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【相談】大英図書館の冒険
最終発言2016/05/20 19:03:25 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/05/16 23:19:37
オープニング
●宣誓の書とは
「成程。これは随分と難解ですね」
エステルが持ち込んだ宣誓の書を眺めながらH.O.P.Eの研究員である男性は顎に手を当て硬い表情で言った。宣誓の書は特殊な言語で書かれており、挿絵と僅かな単語しかH.O.P.Eでも解析できていない。未だエステルから詳細を聞けるような状態ではない為、宣誓の書の内容をこれ以上解析するのは難しいことだろう。
「別の観点から調査をした方が突破口が開けるかもしれません。この書と内容が被る書物がどこかにあるかもしれない。ですから……」
この世には古からの書物がごまんと存在する。それならば、宣誓の書に書かれている内容と同じ内容を示唆する存在があってもおかしくはない。そして、ここはイギリスロンドン支部。イギリスと言えば国立図書館である大英図書館が有名だ。そして、そこには本来であれば触れられないであろう貴重な蔵書も数多く存在する。
「研究員とは違う観点からのひらめきなども欲しいところです。エージェント達に依頼をしましょう。そして、宣誓の書で僅かに分かっている単語、10本の短剣、大王の存在、赤い夜、と、挿絵の情報だけを与え私達研究員が出した結論などは伝えずに大英図書館で資料集めをしてもらいましょう」
男性は古い鎧を纏った大勢の人数が戦っている絵。黒い背景に赤い丸、その下の空間に亀裂のような線があり何か得体のしれない生き物がこちらを見ている絵。王冠を被った男性と10本の短剣。短剣を振るう兵士のような男性と、門が開く絵。と順に宣誓の書の挿絵を開きながら研究員の仲間たちに問いかけた。
●大英図書館
大英図書館。そこは本の海と表現しても過言ではないほどの蔵書で溢れかえっている。大きく広い円形状の室内。その壁に沿うよう本がぎっしりと詰まっており、二階、三階と人が一人通れるような通路がついている。本棚の隙間にはところどこに収納ジャンルを示す標識。中央には司書が数人丸く囲まれたテーブルの中で数々の処理や訪れる人々の問いに答えており、そこを中心に放射状に並べられた長テーブルは本を読むにはうってつけ、更にはパソコンが完備されているのだ。天井もアーチを描き、いくつもの大きな窓からは昼の光が差し込んでいた。
この本の中には他では目にすることのできない貴重な蔵書も存在し、H.O.P.Eでさえ参考資料を探す際に世話になるほどだ。
そしてまた、その蔵書の力を借りる機会が訪れた。
宣誓の書に書かれた単語や挿絵という僅かな情報を頼りに、史書や関係資料が大英図書館に眠っていないかを探し出す、そういう依頼である。
エージェント達に与えられている情報は10本の短剣、大王の存在、赤い夜、そして数枚の挿絵のみである。
例えば大王と言えばアフルレッド大王、アレクサンドロス大王、カメハメハ大王などが有名であるが、この中で10本の短剣に符合する話を持っているのはアレクサンドロス大王のみだ。
それはマケドニア王国の史書にこう記載されている。
王が持ち続けた10本の短剣は大王の後継者らに引き渡され、彼らは互いに争いましたが最終的に勝者は現れず分裂したまま短剣も散逸してしまいました。と。
そのうちの一本がエステルが持ち込んだ短剣であることは間違いがないだろう。アレクサンドロス大王の物語、というアレクサンドロス3世の逸話や伝説を記した本に短剣の詳細が書かれている。それがエステルの短剣と一致するのだ。ならば残りの短剣はどこに行ってしまったのか。
鞘、刃、柄、全てに金が使用され、非常に細かい彫金が施されている短剣の描写がある本を探すと幾つか見つかる。その大概が見た、という記述であるものの場所が判然としているものが殆どない。その中で大英博物館の記録、冒険家ジョバンニの物語の二つの本が辛うじて資料として使えるだろうか。
しかし、大英博物館の短剣については既にH.O.P.Eが別途回収に動き出している。一方、冒険家ジョバンニの物語にはこう記されていた。
私は数々の冒険を繰り返してきたが、この金色の短剣の美しさは他に類をみない。まるで何か強い力を秘めているような、常人には触れてはならない宝であるように感じた。
これはまだ人が掘り起こしてはならないものだ。
だから私はこれが見つからないようにしっかりと封を施した。元々多くの仕掛けを潜り抜けた先の最深部であった為に私以外の誰もこの場所をしらない。一緒に潜った仲間は悲しいことに全員帰らぬ人となった。そして私はこのことについて一生口を噤むだろう。私が死ねばこの秘密は永遠に闇に葬られる。だが、もし誰かが本当に必要ならば……私が発掘した遺跡の資料を調べるといい。
こいぬ、おおいぬ、オリオンのアルファを線で繋げ。形が示す。
意味の繋がらない言葉が挟まっているこの本はジョバンニ自身の手記をそのまま記載しているようだ。そもそも冒険家ジョバンニとはイタリアの探検家だ。これは冒険家ジョバンニの物語の冒頭に書かれている。
身長は2mを超え大変な巨漢であった。彼は人間ピラミッドという芸を持ちサーカスなどで活躍した大道芸人であり、機械工学の専門家でもあるなど多様な経歴を持つ。趣味の天体観測が高じ天文学も極めていたようだ。アフリカ探検で知られ、アブ・シンベル神殿の出入り口を発掘。またカフラー王やデェフティ王のピラミッド、セティ一世の墓なども発掘している。
アブ・シンベル神殿、カフラー王のピラミッド、デェフティ王のピラミッド、セティ一世の墓、この四つの資料を見つけ出せば短剣の行方が分かるかもしれない。
●怪しき影
H.O.P.Eが大英図書館での資料調査に乗り出したという情報はすぐにセラエノに舞い込んできた。
「ふぅん、そっかぁ。なら、焦らなくていいね。その資料調査が終わってから奪ってしまうのが一番効率がいいよ」
白衣を纏った少年が報告書に目を通しながらニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる。このような姿ではあるがセラエノの幹部が一人。
「4人ぐらい、大英図書館で一般人のふりをして紛れ込んでおいでよ。力じゃ到底敵わないだろうから、この杖を貸してあげる。うまく奪っておいで」
そう言って少年は一本の杖を取り出す。それはリアサ杖。オーパーツの一つだ。僅かな時間ではあるが対象者に暗示をかけることが出来る。それを部下に与えた。
「同士討ちっていうのも面白いよね?」
くすくすと面白そうに呟く少年。彼の指示により資料を調査している最中、鼠が4匹、大英図書館に忍び込むことになるだろう。
解説
●大英図書館のパソコンについて
インターネットには接続していません。本のタイトルと著者名から本の位置を検索することができます。
●関連資料
発掘書は全てジョバンニの手記をそのまま記載している部分がある。以下はその部分の抜粋である。
・アブ・シンベル神殿の発掘書
ブルクハルトに頼まれ発掘の手伝いを始めた。この作業は生半可なものではない。何日も続けるうちに私は偶像の頭部を掘り当てた。
更に掘り進めると四体の偶像に守られるようにしてこの遺跡の入り口が顔を出したのだ。
私たちは大いに喜び合った。
・カフラー王のピラミッドの発掘書
エジプトのピラミッドを発掘した。とても長い日々であった。
これ程に大きなピラミッドが他に存在するだろうか?
ピラミッドの側面は綺麗な二等辺三角形で出来ている。
一部の壁画によりカフラー王のものであることが分かった。
・デェフティ王のピラミッドの発掘書
エジプトのピラミッドをまた一つ発掘することが出来た。
ピラミッドの側面が正三角形で構成されている。これはとても珍しい。
内部を探索した結果、デェフティ王の墓であることが分かった。
そしてこの日、私は探索中にプニャーレと出会った。彼女はとても美しい。
・セティ一世の墓の発掘書
王家の谷で最大規模の遺跡を発掘した。セティ一世の墓のようだ。
玄室へと入り込んだ時、天井にある天体図が私たちを迎えてくれた。とても壮大で素晴らしいものであった。
星座が動物や人間の姿で描かれていたのだ。ここに描かれているいぬはこいぬ座ではなくおおいぬ座だろう。
このような出会いがあると、この仕事をしていて本当に良かったと思う。
リプレイ
●
「結局、ロンドンに戻って来たわね」
「ああ、イタリアで短剣の情報に触れた時は嫌な予感がしたものだが間に合って良かった」
「図書館を戦場にするのは避けたいけど……」
「まあ、狙われて居るのは短剣だ。こちらの任務での危険は低いと思うが……油断はするべきでは無いだろう」
今回の依頼に関係する10本の短剣、それは前回イタリアで短剣の情報を得ていた蝶埜 月世(aa1384)とアイザック メイフィールド(aa1384hero001)の興味を引くには十分だった。大英図書館での蔵書の調査ではあるが何があるかは分からない。気を引き締めるアイザック。
他にもイタリア泥棒騒動に関わっていた者が二人、大英図書館へと向かっていた。須河 真里亞(aa3167)と愛宕 敏成(aa3167hero001)のコンビだ。
「全くあの泥棒、目利きは確かだったんだな。大騒ぎだ」
「黄金の短剣とか全然ファンタジーだよね? 全てが集まった時に異界とのゲートが開かれるぅ〜〜フラグ見つけるのに、みんなこれからこき使われるんだ」
「気の滅入る予想を軽く言わんでくれ。人数には真里亞も入ってるんだぞ」
「あたしはチートアカウントを要求する! 理由はめんどいから!」
「……俺たちにだけは絶対に渡したらいかんな」
などとやり取りしながら、二人は巨大な書物室へと足を踏み入れる。そこには今回の依頼を受けたエージェントと英雄が全員揃っていた。
「と、としょかん……凄く、大きいです……! 本の壁本の山本の塔……わぁ……!」
「ぐぬうっ、この蔵書の量、まさに英雄的頭痛な……」
たくさんの本の海に瞳をキラキラと輝かせているのは努々 キミカ(aa0002)。その隣で頭を抱えているのは脳筋もといネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)だ。本の虫、と言っても過言ではないキミカには天国に近いところなのだろう。正反対にネイクにとってはある種地獄かもしれない。
「こういう、ずのーろーどーって苦手なんだよなぁ……先生が言うからしかたねぇけど」
ネイクに同じく本の山に対し苦手意識を刺激されているのは箕作 春樹(aa0983)だ。彼の英雄テオン オナシス(aa0983hero001)が、かなり乗る気であったため彼らは今回の依頼を引き受けた。彼はとてもご機嫌だ。
「資料探し? こんな大きな図書館から探すって……、すごく大変じゃない?」
「……大変よね、やっぱり」
世良 杏奈(aa3447)とルナ(aa3447hero001)はこの本の量に唖然としていた。とても広く本に囲まれ埋もれてしまうのではないかという錯覚を起こしそうなほどの量だ。一般的な反応と言えるだろう。
「好き勝手文献漁れると聞いて」
一方、異色を放っているうちの一人ヴィヴィアン=R=ブラックモア(aa3936)もある種キミカと同じ反応を示していた。その英雄ハルディン(aa3936hero001)は全身包帯のミイラ男で一般人に遠巻きにされている。そしてもう一人遠巻きにされているのが、ただ喋らず目と口以外は全て衣服に覆われた風体の語り屋(aa4173hero001)。彼のエージェント佐藤 鷹輔(aa4173)が人数が揃ったことで全員を見回し口を開いた。
「全員揃ったな。任務内容的に力を合わせて分担作業した方がいいと思うんだが、どうだろう?」
●
「はぁっ、これはイーリアス……ガリア戦記……ジャスティン会長の自叙伝まである……素敵です……」
本来神話や冒険譚が好きなキミカ。かつて病弱だった彼女は、そのような本を多く読んでは英雄に思いを馳せたものだ。故についつい寄り道をしてしまう。
「キミカ、キミカ、関係の無い名前が聞こえるのは気のせいか?」
一方でネイクは実地・行動主義だ。活字で過去や空想にひたるよりは、実際に身体を張る方が英雄的(本人談)なのだそうだ。そして今夢の詰まった本にふらふらと行ってしまうキミカを連れ戻すのも彼の役目。二人は「月食を怪物の仕業とする伝承」に関わる本を探している。
キミカはある本を背伸びをして懸命に取ろうとした。届かないのを見越してネイクが軽々と取り彼女に手渡す。それは北欧神話がまとめられている本だった。
黒い背景に赤い丸、そして得体の知れない生き物は月食の表現という推理なのだと仲間から聞いた。それに該当するものはハティという北欧神話に出てくる狼だろう。月を絶えず追いかけ、月蝕はこの狼が月を捕らえたために起こると考えられていた。
一方、月食自体について調べているのが敏成だ。そもそも月食とは月が地球の影に入る現象で必ず満月の時に起こる。部分月食と皆既月食があるが、皆既月食の時に赤くなる月のことをブラッドムーンと呼ぶ。
長テーブルに腰かけ、天文学の資料を並べながら敏成は次の皆既月食の起こる日付を探していた。そして求めていた一文に辿りつく。次の皆既月食は6月13日。ヨーロッパやアフリカ西部で見ることが可能。2016年中はこの一回のみだった。その次の皆既月食となると2017年になってしまう。そこで今日の日付を確認した敏成は眉間に皺を寄せた。6月13日まで一か月もない。
「ホント、信仰とか信心って面白いね!それで同種殺し合いしちゃったり!」
「……と言いつつ、調べる気満々だな……」
「だってもっと人間知りたいしーあんま知らないコト多いの好きじゃなーい!」
敏成の隣に腰かけている華留 希(aa3646hero001)は楽しそうに麻端 和頼(aa3646)が持ってきた本に目を通す。読む作業は希、本の出し入れは和頼、と分けて対応しているのだ。
更にその隣、色々と調べ始めているエージェント達の中、一人春樹は困惑気味に立ち尽くしていた。図書館の使い方がそもそも分からない上にこういうのは苦手だ。その様子にテオンがため息を吐く。
「……情報の使い方も検討がつかなければそこから学べばいいだろう?」
「資料を探す際は、まず神話集のような浅く広い資料から関係ありそうなものをピックアップして、それぞれにフォーカスした資料を探すといいぜ」
「ひたすら重要そうなワードだけ漁って、ワードに関連する書籍を最高効率で探す。この繰り返しで「違和感」や「興味」、「嗅覚」が働く所にヒントがあんねん」
テオンが春樹にアドバイスをすると鷹輔も簡単な探し方を説明してくれた。その横からヴィヴィアンも自分のやり方を教えてくれる。彼は重要単語を書きだしていた紙を見ながら関連書籍をタイトル検索。引っかかった文献や書籍を斜め読みし出来うる限り多くの資料に目を通そうとしていた。
「後は……こうやってパソコンで調べて……ここ行って関係ありそうなの片っ端から持って来いよ。それと、短剣を振るう兵士と門の挿絵が気になる。門を気にかけておいてくれ」
鷹輔が春樹に短剣で検索したパソコンの画面を見せながら並んだ本の名前の横、収納場所のジャンルが記載されている場所を指さし探しやすいように指示を出す。
「春樹、行こう。図書館というのは情報が『整理されて』置かれてるのが何より強いところだ。いいかまず……」
その様子を見て一つ頷くとテオンは春樹の腕を引き、基本的な図書館の使い方の説明を始めながら本棚の方へ移動を開始した。
「大王と言うのがアレキサンダーと言う人物に該当すると?」
「……今見つかる範囲では、と言う事ね。でも彼も短剣の所持者で有ってそれの創造者かどうかは分からないのよね」
大王と名がつく人物の各地の歴史書に一通り目を通しながら月世は頷いた。アレキサンダー、別名アレクサンドロス大王。その大王が関わるマケドニア王国の史書に短剣のことが書かれていたのを月世が見つけたのだ。アイザックも一緒にアレクサンドロスの歴史書関連に目を通す。
「アレキサンダー大王はエジプトでファラオ名貰ってた……エジプト神話漁ろ」
その会話を聞いていたヴィヴィアンがふと思い出したように呟き席を立つ。アレクサンドロスはファラオとして「メリアムン・セテプエンラー」という名を得、アメン神殿にその像を祭られた逸話がある。
「しかし、この流出論と言うのは中々興味深いな。神の内在的論理の展開が世界を作り、その流路が生命の樹、例の短剣のモチーフという訳か」
「カバラーって奴ね」
「カバラと言えば旧約聖書、つまり出番ンゴ?」
今度はハルディンが月世とアイザックの会話に反応する。その横から希がハルディンの肩をぽんっと叩いた。
「生命の樹について詳しいなら教えてよ!」
「もちろん手伝うンゴ。カバラの原型は旧約聖書から出来たンゴ。ハルディンちゃん立場的にこの界隈は詳しいンゴ」
メルキゼデク天界の秘密という本を片手に会話に交じる希。ハルディンは任せろとばかりに胸を張る。
「ただ、カバラは考え自体は新しくて紀元前後、アレキサンダーの後なのよね?」
そのハルディンに確認するように月世は問いかけた。こくっ、と頷くハルディン。生命の樹、またはセフィロトの樹とはエデンの園の中央に植えられた樹で、この実を食べると神に等しい永遠の命を手に入れられると言われている。またカバラでは10個のセフィラと22個のパスを体系化した図を指す。
「つまり生命の樹の解釈を流出論で行うのは危険と言うことか? ……私はこの種の議論で最も危ういのは本質的な他者が存在し得ない事に有ると思っている」
「本質的な他者?」
「そう、敵だ。全き相容れない者達……宣誓の書が古き真実を示唆するならそこには何が書かれて居るのだろうな?」
アイザックが難しい顔をして考え込む。月世がそれを見て二人に生命の樹関連の資料調査は頼む旨を伝えた。
「3柱とか4世界とかパスって? 隠されたセフィラ、ダァトって何?」
「3柱はセフィロトの樹を左・中央・右の3ブロックに分類したものンゴ。4世界は……」
矢継ぎ早にハルディンに質問を投げる希。本に乗っている体系図で一つずつ詳しく説明するハルディン。そこへキミカがやっと長テーブルに帰ってきた。その腕の中には数々の本が抱えられている。
「月を呑み込む、月食に関わる怪物が……狼でした」
キミカは本を置きながら自分が見つけた資料を開き、長テーブルにいる仲間に情報を共有しようとする。
「これもその月食の怪物が関係する本ですか?」
「……それはちょっと……気になって……」
杏奈は目の前に置かれたキミカが持ってきた冒険譚の一冊を手に取りぺらぺらと中身を軽く流し見してみた。冒険家というタイトルに惹かれその内容に夢を抱きながらつい持ってきていた本だったためキミカは少し慌て言いにくそうにもごもごとする。その本は冒険家ジョバンニの物語。
「あ! これ短剣って今……」
偶然にも見つけた短剣の文字に杏奈の手が止まりページを戻りながら内容を確認する。金色の短剣、その装飾の細かさなどが明記されていた。しかしこれが探している短剣なのかどうか杏奈には分からない。
「ねぇ、杏奈。それさっき見た本に書いてあった短剣の説明と殆ど同じよ」
ルナはそう言ってさっきまで読んでいたアレクサンドロス大王の物語という本を引っ張ってくる。その中には確かに短剣の詳細が書かれていた。そしてジョバンニの冒険譚にもほぼ同じと言っても過言ではない内容が含まれている。そして、ジョバンニの物語には謎の言葉が挟まっていた。
●
本に隠された謎を見つけたエージェント達は一度全員集まり、長テーブルを囲んでいた。アブ・シンベル神殿、カフラー王のピラミッド、デェフティ王のピラミッド、セティ一世の墓、の発掘書や関連書籍をテーブルの上に並べている。月食についての資料やアレクサンドロス大王関連もまだ混じっていた。
テーブルに乗っている書籍の一覧は鷹輔が都度リストアップしておくよう皆に話していたため、一通りは分かるようになっている。
「遺跡名やらで検索してもやっぱこの本が引っかかるんよな」
ヴィヴィアンがジョバンニの本を手にし幾度か頷く。他の関連キーワードで検索を掛けて調べるとその本に行きつくようだ。
「ともかくその本も含めて今分かっていることを共有し優先順位を決めようぜ」
「あ、エジプト信仰では太陽は赤い丸で描かれてたって話があるんけど、月食の方と何か関係ありますか?」
「いや……なら、日食も調べてみます?」
鷹輔の提案に思い出したように敏成へ視線を向けヴィヴィアンが問いを口にする。敏成は天体関連の本を開きながら日食の項目を探していく。
「大王の資格を与えるのが10短剣では、という仮説に基づきマケドニア、エジプト、メソポタミア、ペルシアの帝国の王について調べてみたが、アレキサンダー以前に10の短剣の話は見つけることが出来なかった」
「大王って言えばトランプのクローバーのKがアレクサンドロス大王がモデルなんだって! 関係あるかな?」
アイザックは月世と共に調べた大王関連の調査結果を報告する。それに乗って希も調べたものの一部を口にした。こんな感じで各々がそれぞれ口々に現状を報告し合う。
「俺、あんま頭よくねーし、言われただけだとちょっと……書いてもいいっすか?」
頑張って聞いていた春樹だったが途中でこんがらがってしまい、手を上げて話し合いを遮る。どうするのかと全員の視線が集まった。
春樹はまず付箋と大きな白い紙を用意する。そして一人に一つずつ話を聞きながら、各自が見つけた情報ならピンク、そこからの解釈なら青と色を使い分け、一つずつ書いていく。大きな白い紙を下地として付箋を張り、関連が出てきそうな項目をまとめてマーカーで下地の紙のほうに矢印や囲いを書き込み、情報の相互関係を見えるようにした。
「そういうところはセンスあるんだがなぁ……」
「すごい! 分かりやすいよ! どこで覚えたの?」
「学校とかでも勉強できるやつってノートきれいだし。あとこれ、親父が読んでた雑誌に載ってたやり方っす」
テオンは感心したように呟き、希が感嘆する。少し視線を外しどこで覚えたのかを答える春樹。そして春樹がまとめた紙をヴィヴィアンはスマホで撮影しH.O.P.Eと個人メールフォルダに送信した。先ほどから幾度かH.O.P.Eへ関係のありそうな部分をまとめて送っている。希も杏奈も同じようにそれぞれがH.O.P.Eへと資料を転送していた。メールサーバーの事故や諸所色々な可能性を考慮すると複数で情報を送るのは無難な選択だろう。
「これ後で切ろうな。持ってかれると困るもんは持ち歩かへんかったらええ、調査ってそういうもんやろ」
ヴィヴィアンは紙の隣に自分が書いたメモ用紙を刻んでいたハサミを置く。もう写真をとっているのでこれを破棄しても問題はない。
「よく気が付くな。何があるかも分からないからそれがいいだろう。さて、ここからまた役割分担していこうぜ」
鷹輔がまず自分が考える優先順位を付箋に書いて並べる。最優先でジョバンニの手記の解読、次に短剣そのものの能力や用途についての考察。この考察は宣誓の書の解読への足掛かりになれば、ということだ。最後にジョバンニの手記以外の短剣の在り処についての考察。
「エジプトとかピラミッドの知識なんて、全然無いし……。」
(でも、エジプトで短剣っていったら、アレしか思い浮かばないのよね)
まとめたもの全般を見ながら杏奈は困ったように眉尻を下げる。が、彼女は一つ思い当ることがあった。
「あの、関連は無いと思うけど思いついたことがあるので、そっちの方面から調べてもいいですか?」
「あぁ、何か他に必要な資料がありそうなら、各々の判断で頼むぜ」
もちろん、と言うように頷く鷹輔。それなら、とアイザックも王についての資料をもう少し探りたい旨を話す。アレクサンドロス大王のヘレニズム時代に数多くの新しい信仰の形が出来上がったことに何か彼は通じるものを感じていたのかもしれない。
敏成も月食がアレクサンドロス統治時代に帝国領域内での発生を確認していた為、それに合わせ当時の天変地異が起きてないか、等を調べることにし、ジョバンニの手記は他に任せた。
「トートの短剣は流石に関係無いだろうけど、あの邪神なら関係があってもおかしくないはず……。少し、ラヴクラフトさんの力を借りてみよう。」
「何か関係あるの?」
杏奈はクトゥルフ神話関連の書籍を探し始めた。意味が分からず首をかしげるルナ。トートの短剣とは古代遺跡にて冒険者たちが遭遇するアーティファクトの短剣のことだ。そしてその古代遺跡こそ邪神、ニャルラトホテプのピラミッドだ。ピラミッドと聞いて咄嗟にそこまで回路が繋がったのはある種かの邪神に魅入られてしまったのかもしれない。
「古代エジプトで崇拝されていた邪神で、暗黒のファラオとか、顔の無い黒いスフィンクスとか、月に吠えるものとか呼ばれている存在よ」
他にも這い寄る混沌や無貌の神 など数多くの名前を冠している。
「……名前、多くない? あと顔が無いってどういう事?」
「ニャルラトホテプは様々な姿を持っているの。姿が多いからこそ顔が分からないって事だと思う」
「…………、よく分からないんだけど」
「ニャル様を理解するなんて不可能よ。存在自体が混沌としていて、矛盾だらけなんだから」
幾つかの本を手にしながらルナに説明を続ける杏奈。本だけでは足りないかもしれない、後でスマホで調べようと考えながら杏奈はニャルラトホテプに関する資料を中心に抜き出していった。
一方、資料調査が性に合わずぶらぶらとしているのが三人。ネイクに真里亞、和頼だ。
「この任務、かなり退屈だよ…なんか起こらないかな?」
真里亞が物騒なことを言い出す。その横で和頼が辺りを見回し眉間に皺を寄せた。
「……他の奴より明らかにオレらのこと見てる奴らがいねえか?」
「え? 珍しいからとかじゃなくてですか?」
「珍しいなら一、二回ぐらいだろ。明らかに何回も見てる奴がいる」
「成程、尾行などとは実に姑息で英雄的ならざる事よ……英雄的制裁が必要かもしれんな?」
真里亞と和頼の会話にネイクも加わり、先程からちらちらと定期的にテーブルを囲んでいるエージェント達に視線を向ける一般人の様子を伺った。と、その時杖をついた老人が調査チームに近付こうとしする。
「ノンノン! ここから先は立ち入り禁止だよー。御用の方はマネージャーを通してね」
急いで真里亞が声をかけに行くとすみません、と丁寧に謝りその老人はすぐ別の場所へと去って行った。念の為、他の仲間にも怪しいかもしれないことを伝えることにする。今のところそれ以上不審な点はない。ネイクは懐に全長70cm程の投擲斧を隠し持ち怪しいと思しき者たちを監視することにした。
●
(昔って確か月食は不吉の予兆だったよね……ジョバンニもこう書いている程だし、封印されたまま守る方がいいのかもしれない……? ううん、きっとHOPEの偉い人も覚悟で任務を出してるはず……私は、私の出来る事を頑張らなきゃ)
キミカはジョバンニの物語をじっと眺めながら月食の話も思い出し不安になったが、その考えを振り払うように頭を横に振る。
「こいぬ……おおいぬ……オリオンのアルファ?」
「アルファはギリシャ語アルファベットの第1字。物事の最初とかそういうのだよな」
キミカが悩んでいるうちにヴィヴィアンが何か引っかかるのか謎の一文を音読する。鷹輔がアルファの意味を辞書で引きながら首を捻った。
「ねぇ、クフ、カフラー、メンカウラーの3大ピラミッドはオリオン座の三ツ星を表す説は何か関係ないかな?」
希がピラミッド関連の資料と手記部分を眺めながら誰に言うでもなく問いかける。3大ピラミッドはナイル川を天の川に見立てると三大ピラミッドの位置がオリオン座の三ツ星とほぼ重なる為そんな説もある。だが一致しない部分もあり一般的に否定的意見が多い。
その希の発言でヴィヴィアンが何かを思いついたように敏成の方へ視線を向けた。
「ちょっとええですか、星の本あります?」
天体関連の本をまとめていた敏成ならすぐ分かるかと問いかける。少しの間を置いて敏成は天体解説書をヴィヴィアンに渡した。パラパラと天体解説書をめくる。ヴィヴィアンが探している項目はすぐに見つかった。冬の大三角形。おおいぬ座アルファ星シリウス、こいぬ座アルファ星プロキオン、オリオン座アルファ星ベテルギウスの3つの1等星を頂点とする三角形であり、形は正三角形に近い。
「正三角形ね……」
「でしたらやはりデェフティ王のピラミッドでしょうか」
テオンが春樹によくここを読め、とデェフティ王のピラミッドの発掘書の側面が正三角形で構成という部分を指で示す。それをヴィヴィアンも覗き込みぶつぶつと考えながら呟く。
「デェフティ王のピラミッド……正三角形……プニャーレ……短剣?」
「プニャーレ? 短剣となにが」
「確かどっかの言葉で短剣って意味やった気がするんや」
そう言いながら辞書を引くヴィヴィアン。そうプニャーレはイタリア語で短剣。そしてデェフティ王ピラミッド発掘には女性は一人も関わっていないという事実。
「つまりここに短剣が隠されている、ってことだな?」
「だとしてこいつ何で古代エジプトのピラミッドでマケドニア王の死後散逸した短剣見つけとんねん、おかしいやん。誰かが恣意的に置いたなら、そのエリアだけ建築年代や素材、建築手法とかが変やったり違いがあるかもしれん」
ピラミッドが王の死後できたものである可能性は極端に低い。その疑問点に答えを探すべくデェフティ王ピラミッドの建築年代や盗掘、内部建て直し年代測定資料を、と腰をヴィヴィアンが浮かした瞬間――ザシュッ!
長テーブルにネイクが隠し持っていたはずの斧が突き刺さる。斧が飛んできた方を見遣るとネイクがぼんやりと立ち尽くしていた。慌てて駆け寄ろうとするキミカ。月世が危険を察知してキミカの腕を掴み引き留めた。
が、しかしそこへ真里亞が長テーブルに突っ込んできて纏めていた発掘書や重要な資料を掻っ攫い投げる。アイザックが辛うじて数冊の本を掴んだ。斧が飛んできた瞬間から蔵書に気を配っていたから出来た行動だ。更に言えば真里亞の癖が分かっている敏成が咄嗟に足を引っ掛けたため、真里亞は投げる体勢が不十分だった。
「……必ず右足から出るんだよな、全体重掛けて」
倒れる真里亞を支える敏成。真里亞もまたぼんやりとしてそれ以上動く様子がない。資料は先程真里亞に止められた老人と他怪しいと睨んでいた一般人3人が掴み取る。春樹が自分にできること、と急いで取り返すために手を伸ばした。
「待て、春樹!」
テオンが静止するが杖をついていた老人が口端を歪め、春樹の目の前で杖を振る。すると動きが止まる春樹。そして老人達を庇うように仲間に向き直り両手を広げる。
共鳴を、とエージェント達が思った、その時だった。
唐突にすべてが暗闇に飲まれる。
そう、全ての明かりが消えたのだ。大英図書館だけではない。ロンドン全体の。いつの間にか時間は日が完全に落ちた夜となっていた。この突如起きた大規模な停電の中、動けたのは老人達――セラエノだけ。僅かに走り去る音がする。いきなり暗闇の中に投げ出され目が慣れていない状況で追うのは危険極まりない。
こうして幾つかの資料はセラエノ達の手に落ちたのだった。
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ロンドン中という大規模な停電は復旧までにそれなりの時間を要した。明るくなった頃には、敵の姿はもちろん見当たらない。救いだったことと言えば、春樹のまとめた付箋も、その他のメモも破棄していたためセラエノの手に渡らなかったことと、幾つかの資料は死守できたことだ。
発掘書は全て獲られてしまったが、冒険家ジョバンニの物語は守ることが出来た。敵も短剣の場所を特定することは可能だろうが、多少有利な時間を作れたと言える。
「……一人でAGW使えりゃ……」
「……煩いよ、和頼!」
セラエノを逃がしてしまったことでつい愚痴を零す和頼に希が怒る。現状をH.O.P.Eへと連絡しデェフティ王のピラミッドに短剣が眠ることを伝えた結果、今回の依頼はこれで終了とのことだった。短剣はコクマー(知恵)ではないか、とH.O.P.Eの研究員は目星をつけている。
また、何か暗示のようなものを掛けられた者は既に全てを思い出し意識もはっきりとしていて問題ない。そろそろ解散となったところで、ずっと黙っていた語り屋が不器用な動きで全員に向かい一礼した。
「誠、得難き時間だった。この場に同席できた機会に、多大なる感謝を」
たった一言、それだけ口にして語り屋はそれ以上語らない。
多くの本が眠るこの図書館で多様な本との出会いは楽しめただろうか。次の舞台へと話は続いていく。本に記された冒険譚のように。