本部

“ごっこ”の果てに

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/04/29 21:01

掲示板

オープニング

「能力者ごっこすーるもーの、こーのゆーび止ーまれ!」
「はいっ」
「はーいっ」

 夕暮れ時に差し掛かった廃寺の境内に、幼い子供の声が木霊する。
 境内には、十数人の小学校中学年くらいの子供達が集まり、楽しげに駆け回っていた。

「じゃあ今日も一夫が愚神な!」
「えーっ」
 一夫、と呼ばれた少年は、明らかに気分を害したように、顔を顰めた。
「もうヤだよ。僕、昨日も一昨日もその前の日も、ずーっと愚神だったじゃん! 何で僕だけいつも愚神なんだよぅ」
 すると、少年の中のリーダー格も眉根を寄せて反論した。
「仕方ないだろ。ジャンケンで決めるんだから、いつも負ける一夫が悪いんだよ」
「そうだ、そうだ」
「仕方ないよねぇ」
 共に遊んでいる少女達も、クスクスと笑っている。
「ホラ、早く散れ散れーっ! 一夫は早くドロップゾーンの場所を決めろよ!」
 一夫は、暫し渋面でいたが、唇を尖らせて廃寺の建物に歩み寄る。
「今日はこの中がドロップゾーンだ。ここに入ってタッチされたら、そいつが今度は愚神だからな」
「えー、それじゃ詰まらないだろ。能力者ごっこ、する意味ないじゃん」
「そーだよ。もっと広い所使えよ」
「それに、触ったら終わりなんて、ただの鬼ごっこじゃあるまいし」
「対戦して一夫が勝ったら、今度は負けた奴が愚神だ」
「じゃあ、始めるぞーっ! 女子は愚神に捕まった一般人な」
 一方的に決めてしまうと、リーダー格の耕一は、他の少年達を誘って境内の方々へ散らばった。

 世界蝕から、早二十年。
 能力者、愚神、従魔、HOPEという言葉が一般社会にも浸透して随分経つ。必然、子供社会の間にも、時折こういった“ごっこ遊び”が流行ることもあった。
 だが、連日自分だけが愚神の役をやらされるのにうんざりしていた一夫は、溜息を吐いて、境内を出る階段へ歩を進める。
「あれ、横溝君、どこ行くの?」
「違うわよ、今は愚神じゃない」
 背後でヒソヒソと話す女子の声さえも、一夫には鬱陶しい。
「能力者はいませんかぁーっ! 愚神が逃げますよーっ!!」
「うるさいな、僕はもう帰る――」
 勢いよく振り返った一夫の目に映ったのは、数人の女子だけではなかった。女子達と、一夫の間に、身体から仄かな光を放つ少女が浮いている。
 年の頃は、一夫達と同じくらいだろうか。
 ストレートの黒髪をツインテールにして、巫女の衣装を身に纏っている。格好は違うものの、まるで日本人形のような容姿だ。
「妾(わらわ)を呼んだのは、そなた達か?」
「は……?」
「呼んだであろう。それとも、能力者を呼んだのか?」
 一夫も女子達も、唖然としてまともな言葉を返せない。何が起きているのかも、うまく把握できずにいた。
 そんな一夫達には頓着せずに、黒髪の少女は嫣然と微笑んだ。
「愚神を捕らえるのであろう? 能力者がここにいるのなら、早く助けを呼んだらどうだ?」

「おい、愚神! いつまで待たせる気だ?」
 境内に散ってから、かれこれ三十分は経った。いくら何でも、間が空きすぎだ。
 そう思った耕一は、境内に小走りで戻りながら大声で呼ばわる。しかし、返事はない。
 一夫の奴、折角人が楽しく遊ぼうって言ってるのに、ノってこないなんて。
 ブツブツと内心でこぼしながら、境内の広場へ戻った耕一は、唖然とした。女子六人と一夫の姿はない。代わりに、巫女の格好をした少女の後ろ姿が見えた。
「おーい、耕一。どうした? 愚神はまだ見つからないのか?」
 ごっこ遊びの延長のつもりでいる仲間の呼び掛けに答える余裕は、耕一にはなかった。背後から声を掛けてきた少年も、耕一の前に立つ少女に気付いたのか、口を噤む。
「そなたらは、能力者か?」
 不意に、口を開いた少女が、ゆっくりと振り返った。
 確かに見知らぬ少女の筈なのに、彼女の顔には、どこか見知った面影が重なる。
「一夫……?」
「そうか。この身体の主は、カズオと言うのか」
 クスリ、と笑った少女の中に、一夫の顔が見え隠れした。
 見た目は確かに巫女姿の少女だが、身体は一夫のものなのか。いや、分からない。一体、何がどうなっているのか。
「そなた、これなカズオを“愚神”と扱うて痛め付けていたであろう?」
「あ……」
 何故、それを知っているのか。訊きたいが、言葉にはならない。
 逃げなければ、と本能が警鐘を鳴らすのに、震える足は踵を返すことすらできなかった。
「能力者になりたかったのか。愚神を、倒したかったのか?」
「あ……ああ……」
「なれば、本物の愚神である妾が相手になってやろうて。そなたは強いのであろう? いつでも掛かってくるが良い」
 言い終えるなり、少女はすうっと何もない空間に腕を水平に差し伸べた。彼女の周囲や伸ばされた掌の中に、閃くように炎が顕現する。
 それは、彼女が“自称”愚神ではなく、正真正銘、本物のそれである事を示していた。
「う、うわぁあああーっっ!!」
 瞬時に事実を呑み込んだのだろう。悲鳴を上げたのは、耕一の後ろにいた少年だった。どうにか視線だけを巡らせると、彼の後ろ姿だけが視界の端に映って消えた。

「父ちゃん、父ちゃんっっ!!」
 埼玉県某市にあるHOPE支部に、事務職員として勤めていた柳沼竜二は、息子の巌(いわお)が叫びながらエントランスに転がり込んで来たのに目を剥いた。
「静かにしなさい、巌。ここで父ちゃんは遊んでる訳じゃないんだぞ」
 声を潜めて言うも、興奮しているらしい息子の耳には入らなかったようだ。
「それ所じゃないよ、父ちゃんっ! 愚神が、愚神が出たんだよぅっ!!」
「愚神?」
 それを聞いて、受付カウンターにいた何人かもこちらへ目を向ける。
「巌。能力者ごっこなら、いつも通り友達と余所でやりなさい」
「本当に出たんだってば! 一夫が中々来なくて探しに境内に戻ったら、女子がいなくて知らない女の子がいて炎が出て」
「少し落ち着こうか? で、能力者役の子は皆やられちゃったのかい?」
「だから、遊びの話じゃないんだってばっっ!!」
「――穏やかじゃありませんね」
 すっと巌の背後から手が伸びて、女性職員が柳沼に視線を向ける。
「嘘だと決め付けないで、柳沼さんこそ落ち着いて、少し息子さんに詳しい話を聞かれたらどうでしょうか」

「――という経緯で、皆さんに集まって頂きました」
 ミーティングルームに召集されたエージェント達を見回して、女性職員が続ける。
「現在、ここから一キロ程離れた廃寺の境内で、近所の小学校の四年生が十数人で遊んでいました。女の子が全部で六人と、横溝一夫君が行方不明。柳沼巌君の証言によると、北口耕一君という少年が、愚神と見られる少女と対峙していたそうです。他の少年三名については、安否は分かっていません」
 最早、コトは一刻を争う。
「至急、現場へ向かって頂けますか」
 子供達の命が掛かっている。否やを唱える者など、その場にはいなかった。

解説

▼目標
・一夫を含めた少年五名を保護
・可能なら愚神の討伐

▼登場
炎朱(えんじゅ)…愚神。この世界に顕現した時はミーレス級だったが、少女六人を捕食し、一夫の身体を乗っ取った事でデクリオ級に。
好戦的な性格。
容姿>本体は、黒くて長い直毛をツインテールにした、日本人形のような外見。巫女姿。見た目は十歳前後。一夫の身体を乗っ取る事で実体を得たが、今現在の容姿も本体が基本。
戦闘>ライヴスを炎状にして攻撃。火の玉状にして投げる、炎で囲んで焼く、等形状は多彩。それ故に水での攻撃には弱い。
つい先刻この世界に顕現したばかりで、戦い慣れしていないところも弱点と言えば弱点。

横溝 一夫…愚神に身体を乗っ取られてしまった、小学四年生。
仲間内の能力者ごっこで、いつも愚神の役にされるのを不満に思っていた。

北口 耕一…一夫のクラスメイト。ガキ大将タイプで、いつも能力者ごっこではリーダーの役。ジャンケンで決めるので、いつも一夫に愚神の役が当たってしまうのも公平な事だと思っていた。愚神の目の前に取り残されている。

柳沼 巌…耕一、一夫のクラスメイト。父親の竜二がH.O.P.E.の事務職勤務。父親の職業柄、能力者ごっこの言い出しっぺは彼。

▼PL情報
◆境内は、敷地面積三百平方メートル。
ほぼ中央に本堂があり周囲は鬱蒼とした森と見紛う木々に囲まれている。
本堂の正面は百メートル程石畳が続き、その先は階段。五十メートル程下った所で道路に出る。
少年達は、森の中に各々隠れているらしいが、あまり広くはないので、愚神に見つかるのは時間の問題。
敷地の外も木の生えた山が続き、特に境界線や柵はない。逃げようと思えば逃げられない事もないが、少年達には裏手方面の土地勘はない模様。
境内下の道路は、ごく偶に車が通るというくらいの田舎道。敷地外から半径五百メートル前後には民家もない。

◆内原 尚人、玉手 将吾、武下 雅昭…所在不明の少年達

リプレイ

「子供……子供、だと……ッ!」
 説明が済むや、煤原 燃衣(aa2271)が落ち着きなく立ち上がる。異形によって弟を亡くした過去がある為、心中穏やかでなくなったらしい。
「皆いこう! 風深さん、一ノ瀬さん、ボクと捜索を! 他の方は敵をお願いしますッ!」
 小隊【暁】の隊長でもある煤原は、仲間に号令し、すぐにも飛び出さんばかりだ。
「くそッ……既に誰か喰われているかもしれない……ッ」
『かもしれん……が……まだ命ある者も居る。隊長だろうが……諦めるな』
 ネイ=カースド(aa2271hero001)が、煤原の肩を軽く叩く。
「そうですよ。その為に、少し準備をしないと」
 静かに言った九字原 昂(aa0919)は、通報者である巌に視線を向けた。
「巌君、だったかな」
「うん」
 オペレーターの説明の間に、彼の父はその場を去ったが、巌は残っていた。
「少し話せるかな。大丈夫? 現場の状況とか、乗っ取られた子について、詳しく聞きたいんだけど」
「後、遊んでた友達の人数と、愚神の特徴なんかも聞けると助かります」
 昂と同じ事を考えていたらしい黒金 蛍丸(aa2951)が、質問を重ねる。
 一方で、煤原はオペレーターに、車や無線等を借りられないかを訊ねていた。
 車は借りられそうだったが、運転はちょっと、と難色を示された。今は、修羅場慣れしていない職員しかいないらしい。
 運転はネイに頼む事になり、準備を整える間に、昂と蛍丸は巌の聴取を終えた。
 煤原を先頭に、能力者達はその場を後にする。最後に続いた昂は、ふと気付いたように巌を振り返った。
「そうだ。一夫君だけど、そろそろ愚神役は卒業させてあげないとね」
 昂と目が合った巌は、ばつが悪そうに視線を逸らす。そんな巌を見つめて微笑した昂は、偶には違う役も新鮮だろうし、と言い残して、仲間の後を追った。

 耕一は、意外にもまだ自分の足で立っているように見えた。但し、その前には愚神と思しき巫女姿の少女が立ちはだかっている。
「穏やかじゃないね」
 狙撃位置を確保した繰耶 一(aa2162)は、二人を視界に納めて息を吐く。子供の危機に、若干焦りが募っているらしい。
 その焦りを敏感に察したのか、一と同じ場所を見つめたサイサール(aa2162hero001)が、
『ハジメ、射手であるあなたが状況に動揺してはなりませんよ。冷静に』
 と秘書のように諭す。彼の表情には、一点の曇りもない。一は無言で頷いて、相棒と共鳴した。
「皆。配置に付いたかい」
 開通状態にした無線を通して声を掛けると、それぞれに是の返事が返ってくる。
「いくよ――ブラインド!」
 一が放ったフラッシュバンが炸裂し、辺りは眩い光に包まれた。

 階段を上がり切らない場所から、詩乃(aa2951hero001)と共鳴した蛍丸はそっと上を伺う。セレティア(aa1695)とリンクしたバルトロメイ(aa1695hero001)も一緒だ。愚神らしき少女は、上がり切って少し行った位置で、丁度二人に背を向けている。
 防人 正護(aa2336)とアイリス・サキモリ(aa2336hero001)、昂は、二人とは別方向からの布陣だ。
〈皆、配置に付いたかい〉
 無線から一の声が聞こえ、全員が各々是の意を彼女に伝える。直後、合図と共にフラッシュバンが放たれた。一の合図で閉じていた目を眇めるようにして開けると、少女が目を押さえて呻いている。その向かいで、同じく目を押さえしゃがみ込んだ少年に向かって、蛍丸が地を蹴る。
「待っていて下さい。すぐに助け出します……!」
 少女の脇を少し距離を開けて走り抜け、耕一と思われる少年を立たせて抱える。
 階段へ引き返そうとすると、少女が身動ぎした。瞬間、銃声が上がり、少女は怯んだように身を縮めるものの、闇雲に腕を振り回す。
「おっと!」
 その腕が蛍丸に当たるより早く、彼らの間に割り込んだバルトロメイが、蛍丸達を庇いつつ高らかに宣言した。
「能力者を呼んだな! 俺は小隊【暁】の副長バルトロメイ! 遊んでやるよ、掛かってきな!」

 閃光効果の範囲外から、風深 禅(aa2310)は瞬時そちらへ視線を投げ、肩を竦めた。
「隊長命令なら仕方ないですねー……子供は嫌いなんだけどなあ」
 彼の子供嫌いは、幼少期、弟に殺され掛けた事に起因している。だが、今は非常時だ。
『馬鹿か、子供の命と君の好き嫌いは関係ないだろう。行くぞ!』
 虚空(aa2310hero001)に鋭く一喝され、禅は再度肩を竦める。彼女と共鳴した禅は、何もない空間に手を差し伸べた。掌にライヴスで生成された鷹が現れ、空高く舞い上がる。
(見つからなくても良いけどね。どうせ一緒じゃないか、俺を殺そうとした子供と)
(それは唯のあてつけだ。気づけ、そう言う君が一番我儘で子供だと)
 覚えず脳内で呟くと、またも虚空にピシャリと言われる。
 溜息を吐いた禅は、スマホの地図を見ながら歩を踏み出した。

「ったく、ガキってのは、これだから……」
 ブツクサ零しながら廃寺敷地内の森へ分け入る一ノ瀬 春翔(aa3715)に、アリス・レッドクイーン(aa3715hero001)が『自分を見てるようで?』と面白がるように言う。
「……何だよ、それ」
 半眼で視線を投げると、アリスはどこか宥めるような表情で春翔を見上げた。
『ハルトが思ってるよりも、子供っていうのは強いよ。うんと』
 何だかんだで、子供達を心配しているのは、彼女には丸分かりらしい。
「……そうかい。そうだと、いいな」
 苦笑と共に返すと、アリスに手を差し伸べる。彼女も黙ってその手を取った。共鳴し、ライヴスの鷹を生成して、空へ放つ。
「早く出てこい! ホンモンの愚神に殺されちまうぞォ!」

 廃寺に着くと、禅、春翔と手分けした煤原は、愚神に狙われない程度の遠くから捜索を開始した。
 奥は森が深く、いくら遊びとは言え子供が行くには辛い筈だ。となると、道路側付近だろうか。
「HOPEの能力者が助けに来たぞ! 皆どこだ!?」
 所々火が燃え移っている場所には、トリアイナの力を合わせて消火器を吹き付けながら、森に分け入っていく。
 程なく、蛍丸から通信が入った。
〈煤原さん、聞こえますか?〉
「ああ」
〈耕一君を保護しました。少し混乱して軽い火傷もしてましたけど、治療を済ませて、今は落ち着いてます〉
「他の三人の居場所は訊けそうか?」
 安堵と共に訊ねると、通信口から、恐らく耕一であろう少年の声が答えた。
〈あ、あの……他の三人は……ごめんなさい、判らないんだ〉
「判らない?」
〈か、かくれんぼみたいに、好きな所へ隠れてて〉
 まさかこんな事になるなんて、と続けた彼の声は、今にも泣き出しそうだ。一瞬、どうしたものかと考え込んだ時、割り込み通信が入った。

『大丈夫……みんなアリス達が助けてあげるから……おいで。怖かったね……』
 鷹の目を使って捜した結果、残りの不明者三人の内、二人は同じ場所にいた。異変に気付いて、友と合流しようとしたらしい。
 明らかな異常事態に怯えていた為、一度共鳴を解除し、アリスが二人を抱き寄せて宥めている。
「――という訳だ。二人はそれぞれ、玉手省吾君と武下雅昭君だそうだ」
 来しなの車中で、蛍丸と昂から聞いた所に拠れば、残るは後一人だ。
 すると、それに呼応するように、禅からも通信が入る。
〈こっちも見つけましたよ。……HOPEが来ましたよー、出てきて下さーい〉
 通信しながら子供に話し掛けているらしい。仏頂面で、持っていたモナカを子供に差し出している様が、目に浮かぶような声だ。そんな声で呼ばれた子供が、素直に出てきてくれるか、些か不安ではあるが。
「名前を確認してくれるか」
 と言うと、〈俺がですかぁ?〉と不満げな声が返る。煤原に重ねて頼まれると、渋々名を訊ね、〈内原尚人君、だそうです〉と答えた。
「これで全員……だな」
 誰にともなく呟くと、煤原が答えた。
〈階段下で合流しよう〉

「能力者だと……!?」
 目眩ましから回復しつつあるのか、呟いた少女の周囲に炎が閃く。
 襲い掛かる炎を敢えて避けず、バルトロメイは大剣で受け流した。回避すれば、保護した子供達が危険な上、森に延焼する恐れもある。
 その間に、ふと少女は何かを捜すように目を泳がせ、「耕一」と呟くと、身を翻した。
 が、飛来した弾丸が、少女の行く手を阻む。舌打ちと共に足を止めた少女の前に、昂と正護が立ちはだかった。
「さて、暫く僕らと踊って貰うよ」
 言うなり、昂は一気に少女の間合いに踏み込む。攻撃を躱そうとする動きを見せた彼女に、透かさず女郎蜘蛛を放った。

「耕一!」
「尚! 省、雅ぁ!」
 顔を合わせた少年達は、互いの名を呼ぶなり抱き合った。
 その後ろから、彼らを連れていた春翔とアリス、禅が階段を降りて来る。
 耕一と共に待機していた蛍丸と詩乃、煤原が仲間と少年達を迎えた。
 報告もそこそこに、禅は方向転換する。必要以上に嫌いな子供と接するのは御免と言わんばかりだ。
「さて、あっちはどうなったか……俺も行くわ」
 一言断りを入れた春翔も、改めてアリスと共鳴し、境内へ引き返した。
「さァて、どうなるかねェ……子供の強さってのは」
 誰にともなく漏れた呟きを、聞く者はなかった。

『皆様、お怪我はありませんか? もう大丈夫ですからね』
 泣いている子供達を纏めて抱き締めるようにして、詩乃が一人一人の頭を撫でている。
「済みません。少し話を聞いてもいいですか?」
 蛍丸は、意を決して口を開いた。
 本当は時間を置いてやりたいが、まだ事態は予断を許さない。少年達は涙に濡れた顔ながら、蛍丸に視線を向ける。
「一夫君の事です」
「……一夫?」
「ええ。事件が起きる前に、何があったんですか?」
 少年達は、居心地悪そうに互いの目を見交わしていたが、やがて全員を代表するように、耕一が口を開いた。
「別に……何もないよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「ただ……ちょっと一夫が」
 別の少年が言い掛けたのを、耕一が目で鋭く制する。蛍丸は何か言い掛けた少年に目を向け、先を促した。
「一夫君が、どうしたんですか?」
 少年は、耕一と蛍丸の間でモゾモゾと言い淀むも、やがて蛍丸を見上げて言葉を継いだ。
「アイツ……能力者ごっこで、ずっと愚神役が続いてたんだ」
「それがもう嫌だって、今日は渋ってて」
 他の少年からも援護射撃が出る。それを、耕一が苛立ったように遮った。
「仕方ないだろ! ジャンケンで決めるんだから、負けるのはアイツが悪いんだ」
 そう言う事で、耕一も自分を正当化しようとしているのだろう。子供達の世界にはありがちな行き違いだ。けれど、事態はそれで済まない所まで来てしまった。
「解りました。行きましょう、詩乃。煤原さん、子供達を」
 顎を引く煤原に頷き返し、詩乃を振り返る。一夫を救わねば、と決意を新たに差し出した手を、詩乃が握り返した。
『蛍丸様、火が体に燃え移らないように、場所にも注意して下さいませ。それと、絶対に無茶はしないで下さいね? 約束ですよ?』
 どこか苦笑を浮かべた主が頷くのを確認すると、詩乃は蛍丸と共鳴した。

「皆、よく聞いて」
 一方、保護した子供達を車に乗せ、戦線離脱した煤原は、彼らにタオルケットと菓子を与えて慰撫しながら、頃合いを見て口を開いた。
「一夫クンは……愚神に取り憑かれてるんだ。このままだと、一夫クンも……死ぬ」
 “死”という単語が出て来て、彼らの表情が強張る。
「でも、一夫クンの心が愚神に勝てば、愚神を引っぺがせるんだッ」
 グッと拳を握る煤原の言葉に、少年達は顔を見合わせた。
「いいかい。友達を助けたいなら、帰って来い、負けるな、お前は人間だ……っとか言ってあげるんだ」
 さあ、と差し出された無線機を見つめる少年達は、誰もその機械を取ろうとしない。
「どうしたんだよ。早く」
「だって……さ」
「そうだよ。僕達は……今まで散々アイツを愚神みたいに扱ってたのに、今更……」
『――甘ったれるなッ!』
 躊躇う少年達を、運転席にいたネイが一喝する。
『ヒーローは……どんな時でも戦い、人を助ける者だ。子供だろうが関係ない……お前達は一人の男で、ヒーローだろうがッ!』
 遊びでも、能力者の役を演じていたんだろう。ならば、最後まで演じろ、と。
 言われて、益々表情を硬くした少年達の中で、最初に意を決したのは、耕一だった。

 女郎蜘蛛をどうにか引き剥がした愚神は、ふら付いた足を踏ん張る。
 デクリオ級とは言え、初めての実戦で、四人もの能力者を相手にするのは分が悪い。しかも、新手が次々と増える。
 昂の放ったハングドマンを避けた所へ、バルトロメイの疾風怒濤が襲う。繰り出す炎は掻き消され、或いは一の盾に防がれる。思うように攻撃が通じず、焦りが募る。正護と、新たに禅、春翔が加わり、息つく暇も与えられない。
「くそ……愚神だろうと、子供相手じゃやりにくいな……何とかしてあいつを救ってやれないかっ!?」
 覚えず、正護は呻く。
〈――一夫っっ!!〉
 その時、不意に階段の方から声がした。そこには、蛍丸が無線機を掲げている。
〈一夫、聞こえるかっ!?〉
〈戻って来い!〉
〈お前は……お前は、人間だろっ!?〉
 すると、愚神がビクリと体を震わせ、頭を抱える。
「……人間、だって?」
 声音が、少女のものから、少年のそれに変わる。
「僕を人間扱いしなかったのは、お前らだろ……僕は……力を手に入れた。もう殴られるだけじゃない!」
 激昂した少年の体を包むように、炎が吹き上がる。
「バカ野郎! ガキの他愛無ェ喧嘩で、一線越えるんじゃねーよ!!」
 バルトロメイの一喝は、炎に遮られているのか、少年の反応はない。
 しかし、その炎は不意に勢いを衰えさせた。昂が縫止を放ったのだ。
「成程……」
 よろめきながらも、愚神は何故か楽しげに笑う。声音は少女のそれに戻っていた。
「そなた達の目的はカズオを助ける事か……なれば、妾を攻め立てるのは目的から離れる事ではないか?」
『お前がその子を盾にしようと、ここで滅びる運命は変わりない』
 だが一――否、今は意識を強引に入れ替えたサイサールが、動じずにライフルを構え直す。
『道連れなど、ハナから読み空いた事。ここでその子供を奪った所で、骸が二つに増えるだけ』
(ちょっとサイサ、やめな!!)
 一が叫ぶが、サイサールは躊躇いなく引き金に指を掛ける。
『お前の選択肢は、その体のまま虚無に還るか、体を捨てて逃げ惑うか、だ』
「――サイサッ!!」
 どうにか主導権を取り返した一に、サイサールが脳内で訴えた。
(何故邪魔をするのです。愚神に情けは無用――)
(目的を忘れるな。あんたこそ、冷静さを欠いているよ)
 呼吸を整えながら、一は改めて愚神を見据える。
 一方、少女はサイサールの言葉に動揺したのか、自分を囲んだ能力者達を落ち着きなく見回している。再び現れた炎の勢いは先程より弱まっていた。容貌は不安定に少女と少年の間を行き来する。
 そこに交渉の材料を見出したのか、バルトロメイが口を開く。
「俺らの目的はそのガキ、お前は二の次だ。解放するなら、見逃してやらん事もないぜ」
 自分を見下ろすバルトロメイを、少女は迷うように睨み上げる。
 そんな愚神に、禅は弟の影を見ていた。過去と現在が交錯する。
 お前の所為で俺は全てを失った。もう何も奪われたくない。お前が人間である事も、奪わせはしない。だから――
「……殺してやるよ、とられる前に!!」
 手にした槍を、少年に突き立てようとする。だが、それは寸前で遮られた。
「少年! 聞こえるか?」
 禅を止めたのは、正護だ。
「聞こえているか!? 俺の声が、君の友達の声がっ!!」
 その叫びに、愚神はまたも苦しげに頭を抱える。一夫は戦っている。それを確信した正護は、幻影蝶を放った。ライヴスで作られた蝶が、一斉に愚神に降り注ぐように襲い掛かる。炎が消え、少女は膝を突いた。
「聞こえているなら……掴むんだ! この腕を、光をっ!! 君は弱くなんかないっ! 諦めるなっ!! 打ち勝つんだっ!!」
 正護は、懸命に呼び掛けながら手を差し伸べる。
「本当の愚神になってしまうつもりですか! 愚神になりたくなかったというのは嘘なのですか!」
 蛍丸も、必死の思いで畳み掛けた。
 少女の姿が、不意に歪む。直後、弾き出されるように少年が分離し、投げ出されたのを、正護が抱き留めた。
「……良く帰って来てくれた。ありがとう……」
 一夫を強く抱き締めながら、荒い呼吸を繰り返す少女を睨み付ける。
「子供の未来を奪った罪……てめぇの罪はそれだけでも許されないっ!!」
 駆け寄った蛍丸に一夫を預け、正護は身構え直す。蛍丸を除いた六人が、愚神を囲んで対峙した。
 舌打ちを漏らした少女は、さっと視線を走らせた。
「ならば、その体を寄越せ!!」
 一夫とさして年の変わらぬ少年に見えたから、与し易いと踏んだのか。禅に向かって襲い掛かる彼女に、今度は春翔が縫止を放つ。
「節操無く野郎乗り換えるとは、その見た目じゃあ感心できねェな、嬢ちゃんよォ?」
 体勢を崩した少女は、瞬時春翔を睨んだが、蛍丸に手を引かれてこの場を逃れようとする一夫へ視線を戻した。
 早く形勢を逆転しなければ。焦燥に急かされるまま、格段に威力が落ちた炎を、蛍丸達に向けて放とうとする。だが。
「見逃すかよ。戦いは殺し合いだッ!」
 バルトロメイにストレートブロウで阻まれ、地面へ転がった少女に、禅が毒刃で、春翔がジェミニストライクで追い討ちを掛ける。
「貴様が幼子であれ、殺したのだ。その報いは受けるべきであろうよ。なあ? 愚神よ」
 春翔がどこか王者のような口調で言い放つ。
 傍目にもボロボロになった少女は、それでも、強引に突破しようする。その少女の目の前で、昂が出し抜けに両手を打ち鳴らした。
「!?」
「不合理な事ほど、戦場で恐ろしいものは無いってね」
 悪戯っぽく昂が言った瞬間、少女の背後から猛然と正護が跳躍した。
「防人流……雷堕脚!!」
 叫んだ正護の体が一回転する。見事な跳び蹴りが少女を蹴り貫き、愚神の体は霧散した。

「僕……何もできなかった……女子が、目の前で愚神に殺されたのに……」
 挙げ句、自身も一度は耕一達に殺意を持った事が恐ろしかったのか。支部の救護室へ来てからも、一夫はしゃくり上げている。
「辛かったな……不公平を自分の中に押し込めていたんだな」
 正護は、そんな一夫を抱き締めてポンポンと肩を叩く。
「……俺も昔は自分の境遇に悲観し、悪い道に走り掛けた。だが、今こうして君を救えたのは、恩師のおかげなんだ」
 一夫は俯いたままだったが、黙って正護の話を聞いている。
「君も仮令力を手にすることがあっても、誰かの為に振るうんだ。俺はそれを恩師に教えられた」
「ボクも同じだよ」
 いつの間にか正護と反対隣に座った煤原も、一夫の頭を撫でながら言う。
「ボクのせいで、皆死んだんだ……でも、死んだ子達の為にも、キミ達こそ生きるんだ」
 煤原は、保護された子供達にも目を向けて言う。
「そうだ。仮令辛くても、まだ未来は決まった訳じゃない」
 正護も一夫の肩を揺さぶるようにしながら同意する。
「キミ達なら、誰よりも優しいヒーローになれる……辛くなったら、話しにおいで」
 煤原が、最後の一言を一夫に視線を戻しながら言うと、一夫は小さく首肯した。
「でも、女の子達が……わたし、助けられなかったんですね」
 一夫から知れた女児達の消息に、セレティアは眉尻を下げる。
「弱い者は食われる。悲しいが、自然の摂理だ」
 隣に立ったバルトロメイは、軽く彼女の頭を撫でた。
「だが、お前はそういう気持ちをなくすな。俺みたいにはなるなよ」
 セレティアはコクリと頷く。
 その横で、蛍丸もまた、彼女と同じように表情を曇らせていた。
「気が重たいです。全てを救えない事は分かってた筈なのに……」
『蛍丸様……それでも、子供達の命を救ったのですよ』
 詩乃の視線の先には、耕一他、三人の少年が各々救護室内のベッドに腰掛けている。
 釣られて彼らに目を向けた蛍丸は、耕一達に向かって歩を進めた。
「……一夫君は、愚神にならないよう自分と懸命に戦ったんですよ」
 自身を見上げる子供達に、ただ静かに言う。せめて、彼らだけでも行き違いを修復できるように。
 その様子を、少し離れた場所で見ていた禅は、溜息と共に言い放った。
「理不尽で面倒な子供は嫌いです」
 すると、虚空がやや厳しい視線を向ける。それを受けて、風深は今日何度目かで肩を竦めた。
「……けど、俺も依頼に私情を挟んだ。……まだ子供、なんですかねー」
 言い訳するような響きに、虚空が冷たく返す。
『ああ、そうだな。少なくともそういう事を言っている内は』
 容赦ない肯定に、少し冷静になると、申し訳なさも覚える。
 珍しく、禅は誰に言われた訳でもないのに、自分から子供達に近付いた。但し、足取りはかなり警戒しているように見える。
 無言でモナカを差し出すと、やや躊躇う少年達を代表するように耕一が受け取る。しかし、彼の手が触れると、まるで電流でも流されたように禅はパッと手を引いた。
 その様子を見ていた虚空は一人、苦笑混じりに呟く。
『……まあ、その努力は認めてやろう』
 そんな銘々の語らいを、窓際に腰掛けるようにして何となく眺めていた春翔に、アリスが『お疲れ様』と言いつつ隣に立つ。
『……アレ、久し振りに出ちゃったね』
 愚神が消滅する直前の、王のような口調の事だろう。極度に精神が振り切れると、稀にああなる。
「……エージェントになった時に、覚悟はしてたつもりだったんだけどな」
『……女の子達?』
「間に合わなかった、とかじゃない。何も出来なかった自分に腹が立つんだ」
 確認したアリスにそう返しながら、苛立ったように前髪を掻き上げる。
「俺もガキなんだよ。結局は」
『それでも……それに怒れるハルトは強い子だよ?』
 静かに断じるアリスに、春翔は苦笑を返した。
「……さーて。じゃあ、行くか」
 バルトロメイが、ポンポンとセレティアの頭を軽く叩きながら、誰にともなく声を掛ける。
「行くってどこに?」
 見上げるセレティアに、バルトロメイは「弔問だよ、チョーモン」と眉尻を下げた。
「そうですね……言わずには済まされない事でしょう」
『ええ……私達もお供します』
 蛍丸と詩乃が、それぞれ痛ましげな表情で頷く。
「子供の犠牲、か……いつになっても慣れないもんだな」
 正護もポツリと呟いた。
 蛍丸が耕一達に、女児達の家族の事を訊くのを見ながら、一が口を開く。
「にしても、サイサがあんな事言う所、初めて聞いた」
 サイサールの冷酷さは、彼の忘れ去られた生まれに由来しているらしいのは、一も知っている。
「関わりある奴が前触れもなく消える寂しさ、私は分かってるつもりだよ……残された奴には、寂寞しか残らないからな」
 その言葉は果たして、サイサールに向けられたものか、或いは友を失った子供達に向けられたものか。
 彼は、さして頓着する様子もなく、言葉を返した。
『散らした魂は覆水不返。私には遺族にかける救いの言葉も謝辞のそれもありません』
 所詮、それらは気休めに過ぎない。時の流れが唯一の特効薬だろう。
 そう挟んで、サイサールは続ける。
『この世に残された子供達は傷を負いましたが、同時にこの世の残酷さも知った。私達も残酷を繰り返さない力を手に入れなければ』
 珍しく饒舌な彼に、一はそれを指摘する事なく、そうだね、と頷いた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者


  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 過保護な英雄
    バルトロメイaa1695hero001
    英雄|32才|男性|ドレ
  • 魔の単眼を穿つ者
    繰耶 一aa2162
    人間|24才|女性|回避
  • 御旗の戦士
    サイサールaa2162hero001
    英雄|24才|?|ジャ
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • エージェント
    風深 禅aa2310
    人間|17才|男性|回避
  • エージェント
    虚空aa2310hero001
    英雄|13才|女性|シャド
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • 家を護る狐
    古賀 菖蒲(旧姓:サキモリaa2336hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 生の形を守る者
    アリス・レッドクイーンaa3715hero001
    英雄|15才|女性|シャド
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