本部

たぶん、彼はあの日に死んでた

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/18 17:54

掲示板

オープニング

●五年前の列車事故
 その日も、特別ではない日だった。
 いつのように、通学のために電車に乗る。過疎に悩む地方の電車は、通勤ラッシュと言われる時間帯のはずなのに客はまばらだ。いつもの位置に友人がいて、もより駅までしょうもない話しで時間をつぶす。
「おーす、イズミ」
「今日も寒いな、ユウジ」
 ところで昨日のクイズ番組みたか? という話しを俺は続けようとした。
 だが、その瞬間に電車は大きく揺れて――従魔が襲ってきた。
 そのときのことを俺は、実は良く覚えていない。
 頭の中に『契約をするならば助けてやる』という、男の声が響いた。俺が返事をする前に、隣にいたイズミが声を振り絞った。
「契約してやる。だから、もう誰も殺させるなっ!!」
 その声が、未だに俺を縛りつけている。

 イズミの様子がおかしくなったのは、それからだった。

 英雄と契約しただけのはずなのに、時より姿を消す。そしてイズミが姿を消すと、決まって近くの山の登山客も姿を消した。初心者用の山としてそれなりに集客力のあった山は、あいついで行方不明者が出たせいでいつのまにか滅多に登山者が来ない呪われた山になった。そして、高校を卒業した日にイズミは山に登った。
 ――それから、イズミは山を降りて来なくなった。
 イズミは、そのときから自分の元にやってきたのが英雄ではないと気がついていたのだろう。

●失うぐらいだったら
 俺には、一カ月に一度やることがある。
 家出少女や不良少年あるいは浮浪者といった、いなくなっても騒がれない人間たちを都会で見つけて、山に登らせるのである。山のゴミ拾いをすれば給金を出すとかそそのかせば、それなりに人は集まった。なにより田舎の人間が悪さなどしないという、奇妙な安心感が騙した方にもあったのだと思う。
 騙した人間を、俺はイズミの山に登らせる。
 山のなかには、イズミだったものがいる。俺が山に登らせた人間を食らうイズミには、もうイズミの面影は全くない。熊のように、人間を貪っている。最近、都会では人さらいの噂が出回っているらしい。今後も、今までどおりに人を集められるかはかなり不安だ。
 それでも俺はアレをイズミだと思って、祈るような気持ちで餌を与えている。

●案内人
「ユウジ。悪いが、HOPEからくるリンカーに山を案内してくれ」
 ある日、俺は上司にそう頼まれた。高校を卒業してからすぐに役場に就職した俺だったが、リンカーを山に案内した事などなかった。
「HOPEなんて、頼んだんですか?」
「ああ、さすがに行方不明者がですぎだからな。まぁ、大方山を甘く見ていた素人が勝手に遭難していただけだと思うが……最近の人骨事件もあるしなぁ」
 今でHOPEが呼ばれなかった理由の一つとして、山ガールみたいなものがもてはやされて軽装備で山を登る初心者が増えたせいもある。遭難者が出ても、それは山を甘く見た初心者のせいとされて愚神や従魔という可能性は考えられてこなかった。
 だが、つい最近山のなかから多数の人骨が発見される事件が起きた。山で遭難した人間が獣に喰われる事はあまり珍しくはないが、数がでたこともあってHOPEが呼ばれることになったのだろう。
「なに、気追ってるんだ。おまえ、山には詳しいだろ」
「そうですね。あの山の事だったら……たぶん俺が誰よりも詳しいです」
 高校を卒業したあの日、イズミは山から降りて来なくなった。
 誰にも何も言わずに、一人で呪われた山のなかに消えてしまったのだ。

 高校を卒業した日に、イズミはたぶん……。

解説

・とある地方の役所より、人骨がでた山を調査して欲しいと依頼がありました。
※OPの「五年前の列車事故」と「失うぐらいだったら」はPL情報となります。

・山……イズミが出現する場所。初心者用の登山道路が整備された、比較的登りやすい山。日中でも木々が生い茂っていて、視界は悪い。イズミは山の山頂あたりにおり、従魔は山のふもとのほうに現れる。西側に大きな崖があり、そこの一帯だけ危険なため立ち入り禁止となっている。

・イズミ……五年前に愚神に憑かれた少年。すでにイズミの意識は完全になく、大型の熊のような姿をとっている。動きは鈍いが、一撃で木々をなぎ倒すほどのパワーを誇っている。頭脳は人間並みであるが、喋る事は不可能。背後からの攻撃を狙ってくる。(PL情報――イズミから愚神を引き離すことは不可能)

・従魔(狐)……素早い従魔。山に入ると一番最初に現れる。攻撃力はあまりないが、攻撃しては逃げる攻撃しては逃げるを繰り返す。大きさは中型犬程度。多数出現。

・従魔(蛇)……音もなく近づいてくる従魔。隠密行動に秀でているが、スピードはあまりない。辺りの風景にまぎれる事が出来る。噛まれるとしばらく麻痺し、動けなくなる。多数出現。

ユウジ……イズミの餌として都会で誘った人間を山に向かわせていた。イズミが自分の代わりに愚神と契約したと感じており、イズミに対して罪悪感を持っている。役所から派遣された山の案内人でもある。(PL情報……ユウジはわざとイズミとは遭遇させないように、山頂ではなく危険なガケに通じるルートを『近道だ』と言って案内しようとする。イズミと遭遇するまでついてきて、イズミが攻撃されると身をていして邪魔をしようとする)

リプレイ

●失うということ
 もう、随分と前の話になる。
 あの電車の事件より、前の事。俺とイズミが普通の高校生をやっていた、懐かしい日常。高校生活最後のクラス分けで、俺とイズミはまた一緒のクラスになった。
「イズミ、またお前と同じクラスかよ」
「仕方ないだろう。三クラスしかないんだから、確立でいえば三分の一。まぁ、いくらなんでも高校を卒業したら別の進路になるんだろうな」
「そうだな。それまで、お互いに我慢だ」
 そう言って、ため息をつきあった日常。
 あのときは別れる事なんて全く怖くなかったのに……失った今になってイズミと別れることがすごく怖い。

●山の案内
「多数の人骨か……きな臭いな」
 山のふもとで、月影 飛翔(aa0224)がそう呟いた。初心者にも登りやすいと人気だった山は、今では不気味な雰囲気を醸し出している。何名も行方不明を出した山だ、と意識して見ているからなのかもしれない。
 月影は、事前に役所で行方不明者が出始めた時期やその頃になにか特別な事が起こらなかったかと聞いてまわっていた。
 役所の人間は地元の高校生が一人行方不明になったが……と言葉を濁らせた。若者が度胸試しのように軽装備で山を登り行方不明になったとしか考えられず、その件については当時あまり捜査をしなかったらしい。
「ああ……たしか名前はイズミだったか。列車事故で生き残った、片割れの高校生だ」
『その事故は、従魔の襲撃が原因ですか?』
 ルビナス フローリア(aa0224hero001)の言葉を、役所の職員は肯定した。こんなときでもメイド姿の彼女に、役所の人間は面喰っていた。なにより驚いていたのは、この姿のまま山に登ろうと言っていることだった。ルビナスは『この程度、嗜みです』というが、役所の人間は「やめておけ」と口をそろえる。山をなめてはいけない。
「その際の生き残りのうち、一人は行方が分からない……で、もう一人が彼か」
 月影たちの先頭を歩く、ユウジ。
 彼は、この山に一番慣れているという。産まれも育ちのもこの近辺で、この山すらも彼にとっては庭同然らしい。
「大量の人骨……か……。どこで……骨が、出た……んだ……?それが……分かれば、絞り込みやすいの……だが……」
 宿輪 永(aa2214)が歩きながらも、ぼそぼそと話す。隣を歩く宿輪 遥(aa2214hero001)は、自信ななさげに視線をさまよわせていた。
『……ハル。嫌な感じがする……。目的地までのルートも。今のうちに知っておきたい』
 比較的登りやすい山であったが、近隣の地図によると西側に崖があるらしい。がけ崩れによってできた山は、近隣でも危ないと有名なようだ。
「遺体は、山頂で見つかった。今回は最短ルートでいくから、あまり地図を頼らないでくれ」
 ユウジの言葉に、元気良く頷く者がいた。
「山登りだぞ、諸君! さぁ、張り切っていくのだ!!」
 火乃元 篝(aa0437)であった。元気いっぱいの少女は隣にいるピエロ姿のディオ=カマル(aa0437hero001)も『あ~もう、だから張り切りすぎですよぅ』と呆れるぐらいに山を満喫している。
「周り道をしてもいいので、安全第一でおねがいします」
 御童 紗希(aa0339)が先頭を歩く、ユウジに声をかける。他の面々も紗希の意見に文句を言わない事もあって、ユウジはしぶしぶとルートを変えた。
 突如、がさりと茂みが揺れた。
 それに最初に気がついたのは、五々六(aa1568hero001)であった。すでに彼はリンクしていながらも緊急性の低い依頼を軽視し、退屈を感じていた。だが、茂みから飛び出したのは彼が望んでいた刺激。すなわち、敵であった。
『ちゃんといるじゃねえか……俺好みの奴がよ』
 飛び出してきたのは、狐の従魔である。
 ひどくすばしっこく、五々六を一噛みしては茂みのなかへと再び消えていく。月鏡 由利菜(aa0873)はユウジと共に、一度後方へと下がった。そしてリーヴスラシル(aa0873hero001)とリンクし、攻撃しては逃げることを繰り返す狐に弓で狙いを定める。動きまわる狐になかなか狙いを定められない由利菜に、ユウジはわずかに不安そうな表情を浮かべた。由利菜はそれに気がつき、微笑んで見せる。由利菜はユウジが、彼女たちの腕前を不安に思っていると感じたのである。
「愚神や従魔の犠牲者を増やすわけにはいきませんものね。安心してください。この山やあなたの故郷は、私たちが守ります」
「由利菜さん、ラシルさん! 蛇!!」
 シウ ベルアート(aa0722hero001)とリンクした桜木 黒絵(aa0722)の声と共に、ライヴスガンセイバーの刃が放たれる。
 由利菜の首元を、木の枝をつたってきた蛇の従魔が狙っていたのである。黒絵が撃たなければ、由利菜は噛まれていたであろう。
 ライトアイを使用した魅霊(aa1456)は、集団から一人で飛び出す。彼女は、斥候であった。動物は固まった集団よりも、集団から弾かれた個を狙う。そのために魅霊は、狙われやすいように飛び出したのである。
『あらあら、無理はだめよ』
 穏やかな性質のR.I.P.(aa1456hero001)は、一人で危険を顧みず飛び出した魅霊を信じて微笑む。魅霊の思惑通り、狐たちは彼女に狙いを定めた。狐の攻撃を受けて魅霊はわざとよろけるも、狐は止めを刺しにこようとはしない。警戒心が強いというだけでは、説明がつかない不可解さであった。
 ちくり、と足元に痛みが走る。
 見ると蛇が魅霊の足首を噛んで、逃げようとしていた。魅霊はあえてそれを治療せずに、毒に身を任せる。体中が痺れて動けなくなり、狐たちが待っていましたとばかりに魅霊に襲いかかった。だが、しばらくすると体の痺れはふっと消えさった。
 身を隠すのが得意な従魔たちのせいで全体の数を視認できてはいないが、この山に住まう従魔たちは致死性が低すぎる。まるで、従魔たちが一つの群を形成しているようだ。例えば狐や蛇は囮やあくまで弱らせるためのものであって、もっと力の強いものが山のてっぺんにいるような――そんな群の予感が魅霊の胸によぎった。
 魅霊の予感が当たっているのならば、この山を借り場にしている愚神は賢い。
 魅霊がまだ見ぬ敵にそんな当りをつけているなか、八朔 カゲリ(aa0098)たちは自分たちを攻撃してくる狐や蛇から身を守っていた。八朔は魅霊の様子を観察し、蛇に毒がある事を察する。もしも蛇に致死性の毒があれば、即座に治療に入るつもりだったのである。
 だが、魅霊の姿を見るにその心配は杞憂だったようだ。八朔は盾を持ち、未だに攻撃を受けようとする魅霊を庇った。すでに、検証はすんだ。
『然しまぁ、魅霊も無茶を考える』
 八朔とリンクしたナラカ(aa0098hero001)が、笑う。
『ああ、否定はせぬよ。相応の覚悟を持つならば、その意思は尊重されてしかるべき。事後は、覚者任せるが良いよ』
 ナラカの言葉を実証するために、八朔は魅霊を従魔の攻撃から庇う。
「八朔様。私の考えが確かならば……この山には愚神がいます」
 魅霊は、八朔に囁いた。
「篝。蛇に致死性の毒はないようだが、麻痺はするようだぞ」
 八朔は、篝に声をかける。
 暴走少女は、笑っていた。
「ふむ、解った!! だが、しかぁし! だからと言って、私が止まることはない!!」
『深追いはだめですよぅ』
 ディオに言われたからなのか、篝は蛇を重点的に狙っていた。たぶん、狐を狙ったら本能で追いかけてしまうと思ったのだろう。
『これで、原因は確定しましたね』
「親玉を含めて片付けるぞ」
 メイド姿のルピナスと共鳴した月影は、襲ってくる従魔にカウンターを食らわせていた。攻撃を食らった狐は「くぅん」と犬のように鳴いて、茂みのなかに消えて行った。従魔たちは月影たちの気配に完全に気がついたらしく、どんどんと姿を増やしているように見える。いくら個の攻撃力が弱くとも、これではいつか数の暴力で圧倒される。五久六は、戦いを楽しみながらもそんなことをちらりと考えていた。
「ブレームフレア!」
 黒絵の声が山中に響き渡り、リンカーたちを取り囲んでいた従魔たちを一掃する。攻撃の手を止んでも紗希とカイ(aa0339hero001)は、蛇を警戒していた。
「音もなく近づいてくる蛇は危険だからな」
「そうですね」
 主に地面を警戒するが、先ほどの黒絵たちの攻撃が効いたらしい。蛇の姿は、今は見えなかった。狐の姿もない。それでも紗希とカイは、最悪を想定した警戒を解かない。
「皆さん、こっちです! 山頂は、こっちです」
「ユウジさん……はなれ……ないで……ください」
 側にいた永を振り払って、ユウジは早歩きで道を歩き出す。リンカーたちは、ユウジの必死な後ろ姿を追った。その足取りは確かなもので、山になれた人物という役所の紹介がまさにぴったりだった。だが、ルートに違和感があった。
 迫間 央(aa1445)は、マイヤ サーア(aa1445hero001)に何か気づいたことはあるかと秘密裏に訪ねた。だが、マイヤは首を振る。
『私は、特におかしなところはないと思うよ。央は、何が不安なの?』
「出発前に見た地図とルートが違うような気がするんだ」
 追間は違和感をぬぐい切れず、スキルの鷹の目を使用する。鳥の視界から山を一望し、自分の頭のなかにある地図と照らし合わせていく。やはり、このルートは自分が出発前に見たものとは違う。従魔に襲われたことによりユウジがパニックになった可能性も考えたが、だが生まれも育ちもこの近辺の彼が道を間違えるだろうか。無論、道に迷った可能性は十分にあるが、それにしてはユウジの足取りには迷いがない。
「このまま進むと西側の立ち入り禁止の崖に出るが……?」
 いぶかしみながら、追間はユウジに声をかけた。
「俺も……そう……思うん……だ」
 永も頷いたが、ユウジは足を止めない。
「山の風景は似ているから分かりづらいだけだ。順調に、山頂に近づいているさ」
「もうすぐ山頂なんだな!」
 ユウジを追い越して、篝が山道を進む。草木をかき分けて進む少女が見たものは、山の一部が切り取られたような急な角度の崖であった。その崖の先端に立ち、篝は晴やかに笑った。
「やはり、山は楽しい絶景かな!!」
 楽しげな篝に、全員の視線がユウジに向かう。案内人であるはずのユウジに、全員が疑いを持った瞬間であった。
「山頂へ向かわないのか?」
 月影の言葉に、ユウジは膝をついた。
「お願いだ……山頂には向かわないでくれ! この山にいるのは愚神じゃなくて、イズミなんだ」

●殺されるべき愚神
『……くだらぬが、それでも覚悟を伴うなら本物だ。否定はせぬ』
 ナラカは、ユウジの話を聞いてそう語った。
 ユウジは、リンカーたちに全てを明かしたのだ。
 この山に、愚神が自分の友人であること。その愚神を生かす為に、街で生贄をかどわかしてはイズミに喰わせていた事を。全てを語り終えたユウジに詰め寄ったのは、由利菜とのリンクを一時的に解いたラシルであった。
『愚神は、ライヴスを食らえば食らうほどに強くなる。ケントゥリオ級の次は、トリブヌス級……ヴィオジャッグやグリムローゼと同等だ。自分のやったことが分かっているのか、ユウジ!』
 その詰問に、ユウジは答えない。
『果てさて……こういうのが増えるから「愚神は殺す」のだ』
 ディオも人知れず、小さく呟く。救いのない魂を、散らして、被った仮面のなかにしまいこむ覚悟をして。
 紗希は、カイの力も借りてラシルを止めた。真剣な目をする紗希に、ラシルも手を離すしかなかった。
「貴方は、死よりも恐ろしい恐怖がなにかわかりますか?」
 紗希は、カイをちらりと見やる。
 カイは、重々しく頷くだけであった。
「それは、自ら命を絶つことすら許されない絶望です。貴方が彼から聞いた最後の言葉は、他人を犠牲にしてまで自分が生きていたいという言葉でしたか? ……こんなことをしても、彼への償いにはなりません」
 ユウジは小さく「償いならないだって……」とオウム返しに呟く。
「だったら、俺はどうすればいいんだよ! 列車事故のときに勇気を出したイズミが死んで、意気地無しの俺が生き残るだなんて……俺には償いのチャンスすらないのかよ」
 八朔が、ユウジの手首を掴む。
「おまえには、覚悟があったか? それとも、惰性か?」
「おまえ……何をいって」
「今まで、その手で何人殺した? 自分勝手に『いなくてもいいひと』を選別して……俺たちの邪魔をするなら相応の覚悟でやれよ。単に罪悪感から他者を餌にくべていたのなら……否定はしないが容赦もしない」
 ユウジは、八朔の手を振り払うと無言のうちに逃げた。
 彼の足は、真っ直ぐに山頂に向かって行く。
「ユウジさん!」
 追間は、ユウジの足元に向かって弾丸を放つ。静まり返った山に、発砲音が響き渡った。追間に最初から撃つ気はない、威嚇射撃であった。だが、ユウジの足は止まる。
「……お前は、何を……守りたかったんだ?」
 永は、ユウジに問いかける。
「友人を……守りたかった、のなら、もっと早くに……こんなことを……やめるべきだった。こんなことを……やるべきではなかった。愚神として……殺すべきではなかった。罪を犯させる……べきでは……なかった……」
『だから、オレ達が終わらせる。……殺すことで』
 遥の言葉に、ユウジはただ握った拳を振るわせていた。
 その姿をみて、永は顔を背ける。
 同病相憐れむ、という嫌な言葉が永の頭に浮かんだ。
『ハル、今日の誓約は……?』と自分を頼りきる英雄を亡くしたとき――もしも自分がユウジと同じ立場になったとき―――自分ならばと永は考えてしまうのだ。自分のなかにある道徳や他人の尊厳を全てなげうってでも、遥であったものを引きとめようとしてしまうかもしれない。そんな、もしかしたらを考えてしまう。
「ユウジさん」
 紗希は、彼の名を呼ぶ。
「こんなことを続けていても彼への償いにはなりません。彼の肉体を土へ、魂を天へ……還してあげてください。生きる者への特権を今まで奪い続けてきた事を、理解してください」
 紗希の言葉を聞いたユウジが、なにを思ったのかは誰にもわからぬことである。
 考えながらも、言葉を発するものはほとんどいなかった。
 ユウジがおこなったこと。
 イズミのこと。
 それぞれが考えをめぐらし、それぞれの心のなかで雁字搦めになっていたのだ。
 獅子ヶ谷 七海(aa1568)も、そうであった。
 七海は自らの体を殺人に使われることに抵抗感はあるが、仕方のない事であると割りきってしまっている。「そういうものである」と理解してしまっている。そして、五々六を側におくことによって嫌悪を感じながらも優越感も感じてしまっている。
「……私もイズミさんと同じです」
 七海は誰にも気づかれぬように、小さく呟いた。
 平和な日常が粉々に砕けた日――英雄と契約をした日。
 かつての七海も、たぶんあの日に死んでいる。

●従魔が消えるとき
 山の山頂に愚神がいることは確定した。追間の鷹目によっておおよそのルートの割り出しもできたので、一行は迷うことなく進む事が出来た。ユウジも、それについていった。
「従魔の数がかなり多い……愚神は相応の力を蓄えていると見るべきか」
 追間の言葉に、全員が身を引き締める。
 そのときだった。
 五々六の背後に、愚神が現れたのである。小さな七海の体と比べると、まるで化物のような大きさの熊であった。熊の攻撃を受けた五々六は転がりながら体の小ささを生かし、草木に隠れる。手にはライオンハートを持ち、熊――すなわちイズミの隙を狙った。
「少しは遊べそうだな!! 疾風怒涛!」
 イズミが、悲鳴を上げる。そのまま力任せに腕を振るい、木々をなぎ倒し地面をえぐった。距離を保っていた八朔の元までイズミがえぐった土が飛んできたので、恐ろしいほどの怪力だ。当たれば、ただではすまないだろう。
「これだけの戦力相手だから、背後から来たか」
 月影は武器を構えながら、次の攻撃に警戒する。
 できれば、足を狙って攻撃をたたみかけたいところだ。
「熊か! 熊だ! 熊だな、うむ!」
 イズミの怪力も恐れもせずに、篝が進む。『何言ってますか、この人!?』とディオが叫ぶ声も、彼女には聞こえていなかった。前のめりに、痛みすら与える暇もなくオーガドライブをイズミにあてようとした。
「止めろっ!」
 篝の前に飛び出してきたのは、ユウジだった。篝は寸前のところでオーガドライブの発動を止め、ユウジの腕を捕まえて後方に投げ飛ばす。投げ飛ばされながらも、ユウジは叫んだ。
「あれは、やっぱりイズミだ! 何も言わずに、山に入ったイズミなんだ」
「だから、何だと? それはお前の願いであろう?」
 篝は、そう呟いた。
 ユウジを庇ったことで生まれた篝の隙を補うために、大剣も持った紗希が前にでた。大きく振りかぶった剣がイズミに当たったのを確認すると、反撃の一撃を食らわぬように下がる。イズミに八朔のライブスショットが命中し、トップギアを使用した紗希はたたみかけるように一揆呵成を繰り出す。だが、ユウジのいる方向にイズミを吹き飛ぶ事を恐れて、力が乗りきらなかったようだ。派手な見た目のわりには、イズミへのダメージは少ない。
『奴は【イズミ殿を食らった愚神】でしかない。私情を挟むな!』
 ラシルはユウジに手を貸しながら、声を荒立てる。そしてユウジを黒絵に預け、自らはまた前衛に戻った。黒絵はユウジの護衛をしながら、イズミに狙いを定める。
「シウお兄さん。ユウジさん、大丈夫なのかな?」
 黒絵はイズミをちらちらと気にかけていたが、シウは答えなかった。そのこと不安を覚えつつも、黒絵は死者の書で幻影蝶を使用する。
 羽根と蝶が舞いあがり、イズミの力を奪った。その隙に、永は傷ついた前衛たちにケアレイを施す。治療中の永たちにイズミが近づけば、魅霊が盾を使用し防御にまわった。
「話からすると、イズミが愚神に乗っ取られた姿か」
 月影の言葉に、ルビナスは視線をそらす。
『ですが、もう……』
 イズミから愚神を引き離す事は、もはや不可能だった。
「ああ、すべてに片をつける」
 追間が放ったハングドマンが、イズミの足に絡みつく。バランスを崩したイズミが倒れ、ずしんと地響きが山にこだまする。
『……死んだ者たちは二度と帰ってはこない。イズミ殿もな……』
 由利菜はラシルの言葉を聞きながら、イズミの頭蓋に止めの一撃を放った。ラシルの言葉は、どこか重々しいまでの哀しみを孕んでいた。
 何か言いたげな魅霊の肩に、アールが手を置く。彼女はイズミが息絶えた場所まで歩くと、彼女が深く信仰する神に祈りをささげた。弔いのための祈りであった。
「まだ、この事件は終わってないよ」
 静かな時間は、切り裂かれた。
 言葉を発したのは、シウだった。彼は小さな銃を取り出し、ユウジに差し出した。
「この拳銃で、君自身の頭を打ち抜くんだ。そうすれば、友人の名誉のためのこの事件は公表させない。皆……邪魔はしないで欲しい」
 強いシウの言葉に、黒絵は戸惑いを隠せなかった。だが、シウの目は本気だ。黒絵は、震えながらシウを見続けるしかなかった。普段自分が頼っている兄のような人物が、ユウジに死の取引をもちかけている。そのことが、とても恐ろしい。
 ユウジはほとんどためらうことなく、引き金を引こうとした。
 そのときのユウジの顔は、どこか安らいでさえいた。
「貴方は……敵であってしまった。私がHOPEとして敵に対しできることは、絶望を与えることだけ」
 魅霊はユウジの手から、拳銃を奪い取る。
 拳銃はやけに軽く、魅霊にはそれがすぐに玩具であるとわかった。証拠に破壊してみても、弾が発射されるような仕掛けはどこにもない。シウは、ただ死に物狂いで罪を償う覚悟があるかどうかを問いたかっただけなのだ。
「もう少しで、シウお兄さんを信用できなくなるところだった……」
 黒絵は、泣いていた。
 シウが他人に死を強要するわけがないと信用していたが、それでも怖かったのだ。シウはそんな黒絵の行動に目を丸くしていたが、黒絵は泣き続けた。
 ユウジに武器をわたす姿が本当に恐ろしかったのだ、と彼に伝えるために。
 自害する事も出来ずに、また生き残ってしまったユウジは呟く。
「俺は……イズミが死んだ日に死にたかった。イズミに『こうなったのはおまえのせいだから、一緒に死ね』と言われたかったんだ」
 その姿を見ていた追間は、自分の隣に立つマイヤのことを思う。
 過去に縛られて生きる、マイヤ。
「……しんどいだろ」
 過去に縛られ続けることは、息苦しい。
 それでも生きなければならないという事実は、もっと苦しい。
 由利菜は「遺された人達のために生きてください」というが、それがどんなに大変な事なのかを追間は身を持って知っている。由利菜やラシルが言う通り、法の裁きを受け、罪を償うことの大切さは追間も理解している。だが、マイヤに少し似ているユウジの生きる道が気にかかるのだ。
「希望とは、残酷なもの。……それは、誰かの何かの絶望の上にしか存在し得ないものだから」
 魅霊が、呟く。
 ユウジは、絶望している。
 ならば、イズミには希望があっただろう。
 彼は、友人を殺さずに逝ったのだから。
 魅霊の言葉を理解したユウジは、わずかに微笑んだ。
「そうか。あいつも俺を失うのが怖かったのか……おそろいじゃないか」
 その理解は、おそらく彼の希望になるだろう。
「ユウジがやったことは、気持ちはどうあれ愚神に加担した事だ。……遺骨はないが、きっと墓が作られるだろう」
 月影は、山の景色を見つめながら呟く。
 人の営みから遠く離れて、一人で山のなかで死んだイズミ。孤独のうちに死んだ彼には、きっと相当な覚悟があったことだろう。誰も巻き込まずに、ここで果てるという決意が。
ナカラは言う『相応の覚悟を持つならば、その意思は尊重されて然るべき』と。
「そうか」
 八朔は、頷く。
 今度こそ、イズミの意思は尊重されるであろう。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 最脅の囮
    火乃元 篝aa0437
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ディオ=カマルaa0437hero001
    英雄|24才|男性|ドレ
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 託された楽譜
    魅霊aa1456
    人間|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    R.I.P.aa1456hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 永aa2214
    人間|25才|男性|防御
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 遥aa2214hero001
    英雄|18才|男性|バト
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