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空白の過ごし方
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/10/05 21:01:29 -
【相談卓】空白の過ごし方
最終発言2017/10/05 14:26:35
オープニング
●それは晴天の霹靂、そして好天の秋日
「申し訳! ございません!!」
けたたましく鳴り響いた端末を取った瞬間、青年の謝罪が聞こえた。何事かと通話口で面食らったエージェント達に声のトーンを落として非礼を詫びたそのオペレーターは、さらに申し訳ないのですが、と言葉を続ける。
「本日向かっていただく予定だった従魔の調査及び討伐任務ですが、未明に突如活動が激化、急遽うちに交代で詰めていたエージェントが対応をして……ええと、つまり、討伐すべき従魔が既にいない、という状況でして」
つまり、今日の仕事がなくなった、ということらしい。彼が通信の向こうで何度も頭を下げているのがわかる。了解した旨を伝えると、声が更にワントーン落ちた。
「……お詫びに、お車代を振り込んであります。ご希望でしたら他の任務もお探ししますので、ご勘案下さい……」
意気消沈を通り越して眠たげにも思える声を絞り出したオペレーターと通話を終え、端末に視線を落とす。本日は過ごしやすい気温で一日好天に恵まれるでしょうと、画面に映る天気予報が告げていた。
解説
●このシナリオについて
参加PCは「HOPE支部の手違いで、突然降って湧いた平日の休み」を過ごすことになります。
・描写可能な時間は8時~24時(日付が変わるまで)。
・任務のはずだったので、他の予定は何も入っていない状態です。(相談スレッドでの打ち合わせは、OP描写の後という状況になります)
・PC同士の絡みは参加者同士のみに限ります。(参加していないPCの元を訪ねる、などは極端に描写がぼかされます)
・お詫びとして、ささやかですがお車代が振り込まれています。(シナリオでの描写用。報酬に加算はされません)
・仕事をしたい! という場合はプレイングに記載すれば可能ですが、報酬などは加算されませんので、あらかじめご了承下さい。
リプレイ
●空白が始まる
「あー分かった分かった、そのまま雷様にへそを奪われぬよう用心しておやすみなさい!」
オペレーターからの連絡から1分と挟まずかかってきたもう一人の英雄からの悲痛な叫びを、カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)はやや乱暴に遮って通話を閉じた。外ではその叫びの原因であろう雷鳴が、篠突く雨と共に猛威を振るっている。
「仕事はなくなるし停電にもなるし……本当にこの後晴れるんだろうな?」
部屋の非常灯を点けてスマートフォンで局地予報を確認すると、この雷雨は一時的なものらしい。だが、その下に見過ごせない速報が入っていた。
「……落雷で送電ケーブルが破損し近隣一帯が停電……復旧予定は不明、か」
大きくため息をつく。窓から入る光は雨雲のせいであまりにも弱く、非常灯の光が侘しく感じる。スマホだけで暇を潰すのも難しいと、カイは御童 紗希(aa0339)に声をかけた。
「なーマリー! 車出して映画見に行こうぜー!」
静寂があり、もう一度カイは問う。
「……おい! マリ! 聞いてんのかー?!」
「聞こえてるわよ!」
御童 紗希(aa0339)が、カイの声量を上回る大きさで怒鳴った。妙に反響した声が、彼女がバスルームに居ることを証している。
「あのね、あたしは髪を洗っていました。……そしたら停電になりました」
運の悪いことに、このマンションでの給水はポンプを使用している。停電しているとポンプは止まるため、水道が使えなくなるのだ。つまり――
「――あたしは今、シャンプーまみれになって固まっています。……どうしたらいいですか?」
「……今ならそのまま外に出れば雨がシャワーの代わりに」
「なるわけないでしょ!!」
結局、ほどなくして送電が回復した際に急いで髪をすすいだ紗希だったが、一日機嫌はあまりよろしくなかったという。
そんな停電騒ぎの届かぬところ、端末を閉じ、黒髪に赤い瞳のアリス(aa1651)と赤髪に黒い瞳のAlice(aa1651hero001)が顔を見合わせる。
「他に急ぎの依頼は?」
「ないみたい」
「そう、それじゃあ如何しようか」
「如何しようね」
ささやきあいながら、2人は上品なしつらえの棚から優雅なティーセットを取り出し、湯を沸かし、ポットを暖める。ミルクをピッチャーに入れ、茶葉を量り、湯温を確かめて注ぐ。そうして淹れられたミルクティーが、とっておきのクッキーと共にテーブルの片隅にサーブされた。テーブルの中央には、つややかな白と黒が美しいチェスセットが鎮座しましている。
「……今日こそ勝つから」
アリスが淡々と告げる。
「どうぞ、出来るものなら」
Aliceがアリスよりも冷えた語調で、しかしすう、と唇を笑みの形にゆがめてみせる。
トランプ、チェス、バックギャモン……様々に行われる二人のゲームは現在Aliceの圧倒的勝ち越し、その事実を告げるようなその表情に、アリスは本当に、本当にかすかにむ、と不服の意を示した。それを唯一読み取れるAliceは、唇に続いて目の端を笑みの形にしてみせ、白側に座るよう視線で促した。椅子に深く腰掛けたアリスは、紅茶を一口飲み、最初の一手を指す。
「――e4。」
その一日は、結局Aliceの勝ち越し数を増やす、という結末にはなったのだけれど。
同じ朝方、本がそこかしこに積まれたとある小隊の仮眠室で、端末を閉じた桜小路 國光(aa4046)は欠伸を噛み殺す。
「どうしましょうか?」
傍らでメテオバイザー(aa4046hero001)が穏やかに訊ねる。
「ん~……なくなったんなら、とりあえず寝たい」
2人は現在イギリスに居を構えており、有事の際にはワープゲートを使用して日本に来る。時差の関係上、彼らにとって今は”前日の深夜0時”なのだ。眠いのも道理である。
「じゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
手元のアラームを16時前にセットし、2人はふたたび眠りにつく。彼らにとっては、そこからが”朝”なのだ。
「さて、どうしたもんかね」
「……ん、報酬なくなった……」
麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)が、支部のロビーで思案する。当人たちとしてはすでに行く準備を整えた後での報告だったので、完全な手持ち無沙汰、である。ううむ、と唸る遊夜に、ユフォアリーヤは背中へとしがみついて甘えるように尻尾を振りながら、ぽつりと問うた。
「……別のお仕事、する?」
ユフォアリーヤの方へ振り返りながら、遊夜はそうだな、と答えた。訓練をするのも良い、友人知人と親交をを深めるのも良い。それらも当然惜しくはあるが――
「ガキ共の為に稼がにゃならんし、な」
孤児院には可愛い子供達が待っている。予定していた報酬には及ばないだろうが、誕生日プレゼントへの積み立てや今日の手土産に足るような依頼なら、探せばすぐに見つかるだろうと遊夜は踏んだ。
「ん、オイシイ依頼……探して貰おう、ね?」
「こう、従魔のせいでデカくなった蟹やら海老やら鹿やら猪やらがいるといいな」
「……ん、あとは…農家や畜産家のお手伝い、とか?」
「それだ!」
孤児院の食事を賄うための家庭菜園、そしてミニブタや鶏を育てる農場の新設や増設を将来設計に組み込むためにも、知識と伝手を増やすのもいい。一つ一つ確実に手に入れて行くためにも、依頼をこなす!
……さぁ、依頼を、依頼を早く! 早く!
「休んでる暇などない! 一家の大黒柱として28人の子のために、俺は馬車馬の如く働かねばならぬ故!」
「んー、結構……依頼で遊んでるし、ね」
くすくす、とユフォアリーヤが笑みを絶やさず頷く。警備という名のイベントやお祭り、エージェント向けの慰安旅行などを、命がけの戦いも挟みつつ楽しんできているのだ。
「「さぁ、稼ぎに行くぞ!」」
全ては愛しき我が子たちのために! と、2人は拳を突き上げ、依頼を探してもらうために再び端末を開くのだった。
――なお、畑で馬車馬のように働くならぬ、畑を荒らす馬車の従魔と戦う羽目になった、というオチがついたことを付記しておく。
ツラナミ(aa1426)と38(aa1426hero001)は、悄然としていた。
「どうしたもんかね……」
「……なにも、な、い?」
希有なことに、今日は他の仕事が一切入っていなかった。他の仕事を斡旋するとオペレーターは言っていたが、下準備もせずに飛び込みで任務に入る、というのも存外面倒なものだと身にしみて理解している2人には、どうも気乗りのしないことだ。そこでツラナミが[今から帰る]と義娘が契約している英雄に向けてメッセージを入れると、簡潔かつ、素っ気ない新たな”任務”が返されてきた。
メッセージソフトの吹き出しには[どうせなら買い物くらいして来いよ]とだけ書かれた下に、ずらずらと3、40個ほどの単語が並ぶ。見る限りそれらは食材や日曜品の名前で、どうもこれらを買ってから帰ってこい、ということらしかった。38が画面を覗き込み、次いでツラナミの顔を見る。
「……どうするの?」
「まあ、手ぶらで帰ったらどやされるからな……」
仕方ないので近場のスーパーに向かうが…
だが、二人は知らなかった。
――洗剤は場所と用途で種別が細かく分かたれていることを。シャンプーひとつに限ってさえ、髪質で使うものが違うということを。
――食材には鮮度やランクがあり、価格との兼ね合いを見極めねばならないことを。
――スパイスの名称はある意味、どのような魔術よりも複雑であることを。
「おい、このガラムマサラってのはなんだ」
「……きっとガム。たぶんガム。お菓子売り場に行こう」
そして、2人にこの手の能力は欠片もなかった。――だが!
「……わかんねえなら聞けばいいよな」
「それもそうだね!」
幸運にも、2人は『サービスカウンターで品目を探してもらう』ことに気付き、すべてを正しく購入することができた。商品を積んだカートを押しながらレジに悠々と並んでいると、ツラナミがふ、と視線を動かす。
「ああ、そうだ」
思い付いたように、ツラナミはレジ前に置かれた板チョコを数枚買い物カゴに放り入れる。
「ツラ?」
「土産だ、一応な」
変わらぬ仏頂面でそう言うツラナミを見上げながら、38はそう、とだけ微笑みで返したのだった。
休暇を告げられた中で、支部の訓練施設で技量の研鑽に励む者たちもいる。
「さあ、次の訓練はウェイトな」
「待って、待ちなさいよリタ、せめて自重トレーニングから!」
「いやいやサチコ、せっかく時間が出来たのだ、久しぶりにみっちりしごいてやろう!」
「こ、こんな時くらい、休まない……?!」
降って湧いた暇にねじ込まれたリタ(aa2526hero001)の鬼指導に、悲鳴を上げる鬼灯 佐千子(aa2526)。だがその動きは軽やかだ。元々アイアンパンクかつリンカーであるうえに、四肢と脊椎周辺に施された機械化は並々ならぬ硬度と密度を持つ。大型バイクにも当たり負けしないその頑丈さと膂力は、多少の無茶を跳ね返すほどのポテンシャルがあった。本人はこの物々しい姿と力に忌避感を持つため普段はあまり体を動かさないが、元は活発な質だ。その表情には、普段見られない余裕と快活さがにじんでいた。
……だが、リタの施す訓練メニューはウェイトだけではない。その真摯な想いから生まれた特訓コースは、200mトラックを何周もした直後に射撃訓練など、なかなかにスパルタなものが揃っている。さすがに、佐千子の泣き言も増えてきた。
「どうしたどうした、照準がブレているぞ!」
「待って、走り込みの直後はキツイってば! 息が上がってるのに!」
「何を言うか、そこな若者は軽く……こなせていないな。おいそこの! お前も弛んでいるぞ!」
指導そのものに熱中してきたのか、もはや問答無用の無差別トレーナーと化したリタが、周囲のリンカーを巻き込んで己の特訓メニューに組み入れていく。
そこかしこに響く悲鳴の中に、『ありがとうございます!』という声が聞こえたよう気がしたが、2人に届いたかどうかは定かではない。
その騒動を横目に、ウォームアップをしているのは皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)だ。
「折角だし、巻き込まれないように俺たちで訓練してこう!」
「……そうか、頑張れ」
「おぅ!……ってラドもだよ。俺たちだよ」
その言葉にあからさまに面倒くさそうな顔をするラドシアスに、ううん、と若葉が首をひねり、そして人差し指をぴん、と立てて提案した。
「じゃ、お昼を賭けて勝負でどう? 負けた方がおごり」
「……やる」
移動し、射撃場に陣取る。互いに持ち弾は10発ずつ、スライドしてくるターゲットのより中心に、より早く、より多く当てたほうの勝ち、というシンプルなルールだ。ターゲットを動かすレーンの駆動音を皮切りに、2人はほぼ同じ速度と正確性でターゲットの正中を射貫いていく。互角のまま勝負は進み、互いに残弾は1つというところで、ぼそりとラドシアスが呟いた。
「……この一撃で全て決まるな」
その言葉に、若葉の肩がこわばり僅かに揺れた。ほんのかすかな揺れだったが、射撃の正確性には致命的なブレだ。
「……っ!」
慌てて補正をかけるが時既に遅く、放たれた弾丸はターゲットの外周に着弾する。その傍らで、黒髪の青年は悠々と10枚目のターゲットの中心を撃ち抜いた。――勝者、ラドシアス。
「約束通り、昼はお前持ちだ」
「……ずるい……」
「些細なプレッシャーで動揺しすぎだ。それでは少し不安が残る……」
感情の動きが読みにくい表情だが、思案げにしていることはわかるその振る舞いのまま、淡々とラドシアスは告げた。
「まだ昼までには時間がある。稽古場に行くぞ」
そうして移動した稽古場で、ラドシアスが模擬戦用の武器を手に取りながら端的に告げる。
「槍を持て」
バトルメディックとして戦う際に用いる武装である槍は、まだ若葉にとって慣れない得物だ。間合いと感覚を改めて掴むため、ということらしい。若葉が槍、ラドシアスが剣を持ち、対峙する。
「やっ!」
気合いを発して若葉が槍でラドシアスの胴を払おうとする。が、それはあっさりと剣でいなされ、そのまま一飛びに間合いを詰められてしまう。元より戦いでの熟練度はラドシアスのほうが上だが、リーチの差を一瞬で無効化されたことに、若葉は焦りを隠せない。
「簡単に敵を懐に入れるな」
す、とラドシアスの剣先が若葉の喉元を狙い澄ます。参りました、と若葉が敗北を認めると、ふるふるとラドシアスが首を左右に振って間合いを離した。
「……それでは何も守れんぞ。もう一度だ」
厳しい視線を送ってくる緋色の瞳に、若葉は力強く頷いた。自分のため、自分が何かを守れなくて後悔することがないように、こうして教え示してくれていることは、よくわかっているから。
「うん、やっぱ弓とは全然違うよね」
「そうだ。距離と重心の感覚を忘れるなよ」
再び、対峙する。並び立ち、共に戦うために。
同時刻。
「そうだ、カラオケに行こう!」
アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が元気よく叫ぶ。
「カラオケって何どす?」
八十島 文菜(aa0121hero002)の問いに、アンジェリカが「歌を歌う場所だよ」と簡潔に説明すると、文菜は明らかにたじろいだ。
「えっと、ほら、お洗濯ありますし、お掃除もせなならんし、家に帰った方がよろしい思うんですけど?」
「駄目駄目、世界の歌姫になる為には練習が欠かせないの!」
そう言ってアンジェリカはぐいぐいと文菜の腕を引き、街のカラオケボックスに向かう。平日昼間ということで割安で入店できたそこで、出だしから気分良く洋楽を歌うアンジェリカ。
「よし、次はこれね、3、2、1、~♪」
1時間ほど歌い続けたアンジェリカは小休止を入れ、視線を文菜に向け――怪訝な顔をした。
「……文菜さん?」
普段は落ち着き払っている彼女が、心ここにあらず、といった風でジュースを飲んでいた。否、中身がなくなり溶けてゆく氷の残滓をずごごご、とすすっている。相当に参っている、という風である。
「あ、終わらはりました? ほな、帰りましょ?」
あきらかにほっとしているが、アンジェリカとしてはそのリアクションに納得できない。ううーん、と眉根を寄せ、そして文菜にマイクをそっと、しかしぐいっと持たせた。
「まだ文菜さんが歌ってないし。どう?」
「いえ、あの、うちは」
「……一度、文菜さんの歌を聞いてみたかったんだ~」
笑顔でねだってみせれば無下にはできないのか、文菜は観念した様子でマイクを掴み直す。
「……では」
――数分後、眼を回し文菜さんに背負われカラオケボックスを後にするアンジェリカなのであった。
「さ、帰ったらお洗濯には遅いし、お掃除しましょな」
「(……あれが、地獄の悪魔も裸足で逃げ出す歌……初めて聞いたよ……)」
●穏やかな時間
百貨店にて。
「しかし、リーヴィが中学とはな。どういう風の吹きまわしだ?」
ガルー・A・A(aa0076hero001)が、詰襟に袖を通すオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)に問う。
「……駄目なのか」
「いやいやいや、ダメじゃねえさ。ただ意外でな……学ランがさっぱり新鮮でないないところも含めて」
「それは俺もそう思う」
もとより依頼の際には学ランを着ているのだ。着慣れているし見慣れている。渋い顔をしていると、朗らかな声がその空気を打ち破った。
「ブレザー、ブレザー着ましょう!! お手伝いします!」
いきいきとした表情の紫 征四郎(aa0076)が、オリヴィエの服をてきぱきと持ってきては着せ替える。以前、自身が小学校へ入学したときの礼ができるのが嬉しいのと、着せ替えが楽しいのと半々で、にこにこと色とりどりのシャツやジャケットを小さな体に抱えて持ってくる。
「……おい、俺は着せ替え人形じゃない、ぞ」
「えー、いいじゃんせっかくなんだから。それに、これからもっといろんなのを選ぶんだし!」
そう言いながら木霊・C・リュカ(aa0068)はオリヴィエのじっとりとした抗議の視線をするりとかわし、洋服売り場の外を手で示した。年少向けのブランドがずらりと揃うこのフロアには、鞄や靴はもちろん、”通学やちょっとした小旅行にも”という触れ込みで自転車さえ置いてある。そのひとつひとつを、オリヴィエはどこか真新しい――品物の新しさではなく、概念の新しさ――ものを感じていた。
「……征四郎」
「なんです?」
「学校は、楽しいか?」
その問いに込められた意味をしっかりと受け取り、征四郎は破顔して、大きく頷いた。
「学校、ですか? ええ、とっても楽しいですよ」
胸を張ってそう答える征四郎を見て、リュカは閃く。
「せーちゃん、中学校の予行演習でセーラー服着よう! まだもうちょっと先だけど、せっかくだし!」
「その流れでなんで征四郎まで着るんだ」
ガルーの指摘もなんのその、ほどなくして愛らしい年少2人の学生姿が試着室に現れる。カメラでカシャカシャと記録に残しているあたり、ガルー自身も楽しんではいる。
「こうして見ると2人とも、なんか大きくなっちまったな」
「時が経つのは早いねー」
「俺もお前も、あっという間におっさんだな」
「あ、お兄さんはまだお兄さんだから。まだおじさんじゃないから」
その渋い表情に対する『うわ、悪あがき』という言葉を、ガルーはすんでのところで飲み込んだ。そうしてなんだかんだとやりあいながらオリヴィエの服と学習用具を買い終わり、4人は家路につく。と、
「あれ? せーちゃんは?」
征四郎の姿が見えない、とリュカがきょろきょろとあたりを見回す。その背後から、
「お誕生日おめでとうございます、なのです」
と愛らしい声がした。振り向くと、征四郎が小さなブーケを2束、胸にしっかりと捧げ持っている。ブーケにまとめられているのは”未来を見つめる”という花言葉を持つストックだ。共にこれからも歩んでいけますよう、という願いが込められた、優しい花束だった。
「……あ」
そこでオリヴィエは、自分の誕生日を思い起こした。そしてリュカも、同じ誕生日であることも。
「おう、気づいたか。帰りはちょっと地下に寄っていい肉とワインを買うぞ。夕食豪華にしねぇとな」
「ワイン! いいワイン! それにお花も……ありがとう2人ともー!」
リュカは感動をその身であらわし、征四郎とガルーにベーゼの嵐を吹かせようとする。征四郎はともかくガルーはかなり嫌がっているのだが、あまり意に介していない。オリヴィエに制止されて1、2回で済んだのが、幸いであった。
そんなふうに賑やかな様子でデパートの地下へ意気揚々と降りるリュカと追う征四郎の後ろにつきながら、ガルーはぼそり、と隣のオリヴィエに告げる。
「誕生日と、入学おめでとう。知識は『武器』であり『美』でもある。しっかり学べよ」
その言葉に、オリヴィエはふわりと、将来への期待と、その言葉への喜びのこもった、素直な笑みを浮かべた。
「ああ、ありがとう」
その近隣、平日昼過ぎの家電量販店は、混雑もそれほどではない。
「午後からでごめんね?」
「いえ、僕も特にやることが無いので、お付き合いしますよ」
葛城 巴(aa4976)は、己の契約英雄との誓約を守るために昼食を済ませてから『DVDプレイヤーを買い換える』という用事に付き添ってもらうため、九字原 昂(aa0919)と合流していた。
機械類に明るくない巴がきょろきょろと忙しなく周囲を見ているのとは対照的に、昂は素早く見本機の下に添えられたスペック表を読み、簡潔に巴に説明する。ふむふむ、と頷いたあと、巴は苦笑まじりで手をぱたぱたと振ってみせた。
「お姉さんメカ音痴だから、助かるよ~」
「まぁ、得手不得手は人それぞれですし、僕は頼って貰えて嬉しいですよ。」
昂の笑顔に、つられてふふ、と巴も笑う。最終的に昂の勧めるシンプルな機種を買うことにしたとき、ひょい、と巴がその機種に貼られていた店頭POPを指差した。
「うぃふぃ、って何?」
「ワイファイですね。大まかに言うと、電波で色々な機械同士を接続する仕組みといったところです」
それとなく読みを訂正しながら昴は購入を終え、詳しいことは繋いでから説明しますね、と巴の先を歩み出す。連れ立って巴の家に着き、接続と解説を昂が終えると、巴がうんうん、と頷いて得心したことを示した。
「ごめんねー、接続までお願いしちゃって」
巴がそう言ってキッチンに立つ。程なくして、甘く軽やかな香気が部屋に満ちた。差し出された四等分のチョコケーキと、蜜色をした紅茶を前に、昂が驚きに少し目を見開く。
「これは?」
「依頼がなくなってお車代が出たからね。 近所で午前中に買ってきたの。1切れは昂くんがお土産にするといいよ」
「や、そんな」
「いいのいいの。ささやかだけど、お礼だと思って」
巴の屈託のないその言葉に、では遠慮無く、と、昂もやわらかく微笑んで返し、大ぶりな1切れのケーキを口に運ぶ。
なんでもない一仕事を終えた、やわらかな時間が流れていた。
「クロエちゃん好きだよねー、美術館」
「そうね、いつもと違う場所に来ると探しちゃうのよ。ついでに、学生割引はあるし、温度管理されてるから快適だしね」
クロエ・ミュライユ(aa5394)とエウカリス・ミュライユ(aa5394hero001)が、近代的かつ瀟洒な建造物の前で足を止める。フランスの絵画や骨董を中心に展示している企業美術館であるそこは、大学でも美術史を専攻するクロエが探した場所である。一歩足を踏み入れ、ロビーを見渡す。
「わ、内装がキレイね」
「公立の館じゃ絶対無理よね」
暖かみを感じるしつらえのそこを通り、入館受付に向かった。料金表を見ながら、とりとめも無い会話が交わされる。
「……いや待って、結構高いわね。大人1000円??」
「でも音声ガイドは無料なんだって。珍しいね」
「いらないいらない。学割ないか聞いてみる」
そう、音声ガイドは連れ立って話しながら鑑賞するには割合邪魔になる。2人は入場料を払って中に進み、展示物の感想を小声で語り合い始めた。
「ねー、クロエちゃん。すっごいよ、この波しぶき。うねってるみたい」
「クールベの絵か、コレ。元ネタは浮世絵かしら」
エウカリスが感嘆し、クロエが解説をする。そんなコンビが品良く配置された絵や彫刻を順路通りに見て回り、やがてフロアの奥にたどり着く。順路の示す先には、地下行きのエスカレーターが動いていた。パンフレットの地図を見ながら、クロエがエスカレーターを見やる。
「下には家具とかガラス細工が置いてあるんだってさ」
「へぇ、家具なんてあるんだ」
「エミール・ガレとかドーム兄弟とかじゃない?」
クロエの出した名前に、エウカリスが目を輝かせて挙手して
「マイセンとか!!」
と誇らしげに言う。――クロエの表情は半眼だ。
「……それ、ドイツだし磁器だよ、カリス」
「……あれ??」
そんな微笑ましい言葉がさざめかせながらすべての鑑賞を終えた後に、1階へ戻る。ミュージアムショップと並んで設えられているカフェでのんびりと食事を取り、帰路につく。心にも体にも、滋養をつける1日を過ごした2人なのだった。
「現場に向かったら、もう解決したと言われてそのまま現地解散……」
「……たまにはこういうこともあるよね。気にしない気にしない、それより自由時間を満喫しよ!」
気落ちする月鏡 由利菜(aa0873)を、ウィリディス(aa0873hero002)が励ます。何をしようか、と思案した結果、散策のついでに由利菜が普段働いているファミリーレストラン『ベルカナ』で昼食を摂ろう、という流れになった。
平日のランチタイムは混雑しているものの、運良く窓際のソファ席に座れた2人は、折角だからとハロウィン限定のかぼちゃづくしコースを注文する。ほどなくして運ばれてきた1品目のパンプキンシチューに、由利菜はふふ、と目を細めた。
「久々にアルバイトではなく、客として来たように思います」
「……ねえ」
品良くシチューを口に運ぶ由利菜を見ながら、ウィリディスがぽそりと呟くように訊ねた。
「ユリナって、ずっとバイト待遇で不満ないの?」
「不満?」
「うん。店の集客やお仕事ぶりとか、ユリナの貢献度ってすごく大きいじゃん。なのに時給も福利厚生もバイト基準って、なんだかなーって」
ウィリディスの表情には明らかに不満が現れている。そのさまを見て取り、由利菜は気にしないで、と穏やかに告げた。
「正社員待遇になると、ベルカナのお仕事が今まで以上に忙しくなりそうでね……エージェント業もやっているんだし、今はこれで丁度いいのよ」
そう微笑む由利菜に、ふうん、と首を傾げながらも一応の納得をするウィリディス。
「それよりもほら、シチューが冷めちゃうわよ」
「あ、いっけない!」
そして、『ベルカナ』からそう遠くない、大型ショッピングセンターにて。
「パパと二人きりなんて久しぶりなんだよ!」
「うん、烏兎ちゃんと今日は平日デートだな!」
いま帰ったらもう一人の相棒に店番やらされるしな、とは口にしない虎噛 千颯(aa0123)。愛娘のような存在である烏兎姫(aa0123hero002)の一日好きにさせる、という決意を固めたものの、
「パパ! これどうかな! 似合う?」
「烏兎ちゃん? 先月も似たようなの買わなかった?」
「違うよー、これは秋の新作!」
「烏兎ちゃん? 烏兎ちゃん? ちょっと待って? やっぱりそれ一緒じゃ?」
「んもー、全然違うよ! ほら、今シーズンの流行色なんだよ! どうかな!?」
「え? 色違い? 同じに見えるんだけど?」
「……だめ?」
「いや、駄目じゃないけどね?」
秋のNew Arrivalなティーンファッションの見分けがつけづらい成年の悲しさよ、千颯はたじたじとしてしまう。だが、2人だけの時間が嬉しいのだろう、腕を組み、手を繋ぎ、自分の周りをくるくると踊るように動く烏兎姫の愛らしさは、何にも代えがたいものだと、心の深奥にある父性が満たされる感覚が心地よく、結局すべてお買い上げ、ということになった。
そうして、次は映画、次はランチと連れ立ってはしゃぎ合う。道行く人々は兄妹か親戚か、とにかく家族だと思っているのだろう、微笑ましい顔を向けてくれるのが、千颯には少し面映ゆい。そっと視線を動かすと、満面の笑みを浮かべる烏兎姫が眼下に映った。
「烏兎ちゃん、今日は楽しかった?」
「うん、今日は凄く楽しかったんだよ! それにパパを独り占め出来たしね!」
そっか、と、千颯の心に暖かいものが満ちる。甘えているのだろう、腕と腕をぎゅっと組んでくるその幼い姿に、ぽん、と柔らかくその桃色の髪を撫でた。
そのショッピングセンターの近くにある繁華街を歩く2人連れがいる。
「ワタシの真の力は発揮されないか、まだその時ではないようだね」
「そんなものがあるなら普段から発揮してよ」
そうゆるゆると漫才を繰り広げるのは、百薬(aa0843hero001)と餅 望月(aa0843)だ。のんびりと、だが先に立って歩く百薬には、何か目的地があるようだった。
「無事に解決したなら何よりだよ、今度はしっかり働くからね」
「本当にすばらしいのは、ワタシたちの出番がない日が来ることだよ、望月ちゃん」
「思い出したようにイイ事を言うね」
と、そこまで話し込んで百薬の足が止まる。望月が怪訝に思って視線を上げると、そこには老舗のようなたたずまいだが、まだ真新しい外装の店。肉と醤油の濃厚な香りが漂ってくる。
「今は力を蓄える時。たしか、この新しくできたラーメン屋には入ったことがないはず」
あ、やっぱりそのへんなのね、と望月は肩をすくめる。まあお昼時でもあるし、とのれんをくぐり、カウンター席に並んで腰掛けた。
「ここの一番のオススメを一丁」
ほどなくしてやってきたのは、チャーシューとメンマというシンプルなトッピングのラーメン。近年はトッピングを増やして差別化する傾向のあるラーメン界では珍しいと、眺めたあとに手を合わせて、2人はつる、とひとくち麺をすする。
「……ふむ、美味い」
感嘆の声を漏らしたのは望月だ。しつこすぎないスープとしっかりしたコシの麺が、飽きないおいしさをもたらしている。一通り食べ終えて店を出る際に、店の住所と電話番号をチェックすることは忘れなかった。
「同じお店でも、時間が経てば出汁が芳醇になるからね。また来よう」
その言葉に、百薬も満足げに大きく頷いた。
その後は腹ごなしに桜が鮮やかに紅葉する公園を歩いて
「この時期でも、ビニールシート並べて桜の下で宴会がしたいね」
「そうだね、今はお日様の下を歩くだけでも楽しいな」
そのうららかな空気を楽しみ、その先にある、これもまた百薬が目をつけていた老舗の喫茶店でコーヒーを嗜んだ。
「コーヒーとケーキの相性は抜群だよ」
「あぁ、なんだかすごい贅沢。……英気を養うって、こういうことだね」
次の仕事はより頑張れそうだよ、と望月が満足げに呟くと、百薬も我が意を得たり、という顔をして頷いた。
「そして、また美味しい物を食べに行こう」
そんなふうに、穏やかな決意を口にしながら。
望月たちが通り過ぎた公園でもまた、のんびりと穏やかな日射しを楽しむ人々は多い。
「ねぇ、マスター」
「ん……何?」
「急に時間が開いた時の行動って、その人の性格が出ると思わない?」
「あー、うん……分かる気が、する」
会話の口火を切ったストゥルトゥス(aa1428hero001)に、鷹揚に返答したニウェウス・アーラ(aa1428)もそうだ。彼女たちが何をしているかというと――
公園のベンチにゆったりと腰掛け、コンビニで買ったちょっとお高めのシュークリームを食べているニウェウス。
その隣のベンチで、堂々と横になって座席を占拠しているストゥルトゥス。
「例えば、マスターは、返す言葉がないレベルの食いしん坊さん」
「く、食いしん坊じゃ、ないよ……?」
「口の周りにクリーム付けてる人の言う言葉じゃないデース」
「え、え!?」
ストゥルトゥスのドヤ顔W指差しでの指摘に、慌ててニウェウスが口元を拭う。と、かち合った視線の先に、『お人の悪い』と形容するのがぴったりなにやにや笑いがあった。立てた人差し指をそのまま自身の頬に当てて、ストゥルトゥスはにんまりと笑みを深める。
「ウッソぴょーん☆」
「……ストゥル……じゃあ、ストゥルはただのグータラさん、だね?」
「ふへへー。いいもん、ぐーたらでおバカだもーん」
「すぐそうやって開き直る……」
「むふー」
のんびりと、とりとめのないお喋り。
「ところでさ、そんなおバカでも分かる事が一つあるんだけどー」
「何?」
「家に帰って、対戦ゲームでもした方が良くね?」
2人の間に沈黙が落ちる。そうだ、のんびりと言えば聞こえはいいが、これでは家に居るのとあまり変わらない。
「うん、帰ろう」
「デスヨネー!」
ひょい、と立ち上がるニウェウスと、のっそりと体を起こすストゥルトゥス。そうして何のゲームをしようかと語らいながら、まだ日の高い中を連れ立って去って行った。
●鮮やかな世界
その公園の一角に、紅葉が見事な庭園がある。池を中心に四季折々の彩りが楽しめるそこは、併設の甘味処や頻繁にやって来るキッチンカーのおかげで、常にそれなりの人気スポットだ。そこに、クレープを楽しむ一団がいた。
「何味にしましょう……迷いますね」
メニューを見ながら逡巡する禮(aa2518hero001)。
「皆さんは何にするんです?」
その問いに、折角の休日だからと集まってくれた知己たちが次々に手を上げる。
「マロンクレープ!」
「……バナナチョコホイップ。ホイップ大盛りで」
にこにこと垂れ耳をぱたつかせて宣言するのは藤咲 仁菜(aa3237)、その横で言葉少なに、しかししっかりホイップを増やすのは九重 依(aa3237hero002)だ。
「仁菜も季節限定クレープなんだ! やっぱり気になるよね♪ 私は南瓜ケーキで!」
「苺クレープ……無いのか。それもそうか、季節が違うな……」
うきうきと宣言する不知火あけび(aa4519hero001)と対照的に、目当ての苺系クレープが見当たらず落胆するのは日暮仙寿(aa4519)。
「じゃあ私もマロンクレープと……紫芋ケーキのクレープで!」
「2つも食べるのか?」
「う」
「自分はこの店の勧める品を頼むとしよう。……ふむ、モンブランクレープか」
意気揚々と2種のクレープを頼むナイチンゲール(aa4840)と、それに冷静な指摘を入れる墓場鳥(aa4840hero001)。
「……ん。ブドウアイスのやつ」
「私はシンプルに、チョコとバナナのクレープにいたしますわ」
氷鏡 六花(aa4969)とアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)も、楽しげに答えた。
「この店の一番人気と期間限定のオススメをお願いします」
「では、わたくしはこのカスタードクリームのものを」
大門寺 杏奈(aa4314)とレミ=ウィンズ(aa4314hero002)もメニューを決め、さてどうしようかと禮はさらに逡巡する。
「そこのクランベリーソースのやつがいいんじゃないかな。色が紅葉に合う」
そこに助け船を出したのは海神 藍(aa2518)。自身は早くにチョコナッツクレープを頼み、のんびりとベンチに腰掛けていた。
「なるほど! では、それにいたします!」
全員にクレープが行き渡り、いただきます、と紅葉見物がてらの甘味祭りが始まる。
「苺アイスクレープ、良いものだ……!」
仙寿が感嘆とともに、幸運にも見つけることができた苺系のクレープを頬張る。
「……ん。イチゴ、美味しいですし……別に、男の人が、イチゴ、好きでも、良いと……思います」
六花がうなずく。この機会に、とあけびが仙寿の苺好きを皆に明かしたのもあって、目の前の青年の表情には照れや意地がなく、素直な喜びが凜々しさに華を添えている。その横顔に、六花は見惚れていた。大切な友人であるあけびと、あけびと仙寿の絆を慮ってその想いを外に出すことはしないが、あの表情を見られただけで、心に嬉しさが満ちてくる。舌にとろけるブドウの味も、より映えるように感じられた。
「ん……ブドウの酸味が……アイスとクリームの甘さと良く合って……ひんやりして、美味しい……です」
むぐむぐとアイスを頬張る
「六花もアイスクレープか。実は初めてだったんだが、生地の熱さで溶けるな、これは」
「……! 仙寿さん!」
「急いで食べないとな」
「……ん、はい!」
さりげなく世話を焼く仙寿に、どぎまぎとする六花。アルヴィナは、そんな2人を見守っていた。
「クリームの甘さと果物の酸味はとてもよく合うのよね。ふふ、私もそれにすればよかったかしら」
そういいながら、六花の心を思う。女神の身であるゆえ、彼女が抱く想いを根底からの理解はできないが、その満たされているのにかすかに切ない感情は伝わってくる。せめてこのひとときが、六花の大切な思い出になりますように、と、アルヴィナは願うのだった。
「ふふ、楽しそうだね」
「……そうだな」
その様子を眺めて微笑む仁菜に答えながら、依はとりとめのないことを思う。今回不意に依頼が立ち消えたのは、仁菜への過保護ぶりをこじらせにこじらせたもう片方の英雄の呪いではないかと。出がけにさんざ仁菜の無茶や無理には気をつけてくれ、と言われていたのだ、疑いたくもなるものだと考えていた。――そこに、
「依、甘いもの好きだよね」
不意に仁菜の言葉が刺さる。依は慌てて、首を横にぶんぶんと振った。
「いや、別に好きというわけではなく、クリームはビタミンを含んでるしカルシウムもある。糖分も摂取できるから疲労回復にも効果があり、さらにだな」
そう依は焦りながら否定の言葉を並べるが、ひとくちクレープをかじるごとに幸せオーラが溢れるのを隠し切れていない。好きなんだなぁ、と、仁菜は無表情のようでわかりやすい少年のことを微笑ましく思うのだった。
「(……きっと、こんな日常を守るために戦ってるんだよね)」
池をのぞむ東屋で、あけびが紅葉にみとれているナイチンゲールに話しかけた。
「紅葉狩りは初めてですか?」
「狩り?」
紅葉と狩りが結びつかないナイチンゲールに、あけびがそうです、と力強く首を縦に振った。
「紅葉を見に、山や野原に行く事を紅葉狩りって言うんですよー! 今回はそうですね、プチ紅葉狩りです!」
なるほど、と感心しながら、ナイチンゲールはクレープを味わう。2つ目に突入したそれは、芳醇な紫芋の甘みで飽きの来ないつくりだ。それを思わず口にのぼせると、なるほど! とあけびが目を輝かせた。
「こっちも、素朴な味のケーキに甘いホイップが合うんですよ!」
ほうほう、とナイチンゲールもそのクレープ評に聞き入る。先ほど仙寿が苺アイスクレープを絶賛していた、という話題を振ると、
「いくつも依頼をこなして、みんなと知り合って、少し丸くなったんですよ。だから仙寿様も隠さなくなったというか」
とあけびが笑う。その笑顔越しに、鮮やかな紅葉の彩りと、皆のさざめくような語らいが見えた。――幸福だ。なのに、どこか寂しさを感じるのは何故だろう。夕暮れが近づくのを知らせるような低くなりゆく太陽のせいだろうか。
「……夕暮れ」
「? ……! そうですね、この楓の木、夕焼けに似てます」
あけびの言葉にナイチンゲールは東屋を覆う楓を見上げる。赤く、人恋しさを形にしたような、柔らかく鮮やかな赤。
「これが日本の秋なんだ」
英国のそれとは似て非なる美しさに、胸がつまるような切なさを覚えた。
「……これは」
だがその切なさは、墓場鳥の常ならぬ気の抜けた声にふっと消える。振り向くと、もくもくとクレープをかじるその姿は、顔色こそ変えていないが、仕草に珍しく感情がにじんでいた。
「どうかした?」
ナイチンゲールが微笑むのを見て墓場鳥は瞑目し、そしてゆっくり目を開く。その視界には、先ほどナイチンゲールたちが見上げた楓が映っていた。
「いや――美しいな、この国は」
「うん」
同意を込めて、ナイチンゲールが微笑む。それにそっと微笑み返す墓場鳥の表情は、常になく柔らかい。
「ときに」
「うん?」
「もうひとつ所望しよう」
「えっ」
墓場鳥が、クレープに開眼した瞬間であった。
「んっ、美味しい♪」
「ふふ、綺麗な景色と共にいただくスイーツは格別ですわね♪」
「そうだね♪ あ、仁菜ちゃんこれすっごく美味しいよ! 良かったら一口どう?」
「うん、食べる食べるー!」
レミは幸せそうに、仁菜とクレープを交換して楽しむ杏奈を微笑みながら見ている。ひとしきり仁菜と話し込んで戻ってきた杏奈から、ふ、と記憶を辿るように言葉が零れた。
「……こんなに大人数でスイーツ食べるのも珍しいですね。戦闘依頼でご一緒することはけっこう多かったですが」
その言葉に、ふふ、とレミが微笑む。
「ふふ、皆様と楽しい時間を過ごすのも大事なことですわよ♪』
「うん。……大切にしたいな」
「ではアンナ、お替わりはいかがでしょう?」
「もちろん、いただくよ!」
目を輝かせる杏奈に、レミはごく自然に、自分のクレープを持っていった。
「はい、どうぞ♪」
「あー……んむっ」
「お味はいかがでしょう?」
レミの質問に、もぐもぐごくん、と味わって、杏奈はぐっ、とサムズアップをしてみせる。
「こっちも美味しいっ!やっぱり甘いのは正義だねっ♪」
杏奈の満面の笑みに、レミもにっこりと喜びをその顔に表す。杏奈の笑顔が、レミの笑顔でもあるのだ。
「それは良かったですわ♪」
そうして、2人は紅葉を視界いっぱいに収めながら、寄り添って過ごすのだった。
そんな穏やかな世界を、禮と藍は静かに味わっていた。
「紅葉、だいぶしてきてますね! きれいです」
「うん、紅葉越しから見える空も高い。……あ、ほんのり金木犀の香りがする」
言いながら、しみじみと秋を感じてクレープを味わう。
「こうしてみんなで、景色を見ながら食べるのも良いものですね。……うん、おいしいです」
禮の頷きに、藍も相槌を打つ。
「うん、おいしい。甘い物好きは格好つかないって言う奴は解ってないよね。好きは好き。美味しいものは美味しい。それ以外の何が重要なんだい? ……ってね」
「兄さん、頬にクリームついてますよ」
「おっと」
藍は指摘に素早く指で頬を拭い、クリームを舐めとる。やはり格好はつかないながらも、その動作は鮮やかだ。そして、
「やっぱりこれはやめられないね」
その言葉に横を見た禮は怪訝な顔をする。藍が、クレープを肴にスキットルからウィスキーをちびちび飲んでいるのだ。チョコアーモンドを選んだのはこれですか、とため息をつく。
「……兄さん、お酒ですか?」
「仕事も飛んだんだ、たまには昼間からなんてのも悪くない」
短くなってゆく昼を惜しむように、藍はまたスキットルを傾けた。
●夜に歩むは誰そ彼か
そうした賑やかな昼下がりが終わると、秋の陽はすぐに傾ぐ。その中を、少女たちが歩いていた。
「学校、面白かった?」
木陰 黎夜(aa0061)が問う。幻想蝶の中に入ってはいたが、確かに2人で授業を受けた。そのことを問うている。問われた少女は、にこり、と顔を綻ばせて手元のぬいぐるみを深く抱いて答えた。
「はいっ。授業も興味深かったですし、つきさまの学校でのご様子が見られて安心しましたの」
つきさまが楽しく通えているようでよかった、と微笑む真昼・O・ノッテ(aa0061hero002)。その笑みを見て、おずおずと黎夜が切り出した。
「真昼、この後少し寄っても、大丈夫、かな……?」
「ええ、もちろんですのよ」
普段の帰り道から少し逸れ、遠回りのルートを通る。視界の先に広がるのは、赤い絨毯――彼岸花の群生する野の道だ。
「よかった……まだ咲いてた」
「彼岸花、ですの?」
「うん……この前、咲いてるの見かけて、真昼にも、見せたくて……枯れてなくて、よかった……」
夕闇に近づく赤に彼岸花の赤が溶け、その中にふわりと少女たちのたおやかな姿が漂うように歩む。散歩のような帰り道に、2人はとりとめのない語りを続けていた。
「ありがとうございますの、つきさま。とてもきれいですの」
「どういたしまして。彼岸花は、赤いのが多いけど……白い彼岸花もあるんだって。……前に見たときは、見つけられなかったけど……」
「そうなんですのね。歩きながら、さがしてみますの?」
「ね。見られたら、ラッキーくらいの気持ちで……」
てくてく、てくてく。茜さす土の道の上、長い影を連れて家路を辿る。この時が、互いにとって代えがたき記憶になればいいとかすかに願いながら。
同じく太陽が傾ぐ頃、そぞろ歩く二つの影があった。
「本当に日本は治安がいいな……」
「こうして、のんびり気を抜いて歩けますものね」
夜遅くなるほどに危険が増すイギリスの街路を思いながら、國光とメテオバイザーは蛍光灯とLEDの光にあふれ始めた繁華街を目で楽しむ。目的の店たちは20時頃には閉まってしまうところが多いため、足取りは穏やかながらも早い。楽しみながらも買い物を終え、ブランチとして最近評判の出汁茶漬けの店に腰を下ろしたのは、20時を少し回った頃だった。
「は~、買ったなぁ秋冬の新作」
「少し買いすぎましたかね?」
2人の足元には、ブティックと手芸店の紙袋がいくつも置かれていた。その中にひとつ混じっている書店の紙袋から、國光が薬学の専門書を取り出す。ハードカバーのそれをうやうやしく持った國光が、ほう、と感嘆の息をついた。
「息する様に読める母国語、最高」
「最近は英語ばかり見てましたからね……なんか安心するのです」
メニューを眺めながら、メテオバイザーが同意する。英国も住みやすいという印象ではあるが、離れて初めてわかる良さがある。それが2人の、問わず語りの共通認識だった。
「さて、食べ終わったら東京支部に行ってゲートで帰らないとね」
「ええ、あと30分ほどここにいても、お茶の時間には間に合いますものね」
「え? 今食べてるのに?」
「あ、お出汁のおかわりくださいです~」
「ちょ、それ三回目だよ!?」
そうして太陽が完全に姿を隠し、夜がやって来る。満ちゆくさなかの月を見ながら我が家で語らうのは、由利菜とウィリディスだ。
「今度、モチちゃんやニナちゃん、それにレイちゃんと、涼風邸で十五夜のお茶会をするんだよね?」
「ええ。他にも邸のメイドや他のみなさまも集まる約束なの」
「おだんご、楽しみだなー!」
「ふふ、そうね、今から楽しみだわ」
――そんなふうに誰もが夜に憩う中、なお彷徨う者もある。
満天の星空のもと、黒衣を纏った赤い獣は天を仰いだ。砂金を散らした濃藍と濃淡を失った白との間にあってなお、その姿は際立つ。
『……今頃、雪娘も何処かでこの空を見てるのかしらね』
レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)の呟きは、共鳴している狒村 緋十郎(aa3678)の内側にあってなお、寒風に吹き消されそうな響きを含んでいた。
「幾度も付き合わせて、すまんな」
緋十郎が短く詫びる。突然の空白の一日に彼らはワープゲートでサンクトペテルブルク支部に渡り、ロシアの地を踏んでいた。――共鳴しなければ到底耐えられない酷寒の此処に潜んでいるはずの、雪と氷を操る愚神の少女を探すために。
氷原を踏破し、氷山を登り、氷湖を渡る。時折やってくる吹雪の中に敵影を捉え、一瞬の期待と直後の落胆を味わい、そして腹いせのように“彼女”と同質のライヴスを宿す氷雪剣『雪姫』で一太刀にて屠る。そういう一日だった。
「今日はいったん切り上げましょう」
諭すように裡(うち)から響く声。緋十郎はああ、とつとめて明るく返して共鳴を解いた。レミアに心労をかけるのは、彼とて本意ではない。
「折角ここまで来たんだ、また、晩飯にあの店に寄っていくか」
「ええ、いつものやつを頼みましょう」
いつの間にか顔馴染みになった料理屋で温かいロシア料理に舌鼓を打つことをよすがにしながら、2人は寄り添って帰途についた。
――かれこれ一年以上、探し続けている。
●明日からはまた
かくして、偶然の間隙は閉じる。明日に待つのは楽土か修羅か、それは誰にもわからない。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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