本部

愚神の名は『けるぷす』

チャリティマスター

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2016/07/13 15:35

掲示板

オープニング

●一応前ふりです
 皆様は3つの頭を持つ犬と聞くと、何を思いつくだろうか。
 もっとも有名なものとしてどこぞの門を守っている犬の存在を思いつくと思う。
 ただ、『これ』はかなり違う存在……らしい。

●一応愚神です
『クックック……。凍える漆黒の夜に、のこのこ現れる愚かな人間よ。我が姿をみておしょれおののキョ……恐れおののくがいい』
「おい、言い直したところで台無しだぞ。それに今は凍える夜じゃないし、もう昼だ。昼に人間が現れるのは当たり前だろう」
 人間もとい、とある旅館内にいる客の一人が『それ』にツッコミを入れると、『それ』は『可愛い声』で抗議する声を上げた。
「うわーん。人間のあほたれー。そういうのは黙ってるのが優しさってものだろー」
「そーだそーだー」
「傷ついたので、ライヴスを分けてください」
「「「どうぞ」」」
 客や従業員たちのうち3人がしゃがんで『それ』に指を差し出すと、『それ』は尻尾をぶんぶん振って近付いた。
「「「わーい」」」
 差し出された3つの指を、3つの頭が可愛らしい声を上げ、それぞれ甘噛み程度の力であむあむと咥える。
「もぐもぐもぐ」
「ごっくん」
「ごちそうさまー」
 少しして『それ』は差し出された指から口を離すと、旅館にいる人間達に笑顔で感謝し、客達に頭を撫でられたり、従業員達にもふもふされながら、尻尾をぱたぱたと振った。
 その様子を、愚神退治の依頼でH.O.P.E.よりこの旅館へ派遣されたエージェント達は複雑な目で眺めていた。
「これ、本当に愚神か?」
 改めて『それ』の姿を確認する。
 大きさや見た目は普通の犬のポメラニアンとほぼ同じ。
 異なる点は、その頭が3つあり、見た目通りな可愛い声で言葉を話す。
 そしてその首には『けるぷす』とひらがなで名札がつるされていた。
 思わず『それ、ケルベロスの間違いじゃね?』とツッコミをいれたくなったが、『それ』の抗議を受けたら自分も指を差しだしそうなので、黙っておく。
 そういえば、『もしもし。愚神が現れたのですが』と通報を入れた旅館の人の声もやけに明るい声だったような……。
「まあ、依頼は依頼だし、退治するか」
 客や従業員達からライヴスを食べているところも確認できた。自主的だったのは見なかったことにする。
 ついでに理屈は不明ながら『けるぺす』の周囲が涼しくからっとした空間になっているので、『けるぺす』を客や従業員達が自分の懐に入れたりして、『あー、涼しい』と言いながら涼んでいるところも見なかった事にする。
 しかし不運にも、この時集まったエージェント達は、英雄も含めて全員が大の犬好きだった。
 そしてしばらくした後、エージェント達はがくりと膝をついて呻いた。
「……駄目だ。こいつらは倒せない」

●愚神を退治するのが仕事です
「そして、先に討伐依頼に出たエージェント達は『これ』を倒すことができず、帰ってきました」
 問題の『これ』の映像を見せながら、担当官は説明を続ける。
 映像には攻撃しようとするエージェント達を前に、『『『が、がおー』』』と可愛らしい声を上げて、立ち向かおうとする自称『けるぺす』の姿が見えた。
「お察しの通り、この姿を見てエージェント達は戦意を喪失し、戻って参りました。戦闘自体発生してませんので全員無傷です」
 そのエージェント達の名誉の為に付け加えると、恐らく『けるぺす』に魅了されているのであろう、退治を止めようとお客である人間達が壁になったり、エージェント達に組みつき続けた結果、戦闘が発生しなかったのが実情だ。
「ライヴスを食べているので、愚神なのは確実ですが、よほど少食なのか、食べられている側のお客様達の具合も、それほど悪くないとの話でした。しかし愚神である以上、このままな筈がありません。いずれ人的被害が出ます。皆様には『けるぷす』の退治をお願いします」
 ただ、最大の難関は『けるぷす』よりも、自主的に『けるぷす』にライヴスを食わせ、可愛がっている旅館の人達の方かもしれない。
 そして担当官は最後にこう言った。
「なお、退治までの間はこの旅館で過ごす事になりますので、それまでの宿泊する部屋の指定や宿泊、食事、各施設を利用する際の費用は全て無料です。旅館の人達の目を欺く名目で、羽をのばして寛いでくださって構いません」
 この旅館の特徴を強いてあげるとすれば、季節に合わせた数世代前の和風料理の再現に取り組んでいるので、希望すればそれらも提供されるなど、料理に特徴が在ったり、温泉旅館ならではの設備が一通りそろっているところだろうか。
 この依頼には、これまで様々な事件解決に貢献してくれたエージェント達へのH.O.P.E.が用意した慰安旅行という面もあるようだ。
 何か起こった時に備え、手配されたH.O.P.E.別働隊の人達も、先に客や従業員として紛れ込み、H.O.P.E.別働隊も、任務の中で、思い思いの形で寛いでいる。
 その別働隊員達の話では、確かにライヴスを喰われた客や従業員たちは、それほど具合が悪くはないと口にはするものの、やはり少しずつ具合が悪くなっていくような雰囲気だったという事だ。
 『けるぷす』退治前後の旅館内にいる人達の避難誘導や周辺の封鎖など、人々に被害が及ばないために必要な行動に専念してくれるので、そちらの方面で『あなたたち』のお手を煩わせることはない。
 ただこの地域のH.O.P.E.支部は他にも事件を抱えており、今旅館にいる別働隊以外の人員は別件で出払っており、旅館にいる別働隊への上記以外の行動は依頼できず、増援は出せないとの事だ。
 当たり前のことではあるが、今回の敵『けるぺす』はいくら見た目が子犬っぽくても愚神である事に変わりはなく、退治したと偽ってお持ち帰りする事はできず、できる限り迅速な退治が必要な存在であることは追記しておく。

解説

●表目標
 愚神『けるぷす』の退治
 裏目標:慰安旅行

 登場
 愚神1体
 自称『けるぷす』。
 体高20cm。体重1.5kg。真っ白でもふもふ。1体のみ。
 外見上は頭が3つあるポメラニアン。
 ライヴスを喰うので愚神や従魔なのは間違いないが非常に少食(?)。会話できるので愚神と判定できる。
 交戦記録(?)から見て、愚神は仮にデクリオ級でも最弱と推定される。お持ち帰り厳禁。
 現段階で判明している能力としては以下の通り。
・とてとてと駆け寄っての甘噛み。皆様にはダメージなし。
・「ライヴスを分けてください」のお願い
・涼化26度(パッシブ)
周囲の気温が26度になり除湿効果もあるらしく、その状態の彼らを懐に入れると涼しいと客や従業員達から好評。
 以下PL情報
懐に入っている状態から一般人から少量ずつライヴスを喰っているが、能力者や英雄にはダメージ無し。
・魅了(パッシブ)
 一般人に【洗脳】効果あり。能力者や英雄には効果なし。

 人間達
 『けるぷす』の現れた旅館の従業員やお客で一般人。自主的にライヴスを与えており『けるぷす』を可愛がっている。『けるぷす』を倒そうとすると妨害に来るので、こちらへの対処の方が厄介。
 手配されたH.O.P.E.別働隊の話では、一般人は愚神『けるぷす』に全員魅了されていると思われるが、愚神を倒せば魅了は解け元通りになるだろうとの事。

 状況
 とある地域の温泉旅館。5階建ての標準的な大きさの建物と敷地。『けるぷす』が現れて以降『けるぷす』が旅館の癒しの存在と化している。温泉旅館内によくある施設は一通りある。
 なおこの旅館では数世代前の和風料理の再現に成功しており、無料で提供してくれる。この時期はカツオ、軍鶏、鰻などが旬との事。
 お客は多くないので、探せば客達の目や耳の死角となる場所が無数にある。
 退治するまでの宿泊費や食事、館内施設利用料などは全て無料。無線も申請すれば貸与可。

リプレイ

●下準備
 愚神『けるぷす』のいる旅館は、標高が高い場所にある事もそうだったが、周囲を木々で囲まれており、夏は涼しく、冬は暖かいということだった。
 12人のH.O.P.E.エージェント達が別働隊の案内を受け、やってきた旅館は年月が艶となった飴色の柱が建物内外の随所に配置され、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
「しばらくお世話になります」
 入口で旅館従業員達の歓迎の挨拶を受けた笹山平介(aa0342)がそう挨拶し、柳京香(aa0342hero001)、賢木 守凪(aa2548)とカミユ(aa2548hero001)と共に4人で同じ部屋を確保している。
「旅行だー! 七海と遊ぶんだー!」
 華留 希(aa3646hero001)が陽気に叫ぶ中、横にいた麻端 和頼(aa3646)はこっそりぼやいた。
「……ここに来るまでの仕事は全部オレに押しつけやがって」
 そう言いながらも和頼は、希の話題にした七海こと五十嵐 七海(aa3694)やジェフ 立川(aa3694hero001)と共に旅館の人達へ『二日間お世話になります』と挨拶したのを確認した後、七海、ジェフ、希と自分の4人で同じ部屋を確保した。
 なおナガル・クロッソニア(aa3796)や木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)達は予め千冬(aa3796hero001)が予約した最上階の客室を確保した。
「枕、変わると、眠れねー、から……持ってきた」
 黎夜が早々と部屋で寝る区域を確保し、その間にアーテルが代わりにこの旅館にいるという愚神を探す中、ナガルは千冬と密かに共鳴した上で鷹の目で上空から、死角や普段人がいない場所など、愚神「けるぷす」を退治する時に使えそうな場所とそのルートの確認を行いつつ、スマホで確認できた情報を仲間達に逐次伝えている。
「遊びにいけそうな所は、ひぃ、ふぅ、みぃ……」
 訂正。遊ぶための場所もナガルは探している。
 他の部屋では、平介と京香が守凪とカミユから『ある策』の結果を聞いていた。
「いざというときは、覚悟を決めよう」
「ええ」
 平介と京香はこの旅館にいる愚神『けるぷす』について、以前討伐に来て失敗したリンカー達のように、諸事情で討伐できない仲間が出たら、代わりに自分達が退治を引き受ける覚悟を決めていた。
 それとは別に守凪とカミユは別の部屋にいる和頼や希と共に、H.O.P.E.を介して探り当てた本物のポメラニアンのいる保健所やブリーダーのもとをまわり、愚神「けるぷす」を退治後の『代わり』を用意する下準備と交渉に奔走していた。
 もちろんこれは「けるぷす」がいなくなった後、旅館もお客も困らない為の策だったが、結果は『既に良く似たポメラニアンを確保し、退治後旅館に届くよう手配済み』とのことだ。
 同じ報告を別の部屋で七海とジェフも和頼や希から聞いており、代替手段確保に安堵しつつも、七海は心情をこぼす。
「これって考えちゃう依頼だね」
「愚神と割り切れるかどうかだな」
 そう七海に告げるジェフの言葉は穏やかだった。
 なお愚神『けるぷす』退治後に代わりのポメラニアンを置くという交渉は黎夜やアーテル、和頼や希、平介や京香達が旅館のオーナーと交渉し許可をとりつけた。
 オーナーは旅館から離れた場所に暮らしていたのがよかったのか、『けるぷす』の影響下になく、事後対応も全て引き受けると6人に約束した。
 そして一連の下準備を終えたエージェント達は旅館で『それ』と対面する。

●もふもふと温泉
 首に『けるぷす』と平仮名で書かれた看板を下げている、3つ頭のポメラニアン、愚神『けるぷす』が旅館客達の中でもふもふされていた。
 その光景に、黎夜が一瞬表情を輝かせる。
「もふもふ……!」
 黎夜は猫の方が好きだが、もふもふできる動物なら種は問わないほど好きだ。
「犬はいいわね。ここにいるのは愚神だけど」
 柴犬が一番好きだが、ポメラニアンも好きなアーテルからすれば、愚神という部分が残念でならない。
「こ、こんなに可愛いの倒せないって!」
「貴女が魅了され……もとい、戸惑ってどうするんですか……」
 実物を見て動揺するナガルを千冬が宥めていた。
 その前で、カミユが未知の攻撃手段を持っていないか確認も兼ねて、お客に紛れて『けるぷす』と戯れていた。
「「「わふわふー」」」
 そんな声が『けるぷす』の各頭から聞こえてくる中、カミユはそっと呟いた。
「……英雄だったらよかったのにねぇ」
 もちろんこんな姿をした英雄は今のところこの世界では確認されていない。多分。
 やがてカミユより『問題なし』と報告を受け、アーテルに守られつつ、黎夜が『けるぷす』に近づく。
「ぎゅってして、いい……?」
「「「いいよー」」」
 可愛い声で『けるぷす』が応じると、黎夜は言葉通り、『けるぷす』を抱え、もふもふ空間に顔を埋める。
「やわらかくて……気持ちいい」
「俺も抱っこしていいでしょうか?」
 ひとしきり黎夜がもふもふを堪能したとみなしたアーテルも『けるぷす』に尋ね、了解を得て表情はクールなまま、モフモフな感触を楽しんだ後、『けるぷす』と近くに待機していたナガルに渡す。
 ナガル『本物を確認しないと』という名目のもと『けるぷす』を抱えると、不思議なもふもふ空間に包まれる。
「すごいよ、もふもふなのに、涼しい!」
 ナガルからの『実況見分』を聞いていた千冬は、密かに貸与された無線でH.O.P.E.と連絡をとり、実際にエージェント達が接触した結果を報告すると共に『ある要望』も行っていた。
 そうやって仲間達が『けるぷす』のもふもふを楽しむ形で、『けるぷす』から周囲の客や従業員達を守る配置についたのを確認した守凪はカミユ、平介と共に調理場へ連れられ、旅館の料理人達との交渉の結果、彼ら12人がこの旅館に滞在中の際に出される料理の数品を任されることになり、調理場での『格闘』を始めていた。 
 その間に七海とジェフも和頼や希、京香、そして黎夜の守りを仲間達に任せたアーテルは、この旅館自慢の温泉を楽しむ為、露天風呂に向かう。
「七海ー! 早く早く!」
「希~。まず体を洗ってから入るのよ?」
 七海に窘められ、希は七海の言う通り、一緒に体を洗ってから入浴する。
「隣が賑やかだな」
「あいつ、向こうで迷惑かけてなきゃいいんだが……」
 男湯の方でも、ジェフと和頼はそう言いながらも、こちらは静かに湯船に体を沈めていき、アーテルも後に続く。
 この旅館にある露天風呂は弱アルカリ性・塩分・鉄分を多く含む源泉からのもので、透明度のある茶褐色の豊富な湯量と適度な温度で、全身をほぐすように七海や希や京香、和頼やジェフ、アーテルの身を温めてくれる。高地特有の涼風が湯面上を通り過ぎ、火照る顔を冷まし、6人は絶妙の心地よさに浸ることができた。
 湯船近くにあった温泉の解説には、この温泉には肌をなめらかにする効果と成分が皮膚を柔らかにして汚れをとるので、美肌効果があるとのことだった。
「ホントだ。つるつるになったよ」
 効果が実証できた七海は風呂から上がって、近くの休憩室の椅子に座り、湯上りの余熱をとっていると、不意に周囲が涼しくなる感覚に包まれる。
 周囲を見渡すとジェフが用心のため七海の近くにいる中、とてとてと七海に近づく『けるぷす』の姿があった。
 ちなみに希は、湯船から外に出た姿を和頼が見るなり、影で希の纏う湯上り用の衣服の付け方を和頼が整えてる最中で、この場にはない。
 ジェフ立会いのもと、『けるぷす』を抱えた七海はモフモフと涼しさを堪能することができた。
(……ひんやりモフモフ……)
 事前情報通り、何かを吸われている感覚はないが、この心地よさはクセになりそうだ。
 そして『送らなきゃ』と七海は密かに『本日のけけるぷす効能書』なる報告データをH.O.P.E.のもとへ送り、千冬と同じ『ある要請』に加勢している。
 なお周囲に仲間達がいなくなったことを確認後、京香もこっそり『けるぷす』に近づき、その頭を撫でていた。
「愚神とわからなければ、そうだとは信じにくい存在だわね」
 そう言いつつも、ひとしきり撫で終えた京香は、そのまま静かにその場を立ち去った。
 なお七海や千冬の活動には和頼やジェフも協力しており、現段階での『けるぷす』の『効能』をできるだけ多くH.O.P.E.に提供し『この愚神をH.O.P.E.が管理し、その効能を社会に普及させる研究に使えないか』と要請していた。
 もちろん愚神がいかに危険な存在か全員わかっている上での要請で、H.O.P.E.からは『2泊3日の旅行を楽しむように』との回答があるだけで、要請への回答は一時保留となった。
 
●料理と花火
 この旅館で『よろしければどうぞ』と任された料理は、『せっかくだから皆さんで』と料理を主に任された平介の意志もあり、なし崩し的に12人全員で各料理を作る事になった。
 野菜の飾り切りは、平介から守凪経由でてほどきを受けた黎夜が調理道具を使い、大根、キュウリ、ニンジンを1ミリ程度の厚さにスライスしていき、短冊の型になるように切り、野菜の短冊に細いストローで穴を開け、別の鍋で茹でていた三つ葉を穴に通して結び、丁寧に布で水分を拭い、時節がらにも近い、七夕祭りに使えそうな短冊状になったもので、黎夜の作った野菜飾りは主にアラートが口に運び、ほどよい歯ごたえと野菜の美味を口の中に広げる。
「美味しいわ。じゃあ私も用意するわね」
 そしてアラートもまた料理に加わる。
「これを、こう切れば、いいんだな」
「そうそう、その調子です」
 軍鶏に包丁を恐る恐る入れていく守凪に、平介は自分の調理の合間を縫って丁寧に教え、自由行動をしていたら京香に連れられ、ここに来たカミユが手際よく守凪のサポートに回り、どうにか守凪が軍鶏を捌くと、カミユの手で水を張った鍋が用意され、次いで昆布をしき、鶏がらと太ネギの青い部分、玉ねぎ、辛いものが苦手な黎夜も食べられる様、生姜の代わりに柚子などを刻んで入れ、弱火で時間をかけて煮込む間に、手伝いに回った京香の手で、軍鶏の臭みをとるために半合分の生米が煎られた後加えられ、鍋の液体に透明度が出てきたら旅館より借りた専用の絹布で役目を終えた米を絹ごしして取り除き、醤油と酒、砂糖で味を調えたところで、ナガルと千冬の手で半月切りにした大根、サトイモ、椎茸、ネギを加え、最後に守凪がカミユと共に切り分けた軍鶏肉を加えた軍艦鍋が完成する。
「自然の素材を生かしたご馳走だね」
 七海が守凪やカミユの合作を称賛して軍鶏鍋をよそって口に運ぶと、七海の口の中で丁寧に京香の手によって下処理され、ナガルと千冬が最後の過程で加えた柚子と三つ葉が軍鶏の味を損なうことなく上品に仕上げた美味を広げていく。
「美味しい……」
「うまくいってよかったね」
 この料理に頑張った守凪が安堵のため息と共に軍鶏鍋の美味を堪能している横で、カミユは軍鶏鍋の汁の一部を別の器にとりわけ、湯を加え薄め、予め余った大根を細切りにして炊き込んだご飯をよそって器に加え、守凪の前に出す。
「旅館の人の話だと、軍鶏鍋はこうやって2度楽しむことができるんだって。作り方、覚えてみる?」
 ちなみにカミユは既にその作り方をレシピとして記録済みだ。
 その間に平介は用意されたカツオを手際よく包丁で捌いていき、カルパッチョとユッケ用にと分けて作業にとりかかる。
 カツオのカルパッチョやユッケは、平介に巻き込まれた和頼、希、七海、ジェフの4人が共同で手際よく調理が進められていた。
 3枚おろしの要領で切り取ったカツオの身に、和頼は金串を数本差し、調理台の火で直接両面を焼いたのち、用意された氷水のボウルに浸して身を引き締め、水気を布などで拭い冷蔵庫で一度冷やす。
 その間に希が新タマネギを薄切りにして水に浸し、水気を切って別の器に移し、トマトやレタスも程よくサイズに切って冷蔵庫に一度寝かせ、ジェフやアラートはそれぞれ別の器を使いオリーブオイル、マスタードと乾燥させたバジルやパセリを加え、醤油と塩コショウで味を調えた後、レモン汁を加えたところで少し冷蔵庫で冷やすソース作りを行う。
 全ての材料がほどよく冷えて落ち着いたところで、冷蔵庫から取り出したカツオはちょうどいい厚さに和頼の操る包丁でスライスして広い皿へと並べていき、その上に七海は先程希の手で作成したスライスされた新タマネギ、カットされたトマトやレタスを盛り付けていき、仕上げに作成したオリーブオイルベースのソースを振りかけ、4人合作のカルパッチョが並べられた。
 また和頼は残る半分のカツオも手ごろな大きさに刻み、ボウルへ入れると、その後はアラートがその中へすりおろした生姜やニンニク、しょうゆ、ごま油、塩を適度な配分で加え、カツオの身が潰れないよう注意してかき混ぜ、味を沁み渡らせたところで、刻んだネギを加えてカツオのユッケを作成した。
 なお、カルパッチョ、ユッケともに黎夜用のものは、アラートの手で辛いものを抜いて味を損ねない手間をかけている。
「どうかしら。辛いものはできるだけ控えたつもりだけど」
「おいしい……」
 アラートのきめ細かい配慮のいきとどいたカツオのユッケやカルパッチョに対し、黎夜はこくこくと頷きながら口に運んで行く。
「七海! コレみんな美味しいよ!」
「そりゃ、みんなで作ったもんだからなぁ……」
 希や和頼はそれぞれの感想を述べながら、七海、ジェフはそんな希や和頼と楽しそうにユッケやカルパッチョを口に運んで行く。
「食べた事のない料理ばかりだね」
「うん。このカルパッチョもユッケもみんな美味しく出来上がったな」
 メイン料理は鰻のひつまぶし。まず平介、守凪が中心となって、鰻を背開きにして竹串で刺し、強火で10分程蒸し器で蒸したのち、料理を勉強するつもりで調理場に引っ張り込まれたナガルや千冬の手に引き渡される。
「これ、どうやったらうまく調理できるんですか?」
「大丈夫です。マスターなら上手くできます。私もお助けします」
 千冬に助けられながらも、ナガルは旅館秘伝のたれを蒸した鰻に平介に教わりながら塗り、香ばしく焼きあげ鰻の蒲焼きを作り上げる。
 ナガル達の仕上げた鰻の蒲焼きを、平介は適度な大きさに切り分け、炊き立てのご飯へとたれと共に専用の丼へと載せられ目の前に並べるが、ここまでは普通のうな丼で、ひつまぶしになるにはここからだ、
 ひつまぶしに必要なだし汁は、予めカミユの手で用意した鍋に水を張って昆布を入れ、昆布がふやけてから火をかけて加熱し、沸騰する前に昆布を取り出し、鰹節を加えてひと煮立ちさせてから鰹節のうま味を水に移したところで鰹節を取り出し、塩で味を調えて、専用の急須にいれていく。
 その間に京香は長ネギを細かく刻み、ねりわさびや粉山椒、きざんだ海苔を小皿にそれぞれ盛り付けられており、それぞれが鰻を味わうため並べられた薬味と共に口に運んだ鰻のひつまぶしが完成し、それぞれ口に運んでいく。
 鰻のひつまぶしは薬味のアクセントに加え、用意しただし汁を丼に注いでお茶漬けのような要領で食すと、出汁と鰻の熱が絶妙に絡み合い、最後に飲み込むと、なんともいえない暖かさが喉から胸に落ちるといった具合。
「このひつまぶし……好き」
「よかったわね、黎夜」
 黎夜は薬味は入れずに全てを平らげ、アラートの間で優しい空気が広り、その横では、希や和頼が盛んに舌鼓をうっていた。
「プロ並みだネ! これ全部好き!」
「……マジ旨え。これ全部、本当にオレ達が作ったものか?」
 そんな2人の横で七海も安堵に似たため息と共に、こう呟いた。
「これも……美味しい。幸せ……」
 ジェフ、ナガルや千冬も七瀬と似たようなリアクションや感想をとりながら、そして料理を作り終えた平介も京香も加わり、各料理の出来栄えに顔をほころばせ、やがて全てが全員の胃袋の中へ美味を残し消えた。
 夜になると七海の提案で花火大会が開かれる。
 この時H.O.P.E.別働隊より好意で人数分の花火が用意され、予めナガルが鷹の目で見つけ出した周囲に人がいない場所の中で、全員がそれぞれ周囲に上がる煙と共に千変万化に変わ、広がる花火の光景に、この時だけは楽しんだ。
「うーん、綺麗!」
「その前に花火を振り回して走るのはやめろ!」
 はしゃぐ希を追い希の『制御』に和頼が奔走する中、七海は和頼とすれ違いざま、和頼にこっそり伝えた。
「また、来ようね」
 花火大会が終わり、後片付けをした12人は、それぞれの部屋に戻り、明日に備える。
 七海、希のいる部屋では布団に寝そべり『ボディあたーっく』『はしゃぎすぎ』と言いあいつつじゃれあいを楽しみ、ジェフと和頼は窓辺に腰をかけ、穏やかな空間の中、この旅館特産の地酒を嗜み、他の部屋でも夜は更けていく。
 2日目は、既に退治場所とそのルートを予め把握済みのため、交代で『けるぷす』の監視についてはいるが、七海は浴衣を着て希、和頼と一緒になって、希の勧めた御揃いのミニ工芸品を七海も一緒に購入する等、思い思いの形で自由行動を楽しんでいた。
 そんな中、H.O.P.E.からの回答を得た千冬が仲間達にその内容を伝える。
「『現時点でいかに利点が多くとも愚神は人間の制御できる存在ではなく、例外は認められない。当初通り愚神の退治を』です」
 
●退治
 気が引けるなら自分達で引き受けると平介は仲間達に伝えたが、全員が参加の意志を示した。
 そして『けるぷす』を誘いだす役は、黎夜が引き受けた。
「明日、帰るから……。さいごに、『別の場所』でもふもふ、していい、かな……?」
「いいよー」
「わかったよー」
「ひまだしねー」
 あっさりと『けるぷす』はそう言って、黎夜の腕にダイブし、自分をキャッチした黎夜にもふもふ成分を提供しながら『ある場所』へと連れられていく。
 そこは少し暴れても旅館には影響のないひらけた場所で、そこで黎夜が腕から解放した『けるぷす』の周囲を12人のエージェント達が包囲する。
「……ごめん、な……」
 きょとんとする『けるぷす』に、謝罪の言葉を述べた黎夜がアーテルとの共鳴で髪が伸び、眼帯が外れ、その奥にアーテルと同じくすんだ黒色の瞳を露わにし、黒色のコートとショートパンツ、ショートブーツ姿となった姿で黒の猟兵と、その中からリーサルダークの『闇』を顕現させる。
 平介の右手小指にある指輪に柳京香の指が触れ『指切り』の形で共鳴し、髪に銀色、サングラスが消え現れた瞳に明るい青色を、そして左耳にカフを得た平介の手に、無形の影刃<<レプリカ>>が顕現する。
 カミユと共鳴し、左目に緋色を得て、左耳に緋色のピアスが現れた姿になった守凪にデュアルブレイドが顕現する。
 希との共鳴の結果、和頼の姿に希の姿が絶妙にブレンドされ、髪をたてがみの形をした揺らめく炎を、身体に狼の黒い毛を纏い、狼と獅子が混合する猛獣姿に変じた和頼の手にバンカーメイスが握られる。
 ジェフと共鳴し、髪を赤みを帯びる金色に、角を黒みを帯びた巻き角に変じ、瞳に穏やかさをたたえる赤い瞳を纏う姿となった七海はLpC PSRM-01を構え、祈る。
「どうか、生まれ変われるなら、今度は普通の犬に……」
 千冬と共鳴し髪の色が千冬と同じ色に、瞳が縦瞳孔に、そして耳と尻尾が太く大きくなった姿に変じたナガルの両手に朱里双釵が顕現する。
「……ごめんね、けるぷす」
 そして6人全員から様々な轟音や閃光と共に放たれた攻撃は、『けすぺす』を塵1つ残すことなく瞬時に消して、ここに愚神『けるぷす』は退治された。
 やがて予め周囲の一時封鎖をしていたH.O.P.E.別働隊員より、旅館の客や従業員達が正気を取り戻したとの連絡が入り、それまで人の気配のなかった周囲に、旅館の従業員やお客たちの戻ってくる気配が6人にも伝わってくる。
 旅館に活気が戻る中、平介は周囲に人のいない場所で守凪の話を聞いていた。
 守凪は自分の見た夢の話を平介にひとしきり話すと、平介は穏やかな口調で、ただこう言った。
「きっとその子も、守凪さんと同じ夢を見ているのかもしれませんね」と。
 また京香も普段と様子の違うカミユを別の場所へ呼び、カミユの話を聞いていた。
 京香に『好きなように話をしてみて。無理にとは言わない』と言われ、カミユの話した内容は、知る人が知ればそれでいい話だろう。
 だから、ここでは話を聞き終えた京香からのカミユへ向けられた言葉だけを残しておく。
「つまらない、なんて事はないわ。私はカミユの事、少しでも知ることができてよかったわよ」

●その後
 愚神「けるぷす」を退治したH.O.P.E.エージェント達が2泊3日の『旅行』を終え、別働隊に送迎され去った後も、旅館にはポメラニアンの姿があった。
 もちろん本物の犬で、頭は3つもないし喋る事もなく、周囲の温度が変わる事はないが、旅館の従業員たちは旅館を訪れるお客達と一緒に可愛がって面倒を見ているという事だ。
 そこには『けるぷす』の時にはなかった、本当に自然な癒しの空間が広がっており、それこそが『代替案』を用意できたエージェント達がこの旅館に残した恩恵の一つであると信じたい。
 またエージェント達の作った料理は平介やカミユ達が旅館にレシピを残しており、旅館で各料理を再現して客達に提供したところ、これが大好評で、旅館の新しい名物料理に加わったということだが、それはまた別の話。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • 薫風ゆらめく花の色
    柳京香aa0342hero001
    英雄|24才|女性|ドレ
  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548
    機械|19才|男性|生命
  • 真心の味わい
    カミユaa2548hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 跳び猫
    ナガル・クロッソニアaa3796
    獣人|17才|女性|回避
  • エージェント
    千冬aa3796hero001
    英雄|25才|男性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る