本部

零に咲いた陽炎

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/02/15 20:01

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紅原ユウ子

掲示板

オープニング


 英雄という概念が、世の中に浸透する以前の話である。場所はロシア、某市。
「ちょっと待ってくれ! 話を聞いてくれ!」
 一人の男は町民の前に塞がって立っていた。その背後には、髪を長くした成人女性が磔にされていた。足元にはたくさんの焚き木が寄せられている。
「こいつは魔女だ。早くやっちまわねーと、俺たちが危ない!」
「そうだそうだ。そいつは魔女なんだ!」
 ひしめく町民に怯えず、男は彼らを睨み付ける。すると、磔にされている女が男に語り掛けた。
「私の事は心配なさらずに、そこを離れなさい」
「何を言っているんだ。今、君は命の危機にさらされている。人間の勝手な都合で!」
 しかし、男は一人の女性を守るには幼すぎた。町民の中から大柄な男が彼を取り押さえ、すぐに処刑場から彼を引き離したのだ。
「離してくれッ! くそったれ!」
 男の怒声は誰の耳にも届いていなかった。
「これより、魔女の処断を開始する。執行人、火の準備を」
 長の合図で、二人の男が木の先端にオイルを塗りつけ、火をつける。
「おい、嘘だろ。やめろ! なんで誰も彼女を助けないんだ?!」
 火のついた木がゆっくりと女の足元へ運ばれる。
「誰か! 誰かそいつらを止めろ! よせ、処刑を中止しろ! よせ――よせええぇぇッ!!」
 その時に燃え上がった炎は、何年経っても消える事はなかった。


 その寂れた町には病院と呼ばれる施設が一つしかなかった。最先端の医療機器も十分に備わっておらず、頼れるのは有能な外科医の腕だけだ。この病院にはいわゆるブラックジャックと呼ばれる名高い医師がいた。
「先生、本日朝十時から予定されている手術なんですけれども、患者様が先ほど私に、一時間ほどずらせられないかと仰ってましたが」
「患者の意向、という事ですか」
 看護師が代弁した患者の言葉に対して医師は深く考えず、すぐに了承を示した。
「他の医師にはすぐに伝えます。――そういえば、あなたはこの町にきて今日がちょうど一年目ですね」
「あ、もうそんなになるんですか」
「パーティを企画しているのですが、お夕方頃ご予定はありますか」
「いえ、ありません! ぜひ参加させてください!」
「分かりました。ただ、今日の手術が上手にいかなかったらパーティは取りやめにします。貴女は成功を祈っていてください」
「それはもう、神に祈ります!」
 すると、ナースステーションの電話機が音をたてて騒ぎ始めた。少し音量設定を間違えている電話機でうるさいのだ。看護師はすぐに受話器を取って耳に当てた。
「はい、こちらXX病院一階ナースステーションですが」
 電話先から応答はなかった。看護師はもう一度呼びかけた。
「こちらXX病院一階ナースステーションです。聞こえますか?」
 返事は一切ない。
「あの――」
「今から」
 突然、鬼のように低い男の声が聞こえた。看護師は思わず口を閉じた。
「仲間を連れてお前たちの町を殺しにいく。覚悟するんだな。XX病院は記念すべき最初のターゲットだ。十年前の屈辱を、俺は忘れちゃいない」
 電話は一方的に切られた。看護師は医師と顔を見合わせたが、二人ともついに口を開く事はできなかった。
 再び電話が鳴り、看護師は顔を引きつらせるも受信ボタンを押した。
「こ、こちらXX病院……ナースステーション、一階……」
「市長のヴィタリーだ。つい先ほど、テロ組織集団の一人と思われる男から、XX病院を狙うといった脅迫電話がかかってきた」
「こちらにも、かかってきました」
「そうか。一刻も早く患者を外に連れ出してくれ。一人でも多くの人を救うんだ。いいね」
「は、はい」
「落ち着いて、しっかりとやる事をするんだ。私は国の警察本部に連絡を入れる」
 看護師は泣きそうな顔をして電話を切った。
「これから手術をする患者もいるのに、先生、どうすればいいんですか」
「まず院内アナウンスで全職員と患者さんに事情を説明してから、避難行動を開始しましょう。テロ組織がいつ攻めてくるかもわかりません。迅速にいきましょう。私はアナウンスで呼びかけます。あなたは手術の迫った患者さんの所にいって、詳しい事情を説明してください」
「は、はい」
 例の患者がいる病室は二階にあった。看護師は階段を駆け上がって、急いで患者の所まで向かった。
 ところが、その患者がいるはずのベッドは空になっていた。
「あれ? ロランさん、ロランさん――」
 病院内の電気が一斉に消えた。
 ああ、そんな不憫な。病院で一番あってはならない事故が停電だ。それがまさか、こんな非常事態の時に限って発生するなんて。


 いつもより早口になったオペレーターが、あなた達に任務内容を説明し始める。
「ロシアの東部に位置するA市にて二十二人のテロ組織集団と国営防衛組織による激しい銃撃戦が行われた影響で、呼び寄せられた付近の従魔が町を襲っています。あなた達にはテロ組織鎮圧の協力要請と、従魔の一掃依頼が来ています」
 早口による言葉はまだまだ続いた。
「テロ組織はXX病院に立てこもっており、病院内の患者と職員の避難は完了しておらず、人質となっているようです。組織側の要求は国に対して莫大な金額の要求と、市長の処刑。また、現場は従魔による被害も出ており、まだ深刻ではありませんが一刻も早く食い止めなければなりません」
 そして言葉を切り、彼女は視線を一人のリンカーに向けた。
「彼女、ユーリは本ミッションが初任務となります。戦闘自体も初めてという事ですので、皆さんの支えが必要不可欠であると思います。それでは、宜しくお願いいたします」

解説

●目的
 従魔の殲滅。テロ組織の鎮圧。

●現場の状態
 メインの討伐対象となる従魔は病院付近を襲っていますが、病院の中までは侵入していません。防衛隊と従魔、そして病院内のベランダから外に向かって銃を乱射するテロ組織の三つ巴となっています。

●従魔
 すばしっこさが特徴的なカエルの従魔。カエルのように跳ねて移動し、高いジャンプも難なくこなす。口からは麻痺効果のついた泡を吐く。その泡は対象を追尾する機能を持つ。
 斬撃攻撃はあまり受け付けないが、炎攻撃に非常に弱い。
 数が多く、テロ組織の人数以上が町にいる。
 大きさは人間と同程度。

●テロ組織
 アサルトライフル、手榴弾、コンバットナイフが武装。
 この組織の目的は金でも市長の殺害でもなく、町の破壊。従魔がきたのは偶然だったが、彼らにとっては幸運な事であった。

●組織リーダー
 ゲルマンという名前の三十台男性。
 正体を現すのは後半で、彼はヴィランであった。
 かつてこの地で一人の英雄を救えなかった。これは復讐だと彼は語る。
「この町が憎い。貴様らには、分からんだろうな」

●行方不明の英雄について
 十年前、A市では魔女狩りと称してゲルマンと契約を結んでいた英雄が火炙りの刑を受けた。当時英雄の情報が少なかったゲルマンは、英雄が死んでしまったのだと確信する。ゲルマンは怒りに任せて一人の町民を殺害する。
 ゲルマンと英雄の結んでいた契約は「人間を殺めないこと」。その後、町の住民に捕らえられたせいでゲルマンと英雄は再会する事無く、契約を再度結ぶことなく時は流れる事となる。
 現在は別の人間と契約を結んでいる。

●病院側からの依頼
 本目的以外で、病院側から停電修復の依頼を願われます。出入り口付近の従魔を倒して中に侵入し、内部のテロ組織達を退けながら本電源の場所まで向かってください。場所は医師に案内を任せるか、地図を探せば辿りつけます。(制限時間:A市到着以降、一時間以内)

リプレイ


 人々の寝静まるひと時を見守る月。その夜はちょうど今ぐらいの時期で、しとしとと雪がふっていた。本来雪は、雲の上に溜っていて耐え切れなくなって強引に落ちてきているはずだが、今日の雪はどこか優しさに包み込まれながら降っているのだと、窓の外を見た青年は思うのだ。
「いいかい、人の命を奪ってはいけない。それはとても悲しい事なんだ。これが僕と君との約束だよ」
「……」
 英雄は喋れない代わりに身振りで受諾を示した。そこに絆が発生する。
「ああそうだ、折角だからこれもプレゼントしよう」
 一枚の写真が手渡された。そこには二本の花が映っていて、それぞれ白とピンク色をしていた。
「君は魔女だけど、とっても心優しい魔女だ。変な怪物に襲われている僕を助けてくれたからね。ここのみんなには、君の本当の姿を黙っておくよ」
 ふとした日から、青年の人生は大きく意味を変えていった。雪の滴る町に、炎が燃え上がる前のお話であった。


 降り注ぐ銃弾の嵐。防衛隊の前衛は盾でそれを防いでいるが、耐久性は徐々に剥がれ落ちていく。
「くそッ、これじゃあ全然近寄れん! 従魔の数も段々と増えてきたな……」
 側面から蛙の化け物が防衛隊とテロリストに近づいていく。寄せ付けないようにテロ集団の一人が手榴弾で対応するが、躯体が吹き飛ぶだけで全くダメージは与えていない。
「隊長! H.O.P.Eからエージェントが到着したみたいです。隊長は後ろに下がって、状況の説明を!」
「わかった。すぐに戻ろう」
 隊員と一緒に手前に出ていた、隊員に指揮命令を与える長はかがみながら後方へと戻っていった。
「逃げやがった!」
「おらおら、もう諦めろよ」
 個人的撤退をした隊長を見たテロリスト達は、嘲笑の混ざった罵声を銃弾に交えて飛ばすのだ。
 急いで後退したが、すでにリンカー達は戦闘範囲内の地点で遠距離から従魔にダメージを与えつつ待機していた。海神 藍(aa2518)が会話の一番手を打って出た。彼は片手を胸に当て、最初の会釈を終えた。
「こちらはH.O.P.E.です! 従魔は我らが受け持ちます、状況は?」
「良い状況とはいえません。敵の襲撃や従魔による襲撃は我々を寄せ付けず、また強引に入ろうとしてしまえば患者の命も危うく、従魔も病院内部に呼び寄せてしまいかねません。更に、患者たちの精神状態を思えば……」
「分かりました――あ、伏せてッ」
 とっさに身をかがめた隊長の頭上を、銀の魔弾が通り抜けていく。強力な弾丸は隊員の群れに近づく従魔二匹を吹き飛ばした。
「援護、感謝します!」
 遠方から隊員の声。
「今、市長に連絡はとれますか? 経緯と、彼らテロリストがなぜ市長の身柄を要請するのか、その疑問の回答をいただきたく」
「現在ヴィタリー氏はテロリストの要求をどう対応するか、優先度が極めて高い緊急会議に参加されていて、外部からの通話も緊急の場合を除いてかけてはならないと指示を受けています。……ですが、奇遇ながら会議が始まる前私は市長と一度だけ連絡を取ったのですが、その際、同じ事を尋ねました」
「なんて仰ってました?」
「全てにおいて不明であるという事でした。テロ組織からの言葉が足りず、想像に及ばないという事です。ですが、少し気になる点がありました。それは"分からない"という返答を一度もらった後、間を空けてもう一度同じ事を言ったのです。二度目そういう時は、口調が少し揺れていたかのようにも思います」
「何かを隠してる、という事でしょうか?」
 海神の隣にいた禮(aa2518hero001)が言った。
「独断的な意見ですが隠しているとは思えませんでした。後ほどヴィタリー氏に私の方から深く聞いてみる事にします」
 彼が言い終えた直後、病院側、玄関付近から爆発音と窓ガラスの粉砕する音が鳴った。テロリストが投げた爆弾が防衛隊に弾かれ、防衛隊の範囲外で爆発したのだ。
「とりあえず、制圧が先って事でござるな。さて防衛隊の隊長殿にお願いがあるのでござるが、テロ組織との銃撃戦が続行できるようなら続けていてほしいでござる。ベランダの方に引き付けてもらえれば、拙者らの行動も容易くなるでござろう」
「心得ました」
 従魔に苦無を命中させた小鉄(aa0213)は真剣な眼差しをしている。
「それと、拙者は従魔の撃退を頑張るのでござる。防衛隊の殿々にもし従魔を見つけたら、すぐに拙者らに連絡するよう言っておいてもらえるでござるか」
「了解」
 左の掌に右手の拳をぶつけて虎噛 千颯(aa0123)は気合いを入れた。
「よっしゃ、じゃあこっから先は対従魔班とテロ対応班に別れて行動だ! 俺ちゃん達が病院の近くに蔓延る従魔をまずお掃除するから、対応班はその間に侵入だ。いくぞ!」
 おー、と頼りがいのある言葉を出した紫 征四郎(aa0076)は思い立った事があり辺りを見渡した。やや斜め後ろの方にリディアとユーリの姿が見えて、彼女たちに近寄る。
「ひとりじゃないから、大丈夫ですよ」
 二人ともこの依頼が初めてであり、戦いという物も初めてであった。だから緊張を感じたリディアは前に出る事を戸惑っていたのだ。ユーリは緊張に加え、恐怖も感じる。一歩がでない。
 様子を見かねた紫が声をかけた時、二人とも彼女を見た。
「皆を信じて、自分を信じて従魔を倒すのです。――ガルー」
「はいよ」
 紫はガルー・A・A(aa0076hero001)と共鳴し、勇ましい剣士の姿となりユーリの手を握った。少し、ユーリの恐怖が綻んだ。
「またここで、会いましょう」
「う、うん……」
 紫に続いて、木霊・C・リュカ(aa0068)も包み込むように彼女の手を握った。その時に、ユーリは掌に何かが転がるような感触を得る。
「それはお兄さんからのお守りだよ。もし怖かったら、最初は皆のサポートをしてあげるといいと思うな。後ね、そのお守り、炎が出て攻撃できるんだけど、例えば行動範囲を狭めてみたり、使い方は色々あるんだ」
「わか……った。ありがとう」
「うん、頑張ってね。お兄さんも頑張るよ」
 いざ反撃の時。
「そうそう、怖くなったら逃げるより、千颯の後ろの方が安全ですよ! 千颯、彼女の事をお任せしました」
「おう、任せとけって」
 ほらほら、とリディアとユーリの背中を押したのは稲穂(aa0213hero001)である。
「急いでいくわよ! リディアちゃん、ユーリちゃん、私達が付いてるからね!」
 ユーリよりも先に覚悟を決めたリディアは、ユーリと手を繋いだ。
「大丈夫、あなたの事はちゃんと私が守る。この町を守るって決めたんでしょ? なら、守りぬきましょう。皆と一緒にね」
「う……うん、そうだ……ね。ユーリ、頑張る」
 作戦開始。三つ巴を制するのは、最後は誰?


 病院付近の従魔を協力して片づける事ができた成果と、防衛隊のテロの意識を別方向に向ける事に専念した成果があり、テロ対応班は病院の裏口のすぐ近くまで辿りついた。
「……小鉄、外は任せた」
 不知火 轍(aa1641)の言葉を受けた小鉄はすぐに言葉を返す。
「任せるでござる。雪道殿も、不知火殿の事を頼んだでござるよ」
「善処します」
 笑顔を作った雪道 イザード(aa1641hero001)をもらった小鉄は、安心して対従魔班としての役割に勤しむ事ができる。
「あ、小鉄さん」
 従魔の群れに戻ろうとする小鉄を呼び止めたのは天城 稜(aa0314)で、すぐにこう続けた。
「隊長さんの方に、テロリストの相手をする部隊の人を残して、他の隊員さん達は市民の避難誘導をするように言ってもらえますか?」
「合点でござる」
 ありがとうと口にする天城を後目に、小鉄は持ち場へと戻っていった。他の対従魔班のエージェントは既に防衛隊の援護、従魔掃討へと向かっている。
 彼を見送ってテロ対応班へと振り返った天城は紫とリュカ、それから不知火にに交互に目を合わせた。
「さて、僕と藤丘さんは屋上に上り、そこから中へと侵入します」
「了解~。じゃあお兄さん達は裏口とか、テロの人達がいない窓から入ろうかな。ここからは二、三で動く事になるのかな?」
「そうなりますね」
「じゃあ何かあったら通信機を介して連絡を取り合った方がいいですね」
 相互の役割とミニ作戦の確認を終えた五人は早速行動に移す事にした。
 天城は槍の先端付近にロープを結ぶと、槍を思い切り投げて壁に突き刺した。屋上までの道の完成である。
「器用ですね」
 垂れ下がるロープを見て藤丘 沙耶(aa2532)は褒め言葉を口にした。
「風の向きが幸を呼びましたかね。……では、ここからは隠密行動という事で、足跡や物音に気を付けて進んでいきましょう」
「分かりました。落ちないようにね、沙耶」
 シェリル(aa2532hero001)に頷き返し、先に上っていた天城の後に藤丘が続いた。

「ユーリちゃん、これ」
 共鳴状態となったユーリに、虎噛がライトブラスターを託す。その際しゃがまなくてはならなかったのは、リディアとユーリは共鳴時、ユーリの方に身長が優先され背が小さいせいである。意識もユーリが優勢に出ている。しかし、見た目はリディアなので、リディアの子供時代を思わせるような見た目をしている。
「これを使うといいぜ。従魔は倒さなくていい。ただ当てればいいんだぜ。そしたら後は俺ちゃん達が何とかするぜ!」
 ユーリの体にしては少し大きい程度だが、難なく持ち上げて構えた。初めて扱うが、最近テレビでみた映画で似た形状をした武器が登場しており、そのおかげかなんとなくだが使い方は分かっている。
「苦しくなったら、無理をするんじゃない……で、ござるよ」
「だけどな――」
 虎噛と白虎丸(aa0123hero001)は共鳴を完了して言葉を続ける。
「大丈夫、俺が守ってやるよ。だから怖く無いよ。いこう」
「う、うん……!」


 病院のベランダに向かって高く跳躍した従魔は、羽根を生やし輝きを放つ球の妨害を受けて弾き返された。
「結構数が多いですね」
 周りを見渡して海神は言った。
「そうでござるなぁ」
 言う傍から、小鉄の周囲に複数の従魔が飛んで現れた。どれもこれも円らな瞳を持っている。
「小鉄さん、気を付けてください。この従魔は刃物による攻撃はほとんど無意味にしています」
「ふむむ、それならばッ」
 素早く従魔に近づいた小鉄は、拳を突いて腹部に命中させほぼ真上に浮かし、回転蹴りで遠くまで飛ばした。従魔はそのまま動かなくなる。
「刃が通じずとも、やりようはあるでござる」
 テロリストと防衛隊の攻防、も発生しており状況は強い混乱を招いている。その中で正確に従魔を狙い、病院に近づけさせないというのは想像以上にスピード感を必要とした。
 防衛隊の面々にケアレインを放った虎噛は厚い感謝の言葉を受けながらも遠距離での攻撃の手を緩めず、泡や従魔本体を攻撃し従魔退治に集中する。それに続きユーリもブラスターを構えて発射、命中、とは簡単にはいかなかった。彼女が狙いを定めると、その間に別の仲間がその従魔を倒す。ユーリは攻撃の手が鈍かったのだ。
 焦ったせいで、照準も定まらないまま光線を出しあらぬ方向へと飛ばす。運が悪くも従魔に存在を気づかれ、高速な泡を飛ばされる。
「や……ッ!」
 ユーリは思わず目を瞑って座り込もうとしたが、高速なる泡はその動作を消した。あまりにも勢いが強く、ユーリはただ硬直した。
 その時、手を大きく引っ張られて彼女は包まれた。
「大丈夫か」
 彼女は振り返って、その時にようやく虎噛が自分を守ってくれたのだと理解した。涙目になって、銃を落とす。
「ご、ごめ……ん。私が、間違えたから。あ、あ……大丈夫?」
「俺は大丈夫だ。それに謝る事なんてない。約束したろ、守るって。いいか、次は落ち着いて狙いを定めるんだ。いいな」
 住民の避難誘導へと向かった隊員は従魔の群れと遭遇し、悲鳴を上げて大きく転んだ。その場所にはすぐに海神が駆けつける。
「ここは任せて、住民の方へ急いでください!」
 別の方向から避難誘導へと向かった隊員を見送り、魔法書を開く。
 従魔退治は順調には行っていたが、すぐに終わらせてくれるほど従魔達は良心的ではなかった。銃の音に魅せられたのか、他の従魔達が引き寄せてるのかどこからともなくやってきてはリンカー達の面倒になる。厄介な問題ではあったものの、ユーリにとっては幸運だった。従魔が来る度に、勇気が得られるチャンスが来るのだから。

 その頃、テロ対応班の方では二階のナースステーションを見張っていたテロリストの一人を気絶させ、リュカ、紫、不知火がステーション内部で身ごもっていた医師と顔を合わせた。
「お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます。テロの組織の人達は、中にあなた方が侵入してきた事を知らないみたいですね……。どこから入られたのでしょう?」
「……裏口からだよ。罠とかがあると思って、一応警戒しながら来た。まあ裏口入ってすぐあったから解除したんだけど」
「ご無事で良かった……。ところで、一つお願いがあるのですが、いいでしょうか」
「どうぞ」
 医師は声を潜めて言葉をつづける。
「実は、テロ組織の何者かが病院内部の主電源を落としてしまったみたいなのです。非常用電源も最初は動いていたのですが、途中から完全に作動をやめました。……あまり最先端の医療機器はない病院ですが、それでも患者の命を繋いでいるのは電気といっても差しさわりありません。そのため、……遅くても一時間以内に復旧しなければならないでしょう」
 どうかお願いします、と医師は頭を下げた。
「それなら、自分達にまかせてください。紫さんとオリヴィエさん、お二人は引き続きテロ組織の鎮圧を」
「……僕が何とかしないとだめなのかな」
「システムの事とか好きですよね、轍」
 速攻で名乗りをあげたのは雪道で、その傍らで面倒くさそうに不知火はしているのだが。
「助かります。よろしくお願いしますね」
「感謝する」
「……もう確定事項なのね、コレ」
 電源室の場所は医師が知っており、ナースステーションの奥にある病院内全体図をもってきて、指さしで説明が行われた。


「敵の存在無し、行こう」
 屋上から内部に侵入した天城と藤丘。念入りな潜入行動により自分達の存在を一切敵側に知らせる事なく制圧を進めた。
 天城が自作した点検鏡はガムと棒、それから小さな手鏡で出来ており、角を曲がる時には重宝していた。更に藤丘の罠師の効果も絶大で、屋上扉付近に設置された罠を既に一個解除していた。
「ストップ、敵影」
「分かりました。ところで、紫さん達から連絡が来てます」
「了解。敵は僕が片づけてくるから、連絡は任せたよ」
 仕留めるとすると、やや距離が遠い。それに急いで行動しなければならず、敵は徐々に奥へと進んでいっているのだ。足音が遠ざかっている。
 天城は再び槍にロープを結び付け、すぐ後ろに立って勢いをつけて槍を投げ飛ばした。その槍は直線上を飛んでいき、そのまま男の背中へと突き刺さる。
「ッ!」
 それで終わるほど敵も弱くはない。少し大胆だが、天城はロープを引っ張り敵を引き寄せ、二つ目の槍で決着させる。
 藤丘がひょっこりと顔を出す。
「紫さん達、一人医師を救出したようです。今詳しく事情を説明してもらっているという事でした」
「朗報で何よりだよ」
「それから、やはり主電源が機能を停止していたようで、不知火さんが復旧に向かっているとのことでした。最後に、テロ組織制圧人数をカウントするみたいで、私たちも協力してほしいと」
「なら、今までで二人だね」
「紫さん達の所と合わせると、合計で五人ですね」
「確か二十二人だったかな、だから残りは十七人」
「はい――あ、また連絡が入りました。今度は写真付きですね」
 その写真には一人の男が写っていた。金髪で、鋭い目つきをした顔写真だ。
「ロラン、という名前の患者みたいですね。どうやらテロ組織がここに到着する前、不審な動きをしていた患者という事でした。病室から突然いなくなり、組織の仲間ではないかという疑いがあるみたいですね。現在も見つかってないようですが」
「この顔に見覚えがあったら一一〇番という事だね」
「はい、あ――」
 二人は一斉に無言を生み出した。二つの足音が近づいてきているのだ。足音は大きくなってきており近づいてきている事が分かると、手短なドアの中に入った。その部屋は給湯室であった。
「いやあ、さすが一部隊のボス。従魔が見えた時はどうするかと思ったが、そんな状況すらも利用するなんてなあ」
「こっちにはメリットしかない。元々、俺達はこの町を殺しにきたんだ。町が崩壊さえすればそれでいい」
「あんたの復讐魂、なかなかのもんだぜ」
「作戦が終わるまで気を抜くなよ。結構な人数のエージェント達が来やがってる」
「もし対面するような事があれば、やっぱりあれか? 共鳴して、全員倒して、見せつけにするとかか?」
 運よく足音は給湯室を通り過ぎ、奥のどこかの部屋へと向かった。天城の記憶している範囲内では、そっち方面にある部屋は院長室とか、会議室だったはずだ。テロ組織の隊長がヴィランだったという事も含めて、天城はすぐに紫達に連絡を取った。
「あの」
 か細い小さな声がすぐ後ろから聞こえた。その声は、天城一行から出ていない。後ろを向くと、白い服を着た看護師が遠慮がちに腰を低くして立っていた。
「あ、看護師さんですか?」
「はい。あなた方は、エージェントさん方でしょうか?」
「いかにも」
「よかった……。助けに来てくださったのですね、ありがとうございます。どうなるかとひやひやしてばかりでした。ずっとここにいたんですよ。外に出るのが怖くて」
 たまたま逃げて隠れた部屋に入って、その部屋で看護師を見つけただけという僥倖の結果ではあったものの、助けに来た事にはかわりはない。
「ナースステーションに連れていってもらってもいいでしょうか……」
「えっと、二階にあったかな」
「はい。そこに、アルヒデヤ先生がいて……。ああそうなんです、お願いします、エージェントの方々、アルヒデヤ先生を助けてくださいっ」
「何か特別な理由でも?」
「先生はこの町の、いやこの国で一番の腕を持つ外科医なんです。先生のおかげで救われた命はたくさんあります。先生が失われるというのは、多くの命が犠牲になるのと同等なんです」
「なるほど分かりました。今は別のエージェントがナースステーションにいるので、先生は無事だと思っていただいて構いません。――ところで一つ質問があるのですが、その医師というのはリンカーでしょうか?」
 藤丘はそう訊いた後、看護師の表情を見つめた。嘘はないか、隠し事はないか。看護師は即答気味に、なんの迷いもみせず答えた。
「先生は英雄なのです」
「ふむ」
「英雄ですが、先生は戦闘とか、そういうのが全然だめで」
 看護師からの情報はすぐ、全員に伝達される。紫達には更に、ステーションに看護師を一人連れていく事も連絡した。
「ひとまずステーションまで向かうとしよう。安全ルートを確保してくるから、終わるまでこの部屋で待つ事。いいね」
 看護師は小さな声ながら勢いよく「はい」と返事をした。


「魔物が出たぞ!」
 その夜はこの町に大波乱を呼び起こした。まだ従魔や英雄といった存在が認識されていない、その時代に生きる人々は従魔の事を魔物と呼ぶ以外方法がなかったのである。
「逃げろ、逃げろ」
 人々は逃げ惑った。誰よりも早く逃げて、この町から脱出しなければならなかった。
 それは家にいた青年も同じであった。
「早く、早くするんだ! 君も逃げなきゃ!」
「待ってください。貴方にお願いがあります」
「こんな時に、なんだよ?」
「私の手を握ってください」
 非常時に何を。青年はそう思ったが、魔女の手を握った。
 不思議な事がやはり起きるのである。魔女が輝いたと思えば、青年の体の中に入ってきたのだ。青年はすぐに分かった。自分自身の姿が魔女と同じに変化した事を。
「ど、どうなってんだ」
「お体、お借りします!」
「わ、体が勝手に動き始めた!」
 この町が今でも生きているのは、その夜の魔女のおかげであった。それはとてもめでたい事であった。人々を背後にして、彼らを守るために戦う魔女。
 陽炎が咲いたのは、その翌日である事を、忘れてはならない。


 防衛隊の数人が民間人を避難させていた。民間人は少ない列を作って移動しているが、その先に従魔の姿が見えた。列を行く手を阻み泡を飛ばした。防衛隊の一人が身を投げ飛ばして住民を守り、泡の犠牲となった。
 偶然にも、それにいち早く気付いたユーリが虎噛を離れて次なる攻撃を仕掛けようとする従魔の近くへと向かい、列の前に立ちはだかった。攻撃をする直前であり、ユーリは貰ったお守りを使って炎の亀裂を作り、攻撃を防いだ。
「皆さん、離れて!」
 防衛隊の一人が叫び、列をユーリから遠ざける。
「いいか、ユーリ、当てるだけでいい。倒す必要はないんだ」
 対峙した先の従魔を見つめるユーリ。今までと違って、対峙するのはこの瞬間が初めてである。そして、今から攻撃を加える従魔をしっかりと、目に入れる。
 照準は合った。だが、なぜかユーリは引き金を引かなかった。
「あ、あ……」
 物を壊すという恐怖。それは、実際に銃口を従魔に向けなければ流れ込んでくる事のない感情だった。
 ――ひとりじゃないから、大丈夫ですよ。
 どこからか言葉が聞こえてきた。声ではない、言葉なのだ。
 ――頑張ってね。お兄さんも頑張るよ。
 そうか、そうだった……。
 ――この町を守るって決めたんでしょ? なら、守りぬきましょう。皆と一緒にね。
 炎が消え、従魔は攻撃の準備を再開した。
 ずれた照準を、もう一度合わして今度こそ構える。烈風で髪が靡き、目の前には従魔の姿がある。
「ユーリ、守る……!」
 熱戦が従魔の体を射抜いた。
「よくやったな! 偉いぞユーリちゃん!」
 放心状態のまま彼女は虎噛を見る。
「上手でござる。その調子で皆を守る為に頑張ろうでござる」
 白虎丸の声も聞こえてきた。
「達者でござるよ! っとと、禮殿! 場は整えたでござる、早く倒してほしいでござる!」
「焼き払っちゃって!」
 颯爽と現れた小鉄の背後には数十匹の従魔が群れを成して彼を追いかけていた。
「ありがとう、仕掛けます! ……焼き付け、巡る焔」
 効率良く従魔は一掃され、ひと仕事終えたように小鉄は額の汗を拭った。
「ふう。たくさんの泡に追いかけまわされた時はどうなる事かと。あの泡、最初は気のせいかと思ったんででござるが、追いかけてきてたでござった」
「お疲れちゃんだぜ。従魔の数もだいぶ減ってきたな。この調子で片づけちまうか。ユーリちゃん、まだいけるか?」
「う、うん。だい……じょぶ」
「そか。ならいくぜ、もしこっちの仕事が早く終わったら、向こうの班とも合流だ。おっと、ユーリちゃんちょっと離れててもらってもいいか」
 ユーリから遠ざかると、虎噛は付近の従魔に向かって大きく吠えた。
「おい蛙共! チキってねえで出て来やがれっ! まとめて相手してやらあ!」
 その怒声は多くの従魔を引き寄せ、四方を囲む従魔を相手に各々は武器を構えた。


 眩い閃光が暗闇を染めた。テロ組織の二人の男が呻き声を上げると、その途端に二人の人間の形をした黒い影が襲う。
 オリヴィエはライフルで相手の銃を叩き落とし、足を絡めて態勢を崩させて大きく地面に叩きつける。仰向けに転ばせられた相手の足に、ライフルのグリップ部分で大きく強打を与えて骨を折ると、そのまま拘束する。
 その隣で紫も短い刃で相手の両足を素早く連続で突き刺し無力化を図る。悲鳴を上げさせる前に急いで口に手を当て、壁に投げつける。
「リーダーの場所は?」
 倒れながら呻く隊員に銃口を向け、オリヴィエが尋ねる。
「な、何も知らないんだ。本当なんだ、信じてくれ」
「それでは、あなたはどうですか?」
 紫が、今度は二人目の男に訊く。
「お、俺もわからねえんだ。隊長は、どこにいるとか、何も言わなかった。ただ俺たちに病院を制圧しろとしか言わなくて、それ以外の情報はもらってねえんだよ」
「信頼されてないんだな」
「ヘヘ、リーダーはそんな男だぜ。恩義なんてもんはねえ」
 二人を拘束した後、そのうちの一人がこう口にした。
「本当ならあんなリーダーの下につく奴なんていねえだろうなァ。ただ利害一致しただけだ。理不尽な死を目の当たりにした、俺たちとなァ」
「どういう事だ」
「リーダーにききな」
 煙に巻かれるのはうんざりするものだが、紫は話を変えて隊員にこう切り出した。
「通信機で仲間をここに呼び出してもらえませんか。理由は何でもいいですよ。ナイフに切られたくなければ、素直に従ってください」
 隊員の首元に刃がそっと触れる。
「わ、わ、わかった。わかった。まだ死にたくねえから、いいぜ。ハハ、仲間を裏切るなんて、地獄行き決定だぜ俺」
「安心してください。その組織に入った時点で、地獄の片道切符は買っています」
 男は苦笑した後、紫の命令に素直に従い、何人かの隊員を呼び出した。その間にオリヴィエはテロ捕獲人数と情報、その場所を天城へと伝えるため端末を取り出した。
 しかし、背後から足音が聞こえすぐにしまう。二人は武器を構えた。
 驚いた人物がいた。そこにいたのは先ほどナースステーションで出会った医師だったのだ。「アルヒデヤ」と書かれた名札を胸につけ――先ほどは装着していなかった――二人の前に姿を見せたのだ。
「ナースステーションで待機するように言ったはずです。まだテロリスト達は全員捕らえられていません。危険ですよ!」
「それは存じてます。ですが……あなた達に話さなければならないと思ったので、どうしても」
 翳りを帯びた医師の表情は、廊下の暗さも伴って更に不可思議に映って見えた。瞳だけが、光を逃さずにいる。
「私はこの事を話さずにいるつもりでした。少しだけお付き合いしていただけませんでしょうか。ほんの少しだけ」
 紫とオリヴィエは顔を見合わせ、頷いた。
「少しだけ、ですよ」
 ありがとうございます。医師は手短な看護室に二人を案内した。テロ組織の隊員には、仲間を呼ぶのはもう少し後だと伝え、一緒に医務室の中へ連れていく事も忘れなかった。

 電源室は一階の、関係者立ち入り禁止と赤文字で書かれた大きな扉から侵入する。すぐに電源室ではなく、少し階段を下りる必要があった。そして階段を下りた先で、不知火は面倒くさそうに頭を掻いた。
「残念そこまでだァ! あんた防衛隊の連中か? どこから入ったのかしらねぇが、電源を復旧させるならこのオレを倒してからにするんだな! ま、到底無理な話なんだがね!」
「……任せた」
「分かりました」
 鋭い針で刺されたみたく局地的な痛みが瞬時に男の体を包んだ。
「ん? なんだこれ。おいおい舐めてもらっちゃ困るなあ!」
「……さて、行こうかな」
 ごちゃごちゃ騒がしい男を無視して不知火と雪道は横を通り過ぎた。男は銃を撃とうとしたが、思ったように体が動かない。
「な、なんだこれはァ!」
 何食わぬ顔で本電源の在処を探し続ける不知火。一分と経たずにその場所を見つけ、内部は頑丈な外装で包まれていたが、一部だけプラスチック製の脆い蓋で出来ており、そこを開けるといくつかのスイッチ、基盤が目に入る。
「おい、なんとかしやがれ! 動かねえぞ!」
 スイッチは現在、OFFの方向に傾いている。
「おい!」
「……うるさいなぁ」
 ONに向けて指を触れようとしたが、不知火は動きを止めた。
「……オンにしたら他のテロリスト達に潜入してる事がバレるよね。他のメンバーとタイミング計ろうか」
「そうですね。タイムリミットは後三十七分もあります。えっと、皆さんから色々と連絡が入ってまして、無力化した人数は現在で十五人。一階、四階、五階の制圧が終わってるみたいですね」
「……仕事早いね、皆」
「人間対リンカーという事もありますし、なにしろまだ内部に入った事に気づかれてませんから、迅速に進んでいるのかと思われます」
「……とりあえず、じゃ、タイミング計るって事みんなに知らせといて。後早く制圧してーって事も」
 非常用電源もそういえば機能を停止していた事を思い出して、まだまだ作業は残っていると思うと不知火は頭痛が来る予感がした。


 会議が終わったヴィタリー市長。彼の所に早速一通の電話が寄せられた。
「失礼します。防衛隊隊長、ベルクです。少々お尋ねしたい事がありまして」
「何かね」
「それは、このテロ組織の目的と、貴方を差し出すようにと命令した理由に心当たりがあれば伺おうと思いまして」
「気になってしまうか」
 会議の椅子に座ったまま、ヴィタリーは背もたれに深く腰を沈めた。
「エージェントだけでなく、私も。実に不明点が多すぎます。不明点をあげれば頭が混乱してしまうほど、キリがありませんよ」
「分かった。これは隠していても仕方がない、いや……この事実は、むしろ私が告白しなければならない事だ。……確か、テロ組織のリーダーは、ゲルマン、と名乗っていたね」

 ――十年前まで、この町にはまだ魔女狩り風習の名残が残っていたんだ。魔女狩りを動かしていたのは、その根本には金があるといっても良い。魔女を見つければ懸賞金が出たし、その金を使って国を動かす事もできたし、更に嫌いな奴を強引に魔女だと言い張って処刑して。残酷な時代の名残がまだ残っていた。
 ただ魔女は存在した。いや、現実には魔女じゃなかったんだが。当時、小さな町だったこの町の住民の情報量は少なかった。特に、リンカーが出始めた時というのは。
 この町にある日怪物が攻めてきた事があったんだ。町の人々は逃げ惑い、中には怪物……今でいう所の従魔に立ち向かう人間もいた。太刀打ちできるはずもなかった。そんな中、一人の女性が能力を使って町を救った。
 普通なら、町民はそこで感謝するべきだった。その女性……リンカーは町を守ってくれたのだから。
 ところがそうはならなかった。我々は女性を魔女だと決めつけたんだ。町民の意見はこう、一致した。「あの女がきたから、怪物がきたんだ!」その女性というのはだね、怪物が来る前から町に慣れ親しんでいたんだよ。
 そしてだね、処刑が行われた。
 町民は誰もがその女性が処刑されるのが当たり前だと思っていた、当時。その中に、一人の青年が処刑をやめろ、やめろと抗議してきたんだ。勿論、多数決の中で一人の意見というのは重視されない。処刑は下された。
 その青年の名前が、ゲルマンというのだよ。
 そして、処刑執行の判子を押したのが、ヴィタリー、私だ。

「じゃあ、あの組織は復讐のために、ですか?!」
 医務室の中で、紫が言った。
「そうだぜ。俺たちは全員、魔女狩りの被害者なんだ」
 かすかな沈黙が空間を通り抜けた。通り抜けた後、一番手を取ったのは医師だった。
「そして、告白します。あなた達には教えなくてはなりません。私は……私こそが」
 この事件の真実はたった一言で締めくくられた。探偵が長々と説明しなくても、単純明快に。


 照明が復活し、けたたましい音と同時に院長室の扉が破られた。藤丘と天城は互いの武器を、椅子に座る男へと向けた。
「動くな! 武器を捨て、手を上へあげるんだ!」
「ゲッ、おいおい。他の仲間に連絡した方がいいんじゃねぇの? こいつらリンカーだぜ!」
「喚くな。……さすが、エージェントは防衛隊と違って有能だ。こんなにも早く制圧が終わるとはな」
「ゲルマンさんとは、あなたの事ですね。一応理由を聞いておきましょう、なぜ、こんなことを?」
 なぜ。彼は勿体ぶる事なく、椅子に座りながら低い声で悠々と語り始めた。
「復讐だ」
「復讐……?」
 十年前の悲劇、――親愛なる英雄は灼熱の炎の中に。
「あいつは、この町に殺された。誰かの手じゃない。この町に。だから今度は、俺がこの町を殺す。ただそれだけの事だ」
 ――人を殺めてはならない、それが誓約。
 端末には確か、そう書かれていた事を藤丘は思い出す。
「……ハッ、自分で交わした契約も忘れておいてこんな行動を起こし、復讐を語るとは、いい御身分ですね? そんなのは復讐とは言いません。ただの我が儘ですよ。クソ野郎」
「何とでもいうがいい。これは俺が決めた復讐のための戦いだ。あいつの名誉を守るためのな」
「ならば何故、貴方は英霊の名誉を回復する戦いをしなかった! 貴方が、誓約を捨てた段階で、貴方の英霊の不名誉は確定された! 貴方が、英霊の思いや名誉を踏み躙ったんだ!」
 天城は叫んだ。ゲルマンは顔を引きつらせ、武器を彼らに向ける。
「黙れ! お前らに語る資格など譲るものか! ――いくぞ」
「え、ちょっと待てって。人数的に不利だぜ」
「負けられねえんだよ」
 天城の刃と、ゲルマンの刃が交じり合う、悲鳴に似た音が一度だけ響いた。
 ゲルマンの計画は、途中までは成功していた。病院を制圧し、弱った病人を人質にして防衛隊から拠点を遠ざけ、予想外ではあったものの町は従魔の襲撃にあう。
 ところが、もう一つ予想外な事があったのだ。それはエージェントがきてしまったという事。しかもそのエージェントが、予想を上回る武装をしていたという事。
 エージェントが町にきた時点で、彼の敗北は定まっていた。
 天城の刃が、ゲルマンの刃を折った。
 刃が折れ、使い物にならなくなった凶器を放ると体術を繰り出す……事はできなかった。蹴破られた扉から侵入してきたオリヴィエのライフルが轟く銃声を鳴らす。
「くそッ!」
 ゲルマンは間一髪でその銃弾を避けた。避けたところで、彼にはどうもしようがない。紫とオリヴィエは窓側に待機し、ゲルマンを中央に置いて四方を固めた。
 汗が流れ落ちる彼を見て、オリヴィエは言い放つ。
「同情はしよう、怒りの理由も理解しよう。だがあんたの言うとおり、わからない患者達は無関係だし何よりあんたの英雄は、あんたの今の状況を望まないような奴だったんじゃないのか」
 続けざまにガルーの怒鳴り声が彼を貫く。
「失った人の言葉に耳を傾けたか? 約束は守ったか? それが背負ってくってことだろうがてめぇは結局、それを自分の復讐の理由にしてるだけじゃねぇか!」
「うるせええッ!」
 オリヴィエの銃弾が、ガルーにとびかかろうとした彼の腕を貫く。
「くそッ、くそオオオオッ!」
 もう一度、銃声が鳴る。それは最後の銃声だった。
「いい加減に自分のした過ちを見直したらどうなんだ!」
 ゲルマンは床に突っ伏した。その姿に、藤丘が告げる。
「あなたの英雄だった人は、貴方にこんな馬鹿な事をして欲しかったとでもお思いですか? 貴方に、自分の事を気にせず生きて欲しかったからこそ、貴方を止めたのではないのですか? よく考え直すことです」
「あいつは……あいつは……」
 倒れ、伏して、視線の先に見えた、白い花。その花の名前は蘭という。ゲルマンは抵抗する気力を失い共鳴を解いた。
「貴方は本当に、大馬鹿者だ」


 エージェントの大活躍により町にいた従魔は全て片付けられた。あまり表にはでない事だが、街を見回って残った従魔を発見して片づけた小鉄も褒めよう。
「いやー、大変だったでござるなあ。海神殿がいてよかったでござるよ。拙者がまとめてババーっと焼き払って、かっこよかったでござる。
「小鉄さんもありがとう。集めるの大変だっただろう」
「一度だけ泡に当たった事を除けば、全然へっちゃらでござる。あ、虎噛殿も、その節はどうも助かったでござるよ!」
 蛙を集めている際、泡の回避に失敗して命中させられた小鉄は体が麻痺して動きにくくなった。そこを助けたのが虎噛だった。
「私からもお礼を言うわ。ありがと」
 小鉄のオカン係、稲穂も頭を下げる。
「ま、その分たくさん働いてもらっちゃったんだからいいのいいの。ユーリちゃんも、お疲れさま。よく頑張ったな!」
「う……ん」
 リディアも、先ほど二回ほどありがとうと言っていたが、また改めて虎噛に礼を言った。そんな二人に、虎噛はこう言う。
「ユーリちゃん、リディアさん…これが戦闘だ。今回戦ってみてどう思った? やっていけそう?」
 先にこたえようと思ったが、リディアはユーリが答えるのを待つ事にした。
「最初……は、こわいって、思って。でも……」
 彼女がしゃべってる最中だというのに際限が悪いが、四人の所に防衛隊の隊長が訪れた。
「本当に、ありがとうございました。あなた方が来てくださらなかったら、本当にこの町は無くなっていたかもしれません。本当に、本当にありがとう」
 そんな隊長の様子を見たユーリは、誰よりも早く、笑顔になりながら言う。
「ユーリ、次も頑張る」
「お、その調子でござるよ! ユーリ殿、なんだか最初みた時と違って勇ましくなったでござるな」
「小鉄もユーリちゃんを見習わないとね」
「確かに、一理言えるな……で、ござる」
「え、え、なんか拙者、厳しく言われてるでござる」
「だって従魔の泡に当たってコケただけで、あんな大声で助けを求めるなんて情けないもん」
「いやいやいや、おかげで虎鉄殿に気づいてもらえたんじゃないでござるかー!」
 病院の表玄関から、非常用電源を修理した不知火が表に出てきた。海神と禮がいち早く気づき、お疲れと声をかけた。
「……お疲れ、布団に入れる」
「全く、貴方はいつもそうやって休みたがる仕方のない人です」
 奥では、ゲルマンと英雄がそれぞれ連行されていた。海神はその姿を見て、紫達から聞いていた事件の真実を考えて、こう呟いた。
「……もし禮を処刑されたら……私も、彼と同じことをするかもしれないな」
 それはリュカも、虎噛も同じ事を思っていた。いや誰だって、親愛なるパートナーが火にかけられれば同じ事を思うだろう。
「千颯……お前とこいつは違う、お前がそうならない為に俺がいるんだ……でござる」
 英雄の在り方とは、そういう物なのかもしれない。悲劇を生み出さないための、大切な役割を果たす者。

 リリア フォーゲル(aa0314hero001)は病院の中で、窓からゲルマンが連行する姿を見つめる医師にこう言った。
「会いにいかれないのですか」
「いえ、私はここで、防衛隊さん達の傷の手当てを続けます。また、リンカーの皆さんの手当ても。……私は、彼に人を殺めてはならないと教わりました。だから、人を救う。私は今彼に会うよりも、彼から教わった大切な事をしなければならないと思っています」
 それに、彼女はそう続ける。
「彼は私に会えないでしょう」
「……ふふ、そうですか。傷の手当て、私もお手伝いします」

 ――ああ隊長さん、私だ、ヴィタリーだ。一つだけ伝えたい事があるんだ。これは、私の名誉のために言わせてほしい。
 私は十年前の事件の十字架を、死ぬまで持っていくつもりでいる。どれだけ罪深い事をしたか、分かっているからだな。だから市長にもなったし、大きな病院も建てたんだ。魔女――いや、英雄は死にはしなかったが、それでも命を奪う行為だった。だから病院を建てて、命を救おうとしたんだ。
 おそらく、ゲルマンはかつての処刑地の事を覚えていたんだろうな。
 あの病院がなぜ狙われたかって。かつての処刑地だったからなんだ。

 命を奪った場所で、命を救う。その行為は、ヴィタリーの今後を語っていた。決して拭われるような簡単な罪じゃない。
 だからといって、罪を忘れる事はしてはいけない。十字架を背負った者は等しく、ゆっくりと罪を清算しなければならない。たとえそれが、どれだけ大きかろうと、諦めたらいけないのだ。

みんなの思い出もっと見る

紅原ユウ子

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 惑いの蒼
    天城 稜aa0314
    人間|20才|男性|防御
  • 癒やしの翠
    リリア フォーゲルaa0314hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • その血は酒で出来ている
    不知火 轍aa1641
    人間|21才|男性|生命
  • Survivor
    雪道 イザードaa1641hero001
    英雄|26才|男性|シャド
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 終始端の『魔王』
    藤丘 沙耶aa2532
    人間|17才|女性|回避
  • エージェント
    シェリルaa2532hero001
    英雄|19才|女性|シャド
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