本部

幼狐は月下に花を愛でる

白田熊手

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/25 18:53

掲示板

オープニング

●栃木県那須市湯本
「一体、どうなってるんだ……?」
 湯本の町中を駆ける和波アキラ(az0015)は、苛立ちと焦燥に呟く。
 子狐の従魔が起こした一連の騒動は、リンカー達の尽力もあり比較的すぐに収束したのだが、アキラは新たに出来した問題に当たらねばならなかった。
「アキラ!」
 掛けられた声にアキラは足を止めて振り向く。
「イルミア……居たか?」
 イルミア・フローレント(az0015hero001)は首を横に振る。
「駄目、町中探したけど見当たらない」
 潤巳リナの姿がない事に気付いたのは、騒動が収まってしばらく経ってからだった。それから数時間。そろそろ日付も変わる。アキラの知るリナは、こんな時間まで遊び歩く娘ではなかった。
「リナの奴、一体どこに……」
「リナだけじゃないわ」
「え?」
「町で聞いたの、リナと同じ年頃の子が、十人以上行方知れずになってるのよ」
「おい、それって……」
 心にあったまさかという思いが、不安となって広がる。

●数時間前・温泉神社
「ん~……こんだけぇ?」
 目の前に並んだ少年少女を見渡し、茉莉花は桜色の唇に小さな指を当て不満そうに言う。
「あんた達、サボったんじゃないでしょうね?」
 クリクリとした大きな目を細め、茉莉花は傍らに整列する一尾達を睨み付けた。一尾達は眼光を恐れる様にプルプルと首を左右に振る。
 小学生ほどの背丈しかない茉莉花だが、その正体は愚神である。従魔に過ぎぬ一尾達が、逆らう事の出来る相手ではない。
「……まあ、いいわ」
 アイドルの様にヒラヒラした衣装と、長く結んだ銀色のツインテを翻し、茉莉花は居並ぶ少年少女達の前に歩み寄り、彼彼女らの顔を検分する様に眺めてゆく。
「ふ~ん……あら?」
 何人かの前を過ぎた後、茉莉花の足が一人の少女の前で止まった。
「この子、可愛いわ」
 アキラがこの場に居れば声を上げただろう。茉莉花が足を止めたその少女は、目下行方中不明の潤巳リナだ。
「従魔にあげるのは、もったいないわねぇ……」
 茉莉花はそう言うと、リナの腰に自分の腕を回し彼女の身体を引き寄せた。そして、リナの身体を腕の内に包み込み、抱き心地を確かめる様に自分の身体を摺り合わせる。
「くふふっ……無闇に痩せてなくて、程よい抱き心地だわ」
 そう言う茉莉花は小柄で、身体も女性らしい丸みに欠けている。自分にないものへの憧憬か、茉莉花はリナの身体を愛おしげに撫で、それから彼女の首筋に舌をつうと這わせた。
「んっ……」
「くふふっ……か~わい」
 くすぐったげな声を漏らすリナに茉莉花はほくそ笑み、その頬に軽く口付けると、一尾達の方に振り返った。
「この子は、茉莉花《ジャスミン》のお嫁さんにするわ……あんた達は、残りの人間を使って私を守りなさい」
 言うと茉莉花は居並ぶ人間達からライヴスを吸収し始めた。少年達からみるみる生気が消えてゆく。このまま吸い取り続けていたら、彼彼女らは絶命していただろう。だが、茉莉花は適当な所で吸収を止めた。
「全部吸い取ったら、人質にならないものね」
 そう言うと、茉莉花は吸い取ったライヴスを一尾達へと注ぎ込む。すると、一尾の内六匹の尾が二股に割れた。
「さあ『二尾』共、取り憑きなさい!」
 尻尾が増えた狐達は、生気を失った少年少女達の方に駆け……すっと姿を消す。代わりに……と言って良いのかどうか知らないが、駆け寄られた人間達に狐耳、狐尻尾が生えた。
「くふふっ……人間共は、どんな顔をするのかしら?」

●再び湯本
「……やっぱり、従魔絡みか?」
 アキラは眉間に皺を寄せ呟く。だが、イルミアはそのアキラよりも難しい顔をする。
「ならいいけど……」
「……どういう意味だ?」
「昨日の従魔騒ぎが、何者かの意思によって引き起こされたのだとしたら……そいつは従魔なんかじゃないわ」
「従魔じゃないっていうと……」
 アキラもイルミアと同じ推測に思い至り、顔から血の気が引く。
「愚神……最低でもデクリオ級以上のね」
 悪い予想だ。そして大抵の場合、現実は悪い予想通り……ではなく、それ以上に最悪な未来を連れてくる。

●同時刻、温泉神社前
 二尾が取り憑いた人間を従え、茉莉花は坂の上から待ちを見下ろす。短いスカートの下からは、先程まではなかった6本の尾がフサフサと伸びていた。
「くふふっ……馬鹿な人間共」
 冷たい風が吹いた。北から吹くその風は、殺生石からあふれ出した硫黄の臭いを南へと運ぶ。茉莉花にとって、故郷の匂いを――。
「楽しみにしててね、茉莉花のお姫様……とっても素敵な夢を見せてあげる」
 茉莉花は片腕に抱いたリナを引き寄せ、彼女のおでこに口付ける。
 風が町は故郷の匂いを運ぶ様に、茉莉花は破壊と混乱を運ぶ。坂の下の町は、荒涼たる故郷と同じように、美しき混沌へと帰るだろう――茉莉花は坂の下へ向き直り、鋭い声で二尾達に命じる。
「行くわよ二尾共! この坂を下り、人間共の町を占拠する!」

解説

●目標
 二尾に捕らわれた人々の解放と茉莉花の討伐、もしくは撃退。

●登場
デクリオ級愚神『六尾・茉莉花(読みは《マリカ》ですが、本人は《ジャスミン》と読んでいます)』
 六本尾の幼狐愚神。デクリオ級上位の実力です。
 六本の尾を使った攻撃は、隣接スクエアの敵を6体まで同時攻撃可能(一人に対して6回攻撃は出来ません)。
 遠距離に対しては尻尾から魔力を射出して攻撃します。威力は『銀の魔弾』と同等で、1ターンに1発しか撃てません。また、尻尾を使うので隣接スクエアへの攻撃も5人までとなります。
 茉莉花は潤巳リナを抱えている為、現在両手がふさがっていますが、両手が空いた場合矛を顕現させ、攻撃回数が一回増えます。矛は射程2で、尻尾と同じ目標を狙う事も可能です。
 視線により一般人を無条件に魅了できますが、リンカーには一切効果がありません。

ミーレス級従魔『二尾』×6
 一尾が進化した子狐の従魔です。駆け出しのリンカーでも楽勝できますが、一般人の身体を乗っ取っています。乗っ取った体が死にそうになると危険を感じて憑依を解きます。
 また、茉莉花が死んだり遠く(50スクエア以上)へ離れたりした場合、ライヴスの補助が絶たれた二尾は一尾に戻り、憑依を維持出来なくなります。

●状況
 茉莉花と二尾達は温泉神社から坂を下って町中央に向かっています。皆さんは住人達から町の防衛と捕らわれた人々の奪還を依頼されます。
 枝道はありますが、神社から町中央までの通りは一直線で、茉莉花はこの道をまっすぐに下ります。時間的余裕はありますので、町のどこで待ち構えてもOKです。

●追記
 茉莉花は潤巳リナを抱えています。和波達は彼女を取り返そうとしますが、実力的に困難です。実力のあるリンカーが協力を申し出るなら、その指示に従います(和波達のステータスはキャラクターシート通りではなく、LV20程度です)。

リプレイ

●那須街道
「行方不明者達はいつ頃いなくなったんだ?」
 小鉄(aa0213)や來燈澄 真赭(aa0646)と共に付近の住民を避難させ終えた真壁 久朗(aa0032)は、旧知のイルミアにそう聞く。
「多分ここ数時間の間。居なくなったのはリナ……アキラの幼馴染みだけど、その子と同じ年頃の子らしいわ」
「行方不明の方、ご無事でしょうか……」
 セラフィナ(aa0032hero001)は心配気に言う。ただの行方不明ではなく、愚神の出現と前後して起こった事件だ。関連している可能性は高い。
「愚神による事件が疑われているなら、行方不明者の人達は……」
 玖渚 湊(aa3000)も同じ想像をしたのだろう。厳しい表情でそう呟く。
「まあまだどうにかなったとは限らないし、落ち着いていこうよミナトくん」
 腕を湊の肩に回し、ノイル(aa3000hero001)は気楽な口調で言う。
「お前はいつも通常運転だよな……」
 湊は肩越しにノイルを見返し、呆れ半分羨ましさ半分にそう言い、那須街道から温泉神社の方へスナイパーライフルのスコープを向けた。これなら、愚神に気付かれずその様子をうかがえる。
 程なく、湊は愚神の周りに耳尻尾が生えた少年達の姿を確認し、皆にそれを伝える。
「もしかして、行方不明の人達なのか……?」
 湊は呟く。状況から見てそうだろう。予想は悪い形で当たった。
「人質のつもりでござろう。姑息なまねを……」
 小鉄は憤然として言う。
「取り憑かれてるのかな?」
「だとしたら、早く解放してやらないとな……」
 ノイルの言葉に、真壁が厳しい顔でそう呟く。
「ハルちゃん二尾だってさ………」
 湊達の報告に、今宮 真琴(aa0573)は思わず奈良 ハル(aa0573hero001)の顔を見る。偶然ながら、ハルも二尾だ。
「なんでこっち見る!?」
「背後から撃たれないようにしないとね」
「え、冗談じゃよな?」
 小鉄や真壁等、旧知の面子も多いし、他のリンカーもまさか間違えるはずはない。だが、真琴はまじめな顔で言った。
「……お仲間じゃないんだよね?」
「違う」
 真琴の問いにハルは憮然とした顔で答える。
「旅館のどたばたの他にも従魔が居たのね。早く取り戻さなきゃまずいわね……」
 小鉄の英雄、稲穂(aa0213hero001)は苦い顔で言う。旅館では小鉄が説教されただけですんだが、今度はそんな事で済みそうにない。
「ひどい……無関係な人を巻き込んで、けしかけてくるなんて」
 悲痛そうに呟く努々 キミカ(aa0002)に対し、ネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)は笑いながら応じる。
「いいではないか。相手が下種であれば下種であるほど、英雄の引き立て役としてはうってつけであろう!」
 英雄としてどうかと思う発言だが、努々はその声に安心し前を向いた。
「えぇ、それもそうですね……私もヒーローなら、みんなを救って見せなきゃ!」
「おさげの女の子は居ませんでしたか?」
 何やら盛り上る努々達を尻目に、アキラは湊にリナの事を聞く。
「遠かったから確かな事は言えないけど……六尾の愚神がそんな女の子を抱えてた気が気がする」
「やっぱり……イルミア!」
 湊の言葉を聞いたアキラはイルミアに声を掛け走り出す。だが、緋褪(aa0646hero001)がそれを制した。
「彼女を奪還しないと私達も迂闊に攻撃出来ないし、奪還は必須事項だからまずは落ち着け」
「落ち着けなんて……」
 アキラは苛立った声で言う。「手の届く範囲を守りたい」せめてと決めたそれすら、今の自分には覚束ない……冷静ではいられなかった。
「初手に不意打ちであの子の奪還を狙うからそれに参加してほしいのと、奪還後に安全なところまで連れて行ってほしいんだけどお願いしていいかな?」
 頭に血が上ったアキラを宥める様に、真赭は穏やかな口調で提案する。静かな言葉に焦りが少し和らいだ。ゲームの勇者の様に何もかも背負う必要はない――アキラは大きく息を吐く。
「分かりました……來燈澄さん、僕の出来る事を精一杯頑張ります」

●待ち伏せ
「あ、いました。あそこです」
 湊がライフルのスコープで愚神を監視している間に、リンカー達は各々の配置に着く。
「モッフモフだねあの子ー」
 共鳴するノイルは暢気な声だが、油断はない。ファンシーに見えても相手は愚神だ。
「来るよ……」
 二尾に囲まれた愚神――茉莉花がこちらに向かってくる人気の無い町の様子を少し不審がっているようだが、湊達に気付いた様子はない。
「まだだ……」
 彼我の距離は指呼の間だが、湊は構えた銃の引き金を引かない。茉莉花はまっすぐに坂を下る。このまま一気に町の中央を占拠するつもりだが――。
「くらえ!」
「チカチカ〜」
 強烈な閃光が辺りを覆った。湊の放つフラッシュバン。それが開戦の合図だ。
「何っ!?」
 茉莉花は咄嗟に目を覆ったが、二尾達は為す術もない。茉莉花を取り巻く陣形が乱れる。
「推参、でござる!」
「その人達を離してもらうわよ……!」
 蕎麦屋の影から飛び出した小鉄はその綻び突き茉莉花に肉薄する。
「忍者!? 何で!?」
 突然現れた忍者に驚きの声を上げる暇もあらばこそ、茉莉花は背中に強烈な斬撃を喰らい、10m以上弾き飛ばされた。
「いったぁ……茉莉花《ジャスミン》ちゃんに何て事すんのよ!」
 茉莉花は何とか体勢を立て直し、小鉄に向き直ってそう怒鳴る。愚神の名を聞いた小鉄は小さく首を捻った。
「じゃすみんとは、また何処かで聞いたような名でござるな……?」
「お花の名前よ、でも愚神の名前に使われるなんてお花が可哀想よ……」
 稲穂はそう吐き捨てる。休暇を邪魔された恨みもあるのかも知れないが、英雄としては真っ当な反応だ。
「急急如律令……現身の矢……!」
 二尾の輪から弾き出された茉莉花に、真琴は間髪入れずフェイルノートの矢を放つ。茉莉花はその弓音に向き直るが、そこに放たれた矢はない。ハッと気付いたが、もう遅い。死角に転移した矢が茉莉花の肩に突き刺さる。
「っ……ウッザ!」
 茉莉花は矢を抜き捨て、忌々しげに吐き捨てる。
「びっくりした? あなたみたいなのがいるから……ハルちゃんが変な目で見られるんだ!」
「いやワタシそんな目でみられてたの?」
 真琴に続き蕎麦屋の屋根からは真壁。向かい合った建物の陰からはそれぞれ努々と橘 由香里(aa1855)が飛び出す。
「また正面から行くんですか?」
 何の外連もなく茉莉花に向かう真壁にセラフィナは一応聞く。
「正面以外のどこから行くんだ?」
「……それもそうですね! クロさんですし」
「……なんか少し引っかかるぞ」
 真壁は茉莉花と二尾の間を割る様に位置取る。
「お前の相手は俺だ」
 言って繰り出した長槍は躱されたが、真壁の役目は高い防御力とリジェネーションを生かした壁。落ちない事の方が肝要だ。
「来るがいい、愚神。君の浅はかなる計略は、我々が打ち破らせて貰おう」
 口上を述べつつ、努々が茉莉花の足下に放った斧は外れたが、これはリナを救出する為の布石だ。
「この前の一件はこいつが蠢動していたせいだったのね。あの時、もう少し慎重に裏を探っていれば……」
 努々の反対側から茉莉花に向かう由香里は、少し悔しげにそう呟く。
「事件自体はどうという事はない物じゃったから油断したのう」
「失態をリカバーするためにも、こいつは私が倒すわ。行くよ、飯綱比売!」
「うむ、任せておくのじゃ!」
 同じ狐だからなのか、飯綱比売命(aa1855hero001)は何時になくやる気だ。だが、まずはリナの救出だ。由香里も努々と同じく、その布石の為に茉莉花を挑発する。
「傾国を名乗るには尻尾が三本足りないわね!」
「胸が大きいからって調子に乗って……オバサンの巨乳より、美少女の貧乳が正義に決まってるでしょ!」
「オ……胸は大きい方がいいに決まっておるじゃろうがァ!」
 由香里の口を借り飯綱比売が叫ぶ。その叫びに、茉莉花ではなく努々が釣られた。
「あの狐も……敵!?」
「違う! いいから前を向け!」
 敵と味方を見失いかけた努々をネイクは慌ててどやしつける。
「九尾狐の劣化コピーなど、私の飯綱法の前にはッ!!」
 兎も角も注意を引いた由香里はライヴスフィールドを展開するが、二尾達はともかく、茉莉花に効いた様子は無い。
「やだぁ、劣化コピーはどっちかしら?」
 茉莉花はそう言ってせせれ笑う。
「あやつ、絶対に許さぬ!」
「落ち着きなさい」
 普段とは逆に、由香里が飯綱比売を宥めた。だが、そんな愉快な仲間達とは完全に空気の違う男が茉莉花の背後に姿を現す。
「……久方ぶりに活きの良い『獲物』が出てきたみたいだな」
 ヴィント・ロストハート(aa0473)。普段は冷静な男だが、女性愚神を前にした時の彼は狂人としか言い様が無い。
「嗚呼、実に楽しみだ……楽しみで楽しみで思わず気が狂いそうになる。まぁ、今回の場合は六尾の狐らしいから『子猫ちゃん』じゃなくて、『子狐ちゃん』か……? 何にせよやる事は一つ。愚神を蹂躙し、人質を救出する」
「ヴィント、絶対に人質救出はおまけで考えてるよね……」
 彼と共鳴するナハト・ロストハート(aa0473hero001)は半ば諦めた様に呟く。
「といっても、六尾の愚神を倒さない事には多くの犠牲が出るし、従魔に憑依されている人達も助けられないですから……まぁ、ヴィントの『興が乗った』状態は何時もの事だし、だからといって目的を忘れてる事はないから大丈夫だと思うけど……こうなると、理性の箍が外れてるから不安なのよね」
 ナハトの不安を裏付ける様な雄叫びを上げ、ヴィントは死角から茉莉花に突撃する。
「まずは彼女を取り返す事を優先して、その後はヴィントの好きにしていいから」
 ナハトの言葉が聞こえているのかどうか――大剣ライオンハートが風を巻いて振り下ろされる。
 茉莉花は慌てて尾で受けるが、強烈な斬撃は彼女の強靱な尾さえも軋ませた。
「あぅぅ……っ!?」
「初めまして子猫ちゃん……いや、狐だから子狐ちゃんの方が正しいか。まぁ、どちらでも構わないが、存分に俺を楽しませてくれよ?」
 苦悶の表情を浮かべる茉莉花に、ヴィントは狂気の笑みを見せる。
「な……何こいつ!?」
 その表情には、愚神の茉莉花ですら寒気がした。ふと、いつか聞いた話を思い出す。
「あんた、もしかしてヴィント・ロストハート?」
「俺の名を知っているのか?」
「女子会で聞いたし! 女殺しなんだって? 評判悪いよ!」
 声に気合いを込め、茉莉花はヴィントの大剣を弾き返した。
「茉莉花みたいな小さな子に……これ、事案ってやつじゃないの!?」
 そして、振り抜いた尾を勢いのままヴィントに叩き付けようとする。だが、それよりも早く、隠密を破って出現した真赭の鉤爪が茉莉花の左腕を切り裂いた。
「もう……何人居るのよ!?」
 不可視からの攻撃にリナを抱く左腕が緩む。真赭はそれを見逃さない。
「アキラさん!」
「はい!」
 真赭の合図でアキラは建物の陰から飛び出し、茉莉花の抱えるリナに飛び付く。
「なにするの!?」
 だが、茉莉花は右手一本でリナの体を引き寄せ、アキラの手からリナを引き戻そうとする。リンカーと愚神が、一般人に過ぎないリナの体を引き合えば――アキラがゾッとして腕の力を抜こうとしたその瞬間、茉莉花の右腕に努々が組み付いた。
「何すんのよ!」
 茉莉花は反射的に努々を振り払おうとし、リナを抱き寄せる手の力が一瞬緩んだ。
「和波……早くしろ!」
「ありがとうございます!」
 アキラは腕を一息に引き、茉莉花の腕の中からリナを奪還した。
「リナ……!」
 アキラは思わずリナを抱きしめる。だが、それで事が終わったわけではない。
「茉莉花のお嫁さんよ! 返しなさい!」
 茉莉花の怒声。モフモフだった茉莉花の尻尾が鋼鉄の様に変化する。
「いけない!」
 危険を察知した真琴が茉莉花の足下に威嚇射撃を撃ち込む。
「小賢しい!」
 だが、茉莉花の怒りはそれを上回った。一本の尾から放たれた魔弾が真琴の体を撃ち、残りの尾は稲妻の様な早さでアキラを含めたリンカー達の体に突き刺さる。
「だ、大丈夫でござるか!」
 六尾と二尾の連携を遮断していた小鉄が、余りの惨状に思わず声を上げる。アキラは元より、魔弾を受けた真琴と茉莉花に接近していたリンカー達は、そのたった一撃の為にズタボロ。唯一救いはメディックの真壁が比較的軽傷な事ぐらいだ。
 だが、小鉄もそちらの心配ばかりはしていられないかった。衝撃から回復した二尾達が六尾と合流しようと動き始めている。
「此奴らまで行かせるわけにはいかんでござる!」
 とはいえ傷付ける訳にもいかない。窮余の策として小鉄はノーブルレイで二尾を縛り上げる。ついでに、尻尾を切ったら一尾に戻らないか実験してみるが……。
「キャン!」
 二尾は大きな声で鳴くだけだった。
「むっ、駄目でござるか」
 それなら二尾の動きを封じるしかない。真赭は六尾から離れ、湊も六尾組と背を合わせる様に二尾に対峙する。
「邪魔はさせない!」
 湊が威嚇射撃で侵攻を遅らせる間に、真赭は『女郎蜘蛛』で二尾を絡め取った。動ける二尾は後四匹。そのうち一匹は六尾との合流ではなく真琴の方へと向かう。その間、真壁のケアレインが傷ついたリンカー達に飛び傷を癒やす。
「人間を甘く見るなよ」
「まだまだやれますよ!」
 セラフィナの言葉通りだ。傷つきながらもヴィントは一気呵成に切り込み、由香里も肉薄して茉莉花と正面から切り結ぶ。希望を失った者は居ない。
「逃げなきゃ……」
 アキラは背に受けた傷から血を吹き出しながらも、リナを腕に抱え戦場から退避しようと駆け出した。その様に茉莉花の怒りが募る。
「逃がさない!」
 再び鋼に変化した尾がリンカー達を薙ぎ、真琴に二発目の魔弾が飛ぶ。ケアレインで回復した以上のダメージ。だが、アキラは尾の射程外だ。しかし茉莉花は、リナを諦めたわけではなかった。
「白面の矛よ!」
 声と共に茉莉花の手に銀の矛が現出する。繰り出された矛は白銀の光を纏い、アキラの背に深々と突き刺さった。
「ぐっ……!」
 苦痛の声を抑え、アキラは身を捩りって背中から矛を引き抜く。開いた傷口から血が滝のように流れる。だが、それでもアキラは必死に地面を這いずり、矛の射程から逃れた。
「卑怯傷を負って逃げるの!? 臆病者!」
「ああ、そうだ! 僕は勇者じゃなくていい!」

●死闘
 茉莉花の罵倒を無視し、アキラはリナを抱えて走り去った。人質が居なくなればリンカー達は六尾に遠慮無く攻撃が出来る。もちろん、二尾と六尾を合流させてもいけない。真赭は二発目の『女郎蜘蛛』を放ち、小鉄はブロックで二尾達の妨害する。残り二匹の二尾は、それぞれ湊と真琴に向かった。合流されるよりはマシだが……長期戦になれば真壁のケアレインも尽きる。
「響け……! 鈴鳴……!!」
 そうなる前にと、真琴は咄嗟の判断でフラッシュバンを発動させた。打ち合わせ無しだが、真壁達なら気付く筈だ。
「っ……また!?」
 思惑通り真壁達は閃光を避け、幸運にも六尾の目が眩む。
「やった!」
 掴みかかってきた二尾を避け、真琴は歓声を上げた。だが、同じく飛びかかられた湊は、男子高生に取り憑いた二尾に運悪く押し倒される。
「うわっ!?」
 真琴に電流走る。
「湊さんが狐耳男子高生に押し倒――」
 それはさておき――男子高生に押し倒された湊はブッシュナイフを抜き出し二尾の耳を切り付けた。これで解放できるかもしれないと考えたのだが……。
「キャン!」
「あ、ごめん!」
 小鉄の場合と同じくやはり駄目。六尾組は再び真壁がケアレイン。だが、回復量よりダメージの方が大きい。茉莉花の目が眩んでいる内に戦局を変えねば――じり貧だ。
「君が容赦を捨てるならば、私も同じく捨てる事としよう……さぁ、覚悟を決めよ!」
 ズタボロの状況に少し弱気になりかけるが、努々はそれでも精一杯の虚勢をはり、戦鎚・火之迦具鎚にライヴスを込めて振り下ろす。
「ぐぅぅっ……!」
「お、当たった!」
 閃光の効果もあり戦鎚が茉莉花の頭部を捕らえた。続く由香里の槍も命中――その瞬間、二尾達に異変が起きる。
「何と!?」
 小鉄がブロックしていた二尾憑が突然倒れたのを皮切りに、他の二尾達も次々とその動きを止める。そして、動かなくなったその体の上には、小鉄達には見覚えのある一尾の姿。
「狐……説教部屋……うっ頭が……」
「それ自業自得って言うのよ?」
 小鉄はトラウマを掘り起こされた様だが、それどころではない。
「倒れた人達もですが、この子達も確保しないと!」
「そ、そうでござる……かような見目をしていても、やはり従魔は侮れぬ……」
 真赭に促され、小鉄は一尾と倒れている人達の対応に向かった。一尾はきょとんとした表情のまま倒れた人間の上にへたり込み、逃げる素振りも見せない。真赭はそれを簡単に捕らえ、両脇の下に手を入れて高く抱き上げた。
「うん、さっきの騒動のモフモフだね」
 白い腹を見せ、今更じたばたと暴れる一尾の姿に、真赭はにっこりと微笑んだ。

●決着
「助かった!」
 二尾の憑依が解けた男子高生の体を退かし、湊はアンチマテリアルライフルを構える。残る敵は茉莉花一人だが、前線も崩壊寸前だ。
「間に合ってくれよ!」
 照準を合わせ、素早く湊は引き金を引く。それに合わせ、妄想から立ち直った真琴も射撃する。二つの弾丸は、二つなりとも茉莉花の足に命中した。
「いっ……たいじゃない!」
 足に弾丸を受け茉莉花は体勢を崩す。生命力は限界に近いだろう。だが、真壁のケアレインも打ち止め。後がないのはこちらも同じだ。
「あー……もう! 全員死ね!」
 茉莉花の尾がまたも荒れ狂い、リンカー達の命数を削る。後一度同じ攻撃を食らえば、真壁以外の前衛は全滅するだろう。しかも、茉莉花はまだ矛を残している――だが、リンカーの側にもまだ一手が残されていた。
「さぁ子狐ちゃん、盛大に良い声で鳴いてくれよ……存分に壊して犯(こわ)して奪って愛してやるからよっ……!!」
 二度の攻撃に耐えトップギアを発動させたヴィントは狂笑浮かべ、ライオンハートを疾風の様に旋回させた。剣は一閃して茉莉花の胸を切り裂き、二閃して左肩を切り裂く。
「この変態がァ!!」
 暴風の様なヴィントの攻撃。それでも茉莉花は、左肩に剣を食い込ませたまま反撃の矛を繰り出し、ヴィントの鳩尾に渾身の突きを入れる。ズニッ……と、嫌な音が矛の先から聞こえた。
「グフッ……!」
 傷が内蔵まで達したのか、ヴィントの口から血が溢れる。だが、それでも大剣の旋回は止まらない。
「嘘っ……!?」
 驚愕の声――ヴィントの凶刃は茉莉花の首に深々と食い込み、それすらも断ち切る。
「あっ……」
 か細い声――それを最後に、茉莉花の姿は霧散する。
「名残惜しいが……さよならだ、子狐ちゃん」
 呟いたヴィントの体が、矛の支えを失い地面に叩き付けられた。

●仮設救急所
「全く、か弱き子供を狙うとはけしからん愚神である事よ! もっと堂々と、強者を狙ってこんか!」
 小鉄らの提案で事前に設営されていた救命所で被害者の看護を手伝いながら、ネイクは憤然とした口調で言う。二尾に憑依された者達は、皆かなりのライヴスを失っていた。命に別状はないが、暫くは起き上がれもしないだろう。
「まぁ、相手も強いのよりは弱いの狙った方が楽ですから……でも、だからこそ皆を守っていきたいところですね」
 努々も同じように手伝いながら言う。アキラ達は傷が深く、手伝いの邪魔になりそうだったので休ませた。潤巳リナはライヴスを失って居なかったが、念のため安静にさせている。
「でも、どうして温泉街に攻めてきたのでしょうね?」
 ネイク達と同じく看護を手伝うセラフィナは、小首をかしげそう疑問を口にした。
「……暖まりたかったからか?」
 真壁も首を捻る。どうせ愚神の考える事だ。今となっては分かりようもない。
「はっ、クロさんおみやげ買っていかないと! 温泉にも入ってみたいです!」
 先程の質問を忘れたかのように、セラフィナははしゃいだ声で言った。
「風呂はちょっとな……足湯とかならいいか」

●温泉神社参道
「温泉騒ぎが大騒動に発展しちゃったわね、休暇が……」
「ま、また今度来れば良いでござるよ……」
 真赭、湊達と共に事件の後始末をする小鉄は、稲穂のぼやきにそう応えた。
「残心は大切でござるからな、残敵掃討を怠り厄災の芽を育てるのも洒落にならぬでござる」
 討ち洩らしがあるかもしれないし、思わぬ所に事件の被害が出ているかもしれない。小鉄達は、真赭が戦闘中に捕らえた一尾に道案内させ、那須街道を外れ温泉神社までの道を上る。
「行方不明の人と二尾の数が合わないのも気になります」
「後始末は確かに大事だけど……」
 真赭の言葉に、稲穂はぼやきながらも納得する。思えば、一度温泉に入ったきりだ。損をした気になるのも仕方ない。
「ミナトくん何かおみやげ買っていこうよ。温泉玉子とか、温泉せんべい!」
 それとは対照的に、ノイルは陽気な口調だ。
「いいけど……払うのは俺なんだぞ……もう」
 ノイルの提案を飲みながらも、湊は小さく頬を膨らませた。それでも楽しげな二人の後ろで、真赭は一人難しい顔をしている。
「どうした、真赭?」
 不審に思った緋褪が真赭に聞く。
「憑かれてたの子狐ばっかりだったけど親狐って見てないよね?」
 緋褪の問いに、真赭は思案顔のまま呟く。
「そういえば成獣は見てないな、六尾も違うようだし……おい、まさかまたか?」
「杞憂だといいけど……」

●曙光
「……ハルちゃん何か考えてる?」
 縁側で物思う様のハルに真琴は声を掛ける。空はいつに間にか白み、宵闇は解けるように薄いで行く。
「いや、な……ワタシはお主に巡り合えたからいいが」
「六尾のこと……?」
「こうなっていてもおかしくはないと思ってな……」
「同族だから?」
「正確には違うが……んー良く分からんな……」
 ハルは何時になく言い淀む。ふと、視線を感じ、ハルはそちらに目をやる。釣られて真琴の視線も動かすと、そこには数人の青年。
「あっ……」
 ハルと視線が合った青年は慌てて目をそらす。周りの青年も同様だ。真琴は少し悲しい顔になる。
「たぶんボク達はあまりここにいない方がいいのかな」
「まぁ……傍から見ればワタシも二尾じゃしなぁ……感情論じゃな。ちと蝶に入っとるわ」
 そう言うと、ハルは幻影蝶の中に姿を消した。
「ハルちゃん……」
「真琴はせっかくなんじゃしゆっくりしとけ?」
「ハルちゃん出てこないんじゃボク帰る……」
「お前……」
「早く帰ろ……?」
「温泉に入っとけばいいのに」
「じゃあ帰ってから二人ではいろ!」
 真琴はわざと元気よく言うと、トタトタとその場から駆けだした。その背を見送り、先程の青年達は何故かがっかりした表情になる。
「行っちゃったよ……お前が変な目で見るから」
「仕方無いだろ! あんな胸であんな服着てたら……見るだろうが!」
「まあなぁ……」
 思うに、人は助平なれど、捨てたる程に憎くもあらずやと――。

●某ホテル
「ん……」
 気付いた時、ヴィントは柔らかなベッドの上に横たわっていた。
「気がつきました?」
 目を覚ましたヴィントに、ずっと付き添っていたナハトはそう声を掛ける。
「ここは?」
「地元のホテル……真壁さん達が運んでくれたんです」
「……どのぐらい眠った?」
 全身が鉛の様に重い。愚神にとどめを刺した所までは憶えているが――。
「5時間よ……無茶をするから」
 ナハトはどこか不安げな声でそう答える。ヴィントは薄く笑った。
「だがいい気分だ……指一本動かないがな」
 呟き――ヴィントはまた静かに目を閉じた。

●殺生石
「あまり他人のような気がせぬ相手であった……愚神でなかったら、よい茶飲み相手になったかもしれぬ」
「悪戯狐が二匹になるなんて、それはそれで迷惑な気もするわね」
 そう言い、由香里は殺生石の元にジャスミンの花を供えた。凶悪な愚神だったが、その死には奇妙な感傷が残る。
「どこで運命が分かれたのかのう」
「……わからないわ」
 そう言って首を横に振り、由香里は踵を返した。飯綱比売もその後を追う。誰も居なくなった殺生石の前に花だけが残る。風が吹く。その風が過ぎた時、残った花も枯れ果て、塵のようになって消え失せた――。

 その後、真赭らの探索により残りの行方不明者が発見される。彼らはライヴスを失っていなかったが、一様に昨晩の記憶を失っていた。理由は不明――HOPEは原因を調査中である。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473

重体一覧

参加者

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002
    人間|15才|女性|攻撃
  • ハンドレッドフェイク
    ネイク・ベイオウーフaa0002hero001
    英雄|26才|男性|ブレ
  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 市井のジャーナリスト
    玖渚 湊aa3000
    人間|18才|男性|命中
  • ウマい、ウマすぎる……ッ
    ノイルaa3000hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
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