本部
アブ・ル・ハウルの暗翳
掲示板
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テロ防止【相談板】
最終発言2018/05/17 00:11:41 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/05/16 00:04:05
オープニング
●アブ・ル・ハウル
──冥界の入り口の守護者、畏怖の父、『アブ・ル・ハウル』……。
エジプト、カイロ郊外にあるギザの大スフィンクスはそのように呼ばれる。
灰墨 信義(az0055)とライラ・セイデリア(az0055hero001)はパラダイム・クロウ社の仕事でギザに来ていた。
「これがオイディプス王の謎かけの?」
大スフィンクスを眺めながらライラが尋ねると信義は冷たい眼差しを彼女に向けた。
「それはギリシア神話の方だ」
「思ったよりは小さいのね? ピザとチキンが食べたいのかしら?」
「その感想も聞き飽きた」
「そう?」
不機嫌そうな信義をよそにライラは平然とまじまじとスフィンクスを観察する。
夏季に入ったこちらは暑い。日除けに巻いたストールの陰で彼女は目を細めた。
「あら、でも、あれはギリシア文字のようね?」
ライラが言い終わらないうちに信義は目の前の観光客を突き飛ばして走り出した。怒声が上がり、ライラが代わりに謝罪する。
スフィンクスの周囲は大勢の観光客と物売りでごった返していた。その中で、数人の物売りが棒のようなもので地面に落書きをしていた。
「──せめて、ヘブライ文字が妥当だと思うんだがね」
しゃがんでいた三人の物売りの男たちは一斉に顔を上げ、突然現れたスーツ姿のアジア人を胡乱な目で見る。
彼らは一見すると他の物売りたちと変わらない。だが、彼らが持った棒のように見えるそれは識る者が見れば魔術を込めて彫り上げた呪術の媒介であるとわかる。
三人のうちの一人がはっとして立ち上がろうとし、そのままよろめき倒れた。
それに気付いた他のふたりが信義に向かってタックルをかける。
砂埃が舞う。弾き飛ばされて地面に転がる信義。
二人の物売りたちはあっという間に人混みに紛れて姿を消した。
「無理しないの」
悠然と歩いて来たライラが倒れて呻く物売りに近づき、僅かな岩陰に彼を寝かすと介抱する体でその手首にパラダイム・クロウ社製の無針注射器を密かに刺した。
瞳を閉じる男。
仕掛けた魔法具を回収した信義は、不審そうに近づいて来た別の物売りたちにスマートフォンを見せて「熱中症だろう、救急に連絡した」と告げた。その返答に迷惑そうな表情を浮かべて、他の物売りたちは去った。
軽く周囲を探索してから二人は男が眠る岩陰に戻り顔を見合わせた。
「魔法円だったわ。『守護』の」
「……セラエノだとは思うが」
偽装された枝は振ると小さな電子音を立てて鋭い剣先を持ったワンドへと変化した。
信義は重いため息を吐いた。
「H.O.P.E.案件か」
●無差別殺人
すでに集められたエージェントたちはアレクサンドリア支部の一室で待機していた。
「困った」
現れたのはアレクサンドリア支部のオペレーターのアリスター。褐色に日焼けした体格のいいイギリス人だ。
「あなたたちにはプリセンサーが予知したテロの阻止を依頼したんだが」
彼は眉を寄せる。
プリセンサーは、ギザの大スフィンクスを中心としたテロ事件を予知していた。
それは、爆薬と銃を使ったもので、スフィンクスを爆破するばかりかテロリストたちの銃撃によってその場の観光客を一掃する恐ろしいものだった。
「時間が無い。テロリストの正体は地元のチンピラ集団だとわかっている。戦闘訓練を受けているわけではないから一人ひとりは君たちの敵ではないはずだ。テロの目的はまだ不明だが、今から行けば間に合う──だが」
アリスターは険しい目でエージェントたちを見た。
「現場でセラエノの構成員が確認された。セラエノは予知にない。これからセラエノの対応までを考えることは不可能だ」
彼はそれでも行ってくれるか、とは聞かなかった。
行くしかないのだ。
ギザの惨劇を防ぐことができるのは、今ここに集まることが出来たエージェントたちだけなのだ。
解説
●目的:テロリストから人々を守り、スフィンクスの爆破も防ぐ
●ステージ:ギザの大スフィンクス周辺
現場は敵と一般人が交ざり合った非常に混乱した状態
ジープ三台でチンピラが乗り込み、それを合図に観光客に紛れたチンピラたちが動き出します
PC達はジープが殴り込む数分前に到着、飛び降りて降下(ワープゲートではなく軍用ヘリ)
PC達がH.O.P.E.と名乗った場合はチンピラは観光客よりPC達を優先して襲い掛かりますが、
PCの存在に気付かない・PCが間に合わなかった場合は現場の人々(観光客・物売り他)を殺傷し始める
爆薬は殺傷の後を計画しているが、戦闘が始まると爆破に走る
爆薬を持つのは大きな荷物を持つテロリスト×2名(非リンカー、それぞれ別行動)
※事前行動が多すぎる場合はエージェントの到着が遅れます
●敵
・テロリスト(地元のチンピラヴィラン)
戦闘能力はほとんどない、リンカーも数件こなした新人エージェントレベル
二十人程度の非リンカーとリンカー6人(ジャックポット×3、ドレッドノート×3)
全員が銃器を所持、ドレッドノートはシミター系の剣(AGW)を所持
ジープ三台を所持(運転手は非リンカー、同乗5名)
リンカー6名はジープにジャックポット&ドレッドノートのペアで一組ずつ乗っている
爆弾所持は現場に潜伏していた非リンカー二名(ステージ項参照)
●一般人×不明(百人程度はいる)
観光客・物売り、老若男女大勢の人々
●NPC
・信義ペア
セラエノの通報の際に彼らが居ることはPC達へ伝わっている
一般人の誘導等サポートレベルの協力は可
●PL情報
戦闘中、セラエノの構成員たちが出現
彼らはなぜかテロの阻止(テロリストから人々を守り、スフィンクスの爆破を防ぐ)のために動いています
理由は不明、会話はできません
このセラエノ構成員たちは捕縛されると自害を試みます
リプレイ
●降下
紫 征四郎(aa0076)は焦りを浮かべた。
「少しでも早く駆け付けなければ」
無論、皆思いは同じだ。
彼らはすぐに軍用ヘリに乗り込むと、限られた時間で作戦会議を開いた。
「爆弾を持つテロリストには何か特徴があるのでしょうか」
『地元の人間らしい。二名共、黒の大きなボストンバッグを抱えていたというが』
征四郎の問い。通信機を通したアリスターの声が機内に響く。
だが、目的地は観光地で物売りも多い。
目印がボストンバッグだけではすぐに見つけることは難しい。
Vincent Knox(aa5157)は機内に投影された地図を指す。
「避難経路はこの辺りでしょうか」
「そうだね。あとは人手を裂けばこの辺も行けるんじゃないかな」
地図を睨んで荒木 拓海(aa1049)もいくつかの点を指す。
「あちらさんの突入路は予知にあった一つだけだろう?」
「恐らく。ただ、予知になかったセラエノの件もあるので警戒は必要ですが」
麻生 遊夜(aa0452)、構築の魔女(aa0281hero001)が慎重に思考を巡らす。
同乗したH.O.P.E.職員がコンソールを叩いて新たな情報を地図へと加えた。
「ジャックポットの皆さんはどの辺りから狙撃を?」
Vincentが尋ねるとバルタサール・デル・レイ(aa4199)が淡々と答えた。
「俺を含めた三組はジープ三台をそれぞれ分担して対応する」
眺める紫苑(aa4199hero001)がゆったりと笑った。
「ふふ、これはまあ、外せないよね」
揃った三名はH.O.P.E.でも上位の実力者として名を馳せるジャックポット達だ。
バルタサールを含め、彼らの実力で不意を突いたこの初弾を外すことは考えられない。
機内の片隅で御神 恭也(aa0127)は短いため息をついた。
「……こんな時に不調に陥るとはな……」
緊急事態に駆け付けたものの、優秀なエージェントであるはずの彼は前の依頼のダメージが癒えきっていなかった。
「キョウがこの調子では大した事は出来そうにありませんが、やれることをやりましょう」
不破 雫(aa0127hero002)は、テに散った相棒へ発破をかける。
『いいえ、参加してくれて助かります。宜しくお願いします』
恭也の呟きを拾ったアリスターとVincentが声をかけた。
「お身体はまだ辛いと思いますが、宜しくお願いします」
「もちろんだ」
頷く恭也。
例え傷を負っていても彼はH.O.P.E.の一員であり、依頼を遂行するエージェントだ。
会議が終わるとVincentはパートナーのAlbert Gardner(aa5157hero001)に零した。
「スフィンクスを破壊してどうしようって言うんだ。地元にとっては重要な観光資源だろう」
「目的は本人達に聞いてみるしかありませんね」
そう言ってお茶を淹れるAlbert。
話を聞いていた遊夜が唸った。
「テロの目的は不明、ね……。チンピラがこんな大それたことをするもんかね?」
「……ん、セラエノ関係……気になるけど、今はテロ防止だけ……考える」
ゆらゆらと尻尾を揺らしたユフォアリーヤ(aa0452hero001)が遊夜の頬に手を添えて義眼の中の幻想蝶を覗き込む。
メインローターの風切り音が大きくなる。
目的地を前にヘリがホバリング飛行に移ったのだ。
辺是 落児(aa0281)と共鳴した構築の魔女がすっと立った。
「手段を選ばない行動は成功を確信してからすべきですね」
彼女の前のハッチがゆっくりと開き入り込んだ風によって赤い髪が大きくうねった。
共鳴したメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が拓海へ囁く。
『守りましょう、拓海』
「ああ──守ろう」
力強く頷く拓海。
薄暗い機内に突然現れた青空を見ながらガルー・A・A(aa0076hero001)は相棒に尋ねた。
「そろそろ心は決まったか、征四郎」
「……、征四郎は、わたしは。だれかが死んでしまうところ、もう見たくありませんから」
一人でも多くの命を守る。
幻想蝶からアオイチモンジを模った光があふれてふたりをくるんだ。
軍用ヘリの正確な飛行によって着地地点との誤差は僅かだ。
鯨のように口を開けたヘリから吐き出されたロープを手に飛び出すエージェントたち。
『天使が空から舞い降りるー』
共鳴した百薬(aa0843hero001)が背中の羽を動かす。その姿に餅 望月(aa0843)の記憶の蓋が開いた。
「百薬って最初は落ちて来たのよね」
『降ってきたのよ』
大切なところなので訂正が入った。
「この神々しさが悪さをしようと思う相手に脅威に映ってくれたらいいんだけど」
ロープから手を放してダイブする望月。飛んでいるわけではないのだが、羽を広げるその姿は滑空する天使を思わせた。
「終わったら見物、できるかな」
近づくスフィンクスを見て天使は呟いた。
「おおよそ事前情報通りですが、だいぶベンダーが多めですね」
懸垂下降用に渡されたゴーグル越しに地上を見渡す構築の魔女。
「予知通りなら時速八十キロ程のはず。仮定すると範囲、四から八キロといったところですか」
『ロロ……』
彼女は落児へ首肯する。
時間的に見て無害を装ったテロリストたちの車もそろそろ馬脚を現す頃だろう。
羽織ったサンドエフェクトが風をはらんで大きく膨らむ。
石積みの上に着地した遊夜は抱えていたサバイバルブランケットを広げた。
「時間との勝負だ、急がないとな」
「……ん、もう少し」
共鳴を解いたユフォアリーヤも手伝って、ふたりはプレハブサウナの支柱を雑に組む。
「隠れてりゃ狙撃に気付かれにくいし、敵が少ないと分かれば調子に乗って囮に掛かりやすくなるかもしれん」
『ん、隠密行動……』
一方、スフィンクスの正面に降り立った拓海は驚いて自分たちを見る人々に大声で呼びかけた。
「こんにちは、H.O.P.E.の者です。非常事態に付き速やかに避難願います」
少しでも安心させるように落ち着いたしっかりとした声音で呼びかけたが、それでも動揺した一部の人々から悲鳴が上がる。
「従魔か!?」
「いいえ、ヴィランによるテロとの情報です。H.O.P.E.が対応します!」
「来たぞ!」
《鷹の目》を飛ばした恭也が警告する。
「落ち着いて行動してください、自分たちが守ります!」
拓海は強く避難を訴えた。
広がる騒めき。
吼えるようなエンジン音が乾いた空気を揺らす。テロリストたちが牙を剥いたのだ。
「避難誘導や混戦状態になった場所への対応はお願いして、為すべきことを成しましょう」
37mmAGC「メルカバ」を構える構築の魔女。
彼女の《ヴェルグスナイピング》によって二倍に伸びた射程に捉えられた暴走する一台のジープ。
「……」
魔女が動く。
直後、アンチ・グライヴァー・カノンがテロリストたちへ強力過ぎる嚆矢を放った。
●破壊
テロリストたちの襲撃に気付いた遺跡警備の警官たちも発砲を始めた。
だが、相手もそれは想定済。抵抗虚しく柵を潰して二台のジープが現れた。
──Got it.
岩陰に潜んだSSVD-13Us「ドラグノフ・アゾフ」がエンジンと両前輪を撃ち抜いた。
オプティカルサイトで精度を高めたバルタサールの《トリオ》だ。
横転するジープから転がり出るテロリストたち。
それを避けて前進しようとしたもう一台のジープもまた車体を滑らせて砂の中へ突っ込んだ。
「そのまま乗り込まれるのは困るんだよ」
『……だから、そこからは……通行止め、だよ?』
テントの陰で併せてトリオを放った遊夜がヴュールトーレンTRのスコープを覗く。
流石にきちんと組み立てる時間は無かったが、持ち込んだプレハブの支柱を雑に組みサバイバルブランケットをかけた簡易テントの陰から敵を探す。
「気付かれずにどれだけ仕留められるかだな。精々物売りの荷物にでも見えることを祈る」
スフィンクス周辺で拡声器を持ったガルーが人々へ避難誘導を行っていた。
「助かりたければまずは落ち着け。ここからは離れた方がいい。……おい、そこの怪我人も乗せてやれ」
ラクダに跨った物売りや頑強そうな人々へ、混乱した人々の避難誘導の手助けを頼む。
「……こういうのはどっちかというと、征四郎のが得意なんだけどな」
思わず苦笑を浮かべるガルー。
だが、すぐにまた誘導に戻った。ただ、時折人々へ鋭い視線を向ける。
テロリストたちの雑な銃撃が逃げまどう民間人へと降り注ぐ。
「H.O.P.E.の者です。無駄な抵抗は止めて大人しくして下さい」
共鳴したAlbertが《守るべき誓い》を発動し、敵の注意を引き付けた。
『リンカーは全員こっちに引き付けろ。避難の方へは行かせるな』
Vincentへ頷き、人々を守るためにブレイブナイトは囮を引き受ける。
銃弾がヴィンセントの身体を打ったが、それが彼の肉体を傷つけることは無かった。
「通常兵器など我々には効きませんよ?」
むしろ、人々を守りながら攻撃を一身に受け止めた彼は笑顔で挑発した。
「と、ととっ!」
AGWではない銃弾を我慢しながら、共鳴した望月は逃げる人々の間を縫ってテロリストへの距離を詰める。
「とったよ!」
銃を振り回すテロリストの身体を打つ聖槍「エヴァンジェリン」。
「H.O.P.E.のリンカーか、何故ここに!」
シミターを抜いた男が叫んだ。
予知にあったドレッドノートだ、と望月は直感する。
『でも、ワタシたちの敵じゃないね』
敵の様子を窺っていた百薬が判じた。
「少し様子を見よう。そすれば判るよ」
逃げる民間人を守りながら騒動の中心へと移動する望月。
──ヴィランと言えども一般人だからね。あまり傷つけないで無力化したいけど。
移動力を上げた拓海が飛盾「陰陽玉」でテロリストたちの暴力から人々を守る。
弾丸は白と黒の盾によって弾かれ、人々は悲鳴を上げながらもその護りの下を走っていった。
『拓海!』
メリッサの声を受けて彼はまた別のテロリストの足元を狙って攻撃する。
「こっちの避難はあと少しだ!」
『こちらはもう少しです──が』
通信機を介して拓海に応えていたAlbertが、突然、口籠る。
「アルバートさん?」
『──来ました。セラエノです』
突然、激しい火柱が上がった。
人々の悲鳴が更に大きくなる。
次々と地面に魔法円が浮かび上がり、順にその上の人間を炎に包み込む。
『駄目! キョウ!』
「待て、雫」
焔に巻かれた人影を目にして叫ぶ雫。だが、慌てる雫を恭也は一旦押し止めた。
「見ろ、あれは……テロリストたちだ」
魔法円は正確にそれを踏んだテロリストたちだけを狙っている。
息を飲む雫。
そして、Albertも同様に唖然とする。
「スフィンクスを守ろうとして結果的に人も守っている……のでしょうか」
だが、すぐにハッとして駆け出した。
「あれでは死にます!」
陰陽玉が動き、非リンカーのテロリストを火柱の外へと弾き飛ばす。
咄嗟に手を握り、無事を確認すると周囲を見回した。
物売りの姿をした男と目が合った。
「セラエノですね? 彼らを殺す気ですか?」
Albertの問いに男は手に持ったワンドを操作する。
同時に、上がっていた火柱が消え、火傷を負ったテロリストたちがドサリと地面に倒れた。
「どういう……」
つもりですか、とAlbertが尋ねる前に男は人混みの方へと走って行く。
『バート……気にはなるが今はテロリスト対策が先だ』
Vincentの忠告通りもう一度テロリストたちへと向き直るAlbert。
だが、英雄を促しながらもVincentは思考する。
──連中が来ているということは、オーパーツ絡みか? ただのスフィンクスではないのか。
遊夜はテロリストたちより明らかに高位のリンカーたちがAGWを振るうのに気付いていた。
「セラエノか?」
彼らの矛先がテロリストたちへ向いているのに気付いた遊夜はすぐに照準を戻す。
「黙ってるのは気に食わん、が……」
弾丸がVincentへ向かうテロリストの腿を撃ち抜く。
『……ん、敵の敵は味方……今はありがたい、保護と阻止が先』
耳をピコピコと揺らす共鳴中のユフォアリーヤを感じながら、Vincentと同じ疑問を抱く遊夜。
──スフィンクスにでもオーパーツがあるんだろうかね?
人々の退路を確保するため立ち塞がった恭也の鳩尾をドレッドノートのシミターが浅く裂く。
「……くっ」
体調が万全なら喰らうはずのない一撃だ。
それでも、天叢雲剣を握る彼の肩が軽く押された。
「恭ちゃん、一旦退け」
割り込んだのはガルーだ。
なおも追いすがるドレッドノートへ砲台と呼ばれるジャックポットの一撃が刺さる。
『ここは任せてください』
通信機から響く構築の魔女の声に頷き、ガルーはすぐにスキルを放った。
ゆらりとふらつく恭也と周囲の人々へ《ケアレイン》の癒しの光が降り注ぐ。
「いけるか?」
「ああ。……すまん」
恭也と周囲の無事を確認するとガルーはすぐに移動する。
ドレッドノートを構築の魔女に任せて戦場を観察する恭也。
……明らかに数名、テロリスト側ではないリンカーが混じって自分たちの援護をしている。
「セラエノの火柱はスフィンクスを守るように配置されていたな」
『私達に協力してくれる様ですが……善意からでは無さそうですね』
「善意からなら俺達からの呼び掛けに答えるだろうし、秘密裏にしては大々的だな」
『テロリストの制圧が終わったら、彼らが居た場所を調べましょう。彼らが個人的に動いたのなら組織(セラエノ)に気付かれない様に何かメッセージを残しているかも知れません』
「だといいが。……とにかく、こちらを片付けるぞ」
人混みを押しのけてスフィンクスへと駆ける男が恭也の目に留まった。
男は大きなボストンバッグをしっかりと抱えていた。
敵側のジャックポットたちとの応酬は遊夜たちには退屈なものだった。
距離を保った撃ち合いとなったが、そもそもの腕からして違う。
バルタサール、構築の魔女、遊夜達がタイミングを合わせて放つトリオ。それは人混みくらいしか遮蔽物にできないテロリスト側にとってはまさに百発百中の魔法の弾丸だ。
遊夜が放つダンシングバレット。
跳弾する弾は最後の敵側ジャックポットの手を撃ち抜いた。
「よし──っと、流石にバレたか」
テントの幕を蹴立て転がり出る。直後に銃を持ったテロリストたちが現れて荒く組み立てた支柱を倒した。
チラリと振り返り、追手が非リンカーなのを確認すると彼はそのままAlbertの下へ駆けつけた。
「オマケ付きだが、バックアップするぞ」
「時間がかかり過ぎるかと懸念していたところです。ありがとうございます」
黒狼を手にした遊夜へAlbertは敵を押さえ込みながら礼を述べる。
「プリセンサーの予知により貴方達の計画は判明しています! 武装を捨て投降しなさい!」
敵の進路を誘導するように攻撃しながら構築の魔女は叫ぶ。
──テロリストの投降は期待してませんが、ジャックポットたちの照準が少しでもこちらに向けば。
仲間が動いて状況の整理を試みているが、それでもあまりにも混沌としている。
流れ弾が避難する人々や遺跡を傷つけることも心配だった。
「定点防衛はそれなりに得手なんですよ? 相手の自由を奪って追い込めるなら方法は選びませんとも」
遊夜が戦場を移動したのを確認するバルタサール。
「面倒な囮も終わりか」
遺跡にも一般人にも離れた場所から姿を晒して攻撃していた彼は得物を変える。
囮と言っても、自己犠牲でそう振る舞ったのではない。『仕事』のためだ。
『僕はまあまあ楽しかったよ』
とぼけたような紫苑を無視して、狙撃手はAMR「ヴュールトーレンTR」を覗き込む。
長身のバルタサールが扱うとそうは見えないが、命中力が高く反動の大きい大型の銃器だ。
スコープ越しの視線が人混みを走る恭也、そこから彼が追う男へと移る。
そして、それは正確にボストンバッグを抱える男の足元を射貫いた。
砂地に転がる男。
それを見て恭也は鋭く叫んだ。
「荒木!」
スフィンクス前の拓海が弾かれたようにテロリストに飛びついた。
砂煙が上がり、転がる二人。
救出しようと他のテロリストたちが拓海に襲い掛かる。
AGWの一撃が拓海の肩を裂いた。
「恭也!」
痛みに顔を歪めながらも奪ったボストンバックを地面を滑らせ恭也へと渡す拓海。
駆け付けていた恭也はすぐにそれを拾い上げてて距離を取る。
《罠師》による爆弾の解除だ。
解除が無事終了したのを視界の端で見届けると、拓海はテロリストたちへロケットアンカー砲を叩き付けた。
丁度その頃、恭也達とは逆方向からスフィンクスへ近づく男がいた。
「……流れに逆らう魚ってのは目立つもんだ」
片手は斜め掛けの大きなボストンバッグに突っ込まれているのに気付いたガルーが嘯く。
──漸く、正答のようだな。
ガルーへ気付いて逃げようとした男。
その眼前に砂を蹴って天使が立ちはだかる。
「爆弾魔さん、やれるものならやってみなさい、旗を振っても、白旗ではありませんよ。
H.O.P.E.なにするものぞと思うツワモノはいますか?」
にんまりと笑った望月のフラッグならぬ聖槍が空を切って彼の行方を阻む。
「ひっ!」
次の瞬間、戦うまでもなく男はガルーの《セーフティガス》によって倒れた。
鞄を暴いたガルーは中から爆弾を取り出すと自分の幻想蝶へと放り込んだ。
『爆弾をポーンと空に撃ちあげるのもやってみたかったけどね』
「確かにね」
天使たちの囁きに苦笑しながらガルーは通信機に唇を寄せた。
「爆弾犯一人、対処した」
『もう一名も確保です。捕縛してなぜ襲撃したか確認したいものですが』
構築の魔女に応えつつテロリストを縛り上げていたガルーは──視線に気づく。
「おい!」
しかし、こちらを観察してた男はすぐに人混みに紛れた。
だが、その手にワンドが握られていたことに彼らは気付いていた。
「セラエノは、とりあえず今は敵ではないようですね」
『それならなんとか退散してくださいー』
ブンと槍を振るう望月たち。
「確かに、今はあっちこっち手ぇ出してる場合じゃねぇだろうしな」
『……目は離さずに参りましょう』
小さく唸るガルーと征四郎。
人々の避難が粗方進み、現場に尚も残るテロリストと一般人がはっきりと別れた頃、望月もまたセーフティガスを発動させた。
非リンカーのテロリストたちがバタバタと倒れる。
Vincentと共に敵を下していた遊夜が憐憫の眼差しを向ける。
「こんなバカなことをしでかす連中ではあるが……」
『……ん、バタバタ倒れてる……可哀そうだねぇ』
言葉と裏腹にクスクスと笑うユフォアリーヤ。
──残りのテロリストの心配いるまい。メディック……もといセーフティガスが凶悪だ、相手(にんげん)にとっては。
ドレッドノートとジャックポットを失ったテロリストたちは順調に取り押さえられていった。
事態が鎮静化したのを見てとると構築の魔女は徐にセラエノたちに一撃を放った。
彼女の一撃を喰らったセラエノのヴィランは、だがすぐに仲間に抱えられて物陰に消えた。
「一応、ヴィランの捕縛も仕事ではありましたが──さて」
セラエノたちは一旦散ると、それぞれ砂地に隠していたジープへ乗り込もうとした。
「──誰だ!?」
空を切る弾丸、バランスを崩し傾く一台のジープ。
「ご苦労だった。だが、まだ聞きたいことがある」
狙撃銃を担いで石積みを滑り降りたバルタサールが、逃れようとしたヴィランを背後から抑え込んだ。
舞い上がる砂の中で自死防止にその口に丸めた布を押し込み締め落とす。
「!」
頬を掠った弾丸が締め落としたヴィランの頭蓋を貫いた。
素早く振り返ると、別のヴィランが喉を押さえてゆっくりと倒れるところだった。
「毒か」
遠くから風に混じって何台かのジープのエンジン音が聞こえた。
「そっちも駄目だったようだな」
振り向くと苦い表情を浮かべた信義が立っていた。
「そっちもか」
「しっかりと捕らえて隠していたはずなんだがね。今見たら死んでいたよ」
●アブ・ル・ハウル
大スフィンクスの周囲は閑散としていた。
大勢の物売りたちも観光客も今は居ない。
先程、最後の救急車が怪我人を乗せて走り去った。
「スフィンクスの肉球スタンプラリーしてもらえるかな」
「ピラミッドめぐりは老後のお楽しみだよ。そもそも肉球なんてないんじゃないかな」
百薬がスフィンクスの前脚を呑気にぺたぺたと撫でる。
「じゃあ、早く平和にしないとね」
望月と百薬は遺跡群に向かって手を上げる。
「──太古の王様達よ、また会おう」
エージェントたちによってテロの被害は大きく抑えられた。
民間人には軽い怪我人が出ただけで済み、予知のような大勢の死人も遺跡の破壊も防ぐことが出来た。
だが、スフィンクスの前にはありあわせの布で覆われた数体の遺体が並ぶ。
セラエノのヴィランに殺されたテロリストたちと……セラエノのヴィランたち自身の骸だ。
「随分見事に散ったよね」
「こういう手合いは案外難しい。生き延びる気がないからな」
紫苑へ淡々と返したバルタサールは、残った遺体の腕を掴み刻まれたタトゥーを晒す。
「これが何か、おまえならわかるんじゃないのか?」
「……セラエノ、アイテールの配下だ。君たちにはH.O.P.E.ロンドン支部指名手配犯と言った方が伝わるか」
一輪の薔薇から幾つもの槍の穂先が突き出たデザインを見て、信義は重いため息を吐いた。
「最近、棘薔薇の魔女は働き過ぎじゃないか」
「探してるのかしら?」
「……相応の覚悟は決まっている」
何か言いたげなバルタサールに向けて、信義は喰えない笑みを浮かべた見せた。
「俺たちが捕まえたヴィランに印は無かった。動いているのはセラエノの一部か、全体か。
セラエノやアイテールたちは見返りもなく人助けをするヴィランズじゃない」
信義の横へ静かに一台のスマートフォンが差し出された。
「これを。残っているものは全て撮ったと思います」
Vincentだ。表示された画像はスフィンクスの周囲。そこにセラエノが描いた魔法陣の残骸が映っている。
「これは──ヴィンセント君か。助かる、ありがとう」
「灰墨さん、オレも」
拓海もまたベルトから動画用ハンディカメラを外すと撮影したデータを彼に見せた。
「作戦中撮影してたものだよ。セラエノに関して何かわかるかな」
「……なるほど。コピーさせてもらうよ。勿論、何かわかったらH.O.P.E.に報告しよう」
これは君たちの仕事だろうしな、と信義は呟くとこう続けた。
「──H.O.P.E.のエージェント諸君。改めて、ありがとう」
セラエノの痕跡を探しに遺跡へ向かった信義たちの背中を構築の魔女が不思議そうに見送った。
砂混じりの風が吹いた。
めくれた布を押えて拓海は死者へとかけ直す。
「……何故、セラエノが協力する?」
口を突いて出た彼の疑問にメリッサが肩を竦めた。
「さあ? それより、セラエノがテロに気付いてた方が不思議ね」
「付近に竜脈や重要施設があるか、何かを企てて邪魔しそうな動きを見張ってたとか? えと……少なくとも、『H.O.P.E.に内通者』は考えたくないぞ」
彼女の指摘で拓海は不自然さに気付いた
H.O.P.E.の情報漏洩でなければ、セラエノが『元からここを守っていた』、もしくは『起きることを予測していた』。
更に鋭く切り込むメリッサ。
「セラエノが守ってるのはスフィンクスだけじゃないわね」
「有力者の身内? この地を血で汚さない? ……何か開催予定地か?」
何を。
考え込む拓海。
「霊力の異変、他のおかしな点があるのか、それとも全くないのか。ここにセラエノの置き土産、あるいは『共闘の理由』が見つからないか。私も探してみましたが」
頭を振ってライヴスゴーグルを外す構築の魔女。赤毛がぱっと広がった。
「ライヴスの流れは正常に見えますね。──そちらは何か見つかりましたか?」
「……何も見つからないな」
罠師でセラエノが立ち回った場所やスフィンクスの周囲を調べた恭也が首を横に振る。
「このスキルでは物理的な罠しか見つけられない。──だが、嫌な予感がする」
エージェントたちは無言で顔を見合わせた。
──セラエノが動くということは、この辺りにオーパーツでもあるのでしょうか……。
征四郎の懸念を感じ取ったガルーも踏み荒らされた遺跡を見た。
「予知でテロリストたちがスフィンクスを破壊していたというのも気になる。この暴動には理由があるはずだ」
彼らの目は自然とスフィンクスへと向かった。
しかし、冥界の門番は何も語らず。
今はただ熱砂が空を曇らせるのみ──。