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忘失の猟犬
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/07/10 19:39:33 -
相談卓
最終発言2017/07/12 21:41:40
オープニング
朦朧としていた意識が冴える。
「ここはどこだ……? 私は――」
彼女の脳裏に浮かんだのは一つの名だった。
ジャニス――私の名だ。
だが、それ以外は何も覚えていなかった。
頭痛がした。無性に怖くなった。
ジャニスは周囲を見渡した。
見たこともない世界だった。少なくとも、ジャニスが以前いた世界ではなかった。彼女には形容しようのない世界だった。静謐が彼女の不安を煽った。
私は何故ここにいる? ここは……戦場ではないのか? ああ、思い出した……私は死んだはずだ。戦場で死体の山に仲間入りしたはずだ。私は何故生きている?
「私は……生き返ったのか?」
混乱した思考が導き出した答え――それは、異世界での蘇生。突飛な思考だが、縋れるものなど何もない。何も信用できない。
ここがインドネシアの僻地であることなど知る由もなく、ジャニスは彷徨い歩いた。
しばらくすると、森の中に入った。ジャニスははっとした。
「……ここが私の戦場か」
少しずつ記憶が戻りつつあった。が、そのほとんどは負の記憶であった。
私はゲリラ兵だった。自然や罠を利用して数多の人間を殺してきた。
森の中では隠密が鉄則。敵も同様だ。もしかしたら、どこかに敵が潜んでいるやもしれぬ。
ジャニスの身体が緊張に強ばった時、落ち葉を踏む足音が彼女の鼓膜を震わせた。
敵か――思考する前にジャニスは反射的に動き出していた。生存本能が働き、敵を殺さんと無駄のない動作を実現していた。
細い腕が首の骨を折る。声一つさえ上げさせない。か細い呻きが聞こえるかどうか。殺した者が敵かどうかすらわからない。ひとまず危険が去り、溜め息が漏れる。
肉体は以前のものではないが、感覚で補えばなんとかなりそうだ。敵に見つかる前に武装し、この戦場から抜け出す。どこに行き着くのやらさっぱりだが、私は生きる。今度こそ生きて祖国を守ってみせる。
この世界にジャニスの祖国はない。が、極度の緊張状態にある彼女には関係なかった。彼女は生きることに必死だった。
「どこからでもかかってこい。私を殺そうとする者は全て殺してやる」
解説
混乱状態の英雄――ジャニスから村を守ることが目的。
森の中にある村が既にいくつも壊滅しており、ジャニスのルートは把握済み。村民はまだ村に残っている。
ジャニスは即席で作った槍と弓と手に入れたナイフで武装している。隠密に長けており、自然を利用して戦う。森は木や草が生い茂っている。
ジャニスの前に現れる者は全て敵と認識されるため、容赦なく襲いかかってくる。基本的に槍と弓で遠距離から攻撃し、油断したところをナイフで奇襲する。
リプレイ
カグヤ・アトラクア(aa0535)はゲリラ戦を前にして意気込んでいた。
ジャニスが潜伏している森の地図は事前に頭の中にたたき込み、周辺の地理も確認済み。作戦の前日から食事は一切取らず、身体と装備品も念入りに洗って匂いの元を完全に消してある。
ボディスーツ「アマゾンシャドウ」を装備し、森の中での潜伏と戦闘に適応させる。
元よりカグヤはサバイバル技術に長けていた。
「生きるために殺す素晴らしい技術を、わらわが習得しておらぬはずがないのじゃ。こっちも泥臭いゲリラ戦は大好きなのじゃよ」
さてと、ある程度侵攻ルートが判明しておるようじゃから、待ちじゃな。相手が食事なりを求めて人里を狙っていると想定。村人は大規模な抵抗戦はしておらぬ上、長距離狙撃等の痕跡はないことから、潜伏を得意としたレンジャー。総数は不明じゃが、多ければもっと大きな町を狙えるじゃろうから、少数。こちらが待ち構えていることを――
カグヤが沈思黙考していると、クー・ナンナ(aa0535hero001)は眠そうに口を挟んだ。
「皆行っちゃったけど、だらだらと思考してるだけでやる気ないの?」
「わらわは待ち一辺倒! 周囲の地形に溶け込み、味方との戦闘によって姿を現したところを静穏性の高い弓――ガーンデーヴァによって射抜くだけじゃ。静かなる狩人なのじゃ!」
必死に生きようとするジャニスを殺すつもりはない。生きたいと願うのはごく当然のことであり、彼女が死に恐怖していることは明白だ。
「はてさて、敵は一体何者じゃろうな? 殺した民のライヴスは食らっておらぬから愚神ではないようじゃが……邪英かの?」
「殺しを楽しんでる風でもないから、記憶を全部失って生存本能のみで彷徨ってる英雄辺りじゃない?」
「まあ、相手が何者であろうと――狩りにゆくとするかの」
「いてらー」
ジャニスの戦闘能力は不明。正体も不明。カグヤには微塵も恐怖はなかった。それも周到な用意があってこそだ。
相手の素性は行動不能にしてから考えるべきことじゃな、うん。
今回の相手は混乱した英雄。愚神を仇敵としている黛 香月(aa0790)には興味のない相手だった。
「やつが愚神ではなく英雄とな。ならば我がやつの声を聞いてやろうぞ」
香月とは対照的に、清姫(aa0790hero002)はジャニスに興味を抱いていた。同じくこの世界に英雄として召喚された境遇であるとして、彼女の声を聞こうというのだ。
ジャニスを生かすことになろうとも殺すことになろうとも、彼女の心の声だけは聞いてやろう、という清姫なりの慈悲だった。
ゆえに、共鳴時は清姫が主導権を握り、香月が身体を貸すことになった。
現場の森に到着し、早速ジャニスの捜索に取りかかる。
森の中は殊の外草木が深かった。かきわけどもかきわけども先が見えない。どこにジャニスが潜んでいるやもしれない。
清姫はいつでも17式20ミリ自動小銃を取り出せるように警戒しつつ、ジャニスのことを考えていた。
ジャニスは召喚される段階で能力者が死亡あるいは瀕死の重傷を負っているか、世界の歪によって能力者にとって不本意かつ不完全な形で召喚されてしまったか。いずれにせよ、能力者の存在が関係していることは間違いない。
可能であれば戦闘不能まで追い込んで捕縛。理性が失われていてそれが叶わないのなら、やむなく葬り去るしかない。
とにもかくにも、ジャニスから話を聞いてみなければ何もわからない。何もわからぬまま真実が闇に葬り去られるのは悲しい結末だ。
九字原 昂(aa0919)とベルフ(aa0919hero001)は、味方とライヴス通信機で連絡を取り合いながらジャニスを捜索していた。
草木にはいくつか罠が仕掛けられていた。自然を利用した簡易的だが、ちゃんと殺傷能力を伴ったものだ。油断はできない。
「姿を見せない敵に対処するのもお前の役割だ」
「こういうのはみっちり教わってるからね」
「そういうことだ。いつも言っている通りにやれば問題ない」
昂が主に取る行動は、ジャニスの誘導と足止め。可能な限り生かして捕縛し、彼女の置かれている状況を説明するのが最善策だ。
とはいえ、ジャニスを落ち着かせなければ話にならない。エージェントや村に被害が及ぶのなら容赦はできない。一応、彼女を始末することも頭に入れておかなければならない。
昂はしばらくジャニスの捜索を続けた。
視界の悪い森の中にはそれらしい痕跡は残っておらず、ただひたすら居心地の悪い静寂が漂っているのみであった。
こうなったら、と昂は捜索の方法を変えた。
探しても出てこないのならおびき寄せればいい。仕掛けられた罠にかかるふりをすれば、追撃の方向からジャニスの居場所が割れるかもしれない。
ひとまず昂はジャニスが移動した痕跡を探しつつ片っ端から罠を調べていった。
「なんで、こんなこと……」
魂置 薙(aa1688)は独りごちた。
恨みがあるわけでもないだろう村を襲い続ける理由がわからない。そこまでして生きようとする理由がわからない。
薙にはどこか死にたがりな性質があった。それゆえに、真逆の行動原理で動くジャニスがなんとなく怖かった。
「その者なりに目的あっての行動なのだろうな」
ジャニスと同じく英雄であるエル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)には彼女が混乱する気持ちを理解できないでもなかった。
「そうは言うてもことがことじゃ。あまり情状酌量の余地はないがの」
なんにせよ、ひとまずジャニスと話をしてみなければならない。英雄になっていること、H.O.P.E.という行き場所があることを伝えた上で、被害の拡大を望むのでなければできる限り彼女の希望を叶えたい。
ジャニスに見つかるようにわざとルート上をうろつく。村には近付きすぎず、他の場所で戦闘が始まった時に備えて耳を澄ませる。
エルは薙を心配していた。本能的に生きようとするジャニスに殺されたがっているのではないかとさえ思っていた。
「薙、念のため言うておくが……戦いの中で死のうとするでないぞ。それが私たちの約束だからの」
バルタサール・デル・レイ(aa4199)と紫苑(aa4199hero001)は森の中に足を踏み入れた。
草木には多くの罠が仕掛けられており、ジャニスのゲリラ技術の高さが窺える。混乱している状態でもこの慎重さだ、一瞬でも気を許せば首が飛ぶことになる。
バルタサールは森の中を進みながら罠を設置していた。
罠には罠を。足跡を辿れるように水を撒いておき、足元には鳴子を吊るしておく。落とし穴、ブービートラップ、爆導索のワイヤートラップ。殺すつもりはない。ゲリラ戦を経験しているなら罠を回避するのはお手のものだろう。ルートをさらに調節する布石になればそれでいい。
全力で殺しちまった方が楽だがな。生きて捕らえようとすれば、手加減が必要になってこっちも被害が増える。だが、まあ、何がなんでも殺したいってわけじゃあないんで、捕縛希望者が多いということで今回はそれに従うことにしよう。ただし、依頼は村の防衛なんで、村が危険に陥ったら倒しちまうってことで。
ジャニスを発見し次第、説得を試みる。恐らく冷静にさせないと説得する余地はないだろうから、拘束することを念頭に置いておく。
攻撃するから反撃してくるってこともあるだろうし、ジャニスの遠距離攻撃が届かない距離を取って共鳴を解いてみようか。実際に能力者と英雄の仕組みを目視させてみよう。あとは紫苑に任せる。
森の中をどんどん進んでいくが、なかなかジャニスは見つからない。近くにいることは間違いないが、どこかに隠れているのだろう。もしかしたら、エージェントたちの行動を観察しているのかもしれない。
バルタサールはジャニスを見つけるべくさらに森の奥を目指した。
スーティアー(aa5154)とセミィ(aa5154hero002)はジャニスの捜索と同時に侵攻ルート上に水がないか確認していた。
スーティアーはインドネシア人であるため、インドネシアに土地勘がある。森の地形も大体は把握しており、対ゲリラ戦には持ってこいだ。
しかし、スーティアーもセミィも水物なので、河や海で有利に動ける分、陸上では鈍重で立ち回りが悪い。水を探しているのはそのためだ。
村の防衛の方を任されたら大柄で重い大盾兵のセミィと共鳴し、弓矢から村を守る盾兵の一人となる。が、どんなに堅牢な盾であろうと一枚では村を守り切れない。極力ジャニスを村に近付けず、盾でじりじり追い立てていくのが得策だろう。
森の中を歩いていると、幸いなことに小規模な河を見つけた。ジャニスの侵攻ルートからもそう離れていない。
トリアイナを携えて待ち伏せした方がいいかもしれない。ジャニスを味方に追い込んでもらえば有利に戦闘できる。
ジャニスは捕獲狙いだ。どうにもならない場合以外は殺すつもりはない。
村も守れてジャニスも生かせればいい――スーティアーはそう思った。
ジャニスの侵攻ルート上を歩いていると、薙は殺気を感じ取った。
風を切る弓矢。寸でのところで薙は身体を逸らし、それは木の幹に突き刺さった。木から抜いてみると、先端には毒が塗りつけられていた。
周囲を見渡すが、既にジャニスの気配はなかった。
一方、昂はバルタサールが撒いた水からジャニスの足跡を発見し、その後を追っていた。足跡が途絶えたところで、すぐそばから何かの気配がした。
殺意がある。明らかに味方の気配ではない。
弓矢が飛んできた瞬間、銃声が響き渡った。攻撃の方向からジャニスの居場所を特定した清姫の17式20ミリ自動小銃が火を噴いたのだ。
草木の中でがさがさと動きがあった。
弾丸が当たらず無傷なのか、草木を揺らす音に鈍さはない。このままでは逃げられて姿を見失ってしまう。
逃がすものか、とバルタサールは草木の中にフラッシュバンを放った。ジャニスが目眩ましに怯んでいる隙に、昂は女郎蜘蛛で拘束を試みた。が、彼女は降りかかってくる蜘蛛の巣を躱し、草木を利用して再び姿を眩ませた。
そうかと思えば、木の上から槍と共にジャニスが飛びかかってきて、薙はプレートシールドで華奢な身体ごと弾き返した。
しかし、大斧――アステリオスを取り出す頃にはジャニスは消えていた。
昂が近接攻撃を誘うと、ジャニスはナイフで連撃を繰り出した。
ヒット・アンド・アウェイ。複数の敵とも戦い慣れている。ゲリラ戦ではジャニスの方が圧倒的に有利。ゲリラにはゲリラが有効だ。
清姫が弾幕で牽制し、ジャニスを河へと追い込んでいく。
ジャニスが河を背にするなり、水中で待ち伏せしていたスーティアーが現れた。
トリアイナに纏わせたライヴスの水をジャニスにたたきつける。反撃の槍が突き出されるが、素早く回避してもう一度トリアイナを振るう。
ジャニスが仰け反り、清姫がカオティックソウルとロストモーメントで追撃を加える。
ダメージを受けたジャニスは再び草木の中へと逃げ込んだ。
エージェントたちは見失わないようにジャニスを追い、どんどん距離を詰めていく。
ジャニスが木の上に飛び乗ろうとしたところで、一本の弓矢が彼女の脚に刺さった。息を殺して待ち伏せていたカグヤの攻撃だ。
ジャニスは脚を負傷し、地面に膝を折った。エージェントたちに取り囲まれて、彼女は弓を構えようとした。
だが、ジャニスの抵抗も虚しくハングドマンの鋼線、黒旋風鉄牛の鎖、有線のロケットアンカー砲によって拘束された。恐怖で暴れる彼女はカグヤのセーフティガスで眠らされた。
村への被害はゼロ。ジャニスの負傷も最小限に抑えられた。あとは彼女の処遇をどうするか決めるのみだ。
何はともあれ、依頼は完遂されたのだった。
ジャニスは目を覚ました。
負傷したはずだが、痛みはなかった。眠っている間にケアレイで治療されたおかげだ。
ジャニスは飛び起きようとしたが、拘束されているためそれはできなかった。恐怖に表情が歪み、冷静さを失いかけたところでバルタサールは共鳴を解いた。
「一人が二人になってびっくりした?」
突如として現れた紫苑に、ジャニスは言葉を失った。
「落ち着いて、怖くないよ。殺すつもりも戦うつもりもないんだ……きみが攻撃してこなければ、だけど」
ようやく落ち着いたジャニス。紫苑の一言で彼女の表情からは恐怖が薄れていた。
「貴公の望みはなんだ? 生か? 死か? 仲間か? なんにせよ、我は貴公の全てを受け入れるまでだ。さあ、望みを言うがよい」
清姫の言葉に、ジャニスは一呼吸置いて口を開いた。
「私は……生きたい。ただそれだけだ。死んだと思ったらかつての戦場と似た場所にいた。戦場には敵ばかりでな。相手が何者であろうと殺さなければこちらが殺される。そう思っていた。どうやら恐怖で冷静さを欠いていたようだ。すまなかったな」
ジャニスはこれ以上村を襲わない意を示した。そうであれば、彼女を殺す理由はない。
エージェントたちはジャニスを拘束から解放し、この世界の仕組みについて説明した。
この世界の現状、能力者と英雄の関係、H.O.P.E.という行き場所があること。完全な理解にまでは及ばなかったものの、ジャニスは大まかにこの世界のことを把握した。
「能力者、か。残念ながら私には能力者が誰なのかわからないし、どんな誓約を結んだのかもわからない。だが、私がこの世界から消滅せずに生きているということは、きっと能力者もどこかで生きているのだろう」
ジャニスにとってはこの世界が異世界。わからないことだらけのこの世界で生きるには障害が多い。それでも彼女は生きようとしていた。
カグヤはそんなジャニスを後押しした。
「生きるためだけに足掻く者は大好きじゃ。そなたの行動と結果がなんであれ、わらわが後見人となろう。この世界を楽しむがよい」
ジャニスはこの世界にも異世界にもエージェントたちにも生かされた。これには運命を感じずにはいられなかった。
気付けばジャニスは微笑んでいた。この世界で生きられる希望に喜びを感じていた。
「恩に着る。私はこれから旅に出ることにするよ。この世界のことをもっと知り、私と誓約を交わした能力者を探す。能力者と再会できる日は遠いかもしれないし、案外近いかもしれない。それでも構わない。互いに生きていればいつかは出会えるはずだ」
ジャニスは地面に転がった弓、槍、ナイフを見下ろした。その眼差しには一種の軽蔑も含まれていた。
もうこれらは私には必要ないものだ。私はもう戦場にはいない。もう戦わなくてもいいのだ。
「世話になったな。縁があればまた会えるだろう。いつかお前たちとも再会できることを心から願っている」
ジャニスは地面を踏みしめ、何に怯えることもなく前を向いて歩き出した。
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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