の玄関に響き渡った。

●1F:ニンジャ!サムライ!オンミョージ!
「攻撃力は低い、と。……で、あるならば、今のうちに試しておきたいことがありますわ」
 そう言ってクラリスがポケットからコインを取り出す。昨日いた者達はそれでクラリスの意図を悟り、頷きを返すと念の為共鳴状態に入った。
「それでは」
 クラリスがコインを放り投げる。
「……どうやら大丈夫そうですわね」
 カラカラと音を立てて床に転がるコインを拾いポケットへと戻した。
「なに、今の?」
「うーん、昨日ここで戦った敵は今みたいな行動すると奇襲してきたんですよね。一応の確認というか……」
 レミアが近くに立っていた黒絵に話しかける。
「昨日はしてやられましたけど……もう二度と遅れは取りません」
 クラリスが苦々し気に玄関の一角――昨夜、クラリスが愚神の攻撃を受けて倒れてしまった場所を見やる。
『悔しいでござるか、クラリス殿』
「……そうですわね。あまり大きな声では言えませんが――物凄く悔しいですわ……!」
『カッカッ、善き哉、善き哉』
 力いっぱい拳を握り悔恨を口にするクラリスに重繁は大きく笑った。
『その悔しさはクラリス殿をきっと強くするでござるよ』
「――ええ、必ず。必ず強くなってみせますわ」
 固い決意を胸にクラリスは視線を切って前を向く。
「で、どうする? 班を分けるか?」
「そうですね。ただ、単独行動にはならないように……」
「がうー」
 共鳴して口調の変わった望月の言葉にアイリアがうんうんと頷く。昨夜は痛い目を見たアイリア達は事前の話し合いで、決して単独行動はしないと確認していた。
「屋上も含めて二人ずつ四班でいいだろう」
 斗輝の言葉に全員が素直に頷く。
「では、私は一階を確認しますわ」
「んじゃ、俺も」
 いち早く名乗りを上げたクラリスに一真が追随する。
「了解です! あとは上に登りながら決めていきましょう!」
 黒絵がそう言い階段へ向かい、他の面々もそれに続く。
「さあて、まずはかくれんぼか。さっきみたいに呼んだら出てきてくれるか?」
「一先ずはこちらから探してみましょう。常に先手を取られるのも癪ですから。……一番怪しいのはここですけど……」
 オフィスのドアの前まで歩きクラリスが呟く。
「気を付けろよー。一番罠が張ってる可能性の高い場所だからなー」
「分かっておりますわ。しかし、虎穴に入らずんば虎児を得ず、ですわ!」
 意を決してノブを回しドアを開く。
 ピン、という糸の切れる音が微かに聞こえた。
 咄嗟に身構えて罠に備える二人。しかし――
「?」
 妙な間。予想に反して何も起こらない。
「不発、ですの?」
 後ろや上下も警戒するが、特に何も起きない。不審に思い一歩前に出た瞬間、視界に突然鉄球が現れる。
「……!」
 咄嗟に首を捻って躱す。天井にセットしてあったものが振り子の要領で振ってきたのだ。
「なるほど、気を抜いた頃合いを狙うわけか」
「ふっ、所詮子供だましですわ」
 内心の動揺を押し隠してクラリスが刀に手を添える。
 オフィスの中にパッと見従魔はいないが、隠れるスペースならいくらでもある場所だ。油断はならない。
「ま、ここは俺に任せとけって」
 そう言って一真が手に付けたグローブを締めなおしながら気安い歩調で中に進んでいく。
「物陰に隠れてりゃ見つからないってのは……」
 一真がオフィスの中ほどでピタと足を止め、床下ギリギリまで屈みこみ机の下に視線を巡らす。
「安直だぜ! ほれ、見つけた!」
「ナリー!」
 床と机の間の空間に従魔の影を見つけ糸を操る。陰に隠れていた従魔が糸に驚き、空中に引っ張りだされた。
「お見事!」
 すかさずクラリスが駆け込む。
 目前の机を飛び越え、鞘から抜き放った刀を一息の元に垂直に斬り下ろし、従魔を両断する。
「むねんなりぃ……」
 そのまま華麗に地面に着地し、再び刀を納刀する。
「壱の太刀、閂断……」
「お、おおー」
 指先から毛先まで神経を巡らせているクラリスの動作に感嘆の息が漏れる。
「くせものみつけたりー!」
 と、そこで陰に隠れていた従魔が机の上に姿を現す。
「観念して特攻を仕掛けようって腹か? よし、今度は俺の番だな!」
 一真がゆったりとした動作で懐から扇を取り出し勢いよく広げる。
「見せてやるよ。本当の『術』ってのはな、もっと奥ゆかしく、粋なもんだってな」
 舞のように扇を翻すと従魔の目の前に、数匹のライヴスの蝶が生まれひらひらと舞い始める。
「ちょうなり?」
 従魔が不思議そうにその蝶に触れた途端、しびれたように動きが止まる。それを見て一真が素早く指を動かす。
「百鬼を退け凶災を祓う! 急如律令!」
 決め台詞と共に炎が爆発し従魔を包む。
「おおー」
 今度はクラリスが感嘆の声を上げる。
「オンミョージ!」
「ふっ、まあな。魑魅魍魎の相手なら慣れたもんだぜ」
 興奮気味に話しかけるクラリスに得意げに返す一真。
『まーた調子のってるし……』
 その様子に月夜は一人そっとため息を吐いた。

●2F:鞭操りの女王
「レミア、気を付けろよ。どこに罠があるか分からないからな」
「な、なによ。分かってるわよ」
 レミアを庇うように狒村 緋十郎(aa3678)がスッと前に出る。急に見せた紳士的な行動にレミアが面を食らって思わず狼狽える。
「ふん、それにあの程度の罠でわたしがどうにかなるわけないでしょ。し、心配してくれるのは嬉――」
「いや、慎重に慎重を重ねて進むべきだ……。特にさっきリリイが捕まった逆さ吊りの罠。万が一にもレミアが捕まるようなことがあっては、俺は……っ!」
「……」
 レミアが自身の服装に視線を落とす。彼女はいつも通りの黒のゴシックドレス。左程長くないそのスカートは釣られればあっさりと翻ってしまうだろう。
「そんな事になったら俺は――おぐっ!」
 拳を握り力説する緋十郎の頬にレミアの拳が突き刺さる。
「馬鹿な事言ってないで行くわよ!」
「ぐむ……。俺は今、なぜ殴られたのだ? ……ご褒美か?」
「絶対違います」
 真剣な顔で推察する緋十郎に黒絵が満面の笑みで突っ込む。
『仲が良いのは結構だけど、ほら、来たぞ』
 シウの言葉に廊下の奥を見ると三体の従魔が姿を現していた。
「あれ、正面から来るんだ?」
「うむ、油断するなよ。こういう奴が姿を現した時は大抵何らかの罠が――」
「ふん、小賢しいわ」
 緋十郎の言葉を遮り胸倉を掴み、一息に共鳴状態へ移る。
「小細工ごと踏み潰してあげる!」
「あ、レミアさん! 一匹は残しておいてくださいね!」
「分かってるわよ」
 黒絵に短く返事を返してレミアが従魔に向かって突撃する。
『む、レミア! 横だ!』
「!」
 風切り音と共に壁から木の棒がレミアに向かって横薙ぎに振るわれる。おそらく窓枠に沿って巧妙に見づらくしていたのだろう。
「ふん、この程度で……」
 軽く右手で抑える。
「……!」
 しかし、同時に棒の先端にくっついていた石が射出され、そこに括り付けられていた紐がレミアに巻き付いた。
 これは殴る為の棒ではない。投石機だ。
「くせものとらえたりー!」
 従魔達が作戦の成功を喜び声を上げる、
「ハッ! おめでたいわね。頭が悪いようだからもう一度言ってあげる」
 しかし、レミアは慌てる事もなくニヤリと笑う。
「ふん、この程度で!」
 力任せに紐を断ち切り、目にも止まらぬ早業で腰の邪龍剣を伸ばし従魔の一体に巻き付かせる。
「私は縛られるのよりも縛る方が得意なのよ」
 従魔が状況の把握ができずに戸惑っている間に、器用にその体を引っ張りよせ黒絵の方へ放り投げる。
「ほら、あげるわ、桜木!」
「わ! おっとっと!」
 それを咄嗟に受け取り、まだ目を回してフラフラしている従魔の目を覗く。
『気を付けなよ。支配者の言葉で強制できるのは一つの行動だけ、そして十秒だけだ。下手な命令は無駄撃ちになるよ』
「わ、わかってるって」
 シウのアドバイスに基づいてライヴスを乗せる命令を考える。
「【曲者を捕らえている場所を教えて】」
「さ、さんかいのろうごくにとらえたなりー」
「牢獄?」
 まさかただのビジネスビルにそんなものがあるわけがない。何かの比喩だろう。
「ハッ! くせものにとらえられてるなりー!」
 と、喋り終わった瞬間に効力が切れ、黒絵の手の中でジタバタと暴れ出す従魔。
 何というか、こう……。
「ごめん、無理! シウお兄さん代わって!」
『やれやれ……しょうがないな』
 その愛らしい姿に攻撃を加えられない黒絵に代わって、シウが従魔をポイっと放り出す。
「忍者破れたりー、ってね」
 手に持った巻物がバラバラに展開され、その破片から射出された白光が従魔を貫く。
「やぶれたりー」
「黒絵もこういう敵に慣れないと。敵の見た目は選べないよ」
『う~、それはそうだけど……』
「ほら、少しは彼女を見習って……」
 言って既に一体を打ち倒し、残った従魔を相手にするレミアを指さす。
「ふふふ、いいわ! この武器気に入ったわ、私向きよ!」
 邪龍剣で拘束した従魔を足蹴にして満面の笑みを浮かべるレミア。心の底から愉しんでいるのが一目でよく分かる表情だ。
『え、シウお兄さんは私にあんな風になってほしいの?』
「……いや、前言撤回するよ。黒絵は一歩ずつゆっくりと行こう」
 苦笑いしながらシウは自身が指した指を引っ込めてポケットへしまい込んだ。

●3F:レスキューハグ
「この階の牢獄に捕まってる?」
「がうー」
 黒絵が掴んだヒントを、通信機を持っていない斗輝にアイリアがスマホを通じて伝える。
「牢獄、か。まあ、大体想像はつくが……」
「がうがう!」
「ん?」
 横を歩いていたアリイアが急に廊下の先へ駆け出す。
「スンスン……がう!」
 廊下をちょこまかと床の臭いを辿るように動き回り、最後に一つの扉を指さす。
「まあ、オフィスで牢獄というとまずはそこだな」
 アイリアが指したのはトイレのドアだ。
 鍵があり、人一人ずつ格納できる辺り確かに牢獄に見えないこともない。
「……多分女子だな」
 従魔達が見栄えの問題でここを牢獄としたのならば女子トイレの方だろう。
「無理矢理行くぞ」
 一応罠を警戒し、3mはあろう大槍で遠くからドアを突き刺し打ち壊す。
「ん~!」
 ドアが壊れる盛大な音の中にくぐもった女の声が混ざる。
「当たりか。見たところ敵の姿はないが……」
 少なくとも遠目から眺める限り従魔の影はない。
「がうっ!」
 ドアの残骸に手を掛けたところでアイリアが何かを警告するように吠える。
 同時に響くガラスの割れる音。
(後ろか)
 振り向くとオフィスに繋がる窓を割り飛び出す石つぶて。
「子供だましだな」
 それを片手で払いのけて、槍を構える。
「だつごくなりー!」
「にがさないなりー!」
 罠を諦めたのかドアを開き、従魔達がわらわらと姿を現す。総数3体。
 警戒し槍を構える斗輝。だが――
「あいたっ」
「なりー!」
 先頭の従魔が何かに躓いたように倒れ、後続の従魔達も次々とドン詰まってコケる。なまじ素早いだけに対応が間に合ってない
「……」
「がうっ!」
 斗輝の隣でアイリアが自信満々にピースマークを掲げる。
 先ほど廊下を探し回った時にこっそりとドアの扉の足元に糸を張っていたのだ。
「ふん、拍子抜けだな」
 心底呆れながら、ライブスの炎をその中心部に発生させる。
「ばくはつなりー!」
「そもそも忍びは正面から戦うこと自体が想定されていないのが常だ。そのさらに紛い物となればこんなものか」
 炸裂する炎に吹き飛ばされ従魔達がチリとなって消える。
「がうがう」
 斗輝が従魔達の相手をしている間にアイリアが一番奥の個室の扉を開く。
「んー!」
「がう!」
 個室の中には簀巻きにされたリリイの姿。アイリアは手早くその拘束を解き始めた。
「ケホッケホッ! ありがとうね。あ~、しんどかったー」
 猿ぐつわが外され、ようやく喋れるようになったリリイがげんなりした様子で声を出す。
「がう!」
「チョコレート? くれるの? ……うん、ありがと」
 アイリアが差し出したチョコレートを素直に受け取り口にする。
「がうー」
 そして、リリイの胸に跳び込み抱き着く。彼女なりのリリイに対する気遣いであろう。
「んー、よしよし」
「おい、リリイといったか?」
「ひゃい! ええと、うん。灰川くんだったかな、助けてくれてありがとう」
 油断していたところを斗輝に見られ、リリイが苦笑いを浮かべる。
「仕事だから。それより敵の情報で何か把握していることはないか?」
「敵の? うーん、そうだなぁ」
 アイリアの頭を撫でながら視線を漂わせ記憶を探る。
「そうそう、『子影十人衆』って名乗ってたよ」

●屋上:鬼が力は何が為
「子影十人衆、ねぇ」
 屋上の扉を開け外へと踏み出しながら壱鬼が呟く。
「連絡を受けた限り、今まで倒したのは全部で八体でしょうか」
「素直に受け取るならあと二体か」
「ここに、従魔が……」
 ごくりと唾を飲み込んで小夜子がキョロキョロとあたりを見渡す。
 屋上は比較的ガランとしていた。とりあえず見渡して目に入るものは階段とつながるこの入口と、エアコンの室外機、そして奥の方に積まれているブルーシートに包まれた何か、だ。
「何でしょう、あれ」
「テントの骨組みとかそういうもんじゃねぇかとは思うが……状況が状況だからな」
 目下最も怪しいのはあのブルーシートである。隠れるに適した配置であるし、罠も仕掛けやすいだろう。
 あとはこの出口の死角である後ろや上などが考えられるが……
「とりあえず上にはいないな。周りも……パッと見はいない」
 長身の壱鬼が出口の上に跳び上がり、その周囲を確認していく。
「……とりあえず、ワタシが行ってみますね」
 傍らの小夜子の緊張を感じ取って、望月がブルーシートへ向かう。
「ちょっと下がってろ、小夜子」
「え? う、うん……」
 降りてきた壱鬼の腕に押されて小夜子が一歩後ろへ下がる。小夜子はその腕をじっと見つめた。
(これでいいのかな?)
「では、開けますよ? 気を付けてください」
 望月の言葉にハッと顔を上げてブルーシートの方を見る。
「えい!」
 軽い掛け声と共に望月が一気にブルーシートを開け放つ。
 そこに現れたのは細めの鉄骨。何らかの作業で使ったものと思しき器材だ。
「きしゅーなりー!」
 器材の方へ全員の意識が注がれた瞬間、小夜子たちの横にあったエアコン室外機が爆ぜた。
 中から三体の子影たちが現れる。
「――っ!」
 木刀を振り上げて跳びかかってきた子影の攻撃を壱鬼が受け止める。
「ぐっ!」
 単なる木刀でもライヴスは籠っている。生身で受ければ流石にそれなりの衝撃があった。
「えいやー!」
 残る子影たちが石つぶてを投げてくる。
「くそっ!」
 咄嗟に壱鬼が小夜子を抱え上げて距離を取る。
「11人いるではないですか!」
 少し距離を離していた望月が武器をスナイパーライフルに持ち替え、子影の一体を狙撃する。
「適当に名前つけんじゃねぇよ、ったく!」
 子影たちのいい加減なネーミングセンスに悪態を突く。
 どうやら子影たちはターゲットをより近い小夜子たちに定めたようで執拗に追ってきている。
(これは逃げきれねぇな)
 玄関でも確認した通り、足の速さだけは相当なものがある従魔だ。共鳴状態でも逃げ切れるか分からないのに、非共鳴状態ではなおさらである。
 しかし、壱鬼はなるたけ小夜子には戦うことを強要したくはなかった。戦うという事は何となくで決めて良い事ではない。敵を打ち倒す力を得る事で失うものもある。そのリスクを知る彼は、そこを踏み越えるには一種の覚悟がいると考えていた。
「斑、わたしは大丈夫だよ」
 壱鬼の腕の中で小夜子が言った。
「わたしは、大丈夫。だから……」
 小夜子と目が合う。
 怯えがないわけではない。しかし、その目には確かに覚悟と決意が伺えた。
「わかった。行くぞ、小夜子」
 小夜子の持つ幻想蝶に壱鬼が触れ共鳴状態に入る。
 壱鬼の筋肉が膨れ上がり、二本の角が頭から生える。
 それはまさに日本古来より鬼と呼ばれた者の姿そのものだった。
「えぇ!?」
 急な二人の変化に望月が驚きの声を上げる。
「おになりー!」
「おにたいじなりー!」
「やってみろや、小僧ども!」
 使う言葉も荒々しいものとなり、向かってきた子影に対して逆に駆け出す。
「うぉらぁぁ!」
 壱鬼の大剣が子影の一匹を両断する。そして、そのまま二匹目へ。
「む、無理はしないで下さいね」
 壱鬼に回復を飛ばしながら望月が警告する。しかし、壱鬼の耳にはそれは届いていないようだった。
「……てったいなりー」
「逃がさねぇよ!」
 迫力に臆したのか、反転して逃げようとした背中を壱鬼の剣が捕らえる。
「むねんなりぃ……」
 斬られた子影が塵となって宙に舞っていく。
「ハァ、ハァ……」
 荒々しい息遣いを整えながら、壱鬼の体が少しずつ小さくなっていき、やがて小夜子を抱えた体制に戻っていく。
「ちゃんとできました!」
「ま、上出来だろ」
「はは、そうですね……」
 満面の笑みを浮かべる小夜子とクールに呟く壱鬼を見ながら、ギャップ凄いなと内心、望月は苦笑いを浮かべた。

●サイフブレイク
「皆さん。今日はありがとうございます。ご迷惑をお掛けしました」
 一同を再び玄関に集めリリイがペコリと頭を下げて謝る。
「構いませんわ。人助けは人の道。当然の事ですもの」
「あの程度の罠に引っかかるなんて気を抜きすぎなのよ、リリイ」
 エージェント達は特に気にした様子もなく笑顔でかえす。特にクラリス、一真、レミアの三名は妙に満足した様子である。
「それを言われると辛い……。それで今後の予定ですが……」
 リリイが時計に視線を落とす。
「ゾーンブレイカーの到着はちょっと遅れるようなので、皆さんには一旦休憩という事で食事を取ってもらいますが……」
 そこでリリイがカッと目を見開く。
「今回は私が皆さんに焼肉を奢ります! ポケットマネーだ!」
「お、いいノリだねー、リリイさん。嫌いじゃないよ」
 百薬が真っ先に反応し、親指を立てて提案に乗る。
「わうー!」
「大歓迎だけど、肉体労働者がこの人数……覚悟はいいかな?」
「食い盛りの男子もいるぜ!」
「だ、大丈夫です、多分」
 財布を覗きながらリリイが呟く。

 それから数時間の後、ソーンブレイカーが到着し、無事ドロップゾーンとリリイの財布はブレイクされたのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678

重体一覧

参加者

  • Loose cannon
    灰川 斗輝aa0016
    人間|23才|?|防御



  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 神鳥射落す《狂気》
    Arcard Flawlessaa1024
    機械|22才|女性|防御
  • 赤い瞳のハンター
    Iria Hunteraa1024hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • 我が歩み止まらず
    クラリス・チェンバースaa4212
    機械|19才|女性|回避
  • エージェント
    木下三太郎重繁aa4212hero001
    英雄|38才|男性|ブレ
  • 一握りの勇気
    夢野 小夜子aa4292
    獣人|15才|女性|防御
  • ステルス鬼
    斑 壱鬼aa4292hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
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