本部

枯れない薄紅の花

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~7人
英雄
7人 / 0~7人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/22 21:07

掲示板

オープニング


「どうかしたの?」
 荻原(おぎはら)先生を嫌う人は多い。色んな生徒が彼女の事を嫌い、罵りの言葉を口にしている。
 卒業式の日、僕は先生に手紙を書いた。僕は知っている。生徒達は先生を嫌っているけど、先生は生徒の事を宝箱だと思っている。宝物じゃなく宝箱。開けたら大切な物が溢れ出す物。
「これ、読んでください」
 人一倍影が薄く、勉強ができず荻原先生に叱られてばかりいた僕が書いたたった一通の手紙。
 何も言わず僕は走って職員室を出た。


 屈託のない学生生活を送ってからもう、どれほどの過去を生み出してきたのか彼らはいちいち数えていない。卒業式を終えて二十年、充分過ぎる程大人になった三人の男たちはミニチュア同窓会を開くために夜中、当時通っていた中学校へと足を踏み入れていた。
「母校に不法侵入して同窓会なんて、なんて悪い大人だよ俺たちは」
「ヘヘ、本当だよな。でもこれでここに入れるのは最後なんだぜ。お天道様も誰も許しちゃくれないだろうから、せめて俺たちお互いに許し合おうぜ。な?」
「都合が良いよ君は。本当」
 廃校になったこの校舎を崩す予定が明日に立っていた。急遽それを聞きつけた三人は遠くから一泊二日でやってきたのである。
 廃れた母校の姿だったが、三人はそれでも、面影がそのまま残っているという事実を感動に変えた。
 そうそう、あまり土地が広くないから体育館とプールは同じ施設の中に入れられており、その分体育館が他の中学校と違って狭かったのだ。だから部活で合同練習をする際他の中学の体育館に足を踏み入れた時、羨ましいと思ったものであった。
 そうそう、確か校門の少し奥にある初代校長の銅像に落書きをしたっけ。その跡は残っていなかった。
 そうそう、同じ学年で力の強い奴が鬼ごっこをしてる最中、ここの門扉を壊して少し問題になったっけ。
 校舎を進んでいく毎に蘇る思い出の連鎖を、三人は感傷に浸る思いで見つめていた。
「ありきたりな事いうけどさ。またここで学びたいよな」
「なら俺もありきたり返し。あん時は早く卒業しねぇかなって思ってたけどな」
 給食を配給する場所に来た時、ふと一人の男が笑いながら声を出した。
「お前だったっけ? カレーライスにバジルソース入れて先生に怒られてた奴」
「あ、あれはだなあ……」
「あーそれなら俺も覚えてるぜ。いっひっひ、確かお前オススメの献立で美味しいから美味しいから! って熱論語ってたら先生にバレて叱られてたんだよな」
「でも美味しかっただろ」
「ばかいえ、あれを美味しいって言うのはお前だけだぜ」
 バジルソース風味カレーライスは数日かけて完食された。その間、ソースを入れた犯人の給食は全てカレーライス一色であった。
「バジルインド人ってあだ名がついたんだっけか」
「もういいだろこの話は」
 それから三階へと登り三人は二年二組へ入った。彼らが親友として、将来永い付き合いとなった場所がここ。まだ覚えている当時の席に三人は座った。
「やっぱこの位置だよな」
 現実の三人は揃って別々の会社のサラリーマン。しかし今だけは、現実を離れ制服を着た中学生。授業中三人の席は意図的に離れさせられていたが、昼休みになるとこうして、近くの席に座って三人で駄弁っていたのである。今日は何時間にも及ぶ長い昼休み。教室の明かりがつける事ができないので、買ってきた電動式懐中電灯を上に吊るしてスポットライトに似た明かりを頼りに三人は様々な話と喜怒哀楽を共にした。
「そういえば荻原が亡くなったのって知ってるか?」
「知らなかった。そうだったのか……」
「何悲しそうな顔してんだよ。お前一番叱られてたから、恨み辛みは募ってたんじゃないのか」
「そんな事ないよ。――花丸、結局一度も貰ってないなあ……」
 どんな教科をやらせても全く出来栄えがよくなかった彼は、一度も花丸を貰った事がない。花丸とは満点という意味だ。彼は正直、花丸に憧れていた。
「ここで十五年も働いてたんだってよ。っていうか、この学校が無くなるまでここで働いてたんじゃなかったっけか」
 思い出話や近況報告等を三人分だから、語り明かすために一夜は短すぎるだろうか。
 次々と話題が移っていく中、突然校舎内に三人が起こした音とは別の音が鳴り走った。三年も通えば、二十年経ってもその音が何の音だか簡単に分かる。校舎の表玄関が開く音だ。
「おいもしかして見回りかよ?」
「明日のための偵察とか、じゃないよな」
「ばかいえ、それなら昼間のうちに終わらせてるはずだぜ。ってかどうするよ、見つかったらまずいぞ」
「とりあえず明かりを消して、それから見つからないように隠れるんだ。ただの偵察ならわざわざロッカーを開けて中を確認したりしない」
「なるほどな。分かったぜ、脅威が去ったらまたここに集合、オーケーだな。じゃあ散開!」


 あなた達はオペレーターからこう伝えられている。
「廃校となったH中学校の内部に愚神発見報告がありました。情報源は取り壊しに携わる作業員で、翌日に備えての内部環境の確認をしていたら遭遇。奇跡的に難を逃れたという事でした。
 あなた達には愚神の討伐を行ってもらいます。また、極稀に廃校となった校舎に住み着く方がいるかもしれません。そういった方を見かけた場合校舎の外に強引にでも引き連れてから私に連絡をくださるようお願いします」
 問題となる廃校についたはいいものの、早速あなた達の声に響いてきたのは野太い男の悲鳴だった。

解説

●目的
 H中学校で目撃された愚神の調査、討伐。

●愚神について
 等級は不明だが、廃校に住み着いているという事実から高次元の愚神ではないと最初に推測される。
 作業員からの情報では、ポルターガイスト系の能力を使用してくるらしい。この情報は既にあなた達に伝えられている。
 愚神との戦闘場所は職員室の跡で、実大が襲われている。
 職員室には職員ロッカー、机、テレビ等たくさんの家具があり、愚神は有利に戦える。 
 この愚神は打たれ弱く、不利な状況に追いつめられると逃亡を図る。

●校舎について
 五階建ての中学校。土地が狭い。
 校舎一階、二階は理科室や職員室、給食室、多目的室、音楽室等の教室があり、三階に三年生、四回に二年生、五階に一年生の教室がある。それぞれ三クラスずつで、廃校にはなっているものの当時のままきちんと机が並べられている。
 生徒数が少ないのか、教室はあまり広くない。

●侵入している三人の男について
 それぞれ 大高(おおたか)、高林(たかばやし)、実大(みひろ)という名前。
 悲鳴を発したのは大高で、その声を聞いた高林と実大はその場に駆けつける。大高が見つけたのは人間の死体。逃げなければならないと悟る大高と高林だったが、実大はどうしても確認したい事があると一人でどこかへ向かってしまう。
 あなた達が駆けつけた時大高と高林の唖然とした姿が二組に残っている。
 ちなみに、誰にも言わないでくれとあなた達に必死に許しを乞う。

●実大の目的
 学校で同窓会を行おうと提案したのは実大で、本来の目的は同窓会だったがもう一つ彼自身の目的があった。
 それは職員室にある萩原の机を確認する事。

●以下、調査中に得られる情報
 ・愚神はポルターガイストを使用する愚神で、物ならなんでも扱える。厄介なのは、ロッカー等人が一人入れる物に閉じ込められる攻撃。
 ・年代物で、壁や床が壊れやすい。
 その他、入念な調査で得られる情報多数。

リプレイ


 冬の本格的な寒さは夜になると刺激さを増す。特に人や街灯の温もりが少ない場所だと寂しさも相まる事、相まる事。
「こんな夜更けに女の子を呼び出して……一体何のつもりかしら」
 雪のように白い吐息と愚痴がキュベレー(aa0526hero001)の横に並んだ言峰 estrela(aa0526)の口から飛び出した。
「夜更かしはお肌に良くないし、ほーぷには深夜手当とか出して貰わないと割に合わないわよね?」
「そうですね……」
 欠伸が混ざった言峰の問いかけには紫 征四郎(aa0076)が応じた。
「それに廃校というのは、少し不気味な感じがありますね……」
 歩を進める毎に大きくなる廃校の姿は、端的に言えば死亡していた。魂が根本から掻っ攫われてしまっている。
「確かに、何か出そうな感じはあるが」
「ひどい!! 言わないようにしてたのに!」
「……。出ねぇよ。何かあったとしたら愚神の仕業だろ」
 校門を通り越した所で起きたガルー・A・A(aa0076hero001)と紫の応酬が緊張の弛緩を生んだものの、それでも夜の廃校は若干気が引けるものだ。
 そんな中だったが、とある卒業の歌を口ずさむ程に廃校の調査を堪能しようとする者がいた。
「ご機嫌だね」
 伊邪那美(aa0127hero001)が言った。
 小さなため息をつきながら、クー・ナンナ(aa0535hero001)はカグヤ・アトラクア(aa0535)に向かい口を開いた。
「なんとなく伝わる歌をうたうな。皆みたいに真面目にやって。――あと悲鳴もうるさい」
「悲鳴はわらわではない」
 男の悲鳴が校舎の中からどこか遠くに向かって響いていった。
「今の、こん中からだよな?!」
 赤城 龍哉(aa0090)が真っ先に反応した。
「もしかしたらオペレーターのいっていた、ここにすみついた人かもしれません」
「どちらにしろ何か起きているようだ」
 テミス(aa0866hero001)が腕を組みながら言う。
「急いで向かいましょう。方角はここから少し東。あまり遠くありません。各自、足元に留意してください」
 懐中電灯で光を照らすガルーが先頭に立ち、そのすぐ真後ろでガルーの服を掴みながら紫が後を付け、後ろに全員が続いている。
 校内は整っていた。足元に留意するよう石井 菊次郎(aa0866)が喚起したものの、床に散乱している物はない。時折窓枠にビニール袋が置かれていたが、進行の邪魔にはならない。死に化粧は丁寧に隅々まで施されていた。
「ここら辺だ」
 四階に辿り着くとガルーは唇に人差し指を当てメンバーに沈黙を促した。同階のどこかから人の話し声が聞こえてくる。
 光を消し、ライトアイの効果が全員の瞳に宿ると、足音を極力消して声のする方へと向かった。
 二年一組、と標識に書かれている。その教室から声だ。
 手の合図。引き戸を開けるタイミングをガルーは片手で合図した。指を三本立てて、等間隔で一本ずつ下げていき、二、一。
 重々しい音を立てて扉が横移動した。
「うわああッ!」
 教室の中にいた二人の男が飛び上がり尻もちをついた。愚神かと予想して強気の言葉を投げつける予定だったガルーは頭を掻いて困惑した。
「……なに? この人達……? なんでこんなところにいるのよ? ここは廃校で立ち入り禁止じゃない」
 言峰の言葉は今だ尻もち状態から立ち上がれていない三人に向けられる。
「すみません違うんです!」
「何が違うんだよ、ったく。さっきの悲鳴はおまえらの声だよな。何かあったのかよ」
 二人は揃って目線を外した。
「あのお願いがあるんですが、この事黙っていてもらってもいいですか?」
 この教室に三人目がいる事に早くも気づいたのは伊邪那美だった。彼女は教室がそのままの形で残っている事を不思議に思いながら見渡していただけだったが。
「ねえあれ、机の上で倒れているのって」
 ライトアイの効果が続いているから、分かる。机の上で倒れている男はこの学校と同じで、息絶えている。
「ご遺体が、横たわって……」
 エステル バルヴィノヴァ(aa1165)が言葉を途切れさせた。
「お前さんら、怪我は無いか?」
「え、ええありません。さっきはこの、彼を見つけてしまったのでびっくりして」
 堂々と前に出てきたカグヤは怯えきっている二人の顔を交互に見て、脅しをかける口調で話し始めた。
「これは警告じゃ。わらわ達は愚神討伐でやってきたHOPEのエージェントじゃ。そなたらが愚神の一味かどうかを判断する為に質問するが、選択を誤るではないぞ」
 男二人は脅し口調の言葉と言峰の疑惑の視線を受けようやく疑われている事に気づいたようだった。
「違いますよ?! 俺たちはそんな、人殺しなんてしてない!」
「まってください。先ほど黙っててといってましたが、この死体の事を言っていたのですか?」
「違うんですって! 黙っててくださいっていうのはその、そういうんじゃなくてですね」
「俺たちがここにいたって事を黙っててほしいんです」
「人を殺したから?」
「違うんですって!!」
「落ち着けよ。これじゃあまともに質問もできないだろうが」
 場のクールダウンを図るにはおよそ三分もの時間をかけた。
 

「俺たちは同窓会を開こうと思って、ただここにきただけなんです。愚神の事も知りませんでしたし、この倒れてる人の事も知りません。俺たちは全く関係ないんです」
 カグヤと石井が検死をしている最中、彼らは許しを乞う必死の形相で話した。
「それなら、早く避難しましょう。先ほどもカグヤさんが仰ってましたがここには愚神発見の報告がされているのです。被害に巻き込まれる前に外に」
「はい、迷惑かけてすみませんでした。……あ!」
 一人の男が素っ頓狂に声を上げた。
「俺たち三人で来たんですけれど、もう一人実大っていう名前の奴がいたんですけれど! そいつ、今一人でうろついてるんですよ!」
「それ本当か?」
「ええ。ど、どうしよう」
「不味いわね。まだ愚神がどこにいるのかわからないし、早く探しましょ?」
「あまり猶予はありませんわね……。実大という方がどこにいるのかは分かりますか?」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)が優しく声をかけたが、二人は完全に慌てふためいて耳に届いていないようだった。
 また三分かかるのかと思われたが、意外にも平手打ち一つで彼らは落ち着いた。一人が行方不明となっている今、一秒すら無駄にはできない。御神 恭也(aa0127)は二人に怒鳴った。
「いい加減に正気に戻れ! 兎に角、お前達が知っている事を簡潔に説明しろ」
 今にも泣き出しそうな顔をして男は答えた。
「実大は職員室にいくといったんです。探しものがあるからって」
「職員室だな、わかったぜ。行くぞヴァル!」
「わたし達も向かいます。エステル、行きましょう」
 展開に取り残された二人は次にするべき行動が見当たらず右往左往している。言峰は二人の背中を叩いた。
「貴方達もついてきなさいね? まだ聞きたいこともあるし」
「わ、わかりました」
「わらわはもう少しここに残って調べさせてもらうぞ。して、言峰。一人だけここに置いてく事はできないじゃろうか。わらわも色々と訊きたい事があるのじゃ」
「ちゃんと守れるのよね?」
「無論じゃ」
 言峰は二人の男に顔を見合わせ了解を得ると、捨て台詞のつもりでこう吐いた。
「ふぃーるぐりゅっく。さ、いきましょ」


 職員室跡に着く頃には五人は共鳴を終えていた。明らかに争っている音が聞こえているのだ。
「オペレーターの情報によると、確かポルターガイスト現象を使った攻撃をするという事でしたね」
「物が多いとこちら側が非常に不利ですよね。察するに、職員室跡は物の宝庫でしょう。どうにかして外に連れ出さないとなりませんね」
「簡単じゃねえか。野郎をぶっ飛ばすだけだぜ!」
「そんな簡単にいくか分からん。最初は慎重に――」
 豪快に扉を破壊して転がりながら職員室跡に突入したのは赤城だった。職員室内の騒動が止む。
「邪魔するぜ!」
 職員室の中は様々な物が撹乱されており、跡形も風貌が残っていなかった。
 中央にたっているおかっぱ頭の和服を着た女性は入室した五人を驚いた顔で見ていた。
 机の物陰に隠れている実大を一足先に見つけたエステルはすぐに駆け寄った。
「実大さん、大丈夫ですか? わたくし達はH.O.P.Eから依頼を受けてやってきた者です」
 すっかり怯えきっていた彼を慰めるように、エステルは笑みを見せて頷いた。
「怪我は?」
「かすり傷くらい、です」
 大した怪我でないと聞き、赤城は実大に「下手に動くなよ」とだけ言い残した。
 少女と目を合わせている中で、一番最初に言葉を発したのは石井だ。
「随分と楽しそうですね、俺も混ぜていただけませんか?」
 無表情のまま少女は押し黙っている。話が通じているのか通じていないのか気にも留めず石井は続けた。
「そう、ルールでも決めましょうか? どちらかがロッカーに閉じ込められたらそれでお終いと言うのはどうでしょう」
 これといった打ち合わせもなく始まった遊びに困惑した赤城はすぐに石井に問うた。
「どういうこった?」
「今言った通りの事です。独断で決定した事は申し訳ないとは思っていますが、協力を願いたく思います」
 言葉が途切れた途端、早速遊びは始まった。少女の後ろで横たわっていたロッカーが突如立ち上がり、扉を開けて石井めがけて飛んできたのだ。
 愚神に当てるつもりで構えていた御神の拳は、飛んできたロッカーに打ち込まれた。
「勝算はあるのか」
「やってみないと分かりませんが、五分五分といった所でしょう。一先ず退室しましょう。彼の無事が確保できますので」
 横目で実大を見た石井は職員室から廊下へ移った。
「私達はどうすればよいでしょう?」
 石井の後につづいて退室した征四郎が愚神の攻撃に警戒しながら訊ねた。
「彼女、愚神の攻撃は俺に向いています。ですから飛翔物を退けるのを手伝っていただければいいかと」
 エステルと実大を除く全員が職員室から外に出ると、石井の狙い通り少女もゆっくりと後をつけてきた。言峰達が下りてくる階段とは反対側の階段に向かい、彼らの遊びは続いた。

 隣からくっついてきている男の名前が大高だという事は今知った。言峰は大高に更に質問を重ねる。
「実大っていう人はこんな状況なのにどうして一人で動いたのかしら」
「俺も知らないんです。探しものがあるって言ったのは確かなんですけれど、その探しものが何なのかまでは分かりませんでした」
「本当に思い当たる節はないのね?」
 善意のつもりか、大高は少しでも記憶を捻り出そうと頭を巡らせた。するとその努力が功を奏して彼はこんな事を言った。
「確か……荻原先生に渡したまま結局返答がないんだって口走っていました」
「荻原? それは誰なのかしら。あと、何を渡したの?」
「荻原先生はこの学校の先生だった人です。ただ、何を渡したのか一度は聞いたんですが、忘れてくれって」
 二年一組の教室でも似たような問答が繰り広げられていた。
 カグヤの護衛対象である者の名前は高林という。露骨に疑いの目を向けていた彼は自己弁護に躍起になっていた。
「だ、だって何も知らないんですよ。まだ疑ってらっしゃる?!」
「当たり前じゃ。廃校で同窓会を開くためにきた、そしたら死体がいた。都合が良すぎるのじゃ」
 カグヤは検死を終え、高林の前で言葉にした。
「六十代くらいの男で昨日殺害されたようじゃ。死因は石井が一番最初に見つけて、それは銃殺。後頭部に打撃痕のような物が残っておったが倒れる時に頭をぶつけたんじゃろう」
「は、はあ……」
「何か気にかかる事はないじゃろうか?」
 高林はやはり、頭を横に振った。
「ねえそろそろ下に行った方がいいんじゃない。もうやる事もないし」
 退屈は極まり、クーはいい加減こたつの温もりが愛しくなっていた。夜中に呼び出されて眠いし、寒いし。


 実大から真を告げられる時をエステルと泥眼(aa1165hero001)は辛抱強く待ち続けた。三人はそれぞれ、好みの場所に腰を下ろしている。
 それまで実大は頑なに口のチャックを開かなかった。しかしそこに隙間が見えた時、エステルはもう一度だけ問いかけた。
「ここで何をしていたのですか?」
「――探しものをしていたんです」
 彼は答えて、そして続けた。
「僕が卒業した時、担任の先生に手紙を渡したのです」
「それは……素敵ですね。どのようなお手紙だったのですか?」
「そうですね。一番伝えたかった事を伝えたんです」
「伝えたかった事、ですか?」
「はい。先生はクラスの皆だけじゃなく、学校中の皆から嫌われていたんです。厳しくて真面目で、今思えば熱心過ぎた先生でした。なんていうか、思春期のお母さんみたいな存在でしょうか」
 当時を懐かしむような口調。彼の記憶の中にある物語から語られる詩は、どことなく寂寥感を孕んでいた。
「でも、僕は先生は本当は生徒達の事が大好きなんだって気づいたのです。いえ、確信しました」
「先生が生徒達を好きだと分かる証拠が見つかったのですね」
「花言葉です」
「と、いうと……」
「普段、授業中に雑談をしない先生が唯一、授業とは全く関係ない花言葉の事に触れていたのです。そして、先生はテストとか提出物とかを返す時、いつも花丸をつけていました」
「先生の花丸にはどのような意味が込められていたのですか」
「分かりませんでした。生徒達の事が好きなんだなって思ったのは、勘です」
 意外にも、実大は花言葉の理解まで及んでいなかった。
 エステルは今になってどうして手紙の事を思い出しわざわざ確認しにきたのか尋ねようとしたが寸前で野暮だと気づいた。打ち壊しになる前にどうしても確認しておきたいような彼なりの事情があるのだ。
「今になって見てみればもしかしたら、花言葉の意味が分かるかもしれないわね」
 代わりに泥眼が言った。
「そうですね。……まだ見つかってないのですが」
 それだけ聞くと徐ろに立ち上がったエステルは、近くに倒れていた机を調査し始めた。
「あ、あの。何をされているんでしょうか」
 実大が言ったが、出し抜けに開かれた職員室の扉の音と威勢の良い声に彼の声が掻き消された。
 言峰は大した怪我のない男の姿を見て、外国語で一言。
「あっれすおるどぅぬんぐ?」
「え、えっと今何て……?」
「貴方、さがしものをしてるんだったわね?」
「は、はい。そうですが……」
「じゃあみんなで探すのよー。貴方もよ」
 後ろからついてきた大高も加わり、夜の校舎で中規模の宝探しが始まった。

 少女の足取りは遅く、驚異的な力を持つ物体が廊下に散らばっていない事が救いであった。石井は少女を見逃さないよう、目線を外す事なく飛翔物を扇子で落としながらゆっくりと誘導していた。
「こちらですッ」
 石井の背後から征四郎の声が聞こえ、石井は二年二組に少女を誘導した。
「ここならロッカーがあるので、遊びの決着を定めるなら穏当な場所という事になりますね」
「どうやって閉じ込めるつもりだ」
「タイミングを見計らってゴーストウィンドでケリをつけます。――来ましたよ」
 招かれるようにして少女は教室へ入った。
 途端、攻撃は勢いを増した。机や椅子が飛び交い、玉突きをしながら動く事で物体の動きは予測不可能な事態となる。物体を剣や拳で振り落としながら一同はタイミングを待った。
「ロッカーを校庭に落として、そこで勝負じゃだめなのかよ! ――うお、あぶねえッ!」
「それだと今職員室にいると思われる実大さん等に被害が及ぶと思われますし、何より砂も物体です。砂を使われてしまったら更に困難になるだけですッ」
 拳と衝突して机が壊れる度に物体は分裂する。小さく砕かれた物体もまた少女にとっては武器なのだ。
 一人が少女に近づこうものなら一心不乱に飛びかかる武器が彼女の盾となる。
「どのタイミングでやるつもりだよ?!」
 赤城の言葉、だがその途端真横の扉が外れ、九十度縦に回転して全員に襲いかかった。さながら細い巨大カッターだ。
 征四郎の盾が惨劇を防いだ。硬いガードで扉ごと教壇の方へ弾き飛ばしてしまったのだ。
 教壇の後ろにある一段上の地面を踏みながら、少女は愉快そうに微笑みながら見物していた。
「タイミングは俺が作る」
 表情一つ崩さず御神が言った。
「どうやってですッ」
「俺が奴に近づき、足元を崩す。隙を欠かさずもう一人がバランスを崩した奴を吹き飛ばす。吹き飛ばした先にお前がいてロッカーを開けて置けば良い」
 少女に聞こえないよう、御神は落ち着いた声音で言った。
「私は御神さんに飛んでくる物を弾き飛ばします。そうすれば成功率は格段にあがりますね」
「そんじゃ、俺はこいつをぶっ飛ばしてやるぜ! 任せやがれ!」
 当初はゴーストウィンドで決着するといった作戦であった。唐突の内容変更だったものの、石井は長くない時間をかけず賛同した。
「赤城さんも飛んで来る飛翔物には気をつけてくださいよ。俺はここで作戦成功を待ってます」
 錆びついたロッカーを掴んだ石井は、扉を開けて少女を待った。ロッカーは突然重力がかかったように石井の力に反抗した。いや、反抗しているのはロッカーではなかった。少女だ。少女が反抗し、ロッカーを引き寄せるつもりだ。
 少女の方向へ引っ張られながらも石井は耐えた。
「できるだけ早くお願いしますッ!」
「OK。なら一気呵成と行こうか!」
 御神は一度だけ頷くと、教壇に向かって駆けた。同時に赤城も、御神に遅れを取らないよう隣を駆け続ける。
 数多の武器が押し寄せるも、御神の大剣と征四郎の盾が全て弾き飛ばす。その奥から、再び扉が二人に襲いかかった。強力なスピードで繰り出される扉。もう少しで全ての元凶の足元を掴む事ができる。
 迫り来る扉に怯みもせず、御神は身を沿ってスライディングの姿勢を取った。間一髪、扉を躱しその先にある彼女の足元にバランスを崩す程度の、微力な蹴りを与えた。
 そして、征四郎が弾き飛ばした扉を踏み台に高く舞い上がった赤城は、華麗に空中で一回転を決めた後少女の背後を取った。
「破れかぶれで抜かれるほど迂闊じゃないんでな」
 奥に、ロッカーを開けたままの石井の姿が見えた。
 ストレートブロウ。強力な一撃が少女に叩きこまれ、吹き飛ばされる。
 ロッカーが閉められる音を最後に、遊びは終わった。結果は少女の負け。
 彼女は中に入ったまま無抵抗のままであった。人間とのルールを守る愚神なんているのかと思う事だろう。石井は扉の上部に換気口の隙間を見つけると、そこから少女の瞳を見つめた。瞳は石井を見返していた。
 暗い中で、その瞳の色は輝きを放っていたが、石井は「違う」とだけ言う。
「どうすんだこいつ。愚神なら退治するまでだが、なんかこう無抵抗だとさすがにな」
 四人はロッカーを取り囲んだ。
「ですが、愚神討伐の任務を受けたのですから」
 ロッカーごと貫こうと征四郎は剣を構えた。呆気ない幕切れのように思えた。
 しかし、暗闇の中から聞こえるか細い声が征四郎の動きを止めた。征四郎だけじゃない。その場にいる全員を静寂の中へ引き込んだ。
「私は、愚神じゃ、ないわ」
 本当に小さな声であった。今にも消え入りそうなくらいに。


 脅威が過ぎ去った後廃校を調査していた所、これといって事態の進展はなかった。いやはや、これ以上の進展はもうないのかもしれない。
 だが、石井は気になる物を一つだけ見つけていた。その見つけ物はカグヤも興味深く調査した。
「これで事件解決はほぼじゃな」
 表玄関を少し出た所でカグヤがぼやいた。その呟きに待ったをかけたのはガルーだ。
「どうしてオペレーターが愚神討伐だと嘘ついたのか、問題はまだ解決してねぇだろ」
「簡単じゃ。愚神だという情報源は作業員。要するに作業員が間違えたんじゃ。嘘をついたのではない」
「二人の証言で表玄関が開く音がした言っていたのも気になるが」
「わらわ達の立てた音じゃろ」
「それ以外にもまだあるのよ」
 校舎から出てきた言峰は、後ろに一行を従えていた。
「あのしたい、校長せんせーのだったわ」
「どうしてそれが分かったのじゃ?」
「職員室で調べてたのよ。色々。そしたら見つけちゃったのよ。学校長からのことばっていう名前の紙にあった写真の顔と、あのしたいの顔が同じだったわ」
 謎は深まり、思考の果てしない旅にはまる所を伊邪那美が救った。
「愚神……じゃなかったけど、もう討伐は終わったんだからそこまで考える事はないんじゃない?」
「それもそうだぜ。とりあえずあの子を拘束したんだからよ。俺たちもお役御免って訳だ」
「ふぅむ」
 カグヤはまだ納得いかない様子だったが、何はともあれ依頼は終わったのだ。石井がオペレーターに完了の趣旨を伝え、電話を切った。
「とんだ無駄足でしたね。まさか愚神ではなかったとは」
「グリスプの事か?」
「ええ。何の情報も得る事はできませんでした。寄り道をしている暇はないというのに」
 エステルと言峰の付き添いで、男三人は帰路を歩む事になった。正門から外に来た所で、エステルは一通の紙を実大に差し出した。
「あ、これ……!」
 一通の手紙が差し出されたのだ。実大から先生に送った手紙。エステルはあえて見つけた瞬間に彼に渡さずにいた。
「どうしてすぐ教えてくれなかったんです?」
「後で分かります。今は開けてみてください」
 実大は最初は困惑していたものの、手紙に眼を通すと懐かしさがこみ上げて、目尻に雫を浮かべた。
 長い文章、とはいかなかった。五行くらいの、稚拙な仕上がりを見せた手紙だ。書いてある事も子供っぽく、実大は一瞬恥ずかしさを募らせた。
 彼の目が手紙の右下に向けられた。
「あ……!」
 静かに、音を立てずに彼は貯まっていた物を流した。遠くから見ていたヴァルトラウテが「よしよし」と彼の背中をさすってやった。
「綺麗なお花ですよね」

 遠くでその様子を見つめながらガルーは言った。
「そういえば征四郎は学校へは行ってないんだよな……。こういうのもきっと、悪くねぇんだろうか」

●後日談
 オペレーターの所にカグヤとクーがきていた。カグヤの目的は勿論、事件解決のための情報集めだ。
「おかっぱ少女が廃校にいた理由は校長を殺害するためじゃ。そのために拳銃を用いたのは、まあ自分が犯人だと思われないためじゃろう。あの男三人はただ同窓会をしにきただけで、事件とは無関係。ここまでは分かったぞ」
「では本日は、何を」
「あの女児の正体と、殺害の動機じゃ。取り調べはもう終わってるか?」
「ええ、終わってます」
 オペレーターは淡々と事実だけを述べた。
 元々廃校になった原因はその校長にあった。どういった不祥事を起こしたのか、中身までは彼女は語らなかったが少女の正体を聞けばおおよそ想像がついた。
 少女はその学校で殺害された生徒の妹だった。校長を殺したのは復讐のためだとオペレーターは言った。
 ところで少女の英雄との契約はこうだ。「思い出を忘れない事」この事は簡単に少女は口を割ったという。
「あの男らがいなければもっと簡単な話だったものを……」
 そうそう、とカグヤは話を続けた。
「この花の名前を知らぬか?」
 端末に画像表示された一枚の写真を見せながらカグヤは訊ねた。
「カランコエ、ですね。日本には咲いていない花です。……それが何か?」
「なんでもないぞ。失礼した」
 カグヤは何も言わず、その部屋を後にした。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866

重体一覧

参加者

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
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