本部

五月病を癒せ!

霜村 雪菜

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/05/23 19:47

掲示板

オープニング

●緊急事態宣言~その名は五月病~
 身体が重い。
 HOPEスタッフである彼女は、数日前からその症状を自覚していた。
「こ、これはまずいですぅ~」
 独り言までしまりがない。頭はぼんやりするし、とにかくだるい。やる気が起きない。一日中寝ていたいが、なんだかもうそれすら面倒な気がする。
「ま、まずいっすね~」
 同じくしまりのない口調で同意を示しながら、同僚がやってくる。彼もまた、事務所の自分の席につくなりぐったりと突っ伏してしまった。
「何とかしないと~」
「そうですね~。こんな時に事件が起きてしまったら~」
 何しろHOPEは普通の会社ではない。気合いややる気でどうにかなる仕事ではないのだ。いや、普通の会社だってそんなもので何とかなるものではないが。しかし効率がよく高い効果を結果に求めるのであれば、それを行う者達のモチベーションが安定していなければならないのは事実だ。
 というわけで、相談の結果、上司から正式にその知らせが支部に所属する全員に向けて発せられることになった。

●求む! 五月病の発散法!
『 この度、深刻な五月病の蔓延がHOPE支部内の問題として発覚いたしました。そこで、この日本の国民病とも言える五月病を撃退すべく、所属エージェントの皆様からのアイディアを募集いたします。これは、主に英雄の皆様のかつての住環境を鑑みるに、五月病にかかる可能性が低いということと、日本以外で生まれ育った人の視点や考え方から有効な発想が生まれるかもしれないと考えたからです。もちろん、日本出身のエージェントの方々からのアイディアも大歓迎です。いいアイディアがでたら、HOPE支部内に緊急設置いたしました対策本部までどしどしお寄せください。余興、イベント、レクリエーション、実現可能であればなんでもOKです。予算、物資も支部から可能な限り提供させていただきます。尚、アイディアが採用されました方(二名ほど)にはS市のホテルの豪華ディナーチケットをプレゼントいたします。残念ながら実現できなかった企画であっても些少ながら粗品を差し上げます。さらにアイディア及び他企画実行の際にご協力をいただければ、Dデパートの高級お弁当をご提供させていただきます。アイディアの検討・結果発表は明日の午後四時、実施日は早ければ翌日からを予定しております。皆様からのご協力をよろしくお願いいたします。』

解説

●目的
 五月病を吹き飛ばします。
●状況
 HOPE支部のスタッフを中心に、深刻な五月病が蔓延しています。主に、やる気のなさ、倦怠感、頭がぼんやりするという状態のようです。このままでは支部の機能にも支障を来しますので、エージェントから広く五月病撃退のためのアイディアを募集しています。
 レクリエーション、イベント、余興、実現可能なことであればなんでもOKです。資金と物資も支部から提供してもらえます。アイディア募集はこのお知らせが出た日の翌日午後四時まで行われ、同時進行で対策本部のスタッフにより検討されます。発表は締め切りの直後です。
 実施日は、可能であれば次の日から。五月病が完全に撃退されたと判断されるまで続けられるそうです。
 アイディアが採用された人二名ほどには、S市ホテルの豪華ディナーチケットプレゼント。惜しくも採用されなかった人でも、粗品がもらえます。また、企画の実施でお手伝いすれば、デパートの高級お弁当が提供されます。(※アイテムとしての配布ではありません)

リプレイ

●健全な精神は……。
 蝶埜 月世(aa1384)とアイザック メイフィールド(aa1384hero001)は、五月病対策本部からの書類に自宅で目を通していた。
「……どう? アイザック?」
「ふむ、これはイニシエイター達の試練後に信仰に疑問を感じてしまい告解が増えてしまう現象があるのだがその様なものか?」
「……そんな感じなのかしら?」
 彼が元いた世界の喩えでいわれても、ざっくりした印象しか想像できない。
「なら、これはかなりの所、肉体的なものだ。新しい生活のリズムに心身が付いて行かない状態なのだが……精神を整えるより、肉体をリズムに合わせる事に集中した方が良いな。仕事にそれが無ければ私生活、というのか? 身体を動かす日課を整えると良いかも知れない。考え過ぎるとそれが更に負担を増してしまう事が多いが、適度な肉体の疲労は睡眠を導き、それが心身を癒すのだ」
「……まとも過ぎて採用は難しそうね。でも、まあ思い当たる日課だっけ? それの例をまとめてレポートに出来る?」
「了解した。時祷書を一から作る様な物だが……まあ、何とかなるだろう」
 アイザックの考えは実にオーソドックス且つ堅実なもので、いわゆる五月病といわれる心身の症状を、生活習慣を見直すことで改善しようというアイディアだった。
 元神学者らしいアイザックは、修道院の聖務一覧の様なスパルタ式生活パターンのマニュアルを作成した。カウンセリングサービス付きである。ちなみにカウンセリングは突き抜けて酒量で突破する破戒コースと瞑想と鍛錬中心の修道コースの選択が可能だ。一度どちらかに突き抜けてしまえば、ちょうどいいところすなわち中道も見つけやすいということらしい。
 彼は猛然とレポートと書類の作成にかかり、完成したのは深夜近くだった。
「何とか間に合った……」
 自分の作った書類のコピーをぱらぱら眺めながら、アイザックは感慨無量といった風に呟いた。
「このお弁当、XXホテルの奴かぁ……トリュフご飯が美味しいのよね。ちょっとあっためて生卵絡ませると最高にゃん! 頑張るぞぉ」
 月世は途中から、当日配布されるお弁当の内容を見て盛り上がっていたのだが、アイザックの気配が動いたのに気づいて顔を上げた。
「嘗ての世界の事は断片的にしか思い出せないのだが、こう言った知識に結晶化された物は何とかなるのだな。しかし、これは良いな……この世界に来て私も少し身体が鈍ってしまったようだ、今日からやって見るか……月世もどうだ?」
「え? どれどれ……」
 月世は軽い気持ちでレポートに目を通したが、すぐに仰け反った。
「げ、遠慮させて頂きます! あたしは五月病になった事が無いのが自慢なの。って言うか、これ何時お酒飲む時間が入ってるの? ……だいたい、この時間に寝たら深夜と会えなくなっちゃうヨ」
「……はあ、月世、あまり夜更かしは良くないぞ」
 月世にとって『深夜』という言葉には別の意味があるのだが、それを知らないのはアイザックにとって幸いである。心安らかであろうから。
「ワインバーのはしご、締めはバーで始発待ち! 五月病の入り込む余地無しよ! ……少なくとも飲んでる間はね」
 健康的なのか不健全なのかよくわからないが、突き抜けてしまえばそれもまたよし、というアイザックの理論は図らずも月世により実証されたのであった。

●アイディア出し
「病だなんだといっているが、結局は長期連休の弊害だろう」
 緋褪(aa0646hero001)がにべもなく言い放つのに、 來燈澄 真赭(aa0646)は溜息をついた。
「まぁ時期的なものではあるけどGWが無ければここまで顕在化はしないだろうね……」
 年度末と年度初めのごたごたの疲れが出る時期に、長期の連休が入ってくるようになっているのが主な五月病の原因とされている。
「休みを一纏めにせずにもっとばらけさせれば解決する問題だと思うのだがな」
「それをしちゃうとたぶん別の問題が浮上しちゃうから却下で」
 有か無かで片付かないのが人間なのである。人間だもの。
 現在、五月病対策本部において、エージェント達の会議中である。真赭達が提案したのは、アニマルセラピー。動物と触れ合うことでリラックスして、気分転換を図るというものだ。
「長期連休での気持ちに引っ張られて働く気力が薄れているなら、動物と触れ合うことでそれらの意識をリセットさせれば五月病にもならなくてすむし、なによりも動物と触れ合えるのはうちがうれしい」
 真赭的には、大きい動物も是非触れ合う対象にしたかったのだが、他の者達と緋褪により却下された。
「まともな対策案に見えるが、最後の一言は余計だろう」
「だってこの案が通ればわざわざ遠出しなくてもいろんな動物と触れ合えるんだよ!」
「その動物バカなところは何とかならんのか……。何よりも五月病対策なのだから常設は無理だろ」
「そんな!?」
「まあまあー」
 風深 禅(aa2310)が場を取りなす。がっかりする真赭の隣の席では、天海 雨月(aa1738)がぼけーっと座っている。
「んー? よく分かんねーけど、やる気出ないなら出るまで休んどきゃいいじゃん」
「それでは何の解決にもならぬであろう。そんな不確かなもの、待っている時間が惜しいわ」
 彼の英雄巳瑚姫(aa1738hero001)がすかさず突っ込む。
「なんか食う?色々あっけど……ほい、綿菓子」
「……それは突っ込み待ちなのか?」
「? 何が?」
 巳瑚姫はぐったりする。銀髪にツツジを飾った綿菓子系男子は、ふわふわと気の向くまま。
「疲れてんじゃね? なんか悩みあんならぶちまけとけって」
「雨月、おぬし万年五月病の様なものじゃろう。やはり五月生まれだからかのう……」
「いやそれ、関係ないから……多分」
 もへもへとした会話の中、巳瑚姫は雨月のスマホをひったくり、検索をかけ始める。そもそも、彼女は五月病についてあまりよく知らなかったのだ。
「なんやかんやで真面目だよな、みこ」
「喧しいわ! おぬしも手伝え馬鹿者!」
 本来はスルー属性の筈が相方がボケ倒すせいで問答無用でツッコミになってしまった彼女である。そして検索の結果、一つの結論を導き出した。
「鬼ごっこはいかがか?」
「鬼ごっこ?」
 アガサ(aa3950)が訊き返す。
「うむ、気力が萎えているのであれば、半ば無理矢理にでもテンションを上げさせるべきじゃろうと思うてのう」
「なるほど」
 カリオフィリア(aa3950hero001 )が頷く。
「運動にもなるし、いいかも」
 月世も同意した。傍らでアイザックも無言で首を縦に振る。
「では、こういうのはどうでしょうかー?」
 禅がにこにこと全員を手招く。おもむろに差し出したのは。
「……モナカ?」
「おひとつどうぞー」
「好物なのだ」
 虚空(aa2310hero001)の補足が入ったが、まったく説明になっていなかった。
「いただきます」
「……うむ」
 真赭と緋褪は、とりあえず受け取った。
「ほう、これは美味。さくさくとした外側の歯ごたえが主張しすぎておらず、中の餡の円やかさと甘さを最大限に引き出している。この餡に使われている砂糖は――」
「……」
 炎の料理人鶏冠井 玉子(aa0798)は目を輝かせながら解説を始め、相方のオーロックス(aa0798hero001)は無言でゆっくりとモナカを口に運んでいる。
 ともあれ、おいしい最中であることは確かだった。一同は予期せぬおやつタイムをありがたく堪能し、ほぐれた気持ちで打ち合わせは進んでいった。
 ほくそ笑む禅には、誰も気づかぬままに。

●プリセンサー危うし
 五月病絶賛蔓延中のHOPE本部内は、やはりどこかだらっとしていた。
「あはは、大変ですー。愚神でも現れたらどうなる事かー」
「はは、流石にHOPEがそんな嘘に騙される筈がない、よな?」
 禅と虚空は、プリセンサーのいる部屋へ向かっている。モナカの入った箱を、大事そうに抱えて。
「さて、共鳴しようかー」
 部屋の前で、二人は共鳴した。子供の姿へと変じ、ノックする。
「これあげる。お姉ちゃん達、いつもがんばってくれてるから! ……だめ?」
 出てきたプリセンサーが何か言う前に、有無を言わさずモナカを渡す。
 未来を予測する能力者達は戸惑っていたが、純真健気な子供からの差し入れはやはり嬉しかったようだ。子供を招き入れ、お茶を淹れてモナカを皿に並べる。そして一人がモナカに手を伸ばし、真っ直ぐ口に……。
 そこで、共鳴を解除する。
「あはは、ギブアンドテイクという言葉、ご存じですか?」
「君、割とクズだな……」
 虚空の呟きは無視し、禅は逃げようとしたプリセンサーをすかさず捕まえる。
 モナカは、貴重な取引材料。口に入れたが最後、相手には返すべき借りが発生するのだ。
 他ならぬHOPEからこんな絶好の機会が与えられるとは。今こそ悲願のために行動できるというもの。
「借りは返すものですよ? 純粋な善意など存在しない」
 取り出したナイフを構えて、彼はにやりと笑った。

●モナカ、襲来
 HOPE支部に、緊急の放送が流れる。
『プリセンサーにより、愚神の襲撃が予測されました! 一般職員は直ちに避難、支部内にいるエージェントは、戦闘に備え待機してください!』
 だらけていた空気が、一瞬で塗り替えられる。ばたばたとそれぞれの部署に向かう者、速やかに避難する者様々だが、さすがに統率が取れており大きな混乱は起きない。
「出口は向こうです! 落ち着いて行動してください!」
「こういうときは冷静さが肝要だ」
 月世とアイザックは、避難誘導に専念している。
「うち達は広場に行こう」
「わかった」
 真赭と緋褪は、広場に向かう。こちらもすでに避難と戦闘態勢が整いつつあった。放送によると、愚神はここに現れると言うことらしいが……。
「ん? あれは……」
 同じく広場にやってきた雨月が、何かを見つけたらしい。
「アガサ……とカリオフィリアじゃのう」
 巳瑚姫は首をかしげる。
 アガサはスマホを耳に当てていた。周囲の騒ぎには目もくれない。なぜか、それだけのことが妙に気にかかった。
 だが、彼らが二人に声をかけることはできなかった。
「きゃっ!」
「うわああ!」
 思わず悲鳴を上げて、地に伏せる。爆発が起きたのだ。
「ふふ、ははは!」
 煙を吹き飛ばすほどの、豪快な高笑い。
「よく聞きなさい、愚かな人間共。我は愚神モナカ! 店売りされぬ仲間の怨念を晴らす為、今参上した! 怯え、敬い、跪きなさい!!」
 それは、厳かな宣言であった。広場の一段高くなっている場所、噴水の近くにそれは堂々と佇んでいる。
 それは、モナカだった。
 「最中命」と書いてあるのがまた威風堂々たるものだ。
 ただし、イメージプロジェクターでごまかしてあるものの、実は段ボールである。
『……やめてくれ、馬鹿がバレるだろう……なんだ怨念って……』
 中の人は、当然禅と虚空が共鳴した姿である。
 虚空による脳内ツッコミを無視し、禅が主導権を取る。
 モナカが銃を乱射する。あまりのことにぽかーんとしていた人々は、それで我に返って蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。残ったのは十数人のエージェント、その中には五月病対策チームの面々も当然含まれていた。
「待ちなさい!」
 混乱する場に、凜とした声が響き渡る。
 アガサだった。
「モナカは繊細で芸術的な和菓子よ! あのうつくしさを維持するためには職人さんがひとつひとつ手作りする必要があって、量産は不可能……」
「厳選された羽二重糯米と大納言小豆の織り成す品質は、その入手難度とお値段にふさわしいのじゃ!」
 カリオフィリアも、その隣に並ぶ。
「ほう、人間も貪られるばかりではないと。……面白い、相手になります!」
 典型的な悪役台詞を言い放ち、モナカはざ、と地面を踏みしめた。
 一陣の風が、対峙する両者の間を吹き抜けた。ぴんと張り詰めた音すら聞こえそうな緊張感に、周囲で見守るエージェント達は呼吸すら殺している。
 ただし、敵は段ボールモナカである。

●モナカの価値は
 モナカが跳躍する。乱射される銃弾をことごとくよけながら、英雄と共鳴したアガサが徐々に間合いを詰めていく。
「これならっ!」
 アガサの右腕が一閃する。一拍遅れ、派手な破裂音ともうもうたる煙が広場を満たした。
「これは……」
「火薬じゃねぇの?」
 雨月が、グミをもぐもぐやりながら言った。
 いかにも、鼻を刺激する独特の臭いは、花火のものと酷似していた。
「それにしても、どういう状況なのかな?」
 真赭の疑問は、その場の誰もが共通して抱いていたものだったろう。
 プリセンサーが愚神出現を予測した。そして愚神が現れた。現在戦闘中。
 簡単にまとめれば、そういうことのはずだ。アガサとモナカは互角の戦いを繰り広げているが、速やかに事態の収束を目指すのであればここは協力して戦うべきだろう。
 だが、できなかった。共闘を拒むような何かが、アガサとモナカから感じられたのだ。
「今は、この支部内にいる人々を全員避難させるのが先決だ」
 緋褪が言う。
「うむ、ではわらわ達は避難誘導を」
 巳瑚姫の言葉に頷き、真赭と緋褪は駆けだした。まだ支部の建物内にも、敷地内の他の場所にも人はいるはずだ。それに敷地から人を退避させたあと、近隣に混乱が起きないようにも手を配らなければならない。
「ほれ、雨月。わらわ達もゆくぞ」
「あー」
 巳瑚姫に引きずられる形で、雨月も続く。
 それにしても、玉子とオーロックの姿が一向に見えない。いったいどこで何をしているのだろう。月世、アイザックとともに行動しているのかもしれないが……。
 一方、戦闘はますます激化していた。アガサがライヴスショットを駆使し、モナカの周易経の陰陽印を狙い、攻撃を相殺させる。互いの攻撃が着弾する度に、派手な煙が上がる。
「はははは! どうしました、その程度ですか!」
「くっ!」
 モナカが銃を乱射し、アガサは後ろへ跳躍した。石畳が抉れる。そしてさらなる煙と花火臭。
『アガサ!』
 アガサの脳内で、カリオフィリアの声が響いた。はっと足下を見やると、そこには紛れもなくはっきりと浮かび上がる陰陽印。
 アガサはタイミングを計って、跳躍した。直後周易経の放つ雷電が、空を切り裂く。
『もういいかのう』
「そうね」
 アガサは、モナカを見やる。モナカは黙って佇んでいる。
「そろそろ、決着をつけましょう」
 恐らく、避難はほぼ完了しただろう。HOPEのスタッフもエージェント達も、この支部を取り巻くようにして様子を窺っているに違いない。
 彼らを、安心させてやらなければ。
「わたしは……負けないッ! お願い……みんなを守る力を……!」
 アガサは、高らかに叫んだ。彼女の武器に、ライヴスブローが纏う。隙を見てリンクコントロールを使っていたために、いっそうの力が感じられる。
「なん……だと……!?」
 モナカが呻く。
 その間に、アガサはしっかりと武器を構えて狙いを定めた。
「絆<リンク>の力! これが私たちの勇気<ブレイブ>!」
 放たれるライヴス。
 真っ直ぐにモナカ目がけて向かっていく。
「ば、馬鹿なあああ!」
 着弾。閃光。爆発。
 すさまじい煙が、広場を覆い尽くす。
 だがそれも、清涼なる一陣の風が鮮やかに吹き散らしていった。
 その向こうから現れたのは、膝をつくモナカの姿。
「これが、人間の絆の力……! ……ふっ負けました、強き人の子よ」
 その言葉の中には、恨みや怒りは感じられなかった。
 むしろ、全力を尽くした者のみが得られる、爽快さに満ちている。
 アガサは共鳴を解いた。カリオフィリアが、静かに彼女の後ろに寄り添う。
「さあ、行きましょう。準備はよくて?」
 モナカは、よろよろと立った。そして先へ立って進むアガサのあとから、ゆっくりと歩いていく。
 やがて彼らが辿り着いたのは、HOPE正門入り口からよく見える場所だった。
 門の向こうから、たくさんの人が覗いている。HOPEの関係者達、そして五月病対策チームの面々。
 モナカは、それを確かめるとおもむろに両手を挙げた。掲げられていた者を目の当たりにして、外にいる人々からどよめきが上がる。
 花火。
 しかも、火がついている。
「危ない!」
 叫んだのは誰だったのか。
 何者にも止める隙を与えず、モナカは己の身体に花火を接触させた。
 真紅の舌が、たちまちその姿を舐め尽くしていく。さながらその味を貪るように、すさまじい勢いで。
 張り詰めた静けさが、辺りを支配していた。重く、沈痛に。
 その中に漂うのは炎から上がる煙のみ。
 火薬臭。
 花火の。
「ん?」
 最初に声を上げたのは、雨月だった。
「さっきから気になってたんだけど、異様に花火の匂いするよな」
「そういえばそうじゃのう」
 巳瑚姫も同意したが、すぐに首をかしげた。
「む? それになぜ、あやつは花火を持っているのじゃ?」
「確かに……」
 真赭が呟き、緋褪は炎上するモナカに目を向ける。
「待て。何か出てきた」
「えっ?」
 モナカは、燃え崩れようとしていた。だがその中から、素早く飛び出した影が一つ。
「あれは!」
 影は中空で分裂し、二人の人間へと変わる。それぞれに風深禅と虚空の名を与えるのは、容易なことだった。
 どういうことなのだ。なぜあの二人が、モナカから現れたのか。
 察しのいい人々から順に、その回答が伝播していく。
 簡単なことだ。彼らこそが、あのモナカの中の人だったのだ。
 モナカへと姿をやつし、HOPE支部をいろいろな意味で混乱に陥れた張本人だったのだ。
 だが、何のために。
 一つの答えは、一つの謎へと変化する。
 禅は、そんな大衆に向かってにっこりと笑いかけた。
 その両手には、布。
 高々と掲げ、ばっと勢いよく広げる。
 陽光に照らし出されて、それは悠然と翻った。
 人々は瞠目し、そこに書かれていた短い言葉に釘付けとなった。

――訓練でした!――

 一拍おいたあと、どのような騒ぎが起きたかはここでは触れない。その方が、心安らかであろうから……。

●輝けるイエローの氷山
 鶏冠井 玉子は、天性の料理人である。ゆえに今回の依頼でも、迷うことなく料理による救済を選択した。
「この鶏冠井玉子の至高の一品で、すべて解消してみせようじゃないか」
 料理、すなわち食物は、生きとし生けるものにとって活力の根源である。おいしいものを堪能したら元気になる、という彼女の理論は正鵠を射ていると言えるだろう。
 モナカ騒ぎが一段落したHOPE支部エントランスホールには、さりさりという声量で爽やかな音がひっきりなしに響いている。
 巨大な氷が、機械で削られているのだ。雪のように細かくきらきら光る欠片が舞い降りるのは、昭和レトロなガラス製の器の中。涼し気な雰囲気の中に、ワンポイントでハイビスカスをあしらった可愛いデザインだ。
 これは、玉子の相方オーロックが探し出してきたもので、やはり玉子こだわりのセンスが生きている一品だ。ハイビスカスは南国の花。そこにかき氷が盛られていくことで、夏の暑さを想起させながらも同時に清涼感があり、印象が爽やかだ。
 削られた氷は、口内でふわりと広がりを見せる。そこにかけられるソースもまた贅沢なだった。パイナップル、パパイヤ、マンゴーの三種のフレーバーを組み合わせた、特製の一品なのだ。まさにトロピカルな、常夏の島を感じさせる贅沢な一杯である。
「試作品だが、なかなかの味になったと自負している」
 という玉子のコメントを聞いて、人々は唖然としたという。
「これで試作……ですって……!」
 月世はすごい勢いでスプーンを口に運んでいる。そしてお約束通り、頭にきーんときて呻いた。
「しかし、なぜかき氷なのだ?」
 こちらもおいしそうに堪能しているが、いくらか冷静なアイザックが尋ねる。
「眠気を飛ばす冷たくて美味しいものならアイスクリームでも良かったのだろう。だがしかし、夏を感じさせるにはやはりかき氷しかあるまい」
 忙しくかき氷を作り続けながら、玉子は胸を張った。
「そう、圧倒的真夏感を体内に取り込むことで、今が五月ではなく七月、いや八月なんだと身体を錯覚させ、五月病を吹き飛ばすというのが真の狙いだ」
「なるほど」
 真赭が感心したように頷いた。すでに器は空で、二杯目に行くかどうか真剣に悩んでいる。
「資金も無駄にはできないからな。これであれば五月病が仮に治ったあとでも、続けて楽しんでもらえるハズだ。こちらがレシピになる。ぜひ活用してくれたまえ」
 玉子が合図をすると、盛りつけを手伝っていたオーロックが薄いクリアファイルを一冊そばにいたHOPEスタッフに手渡した。感謝の言葉を述べるスタッフに、玉子はにやりと笑いかける。
「なあに、ぼくは食が世界を救うと、ひとりでも多くの人に分かってもらえればそれで良い。――さあそこの君も一杯いかがかな」
 通りすがりの者に声をかけ、かき氷の器を差し出す玉子。
 それはまさに、美しく輝ける黄色の氷山だった。
「モナカの魅力伝わったでしょうか?」
 一方、かき氷共々モナカを堪能する禅。どっきり避難訓練に驚いた人からはちょっぴり怒られたが、どこ吹く風だ。
「やり方がなあ……」
 方法がおかしいモナカ狂信者に、頭を抱える虚空。愚神に魅力もなにもあるか。
「この皮の中はわが懐かしき深淵かの? ふむ、小豆の良い香りじゃ」
 その横では、もらったモナカをカリオフィリアが見つめている。アガサは早速一口かじる。
「さっくり軽い皮に上品な甘さの餡子が。ふーん、モナカって……なかなか悪くないわ」
「なっ!? このモナカ、餡子の中にタマネギが入っておるぞ! シャキシャキしておる!!」
 貪るようにモナカを完食したカリオフィリアは、物寂しげにきょろきょろと周囲を見回した。そして、モナカの伝道者とがっちり視線が絡み合う。
「どうぞ」
 にっこりモナカを差し出す禅。
 避難訓練のモナカ愚神は彼女達と仕組んだもので、渡した台本の台詞を読む際「なにコレ」「……うむ、台本というやつじゃ。なかなか洒落ておるの」などとツッコミが入っていたらしいが、今となっては些末なことである。
 少なくともここにいる二人への、彼の悲願――モナカ布教は成功したのだから。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798
  • エージェント
    風深 禅aa2310

重体一覧

参加者

  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798
    人間|20才|女性|攻撃
  • 食の守護神
    オーロックスaa0798hero001
    英雄|36才|男性|ドレ
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384
    人間|28才|女性|攻撃
  • 王の導を追いし者
    アイザック メイフィールドaa1384hero001
    英雄|34才|男性|ドレ
  • 綿菓子系男子
    天海 雨月aa1738
    人間|23才|男性|生命
  • 能面と舞う
    巳瑚姫aa1738hero001
    英雄|23才|女性|ソフィ
  • エージェント
    風深 禅aa2310
    人間|17才|男性|回避
  • エージェント
    虚空aa2310hero001
    英雄|13才|女性|シャド
  • ツンデレお嬢様
    アガサaa3950
    人間|21才|女性|防御
  • 星辰浮上
    カリオフィリアaa3950hero001
    英雄|32才|女性|ブレ
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