本部

門出、してますか?

若草幸路

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
25人 / 0~25人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/03/15 21:36

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-

掲示板

オープニング

●ある早春の日
 桜のつぼみは日々ほころび、もううっすらと桃色を見せている。そんな中、こころなしか以前よりはスリムになった体を揺らして、岩永貴美子はスーツに袖を通した。こんな服を着るのは、何年ぶりだろうか。
「うーん、似合ってる? おかしくないかしら?」
「おかしくはないが……着慣れていないように見える」
 相棒と言うよりは、どこか父親のような間柄の英雄に問われ、貴美子は苦笑いをしてみせる。
「就職で着たっきり、ずーっとコックコートとかばかりだったから。異動するなんて思ってなかったわ」
「君と古株が一人、だったか。栄転なのだろう?」
「あと、別の部署に新人ちゃんが何人か。緊張するばっかりよ、H.O.P.E.の支部だなんて」
 出会ったころよりいくぶんか伸びたように思える英雄の髪越しに、新しい地図を確認する。以前の職場とそう離れてはいないが、それでも本部から直接連なる『支部』という文言にこころなしか重圧を感じる。それを察したのか、英雄は向き直って貴美子に微笑んでみせた。
「君の料理にはそれだけの価値がある、ということだ」
「ますます緊張するわ……」
「大丈夫だ。私も手伝えるようになったのだし、普段通りにすればいい――ああ、もう出る時刻か。今日は遅れるわけにはいかない、私は引っこんでいるからな」
 言って、英雄の姿がふっと空間に溶け込む。言い逃げしたわね、と少しの抗議と、そして決意を込めて、貴美子は首元の幻想蝶を、中の英雄とともにぎゅっと握りしめた。

「わかったわ、新しい場所でも、毎日おいしい食事を作りましょう!」

 門出があり、変化があり、日常がある。
 同じ空の下、世の人々に、そして能力者と英雄たちにも、等しく春が訪れる――。

解説

●概要
 進学か就職か、はたまた去年と特に変わりない生活か……そんな、能力者たちと英雄たちの春先のヒトコマを活写するシナリオです。
 ※依頼ではないので、報酬はありません。

●注意点
 シナリオ内では、参加者以外の描写は極端にぼかされます。(「友人」や「恋人」とのみ薄く言及される程度になります)
 参加PC同士で絡む場合は、キャラクターIDと相手の呼び方・関係性を軽く書き添えておいてください。(描写の違和感を減らすためです)

リプレイ

●晴れのち花時雨
「和馬氏、いい天気だよ。公園まで歩こう」
 早春の朝、起伏の少ない独特の語り口で青年を引っ張って歩くローブ男、もとい鹿男の俺氏(aa3414hero001)。引っ張られている鹿島 和馬(aa3414)は、自前の尻尾をだらりと垂らし、目の下にはくっきりと隈を作っていた。
「……ねみぃ、太陽が黄色く見えるぜ」
「朝までネットゲームやってるからだよ」
「うっせ、俺が寝ちゃうとパーティの皆が死んじまうだろーが」
「和馬氏、それかなりダメな奴だよ。ナントカ廃って奴だよ」
 先行きが案じられるやり取りを交わしながら歩く先に、レトロ調の駄菓子屋が見えてくる。『がおぅ堂』と看板のかかるその店の主たちは、店先で何をするでもなくのんびりと過ごしていた。
「ぽかぽかぽかぽか、春の陽気だね~」
「天気も良好、いいお日柄でござる」
「いつもこうやってこの駄菓子屋でみんなのこれからを見守っていけたらいいな~」
「その為にはお前はもう少し働け。……でござる」
 常日頃から春のようにふわふわとした語り口の虎噛 千颯(aa0123)と、それをいさめる白虎丸(aa0123hero001)。千颯は店先にやってきた二人に気づくと。顔をほころばせて勢いよく手を振ってみせた。
「へい和馬ちゃん! 新しい門出に向けてズバリ、今年の目標は?」
「ん? そろそろ俺にモテ期が来るはずだから彼女作る事だぜ、ふひひ」
 和馬のモテ期とやらは毎年ずっと『来るはず』止まりで終わっているのだが、幸いにして今は、それを指摘するものはいない。
「この時期、俺氏自慢の鹿皮が花粉で黄色くなっちゃうんだよね……おや、白虎丸氏も黄虎丸氏にイメチェンかな?」
「俺氏殿も苦労してるのでござるな。本当に、白は花粉が目立つでござる……」
 こちらは、『必ずやってくる』毎年の苦労を語り合っている。ひとくさり雑談を終えて、俺氏が和馬の袖を引いた。
「和馬氏、公園に行く前にアイス買おうよ、アイス。俺氏はあの二つ割りアイスがいいな」
「んじゃ、半分こなー」
「まいどあり~」
 会計を済ませて去っていく二人を見送って、千颯はひとつ欠伸をしてから、にっこりと白虎丸に提案した。
「俺たちもお散歩行こっか、白虎ちゃん」

 店の戸締まりを済ませてから道をそぞろ歩く。そろそろ中天にかかろうとしている太陽が、数多くの若芽たちを暖めている。ほどなくして、風景は街中に切り替わった。平日で人がやや少ないその通りに、見知った顔がいる。
「いえーい!リュカちゃんこんにちは~」
 古書店の店先で掃除をしているのは、木霊・C・リュカ(aa0068)とオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)だ。
「今度花見しない~? 桜見ながら飲もうよ~」
「ふふ、ぜひ行きたいな! ちーちゃん、良い場所取りよろしくね♪」
 遠くない日への口約束を交わす横で、白虎丸とオリヴィエは世間話に興じる。
「こんにちは、オリヴィエ殿。何かを始めるにはいい季節でござるな」
「白虎丸は、何か始めるのか?」
「そうでござるな……」
 そうこうしているうちに、一団に長身の男が近づいてくる。ガルー・A・A(aa0076hero001)だ。
「ガルーちゃんやっほー! 何してる?」
「仕事で外回りだ」
「ふむ、営業でござるか。……ところで、征四郎どのは?」
 白虎丸の問いに、ガルーはああ、と鷹揚にうなずく。
「征四郎は小学校でな。これから昼時は別々になる」
「そっか。またうちに二人で遊びにおいで~」
「ん、また遊びに行く」
 そうしたやりとりの後、皆にいったん別れを告げてガルーは外回りに戻る。道すがら思い返されるのは、初めての登校に目を輝かせる、征四郎の笑顔だ。2年生からの編入は、ハンデになっていないだろうか。クラスの子供たちと、うまくやっていけるだろうか? ――浮かぶ懸念を、がしがしと頭を掻いて振り払った。
「……馬鹿か。ちゃんとやってるに決まってんだろ」
 なにしろ、俺の相棒なんだからな。そう呟いてガルーは足を速める。リュカたちとの夕食の準備を考えれば、あまりのんびりもしていられないのだから。


 千颯と白虎丸が歩む街並みの人通りは少しずつ増え、活気のある商店街に差し掛かる。その一角の洋品店では、真新しい制服に袖を通す木陰 黎夜(aa0061)と、それを温かく見守るアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)が、穏やかな時間を過ごしていた。
「制服、似合う、かな……?」
「似合ってるわよ。それにしても、つぅも小学校を卒業するのね。ここまで長かったような短かったような」
「ハル……世間でよく言う『お母さん』みたい……」
 柔らかい声と、二人の間だけで使う名前で
「それだけ感慨深いってことよ。顔を合わせる度に怯えられていた頃よりも随分と変わったもの」
「それはあんまり、言わない、で……。あの時は、男の人が本当に怖かった、から……」
 ふるふるとかぶりを振る黎夜。俺の姿におびえてろくに会話もできなかったあの頃とは違うな、と、内心でアーテルは目頭を熱くする。積み重ねた日々を思いつつ、黎夜をおびえさせない為の、やわらかな語り口を続けた。
「解ってるわ。今も怖いでしょうけどね。それでも大きく前進しているものね」
「まだ……教室に行けるか、わからねーけど……中学生になってからも、頑張る……」
「つぅの速度で、ね。頑張りすぎるとまた倒れるわよ?」
「……うん」
 着慣らしを兼ねて出かけましょう、とうながし、アーテルは制服姿の黎夜と洋品店を出る。と、見覚えのある緑髪と虎が今まさに前を通りかかるところだった。黎夜が驚かないよう、先手を打って声をかける。
「こんにちは、虎噛さん、白虎丸さん」
 その挨拶に、相変わらずの陽気さでこちらに歩み寄る千颯たち。黎夜もアーテルの陰に隠れるようにしながら、二人を見つめていた。
「ん、アーテルちゃんやっほー! どう? この季節満喫してる~?」
「ええ、とても。これから新生活が始まるからちょっとドタバタ気味ですけどね」
「虎噛、白虎丸……こんにちは……」
「木陰殿もこんにちはでござる。いい天気でござるな」
「うん……お出かけ日和で、よかった……」
 アーテルの陰に隠れるように、ではあるが、しっかりした受け答えで会話を交わし、歩き去っていく二人を見送る黎夜。日々の中で確かに大きく前進したその姿を見守りながら、アーテルは感慨を改めて深めるのだった。


 千颯たちが店を眺めながらさらに歩いて行くと、そういう日なのだろう、また見知った顔がやってくる。御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)だ。
「今でも恭也が学生服を着るのに違和感を覚えるんだよね。確かこすぷれって言うんだっけ?」
「失敬な。どこをどう見ても若々しく、そして向こう見ずで風格の一つも纏えない。微笑ましい高校生だろうが」
「ああ……うん、そうだね。恭也の中ではそうなんだろうね」
 恭也の若者らしさに疑問を呈する会話の途中、先に千颯たちを目に留めた伊邪那美が大きく手を振る。
「あ、白虎丸ちゃん達だ。やっほ~」
 千颯も大きく手を振り返して、それに答えた。
「やっほ~、二人ともおいっす! いい季節になったね~」
「ああ。そっちは陽気に誘われて散歩といった所か?」
「そうなんだよ恭也ちゃん~、桜もぼちぼち咲いてたよ~」
「桜といえば伊邪那美殿、店に桜餅を入荷したでござるよ。今度食べに来られるといいでござる」
「本当!? 絶対に食べに行くからね~!」
 白虎丸の言葉に、ぴょんぴょんと無邪気に伊邪那美が小躍りする。やれやれといった風に、恭也は白虎丸にすまんな、とこぼす。
「迷惑を掛けると思うが、相手をしてやってくれ」
 そして世間話を一通り終え、再び互いの目的地へ歩き出す。ふと何か思い出したのか、伊邪那美は恭也の顔を覗き込み、真剣な面持ちで告げた。
「制服を新調するのって、そんなに時間かからないよね」
「ああ」
「他に用事もないよね」
「ああ。……お前との約束も忘れてないぞ」
「そう、恭也の買い物が終わったらボクの番。時間もたっぷりあるし、とことん付き合って貰うからね」
 以前からの約束を念押しする少女に、恭也は妹をなだめるような気安さでうなずくのだった。

 商店街を超え、公園にたどりつく。一足先に満開になった桜の下で、少女が二人、思い出に浸っていた。
「あれからもう一年かぁ……」
 龍ノ紫刀(aa2459hero001)はつぶやく。ヴィランに襲われていたところを隣の少女、天都 娑己(aa2459)に助けられてから一年。最初こそ姫巫女様――元の世界での想い人――に似ているという理由で娑己に好意を抱いていた紫刀だったが、共に過ごすうちに、その姫巫女様さまとはまるで違う、しかし好ましい人間性に惹かれていった。
「来年の桜も楽しみだね」
「ほんと! 来年こそは姫巫女様と見られるといいね!」
 自分を姫巫女様の元へ帰してあげたいと、心の底から思ってくれている。そんな娑己の馬鹿がつくほど一生懸命なところに、紫刀の心が揺らぐ。姫巫女様以上に目の前の少女を愛しく思いそうになり、そして帰還の願いも揺らぎそうになる。その心を抑えて、紫刀は誓約を交わした時のように、すっと娑己の前に跪いた。
「……娑己様が危なっかしくて、まだほっとけないです……」
 いつか帰る時が来るとしても、今はまだ、娑己の傍に居たい。
「じゃぁ、いつか帰るその時まで。……これからも、よろしくね!」
 娑己は微笑んで、紫刀に手を伸ばす。その手を取り立ち上がらせたところに、親しげな呼びかけが聞こえてきた。
「よっ、娑己ちゃんこんち~」
「あ、千颯さん!こんちですー!」
 明るく返事を返す娑己に、千颯もうんうん、と満足げにうなずく。
「また駄菓子屋へ遊びにおいでね~」
「龍ノ紫刀殿も、良ければ今度一緒に来られると良いでござる」
 その誘いに、娑己と紫刀は輝くような微笑みで応えた。
「はいっ、紫と一緒にお邪魔しますね!」
「うん! 白虎丸さん、誘ってくれてありがとー」
 二人に手を振り、皆と楽しく過ごせる時間を嬉しく思いながら、娑己と紫刀は手を取り合って家路につく。これからも、二人一緒に過ごせればいいと、どちらともなく考えていた。

 虎や少女が去った公園。そのきらきらと輝く世界に、芝生でごろ寝する男たちがいた。新人警官に職質を受けて顔見知りの警官にフォローされてと、春ならではの一連の流れをこなしたあとの二人は、普段よりさらに色合いがくすみ気味だ。
「桜の季節……新年度……進学……就職……ああ、働きたくねー」
「ホントダメ人間だよね、和馬氏」
 そのつぶやきに呼応したわけではないが、頭上の輝きが曇る。いつの間にか空にかかっていた雲は厚くなり、ほどなくして水の粒を落とし始めた。その思いがけない天気の崩れに驚き、人々は公園からぱっ、と散っていく。古書店の店先のアスファルトも、黒く染まった。
「ああ、花時雨だ」
 店の奥側に座って本を仕分けていたオリヴィエはリュカのその言葉を聞き、すっと立ち上がった。


 紫 征四郎(aa0076)は困っていた。とても楽しい一日だったのに、天気予報でも告げていなかった雨が、帰り道を阻んでいる。走って帰るには雨脚は強く、距離も遠い。
「(うーん……仕方がありません、先生方に傘を借りるのです)」
 職員室にきびすを返そうとしたそのとき、聞き覚えのある声が征四郎を呼び止める。――オリヴィエだった。差している傘のほかにもう一本、傘を握りしめている。正門からゆっくりこちらに歩んできた彼は靴箱の並ぶ入口前で立ち止まり、征四郎を見据えた。
「……鞄、買ったばかりだろ」
 その言葉に、征四郎は手元を見る。背負うキャメル色のランドセルに合わせてオーダーした、大事な手提げ鞄。
「それで、わざわざ傘を持ってきてくれたのです?」
 問いに、オリヴィエは静かにうなずく。
「濡れると傷む。……帰るぞ」
「……はい!」
 柔らかく降る雨の中を、並んで歩く。互いの差している傘で少し距離が開いている中、征四郎はオリヴィエの横顔をちらりと見やった。知らず、頬がゆるむ。
 無口で無表情だけれど、自分のことを慮(おもんばか)ってくれるオリヴィエ。生家の兄たちはこんなに優しくなかった――彼がもしも兄だったら、どんなに素敵だろう! そんな夢想とともに歩めば時間は瞬く間に過ぎ、視線のすぐ先に、帰るべき場所が見えてきた。
 隣にはオリヴィエがいて、そしてガルーとリュカが帰りを待ってくれている。この幸せな時間を積み重ねるために、今晩は、今日という日の楽しかったこと、嬉しかったことを、いっぱい話そう。征四郎はそう心に決めて、息を大きく吸い込んだ。
「ただいまなのです!」

 歓談のうちに夕食を終えて、夜更け。
 少年は夕食ののちに猫と心通わせ、少女は期待を胸に明日の支度を整え、そして眠る。それを見届けてから、杯を交わす音があった。
「春の夜のお酒は美味しいね! 夏秋冬も勿論美味しいんだけど!」
「はいはい、リュカちゃんはいつだって美味しそうに飲んでるよ」
 ガルーの返答に、ふふふ、とやわらかな微笑みで返すリュカ。確かに酒はいつも美味い。だが今日の一献は、なんだか格別のものに思えるのだ。その万感の思いを込めて、グラスを掲げる。ガルーもつられて、笑みとともにグラスを合わせた。

『乾杯!』

 合わさる音声(おんじょう)の中に、彼らの春の一日が溶けていった。


●桜に憩えば
 春時雨の日から、何日か後。

「えー、お兄ちゃん、明日のおひるいないのー?」
「遅くないうちに帰ってくるよ。智美さんとあやかさんがお誕生会手伝ってくれるから、ね?」
 離戸 薫(aa0416)が、幼い少女を説得している。彼の三人の妹――この5歳になる妹と、3歳になる双子――のはいずれも春に続けて誕生日があるため、これまではまとめて祝っていた。しかし今年は、上の妹が友達を呼んで誕生日会をしたい、と言い出したのだ。薫の親は留守がちで、自分たちだけで人を呼んでもてなすことには二の足を踏んでいた。
 だが、
「接待や料理の用意ならあたしと智ちゃんでできるから。今年のお誕生会は、今年だけだもの!」
「凱さんも協力してくれますし、任せてください」
 と、美森 あやか(aa0416hero001)と礼野 智美(aa0406hero001)、そして中城 凱(aa0406)の申し出で、明日は薫と凱が下の妹たちを遊園地に連れて行き、あやかと智美が誕生日会を取り仕切る、という協力態勢が実現したのだった。
「わかった。じゃあ夕ごはんは、となりでいっしょにたべてくれる?」
 その約束に薫が大きくうなずくと、少女は満足げに笑った。そして薫の手を引き、居間の飾り付けを続けよう、と促した。

「おーい、準備できたか?」
「今行く! ほら二人とも、凱お兄ちゃんだよ」
 凱の呼びかけに、慌てたような薫の声が返ってくる。上の妹へ一足先にプレゼントを渡し、あとは下の妹たちを着替えさせて出発するだけなのだが、3歳児の着替えというのはなかなかスムーズにはいかない。それが二人なのだから、多少ドタバタ気味にもなる。
「予算は大丈夫? 貯金してるんだろう、依頼の報酬」
「親父が援助してくれたよ」
 雑談を交わしつつ、二人で協力してなんとか双子に靴を履かせる。そこに、あやかと智美が玄関に顔をのぞかせた。
「お誕生日会の余りもので申し訳ないんですけど」
 手にあるのは、二人分の水筒とランチバッグだ。朝からキッチンを忙しく駆け回っていたが、そのおすそ分けの弁当らしい。
「一応、ちび達に食べやすい用にしておいたから。凱と薫は弁当だけじゃ足りないと思うから、おにぎりも別に包んであるからな」
「ありがとう。それじゃ、行ってきます」
 天気は快晴。青く映える空に、四つの足音が響いた。

 到着後、園内をひとめぐりして昼を迎え、休憩所で渡された弁当を広げる。
 色とりどりの、目に楽しみを与えてくれる弁当。パンは四等分にされたジャムサンド。鶏の唐揚げは手羽中をチューリップ状にしたもので、他にも野菜やフライドポテト、ウインナーやハンバーグは一口サイズが串に刺さっている。いずれもあやかの言葉通り、子供が手づかみで食べやすいことを意識した盛り付けだ。
「誕生会のおかずを流用してぱっぱとお弁当作る辺り、二人とも手馴れてるよね」
「あやかはともかく、智美が慣れてるのが不思議だけどな」
 別に包まれていたオムライスのおにぎりを頬張りながら、二人は和やかに語らう。
「さて、あちらはどうなってる事やら」

「みなさん、お茶とお皿はそろっていますか?」
「本日のメインの登場だよ!」
 誕生日会は山場を迎えていた。あやかと智美が恭しく、テーブルの中央へ5本のローソクが差し込まれたケーキを運ぶ。
 窓から差し込むきらきらとした日差しが、今日という日を祝福するように輝いていた。


同日、その青空に一等よく映える桜たちが咲き誇る公園にて。
「どうだ、桜は」
 狒村 緋十郎(aa3678)は桜を肴に銘酒を味わいながら、レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)に問う。レミアは並べられた食事に目もくれず、頭上の桜を一心に見つめていた。
「……桜って、ピンクなのね」
「? ……ああ、夜桜は白っぽく見えるからな。これが桜色、だ」
「桜色」
 普段の尊大な物言いからは想像もつかない年相応の表情で、レミアは桜色、と繰り返す。

 幾日か前。
『ねえ、緋十郎。わたし、花見がしたいわ』
 その幼い体躯に似合わず、艶やかな微笑みで彼女はそう告げた。
『この世界に来る前は、夜桜なら見たことがあるような気がするのだけれど。昼間の桜って……多分、まだ一度も見たことがないの』
『吸血鬼に陽光は厳禁、か』
 緋十郎は顎髭をさすり、レミアの出自に思いを巡らせた。
 かつては齢数百を数える吸血鬼だったというレミア。今はその特徴をほとんど失い、陽光を浴びても火傷することも灰になることもない。見られなかったものを見ることに、期待しているのだろう。
 そして緋十郎としては、その期待に応えるのはやぶさかではなかった。
『ああ、レミアが見たいなら是非もない』
 ちょうど旨そうな酒が手に入ったんだ、花見酒といくか。
 そう言う緋十郎の表情は、骨格の厳つさとは裏腹に、とても柔らかなものだった。

 ――その時の緋十郎の微笑みを思い返しながら、レミアはひた、と目の前の男を見つめた。
「ねえ、緋十郎」
「なんだ?」
 レミアはほんの少し、次の言葉に迷う。かつては陽光を忌む不死者だった自分。だが今は、誓約を交わしたこの男の死ぬ時が、おそらく自分も死ぬ時なのだろう。魔力や記憶、そして永遠。失ったものは、多い。
「誓約……っていう程、改まったものでもないのだけれど……」
 しかしこうして陽光に照らされる花の美しさを緋十郎とともに感じていると、不思議とそれも、悪い気はしないのだ。
「来年も、再来年も、その先も――毎年、花見、しようね」
「――ああ、"約束"だ」
緋十郎の微笑みは、やはり先日の記憶とぴたりと同じ、穏やかな絆の証だった。


「進学か」
「ええ」
 花の舞い散る公園の東屋で、美しい淑女が二人、静かに桜を眺めていた。
「ユリナは進学、私は4月から正規の教員。同じテール・プロミーズ学園に通うのか……不思議なものだな」
 淡々と、リーヴスラシル(aa0873hero001)が感慨深げにつぶやく。それに 月鏡 由利菜( aa0873 )はふっと微笑み、桜からリーヴスラシルに視線を移した。
「異世界の学者になるのに学歴が欲しいからね。でもそれは理由の半分」
 由利菜は言葉を続ける。リーヴスラシルへの思いを込め、しかし密やかな思慕は隠しながら。
「もう半分は……ラシル先生の授業を受けたいから。ラシルは私の為に教員免許の取得を頑張ってくれたし」
 心からの喜びを隠さないその姿に、リーヴスラシルは由利菜の思慕を察し、そしてそれを気取られないように微笑む。思いを返すべき時は、まだほんの少し先だ。だから今は代わりに、その期待に応える言葉を微笑みとともに贈る。
「ああ、エージェント科の名に恥じぬ、いい授業にしよう」
「楽しみだわ、ラシル先生。……ああでも、これからは一緒に『ベルカナ』のアルバイトは無理かしら」
 制服可愛かったのに、と残念そうにで、アルバイト先でのリーヴスラシルのメイド服風制服姿や有能さを思い返しながらこぼす由利菜。それを聞いて、リーヴスラシルの頬に朱が差す。
「あれは、無愛想な私には似合わないと思うが……」
「ふふっ、ラシルは嬉しそうだったけど?」
「わ、私だって可愛い服を着たいと思うことはあるぞ」
 すねたように照れるリーヴスラシルに、由利菜はただくすくすと笑うのだった。


「すっかり春ねー」
 公園の外周で、街路樹の桜を眺めて歩く大宮 朝霞(aa0476)は、嬉しそうに微笑む。
「朝霞の春はまだだけどな。無事に迎えられるといいな、春」
 しかし、ニクノイーサ(aa0476hero001)の言葉に、うぐっと渋面を作って押し黙る。
 花の女子大生である朝霞。しかし、学生特有の生まれ出づる悩み――追試に直面していた。仕事を言い訳にろくに大学の講義を受けていなかったため、単位不足の危機なのである。今はその追試のために、大学の図書館に向かっている途中なのだ。
「試験じゃなくてレポート提出にしてくれたんだから、まだよかったじゃないか」
「春休み前に出さなきゃ単位落としちゃうのよ!」
 実はもう尻に火が付いて大火傷寸前、という状況である。むうむうと唸っていた朝霞は、突然きっと顔を上げて口を開いた。
「だってニック!」
「なんだ朝霞。大声を出すな」
「私、世界平和のために、H.O.P.E.のエージェントとしていろんな依頼をがんばってきたわ」
「あぁ」
「命懸けで従魔と戦ったりもしたわ」
「あぁ」
「それなのに! 追試なんてひどいと思わない!?」
「いや?」
「進級できなかったらどうするのよ!」
「そうならないためにレポートを書くんだろ?」
 ぐうの音も出ない正論である。むぐぐ、と言葉に窮した朝霞は、半ば自棄気味で天に拳を突き上げた。
「わかってるわよ! だから依頼のない日にわざわざ大学まで行こうってんじゃないの!」
「わざわざ、じゃない。学生の本分は勉強だろ……」
 ニクノイーサがいいかげん不毛なやりとりに疲れ始めたころ、行く手に煉瓦造りの建物が現れた。本日の目的地である。
「よーし、がんばって今日中に終わらせるわよ! ニックも手伝ってよね」
「やれやれ。俺のできる範囲でな」
 なんであれ、立ち向かう意欲があるのはいいことだ。ニクノイーサはそう結論付けて、朝霞の後をついて歩いて行くのだった。


 桜のこぼれる街路を行く姿が、もう一組あった。
「なんだか、すれ違う人がみな楽しそうですわ」
「世間的には卒業に入学、そんな時期だからな。と言っても日本以外についちゃ良く判らんが」
 所用の帰り、街路を歩きながら、赤城 龍哉(aa0090)がそうつぶやくと、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は目を輝かせた。
「日本の四季の催しには興味がありますわ。せっかくですから、今日はお花見というのをやりましょう」
「……あー、お前のとこはそういうの縁遠そうだもんな」
「ええ。ほころび始めた花を見ながら、美味しいお茶とお菓子を頂く。良い機会ですわ」
「バレンタインで味をしめたか」
 苦笑いする赤城と満面の笑みを浮かべたヴァルトラウテは揃って街路を曲がり、桜の若木が咲く小さな公園へと歩を進めた。

 ヴァルトラウテが花見もそこそこにお茶とお菓子を買いに行く間、龍哉は独り鍛錬する。
「爺に免許皆伝を認めさせるには……実戦経験を積んでも、簡単にはいかねぇか」
 脳裏に浮かぶのは、修行の中で祖父に打ち倒される自分の姿。今もまだ、自分が勝つイメージがいまひとつ浮かばない。
「だが、師匠を超えられない弟子ってのはいささか不甲斐ねぇってもんだ」
「木が育つように、人も時とともに育ちます。焦りは禁物、ですわ」
 返ってきた答えに振り向くと、ヴァルトラウテがどこで買ったのか、チョコブラウニーと紅茶を手にしてそばに立っていた。手渡されたブラウニーにかじりつくと、凝り固まった体をほぐすような優しい甘みが、龍哉の口に広がる。紅茶を手渡されながら、龍哉はまだ蕾も数少ない若き桜を見上げた。
「未来の可能性、ってやつか」
「ええ。そのためにまずは、お茶とお菓子で明日への活力を得るのですわ」
 手渡された紅茶を飲みながら、そういうものだろうか、と龍哉は半信半疑ながらもうなずいた。
「……ま、偶にはこういうのも悪くねぇか」


 そして、そこを横切る影がある。近隣で暴れていたヴィランを捕らえてH.O.P.E.に引き渡すという一仕事を終え、帰路についているのは麻端 和頼(aa3646)と華留 希(aa3646hero001)だ。多くの人の心を浮き立たせる桜並木の中にあっても、希の表情は晴れない。今は夢のように霞んでしまったかつての世界の記憶が、ヴィランを引き渡した時に不意に鮮やかに蘇ったからだ。
 かつての世界で『邪神』として生きていた記憶は、この世界での行いにも影を落としている。和頼と誓約しなければ、自分は今ここにいなかっただろう。だから和頼のために、善を行うエージェントになった。だが、それは実を結んでいるのだろうか?
「……真っ当なエージェントとして頑張んないと……!」
「……真っ当って、なんだ?」
「え?」
 疑問が声に出ていたらしい。赤い瞳が、まっすぐに希に向いていた。
 和頼は希を見据えて、少し沈黙する。自分がエージェントをやっている理由は、刑罰からの解放以外にもう一つある。暗い記憶に射した、希という光だ。
人の表情や態度には、碌な思い出がない。異形を持つ自分を捨てた両親、そして施設の大人達の畏怖と奇異の目が、今でもはっきりと浮かぶ――けれど希だけは、出会ったときからずっと変わらず、自分と普通に接してくれている。だから希のためにも、その『真っ当なエージェント』とやらになるべきだ。そう考えて和頼は再び口を開いた。
「うーん、依頼充してんだし、もう真っ当なエージェントじゃねーか?」
 その答えに、希の口元がふっ、と普段通りに勝気な笑みを浮かべた。
「……そーだね、そーかも! たまにはイイ事言うね! あ、焼肉屋ハッケーン」
 間もなく二人の姿は小さな焼肉屋に消え、そして店から微かに、肉の奪い合いをする騒がしい声が漏れ聞こえてくる。
 これが彼らの日常、エージェントという仕事を通して手に入れた、互いの「いつものこと」である。


 部屋で春ののどかな日差しを満喫する者も、もちろんいる。
「スマホ貸してほしいのさ」
「お前、前に俺のスマホ壊しそうになったからなぁ」
 ティア・ドロップ(aa0255hero001)の頼みに、柏崎 灰司(aa0255)は渋面を隠さない。
「同じことは二度やらないのさ、使い方を勉強させてほしいのさ」
「……まあ、こういうのを扱えるようにならねぇと不便っちゃー不便だしな。ほらよ、あんま手荒に扱うんじゃねぇぞ」
 ぽん、と手渡したスマートフォンの画面には、ティアが日頃から遊びたがっているペット育成アプリが映っていた。
「頑張るのさ♪ んーっと、確かここをこうして……」
 ティアがつん、と画面をつつく。が、動かない。
「(ん? なんかうまく押せないのさ)」
つんつん。
「(そもそもこの平らな部分に触れるだけっていうのに慣れないのさ)」
 つんつんするする。画面はたまにメニューらしきものが出ては、すぐに引っこんでしまう。
「(なんでボタンみたいな凹凸がないのさ……っ)」
 するするする――ぴた。
「んもーーーーっ!」
 びしびしびしびし! 痺れを切らしたティアが以前と同じように、指で画面を強く叩き出す。
「言ってるそばから指でビシビシ叩くんじゃねぇ!」
「うわぁん!」
 灰司がティアの頭に軽くチョップを入れ、スマートフォンを取り上げた。叩かれたところを抱え、ティアが嘆く。
「手加減しろって言われてもー……そっとやると反応しないし、ビシビシしたくなる気持ちもわかってほしいのさっ」
「それができないと、このゲームで遊べねぇぞ」
 出だしからつまずいているティアに不安を覚えながら、灰司はスマートフォンを振ってみせる。画面の中のペットは、スタート画面で飼い主の登場を待ちわび続けていた。
「ぐぬぬ……わかったのさ、頑張るのさ……」
 部屋に春の日差しが差し込む、二人の休日。ティアがスマートフォンをマスターするのは、まだ少し遠そうだ。


 同じく、日差しが眩しい部屋の中。
「はぁ……ライン、お茶をお願い」
 うららかな春の日を横目に憂鬱な顔をしているのは、散夏 日和(aa1453)だ。
「今日は溜息が多いな」
「ここのところ、お見合いの予定が多くて……せめて私好みの殿方であれば良いのですけれど」
「ああ、成程。淑やかな令嬢のフリに疲れているのか」
「ええ、肩が凝って……ってライン!フリ、だなんて失礼でしてよっ」
 まあまあと日和をいなしながら、確かに日和好みの剛健な人はいなかったな、とライン・ブルーローゼン(aa1453hero001)は思い返す。
「しかし、君なら相手が来る前にさっさと逃げ遂せてしまいそうだと思ったが」
「財閥関係の縁談ですし、そう簡単にはいかないんですのよ」
「ふむ……大変なんだな」
 事情の重さに、自分では力になれそうにない、とラインの表情が曇る。
「ええ! ですからその大変な主人を労るのが有能な執事の仕事! お分かり……あら?」
 日和のまくしたてるような言葉が止まった。鼻腔をくすぐる、甘くさわやかな香り。
「新しい茶葉?」
「桜のフレーバーティー、だそうだ」
「いい香り……」
 胸一杯に香りを吸い込み、そっとカップに口をつける。こくり、と紅茶を一口飲んだ日和の表情が、みるみるうちに明るくなった。
「うん、味も合格ですわ!」
「そうか……よかった」
 日和の輝くような笑顔を見て、練習した甲斐があったとラインは密かに安堵のため息を漏らした。
 自分はまだ未熟だが、いつも心や言葉、他にも多くのものを日和からもらっているのだ、茶ぐらいはきちんと入れてやりたい、という願いが叶い、力になれたことを、ラインは心のうちで嬉しく思う。そんな感情を知ってか知らずか、元気を取り戻した日和は、ラインに向き直って宣言した。
「これからまた一年、ばんばん行きますわよ!」
「……お手柔らかに頼むよ」

●春、暁の。
 次の日。春眠暁を覚えず、という表現がぴったりの暖かい朝。多少軽そうな雰囲気の少年と、彼に肩枕をしてもらう形で眠る蜂蜜色の肌をした少女。その寝顔は、幸せそうだ。
「かわいいなあ」
 古賀 佐助(aa2087)は人知れず、眠るアイリス・サキモリ(aa2336hero001)を見つめてにやけていた。

 話は今日の朝にさかのぼる。
「おはよ、アイリスちゃん♪」
「あ、佐助♪」
「待った?」
 その問いに、アイリスがぶんぶんと首を横に振った。揺れる銀髪の狐耳のように見える部分が、いまにも動きそうだ。
「ううん、全然待ってないぞ!」
 とりとめのない話をしながら恋人つなぎで煉瓦の建造物が美しい公園を回り、噴水の近くにある屋台にたどりつく。
「ここのクレープは今巷で大ブレイク中なのじゃぞ!」
 せっかくだからとアイリスの提案で、二人で別々の味を頼む。近くのベンチに座ってあーん♪ と一口ずつ交換し、陽気の中で桜を眺め――そして今に至る。額にそっと口づけられてもなお、彼女は起きそうになかった。


 そんな春の朝、河原には街よりも色濃く見える満開の桜が咲き誇っていた。その紅で彩られた一角に、総合練兵所である『暁』の仲間たちが集う。
「では……ティアちゃんとバルトさんの一つの門出、そして僕らの未来に……かんぱーーーーいっ!」
 普段のおどおどした態度からは想像できないほどに陽気な煤原 燃衣(aa2271)の音頭で、セレティア(aa1695)とバルトロメイ(aa1695hero001)の婚約祝いパーティーが始まろうとしていた。
「ティアさん! バルトさん! お、おめでとうございます…!」
 黒金 蛍丸(aa2951)が、祝辞とともにジュースのペットボトルと紙コップを持ってくる。それを手際よく注いで勧めていくのは、宇津木 明珠(aa0086)だ。ひとわたり行き渡ったところで、明珠の持つスマートフォンからコール音が鳴った。

「……あ、さっそく御童さんからメールが届きました」
「再生頼むぜ、ガキ。おーい、祝いの動画が届いてるぞ!」
 金獅(aa0086hero001)の呼びかけに、皆がひょい、と明珠のスマートフォンを覗き込む。画面をタップすると、ほどなく動画が流れ始めた。
『え~……ここでティアちゃんとバルトさんの婚約祝い動画を撮りたいのです、が。見てください《超激辛裏メニューカレー! 10分で完食で五千クレジット進呈!》という罠にハマった英雄の姿がこちらで~す』
 紗希の声とともに、ひっくり返って気絶しているカイの姿がアップで映された。
『起こすとまた面倒臭い事になりそうなので、このままにしておきま~す! それでは麻生さんにリーヤさん、ご婚約したお二人に一言ずつどうぞ!』
 画面が横に振られ、遊夜とユフォアリーヤの姿が映る。二人は首をふむ、とかしげて、口を開く。
『以前会った時はそんな素振りなかったから、ちと意外だったが……おめでとうだ、幸せにな』
『……ん、おめでとう? ……ボク達は?』
『しません』
 尻尾を振りたくりながらの問いを遊夜が微笑みで否定すると、ユフォアリーヤは『やーん!』とぐりぐりと遊夜にくっつく。それを何秒間か映した後、くるりと画面がぶれ、紗希の姿が映った。
『それでは! ティアちゃん、バルトさん、末永くお幸せに~! バイバ~イ!』
 ポン、と画面が紗希の笑顔で止まり、動画の終了を告げる。顔を見合わせて笑いあうセレティアとバルトロメイに、おずおずと明珠が声をかけた。
「あ、あの、気に入っていただけるかどうかはわかりませんが……僕からもこれを」
 その手にあるのは"おめでとう"と書かれたプレート付きのフルーツタルトと、小さな封筒だ。セレティアが封筒を開くと、名刺に似たサイズのカード型の金券が現れる。書籍を購入するのに使う、瀟洒なデザインのものだ。
「本がお好きだという事しか存じ上げなかったので……」
「わあ……ありがとうございます! 大事に使いますね」
「こっちのタルトも美味そうだ。ありがとうな」
「あっ、いえ……はい」
 二人の返礼に、明珠は上手く反応できない。だが、その雰囲気はいつもと違って、どこか柔らかい雰囲気をまとっていた。
「ティアさま、バルトさま、お二人ともおめでとうございます。私たちからは、これを」
 そう言って詩乃(aa2951hero001)がセレティアに手渡したのは、スターチスの花束。桜のような桃色から藤色まで、小ぶりな花弁たちが織りなすグラデーションが、セレティアの可憐さによく似合っている。
「花言葉は……『変わらぬ誓い』と『永遠に変わらぬ心』……ぴったり、だと思う」
「……おめでとう、ございます」
 詩乃の後ろにいる獅子ヶ谷 七海(aa1568)とリア=サイレンス(aa2087hero001)が、控えめな調子だがしっかりと祝福のこめられた言葉を贈る。リアはふらりとあとのバーベキューでマシュマロを焼こうと焼き網のところへ向かう。そして七海は詩乃の笑顔に促され、少しの逡巡とともに、おずおずと前に進み出た。
「……そ、それと……これを。詩乃さんとリアさんと花束を買ったときに、見つけて。」
 七海がセレティアの頭にタンポポの花輪を飾る。バルトロメイにもかがんでもらって、同じように花輪を。花束を買った帰りに見つけたその野の花は、河原の柔らかい日差しに触れてティアラのように輝いた。
「どっちもキレイ……ありがとうございます。えへへ、てれちゃうな」
 タンポポの冠を頭に載せ、花束を胸にくるくると回るセレティア。たっぷりとした甘いフリルの白ワンピースとエプロンがひるがえり、一足早い花嫁姿、といった風情だ。
「……喜んでくれたね、トラ」
 抱きしめたぬいぐるみに語りかける七海。その口元には、本当の花たちに負けないほどの、花のような微笑みが浮かんでいた。

「……うん、いい画だ。ジッとこの時を待っていた……必ず撮るッ!」
 何やら怪しげな気合いを入れているのは燃衣だ。カメラを手にセレティアたちの前に躍り出て、素早いフットワークで何度もシャッターを切る。
「お二人とも、お似合いです! あとは誓いのキスですよ! はいキィィーッス! はいチィィーッス!」
 そして自ら投げキッスをしながら、まだ婚約であって結婚ではないのにキスを煽る。その出歯亀根性にぴし、と青筋を立てたバルトロメイはざしざしざしっ、と燃衣に詰め寄る。
「煤原……てめぇ、地面にキスしたいようだな」
 がしっ、と大きな手が、燃衣の頭をわしづかんだ。俗に言うアイアンクローをかけられた頭蓋骨が、きしきしと妙な音を立てた気がする。
「あひいいゴメンナサイいい!」
「いいや許さん。罰として、バーベキューへの参加はナシだ」
「え、飯抜き……? そ、そんなあああ!?」
「フム……仕方ない、ならば俺が代わりに喰おう」
「ネーさあああん!?」
 食欲の魔人のごとき台詞のネイ=カースド(aa2271hero001)が加わった漫才のようなやりとりと、頭を掴まれたままじたばたするさまが、皆の笑いを誘う。ふう、とため息をついて、ネイが足元の荷物から包みを取り出した。
「……ティア、バルト……コレを持っていけ……」
 ぶっきらぼうに投げられたそれを、バルトロメイは両手でしっかりとキャッチする。包みを開くと、ペアのブレスレットが上品な光を放ちながら、しゃらりと鳴った。
「……ッフフ、そのペアのお守り、ネーさんとコッソり探したんですよ!」
 頭の拘束を解かれてしりもちをついていた燃衣が、ボトムスの砂埃を払いながら笑った。その笑顔には、普段の臆病さは感じられない。
「必ず、生き抜いて下さい……ね?」
「ああ、もちろんだ」
 燃衣の願いに、バルトロメイは快活に笑って返す。男と男の約束も、生まれた瞬間であった。

「えへへ、プレゼントもいっぱいです……!」
 満面の笑みを浮かべているセレティアを満足げに眺めながら、バルトロメイが準備されていた焼き網に歩み寄った。
「皆ありがとう。さて、そろそろ待ちきれないやつもいるはずだし、火を入れるぞ」
 言って、着火剤を焼き網の下の炭にかけ、長柄のライターで火をつける。めらめらと炎が回り、次いで炭が赤熱を始めた。
「おお、待ってたぜ! さあ肉だ肉だ、酒もあるぞ!」
 祝福よりも宴を心待ちにしていたようにも見える五々六(aa1568hero001)が、とクーラーボックスを何個も何個も運んでくる。
「とっておきのうちの野菜だ。……肉もいいが、野菜も椎茸もちゃんと食べろよ」
 野菜を推しながら、防人 正護(aa2336)が自家製野菜の籠をどん、と焼き網の近くに移動させる。
「ジュースと烏龍茶もありますよー!」
 買出しの際に五々六からいくつか預かった荷物を開いて、蛍丸がいくつかペットボトルを掲げてみせる。それを皮切りに、食欲をむき出しにしたバーベキューパーティーが始まった。
「みなさん、慌てないでくださいねー。まだまだいっぱいありますから」
「ほら、焼けたやつから持って行け! 育てたい奴はこっちの肉を持っていって自分で焼け!」
 かいがいしく皆の食欲の世話を焼き始めるセレティアとバルトロメイ。これはある意味、二人の共同作業と言えなくもない。

 食事を勧めるものと、それに応えようと頑張る者もいる。
「肉肉野菜肉野菜、マシュマロマシュマロ肉野菜……」
「違う。タン塩、カルビ、ハラミ、特上骨付きカルビ、レバ刺し、センマイ刺し、特上ハツ、ビビンバ、クッパ、わかめサラダ、激辛キムチ、サンチュでサンキューや!」
「マシュマロ……」
 正護によって肉と野菜が山と乗せられた皿の端に、焼けすぎないようマシュマロを引き上げておくリア。マシュマロとジュースを堪能できるのは、しばらく後のことになりそうだった。

肉欲、もとい焼肉への食欲を暴走させている者もいる。七海はウーロン茶、五々六はビールを潤滑油のごとく使って胃の腑に肉を流し込み続けていた。
「お肉、お肉、お肉……」
「とにかく肉とグロリアビールだ! おい嬢ちゃん、買ってきたやつ出せるか?」
「はい、瓶がよく冷えてますよ。七海さんはお肉足りてます?」
セレティアの気遣いに、七海はこくり、とうなずく。しかしその表情は悔しさに満ちていた。
「はい……でも先におなかがいっぱいになりそうで……足りないのに……」
 戦闘での消費カロリーを補充することもままならぬ己の体躯が、今は恨めしい。……ならば!
「……おねがい五々六、私に戦う力を!」
「えっ、このタイミングで覚醒イベント?」

 そして桜の下で、喧騒を見守る者たちがいる。
「えっと、蛍丸さんも、一皿いかがですか?」
「あ、ありがとうございます!」
「あら、そちらのご飯は?」
 蛍丸に野菜と肉がバランスよく乗った紙皿を渡す明珠の手元にあったタッパーに気づき、詩乃は首をかしげてみせる。明珠は照れなのか、口ごもりながら下を向いた。
「詩乃さん、えっと、これは、おにぎり……のつもりだったんですけど……」
「あー、どうしても握りにならなくてな。味はいいんだが」
 たどたどしくも確かに前進している、そんな明珠を内心嬉しく思いながら、己のキャラを意識して口には出さない金獅。代わりにかたわらの会話にぶっきらぼうに助け舟を出しながら、手元では三脚を砂利に差し込んでカメラが水平になるよう調整を終えた。食欲を発散させるのもいいが、集合写真を日が高い今のうちに撮っておかねばならない。
「そろそろ写真撮るぞー!」
大きく響く金獅の声に、皆がさっと集まる。セレティアとバルトを中央に、めいめいが思い思いの場所に立つ。デジカメのセルフタイマーをセットした金獅が一番後ろに滑り込み、号令をかけた。同時に、シャッター音を模した電子音が鳴る。
 そこに映る「おめでとう」の心を込めた笑顔を皆が確認すると、改めて七海が共鳴を行い、再び食欲の宴が始まった。


 そして彼らの食材も尽きる夕暮れ時、ようやく目を覚ました少女が帰路についていた。その表情は失意に沈んでいる。
「うぅ~……佐助ごめんなのじゃ、せっかくのでぇとを……」
「いいのいいの、寝顔も堪能できたし」
 眠っている間のことは伏せて、佐助はアイリスの行く手にすっと立ち、密かに用意していた花束を彼女の眼前に差し出した。咲き誇るのは、『あなたを大切にします』という花言葉を持つ、白いアイリス。彼女の名でもある花。
「これ」
「これ……って、ええぇ!!」
 思いもかけない贈り物に顔を夕暮れよりも赤く染めるアイリス。佐助はただ微笑んで一歩歩み寄り、そっとささやいた。
「ずっと大好きだぜ、アイリスちゃん」
 アイリスはもう何も言葉にできず、ただこくこく、と花束を受け取ってうなずく。――そうして新たに生まれた春は、喜び多き一日の終わりを飾るのだった。

●かけがえのない時を
 春の日の、平穏なひととき。
 この瞬間たちを護りたいのだと、その思いを心に加えて、エージェントたちは進んでゆく。

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結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
    機械|20才|女性|防御
  • ワイルドファイター
    金獅aa0086hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 薔薇崩し
    柏崎 灰司aa0255
    人間|25才|男性|攻撃
  • うーまーいーぞー!!
    ティア・ドロップaa0255hero001
    英雄|17才|女性|バト
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • エージェント
    中城 凱aa0406
    人間|14才|男性|命中
  • エージェント
    礼野 智美aa0406hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 自称・巴御前
    散夏 日和aa1453
    人間|24才|女性|命中
  • ブルームーン
    ライン・ブルーローゼンaa1453hero001
    英雄|25才|男性|ドレ
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 過保護な英雄
    バルトロメイaa1695hero001
    英雄|32才|男性|ドレ
  • 厄払いヒーロー!
    古賀 佐助aa2087
    人間|17才|男性|回避
  • エルクハンター
    リア=サイレンスaa2087hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • 家を護る狐
    古賀 菖蒲(旧姓:サキモリaa2336hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 初心者彼女
    天都 娑己aa2459
    人間|16才|女性|攻撃
  • 弄する漆黒の策士
    龍ノ紫刀aa2459hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 初心者彼氏
    鹿島 和馬aa3414
    獣人|22才|男性|回避
  • 巡らす純白の策士
    俺氏aa3414hero001
    英雄|22才|男性|シャド
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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