本部

屋敷に埋められた少女のハナシ

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/10 02:46

掲示板

オープニング

●死者は音もなく忍びよる
 その屋敷は、近所でも評判の『でる』と噂の屋敷だった。
 どことなく大正ロマンを感じさせる洋館はバブル期にナリ金によって建てられて、バブル期の終わりに破産したナリ金にあっという間に手放された屋敷だった。
「やっぱり、冬は寒いなぁ」
「仕方ないだろう。夏に撮影したら、肝試しの小学生と鉢合わせしたりするんだから。今もいるかもしれないぞ」
 そんな屋敷に無断で入っていたのは、美大の学生たちであった。映画を作るという授業の課題をこなす為に、洋館に忍びこんだ彼らの手にはカメラなどの機材があった。
 主人公とヒロイン役の学生の血糊もばっちりときまっていた。一見するかぎりでは、彼らは非常に明るい死人に見えなくもなかった。
「スケジュールの都合で、最後からの撮影から始めるからな。自覚もなくユーレイになっていた主人公とヒロインが、自分たちが死んでいるって自覚するシーンだぞ。刃物に気をつけろよ。金がないから偽物が買えなくて、家から持ってきた本物の包丁だからな」
「はーい、ところでカントク」
 主人公が、ひいふうみいと何かを数えはじめた。
「またストーリーを変えたのか? 演者の数が、台本とあってないぞ。それに、小さな子まで連れてきて」

●吸血鬼は伝染する
「ひっひっ……。なっ、なにが起こっているんだ?」
 カメラを握ったままの学生が、上がる息を整えようとする。
 自分が見たものが嘘ではなかったと確認するために、学生はビデオを再生させた。主人公役の学生がひいふうみいと数えだした映像がビデオに映り、同時に見た事ない人間もビデオに映りこんでいた。
 ――それは、五歳ぐらいの少女だった。
「それに、小さな子まで連れてきて」
 という言葉の後に、少女が演者たちに襲い掛かる。悲鳴を上げながら主人公にヒロイン、それに脇役の人間たちが次々と喰われていく。そして首を噛まれた演者たちは、噛まれていないものたちに襲いかかった。友人を抑え込み、少女に他人の首筋を差し出す。あとは誰が敵なのか味方なのかもわからない、地獄絵図であった。学生はその地獄から、命からがら抜け出してきたのだ。
 ここは、食堂なのだろうか? 
 部屋が暗くて、良くはわからなかった。
「ワタシヲサガシテ……」
 学生の隣から、声が聞こえた。
 学生の手から、ビデオがこぼれ落ちる。
「う……あっあああ!」
 学生のビデオが最後に映したのは、血みどろのヒロインであった。

●悪寮の館
 館には、噂がある。
 館を建てたナリ金は借金を抱えて、妻にも逃げられた。男の元に残ったのは、幼い娘だけであった。ナリ金は残された娘を疎ましく思い、娘を殺して逃げてしまった。
 今でも館には、娘の死体が埋められているという。そんな噂を聞いて、人知れず忍びこんだ小学生。彼女が、出会ったものはたして……。
「ワタシヲサガシテ……」

解説

館……昔、ナリ金が建てた広大な洋館。手前から、応接間、食堂、客室、ベットルーム、図書室、がある。どれも立派な作りであり、壁等を壊すのは手間である。いたるところに、小学生が仕掛けたイタズラがある。

応接間……何もない部屋。家具は全て売却されたようである。壁には血の染みのような模様が浮き出ている。

食堂……椅子だけが置かれた部屋。物が散乱しており、今にも落ちてきそうなほどにボロいシャンデリアがある。なお、撮影のためにシャンデリアは下を通ると落ちてくる仕掛けがされている。

客室、ベットルーム……ソファーとベットがだけがある。他の家具は売却されたようである。身を隠すところは少ない部屋。なお、ベットの下には偽物の白骨がある。

図書室……本が散乱している。部屋のなかで一番暗い。なお、一番奥の本棚を倒すと、天井から少女の人形が落ちてくる。

少女の霊(愚神)……図書室に出現。少女に噛みつかれると操られてしまう。なお、普段は少女の姿は見えず、少女が相手に触れている最中は視認することができる。見た目は少女であるが、強靭な身体能力で直接攻撃をしてくる。実体はある。(PL情報……演者と撮影班が残っている状態で図書室に行くと、少女の霊は演者と撮影班たちを近くに呼びよせ盾として使用する。なお、愚神は忍びこんだ小学生に憑いている)

演者……主人公、ヒロイン、友人、犯人、幽霊がいる。操られているだけであり、少女の霊を倒すと正気に戻る。腕力などの身体能力は普通の人間であるが、撮影に使うはずだった刃物で襲いかかってくる。勝ち目がないとわかると、持っている刃物で自害しようとする。『ワタシヲサガシテ』としか喋らない。

撮影班……カメラ、監督、助監督、美術がいる。それぞれ撮影機材やメイク道具で攻撃してくるが、勝てないとわかると仲間同士で攻撃しあってしまう。食堂とそれより奥の部屋に出現する。演者たちと同じ特性を持つ。

リプレイ

●嘘か真か
 その館には噂があった。
 破産した男が、自分の娘を殺して隠した噂。嘘か本当かわからない噂は、今日も人々を引きつける。そうやって集まった人々が、別のものを呼びこむことも知らずに。
「ワタシヲサガシテ……」
 
●応接間
『……という怪談がここにはあるらしい』
 アイリス(aa0124hero001)の冷静な声が、館の応接間に響く。彼女の背後にある壁の染みが、まるでそこに少女の遺体がそこに埋められている証拠のようにも思えた。あまりに不気味な雰囲気に、誰かが唾を飲む。だが、アイリスの隣にいるイリス・レイバルド(aa0124)は「そうなんだ」と無邪気なものである。
 この屋敷に伝わる階段は、破産した父親が娘を殺して埋めたという単純な話であった。しかし、近隣でも有名な話しではあるらしい。
 紫 征四郎(aa0076)がネットで検索したところ、何件もページがヒットした。なかには住所をさらしているホームページもあり『少女の霊を見た!』という書きこみすらあった。しかし、冷静に見てみると少女の霊の目撃情報はどれも曖昧で、本物の幽霊がいるかどうかは眉唾物である。しかし、『霊が出る』という噂を聞いただけで征四朗は身震いをしていた。
 御門 鈴音(aa0175)や流 雲(aa1555)も征四朗と似たり寄ったりの状態であり、そんな彼らをそれぞれの英雄たちが笑ったりフォローしたりしていた。
「色々と無事だといいがのう……。それにしても、バラバラに動いて最後に気が付いたら誰かがいなくなっていたというのもありえそうな雰囲気じゃのう」
 カグヤ・アトラクア(aa0535)の言葉に、隣にいたクー・ナンナ(aa0535hero001)はため息をつく。
『本当に悪趣味だよね』
 そして、その言葉はホラーが苦手な面々に知らず知らずのうちに止めを刺していた。
 ――で……できれば、一人で動くのはやめよう。
 誰かが言ったその言葉に、ホラーが苦手な面々は大賛成したのであった。

●食堂
「……なんでかしら……私って恐がりなのに、いつもいつの間にかホラーな事件に巻き込まれているような気がする」
 震えながら鈴音は、ドアノブを握っていた。御神 恭也(aa0127)とペアになり、皆と別れた後に発見した最初のドアである。そんなふうに震える鈴音を横目で見ながら、輝夜(aa0175hero001)はにやにやと忍び笑っていた。彼女からしてみれば、自分と呼びだせるほどの霊媒体質の鈴音が幽霊を恐がっているというのはかなり楽しい光景なのである。
「……御神さん、この先の部屋って食堂でしょうか?」
 ドアノブを握りながら、鈴音は御神に訪ねた。この屋敷に来てから呼ばれているような感覚に襲われている鈴音と違って、御神はなにも感じていないようである。御神は屋敷の設計図を頭のなかで広げて頷く。
「ああ、間違いないな」
 鈴音は、ゆっくりとドアを開く。建てつけが悪いのか、それとも別の要因なのか、ドアが「ぎぃ……」と音をたてた。部屋は薄暗く、巨大なシャンデリアがあった。埃はかぶっているが豪勢なそれが、この屋敷にかけられた財を物語っている。
「さて、噂は何処まで本当なのだろうな」
 部屋を注意深く見渡しながら、御神は伊邪那美(aa0127hero001)に語りかけた。
『噂が本当だったら、消えた子供も探さないとね』
 もしも本当に少女が殺されて隠されたとしたら、それは悲しい話しである。
「な……なんだろう。今、誰かが呼んだような」
 部屋に入った鈴音が、振り変える。
 「ぎぃ……」と音をたてて、食堂のドアがゆっくりと閉まる。今まで開いていたドアの陰から現れたのは、血みどろの女であった。
「ひぃぃぃぃ!!」
 鈴音は、涙目で飛び上がった。愚神に操られた演者の一人は、悲鳴を上げる鈴音に向かって包丁を振りあげる。
「鈴音さん!」
 御神は、鈴音を引き寄せて変わりに自身が演者の前に立った。包丁を持っている手を拘束し、血糊のついた顔を眺める。メイクで肌色は悪いが、生きている人間の覇気が感じられた。生身の人間である。傷つけるわけにはいかない、と御門はわずかに拘束を緩めた。
 女は、するりとそこから逃げだす。
 そして、まるで演技の一つのような自然な動きで――躊躇いもなく自分の喉を掻き切ろうとしたのである。慌てて御神は、女を再び抑え込む。強い力で手首を抑え、包丁を離させた。床に落ちた包丁は蹴って遠くにやり、鈴音にも協力を頼んで彼女を拘束した。舌を噛み切る恐れがあったため、女性には申し訳なかったが猿ぐつわもさせる。
『傍から見たら、ボク達って誘拐犯に思われないかな?』
 伊邪那美は、自分が思ったことを口にする。映画のヒロイン役をやるだけあって、御神が拘束した女は結構な美人である。そんな女性を拘束する図は、傍から見れば完全にこちらが悪役であろう。
「後で誤解を解かないとだな」
 人さらいが出る、と噂の館になっても困る。
「ワタシヲサガシテ……」
『目の前にいるよね?』
 伊邪那美が、御神を見て首をかしげる。
「今のは、俺じゃないぞ……。しかも、女の声だ」
 閉まってしまったドアのノブが、ゆっくりと回転していく。
 鈴音は声を発する事も出来ずに、無言のまま後ずさりをする。彼女はそのままシャンデリアの下まで来てしまった。ぐらり、と豪奢なシャンデリアが風もないのに揺れる。
『鈴音!』
 輝夜の声に、鈴音は自分の危機に気がついた。それと同時に、咄嗟に輝夜とリンクしたと実感する。自分を容赦なく叱りつける鈴音が脅える姿を楽しんでいた彼女であったが、さすがに鈴音の危険を見逃せなかったようだ。
「きゃぁ!」
 間一髪のところでシャンデリアを避けた鈴音であったが、心臓はまだバクバクと高鳴っていた。
「ワタシヲサガシテ」
 女性の声と共に、ドアが開かれる。
 
●ベットルーム
 さぁ、帰ろう!
 流はできれば、そう言いたかった。口に出さなかったのは、HOPEのリンカーとして矜持からだ。それに一般人が愚神の時間に巻き込まれているのならば、放っておくわけにはいかない。
 かたり、と廊下の突き当たりから物音が聞こえた。そのわずかな物音にさえ、流の体がびくりと強張った、
『大丈夫、ただの隙間風よ』
 フローラ メイフィールド(aa1555hero001)は、流の隣で彼をなだめる。
「わっ、分かっているよ。大丈夫、大丈夫だよ!」
 流はフローラに弁明するが、まるで大丈夫には見えない。顔にも『今すぐ帰りたい』と書かれている。一方で磐里 黎慈(aa2240)とシルフィード ノワール(aa2240hero001)は、それぞれにマイペースであった。
「なかなか広い屋敷だね。もったいないなぁ」
 磐里は古びてもなお、立派な屋敷に感心していた。男が破産した後に売りに出されたのだろうが、未だに買い手がついていないのが不思議である。もっとも、自分が大金を出して幽霊屋敷を買いたいかと尋ねられると微妙であるが。
『おお、レイジよ! なんじゃ、あれは!!』
 シルフィードは不気味な雰囲気に、なぜか大興奮している。そもそもが吸血鬼であるという彼女には、実に魅力的な物件なのかもしれない。磐里は足を止めて、自分たちの後ろを歩いていたフローラに声をかけた。
「そこは、段差になっているから気をつけてね。よかったら、俺の手をどうぞ」
 スマイル付きの磐里の申し出に、フローラの冷たい視線が突き刺さる。邪魔をするな、と視線だけで威嚇された気分である。
 四人は、ベットルームにたどり着く。
「俺は未熟だから、せめて検分役はまかせて欲しい」
 部屋に入る前に、磐里はそう切り出した。流は自分が前にたつ気でいたが、彼に前を譲ることにした。自分たちならば、彼をサポートできるだろうとも思ったのである。
 磐里が、部屋に入る。
 あまり広くない部屋で、一目で見渡せる。見える範囲には、人影はないようである。
「な……なにかいるでしょうか?」
 流の質問に、磐里は「今のところは……いないようです」と答える。
 ほっとしながら、流は部屋のなかに入った。磐里が言う通り、一目見た限りでは人間はいないようである。
 それでも部屋を検分しながら、流はベットに近づく。大きくて立派なベットに少し感心していた流だったが、自分の足を掴まれた感触にぞっとした。足元を見ると人間の手が、流の足首をしっかりと掴んでいた。
 心臓が止まるほどに驚いた流だったが、わずかに残った理性でフローラとリンクした。思考が切り替わった流は冷静に掴まれた足を引いて、ベットの下にいた人間を引っ張りだす。普通の服を着ているので、撮影班のようである。
『雲、大丈夫?』
「ああ、今はどうするかだ」
 撮影班の男は、愚神に操られているだけの普通の人間である。下手に攻撃すれば傷つけてしまう。
『やれやれ、余がこのような雑事をすることになるとはのう』
 シルフィードとリンクした磐里は、撮影班の後ろに回って彼を羽交い絞めにした。

●客間
 征四郎は、努力していた。
 なにを努力していたのかと言うと、幽霊を怖がらないようにする努力である。
「あっちから何か音がした気がします! 行ってみましょう!! 何もないのを確認して安心したい!」
 だが、その努力は盛大に空回りしていた。裾を引っ張られるオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の表情も、心なしか呆れ顔。
「おい、引っ張るな。……こういう時、物音をにつられて動くのはホラー映画だと死亡する奴の行動だぞ」
 ガルー(aa0076hero001)は契約者の行動に呆れて『本音が出てるぞ……』と突っ込む。木霊・C・リュカ(aa0068)は子供の姿をした二人の微笑ましいやり取りに、少しばかり和んでいる。
 四人はそれぞれに懐中電灯を持ちながら、屋敷を探索した。薄暗い屋敷に征四朗は震えあがり、オリヴィエを離そうとしない。
「それにしても、疎まれて殺された娘の霊ですか……」
 征四朗は怯えながらも「かわいそうです」と呟いた。
『噂話だろ。流石に警察も、子供の死体を見つけられないほど無能じゃない』
 オリヴィエは、ぶっきらぼうに言う。噂には尾ひれがつくものだし、ましてや怪談話である。
「でも……もし、本当だったらやっぱり寂しいだろうね」
 父親に埋められた少女の気持ちを思い、リュカは寂しげに微笑んだ。征四朗ぐらいの幼い少女が親の手で殺されたと思うとやるせない気持ちになる。
「ここが客間だな?」
 ガルーが、目の前にあるドアの前で確認する。屋敷の間取りを事前に確認していた征四朗は頷いた。だが、そのドアを開ける勇気はない。結局、オリヴィエが開けることになった。
 ドアを開けた瞬間、何かがオリヴィエに向かって跳んできた。それは撮影に使われる機材であり、リュカとオリヴィエはリンクしてそれを避けた。
 部屋のなかには、人がいた。血にまみれた主人公とごく普通の服を着た撮影班である。操られた彼らは、まるで生き返った死体のようにのろのろと征四朗たちに近づいてくる。
「ぴゃああああ!! ごめんなさいごめんなさい!!」
『謝る前に、リンクだ!』
 ガルーに促されて、征四朗は涙目になりながらリンクする。
 リンクした事で若干冷静になった征四郎は、セーフティーガスを使用する。だが、操られた人々の歩みは止まらない。操られているから、元々が眠っているようなものだったのである。
 リュカはライフルを構えながら、演者が持つ包丁や鈍器の攻撃から身を守っていた。自分たちを攻撃している人間たちは、生きているが正気ではないようだ。リュカは力ずくで主人公を床に押し倒し、彼が着ていた長袖で手足を拘束した。手荒く拘束された撮影班に、征四朗が声をかける。
「あとで、ちゃんと迎えに来ますからね」
 ――だから追って来ないでください!
 征四朗の心の声は、今度は外に漏れなかった。

●図書室
『ふむ、意外と屋敷の状態は良いのかもしれないね。壁も頑丈そうだ』
 アイリスは、ぺたりと廊下の壁に手をやった。イリスはその様子を眺めながら無邪気に姉と慕う英雄に訪ねる。
「じゃあ、愚神以外の警戒はいらない?」
『いや、それででもどこが痛んでいるかわからない。それに、人の手で作られた仕掛けの形跡もある』
 アイリスは仕掛けというが、実際のところは肝試しやら撮影に使われた小道具たちである。引っかかったところで、誰かが悲鳴を上げる程度の仕掛けだ。しかも、この場にいるイリスたちも刀神 琴音(aa2163)もカグヤたちもホラーを恐いと思わない猛者ばかりであった。クーにいたっては、眠そうですらあった。
 たとえ幽霊のような演者やソンビのような撮影班が現れても、彼らは冷静に縛り猿ぐつわまでほどこす。その間には悲鳴もなにもなく、なんともホラー泣かせな面子である。
「ここが、図書室でしょうか?」
 琴音の目の前には、ドアがあった。流たちと離れる前に、彼はチェックを終えた部屋はドアを開けたままにするようにと言っていた。このドアが開かれていないとなると、ここは未だに調べられてはいない場所なのだろう。
「開けますよ」
 琴音はイリスたちに確認をとり、ドア開けた。一際薄暗い部屋だけあって、今まで頼もしかった懐中電灯の光さえたよりない。
 そっと室内に入り、辺りを偵察する。アイリスも先ほど以上に罠や愚神に対して、警戒を強めていた。
「ワタシヲサガシテ」
 少女の声が聞こえてくる。
 琴音の目の前に、いきなり白い服を着た少女が現れる。少女が琴音の肩を、がっしりと掴んでいた。
「い……今までいなかったのに」
 少女は白い歯で、琴音の首筋に噛みつこうとしていた。
 刃を構えていた琴音は、咄嗟に少女を振り払う。琴音が少女を突き飛ばした先に視線をやると、彼女の姿はすでに消え去っていた。
「ワタシヲサガシテ」
「まさに、幽霊だ。ところで、女の子の死体がある場所を知っているか?」
 琴音の質問に愚神は
「ワタシヲサガシテ」
 という言葉で返した。
「そうか。知らないか」
「琴音ちゃん!」
 イリスが琴音に向かって、散らばっていた本を蹴った。だが、本は琴音にはとどかない。イリスは、琴音の周りに本を設置したかったのである。そして、イリスの周りにも本が散乱している。
『ステルスは厄介だが、完全とは言えないんだよ。ほら、降り積もった埃が動いている』
 アイリスの言う通り、注意深く観察すると愚神が小さな歩幅で動いているのがわかる。 散らばった本が動くことで、それに触れていることも。
「イリス、仕掛けるぞ」
 琴音はイリスに目配せし、姿の見えない愚神に切りかかる。しかし、彼女の剣は空を切った。寸善のところで、愚神にかわされたらしい。
「かわされた!」
 勢い余った琴音は、本棚を倒してしまう。
「ワタシヲサガシテ」
 再び少女の声がした。
 琴音は自分に向かって飛んでくる、少女の形をしたモノを切った。
「なっ……」
 それは、愚神ではなかった。
 屋敷の仕掛けの一つであり、ここに来たものを驚かせるだけの人形であった。つりさげられた人形を切った琴音の背後に、白い少女が姿を現す。琴音の首筋を狙う愚神から、琴音を守るためにイリスはハイカバーリングを使用する。
「琴音さん、だいじょ……」
 イリスは心配そうに仲間の様子をうかがおうとして、言葉を失った。図書室に何かが入り込んでくる。背恰好からして、それは彼女たちの仲間とは思えなかった。
「ワタシヲサガシテ」
 図書室に入りこんできたのは、演者や撮影班―つまりは操られた美大生であったのである。皆虚ろな目をして、一カ所に集まって行く。
 愚神の盾になるために。
「目を閉じて!」
 男の声がした。
 それは、リュカのものだった。リュカはフラッシュバンを使用し、愚神と操られている美大生の視界を奪う。その隙に、征四朗が何かを放り投げた。飛び散ったそれは真っ赤だが、血独特の嫌な臭いはしない。むしろ、血よりも鮮やかだ。
『血糊だ。演者の一人がもったままで助かったな』
 ガルーが、征四朗に語りかける。
「そうですね。これで、征四朗にも幽霊が見えます」
 少女の霊は、頼りない姿だった。
 まだ、小学生ぐらいの背恰好だった。それでも、愚神に憑かれた彼女は美大生を自分の盾にする。そんな哀れな青年たちを、リュカは率先して拘束していく。
「こっちだ!」
 少女の愚神に飛び込んでいったのは、御神であった。彼は威力を調整したストレートブロウを少女に向かって放ち、愚神との切り離しを試みる。
「まだ、足りないな」
 悔しげにつぶやく御神の後ろから、リンクコントロールを使用した流が弓矢を放つ。
「スナイパーじゃないんだがな」
『雲ならば、大丈夫。私も雲の目になるわ』
 フローラが、力強く頷いた。彼女は、誰よりも強く流の実力というものを信じている。全ての悲劇を終わらせる力を持っていると信じているのだ。
『えぇい、もどかしい!』
 リュカと協力し美大生を拘束していたシルフィードは、苛々しながら監督を縛り上げる。
『余の力が戻っておれば、こんなチマチマとやらずに済むというのに!』
 そうなのかもしれないが、現状ではこれがせいいっぱいなのだから甘んじてもらうしかない。磐里はそん事を思いながら、シルフィードに助言をする。
「落ちつけ、次が来るぞ」
 シルフィードの背後には、包丁を持った演者がいた。だが、シルフィードは包丁の刃を避けて、演者を抑え込む。
『だが……今回に限って言えばこの程度で十分か』
 相手はあくまで、普通の人間なのだから。
 徐々にではあるが、盾を失った愚神はあたりをぐるりを見渡した。そして、とある少女に向かって走る。
 その少女は、鈴音であった。
 愚神は鈴音に飛びかかり、そのみずみずしい首筋に噛みつこうとした。
「誰にも見つけてもらえない……ぼっちだった私もそうだったけど――それって、すごくさびしいよね」
 鈴音は、愚神に向かってストレートブロウを使用した。少女の体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。そして、少女の代わりにたちあがったのは――。
「ワタシヲサガシテ」
 偽りの少女の形をした愚神であった。
 その愚神に向かって、琴音は止めの一撃を放った。

●屋敷の外
 愚神が倒された後、少女も美大生も正気に戻った。少女は何故自分がここにいるのかと混乱して泣きそうになっていが、御神や磐里に慰められてなんとか落ちついてくれた。その少女は、御神の背中で寝息をたてている。
『ふ~ん、子供は苦手って言っているのに優しくするんだ。ボクには優しくないのに』
 伊邪那美は、御神の背中を占領する少女を見て面白くなさそうな顔をしていた。
 ちなみに磐里が背負うという案もあったのだが、それは少女が赤い顔をして拒否した。助けられたすぐ後に甘い笑顔で「大丈夫かい? 恐い思いをしたよね」と言われたのが原因であると思われる。小さくとも女の子は女の子だ。一目ぼれした相手の背中におぶられるのは、緊張しすぎて辛かったのだろう。
「結局は、見つけてあげられなかったね」
 リュカが、どこか寂しそうに呟いた。
 愚神を討伐した後に、全員が血眼になって噂になっている少女の遺体を探したのだ。新しそうな壁をリンカーの力で壊し、床板まで剥がして調べた。それでも、少女の遺体は何処にも見つからなかった。
「見つけて、あげたかったです」
 征四朗もしょんぼりしているが、その隣にいるガルーは顔をしかめた。
『同情もほどほどにしておけ。それに、娘が殺された事件なんて最初からなかっただけかもしれないんだ』
 そう、全ては噂なのである。
「わらわは幽霊など信じてはおらぬが……」
 カグヤも言葉を濁す。
「もしかしたら、噂の女の子は母親の所で幸せに暮らしているのではないでしょうか?」
 流は、努めて明るく言った。
『そうだよね。こんなところにいるより、そっちのほうがずっと幸せだよね』
 フローラも、流の意見に賛成する。
 だが、全員が落ちつかず鈴音は少女の霊の供養をおこなった。遺体は目の前になかったが、全員がなんとなく『この場に少女の霊がいる』と感じていたのである。
『……案外本物というやつだったのかもしれないね』
 アイリスの言葉に、誰も何も言わなかった。
 重々しくなった空気を切り変えようと、伊邪那美が御神をからかった。
『恭也は小児性愛者かもって聞いたけど、今背負っている女の子がもしかしてタイプなのかな?』
「もしかしないわ! あと、誰が言ったか教えろ……絶対に絞めてやる」
 笑う伊邪那美に場の空気が、軽くなった。仲間たちの話題は、御神の好みのタイプを当てるというものにすっかり変わっている。
『――アリガトウ』
 鈴音は、足を止める。
 聞き間違いだろうか? 少女の声が聞こえような。
「輝夜。また、私を驚かせようとしたでしょ?」
『鈴音がビビる姿は楽しいが、わらわはまだ何もしておらぬぞ』
 鈴音の言葉に、輝夜は首をかしげていた。

『――ワタシヲサガシテクレテ』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 遊興の一時
    御門 鈴音aa0175
    人間|15才|女性|生命
  • 守護の決意
    輝夜aa0175hero001
    英雄|9才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 温かい手
    流 雲aa1555
    人間|19才|男性|回避
  • 雲といっしょ
    フローラ メイフィールドaa1555hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • エージェント
    刀神 織姫aa2163
    機械|18才|女性|攻撃



  • エージェント
    磐里 黎慈aa2240
    人間|21才|男性|回避
  • エージェント
    シルフィード ノワールaa2240hero001
    英雄|15才|女性|シャド
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