本部

小トリアノンでティーパーティーを

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/05/28 19:44

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栗山チオ

掲示板

オープニング

「もう二日も帰らないんです。明日は帰国の飛行機に乗らないといけないのに……」
 フランスはベルサイユ在所の、HOPE支部の受付に佇み、深刻な顔で言ったのは、日本人の中年女性だ。

 彼女の話によると、家族で旅行に来て、娘とはぐれたという。
 家族と言っても母子家庭で、今回はたまたまテレビの懸賞に当たっての海外旅行だったらしい。
「ちなみに娘さん、お幾つですか?」
「二十歳です。先日短大を卒業したばかりで……」
 旅行から戻ったら、入社予定だったそうだ。
「それはご心配ですね。まあ、一応捜索願は出しますよ」
「一応って」
「だって、娘さん、もう成人でしょう? こう言っちゃなんですが、成人の失踪者に掛ける費用も人材も、今日日どこの国だってないんですから。日本の警察も同じ筈ですよ」
「でも、ここはHOPEでしょう!?」
 苛立ったのか、女性の声が尖る。
 けれども、受付の事務員はにべもない。
「HOPEだからって、警察以上の働きを期待されても困るんですよ。第一、HOPEは愚神・従魔相手の専門機関であって、警察とは根本的な役割が違いますからね」
 そんな、という女性の呟きは、もう事務員の耳には入っていない。話は済んだとばかりに、その事務員はカウンターの椅子に座ってしまい、女性とは目も合わせてくれなかった。

 何故、こんな事になっているのだろう。
 それは、ここにいる全てのエージェント達の偽らざる思いだった。

 彼らは、ある愚神討伐任務を無事に完了して、取り敢えずそれぞれの帰国の途に就く事となっていた。
 しかし、現地支部のオペレーターが、『折角フランスまで来たのだから、少し足を延ばして観光して行ってはどうか』と言い出した。
 今のところ、近辺に従魔愚神が出たという情報はなく、緊急の案件もない。こういう機会を逃しては、今度はいつ『観光の為に海外を堪能する』などという事ができるか、分からないのがHOPEのエージェントだ。
 観光費用は全部HOPEが持ってくれるという提案でもあり、エージェント達は「じゃあ」とそれに甘える事にした。

 が、それが思わぬ失敗だった。
 今、全員の胸の内を、もしくは頭の中をグルグルと回っているのは、その後悔の念だけだ。
 こんな事になるなら、大人しく故国の我が家でのんびりと湯にでも浸かった方が、どんなにか疲れが取れただろう。

 有り体に言えばそう――道に迷ったのだ。
 それも、どう考えても迷いようのない場所で。

 フランスと言えば、パリかベルサイユか。
 いずれ劣らぬ観光ポイントだが、ベルサイユへ行こうと言い出したのは誰だったのか。
 言い出しっぺも凄まじい後悔の念に苛まれているのは言うまでもないが、それはそれとして。

 とにかく、ベルサイユと言えば、ベルサイユ宮殿とそれに付随する城を観なければ始まらない。なんて言い出したのも、やはり同一人物だろう。
 それが誰であったのか、特定しても詮無い事だし、特定するのさえもう面倒だ。言った本人は、ひたすら皆がそれを忘れてくれるよう祈っていたに違いない。
 とにかく、大トリアノン宮殿を過ぎて、小トリアノン宮殿の庭先に着いた途端、一行は、それはもう見るからに怪しげな霧の中に突っ込んでしまった。
 突っ込みたくて突っ込んだ訳ではないが、何故か急に霧が発生したのだから、これも仕方がないと言える。
 右も左も分からないでいる内に、急速にまた霧が晴れた。
 元いた場所に立っていたように思ったが、何かが違う。

「……え……何。誰、あれ」

 誰かが、ポツリと呟いた。
 場所は、さっきまで立っていた、小トリアノンの庭園と変わらないように見える。
 宮殿と言っても離宮なので、規模は“宮殿”と称する程大きくない。せいぜい、標準の貴族様の館が、こんなものだっただろうと想像できる。
 しかし、問題はそこではない。
 庭には、明らかに今さっきまでいなかったであろう人がいた。それも、あちこちに。その上、そこにいる誰もが、どう見ても、有名な某フランス革命関連漫画から抜け出たような衣装を身に纏っている。
 庭の中央部には広すぎる面積のテーブルセットが置かれ、給仕の為の女性がこれまた、十八世紀頃の王宮か、貴族宅の小間使いがしていたような格好でせっせと働いていた。
 それだけではない。ふと気付けば、自分達も、フランス革命前後の貴族風コスプレイヤーの仲間入り状態だ。
 何が何だか、はっきり言って分からない。
 分かっているのは、これが明らかに異常事態で、こういう事はヴィランか従魔愚神の類でないとできる訳がない、という所くらいだろうか。
 だが、一行がフリーズから抜け出すより早く、一際豪奢なドレスに身を包んだ女性が、一行に近付いて来た。
「まあ、皆様。ようこそお越し下さいました。さ、お掛けになって?」
 ドレスを少し摘んで楚々と歩く様子と言い、扇子で半分顔を隠す所作と言い、完全に例の漫画のマリー・アントワネットを彷彿とさせる。
 ここが、全員の限界だった。

 幸い、荷物等が消えるという事態は免れていた為、一行は彼女から素早く距離を取りつつ、誰かが携帯端末を取り出しスピーカーフォンの状態にする。呼び出した先は、勿論HOPEの支部だ。
 ちゃんと繋がるかは危ぶまれたが、通話はあっさり繋がった。
 観光に来てからここまでの経緯を簡単に説明し、何か情報がないか、説明を求めた。
 すると、どこかのほほんとした口調のオペレーターの声が答えた。

『あー……済みません。何か、色々伝達ミスがあったみたいで』
 何。
『二週間くらい前にですね。日本人観光客の女性が行方不明になったって、捜索願が出されてたんですけどね』
 それで?
『えっと……ああ、あった、これこれ。……それでですね。その後から警察と共有してる情報に拠りますと、何でも一定期間行方不明になる人が続出してるらしいんですよ』
 何でそれを早く言わない。
 第一、あんた、今は従魔愚神の火急の案件はないとか言わなかったか?
『だって、ただの行方不明者ですから、HOPEの案件じゃないでしょ。それに、行方不明になるって行っても、数日で見つかってるんで、大した事じゃないと思って』
 大した事かどうかは、現場が決めるんだよ。で、他に何かないだろうな。
『まあ、おかしい所って言えば、行方不明者が必ず小トリアノンの宮殿前で発見される事と、行方不明になってた間の記憶がない、っていう所くらいですかねぇ。あ、それと、最初に失踪した邦人の女性が未だに見つかってないんですけど』
 そして、今のこの状況を重ね合わせると、怪しい所か完璧にHOPEの管轄だろう。
 端末の持ち主は自分の端末を握り潰しそうになり、同行していたエージェント達は深い溜息を吐いた。

解説

▼目標
・怪異の解明と解決
・行方不明の日本人女性を捜して連れ帰る(説教を軽くするかキツくするかは現場の判断で)

▼登場(PL情報)
徳村 馨(とくむら かおる)…観光旅行中に行方不明になった二十歳の女性。
母親と別行動中の小トリアノン宮で、近世ヨーロッパ風の衣装の女性(英雄)と出会う。
某有名ベルサイユ漫画の大ファンである馨は、その場で彼女と誓約を結んでしまい、本物のベルサイユ宮内で、規模の大き過ぎるごっこ遊びを楽しんでいる。

ネーベル夫人…英雄。女性。名前は、ドイツ語で『霧』の意。
近世ヨーロッパに似た世界で、貴族階級の夫人となっていたが、革命に巻き込まれて死亡。その瞬間、英雄の状態となってこの世界へトリップ。
自分に触れる事のできた馨と意気投合し、誓約した。

馨とネーベルの共鳴後の特徴…外見は殆どネーベル夫人が主体。
西洋風の顔形と、近世ヨーロッパ風のドレスを身に纏い、扇子を持っている。
意識は馨が主体。
能力>霧を発生させて、ある特殊な空間にターゲットを誘い込み、強引に近世ヨーロッパ風の扮装をさせる。対象が一般人か能力者かは問わない。
但し、一般人の場合、ある種の洗脳状態になって、一緒にごっこ遊びを楽しんでいる事に疑問も持たなくなるらしい。
また、一度入った者は耐性が付いてしまうのか、再度小トリアノンの場所を訪れても二度と結界内へ迷い込む事はない。

▼備考(PL情報)
結界の中で行われるのは、主にはティーパーティー。
招待(強引に結界内へ引き込まれるの意)されたら、近世フランス当時の貴族らしく振る舞う事が求められる。
結界の主(ここでは馨)が満足すると、自然に外へ出られ、一般人はその間の記憶の一切を失う。
一度外へ出ると、二度と結界内には入れないので、中にいる間に、彼女にこの行為を止めるよう説得をする必要がある。
共鳴が解ければ、取り敢えず能力を使えなくなるらしい(=結界の消滅)。

リプレイ

「ベルサイユの観光には、こんなおいしい特典が付いていたのか……」
『そんな訳ない』
 うっとりと呟いた北条 ゆら(aa0651)に、さっき支部からも説明があっただろう、と言わんばかりに、脱力した口調でシド(aa0651hero001)がツッコミを入れる。
 しかし、ゆらは目を輝かせてシドを振り返った。
「だって、見て! ほら、このドレス! もうまるっきりフランス貴族!」
 興奮気味の彼女の手が、ドレスのスカート部分を握る。自身の服に視線を落としたシドは、『俺は、普段と大して変わってない』と淡々と評した。
「そ言えば、シドの普段の格好も貴族っぽいよねー」
 ふと、相方の出生に興味を引かれたゆらだったが、すぐに目の前の光景に心は戻ったようだ。
「それはそれとして、ティーパーティーですか。望む所だ。つまりは、フランス宮廷のサロン風空間という訳ですなー」
 額に手を当ててぐるりと周囲を見回しながら言うゆらに、シドは益々脱力感を覚えたらしい。
『お前、飲み込み早過ぎるだろ……』
 やはり力ないツッコミに、ゆらは元気よく手を挙げながらドレスを大胆にたくし上げる。
「ふふ、数多の漫画、小説でフランス貴族の妄想に耽った私を甘く見るなー」
 もうどこからツッコめばいいのか判らない、と言いたげな無言のツッコミを背に、ゆらは意気揚々と歩を踏み出した。

「……一瞬、タイムリープかと思いました」
 吐息と共に漏らしたエステル バルヴィノヴァ(aa1165)に、泥眼(aa1165hero001)が怪訝そうな目を向ける。
「たいむりーぷ?」
 何それ、と挟みながらも、泥眼は続けた。
「でもその格好、エステル似合ってるわよ?」
「え? ああ」
 エステルは自身のドレスに目を落とし、泥眼の方へ視線を戻す。
「ディタもです。いつもお袈裟だから身体の一部なのかと……そんな訳無いですよね」
「!」
 今度は泥眼が、瞠目して自身の格好を見直した。
「どうしましょう? あれは大切なものの気がするの……」
 頬に手を当てると、彼女は慌てて荷物から替えの袈裟を取り出す。このドレス、脱げなければ共鳴してでも、と意気込むが、どうやら普通に脱げそうだ。
 そこの陰で着替えて来る、と言った泥眼は、物陰に小走りで駆け込む。エステルも、自身の荷物を手に彼女の後を追った。

『ふむ、こういう華美な服は好みではないのだが』
 アイザック メイフィールド(aa1384hero001)は、近世貴族風衣装を摘みながら、顎に手を当てた。
 ふと隣を見ると、相棒の蝶埜 月世(aa1384)はドレス姿ではなく、アイザックと似たり寄ったりの格好をしている。
『……月世、なぜ男装を?』
 アイザックの問い掛けを尻目に、彼女は水盤を熱心に覗き込みながら、「来たわ……来ましたわ!」と小さく叫んだ。なり、ガバッと顔を振り向けると、急に声色を変えて続ける。
「アイザック、月世とは誰だ?」
 え、とアイザックは目を剥いた。
『いや、何を言っているのだ? まさか、記憶が??』
 思わず後退りするアイザックに、「そちらこそ何を言っているんだ」と月世は腰に手を当てた。
「私は蝶埜深夜。卿の無二の親友にして王国の騎士だ、そうだろう?」
 目眩を覚えたアイザックは、不味いな、と呟き額を押さえる。
 さっきの霧は人格にまで影響を及ぼすものだったのだろうか。しかし、疑問を彼女にぶつけても始まらない。
『……わかった、深夜。状況を整理しよう、これは異常だ』
 アイザックは、取り敢えず調子を合わせただけだったのだが、今度は月世の方が仰天した。
(アイザックが深夜って呼び掛けてるよ! 確かにおかしい、いつもなら親友とか言われると嫌がるのにな、彼……)
 再度、視線を落として独りごちるも、じっとこちらを見続けるアイザックに、「はは、冗談だ」と軽く笑って手を振る。
「ひとまず、この状況がどの程度の広がりを持っているのか確かめよう」
 深夜としての演技が抜けきらないまま、月世は彼に踵を返した。

『これは、正しく某ベルサイユ漫画の世界!』
「は?」
 日本では超有名な漫画タイトルを口走った華留 希(aa3646hero001)に、麻端 和頼(aa3646)は思い切り間抜けな声を漏らす。
『うん! なら……』
 希は不敵な笑みを浮かべながら、何やら画策しているようだったが、肝心の漫画のことが、和頼にはよく解らない。
「……ともかく、行くぞ!」
 なので無視して号令を掛けると、希は『ふふ……面白そう』と満面の笑顔で和頼を追い越し、テジュ・シングレット(aa3681)とルー・マクシー(aa3681hero001)、五十嵐 七海(aa3694)とジェフ 立川(aa3694hero001)の元へスキップした。
『ねぇ、聞いて! あたしの作戦!』
 などと言いながら四人に駆け寄る希の背後から、和頼は周囲を観察する。
 すると、一行が支部へ連絡する直前に、最初に声を掛けてきた豪奢な身なりの女性が、テーブルに付いている客と思しき人々に、挨拶をして回っているのが解る。
 支部の情報から察するに、彼女が徳村馨と判断していいだろう。
 あいつか、と四人と話している希に耳打ちすると、彼女も『うん』と頷く。
『普通のコもいるし……』
 観察を続けると、やがて、席を立った貴婦人が、馨らしき女性に典雅なお辞儀をする。直後、その姿が、その場から煙のように掻き消えた。
『飽きたらポイってカンジ?』
「って訳でもねぇ気がするが……飽きられたら終いだ。慎重にな」
「目的は……外にも目を向けさせる事と認識しているが?」
 相談に加わったテジュは、青の軍服仕様で、某漫画の主人公そのものだ。
『ガッツリ、満喫する事だよね?』
 しかしルーは、言葉通り楽しむ気満々だ。その髪型は縦ロールになり、ドレスは深緑を基調とするフワフワの一品だ。
「可愛いドレス、繊細なティーセット、綺麗で美味しそうなお菓子……夢の世界のお茶会だよねぇ」
 同調する七海も、結い上げた髪には小さなリボンが散らされ、ベルベットのドレス姿で、うっとりしている。
『乙女な年頃には抗えない世界なのか……このまま堪能されたら任務は失敗だな……さてどうする』
 某漫画のフェルゼン仕様な扮装のジェフは、困ったような口調とは裏腹に、どこか微笑ましそうな表情で彼女を見つめている。
『人の説得には、程良い同意と、そこから発展形を提示する事が一番ですわ!』
 早速提案するルーに、テジュが「口調おかしいぞ?」とツッコミを入れるが、彼女は聞いていない。
「つまり、違う意味での乙女のトキメキをカンジさせて、外に出たいって思わせればいいんだよね」
 うん、と頷く七海の意見に、ジェフが真面目な顔で作戦会議に割って入る。
『意味は解らないが……この異空間がドロップゾーンに変化したり、あの彼女が愚神に近付いたりしない内に手は打ちたいな』
「だから、彼女を口説き落とすのは、ジェフの仕事だよ」
 急に七海からそう振られたジェフは、当然戸惑った。
『……どうやって?』
『だからぁ、聞いてなかったの? あたしの作戦!』
 焦れたように希が叫ぶ。
『あの漫画になぞらえるの。某従卒が和頼で、某男装の麗人がテジュ、ジェフはフェルゼンの役!』
 名指しされた男性陣は、はあ、と溜息とも取れる返事をする。
「要は、三角関係を作って、振られたジェフが馨さんを口説いて、共鳴を解除させるって作戦! そうすればこの状況も解決する筈だし……だよね? 希」
『完璧』
 七海の解説に、希が立てた親指を差し出す。
『という事で、テジュ……出番ですわ!』
「……は?」
『和頼も! テジュに愛を囁いて!』
 事を理解するより先に、各々の相棒に背中を押されたテジュと和頼は、正面からぶつかりそうになりながらも、どうにか踏み留まる。
「あ、い? を」
 ってソレ何、と言い掛けた和頼の頭頂部へ、希がどこからともなく取り出したハリセンを容赦なく振り下ろした。スパンと小気味よい音が彼の頭で弾ける。
『違ーう! 和頼は今、和頼じゃない、某従卒なの!』
 だから某従卒って誰だよ、と言いながら和頼は叩かれた頭頂部を擦る。
『とにかく砂を吐きながら話せ』
 前世は役者だったというジェフは、何の疑問も抱かなかったのか、元プロらしく演技指導を始めてしまった。
「そういうものなのか?」
「砂を吐くってどうやって」
『モノの喩えだ。要するに、恥ずかしいとか考えずに馬鹿になれ、という事だな』

 俄演技の練習を始めた六人を余所に、月世は欲望のままにこのシチュエーションを楽しんでいた。
(これで髪が黒かったら最高なのになぁ)
 などと考えながら、テーブルの周りを歩きつつ、菓子を摘む。
『やはり、この霧はライヴスが関与している気がするな、深夜』
 一方、アイザックは、月世と話を合わせながらも、調査を怠っていない。
『まるで、夢魔の見せる悪夢のようだ』
「ふふ、私には幻想的に見えるよ……アイザック、卿は臆病だな」
 小さく笑って、給仕をする女性からティーカップを受け取る。
 彼と共に、周囲にいる人々にも話を聞いて回ったが、どうやら皆、自分達を近世に生きる貴族と思っているらしい。
「洗脳だろうか……」
 でもお茶は本物、うん美味しい、とティーカップを傾けていると、そう言えば、とふと気付いたようにアイザックが水を向けた。
『深夜、君の奉じている国王とは誰なのだ?』
「え?」
 急に話を振られて、月世は思わずティーカップを取り落としそうになる。
「あ……いや、あの」
 しまった、ノリで口走っちゃった設定が矛盾を! などと思っても今更遅い。
 どう誤魔化そうか、ノリだなんてバレたら平謝りしかないか、などと頭を巡らせていると、背後で小さく悲鳴が上がった。
 アイザックもそちらへ視線を向ける。
 悲鳴の元は、ゆらだった。どうやら、着慣れないドレスに悪戦苦闘しているらしい。
 自身が思い描く貴族令嬢を演じようとしているようだが、まず座ろうとしてドレスの裾を踏んづけていた。シドが慌ててフォローに入るものの、今度は彼の引いてくれた椅子に座ろうとして転げ落ちている。
 気を取り直して椅子に座った後には、お茶を器用にひっくり返した。
 主催の女性――馨が心配げに見に来たところを、透かさず彼女の注意を引いた者がいた。

『まあ! 何て美しい方!』
 馨の元へ歩み寄ったのは、七海とルーを従えた希だ。
 彼女は、庭先に植わっていた花を手折ると、そっと馨の髪に挿した。
『とてもお似合いですわ! アタクシ、貴女の事、知りたくなりましてよ!』
 と言いつつ、突然の出来事に目をぱちくりさせている馨の頬にそっと掌を滑らせる。何故か手慣れた様子だ。
 その背後で、女性陣に入れ知恵(強要?)された男性陣が、禁断の世界を繰り広げている。
『何と綺麗なんだ。その髪も瞳も……目映くて、目が眩みそうだよ』
 ジェフがテジュの手を取って、そっと口元へ持って行く様子は、昔取った杵柄と言った所か、何とも絵になっている。
 テジュは、盛大に引き攣りそうになる頬に、どうにか微笑を浮かべた。そんな彼らの間に、和頼が割って入る。
「麗しきテジュ……オレの愛を受け入れてくれ!」
 脈絡も前置きもないその台詞は、ジェフの指導も空しく、残念ながら大根役者だ。
「和頼……俺といてくれるか?」
 和頼が意味もなく銜えていた煙草に、火を着けたテジュの台詞もまた然りだったが、本人達はこれで精一杯である。
 それを横目で見ながら、ルーは、七海と希の可愛らしさを満喫しつつ、希の髪に花を挿したり七海に抱き着いたりと忙しい。その合間に、しっかり寸劇の写真を撮っている。
 七海は七海で、希とルーに振り回され、満更でもなさそうに「希もルーも綺麗。ドキドキしちゃうよね」などと口走っていた。そうして、ふと寸劇に視線を向け、「あわわ……大人の世界?」と目を覆っているが、深い所は判っていないだろう。
 ルーは、和頼達の背後へ回り、『後は適当にくっついとけ』と囁き声で助言した。二人はぎくしゃくと椅子に座り、和頼はもうおざなりという態度でテジュの肩に腕を回している。
『二人の幸せを心から願うが……一人は寂しいものだな』
 そんな彼らから離れて馨に歩み寄ったジェフは、切ない微笑を浮かべて彼女の手を取った。
「え、えっと」
 一方の馨は、何故か言い寄られたり、恋愛劇が繰り広げられる展開に、少々困惑気味だ。ジェフはここぞとばかりに、彼女の手を握る。
『馨さんはここで真に幸せか? それよりこの能力を生かして、HOPEで働かないか……俺と』
 そこそこ整った容姿のジェフだ。演技とは言え、迫られてグラリと来ない女性はいるまい。
『出会った瞬間、俺の魂に光が射し込んだんだ……』
 止めの一撃――基、一言を放つべく、ジェフは馨の手には唇を落とす仕草をした。
『探し求めていたのは貴女だったのだ……』
 だが、そこで又してもゆらが小さく悲鳴を上げた。
 スイーツを食べるのに急ぎ過ぎたのか、ドレスの胸元が若干汚れてしまっている。
「シド……マ、マカロンが」
『落ち着け』
 見かねたシドが声を掛けるも、時既に遅し。
 ゆら達に視線を向けた馨は、ジェフに一礼して、二人に歩み寄った。
「ああ、あのっ」
 不興を買ったかと焦ったゆらは、慌てて立ち上がる。
「私もフランス宮廷とか、小トリアノンとか、聞いただけでテンション上がっちゃうけど、それはあなたと一緒だけど……それって今はない世界の話だから思いを馳せる事ができるのであって、手にしちゃったらそれはもう憧れじゃなくなっちゃうでしょ。憧れは憧れ、夢は夢……私は、ここはそんな世界であって欲しいなって思うの、だから」
 一気に捲し立てるゆらと向き合う馨の後ろから、その時漸く着替えを終えたのか、泥眼とエステルが戻ってきた。
「はあ……やっぱりお袈裟が一番落ち着くわ」
 安堵の息を吐く泥眼に、微笑を向けるエステルも何故か、彼女自身の普段着に戻っている。
 それに気付いたのか、馨はそちらへ向き直ると、二人に歩み寄った。
「あの、お二方」
「はい?」
「失礼ですが、そのお召し物は……お茶会には相応しくないのでは」
 すると、エステルは何かのスイッチでも入ってしまったのか、馨を睨み据えた。
「お言葉ですが、服装の強制は中世の身分制度そのものですわ。フランス革命からの自由民主主義の全否定です!」
 え、と目を瞬いたのは、馨だけではない。
 隣にいた泥眼も、他の能力者も全員が瞠目してエステルに視線を向けた。だが、エステルは気にせず、大真面目に演説を続ける。
「第一、本当に陛下の事を思うなら、三部会の開催には賛成すべきではないのですか!?」
 それが徐々に当時の開明派貴族風になっていくのに、彼女自身気付いていないらしい。はあ、と曖昧に頷く馨に、エステルは益々ヒートアップする。
「聞こえませんか? 革命を求める民衆の声が! 今にもそこからコネ棒を持った職人や、鎌を振り翳した農夫が現れるかも知れません。こんなお茶会に現を抜かす位なら市井に出て市民と会話を……あ、あれ?」
 そこでやっと我に返ったのか、エステルは周囲を見回して、身を縮めた。
「……す、済みませんでした。つい、ベルサイユ宮殿の空気に当てられて……」
 しかし、これ迄正気を保てていた能力者がこの有様では、決着を引き延ばす訳にも行かない。
 希は、グッと拳を握り締めると、改めて馨の前に進み出る。
『あら? 貴女の中に可愛らしい方が? お顔を見せては頂けなくて?』
 この現象も、そもそもは能力者のなせる技だ。英雄と共鳴しなくては能力の発現はできない。
 共鳴さえ解いてしまえれば、という魂胆に気付いたのか。ジリッと後退る馨に向かって足を踏み込みながら、希は続けた。
『照れ屋さん♪ アタクシ、本気になってしまいそう!』
 そっと取ろうとした手から逃れようとする馨に、追い出されては大変と希は眉尻を下げる。
『貴女と離れろと仰るの? 何て酷い人……!』
 悲しげに言われると、生来が優しい性格なのか、馨は怯むような表情を見せた。
『これほど貴女を求めているというのに……ああ! 愛しい貴女を見、触れたいと思うアタクシは罪人ですのね?』
「そ、そんな事は……」
 涙ぐみながら掻き口説かれた馨は、オロオロと希の方へ手を伸ばした。
 その手を取ったのは、希ではなくジェフだ。
『麗しき我が姫……俺以外を見つめないでくれ。全てに嫉妬してしまうだろう?』
 脈絡のない口説き文句も、彼が言うとやはり妙に様になる。
 しかし、ここまでの彼らの言動が、過去に迷い込んで来た一般人とは違うと流石に気付いたらしい。
「あの……」
『何かな』
「あなた方は一体……さっきHOPEと伺いましたけど……」
 HOPEの方なんですか? とジェフから距離を取ろうとしながら、能力者達の顔を見回す。
 ジェフが顔を上げて、仲間達に視線を向けると、テジュが肩を竦めて立ち上がった。
「バレてしまっては仕方がない。その通りだ」
「あ、の……私を捕まえにいらしたんですか?」
 益々後退ろうとする馨だが、ジェフがまだ手を握ったままだったので、それ以上は動けない。
 しかし、何よりも彼女の言葉に、皆唖然とした。
「ね、ねえ、まさかと思うけど」
 始めに立ち直ったらしいゆらが、馨に歩を進める。
「いけない事してるって自覚は、あったりするの?」
「いけないって言うか……」
 馨は、ウロウロと視線を泳がせた。
「マズいかもとは思ってたけど……」
「じゃあ、何故こんな事を?」
 エステルが、優しく問い掛ける。
「私……実は就職先、決まってなくて」
 しかし、母子家庭という環境柄、母に心配を掛けたくなくて、つい嘘を吐いてしまったらしい。早く本当の事を言わなければ、と思いながらも、どうしても言えなかった。
「そんな時に、海外旅行が当たって……少しの現実逃避のつもりで母と別行動取って」
 その先で、今共鳴しているネーベル夫人と出会ったという。
 彼女が、自分はここと似た場所で以前生きていた、またあの頃に帰れたら――と言うのを聞いて、じゃあ戻ってみない? という話の展開になり、あれよあれよと意気投合して気付けば誓約していたらしい。
「このまま帰らなければ、嘘もバレずに済むと思って……」
『事情は解った。君のしている事自体は悪くないとは思うが、その……実害が出てしまっているのだ』
 アイザックが言えば、エステルも頷く。
「その通りですよ。能力の発動なら、リンクを解けば効果は消える筈です。あなたがそう言う考えだとしたら、尚更お母様にお話する事があるのでは無いですか?」
「けど、今更……」
 へたり込みそうになった馨を、ジェフが慌てて支え、手近な椅子に座らせた。
『……甘い……とんだ甘ちゃんですわ!』
 直後、地を這うような低い声がしたかと思うと、ルーがバサッとドレスを脱ぎ捨てた。早着替えの称号は伊達ではなく、次の瞬間には、彼女は軍服仕様の服装になっている。
『永遠に続くお茶会では、温い出会いしか期待できませんわ!』
 ルーは腰に手を当て、ビシッと馨を指さした。
『あるバイブルでは、戦場にこそ華は無くてはなりませんの。戦場にあって凛と戦う貴方には、きっと某バイブルのような熱烈な出会いが待っていると思いません事!?』
「ルー……やっぱり何か変だぞ?」
『テジュは黙っててよ、いいとこなんだからっ』
『とにかく、よく説明すべきでは無いのか?』
 テジュに噛み付いたルーの言葉尻を、強引にアイザックが纏めようとし、それを受ける形で月世が「まあ、あたしは楽しかったのよね」と口を添える。
「問題は、逆に一般人の記憶が飛んでしまう事なのよ。記憶が残ってコントロールできるなら、ベルサイユ観光の目玉になるわ! HOPEに入って訓練したらどう?」
 確かに、観光に貢献するなら、この半月の珍騒動もお目溢しして貰えるかも知れない。
 加えて、就職の問題も解決だ。
「え……あの、でも」
 急に言われても、とオタオタする馨に、和頼がブチ切れた。
「おい! たった二日で心配する親がいて、何が不満だ? それでも此処にいてえってか!?」
 ああん? と凄む様は、HOPEだかヤクザだか判らなくなる。
『落ち着いてよ! ……ごめんね、びっくりしちゃったよね』
 馨に殴り掛からんばかりの和頼に、希が必死でしがみ付く。
『コイツ、生きる為に犯罪して……捕まって処分されそうだった事あってさ』
 親にも施設にも化け物扱いされて、捨てられたという和頼の過去を簡単に説明すると、ごめんね、と希は再度謝罪した。
『ね、帰ろ?』
 どうにか和頼が落ち着いたと見たのか、希は彼を放して、馨の手を取る。
『現実でお茶会しよ!』
「そうだよ。家族の元に帰ろうよ。お茶会は外でもできるよね」
 七海も笑って説得に加わる。
「まあ、どーしてもお嫌でしたら、こちらにも考えがあります」
 どこか怖い満面の笑顔で言ったのは、エステルだ。
「一時的とは言え、記憶障害をもたらす被害が広範囲に起きています。本来なら見逃すという訳には行かないんですよ? 最後の警告です。自ら能力を解くかそれとも強制連行されるか……」
 選ぶのはあなたですわ、と言わんばかりの笑みがひたすら黒い。
「犯罪者にこれ以上罪を犯させないよう強制するのは、自由に反して居ませんから」
 止めの微笑は、馨とネーベル夫人ばかりか、他の能力者達をも震え上がらせた。

 馨達が共鳴を解いた後、一般人は警察に任せ、馨達は支部へ預ける事になった。
「何とか説得できたけど……私、彼女の気持ちよく解るんだー」
 馨達を送り届ける途中、ゆらは彼女達の背を見ながら、ポツンと漏らす。
「私がもし、何も知らずにあそこに飛び込んでたら、ずっとあそこに留まっていたかも知れない……」
『貴族なんて、そんなにいいもんじゃないさ』
 シドの呟きに、ゆらは、記憶のない筈の彼の、元いた世界への思いが零れ落ちたのを見たような気がした。
「……ま、取り敢えず、共鳴した能力者が一般人を巻き込んでしまった案件として、本部に報告だなー」
 伸びをするように、ゆらは両手を上げる。
 その背後で、希が『もっとやりたーい! ね! フフ……』と誰にともなく言うのへ、和頼、テジュ、ジェフの三人が微妙な表情で顔を見合わせていた。

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栗山チオ

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 切れ者
    シド aa0651hero001
    英雄|25才|男性|ソフィ
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384
    人間|28才|女性|攻撃
  • 王の導を追いし者
    アイザック メイフィールドaa1384hero001
    英雄|34才|男性|ドレ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避
  • 絆を胸に
    ルー・マクシーaa3681hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
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