本部

車内、大変込み合ってます

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/03 18:39

掲示板

オープニング

●車内、大変込み合ってます
 正月気分もすっかり抜けきった連休あけ。朝の電車は、すっかりおしくらまんじゅう状態で通常運行に戻っていた。
 高校生活最後の学期が始まった御田須木カナは、18歳女子としてはかなり小柄なほうで、サラリーマンやOLたちに揉みくちゃにされ、時節両足が床から離れヒヤヒヤしていた。それでも、カナは必死で単語帳を片手に隙を見つけては、単語を頭に網膜に叩き込んでいた。高校三年生の冬、大学受験というカナの今までの人生において、かなり大きな関門が待ち受けているからだ。
 朝の電車は、乗車率100%を超えている割には、電車の揺れる音と誰かの咳やクシャミの音がやけに大きく聞こえる程度には静かだった。
"パンッ"
 不相応な破裂音が聞こえたのは、カナの目的駅が次の駅というタイミングだった。それは打撃音とともに、何かが割れたような音でもあった。その音とほぼ同時に、カナは進行方向前方から物凄い重圧で人の波に押された。誰かの叫び声が聞こえた気がしたが、すぐに途切れて破壊音が続く。その音は異様に静かな車内を支配し、徐々にカナの方へと近づいてきた。
"バリンッ"
 今度はガラスが割れるような音が聞こえてきた。ここまでくれば、流石に何かがあったのだとカナを含めた乗客たちは気がつく。
 車内を異様な緊張感が支配する。
 ふと、カナは視線を足元へと落とした。車内の床はほとんどが靴だらけで床の見える面積など少ない。それでもその間を縫うようにして、赤黒い蛇のように見ただけドロリとした液体がカナのローファーに迫っていた。
(「血だ」)
 それは直感であり、反射であった。
「ぼぉわぁぁぁぁ! !」
まるで野獣のような叫び声に、カナのか細い悲鳴はかき消される。咄嗟にカナは両手で自らの口を塞ぐ。
(「死にたくない」)
カナは心の底から願った。小柄な体をさらに小さく縮める。
″バゴンッ″
 今までで一番近くに聞こえた破壊音から一拍置いて、カナは僅かな人込みの隙間からそれを見た。
 そこには人型を成していながら、確実に人ではないナニカが嗤っていた。


「……以上が、その車内で起こっていることだ。至急、事態の収拾をつけてほしい」
 携帯から聞こえる司令官の声はいたって冷静に、淡々と状況のみを伝える。何気なく窓の外を見れば、電車はまだ動いている。考えるに、運転手は既に手遅れだ。司令官からの連絡が切れると、君は現場の中心となっている7両目へと向かう。

解説

●目的
乗客の救出
●敵情報
野獣
ケントゥリオ級の愚神。体長約2メートル。武器なし。パワータイプ。
外見は体格の良い男性。意識は完全に取り込まれ、意思の疎通は不可。
攻撃手段は打撃のみ。魔法は使えない。

悪い小人×2
デクリオ級の従魔。体調1メートル。武器なし。パワータイプ。
外見は、坊主頭に口の周りに口ひげの双子の親父。互いに意思疎通が図れるようだが、その言葉はどの言語にも属さない。こちらとの意思の疎通は不可。
攻撃手段は打撃のみ。魔法は使えない。

●状況
10両編成の電車内(7両目)
車内の半数は既に意識不明。
1両目から6両目までの乗客は、ほぼ全滅。
運転手は既に亡くなり、手下の従魔によって電車は、走り続けるように操縦されている。
走行中の電車は、飛び降りると危険な程度に速度が出ている。
リンカー達は8両目以降の車内で連絡を受けた。
電車は各駅で止まらない。他の電車との接触は、避けられるように手配されている。

リプレイ

「こんな所でも襲って来るのかあいつら!」
 玖渚 湊(aa3000)は吐き捨てる。
「逃げ場の無い場所でパニックだなんて、楽しそうだね」
 隣のノイル(aa3000hero001)はどこか楽しそうだ。
「どう考えても楽しくないだろ!」
 玖渚はノイルを窘め、再び本部に連絡する。車内にいるエージェント達を通信機で1つに繋げてもらうためだ。
「……もしもし、皆さん聞こえますか? 俺の名前は……」

「この電車に愚神と従魔が……! ?」
 本部から連絡を受けた皆月 若葉(aa0778)は動揺した。
「……先頭からこちらに向かっておるようだな」
 一方のラドシアス(aa0778hero001)は、冷静に状況を分析する。
「早く助けに行かないと!」
「その前に、前方車両は悲惨な状況だろうが……冷静さは忘れるな。助けられるものも助けられなくなる」
 皆月は静かに頷き、通信機から聞こえる声に耳を傾ける。
 通信機を通じてエージェント達は、各自軽い自己紹介をした後、周囲の状況や今後の対応策を練る。
「先頭の方は任せました! ……ご武運を!」
 最後に玖渚の少し力の籠った声が聞こえて、通信は切れた。
 作戦会議の結果、乗客の安全を優先するため列車の切り離しを行うことになった。
 皆月はすぐに折り返して、本部に連絡をとり切り離し後の応援を要請した。

 メイナード(aa0655)は、走行中の電車の上を這っていた。体格の良いメイナードは、その分空気抵抗も受けやすいのだ。
「久しぶりの戦闘依頼ですね……スペース的に完全にアウェーですが、大丈夫ですか? おじさん」
 既に共鳴しているため、喋る戦闘用義手となったAlice:IDEA(aa0655hero001)が淡々とした様子で尋ねる。
「アウェー? ハハハ……前しか見なくて良い分、避ける必要性の薄い私にはおあつらえ向きじゃないか」
 息苦しい車内から解放されたこともあり、口調もどこか明るい。
「まるで映画のワンシーンだな、全く!」
「おじさんが主演なら、大ヒット間違いなしですね」
 IDEAの言葉に、メイナードの豪快な笑い声が響く。

 弥刀 一二三(aa1048)は電車の屋根を伝いながら、共鳴中のキリルブラックモア(aa1048hero001)の恨み言に耳を傾けていた。
「何でよりによって……私のケーキ……絶対許さない……」
 最後の言葉は、特にどす黒く弥刀の耳に重く響く。
 つまり要約すれば、折角苦手な人込みを(幻想蝶の中とはいえ)『我慢』して、わざわざ『早起き』して、『美味しい』ケーキを買いに来たというのに、愚神のせいでお預けとは『あんまり』だ。という次第だ。
(「さっさと片付けるさかい、そう気ぃ落とさんで」)
 キリルのやる気が、現在の弥刀の姿とまさに『共鳴』するため、励ましにも力が入る。
(「……分かった。さっさと片付けよう。そして、お腹いっぱいケーキを食べる」)
 弥刀は力強いキリルの言葉を頼もしく思う反面、懐事情が心配になる。
(「誰か来た」)
 人見知り故かメイナードの気配に最初に気がついたのは、キリルだった。
 二人は、共通の友人がいたため軽く挨拶を交わすと、すぐに作戦に移った。

 最初に車内へ躍り出たのは、弥刀だった。弥刀は野獣がいるとされる7両目の一つ前の車両に、割れた窓から入り込むと、すぐにブラスターを構えて『守るべき誓』を発動させた。
 野獣はその通り道にいたとされる障害物を、生物無生物関係なしに薙ぎ払っていたため、弥刀にはその背中を真正面に捉えることができた。スキルの発動と同時に、空を切る音が聞こえそうな勢いで野獣が弥刀を振り返る。
 元は人間だったはずのそれは、今は完全に本能丸出しで見るに堪えない。
 次の瞬間、弥刀は野獣の射程範囲に入っていた。
 野獣の拳から繰り出される乱打を、弥刀は紙一重で躱しながら、隙を見つけては何発か熱照射を浴びせる。
(「一二三、そろそろ」)
 頭の中に響くキリルの声を合図に、スキルが切れる。
 それと同時に、野獣の背後に回り込んでいたメイナードがヴァルキュリアで切り込んでくる。弥刀にはその一部始終が見えていたため、軽く後ろへ跳躍して戦闘から外れる。
(「まだ、何人か息がありそうやな」)
 戦闘から外れたことで視界の広がった弥刀は、野獣が一瞬意識から外れる。
「弥刀くん!」
 焦ったようなメイナードの呼びかけに、弥刀はほぼ条件反射にシールドを構える。その直後に襲ってきた衝撃は、人智を超えた質量の力だった。体勢を崩すことはなかったが、拳の嵐が止まない。
(「……耐えろ、一二三」)
「敵さん、今度はこっちですよ」
 淡々としたIDEAの声は、意外によく通った。その声に引き寄せられたかのように、野獣の猛打が唐突に止まる。
 シールドを解除した一二三が見たのは、猛然とメイナードに突っ込んでいく野獣の後ろ姿だった。
(「あかん。そっちは……」)
 悠然と構えるメイナードの後ろには、戦々恐々と状況を見守る乗客が固まっていた。
 次の瞬間、何とも奇妙な音が響いた。
「避けられないなら、受ければいい。実に明快だ」
 メイナードの底抜けに明るい声が、車内に響く。メイナードは咄嗟に、ライヴスシールドを発動させたのだ。
 メイナードの背後に隠れていた乗客達の間から歓声が上がる。先程まで、生きることを諦めかけていた乗客達の瞳に希望が宿った瞬間だった。
(「さあ、次はオレたちやで」)
 弥刀はブラスターからフラメアに武器を切り替え、がら空きの野獣の背中に槍を振りかざす。
「矛と盾に挟まれる気分はいかがですか?」
 IDEAの冷笑混じりの声を火蓋に、第二ラウンドが切って落とされる。

 8両目に何とか移動した玖渚は、大いに頭を抱えていた。背後では、既に到着したメイナードと弥刀の共闘が始まっているようだが、音だけではその状況は判然としない。
(「とにかく、パニックを抑えないと」)
 玖渚は到着と同時に自らがHOPEのエージェントであることを明し、とにかく落ち着くように呼びかけた。HOPEが対応しているなら、半パニック状態だった乗客達の騒ぎもとりあえずは収まる。
 できることなら、応急処置の知識がある人は自分たちに協力してほしい旨も呼びかける。しかし、こちらの呼びかけには誰一人として名乗り出る者はいなかった。
「今、電車の中はとても危険な状況になっています。皆さんの協力が必要なんです」
 毅然とした玖渚の声に、焦りと苛立ちが混ざる。玖渚の周囲の乗客は、誰も玖渚と視線を合わせようとしない。
「こんな小っちゃい子も頑張ってるからさ~。オトナも頑張ろうよ~」
「小っちゃいは余計だ!」
 気の抜けたノイル(aa3000hero001)の言葉に、周囲の大人たちの視線が再び玖渚に集まる。
 確かにそうだな。そう言った言葉が、ちらほらと辺りから聞こえ始める。その内に、何人か協力を申し出る者も現れ始めた。玖渚は自分のスマートフォンを最後尾の車掌に届けてほしいと、近くにいた乗客に手渡す。
「野獣は4両目まで誘き出されたみたいだ」
 通信機から皆月の声が聞こえる。玖渚は、協力者を引き連れ6両目へ移動する。

 皆月が7両目に到着したとき、既に野獣は5両目に誘き出されている所だった。
 野獣の暴挙は途中で止まったものの、7両目の乗客も半数は無事とはいえなかった。野獣の通り道は局所的にハリケーンでも通ったかのように荒れていた。所々赤黒い液体が、散った車内は生臭い。
(「7両目で、これか」)
(「若葉……」)
 想像以上の惨状に頭に血が上ったのが、共鳴中のラドシアスにも伝わったのか、諫めるような声が頭に響く。
 皆月は、一つ大きく息を吸い込み気持ちを引き締め辺りを見回す。
 野獣の暴挙を目の当たりにして腰を抜かしたのか、床に座り込んだまま茫然としている少女に目が留まる。
「……もう大丈夫だよ。安心して」
 殊更優しい声音で、皆月は少女に手を差し伸べる。少女は震える手で皆月の手をとると、ゆっくり立ち上がり皆月を見上げる。皆月は乗客の安心を誘うように、悠然と微笑む。少女だけでなく、張り詰めていた空気が緩む。
「皆さんの安全は、我々HOPEが保証します。人手が必要です。どなたか、協力をお願いします」
 僅かに緩んだ緊張を見逃さず、皆月は声を張り上げる。先ほどのメイナードと弥刀の働きを目の当たりにしていた乗客達は、協力に次々と名乗りを上げる。
 皆月はテキパキと協力者に指示を出しながら、7両目の怪我人の応急処置を進める。
 時機に協力者を引き連れ、玖渚が7両目に入ってくる。
「行こうか」
 7両目は、他の乗客に任せて6両目に踏み込む。
 6両目はさらに酷い惨状だった。
 ラドシアスの助言に、皆月は冷静さを保ちすぐに生存者の確認に動く。
 皆月に続いて動き出した玖渚は、思わず足を止める。既にこと切れた子供の暗い瞳が、玖渚に向けられていた。
「酷いな……子供も女性も無差別に……」
 玖渚は子供の傍にしゃがみ込むと、そっと瞼を伏せてやる。
「生きて動いてたら、誰でもいいんだろうね。ミナトくん手震えてるよ」
「わ、わかってるよ」
 その震えは、恐怖であり怒りでもあった。
「湊、こっち来て」
 皆月に呼ばれて、玖渚は強張った身体を無理やり動かす。
 しゃがみ込んだ皆月の足元には、尋常じゃない量の血が女性の脇腹から吹き出ている。
「早く。ここ抑えて」
 皆月の言葉に、玖渚は言われるままにぐったりと動かない女性の脇腹を抑える。
「酷い惨状だ。頭にくるのも分かる。だけど、冷静さを忘れたら助けられるものも助けられなくなる」
 皆月は淡々と事実だけを述べるかのように、玖渚に語り掛けながらサラシを巻いていく。
「……よし。後は、任せた」
 皆月は、玖渚の肩を軽く叩いて次の患者に移る。皆月の隣に控えるラドシアスは、相変わらず表情が読めない。
(「だよな。ラド」)
 偶然、ラドシアスと目の合った皆月は小さく口角を上げる。
「震え、止まったね」
「うん。……はい、ノイルはあっちお願い」
 玖渚は震えの止まった両手を眺めて頷く。そして、弾かれたように顔を上げると、皆月に手渡されたサラシをノイルへ渡し、的確に応急処置を始める。

 ライロゥ=ワン(aa3138)が異変に気がついたのは、本部からの連絡が入る前だった。
「この匂イ……命が失われテイル?」
(「む、従魔か? ! ライ! !」)
 ライロゥとほぼ同時に、祖狼(aa3138hero001)もたった今発生した異変に気がつく。
 すぐに通信機に着信が入る。本部からだった。本部からの通信が切れると、すぐにエージェント同士の通信に切り替わった。通信機から聞こえる声は、何人か聞き覚えのある者がいた。
(「戦力はこれだけか……」)
 ライロゥと共に通信機からの声を拾っていた祖狼は、苦い思いを抱く。
「いきマス……祖狼……いデよ……! 吼共鳴……」
 ライロゥの身体が光に包まれ、瞬き一つでその場に狼の耳と尻尾を携えた青年が現れる。

「……参っちゃうねぇ、どうも」
 蓮華 芙蓉(aa1655)は、僅かに視線を落とし小さくため息をつく。
「気張りなんし、芙蓉」
 蓮華を励ますように牡丹(aa1655hero001)は、芙蓉の肩にそっと手を乗せる。
 牡丹の励ましに、蓮華は気持ちを切り替え電車の屋根に飛び乗る。屋根に舞い降りた蓮華は、羽織りを靡かせ先頭車両へ飛ぶように走る。
 途中でライロゥと合流し、先頭車両に到着する。
 運転席の真上まで来ると、二人はしゃがみ込む。
 ライロゥは人差し指を口元に当てて、狼の耳を微かに動かす。車内の音を拾っているようだった。
「……大丈夫。俺たち、ばれてナイ」
「りょーかい☆」
 ライロゥの言葉を聞くや否や、蓮華は敬礼ポーズを示し、音もなく車内へ入り込む。腰を屈めて、運転室の様子を伺えばやけに小さなおじさんが悪い顔で電車の運転を楽しんでいた。
(「うーん……可愛くない」)
(「……早く、避難させておくんなまし」)
(「はーい」)
 蓮華は続いて入ってきたライロゥと視線で合図を送り、テキパキと怪我人の応急処置を行う。牡丹は何となくライロゥが蓮華を運転席から遠ざけているように感じた。

 ライロゥが蓮華に続いて車内に侵入すると、そこは血の海だった。
(「これは……ヒドイ……」)
(「殺気立つな。勘づかれる」)
 祖狼の助言にライロゥはゆっくり瞬きして、気持ちを落ち着かせる。
(「せめて安らカニ……」)
 足元に横たわる子供に、集落の死者を弔う言葉を口の中で短く呟く。
 先に状況を把握していた蓮華とアイコンタクトをとりながら、まだ微かに息のある乗客を後ろの車両へ運び出す。
(「これで、全部かな」)
(「次ノ車両」)
 蓮華からの合図に答えたとき、丁度二両目に運び終えたばかりの男が目を覚ました。目を覚ましたばかりか、男は大量の血と共に断末魔のような悲鳴をあげた。
(「あらら?」)
(「まずイ……!」)
 蓮華とライロゥは男を二両目に寝かせると、二両目の乗客を庇うように臨戦態勢を整える。
 男の声に異変を察知した小人達は、電車の操縦を放り出してゴムボールのように運転席から飛び出してくる。小人達は跳ね回るボールのように、車内の壁や天井、床を弾みながら高速で二人に向かってくる。
 蓮華を庇うようにさらに一歩前に出たライロゥは、火艶呪符を構えて小人に狙いを定める。
「……! ナンデこうも当たらナイ!」
(「狙いすぎじゃ! もっと面で当たれ! 少し落ち着け!」)
 小人達はライロゥの手前まで迫る。
「こっちだよ」
 ライロゥのすぐ脇を通り抜け、蓮華が小人二匹を引き付け縦横無尽に車内を飛び回る。小人達は蓮華に狙いを定めたのか、重力を感じさせない蓮華の動きに跳ねるようについていく。二匹で蓮華を挟み込もうとしているようだった。
 相手の狙いが分かれば、進行方向が予測できる。ライロゥは再び集中して、蓮華にぎりぎり迫る小人目がけて、銀の魔弾を撃ちこむ。
「そろそろかな?」
(「……よござんしょ」)
 蓮華はライロゥの目の前に、静かに着地する。
「ありがとうね」
(「もう少し、お付き合いくんなまし」)
 蓮華は半身で流し目を送りつつ、ライロゥの金色の瞳を真っ直ぐに見つめてあざとくウインクを投げかける。途端に蓮華の姿がぼやけ、ライロゥは視界が霞んだように錯覚した。蓮華がジェミニストライクを発動させたのだ。
 分身した蓮華は未だ元気に飛び跳ねる小人を引き付け、再び車内の中を跳ね回る。その手にはハングドマンが握られている。
(「援護じゃ。外すな」)
「分かっテル」
 跳ね回る二人の蓮華と、飛び交う魔弾に徐々に小人達は中央に追い詰められていく。
 丁度背中合わせに追い詰められた小人目がけて、蓮華のハングドマンが飛ぶ。小人達は、もんどりうってひっくり返る。
「走レ走レ……銀ノ狼ヨ穿テ!」
「これで、おしまい!」
 小人達は奥義書を構えるライロゥと二挺拳銃を構える蓮華に挟まれ、文字通りの集中砲火の元あっけなく散った。

 背後を警戒しながら、ライロゥと蓮華は運転席を占領する。
「これ……ドレがブレーキ? ?」
 占領したものの、ライロゥには電車の操縦は分からない。
(「我が知るわけ無いじゃろう……」)
 祖狼の声も心なしか弱弱しい。
「うーん……全く分からないんだよ。牡丹、どう?」
 通信機から聞こえる車掌の説明に耳を傾けるも、蓮華にも操縦方法は皆目見当がつかない。
(「……任せてくんなまし。車掌様のお話しで、なんとなく分かったでやんす」)
「なんで分かるの……」
「すごイ……!」
 牡丹の指示に従い、蓮華とライロゥは電車を自動運転に切り替える。

(「……親玉の登場じゃ」)
 メイナードと弥刀が入れ替わり、立ち代わり野獣を翻弄しながら二両目に入ってくる。
 そのすぐ後ろから、皆月と玖渚も駆けてくる。
「念のため、三両目に運んじゃおっか」
 蓮華の言葉にライロゥは頷き、二人は二両目の生存者を三両目へ運ぶ。
「……」
「ははは、なかなかやるな」
 静と動。弥刀とメイナードの攻撃パターンに違いはあれども、二人の瞳の奥に灯る闘志は野獣を強く惹きつける。野獣の攻撃を躱しながら、他への被害を抑えここまで来た二人の集中力も限界に近づいていた。
「しまった!」
 連携攻撃にバランスを崩した野獣の拳が、怪我人を運ぶライロゥに向かって飛ぶ。咄嗟にライロゥは、怪我人を庇うように抱きかかえ、衝撃に備える。
 背後で大きな破裂音が弾ける。
「逃げて!」
 皆月の声にライロゥは怪我人を抱え込み、銃を構える皆月と玖渚の背後に走り込む。
「今の人で最後ですか?」
 玖渚が照準を野獣に合わせたまま、ライロゥに確認する。
「弥刀さん。メイナードさん」
 既に一両目で激しく戦闘を繰り広げる二人に向かって、皆月が呼びかける。
「いつでも、ええで」
「私も、構わない!」
「私もー!」
 いつの間にか、野獣との戦闘に蓮華も混ざっていた。これで野獣は手堅く攻めるメイナードと弥刀、さらにトリッキーな動きで攻撃を仕掛ける蓮華の三人を相手にすることになった。
 皆月は再び、電車の屋根に登るとライトブラスターを構えて一刀両断に車両を切り離す。
 切り離された車両は、しばらく慣性に任せて走っていたが、やがて後方へと遠ざかる。

 車内は、混戦を極めていた。一気に状況が不利になった野獣が、車内の手すりを力任せに取り外し振り回し始めたのだ。野獣を囲っていた輪は広がり、徐々にエージェント達の旗色が悪くなる。
「よおし! 出血大サービスだ!」
 メイナードは最後のスキルを発動させる。野獣はメイナードのスキルに引き寄せられ、メイナードの構える盾目がけて手すりを振りかざす。
 勝負は一瞬だった。
 玖渚の撃ったストライクが野獣の膝を弾く。
 皆月の撃ったトリオが野獣の両腕で弾ける。
 メイナードの後ろに隠れていた蓮華が縫糸で野獣を絡めとる。
 拘束された野獣に、弥刀のライヴスリッパーが吸い込まれるように直撃する。
「離レテ!」
 野獣の身体が傾ぐ。精神を統一させていたライロゥが鋭く叫ぶ。5人は咄嗟にライロゥの背後に回り込む。
「……盛レ盛レ……幻想ノ花ヨ散レ!」
 瞬く間に野獣の身体を焔がなめつくす。

(「あれ? これ、どうやって止まるの?」)
 苛烈な戦闘にしばし放心する一同の中で、ノイルがいち早く現状に気がついたのは彼の持つ能天気さ故か。
 運転席は燃え盛る焔の後ろだ。
「……? 大丈夫やろ」
「任せなさい!」
 自動運転やし、と続けるはずの弥刀の声はメイナードの力強い声にかき消される。
 言うが早いか、メイナードは屋根に登り、パンタグラフに強烈な一撃をお見舞いした。屋根から剥がれたパンタグラフは、メイナードの拳の威力に慣性の力も加わって、遥か後方に飛ばされた。電力の供給源を失った電車は、ゆっくりと速度を落とし、最後はこと切れたようにカタリと傾き止まった。
「車両一両分……棺桶にしては、少々贅沢が過ぎるな」
 メイナードが車両の上から、飛び降りる。

 結局のところ、6両目までの乗客の六分の五が犠牲となった。しかし、7両目の乗客は奇跡的にほぼ全員が命に別状がなかった。これは、事件直後の適切で迅速な対応が功を奏したからだ。
 と、褒められたところで犠牲者を目の当たりにすると、何かしら心を過るものがあった。

「もっと早く気付ければ……」
「この状況で最善は尽くした……そう気落ちするな」
 表情を暗くする皆月を、ラドシアスは淡々とした口調で励ます。
「おーい! こっち手伝ってよー」
 遠くから大きく手を振るノイルが、二人に呼びかける。どうやら、怪我人を運び込む手伝いをしているようだ。玖渚は怪我人の間をノートとペンを両手に忙しなく動き回っている。この惨状を詳細に記録しているのだろう。
「まだ、やることがありそうだな」
 ラドシアスの呟きに、皆月は大きく頷き何かを吹っ切るかのように、皆月はノイルに叫び返すと駆け出す。

「これガ……リンカー……」
 元の姿が想像できないほどに荒らされた車内を眺めながら、ライロゥは呟く。
「良い経験にはなったか」
「イイ経験! ? ……犠牲が大きスギル!」
 その隣に立つ祖狼は、同じ光景を眺めながら尋ねると、ライロゥは声を荒げやり場のない怒りをぶつける。
「なぜモット早く気がつかなカッタ……!」
 ライロゥの握りこんだ拳から血が滲む。怒りは回り回って、結局は彼の元に帰着したようだ。
「新入りが言う台詞ではない……後悔よりも前を見よ。反省を生かせ。次に繋げろ」
 苦いものを噛むように、祖狼はライロゥに語り掛ける。
「……分かってイル!」
 唸るように短く吐き出された言葉は、まるで言葉を刻み込むかのようだった。
「あら、手厳しいお師匠様でありんす」
 色香漂うたおやかな牡丹の声が、二人の張り詰めた空気をやんわりと解く。牡丹は振り返ったライロゥの血が滲む手をそっと手にとり、持っていたサラシをくるくると巻き付ける。
「少なくとも、ライロゥ様に助けられたお方のことも、忘れないでくんなまし」
 ライロゥは丁寧に巻き付けられたサラシと、艶っぽく微笑む牡丹を交互に眺める。
「それでは、御機嫌よう」
 ゆっくり遠ざかる牡丹の背中を見つめ、背後の惨状を少し振り返る。
「……僕タチも行こうカ」
 祖狼に声をかけてライロゥは怪我人の元へ歩き出す。
 少し離れた所では、IDEAに興味深々な様子の芙蓉と、メイナードの後ろに隠れて芙蓉の様子を伺うIDEAの静かな攻防を、優しい表情で眺めるメイナードの三人がいた。もしかすると、IDEAの頭の中では次のコスプレは和装もいいかもしれないと、何かメイナードの性癖研究を画策しているかもしれない。

 電車停止後、元野獣の男の身元を調べ、HOPEに連絡を入れて、ドロップゾーンの有無を確認した弥刀は、焦った様子で最初の目的のケーキ屋へ向かう。
「……堪忍な」
 ようやく辿りついたケーキ屋は、既に売るものがなくなったことを告げる張り紙が一枚、店先に張り付けてあるだけだった。
「折角ここまで来たというのに! !」
 キリルの心の叫びが炸裂する。
「ま、まぁ……あ、彼処の店も前、特集しとらんかったか?」
「む? ! 本当か? !」
 何とかキリルの好みのケーキも買えて、弥刀はやっと肩の力を抜く。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 花の舞
    蓮華 芙蓉aa1655
    人間|9才|女性|回避
  • 金剛花王
    牡丹aa1655hero001
    英雄|21才|女性|シャド
  • 市井のジャーナリスト
    玖渚 湊aa3000
    人間|18才|男性|命中
  • ウマい、ウマすぎる……ッ
    ノイルaa3000hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
  • 焔の弔い
    ライロゥ=ワンaa3138
    獣人|10才|男性|攻撃
  • 希望の調律者
    祖狼aa3138hero001
    英雄|71才|男性|ソフィ
前に戻る
ページトップへ戻る