本部

幸福の瀬戸際

玲瓏

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/06 20:22

掲示板

オープニング


 皆さん、こんにちは。私は幸福探求科犬型ロボットのスチャースだ。
 私の目的は真の幸福というものを調査する事だ。真の幸福というのはたとえば、愛や喜び、成功体験といった嬉しさからくる幸福という物ではない。
 動物が本能的に、感情という概念を一切無くした状態で幸福を得る事ができるのかどうかを調査しているのだ。本来幸福とは感情の付き添いという意味合いで用いられる事が多いが、私を造った博士はその定説に疑問を持った。
 感情のない生き物はじゃあ、幸福になれないというのか? 無機物ではあるが石や海、地球は幸福になれないというのか。それでは無念であると博士は思ったのだろう。
 感情のない動物に代表する物としてロボットが挙げられる。そんな私に幸福を探求させたのは正解だろう。
 博士は私に、「疑似セロトニンを発生させる無感動自動分子」を作成した。これは様々な動物の脳を参考に作られており、セロトニンの数値が高ければ高いほどに幸福感は高まるのだという。私が幸福を得られる状況に立った時、セロトニンの代わりに電流が発生するという仕組みだ。
 ところで私にはヒューズがない。ヒューズというのは本来、行き過ぎた電流を阻止するために発動する存在だ。これがなければ大事故に繋がる事は確定する。
 私はそう、幸福を得られた時に故障するようにできているのだ。

 長すぎる説明は以上で、これからは本題に入る。
 私の博士は先月寿命を迎えた。助手と私に見守られてだ。真の幸福を知る前に逝ってしまった。
 今は助手と一緒に真の幸福について調査している所だ。世界を回り、様々な動物と触れ合う事で、真の幸福を得られると私は思ったからだ。
 問題が発生したのは今日の朝である。
 ロシアのXXを訪れていたのだが、助手が何者かによって命を奪われたのだ。私の知らぬ間に起きた出来事だった。そして私は今、その集団に捉えられている。話を聞く限り、この集団は違法改造の銃器を売買する組織であり、裏組織だと思われる。
 おそらく私はこのままだと改造されてしまうのだろう。その前にどうか、助けて欲しい。


 まだ話は続く。その事を坂山は、集まったエージェント達に告げた。
「改造銃器の組織の事を調べてみたんだけれど、どうやら全員一般人みたいで、数人の調査員を派遣したの。だけれど、途中で最悪な事実を告げられたわ。このメッセージが届いたのは五月の話だった。博士が亡くなったのは四月だったからよ」
 調査隊はスチャースの指定する場所に駆け付けた。連れ去られていったのは工場だったが、中には何もなかったという。
「私は帰還命令を出したわ。その時に、改造されたロボットが現れて、調査隊を全滅させた……。現れたのはロボットだけじゃないわ。さっきいった組織も現れて、リンカーもいたという話よ。彼らは自分達がリンカーである事を隠していたのね。なんだか、罠に嵌められたみたいで悔しい気分――。事の切っ掛けは全て話し終えたわ。これから、本題の事を説明するわよ」
 今までの切っ掛けの説明だけで任務内容は察しがつきそうなものであるが、坂山は構わず続けた。
「改造されたロボットの破壊。組織の摘発に向かってもらいたいの。――えっと、気を付けて。無理はするんじゃないわよ」
 滅多にしない事だが、彼女はエージェント達を送り出す際に手を振った。頑張ってね、と言いながら。


 エージェント達が任務に向かった後に、坂山の英雄であるノボルは疑問をそのまま口にした。
「いつもと違うね」
「なんだか嫌な事件だからよ。さっきも言ったけど、まるで罠にはまっているみたい。だからもしかしたら、今度の事も読めているんじゃないかと思うと、少しゾッとするのよ。リンカー達を向かわせてよかったのかなって」
 スチャースのメッセージの遅れ、調査隊の待ち伏せ。
「もし何かあったとしても、僕たちがバックアップすればいいよ。頑張ろう」
「ええ、もちろんよ」
 それでも尚、不安を拭い去れない面持の坂山。居ても立ってもいられない、ただ戦闘においては無力な自分は、座るだけ。もどかしいながらも、いかにエージェント達を助けるかだけを今は集中して考える必要があった。
 なかなか難しい話ではあるものの。

解説

●目的
 改造スチャースの破壊、又は停止。組織員の捕獲。

●改造スチャース
 非戦闘用に作られていたロボットを無理に改造し、四足歩行の犬型殺戮兵器へと変身させられる。
 背中には二つの自動照準ガトリング、尻尾は蛇腹剣、口からは火炎放射、目から出す超音波での制止系状態異常を持つ。手足の爪は壁をよじ登れるように鋭くなり、攻撃も可能。二メートル程の大きさながら、俊敏な動作で敵を追う。高い行動力、攻撃力を持つが、強引に改造された影響で戦闘中に十秒程静止しなければならなくなり、その際に発光する胸部のコアを狙われると大きなダメージを食らう。通常時コアを狙ってもダメージは変わらない。スチャースにダメージを与えれば与える程に静止状態は頻発するようになる。
 これはヒューズがない事が原因で、組織が電気を抑制するためにコアを用意した結果となっている。スチャースに対する指揮命令はコア部分が送っているため、コアを破壊すればスチャースを止める事が可能。元の幸福探求ロボットに戻る。

●組織
 違法改造の銃器を様々な反社会組織に売る組織。メンバーは十人で二人が改造を行い、一人が売買し、残りがその三人の護衛のために集められた戦闘員によって構成されている。だが、その戦闘員は紛れもなく一般市民。(調査隊が目撃したのはリンカーであった)

●戦闘
 工場内での戦闘となる。工場の中は真っ暗で、明かりがない。
 対抗してくるのはスチャースと五人のヴィランで、ヴィランは残忍な方法でエージェント達を追い詰める。工場内に置かれている様々な違法銃器の使用やチェーンソーでの攻撃。女性や子供にも容赦はない。

●工場
 入口は扉ではなく、五センチ程隙間のあいた防火シャッター。元々学校の体育館であった場所を組織が改造していたため、広い空間。人が五百人は入れるスペースを持つ。
 真四角系であり、一般的な工場の見た目であるが、その分危険な機械は複数置かれている。

リプレイ


 針葉樹は乾燥に耐えかねてため息を吐き出しているところだろう。
 無風景の中に溶け込むように、海神 藍(aa2518)は双眼鏡を両手にして立っていた。レンズの向こう側にはくたびれた工場が建っている。任務の標的となった工場だ。
 工場を見ながら雪が落ちるのと同じように独り言を彼は呟いた。
「幸福探求ロボットか。”幸福にならなければならない”なんて。息苦しくて不幸な考え方だね」
 落ちてきた雪を手の平に乗せるように禮(aa2518hero001)は言った。
「兄さん?」
「……ところで禮、ロシアにはヴァレニエという美味しいジャムの類があるらしい。終わったら買って帰ろう」
「ヴァレニエ……どんなものでしょう? 約束ですよ!」
 トラックの音が聞こえてきて海神は双眼鏡を下ろした。トラックの助手席の窓から榊原・沙耶(aa1188)が小振りに手を振っている。運転席には弥刀 一二三(aa1048)がハンドルを握っていた。
 停止するや否や、二人ともすぐに降りてきた。二人の英雄も一緒だ。
「どうも。よくトラックをお借りできましたね」
「まぁねぇ。新しい機種のは駄目だって言われたけれど、廃車寸前のなら~って」
「壊れてる所もおしたんどすが、まあ簡単やったんですぐ元通り。……工場の方は何か動きがあったんやろか?」
「特に動きはないが、入り口のシャッターが数センチ程開いているのが気になったな」
「不自然でしたね……。あ、そういえばキリルさん! ヴァレニエってご存知ですか?」
 心当たりがあって、キリル ブラックモア(aa1048hero001)はすぐに返事をした。
「ああ。ここに来る前に写真で見たぞ。果物が入っていて、砂糖と一緒に煮て作る……と書いてあったか」
「わあ~美味しそうですね! 早く帰って食べましょうよ!」
 というよりも今すぐ食べたいと思う禮だったが、口に出すのは憚れるらしい。
「……これだけのことでも、幸せなのに」
 また一つ、雪の言葉が降った。
 他のエージェント達も合流して、全員が集まった所で工場付近まで移動する事になった。弥刀はトラックで工場手前まで移動し、突入の準備を終えた。
「入ってこいと言わんばかりだな」
 数センチ開いた隙間は、明らかにエージェントを招いている形相をしていた。真壁 久朗(aa0032)はシャッターに耳を近づけ、中の音を聞いた。無音であった。
「スチャースを改造して俺様達を誘い出したってとこか。……別に目的がありそうだな」
 様々な人間の思惑が並列になっている。ガルー・A・A(aa0076hero001)はそう予測して、注意深く、シャッターの隙間をのぞき込んだ。
 その頃、工場の付近を探索していた木霊・C・リュカ(aa0068)が戻ってきた。
「出入り口はここしかないみたいだよ。窓がちょっとあったけど、人間が出られるような大きさじゃなかった」
 突入を始める前に、リュカはテレビ通話が繋がっているスマートフォンを一つ隙間から滑り込ませた。水平に侵入した端末であるが、特に工場の中から反応はなかった。
 機を構え、弥刀は剣を両手で握り防火シャッターに向かって横に斬った。丁度切っ先がシャッターに命中する。同時に石井 菊次郎(aa0866)が手にした書から飛び出した刃が穴を大きくして、榊原がトラックのアクセルを踏み勢いよくシャッターをぶち破り中に突き進んだ。
 ヘッドライトをつけ、暗がりが支配する工場内を照らす。榊原に続いてエージェント達。ライトアイを利用して警戒心を強めた。
「やあ諸君」
 突然の声だった。工場内のどこかにつけられたスピーカーから、男の声が聞こえた。
「今日は罠に掛かってくれてありがとう。まさか本当に罠にかかるだなんて、あの女も阿呆な奴だ。ああ、あの女とは通信士の事なのだが」
「あなたは誰なのです!」
 暗がりから聞こえてくる声に対抗するように、紫 征四郎(aa0076)も声を通らせた。
「まだ秘密だ明かす時じゃない。私達が何者なのか、それを言うには早すぎる。さて、ところで今日の招待券をもらった皆は非常に幸運だと思うよ。私達の最初の動きに参戦できたのだからね」
 短い含み笑いの後、何か大きな物が床に落ちた。エージェント達の背後からだった。
「おっと。どうやら飼い犬が君たちと遊びたいみたいだ。頑張って相手してくれたまえ。私はここから見物していよう」
 後ろを振り向くと、大きな犬のロボットがいた。犬は素早い速さで尻尾から生えた蛇腹剣を振り回し、先制攻撃を打った。


 ロボットの顔には見覚えがあった。橘 由香里(aa1855)と真壁、石井はすぐに名前が脳裏に浮かんだ。
「犬型のロボット……。やはりスチャースなのね。そんな格好になって、幸せは見つかったのかしら?」
「どう見てもあまり幸せでは無さそうじゃが。しかしちょっと格好いいのう。改造した輩はなかなかいいせんすじゃな」
 一体飯綱比売命(aa1855hero001)がどのようなセンスをしているのか、橘にも分からなかった。
「以前の姿とかなり変わって居ますね……改造後、という事ですか」
「ここに来はる前、スチャースはんの事についてちょいと調べさせてもらったんどすやさかい……無茶な改造させられとるってのがすぐに分かるんや」
 外部に露出したコアや、深く考えずに取り付けられたとみられる体を構成する金属。ロボットのゾンビのようであった。
 敵は改造されたスチャースだけではなかった。海神は周囲に気配を感じ見まわしてみれば、ヴィランがエージェントを取り囲んでいたのだ。紫とオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)もライトアイで敵の存在に気づいていた。
「私は周囲を警戒します。その間、皆さんはスチャースさんの対処をお任せします」
「俺も征四郎に続く」
 続いて海神と弥刀も周囲の警戒を行い、工場の中へと歩を進めた。改造されたスチャースは明らかに戦闘意志が強い。邪魔されてしまっては、命取りになるからだった。
「さて、スチャースさん。今日の所は俺達と敵対関係となったのは残念ですが、仕方ありません。誠心誠意、相手しますよ」
「……なるべく、以前の姿に戻してやりたいと思いもあるが」
「難しいと思うわ。だけれど、賛成する」
「努力義務、となりますね。
 書を手にした石井は、白銀のカードを高速に放って攻撃した。カードはスチャースの尻尾に叩き落とされ攻撃は届かないながらも、橘が攻撃する時間を作るには十分な行動となった。
 走って近づく橘に向かったスチャースは、背中に取り付けられたガトリング装置から大量に弾丸を射出した。橘は咄嗟に盾を取り出し弾丸を防ぎながら確かに近寄った。スチャースは尻尾を振り回して接近を拒んだが、橘は好機を掴んだ。手にしていた槍を尻尾に絡めてスチャースを力任せに持ち上げたのだ。
 上空に浮かせられたスチャースは両手足を騒がしくさせていたが、地面に叩きつけられた。橘は追撃を試みたが、口から吐かれた火炎放射が邪魔して大きく後退した。
 起き上がった彼は、遠吠えをするように上を向いて炎を周囲に撒き散らした。ステップを踏むように左右に動きながら真壁に向かい始め、高く跳躍して飛びかかった。
 シールドで防いだが、スチャースは重かった。様々な重金属でできているためだ。真壁は地面に倒され、盾を弾かれた。
「くッ」
 火炎放射を吐くためか口が大きく開かれた。狂暴な牙と円筒の物質が見える。
 ――だが沈黙した。
 橘は盾を使って大きく体当たりして、真壁の上からスチャースを退けた。
「大丈夫?」
「ああ、助かった」
 起き上がった真壁はスチャースを見て、こう口を開いた。
「まだ意識はあるのか?」
 彼が作られた目的は人を幸福にするためなのだ。奇妙な沈黙は、それが理由であったのだろうか。
「俺はあまり口が上手くないから、お前に言葉の一つや二つ、かけてやることは出来ないが……けど、必ず取り戻す」
 肩から出血していた真壁に気づいた榊原はすぐに治療を開始した。
「怪我をしたら私に任せなさいねぇ。いつでも癒してあげるわよぉ」
「助かる」
 身にまとっている武装一つ一つが脅威である事に違いはなかった。橘は火炎放射器や背中についたガトリングガンを破壊するべく、再びスチャースへと接近した。弾丸を盾で防ぎ急接近した後、地面を踏んでスチャースの背後へと回った。
 蛇腹剣が迎え撃つが、手で掴んで引き延ばして水平にすると伸びた線を槍で貫く……が、対リンカー用に作られているのか簡単に破壊する事はできなかった。暴れたスチャースは橘から遠ざかり、一度暗闇の中に姿を消した。
「不意打ち攻撃を狙ってるわ。気を付けて」
「扱いが難しい飼い犬ですね。厄介なものだ」
 死角からの攻撃に警戒しながら、四人は身構えた。どこから来ても構わない。返討にする準備は整っている。


 ヴィラン達の攻撃に注意しながら進んでいた紫。途中、工場の中にある機械に足をぶつけた。暗いのだから、周りは見えにくい。困ったものだ――途端、紫の背後から手が伸びた。その手は肩を掴んだ。
 振り向いた瞬間、メックをつけた腕が顔面に伸びて進んでくるのだ。紫は剣で腕を防ぎ、その手を掴んだ。
「オリヴィエ、今です!」
 掛け声が通り抜け、声と行き交うように銃弾が放たれた。紫の前に立っていた男は地面に転げ落ちた。
「くそッ。てめぇら出て来い!」
 援軍が来る前に即座にその男を捕縛し、次の攻撃に備えた。
 弥刀と海神は紫の元へ集まって彼をカバーした。
 ぞろぞろと人間達が姿を見せてきた。数は十人弱くらいだろうか。四人のエージェントを取り囲み、男達は武器を手にしていた。それは銃であったり鉈であったり、中にはチェーンソーを持っている男もいた。
「あなた達の目的はなんなのです。まさか戦闘狂というわけでもないでしょう」
 男達は無言で、君の悪い笑みを向けているだけだった。
「己等、覚悟しとき」
「それはあんたたちだよアホか? ここは俺達のテリトリーなんだよ。雪山で雪男とバトルを繰り広げるようなもんさ」
「どうでしょうか?」
「生意気な野郎じゃねえか」
 男達に容赦という言葉はなかった。大人数で一斉にエージェント達に襲いかかってきたのだ。チェーンソーの起動音が鳴り、オリヴィエへと向かった。
 オリヴィエは銃で狙うが、男は凶器を振り回して防いだ。おそらく、この男はリンカーだ。
 回転する刃がオリヴィエの頭上を霞めた。咄嗟に回避し事なきを得たのだが、追撃に男は余念がなかった。今度は突進をしてきたのだ。横に飛び退いたオリヴィエだったが、突然、床が動き始めた。
 ベルトコンベヤーの上だったのだ。進む先には回転鋸。おそらく金属を加工するための機械なのだろう。
 飛び降りようとするオリヴィエを左右から男達が囲んだ。一人の男が銃でオリヴィエの足を目掛けて発砲したが、その弾丸は明後日の方向へ飛んだ。
「バラバラ、バラバラ! ひひひ!」
 気色の悪い声だ。オリヴィエは機械を逆走し、高く飛んで機械から降りた。
 執拗にオリヴィエを追い続ける男にそろそろ鉄槌が下される時間だ。後方から伸びた銀の弾が彼の武器を破壊したのだ。そこには海神がいた。
「はぁッ?!」
 敵の作戦はこうだったのだろう。大人数で一人ずつ抑え込み、他の仲間からの援護を無くす事。下等な輩にしては考えた物であったが、所詮はその程度に収まるものだった。
 何人かの人間が地面に倒されていたのだ。紫のセーフティガスが効果をもたらしていたからだった。海神を取り囲んでいた人間は眠りにつき、フリーになっていた。
 敵の数は一気に減少した。十人前後だった数が、五人程になったのだ。
「もう一度言うたろか。己等、覚悟しとき」
 弥刀は先ほどよりも強い口調で言った。
「ここは俺達のテリトリーだぞ! 有利な状況だ。負けるはずがないじゃねえかおらぁああ!」
 大柄な男は火炎放射器を両手に持ち始め、四人のエージェントに向かって撃ち始めた。
 熱気が圧倒する。他のヴィラン達もその男に続いて散弾銃や拳銃を一斉に浴びせ始めた。紫は盾で防いでいたが、延々と続く攻撃にいつまで耐久するかは不明だ。
 ところが更なる攻撃が準備を整えていた。天井からつるされていた丸い球がクレーン車によって動かされ始めたのだ。
「おら、これでも食らって圧死しな!」
 鉄球は四人の頭上に訪れた。時が来て、クレーン車はその鉄球を拘束から解き放った。様々な法則に従って地面へと落下を進める。その先に人間がいたところで、無機物に落下以外の選択はなかった。
 弥刀と海神は顔を合わせて、同時に頷いた。
 二人は剣を、栄光を勝ち取った戦士のように頭上に掲げた。二つの剣は鉄球に激突した。その瞬間、激しい衝撃風が巻き起こった。鉄球は泥団子のように砕けた。
「嘘だろ!!」
 火炎放射器、二丁拳銃、散弾銃はそれぞれ装填の時間だった。紫は盾を投げて一人の男を転倒させ、四人は一気に接近した。拳銃を手にしていた男はいち早く装填を終え銃口を海神に向けていたが、オリヴィエの放った銃弾が拳銃を吹き飛ばした。
 弥刀は二人の男の首筋を掴んで地面に叩きつけると、剣で斬りつけた。抵抗意志がなくなったのを見届けて捕獲。海神も続いてリンカーの一人を洗脳した。
 洗脳された男は散弾銃を持っていた男で、仲間に向かって銃口を向け始めた。
「何血迷ってんだ! 頭イカれてんのかよ!」
「う、うわああ!」
 脳を強制的に操作され、男は銃で味方を行動不能にまで追い込んだ。次いで、洗脳された男は簡単に捕縛。
 尚、最後に残った一人の男は自ら戦意を捨てた。
「わ、分かったよもう何もしねえ! つ、捕まえやがれよ!」
 めでたく五人のヴィランは捕まったのだ。残りの何人かはまだ眠ったままだが。男達には猿轡が噛まされている。
 弥刀は座らせられている五人の前に立って言った。
「自分らがなんしたか、分かっとるな? ……己等の好き勝手に機械改造すなッ! 無茶な改造がどんだけ負担なる思とんのやッ!」
 五人の目線に合うようにしゃがんで、言葉を続けた。
「……己等も無茶苦茶に改造したろか? 強なれんで~何日生きられっか知らんけどな……!」
 ひとしきり怯えさせた後、四人はスチャースの停止に急いだ。


 スチャースの不意打ち攻撃は失敗に終わっていた。いち早く見つけた石井がその方角にカードの刃を放ったからだ。刃はスチャースの胴体を切り裂いて傷跡を遺した。
「皆さん、大丈夫ですか!」
 紫が後ろから駆けつけ、八人のエージェントがスチャースの前に並んだ。
 先に動いたのはスチャースで、全方位に火炎放射攻撃とガトリング攻撃を連続させた。盾で攻撃を受け止めていた真壁は水平に盾を浮かすとその状態で蹴り飛ばした。盾はスチャースの口元に激突した。自分の吐いた火炎の熱さもあったのか、攻撃の手が緩められた。
「あれは……」
 よく注意してみると、動きが止まったスチャースの胸元に青く光るコアのような物があった。以前はなかったものだ。
「無理矢理改造されたさかい、その後遺症みたいなもんどす。前はなかったんなら、あれから命令が出てる可能性がおすかもしれへん!」
「なら、あのコアを破壊すれば良いのかしらぁ?」
「多分やけどな……!」
 エージェント達は一斉に攻撃を仕掛けた。オリヴィエの弾丸と一緒に走った橘は、槍をコアに突き立てた。勢いよく攻撃したが、硬いコアは傷跡が残らなかった。橘に続いた真壁も槍で同時に追突させた。
 コアの光が元通りになった途端、スチャースは行動を開始した。目の前にいる真壁と橘に攻撃をしようとしたが、橘は篭手にわざと噛みつかせて口からの攻撃を防いだ。
 背中からの銃撃は海神が防いだ。巻物から発生した白い光が背中の銃に集まり、故障させたのだ。この一撃は大きかった。
 スチャースの攻撃はまだ続いていた。口からの攻撃は塞がれていたが、超音波を発して周囲のエージェント達の耳を狂わせた。脳にすら達する。
 橘の手から口を離したスチャースは超音波を発しつつ問答無用で暴れ始めた。蛇腹剣を振り回す。エージェント達は次々と斬られ倒され、鋭利な爪に服ごと切り裂かれていた。
「何か、手は……!」
 ――真壁は混沌とする意識の中で、同様に頭を押さえながらも、橘が地面に甕を叩きつけて水をばら撒いている姿を見た。その付近には機械がある。動くベルトコンベヤー。橘はそれを壊そうとしていた。
 真意を読み取った彼は、スチャースの注意を自分に引きつけるために渾身の力を振り絞って、全てを力任せにしてスチャースに剣を叩きつけた。
 注意は真壁によった。重い足取りでスチャースから距離を取る。橘の作った水たまりに足を引きずる。
「こっちだ……!」
 本格的に暴走をし始めているロボットだ。おそらく、超音波の効果は自分自身にも害をなしているのだろう。付近の機械類に体をぶつけながら真壁を追う。
 前足と後ろ足が水たまりについた。
 橘は時を見計らって、槍で勢いよく機械を貫いた。千切れた線を水たまりに寄せた。
 大きな音が鳴ってスチャースの動きは止まった。大量の電流が彼の体に流れたのだ。超音波も鳴りやみ、エージェント達は混沌から回復した。
「みんな、とどめよっ!」
 榊原はエージェント全員、そして自身も含めて最高の治療パフォーマンスを行った。全員の精神的、肉体的傷は回復し、残るは青く輝くコアを破壊するだけであった。
 この一撃で終わらせなければならなかった。
「スチャースさん、ちょっとだけ我慢していてください!」
 紫の剣、石井の刃がコアに進んだ。二つの攻撃はコアに命中しヒビを作って、割れた。
 割れた――それだけの事で決着を終えた。
 スチャースは地面に倒れ、ガラクタとなった。

 くぐもった拍手音が一つだけ、場を照らした。
「ブラボー。君たちの活躍はしっかりとこの眼で見させてもらったよ」
 工場の出入り口付近で男が立っていた。後ろから差し込む光が、男の正体を隠している。
「誰だ!」
 真壁の問いに、やはり男は答えなかった。
「調べればわかるよ。調べれば、ね」
 男は後ろを振り返ると、そのまま外へ歩いていってしまった。「待て!」後を追いかけたが、一機のヘリコプターが男の身を連れ去った。
 国籍不明のヘリコプターであった。
 まるで、全てが計画通りに進んでいるかのようだった。誰かの作った思惑、ストーリーに乗せられているようだ。
「得体の知れない感じがするのですよ」
 ――私達の最初の動き。


 坂山は弥刀にOKのサインを出した。というのも、壊れてしまったスチャースを元通りにするために自分が直したいと積極的に申し出てくれたのだ。
 ヴァレニエを買えて満足している禮とキリル。ひとまず今回の事件は片付いた……という事で終わった。
 スチャースが治る事には日付を必要として、何日か経った時だった。坂山は、この依頼に出ていたエージェント達を再び招集したのだ。
 訪れたエージェントはまず、一回りほど小さくなったスチャースがノボルの足元で座っている所が目に入った。
「直ったんですね!」
 開口一番を取ったのはセラフィナ(aa0032hero001)であった。
「弥刀さんが直してくれたのよ。それでね、礼を言いたいってスチャースが」
 恐縮そうだが、スチャースは立ち上がった。
「皆さん、本当にすまない事をしたと思っている」
「いいんですよ。ヴァレニエを買えたのですから」
「元気になってよかったのです! ガルー、征四郎も犬のロボットが欲しいのです。修行相手になってくれるとっ!」
「無茶いいやがって」
「ふふ。でも本当によかったよ。オリヴィエも、スチャースの事を心配してたんだ」
「そうなんですか?」
「心配っていう程ではないが」
 その微笑ましい会話のやり取りの中に、いくつも笑顔が飛び交った。ちょうどそのひと時に間を見つけ、スチャースは言った。
「どう償えばよいか、私なりに考えたのだ。迷惑をかけた事の賠償として、無期限でH.O.P.Eに仕えると」
「そら初耳どすなぁ」
 スチャースの言葉に付け加える言葉を坂山が言った。
「私が責任者になってね、スチャースに色々してもらおうと思っているの。人助けは幸福を見つける、最良の選択じゃないかなって思ってね」
 言葉を聞き終えて、海神が口を挟んだ。
「少し良いかな。――ヒューズとは過剰電流に対して”電源を切る”装置だ。つまり一度死ぬ。確かヒューズがないんだったよね」
「その通りだ」
「君は再び目覚めた君が同一の君だと保証できるかい?」」
 生き物と同じなのだ。生き物は一度死ねば生き返る事はできない。スチャースもそうだった。ヒューズがないという事は、復活する事ができないという事なのだ。
 無機物で出来た生き物として設計されているのではないか?
「わたしはケーキが楽しめる日常が幸せだと思います。ちっぽけで、でも大切な」
 スチャースは押し黙った。その言葉の意味を深く考えようとしているのだろうか。機械なりに、無感動なりに。
 石井が声を出した。
「相変わらず役立たずという事ですね。こうしてまた会うという事は」
「……その通りだ」
「正直に物を言う男だ」
 彼の英雄、テミス(aa0866hero001)は慣れた声音で言った。
「簡単な旅ではありませんから、仕方ないとは思います。……して、少々あなたの疑似セロトニン生成無感動自動分子について興味を持ちましたので質問をしたいのですが」
 お時間はありますか。坂山を見て言った。坂山は少しだけなら、と答えて、ならばと石井は続けた。
「自分を幸福だと語る人には会いませんでしたか? それで、彼らが幸福でない理由をどう推測したかもぜひ、教えていただきたいのですが」
 幸福だと語るならばスチャースが壊れてないとおかしいから。
「何人か出会った事がある。私は思うに、彼らは幸福でありたいという願望を声に出して叶えようとしているか、幸福という感情を何か別の感情と錯覚しているか――もしくは、幸福という感情は全て他人に教える事ができないという事か、プライドか自己暗示か……。私の思考回路の中に眠る推測は数多にある」
「興味深いご回答でした。スチャースさんは人間の生理的な幸福のプロセスに注目していると、俺は勝手ながら思っています。感情の昂り以外でセロトニンが分泌される時こそ、幸福と定義する事ができる。……であるならば、お寺に行ってみてはいかがですか」
 修行をする僧侶は瞑想でその域に達する事ができる。そのため、寺に通ってみるのも一つの手なのだ。
「私もあなたの事にふかぁく興味あるのよぉ? 今度実験させてくれると嬉しいわぁ」
「まーた実験の事考えてる」
 可哀想なスチャースと言いたい目で小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)は見下ろしていた。
「以前貴方と幸福について話たわよね」
 スチャースは橘の事がすぐに分かった。
「有意義な時間であったと思っている」
「そう。でも、まだ幸福を知るには至っていない。……やはり幸福は心がないと感じられないのよ」
「なのだろうか」
「私は、私なりに幸せが何かをわかった気がするわ。心の空白を埋められる感情がないと、幸せは感じられない。貴方に託された命令は、呪いなのよ。幸せを見つけた時が寿命の尽きる時だなんて、呪い以外の何者でもないわ」
 橘は今度は弥刀に向かって言った。
「スチャースに与えられた命令、解除できるかしら」
「でけるで。任せとき。せやかて……スチャースはんは良いんどすか」
 考える素振りを見せていた。結構な年月、命令に忠実に生きているのだ。主人や、全てを裏切る事になる、それでも良いのかという事なのだ。
「スチャースさん、幸福を探す旅は幸福ですか?」
 元から、そんなものはなかったのかもしれない。幸福を探す旅が幸福であるならば、スチャースはここにはいない。真の幸福という物は、一体なんだったのだろうか。
「弥刀、という者。任せたぞ」
「ほんならうちの出番どすな」
 スチャースは首を垂れて、感謝の印を見せた。
 エージェント達が解散しようとした所で、弥刀は坂山に近づいてこんな話をした。
「そういえばプログラムを弄っとる時、変なコードを見つけたんや。"プロジェクトコード:ドミネーター"って書かれてあったんどすが、坂山はん何か聞き覚えは?」
「ドミネーター? ……聞いた事ないわ。スチャースの改造プログラムから見つけたの?」
「そうどす。……なーんか変な臭いがするさかい、ちょっと注意しといてくれるとありがたいんどすが」
 コード内に出てきた不可思議な文字は、何を示すのだろうか。
 ――調べればわかるよ。調べれば、ね。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
前に戻る
ページトップへ戻る