本部

【白刃】ボーダーライナー

藤たくみ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/31 19:30

掲示板

オープニング

●H.O.P.E.
「……老害共が、好き放題に言ってくれる」
 H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが会議室から出た瞬間、幻想蝶より現れた彼の英雄アマデウス・ヴィシャスが忌々しげに言い放った。
「こらこらアマデウス、あまり人を悪く言うものではないよ」
 老紳士は苦笑を浮かべて相棒を諌める。「高官のお怒りも尤もだ」と。

 愚神『アンゼルム』、通称『白銀の騎士(シルバーナイト)』。

 H.O.P.E.指定要注意愚神の一人。
 広大なドロップゾーンを支配しており、既に数万人単位の被害を出している。
 H.O.P.E.は過去三度に渡る討伐作戦を行ったが、いずれも失敗――
 つい先ほど、その件について政府高官達から「ありがたいお言葉」を頂いたところだ。

「過度な出撃はいたずらに不安を煽る故と戦力を小出しにさせられてこそいたものの、我々が成果を出せなかったのは事実だからね」
 廊下を歩きながらH.O.P.E.会長は言う。「けれど」と続けた。英雄が見やるその横顔は、眼差しは、凛と前を見据えていて。
「ようやく委任を貰えた。本格的に動ける。――直ちにエージェント召集を」
 傍らの部下に指示を出し、それから、ジャスティンは小さく息を吐いた。窓から見やる、空。
「……既に手遅れでなければいいんだけどね」
 その呟きは、増してゆく慌しさに掻き消される。


●境界線
「今ならまだ間に合うの! これを聞いている誰か、早急に支援を――」
(テレサ、ちょっとだけ落ち着くアル)
 マイリン・アイゼラ(az0030hero001)のなだめすかすような思念と、トンネルに反響する自身の声とで、テレサ・バートレット(az0030)ははっとなった。
 軽く呼吸を整え、壁際で荒い息をしながら蒼白い顔に汗を浮かべている少年を気遣うように一瞥し、再度無線機越しの不特定多数へと呼びかける。
「――ごめんなさい。こちらエージェントのテレサ・バートレット、並びにマイリン・アイゼラ。従魔の掃討任務中別働隊の襲撃を受け、現在生駒山のレールトンネル内部、東口からおよそ100メートルの地点に退避中。生存者はあたし達の他にもう一組、だけどかなり危険な状態なんだ。あとは全員……やられちゃって」

 唸る轟音。次いで黒い塊が目の前を過ぎり、気がついたら皆倒れていた。
 仲間も、従魔も、木々も、その存在が通った跡の何もかもが、ばらばらになるか、踏みしだかれていた。
「そん、な……」
 こちらが怯もうと立ち竦もうと、それは無慈悲に槍を振りかぶった。
 次の瞬間、誰かに突き飛ばされたテレサの視界は、自分の代わりに胴を貫かれた仲間――最近エージェントになったばかりの少年だった――の鮮血でいっぱいになった。

 少年の荒い呼気に伴って包帯が赤く染まりゆくのを認め、テレサの目元が険しくなる。
(絶対に許さない)
(テレサ……)
 テレサの悪い癖が出た。
 “正義のヒロイン”は今、誰の為に憤り、その矛先を誰に向けようとしているのだろう。不甲斐ない我が身に? そんな自分を助けた少年に? 目下の仇敵たる従魔に? はたまた生駒山を、人々を、H.O.P.E.の仲間達を、さも退屈凌ぎに食い散らかしたとばかりの数々の所業――その元凶たる愚神アンゼルムに?
(…………)
 全てがない交ぜになっているような気がして、危ういばかりで。なのに掛けるべき言葉が見つからなくて、マイリンは、ただつらかった。
 そんなパートナーの同じ身に宿る胸中を知ってか知らずか、テレサは引き続き無線を口元に寄せる。
「お願い、力を貸して。死んでいったみんなに、まだ生きているこの子達に報いたいの」
 少なくともその声は凛然として、淀みのないものに感じられた。


●ドロップゾーン深部
 事実、アンゼルムは退屈していた。
 この山を制圧して数か月――周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
 かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では――正確には時期を同じくして複数の世界でも――イレギュラーが現れた。能力者だ。
 ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。

「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」

 それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
 アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
 わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
 愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
 それを聞き終えたアンゼルムは、その口元を醜く歪める。
 流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた――。


●何もない場所
 果たして、その存在が愚神商人の提案と結びつくものなのか、あるいはアンゼルムに縁浅からぬものなのか。
 ――オァー。
 答える者は、ない。
 なぜなら今この場には、血と肉と木片と石礫と鉄屑と得体の知れぬ異界の構成物とに彩られた、無人の荒れ野が広がるばかりだから。
 ――アー。
 在るのはただ一騎のみ。
 人の上体に馬の胴と四肢を備え、長大な槍と盾をつがえた黒騎士。その頭、胸、腹、両の肩、馬の横っ腹や尻に至るまで、目も鼻も口も歯も備えた、けれど人とは似つかぬ真っ黒な『顔』で鎧う異形の騎士。
 ――アアー、アー。
 ふと、右肩の『顔』が「何か見つけた」とばかり鳴いた。
 その虚ろな視線の先には、もっと虚ろに続く深い横穴が、大きな口を広げている。
 ――アァー。
 いらえるように、今度は頭部の『顔』が呻いた。
 次に踏みしだくべき道と判じたか、先ほど取り逃がした者の気配を感じたか――とにかく騎士は足踏みして小器用に方向転換を果たすと、吸い込まれるように闇の狭間へと蹄鉄を踏み入れた。

解説

 舞台は生駒山に通る長さ4km以上の鉄道トンネル内。電気系統は生きています。
 テレサ達は奈良側から進入し、負傷者を抱えながら現在大阪方面へと移動中。
 結果的に従魔もこれを追いかける形となりますが、互いの位置を察知できていない為、スタート時点では双方とも速度控えめです。
 奈良側・大阪側のどちらから進入するかは各自のご判断にお任せいたします。
(選んだ側の近くに『偶然居合わせた』とお考えくだされば)
 また、状況によってはチェイスルールが適用されますのでお含み置きください。
(参照:特殊ルールhttp://www.wtrpg0.com/rule/basic/8)

【従魔(通称ダンタリオン)】
 推定デクリオ級~ケントゥリオ級従魔。
 そのもの大柄なケンタウロスの騎士といった姿で、全身にいくつもの『顔』を備えています。
 体格のわりに素早く小回りも利きますが、制動距離に対してトンネル内はやや手狭なようです。
 一方で無理に暴れ、崩落を引き起こす事もあるのでご注意を。
 戦闘手段は以下の通り。
・槍、盾、噛み付き(通常攻撃・防御手段)
・チャージ(広範囲直線移動攻撃):謎の力場を身に纏い、全てを巻き込みながら高速で駆け抜けます。破壊力が大きい上『衝撃』『気絶』の可能性があるのでお気をつけください。

【テレサ・バートレット&マイリン・アイゼラ】
 初登場ながら早速テレサがヒートアップ気味でマイリンが困っているようです。
 基本的には人命優先で動きますが、冷静な判断を期待するには少々薬が必要かも知れません。
 何かありましたらお声かけくださいませ。

【エージェントの少年】
 テレサ達と同じチームの生き残り。
 英雄(幻想蝶の中に居ます)共々意識不明の重体です。
 生き延びるか否かは皆様の立ち回り次第となります。

リプレイ

●真理
「いまの無線聞いた!? ニック」
『ああ、なかなか差し迫った事態のようだな』
 事態の緊急性ゆえか大宮 朝霞(aa0476)の忙しない調子に、やはり緊急なればこそニクノイーサ(aa0476hero001)は落ち着き払って相槌を打つ。
『どうするのですか』
「すぐそこに困ってる奴が居んだろ? なら助けねー道理はねぇよな」
 レヴィン(aa0049)が寄越した解はマリナ・ユースティス(aa0049hero001)にとり、予定調和にして期待を満たすもの。ならば。
『レヴィンなら必ずそう言ってくれると信じていました。必要とされるのなら――応えるのみです!』
「そうね、急いで助けにいかなきゃ! ニック、変身よ!」
『それはいいが。あの掛け声はやめ――』
「変身! マジカル☆トランスフォーム!!」
 朝霞が決めポーズを構えた途端、それを制止しようとしたニクノイーサもろとも強まって何羽もの蝶の体を成したライヴスの流れが二人を取り巻き――やがて舞い散る頃。
 そこに立つのは、薄紅と純白の高貴な衣装に身を包み、目元をバイザーで覆った、ひとりの――自称――聖霊紫帝闘士。
(だからそれをやめろと言ってるんだよ……)
 片や、マリナはパートナーの力強い言葉に喜色を示して――即ち、共鳴して。
 戦乙女は、兎のような紅い眼と、ともすれば物騒なほどの力と想い、その全てを、若者に委ねる。
「行こう!」
「おう!」
 ウラワンダーこと朝霞、それにレヴィンは互いの共鳴を確かめると、意気も良く荒れ果てた野を駆け抜けた。

「ふぅ……後は明日にするか。あーあー今日も面倒く――」
『ツラナミ』
 いつの間にか戻っていた38(aa1426hero001)の耳慣れた、けれど意外な声に、ツラナミ(aa1426)の背筋は中途半端なところで弛緩してしまった。
「――サヤ、何で居んの? 確か別方面の仕込み頼んでおいたはずだよな」
『終わった。それよりH.O.P.E.の無線から救援要請』
「はぁ?」
『聞いた人、直ぐ来て欲しいって。この真下のトンネルの中』
「……聞いてねぇぞ」
 いつの間にやら無線機を外していたらしい。
『最優先事項』
「ったく……珍しく早くコトがすんだと思えばこれか。嫌んなっちまうねえ」
 ツラナミは煙草を小気味良く吐き捨て、無造作に共鳴し。
「いくぞ」
 声がその場に響く頃には、既に山を駆け下りていた。
 道すがら仔細を相棒の思念から把握し、無線機にて件のチャンネルに呼びかけを行う。
「あー、あんた。聞こえてるか? 無線を聞いたエージェントの一人だが」
 ――聞こえてるわ。
 すぐに女の気張った声で応答があった。テレサ・バートレットとやらか。
「今から救援に向かう。……奈良の方からな」
 ――ありがとう。でも注意して、あの従魔――ダンタリオンも入り込んでる可能性が高いから。
「ダンタリオン?」
 ――見れば判るわ。
「ふーん? ……っとそうだ、他にこれ聞いて駆けつけるつもりのやつ。進入経路を伝えろ」
 ――もしもし? こちらエージェントの大宮朝霞。同じく奈良から急行しています。
 まずは同方向から一人。真っ直ぐな声だ。
 ――テレサさん、あとちょっとがんばって!
 ――ありがとう! 朝霞さんも気をつけて。
 ツラナミは戦力の確保を認めたところでちょうどトンネルの入り口まで降り立ち、以前と同じピッチで即座に中へ踏み込んだ。
 ――俺だ!
 途端、若い男の反応に困る一言が雷鳴の如く耳に突き刺さる。
「誰だよ……」
 ――……? あの?
 ――困ってる奴は見捨てねぇ。悪い奴はブッ飛ばす。それが俺の正義だ!
「いや、だからな……」
 むしろツラナミが困っているわけだが、幸いにしてしばしの沈黙を経て、やがて礼儀正しい応答があった。
 ――……レヴィンが失礼いたしました。オオミヤさんと一緒にそちらへ向かっているところです。
 これも奈良。戦力が多いに越した事はないが、状況を鑑みるに大阪方面にも人手が要るだろう――そう思った矢先。


●慙愧
「その声、マリナさんね?」
 ――タチバナさん? ドイツではお世話になりました!
「お互い様よ。というわけで、こちら橘伊万里。現在地は東大阪市」
 ――そっちにも居たか。
「幸いね。他にも二組来てるわ」
 言動に対してひどく抑揚のない男の声を聞きながら、橘 伊万里(aa0274)はこの場へ集った仲間達と視線を交わす。
「それで、テレサさん。負傷者の容態はどう? 意識はあるかしら。お腹の動きを見て、呼吸の速さと深さも教えてちょうだい。判る範囲で構わないわ」
 ――腹部から背中へ貫通した刺傷……出血がひどいの。不明状態が続いてて、息は浅くまばら。時々乱れるのは痛みのせいかな。
「ありがとう、そこまででいいわ」
 ――とても、冷たい……あたしのせいで。
「……あまり思い詰めないで。すぐに向かうから、それまで患者の事お願いね」
 ――了解……。
 テレサの沈んだ声を最後に、ひとまず無線機は沈黙した。
「聞こえたでしょ、R? さっさと脱いでちょうだい」
『なっ、俺か!?』
 ひと段落着いたところで当然とばかり脱衣を要請され、R(aa0274hero001)は狼狽した。
「止血用の布類はタオル以上のサイズが必要と判断。手持ちの処置キットじゃあ足りそうにないし」
 シャツにコートと自分が好都合な「包帯」を纏っているのは理解しているつもりだが、ここでいきなりストリップというのも我ながらぞっとしない。
「……ま、私の服でも別に構わないけれど?」
『…………。下以外なら持って行け』
 そう出られたら従わざるを得ない。さる事情から「伊万里を布面積の多い衣類で包む」との使命を、自らに課している以上は。
『お前にそれ以上薄くなられてたまるか』
「……」
 Rが不承不承ながら手早く上着を脱いでいる横で、今の会話を聞いていた布野 橘(aa0064)はうつむき加減に少し顔を赤くしていた。
「どうかしたの?」
 コートを丸め、小脇に抱えたところで視線に気づいたらしく、女医は小首を傾げる。
「あっ、な、なんでもない!」
「そう?」
『馬鹿め』
 隣で魔纏狼(aa0064hero001)が鼻で笑ったのは、この際堪える事にする。なお、半裸となったRは何か言いたげだった。
「じゃあ、私達も行きましょうか」
「へいへい、初仕事からハードなこって……――あいたっ」
 それまで線路に腰掛けていた百目木 亮(aa1195)が実にかったるそうに立ち上がろうとした途端、ブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)の刺し込むような蹴りが、文字通り飛ぶ。
『面倒だな……』
「助けを求める声があるのなら、俺は行くぜ。嫌でもついて来て貰うからな!」
『フン』
 どこも一枚岩というわけではないらしい。じんわりと痛む後頭部をさすりながら、目の当たりにした橘と魔纏狼のやり取りに複雑な感慨を覚えつつ。
「まあ、給料分は働くさ」
 師と仰ぐべき老人とのなし崩しの共鳴を受け入れ――今や達人となった亮は、分厚い境界線を貫く穴倉に、音もなく足を踏み入れた。


●逢魔
 規則正しく石礫を叩き、払うような音が耳に入り、ツラナミはレヴィンと朝霞を無言で制止した。立ち止まると、蹄らしきそれは当然ながら遠退いてゆく。

 アァー……。

 そして、吹き込む風に乗って届いた、不気味な喘ぎ――間違いない。

「こちら奈良組、目標を捕捉した。今から三人で撃破がてら足止めにかかる。……テレサって言ったっけな、なるべく急いで大阪組と合流しろ」
 ――了解。
「つーわけでお待ちかねだお二人さん。せいぜい派手に、」
「そこのケンタウロスもどき! 私が相手よ!」
「……やってるか、もう」
 気がつくと、既に朝霞は宣戦布告をし、あろう事か矢を射てさえいた。薄明に浮かぶ影より苦悶の呻きが戦慄く。

「聖霊紫帝闘士ウラワンダー! 華麗に参上よ!」

(ツラナミ)
「ノーコメントだ。ところで“俺”くんは、と」
 38の思念に簡潔な応答をし、直ちにレヴィンが距離を詰めにかかっているのを認める。次いで幾つもの顔が朝霞を注視し迫り来る中、ツラナミは無造作にライヴスの針を闇へ放つ。それは相対速度に従い、幾つかある口のひとつにするりと滑り込んだ。

 アァアアアアアアアー!

 何かを仕損じでもしたのか、それは異口同音の耳障りな声で哭くと、方向転換がてら長大な騎乗槍で壁面を叩き崩し、レールを駆けて来る。
「とんだ暴れ馬じゃねぇか」
 レヴィンもまた、大剣を構え前進を続け――接触寸前。
「どうやら調教が必要らしいな!」
 横に身を翻し、通り過ぎようとした馬尻に渾身の一撃を叩き込む。ダンタリオンは自身が生み出した慣性と相俟って、踏み止まる所作さえ叶わず弾き飛ばされ、転倒した。
「どうだ馬野郎! 少しはお利口さんになったか?」

 ――アー。

 馬野郎は生返事を返すと、おもむろに、天井を槍で穿った。
「……あ? ちょっ」
 たちまち亀裂が走り、付近の電灯はばちばちと火花を散らして砕け、直後に轟音と瓦礫が一気に降り注ぎ、粉塵が舞い上がって――レヴィン達の目の前、奈良へと続く道が瞬く間に閉ざされた。
 無論、ダンタリオンを生き埋めにして。
「……。あのー、これはどういう?」
「……さあ」
 朝霞とレヴィンが瓦礫の山を見てきょとんとしている。

 ――……ァー。

「お利口さんてこった。――避けろ」
 ツラナミの機械的な警告から間もなく。
「えっ」
 突如、礫が更に砕けながら波の如く押し寄せ、同時にその向こうから――禍々しい気を纏うモノが、全てを撃砕せしめんと突撃を繰り出して来た。
「ちぃっ!」
 最も間近に居たレヴィンは咄嗟に剣を地面に突き立て、真正面から受け止めようとするも堪え切れず、槍の穂先によって大きく突き飛ばされてしまう。
(奴の突進は危険だ。なりふりかまうな!)
「了解!」
 それを受けてニクノイーサはすぐさま朝霞に指示を出す。紫帝闘士は直ちに側転しようと宙へ身を投げ出すが――。
「きゃああっ!」
 着地を待たずして力場の端に弾かれ、転倒を余儀なくされた。
「あー……大人しくしとけって」
 一方、比較的距離を空けていたツラナミは突撃の軌道から逸れ、闇に投影した分身ともども前後から鋭利な斬撃を浴びせた。
「困るだろ? 俺が」
 そう言い残して前面の幻影は消し飛ばされ、しかし異形の騎士の侵攻も一旦止まる事を余儀なくされた。
「いたた……――はっ!?」
 その隙に、朝霞は全身に走る痛みを堪えながら身を起こし、状況を確かめる――すぐに倒れたまま動きのないレヴィンが視界に入った。
「大丈夫ですか! しっかりして!」
 自らのライヴスを清浄たる光に換え、直ちに彼の意識を取り戻す。
(みんなが合流するまで、なんとか時間を稼ぐんだ!)
 その為には――否、その為にも。誰一人失うわけにはいかない。


●復活
 一方、テレサ達と合流した通称大阪組は手筈通り、件の少年の救命措置に取り掛かっていた。
 伊万里はRのコートを敷いて彼を寝かせ、亮と共にまずは腹部の外傷に治癒の光を当て、止血を行う。
「……ある程度出血は収まったみてえだが」
「ええ、ライヴスのみでは足りないわね」
 伊万里は鞄から衣類を引っ張り出すなり、びりびりと裂き始めた。
 轟音と地響きが、真っ白なシャツに塵を落とす。
「……派手にやってるなぁ。行くぜ、魔纏狼!」
『どうでもいい。さっさと体を寄越せ』
「もっとマシな言い方できないのかよ」
 相棒の身勝手な物言いに文句をたれながら共鳴し、橘はひと足先に戦力たらんとすべく再び走り出した。
「敵の注意は引き付けておくから、急げよ!」
「待って、」
「待った」
 後を追おうと立ち上がったテレサの手を、亮が掴む。
「すまんが嬢ちゃんは状況が変わるまで俺らについててくれ」
「今は一刻を争うのよ!」
「だからだよ」
「……!」
 踏み止まったか――ひとまず腕尽くは無用と見て、亮は手を離した。共鳴を解き、あとは任せたとばかり相棒に背を向け、自らは施術を手伝う事にする。
『お嬢ちゃん、ここまで怪我人を抱えて大変じゃったろう』
 好々爺然とした笑みを浮かべて歩み寄り、黎焔は掌をテレサに差し伸べた。
『ほれほれ、べっ甲飴と薄荷飴、どっちが好きじゃろうか? 飲み物は……生憎珈琲しかないのぅ』
「じゃあ、それを」
『ふむ』
 老人がすぐさま小振りな水筒を取り出し、返した蓋に注いで差し出すと、テレサはそれを力なく受け取り、僅か口に含む。
『少しは落ち着いたかのぅ』
「……はい」
『結構結構。怒り、焦り、余裕をなくした時ほど上手くはゆかぬものじゃ。……そういった者から先に死んでしもうた』
 死と聞いて、ひくりと肩が揺れる。
『わしの相方も焦った傍から失敗して大事ばかり招くしのぉ』
「うるせ――あだっ」
 悪態をつく弟子を打ち据える小気味良い音に、テレサははっとした。
『今のお嬢ちゃんは危なっかしくてのぉ、爺は心配なんじゃよ。……時に、お嬢ちゃんのぱーとなーは息災かな?』
 答えはない。答えられないのか。
『ふむ。ならば一つ、爺からあどばいすじゃ。ぱーとなーの声すら聞こえなくなったら、ほんの少し目を閉じ、深呼吸する事じゃ』
「……」
 言われるまま閉じたばかりの目が一拍の後ぱちくりと瞬きした。
『お爺、飴ちゃんちょうだいアル。もちろん両方――』
「――っ!?」
『ふぉっふぉっふぉ』
 突然パートナーの言葉が溢れた自分の口を慌てて塞ぐ。玲瓏はそんな彼女に黙って飴を握らせた。
「貴女はどうしたいの?」
「――え?」
 そして不意に、伊万里からも問われ。いつしか処置が終わり、敷かれていたコートで包まれた少年の寝顔と、彼女とを交互に見て。
 その矢先、橘の向かった先から轟音が鳴り響く。
「……先に行ってるわ。百目木さん、あとはよろしくね」
「あいよ、お疲れさん」
 亮がなおも負傷者を向いたまま片手のみ上げていらえるのを認め、伊万里は微笑を残して、奥へと駆けていった。
「お前さん、こいつに助けられたのか?」
 相変わらず背を向けたまま、今度は亮がおもむろに訊く。
「ならよ、こいつが目ぇ覚ました時に礼を言わねえとな」
「……うん」
「それまでにできるだけ怪我増やさずに従魔倒して。……そんで、生きてこいつに会おうや」
「うん……!」
 テレサは目元を二三度ぬぐうと、今度こそ立ち上がった。
「……ありがとう。あたし、すごく簡単な事を見失ってた」
 だが、同時に大切な事の筈だ。即ち、正義の味方はなぜ悪と戦うのか。それを知る限り、血迷う事はあるまい。
「ん――行って良し」
 いつしかまた共鳴を果たしていた師弟は、あとほんの少し背中を押した。
「こいつの事は心配すんな。嬢ちゃん達がここまで繋いだ命、無駄にはしない」


●狭間
(――朝霞!)
 頭上より迫る騎乗槍に身構えたパートナーの膝が崩れ、日ごろの不敵さをかなぐり捨てて英雄が叫ぶ。
「っ!」

 ウラワンダーが覚悟に目を閉じた、その刹那。

 金属同士の甲高く重い衝突と石質の破砕音が立て続けに響き。けれど薄紅と純白の衣装が赤く染まる事はなかった。
「……あれ?」
「大丈夫か」
 朝霞が目を開けると、穂先を大剣で叩き落した姿勢のまま、黒髪の若者―ー橘がこちらを見ていた。ダンタリオンは口惜しげに呻いて槍を退く。
「あ、ありがとうございます!」
 慌てて身を退き、自身に癒しを施す。
「早かったじゃねぇか」
 そこへ、足取りもおぼつかない有様で、レヴィンが近寄りがてら軽口を叩いた。
「そっちもグロッキーだな。休んでたっていいんだぜ?」
「こんなモンかすり傷だっつーの」
 明らかに満身創痍なその背中を、温かな光が包む。伊万里だった。
「血まみれのくせに強がらないで」
「恩に着るぜタチバナ!」
「えっ」
「あら」
「?」
 それぞれ名と姓に同じ言葉を持つ者達とは知らぬまま、妙な反応に小首を傾げかけた矢先。
「っと危ねぇ!」
 槍が振り下ろされ、レヴィンは咄嗟に飛び退く。代わりに線路がひしゃげ断裂して、周囲の石礫が爆散した。
「……突っ立ってる場合じゃねえな。たち――あ、いや」
「伊万里でいいわよ」
「そ、そうだな。じゃあ伊万里の姉さん、怪我したら頼んだぜ!」
 橘は少しどぎまぎしながらも素直に受け入れ、距離を測るように切っ先を敵に向ける。その隣にレヴィンも肩を並べ、同じ目標を見据える。
「どうするつもり?」
「へっ」
「決まってんだろ」
 伊万里の問いに、二人は不敵に笑んで。
「――正面突破だ!!」
「――ブっ飛ばす!!」
 特攻した。
「……高くつくわよ、二人とも」

 橘は相手の足元に目を凝らす。腿、脛、膝頭の『顔』に裂傷が複数、中には不自然に膨らみ化膿したようなものも認められた。
(考える事は同じってわけか、だったら!)
「馬野郎! この先は通行止めだぜ!」
 やや先んじたレヴィンが力任せに大剣を薙ぎ払う――押し戻すほどの勢いで放たれたそれは、しかし盾の顔を叩き割り従魔の制止に留まる。
 だが、それで充分――黒獣を宿す者は違わぬ身のこなしで従魔の腹の下へ滑り込み、ついでに後ろ足の大腿部へ一閃をお見舞いした。
「……いいのかそこで?」
 無鉄砲な若者へ話しかけるついでとばかり、声の主――ツラナミは四肢の外側、側面から何気なく同じ足を曲刀で斬り払う。
「まぁ一服盛っといたし運が良けりゃ途中でぶっ倒れるかもな」
 ダンタリオンの顔達はこぞっていきり立っている。そして怪我も厭わず後ろ足を神経質に何度も払い――辺りの空気が、変わった。
「なんだ……?」
「あーあー言わんこっちゃない。止めてやりたいとこだが……今ので切らしたんだわ、札」
 男が「悪いな」との言葉を最後に、とんと後ろへ跳んだ直後。
「――がはっ!?」
 橘は強烈な圧力で線路に叩きつけられた。巨大な鉄球の下敷きとなったような錯覚に骨の軋む音が伴い、すぐに一騎駆けを始めている異形もろとも引きずられていく。
「いけない!」
 伊万里が前進し、下敷きとなった若者へ癒しの光をもたらす。だがその代償に一騎駆けに弾かれ、壁へ激突した。
「来やがったな? 今度こそ止めてやる!」
 レヴィンが懲りずに正面から、圧されながらも大剣を盾に堪え続ける。
「ぐっ……こ、の……!」
 どうせ立てないのなら、このまま――橘は、柄だけでは上がらぬとみて逆手で刃を握り、血が吹き出すのも厭わず強引に剣を持ち上げ。
「行かせねェ、ってんだよッ!!」
 加圧に任せ前足へ突き刺す。体液がしとどに溢れ、ダンタリオンは力場を保持したまま脚を挫いた。
「崩れた! 今よっ!」
「決めるぜ!」
 朝霞が号令を矢に乗せて弓を引けば、レヴィンが敵の膝を踏み台に跳ぶ。だが従魔も力場に包まれた槍を振りかぶり――そこに銃声が加わって。

 矢と剣と槍と弾丸が、交錯した後。力場は失せ。

 レヴィンの鬼神の如き一撃は従魔の肩口から腹まで食い込んで、朝霞の矢はダンタリオンの胸の一部を貫通して、抉るように吹き飛ばしていた。
 一方で、レヴィンを狙っていた穂先は、その頬と耳を僅か掠め、虚しく地を穿つのみ。あの銃声に威嚇されたのだと直感し、朝霞が振り向くと。
「正義のヒロインここに参上! ……なーんてね」
 そこには特務エージェント、テレサ・バートレットの姿があった。

(フン、歳を考えたらどうだ?)
「……失礼だぞ、本人が気にしてたらどうすんだよ」
(……キサマも大概失礼だな)

 力尽きた従魔の真下でそのようなやり取りがあったとは、知る由もなく。


●袂
「大丈夫ですか!? しっかりして。ニックも彼らに呼びかけて!」
(朝霞がそう言うのなら……って共鳴したままじゃないか)
「あっ」
(やれやれ)
「まあまあ二人とも落ち着きなって。ひとまず安定してるし、それに救護班呼んだんだろ?」
 自らが背負う少年を取り巻いた、けれど一面しか窺えぬそそっかしい会話を亮が宥めた。
「はい……」
 しょぼんと肩を落とす朝霞に、今度はテレサが声をかける。
「あなたが大宮朝霞さん?」
「今は聖霊紫帝闘士、ウラワンダーです!」
「セーレー、……ウラワ……?」
 一変して顔を輝かせ、ぼろぼろなのも気にせず胸を張る朝霞の言葉を、テレサは不思議そうに聞いていたのだが――ふと、表情が驚愕のそれへと転じた。
「そんな……なれなかった筈じゃ」
「確かに私一人の力じゃ微妙に手が届かなかったけど、ニック……ニクノイーサが付いててくれますから」
 朝霞はふわりと微笑みを以って応える。
「と言う事は、並みのシテイトウシ十人がかりでも歯が立たないわけね」
「はい、負けません! ……十五人だと、ちょっとどうか判らないですけど」
(……まさか、話が通じているのか?)
 思わぬ同類の登場に、ニクノイーサはちょっぴり先行きが不安になった。
(ツラナミ)
「だからノーコメントだ」
 奇妙な共通認識と連帯感を伴う会話を改めんとする38へ、ツラナミはやはり簡潔に応える。
「テレサさん」
 少し申し訳なさそうに呼び止める伊万里に、テレサは無言で振り向いた。
「襲撃された場所に案内してくれないかしら。向こうも収容の手配が必要だし、その……身支度を整えてあげないと。レヴィン君も来てくれるって」
「まだ危ねぇかも知れねぇし、人手は多い方がいいだろ」
「……うん、そうだよね。それじゃ、亮さんと黎焔さん。みんな。その子の事、お願いします」
 大阪方面へ向かう残りのメンバーに頭を下げ、テレサは伊万里、レヴィンと共に奈良の方へ踵を返した。
『お嬢ちゃん。爺の言葉、忘れちゃあ嫌じゃよ?』
「……はい!」
 去り際かけられた好々爺の言葉に、元気良く答えるのを忘れずに。
「なんだ? さっきの」
 なんとなく気になって、レヴィンが訊ねる。
「秘密。でも、もしかすると君がよく知ってる事かもね、“俺”くん」
「なんだそりゃ? 俺?」
(……ばか)
 煙に巻かれたばかりかパートナーからは罵られ、しかし残念ながら正義の味方には皆目見当もつかなかった。

「……」
 橘はふと立ち止まり、暗がりに遠退く正義のヒロインの後姿を見つめる。
(未練でもあるのか)
「そんなんじゃねぇよ。ただ、」
 いずれ彼女の活躍ぶりを見てみたいと、少しだけそう思った。
「いちち……俺も診て貰わなきゃな」
(己の身を犠牲にしすぎだ。少しは考えたらどうだ)
「うるせぇ、俺は頭を使うのが苦手なんだよ」
(馬鹿め)

「まあ……どこも似たようなモンか」
 二人の様子を横目に、亮はとりあえずそう結論付けた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
    人間|23才|男性|攻撃
  • 物騒な一角兎
    マリナ・ユースティスaa0049hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • 信念を抱く者
    布野 橘aa0064
    人間|20才|男性|攻撃
  • 血に染まりし黒狼
    魔纏狼aa0064hero001
    英雄|22才|男性|ドレ
  • エージェント
    橘 伊万里aa0274
    人間|33才|女性|生命
  • エージェント
    aa0274hero001
    英雄|49才|男性|バト
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • HOPE情報部所属
    百目木 亮aa1195
    機械|50才|男性|防御
  • 生命の護り手
    ブラックウィンド 黎焔aa1195hero001
    英雄|81才|男性|バト
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
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