本部

なぜ戦うのですか?

昇竜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/09 15:06

掲示板

オープニング

 異世界からの脅威……それは世界蝕以降、人々の心に深い爪痕を残してきた。去る大規模作戦第一フェーズは『愚神軍に快勝』と発表されたが、世間ではそれを疑問視する声も聞こえた。結果が上々であることは疑いようのない事実で、H.O.P.E.は責務を全うしていると言ってよい。だが、死者がなかったわけではない。愚神アンゼルムが倒されたわけでもない。

『一体なにをもって快勝だというのか?』『そもそも、能力者や彼らの言うことを信じていいのか?』

 こういったアンチH.O.P.E.ともとれる意見の根源には、未知の脅威への恐怖心や、(作戦機密上致し方ない)H.O.P.E.の説明不足が影響しているだろう。この日、H.O.P.E.東京海上支部では大規模作戦に係る中間報告会が開かれていた。講堂に集まったのは各自治体や政府官僚などと多くの報道陣だ。演台へ向かうあなたに、H.O.P.E.の職員が言う。

「クリエイティブイヤーか……この20年、思えばいろいろなことがあった。技術は革新した。今はただその恩恵に浸っていたい……人々の想いはそんなところだ。だが、世界蝕は同時に愚神も生み出し……今回も大勢死んだ。一般人は愚神がナニでどんなモノか、およそ知らない。だからこそ、意味不明で強烈な脅威に怯えている」

 世の中には、ライヴスリンカーを愚神と区別しない者もいる。ヴィランの存在もそれを助長しているが、それ以前に圧倒的に説明が足りていないのだ。「我々は異形の怪物から皆さんを守る者です」と、言うだけなら簡単だ。だが強い信頼を得るには、我々が正義の執行者であることを誰もに納得させねばならない。

「何にせよ、一般人が安心するような話を頼む。我々が必要不可欠な組織であり、大規模作戦が順調であることを理解してもらうんだ。この報道を見る人の中には、生駒山の騒動で家族や友人に死なれた者もいるだろう。そうでなくても、彼らは死ななくても済んだのではないかとH.O.P.E.に不信感を抱いている輩はたくさんいる。そういう一般人が集まれば、オーストラリアの二の舞を踏みかねん」

 目の前の職員はひどく顔色が悪い。報道関係者の質問は殺気じみていると予想がつくからだろう。大規模作戦に関する質問もあるだろうが、能力者の内面そのものを審議しようとする内容もあるに違いない。

『大規模作戦の発動以前、少ない戦力で愚神アンゼルムに挑み、度々玉砕しましたね。これはなぜですか?』
『生駒山では本当に優勢? 2度逃げられたトリブヌス級もあるとか。一般人は不安に駆られていますよ』
『強大な敵を前にしたとき、逃げ出したいと思ったことはないですか? 二束三文の報酬に命を懸ける価値があると? 見ず知らずの私たちを守ってくださる理由とは何ですか?』
『あなたの契約者は異世界では悪名高い英雄だったそうですね。なぜ契約者が裏切らないと約束できるのでしょう? どうして私たちがあなたを信じることができるでしょうか?』

 これらの問いに、なんと答えるのが正しいだろうか。H.O.P.E.職員は眩いフラッシュの中へ消えていく出席者たちを見送り、最後尾を行くあなたを呼び止める。

「なああんた。できれば、俺にも教えてくれよ……俺たちは、どこまで戦えばいい? もしかして永遠に愚神が途絶えることはないんじゃないのか? 俺たちの戦いは……本当に希望と呼べるのか?」

 敵は無数かもしれない。守りたかったものは裏切るかもしれない。それでも、戦わぬ者にはただ一つの結末が待つのみ。

解説

概要
記者会見に演者として出席し、H.O.P.E.への不信、または能力者蔑視の払拭に貢献してください。

質問内容の一例
・従魔について
異世界の知識が乏しい一般人は従魔とは何か知りませんので、この説明を求められる場合があります。従魔は殺戮機械であり、人型で言語を用いたとしても、それはプログラムに過ぎません。遭遇した従魔の話題などを通して、その危険性、ひいてはエージェントの必要性を説くことができるかもしれません。
・愚神について
従魔同様、愚神について説明を求められることもあります。ほとんどの一般人は愚神と英雄を善悪でしか判断しませんし、実際の区別もそれに近いです。ご自身の経験から、ヴィランと愚神の違いや、愚神に共通する(あるいは多い)考え方を提示して英雄との違いを説くことが有効でしょう。
・自分について
能力者について説明を求められることもあります。あなたがヴィランズ等でなく、H.O.P.E.のもとで活動するのはなぜかお答えください。答えにくい場合は、一般の同意を得られるような戦う大義名分を語るとよいでしょう。敵討ちなどはベターですが、ただ生きていくためという理由でも言い方によっては大きな反響を呼ぶことができます。

状況
・場所はH.O.P.E.東京海上支部講演会場です。
・机にはお水のグラスがあるので、緊張で喉が渇いたら飲みましょう。
・大規模作戦に係る説明会ですが、【白刃】以外のシナリオの話をすることも問題ありません。

リプレイ

 大規模作戦の功績者として赤城 龍哉(aa0090)の名は有名だ。だがヴァルトラウテ(aa0090hero001)を知らない者は多い。美貌の英雄をカメラに収めようと躍起になる報道陣から善意や遠慮は感じられない。彼らは民衆の好奇と猜疑の化身とも言うべき存在だ。

 八朔 カゲリ(aa0098)は赤城の隣席に腰を下ろし、無造作にスーツの襟を正した。彼はこの依頼を受けたというより、断らなかったのだろう。だがナラカ(aa0098hero001)は召喚者の言動に多少興味を抱いているようだ。その笑みは幼い少女が浮かべるには含みがありすぎる。

 会場がにわかにざわついたのは言峰 estrela(aa0526)が壇上に現れたからだ。その身にキュベレー(aa0526hero001)を宿した言峰の姿は、この場の誰もが嫌悪する愚神を彷彿とさせる。敵意を向けられたことを自覚しつつも、彼女の不敵な笑みは揺るがない。

「こーゆう記者会見って、普通かいちょーさんみたいな偉い人が出るんじゃないのかしら?」
「ですよね……お忙しかったんでしょうか。僕は正直、怖い」

 言峰に頷くのは三ッ也 槻右(aa1163)である。青ざめた召喚者に酉島 野乃(aa1163hero001)が喝を入れた。

「ビビるでないへたれめ。戦いには根回しも重要ぞ」
「あ、ああ……H.O.P.E.の代表として、見る人に不安を与えてはいけないな」

 彼が深呼吸をすると、ラペルでシアンの宝石が光る。その横に座るのは獅子ヶ谷 七海(aa1568)と五々六(aa1568hero001)である。マイヤ サーア(aa1445hero001)は迫間 央(aa1445)の幻想蝶の中、彼が開会を宣言するのを聞いていた。指名された記者へ係員がマイクを持っていく。

「赤城さん、是非あなたの口からお聞かせ願いたい。トリブヌス級を二度も取り逃がしたわけを」
「そりゃヴォジャッグのことか? なら逃げられたんじゃなく、撤退させたと言わせてもらうぜ。特に二回目は最初の教訓を活かして敵戦力を削り落とし、被害を抑えることもできた」
「ほう。つまり、敵を追い返すのがやっとだった?」

 赤城は自分が挑発されていることに気付きマイクを握りしめた。柄は軋み、スピーカーからギギという雑音がする。

「……逃げ足と生き汚さではアンゼルム以上の奴だ」
「なるほど、追い討ちを掛ける余力も残らなかったのですね」
「ほれ、槻右」

 助け船を出したいが、三ッ也は緊張している。その様子に気付き、酉島は弄っていたグラスから視線を上げた。英雄に促され、三ッ也は決心してマイクを取る。

「私から補足させて頂きます。大規模な派兵は不安を引き起こしますし、敵を知らずには動けません。識別名ヴォジャッグは単細胞な愚神と報道されていますが、その力は圧倒的――トリブヌス級は強大です」

 無数のカメラを前に、三ッ也はからからに乾いた唇を舐めた。その空白を埋めるように酉島が喋る。彼にもスーツを着せて連れてきたのは、こうして英雄がどんなものか見てもらうため。

「故に分析は重要じゃの。これまでの出撃で優先されたのは討伐でなく、生還じゃ」
「作戦発動以前のH.O.P.E.敗走を不安要素と見ている方もいるようですが、これも同様、索敵が目的でした」
「言い訳だ!」「倒せなかったんだから負けだろう!」「結局逃げられてるじゃないか!」
「H.O.P.E.が被った犠牲は最低限です。優勢は我々です。奴らは確実に追い込まれています」

 聞き手のほとんどは納得したようだが、少数の野次が鳴りを潜めることはない。赤城は憮然としつつ、テーブルのグラスから一口水を飲む。彼は途端に咳きこんだので、言峰は横に座るナラカの手をぷにぷにしながらにたにた笑った。次の質問者が問う相手も赤城だ。その内容は"H.O.P.E.に所属する理由は何か?"。

「自分がこれまで研鑽してきた武術を駆使して戦うに値する敵がいる、それが理由だ」
「では、より強い敵と戦うことができる組織があったとしたら、あなたはその組織の味方をするのでしょうか? 例えば、敵がH.O.P.E.でも」
「俺がヴィランズに鞍替えすることを疑ってんのか? 別に無作為に暴れたい訳じゃないんで興味ねぇな」

 赤城はその質問のくだらなさに思わず鼻で笑ってしまった。その反応は想定内だと言わんばかりに、質問者が続ける。

「ヴィランも暴力に狂った無法者ばかりではありません。彼らも様々な目的を持っているのです。質問の仕方を変えましょう……あなたは、誰かを守るために戦えますか?」
「お待ちください。只今の質問は会見の本旨から逸脱しています。どうぞ撤回を」

 遮ったのは八朔だった。伊達めがねの奥の瞳はただ黒々として、その内面を読み取らせない。毅然としてマイクに向かう彼の口調は、普段耳にすることのできないごく丁寧なものだ。
 赤城は失礼な質問者を牽制する八朔を『構わねぇよ』と手振りで制し、静かに言い放つ。

「別にヒーローを気取るつもりはないがな、目の前で救いを求める相手を理由もなく見捨てるほど薄情じゃないつもりだぜ」
「……失礼。こういったことも仕事のうちですので」

 質問者は悪びれた様子もなく引き下がった。会は続いてゆく。マイクを取ったのは軽薄な雰囲気の記者だ。

「何人かに伺います。赤の他人の為に戦わされ、貰う報酬は十分ですか? 保身で敵前逃亡の経験は?」

 挑発的な質問者にも、八朔の応答は事務的である。

「まず、誰もが報酬のために命を懸けている訳ではないです。ただ、見ず知らずの貴方達を守る為――とも言いません。言った所で不信の種にしかならないでしょう。少なくとも私個人においては、敵を前にして逃げ出したいなどと思ったこともありません」
「本当に考えたことすらない?」
「強大だからと逃げ出して、それが何になると? 逃げても碌な結果にならないのは、何であろうと同じ事です」
「では、あなたが戦いの末に望むものとは?」
「皆自分の希望があるから戦っている筈です。私の目的は、妹を守る事――皆さんを守るのは、飽く迄も結果です」
「……その言い方で、世間が納得するとでも?」
「大切な者の為にとは、見も知らぬ相手をと言うより理解も共感も得られる理由の筈ですが」

 八朔にとって庇護の対象とはただ一人の家族をおいて他にない。質問者が面食らうほどあっさりした返答は、それが疑いようのない本心であることを如実に表していた。八朔が妹を大切に思う限り、彼はH.O.P.E.の味方であり続ける。誰もがそれを確信しただろう。だが、相手は一枚岩ではない。文句を言いたがるのもまた人間の性……ナラカの思った通り、野次は必ず飛んでくる。

「じゃあそいつがいなくなれば、あんたは敵になるかもしれないってのか!」「ふざけるな! どの面下げて希望を名乗るんだ!」

 彼にとって妹と大勢を天秤にかけた質問は禁句、即答は目に見えている。それでも、八朔の解答は彼女を魅せるものだった。

「私がその質問に答えることは、あなたたちにとって失望にしか繋がらない。ですから、逆に聞きましょう。あなたは大勢の為に、大切な者を切り捨てることができますか? 我も人、彼も人、故に対等とは基本のこと。個人が命を懸けて戦う理由を、他者が強いるなど」

 静まり返る会場に、ナラカの口端が吊り上がる。ああ覚者は面白い、これだから人間はやめられぬ。ナラカの横でソフトなお触りを目論む言峰にも、彼女が喜びが伝わってきた。沈黙を破ったのは迫間である。

「あなたは、何人かに聞きたいと仰いましたね。答弁者の指名はありますか?」
「……では、あなたに。迫間さん、出席に抵抗はありませんでしたか?」

 その質問は、聞き手に公職者が多数いることからきている。ひょっとすれば迫間の上司の上司あたりはこの中にいるかもしれない。だが、迫間には身内の糾弾を受けようとも達成したい目的がある。

「私は、役所に籍を置く身でも有りますので。仲間のリンカーや英雄の社会地位の向上は、公務員としての私の責務だと考えています」
「ちゃんと許可取ってるのか?」「職務を疎かにしてるんじゃないのか!」
「あぁ、きちんと兼業許可はいただいていますのでご心配なく。出向だと楽だったのですが」

 マイヤは幻想蝶の中で、敵意に相対する迫間の話を静かに聞いている。あまりに当たりが強くなるようなら抑止も辞さない心算だが、迫間の対応は流暢だった。

「質問は戦う理由、ですよね。私のパートナーは、名前以外の記憶の殆どを失った愚神の被害者でもあります。私は、私をリンカーにしてくれた彼女のかつての無念を晴らす為に戦っています。命がけですし、楽な仕事ではありませんが……大事な女性の為に戦えるのですから悪く無いですよ」

 迫間の弁は会場からも大きな共感を得る。――大事な女性。説明に際し自身に触れる件はマイヤも事前に知らされていたが、よもやそんな風に呼んでもらえるとは。

(央に大切と言われる事は、嬉しいわ。だけどその気持ちに応えるには、ワタシにはまだ……)

 マイヤは人知れず、不足感に胸を抱く。迫間の答えを受けた質問者は、次の標的に三ッ矢を選んだ。酉島はギクリとしたのを悟られぬよう、ちらと召喚者を見る。

「英雄が大切なのですね。しかし、能力者も得なことばかりではないはず。あなたはどうでしょう? 英雄を疎ましく思ったことは?」
「僕は18歳の時ヴィランに因るビル倒壊に巻き込まれ、両親と両足を失い茫然自失に陷りました。機械の足で地面を踏んだ時……失った両親と、日常の重みを、より強く実感しました。僕は一人でも多くの人の、ありふれた日常を守りたい。その思いに英雄が力を貸してくれています。感謝こそすれ、疎いなど」
「……なるほど」

 三ッ矢の返答には逡巡もなく、質問者はぐうの音も出ない。だが、彼はどうしても演者からマイナスのイメージを引き出したい。それは憎しみからではなく、自身が世論の代弁者だからだ。

「他の方はどうですか? 能力者というだけで警戒され、道で後ろ指をさされたことは? あなた方とヴィランは見た目で区別がつかない……もっと言えば、英雄と愚神の区別だって」
「そんなの単純よ? 対話、交渉の余地があるかないかの違いでしょ?」

 あえて挑発に乗ったのは言峰である。補足を加えるのは三ッ矢と酉島だ。

「愚神には『今日はちょっと気分がのらないからまた明日ね?』なんて通用するわけないし、ヴィランのように目的があるわけじゃない。人間の事なんて毎朝食べるパンくらいにしか思ってないんだから」
「ヴィランとは、英雄とのリンクを犯罪に利用する人達のことです」
「英雄はリンカーとの契約により力を使い、他者からライヴスを奪う事は無いの。愚神はリンクはせぬ。存在を保つ為に、他者のライヴスを奪って存在し更に強くなる。言峰殿の言う通り、愚神にとって人は餌だの。子供の亡骸を従魔とする者すらおる」
「ですからこれらと同じとするのは、一般の人と犯罪者を同じとするくらい乱暴なくくりです」
「つまり、英雄と愚神の違いはただ一つ。奴らはこの世界を食い荒らす、捕食者だということです」

 統括したのはスーツ姿の五々六だった。2メートル近い巨躯は報道陣を圧倒する。歴戦の戦士の風格を漂わせながらも、その立ち振る舞いは紳士的――彼がかつての世界で培った"英雄"としての側面であろう。

「悪逆非道を尽くすヴィランであっても、それが英雄と契約した能力者ならば"ただの犯罪者"。異能の力を振るい、通常兵器が通用しないだけの"人間"に過ぎず、専門家でなければ対処できないのは武装した犯罪者も変わりません。愚神は違います。あれはただあらゆる生物の生命力を食らい尽くすだけの存在です」
「……よく分かりました。あなた方を愚神呼ばわりしたことは撤回します」

 質問者は言い負かされてマイクを手放した。次の質問者は初々しい新人風だ。その質問には赤城が答える。

「エー、周知も込めまして、愚神や従魔についてお話頂けないでしょうか」
「……俺がここまで見てきた愚神連中は、言葉巧みに相手を騙して利用する詐欺師風のが結構多かったな。カナダ郊外に出現したケントゥリオ級は、心優しい少女の願いに付け入って宗教集団を作らせ、信者からライヴスを奪っていた。ギリギリ手遅れになる前に討伐できて少女も助かったが、愚神には悪知恵働かせて社会に溶け込み目標達成に動くヤツも多い」
「なるほど、愚神とは意思疎通が成立するのですね。話し合いで和解することもできるのでしょうか?」
「あのな、頭が回ると言っても話が通じるわけじゃねえんだよ。そんなに言うんなら自分でやってみるか?」
「い、いえ……そんなつもりでは……」

 赤城が意地悪を言ったので、質問者は真っ赤になってしまった。従魔に関しては、酉島が補足してくれる。それに続き、赤城が経験談の続きを述べる。

「従魔は単純な思考が狙い目ではある。いつぞやの任務では、音に敏感な個体を大きな音で釣る事に成功したの。従魔は数も多いし、様々な能力があり厄介だの」
「討ち漏らしにも注意が必要だぜ。遊園地のメリーゴーランドに憑いたデクリオ級は、ミーレス級の手下を10体以上従えていた。動物園に出たライオン型のミーレス級なんかはデカかったし、水族館では連携をこなすシャチ型のデクリオ級も見たな。低級でも油断はできない」
「デ、デク……ミー……?」
「なんだ、等級も分かんねぇのか? 勉強不足だぞ、資料ちゃんと読んどけよ」
「……ハイ」
「では、次の質問で終了とします」

 赤城に注意され、ますます赤面した質問者は大人しく引き下がった。そろそろ良い時間だ。迫間は会の潮時を悟り、最後の質問者を指名する。これに対する迫間の解答は、本会でH.O.P.E.が信頼を獲得する最も大きな要因となった。

「この会見を通し、私も大規模作戦が優勢と実感しました。しかし、快勝は言い過ぎでは? それともH.O.P.E.には勝利を確信する根拠がおありなので?」
「そうですね……人類の為に今後も戦っていけるという実績を得たという意味では快勝と言えるのではないでしょうか。リンカーや英雄も、職務を離れれば一市民です。皆さんと何も変わりません。偶々出会い、お互いを認め、誓約を結べた。運良く戦うチャンスを得たというだけです。その中で、自分や家族、仲間の為に戦ってもいい、他人の為にその能力を使っても構わない……そう思えた人がH.O.P.E.に集まっています。動機も思想も立場も違う、訓練すら満足に受けていない我々が、人々を守る為に愚神の軍勢と戦い、一定の成果をあげる事ができたんです」

 その言葉に、会場の誰もが頷いた。彼はマイクを握り直し、閉会へ移ろうとする。しかし、それは怒鳴り声に遮られる。

「では、以上を以て本会を……」
「待て公務員!」「俺はまだ質問していない!」

 中にはステージに詰め寄る者もいる。その一人は言峰を指して大声で喚いた。彼は最初から彼女の外見も態度もなにもかも気に食わなかったのだ。

「そこの女! あんたの契約者は、異世界じゃ悪名高い英雄だそうじゃないか。なぜ裏切りがないと約束できる? 信じろと言う方が無理な話だ!」
「……あら、ワタシ達ってそんなに有名?」

 言峰はによによと事も無げに言ってのける。

「簡単に答えが出る質問ではないんじゃないかしら? 信頼は築くもの難しいし証明するのも難しいものよ。少なくともワタシとの間に歪みが生じない限りありえないし、貴方達から必要とされ、信頼されている間はまず起こりえないと思っているわ。だから……ワタシの言いたいこと、分かるでしょ?」

 さもなくば相応の手段に出るのみ。微笑みかける言峰の真意を想像し、質問者は背筋の凍る思いだ。彼女は物語に綴られる英雄とは根本的に異なる存在なのだ。ただ、怖がらせてばかりも本末転倒。言峰は口からでまかせで知りもしない情報について捕捉してあげる。

「勝利を確信しているのかと聞いた人がいたわね。何も分かってないように見えるかもしれないけれど、それは違うわ。不確定な情報を悪戯にばら撒いて不安を煽っても仕方ないでしょ? 確証を得てないモノや確信はあっても証拠をつかめていないモノ。今はまだお話できないけれど、何れ開示できる情報だって結構あるのよ? そこらへんも、ワタシ達と貴方達との信頼かんけー、って奴じゃないかしら?」

 くすくす笑う言峰に腹をたて、質問者は壇上に躍り出ようとして職員に取り押さえられた。これを皮切りに暴動に発展しかけたが、それを食い止めたのは五々六の一声だった。

「一つご理解ください。腹を空かせた巨大な猛獣を前にして、我々に取れる手段など二つしかない。座して死を待つか、全力を賭して抗うか」

 獅子ヶ谷は怒号の飛び交う中をずっと彼の隣で俯いていた。五々六はその肩にそっと手を置き、熱気を込めて続ける。

「従魔に家族を殺された彼女は、剣を取ることを選びました。記憶を失った私にも、愚神への怒りは刻みつけられている。私怨、復讐と言ってしまえば聞こえは悪いでしょう。しかし幼い少女にそんな重荷を背負わせ、無差別に不幸を撒き散らす存在こそが我々の敵なのだ」

 拳を振り上げていた者は我に返った。この男の言う通りだ。いまは身内で疑い争っている場合ではない。

「H.O.P.E.を、能力者を信じられないば……我々が抱く、理不尽に対する怒りを信じて欲しい。それはきっと、あなた方が抱く感情と同じものであるはずだ。H.O.P.E.とは戦う力を持たぬ人の為に振るわれる、怒りの剣なのだから」

 一滴の血も流すことなく閉会に至れたのは五々六のおかげだった。演台を降りながら、赤城は英雄に不満を漏らす。

「何だよヴァル、ずっと俺のこと見やがって」
「あなたは口が悪いですからね。一般人は私たちの言葉をH.O.P.E.の意思だと思うのですよ」

 しかし、会は無事終了した。終わりよければ全て良し……五々六はこの状況に強い既視感を抱いている。獅子ヶ谷は嫌悪も露わに、黄色い猫のぬいぐるみに向かって呟いた。

「……よく回る口だよね、トラ」
「嘘は言ってねえだろ。害になるから殺す、気に食わねえから殺す……シンプルな殺し合いも、それらしく飾り立ててやりゃ英雄譚だ。元の世界でよくやらされてた気がすんだよな、こういうの」

 彼女はそのぬいぐるみを介さねば、英雄とすら会話したがらない。これで益々召喚者の機嫌を損ねただろう……五々六は面倒な仕事を紹介してくれたH.O.P.E.職員への恨み言を漏らさずにはいられない。

「なんにせよ。これで少しでも動きやすくなって、愚神どもを殺しまくれりゃいいんだがな」
「イヤな役をさせてしまってすまない……ところで、一つ君たちに聞いておきたいことがある。――何味だった?」

 職員は言う。俺は激辛だった。そう、会見卓に用意されていた水は、言峰によって悪戯されていたのだ。

「俺はしょっぱかった……緊張しすぎて味覚がダメになったのかと思いましたよ」
「良かったの、正常で」
「俺はクソ苦かったぜ! こんな嫌がらせもすんのかとそれもイラついてた!」
「あら、そうでしたの?」
「私のグラスはガムシロでした……やたら粘度が高いと思ったら」
「誰の仕業かしら……」

 犯人不明のまま、事件は闇に葬られることとなる。ちなみに彼女は自分と八朔のグラスには細工していなかった。職員は険の取れた表情になり、一行に言う。三ッ矢は彼が口にした疑問を思い返し、穏やかにそれに応えた。

「始まる前にした変な質問は忘れてくれ。ちょっとノイローゼだったんだ」
「僕たちが出来るのって、今を繋げる事だと思います。例えもどかしくても、未来には状況を打破する何かがあるかもしれません」
「岩を砕いていかねば金塊は見つからぬ。我らは迫る危機を一つづつ砕いて、金塊を探り当てるまでの時間を稼ぐのだの」
「何もしないで待てば可能性はゼロです。足掻くに足る理由にはなりませんか?」
「ああ、そうだな。あんたの言う通りだ」

 職員は少し笑い、彼と酉島に頷く。それを見て、迫間が続ける。

「仮に永遠に愚神が途絶えないのだとしても、きっと英雄とリンカーも途絶える事はないでしょう。人間が生きている限り、犯罪も災害も戦争すら起こるものです。それらを完全に撲滅できないとわかっていても、警察官や消防士、自衛隊の隊員の方が自らの職務に絶望している訳ではありません。きっとそれと同じですよ。今ある社会を守るのが我々の職務です」
「おう……それをあんたが言うと、益々グッとくるね」
「私も公務員の端くれですから。……事務屋ですがね」
「ハハ、事務かよ」

 この職員にもう戸惑いはないだろう。既に、八朔は一人帰路に着いている。彼の思考を支配するのは、疑心暗鬼に駆られる者達の心理について。

(……俺は彼等の何処に光を見出だせば良い? 総てを誰かに任せ、己は享受するばかりと)

 人が下らないものだなどと、思いたくはない。そう考える彼のうちで、英雄は謳う。

『彼らは大衆の悪意の権化。多くの者は代償なき幸福を茶番と理解している。だが、心底では夢見がちなものよ。報道を見た者は、きっと自身の内に潜む醜い感情に気付き、それを憎悪するだろう』

 なればこそ、この会見は成功したと呼べるのだ。嗚呼、実に奥ゆかしい。八朔は少女の声でくつくつと笑うナラカを感じ、小さく息を吐いた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
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