本部

【甘想】連動シナリオ

【甘想】このほろ苦い世の中よ

星くもゆき

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/28 20:08

掲示板

オープニング

 雪解けの季節。世界的、というより主に極東の島国でのみ、需要が激増する菓子がある。
 平和だったころに比べ、輸送には危険が伴うようになったが、子供たち、恋人たちの笑顔の為に様々な人々が尽力していた。
 今も、カカオを山積みした小さなトラックが山道をゆく。それを岩場から見下ろす、怪しい影があった。

「……連中が最近、やったらこそこそ運んでるアレは、いったい何なのかしらね? 秘密兵器か何だか存じ上げませんですけど」

 愚かな神、と書いて愚神と読む。一敗地に塗れたことで人間を警戒するようになっていたグリムローゼは、何やら激しく誤解をしていた。

「善はハリー、必死こいて守ろうとする連中を蹴散らして蹂躙して踏み潰して憂さ晴らしでもしないとやってらんねー気分ですし、ちょうど良い生贄ですわね」

 パーリーは盛大な方が楽しいですし、殺し合いならなおのこと、という彼女の意向で、その「情報」は一部の愚神たちの間に広まっていった。不幸な事に、そんな残念過ぎる発想に至った彼女を誰も止めてはあげなかったらしい。
 本部に並ぶ依頼に、輸送中のカカオやチョコレート工場、果ては街角の手作り教室までを襲う従魔や愚神の対策願いが並ぶようになったのは、その数日後だった。

●一件落着! の後!

 頻発するチョコレート関連の特殊事件。この日もエージェントたちは町外れの製菓工場を襲撃した従魔を討伐する任務に就いていた。
 無事に従魔を倒したものの、連日続く出動にさすがに皆さんお疲れモードのご様子。
 くたびれたエージェントの姿を見て、工場長からささやかなプレゼントが渡される。
「これは助けて頂いたお礼です。お疲れに見えますので、どうかチョコでも食べて元気を出して下さい」
 四角く成型されて、個包装されたシンプルなチョコレート菓子を1箱ずつ。ほんの少しの気遣いでも心にしみる。
 ありがとう、と口に放り込む。ちょっぴりほろ苦い。
 ほんわかした気分になって、工場の敷地横に停めていた輸送機にエージェントたちは乗り込む。今回訪れた工場は少々交通の便が悪い場所にあるため、一旦支部に戻ってから解散という運びになっていた。
 ころころと口の中でチョコレートを転がしながら、エージェントたちは少時の空の旅へ。

 揺れる輸送機の中にいると、少し物悲しい気分になってくる。

 ……。
 …………。

 いや物悲しい気分っていうより、何かすごい悲しくなってきた。何だか無性に苦しみとか悲しみがこみ上げてくる。
 去年のあれとか、先週のあれとか、昨日のあれとか。心がチクチクした出来事が走馬灯のように頭の中をよぎっていく。
 泣ける、泣けるよ。

 輸送機の中のエージェントたちは、何故かもれなく、わずかに涙ぐんでいた。
 異様な雰囲気、異様な光景。悲しみのオーラが溢れ出す。


 工場長が渡してしまったチョコレートが正規品ではなく、いつの間にか従魔が忍ばせていた少し特殊なチョコレートだったということを、彼らは知る由もなかった。

解説

特殊なチョコレートを食べて、英雄を含めた全員にBS[ほろ苦]が付与されてしまいました。

・BS[ほろ苦]=普段は弱音を吐かないような凛然とした人ですら、ついつい苦い経験、悲しい経験を口に出してしまう可愛いBS

戦闘任務後とあって、全員スキルを使い果たしてしまっています。
なので輸送機が支部に到着するまで、皆はちょっと悲しいトークを繰り広げることに。

例えば

・普通にコンビニで買い物していても、店員さんに引かれている気がする……。
・自分だけ同窓会に呼ばれていないらしい……。
・正月太りがすごい……。
・バレンタインなんて誰が考案したんだ……。

その他にも色々とあることでしょう。
皆でそういうことを語らい、慰めたり、或いは愛のムチをくれてやったりしましょう。

リプレイ

●お仕事大変

 空は夕焼けの色。エージェント達は自分達が軽い状態異常に陥っているなど露知らず。
「はあ……やっと家に帰れる。最近、本当事件多すぎだよな」
 玖渚 湊(aa3000)が深い溜息をついた。
「ミナトくんチョコ美味しかったねー! オレ帰ったらもっといっぱい食いたい!」
「まず人の話を聞けよ!」
 能天気なノイル(aa3000hero001)は悩み事と無縁の性格をしているせいか、通常運転に近いようだ。
「玖渚殿もお疲れのようでござるな……稲穂、拙者達、今週の出動何回目でござったか」
 疲労からすっかり気の抜けた声で小鉄(aa0213)が稲穂(aa0213hero001)に尋ねる。
「二桁にはなってないわよ、安心しなさい」
「それ二桁手前までいってるということでござるか!?」
「そうとも言うわね……はぁ」
 普段は小鉄を叱咤する側に回ることが多い稲穂でも、連日の出動には流石に嫌気が差してくるようだった。
「……二桁、か……それ、人間の働き方じゃ、ないな……」
 週1回でも足りない恐ろしい任務環境に不知火 轍(aa1641)は戦慄する。とはいえ轍もこの情勢下で仕事が増えてきており、下手をすれば夢の二桁に到達してしまうペースだった。
「……最近、さ……仕事したくないのに、仕事、入れられるんだ……」
 ついつい愚痴が零れる。したくもない仕事を取ってくる相方・雪道 イザード(aa1641hero001)について。
「それはしっかり仕事を果たしてから言ってもらいたいですね」
 イザードも対抗して、轍の困った任務態度について愚痴り始める。
「仕事を入れられるなんて轍は言っていますが、結局出動しても仕事をしてくれないんですよ。最近入らせて頂いた仕事では自分に任せて寝る始末、どうすれば良いのでしょうか」
「あーそういう悩みわかる! パートナーがしっかりしてくれないと大変よね……。こーちゃんは仕事しないわけじゃないけど、危なっかしいから」
 稲穂は身を乗り出して、イザードの相談内容に深く頷く。悩みを共有できる相手がいると口も回り始めるもの、修行をすると泥だらけで帰ってくるなど小鉄に望む改善点が次から次へと出る。
「またそれは……難儀でしたね」
 同じく相棒に悩まされる身の湊が相槌を打つ。
「ミナトくん……そういえば冷蔵庫もう空っぽだよ……思い出したらオレ、悲しくなってきた」
「流れとか考えろよ! そして食うことばっかりかよ! 大体空っぽはお前のせいだよ!」
 稲穂達の話をウンウン頷きながら、大胆な舵取りを図ったノイルにバシッ。湊のツッコミが冴え渡る。
「玖渚さんも大変なのですね……同じ境遇の者同士、相談に乗りますよ」
「そうそう、今日は色々話しちゃいましょ」
「あ、ありがとうございます……」
 稲穂、イザード、湊は何だか友情のような絆を感じた。相棒に困らされる者同士、繋がれる所がある。
「え、何でござるかこれ……? 拙者達への文句になっている気が……」
「……愚痴漏らす、相手、間違った……」
「誰かチョコ残ってたらくれない? お腹すいた!」
 どこも結構似たような問題を抱えているようだ。

●ぼっち is ぼっち

 どこかから鼻を啜る音。誰かが泣いている……?
 何人かが一斉に音の発生源を向く。機内の隅っこのほうだ。
 そこには、座席の端で体を小さく丸め、体育座りで泣きながら携帯電話を眺めている賢木 守凪(aa2548)の姿があった。悲壮感がハンパない。
 仲間達がまじまじ自分を見つめていることに、守凪は少ししてから気づく。
「ち、違う! な、泣いていないぞ。ただ少し目にゴミが……っ泣いてないからな……!」
 袖で目元を拭いながら、あくまで泣いてないで押し通す。
「目が赤くなってるしぃ、全然誤魔化せてないよぉ、カミナ?」
 くふふっ、と守凪の醜態を笑うのはカミユ(aa2548hero001)である。常に尊大な態度に構える守凪が涙を流している、これはからかうのに絶好の機会であり彼が見逃すはずがなかった。
「う、うるさい! 泣いてないと言ってるだろう……! クソ、何故こんな……」
「まぁまぁ、泣きたい時は泣けばいいさ。辛い時は全部吐き出したほうが良いからねぇ」
 2人のやり取りを仲裁するように、清十寺 東(aa3057)が慰めにやってきた。守凪の背をポンポンと叩き、気を落ち着かせる。
「何があったって言うんだい?」
「……まず言っておくが、俺は泣いていないからな」
 そこは譲れないと前置きする守凪。東は苦笑いを返す。
「その……何だ。携帯の連絡先というのが十に満たないというのは、稀なんだろう? ……物悲しいな、と思っただけだ」
 告白、アイアムぼっち。予想を超えたお悩みに東は返答に窮する。内容が、軽すぎる。
「そ、そうか……。まぁ私だって多くはないし、連絡先がその程度でも普通だろう」
「本当か? それなら相場はどれぐらいなんだ? ちょっと携帯を見せてくれないか?」
「え、あ、そうだねぇ……すまないが携帯を忘れて来ちまったんでね。今は見せられないよ、悪いね」
 大人の嘘でひらりと回避する東。しょぼくれて携帯のスワイプ動作を虚しく繰り返す守凪。
「……スクロールしてみたいな……」
 全ぼっちが泣いた。悲しすぎる独り言。守凪の連絡先画面は、いくらスワイプしても微動だにしない。
「カミナはさ、もう少し積極的に行けばいいんじゃないの? いつまでもぐちぐちぐちぐち言ってるから友達も出来なければ『出かけ』ることも出来ないんじゃないのかな?」
 暗い顔をするばかりでアクションを起こさない守凪に、カミユが珍しく語気を強める。
「悲しいよねぇ、辛いよねぇ、でもそれを望んでいるのはカミナだよね? それに付き合わされてるボクの気持ちを考えたことはあるのかな? 自由に『出かけ』られないのがどれだけ辛いか分かるのかな?」
 静かな口調で、怒涛のように浴びせられる言葉に守凪は固まり、驚きを伴う目をカミユに向ける。カミユが強く責め立ててくることがそれだけ意外だったのだ。
 だがカミユはすぐにまた、飄々とした態度を取り戻す。
「……なんちゃってぇ。びっくりしたぁ?」
 くふふと笑う、いつものカミユだ。面食らった守凪はいくらか咳払いをして気を取り直す。そしてカミユの言葉を噛み締める。
「確かに……積極的に行くべき、なのかもな……」
 そう言うと、守凪は意を決して立ち上がり、旅立つ。機内の仲間達とアドレスを交換するという冒険へ。カミユは飛び立つ相棒の背を感傷的な目で見送るのだった。


 だが数歩進んだ所で猛烈な不安に襲われた守凪は、5秒もしないで戻ってきたという。

●あぐあぐ

 チョコを食べながら適当に機内の人達を観察していたシルミルテ(aa0340hero001)は、佐倉 樹(aa0340)が自分を手招きして呼んでいるのに気がつき、彼女の元まで歩いてきた。
「? 樹、だいじブ? ドしたノ?」
 俯く樹の顔を下から覗き込もうとするシルミルテ。充分に接近したその時、突如樹の足が彼女を挟み込んだ。そして抱き込むように左手を肩に回され、シルミルテの体が固定される。
「……!」
 シルミルテはハッとなり、自分に何が起こるのかに気がついた。樹は取り出したハンカチで相棒のうさ耳を挟み、更にその挟まれたうさ耳に自分の唇を挟み込む!
 準備完了。

 あぐあぐあぐあぐ。

「んぇぇェェェ」
 伝わる、何ともいえぬ感覚。どうやら樹は自分がどういう姿を晒そうとも、弱音を吐くことだけは避けたかったらしい。それが彼女の最後の矜持、うさ耳はそのための犠牲になったのだ。
「えーとネ……樹ー樹ー、元気だしテー。樹が悲しイト、ワタシも悲しイヨー。顎が、あぐあぐスル時ノ顎ガ頭を削りにきテルヨー」
 樹に思うままあぐられながら、シルミルテは自分を挟む樹の足を撫でる。そうして樹を宥めながら、シルミルテは己の身代わりとなるクマのぬいぐるみをこっそりと手探りで探していた。
 後に変わり身の術は成功したが、シルミルテはこの日からしばらくの間、樹に近づく際には両手でうさ耳を押さえるようにしたらしい。

●酒と料理とねこパンチ

「轍は元から食が細いので、食事を殆ど摂らなかったのですが、最近は……その、更に食べなくなりまして。何とかお酒を隠したりして食事を摂らせているのですが、少ししか食べてくれないんですよ……。栄養は今の所摂れているのですが、何か良い料理はないでしょうか?」
 世話焼き班の相談事は料理に関するものへ移っていた。轍の不摂生がイザードの心配の種のようだ。
「……そうだ、秘蔵の酒、だったのに……大体、過保護なんだ、僕は、あんまり食べなくても、平気なのに……忍者食ってよく言われている、兵糧丸だけで充分」
「充分なわけがないでしょう。もっと人間らしい食事を摂らなければ、体がもちませんよ。ただでさえ大変な仕事だというのに……」
「……だから、仕事取らなくて、いい……」
「それでどうやって暮らしていくと言うんです?」
 轍は自らの言い分を伝えていくが、イザードは取り付く島もない。秘蔵の酒が轍の手元に戻ってくるのは当分先のことになるだろう。
「轍さんの所もですか。私も酒の味が恋しくなっているんです」
 酒という単語を聞いて、彼らの話に入ってきたのはクレア・マクミラン(aa1631)だった。彼女は轍の隣に腰を下ろすと、近況を嘆き始める。
「……東京支部に来るにあたって、スコッチウイスキーを大きめの木箱で6箱、持ち込んだんです。ウイスキーは私にとって祖国の味です、何物にも代えがたい。にも関わらず、ここ最近その安らぎが脅かされているのです。えぇ、そこのドクターに」
 郷土愛に似た、アルコールへの想いを吐露するクレア。そこのドクターと指差されたのは、勿論リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)である。
「飲みすぎると体に悪いの一点張りで、おかげでボトル1本空けるのに3日以上かかる始末。もう1つの趣味のハンティングが出来ないというのに、あんまりです」
 はぁ、と溜息をつくクレア。
「……それは、ひどい……」
「確かにあんまりでござるな」
 轍と小鉄も同調し、リリアンにケチをつける。そうなると黙ってはいられないドクター、諭すようにクレアに話しかける。
「あのね、クレアちゃん。お酒が好きなのはわかるけど、煙草も喫ってるんだから、もっと考えないとダメでしょう? 私はあなたに1日でも長く生きてほしい。戦ってばかりの人生を歩んできてるあなたに、1日でも多く、いつか来る平和な日々を生きてほしいの」
「ドクター……」
 鬼のように映ろうとも、すべてはクレアのため。そんなリリアンの優しさに、クレアは感じ入る所があるだろうか。
「……酒がない日々など死んだも同然ですよ」
「もうっ! 全然わかってくれてない!」
 恐らく、2人の言い分が平行線を逸れることはない。
「……クレアさん、今度から、クレア、って呼んで良いかな……?」
 酒に関して共感する所が多い轍。今まさに、節制に立ち向かう酒の戦友となったのだ。
「稲穂よ……そういえば酒の在庫がもう」
「駄目よ、買い出しのリストには入れないからね」
 平行線どころかそもそも線が1本しかないこともあるのだ。まだクレアとリリアンは互いに尊重していると言えるだろう。

「料理かぁ。最近料理のレパートリー増やせてないのよね……」
 酒の話の発端は良い料理がないかということだった。稲穂はそれに触れ、最近は何種類かの献立でローテーションしてしまっていることに思い至る。
「任務も多いでござるからなぁ、最近はチョコ絡みでござるが……」
 忙しい状況になると、ついつい簡単に出来る料理に頼ってしまいがちになるものだ。
「その話は共感できるな。俺も最近、手段が目的になっていたというか……本来の目的をおろそかにしていたなと思う……」
 稲穂同様に、料理のスキルアップが出来ていないことを谷崎 祐二(aa1192)は嘆いていた。彼の夢は飲食店開業であり、エージェント業はその資金を貯める目的で始めたものだ。だがエージェント登録してからというもの日々の事件に対処するだけで手一杯になり、夢のために使える時間がなくなってしまっていた。
「昔は創作料理を試したり、料理法を調べたりと新しいスキルを試していたはずなんだが……今ではそういうことも出来なくなっていてな。軍資金を貯めるためにエージェントになったのにこれでは本末転倒だよな」
 自分で言っていて悲しくなり、うなだれる谷崎。
「人手不足だものね、H.O.P.E.は……。人が増えればそのうち余裕も出来るかしら」
「ただそうなると仕事が減るから、資金面が苦しくなるんだよな」
「あ、そうか。ままならないわね」
 背景は違えど、互いに料理の習熟に精を出す者。稲穂と谷崎は悩みを分かち合い、多少は気が晴れたような気がした。
 そこで唐突に、谷崎の肩に手を置く者。プロセルピナ ゲイシャ(aa1192hero001)であった。
 彼女は谷崎にそっと寄り添い、頭を撫でて慰める。
「どうした、急に――」
 少し表情を綻ばせ、谷崎が彼女を見上げた瞬間。
「●☆△*#●□ーーーーーー!」
 何かを叫びながら繰り出されたセリーの全力のねこパンチが谷崎の頬を捉えた!
「!?」
 首を持っていかれそうな恐るべきねこパンチの威力。だが谷崎は堪えきり、すぐに相棒の顔を見やる。
 ふくれっ面をして特売チラシをかざしている。いきなり叩いてきたのがどうしてなのかわからず、谷崎は驚くのみである。
 彼が全く気づく兆候がないのを見て、セリーは特売チラシをぐいっと谷崎の顔に近づける。
「チラシ……がどうした?」
 殴られた頬を押さえながら谷崎はチラシを調べる。日付は昨日のものだが、それ以外特に目立った物はない。
 ご立腹のセリー、続けてある商品を指差す。示されたのは『またたび茶』だ。そこでようやく谷崎は思い出す。前日、セリーが特売チラシで見つけた限定『またたび茶』をねだってきたこと、そしてそれを却下したことを。
「いや、飲んだら酔っ払うだろ……」
 昨日と同じことを谷崎は告げる。そんな言い訳が聞きたいんじゃない、またたび茶を買え、セリーは更に怒り出して、丸めたチラシで延々と谷崎を叩き続けていた。

●『森』の魔女のおまじない

 境遇違えば悩みも違う。湊は思春期の少年らしい悩みを抱えていた。
「俺……育ち盛りなのに身長が中学から伸びてないんですよね……友達にはとっくに追い越されちゃって。この前女子同士の会話で『私より背の低い男とかキモーい」とか言ってるの聞いちゃったし、憂鬱だ……」
 彼が気にしているのは身長。確かに彼は小柄だ。その話を東はただ聞き、頷いてやる。悩み事なんてものは聞くだけで良いのだ。余計な言葉は出さなくて良い。
「小さいことが悩みか。だがよぉ、デカすぎて困ることもあるんだぜ? この世界のモンは何もかも小さすぎるんだよな、ドアは一々背を屈まなきゃならねぇし、椅子座っても寛げた試しがない。不便にもほどがある」
 湊の愚痴を一蹴し、むしろ大きいほうが困ると言ってのけたのは東の相方の黒憑(aa3057hero001)だ。彼の巨躯は確かに人類社会で暮らすには不便かもしれない。
 だが、大きくて困るなんてことは、持たざる者の心を抉るばかりだ。
「はは、大きすぎて不便だなんて、1度言ってみたいですよ……」
 一層落ち込んだ様子で、湊が乾いた笑いを搾り出す。何をしてくれたんだ、と東は黒憑を肘で小突く。
「背、伸ビないト、困ルノー?」
 いたたまれない空間にひょこっと顔を出してきたのはシルミルテだった。樹が行動不能状態なので気の向くままに動いているようだ。
 彼女は湊に寄っていき、彼の額をぺしぺしと叩く。
「特別に『森』ノ魔女ノおまじない、あゲル」
 詳細は言わないが、恐らく身長が伸びるおまじないだろう。
「え、あぁ……ありがとう」
 自分より小さい相手に身長が伸びるよう慰められるというのも気恥ずかしい感じがして、湊は応接に困ってしまう。
「ハハッ、おまじないか。丁度いいじゃねぇか先生、アンタもその物書く手にまじないかけてもらったらどうだ?」
「余計なこと思い出させんじゃないよ……」
「東さんも悩みとかあるんですか?」
 シルミルテのまじないで多少気分が上向いた湊が東を見つめる。こうなれば仕方ないか、というふうに東は頭を掻いて、些細な愚痴をぽつぽつと。
「私は一応物書きやってんだが、普段ホラーやミステリーばかり書いてるのが悪かったのかねぇ……。高校生が主人公の純愛もの書いたんだけど、評価は過去最悪でね」
 彼が書いたという恋愛小説は読者から『気持ち悪い、読んでて不愉快』と酷評を喰らったそうで、そのことが頭から離れてくれないようだった。
「何でやけくそで書いたスプラッターもののほうが人気なんだ!? 世の中おかしいよっ!」
 つい声が大きくなる。自分が精魂込めて書き上げた物よりも、自棄になって書き殴った作品のほうが好評とは世の中思い通りにいかないものだ。東は自分がどれだけ物を書くことに苦心しているかも語り出し、湊とシルミルテは黙って聞いていた。
 だが黒憑は違う。
「おや、先生が人前で泣き言なんざ珍しいこともあるもんだ。ま、ひでぇ言われようだったもんな。王道の学園純愛、俺は嫌いじゃなかったぜ?」
 東が黒憑の表情をちらりと見る。真剣なようにも見えるが、酷評に落ち込む東の姿を見て楽しんでいるような感じもする。褒めているのか貶しているのか。
「それに、アンタが一生懸命書いてると思うと面白くってよぉ……ククク」
「こっちは面白くも何ともないんだよ」
 笑いを堪える黒憑に対し、東はふてくされたように、或いは呆れたように大きく息を吐く。そして何か思いついたような顔をして、黒憑へ向き直った。
「そういやね、この機会にアンタにも言いたいこと言わせてもらうよ。アンタいつもフラフラしてて危なっかしいんだよ」
 日頃から黒憑に関して、心のうちに留めておいた言葉は色々あるようだ。
「毎日薄暗い部屋で絵ばっかり描いてるから身体が鈍ってんだ。ちったぁ外に出て運動しな! 飯も好き嫌いせずちゃんと食え! あんまり動かねぇと牛になっちまうよ!」
「おいおい先生、作品にケチつけられたからって、俺に当たらねぇでくれよ?」
「それとこれとは関係ないよ! アンタがずけずけ言うもんだから、私も言わせてもらっただけさ」
「へいへーい、わかりやしたぁ」
 いよいよ自分への風当たりが厳しくなってきたと感じると、黒憑は懐から耳栓を取り出して、やり過ごすことに徹する。
「ムー、物書きサンも大変」
 東にちょこちょこ歩み寄るシルミルテ。
「辛クなッテも、創りタイものヲ創レますヨーに」
 酷評を悲しむ物書きさんの手首をぺしぺし叩いて、『森』の魔女のおまじない。
「ありがとうな、魔女さん。ところで、あんたは悲しいことってのはないのかい? 折角の機会だ、ここで吐き出していっちまいなよ」
 励まして、慰めてばかりのシルミルテに東が問いかける。見た目陽気なこの魔女の抱える悩みとは。
「ンー……悲しイノー……?」
 しばし考え込むシルミルテ。考えなければ出てこないのは何とも羨ましいことだ。
 やがて、思いついたことを1つ。
「コッチに来て、イッパイ色んナコトできナクなッテルコトかナァ。星トカ虹かラ作った飴サンやクッキーは、とっテモ綺麗デ美味しイカラ。あのコもココのミンナも、ホんの少シダケ、幸せにデキるのにナ……」
 何というエンジェル。誰かを、ここの人達を幸せに出来ないことが悲しい、こんなことを言う者がいるなんて。
 湊と東は、何だか急に自分達の悩みが小さいことであるように思えた。何てことない悩みじゃないかと。身長も、酷評も、自分の力でどうにだってなるはずだと。
 2人はそう思うことができた。
 『森』の魔女のおまじないは、確かに彼らに効いたようだ。

●愚痴は支部に帰るまで

 東京支部まであと少し、となってもマイナストークは続く。
「拙者は忍でござる」
「うん、そう、そうね」
 思いつめた顔で最近困っていることを稲穂に打ち明ける小鉄。稲穂お姉さんのお悩み相談コーナー開幕。
「しかし最近は脳筋やらNINJAと言われる始末……」
「こーちゃん、それ否定できないわよ」
 終了。

「初めて街に来たとき衝撃を受けたわ、皆ハイカラさんね……」
「拙者達は時代遅れの遺物と言いたいのでござろうか、かーちゃん殿」
「かーちゃん言わない、お洋服、着ようと思ってもなかなか心の準備が……」
 稲穂が上京したての頃の話を切り出した。人里離れた村から出てきた2人にしてみれば、強烈なカルチャーギャップだっただろう。ちなみに話を聞いていた轍やリリアンは『覆面NINJA』は時代遅れとかそういう次元じゃないと思ったりしていた。
「村から持ってきたのは確かに和装だけでござるが……此方で買わなかったのでござるか?」
「その、ちょっと二の足踏んじゃって……」
「あぁ、そういうのわかります」
 洋服デビューに踏み切れない稲穂の悩みに、リリアンが積極的に参加。
「私もたくさん着てみたい服はあるんですけど、私じゃ少し身長とか足の長さとか、足りなくて映えないから着るの躊躇っちゃうことあるんですよね……」
「そうそう! 洋服って考えること多くって……和服だと楽だから、ついこっちに落ち着いちゃうのよね……」
 女子のファッションのお悩み。
「体型はまだしも、身長と足の長さはどうにもなりません。クレアちゃんの身長、私に5センチでもいいからくれればいいのに……なんでファッションに興味ないのにそんなにスタイルに恵まれてるの!?」
「恵まれてるの!?」
 リリアンはクレアににじり寄る。何故か稲穂もにじり寄る。
「そんなこと言われても……。ドクター、つまらないこと気にしてると体に良くないよ。第一、人にはそれぞれ適正というものがある。服だってそうだろう?」
 返答しようのない質問をされて困ったクレアだが、何とか言葉を紡いで場を収めようとする。
「別に今でも充分色々な服が似合うじゃないか。自らを価値なしと思う者こそが真に価値なしと、偉人も言っている」
 精一杯のクレアの答え。リリアンの反応は……。
「クレアちゃん! 答えになってないわよ!」
「そ、そんな……!」
 その後リリアンが何とか納得する頃には、クレアはくたくたになっていたようだ。

 思春期の男子にとってバレンタインは憎き敵。湊は来るべきバレンタインデーのことを考え、思いっきり欝な気分になっていた。
「どうせまた今年も女子達が楽しそうにチョコ交換し合ってるのを眺めるだけなんだろうな。男同士で友チョコとか気恥ずかしいし、ほんとバレンタインって憂鬱なイベントだよな……」
「バレンタイン……興味ないな。そんな下らないイベント……」
 本当は色々と気になる守凪、強がる。そもそも友チョコなるものを贈れる男友達すら彼には……。
「チョコ絡みの事件多いけど、俺は誰かのハッピーのために奔走しているってことだよな……女の子からは貰えもしないチョコを守って戦って……どこかのカップルのために……」
 湊、泣く。出した言葉があまりにも切なくて。泣いた分だけ強くなるとかそういうのは今はいらない。ちなみに隣では守凪がスマホをいじってまた泣いている。
「チーン、すル?」
 どこからともなく現れたシルミルテがそっとティッシュを差し出す。2人はそのティッシュを受け取り、チーンする。
 悲しい人を発見したセリーもさりげなく近寄ってきて、湊と守凪を抱きしめて慰めてくれる。アニマルセラピーのようなものだろうか、その抱擁はとても落ち着くものだったらしい。


●さあ明日

 一行は支部に到着するなり、気落ちっぷりを不思議に思った他のエージェントのクリアレイによって悲しみの呪縛から解き放たれた。
「何だか、今日は楽しく書けそうだな」
「ミナトくん晩御飯もよろしくねー」
「いい加減米ぐらい研げよ!」
 回復したばかりの気分が、1ポイント減。

 支部のロビーの椅子で気分を整えていた樹の膝の上に、機内で動き回っていたシルミルテが疲れきった足取りで帰ってきた。樹に体を預けぐったり。
「……会いタイナァ……」
「……この後、いこっか」
 たれきったうさ耳が、ピコッとわずかに跳ねる。

「おや? 轍は……まぁ良いですかね、今日は」
 イザードは轍が知らぬ間に消えていたことに気づくが、大体の察しはつくので黙って見逃すことにした。

 その轍は、クレアと小鉄に声をかけて、良さげな飲み屋に来ていた。
「陰鬱な空気は酒精で払うでござるよ!」
「今日は気が滅入る一日でした」
「……飲もう……」
 ひどい1日を共に乗り越え、友と飲む最高の酒を。
 今、飲み交わす。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • Foe
    谷崎 祐二aa1192
    人間|32才|男性|回避
  • ドラ食え
    プロセルピナ ゲイシャaa1192hero001
    英雄|6才|女性|シャド
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • その血は酒で出来ている
    不知火 轍aa1641
    人間|21才|男性|生命
  • Survivor
    雪道 イザードaa1641hero001
    英雄|26才|男性|シャド
  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548
    機械|19才|男性|生命
  • 真心の味わい
    カミユaa2548hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • 市井のジャーナリスト
    玖渚 湊aa3000
    人間|18才|男性|命中
  • ウマい、ウマすぎる……ッ
    ノイルaa3000hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
  • エージェント
    清十寺 東aa3057
    人間|32才|男性|防御
  • エージェント
    黒憑 aa3057hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
前に戻る
ページトップへ戻る