本部
掲示板
-
アフター準備?卓
最終発言2016/02/14 21:37:31 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/02/15 21:20:29
オープニング
●祭りの後
戦いは終わった。甘き茶色の食物にそれぞれの信念と情熱と欲望を乗せ、時に叫び、時に涙し、時に静かに天を仰いだ人がいたかもしれない戦いは。金髪ウェーブと赤いアンティークドレスをまとったゴリ……もとい一応人類、もといキャシー(本名苦竹剛三郎)は、目の前に広がる光景をその武人のごとき双眸に映した。チョコをもらった事に喜色を押さえきれない者、チョコを渡せた事にほっと胸を撫で下ろす者、腕に腕を絡めていずこかへと立ち去って行く者、そしてチョコをもらえなかった事に地に拳を叩きつける者……表と裏、光と影、天と地、リア充と非リア充格差。そんなこの世の絶望と非情の縮図をキャシーはその両眼に映し、腕を組み、そして
●張り紙
『オネェバー「かぐやひめん」でアフター・バレンタインデーを開催するわ~ん。
日付は2月15日夜7時から、年齢、性別は問わず。どんな人でも大歓迎よ~ん。
興味ある方はぜひいらしてねん。おつまみと飲み物とチョコをたくさん用意して待ってるわ~ん』
解説
●概要
「かぐやひめん」でアフター・バレンタインデーを過ごす。
●場所
かぐやひめん
キャシーの経営するオネェバー。貸し切りのため他の客はいない。スタッフもお休みである。
●飲食物
酒、ジュース、お茶類、おつまみ等が各種取り揃えてある。本格的な食事は要望があれば(主にキャシーが)用意する。チョコは大量にある。
●参加条件
特になし。18歳未満も今回に限り入店可能。
●NPC情報
キャシー
身長192cmのオネェさん殿。一応人類。一応一般人。リンカー達への日頃の感謝を込めて今回の催しを企画した。
ガイル・アードレッド
キャシーの住むナニカアリ荘の住人。お騒がせNINJYA。泣き上戸なので酒は飲めない。
梅吉三澤
ナニカアリ荘の住人。小学校教師。よれよれジャージにサンダルのだらしない恰好のおじちゃん殿。タダ酒を飲むために出現した。
デランジェ・シンドラー
ナニカアリ荘の住人。今回は大家さんのおばあちゃん殿とナニカアリ荘でお留守番。
●その他
・未成年の飲酒・喫煙は絶対的にNGです。ご了承願います。
・過度なお色気はマスタリング対象です。
・NPCは特に要望がなければ描写は最小限orなしになります。
・キッチンに入りたい方は要望頂ければ承ります。
・女装希望のある方は衣装お貸し致します。
・デランジェは今回出現しません。
リプレイ
●おいでませ異界の門
邦衛 八宏(aa0046)は、やや顔をこわばらせながら扉の前に立っていた。「かぐやひめん」と書かれた派手なネオン、見るからに異質感漂う空気、そんな異界と書いてオネェバーへと続く扉の前に立つ相棒を、稍乃 チカ(aa0046hero001)は身体を斜めに傾けながら覗き込む。
「あれ、別に今日はメスゴリラ型雑魔は暴れてねぇんだけど? え、もしかしてアレか、やーちゃんてば女装に目覚めたんじゃ」
「……晩御飯、お徳用ドライフード……」
「うん違ったな! 俺ってば早とちり!」
「あらん、やーちゃんにチカちゃんじゃない! いらっしゃい、また来てくれたのね~ん」
ピースにウインクを華麗に決めたチカから顔を上げた八宏は、扉から突如出現した金髪ゴリラに固まった。しかしすぐにそれが金髪ゴリラ、もといかぐやひめん店主キャシーだと気付くと、若干目を泳がせつつ丁寧に頭を下げてみせる。
「すいません、実は……先日の、弁償に……不測の事態、とはいえ、衣装をダメにしてしまったので……商売道具でしょうし……申し訳ありませんでした」
「あらやだそんな、別にいいのよ~ん、気にしなくても。あら? という事は、アフター・バレンタインに来たんじゃないの?」
「キャシーさん、Guten Abend」
「やっほー、元気してた?」
「キャシーおねーさんお久しぶりー。その節はうちのおっさんがお世話になりましたっす」
「おっす……キャシーだっけか。相変わらずゴツ……いや、元気そうで何よりだ」
首を傾げる八宏とチカの背後から、ファウ・トイフェル(aa0739)とフヴェズルング(aa0739hero001)が仲良くおててを繋ぎながら、桐ケ谷 参瑚(aa1516)が無表情で口調と手振りは飄々と、巳勾(aa1516hero001)が微妙に顔を引きつらせながら現れた。そこから少し離れた所では、芦川 可愛子(aa0850)が目をキラキラさせながら異界の門を見上げている。
「オネェバー! 子供は入れないというから諦めて大人になったら絶対行こうと決めていたくらい、未知の場所だから一度行ってみたかったのよね! あー! どんなところなのかしら、楽しみね楽しみね楽しみね! しかもパーティ! なにがあるのかしら! キャー☆」
大きな緑色の瞳を全力で輝かせる可愛子の姿を、 九尺(aa0850hero001)は白い帽子の下から微笑みを持って眺めていた。その横を十影夕(aa0890)、シキ(aa0890hero001)、紫 征四郎(aa0076)、ガルー・A・A(aa0076hero001)、虎噛 千颯(aa0123)、白虎丸(aa0123hero001)、木陰 黎夜(aa0061)、アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)がそれぞれ会話しながら通り過ぎて店内へと入っていく。
「バーとか、初めて来たな……シキが来たいってゆーから来たけど、どこでこんなイベント知ったんだ、こいつ。あ、桐ヶ谷……こんな所で奇遇だな」
「ここがキャシーおねえさんのみせか。ゆうじんからうわさにはきいていたよ。よさそうなところじゃないか」
「おねぇばーとはなんですか! ガルー良く来るのですか!」
「きません! そっちでホットチョコレートでも飲んでなさい!」
「酒だー! 酒が飲めるぞー!」
「お前は本当に酒の事しか頭にないのか……? でござる」
「人、いっぱい、だな……」
「無理せずに楽しみましょうか」
「あ、キャシーお姉さん……遅くなったけど、バレンタインの……よかったら……お話してくれて、ありがとう……」
「あらん、ブラウニーとポテチ? 黎夜ちゃんが作ってくれたの? すごいわ~ん。今日はぜひ楽しんでいってちょうだいねん。
今日ね、エージェントちゃん達への日頃のお礼も兼ねて、アフター・バレンタインを企画したのよん。ちょうどいいからやーちゃんとチカちゃんもどーう? キャシーオネェさんのおごりよん?」
黎夜達を見送ったキャシーは再び八宏達に向き直ると、二人に向かってバチコーンとウインクをした。何故か風が巻き起こった。本来の弁償の件は当人に断られてしまったが……
「スタッフ今日いねぇんだな? じゃあ来たついでに手伝ってやるよ。な、八宏?」
「……はい、そうですね」
「じゃあ、お前今日メイドな」
「……はい、そうで…………
……え?」
●飲めや歌えや
「今年入って初めての飲み会だね! お兄さんとっても楽しみだよ!」
「……」
木霊・C・リュカ(aa0068)の一見朗らかそうな台詞に、 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は沈黙で返す事しか出来なかった。今年に入って七回程開催された新年会は何だったのか。あれは飲み会ではなかったのか。そもそも飲み会とは何なのか。そんなある種哲学とも言える答えの出ない永遠の謎に、しかし酒飲み達は我関せずにそれぞれ杯を握っている。
「それではアフターバレンタイン、乾杯~」
「はーい乾杯ー。ガルーちゃんも鯆さんもほら!」
「はーいかんぱーい! ってあああ征四郎! あんまり朝霞さんにご迷惑かけるなよ!!」
タダ酒を飲みに来た教師・梅吉三澤の号令と共にリュカがグラスを高く上げ、ガルーは半ば上擦った声で征四郎へと釘を刺した。「子連○狼……」などと間違っても思ってはならない。
「飲み放題遊び放題と聞いていざやってきましたぜー」
「鯆も弱ぇんだから飲み過ぎんなよ。リュカちゃんは……別にいいか」
「アーテルちゃん飲んでる~? 飲まないと勿体ないよ~!」
「黎夜から許可が出たからね。粗相のない程度に飲むわ」
「さぁてリュカ! ガルー! 飲むぞ! タダならばより一層遠慮無く飲むぞ! ふふ、このちよこれいとという物は洋酒に合うなぁ。ワイン! 灯影、赤いので頼むぞ。ついでに焼きましゅまろとやらをくれ」
「はいはい! 赤ワインね。あんまりハメ外すなよ」
鯆(aa0027hero001)、ガルー、千颯、アーテル、楓(aa0273hero001)はさっそく舌をそれぞれアルコールで潤していき、会津 灯影(aa0273)は相棒に赤ワインの瓶を持っていった。ちなみに灯影がメイド服を着ている理由は後で語られるかもしれない。
「オネェバーか。スタッフさんはお休みみたいで、ちょっと残念ですね」
「なんだ朝霞、興味あるのか?」
「いや、ちょっと気になっただけだよ」
ニクノイーサ(aa0476hero001)の言葉に大宮 朝霞(aa0476)は小さく肩をすくめてみせた。店内ではすでにいくつかグループが出来ているらしく、ツラナミ(aa1426)や38(aa1426hero001)も料理や飲み物を味わっている。
「さてと、ニックは何飲むの?」
「そうだな、エール酒を頼む」
「ビールね! もらってくるから待ってて。せいしろーちょっと待っててね。今夜は無礼講よ! コーラ飲もう、コーラ!」
盛り上がりを見せるテーブルからやや離れた所では、真壁 久朗(aa0032)が壁にもたれかかりながら烏龍茶を流していた。ブラックスーツ姿で壁の華を決め込む久朗に、白いニットカーディガンのセラフィナ(aa0032hero001)が両手を伸ばす。
「クロさん、ネクタイちょっと曲がってますよ?」
「ああ……悪い」
「お友達にもご挨拶しなきゃですね!」
「ああ、それじゃあちょっと行くとし……」
「だ~れだ♪」
楽し気な青年の声と共に、久朗の視界が突如ブラックアウトした。笹山平介(aa0342)は久朗の両目を背後から塞ぎながら、青いサングラスの下にニコニコと笑みを浮かべてみせる。
「あ、待って下さい、ヒントを出しましょう。セラフィナさん、ヒントをどうぞ♪」
「笹山さん! 先日はチョコマカロンごちそうさまでした!」
「それはヒントじゃなくて答えだな……」
呟いた久朗から平介はパッと手を放し、そのまま背伸びをするセラフィナと息ぴったりにハイタッチした。そんな三人に誘われるように、弥刀 一二三(aa1048)、麻生 遊夜(aa0452)、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)が近付いてくる。
「一二三もいたのか。バレンタインは大変だったんじゃないか? (財布的な意味で)」
「久朗はん、お久しぶりどす。バレンタインの事はお口にチャックでお願いします。笹山はんははじめまして」
「一二三さん、はじめまして。関西系の方なんですか?」
「京都と大阪のミックスどす。どうぞよろしくお頼みしますわ」
「こちらこそ。麻生さん、お元気そうで何よりです。お酒は何がいいですか? ユフォアリーヤさんはどういったものがお好みでしょう?」
「俺ぁ酒は飲めんから、ジュースとおつまみやチョコでちびちびやらせてもらうぜ。リーヤの方は……」
「……ん、ごっざる、ごっざる♪」
ユフォアリーヤは店内にガイル・アードレッド(az0011)の姿を認め、しっぽを横に振り出した。拳を握り締める相棒に、遊夜はフッと笑みを浮かべる。
「ほれ、行ってこい。あんま迷惑かけんなよー?」
「……ん! ござる!」
「ぬあ! ユフォアリーヤ殿!」
「やれやれ、今日はのんびりさせてもらうとするかね。リーヤの相手はこれで良い、後は任せた……!」
とてもいい笑顔だ……遊夜の表情を視界に映した四人の心は一致した。そんな一同から少し離れた所では、アル(aa1730)が141cmの小さな体で大きなステージを見つめていた。
「ねぇキャシーちゃん、もし良ければお歌歌わせてもらえないかな? 前ここに来た時、素敵なステージだなぁって思ったんだよね……BGM的な何かがある方が傷心の人なら気が紛れるだろうし、音楽があると無音より会話の回転も上がるんだって」
「いいわよ~ん。むしろオネェさんからお願いするわん。アイドルちゃんのお手並み拝見ねん」
ウインク(風付き)を受けたアルは、マイクが中央に置いてあるステージへと上がっていった。キャシーがスタンドをアルの身長に調整し、アルが小さな手でマイクを握る。
「みなさん、こんばんは! 仕事が恋人状態で、バレンタインをうっかり忘れかけていたアルちゃんです! みんなには内緒にしてね。今日はみんなでわいわい楽しんでいきましょう!」
アルは口元をにっこりと形作ると、アップテンポな冬の歌をテクノボイスで奏で始めた。白を基調とした衣装をまとった愛らしい少女の歌声が、ふわりと甘い匂いの漂う店内を包んでいった。
●話は少し遡る
「どうして……僕はまたこんな格好をしてはるんやろか……」
八宏は思わず京都弁で呟いた。先日の(心の)傷もまだ癒えていないというのに、視線を下げれば186cmの長身を包むは愛くるしい純白メイド服。恨めし気に横を見れば何故か執事服を装備しているチカが笑い転げている。
「なんで執事服を持っている……?」
「俺が女装なんてしたらキュート過ぎて犯罪だろ?」
「そんな事は言うてない」
「まあまあほら、お仲間もいる事だし!」
「貸し切りなんて太っ腹! でも手伝いくらいした方がいいかな? ……って思っただけなのになんでメイド服着てんだよ! 何処にメイド服を仕込んでたんだよ楓さん!」
「女装? 誠啓ちょっとやってきなよ」
「わかりました。やってみます」
「キャシーさん……あのね、ボクでも着れる着ぐるみってあるのかな? この前の依頼の時、女の人用の着ぐるみを見て着てみたいなって思って……え、探してくれるの? ありがとう!」
「ミス・キャシー。どうか是非とも、お手伝いに僕をお使い下さい!」
「客として来たことは一度も無いのに、この店内なんでこんなに見慣れているんだろうな……」
チカが指さした先を見ると灯影がメイド服で壁を叩き、詰襟書生姿の鈴木 京子(aa3362hero001)が佐藤 誠啓(aa3362)ににやけ顔で女装を勧め、ファウがキャシーにそわそわと着ぐるみをおねだりし、ウェルラス(aa1538hero001)は幸せ一色でキャシーの手を優雅に取り、水落 葵(aa1538)はどこかうつろな目で厨房の天井を眺めていた。そしてその後ろでは雅・マルシア・丹菊(aa1730hero001)と九尺がすでに行動を開始している。
「一人じゃ大変でしょ? 手を貸すわ♪ 折角のオネェバーだしあたしが接客(?)側にいれば雰囲気をちょっとでも味わってもらえそうじゃない?」
「可愛子が楽しそうでなによりです、ね。お手伝いも……こういうの、楽しくていいですね」
「……まあ、仕方あらしまへん。お手伝いに来たんですし、キッチンをお借りしましょうか」
「俺もとりあえずキャシーさんの手伝いしよ……服は気にしない方向で。ちっさい子も結構いるしケーキとかパフェとか作って出そう」
「ワイン! 灯影、赤いので頼むぞ」
「はいはい! 赤ワインね。あんまりハメ外すなよ」
「僕もお役に立ちますよ。出来るならばキャシーさんの御心を先読みして完璧なるサポートを!」
「頑張れウェルラス。今回俺はお前の事を完全に放置する。きっとお前もそれが幸せに違いない……うん、幸せそうだなぁ……」
金髪・ピアス・青ネイルの33歳は相棒を八宏、灯影達にお任せし、すみやかにその場を立ち去った。葵と入れ違いに
「キャシーさん」
「キャシーさん」
「キャシーお姉さん」
と一二三、朝霞、白市 凍土(aa1725)がキッチンへと足を踏み入れ、「あ、どうぞ」「どうぞどうぞ」と互いに順番を譲り合う。
「あらん、一体どうしたのん?」
「これ、主催してくれたお礼どす。面識ないんで躊躇ったんどすがうちの甘い物好きが興味深々で……こういうのん、好みがあるて思うんどすが」
「あらやだ、嬉しいわ~ん。花束もアロマも、そのパンクなスーツもとっても素敵。さっそく飾らせて頂くわねん」
キャシーはせめてものお礼にと一二三に投げキッスをお見舞いした。ウェルラスが心なしか目を見開いた。一二三は若干視線を逸らした。
「朝霞ちゃんと凍土ちゃんはどうしたの?」
「えっと、ビールを頂きたいのと、キャシーさんってカクテルも作れるんですか? もし作れるのならサラトガ・クーラーをお願いしたいんです。お忙しい所恐縮ですが……」
「キャシーお姉さん、すいません、ご飯作ってくれないかな……出来ればハンバーグがいいんだけど……」
「トウ君、ご飯食べてなかったんだ!」
シエロ シュネー(aa1725hero001)の言葉に、凍土は一層肩を落とした。まるで雨に濡れそぼる子犬がごとき哀愁である。
「うぅ、明日給料日だったんだ……」
「あらあら、それは大変ねん。ハンバーグは作れるけれど……」
「なら、朝霞はんのオーダーはうちがやらせて頂きます。バーテンとは違いますけど、昔バー勤めで教わったんどすわ。もちろんノンアルで。他にも色々作ってかましまへん?」
「あらやだ、お願いするわん一二三ちゃん。待っててねん凍土ちゃん、キャシーオネェさんのスペシャルハンバーグを食べさせてあげるわん」
「手伝うよ、お姉さんに任せてばかりじゃ華が無くなって皆悲しむと思う」
「それはきっとトウ君だけだとおも……あー他にも居たねー、私フクザツな気分だよ」
「いや、キレーだよ?」
「そだねー」
「白市サン……何かシンパシーのようなものを感じていたのだけれど……君とは仲良くなれそうな気がするよ」
凍土の傍にウェルラスが近付き、通じ合った二人は手を固く握り合った。麗しい友情の誕生に、眺めていたシエロと何かを受信した葵は泥エステの泥のような生温かく濁った瞳をした。
●話はまた少し遡る
鯨井 寝具(aa2995)は目の前に広がるチョコの海にしばし視線を落としていた。あれはつい先日の事。その時寝具が一体何を見、何を聞き、何を体験したのかは、出来ればコンクリ詰めにして海に一本背負いでもしてきたいような出来事である。
「だが、俺はその忌まわしい思い出と共に、あえてここでチョコレートを食べるぜ。はっきり言ってこの場所にもチョコにも散々な思い出が詰まっちゃいるが、そこから逃げ出したら何にもならないからな。あえて、そうあえてだ。俺はチョコを食べ、楽しい記憶へと上書きするッ。アーティストたる者、ヴァレンタインは愉しいもんだっていう真っ当な感性を持ってなくちゃならないからな。食べるぜ食べるぜ食べるぜ食べるぜ」
「チョコレート! やっぱりチョコレートはお菓子の王様ね。とうぜん心行くまで堪能させてもらうわよ!」
いささか念仏染みてきた寝具の声に、金色の魔術師・ゴールドシュガー(aa2995hero001)も拳を強く握り込んだ。その横ではキリル ブラックモア(aa1048hero001)が、視線だけで穴でも開けそうな勢いでチョコをじっ……と凝視している。
「チョコが大量に……!? しかし人も大量に……だが、チョコ、チョコ、チョコッ……!」
説明しよう、この一見寡黙で無表情で目付きが鋭い、冷静沈着文武両道才色兼備風クールビューティー属スレンダー系モデル体型は、実は「毎日甘い物を食べさせる」を誓約にした程の超絶甘い物好きなのだ! そして超絶人見知りでもある。チョコへの誘惑が人見知りにアッパーカットを叩き込み、キリルは相棒の背から駆け出してチョコ海の住人と成り果てた。相棒の背を見送った一二三は「そうや、皆さんに挨拶がてら、久朗はんにカクテル飲ませな」と煙草と香水を懐に知り合いの元へと歩いていった。
「いえーい! ぶれいこーなのです!」
征四郎は常日頃の幼いながらも凛とした佇まいは何処へやら、さながら酔っぱらったOLのごときハイテンションでグラスを高々と掲げ上げた。飲んでません。アルコールは誓って飲んでません。ただ周囲の雰囲気に酔ってしまうタイプなのです。遠くのテーブルでは子○れ狼……もといガルーがハラハラとした表情をしていたが、
「ガルーちゃん! ガルーちゃん飲んでる? 飲んでない? まさか!? ここで飲まないでどこで飲むの! 今でしょ!」
という千颯の言葉を
「うっせ! こっちはガキが先に酔っちまってんの! もー代わりに飲んどいて!」
と流しつつチョコレートリキュールをちびちびと煽っていた。
「木陰殿は大丈夫でござるか……? その……男性が多いでござるから……」
「顔見知りも多いから、今のところ、平気……。ありがと……白虎丸……」
一方、白虎丸は酒の類は口にせず、男性恐怖症のある黎夜、他の子供達、それから困った大人達にも適宜心を配っていた。そこにガイルが、ユフォアリーヤの胸に(重要)がっちりホールドされながら引きずられつつ現れる。
「……ござる、チョコノフになった? ……ん、えらいえらい」
「ガイル、NINJYAのしゅぎょーは順調なのです?」
「アードレッドさん、初めまして、佐藤誠啓と申します。最近受けたお仕事はどのようなものだったんですか? 出来れば今後の参考に伺わせて頂きたいのですが」
青いNINJYA装束を認め、征四郎がジュースを、誠啓が最近教わったミルクティーを、髪と同系色の白藍のフリフリドレス姿で持ちながら近付いてきた。ユフォアリーヤは真っ赤になりつつ視線を彷徨わせるガイルの頭を抱えてなでなでし、手元にチョコを引き寄せてガイルの口に詰め込んでいく。
「……ん、ござる、美味しい?」
「お、おいひいでござるが……」
「……ん、お姉ちゃんも、作った」
「ガイルさん~。チョコに合うジュース持ってきたからどうぞ~」
ユフォアリーヤは「えっへん」と言わんばかりの表情でガイルの口にチョコレートボンボン(ブランデー入り)を笑顔で突っ込み、フヴェズルングも楽し気な表情で飲み物(アルコール)をガイルに持たせた。そんな、色んな意味で混沌と書いてカオスと読む店内をアメジストのような瞳の中に映しながら、レイ(aa0632)は瞳と同系色のカクテルを細い喉へと流し込む。
「甘い匂いの応酬が凄そうだ……カール、お前……こう言うの好きなんだろ?」
低血圧気味に呟いたレイの耳に、アップテンポなテクノポップが入り込み、レイは声の元へと視線を向けた。それなりに広いステージと適度な照明にアメジストの瞳が細まる。
「……っと、良いカンジのステージじゃないか。なぁ、カール……お前、どの位、ベース上達した? 自主練とか、俺のバンド仲間にも教えて貰ってるようだが……ここらで一曲披露してみな。勿論、俺も演るぜ?」
「マジで? マジでレイとセッション出来んの? ちょ、俺、頑張れちゃいそー! レイの音楽の中に入れンなら喜んでやるゼ?」
レイの誘いにカール シェーンハイド(aa0632hero001)は心底嬉しげに声を上げ、レイは喜ぶカールの姿にクッと喉を鳴らしてみせた。アルが曲を披露し終え、ブロンドの髪をぺこりと揺らす。湧き上がる拍手の中レイは持ち込んだ相棒のギターと、違う意味での相棒であるカールを引き連れ、普段のライブと同じ足取りでステージへと上がっていく。
「機材は……よし、いけそうだな。良い音で鳴いてくれくれよ? 相棒」
「折角のバレンタインだっけ、そう言う感じのやらねーの? レイ」
「んじゃ即興で作るか。付いて来いよ? カール。この店の観客を魅了しようか」
甘い甘い世界で一番甘い日
この日を夢見て歩く人々
俺は窓の外を眺めてる
甘い甘い世界で一番甘い日
この日で決める様子の人々
俺は窓の外には出られない
足音が聴こえる
扉が開かれ
俺の大好きな人が入って来る
思わず擦り寄り抱き上げられる
嗚呼……このままで良い
嗚呼……俺は猫のままで良い
あなたがいるなら
ギターボーカルはレイ、ベースとコーラスはカール。サビのみの、甘く優しいミディアムテンポのロックが、華のある色気を伴って店内に響き渡った。
●騒げや歌え
「アーテルちゃん飲んでる~? 飲まないと勿体ないよ~!」
先程と同じテンションで肩に覆いかぶさってきた千颯に、アーテルは眼帯に覆われていない黒い左の瞳を向けた。口調はまだ女性的だが、千颯を見る視線には何処か鋭いものが混じっている。
「普段よりも飲んでますよ。というよりも、普段は飲まないから今日は少しリミッターを解除しようかしら、なんて」
「いいじゃんいいじゃーん。ニックちゃんも飲もうよ~、ね~飲まない? ニックちゃんあんま飲んだの見た事ない系だし~、飲もう~」
「虎噛か。ご機嫌なようだな。どうもこの世界のエール酒はいまいち好みに合わなくてな。種類はたくさんあるようだから、そのうちいいのがみつかるとは思うんだが……なんだ朝霞。飲酒か?」
ちびちびとビールを舐めるように飲んでいたニクノイーサは、明らかにジュースではない液体を持つ相棒へと声を掛けた。朝霞は一二三の作品を「ふふん」と得意げな表情で掲げてみせる。
「これはノンアルコールカクテルなのよ。どうよニック、カクテルを楽しむ優雅なレディに見えるでしょ?」
(俺にはジュースを飲んでるお子様に見えるが)
とは、さすがに口に出しては言わないが。このヒーローをこよなく愛し憧れる「聖霊紫帝闘士(せいれいしていとうし)ウラワンダー」が本物のレディになれるのはいつの日か。口元をジョッキの影に隠したニクノイーサの隣に、始終ハラハラしっぱなしのガルーがリキュール片手に腰を下ろした。
「ガルーか。先日の依頼でも朝霞が世話になったな」
「いや、こっちこそ征四郎が現在進行形で世話になって……」
「おいおい、何だお二人さん。ちっとも酒が進んでねえじゃねえか。うちの参瑚も楽しそうにしているし、酒飲みは酒飲み同士楽しくやろうぜ。梅酒も吟醸酒もいいのがあるし」
「そうそう! ここで飲まずにいつ飲むの!? 女性の鈴木さんだって乾杯で一気飲みの勇姿を見せたと言うのに!」
何やら保護者感の漂う二人に、巳勾とリュカの大蛇二人がコンボを組んで絡んできた。名前の挙がった京子も、書生帽の下から楽し気に目を細めてみせる。
「今日はとにかく飲めるだけ飲むよ。飲み比べがあるなら積極的に参加のつもりで」
「いえーい! リュカちゃんの格好良いとこ見てみたい~ほらほら飲んで飲んで飲んで~♪」
完全に待ったなしである。千颯に煽られるように飲み比べを始めた京子とリュカに、ガルーは苦笑気味に息を吐いた。常よりテンションのハイになっている征四郎の事は気掛かりだが、白虎丸達もいる事だし……と、一気飲み組から離れ、一人淡々と飲んでいるアーテルに話し掛けてみる。
「ところで、アーテルは今日は女装しねぇの?」
「はっ、馬鹿な事言ってんじゃねえよ。仕事でもねえのにしねえって。普段の口調だってあくまで黎夜のためだからな」
ガルーは少し目を見開いた。普段の……いや、黎夜の前でのアーテルは、男性恐怖症の相棒を慮ってハスキーな女性口調をしているが、「少しリミッターを解除する」という言葉はどうやら本当だったようだ。
「京子さん、どうですか? 多分この体験も初めてしたと思いますが……」
「あはは、うん、かわいいよ。似合う似合う」
「今年のチョコか……今年も本命はなかったんだよね……周囲に独身が少なくなるとちょっと切なくなっちゃうよね……」
「ハメを外し過ぎるな、酔っ払い。皿、洗ってくる。楓はもう少し空の皿を集めてくれる、か?」
「楓~、か~え~で~。そこの人見知りのパペッターちゃ~ん。なんだ女装したのかよ、いいじゃんおさげ似合うじゃ~ん。ああ! さけ! おれのおさけー! かえせー!」
『うるさい』
京子が通り掛かった誠啓のドレス姿を素直に褒め、リュカが物悲しいバレンタインデー事情を切なげな様子で零し、オリヴィエが皿を片付けつつ釘を刺し、すっかり酔っぱらった鯆がおしぼりを丸めて遊びながら駄々をこね、紅葉 楓(aa0027)が騒ぐ鯆におしぼりを投げ付けた。ちなみにウサギのパペットが口の悪い『タナカさん』で、クマのパペットが丁寧いい子の『サトウさん』だ。お酒の上におしぼりまで飛び交い始めた戦場に、アーテルがクールな笑みを浮かべてみせた。
「たまにはこういうバカ騒ぎも悪くはねぇな……少し夜風に当たってくる」
アーテルは立ち上がると、危なげない足取りで入口へと歩いていった。ガルーはその背を見送ると、仲間達の様子を肴にまたリキュールを一口飲んだ。
「いやー素敵な歌だったね。さ、今日は楽しもうね」
「お前絶対コロス……」
蛇塚 悠理(aa1708)の楽し気な台詞に、蛇塚 連理(aa1708hero001)は心からの怨念を込めて返した。黒のスーツ姿でイケメンを彩る悠理とは対照的に、連理は紐やフリルのいっぱいついたドレス姿となっている。歪みのない歪みっぷりを発揮するイケメン(黙っていれば)に、こちらは相棒から離れた葵がグラス片手に近付いてくる。
「やあ、蛇塚サン達」
「やあ水落くん……いや、水落さんは俺よりも年上だったんだね。まったく見えなかったよ。ウェルラスくんは……いつも通りだね」
「どっちも体型が戻ったみたいでよかったなー……」
悠理と連理の何気ない言葉に葵はバッと顔を背けた。あれはつい先日の事。その時葵が一体何を見、何を聞き、何を体験したのか、それは出来ればビニールシートで巻いて樹海に床グサしてきたいような出来事である。
「それは一先ず置いておいて……そうだ、今度ウェル置いて飲み行かない? どうせならゆっくりと色々話してみたいし……」
「それならこの際、良ければ葵くんって呼んでもいいかな? 何か色々超えてマブダチのような気もするんだ」
その時、三人の近くにスコットランドの民族衣装であるキルトをまとったクレア・マクミラン(aa1631)と、赤いパーティドレスに白いショールを羽織ったリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)が通りがかった。以前クレアと顔を合わせる機会のあった葵が片手を上げて呼び止める。
「クレアサン、H.O.P.E.主催のイベント以来、だな。せっかくだからお酌でも」
「ありがとうございます。では、せっかくなので一杯」
「クレアさん、リリアンさん、お久しぶりですね」
クレア達を発見したセラフィナと、久朗達もその場に合流してきた。葵からスコッチウイスキーを一杯注いでもらったクレアは、手のかかる弟のような久朗へと身体を向ける。
「こんばんは。せっかくですので、ご挨拶に参りました」
「思えば、白刃からずっと戦場でしか言葉を交わしていませんね」
リリアンとクレアの言葉に、久朗はわずかに苦笑を浮かべた。その時、レイとカールの演奏が終わり、拍手が壇上から降りる彼らの歌声を称賛した。
「さて、私も少しは何かしましょうか」
「あら? 珍しいのね、クレアちゃん」
「バグパイプを持ってきたんです。故郷のスコットランド音楽を皆さんに披露致しましょう。その後で改めて休日の過ごし方、みたいな他愛のない話でも」
クレアは「ではまた後程」と軽く頭を下げていくと、ステージに上がり、独特な形の民族楽器の音色を辺りに響かせた。故郷を懐かしむように穏やかに演奏するクレアの音色を聴きながら、悠理が笑顔で久朗へと声を掛ける。
「やぁ、こんばんは。いい夜だね。あまり話をした事がなかったけれど、いつか話したいと思っていたんだ。ところでさっそくで申し訳ないけど、真壁さんってセラフィナさんからチョコレートってもらえたのかな?」
「……隣、いいかー?」
「はい、もちろん! えっとその服、可愛いですね」
セラフィナの中性的な容姿にほっとしつつ、チョコレートが好きかどうか聞こうとした連理はその褒め言葉にショックを受けた。暗雲を背負う連理とは対照的に、自慢の相棒を褒められた事にすかさず悠理が自慢に走る。
「でしょ? 俺の連理可愛いでしょ。連理そんなに照れるなってちょっとだけど痛いなあもう」
「笹山サン、久しぶり。この前の依頼以来かな」
「水落さん、お久しぶりです。お酒注ぎます♪ ウェルラスさんはお手伝い中なんですね」
無言で悠理の背中をばんばん叩く連理から一時的に視線を逸らして葵が平介に話し掛け、平介は葵のグラスに一杯注いだ。特徴的な金髪・ピアス・青ネイルに、クレアの舞台を眺めていた久朗が訝し気に視線を向ける。
「トラックの時以来か。割りと何度か会ってるよな。樹の親戚だったか? そういえばアレはどういう……」
その時、葵の首が「ギギギ」と音を立てて久朗を向いた。そして葵は瞬間移動かと思う速度で久朗に近付き、ほとんど睨むような勢いで久朗へと目線を合わせる。
「その件だがお願いしたい事があってな……この間のトラック護衛の時、キャシーサンが口走った名前の事だが……アイツにだけは黙っていて欲しい。どうか頼む」
「ん……よく分からないが了解した」
久朗は頭に疑問符を浮かべながら無表情のまま頷いた。葵は全面にホッとした雰囲気を浮かべ、「それじゃあ俺はこれで」と颯爽とその場から立ち去った。
(真壁サンみたいなタイプにはたぶん逆効果じゃないのかな……)
少し離れた所から見ていたウェルラスは密かにそんな事を思ったが、あえて言わない事にした。今ウェルラスにとって大事なのは相棒の明日よりもキャシーの役に立てる自分の今である。薄情などと思ってはならない。
「私もそろそろ失礼します。ちょっと月見酒でもしてこようかな」
平介もそう言って離れていき、しばらくして平介の相棒である柳京香(aa0342hero001)がトレイを片手に現れた。トレイの上には包みに入ったチョコがいくつか並べられている。
「京香も一緒だったのか」
「ごめんなさいね、挨拶回りに慣れてないからちょっと迷ったのだけれど……キャシーさんにお願いして、お菓子を分けてもらったの。包み方も教わって……」
「わあ、ありがとうございます! こうしてお話しするの、久々ですね」
「羽子板楽しかったな」
「平介といつも仲良くしてくださってありがとう……ちょっかいかけるのは……平介は無意識だろうけど……」
その時、京香は何かを呟いた。確かに何か言っているのだが、小さくてはっきりとは聞き取れない。
「……これからも、宜しくお願いします」
そして、京香は他の面々にもチョコレートを配り終えると、来た時と同じように足早に去っていった。そうこうしている間にクレアの演奏が終わり、一仕事終えたと言わんばかりにテーブルの上の酒を煽り始める。
「とても飲んでますね」
「すごく飲んでるな」
「あ、急いで駆け付けたリリアンさんストップが!」
「クールな女性だと思ってたが……酒豪だったのか。しかし、あっという間のバレンタインだったな」
「今年はチョコも沢山貰えたし、賑やかな年だったな。子供らとチョコを作ったり騒ぐのは変わらんかったが……うむ、この年で増える友人と言うのも悪くないもんだ。……っと、俺もちょっと外すぜ。キッチンを借りてくる。キャシーさんの腕前を見てみたくもあるし、チョコをくれた木陰さん達にも礼をしないとな」
「僕も、ピアノ弾いてきます!」
そして遊夜はキッチンへ、セラフィナはステージへと向かっていった。聞こえてきたピアノの「月光」に久朗は目を静かに細め、グラスに口をつけた……所で烏龍茶がなくなっている事に気付く。
「悠理はん、連理はん、前回のもふもふは最高どしたなあ」
その時、一二三が見計らったように、たくさんのグラスを乗せたトレイ付きで現れた。トレイの上ではカクテルが、まるで宝石のような鮮やかさで色とりどりに輝いている。
「これ、うちが作ったんどす。これでも飲みながらもふもふについて語りましょ。バージンフリーズ、コンクラーベ、シンデレラ、サマー・デライト、プシーキャット、ヴァージン・ピニャ・コラーダ……あ、久朗はんにはオレンジジュース、ありましたで~!」
一二三は満面の笑みで夕焼け色のグラスを久朗へと差し出した。それがファジーネーブルというアルコールである事を、久朗は知らない。
●バレンタインデーは終わらない
ガイルは泣いていた。特に理由などないがここぞとばかりに泣いていた。アルコールを口に入れられ、全力でむせび泣く泣き上戸NINJYAの元に、白虎丸を引きつれた千颯が風のごとく現れた。
「ガイルちゃん!! うちの白虎ちゃんどうよ! ゆるキャラよ! どうよ!」
「ぐす……びゃ、白虎丸殿おお!」
「おー、白虎丸さん! もふもふさせて!」
泣き上戸NINJYAは白虎丸の後頭部の、聖霊紫帝闘士ウラワンダーは喉のもふもふに突撃した。ガイルと朝霞の二人に挟まれもふられ白虎丸は悲鳴を上げる。
「や! やめろ……でござる! ガイル殿! 朝霞殿!」
「バレンタインはねー、お母さんからチョコレートを貰ったよ」
「僕もお零れ頂いたねー」
「バレンタインの戦果は……聞かれたくないヤツには深くは聞かねえわ。誰しも触れられたくない心のでりけーとなとこってあるもんな」
一部の大惨事を完全に視界に入れず、着ぐるみに身を包んだファウとその相棒のフヴェズルングは平和を全面に推して参り、参瑚はほとんど表情を変えずにしたり顔という器用な妙技を披露した。
「それよりさー、チョコって素で食っても美味しいけど、フォンデュとかおすすめなんだけど、どお? フォンデュ鍋いくつか持ってきたし、果物も買ってきたから、欲しい人、食べる物の足しにてもしてちょー」
チョコフォンデュ、その素敵な単語に夕が一番に反応した。表情の変化に乏しい男子高校生が二人、口調と動作だけは楽し気にチョコを刻んでは鍋へと入れる。
「今年のバレンタインは結構チョコレート切った。友チョコしたりシキと出掛けたり充実してた。桐ヶ谷は、なんか作った?」
「準備手伝ってくれてありがとーな、十影クン。俺なー、バレンタインは兄貴と家族にチョコドーナツ作ったくらいかなー。彼女とかはよくわかんね。今は、友達いて、相手が喜んでくれたり、俺も嬉しかったらそれでいいやーって」
自炊してるわりには危なっかしい手つきで「猫の手? なにそれ。なんかこわい」などとのたまう夕と、口調と仕草はハイテンションで淡々と作業に徹する参瑚。その間シキは適当に店内をウロチョロし、そろそろ戻ろうとした所で、同じくオネェバーと書いて未知の場所を探索していた可愛子にぶつかった。
「おおっと、しっけい。うん、しかしちょうどいい。あちらでチョコレートフォンデュをするのだよ。きみも、どうかね」
「チョコフォンデュ! キャー! とってもとっても楽しみね! 一体どんな素敵スイーツと出会いがあるのかしら! イヤーン☆」
そして121cmのシキは123cmの可愛子を連れ、チョコフォンデュ会場へと戻って行った。シキは赤い瞳で鍋を覗き込み、そして口を尖らせる。
「なんだ、ながれてないじゃないか。ファウンテンとやらをきたいしていたのだが」
だが、目の前に色とりどりの果物串を差し出されれば、その文句もチョコレートと一緒に鍋の中に溶けてしまった。可愛子と二人でチョコフォンデュをつつく相棒に、夕が淡々と世話を焼き、参瑚はミニドーナツをチョコに浸して満足そうに頬張っていく。
「火傷したら危ないから振り回したりしないで、ちゃんと座って」
「シキもフォンデュ気に入ってくれたみたいで良かったなー」
「チョコフォンデュに参上よ! ドライフルーツ持って来たよ、皆でどうぞ!」
「ん? 貴様ら、その鍋はなんだ。ふぉんでゅ? 我にもやらせるが良い」
続けてステージを終えたアルと、ポテチを持参した狐耳の楓も参戦し、それぞれ持参したドライフルーツとポテチをチョコ鍋へと浸した。さらに一段落ついたキャシー、雅、九尺、ウェルラスもチョコフォンデュに訪れる。
「きみがキャシーおねえさんかね。なかなか、かわいいな」
「あらん、シキちゃんありがとう~。シキちゃんもとってもかわいいわん」
「キャシーちゃん、そう言えば、福袋! 中身はどうだった? 好みの物が入ってたなら、頑張った甲斐があったってものね。九尺ちゃんもウェルラス君もお疲れ様だったわね。あたし、ココで働けそうな気がするわ」
「あらん、雅ちゃんなら大歓迎よ~ん。いつでもお願いしたいわ~ん」
「すいません、僕もお邪魔させて頂きたく……あ、ウェルラスさんこんばんは!」
美しいピアノを披露したセラフィナも登場し、他のお菓子組メンツも巻き込んで、いよいよチョコフォンデュは盛り上がりを増していった。狐耳の楓は灯影の姿を発見し、桃をチョコに突っ込みつつ相棒を手招きで呼び寄せる。
「灯影! 次は白頼むぞ。ふむ、中々……よし、他の果物も寄越せ」
「はい、白ワインね。それ、一口頂戴」
「一口だと? 仕方が無い、我の寛大さに喜び勇めよ」
「ん、さんきゅー」
「キリルさん、あのチョコ食べてくれましたか?」
「ん!? あ、ああ、おいしかった……ぞ……」
「すいません、安売り多いスーパー知ってる人居ませんかー」
「思考が完全に主婦だよトウ君」
「主婦のお姉さんは凄いんだぞ」
「うんうん、そだねー」
「よし! テンションも上がってきたし、一曲歌うか!」
狐耳の楓と灯影、セラフィナとキリル、ハンバーグを頬張る凍土とシエロの会話の横で、同じくチョコフォンデュを堪能していた寝具が元気に拳を上げた。どうやら忌まわしき思い出の上書きは、まともなチョコフォンデュと共に完了したようである。勢いよくステージに上がり、マイクを強く握り締める。
「いくぜ! 俺のニューシングル! 『ヴァレンタインデーは終わらない』!」
蕩ける口溶け 残ってる 余韻と熱い思い
ポケットのチョコレヰトの欠片 一口 放り込んで
夢の続き見るのさ 何時 今? 何時 今
ヴァレンタインデーは終わらない 恋の歌口ずさむ夜
「いい事言うね。バレンタインデーは終わらない。僕のいたずらもこれからこれから」
こっそりとキッチンに参上していたフヴェズルングは寝具の歌に頷きつつ、ちょっと危険な香りのする食物達をゲットしていた。今、白き悪魔の手によって、ロシアンチョコや闇チョコ鍋への扉が開かれる。
●バレンタインデーは
「あ、どうもこんばんは」
平介は先客の姿を認めるとすぐさまニコニコと笑みを浮かべた。夜風に当たっていたアーテルは平介の姿を認め、以前依頼で会った事がある事に気付く。
「こんばんは」
「いい夜ですね」
「……ああ」
二人はそれきり口をつぐんだ。男性恐怖症の相棒のために、本当は男らしく粗雑な口調を隠すアーテルと、過去の事件がきっかけで「喜」と「楽」以外の感情を表に出さなくなった平介……ある意味似た者同士の二人は、しかしそれとは気付かないまま少し視線を彷徨わせる。
「……すいません、失礼します。ホットチョコドリンクを作ったのですが……お一ついかがですか……」
そこに、マグカップをいくつか持った八宏が顔を覗かせた。口数が少なく引きこもり気味の八宏は、しかし仕事だと思い直して口元を引き締める。
「……帰りは、冷え込むかと、思いますので……どうぞ……お好みで入れられる、動物型マシュマロもありますので……」
「なぁどう? こいつ意外と白も似合うと思っ……、いたいたいたいたい! 尻尾引っ張るな!」
八宏は無言のままチカの尻尾を抗議代わりに引っ張った。平介とアーテルは八宏の真っ白なメイド服と二人のやりとりに視線を向け、そして楽し気に笑みを浮かべた。
「オリヴィエ! こっちのにも同じの! コーラ! やってくれ! なのです!」
「大人しくしろ、この雰囲気酔っ払い」
すっかり飲み屋のおじさまと化してしまった征四郎に、オリヴィエは熱いおしぼりをべちゃりと投げ付けた。同時に、自分にこわごわくっついているパペッターの事も忘れない。
「楓、オネェという生き物は怖い生き物じゃ、ない。多分」
キャシーを凝視している所を見るに、多少なりとも興味津々ではあるようなのだが……元々人見知りであり、ぬいぐるみを通してでないと知り合いとの会話も困難であるのだから、いきなりというのは流石に無理があるのだろう。一方、パペッター楓の相棒である鯆は抵抗なし、寧ろフレンドリーでさえある。
「確か知り合いにオネェいた気がすンだよなー。まあそんな事よりおさけおさけー! ちょいと楓や、おしぼりを投げるのはやめてくれ」
オリヴィエは片付けなどを一段落させた所で、少し休むべく手近にあったソファーに座った。すると急に瞼が重くなってきた。元々酒は匂いだけでも弱い方で、座った途端に溜まっていたものが急に押し寄せてきたらしい。
「あらあら、酒弱いのにこんなとこくるから……ほら、肩貸すから少し休め」
オリヴィエを発見したガルーがオリヴィエの横へと座り、リクエストを聞いて回っていた雅に頼んでおしぼりを取り寄せた。肩を貸しつつ、おしぼりを広げてオリヴィエの額に当ててやる。
「そちらさんもお疲れかな?」
こちらはファウを腕に抱えたフヴェズルングが、ガルーの後ろの席に腰掛け相棒を膝の上へと座らせた。着ぐるみ姿で店内を探検し、たくさん遊んだファウにも睡魔が訪れているようだ。なお、フヴェズルングのいたずらに関してはご想像にお任せする。
「お疲れさんだな、どっちも」
ガルーは眠る子供達に苦笑気味に一言呟き、未だ賑わいを見せる店内へと視線を向けた。
「木陰さん、この前はチョコどうも。これ、良かったら食べてくれないか。今木霊さん達にも持っていってる最中なんだが」
遊夜はキッチンで作った料理を、黎夜の事情に気遣いつつテーブルの上へと置いた。そこに「満足した!」と言わんばかりのユフォアリーヤが突撃してくる。
「ユーヤ!」
「お、楽しんできたかー?」
「……ん、ござる泣いてた」
「……そうか、良かった……な?」
「……ん!」
「……普段のあいつに、なった、な……」
ユフォアリーヤの頭を撫でる遊夜と、遊夜にすり寄るユフォアリーヤから視線を戸口へと移し、黎夜はぽつりと呟いた。黎夜はアーテルの酔った所は見たことがない。男性恐怖症の自分のために、普段は女性のような口調をしてくれてはいるのだが……その背中に、思わず頭を撫でようとして、しかし遊夜はその手を止めた。
「ま、楽しむ事だよ、木陰さん。せっかくキャシーさんがこんな場を用意してくれたんだし……うわっ!」
「遊夜ちゃん、ユフォアリーヤちゃん、黎夜ちゃん、はいこれ。遅くなったけどあたしからのバレンタインプレゼントよ~ん。今みんなに配っているところなの」
突然金髪ゴリ、もといキャシーが登場し、遊夜は思わず声を上げた。その手にキャシーが一つずつ丸い包みを置いていく。
「トリュフ、頑張って作ってみたの。どう、皆さんちゃん楽しんでる? 楽しんでくれているとオネェさんは嬉しいわ~ん」
そしてキャシーはバチコーンとウインクをした。何故か風が吹き抜けた。黎夜はその光景を見て、まだ和らげる事は出来ない、けれど今出来る精一杯で頷いた。
「うん」
●終わらない
「今日はありがとうございました。またお会いしましたら、その時は宜しくお願いします」
誠啓は酔い潰れた京子をおんぶしたまま一同にぺこりと頭を下げた。リュカと飲み比べをし、とにかく飲めるだけ飲み、そして豪快に倒れ込み……男性用の書生姿も相まって、何とも思い切りのいい女性である。他にもアルコール大魔神様の洗礼を受けた者達はいたのだが……個人情報保護のため詳細は語らないものとする。
「晩御飯要らないな」
「おいしかったね!」
「はー……やっぱりバレンタインは毎日でもいいわね。美味しいお菓子に可愛いお菓子がいっぱいなんて最高だもの♪ ねぇシング、他に何かこういう記念日っていうかお菓子のイベントってないの?」
凍土とシエロは満足そうにお腹をさすり、ゴールドシュガーは元気いっぱいに寝具を微妙に困らせた。「えっと……ホワイトデー?」「ホワイトデー!? なにそれ説明して!」と盛り上がる寝具とゴールドシュガーの横で、平介はニコニコと笑っている。
「さ、私達も帰ろうか」
「……そうね」
何処かわざとらしいまでにニコニコとする平介に、京香は苦笑をもって返した。この表面上はにこやかな、しかし色々な意味で危うい所のある相棒が、心から本当に笑える日が来るかどうかは分からない。だが、京香はこれからも平介の傍にいて、絶対に守り続けるだろう。それが許される間はせめて。
「来年も明後年も、こうして連理といたいな」
「……あぁ、そーだな」
噛み締めるように呟く悠理に、連理は少し苦し気に返した。いつだか尋ねた事がある。自分達はいつか消えるかもしれないのに、それでも夢が必要かと。その時自分は抱える夢を語ったが、自分達英雄は、戦いが終われば消えるかもしれない、その懸念が消える事はこれからもきっとないだろう。
「あらん、来年もアフター・バレンタインをご希望かしらん?」
その時、急に金髪ゴリラが間から顔を覗かせた。二人が驚いていると金髪ゴリ、もといキャシーはバチコーンとウインクをする。
「もし皆様ちゃんがご希望なら、来年も明後年も開催させて頂くわよ~ん。色んな人が来てくれてオネェさんも楽しかったしねん。それでまた、みんなで楽しい時間を過ごしてくれたら嬉しいわん」
キャシーは今夜集まってくれた客人達を見渡した。失くした記憶を探す者、癒えぬ傷を抱える者、互いに支え合って生きる者……様々な事情を抱え、明日を戦うリンカー達を、かぐやひめんの店主は敬意をもって送り出す。
「本日は当店かぐやひめんにお集まり頂き、誠にありがとうございました。これからも皆様ちゃんのご来店と笑顔を心からお待ちしているわ~ん」
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
---|