本部
掲示板
-
史上最悪の蜜罠作戦会議室
最終発言2016/02/14 11:42:00 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/02/13 11:14:53
オープニング
●警告
この依頼に登場する愚神は、男性、それも見目麗しかったり、共鳴時に男性の姿をとるエージェントにとっては、危険(肉体的にあらず)な存在である事は予め申し上げておく。
●
雪解けの季節。世界的、というより主に極東の島国でのみ、需要が激増する菓子がある。
平和だったころに比べ、輸送には危険が伴うようになったが、子供たち、恋人たちの笑顔の為に様々な人々が尽力していた。
今も、カカオを山積みした小さなトラックが山道をゆく。それを岩場から見下ろす、怪しい影があった。
「……連中が最近、やったらこそこそ運んでるアレは、いったい何なのかしらね? 秘密兵器か何だか存じ上げませんですけど」
愚かな神、と書いて愚神と読む。一敗地に塗れたことで人間を警戒するようになっていたグリムローゼは、何やら激しく誤解をしていた。
「善はハリー、必死こいて守ろうとする連中を蹴散らして蹂躙して踏み潰して憂さ晴らしでもしないとやってらんねー気分ですし、ちょうど良い生贄ですわね」
パーリーは盛大な方が楽しいですし、殺し合いならなおのこと、という彼女の意向で、その「情報」は一部の愚神たちの間に広まっていった。不幸な事に、そんな残念過ぎる発想に至った彼女を誰も止めてはあげなかったらしい。
本部に並ぶ依頼に、輸送中のカカオやチョコレート工場、果ては街角の手作り教室までを襲う従魔や愚神の対策願いが並ぶようになったのは、その数日後だった。
●
などといった騒動がほぼ治まりつつある中、とある港町では、陸路を避け、船でチョコレートの素材やチョコレートを運んでいた会社の人間が、船に積まれたコンテナが続々と陸に揚げられる中、そのコンテナの一つを確認しようとしていた。
既に各材料やチョコレートもそろえる手配は済ませてあるが、まずこのコンテナからは、なにが飛び出すか。
期待とともに、会社員はコンテナの扉を開けた。
「ああ、ダーリン! なんと麗しいその肉体美ぃっ!」
こんなの出ましたー。
無言で会社員はコンテナの扉を閉じ、ロックをかけた。
「やり直しを要求する……」
会社員は軽く頭を左右に振って気を取り直す。
うん。チョコレートや材料を入れたはずのコンテナの中に、何かおぞましいものが見えた気もするが、きっとやっぱり気のせいだ。だって記憶に残ってないもん。まったくないもん。
「もう、ダーリンったらひどいんだからあ」
そんな声と共に、『それ』はコンテナの扉を強引に突破し、会社員の目の前に現れた。
何とも筋骨逞しい、そして登場しただけで周囲の湿度が向上(汗で)するような迫力ある存在が会社員の前に現れ、とたんに(この存在の汗で)チョコレートの香りと湿度が周囲に広がる。
ほのぼのとした日常に、1体だけアクション映画の登場人物が乱入してきたような状況に、会社員の気が遠くなる。
これはいったいどういう嫌がらせだ。ご丁寧に全身を液状になって波打つチョコレートでコーティングして、(主にこいつの汗で)周囲の湿度とチョコレートの香りを満たしやがって。
「今日やこの日をずっと前から、指折り数えて待ってたんだからぁ。えいっ、抱きっ」
ソレハ、俺ヲ亡キ者ニデキル日ヲ楽シミニ待ッテイタ、トイウコトデスカ……。
「もう、ダーリンったらぁ。白目むいて口から泡なんか噴いたりしてぇ。何かしゃべってくれてもいいのにぃ」
そんな『それ』に抱きつかれ、会社員は文字通りチョコレートの海に溺れながら、意識を手放した。
●
「その後、港でチョコレート塗れで、『筋肉怖い、筋肉怖い』と呟いて地面に倒れている会社員が発見され、会社員は病院へと搬送されました」
部屋の人々が沈黙する中、担当官の説明する声だけが響く。
スクリーン上には、港のあるどこかの街の地図がまず映し出され、次に愚神と思われる存在が動いているという埠頭の地図が映し出された。
「幸いこの会社員の命と身体は無事でした。精神的にはこの限りではなく、ライヴスは喰われていたようですので、この存在は愚神でしょう。そして、この愚神は今も港で荷物を搬送する場所に居座っているので、港にいる男性作業員や男性の関係者が襲われることを警戒して動けず、代わりに女性の方々が作業に従事しておりますが、港を使った物流が滞った状況が続いています」
「ちょっと待て。女性は作業していても無事なのか?」
部屋の中の一人が担当官に質問すると、担当官は頷いた。
「はい。どうもこの愚神が狙うのは男性です。特に見目麗しかったり、男性同士のカップルと目される相手には、この愚神は優先して襲いかかりますが、女性には見向きもしません」
その言葉に部屋にいる男性たちは嫌な予感に襲われたが、構わず担当官は依頼内容を告げた。
「皆様にお願いしたいのは、この愚神退治です。確認したところ、現場にいるのはこの1体のみですので、倒すのはそう難しくないと思われます。おびき出す手段としましては、この愚神は男性や、男性同士のカップルが大好物のようですから、そういった方々がイケニ……もとい、囮となって愚神を誘き寄せ、それまで高みの見物……失礼。不測の事態に備えて周囲で見張っていた女性の方々が、誘き寄せた愚神の周囲を包囲して、退治する方法が望ましいでしょう」
退治が完了するまでは埠頭に近づく人や船が来ない様、H.O.P.E.別働隊が周辺を封鎖するので、避難誘導の必要はなく、無線機も先に貸与されるとの事だ。
「なお、これは皆様には影響がないとは存じますが、この後急速に低気圧が発達し、この埠頭周囲では突発的な高波が現れる恐れもある、という予報が出ておりますので、高波が来たら逃げる事をお勧めします」
こうして、このはた迷惑な愚神退治の依頼が張り出された。
解説
●目標
埠頭に出没する愚神を退治もしくは埠頭から撃退する
登場
愚神1体。強さ不明。
身長2.4mで筋骨隆々の男の姿をした愚神。理屈は不明だが、全身を液状化したチョコレートで覆っている。外見は男性だが、女性口調で話す。
通称『貯古齢糖(チョコレートを漢字に当てはめた場合の表現)愚』だが、略称は『糖愚』。
男性の姿(共鳴時の姿も含む)や男性同士のカップルを発見次第、優先して襲いかかり、女性の姿(共鳴時の姿も含む)には見向きもしないが、攻撃されれば反撃する。
現在埠頭内のどこかに身を潜めている。
なお男性の姿をした存在からの攻撃や防御には異常なまでのしぶとさと、しつこさを見せるが、女性の姿をした存在からの攻撃に関してはこの限りではない。
PL情報:襲われてもダメージはない(身体的な意味で)。火炎攻撃に弱い。
状況
とある地方の港がある街。戦闘区域となるのは、港の中で、貨物船が往来し、物流が盛んな埠頭の部分。周囲には無数のコンテナが山積みされ、身を隠せたり、高みから周囲を見渡せる場所は無数にある。
現在H.O.P.E.別働隊により、埠頭周囲の道路封鎖や埠頭への船立ち入り規制、周辺住民達の避難誘導は完了済み。無線貸与済み。
天気予報では、この後高波が来るらしいが、来たとしても周囲に積まれたコンテナに昇れば避けられる。
リプレイ
●
とある港の埠頭の岸壁に、低気圧の影響なのか、時々大波が押し寄せては波自体が飛沫をあげて砕かれる音が響く。
その周囲には、金属製の大型コンテナが山積みにされ、雑然とした雰囲気と見通しの悪さを醸し出し、周囲には一部を除き、人気はない。
その一部こそが今回、この港のどこかにいる愚神を討つためにやって来たH.O.P.E.のエージェント達だ。
「どうしてコンテナの中に入ってたんだろね?」
GーYA(aa2289)のもっともな疑問に、まほらま(aa2289hero001)まほらまがH.O.P.E.を介し、似たような被害が無かったか調べたところ、現段階では今回のような事件は目の前の1件のみと確認されている。
「できればその愚神は、今回で退治したいところね」
おっとりとした口調でまほらまは、内心の衝動を制御しつつ、今回の愚神に臨もうとするが、そうでない方々も今回は含まれている。
「バルトさん……帰りましょう」
傍らにいる、武人の雰囲気を醸し出しつつ、内心動揺を隠せないバルトロメイ(aa1695hero001)にそう言い残し、くるりと埠頭に背を向け、全力逃走を図ろうとする煤原 燃衣(aa2271)の肩を、ネイ=カースド(aa2271hero001)の手がガッチリ掴んで逃走を阻んだ。
「逃げるな、戦え。テメェには常々言ってるだろうが。『目的の為なら手段を選ぶな、汚れる事を躊躇うな』と」
「嫌だぁ! お嫁にいけなくなるぅっ!」
じたばたもがく燃衣の姿は、ネイの意向により、カップルらしく見せるもの……らしい。
「ティア。……お前、この『作戦』は酷くねぇ?」
「一度バルトさんは酷い目にあうといいのです」
現地地図や無線機、そして自分達の位置情報を共有しながら、今回の『作戦』構築に関わったセレティア・ピグマリオン(aa1695)は、『つーん』という擬音が似合いそうな表情でそう言い返し、バルトロメイの訴えを、事前の共鳴化の願いごと却下した。
そして今、セレティアは、イリス・レイバルド(aa0124)やアイリス(aa0124hero001)と協力しながら、コンテナの高い所で行う『女子会』の準備を進めていた。
「一応ウィッグでも持っていきますカ」
白い豹を思わせる獣の特徴を纏うライロゥ=ワン(aa3138)の言葉に、狼の特徴を纏う祖狼(aa3138hero001)が尊大な口調で口を挟む。
「そういう事には抵抗ないんじゃな?」
「筋肉姿のチョコの海に溺れるよりは『マシ』でス」
ライロゥは真顔でそう言った。ライロゥは、その類の性癖はない健全な精神の持ち主だが、大切な何かを護るためなら、何かを捨てる覚悟はある。
エージェント、特に殿方がこれほど様々な試行錯誤をしているのは理由がある。
H.O.P.E.が把握した限りでは、その愚神は『見目麗しい殿方や殿方のカップルを優先して襲う』という、殿方にとっては悪夢のような存在だ。
「いやはや、全く面倒そうな依頼ですよねぇ……」
東城 栄二(aa2852)が重いため息をつく。
愚神退治はできる。それは歓迎するが、命とかライヴスとかよりも別の大切な何かが失われそうなので、できればさっさと退治したい、と栄二は思う。
「大丈夫。担当官の説明だと、普通に戦ってもダメージはないっていう話だよね?」
栄二の指にはまる綺麗な指輪から、カノン(aa2852hero001)の元気な声が栄二に響く。
カノンが宿る幻想蝶は指輪の形となり、栄二と共にあった。
「精神的にはその限りでない、というところが問題なんですよ」
カノンに栄二は重々しくそう応じた。
「喜べ、悠。俺様が折角面白そうな依頼を受けてきてやったんだぞ」
偉そうに胸を張るラドヴァン・ルェヴィト(aa3239hero001)に向け、雨堤 悠(aa3239)が陰悪な目つきで睨み据えた。
「お前、一度消滅しろ。何が悲しくて、初の依頼で男同士のカップルを演じなければならないんだ」
悠も今回の愚神の特性上、頭ではそれが必要だとわかってはいるが、健全な精神と感情がついてこれない。
気乗りしない悠とは対照的に、ラドヴァンはすこぶる陽気だ。
同じような状況が、その横でも発生していた。
「武之がちゃんと外に出られるように、ルゥ、頑張ったよ!」
悠と同じく、今回が初参加となる獣人の鵜鬱鷹 武之(aa3506)の横で、ザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)が元気な様子で言ったが、当の武之は呆然と諦念と何かを足して3で割ったような、複雑な表情をしていた。
「ルゥ……初依頼にしては、厳しいよ、これ?」
主に自分の精神とか色々な何かの部分が。
悠と同様、武之も健全な性癖の持ち主だ。ただ、愚神退治のためならば、本意ではない行動にも対応できる度量はあった。
愚神の特性を利用して、今回殿方のカップルがイケニ……もとい、囮役となって愚神を誘き寄せる。
その一方で、女子会と称し高みの見物のふり(多分)をして待機していた残りの方々が、誘き寄せた愚神を包囲して退治する。
作戦名は港のロマンチック。作戦秘匿名は『港恋』。
それが先程の様に、悲鳴とかひきつった顔とか諦念とか、色々あったものの、エージェント達の決めた方針だ。
今回の囮役としては、バルトロメイと燃衣。ライロゥと祖狼。悠と武之が偽装カップルとして動き、栄二と彼の指輪の中にいるカノン、ラドヴァンはそれぞれがカップル役でなく、単独の囮として、相互に助け合う。
そしてセレティアのお誘いに乗る形で、イリス、アイリス、まほらほ、ネイ、ルゥルゥが女子会と称し、全体を見下ろせる場所で待機し、何かあれば駆けつけて助け、共に愚神を包囲し退治する手筈になっている。
ちなみにGーYAは女子会に参加する予定のまほらまに、こっそり随行していたのだが、万が一女性陣のもとへ愚神が現れた時の人身御供……もとい、女子会を守る役に回っていた。
そして人気のない埠頭を、『カップル』達と遊撃役の囮達が、埠頭内の各場所で、無線で情報共有をしながら動き出す。
●
うふふ。あはは……。
口から魂が半分抜けかけた表情のバルトロメイと、死んだ魚のような目になった燃衣が、空元気を掘り起こし、演技を見せ、武之と悠の間では、武之が悠の話に目を輝かせ睦まじさを演出し、当初は悠に任せるつもりだったラドヴァンだったが、悠を単独で行かせた場合の危険性やいつでも共鳴できる状況にする事を考慮して同行し、遠目で見れば自分を含めた3人が三角関係に見えそうな演技をしていた。
そしてカノンとの共鳴化で、髪に炎を思わせる色に、瞳を金色に変えた栄二が、囮として動く全員の動きを無線を介しながら確認し、作戦場所へ向け、艶やかな演技を周囲に振りまきながら、逃げる仲間がいれば援護できる配置を巡っていた。
「全く、勘弁してほしいですよ。私は面倒なことが嫌いなんですから」
演技の顔の内側で、栄二は思わず内心を吐露する。
「でも栄二。愚神を退治できるよ?」
カノンが指輪から元気づけようとするのを、栄二は苦笑してカノンに応えた。
「それに至るまでの過程が大変なんです」
まあ、やりますけど、と栄二は気力を奮い起こして演技を続ける。
そしてライロゥと祖狼は『カップル』達の動く範囲よりもやや遠くから、愚神の襲来後、仲間達を守れる範囲内にあるコンテナの影に隠れ、愚神の狙いがどう変化しようとも、救援に駆けつけられる位置にいる。
別の見方からすると、最初の被害を免れるべく、遠巻きに見ているともいう。
「混ざらなくてよいのか?」
身を隠しつつ、重々しい口調で尋ねる祖狼の横で、同じく身を隠すライロゥが祖狼にのみ聞こえる音量で応えた。
「僕はまだ、あの世界は早いでス」
「いや、この類の依頼の場合、なんというか。否応なしに巻き込まれる気がするから、『離れていては危険じゃ』と囁いておるのだ。ワシの知識ではなく、本能がな」
実はこの時、祖狼の言葉はこの類の愚神の特徴を言い当てていたのだが、それがわかるのはもう少し先になる。
カップルであることを演出する為、燃衣とバルトロメイ、武之と悠の間でこのほかにも濃密な台詞のやり取りがあったのだが、低気圧接近の影響で、打ち寄せる波の音が甲高く鳴り響き、彼らの声は遠くからは聞き取れなかった。
だがこの時、空気の湿度が向上し、チョコの香りが満ちたのは、偽装したカップル達のところではなく、やや遠巻きに状況の推移を監視していたライロゥと祖狼のいる空間だった。
それを感知した五感がライロゥと祖狼の中の生存本能に危険を訴えている。
ライロゥと祖狼は即座に共鳴化し、の姿に変じたライロゥの背後に、『それ』が現れた。
「ご機嫌イカガ?」
愚神(以下糖愚と略)は白銀の歯並びを煌かせ、肉体をチョコの波で艶出し、殿方にとっては悪夢のポージングをライロゥに見せているが、ライロゥは振り返らない。
直視したら自分の何かが危うくなると己の直感が訴え、理性も即座に賛同し、ライロゥは躊躇なく疾走した。
仲間達が包囲できる場所へと糖愚を誘引する為でもあるので、時々立ち止まっては反撃する事も忘れない。
『走レ疾レ。銀ノ狼ヨ、穿テ!』
ライロゥの周囲に銀の煌めきがつかの間発し、収束して、追いすがる糖愚に放たれる。
銀の弾丸は糖愚の身体に喰らいつき、言葉通り糖愚の身体を穿つが、糖愚の追撃は速度をやや緩めたものの、止まらない。
(たいして効いていないようじゃが)
「そんなバカナ!?」
内から聞こえる祖狼の冷静な指摘に、ライロゥは焦った声を上げたが、横から援護すべく飛び出してきた栄二の姿に内心安堵し、そのまま駆け抜ける。
一方栄二もこみ上げる不快感を必死に抑えつけながら、殺到する糖愚に向け魔砲銃を構える。
正直嫌だ。ものすごく嫌だ。しかしやらざるを得ない。
そう腹を据えた栄二の魔砲銃が咆哮し、籠められた魔力が糖愚を打ち据えて動きを鈍くし、その間にライロゥが十分距離をとったと判明次第、自らも逃げる。
そして逃げる栄二を追いかける先で、今度はライロゥが猛然と反撃した。
『踊レ躍レ。深紅ノ燕ヨ、舞エ!』
ライロゥの放った不浄の風が糖愚に舞って絡みつき、その全身を蝕むが、チョコの波が衰える兆候は見られない。
その間にも栄二は次の場所まで退避を終え、再びライロゥが退くという、それぞれが反撃と退却をお互いに助け合い、退く中、ライロゥの内にいる祖狼は、眼前の愚神とは別に、もう一つの相手と攻防を繰り広げていた。
(いざとなったらお任せしまス)
(いやいやいや、ワシは射程外じゃろ!?)
(だんでぃーな祖狼ならだいじょうブ!)
いざ捕まった時、どちらの人格を主とするか、心の中でライロゥと祖狼は互いに相手を主人格にしようと押し付けあっていたが、その間もライロゥの身体は、栄二と見事な連携を見せて、整然と退いていく。
「仲間達が来てくれました!」
栄二からの嬉しさのこもった声に、ライロゥと祖狼はぴたりと争いを止め、栄二と共にひた走る。
「や……やっぱり、無理ぃいッ!」
燃衣も、ネイに蹴りだされ、覚悟は決めたはずだが、逃げてくる栄二とライロゥ、迫りくる糖愚の姿を前に、早くも逃げる態勢になる中、バルトロメイが燃衣を援護すべく、その前に割り込んだ。
「俺が守ってやる。武人の情けだ」
内心の動揺を抑えつつも、悲壮な覚悟でバルトロメイは糖愚に臨む。
英雄は、世界の病原菌の影響を受けないので、ほぼ全ての病気にかかる事はないが、精神性の病気や疲労困憊等についてはこの限りでない。
従って、英雄であっても『筋骨隆々な人の形をしたチョコの海』という姿の愚神に抱きつかれた場合、一般人や能力者と同様、恐らく皆様のご想像通りな結果になるだろうから、そのあたりの描写はさし控えさせて頂く。
糖愚が『ウホッ、イイ漢』と目を輝かせ、バルトロメイに抱きつこうとして方向転換する中、別方向からもバルトロメイやライロゥの救いの主たちが、糖愚に声をかけた。
「養ってくれるならいいよ」
そう武之が糖愚に声をかけ、内心呟く。
この後しっかり討ち取るけれど。
「勝手に逝こうとしないで下さい」
武之が演技の言葉(多分)と共に、吸い寄せられるように、糖愚へ近づこうとすると、武之の襟首を、悠の手がガシっと掴み、丁寧な口調で糖愚への必要以上な接近を抑え、その間にラドヴァンが糖愚に向け、言い放つ。
「お前、俺様のものになれ。お前が望めば、家臣にとりたててやろう」
ラドヴァンに尊大な口調で言われた糖愚もまた、ラドヴァンにポージングを披露し、こう返した。
「では、この世界の王たちのように。『傾国の美人達よ。アタシからは逃れられなーい』」
美人もといラドヴァンに糖愚は抱擁の向きを変える中、バルトロメイはこの場の全員が再び逃げることが出来、かつ待機する仲間達と合流できる(筈の)案を糖愚に提示した。
「ではこうしよう。目を瞑って100数えろ。その後、俺達を捕まえられたら好きにしていいぜ」
糖愚は目を輝かせると、即答で頷き、バルトロメイの言われた通り、目を瞑って数を数えはじめた。
その間に、まず燃衣が必死の形相で逃げ、栄二、ラドヴァン、悠、武之、ライロゥ、そしてバルトロメイがばらばらに散って駆けていく。
一方待機するイリス、アイリス、セレティア、ネイ、ルゥルゥ、まほらま、GーYA達は、各自で3000円以内でお金を出しあい、お菓子や飲み物を持ちよって、別働隊より借用したテーブルや椅子なども借りて、『女子会』に偽装し、アイリスが何かあれば即時対応できるよう目は光らせる中、『女子会』を楽しんでいた。
「し、知らないお菓子が、いっぱいあるよ、お姉ちゃん」
これ、どれでも食べていいの?
イリスが目を輝かせ、そうアイリスに尋ねると、眼下に向けていた視線をイリスに戻し、アイリスは慈愛のこもった声と視線をイリスに返し、頷いた。
「うん、いいよ。折角だ。楽しみたまえ」
最近のコンビニはお菓子や飲み物も豊富な種類を取り揃えているので、うまく調達方法をやりくりすれば、こうしたお茶会のような事もできる。
その間にも100を数え終えた糖愚が、周囲からいなくなったエージェント達を求めて周囲を探し回る。
「命の洗濯です~。きゃー、美味しい」
セレティアは眼下で繰り広げられている『鬼ごっこ』を一瞥する事なく、目の前に広がるお菓子や飲み物をはむはむと味わい、同じくお菓子や飲み物を味わって楽しんでいるまほらまのそばで、ネイもまた、健舌家と呼ばれるような食べっぷりを披露して、にそれぞれ『女子会』を楽しんでいた。
『逃げるな、絡め』
時々ネイは無線で燃衣に指示を飛ばしていたが。
まほらまのそばで、GーYAもちゃっかりお菓子や飲み物を頂く中、襲われる危険性も考慮していたGーYAは、アイリスと交代で眼下の状況に目を光らせる事は忘れない。
『大丈夫! 武之もカッコ良いよ!』
恐らくしっかりルゥルゥも『女子会』を楽しんでいるのであろう。
無線から飛び込んできたルゥルゥの元気な声に、武之は深く、重いため息を呟きながら、応答した。
『ルゥ。今の言葉のどこに大丈夫な要素がある?』
そして待機していた仲間達は、なんで俺達をこの窮地から救い出そうとしないんだ?
回答例1。
アイリス「え? だって楽しそうだし」(事態の経緯を把握しつつ)
イリス「流石の破壊力といったところかな。精神的にも、視覚的にも」(状況分析中)
回答例2。
セレティア『ふふふ。バルトさん、今こそ復讐の時なのです』(ただいまお菓子を楽しみ、心の洗濯中)
まほらま「あらあら、うふふっ」(意味ありげな微笑で状況を見つめている)
回答例3。
ネイ『逝ってこい、燃衣』(無線での指示)
そして糖愚の声が周囲に炸裂した。
「さあダーリン達。今こそこの冬を、アタシとの熱い体験で燃やすのよォ。アタシの愛はアナタ達のものヨォ~」
眼下から聞こえてきた糖愚の声に、GーYAは『うわぁ、すごい……』と、何ともいえない表情と声を出し、『女子会』の方々は、一様に愉しい気分をそぎ落とされた。
「さすがにコレが相手じゃ、共鳴を拒否するのはやり過ぎですね」
当初バルトロメイが共鳴化を求めてきたら拒否して、一度ひどい目に遭わせる事で、いつぞやの仕返しをするつもりだったが、危なくなったら助けに行こうと、セレティアは覚悟を決めた。
「うん、何だかんだで相手は愚神だからねぇ」
セレティアに同意するアイリスに、イリスもまた、困った顔のまま決意を告げる。
「気が抜けるような気もしなくもないけど。愚神は、斬るよ」
「頑張りたまえ。イリスが望むのなら、私も全力で力を貸そう」
アイリスがイリスの決意を庇護する目と共にそう告げる中、イリスも応じる。
「うん、お姉ちゃんと一緒ならが……」
「じ、自由を! さもなくば死をっ! ギャアアァッ!」
そこへ糖愚に捕まり、波打つチョコの抱擁を受けた燃衣の悲鳴が割り込んだ。
「うるさーい! 人の話を邪魔するなー!」
「やかましい。静かに騒げ」
下から昇ってくる燃衣の悲鳴を、イリスやネイは一蹴した。
その間にもラドヴァンと共鳴化し、瞳に英雄の青色を、体に長衣を纏う姿となった悠が、清らかな光を燃衣に放って、燃衣の心の治癒を試みる中、栄二の魔砲銃から放たれた魔力が糖愚の背中に炸裂し、自分を抱擁する力が弱まった隙に燃衣が大急ぎで離脱する。
そしてライロゥが敵の弱点を周囲の仲間達に知らせる一撃を放つ。
『咲カレ咲カレ。幻想ノ花ヨ散レ』
糖愚のみを指定する業火が放たれ、糖愚の全身を炎で包む。
「もえもえヨォ!」
理屈は不明だが、全身に波打つチョコが、どうも延焼剤となっているようで、地面に転がる糖愚の火の勢いは止まらない。
『どうやらこの愚神、火炎攻撃に弱いようデス』
「では、弱点が分かった事だし、行こうかしら?」
おっとりとした口調でまほらまがそう告げるのと、火を消した糖愚がGーYAの存在に気付いたのはほぼ同時だった。
GーYAが、急速に迫るチョコの匂いに気付き、逃走を図ろうとした頃には、糖愚の巨体がGーYAのすぐ眼前まで迫っていた。
「いざアタシの愛を!」
かなり毒がありそうだと、GーYAが顔を引きつらせる中、見殺しにはできないと判断し駆け寄ったまほらまが共鳴化し、GーYAは意識と姿をまほらまに譲り渡す。
そして髪の色に銀をまぶし、髪型を変じた姿のまほらまが、その後跳躍して襲いかかってきた糖愚を、真横に飛び退いて軽やかに躱し、その抱擁から逃れるが、糖愚と波打つチョコは、主に女子会用に用意されたお菓子や飲み物類の置かれたテーブルへとダイビングをかまし、テーブルごとその上や周囲に置かれた飲食物をチョコ塗れにした。
「「「「「あ」」」」」
辛うじてチョコの飛沫から逃れ得たイリス、アイリス、セレティア、ネイ、ルゥルゥが、それを見て戦意を爆発させた。
食べ物の恨みは人間も英雄も共通で、食事中に襲われたら誰でも怒る。
アイリスとの共鳴で、イリスは全身と瞳にアイリスの金色、そして2対の翼を纏う姿となり、助けを求めに来たバルトロメイに応じたセレティアが共鳴化し、片目に紅色の戦意を宿した凛とした表情と、武人の風格を得た姿となり、かけつけてきたネイに燃衣が半泣きで縋りついたところ、ネイに蹴り倒しながらも共鳴化は行われ、燃衣は右腕を中心に、全身に炎を思わせる意匠を顕現し、燃える炎を思わせる髪を纏う姿となり、同じくかけつけてきたルゥルゥと共鳴化し、武之は紫の瞳を持つ人間の若者の姿に変じ、戦えるようになったところで全員が揃い、糖愚の包囲が完了した。
●
まほらまの顕現した黒色のヴァイオリンから鋭い音色が迸り、糖愚の身体を引き裂いた。
引き裂かれた部分のチョコは抉られたものの、すぐにチョコの波が裂かれた部分を塞ぐ。
「チョコを愚神から引き剥がすのは、無理かしら?」
ただ、糖愚の動きが鈍くなったことから、ダメージは通ったと、まほらまは確信し、なおもヴァイオリンをかき鳴らす。
そこへ燃衣から放たれた焔の線が、宙を走って糖愚を押し包み、火炎に焼かれた糖愚が悲鳴を上げた。
「愛の試練ヨォー!」
「てめぇだけ燃えてろ」
ネイの加護を受けて冷静さを取り戻した燃衣が、なおも火炎放射器から炎状のライヴスを放つ。
どうやら姿が男女いずれでも、火炎攻撃が有効らしい。
転げまわって火を消した糖愚だったが、目の前で武之が二つに割れる姿に動揺する間、1対の焔を纏う剣刃の煌めきが『急所』を貫き、糖愚を悶絶させた。
糖愚が意識を朦朧とする中、一陣の疾風となって肉薄したセレティアから、無骨で分厚い大剣が光閃と化して放たれ、糖愚の背中を大きく引き裂き、今のところ治療が必要な仲間はいないと判断した悠もまた、糖愚との間合を詰めると、己の大剣をセレティアの切り裂いた断面に沿う形で奔らせ、肉厚の刀身がさらに糖愚に刻まれた裂傷を深くする。
「ウ、うれしいワ。ダーリン達の愛が痛い。痛みの強さが愛の強さ……」
「それ絶対に違います」
ようやく意識を取り戻した糖愚からの言葉に、栄二が冷静にツッコミを入れると共に、栄二から業火が放たれ、糖愚を押し包み、その体を朽ちさせていく。
そして他の人をフォローする為、前に出たイリスに、焔に悶えた糖愚が抱きついてしまった事が、この愚神の致命的な過ちとなった。
「髪にチョコがつくだろーがっ!」
普段の大人しさをかなぐり捨て、イリスが常にない口調で上げた怒りの声と共に、糖愚のライヴスを乱す一撃が放たれる。
イリスの攻撃を受けた糖愚はがくりと意識を失い、そこへ焔で構築された蝶が糖愚に纏いつき、さらにその体を焼いていく。
「こうやって火を絶やさなければ倒せまス」
先程炎の蝶を放った呪符を、顔の前にかざしたライロゥが穏やかに告げる。
そしてイリスのライヴスリッパーと武之のジェミニストライクが交互に糖愚の意識を奪い続ける中、ライロゥが最後まで温存していたブルームフレアを放ち、糖愚の身体からチョコの波を蒸散させ、まほらまの放った衝撃波がダメージと共に糖愚の身体を震わせ、悠の大剣が叩きつけられてさらに糖愚の身体に刻まれた裂傷を深くし、再装填を終えた栄二の魔砲銃が轟然と吠えて、糖愚の身体を穿つ。
そしてセレティアの斬撃が豪風と化し、糖愚の身体を上と下に両断したところで、燃衣からの火炎放射が、上下に分かれた糖愚の体をそれぞれ絡め取り、焼き尽くした。
「愛しいアナタ達~。次があったらアタシを抱いてねぇ~」
業火に包まれながらも、光の粒子と不気味な言葉と共に、糖愚は消えていった。
次はないと思います。
●
かくして、はた迷惑な愚神はエージェント達の(一部強制的な)献身と、女子会に扮した(偽装工作と信じたい)奮闘の末、一部のエージェント達に強烈な印象を残しながら、退治された。
エージェント達への被害も、チョコ塗れになった事と、一部の殿方にダメージ(肉体的にあらず)があった程度で済んだ。
ちなみに愚神が残したチョコは、その後訪れた高波が全て洗い流してくれたとの事で、世の中は割とうまくできている。
いろんな意味で、無事でよかった、と祖狼は安堵するが。
「恐ろしい敵でしタ……」
「いやワシはお主のほうが恐ろしいと思ったぞ」
憎らしいほど平然とした口調でそう呟くライロゥに、祖狼は思わずツッコミを入れた。
「祖狼なら大丈夫だと思ったのデス」
自分に向ける祖狼のじっとりとした目つきをライロゥはするりと躱してそう言った。
「ラドは欲しいものが手に入らなかったの?」
ルゥルゥはきょとんとした顔でラドヴァンに尋ねるが、当のラドヴァンはそうでもないようだ。
「他にも強い奴はいるだろ」
だから、今回はこれで良しとしよう。
その横では悠が武之に、カップルの真似ごとに付き合ってもらった件を詫びていた。
「不愉快な事に付きあわせてしまいすみませんでした」
「悠くんも大変だったな、いろいろと」
武之が悠を労わる中、バルトロメイは目尻に光るものを抱えて埠頭の先にある海を見つめていた。
「潮風が心にしみるぜ……」
けど、ありがとな、ティア。
色々と無事に済んだことを、バルトロメイはセレティアに感謝した。
そんなやり取りを交わしつつ、彼らエージェント達は、脅威がなくなった埠頭を後にして帰路につく。
その後埠頭の人達(特に殿方)にも平穏が戻り、港の施設は本来の活気を取り戻しつつあるが、コンテナ内に何か潜んでいないかと、荷物を調べる際の警戒が厳重になったのは、別の話。
次のバレンタインの季節には、この手の愚神は出現しないと思われる。
多分。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
---|