本部

遺跡とミイラ

ケーフェイ

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/26 19:44

掲示板

オープニング

 ダマヌールの東にある遺跡は、最近になってイギリスの教授が発見した遺跡として話題になっていた。
 その奥は洞窟となっており、巨大な石室となっていた。かつてファラオを納めていたであろうそこは、残念ながら既に墓荒らしにあったらしく、天窓のように陽の光を取り入れる砕けた天井と、空っぽの石棺が転がる殺風景な部屋だ。
 冷える砂漠の夜半、石棺に腰を下ろして佇むキターブは、響く足音に耳を傾けていた。
 まだここは殆ど調査の手が入っていない。発掘員でも殆ど足を踏み入れておらず、天井の穴からならともかく、まともに谷の入り口から入ってくれば迷路のような道を通らねばならない。
 淀みなく響く足音。それは規則的で迷いがなく、まるでこの場所への道を熟知しているように思えた。
 そして足音の主を、キターブは満面の笑みで迎えた。
「お待ちしていました。魔術師殿」
 煤けたローブを纏う痩せこけた体。落ち窪んだ眼窩で光る鬼火のような眼は、カイロの警察署で遭遇した時と同じものだった。
「……発掘が本格化したと聞いたのだがね」
 魔術師が呆れたように新聞を放った。そこにはダマヌールの遺跡で大量のミイラが発見され、大々的な調査が行われることが載っていた。
 これは警察署の襲撃からすぐ、キターブが新聞社に持ち込んで半ば無理やり書かせた記事だった。見出しにも『未発見のファラオの墓か』とか『大量のミイラが出土』など煽るように書かれている。
「発掘はもう始まってますよ。すでにミイラはレイネス教授が自身の大学に搬送しています」
「発掘物を運び出したのか」
「ええ。そうしなければバレてしまいますからね。あれが現代人のミイラだと」
 キターブはダマヌールで発掘した新しいミイラがマフィアの商品であることを察していた。そこで大々的な調査が行なわれれば、当然ミイラの年代測定が行われる。
 それで困るのはミイラを作成した魔術師であり、彼の弟子のヴィランたちだ。
「ミイラが見つかると困る。それは分かるんですよ。でも正直、賭けだった。捕まっているあの三人を見捨てて逃げられれば、俺にはどうしようもなかった」
「私が弟子たちを見捨てると」
 強く頷き、キターブは続ける。
「魔術師としてはそれが自然なんです。だがそもそも、あなたほどの魔術師がマフィアと組んでまで金策に奔走する事情が推測できないんですよ。というか、俗世にこうも関わると言うのがそもそも解せない」
 それがキターブには気になっていた。魔術師の徒弟など程度の差はあれ、互いに自身の魔導を極めんとするために利用し合うような関係だ。この魔術師然とした男がどうしてそこまでするのか、彼は聞いておかねばならなかった。
「――私の弟子の三人は、知っているな」
「はい。口が堅くて弱りましたよ」
「あの三人は墓守と言っていたがな、実際は違う」
「そんなことは分かって――」
「あの方々は、王家の末裔だ」
 聞いてしばらく、キターブは口を開けたまま呆けてしまっていた。
「……ご冗談でしょう。プトレマイオス十五世まで遡れるとでも?」
「いや、パルミラ帝国の女王ゼノビアの係累になる」
 ゼノビアとは紀元三世紀頃にあった帝国で、その女王ゼノビアはプトレマイオス王朝の末裔であると自身で語っていたとされている。
「いずれにしても傍流も傍流でしょう。この現代に意味があるとは思えない」
「あるよ、意味は。私のような墓守には」
 魔術師の目が、どこか遠くを見つめるように虚ろを帯びる。
「確かに私は世俗などどうでもいい。だがあの方々がスラムで虐げられながら暮らしているのを知っていて、それを見過ごすほど恥知らずでもない」
 それが墓守だ、魔術師はそう言い切った。
 世俗を捨てた魔術師。無論、現代社会との接点もごく僅かだろう。そんな中で手っ取り早く金を稼ぐのに犯罪を行なうのは自然な流れと言える。彼らを保護するのに魔導の知恵ではなく、まずは金銭が必要だったのだろう。
「あなたの事情は分かりました。同情してあげたいところだが、これだけの殺人に加担した人間を野放しにはできない。しかしH.O.P.E.は常に人手不足だ。才能ある人間を遊ばせる余裕はない。どうでしょう、ここは取引といきませんか?」
 本題を切り出したキターブに、魔術師は冷ややかな視線を送る。
「殺人容疑を取り消す代わりに、H.O.P.E.の走狗になれと?」
「要はそんなところです。あの三人についても無罪放免。警察にはとりあえずロシアンマフィアを摘発させれば花を持たせられる」
「……そこまでして、私に何をさせたい?」
「まあ、ちょっとした仕事を頼みたくてね。了承していただけませんか」
 キターブが身を乗り出して訊ねる。しかし魔術師はつまらなそうに顔を背け、ローブの裾から枯れ枝のような腕を差し出した。
「……君は危険だ。魔術師の私から見てもそう思うよ」
 掌で俄かに風が起こる。恐らく警察署でも放った渇きの風だろう。
「光栄ですよ。魔術師殿」
 笑いかけながらも僅かに腰を浮かせるキターブ。ポケットに入れたスマホからは、既に周辺に待機してもらっているリンカーに連絡を飛ばしていた。
「警察署の時より落ち着いている。またリンカーとやらかね」
「そんなところです。俺がお相手できず申し訳ない」
「構わんよ。全員を始末した後で、君には責任を取ってもらう」
「素敵な言葉です」
 既にリンカーにはこちらに向かっている。いざとなれば洞窟に逃げ込んで時間を稼げばいい。問題は魔術師が逃げてしまわないかだが、全員を始末などと威勢のいいことを言っているのならその心配もない。
 ここまで御膳立てしたのだ。魔術師は絶対に逃がさない。いずれにしてもマフィアたちを摘発するにも協力者である彼の証言が必要だ。今度こそ捕え、彼にこそ責任を取ってもらう。
 没薬と砂と、濃密な魔術の気配をいっぱいに吸い込んで、キターブは満足そうに微笑んだ。

解説

・目的
 魔術師の捕獲。

・敵
 魔術師。渇きを伝播させる共感魔術を用いる。

・場所
 ダマヌールの谷にある遺跡最奥の石室。

・状況
 石室の天井には穴が開いており、突入に適していると思われる。谷の入り口から最奥の石室までは複雑な迷路となっており、逃亡された場合に捕捉が困難になると思われる。

リプレイ

●石室に風起こり

「話は終わったな、キターブ」
 タイミングを見計らい、石室の通路から火蛾魅 塵(aa5095)がおもむろに姿を現す。その隣には人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)がいる。
「ああ、ここから先はお任せするよ。火蛾魅さん」
 芝居がかった風に手を差し出して譲る仕草をする。それを受けた火蛾魅は、石室の中に掘られた彫刻を撫でながら魔術師に近づいていく。
「なるほど、古墳か。墓守のあんたにゃ似合いの場所だ」
 女神マアトの羽根と死者の心臓が秤にかけられる裁判の章。秤の目盛りを見つめる冥府の神アヌビス。石室の壁にはヒエログリフと絵で典型的な死者の書の内容が記されている。
「古墳にゃ王の魂を天へと送る装置の役割も持つ。古代、人の手に負えねぇコトはあまりに多過ぎた、人の命は虫ケラ同然だった」
 実は有名国立大学に入れる頭脳だった火蛾魅である。この程度の知識は当然有している。
「だから人は死後に永遠の楽園を夢見た。その象徴は王であり、王が神となる事で国も守られ、臣民も楽園へ行けると考えられた。……浪漫だねぇ」
 石棺を撫でながら思いをはせるように目を細める火蛾魅。
「だがヨ。今のご時世に墓守だ王だと、頭湧いてんのか? 挙句、その為に人殺し。コイツを作った連中と大差ねぇ」
 トオイの頭に手を置いて撫でつける。仕草こそ優し気だが、まとう気配は剣呑さを増していく。
「……始める前に言っとくぜ。もう一度逃げてみろよ。あの弟子ども、ブッ殺すぜ。誰が何て言おうがヨ、俺ぁ殺すぜ。どんな手ぇ使ってもなぁ。全うに吊るし首にするかぁ? それとも何故かシベリア送りにするかぁ?」
「貴様……」
 魔術師が低く呻く。風のない石室の中、ローブがひとりでにはためいている。
「……まさか、俺がやらねぇと思ってねーだろうな? さぁどうすンだよ!? 弟子の命を守るにゃ、今ここで、俺をブッ殺すしかねーんだぜぇ!?」
 火蛾魅から発せられるライヴスが爆発的なまでに広がる。共鳴するまでもなくこれほどのポテンシャルを見せるのだから、近くにいるものは堪ったものではない。
 キターブは座っていた石棺から後ずさる。トオイが火蛾魅の手を取り、リンクを開始する。
 すぐに紅い竜人と化した火蛾魅と魔術師が相対する。
 熱く長い吐息が漏れる。それを掻き消すように魔術師が腕を振るった。
 渇きの風が一直線に火蛾魅を狙う。
「ふっ!」
 竜の鱗に覆われた手が風を孕む。拒絶の風を纏った火蛾魅が渇きの風に向かって突進する。
 渇きの風が盛大に砂を巻き上げる。そこから飛び出した火蛾魅が魔術師の目の前に現れる。
「なっ!?」
 動揺した魔術師の顔面に拳が突き刺さり、枯れ枝のような体が石室の端まで吹き飛ばされる。
「……楽しもうや」
 魔術師が火蛾魅をにらみつける。別段、拳の威力に驚いたわけではない。あの渇きの風の中を真っ向から抜けてくる神経を疑ったのだ。
 厚いライヴスの風で渇きから身を守り、一気に間合いを詰める。まさか本当にやるとは思わなかったのだ。
「……望むところだ」
 魔術師の周囲で風が荒れ狂う。舞い上げられた砂や石が渇き、さらに細かく砕けて散っていく。


●リンカーの領分

 火蛾魅が接近戦に持ち込んでいる間、アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は魔導銃50AEで狙いをつけていた。激しい遷移に立ちのぼる砂埃。援護して一気に制圧したいところだが、照準をつけておくだけでも大変な作業だった。
「それにしても、幾ら王族の血筋だからってうーんと昔の事でしょ? それを未だに保護とかなんとかって墓守ってよっぽど義理堅いんだね」
「プトレマイオス十五世の後継を語っていたゼノビアの係累だとさ。かの女王が亡くなったのが西暦二七四年だから、千七百年近く昔のことだ」
 アンジェリカが遮蔽に使っている石棺の近くまでキターブが逃げてくると、すぐに会話に加わってきた。
「キターブさんは隠れて!」
 アンジェリカが急いで裾を引っ張り、石棺の裏に引き込む。
「もちろん!」
 威勢よく返事したキターブが滑り込むように身を隠す。彼を守るようにアンジェリカが魔銃の引き金を引いた。
『お一人で魔術師と対峙するとか、キターブさんも結構な無茶しはりますな』
「無茶!? どこがだい?」
 やんわりと制する八十島 文菜(aa0121hero002)に、キターブは銃撃の音に負けないよう声を張り上げる。
「これだけのエージェントに囲まれて、心配することなど何もなわひゃあ!」
 魔術師が飛ばしてきた砂礫がキターブのいる石棺を削り飛ばす。危うく彼の頭に風穴が空くところだった。
『ちゃんと隠れてないとあきません。ここからは、我々リンカーの領分ですえ』
 天井の穴付近で待機していた麻生 遊夜(aa0452)と辺是 落児(aa0281)もそれぞれリンクしていたが、加勢する気を窺っていた。
『独自体系の技術ですか……とても気になりますね』
 上から俯瞰すると、魔術師が用いている術の効果がよく分かる。構築の魔女(aa0281hero001)は感嘆するように呟いた。
 渇きという概念そのものを風に乗せて運ぶ術。通り過ぎた場所は轍のように渇いて亀裂を走らせている。それが既に乾燥しきった砂さえも乾かし、脆く砕いてしまうのだからよほど強力な魔術なのだろう。
 是非とも詳しく解析してみたいものだ。幸い、任務は魔術師の捕獲。うまくいけばまた会う機会もある。
「ふむ、予定通りだな」
『……ん、あとは……捕まえるだけ、今度こそ』
 麻生が体を揺すって狙撃銃『ハウンドドック』の据わりを確かめる。やはり俯角を取るのが厳しいので二脚を外し、ハンドガードを直接穴の縁に置く。
「さてさて、日頃の成果を魅せる良い機会だな」
『……ん、大丈夫……ボク達に、当てれないものはないの』
 尻尾をふりふりさせながらユフォアリーヤ(aa0452hero001)がはりきってみせる。
『今までの努力が実るか否か……命中特化の意地に賭けて』
 とはいえタイミングは未だ訪れない。接近戦を挑んだ火蛾魅に魔術師が応じてしまい、二人は石室内を激しく動き回っている。
「があっ!」
 拒絶の風による高速機動から、思い切り拳を叩きつける。幸か不幸か魔術師はそれを寸でのところで回避するが、砂が柱のように舞い上がって石室を震わせた。
 その震動は天井まで届く。構築の魔女が心配そうに呟いた。
『火蛾魅さん、何の遠慮もありませんね。石室自体が崩れる心配もした方がいいでしょうか?』
「そこまではやらないだろう。火蛾魅さんも分かっているさ」
 きっと、たぶん、恐らく……。少し歯切れ悪く麻生が応じる。まさか火蛾魅も一人で対処しようと思ってはいないだろう。今はたまたま戦い方が噛み合いすぎているだけに過ぎない。しかしこのままでは援護が難しいのも事実だ。何かきっかけがあればいいのだが。
 魔術師が渇きの風を撃ちだし、火蛾魅がそれを突破して一気に間合いを潰す。近づかれるのを嫌がった魔術師が下がり、火蛾魅が追う。何度目かのやり取りの中、火蛾魅がつんのめった。
「なにっ!?」
 見れば火蛾魅の体が砂に半ばまで沈んでいた。麻生が銃把を握る手に力を込める。警察署から逃げた際に見せた、自分の周囲を砂に変える魔術だ。
『へえ。あんな使い方が出来るなんて』
 構築の魔女が感心した声を上げる。自身のいた地面を急速に乾燥させ、即席の落とし穴とする。事前に作っておいたのか、流れの中でそうしたのか。いずれにしても称賛に値する手際だ。
 それでも任務は任務だ。このまま仲間をむざむざ倒されるわけにはいかない。
 魔術師に向かって火を噴くような銃撃が開始される。麻生の狙撃銃『ハウンドドック』が静かに、しかし激しく銃弾を吐き出す。辺是の魔導銃『アナーヒター』もライヴスの弾丸を撃ちだす。
「くっ、新手か!」
 ライヴスの銃弾さえ渇かす風が渦を巻き、魔術師を守る。
「貴様、警察署にいたな。また凝りもせず来るとは」
『……魔術師さん、お久しぶり』
「すまんがまたお相手願おうか、不本意だとは思うがこちらも仕事なんでな」
 ライヴス弾を撃ち続け、魔術師をその場に釘付けにする。そろそろ頃合いか。
「アンジェリカさん、聞こえるかい」
「ええ、ちょうど機会を窺ってましたので」
 麻生からの通信に頷くアンジェリカ。魔導銃に改めてライヴスを充填する。
「タイミングはそちらに任せます」
「よし……今だ!」
 銃音が重なり、魔導銃から弾丸が飛び出す。しかしそれは即座に掻き消えた。
 二発のテレポートショットが狙い通り、魔術師の背後に出現し、その体が前に向かって傾いだ。
「……やったか?」
 魔術師が体を持ち直す。弾丸は当たったはずだが、それほど効いた様子はない。
『……何か、対策あった?』
「どうやら射角が浅かったようです。恐らくあの風のせいでしょう」
 石室にいたアンジェリカからは辛うじて見えていた。テレポートショットの弾丸は魔術師の体へ狙い通り吸い込まれていったが、彼の纏う風で僅かに軌道を逸らされ、肉を掠めるに留まっていた。
 真っ向から放てば渇きの相で銃弾が蒸発し、死角から狙っても風で狙いを逸らされる。銃の相手としては厄介極まりない。
「邪魔をするなっ!」
 掌勢に渇きの相を凝らせた魔術師が、それを壁に向かって放った。強烈な渇きの概念を食らわされた石室の壁は亀裂を走らせ、細かな砂を吐いて崩れていく。
『……これは、まさか』
 構築の魔女が若干青ざめる。亀裂は見る間に広がって天井に届き、麻生達がいた辺りが崩れ落ちてしまった。
 それを眺めていたキターブのところにも、亀裂は届いていた。
「どわああ!」
 石室の天井が崩れ落ち、石室にいるものたちに降りかかる。当然、キターブの上にも瓦礫が迫っていた。
「――ブルズアイ」
 静かに呟くアンジェリカが、瓦礫に狙いを定める。
 素早い連射が一際大きな瓦礫を突き破り、キターブの間近を囲むように落ちてくる。幸い、彼には砂一つ降りかかりはしなかった。
「……な、言ったとおりだ。何も心配いらなかった」
『ええほんに。なんも無茶なことあらへんわ』
 キターブが声を震わせている様子に、文菜は皮肉げに返した。
 一方、瓦礫と一緒に押してきた辺是と麻生が顔を上げる。この程度の攻撃はリンカーにとって何の危険もない。
『無茶をなさいますね。エジプトの魔術師殿』
 構築の魔女に目を向けると、魔術師が小さくほうと呟いた。
「其方も魔術師か。もしや異世界の」
『ええ。構築の魔女と名乗っております。どうぞお見知りおきを』
「見知りおき、か。私にはもう名乗るほどの名などない。だから――」
 ぞぞ、ずずと、何かが蠢く音。それが魔術師のほうから響いてくる。
「これを以て、我が名乗りとさせてもらおう!」
 一度地面が脈打つように鳴動し、砂が徐々に下がっていく。
『これは、流砂!?』
 天井の瓦礫や石棺がまたたく間に砂の中へ消えていく。魔術師を中心として全てが砂となって流れていく。液状化した砂に足を取られたリンカーたちもまた砂に沈みかけていた。
 渇きの相を地下へと広げ、地盤を砂に変えて崩壊させる。これほどの規模の魔術も行えるとは。しかも石室内の渇きの相も維持し、こちらを乾かして体力を削ってくる。胸まで砂に捕らわれながら、構築の魔女は感心するように分析していた。
『キターブ殿が欲しがるのも分かります。いい腕をしておられる』
「今さらおだてられても困る。あいにく異世界の作法は知らぬから、ミイラとしてせいぜい丁重に葬ってやる」
 魔術師が集中を強め、流砂の速度が増していく。そのとき、どこからか女の声が響き渡る。
『あらあら、ファラオと同じ埋葬など恐れ多い。私は謹んでお断り申し上げますわ』
 魔術師の後方から、流砂を割って光り輝く水晶が突き立つ。それが魔術師に向かって振るわれた。
「うおっ!?」
 水晶が魔術師の薙ぎ払っていく。集中を乱された魔術は霧散し、流砂はようやく動きを止めた。
「……貴様、あのときの魔女か」
『またお会いしましたね。渇きの魔術師殿』
 アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)とリンクしたエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)が、砂を払いながら慎ましく礼をする。
「遅ぇぞ! 隠れ過ぎだあ!」
 ようやく砂の中から這い出てきた火蛾魅が叫ぶのを見て、エリズバーグはにこりと微笑む。
「ごめんあそばせ。皆さんだけでも十分かと思っておりましたので」
 余裕の姿勢を崩さず、エリズバーグは悪びれもせず言ってのける。
『捕獲のために殺すなというお話でしたが……殺さなければ腕や足の数本問題ないですよね?』
 ライヴスの気配を濃く滲ませながら笑みを深める。
『内臓が数個潰れても大丈夫でしょう。アイアンパンクという便利な技術がありますしね。要は脳さえ無事なら構いませんわよね?』
「いやいやいや! 体もないと困る。脳みそだけは勘弁してくれ」
 こちらもほうほうの体で砂から這い出てきたキターブが声を上げる。どういう考えかは知らないが、敵を案じる姿にエリズバーグも苦笑を隠せなかった。
『……とのご依頼ですので、脳みそは勘弁してあげますわ……脳みそだけわね』
「抜かせ、魔女がっ」
 渇きの風が砂を巻いて襲い掛かる。しかしエリズバーグは落ち着きを払い、持っていた杖をゆるやかに構えた。
『その術はもう見飽きましたの』
 くるりと回した杖を渇きの風に向かって振るうと、風はこつ然と消え去り、舞い上がった砂がエリズバーグの周りに落ちていく。
 GVW『ワールドクリエーター』による局所的な世界変換が、風のみを消し去ったのだ。武器の操作をさることながら、相手の魔術の起こりを完全に把握していなければ出来ない芸当である。
『まだやるおつもり? 退き際を心得るのも作法かと』
「……言われるまでもない」
 魔術師が地面を強く叩く。途端に砂塵が巻き上がり、彼の姿を隠してしまった。やがて砂が治まると、その姿はどこにも認められなかった。
『まさか本当に退くとは。思いきりがよろしいのですね』
 半ば呆れるように呟くエリズバーグ。麻生が魔術師の居た場所を調べるが、やはり痕跡はなかった。
「また逃がしたか。くそっ」
『いいえ、大丈夫ですよ。もう勝負はついております。だからあの方はお逃げになられた』
「どういうこと?」
 アンジェリカが訊ねると、代わって構築の魔女が口を開いた。
『石室を砕き、地盤ごと砂に変える大規模な魔術。もはやそう多くのライヴスは残っていないでしょう。戦闘能力も大幅に制限されますし、自ずと逃走経路も限られる』
 エリズバーグが頷き、杖をしまう。
『それに、あの方がむざむざ敵を見逃すとは思えませんもの』


●鳴動する洞窟

『叔父者、こっちは設置し終わったのじゃ!』
「おう。ありがとう、涙子」
 犬尉 善戎狼(aa5610)と戌本 涙子(aa5610hero001)は敵の逃走を防ぐべく、洞窟内に罠を設えていた。爆導索とリモートC4爆弾を各所に置き、万が一の増援にも備えている。
 先ほどまで奥の方からの銃撃の音や震動が届いていたが、それも治まってきた。もしかすれば決着がついたのかもしれない。
『もう終わったのかのう。せっかくいろいろつけたのに』
「まだ分からん。涙子、警戒をおこたーー」
 台詞の途中で犬尉は言葉を失った。砂になった壁から、魔術師が飛び出してきたのだ。
 相手にとっても不意の遭遇だったのだろう。二人は一拍置いてから飛び退るように間合いを取った。犬尉は風魔の小太刀を抜き払い、魔術師は掌勢に渇きの相を凝らせる。
「残念だが――」
『ここは通行止めなのじゃー! 通りたかったらみかじめ料おいてけなのじゃコラーッ!』
「…………」
 元気よく気勢を吐く戌本の声に、魔術師が苦笑する。 
「金を払えば見逃してくれるのかね。まあ、あいにく持ち合わせはないのだが」
「では、通すわけにはいかんな」
 犬尉が踏み込むと、その姿がブレた。ライヴスによって作られた分身と共に突進する。
「無駄だ!」
 掌から発せられた渇きの風が吹き荒び、犬尉を直撃する。本人は壁まで吹き飛ばされ、分身は渇きに晒され崩れてしまった。
 相手は手負いだが、渇きの相は健在だ。近づくことすら難しい。
 間合いが開いたと見るや、魔術師は身を翻して壁を砂化して逃げていった。
『魔術師が逃げてしまう。早く起きるのじゃ、叔父者』
「そう慌てるな、涙子」
 頭を振るって立ち上がると、犬尉は自身の体を飛竜の大翼で覆った。
「言っただろう――通行止めだと」
 そして、手元のスイッチを押し込んだ。
 途端、閃光と衝撃が洞窟を満たした。
 飛竜の大翼を通しても体が揺さぶられ、耳を聾する。それが回復するのを待ってから、犬尉は爆発の中心に向かった。
 魔術師が岩壁の中に潜ったとき、犬尉はその一帯ごと、爆導索とリモートC4爆弾で吹き飛ばした。
 複雑な迷路がぶち抜かれて随分と見通しが良くなった。その中心には、焼け焦げた魔術師の姿があった。
「おい、生きてるかね。魔術師殿」
「……ああ、不思議とな」
 魔術師は精根尽き果てたようで、ごろりと仰向けに転がった。
 砂化した壁の中にいたとはいえ、爆発の中心にいたのだから無事に済むわけがない。自分でやったことながら、よく殺さなかったものだと今さら犬尉は冷や汗をかいた。
 救命救急バックを取り出し、魔術師に治療を施しながら犬尉は諭すように話しかける。
「金の為、か。宗教的な理由より余程、信頼が出来るな。だが道は実質、一つじゃあないのか?」
 黙って治療を受けながら、魔術師は犬尉の言葉に耳を傾けていた。
「あの弟子たちは、極刑になる。彼らだけでも証拠が揃い過ぎたし……俺もそうマフィアどもに持ち掛ける。このままだとマフィアはほぼ無罪放免だしな。逆に、貴公がマフィアの罪を吐く、その上でH.O.P.E.に与するとなれば……彼ら弟子達も、H.O.P.E.保護下での真っ当な生活が保障される」
 事件に関与したこの魔術師が証言すれば、マフィアたちへの起訴は確実なものとなる。そういう意味でも彼の協力は必須だった。
「それにH.O.P.E.には様々な英雄が登録されている。中には真に王であった者さえ居る。彼らと誓約する事はその血筋にハクを付ける事になる」
『おーさま! おーさま! かっくいーのじゃー!』
「箔などいらんよ。血筋の復活が望みじゃないんだ。緩やかでもいい。ただ彼らが、生を全うしれくれれば……」
 魔術師が小さく呟く。新たな王との誓約など眼中にない。エジプト王家の復活も関係ない。ただ今を生きる彼らに不自由をさせたくなかっただけなのだ。
「ならばなおさらだ。キターブも似たような提案をしていたと思うのだが」
「……あの者は危険だ。もっと、より悍ましい何かに巻き込まれるような、そんな気がする」
 随分な言われように犬尉は苦笑してしまう。確かにキターブが善意で手を差し伸べているとは思わない。どうせロクでもない考えであることは明らかだ。
『ほらやっぱり。私の言った通りでしょう』
 通路から出てきたエリズバーグが、犬尉たちの様子を見て得意げに言ってみせる。
「ありがとう、犬尉さん。大手柄だ」
 まだ服のそこらじゅうに入り込んでいる砂を払いながら、キターブが魔術師の横に座り込む。
「さて魔術師殿。今回は我々の勝ちということでご納得いただけましたでしょうか」
「……好きにしろ。だが、身柄は保証してもらう。私と弟子たちの」
「そういうお約束ですからね。ご安心ください」
 魔術師はようやく安堵したのだろう。ぐったりと力を抜いて目を閉じた。
「そういえば、彼に何をさせる気なんだ。ただのエージェントとして働かせるのか」
 犬尉が訊ねると、キターブはいやいやと首を振った。
「まさか。そんな勿体ないことはしない。確かに魔術の腕も相当だが、彼の古色をつける技術はかなりのものだ。それを活かしてもらいたいんだよ」
 古色。いわゆる年を経て古びた色合いや趣を指すが、骨董の世界では贋作を制作するに辺り、わざと古びた風に見せる古色仕上げというものが行なわれる。恐らくキターブはそこに目をつけた。
 ということは何らかの贋作を作らせる気か。隣で聞いていた麻生は難しい顔をしている。ミイラ作りも勘弁願いたいが、贋作の片棒を担がせるのも正直ロクなものではない。
「骨董品かなんかを作らせて、小金でも稼ぐつもりか」
「そう、それ。俺が作った偽物に古色を付けて好事家に売り捌く。いいアイデアだろ」
 麻生の言葉に我が意を得たりと笑うキターブ。 
「果たしてそう上手くいくかね」
「いくさ。例え偽物でも、オーパーツだったら欲しがる奴は幾らでもいる」
 なんとはなしに聞いていたリンカーたちが、一様に怪訝な顔になる。
「いま、なんて?」
 麻生が聞き直すのに、キターブは嬉しそうに返した。
「オーパーツの偽物。こいつは売れるぞ」
 くつくつと、キターブの底意地悪そうな笑いが、洞窟に長く反響していった。こいつに魔術師の身柄を渡すのは、もしかすれば相当ろくでもない事態を招くのではないかという考えがリンカーたちの頭を過ぎっていった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
  • エージェント
    犬尉 善戎狼aa5610
    獣人|34才|男性|命中
  • エージェント
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