本部
マスカレイドを、君と
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言
オープニング
●発端
「はぁ、仮面ですか」
彼女はぽかんとしながら説明を聞いていた。
彼女の職業は雑誌編集者である。
いや正確に言えば兼雑誌編集者である。
より正確に言うならばなんでもやると(自称)評判のリンカーである。
それが何故こんな研究所にいるのか説明は省くが、ともかく。
「そう、イメージプロジェクターにボイスチェンジャー付きでね」
試作段階なんだけどと熱く語ってくる研究者の言葉を右から左へ聞き流しつつ、彼女は考えていた。
これ、何かに使えないだろうか。
仮面。
仮面である。
しかもイメージプロジェクターといえばあの服装なんでもござれの物体である。
ついでにボイスチェンジャー付き。
仮面。服装変更。声も変えれる。
とくれば。
「あのー。これたくさん作れます?」
●仮面舞踏会開幕のお知らせ
彼女と研究者の会話から数か月。
用意されたのは人数分の仮面(イメージプロジェクター・ボイスチェンジャー完備)と、見た目は全く似た造りの仮面の二種類である。後者には姿や声を変える機能はついていない。
出来栄えに満足する研究者からそっと目を逸らし、彼女は一晩で作り上げた依頼内容を本部へ提出する。
そうして、H.O.P.E.の依頼斡旋のスペースに紙が貼り出された。
『仮面舞踏会開幕のお知らせ!』
☆広い会場で舞踏会を楽しみませんか?
☆服装も声も変えれる仮面付き!
☆着替えの部屋も多く用意してあります!プライバシー保障!
☆未成年にはジュース!大人にはお酒もご用意!
解説
●目的
仮面舞踏会を楽しむ
●時間帯
日が暮れた夜。庭園はライトアップされる。
●仮面
・【幻】:イメージプロジェクターとボイスチェンジャーが備わった仮面。
服装や声は思いのまま、顔も仮面で隠せて見知らぬ人であれば相手が誰か分からないだろう。
・【面】:普通の仮面。顔は隠せるが服装も声も変わらない。だからこそ偽れるものもあるかもしれない。
●場所
・とある会場:大きい。広い。能力者と英雄も希望すれば別々の部屋に通される為、プライバシーは守られる。
入り組んだ構造をしている為、後をついていかない限り誰がどんな格好をしているかは分からない仕様。
・大ホール:舞踏会を楽しむ場所。立ち飲み用のスタンドテーブルも用意されている為、歓談も可能。
飲み物はバーテンに扮したユウが用意してくれる。
大ホール内で仮面を取る事は厳禁。見つかれば即座に別部屋へ連行され、再び大ホールに戻る事は出来ない。
・テラス:大ホールから離れた場所にある。仮面を取ってもOK。椅子があり、庭園を眺めて過ごす事が出来る。
●禁止事項
・大ホール内で仮面を取る事。
・大ホール内で相手の名前を呼ぶ事。
※仮の名前で呼ぶのならばOK。「仮面の君」など。
・大ホール内での撮影、通話、メールなど連絡を取る行為。
・犯罪行為、またはそれに近い公序良俗に反する行為。
・会場外へ仮面を持ち出す事。お持ち帰り駄目絶対。
●備考
・服は会場内で借りる事も可能。持ってきて着替えるのもOK!
・表向きは『【幻】仮面の効果調査』の為、飲食をしても金銭マイナスは発生しない。
・エージェント以外にも一般人が多数参加している。彼らが着けているのは普通の仮面である。
リプレイ
●幕前
『仮面舞踏会だって!』
依頼の紙を前に声をあげたのは紫苑(aa4199hero001)。彼の能力者であるバルタサール・デル・レイ(aa4199)は心中(くだらねえ……)と思いつつ煙草を吹かす。楽しそうな英雄がこちらに矛先を向けないようにと視線を遠くへ投げたものの。
『さ、支度して!』
煙草の煙と溜息を共に吐き出す。あぁ、そうだと思った。強引に連行されるバルタサールの顔は諦めに満ちていた。
「仮面舞踏会だって!」
プリンセス☆エデン(aa4913)はそう言って隣のEzra(aa4913hero001)を見上げる。
『服装も声も変えられる仮面があるそうですよ。お嬢様の美しいかんばせや、小鳥の囀りのような声が、どのように変化するのでしょう』
さらりと零れる褒め言葉、すっかりおだてが身に着いたEzraを「やだー、エズラ分かってるじゃなーい!」とぺしぺし叩くエデン。
「確かにあたしのこのプリティフェイスを隠しちゃうのは惜しいけど……。新しい魅力を発見できるチャンスかもしれない!!」
『それでは、お車を用意いたしますね』
エデンの言葉に参加の意を見て取ったEzraはすかさず携帯電話を取り出す。能力者の言葉をさらっと適当に受け流すのも板につき、お嬢様と執事もといアイドルユニット達は会場へと向かうのであった。
木霊・C・リュカ(aa0068)は【面】を選んでいた。その理由としては、
「お兄さんの美貌と声を隠すなんて勿体ない! でしょ?」
きりっと決めた顔は残念ながら誰にも見られていなかったものの、服は着替えてタキシードに。
賑わう声に誘われて、眩いほどの光の中へ。
紫 征四郎(aa0076)は仮面【幻】を選んだ。イメージプロジェクターを駆使し、今の自分が成長して大人になった時のドレス姿を描き出す。
焼いてきたクッキーも小さな鞄にしっかりしまって、想いは仮面で隠して。いざ、舞台へ。
『踊りできないです』
ぽつり。
並べられた衣装を前に呟いた少女――時鳥 蛍(aa1371)。そんな少女へ自信満々に、胸を張って応じたのは英雄であるシルフィード=キサナドゥ(aa1371hero002)。
《ダンスは淑女の嗜みですもの。泥船に乗ったつもりでわたくしに任せてくださいまし!》
『大船です』
ちょっとした間違いもなんのその。時鳥の訂正はさらりと受け流し、この衣装がいいと引き出したのはシンプルなタキシードだ。
共鳴して服を着替え、仮面【幻】を身に着ける。
ピンクプラチナの瞳はそのままに白と金の髪を結い上げて仮面の効果で隠してしまえば、鏡に映るのは男装の麗人。
「この状況ですもの。普段と趣向を変えてで一つ」
華麗にウィンクを決めたシルフィードがそう言うなら時鳥に異論は無い。
控室から大ホールへ、歩みを進める。
●舞台の幕が上がる
大切な友達と踊った後は人の少ない所へ、時鳥に手を引かれるまま征四郎はホールの隅へ。
時鳥は共鳴している為、言葉は伝言の体でもって征四郎に伝えられる。
もう一人の英雄との間に壁を作っている件について。
「『主導権を取られた時に余計なことをされたと感じました。でもわたしは人を殺すということを曖昧にして、怒りに任せて殺意を燃やし続けていた』」
もう一人の英雄の行動は間違ってなかった、と。
ぽつぽつ語られる素直な言葉に相槌を打ちながら征四郎は聴いていた。
壁を作っているのは今まで抱えていたストレスの八つ当たりもあるということや、距離を取ってから助けを貰わなくてもできることが増えたと自覚したこと。
それに付随して……いなくてもいいと思い始めた自分がいるかもしれないという、恐怖。
本音は一緒にいたいし謝りたい。
少女の零す言葉を全て聴き終えて、征四郎は彼女の手をそっと握る。
「わたしは、一緒にいる必要がなくても、一緒にいていいと思います」
時鳥の素直な気持ち。だから征四郎も出来るだけ素直に言葉にする。
「だってきっと、そっちの方が、出来ることはいっぱいになるはずです」
それはとても素敵なことだと思うから。
微笑む征四郎の手を握り返して、時鳥はこくんと頷いた。
休憩しようとテラスへ向かう途中で時鳥は木霊を発見した。壁の花状態の木霊へ、挨拶と共に。
「(わたしの大切な友達を)よろしくお願いします」
始めの部分は心の内に。言葉と同時に軽く頭を下げれば、言われた方は頷きつつも要領を得ない様子で「? うん……?」と首を傾げている。
まぁ別に、言う権利があるわけでもなく、勝手に言っているだけなのだ。
隣をすり抜けて目的のテラスへ向かう時鳥をなんとなく目で追えば、覚えのある香りがして木霊の視線は奪われる。
きっと近くにいれば気づけるはずと思っていた。
「そこの甘いクッキーの香りのお嬢さん、よければ一曲いかがです?」
ダンスに誘えば、甘い香りを纏ったその人はこちらに気付いたようで。
「ええ、宜しくお願いしますわ」
スカートを少し持ち上げて挨拶する征四郎は、まだ木霊が気付いていると思っていない様子。
ならば跪いて手を取る動作をしながら笑って。
「今日お昼作ってたもんね!」
そこでようやく征四郎もばれていると気付いたようで、少し恥ずかしそうにするのに構わず手を取ってしまう。
「また香水とか一緒に買いに行こうか」
次を口にすれば征四郎の表情も綻んで小さく頷いた。
前に一緒に踊った時よりも少しでも上手くなっているといいと思いながら。
(次の約束があるのは、とても嬉しいことなのです)
伝えきれない想いは秘めて、あとはただ楽しく楽しく踊るばかり。
●特訓のダンス
会場に到着したエデンとEzraは一旦別々の部屋へ。
「会場で、あたしを見つけ出してね!」
『はい、必ずや』
――数分後。
別々の部屋から似たような恰好の二人が現れる。
それもそのはず。共に仮面【幻】を選び、会場に向かってくる途中「どんな衣裳にしよっかなー!」とスマホで見ていたのだ。仮面舞踏会で検索して。一緒に。二人で。
そんなわけで二人とも黒地に金だとか赤だとか、どこかのカーニバルのような衣装に身を包むことになった。幸か不幸か控室から出てきたのはEzraが早かったので、着替えてすぐばれるということは無かったのだが。
『何かお手伝いいたしましょうか』
執事らしさが染みついているからか、バーテンに扮したユウの手伝いをしようとする青年、Ezraである。
「ちょっとそこの仮面の人~なにバーテンさんの仕事を奪おうとしてるの?」
『はっ!』
声も姿も違うが間違うはずもない。振り返れば、仮面をつけていても不機嫌そうだと分かる少女の姿。
『つ、つい……』
「なに照れてんの。あたしのこと見つけてって言ったのに」
少女の頬がぷくっと膨らむ。Ezraが慌ててしょんぼりしながら謝れば、少女――エデンはどうやら機嫌を直したようで。
「ま、いいわ。なんか似たような衣装選んでるよね。兄妹みたいだね」
前から後ろから、Ezraの服を面白そうに見るエデンに、一緒にスマホ見ましたからねと心の中で答えるEzraである。
「じゃ、せっかくだし、おどろ! きのう特訓したし、ちゃんとエスコートしてよね!」
『努力いたします』
手に手を引かれ、舞台の中心へ。揃いの衣装のような二人はスポットライトを一身に浴びる。
「見た目はいいのに、けっこー運動音痴なんだよねえ……ユニットで売り出すんだから、まずはダンスから!」
踊りの特訓の成果を存分に披露しながら、仮面があっても無くても変わらない二人はくるりくるりと踊り続けるのであった。
●揶揄いのダンス
「素敵なお嬢さん、一曲お付き合いいただけますか?」
優雅な礼と共に手を差し出すのは仮面【幻】を身に着けてオレンジの装束に身を包んだ美青年――ロザーリア・アレッサンドリ(aa4019hero001)。
一方差し出された手を訝し気に見つめるのはネイビーのドレス姿のウェンディ・フローレンス(aa4019)だ。
「(ロザリー、ですわね)」
素早く結論を出し、にっこりと笑顔を浮かべて気付かぬ振りで手に手を乗せる。
「お誘いいただき光栄ですわ。それでは、お付き合いさせていただきます」
これも本の知識だろうか、慣れた様子を漂わせたままロザーリアの動きに誘われて二人はホールで舞い踊る。
踊った後はテラスへ。
一息ついたウェンディをエスコートしながら、青年はそっと微笑する。
「お嬢さん。貴女とのひと時はとても楽しかった。ずっと踊っていたいくらいだ……」
見つめる眼差しは柔らかく、何も知らない女性ならイチコロかもしれないが。
「(はぁ……。いつもの悪戯ですわね)」
「お嬢さん、このままふたりでここに……ぷっ、くくくっ……」
ロザーリアは自身の仮面へと手を掛け、勢いよく外した。「じゃーん!!」という声と共に現れたのはいつものロザーリアだ。
「……」
一方、全く驚くことのないウェンディ。そしてその様子にバレていたと気付いた英雄は能力者が何か思いついたと気付かない。
ほんの一歩。ウェンディは近付いてロザーリアの首に両腕を回す。
「あら、でも、あんなに情熱的に愛を囁いてくれるなんて。私、お相手が女性でも全然かまいませんわよ?」
声色は艶やかに。耳元で囁いて。
「今なら誰もいませんわ。……ね?」
近づく顔、触れそうな距離にようやく事態を理解したロザーリアは「ひゃややややややっ!?!?!?」と声をあげながら慌てて体を引き離す。
まさか本気にさせてしまったかとマジ焦りの英雄から離れてウェンディは溜め息を一つ。
「はぁ……。ほら、調子に乗るとこういうことになりますわよ」
その言葉に、からかうつもりが逆にいぢめられていたのだと気付いたロザーリオはほっと胸を撫で下ろした。なかなか真に迫っていたので、余計に。
「じゃ、もう一回踊りに行こうか」
今度はこれ!と変わった姿はロザーリオのままで、服は華やかなオレンジ色のドレス。
「じゃ、行こっか、お姫さま♪」
「はいはい」
ロザーリオの綺麗な姿にちょっと見惚れてしまったのはウェンディだけの秘密にして。
差し出された手を今度はしっかりと握り返し、二人手を繋いでホールへと戻っていく。
●愛しさのダンス
「(うう……。ルナにこの仮面渡されたけど、これ、共鳴してる時の格好……)」
大ホールにて立ち尽くす一人の少女。長い黒髪にゴシック調の黒ドレスを身に纏った美少女の正体は天野 一羽(aa3515)である。
所在なく立ち尽くしていれば、足音。しかも駆けてくる。
『やーん、かーわいっ♪』
「うわっ!? ……えっ、ええっ!?」
駆け寄ってきた美少女を抱き留め、勢いのままくるりとターン。天野が改めて美少女の顔を確認すると、普段とは装いを変えたルナ(aa3515hero001)であった。
レースとフリル、リボンをたっぷり使ったピンクのプリンセスライン。いつもはセクシャル極振りの容姿だが、今のルナは可愛らしい金髪美少女の姿だ。
『ね、おねーさんと踊りましょ♪』
「いやちょっと、年齢変わらないじゃ……わわっ!?」
軽やかに手を引かれ、二人の少女は舞台の真ん中へ。握られた手は離されないまま、優雅にダンスを踊る。
「……はあ。やっぱ、女の子の格好なんて慣れないなぁ」
大ホールから離れ、テラスにやってきた天野は仮面を取る。すると姿は見慣れた自分に元通りだ。ようやく落ち着けると息を吐けば。
『そーお? 可愛いのに』
「……えっ!?」
ふふ、と微笑むルナは確かに26歳の姿に戻っていた。ただし、衣装は何も変わらないまま。
プリンセスラインのドレス、甘く可愛らしい恰好は26歳のルナも見事に着こなしていた。
『すごいでしょ?』
「い、いや……」
ずいっと近寄ってくるルナから目を逸らしつつ、(ルナって、こんなに、可愛かった……?)と天野は狼狽える。
そしてそこを見逃すルナではないのだ。
『……ね、どうかな??』
「ど、どうって……」
顔を真っ赤に染めて、目は合わせられないまま。
「え、いや、その……。か、可愛い……」
『だめ。もっと。……ね?』
可愛らしいおねだりに、天野はようやくルナと目を合わせた。
「え……う、そ、その……。き、綺麗……」
するすると出てきた言葉ではないけれど、天野の本心にルナはにっこりと微笑んで礼を。それからそっと指を伸ばす。
『ね、一羽ちゃん。……大好き』
「……え?」
天野の顔を上向けさせて、長く長く、キスを。
込めるのは紛れもない恋心。
「……はあっ。ちょっ、ルナ……!?」
息を吸い込んで見上げた英雄の顔は真っ赤で、つられて天野も真っ赤になってしまう。
『(キスなんて、何度もしたことあるのに……。こんなの初めて……)』
ルナは元サキュバスだ。しかし恋心から来るキスは初めてで、まるで初々しいカップルのよう。
『……もう少し、ここにいよっか?』
言葉は無いまま頷いた大好きな人へまたキスをして。二人の夜は静かに更けていくのであった。
●変化か、それとも
バルタサールと紫苑は仮面【面】を選んだ。着替えの部屋は別々。バルタサールは仮面だけ身に着け、服はそのままに大ホールへ。しかし舞踏会なのでと係員に止められて渋々引き返し、渋々着込んだのはシックなタキシードだ。
これならばいいだろうと大ホールを素通り、人のいない場所を探してテラスへと辿り着く。幸い喫煙不可のマークは無いようだから胸ポケットから一本取り出して火を点ける。
『やっぱりここにいた』
背後からかかる声に驚く事も振り返る事も無く。
『せっかくのイベントでも、いつも通りなんだね』
「舞踏会なんて面倒だしな」
仮面はつけたまま声の主の方を見れば、その人物は青くフワフワとした衣装に身を包んでいた。
声の主――紫苑はバルタサールの隣に並ぶ。
『世界蝕が起こって、王が現れて、世界が変化しても、きみは変わらない』
訥々と語る言葉は独り言のようで、バルタサールは再び視線を遠くへ投げた。
『いめは、復讐相手を見つけて、悲願を果たそうとしているけど。きみの探し人は、なかなか現れそうにないね』
人というがそれは愚神だ。何の手掛かりも無い、しかし探す事も止められない。
紫苑の瞳がバルタサールの横顔へと向く。
『ずっと同じで……きみは楽しい? 僕は、そんなきみを見てるのは楽しいけれどね!』
沈黙は続く。視線は横顔から離れて、星が瞬く夜空へ。
『だけど、世界蝕も起きたし、きみをこうやって見物して楽しむ時間も、長くは続かないのかなって』
「……」
『今後、人と英雄がどうなっていくのか分からないけど……力があるうち、戦えるうちに、見つかるといいね』
まるで相手を思いやるような優しい言葉。しかし続いた言葉は、
『でも目標を遂げたら、きみはその後、どうなるんだろうね?』
「……さてな」
『それだけは、見届けておきたいな~』
「……本当におまえはいい性格をしているな」
ようやく、視線が合った。紫苑はバルタサールの言葉にふわりと微笑む。
『ありがと。こんな僕の力が、きみは必要なんでしょ』
痛い所を突かれたという内心は、仮面に隠されて顔には出ない。目聡い英雄に隠せたかは別として。
『じゃ、誓約を果たして、僕を楽しませて。大ホールに行こ』
「……(仕方ない……)」
諦めのまま煙草の吸殻を処理して、大ホールへ足を向ける。
光の中へ誘おうとする紫苑は、心を弄ぶ鬼であるのか、それとも。
終わりはまだ訪れない。真意もまた、分からない。
●偽りのダンス
ガルー・A・A(aa0076hero001)は壁に寄り掛かりながら舞踏会を眺めていた。時折誘われるままに踊るが、終われば再び壁の花。見つけ出したいのはただ一人。
――終わりはきっと、すぐそこだ。
英雄の存在と終局。もしこの世界に必要となくなったなら、その時は幕引きとともに消えるべきだ。
だからこそ、だからこそ。
未練を残すべきではないと考える。
(消えるべきが明日でも、今日を幸せにすることはできる)
踊りで少し乱れた正装を直しながら、仮面だらけの人々に目を凝らすもすぐにやめる。どんな格好でいるかも分からないのだ。
それに。
(リーヴィがこの機会に、誘いに来ないとも思えないしな)
ガルーが選んだのは【面】だ。何を変えているわけでもない、ならば。
『ミスタ、一曲私と踊っていただけませんか?』
例え何を変えても確信する、その声が掛かるその時をずっと、待っていた。
オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は仮面【幻】を選んだ。
(3年も前から、ずっとこんなだったのか)
我ながら若干呆れると内心嘆息しながら、内臓された機械を弄っていく。
愚神商人の言葉、王の降臨。急に目に見える様になった終局。
"もし王を無事倒せたとして、抑止としての必要性の失われた英雄はどうなるのか"という可能性。
終わりを知って愛を伝えるなど、不毛にも程がある。
だから――だから。
オリヴィエは女性の姿を選んだ。黒髪に日本人肌。本来の自分とは違う姿。身長も伸びて性別も変わるのだ、きっと違和感も無いだろう。
あぁ、そういえば。情のそもそもの始まりも、こんなダンスパーティーの依頼だった気がする。
それがいつからこんなに具体的な形をとったのか、もうわからない。
わからないけれど、これが形を成しているとオリヴィエはもう知っているのだ。
『ミスタ、』
そう声を掛けて誘ったその人の右手小指で、自身が贈った指輪が光る。
多少もたつくも、ガルーのリードでフォローしながら踊りは続く。
(なんだか少し懐かしいな)
最初にこうして踊った時もだいぶフォローしたんだっけ。
でも、今は、あの頃よりはずっと――。
『ありがとうございます、ミスタ』
微笑むその人に一礼を返し、誘い誘われて二人はテラスへと赴く。
互いに仮面は取らないまま。
『ああ、とても綺麗です』
輝く星々、一つきり浮かぶ月。明日もきっといい天気だと思えるほど穏やかな空。
積み重ねていく今日がいつまで続くか分からない。
終わりに挑むのに、良い思い出の一つ位あっても良いとオリヴィエは仮面の男性へと近づいた。
『とても楽しかった、ありがとう』
別れ際に彼の頬へ触れるだけの口づけを送る。
そうして抱き締められるほどの距離で、返されたのは額へのキス。
『そうだな、また踊ろう。きっと』
今度はこんな仮面など無い、本当の姿で。
●一夜の
「何だこの格好……?!」
フロックコートに白手袋、度無し眼鏡を身につけていた……はずの夜城 黒塚(aa4625)は鏡に映った自分の姿を見て目を見開いた。
選んだ仮面は【幻】。プロジェクターが映し出すのは真紅のビスチェタイプのプリンセスドレスを纏った女性の姿。
どうしてこんなことにと考えを巡らせれば、思い至った可能性に舌打ちを一つ。
「くそ、ウーフーの仕業だな……」
英雄であるウーフー(aa4625hero002)の笑顔が頭に浮かび、眉間の皺が渓谷のように深くなる。しかしこの仮面をつけないわけにはいかない。どうせ外せば元に戻るのだと諦めて大ホールに向かう黒塚だが、美麗な女性姿の彼が放っておかれるわけもない。
戸惑いながらもダンスの誘いにどうにかこうにか断りを入れ、人の居ない所へ逃げてしまおうとスパークリングワインや軽食などなどを確保しながらテラスへと逃亡する。
どうやらここには人は居ないようだ。
ほっと息をついて仮面を外し、持ち込んだものはテーブルに置いて椅子に深く座り込む。
帰ったらどうしてやろうかなどと煙草を吸っていれば足音が聞こえた気がして、振り向いたそこには既知である時鳥の姿があった。
「……おぅ、お前らも来てたか」
声を掛けたのは二人に対してだ。時鳥は休憩にテラスへ来ており、共鳴を解除した為シルフィードの姿もここにある。
黒塚に適当な席とノンアルコールの飲み物を進められ、促されるままに座る二人。
「楽しんでるか? ……俺は……ああいう賑やかな場所は性に合わねぇ」
ぼやかれた言葉に時鳥は首を傾げた。ならば大ホールで軽やかに踊っていたあの人物はいったい。
《ですが、とってもお上手でしたわ!》
よほど舞踏会が気に入ったのだろう、踊っていた黒塚?の様子や舞踏会の感想をはしゃぎながら話すシルフィードに、黒塚はそれが英雄のウーフーであるとざっくりネタ晴らしを。
大きく驚くシルフィードとは対照的に静かに驚きを示した時鳥は、黒塚に聞きたいことがあると口を開いた。
仲直りの、謝罪について。
謝りたい人がいる。とても大切な人で、でもどう仲直りをしたらいいのか分からない。
無垢な眼差しに問い掛けられ、やや狼狽えながらも黒塚は考える。
駆け引きやビジネス的な方法は知っているが、それは彼女が知りたい答えではないだろうから。
「……蟠りがあるなら、まずそいつを片付けるこった。んで、お互いの考えをちゃんと伝え合え」
一方的に会話を打ち切るわけでも、ただ伝えるわけでもなく。伝え合うということ。
「つまらねェ意地で仲直りしてぇって気持ちに嘘をつかないのが一番だと思うぜ」
簡単で難しい仲直りの方法を伝えれば、時鳥は自分の中に落とし込んでから黒塚に向かってぺこりと頭を下げた。
『ありがとうございます。お礼に何もできないのが残念です』
その言葉だけで充分だと黒塚は手をひらりと振って、これ以上誤解を生む前にウーフーを回収しにホールへ向かう。致し方なく着ける仮面は時鳥達の姿が見えなくなってから。
さてあの英雄はどこかと視線を巡らせれば、壁の花の木霊の姿を発見した。まことに遺憾ながら現在の黒塚の姿はまごうことなき女性姿なので。
「……あの」
耳に届く声色は正しく女性のもの。噛み合わない声と言葉にむず痒さを感じながら、声を掛けてしまったからにはと踊りへ誘う。
が、次の木霊の言葉に黒塚の表情が凍り付く。
「ふふーふ、お誘いありがとうnoirのマドモアゼル?」
これは完全にばれている。ついいつもの調子で接してしまったからなのかは分からないが、今更引くに引けない。
「不慣れではありますが、一曲お付き合いお願いしますね!」
にっこり笑顔の木霊が相手に気付けたのはふわりと香った煙草の残滓からなのだが、ここは秘めておく方がいいだろう。
ぷーくすしながらホールの中心へ、くるりくるりとステップを踏めば意図して思い切り足を踏まれたりして。
あいた!なんて声をあげながら踏まれないように右へ左へ足を逃がせば、マドモアゼル呼びされてムキになっている麗しい人の顔に黒塚の表情を見てしまって余計に笑顔が零れてしまう。
ああ、なんて楽しいんだろう!
黒塚が立ち去り、残されたのは時鳥とシルフィード。
何も言わぬまま夜空を見上げる少女に、シルフィードはゆっくりと声を掛ける。
《子供はいつか独り立ちするもの。蛍はその途中なのですわ》
何の話か具体的には言わない。きっと時鳥は分かっていると、分かっている。シルフィードと共鳴している間、会話が全て筒抜けなことも。
相手を不要だという思いを怖がる時鳥がいるのなら、いなくなって欲しくないと思う心が真実だ。
相手も時鳥のことを怒っていない。保証する。
その言葉が時鳥にどう響くか分からない。けれど伝わると信じて。
時間を巻き戻して。一方のウーフーは仮面【幻】の効果を満喫していた。
映し出すのはフロックコート姿の黒塚で、声も彼に似せている。
「折角正体不明なんですから、面白おかしくやらないとですよ♪」
黒塚ならば絶対に見せないだろう笑みを浮かべながら、彼もまた大ホールへ。
目に付いた男女を踊りに誘っては誘われて、そのたび華麗にエスコートしながらリードを取る。
名も言えぬ男装した少女と一曲、その次はカーニバル衣装に身を包んだ少女と。
思う存分踊って中央から身を引けば、ふわっと甘い匂いに視線が向く。
そこには仮面を掛けたままクッキーを配る少女の姿。
「紫苑蝶の姫、どうか俺と一曲」
黒塚を妙にキザにしたような発言だが、声を掛けられた征四郎はふふっと一つ笑って。
(この人はきっとクロツカですね)
差し出された手に小さな手を乗せて、頑張って背伸びをしながらダンスを踊る。
ステップを踏み外しそうになるたび優雅にリードされながら、時折近くなった距離でその調子だと囁かれ。
「仮面をかぶっているからか、いつもと印象が違いますね」
不思議な顔をする征四郎に、ウーフーはうっすら笑みを浮かべて口元に人差し指を立てる。
「えぇ。これも一夜の幻ですから」
ちなみに。
征四郎とのダンスを終えたその頃、黒塚もまた木霊とのダンスを終えて。
ノリノリで誘いに行ったウーフーが美麗な女性姿の黒塚にばっさり振られてホールがざわついたのは、余談である。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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