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増殖する北風と太陽
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最終発言2015/11/26 21:15:26 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/11/26 19:00:35
オープニング
●H.O.P.E.支部協賛
「皆さんには幼児向けに劇を披露していただきたく存じます」
依頼である、との召集を受け集まった『あなた達』に放たれた第一声がこれだった。
「ああ、ご心配なく。事前に撮影した映像を公開するようにしますので、時間の拘束はそうありません」
続けられた言葉に、幾人かが安堵の息を吐き出す。実際に現地まで赴いて演じるのは負担が大きい。依頼の拘束時間は少ない方が負担も減少する。
「最近は大規模作戦の影響もあり、世間全体がどこか張り詰めた空気を漂わせています。子供達は大人のそういった態度を敏感に感じ取っていることでしょう。それを少しでも緩和したいと、そういった意図で企画した次第になります。どうか、エージェントの皆様方のお力をお貸しいただけないでしょうか」
そう真剣な表情で続けたオペレーターの男に、否を唱える者はいない。それを確認して、オペレーターは言葉を続ける。
「演目は決まっています。イソップ寓話の『北風と太陽』です。有名な話なのでご存知の方も多いでしょう。一応簡単なあらすじも説明しておきますね。
ある日、北風と太陽が旅人のマントを脱がせる勝負をしました。まず北風が強風を吹き付けましたが、旅人はマントを離すまいと着込んでしまい失敗します。次に太陽が燦々と照りつけると、旅人は暑さにより自ら上着を脱ぎ、太陽の勝ちとなりました。
と、基本はこういった話です」
基本は。嫌にその言葉を強調したオペレーターに、察しのいい者は依頼の意図を悟った。
「察した方もいらっしゃるようですのでお話を続けさせていただきます。そう、ただ単に『北風と太陽』を劇にしただけではすぐに演目が終了してしまい、何より面白みにかけると思いませんか?」
思いませんか? と問われても返答に窮する。オペレーターの個人的な感想は聞いていない。オペレーターこそ幼児向けの劇に何を期待しているのか。お遊戯会用演劇の何がいけないのか。
「ですので、皆さんには北風と太陽を面白おかしく演じていただきたく存じます」
しれっとエージェント達のハードルを上げてきたオペレーター。自分がやらないからか嫌に強気な態度だ。ツッコミを入れようと口を開く暇も与えず、オペレーターはとてもいい笑顔で『あなた達』を見渡す。
「配役も皆さんのお好きなようになさっていただいて結構です。基本は北風と太陽、そして旅人となりますが、その3役だけですと劇の時間も人数も少なすぎますので、そうですね……。北風、太陽、旅人を1組として、何組かに分けて劇をしましょうか。勿論他の役を提案されても構いません。なに、心配には及びませんよ。ある程度案を出していただければ、脚本家がなんとかします」
とてもいい笑顔で言い切るオペレーター。酷い無茶振りである。脚本家を何だと思っているのか。バラバラに提案されたネタを纏める身にもなってほしい。
「ともかく、皆さんにやっていただきたいことは3つ。どんな話にしたいかネタを出す事、自分の役を決める事、それを実際に演じていただく事」
一つ一つ指折り数えて『あなた達』に目的を提示していく。オペレーターの表情はこの上なく穏やかだ。自分は何もしないのだからそんな顔にもなるだろう。
「注意事項は2つ。これは『幼児向け』の劇であると自覚する事。そして『北風と太陽の劇』として成立する案を出す事。これが守られない場合はこちらで勝手に配役を決めさせていただきますので、予めご了承ください。従えない場合は劇に出られない場合も有ります。くれぐれも、ご注意を」
打って変わって真面目な表情で念を押すオペレーター。そんなに言うなら自分がやれよ、とは流石に言い出せる雰囲気ではない。
まぁともかく、『幼児向けの劇』をやればいいだけだ。従魔や愚神と戦う訳でもなく、至って平和な依頼である。無茶なことさえしなければ負傷の心配もない。
「何事もなければ近所の保育園や幼稚園に配布されますので、そのつもりでよろしくお願い致します」
最後ににっこりと笑って一礼をするオペレーターに、『あなた達』は顔を見合わせるのだった。
解説
●目的
幼児向け演劇『北風と太陽』を成功させる
●やること
1.どんな話にしたいかネタを出す
2.自分の役を決める
3.実際に劇を演じる
●解説
『北風と太陽』
ある日、北風と太陽が旅人のマントを脱がせる勝負をしました。
まず北風が強風を吹き付けましたが、旅人はマントを離すまいと着込んでしまい失敗します。
次に太陽が燦々と照りつけると、旅人は暑さにより自ら上着を脱ぎ、太陽の勝ちとなりました。
演劇は撮影されたものが近所の保育園や幼稚園で公開される予定。
ちなみに、撮影機材はH.O.P.E.技術部が総力を挙げて用意した一級品である。
また、大道具、小道具、衣装はH.O.P.E.側が用意する手筈になっている。
●配役
基本は『北風』役、『太陽』役、『旅人』役の3人。
そこに他の役(道端の木等)を入れるもよし、解説者を入れるもよし。
役者だけではなく、音響等の裏方をやってもいい。
何組かに分かれて各々が各々の『北風と太陽』を演じるもよし。
全員が纏まって『北風と太陽』を演じるもよし。
●注意事項
1.『幼児向けの劇』であることを自覚し、それに沿った案を出す事。
2.演目の『北風と太陽』を逸脱しない範囲で案を出す事。
以上が守られていないと判断した場合はマスタリング対象となります。予めご了承ください。
リプレイ
●予定変更は唐突に
エージェント達は困惑していた。
「……なんなんでしょうか、ここは」
「……スタジオ、みたいだな」
半ば呆然とした様子でぽろりと零されたメグル(aa0657hero001)の言葉を真顔の真壁 久朗(aa0032)が拾う。その真壁も落ち着きなくソワソワした様子を見せていた。
「あかん、全く意味がわからん。なんどすか、H.O.P.E.は放送事業でも始めたんどすか?」
「なぁ一二三、ここ、愚神とかいないのか?」
「あんたはんちぃっと黙っといてくらはります? 話がややこしゅうなりよるから」
呆然とした表情で呟く弥刀 一二三(aa1048)。対して相棒キリル ブラックモア(aa1048hero001)は弥刀の影に隠れたままキョロキョロと辺りを見渡している。知り合いも多いが、見知らぬ顔もそれなりにいる為人見知りを発揮しているらしい。
「クロさん、クロさん見てくださいよ! まるで本物みたいです!」
「わかったから、落ち着け」
「メグル、メグル! あれ何かな? なんだと思う!?」
「いたたたたっ?! ちょっ、外套を引っ張らないでください!!」
未知の場所にはしゃいでいるセラフィナ(aa0032hero001)と御代 つくし(aa0657)に、相棒である真壁とメグルは撮影前から振り回されている様子。
「……なんでこないに大仰な事態……。お遊戯会みたいなもんとちゃうかったんか……」
「八宏? どうした?」
「…………晩御飯、しばらく魚抜きで」
「はっ!? ちょ、いきなりそりゃねーよ!」
顔を青くして眉根を寄せている邦衛 八宏(aa0046)、必死に取りすがる稍乃 チカ(aa0046hero001)。邦衛は頑なに稍乃から視線を逸らしている。現状を齎した元凶を、余程腹に据えかねているらしい。
「……おいおいおい。幼児向けのお遊戯会やるんじゃなかったのかよ」
「…………」
口調を取り繕う事すら忘れたコルト スティルツ(aa1741)。その隣に佇む何を考えているかわからないアルゴス(aa1741hero001)。だが虫の被り物が小刻みに揺れている為、動揺してはいるようだ。
「クロさん! 絶対面白い作品にしましょうね!」
「……どこから突っ込めばいいのかわからん」
真壁の言葉が現状の全てを集約している。
エージェント達は困惑していた。
なにせ、「幼児向けの演劇をやって欲しい」と言われて集合場所に来てみれば、有無を言わさずWNLの所有するとあるスタジオに連れてこられてしまったのだから。
周りを見渡せば、明らかに「幼児向けの演劇」を撮影するには豪華すぎるスタジオに、素人目にも一級品とわかる機材が所狭しと並んでいる。メイクさんまでいるのだから、本気度が窺い知れるというもの。
誰かの喉がゴクリと鳴った。
エージェント達はお互い顔を見合わせる。
どうやら、腹をくくるしかないようである。
●特撮『北風と太陽』
天上のテラス。そう称するにふさわしい白亜の宮。
普段は穏やかで静かな雰囲気の満ちるその場所は、何故か怒鳴り声と何かがぶつかったり倒れたりする騒々しい音に支配されていた。
「北風の、北風の分からず屋ぁ!!」
「そう言う太陽こそ、ちょっと強情すぎるんじゃないですか?!」
騒ぎの中心に居るのは、明るい黄色のドレスを翻している太陽の化身、御代と、黒っぽい服を着込んで眉間にしわを刻んでいる北風の化身、メグル。
常ならばニコニコと太陽の如き暖かい笑顔を浮かべている筈の御代は、眦をキリリと釣り上げて大変にご立腹であるし、常ならば氷の如き相貌を不機嫌そうに歪めて、けれど面白そうにニヒルな笑みを浮かべているメグルは珍しく大きく表情を崩して怒りを隠そうともしていない。
「どーしてわかってくれないのかな!!」
「貴方こそ、少しはこちらの意見を受け入れてもいいと思いますよ!!」
照りつける熱線、吹き荒れる暴風。
平和と秩序を常とするこの場所は、現在2人の喧嘩によって大荒れに荒れていた。
北風の化身と太陽の化身、この2人は仲が良い事で知られているのだが、時たまこうして些細な事で喧嘩を勃発する悪癖がある。
「たい焼きは!! 頭から食べるものだよ!!」
「尻尾から食べたっていいじゃないですか!!」
……そう、些細な事なのである。
「尻尾から食べるなんて邪道だ!!」
「頭から食べたら尻尾に餡子が入ってなかった時困るじゃないですか!!」
「最近は尻尾まで餡子たっぷりのやつ多いよ!!」
「この間食べたクリームたい焼きは尻尾にクリーム入ってなかったんです!!」
舌戦だけ聞くと可愛らしいものだが、周囲への被害が尋常ではない。そもこの2人は実力が拮抗していて、こうして実力行使で言い争いをしていてもいつまでたっても決着がつかないのだ。
なので、2人は自分達以外を巻き込んで決着をつけようとする。
「くっ、こうなったら、あそこにいる旅人さんに協力していただこうじゃないですか!」
「望むところだよ!!」
これこのように。
メグルが示す先には、地上にて道端の木の下に腰を下ろして休憩していた旅人、真壁の姿が。微妙に揺らいでいるそれは、どうやら備え付けの水盤に映ったものである様子。
水盤は、舗装されていない道に、疎らに生えた樹木がなんとも長閑な光景を醸し出している。どこにでもありそうな、平和な田舎道の景色だ。今はまだ。
「ゲームをしましょう! ルールは簡単、あの旅人の上着を脱がせた方の勝ち! どうですか?」
「望むところだよ! 北風こそ、負けて泣きべそかかないでね!」
「それは貴女の方でしょう? 太陽さん」
「……ふふふ、余裕で居られるのも今のうちだけだよ」
2人の間には不可視の火花がバチバチと散っていた。
急に悪寒を感じて腕を摩りつつ首を傾げる旅人真壁が哀れである。
「……風邪、か……?」
知らぬが仏だ。
「ではまず僕のターン!」
無駄に豪華なエフェクトを背負ってポーズを決めるメグル。頬が若干赤いのは指摘しないのが優しさだ。
「ふふふ……こうなりゃヤケですよ……! エイス、ディオ、トリア!」
「「はっ、ここに!!」」
メグルが芝居くさい動きで外套を翻して画面を隠す。再び映し出されたその場には、片膝をついて頭を垂れる人影が3つ。編集の力は偉大だ。
現れたのは、妙に精巧なカブトムシの被り物が異彩を放つアルゴス、妙にイキイキとした顔をしている弥刀、緊張からか微妙に震えている青い顔をした邦衛の3人。それぞれ着ているものは普段と変わらないが、北風の化身メグルが着用している外套に似たものを羽織っており、ぱっと見では統一感ある装いとなっている。
ちなみに、メグルが呼んだ「エイス、ディオ、トリア」とはギリシア語で「1、2、3」の意である。台本に書いてある台詞なので、メグルが勝手に名前を付けた訳ではない。
「話は聞いていましたね? あなた達にはあの旅人の上着を脱がせてきていただきます。手段は問いませんので、各々お好きなようになさってください」
集った面々を睥睨して指示を出すメグルの言葉を、真面目くさった顔で聞いている邦衛。アルゴスの表情はかぶり物に隠れて見えない為判別できないが、小さく頷いたようである。そして弥刀は。
「ふっふっふ。北風はん、例のアレはうちがきっちり整備しときましたからに、大船に乗ったつもりでどーんと構えといておくれやす」
「……ディオ、あなたまた妙な魔改造などしていないでしょうね」
「いややわぁ、北風はん。可愛い部下のこと信じてあらへんのどすか?」
含みのある笑みを浮かべている弥刀。これ見よがしにチラつかせているスパナが説得力を大幅に低下させているが、全く悪びれない。
己のジト目も全く意に介さない弥刀に、此れ以上は時間の無駄だと軽く溜息を吐き出して首を振るメグル。
「……まぁいいでしょう。北風の刺客として、恥じない働きを期待していますよ」
「「はっ!」」
一糸乱れぬ仕草でメグルに平伏し、そのまま何処かへと踵を返す3人。
……いや、邦衛の動きが目に見えてギクシャクしている。何かやらかしそうだ――と思った瞬間、何もない所で躓いて転けた。
「……調子が思わしくないのなら休んでいてもいいのですよ?」
「イエ、ボクハ、ダイジョウブ、マス」
誰がどこからどう見てもダイジョウブではない。邦衛はギクシャクとした顔のままギクシャクとメグルに向かって頭をさげると、ギクシャクとした足取りのまま白亜の宮を辞そうとして――柱にぶつかった。
「……めぐ――北風、あのひと大丈夫?」
「大丈夫じゃない気がしてきました」
邦衛の緊張っぷりに感化されたのか、御代とメグルの表情も心なしギクシャクとしていた。
所変わって、地上のとある田舎道。
旅人真壁は、木陰で水筒を傾け休憩をとっていた。
「はあ、ずいぶんあるいたな。もうそろそろもくてきちにつくぞ」
そしてこの棒読みである。
現在真壁と共鳴中のセラフィナがぷんすか文句を連発していたりするのだが、残念ながら音声は拾われていない。だが真壁の眉が「どうすればいいんだ」とでも言いたげに垂れ下がっている為、かなり容赦ない叱責が飛ばされている様子。
「……今日は天気がいい。もう少しここで休憩していよう」
セラフィナの演技指導により、台詞が若干改善された。相変わらず棒読みではあるが当初よりマシだろう。
「そらぁ、休憩中に堪忍な」
「!?」
突如、とんでもない暴風が真壁を襲う!
「何だ?!」
強風に煽られ、真壁の隣に置いてあった革の背負い袋が木っ端の如く飛んで行く。重厚な革製のそれが容易く宙を舞う様は、尋常ではない風の強さをまざまざと見せつけた。
「ほぉ? 不意打ち程度じゃあかんっちゅうワケやな。予想外に楽しめそうで嬉しいで」
そんな声と共にどこからともなく現れたのは、アルゴス、弥刀、邦衛の3人。
弥刀はいつの間にか共鳴したらしく、姿が赤髪金目の青年から、朱銀混じる髪を持つ眼光鋭い青年へと変化していた。
実はこの姿を維持する為、舞台裏で相棒キリルをホールケーキ5個で買収したりと涙ぐましい努力を行っていたりするのだが、その事実がここで明かされることはない。
「何者だー!」
「そんなもんどうだってええやろ。あんたさんは黙って服剥かれときゃええんや!!」
此の期に及んで棒読みの真壁とノリノリの弥刀の温度差が凄まじい。
だがそんな些事に構う事なく話は進んで行く。
カーン!!
「さあ始まりました、第294回北風と太陽攻防戦! 実況はわたくし太陽の化身と!」
「北風の化身でお送りいたします」
突如鳴り響くゴング。直後いつの間にかセッティングされた実況席が画面に映し出される。
視聴者を置いてけぼりにしていくスタイルで全力疾走しているが、残念ながらこの場にツッコミはいない。
――以下、地の文に変わりまして御代とメグルがお送りします。
さぁここで北風陣営が取り出したのは、おおっと、あれはなんだ!? 北風さん、ご存知ですか?
あれは巨大扇風機ですね。魔改造されている所為で威力は桁違いになっている筈です。
重そうなカバンも木の葉みたいに飛んで行きましたもんね!
まだまだ、北風の力はこんなものではありませんよ。
おおっとこれはぁ!? 風圧で木が倒れ――と、飛んだあ!! ご覧ください、巨大扇風機の風圧により地面に生えていた木が飛んで行きました!!
……予想以上の威力ですね。
この風圧に耐える旅人は一体何者なのでしょうか! はためく白いコートがまるで翼のようです!
英雄と契約した能力者でしょうね。共鳴しているので霊力の篭った攻撃以外は無効化されるのです。
まさに英雄! 旅人、余裕の表情です! おっとここでエイス選手動いた! 今日もカブト虫フェイスが輝いている! 暴風吹き荒れる中、果敢に旅人へと突撃していく! そして旅人に組みついて――ああっと?!
……これは……予想外の事態ですね……。
脱げたーッ!! エイス選手の上着が脱げたーッ!! 脱げたと言うか木っ端微塵だー!!
風圧が強すぎたのでしょうね。ディオが慌てて扇風機のスイッチを切っています。
「その……なんだ、……災難、だったな……」
「……ギチギチ」
「堪忍や!! まさかこんななるとは思ってへんかったんや!!」
素に戻ってますね。
素に戻っていますね。旅人が目を逸らしているのが居た堪れません。
おおっと、ですがエイス選手諦めていません! 上半身裸のまま旅人へ向かって行く!
誤解を招く様な発言は慎んでください。
旅人、不意を突かれたのか拘束されています! これは動けないか!?
と言うより、何かに悩んでいる様ですね。
だがこれは絶好のチャンス! すかさずトリア選手が走ります!
スーツ姿に木刀とは、なかなか粋な装いですね。ですが共鳴状態の旅人にただの木刀は効きませんよ。
さあどうするトリア選手!
「まか……旅人様の上着を頂きたく」
「断る」
「……旅人様がその気なのであれば、その、気は進まないのですが……」
おや、正面突破ですか。
何か策があるのか?!
「ええと、……お一人で脱ぐのに抵抗があるなら、僕も……脱ぎますが……」
違ったー!! トリア選手、融和派! 融和派の模様です!!
手に持った木刀はなんだったのでしょう……。
「そう、だな……」
おっと?! 意外にも旅人には効いている様子!
いえ……これは……。
「だが、断る!」
切ったーッ!! 旅人、まさかの暴挙!! トリア選手のズボンのベルトを一刀両断!! そのまま流れるようにエイス・トリア両選手を投げ飛ばす!!
取り残されたズボンが物哀しさを倍増させていますね。トリア選手の精神状態が心配です。
「またつまらぬ物を斬ってしまった」
旅人、安定の棒読み!
ここでディオが再び動き出したようですね。隙をついて攻撃を仕掛ける模様です。
「お前に恨みはあらへんが、上からの命令や……死にさらせ!!」
ディオ選手、目がマジです。
彼は融通がききませんからね……。
さぁ唐突に始まりましたガチバトル、先攻は朱銀の髪をなびかせ槍を繰り出すディオ選手!
「!? ま、待て!」
「問答無用や!!」
旅人、動揺していますね。無理もありませんが。
ディオ選手容赦ない! 旅人が動揺で動けない隙に霊力を纏わせた石突を叩き込んだ!!
綺麗に入りましたね。アレは効きますよ。
旅人、堪らず倒れこむ! ディオ選手、その隙を逃さず猛ラッシュ!
どうやら旅人は一瞬意識を飛ばしていたようですね。姿勢が崩れていたので避けることもできなかったでしょう。あれは痛いですよ。
果たして「痛い」で済むのでしょうか?! 旅人の白い服は赤く染まっています!
寓話とは果たしてなんだったのか。
「……っの!!」
旅人、堪らず回復! 治癒の光が旅人の体を包みます!
ディオ、回復の隙を逃さずまた気絶を狙っているようですね。
容赦がない!!
「――っく!!」
「往生しいや!!」
本当に容赦がない!! ディオ選手、2度目の猛ラッシュ! 旅人のマントは既にボロボロだ!
当初の目的を忘れていやしませんか……?
「このっ、いい加減にしろ!!」
おおっと、旅人もやられたままではいない! 光り輝く霊力のメスでディオ選手を切り裂く!
これにはディオも堪らず防戦に入りました。
旅人、攻撃の手を緩めません!
「っつぅ! こんの、ようやってくれたな!?」
「それは、こっちの、セリフだ!」
両者激しいぶつかり合い! これは熱い展開だあ!
当初の目的は忘却の彼方にあるようですね。
両者の得物が交錯する! 迸る霊力の光がまるでエフェクトのようだ!
傍目には旅人が劣勢ですが、果たして今後の展開は……。
「ストーップ! そこまでだぜ2人共!!」
おおっと?! ここでまさかの乱入者です!!
これは新たな刺客の予感ですね。
今後の展開にも期待大です! 以上、実況席でした! お相手は太陽の化身と!
北風の化身でした。
それではまた次回! しーゆーねくすとたいむ!
――以下、御代とメグルに変わりまして地の文がお送りします。
画面右下に映っていた小窓(実況席)が消えた。残されたのは、今までガチバトルを繰り広げていた真壁と弥刀、そして乱入してきた稍乃の3人。
尚半裸のアルゴスと邦衛(本体)は既に回収された模様。邦衛(ズボン)は画面の隅に放置されたまま土埃に汚れており、事態のシュールさを増長させている。
「どうどう、落ち着け2人共、何で上着どころか命まで奪いかねない雰囲気なんだよ。これ童話、俺ら風と日光、オーケー? 穏やかにいこうぜ、な?」
「……何者だ」
戦闘の影響で気が立っている真壁は油断なく槍を構えたまま稍乃を見据えている。だが白い服の裾からはぽたりぽたりと血が滴っており、顔色もよろしくない。
「何者でもいいだろ、それより今はあんたの手当だ。赤髪のにいちゃんもいいな?」
「……チッ、しゃーないなぁ。今日の所はあんさんの硬さに免じて見逃したる。覚えとれや!!」
あからさまな捨て台詞を残して踵を返す弥刀。ぶわっと翻った外套が収まれば、その場にもう弥刀の姿はない。編集の力は偉大である。
弥刀が去ったのを見届けて、緊張を解く真壁。傷が痛むのか顔が歪んでいる。自身の胸に手を当てるようにして治癒の光を展開しているが、どうやら治療が追いついていない様子。
「まぁ、旅人様……何と酷いお姿……」
「……? あんたは……」
そこへ現れた白いローブ姿のコルト。光り輝くエフェクトが神聖さを増長させている。
「そのような些事、よろしいではありませんか。さぁさ、私共にお任せくださいませ。癒しの術を心得ていますわ、まずは傷のお手当をしなければ」
にっこりと笑みを浮かべるコルトに、訝しみながらも頷く真壁。
「さぁ、お着物をこちらに……」
「あ、ああ……頼む」
どこからどう見ても怪しさ満点な稍乃とコルトの2人組だが、戦闘で負傷していることもあり真壁の危機感は仕事をしない。促されるままにコートを脱いで――……。
カンカンカンカーン!!
「試合終了!! 勝者は私、太陽の化身! やったぁ!!」
「ちょっ、ずるいですよ太陽!」
どこからともなくゴングが鳴り響く。場面は変わり、両手を振り上げて喜色を表す御代と、慌てた顔をして御代を見つめるメグルの姿が映し出された。
「ずるくないよ! ちょっと予定は違ったけど、あの2人は私の配下だもん!」
「それは、知ってますけど……」
「ふふふ、押してダメなら引いてみろ、だよ!」
何かが違う。どちらかと言うと漁夫の利だが、残念ながらこの場にツッコミはいない。
「無理矢理どうにかするのはダメなんだよ。ちゃんとお話しして、相手に分かってもらわなきゃ」
「ぐっ……」
何かが違う。何かがおかしいが、残念ながらこの場にツッコミはいない。勝ち誇った顔の御代と悔しげな表情のメグルの対比がどこかシュールだ。
「そんな顔してもダメ! 負けた北風は、罰としてお菓子を買って来ること!」
「くっ、仕方ありませんね……」
2人の喧嘩は得てして毎回こんなものである。
そうして、足早に出て行ったメグルが購入してきたお菓子だが。
「ケーキのイチゴは最初に食べるものだよ?!」
「僕は楽しみを最後までとっておきたいんです!!」
新たな争いの火種になったことだけ、ここに記しておこうと思う。
めでたし、めでたし?
●反響は如何に?
言峰 estrela(aa0526)は、映像に沸き立つ園児達を見つめながら体育座りでポップコーンを食べていた。
「……このお話しって、こんなんだったっけ?」
全く違う。だが「これはこれで面白いからいいや」と特に気にはしていない言峰。
「おねーちゃん、おねーちゃんも、あの白いおにいちゃんと赤いおにいちゃんとおんなじひと?」
もぐもぐとポップコーンを食べていると、隣にいた園児が言峰の服の裾を引いてそんな事を問うてきた。要領を得ない話し方だったが、真壁と弥刀の事だろうと当たりをつけて頷く。
「そうよ?」
「ふぅん……」
言峰の返答に、何故か不安げな顔をする幼児。
「これみたら、おとーさんとおかーさん、わらってくれるかな……」
大人の不安は子供に伝播する。大規模作戦が行われている今、民間人の不安も大きいのだろう。
「……大丈夫。笑ってくれるよ。このビデオに出てるお兄さんも、お姉さんも、もちろんワタシも、ちゃーんと、みんなも世界も守るから」
幼子の頭に手をやって、撫でる。
「ワタシ達エージェントが、守るから。だから今はこのお話しを楽しんでね?」
そう言えば、不安げだった幼子の表情は、ふにゃりと嬉しげにとけるのだった。
「……柄にもない言を言うのだな」
園児達の輪から抜け出して外に出れば、待機していた相棒キュベレー(aa0526hero001)が無表情のまま言峰を見据えてきた。
「……悪戯に不安を煽る必要はないもの。大丈夫、これは布石。ワタシの目的を達成するためにも、負ける訳にはいかないのよ」
なんとなく目を逸らしてそう言えば、キュベレーは珍しく鼻で嗤って目を眇めて見せる。
「お前はまだ弱い。時間を無駄にしない事だな」
それ以上追求もなく、踵を返すキュベレー。
「……わかってるわよ」
その背中に小さく呟いて、言峰は相棒の背を追うのだった。
「久朗はん、ほんまごめん! この通りや!」
「いや、大丈夫だ、気にしてない」
まだ包帯の取れない真壁に、弥刀が見舞い用のチョコバーを差し出して頭を下げている。
「なんしとんやろなうち……勝負に熱ぅなりすぎて……」
「気にしてない」
マイペースにチョコバーを剥く真壁。そのまま、剥いたチョコバーを弥刀の口に突っ込んだ。
「むぐ?!」
「あの映像、ネットにアップされて話題になってるらしいんだ」
「……?」
突っ込まれたチョコバーを咀嚼しながら、頭上に「?」を浮かべる弥刀。構わず言葉を続ける真壁はチョコバー(3本目)を剥いて口に運んでいる。1本はセラフィナが消費済みだ。
「大勢の人が楽しんでくれたんなら、俺はそれでいい」
そう言って、真壁はふいと顔を背けてしまう。
暫く呆然と後ろ頭を眺めていた弥刀は、徐々に真壁の言葉の意味を理解して、ふにゃりとした笑みを浮かべた。
「おおきになぁ、久朗はん」